(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023043525
(43)【公開日】2023-03-29
(54)【発明の名称】細胞培養器、細胞培養キット、および細胞培養方法
(51)【国際特許分類】
C12M 3/00 20060101AFI20230322BHJP
C12N 5/071 20100101ALI20230322BHJP
【FI】
C12M3/00 Z
C12N5/071
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021151208
(22)【出願日】2021-09-16
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002952
【氏名又は名称】弁理士法人鷲田国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】黒川 孝幸
(72)【発明者】
【氏名】勝山 吉徳
(72)【発明者】
【氏名】グン 剣萍
(72)【発明者】
【氏名】田中 伸哉
(72)【発明者】
【氏名】津田 真寿美
【テーマコード(参考)】
4B029
4B065
【Fターム(参考)】
4B029AA08
4B029AA21
4B029BB11
4B029GA03
4B029GB04
4B029GB10
4B065AA90X
4B065BC46
4B065CA60
(57)【要約】
【課題】簡便な方法でハイドロゲルを細胞培養器のウェル内に収容可能である細胞培養器を提供する。
【解決手段】ハイドロゲル上で細胞を培養するためのウェルを有する細胞培養器であり、当該細胞培養器は、表裏方向に延在する貫通孔を有する本体部と、前記本体部の裏側に配置される弾性部と、を有し、前記本体部は、前記貫通孔の一部であって前記本体部の表側に開口する第1貫通孔を含み、前記ウェルの側壁の一部を構成する、環状の側壁部と、前記貫通孔の一部であって前記本体部の裏側に開口する第2貫通孔を含み、前記ウェルの側壁の一部を構成する、環状の打抜き刃と、を有し前記ウェルは、前記打抜き刃と前記弾性部とを当接させたときに、前記貫通孔の内周面、および前記弾性部に囲まれる領域である。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハイドロゲル上で細胞を培養するためのウェルを有する細胞培養器であって、
表裏方向に延在する貫通孔を有する本体部と、
前記本体部の裏側に配置される弾性部と、
を有し、
前記本体部は、
前記貫通孔の一部であって前記本体部の表側に開口する第1貫通孔を含み、前記ウェルの側壁の一部を構成する、環状の側壁部と、
前記貫通孔の一部であって前記本体部の裏側に開口する第2貫通孔を含み、前記ウェルの側壁の一部を構成する、環状の打抜き刃と、
を有し、
前記ウェルは、前記打抜き刃と前記弾性部とを当接させたときに、前記貫通孔の内周面、および前記弾性部に囲まれる領域である、
細胞培養器。
【請求項2】
前記ハイドロゲルは、平衡膨潤させたハイドロゲルシートを前記打抜き刃で打抜くとともに、前記打抜き刃を前記弾性部に密着させることで、前記ウェル内に収容される、
請求項1に記載の細胞培養器。
【請求項3】
前記第1貫通孔および前記第2貫通孔の境界において、前記第1貫通孔の水平方向の断面積が、前記第2貫通孔の水平方向の断面積よりも小さい、
請求項1または2に記載の細胞培養器。
【請求項4】
前記本体部は、複数の前記側壁部と、前記複数の側壁部にそれぞれ対応する複数の前記打抜き刃と、を有する、
請求項1~3のいずれか一項に記載の細胞培養器。
【請求項5】
前記弾性部が、シリコーンエラストマーを含む、
請求項1~4のいずれか一項に記載の細胞培養器。
【請求項6】
前記本体部が樹脂を含む、
請求項1~5のいずれか一項に記載の細胞培養器。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか一項に記載の細胞培養器と、
ハイドロゲルシートと、
を含む細胞培養キット。
【請求項8】
請求項1~6のいずれか一項に記載の細胞培養器を用いた細胞の培養方法であり、
目的に応じた液体培地により平衡膨潤させたハイドロゲルシートを、前記打抜き刃と前記弾性部との間に挟む工程と、
前記打抜き刃を前記弾性部側に押し込み、前記ハイドロゲルシートを打抜くことで、打抜き後のハイドロゲルを前記ウェル内に収容する工程と、
前記ハイドロゲル上で細胞を培養する工程と、
を含む、細胞培養方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養器、細胞培養キット、および細胞培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞や菌を培養する際には、一般的に、シャーレやマイクロプレートと呼ばれる、ガラス製、あるいはプラスチック製の専用の容器(以下、「細胞培養器」とも称する)が用いられる。これらの細胞培養器において、培養に使用される部分の形状は、平らな底面を有する単純な円筒形であることがほとんどである。
【0003】
ここで、細胞培養方法として、細胞培養器内に寒天ゲルの培地を載置する、固体培養が広く知られている。当該固体培養では、蒸留水に粉末寒天と液体培地とを加えて加熱溶解させ、当該溶液を冷めないうちに細胞培養器に注ぐ。そして、当該溶液を冷却・ゲル化させることで、培地が得られる。また、寒天に限らず、固体培養に用いるゲル化剤はサイズ変化がほとんどなく、細胞培養器との間に隙間が生じ難かった。
【0004】
ここで、本発明者らは、特定の合成高分子ゲルを足場としてガン細胞を培養すると、一部が幹細胞に転化し増殖する現象を見出し、高濃度のガン幹細胞を得る方法として提案している(例えば特許文献1、および非特許文献1、2等)。これまでもガン幹細胞を増やす方法はあったが、どれも高額な装置や試薬を必要とし、しかも少量のガン幹細胞を得るために2~3週間もの期間を要していた。これに対し、上記方法によれば、少量のガン細胞を合成高分子ゲル上で数日間培養するだけで、従来法と同程度の量のガン幹細胞を得ることが可能となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Jian Ping Gong, “Materials both Tough and Soft”, Science, Vol.344, pp.161-162.
【非特許文献2】Jun Suzuka, et al., “Rapid reprogramming of tumour cells into cancer stem cells on double-network hydrogels”, Nature Biomedical Engineering, Vol. 5, pp. 914-925.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ただし、上記現象を引き起こす合成高分子ゲルは、培養に用いる液体培地の液性によってサイズが変わりやすいという課題があった。また、上記合成高分子ゲル以外のゲル等でも、温度変化や液体培地の液性等によってサイズが変わりやすいゲルは多く存在する。
【0008】
ここで、細胞培養器に、液体培地の液性等によってサイズが変わりやすい含水性ゲル(本明細書では、これらを総称して「ハイドロゲル」とも称する)を収容すると、当該ハイドロゲルが膨潤した場合には、皺が発生したり、割れが発生したりする。また、ハイドロゲルが収縮した場合には、細胞培養器とハイドロゲルとの間に細胞が落ちてしまったり、細胞培養器内でハイドロゲルが浮いてしまい、細胞がハイドロゲルの裏側に回り込んでしまうなどし、顕微鏡による培養細胞の状態観察や細胞数の計数等に支障が生じる結果につながる。
【0009】
そのため、細胞培養に膨潤収縮性ハイドロゲルを使用する場合には、当該ハイドロゲルをサイズ変化がなくなるまで液体培地に浸漬(本明細書では「平衡膨潤」とも称する)してから細胞培養器の形状に合わせて切断し、1枚ずつ細胞培養器のウェル内に入れていた。
【0010】
ここで、貴重な細胞および薬剤を用いて、何種類もの薬剤を一度にスクリーニングしたい場合、小容量の96穴マイクロプレート等を選択すべきである。しかしながら、上述のように、ハイドロゲルをウェルの形状に合わせて切断し、さらに96ヵ所の穴(ウェル)1つ1つに入れていく作業はとても現実的とは言えない。
【0011】
本発明は、簡便な方法でハイドロゲルシートを細胞培養器のウェルの形状に合わせて切断し、かつウェル内に容易に切断後のハイドロゲルを収容可能な細胞培養器、細胞培養キット、および当該細胞培養器を用いた細胞培養方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、ハイドロゲル上で細胞を培養するためのウェルを有する細胞培養器であって、表裏方向に延在する貫通孔を有する本体部と、前記本体部の裏側に配置される弾性部と、を有し、前記本体部は、前記貫通孔の一部であって前記本体部の表側に開口する第1貫通孔を含み、前記ウェルの側壁の一部を構成する、環状の側壁部と、前記貫通孔の一部であって前記本体部の裏側に開口する第2貫通孔を含み、前記ウェルの側壁の一部を構成する、環状の打抜き刃と、を有し、前記ウェルは、前記打抜き刃と前記弾性部とを当接させたときに、前記貫通孔の内周面、および前記弾性部に囲まれる領域である、細胞培養器を提供する。
【0013】
本発明は、上記細胞培養器と、ハイドロゲルシートと、を含む細胞培養キットも提供する。
【0014】
本発明は、上記細胞培養器を用いた細胞の培養方法であり、目的に応じた液体培地により平衡膨潤させたハイドロゲルシートを、前記打抜き刃と前記弾性部との間に挟む工程と、前記打抜き刃を前記弾性部側に押し込み、前記ハイドロゲルシートを打抜くことで、打抜き後のハイドロゲルを前記ウェル内に収容する工程と、前記ハイドロゲル上で細胞を培養する工程と、を含む、細胞培養方法も提供する。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、簡便な方法でウェル内にハイドロゲルを収容可能であり、例えばウェルが複数ある場合にも、ハイドロゲルシートを細胞培養器のウェルの形状に合わせて一度に切断し、かつすべてのウェル内に容易に切断後のハイドロゲルを収容可能な細胞培養器、これを含む細胞培養キット、さらには当該細胞培養器を用いた細胞培養方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】
図1Aは、本発明の一実施形態に係る細胞培養器およびハイドロゲルシートを含む細胞培養キットの分解斜視図であり、
図1Bは、
図1Aに示す細胞培養キットの完成した状態の斜視図である。
【
図2】
図2Aは、本発明の一実施形態に係る細胞培養器における、ハイドロゲルシートを打抜く前の本体部および弾性部の概略断面図であり、
図2Bは、ハイドロゲルシートを打抜いた後の本体部および弾性部の概略断面図であり、
図2Cは、各ウェル内に細胞培養用の液体培地を添加した後の本体部および弾性部の概略断面図である。
【
図3】
図3Aは、実施例2の止水効果テストの結果であり、
図3Bは、比較例1の止水効果テストの結果であり、
図3Cは、比較例2の止水効果テストの結果である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の細胞培養器は、細胞を培養するためのウェルを有し、当該ウェルにハイドロゲルを収容し、当該ハイドロゲル上で細胞を培養するための容器である。なお、本明細書において、ウェルとは、細胞を培養するための凹状の構造をいい、井筒形状とも称される構造である。上述のように、従来の細胞培養器では、ハイドロゲルシートをウェルの形状に合わせて裁断し、裁断後のハイドロゲルこれを一つずつウェル内に入れる作業が必要であった。これに対し、本発明の細胞培養器では、ハイドロゲルシートをウェルの形状に合わせて打抜き可能であり、さらに打抜き後のハイドロゲルをそのままウェル内に収容できる。したがって、ウェルの数が多い場合にも、簡便な作業でウェル内にハイドロゲルを収容できる。
【0018】
(細胞培養器の構成)
以下、本発明の細胞培養器の一実施形態について、
図1および
図2を参照して詳細に説明する。ただし、本発明の細胞培養器は、当該構成に限定されない。
図1Aは、当該細胞培養器1およびハイドロゲルシート100を含む細胞培養キット110の分解斜視図であり、
図1Bは、当該細胞培養キット110が完成した状態の斜視図である。また、
図2Aは、ハイドロゲルシート100を打抜く前の本体部10および弾性部20の概略断面図であり、
図2Bは、ハイドロゲルシート100を打抜いた後の本体部10および弾性部20の概略断面図であり、
図2Cは、打ち抜かれたハイドロゲルシート100と第1貫通孔11aで構成されるウェル50に液体培地60を添加した後の状態を示す概略断面図である。なお、
図2A~
図2Cでは便宜上、外形線を一部省略する。
【0019】
細胞培養器1は、表裏方向に延在する貫通孔11を有する本体部10と、当該本体部10の裏側に配置される弾性部20と、を有する。本実施形態の細胞培養器1は、本体部10および弾性部20を収容するための筐体30、および内部の汚染を防ぐためのカバー(図示せず)をさらに有する。ただし、細胞培養器1は、必ずしも筐体30およびカバーを有していなくてもよい。
【0020】
本実施形態の細胞培養器1では、上記本体部10が有する打抜き刃13と、弾性部20とを当接させたときに、貫通孔11の内周面、および弾性部20に囲まれる領域が、ウェル50となる。本実施形態では、本体部10が、複数の貫通孔11およびこれに対応する打抜き刃13を有するが、貫通孔11および打抜き刃13の数は特に制限されず、例えば1つであってもよい。ただし、貫通孔11および打抜き刃13の数(ウェル50の数)が多い場合に、本実施形態の効果が特に得られやすい。そこで、貫通孔11および打抜き刃13の数は、2つ以上が好ましい。なお、複数の貫通孔11は、本体部10にランダムに配置されていてもよいが、規則的に配置されていることが、細胞培養時の操作性の観点等から好ましい。またこのとき、隣り合う貫通孔11どうしの距離は、細胞培養器1の用途に応じて適宜選択される。
【0021】
細胞培養器1の本体部10は、
図2Aに示すように、裏表方向に延在する貫通孔11を有する。当該貫通孔11は、本体部10の表側に開口し、環状の側壁部12によって囲まれた第1貫通孔11aと、本体部10の裏側に開口し、環状の打抜き刃13によって囲まれた第2貫通孔11bとを有する。
【0022】
本実施形態の細胞培養器では、第2貫通孔11bが、打抜き後のハイドロゲル100aを収容する領域となる、第1貫通孔11aが、ハイドロゲル100a上で細胞を培養する領域となる。
【0023】
ここで、本体部10の第1貫通孔11aの形状は特に制限されないが、本実施形態では、第1貫通孔11aと第2貫通孔11bとの境界において、第1貫通孔11aの水平方向の断面積が、第2貫通孔11bの水平方向の断面積より小さくなるように設定されることが好ましい。当該境界領域において、第1貫通孔11aの水平方向の断面積が、第2貫通孔11bの水平方向の断面積より小さいと、打抜き後のハイドロゲル100aが第1貫通孔11a内に入り込み難くなる効果が期待される。なお、本実施形態では、第1貫通孔11aおよび第2貫通孔11bの間に段差面11cが生じるよう、第1貫通孔11a全体の開口面積が、第2貫通孔11bの開口面積より小さく設定されている。第1貫通孔11aおよび第2貫通孔11bの間に段差面11cが存在すると、100aがウェル50内で浮き上がることを抑制しやすくなる。
【0024】
ここで、第1貫通孔11aの水平方向の断面積は、本体部10の表側の開口から上記段差面11cにかけて、本実施形態では一定であるが、連続的または断続的に変化していてもよい。例えば、第1貫通孔11aおよび第2貫通孔11bの境界において、第1貫通孔11aの水平方向の断面積が、第2貫通孔11bの水平方向の断面積より小さくなるように、上記第1貫通孔11aを囲む側壁部12に、第1貫通孔11a内に張り出す、複数の凸条部や、複数の突起等が配置されていてもよい。この場合、凸条部や突起は、第1貫通孔11aおよび第2貫通孔11bの境界近傍の側壁部12に少なくとも配置されていればよい。また、第1貫通孔11aの水平方向の断面形状は特に制限されず、本実施形態では円形状であるが、多角形状や楕円状であってもよい。
【0025】
一方、側壁部12の第1貫通孔11aを囲む環状の面の外側の形状も特に制限されず、本実施形態では、
図1Aに示すように、複数の筒状の側壁部12が連結部14によって、一体化された形状を有するが、当該形状に限定されない。例えば、直方体状の部材に、複数の第1貫通孔11aが形成されたような構造であってもよい。
【0026】
また、第2貫通孔11bの水平方向の断面積は、所望のハイドロゲル100aの大きさに応じて適宜選択される。なお、打抜き後のハイドロゲル100aに表面に皺が寄ったり、凹凸が生じたりすることを抑制し、さらにハイドロゲル100aと打抜き刃13との間に隙間が生じないようにするため、第2貫通孔11bの水平方向の断面積は、本体部10の裏側の開口から、上記段差面11cにかけて一定であることが好ましい。なお、第2貫通孔11bの水平方向の断面形状は特に制限されず、本実施形態では円形状であるが、多角形状や楕円状であってもよい。
【0027】
一方、上記第2貫通孔11bを囲む打抜き刃13は、ハイドロゲルシート100を所望の形状に打抜くことが可能な環状の刃であればよく、その水平方向の厚み等はハイドロゲルシート100の種類等によって適宜選択される。打抜き刃13の内側の面は、ハイドロゲルシート100に対して略垂直に当接することが好ましく、片刃状の刃であることが好ましい。つまり、打抜き刃13の外側が傾斜した片刃状の刃であることが好ましい。
【0028】
また、打抜き刃13(第2貫通孔11b)の高さは、ハイドロゲルシート100の厚さより若干高いことが好ましい。打抜き後のハイドロゲル100aは、第2貫通孔11b内に収容される。そのため、打抜き刃13の高さが低すぎると、本実施形態の本体部10では、ハイドロゲルシート100を完全に打抜く前に、ハイドロゲルシート100と、上記段差面11cとが当接していまい、ハイドロゲルシート100の打抜きが不完全になりやすい。また、打抜き刃13の刃先と弾性部20との間に隙間が生じる。その結果、ハイドロゲル100a上で細胞を培養する際に、隣接するウェル50間で液体培地60が移動しやすく、コンタミネーションが生じやすい。一方、打抜き刃13の高さが高すぎると、ウェル50内でハイドロゲル100aが浮きやすくなる。これに対し、打抜き刃13の高さが、ハイドロゲルシート100の厚さより若干高い状態であると、ハイドロゲルシート100を完全に打抜くことが可能であり、さらに打抜き刃13の刃先が、弾性部20と十分に密着できる。なお、打ち抜き刃13は、液体培地60の止水性を確実にするために、打抜き刃13の刃先が弾性部20に食い込んだ状態を保持できる高さを有することが好ましい。本実施形態の本体部10の構造によれば、ハイドロゲル100aの浮き上がりも抑制できる。
【0029】
なお、本体部10は、本実施形態の目的および効果を損なわない範囲において、上記以外の構造を有していてもよい。例えば、本体部10が、筐体30と係合するための係合部(図示せず)等を有していてもよい。本体部10が、筐体30と係合するための係合部を有すると、本体部10(打抜き刃13)と弾性部20とを当接させた後、本体部10が弾性部20の反発力によって押し返されて打抜き刃13と弾性部20との間に隙間が生じることを抑制できる。つまり、本体部10と弾性部20とを密着させた状態で、保持可能となる。このような係合部の構造は特に制限されず、公知の構造とすることができる。
【0030】
また、本体部10の平面視形状は特に制限されず、本実施形態では矩形状であるが、例えば円形状や楕円形状、多角形状等、いずれであってもよい。
【0031】
ここで、本体部10を構成する材料は、細胞培養に使用する液体培地によって膨潤したり、侵食されたりしない材料であればよい。例えば樹脂であってもよく、金属であってもよく、セラミックスであってもよく、これらを組み合わせたものであってもよい。樹脂の例には、ポリエチレン、ポリプロピレン等のオレフィン樹脂;ポリエチレンテレフタレート等のエステル系樹脂;ポリカーボネート樹脂;ポリスチレン;ポリテトラフルオロエチレン等のフッ素系樹脂;ウレタン樹脂;シリコーン樹脂;アクリル樹脂;、塩化ビニル;等が含まれる。金属の例には、ステンレス鋼や、フッ素樹脂処理ステンレス鋼等が含まれる。セラミックスの例には、ガラス等が含まれる。これらの中でも、コストや成形性等の観点で、樹脂が好ましく、耐久性や硬度等の観点から一般的な細胞培養器でも広く使われているポリスチレン、ポリプロピレンが好ましい。なお、打ち抜き刃13のみ、異なる樹脂や金属、セラミックス等によって形成されていてもよい。特に、打抜き刃13は、ハイドロゲルシート100および後述の弾性部20より硬度が固く、撓み難い材料で構成されていることが好ましい。
【0032】
本体部10の製造方法は特に制限されず、例えば射出成形等により、全ての構造を一体に形成してもよく、打抜き刃13以外の部分と、打ち抜き刃13とを別々に作製し、これらを組み合わせてもよい。
【0033】
一方、弾性部20は、ハイドロゲルシート100を打抜き後、本体部10の第2貫通孔11bの開口(本体部10の裏側の開口)を隙間なく覆うことが可能であり、さらに打抜き刃13の刃先と密着可能な部材であればよい。本実施形態では、弾性部20が1枚のシートで構成されているが、複数の打ち抜き刃13の開口を、それぞれ異なる弾性部20で覆うように、弾性部20が複数に分割されていてもよい。
【0034】
また、本実施形態では、当該弾性部20が筐体30から取り外し可能に構成されているが、弾性部20は、筐体30に固定されていてもよい。また筐体30が弾性を有する材料で構成されている場合には、当該筐体30を弾性部として使用してもよい。
【0035】
弾性部20の硬さ(ショア硬さA)は10°~80°が好ましく、20°~40°がより好ましい。弾性部20の硬さが80°超であると、打抜き刃13が当接した際に刃が変形・破損したりすることがある。また、弾性部20の弾性変形が十分起こらず、密着し難くなる結果、打抜き刃13と弾性部20との隙間から、液体培地60が漏れる可能性が高くなる。一方、弾性部20の硬さが10°未満であると、打抜き刃13がハイドロゲルシート100を打ち抜くために必要な力が、弾性部20の過度な変形によって吸収されたり、打抜き刃13との当接によって弾性部20が割けたり崩れたりする可能性が高くなる。ショア硬さは、デュロメーターと呼ばれる専用機器を用い、新JIS規格(JIS K 6253)に準じた方法で測定される値である。
【0036】
弾性部20の厚みは、弾性部20が打抜き刃13と隙間なく密着可能であり、かつ打抜き刃13によって打抜かれない厚みであれば特に制限されず、選択される弾性部20の素材、物性に応じて適宜決定される。
【0037】
また、弾性部20を構成する材料は、細胞培養に使用する液体によって膨潤したり侵食されたりせず、さらに上記弾性を有していればよい。その例には、シリコーンエラストマー、エチレン-プロピレン-ジエンゴム、アクリロニトリル-ブタジエンゴム、天然ゴム、スチレン-ブタジエンゴム、ブチルゴム、クロロプレンゴム、アクリルゴム、エピクロロヒドリンゴム、エチレン-酢酸ビニル共重合体、ポリウレタン等が含まれる。これらの中でもシリコーンエラストマーが、耐熱性や各種液体に対する安定性等の観点で好ましい。
【0038】
また、本実施形態の筐体30は、略直方体状の凹部を有し、当該凹部内に上記弾性部20および本体部10を収容することが可能であればよい。本実施形態では、筐体30が直方体状であるが、当該構造に限定されない。
【0039】
また、当該筐体30は、本体部10を所定の位置で固定するための係合部(図示せず)や、カバーを固定するための係合部(図示せず)をさらに有していてもよい。係合部の形状は公知の構造とすることができる。
【0040】
筐体30の材料は、細胞培養に使用する液体によって膨潤したり侵食されたりせず、弾性部20や本体部10を支持可能であれば、特に制限されない。筐体30の材料は、樹脂であってもよく、金属であってもよく、セラミックスであってもよく、ガラスであってもよい。これらは、上述の本体部10に使用可能な材料と同様である。
【0041】
また、本実施形態のカバーは、上記本体部10の第1貫通孔11aを覆い、不純物がウェル50内に入り込むことを抑制できればその構造に限定されない。なお、本実施形態では、カバーが筐体30から取り外し可能に構成されているが、カバーは、筐体30の一部に、回動可能に取り付けられていてもよい。また、カバーは、本体部10から必要に応じて剥離可能なフィルム等であってもよい。
【0042】
カバーの材料は、細胞培養に使用する液体によって膨潤したり侵食されたりしない材料であればよく、樹脂であってもよく、金属であってもよく、セラミックスであってもよく、ガラスであってもよい。これらは、上述の本体部10に使用可能な材料と同様である。
【0043】
ここで、細胞培養器1は、上記本体部10、弾性部20、筐体30を含む状態で流通されてもよく、カバーを含む状態で流通されてもよい。また、例えば上記本体部10および弾性部20のみを含む状態で流通されてもよい。さらに、
図1Aおよび
図1Bに示すように、上記細胞培養器1とハイドロゲルシート100とを含む細胞培養キットとして流通されてもよい。
【0044】
(他の実施形態)
上記説明では、第1貫通孔11aおよび第2貫通孔11bの水平方向の断面形状が、それぞれ円形状であり、第1貫通孔11aおよび第2貫通孔11bの境界に、底面視形状が円環状である段差面11cが形成されていた。ただし、段差面11cの底面視形状は、必ずしも、円環状である必要はなく、任意の形状とすることができる。
【0045】
また、上記ではウェル50の底面、すなわち弾性部20の本体部10側の表面が平面状であったが、当該弾性部20の表面は、必ずしも平面である必要はない。例えば、半球状に窪んでいてもよく、角錐状や円錐状に窪んでいてもよい。
【0046】
また、第1貫通孔11aの水平方向の断面積と、第2貫通孔11bの水平方向の断面積とが同一である場合、ハイドロゲルシート100の打抜き後、ハイドロゲル100aの浮き上がりを抑制するために、環状の部材等を、第1貫通孔11a内に挿入してもよい。
【0047】
(細胞培養器の使用方法)
上述の細胞培養器1の使用方法、すなわち細胞培養方法を
図2A、
図2B、および
図2Cを用いて説明する。当該細胞培養方法では、ハイドロゲルシート100を、打抜き刃13と弾性部20との間に挟む(以下、「挟み込み工程」とも称する)。そして、上記打抜き刃13を弾性部20側に押し込み、ハイドロゲルシート100を打抜くことで、打抜き後のハイドロゲル100aをウェル50(第2貫通孔11b)内に収容する(以下、「収容工程」とも称する)。その後、ハイドロゲル100a上(第1貫通孔11a内部)で細胞を培養する(以下、「細胞培養工程」とも称する)。本実施形態の細胞培養方法は、本実施形態の目的および効果を損なわない範囲において、これら以外の工程を有していてもよい。
【0048】
上記挟み込み工程では、ハイドロゲルシート100を準備するが、当該ハイドロゲルシート100は、培養の対象となる細胞や組織、菌等に合わせ、また培養目的に応じた液体培地によって、サイズの変化がなくなるまで平衡膨潤させたものであることが好ましい。当該ハイドロゲルシートの種類は特に制限されず、上述の特許文献1(国際公開第2018/151309号)に記載されている合成高分子ゲルであってもよい。また、コラーゲン(I型、II型、III型、V型、XI型等)、マウスEHS腫瘍抽出物(IV型コラーゲン、ラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン等を含む)より再構成された基底膜成分(商品名:マトリゲル)、ゼラチン、寒天、アガロース、フィブリン、グリコサミノグリカン、ヒアルロン酸、プロテオグリカン等を用いて作製した天然高分子由来のゲルシートであってもよい。また、ポリアクリルアミド、ポリジメチルアクリルアミド、ポリビニルアルコール、メチルセルロース、ポリエチレンオキシド、ポリ(II-ヒドロキシエチルメタクリレート)/ポリカプロラクトン由来のハイドロゲルシートであってもよく、これらの天然由来高分子、および合成高分子の中から複数を選択し、これらを組み合わせたハイドロゲルシートであってもよい。
【0049】
また、上記ハイドロゲルシート100を平衡膨潤させる方法は、公知の方法と同様とすることができ、例えば上記ハイドロゲルシート100を液体培地にサイズ変化が生じなくなるまで浸漬する方法が挙げられる。また、ハイドロゲルシート100を必要に応じて加熱したり冷却したりしてもよい。また、使用するハイドロゲルシート100の大きさは特に制限されないが、例えば筐体30の大きさに合わせて、切断してもよい。
【0050】
そして、
図2Aに示すように、平衡膨潤させたハイドロゲルシート100を打抜き刃13と弾性部20との間に挟み込む。具体的には、筐体30内に弾性部20、ハイドロゲルシート100、および本体部10をこの順に配置する。なお、筐体30と弾性部20が一体化している場合や、筐体30内に弾性部20が予め配置されている場合等には、当該弾性部20上にハイドロゲルシート100および本体部10を配置すればよい。ここで、本体部10は、打抜き刃13がハイドロゲルシート100と接するように配置する。
【0051】
続いて、
図2Bに示すように、上記収容工程で、本体部10(打抜き刃13)を弾性部20側に、打抜き刃13と弾性部20とが当接するまで押し込む。このとき、必要に応じて押し込み補助工具を使用してもよい。当該押し込みにより、打抜き刃13によってハイドロゲルシート100が所望の形状に打抜かれ、ウェル50(第2貫通孔11b)内に打抜き後のハイドロゲル100aが収容される。その後、上述のように、本体部10および筐体30が、係合可能な構造を有する場合には、当該構造によって、本体部10の位置を固定してもよい。
【0052】
また、本工程で本体部10を弾性部20側に押し込む際、本体部10上にカバーを配置してから、押し込んでもよく、カバーを外した状態で、本体部10を押し込んでもよい。
【0053】
そして、
図2Cに示すように、上記ウェル50内に細胞や必要に応じて液体培地60等を入れ、上記ハイドロゲル100a上で細胞を培養する(細胞培養工程)。本実施形態で培養可能な種類は特に制限されず、各種細胞を培養することができる。
【0054】
(効果)
上述のように、本発明の細胞培養器によれば、ハイドロゲルシートを準備し、これを本体部と弾性部との間に挟み込み、打抜くだけで、ウェルの内部に所望の形状のハイドロゲルを収容できる。また、当該細胞培養器が複数のウェルを有していたとしても、本体部(打抜き刃)と弾性部とが密着することで、複数のウェル間で液体が移動することを抑制でき、コンタミネーションが生じ難い。
【0055】
また、本発明の細胞培養器によれば、どのようなハイドロゲルシートも利用できる。特に平衡膨潤済みのハイドロゲルシートを打ち抜き刃で打ち抜いた場合には、ウェル内でハイドロゲルのサイズが変化し難い。したがって、ウェル内で割れたり表面に皺が寄ったりし難くなる。さらに、細胞培養器との間に隙間が生じたりすることも少ないという利点がある。
【0056】
さらに、本発明の細胞培養器では、液体培地を入れた際にハイドロゲルが浮き上がらないような構造とすることができる。したがって、培養期間中、ハイドロゲルのサイズ変化に伴うゲルの破損や空隙の発生を抑制でき、これまで培地として使用できなかったハイドロゲルを細胞培養に活用できるようになる。
【実施例0057】
以下、本発明について実施例を参照して詳細に説明するが、本発明は、これらの実施例により限定されない。
【0058】
[実施例1]
図1に示す構造の本体部10、弾性部20、筐体30、およびカバー(図示せず)を有する樹脂製の細胞培養器1を準備した。当該細胞培養器1の弾性部20は、厚み0.8mmのシリコーンエラストマー(信越化学工業社製、KE-109E、ショア硬さA約25°)とした。そして、本体部10の打抜き刃13と、弾性部20との間に、厚さ1.5mmのシングルネットワークゲル(ポリスチレンスルホン酸ナトリウムゲル)を配置し、荷重をかけながら本体部10を弾性部20側に20mm/分で押し込んだ。このとき、万能材料試験機(A&D社製 RTC-1310A)の圧縮試験モードにて、上記高強度ハイドロゲルの切断に必要な荷重を測定した。
【0059】
[結果]
上記高強度ゲルの切断に必要な荷重は約5kg重であった。上記のように、本発明の細胞培養器を使用すれば、非常に小さい力でシングルネットワークハイドロゲルを切断可能であり、クリーンベンチ内で、非常に弱い力でも十分に使用可能であることが実証された。
【0060】
[実施例2]
図1に示す構造の本体部10、弾性部20、筐体30、およびカバー(図示せず)を有する樹脂製の細胞培養器1を準備した。当該細胞培養器1の弾性部20は、厚み0.8mmのシリコーンエラストマー(信越化学工業社製、KE-109E、ショア硬さA約25°)とした。そして、本体部10の打抜き刃13と、弾性部20との間に、厚さ1.5mmの高強度ハイドロゲル(ポリ-2-アクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸とポリジメチルアクリルアミドから成るダブルネットワークゲル)を配置し、荷重をかけながら本体部10を弾性部20側に20mm/分で押し込んだ。このとき、万能材料試験機(A&D社製 RTC-1310A)の圧縮試験モードにて、上記高強度ハイドロゲルの切断に必要な荷重を測定した。
【0061】
[結果]
上記高強度ゲルの切断に必要な荷重は約25kg重であった。本発明の細胞培養器を使用すれば、比較的小さい力で高強度ハイドロゲルを切断可能であった。上述のように、ハイドロゲルの種類によっては、打ち抜き刃で打ち抜く際に、押し込み補助工具を使用してもよい。
【0062】
[実施例3]
図1に示す構造の本体部10、弾性部20、筐体30、およびカバー(図示せず)を有する樹脂製の細胞培養器1を準備した。当該細胞培養器1の弾性部20は、厚み0.8mmのシリコーンエラストマー(信越化学工業社製、KE-109E、ショア硬さA約25°)とした。そして、本体部10の打抜き刃13と、弾性部20とが密着するように固定した後、各ウェル50に、人工着色料で着色した水を入れた。そして、打抜き刃13および弾性部20による止水性を長時間(最長2週間)に亘って確認した。結果を
図3Aに示す。
【0063】
[比較例1]
上記弾性部20を、厚さ0.5mmのポリエチレンテレフタレート(PET)フィルムに変更した以外は、実施例2と同様に細胞培養器を準備した。打抜き刃およびPETフィルムによる止水性を観察し、着色水を入れて3分後の結果を
図3Bに示す。
【0064】
[比較例2]
上記弾性部20を用いず、細胞培養器1の打抜き刃13とポリスチレン製の筐体30の底面とを接触させた以外は、実施例2と同様に細胞培養器を準備した。そして、打抜き刃と筐体による止水性を観察し、着色水を入れて3分後の結果を
図3Cに示す。
【0065】
[結果]
図3Aに示すように、弾性部としてシリコーンエラストマーを用いた場合には、2週間経過しても、水の漏れは確認されなかった(
図3A)。一方、弾性部の代わりにPETフィルムを用いた場合や、直接ポリスチレン製の筐体と接触させた場合には、短時間で全てのウェル外に水が漏れたことを確認した(
図3Bおよび
図3C)。
本発明の細胞培養器によれば、簡便な方法でハイドロゲルシートを細胞培養器のウェルの形状に合わせて切断し、かつウェル内に容易に切断後のハイドロゲルを収容可能である。したがって、ハイドロゲルを用いた各種細胞の培養に非常に有用である。