(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023041639
(43)【公開日】2023-03-24
(54)【発明の名称】藍藻の培養方法および藍藻の変異株のスクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/12 20060101AFI20230316BHJP
C12N 1/10 20060101ALI20230316BHJP
C12N 1/00 20060101ALI20230316BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20230316BHJP
【FI】
C12N1/12 A
C12N1/10 ZNA
C12N1/00 B
C12Q1/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022140982
(22)【出願日】2022-09-05
(31)【優先権主張番号】P 2021148599
(32)【優先日】2021-09-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】新規性喪失の例外適用申請有り
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業、JST-ALCA「亜リン酸を用いたロバスト且つ封じ込めを可能にする微細藻類の培養技術開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(71)【出願人】
【識別番号】513099603
【氏名又は名称】兵庫県公立大学法人
(71)【出願人】
【識別番号】598096991
【氏名又は名称】学校法人東京農業大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】廣田 隆一
(72)【発明者】
【氏名】黒田 章夫
(72)【発明者】
【氏名】菓子野 康浩
(72)【発明者】
【氏名】菓子野 名津子
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 智
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
4B063QA17
4B063QQ05
4B063QQ12
4B065AA83X
4B065AA86X
4B065AC20
4B065BA22
4B065BC01
4B065BC03
4B065CA02
4B065CA13
4B065CA17
4B065CA24
4B065CA41
(57)【要約】
【課題】捕食抵抗性を有する藍藻の変異株を提供する。
【解決手段】藍藻と、捕食性原生生物であるオクロ植物類または繊毛虫類と、を培地中に混合する混合工程と、前記混合した捕食性原生生物の存在下で、前記藍藻を培養する培養工程と、を有する、藍藻の培養方法。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
藍藻と、捕食性原生生物と、を培地中に混合する混合工程と、
前記混合した捕食性原生生物の存在下で、前記藍藻を培養する培養工程と、を有し、
前記捕食性原生生物は、オクロ植物類(Ochrophyta)または繊毛虫類(Ciliophora)の少なくとも何れかである、藍藻の培養方法。
【請求項2】
前記混合工程における、前記藍藻と前記捕食性原生生物との細胞数の比率(前記藍藻の細胞数:前記捕食性原生生物の細胞数)は、10:1~100000:1である、請求項1に記載の藍藻の培養方法。
【請求項3】
前記培養工程では、前記培地の温度を20~37℃として前記藍藻を培養する、請求項1または2に記載の藍藻の培養方法。
【請求項4】
前記培養工程における、24時間あたりの光照射時間が50%より長い、請求項1または2に記載の藍藻の培養方法。
【請求項5】
前記培養工程では、3000~60000lxの光照射下で前記藍藻を培養する、請求項1または2に記載の藍藻の培養方法。
【請求項6】
前記藍藻は、Synechococcus sp. PCC 7002、または、Synechococcus elongatus PCC 7942である、請求項1または2に記載の藍藻の培養方法。
【請求項7】
前記捕食性原生生物は、オクロモナス目(Ochromonadales)あるいはアンキスツルム目(Scuticociliatida)である請求項1または2に記載の藍藻の培養方法。
【請求項8】
藍藻と、捕食性原生生物と、を培地中に混合する混合工程と、
前記混合した捕食性原生生物の存在下で、前記藍藻を培養する培養工程と、を有し、
前記捕食性原生生物は、オクロ植物類(Ochrophyta)または繊毛虫類(Ciliophora)の少なくとも何れかである、捕食抵抗性を有する藍藻の変異株のスクリーニング方法。
【請求項9】
前記混合工程における、前記藍藻と前記捕食性原生生物との細胞数の比率(前記藍藻の細胞数:前記捕食性原生生物の細胞数)は、10:1~100000:1である、請求項8に記載の捕食抵抗性を有する藍藻の変異株のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、藍藻の培養方法および藍藻の変異株のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、CO2の排出削減及び環境への負荷軽減の観点から、再生可能な生物資源を用いた物質生産(バイオプロダクション)が注目されている。光合成を行う単細胞生物である藍藻は、光エネルギーを利用して、水とCO2を原料に様々な物質(例えば、油脂、デンプン、タンパク質、アミノ酸、カロテノイド等)を、代謝産物として産生することができる。また、藍藻は、遺伝子操作が容易であることもあり、バイオプロダクションのシャーシ株として、広く研究が進められている。
【0003】
藍藻のような微細藻類由来のバイオプロダクションの実用化にあたり、微細藻類の実用スケールでの培養(特に、屋外での大規模な培養)が求められるが、微細藻類の大規模培養では、培養系に対する他の生物種の混入(コンタミネーション)が大きな問題となる。
【0004】
コンタミネーションによる被害としては、藻類、バクテリアが混入することによる栄養競合型の被害、ウイルス、カビ等が混入することによる寄生被害等が挙げられる。特に、混入した原生生物により、微細藻類が直接的に捕食される被害(捕食被害)は、培養系の甚大な生産性の低下(ポンドクラッシュ)の要因となることから、特に、屋外での大規模な培養を行う場合に大きな問題となっている(非特許文献1、2)。
【0005】
屋外での大規模な微細藻類の培養においては、原生生物のコンタミネーションは実質的に不可避である。これまで、実験室レベルの小規模な培養においては、超音波処理等の物理的手法、化学物質の添加等の化学的手法、競合生物を利用した生物学的手法によりコンタミネーションを制御する方法が見出されている。しかしながら、これらの方法は大規模培養では有効な制御方法とは言えない。現在、大規模培養における有効なコンタミネーションの制御方法は開発されておらず、診断的手法が開発されるのみに留まっている(非特許文献3)。
【0006】
藍藻のような微細藻類を利用した物質生産において、コンタミネーションした原生生物による藍藻への被害、特に、原生生物による捕食被害を抑制することが、藍藻のバイオマス生産性の向上、ならびに実用化に大きく寄与できると考えられる。
【0007】
しかしながら、前記のように、現在の技術では、培養系への原生生物のコンタミネーションを完全に防ぐことは困難である。そこで、培養対象である藍藻そのものに捕食生物に対する捕食抵抗性を付与することが、コンタミネーションによる被害を防止するうえで、有効な手法として考えられる。
【0008】
非特許文献4には、従属栄養性のバクテリアの1種において、捕食性原生生物の存在下で、バクテリアが形態変化を起こし、捕食抵抗性を向上させる現象が開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Eleftherios Touloupakis, et. al., Effect of high pH on growth of Synechocystis sp. PCC 6803 cultures and their contamination by golden algae (Poterioochromonas sp.). Applied Microbiology and Biotechnology (2016) 100: 1333-1341
【非特許文献2】Pranali Deore, et. al., A perspective on the current status of approaches for early detection of microalgal grazing. Journal of Applied Phycology (2020) 32: 3723-373
【非特許文献3】John G. Day, et. al., Microzooplanktonic grazers - A potentially devastating threat to the commercial success of microalgal mass culture. Algal Research (2017) 27: 356-365
【非特許文献4】Martin W. Hahn, et. al., Bacterial Filament Formation, a Defense Mechanism against Flagellate Grazing, Is Growth Rate Controlled in Bacteria of Different Phyla. Applied and Environmental Microbiology (1999) 65: 25-35
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
前記のような状況にあって、本発明の一態様は、捕食性原生生物に対する捕食抵抗性を有する藍藻の変異株を提供できる、藍藻の培養方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る藍藻の培養方法は、藍藻と、捕食性原生生物と、を培地中に混合する混合工程と、前記混合した捕食性原生生物の存在下で、前記藍藻を培養する培養工程と、を有し、前記捕食性原生生物は、オクロ植物類(Ochrophyta)または繊毛虫類(Ciliophora)の少なくとも何れかである。
【0012】
本発明の一態様に係る藍藻の培養方法において、前記混合工程における、前記藍藻と前記捕食性原生生物との細胞数の比率(前記藍藻の細胞数:前記捕食性原生生物の細胞数)は、10:1~100000:1であることが好ましい。
【0013】
本発明の一態様に係る藍藻の培養方法において、前記混合工程における、24時間あたりの光照射時間が50%より長いことが好ましい。
【0014】
本発明の一態様に係る藍藻の培養方法において、前記培養工程では、前記培地の温度を20~37℃として前記藍藻を培養することが好ましい。
【0015】
本発明の一態様に係る藍藻の培養方法において、前記培養工程では、3000~60000lxの光照射下で前記藍藻を培養することが好ましい。
【0016】
本発明の一態様に係る藍藻の培養方法において、前記藍藻は、Synechococcus sp. PCC 7002、または、Synechococcus elongatus PCC 7942であることが好ましい。
【0017】
本発明の一態様に係る藍藻の培養方法において、前記捕食性原生生物は、オクロモナス目(Ochromonadales)あるいはアンキスツルム目(Scuticociliatida)であることが好ましい。
【0018】
本発明の一態様に係る捕食抵抗性を有する藍藻の変異株のスクリーニング方法は、藍藻と、捕食性原生生物と、を培地中に混合する混合工程と、前記混合した捕食性原生生物の存在下で、前記藍藻を培養する培養工程と、を有し、前記捕食性原生生物は、オクロ植物類(Ochrophyta)または繊毛虫類(Ciliophora)の少なくとも何れかである。
【0019】
本発明の一態様に係る捕食抵抗性を有する藍藻の変異株のスクリーニング方法において、前記混合工程における、前記藍藻と前記捕食性原生生物との細胞数の比率(前記藍藻の細胞数:前記捕食性原生生物の細胞数)は、10:1~100000:1であることが好ましい。
【発明の効果】
【0020】
本発明の一態様によれば、捕食抵抗性を有する藍藻の変異株を提供できる、藍藻の培養方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本発明の一実施形態に係る培養方法により得られる藍藻の変異株を示す図である。
【
図2】捕食性原生生物の有無に基づく淡水性藍藻7942株の形態の変化を示す図である。
【
図3】捕食性原生生物の有無に基づく7942株の培養中の細胞数の変化(OD値)を示すグラフである。
【
図4】捕食性原生生物の有無に基づく7942株の培養中の細胞長の変化を示すグラフである。
【
図5】単離した7942株の変異株の、継代培養における細胞長の変化を示すグラフである。
【
図6】単離した7942株の変異株の捕食抵抗性を示すグラフである。
【
図7】捕食性原生生物と7942株との共培養において、細胞数の比率を変更した場合の、7942株の形態の変化を示す図である。
【
図8】捕食性原生生物の有無に基づく海洋性藍藻7002株の形態の変化を示す図である。
【
図9】照射時間の変化(24時間中の光照射時間が50%または100%)に伴う7942株の、捕食性原生生物との共培養中の形態の変化を示す図である。
【
図10】光照射時間の変化(24時間中の光照射時間が50%または100%)に伴う7942株の、捕食性原生生物との共培養中の細胞長の変化を示すグラフである。
【
図11】光照射時間の変化(24時間中の光照射時間が66.7%または100%)に伴う7942株の、捕食性原生生物との共培養中の細胞長の変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明の一実施形態について説明すると以下の通りであるが、本発明はこれに限定されない。本発明は、以下に説明する各構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示した範囲で種々の変更が可能である。異なる実施形態および実施例にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態および実施例についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された文献の全てが、本明細書中において参考文献として援用される。本明細書中、数値範囲に関して「A~B」と記載した場合、当該記載は「A以上B以下」を意図する。
【0023】
〔1.本発明の基本原理〕
本発明者らは、藍藻の1種であるSynechococcus elongatus PCC 7942(以下、「7942株」と称する)に関する研究を進めていた。その中で、通常の7942株が10μm程度の略球形であるのに対し、何らかの条件下で7942株を培養することにより、
図1に示すように、細胞長が200μm以上まで劇的に伸長する7942株(変異株)が発生することを新たに見出した。さらに、当該変異株は、枝分化するなど細胞の形状も大きく変化していることを新たに見出した。本発明者らは、当該変異株が発生する条件についてさらに検討するうちに、当該変異株が発生した培養系には、捕食性原生生物として知られる、オクロ植物類(Ochrophyta)の1種である捕食性黄金色藻Ochromonas sp.が混入(コンタミネーション)していることを見出した。
【0024】
本発明者らは、前記の捕食性原生生物のコンタミネーションが、変異株の発生の条件の一つであると考え、さらに鋭意検討した。その結果、7942株と、捕食性原生生物であるOchromonas sp.とを、共培養することで、7942株を変異させること、すなわち、前記変異株の発生を誘導できることを明らかにし、本発明を完成させるに至った。
【0025】
さらに、前記変異株は、Ochromonas sp.の存在下で培養した場合にも、培養系を優占すること、すなわち、捕食抵抗性を有することも新たに見出した。このような変異株は、変異株自体が捕食性原生生物に対する優れた捕食抵抗性を有するため、培養系の規模によらず、捕食性原生生物のコンタミネーションによる被害を抑制することができる。また、通常の藍藻と比して細胞サイズが大きいことから、バイオプロダクションの生産性に優れ、かつ、菌体の回収が容易であることから極めて有用である。
【0026】
このように、本発明の一実施形態によれば、バイオプロダクションの生産効率向上に寄与することで、持続可能な開発目標(SDGs)の、例えば目標12「つくる責任つかう責任」等の達成に貢献できる。
【0027】
さらに、本発明の一実施形態に係る培養方法(以下、「本発明の一実施形態に係る藍藻の培養方法」を、「本培養方法」と称する場合がある)によれば、直接的な遺伝子操作を行わずに、捕食抵抗性を有する藍藻を提供することが可能である。すなわち、既に遺伝子操作によって樹立された物質生産株を、本培養方法により培養することで、特定の有用な物質を生産でき、かつ、捕食抵抗性を有する藍藻を提供しうる。通常、細胞形態が変化した変異株を得るには、遺伝子破壊または遺伝子導入等が必要であり、また、変異株を選別するための選択マーカーなども必須である。一方で、本培養方法ではそのような必要性に制限されることがなく、また、遺伝子操作を行うことができない藍藻株に対しても適用しうる。この点からも、本発明の一実施形態に係る培養方法は極めて有用であると言える。
【0028】
〔2.本発明の培養方法〕
本発明の一実施形態に係る藍藻の培養方法は、藍藻と、捕食性原生生物と、を培地中に混合する混合工程と、前記混合した捕食性原生生物の存在下で、前記藍藻を培養する培養工程と、を有する。
【0029】
本培養方法は、前記構成を有するために、捕食抵抗性を有する藍藻を提供することができる。
【0030】
<2-1.混合工程>
本培養方法における混合工程は、藍藻と、捕食性原生生物と、を培地中に混合する工程である。混合工程は、藍藻と、捕食性原生生物と、を培地に植菌する工程であるとも言え、前記藍藻と、前記捕食性原生生物と、を含む培地を調製する工程であるとも言える。
【0031】
このように、本培養方法は、藍藻の培養において、通常は培養系から極力排除していた捕食性原生生物を、培地中で藍藻と混合する混合工程を含む。このような混合工程を意図的に行うことで、捕食抵抗性を有する藍藻を得ることは、従来は想到し得なかった、本発明者らによる新規な知見である。
【0032】
(2-1-1.藍藻)
本培養方法において、培養対象となる藍藻は特に限定されず、藍藻類(Cyanobacteria)の生物を使用できる。藍藻類の生物としては、例えば、Synechococcales目(Synechococcales)等の生物が挙げられ、より詳細にはSynechococcaceae科(Synechococcaceae)等の生物を挙げることができる。より具体的には、Anabaena sp.(Anabaena属)、Synechocystis sp.(Synechocystis属)およびSynechococcus sp.(Synechococcus属)等が挙げられる。さらに具体的にはSynechococcus elongatus PCC 7942(7942株と称する)およびSynechococcus sp. PCC 7002(7002株と称する)等が挙げられる。また、これら藍藻の変異株あるいは形質転換体を用いることもできる。また、藍藻類の生物には、単細胞型の形態を有するものと、多細胞型の形態を有するものと、が存在するが、単細胞型の形態を有する藍藻が、本培養方法における培養対象として好ましい。なお、上記7942株および7002株は、単細胞型の形態を有する藍藻である。
【0033】
(2-1-2.捕食性原生生物)
本培養方法において、培養系に混合される捕食性原生生物としてはオクロ植物類(Ochrophyta)、または、繊毛虫類(Ciliophora)の少なくとも何れかである。より具体的には、オクロモナス目(Ochromonadales)、アンキスツルム目(Scuticociliatida)、ユープロテス目(Euplotida)等の原生生物が挙げられる。オクロモナス目の原生生物としては、より詳細にはOchromonadaceae科等の生物を挙げることができ、さらに詳細には、Uroglena属、Spumella属、Chromulina属、Spumella属、Paraphysomonas属等の生物を、よりさらに詳細には、Poterioochromonas sp.(例えば、Poterioochromonas malhamensis)、Spumella sp.、Chromulina sp.(Chromulina ochromonoides)、Mallomonas sp. (Mallomonas mangofera)、Paraphysomonas sp.(Paraphysomonas vestita)等を挙げることができる。また、アンキスツルム目の原生生物としては、より詳細にはPhilasterida亜目等の生物を挙げることができ、さらに詳細には、Uronematidae科、Parauronematidae科等の生物を、よりさらに詳細には、Uronema属、Parauronema属等の生物を挙げることができ、特に詳細には、Uronema marinum、Parauronema longum等を挙げることができる。オクロ植物類(Ochrophyta)、または、繊毛虫類(Ciliophora)の原生生物は、藍藻の変異を好適に誘導することができるため、好ましい。
【0034】
オクロ植物類、または、繊毛虫類の捕食性原生生物が、藍藻の変異を好適に誘導する理由として、本発明者らは、以下のように推測しているが、本発明は係る理由に限定されるものではない。オクロ植物類、または、繊毛虫類に属する捕食性原生生物(捕食者)は、「濾過摂食」と呼ばれる捕食様式で藍藻等の被食者を捕食する。「濾過摂食」とは、捕食者が自ら水流を起こし、摂食対象である被食者を漉しとって(吸引して)摂餌するという捕食様式である。藍藻等の被食者は、捕食者の口の中に取り込まれなければ(例えば、捕食者よりも物理的に大きくなれば)、濾過摂食による捕食を回避することができる。すなわち、藍藻は、濾過摂食を行う捕食者に対する防衛反応として自身の形状を大型化(変異)させたと推測される。係る推測に基づけば、本培養方法における捕食性原生生物としては、オクロ植物類または繊毛虫類に加え、その他の濾過摂食により摂餌を行う原生生物も好適に利用できると考えられる。
【0035】
(2-1-3.培地)
本培養方法における培地の組成については、培養対象となる藍藻種に応じて、適切な組成を用いればよい。例えば、培養対象となる藍藻が淡水性の種である場合、培地は一般的なBG-11等であってよく、BG-11等の組成を一部改変したものであってもよい。また、培養対象となる藍藻が海水性の種である場合、培地は一般的なMA2等であってよく、MA2等の組成を一部改変したものであってもよい。勿論、これら以外の組成の培地が用いられてもよい。また、培地は液体培地であることが、培養スケールを増加させやすく、pH制御等も行いやすいことから好ましい。
【0036】
混合工程において、混合する前記藍藻と前記捕食性原生生物との細胞数の比率(前記藍藻の細胞数:前記捕食性原生生物の細胞数)は(換言すると、混合工程において培地中に植菌する前記藍藻と前記捕食性原生生物との細胞数の比率は)、特に限定されないが、例えば、10:1~100000:1であってもよく、好ましくは50:1~100000:1であり、より好ましくは100:1~100000:1であり、より好ましくは100:1~10000:1であり、さらに好ましくは100:1~1000:1であり、よりさらに好ましくは150:1~500:1であり、特に好ましくは200:1~300:1である。前記藍藻と前記捕食性原生生物との細胞数の比率が、10:1以下であれば(藍藻10細胞に対し、捕食性原生生物が1細胞以下)、培養系における藍藻の捕食圧が高くなりすぎる虞が無く、すなわち、変異が生じる前に、培養対象である藍藻が全て捕食されてしまう虞がない。また、前記藍藻と前記捕食性原生生物との細胞数の比率が、100000:1以上であれば(藍藻100000細胞に対し、捕食性原生生物が1細胞以上であれば)、捕食性原生生物の存在による藍藻の変異誘導効果を十分に得ることができる。
【0037】
本培養方法において、藍藻の細胞数の測定方法は特に限定されないが、例えば、分光光度計を用いて藍藻培養液のOD750値を測定し、菌体濃度を概算する方法が挙げられる。
【0038】
本培養方法において、捕食性原生生物の細胞数の測定方法は特に限定されないが、例えば、バクテリア計算盤を用いて測定する方法が挙げられる。
【0039】
<2-2.培養工程>
本培養方法における培養工程は、前記混合工程において混合した捕食性原生生物の存在下で、前記藍藻を培養する培養工程である。培養工程は、前記混合工程において混合した、前記藍藻と、前記捕食性原生生物と、を共培養する工程であるとも言える。すなわち、本項においては、培養対象である藍藻および捕食性原生生物、ならびに、使用する培地については、前記<2-1.混合工程>項の記載が適宜援用される。
【0040】
本製造方法における培養工程は、前記混合工程において混合した捕食性原生生物の存在下でさえあれば、その他の培養条件は特に限定されず、公知の藍藻の培養方法を適用することができる。
【0041】
培養工程は、振とう条件下で行ってもよく(振とう培養)、静置条件下で行ってもよい。
【0042】
本培養方法における培養工程は、試験管、フラスコ、濾綿管等を用いた小規模な培養系として培養してもよく、レースウェイ型培養装置、カラム型培養装置、円形ポンド型培養装置、または、パネル型培養装置等を用いた、屋外の大規模な培養系として培養してもよい。また、比較的細胞数の比率を制御しやすい小規模な培養系で変異株を得た後、得られた変異株を大規模な培養系に移して引き続き培養してもよい。
【0043】
培養工程において、前記培地の温度を藍藻の培養に好適な温度として前記藍藻を培養してもよい。換言すると、培養系を藍藻の培養に好適な温度に調整してもよい。藍藻の培養に好適な温度としては、例えば、20~37℃であり、好ましくは23℃~35℃であり、より好ましくは、27℃~33℃である。培養温度は、培養する藍藻の種類によって、適宜変更してもよい。
【0044】
培養工程において、藍藻の培養に好適な光照射時間および光量の光照射下で、前記藍藻を培養してもよい。換言すると、培養系への光照射時間および光量を、藍藻の培養に好適な光照射時間および光量に調整してもよい。
【0045】
藍藻の培養に好適な光照射時間としては、藍藻への24時間あたりの光照射時間が50%より長いことが好ましく、60%以上であることがより好ましく、65%以上であることがより好ましく、70%以上であることがさらに好ましく、100%であることがさらに好ましい。24時間あたりの光照射時間は、連続していてもよく、複数回に分割されていてもよい。培養工程における光照射時間は、藍藻の変異株の発生には直接的には影響しないと考えられる。しかし、24時間あたりの光照射時間を50%より長くすることで、培養中に発生した変異株の成長を促進することができ、その結果、効率的に藍藻の変異株を増殖させることができる。
【0046】
培養工程における24時間あたりの光照射時間は、培養工程における光周期の明期の長さであるともいえる。したがって、培養工程における光周期としては、明期が12時間より長い(暗期が12時間以下)ことが好ましく、明期が16時間以上である(暗期が8時間未満)ことが好ましく、明期が20時間以上(暗期が4時間未満)であることがさらに好ましく、24時間であることがよりさらに好ましい。
【0047】
藍藻の培養に好適な光量としては、例えば、前記藍藻に対する照度が3000~60000lxとなり、好ましくは3300~30000lxとなり、より好ましくは3500~10000lxとなる光量である。培養工程においては、上記範囲の光照射時間かつ上記範囲の光量で光照射を行うことが、より効率的に藍藻の変異株を増殖させることができるため、好ましい。
【0048】
また、培養工程においては、光照射を連続照射で行ってもよく、特定の周期で行ってもよく、自然光の照射として行ってもよい。
【0049】
培養工程において、CO2バブリング(吹き込み)により、培地のpHを制御しながら培養を行ってもよい。藍藻は光合成を行うため、藍藻が含まれる培地は、光合成の影響によって、培養中に培地のpHが上昇する場合があるが、CO2バブリングを行うことにより、培地のpHを藍藻の培養に好適な範囲に制御することができる。
【0050】
〔3.本培養方法により得られる変異株〕
本培養方法によれば、捕食抵抗性を有する藍藻の変異株を得ることができる。このような変異株によれば、大規模培養、特に屋外大規模培養において、培養系における捕食性原生生物のコンタミネーションによる被害を防止することができる。さらに、本培養方法により得られる変異株は、通常の藍藻(変異株となる前の状態)と比して、非常に大きなサイズに伸長する。
【0051】
変異株となる前の藍藻のサイズが、例えば、細胞長(長径)が10μm以下である場合、本培養方法により得られる変異株のサイズは、例えば、細胞長が100μm以上であり、200μm以上であってもよく、300μm以上であってもよく、400μm以上であってもよく、500μm以上であってもよく、750μm以上であってもよい。このように、本培養方法により得られる変異株は、変異株となる前よりも細胞長が数倍から数百倍のサイズとなり得る。
【0052】
また、本培養方法により得られた変異株は、培養工程後に変異株と捕食性原生生物とを分離して、変異株のみを培地中で培養しても、その形質(大きくなった形態)は維持される。そのため、変異株を物質生産(バイオプロダクション)に用いる場合は、単離した変異株を用いることも可能である。なお、変異株の回収は、その大きさから、沈降等によって容易に実施可能である。したがって、本培養方法によれば、生産目的物質(バイオプロダクション)の生産量の増加が見込め、さらに、培養系からの菌体の回収が容易である。
【0053】
以上のように、本培養方法によれば、捕食性原生生物による捕食生物のコンタミネーションの問題を回避し、藍藻の増殖を維持し、生産目的物質の生産量、品質等を維持することができる。すなわち、生産目的物質(藍藻の変異株自体を含む)を、安定、かつ、低コストに生産することができる。
【0054】
〔4.本発明のスクリーニング方法〕
一定数以上の捕食性原生生物の存在下で藍藻を培養(共培養)した場合、捕食抵抗性を有しない藍藻は、捕食の影響を受け、増殖することができず、細胞数が減少する。一方で、捕食抵抗性を有する藍藻(藍藻の変異株)は、捕食性原生生物の存在下でも、捕食の影響を受けず、増殖できるため、細胞数が増加する。すなわち、捕食抵抗性を有しない藍藻(例えば、野生株)と、捕食抵抗性を有する藍藻(藍藻の変異株)とからなる藍藻の集団を、捕食性原生生物と共培養すると、藍藻間で捕食性原生生物の捕食に対する感受性(影響)の差が生じる。このことは、捕食性原生生物の捕食に対する感受性(影響)の差に基づき、前記藍藻の集団から、捕食抵抗性を有する藍藻のみを選別(スクリーニング)できることを示している。
【0055】
すなわち、本発明の一実施形態において、捕食抵抗性を有する藍藻の変異株のスクリーニング方法を提供する。本発明の一実施形態に係る捕食抵抗性を有する藍藻の変異株のスクリーニング方法(以下、「本発明の一実施形態に係る捕食抵抗性を有する藍藻の変異株のスクリーニング方法」を、「本スクリーニング方法」と称する場合がある)は、藍藻と、捕食性原生生物と、を培地中に混合する混合工程と、前記混合した捕食性原生生物の存在下で、前記藍藻を培養する培養工程と、を有する。
【0056】
本スクリーニング方法によれば、捕食抵抗性を有する藍藻の変異株をスクリーニングすることができる。
【0057】
本スクリーニング方法によりスクリーニングできる藍藻の変異株としては、捕食抵抗性を有する限り特に限定されない。例えば、本培養方法により得られる変異株であってもよく、薬剤変異あるいは遺伝子導入(変異)等の方法により得られた、藍藻の変異株であってもよい。
【0058】
本スクリーニング方法における、混合工程、および、培養工程の具体的な態様については、前記〔2.本発明の培養方法〕項(特に、<2-1.混合工程>項および<2-2.培養工程>項)の説明を適宜援用することができる。
【0059】
本発明には、以下の態様が含まれる。
〔1〕藍藻と、捕食性原生生物と、を培地中に混合する混合工程と、前記混合した捕食性原生生物の存在下で、前記藍藻を培養する培養工程と、を有し、前記捕食性原生生物は、オクロ植物類(Ochrophyta)または繊毛虫類(Ciliophora)の少なくとも何れかである、藍藻の培養方法。
〔2〕前記混合工程における、前記藍藻と前記捕食性原生生物との細胞数の比率(前記藍藻の細胞数:前記捕食性原生生物の細胞数)は、10:1~100000:1である、〔1〕に記載の藍藻の培養方法。
〔3〕前記培養工程では、前記培地の温度を20~37℃として前記藍藻を培養する、〔1〕または〔2〕に記載の藍藻の培養方法。
〔4〕前記培養工程における、24時間あたりの光照射時間が50%より長い、〔1〕~〔3〕のいずれか1つに記載の藍藻の培養方法。
〔5〕前記培養工程では、3000~60000lxの光照射下で前記藍藻を培養する、〔1〕~〔4〕のいずれか1つに記載の藍藻の培養方法。
〔6〕前記藍藻は、Synechococcus sp. PCC 7002、または、Synechococcus elongatus PCC 7942である、〔1〕~〔5〕のいずれか1つに記載の藍藻の培養方法。
〔7〕前記捕食性原生生物は、オクロモナス目(Ochromonadales)あるいはアンキスツルム目(Scuticociliatida)である〔1〕~〔6〕のいずれか1つに記載の藍藻の培養方法。
〔8〕藍藻と、捕食性原生生物と、を培地中に混合する混合工程と、前記混合した捕食性原生生物の存在下で、前記藍藻を培養する培養工程と、を有し、前記捕食性原生生物は、オクロ植物類(Ochrophyta)または繊毛虫類(Ciliophora)の少なくとも何れかである、捕食抵抗性を有する藍藻の変異株のスクリーニング方法。
〔9〕前記混合工程における、前記藍藻と前記捕食性原生生物との細胞数の比率(前記藍藻の細胞数:前記捕食性原生生物の細胞数)は、10:1~100000:1である〔8〕に記載の捕食抵抗性を有する藍藻の変異株のスクリーニング方法。
【実施例0060】
以下、実施例により本発明の一実施形態をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。
【0061】
〔実施例1〕
<1.捕食性原生生物の同定>
実施例で使用したBG-11培地は、下記の組成に従って調製した。
NaNO3:3.0g、K2HPO4:30mg、MgSO4・7H2O:75mg、CaCl2・2H2O:36mg、クエン酸:6mg、Na2・EDTA:1mg、Na2CO3:20mg、H3BO3:2.86mg、MnCl2・4H2O:1.81mg、ZnSO4・7H2O:222μg、Na2MoO4・2H2O:0.39mg、CuSO4・5H2O:79μg、Co(NO3)2・6H2O:49.4μg、ビタミンB12:1μg、蒸留水:1L。
【0062】
(1-1.藍藻の培養)
実施例で使用した藍藻の培養方法は以下の通りであった。グロースキャビネット(SANYO, MLR-350H)を用いて、約50μmol/m2/s(4000lx)の光照射条件下でBG-11培地に対して1%容量となるように藍藻(7942株)を植菌し、培地の温度を30℃として培養した。
【0063】
通気培養を行う場合には、培養中、無菌的な2%CO2(v/v)を含む空気を培養系内に通気するために、滅菌した綿濾管を容器として使用し、BG-11培地は50mL使用した。振盪培養を行う場合には、10mL試験管を容器として使用し、BG-11培地は10mL使用した。また、振盪培養においては、Bio-Shaker BR-43FL (TAITEC)を用いて、培地の温度を30℃、振盪速度200rpmの条件で培養した。
【0064】
(1-2.環境中の水を用いた培地の作製)
表1に示す環境水のサンプルを用いて、当該サンプルのうちの何れか1種類を含む培地、すなわち、当該サンプル中に含まれる原生生物を含む培地を計4種類作製した。通常の培養では、滅菌した純水を使用して培地を作製するが、本工程ではその代わりに各サンプルの水を未滅菌のまま添加して、原生生物を含む培地を作製した。各サンプルの採取地、採取日、水系の特徴は表1の通りである。なお、表1中、バイオリアクターで採取されたサンプルは、兵庫県立大学大学院理学研究科(菓子野康浩研究室)の100Lフォトバイオリアクターで実施された藍藻の培養実験中に捕食被害が発生した培養液であり、他のサンプルは、東広島市内の河川等から採取した水である。
【0065】
【0066】
(1-3.原生生物による捕食被害の再現)
前記1-2.項で作製した各サンプルを含む培地を綿濾管に50mLずつ入れ、1Mのリン酸(Pi)溶液を、終濃度0.2mMとなるように添加した。なお、本明細書において、濾綿管とは、培養用試験管を加工して作製したアダプターに布団綿を詰め、シリコ栓をつけ、培養用試験管にセットしたものを意図する。さらに、前記濾綿管中の培地に対して1%容量の7942株培養液(対数期中期)を植菌した。50μmol/m2/s(4000lx)の光照射下で、培地の温度を約30℃に設定し、培養(濾綿管中の藍藻および原生生物類の培養)を行った。培養中、ガス混合装置KOFLOC BR-2Cを用いて、2%CO2ガスを前記培養中の培地(以下、原生生物培養液とも称する)中に通気した。
【0067】
(1-4.捕食性原生生物の単離および培養)
前記1-3.項で培養した培養液(捕食被害を再現した培養液)には、複数種の原生生物やバクテリアが含まれるため、捕食性原生生物のみを限界希釈法により培養液から単離した。より具体的には、以下の操作により捕食性原生生物を単離した。まず、バクテリアカウンターを用いて、前記培養液からサンプリングした試料溶液に含まれる原生生物数を計数した。次に、96ウェルプレートの各ウェルにBG-11培地を分注し、1%容量の7942株培養液(対数期中期)を植菌した。続いて、捕食性原生生物の細胞数が、前記各ウェルに植菌した7942株1細胞に対して、0.1細胞になるように、前記原生生物培養液の希釈溶液を加え、総量を100μLとした。この96ウェルプレートをグロースキャビネットを用いて、およそ50μmol/m2/s(4000lx)の光照射下、30℃で前記96ウェルプレートに植菌した7942株および原生生物の培養を行った。培養開始数日後、原生生物による捕食によって藍藻の増殖が抑制され、培養液が透明になったウェルを選択し(すなわち、捕食性原生生物が存在するウェルを選択し)、顕微鏡観察によって捕食性原生生物の存在を確認した。藍藻の増殖が抑制された培養液全量(約100μL)を順次スケールアップし、捕食性原生生物の単離株培養系とした。全ての過程において、BG-11培地に抗生物質(Gentamycin 2mg/L、Kanamycin 50mg/L、および、Spectinomycin 40mg/L:いずれも終濃度)を添加し、環境水由来バクテリアの除去を行った。
【0068】
(1-5.捕食性原生生物の同定)
単離株培養系として単離された捕食性原生生物の同定を行うため、18S rDNA配列を対象としたシーケンス解析を行った。具体的には、1mLの単離株培養系(培養液)を12,000×gで遠心し、上清を捨て、滅菌水で3回洗浄し、菌体ペレットにした。菌体ペレットを50μLの滅菌水で懸濁し、テンプレートとした。PCRはKAPA Taq DNA polymeraseを使用し、表2に示す真核生物のユニバーサルプライマーEukA(配列番号1)、およびEukB(配列番号2)を用いて、PCRによりDNAの増幅を行った(対象配列約1.7kbp)。PCRの反応条件を表3に示す。
【0069】
【0070】
【0071】
増幅したDNAについてゲル電気泳動を行い、得られた約1.7kbpのバンドをゲルから切り出し、Wizard(登録商標) SV Gel and PCR Clean-Up System (Promega)を用いてDNAを精製した。
【0072】
精製したDNAをテンプレートとし、表2に示すプライマーNo.1~4(配列番号1~4)を用いてDNAシークエンス解析を行った。シークエンス解析は株式会社ファスマックに依頼した。シークエンス解析により得られたDNA配列から、BLAST (blastn)により相同性解析を行い、最も相同性の高いものを最近縁種とした。最近縁種として同定された捕食性原生生物の種名および相同性を表4に示す。
【0073】
【0074】
<2.藍藻と捕食性原生生物との共培養における藍藻の細胞長変化>
(2-1.藍藻とPoterioochromonasとの共培養)
前記工程で単離・同定した捕食性原生生物(Poterioochromonas malhamensis、以下「Poterioochromonas」と略記する場合がある)と、藍藻とを混合し、共培養を行った。共培養に用いた藍藻とPoterioochromonasの種類、および混合(植菌)した細胞数比を表5に示す。表5中、Poterioochromonasの細胞数はバクテリア計算盤を用いて計測した値である。また、藍藻の細胞数は分光光度計を用いて藍藻培養液のOD750値を測定し、藍藻培養液のOD750値=1の場合の菌体濃度を、108cells・mL-1として概算した値である。
【0075】
【0076】
シリコ栓を付けた200mL三角フラスコ(オートクレーブ滅菌済み)に50mLのBG-11培地を加え、1Mのリン酸(Pi)溶液を、終濃度0.2mMとなるように添加した。細胞数が10
8cellsになるように、7942株を前記培地に植菌し、さらにPoterioochromonasを、その細胞数が植菌した藍藻の細胞数(10
8cells)に対して、300:1(3.3×10
5cells)または200:1(5×10
5cells)となるように植菌した。光照射棚を用いて、当該フラスコを、約30℃、50μmol/m
2/s(4000lx)の光照射下で、シェイカーを用いて80rpmで旋回攪拌しながら、当該フラスコ内に植菌した藍藻およびPoterioochromonasの共培養を行った。また、コントロール(捕食性原生生物が存在しない培養系)として、Poterioochromonasを植菌しなかったこと以外は、前記の方法と同様の条件で、7942株を培養(単独培養)した。顕微鏡により観察した、培養(共培養)後の7942株の外観を
図2に示す。
図2より明らかなように、コントロールの藍藻(7942株)は(
図2左図)、50μm以下の細胞長であるのに対して、捕食性原生生物との共培養後の藍藻は(
図2右図)、細胞が50μm以上に伸長し、その形状も大きく異なることが分かる。
【0077】
培養期間を通じて藍藻(7942株)の細胞数および細胞長の変化を測定した。藍藻の細胞数は、培養液のOD
750値として測定し、藍藻の細胞長は、顕微鏡用イメージングソフトウェアcellSens(登録商標) (OLYMPUS)の簡易計測(測長)の機能を用いて測定した。細胞数の変化の測定結果を
図3に、細胞長の変化の測定結果を
図4に、それぞれ示す。
【0078】
図3および4より明らかなように、コントロール(Ochromonasなし)の培養系では、OD値(細胞数)が経時的に増加するものの(
図3上図)、各細胞の細胞長はほとんど変化しないこと、特に50μmを超える細胞長を有する細胞は出現しないことが分かる(
図4下図)。一方で、藍藻およびPoterioochromonasの共培養系では、培養開始から15日間程度は藍藻の細胞数は見かけ上変化しない(
図3下図)。これは、Poterioochromonasによる捕食の影響によるものと推察される。しかしながら、培養開始から5日後には、50μmを超える細胞長を有する異常伸長した細胞(伸長株)が確認でき(
図4下図)、以降、伸長株がさらに伸長するとともに、藍藻全体における伸長株比率が増加する(優占化する)ことが確認できた。さらに、伸長株比率が増加するとともに、OD値(細胞数)も増加することが確認できた。
【0079】
すなわち、藍藻を、特定の比率の捕食性原生生物(Poterioochromonas)の存在下で培養(共培養)することにより、異常伸長した藍藻株である伸長株が得られること、すなわち、藍藻の変異を誘導できることが示された。さらに、当該伸長株は、Poterioochromonasの存在下であっても、細胞数が増加できることから、捕食性原生生物に対する捕食抵抗性を有する変異株であることが示唆された。
【0080】
(2-2.藍藻伸長株の単離)
Poterioochromonasとの共培養を行った培養液中には、様々な細胞長の藍藻が含まれており、ヘテロな表現型の細胞が混在していると予想された。そこで得られた伸長株を単一化して解析するため、シングルコロニーアイソレーションにより伸長株の単離を行った。具体的な操作は以下の通りである。まず、伸長株が含まれる培養液を10倍、100倍、および、1000倍希釈してBG-11培地(リン酸濃度0.2mM)プレートにスプレッドし、50μmol/m2/s(4000lx)の光照射下、培養温度30℃で約10日間培養し、コロニーを得た。得られたコロニーを2mLのBG-11培地(リン酸濃度0.2mM)を加えた6ウェルプレートに植菌し培養を行った。約7日間培養した後、50mLスケールで培養し、伸長株の単離株(以下、単に単離株と称する)を得た。単離株はそれぞれ独立したコロニーから3種類(単離株A、単離株B、単離株C)を取得した。
【0081】
(2-3.伸長株の細胞長の推移観察)
単離した伸長株を、グロースキャビネットを用いて、およそ50μmol/m
2/s(4000lx)の光照射下、30℃(捕食性原生生物の非存在下)で、50mLスケールの振とう条件で継代培養を行った。その際、前記2-1項と同様の方法で、経時的に伸長株の細胞長を測定した。継代1回目、および2回目の細胞長の割合を、
図5に示す。
図5上部の2つのグラフが伸長株Aの細胞長の変化を示し、下部の2つのグラフが伸長株Bの細胞長の変化を示す。
図5から明らかなように、捕食性原生生物の非存在下で継代培養を行った場合であっても、伸長株の形質(伸長形態)が維持されることが示された。
【0082】
(2-4.単離した伸長株の捕食抵抗性試験)
単離された伸長株と、捕食性原生生物であるPoterioochromonasとの共培養を行い、伸長株の捕食抵抗性を評価した。共培養に用いた藍藻株およびPoterioochromonas株の種類、ならびに細胞数比を表6に示す。Poterioochromonasの細胞数は、バクテリア計算盤を用いた方法により測定し、藍藻の細胞数は、OD値として測定した。結果を
図6に示す。
【0083】
図6より明らかなように、通常の(変異していない)藍藻株は、Poterioochromonasの存在下では増殖を行えず、Poterioochromonasの非存在下での培養と比して細胞数が大きく減少する。それに対し、単離した伸長株は、Poterioochromonasの存在下であっても、細胞数をある程度増加できること、すなわち、捕食性原生生物の捕食に対する抵抗性を有することが示された。
【0084】
【0085】
(2-5.細胞数比を変更した条件での伸長株への変異の確認)
藍藻(7942株)と、Poterioochromonasと、を表7に示す細胞数比で混合したこと以外は、(2-1.藍藻とPoterioochromonasとの共培養)項に記載の方法と同様の方法により、共培養を行った。また、コントロールとして、Poterioochromonasを植菌しなかったこと以外は、前記の方法と同様の条件で、7942株を培養(単独培養)した。なお、表7中、Poterioochromonasの細胞数はバクテリア計算盤を用いた方法により測定した値であり、藍藻の細胞数は、OD値として測定した値である。
【0086】
【0087】
顕微鏡により観察した、9日間の培養(共培養)後の7942株の外観を
図7に示す。
図7より明らかなように、コントロールの藍藻(7942株)は(
図7左上図)、細胞の形態が変化せず、また、細胞長も50μm以下である。一方で、捕食性原生生物との共培養後の藍藻は、細胞数比が、50:1の場合(
図7右上図)、100:1の場合(
図7左下図)、1000:1の場合(
図7右下図)、の何れの場合でも、細胞が50μm以上に伸長し、その形状も大きく変化している。すなわち、伸長株へと変異したことが分かる。
【0088】
<3.海洋性藍藻の伸長確認実験>
MediumA2(MA2)培地は下記組成に従って調製した。
NaNO3:1.49g、KH2PO4:50mg、NaCl:18g、MgSO4・7H2O:5g、CaCl2・2H2O:0.37g、KCl:0.6g、Na2EDTA・2H2O:32mg、FeCl3・6H2O:8mg、H3BO3:34mg、MnCl2・4H2O:4.3mg、ZnCl2:0.32mg、Na2MoO4・2H2O:50μg、CuSO4・5H2O:3.0μg、CoCl2・6H2O:12μg、cobalamin:4.0μg、tris(hydroxymethyl)aminomethane:8.3mM、蒸留水:1L。
【0089】
海水を用いた培地を作製する場合は、MA2培地からNaClおよびMgSO4・7H2Oを除き、蒸留水1Lに変えて、海水1Lに前記各成分を添加して調製した。天然の海水は広島県呉市倉橋町(採取年月日2021年5月3日)および広島県三原市(採取年月日2021年6月26日)より採取し、前記方法に従って海水を含む培地を調製した。
【0090】
(3-1.藍藻(7002株)の培養)
綿濾菅に50mLのMA2培地を入れ、1%容量(0.5mL)となるように7002株を植菌し、30℃で培養(通気培養)した。通気培養には無菌的な2%CO2(v/v)を使用し、グロースキャビネット(SANYO, MLR-350H)を用いて、約50μmol/m2/s(4000lx)の光照射下で培養した。海水を用いて調製したMA2でも同様に7002株の培養を行い、経過を観察した。培養経過4日後あたりから、海水を用いた培養液の色調が緑色から黄変したため、顕微鏡観察を行ったところ、繊毛虫様の原生生物が多数出現している様子が観察された。この繊毛虫は大きさが約20~50μmの楕円形であり、水流を起こして藍藻を吸い取りながら細胞内に取り込む様子が確認された。
【0091】
(3-2.捕食性原生生物の同定)
出現した原生生物を、18SrDNA配列を対象としたシーケンス解析により同定した。同定方法は、前記1-5項と同様に行った。最近縁種として同定された捕食性原生生物の種名および相同性を表8に示す。
【0092】
【0093】
(3-3.伸長細胞形態の観察)
前記3-1項で、7日目の培養液(通常のMA2培地、および海水を含むMA2培地)を光学顕微鏡で観察した。観察結果を
図8に示す。
図8より明らかなように、通常のMA2培地で培養を行った藍藻(7002株)は(
図8の符号A)、単細胞で、細胞長は1~2μmである一方で、海水を含むMA2培地で(すなわち、捕食性原生生物である繊毛虫の存在下で)培養した藍藻では、細胞が複数個連結し、細胞長が数十μm~数百μmに伸長した細胞(伸長株)が確認された(
図8の符号B~D)。また、これらの伸長株は、繊毛虫の捕食を受けていない様子が観察された。
【0094】
(3-4.伸長株(7002株伸長細胞)の単離)
前記3-3項で伸長株が見受けられた培養液を希釈し、MA2寒天培地にスプレッドした。このプレートを30℃、約50μmol/m2/s(4000lx)光照射下でインキュベートし、シングルコロニーを形成させた。得られたシングルコロニーを釣菌し、MA2液体培地に植菌して培養を行った。3日後に培養液の一部を採取して、光学顕微鏡による観察を行ったところ、伸長している細胞が確認された。すなわち、海洋性の藍藻株(7002株)において、捕食性原生生物が存在しない状況下においても、伸長形態は維持されることが示された。
【0095】
<4.藍藻と捕食性原生生物との共培養における光照射時間の変化の影響>
捕食性原生生物であるPoterioochromonasと、藍藻(7942株)とを混合し、共培養を行った。
【0096】
より具体的には、シリコ栓を付けた200mL三角フラスコ(オートクレーブ滅菌済み)に50mLのBG-11培地を加え、1Mのリン酸(Pi)溶液を、終濃度0.2mMとなるように添加した。細胞数が10
7cellsになるように、7942株を前記培地に植菌し、さらにPoterioochromonasを、その細胞数が植菌した藍藻の細胞数(10
7cells)に対して、1:100(10
5cells)となるように植菌した。なお、共培養に用いた藍藻およびPoterioochromonasの細胞数は上記2-1項に記載の方法で測定した値である。光照射棚を用いて、当該フラスコを、約30℃、光量50mol/m
2/s(4000lx)の条件下で、光照射時間を24時間あたり50%(明期(Light)12時間/暗期(Dark)12時間、明暗サイクルあり)、24時間あたり66.7%(明期16時間/暗期8時間、明暗サイクルあり)または24時間あたり100%(明期24時間/暗期0時間、明暗サイクルなし)にそれぞれ調整した。シェイカーを用いて80rpmで旋回攪拌しながら、各条件下での上記フラスコ内に植菌した藍藻およびPoterioochromonasの共培養を行った。顕微鏡により観察した、培養(共培養)25日後の7942株の外観を
図9に示す。
図9より明らかなように、光照射時間を24時間あたり50%として共培養した培養系においては、藍藻(7942株)は、培養25日後時点では50μm以上の細胞長を有する藍藻(伸長株)は未だ確認できない。一方で、光照射時間を24時間あたり100%として培養した培養系においては、培養25日後時点で、細胞が50μm以上に伸長した藍藻(伸長株)が多数確認できた。
【0097】
培養期間を通じて、各条件下における藍藻(7942株)の細胞長の変化を測定した。藍藻の細胞長は、顕微鏡用イメージングソフトウェアcellSens(登録商標) (OLYMPUS)の簡易計測(測長)の機能を用いて測定した。細胞長の変化の測定結果を
図10および
図11に示す。
【0098】
図10は、培養25日後時点の、光照射時間が24時間あたり50%(明暗サイクルあり)の培養系および光照射時間が24時間あたり100%(明暗サイクルなし)の培養系における、藍藻の細胞長(Length、対数値)の測定結果を示す図である。
図10より、培養25日後時点において、光照射時間が24時間あたり50%の培養系では、大きく伸長した細胞は未だ出現していない。一方で、光照射時間が24時間あたり100%の培養系では、大きく伸長した細胞(伸長株)を多数出現していることが分かる。
【0099】
図11は、培養12日後および20日後時点の、光照射時間が24時間あたり66.7%(明暗サイクルあり)の培養系および光照射時間が24時間あたり100%(明暗サイクルなし)の培養系における、藍藻の細胞長(Length)の測定結果を示す図である。
図11より、光照射時間が24時間あたり100%(明暗サイクルなし)の培養系では、培養後12日後時点で大きく伸長した細胞(伸長株)が多数出現し、培養20日後においても細胞の伸長が維持されている。一方で、光照射時間が24時間あたり66.7%の培養系では、培養20日後時点で、明暗サイクルなしの条件と同程度に大きく伸長した細胞(伸長株)が多数出現することが分かる。
【0100】
以上より、藍藻を捕食性原生生物(Poterioochromonas)の存在下で培養(共培養)する際に、培養中の光照射時間をより長く(例えば、24時間あたり50%より長く)することにより、効率的に伸長株を増殖させることができることが示された。