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  • 特開-硫酸コバルトの製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023004393
(43)【公開日】2023-01-17
(54)【発明の名称】硫酸コバルトの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22B 23/00 20060101AFI20230110BHJP
   C22B 3/44 20060101ALI20230110BHJP
   C22B 3/08 20060101ALI20230110BHJP
   C22B 3/38 20060101ALI20230110BHJP
   C01G 51/00 20060101ALI20230110BHJP
【FI】
C22B23/00 102
C22B3/44 101B
C22B3/44 101A
C22B3/44 101Z
C22B3/08
C22B3/38
C01G51/00 C
【審査請求】有
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021106023
(22)【出願日】2021-06-25
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2022-07-12
(71)【出願人】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001704
【氏名又は名称】弁理士法人山内特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大原 秀樹
(72)【発明者】
【氏名】工藤 敬司
(72)【発明者】
【氏名】檜垣 達也
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 寛人
(72)【発明者】
【氏名】近藤 菜月
(72)【発明者】
【氏名】金子 高志
(72)【発明者】
【氏名】平郡 伸一
【テーマコード(参考)】
4G048
4K001
【Fターム(参考)】
4G048AA07
4G048AB02
4G048AB09
4G048AD03
4G048AE05
4K001AA07
4K001BA19
4K001DB03
4K001DB22
4K001DB23
4K001DB24
4K001DB31
(57)【要約】
【課題】不純物を含む塩化コバルト溶液から、電解工程を用いることなく不純物とコバルトを分離し、純度の高い硫酸コバルトを製造する方法を提供する。
【解決手段】銅、亜鉛、マンガン、カルシウムおよびマグネシウムのうち1種類以上の不純物を含む塩化コバルト溶液に硫化剤を添加し銅の硫化物の沈殿を生成させて分離除去する脱銅工程S1、脱銅工程S1を経た塩化コバルト溶液に中和剤もしくは炭酸化剤を添加し水酸化コバルトもしくは塩基性炭酸コバルトを生成しマグネシウムを分離する中和工程S2、水酸化コバルトもしくは塩基性炭酸コバルトに硫酸を添加し硫酸コバルト溶液を得る浸出工程S3、硫酸コバルト溶液にアルキルリン酸系抽出剤を含む有機溶媒を接触させ有機溶媒に亜鉛、マンガンおよびカルシウムを抽出して分離除去する溶媒抽出工程S4、を順に実行する。中和工程S2における中和剤もしくは炭酸化剤の添加は向流多段法により行う。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅、亜鉛、マンガン、カルシウムおよびマグネシウムのうち1種類以上の不純物を含む塩化コバルト溶液に硫化剤を添加し、銅の硫化物の沈殿を生成させて分離除去する脱銅工程、
前記脱銅工程を経た塩化コバルト溶液に、中和剤もしくは炭酸化剤を添加し、水酸化コバルトもしくは塩基性炭酸コバルトを生成し、マグネシウムを分離する中和工程、
前記水酸化コバルトもしくは塩基性炭酸コバルトに硫酸を添加し、硫酸コバルト溶液を得る浸出工程、
前記硫酸コバルト溶液に、アルキルリン酸系抽出剤を含む有機溶媒を接触させ、該有機溶媒に亜鉛、マンガンおよびカルシウムを抽出して分離除去する溶媒抽出工程、
を順に実行する
ことを特徴とする硫酸コバルトの製造方法。
【請求項2】
前記中和工程における中和剤もしくは炭酸化剤の添加は向流多段法により行う
ことを特徴とする請求項1記載の硫酸コバルトの製造方法。
【請求項3】
前記溶媒抽出工程を経て得た硫酸コバルト溶液を晶析工程に付し、硫酸コバルトの結晶を得る
ことを特徴とする請求項1または2記載の硫酸コバルトの製造方法。
【請求項4】
前記脱銅工程において、硫化剤を添加した塩化コバルド溶液に酸化剤および中和剤を添加して酸化還元電位を-100~200mV(Ag/AgCl電極基準)に、かつpHを1.3~3.0に調整する
ことを特徴とする請求項1または2記載の硫酸コバルトの製造方法。
【請求項5】
前記中和工程において、pHを6.5~7.0に調整する
ことを特徴とする請求項1、2または4記載の硫酸コバルトの製造方法。
【請求項6】
前記浸出工程において、pHを2.0~5.0に調整し、硫酸コバルト溶液を得る
ことを特徴とする請求項1、2、3または4記載の硫酸コバルトの製造方法。
【請求項7】
前記溶媒抽出工程において、アルキルリン酸系抽出剤がリン酸水素ビス(2-エチルヘキシル)であり、銅およびマグネシウムが除去された硫酸コバルト溶液のpHを1.5~3.0に調整して前記抽出剤を用いた溶媒抽出に付し、不純物元素を有機溶媒中に抽出する
ことを特徴とする請求項1または2記載の硫酸コバルトの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硫酸コバルトの製造方法に関する。更に詳しくは、塩化コバルト溶液中に含まれる不純物元素を除去して、純度の高い硫酸コバルトを得る製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
コバルトは、特殊合金の添加元素としての用途以外に、磁性材料やリチウムイオン二次電池の原料として工業的用途に広く使用されている有価金属である。とくに最近では、リチウムイオン二次電池がモバイル機器や電気自動車のバッテリーとして多く用いられ、これに伴ってコバルトの需要も急速に拡大している。しかしながらコバルトはニッケル製錬や銅製錬の副産物として産出されるものが大半を占めているため、コバルトの製造においてはニッケルや銅を始めとする不純物との分離が重要な要素技術となっている。
【0003】
たとえば、ニッケルの湿式製錬において副産物としてのコバルトを回収する場合、まずニッケルとコバルトを含む溶液を得るため、原料を鉱酸や酸化剤等を用いて溶液に浸出または抽出するかもしくは溶解処理に付される。さらに、得られた酸性溶液中に含まれるニッケルとコバルトは、従来から公知の方法により各種の有機抽出剤を用いた溶媒抽出法によって分離回収されることが多い。
しかし、得られたコバルト溶液には処理原料に由来する各種不純物が含有されることが多い。
【0004】
そこで、上記溶媒抽出法によってニッケルが分離回収された後のコバルト溶液から、更にマンガン、銅、亜鉛、カルシウムおよびマグネシウム等の不純物元素を除去することが必要になる。
しかも、不純物含有量の少ない高純度コバルト製品を製造するためには、予めコバルトを含有するニッケル溶液から分離回収されたコバルト溶液中の不純物元素を除去した後、電解工程あるいは晶析等によってコバルトを製品化する必要があった。
【0005】
コバルト溶液中の不純物元素の除去方法として、特許文献1、2に記載の従来技術がある。
特許文献1には、(1)コバルト溶液に硫化剤を添加し、酸化還元電位(ORP)(Ag/AgCl電極基準)を50mV以下且つpHを0.3~2.4に調整して、硫化銅沈殿と脱銅精製液とを得る脱銅工程、(2)該脱銅精製液に酸化剤と中和剤を添加し、酸化還元電位(Ag/AgCl電極基準)を950~1050mV且つpHを2.4~3.0に調整して、マンガン沈殿と脱マンガン精製液とを得る脱マンガン工程、(3)該脱マンガン精製液に抽出剤としてアルキルリン酸を用い、脱マンガン精製液中の亜鉛、カルシウム及び微量不純物を抽出分離する溶媒抽出工程、を含むコバルト溶液の精製方法が開示されている。
特許文献2には、塩酸濃度2~6mol/Lの塩化コバルト溶液を陰イオン交換樹脂に接触させ、陰イオン交換樹脂に対する分配係数がコバルト塩化物錯体のそれよりも大きい錯体を形成する鉄、亜鉛、スズ等の金属不純物を吸着させて分離する技術が記載されている。
【0006】
上記特許文献1に記載された抽出剤としてアルキルリン酸を用いる溶媒抽出方法は、亜鉛やカルシウムに対して高い分離性能を有している。しかし、塩酸濃度2~6mol/Lの塩化コバルト溶液の場合には、陰イオン交換樹脂によるイオン交換法やアミン系抽出剤による溶媒抽出法の方が、上記アルキルリン酸を用いる溶媒抽出法に比べてより高い亜鉛とコバルトの分離性能を有している。
また、塩化コバルト溶液中のごく微量の亜鉛を除去する場合は、イオン交換法による方が工程及び操作が簡単であるため、効率的且つ経済的である。
【0007】
このような観点から、マンガン、銅、亜鉛を含有する塩化コバルト溶液から、これら不純物元素を除去する方法として、上記特許文献1の精製方法と特許文献2の分離技術を組み合わせた方法が提案されている(たとえば特許文献3)。
特許文献3の段落0022に記載する高純度塩化コバルト製造方法は、ニッケルとコバルトを分離する溶媒抽出工程、マンガンを除去する脱マンガン工程、銅を除去する脱銅工程、亜鉛を除去する脱亜鉛工程および電解工程を含んでいる。
脱亜鉛工程では、脱銅工程で得られた塩化コバルト水溶液を陰イオン交換樹脂に接触させて亜鉛を吸着除去する。電解工程では脱亜鉛工程で得た高純度塩化コバルト水溶液を電解給液として用い、金属コバルト(電気コバルトともいわれる)を製造するものである。
【0008】
一方、前述したように、最近ではリチウムイオン二次電池の原料用としてコバルトの需要が拡大し、硫酸コバルト溶液あるいは硫酸コバルト結晶の形態が望まれる。
特許文献3の従来技術で得られた金属コバルトから硫酸コバルト結晶を得ようとすれば、金属コバルトを硫酸で溶解して硫酸コバルト溶液を得、さらにこの溶液を晶析して、硫酸コバルト結晶を得ることができる。しかしながら、この製法を用いると、工程の増加や薬剤費の増加により製造コストが高くなる。また、板状の金属コバルトは、耐蝕合金に用いられるように硫酸への溶解速度が遅く、短時間で溶解するためには、板状の金属コバルトをアトマイズ処理等によって粉末状にする必要がある。
このため、金属コバルトを経由することなく、直接的に塩化コバルト溶液から硫酸コバルト溶液を得る方法が望まれてきた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2004-285368号公報
【特許文献2】特開2001-020021号公報
【特許文献3】特開2020-019664号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記実情に鑑みて提案されたものであり、不純物を含む塩化コバルト溶液から、電解工程を用いることなく不純物とコバルトを分離し、純度の高い硫酸コバルトを製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
第1発明の硫酸コバルトの製造方法は、銅、亜鉛、マンガン、カルシウムおよびマグネシウムのうち1種類以上の不純物を含む塩化コバルト溶液に硫化剤を添加し、銅の硫化物の沈殿を生成させて分離除去する脱銅工程、前記脱銅工程を経た塩化コバルト溶液に、中和剤もしくは炭酸化剤を添加し、水酸化コバルトもしくは塩基性炭酸コバルトを生成し、マグネシウムを分離する中和工程、前記水酸化コバルトもしくは塩基性炭酸コバルトに硫酸を添加し、硫酸コバルト溶液を得る浸出工程、前記硫酸コバルト溶液に、アルキルリン酸系抽出剤を含む有機溶媒を接触させ、該有機溶媒に亜鉛、マンガンおよびカルシウムを抽出して分離除去する溶媒抽出工程、を順に実行することを特徴とする。
第2発明の硫酸コバルトの製造方法は、第1発明において、前記中和工程における中和剤もしくは炭酸化剤の添加は向流多段法により行うことを特徴とする。
第3発明の硫酸コバルトの製造方法は、第1または第2発明において、前記溶媒抽出工程を経て得た硫酸コバルト溶液を晶析工程に付し、硫酸コバルトの結晶を得ることを特徴とする。
第4発明の硫酸コバルトの製造方法は、第1または第2発明において、前記脱銅工程において、硫化剤を添加した塩化コバルド溶液に酸化剤および中和剤を添加して酸化還元電位を-100~200mV(Ag/AgCl電極基準)に、かつpHを1.3~3.0に調整することを特徴とする。
第5発明の硫酸コバルトの製造方法は、第1、第2または第4発明において、前記中和工程において、pHを6.5~7.0に調整することを特徴とする。
第6発明の硫酸コバルトの製造方法は、第1、第2、第3または第4発明において、前記浸出工程において、pHを2.0~5.0に調整し、硫酸コバルト溶液を得ることを特徴とする。
第7発明の硫酸コバルトの製造方法は、第1または第2発明において、前記溶媒抽出工程において、アルキルリン酸系抽出剤がリン酸水素ビス(2-エチルヘキシル)であり、銅およびマグネシウムが除去された硫酸コバルト溶液のpHを1.5~3.0に調整して前記抽出剤を用いた溶媒抽出に付し、不純物元素を有機溶媒中に抽出することを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
第1発明によれば、不純物を含む塩化コバルト溶液から、脱銅工程で銅を硫化物沈殿させ、中和工程でマグネシウムで分離除去し、浸出工程で硫酸コバルト溶液を得て、溶媒抽出工程によって亜鉛、マンガンおよびカルシウムを分離除去させるので、電解工程を用いることなく不純物とコバルトを分離して直接に高純度の硫酸コバルトを製造することができる。
第2発明によれば、中和や炭酸化で生じた生成物を向流多段法の前の段に供給することで、溶液中に残留するコバルトを低減してコバルトのロスを防ぎ、同時に未反応で残る中和剤や炭酸化剤のロスを低減してコストの削減をすることができる。
第3発明によれば、さらに晶析工程を実行することで硫酸コバルト溶液から高純度の硫酸コバルト結晶を得ることができる。
第4発明によれば、酸化還元電位とpH範囲が適切なので、塩化コバルト溶液から銅の硫化物を沈殿させて充分に除去することができ、しかもコバルトの共沈殿を抑制することができる。
第5発明によれば、前記中和工程におけるpHを6.5~7.0に調整することで、コバルトを沈殿させ、マグネシウムを液に残すことで、両物質を分離することができる。
第6発明によれば、pHを2.0~5.0に調整することで、不純物である鉄やアルミニウムの混入を防止し、かつ塩化コバルト溶液を硫酸コバルト溶液に形態を変換することができる。
第7発明によれば、アルキルリン酸系抽出剤がリン酸水素ビス(2-エチルヘキシル)であり、硫酸コバルト溶液のpHを1.5~3.0に調整して溶媒抽出に付すことで、不純物元素を有機溶媒中に抽出しコバルトを水相に残して分離できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明に係る硫酸コバルトの製造方法を示す工程図である。
図2】中和工程におけるpHとコバルトとマグネシウム沈殿率を示す図である。
図3】中和工程における温度と濾液のマグネシウム/コバルト比の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の具体的な実施形態について詳細に説明する。なお、本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲で種々の変更が可能である。
【0015】
(本発明の基本原理)
本発明に係る硫酸コバルトの製造方法を図1に基づき説明する。
この製造方法は以下の工程を順に実行することを特徴とする。
(1)銅、亜鉛、マンガン、カルシウムおよびマグネシウムのうち1種類以上の不純物を含む塩化コバルト溶液に硫化剤を添加し、銅の硫化物の沈殿を生成させて分離除去する脱銅工程S1、
(2)脱銅工程S1により銅が除去された塩化コバルト溶液に中和剤もしくは炭酸化剤を添加し、水酸化コバルトもしくは塩基性炭酸コバルトを生成し、マグネシウムを分離する中和工程S2、
(3)中和工程S2により得られた水酸化コバルトもしくは塩基性炭酸コバルトに硫酸を添加し、硫酸コバルト溶液を得る浸出工程S3、
(4)浸出工程S3により得られた硫酸コバルト溶液にアルキルリン酸系抽出剤を含む有機溶媒を接触させ、その有機溶媒に亜鉛、マンガンおよびカルシウムを抽出して分離する溶媒抽出工程S4、を順に実行する。
【0016】
本発明では、前記各工程S1~S4の後で、必要に応じて硫酸コバルト溶液から結晶を析出させる晶析工程S5を実行する。
なお、図1には図示していないが、溶媒抽出工程S4の後で、液中に混入した有機成分を分離除するために活性炭カラム等の油水分離装置に供する工程を追加してもよい。
【0017】
本発明において出発原料とする塩化コバルト溶液は、不純物元素として銅、亜鉛、マンガン、カルシウムおよびマグネシウムのうち1種類以上を含んでいる。このような不純物を含む塩化コバルト溶液であれば本発明の適用に何ら限定されるものではないが、特にニッケル製錬の溶媒抽出工程において、コバルトを含有したニッケル溶液からアルキルリン酸系抽出剤やアミン系抽出剤によってニッケルが分離回収された後の塩化コバルト溶液に好適に適用される。
【0018】
本発明によれば、塩化コバルト溶液から、脱銅工程S1により銅の硫化物沈殿を生成させて銅を除去し、中和工程S2によりマグネシウムを除去し、浸出工程S3により硫酸コバルト溶液を得、溶媒抽出工程S4により、亜鉛、マンガンおよびカルシウムを分離して、高純度の硫酸コバルト溶液を得ることができる。したがって、電解工程を用いることなく不純物とコバルトを分離して直接に高純度の硫酸コバルト溶液を製造することができる。
【0019】
(実施形態)
以下、硫酸コバルトの製造方法の実施形態について図1に基づき説明する。
【0020】
(脱銅工程S1)
脱銅工程S1は、出発原料である銅、亜鉛、マンガン、カルシウムおよびマグネシウムのうち1種類以上の不純物を含む塩化コバルト溶液に硫化剤を添加することにより行う。また、酸化剤および中和剤を添加して、塩化コバルト溶液の酸化還元電位を-100~200mV(Ag/AgCl電極基準)に、かつpHを1.3~3.0に調整する。
本工程により、塩化コバルト溶液から銅の硫化物の沈殿を生成させて分離し、銅が除去された塩化コバルト溶液を得ることができる。
【0021】
塩化コバルト溶液中の銅は、下記式1、式2あるいは式3に従って硫化銅の沈殿物を生成して、溶液中から除去される。
CuCl+HS→CuS↓+2HCl・・・(式1)
CuCl+NaS→CuS↓+2NaCl・・・(式2)
CuCl+NaHS→CuS↓+NaCl+HCl・・・(式3)
【0022】
上記脱銅工程S1では、塩化コバルト溶液の酸化還元電位を-100~200mV(Ag/AgCl電極基準)に、かつpHを1.3~3.0に調整しておくと、硫化物として銅を沈殿させて充分に除去することができ、しかもコバルトの共沈殿を抑制することができる。
仮に、酸化還元電位が200mVを超えると溶液中の銅の除去が不十分となり、酸化還元電位が-100mV未満ではコバルトの共沈殿量が増加するため好ましくない。また、pHが1.3未満では、溶液中の銅の除去が不十分となると共に、生成する硫化物沈殿のろ過性が悪化する。pHが3.0を超えると、銅の除去に伴うコバルト共沈殿量が増加するため好ましくない。
【0023】
上記酸化還元電位の調整は、硫化剤の添加量を調整することにより行うことができる。硫化剤としては、とくに限定されるものではないが、硫化水素ガス、硫化ナトリウムや水硫化ナトリウムの結晶や水溶液等を用いることができる。
また、上記pHの調整は、硫化剤として硫化水素や水硫化ナトリウムを用いる場合は、硫化剤の添加量調整と中和剤の添加によって行える。中和剤としては、とくに限定されるものではなく、水酸化ナトリウム、水酸化カルシウム、炭酸ナトリウム、炭酸コバルト等のアルカリ塩を用いることができる。
【0024】
(中和工程S2)
中和工程S2を説明する。中和工程S2は、脱銅工程S1を経た塩化コバルト溶液に中和剤もしくは炭酸化剤を添加し、水酸化コバルトもしくは塩基性炭酸コバルトを生成し、コバルトを溶液中に残留するマグネシウムと分離する工程である。
【0025】
中和工程S2においてはpHを6.5~7.0の範囲となるように維持する。pHが6.5~7.0の範囲内であると、コバルトを沈殿させ、マグネシウムを液に残すことで、両物質を分離することができる。
仮に、pHが6.5を下回ると、コバルトの沈殿率が低下するので好ましくない。一方、pHが7を超えるとマグネシウムの沈殿率も上昇するがコバルトとの分離効率が低下するので好ましくない。
温度は40℃を超え60℃の範囲に調整することで、よりマグネシウムを効率的に分離することができる。
【0026】
本発明の中和工程S2では、中和剤もしくは炭酸化剤の添加に向流多段法を用いることが好ましい。向流多段法による中和方法を以下に具体的に説明する。
中和あるいは炭酸化の処理は、溶液に中和剤もしくは炭酸化剤を添加し中和物や炭酸化物の澱物を得ることで行われる。この際、一般に行われる1段(1回)だけの中和もしくは炭酸化では、溶液に含有されるコバルトの一部が未反応のまま溶液中に残留することがある。
【0027】
また、中和工程S2に供する始液中のコバルト品位が低い場合、得られる澱物中のコバルト品位も相対的に低いものとなり、コバルトを精製する後工程の効率を低下させてしまう。
さらに、添加する中和剤もしくは炭酸化剤の中には未反応のまま澱物に混じってしまう部分もあり、コスト的にも好ましくない。
【0028】
このため、本発明では、完全にコバルトを中和あるいは炭酸化するために、溶液に対して再度、すなわち2段以上の中和もしくは炭酸化を行う。
この際、2段目の中和もしくは炭酸化で得られた水酸化コバルトもしくは塩基性炭酸コバルトの全部ないし一部を、上述した1段目の中和もしくは炭酸化における中和剤もしくは炭酸化剤として利用し添加する。
【0029】
2段目の中和や炭酸化で得た水酸化コバルトや炭酸コバルトを繰り返すことで、上述の1段目の中和もしくは炭酸化では反応容器内のコバルトの濃度は増加することになるため、それだけ1段目で得られる澱物のコバルト品位は高いものが得られ、後工程での処理が効率的に行える特長がある。また中和剤や炭酸化剤のコストも抑制できる。
さらに、同様に3段目以降も中和や炭酸化を行い、3段目の中和や炭酸化で得られた水酸化コバルトもしくは塩基性炭酸コバルトを2段目の中和剤や炭酸化剤として添加することもできる。
【0030】
このように、複数段で中和や炭酸化を行い、中和や炭酸化で生じた生成物を前の段に供給する、つまり液の流れと逆向き(向流)に繰り返す向流多段法を用いることで、コバルトのロスを防ぎ、同時に未反応で残る中和剤や炭酸化剤のロスを低減し、コストの削減にもつながる。
【0031】
中和や炭酸化の段数は、とくに回数に制限はなく2段以上であればよいが、多すぎても設備面でのコスト上昇を招くため、10回以内とするのが好ましい。
また、プロセスの運転を開始する際などは当然ながら繰り返すべき水酸化コバルトや炭酸コバルトの澱物は存在しないので、最初の1段目の中和ないし炭酸化ではコバルト澱物の添加を省略するか、あるいは別の場所で得た物を用いるなどの方法を取ればよい。
【0032】
このような向流多段法の中和工程を実施することで、溶液中に残留するコバルトの低減とマグネシウムの分離を両立させることができる。
【0033】
(浸出工程S3)
浸出工程S3は、中和工程S2で得られた水酸化コバルトもしくは塩基性炭酸コバルトに硫酸を添加して浸出(溶解)し、硫酸コバルト溶液を得る工程である。
【0034】
浸出時にpHを2.0~5.0の範囲に調整することで、不純物である鉄やアルミニウムの混入を防止できると同時に、次工程である溶媒抽出工程S4で使用する中和剤を削減することができる。
仮に、pHを2.0以下にすると、酸を過剰に添加するため、次工程での中和剤使用量が増加する。また、pHが5.0以上になると、コバルトの浸出率が下がる。このため、pHは2.0~5.0の範囲とすることが好適である。
本発明の中和工程S2と浸出工程S3により、塩化コバルトから硫酸コバルトに形態を変換することができる。
【0035】
(溶媒抽出工程S4)
溶媒抽出工程S4は、硫酸コバルト溶液にアルキルリン酸系抽出剤を含む有機溶媒を接触させ、有機溶媒に亜鉛、マンガンおよびカルシウムを抽出して、これら不純物を分離除去する工程である。
【0036】
有機溶媒としては、アルキルリン酸系抽出剤を希釈剤で希釈したものが用いられる。アルキルリン酸系抽出剤として、リン酸水素ビス(2-エチルヘキシル)(商品名D2EHPA)、(2-エチルヘキシル)ホスホン酸2-エチルヘキシル(商品名PC-88A)、ジ(2,4,4-トリメチルペンチル)ホスフィン酸(商品名CYANEX272)が挙げられる。これらの中でも、銅が除去された硫酸コバルト溶液から、亜鉛、マンガンおよびカルシウムを分離する場合、コバルトとの分離性が高いリン酸水素ビス(2-エチルヘキシル)を抽出剤として用いることが好ましい。
【0037】
希釈剤は、抽出剤を溶解可能なものであれば特に限定されない。希釈剤として、たとえば、ナフテン系溶剤、芳香族系溶剤を用いることができる。抽出剤の濃度は、10~60体積%に調整することが好ましく、20~50%体積%に調整することがより望ましい。抽出剤の濃度がこの範囲であると、濃度の高い不純物元素も分配比(有機中の元素濃度/溶液中の元素濃度)が低い不純物元素も充分に抽出できる。一方、抽出剤の濃度が10%未満では、濃度の高い不純物元素や分配比が低い不純物元素を十分に抽出できず、硫酸コバルト溶液に残留しやすくなる。また、抽出剤の濃度が60%を超えると有機溶媒の粘度が高くなり、有機溶媒(有機相)と硫酸コバルト溶液(水相)の抽出操作後の相分離性が悪化する。
【0038】
アルキルリン酸系抽出剤のような酸性抽出剤は、式4に示すように、その抽出剤の持つ-Hが水相中の陽イオンと置換して金属塩を形成することによって金属イオンを抽出する抽出剤である。一般的に、pHが高くなると金属イオンが有機相に抽出されやすくなり、pHを低くすると式4の反応が逆方向に進み、有機相に抽出された金属イオンが水相に逆抽出されやすくなる。
金属イオンの種類によって、抽出されるpHが異なため、酸性抽出剤を用いた溶媒抽出工程ではpHを制御することで目的の元素と不純物元素の分離を行う。
nRHorg + Mn+ aq → MRnorg + nH aq・・・(式4)
ここで、式中のRHは酸性抽出剤、Mn+はn価の金属イオン、orgは有機相、aqは水相を示す。
【0039】
そこで、溶媒抽出工程S4では、硫酸コバルト溶液のpHを1.5~3.0に調整することが望ましい。このpH領域では、亜鉛、マンガンおよびカルシウムの抽出率は、コバルトの抽出率より高い傾向を示し、コバルトを水相に残し、これらの不純物元素を有機相に抽出することでコバルトと分離することが可能である。
【0040】
pHが1.5未満では、これらの不純物の抽出率が低く、コバルトとの分離が困難となり、pHが3.0を超えると、コバルトの抽出率も大きくなり、不純物との分離性が低下する。pHが1.5~3.0に調整した場合、コバルトの一部が抽出される場合もあるが、抽出後の有機相を抽出時より低いpHの硫酸溶液と接触させ、コバルトを逆抽出して回収し、コバルトのロスを低減することもできる。
さらに、この有機相とpH1以下の酸性溶液を接触させると、抽出されたほとんどの金属イオンを水相に逆抽出することができ、逆抽出後の有機相を再利用できる。
【0041】
(晶析工程S5)
晶析工程S5では、溶媒抽出工程S4で得られた硫酸コバルト溶液から硫酸コバルトの結晶を析出させる。晶析方法は特に限定されるものではなく、一般的な結晶化方法を用いて行うことができる。
【0042】
たとえば、硫酸コバルト溶液を晶析缶に収容し、その晶析缶内で晶析することにより結晶を得る方法が挙げられる。晶析缶は、所定圧力下で硫酸コバルト溶液中の水分を蒸発させることにより結晶を析出させるものであり、たとえばロータリーエバポレーターやダブルプロペラ型の晶析缶が用いられる。真空ポンプ等により内部の圧力を減圧し、ロータリーエバポレーターではフラスコを回転しながら、ダブルプロペラで撹拌しながら晶析が進行する。なお、晶析缶内では、硫酸コバルト溶液に硫酸コバルトの結晶が混合したスラリーとなっている。
【0043】
晶析缶から排出されたスラリーは、濾過器や遠心分離機等により硫酸コバルトの結晶と母液とに固液分離される。その後、硫酸コバルトの結晶を乾燥機で乾燥し、水分を除去する。
上記の方法で、硫酸コバルト溶液から硫酸コバルト結晶を製造することができる。もちろん、硫酸コバルト溶液は不純物の小なり高純度なものなので、得られる硫酸コバルト結晶も不純物の少ない高純度なものとなっている。
【実施例0044】
以下、本発明の実施例を示してより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0045】
(実施例1)
(脱銅工程S1)
表1に示すpH2.5に調整した元液Aに示す組成からなる塩化コバルト溶液2Lに硫化剤として水硫化ナトリウム溶液を添加して、酸化還元電位を-50mV(Ag/AgCl電極基準)に調整して、銅の硫化物の沈殿を生成させた。濾過器で沈殿物を分離除去し、表1の硫化後Bに示す組成の濾液を得た。銅の濃度は0.001g/L未満であり、銅を分離除去できた。
【0046】
【表1】
【0047】
(中和工程S2)
次いで、中和工程でのpHおよび温度の影響を確認した。
表1の硫化後Bに示す組成の塩化コバルト溶液を100mlずつ分取し、20℃、40℃、60℃となる温度に維持しながら、100g/lの水酸化カルシウムスラリーを撹拌しながら添加してpHを5.7から8となる範囲の所定のpH値に調整して中和スラリーとし、次いで濾過した。
【0048】
濾過して得た水酸化コバルトの澱物それぞれに20ml純水を添加して撹拌し、再度濾過して澱物に付着した溶液を除去し、洗浄後の水酸化コバルトを得、含有するコバルトとマグネシウムを分析した。
【0049】
それぞれの中和条件で得た洗浄後の水酸化コバルトに含有するコバルトやマグネシウムの物量と、中和に供した硫化後B液に含有したコバルトやマグネシウムの物量から、中和によって澱物に分配した割合を沈殿率とし算出した。
【0050】
図2に各温度とpHで中和したコバルトとマグネシウムの沈殿率との関係を示す。
コバルトの沈殿率は、温度が高くなるほど低いpHでも沈殿率が向上する傾向を示した。
例えば20℃ではpHが7.5~8.0にならないとほぼ完全にコバルトを沈殿させられないが、40℃では、pH7~7.5程度で沈殿させることができ、60℃ではpH6.5で完全に沈殿できる。
【0051】
一方で、マグネシウムの沈殿率は、温度への依存性に乏しいが、pHの増加と共に沈殿率が増加傾向となる。例えば、pH6.5では20~25%程度の沈殿率だが、pH7では40%前後にまで増加し、pH8では70%程度が沈殿する。
【0052】
また図3には、中和で発生した濾液中のコバルトとマグネシウムの分析値をMg/Coの比としたものを示した。濾液でのMg/Co濃度比なので、数字が大きい方が濾液中のマグネシウムに対するコバルトの割合が少なくなる、つまり澱物中では逆にコバルトの方がマグネシウムよりも割合が大きく選択性に優れたことを示す。
【0053】
なお、中和に供する前の表1に示した硫化後液BのpHは概ね0.8だった。またコバルト濃度は76g/l、マグネシウム濃度は0.083g/lだったのでMg/Co比は0.001となる。
20℃よりも40℃、さらに60℃と温度が高い方が各pHでコバルトの選択性が良くなる傾向を示した。
このことから、コバルトの回収率を向上するためには、できるだけ選択性のよい60℃程度の温度で、かつpHを6.5~7.0の範囲で中和することが好ましい。
【0054】
なお、60℃を超える温度でもさらにマグネシウムとの分離性が向上することが期待できるが、設備に用いる材料の耐熱性の問題や加温に必要なエネルギーの増大や高温物を取扱う安全面などの観点からは工業的には60℃程度までの温度とすることが好ましい。
【0055】
つぎに、向流多段方式を用いる中和を行った。
上記の脱銅工程S1で得た硫化後Bの液を、上記中和工程S2と同様の操作をして得られた溶液を100mlずつ分取し、所定の温度に調整しながら、100g/lの水酸化カルシウムスラリーを添加し、所定のpHに調整して中和スラリーとし、濾過した。
【0056】
得られた濾液を所定の温度に調整しながら、100g/lの水酸化カルシウムスラリーを添加し、所定のpHに調整し濾過した。
【0057】
得られた澱物を同様の操作をして得られた溶液100mlに添加し、所定の温度に調整しながら、100g/lの水酸化カルシウムスラリーを添加し、所定のpHに調整し濾過した。濾過した水酸化コバルトの澱物に20ml純水を添加し、再度濾過することで付着した溶液を除去し、水酸化コバルトを得た。これにより、向流2段の中和反応による水酸化コバルトが得られた。
【0058】
表2に各中和pH条件と得られた硫酸コバルト溶液の組成および硫酸コバルトとして得られたコバルトの収率とマグネシウムの除去率を示す。収率および除去率は、得られた硫酸コバルト溶液と2回目の中和濾液に含まれる物量の合計を100%として計算した。
図2に示した中和を1段で行う場合と比較し、同じpHでのコバルトの回収率(沈殿率)が大きく増加した。また、マグネシウムの除去率(100%-沈殿率と同値)は、中和2段目のpHが9以上になると、マグネシウムの沈殿が増加したことで大きく低下した。
【0059】
(浸出工程S3)
実施例3により得られた水酸化コバルトに64wt%硫酸を添加してpHを2.0に調整して浸出し、硫酸コバルト溶液を得た。
【0060】
(溶媒抽出工程S4)
アルキルリン酸系抽出剤(商品名D2EHPA、大八化学工業株式会社製)の濃度が40体積%となるように希釈剤(商品名テクリーンN20、JX日鉱日石エネルギー株式会社製)で希釈した有機相を準備した。脱銅工程S1で得られた硫酸コバルト溶液からなる水相0.9Lと有機相1.8Lを混合し、pHが1.7になるように水酸化ナトリウム溶液を添加して調整し、不純物を抽出した。抽出後の水相0.9Lと新たな有機相1.8Lで同様の抽出操作を繰り返し、合計3回の抽出操作を行なった。その結果、既述した表1の第1SX後Cに示す組成の硫酸コバルト溶液を得た。亜鉛、マンガンおよびカルシウムの濃度は、いずれも0.001g/L未満であり、これらの不純物を分離除去することができた。
【0061】
【表2】
【0062】
(晶析工程S5)
ロータリーエバポレーターに硫酸コバルト溶液を挿入し、内部を真空ポンプで減圧にするとともに、温度40℃に維持してフラスコ部を回転しながら水分を蒸発させ、硫酸コバルトの結晶を析出させた。固液分離後、得た硫酸コバルトの結晶を乾燥機で乾燥した。その結果、表3に示すような高純度の硫酸コバルト結晶を得た。
【表3】
【0063】
以上の実施例の結果から、本発明によれば、不純物を充分に除去できた純度の高い硫酸コバルトを得ることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明により得られた純度の高い硫酸コバルト結晶は、リチウムイオン二次電池の原料として利用できるほか、様々な用途に利用できる。
【符号の説明】
【0065】
S1 脱銅工程
S2 中和工程
S3 浸出工程
S4 溶媒抽出工程
S5 晶析工程
図1
図2
図3