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特開2023-46682脂質二重膜形成器具及びそれを用いた脂質二重膜の再生方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023046682
(43)【公開日】2023-04-05
(54)【発明の名称】脂質二重膜形成器具及びそれを用いた脂質二重膜の再生方法
(51)【国際特許分類】
   B01J 19/00 20060101AFI20230329BHJP
   G01N 27/00 20060101ALI20230329BHJP
   G01N 27/28 20060101ALN20230329BHJP
【FI】
B01J19/00 M
G01N27/00 Z
G01N27/28 301Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021155405
(22)【出願日】2021-09-24
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業 大学発新産業創出プログラム プロジェクト支援型、「細胞内イオンチャネル創薬のためのスクリーニングプラットフォームの事業化」、 産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】317006683
【氏名又は名称】地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001656
【氏名又は名称】弁理士法人谷川国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】橋本 和泉
(72)【発明者】
【氏名】大崎 寿久
(72)【発明者】
【氏名】三木 則尚
(72)【発明者】
【氏名】杉浦 広峻
(72)【発明者】
【氏名】三村 久敏
(72)【発明者】
【氏名】竹内 昌治
【テーマコード(参考)】
2G060
4G075
【Fターム(参考)】
2G060AA15
2G060AA19
2G060AD06
2G060AF01
2G060AG03
2G060AG11
2G060FA10
2G060FA17
2G060JA07
2G060KA09
4G075AA03
4G075AA25
4G075BB10
4G075DA02
4G075DA18
4G075EB50
4G075EC01
4G075EC09
4G075FA01
4G075FA05
4G075FA12
4G075FB02
4G075FB12
(57)【要約】
【課題】従来の方法よりも、脂質二重膜の再生確率が高い、新規な脂質二重膜再生方法及びそのための脂質二重膜形成器具を提供すること。
【解決手段】脂質二重膜形成器具は、底面を有し、互いに隣接する一対のウェルと、これらのウェルの境界を隔てるセパレーターであって、脂質二重膜が形成される貫通孔を有するセパレーターとを具備する。さらに、一対のウェルの少なくとも一方のウェルの底面に設けられたガス吐出孔と、ガス吐出孔にガスを供給するガス供給手段と、ガス吐出孔近傍に設けられ、ガス吐出孔から吐出される気泡が貫通孔から離れる方向に移動することを妨害する、気泡の移動方向を制御する制御壁とを具備する。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
底面を有し、互いに隣接する一対のウェルと、これらのウェルの境界を隔てるセパレーターであって、脂質二重膜が形成される貫通孔を有するセパレーターと、を具備する脂質二重膜形成器具であって、
前記一対のウェルの少なくとも一方のウェルの底面に設けられたガス吐出孔と、
該ガス吐出孔にガスを供給するガス供給手段と、
前記ガス吐出孔近傍に設けられ、前記ガス吐出孔から吐出される気泡が前記貫通孔から離れる方向に移動することを妨害する、気泡の移動方向を制御する制御壁とを具備する、脂質二重膜形成器具。
【請求項2】
前記制御壁が、前記ガス吐出孔に隣接して設けられ、上から見て前記セパレーターに向かって中心角θで解放されている請求項1記載の脂質二重膜形成器具。
【請求項3】
前記中心角θが、30°~180°である、請求項2記載の脂質二重膜形成器具。
【請求項4】
前記中心角θが、60°~120°である、請求項3記載の脂質二重膜形成器具。
【請求項5】
前記制御壁の高さが0.2mm~2mmである、請求項1~4のいずれか1項に記載の脂質二重膜形成器具。
【請求項6】
前記セパレーターから前記ガス吐出孔の中心までの距離が、上から見て0.2mm~1mmである請求項1~5のいずれか1項に記載の脂質二重膜形成器具。
【請求項7】
前記ガス吐出孔の直径が、0.2mm~1mmである、請求項1~6のいずれか1項に記載の脂質二重膜形成器具。
【請求項8】
前記貫通孔の中心の位置から前記底面までの距離が0.2mm~2mmである、請求項1~7のいずれか1項に記載の脂質二重膜形成器具。
【請求項9】
前記制御壁が、前記底面上に積層されたプレートの側壁により構成される請求項1~8のいずれか1項に記載の脂質二重膜形成器具。
【請求項10】
請求項1~9のいずれか1項に記載の脂質二重膜形成器具を用い、液滴接触法により前記貫通孔に形成された脂質二重膜が破壊された場合に、前記ガス吐出孔からガスを吐出し、吐出された気泡を前記貫通孔と接触させることにより前記貫通孔に脂質二重膜を再生させる、脂質二重膜の再生方法。
【請求項11】
前記気泡により、前記貫通孔を介した一対のウェル中の液滴の接触が遮断される液滴分断時間が1秒~10秒である、請求項10記載の方法。
【請求項12】
前記ガス吐出孔からガスを吐出する速度が、20μL/min~200μL/minである、請求項10又は11記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液滴接触法により脂質二重膜を形成する脂質二重膜形成器具及びそれを用いた脂質二重膜の再生方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生物を構成する細胞や、細胞内に存在するミトコンドリア、ゴルジ体、小胞体等の各種オルガネラ、細胞核等は、外側が生体膜で覆われており、この生体膜は、基本的に脂質二重膜から構成されている。生理活性を有する様々なタンパク質、すなわち、レセプターや酵素等がこの脂質二重膜を貫通する形で脂質二重膜上に保持されている。これらの膜貫通タンパク質は、生体内で重要な役割を果たしている。特に、細胞膜上に存在する各種レセプターは、生体内に存在するリガンドと結合することにより、様々な生理学的反応を引き起こす引き金になることがわかっている。このため、レセプターの機能を亢進する各種リガンドや、レセプターの機能を阻害する阻害剤等が医薬品として用いられており、また、新たな医薬品として利用可能な天然又は人工のリガンドや阻害剤が研究されている。
【0003】
また、脂質二重膜にタンパク質を保持してセンサーとして利用することも知られている。例えば、脂質二重膜に嗅覚レセプタータンパク質を保持して臭気センサーとしたり、液滴接触法で脂質二重膜を形成する際の液滴中に、被検物質と特異的に結合する特異結合性物質を含ませ、一方、脂質二重膜にイオンチャネルタンパクを保持して、被検物質が存在する場合には被検物質が特異結合性物質と結合してイオンチャネルを閉塞するようにしたセンサーも知られている。
【0004】
従来、脂質二重膜の形成方法として広く用いられている方法として、液滴接触法が知られている(特許文献1~4等)。液滴接触法では、通常、一対のウェルと、これらのウェルを隔てる隔壁(セパレーター)とを具備する器具が用いられる。セパレーターは、脂質二重膜が形成される貫通孔を有する。各ウェルにそれぞれ脂質膜形成性の脂質を含む脂質液を添加し、次いで、各ウェルに電解質の水溶液を添加すると、隔壁の貫通孔を塞ぐ形で脂質二重膜が形成される。脂質二重膜内に保持すべきタンパク質等は、通常、水溶液中に含まれている。
【0005】
しかしながら、脂質二重膜は、非共有結合的に結合している脂質の単分子膜が二層積層されているだけの構造を有するため、振動等に対して脆弱であり、破壊されやすいという欠点を有する。従来、形成した脂質二重膜が破壊された場合には、最初から膜形成の工程を全てやり直すか、又は膜形成の工程の一部をやり直す必要があった。いずれにしても、工程のやり直し作業による人的・時間的リソースのロスが大きいという問題がある。膜破壊を起こしにくくするための技術開発も行われているが、膜の破壊を完全に防ぐことは現実的ではない。
【0006】
本願発明者らは先に、ウェル底面から気泡をウェル内に導入することにより、脂質二重膜の再生が可能であることを見出し、発表した(非特許文献1)。膜が破壊された後も、セパレーターの貫通孔付近には脂質とオイルがあり、これに対して気泡を一時的に接触させることで、脂質二重膜が再形成される。すなわち、気泡と、水溶液界面に形成される脂質単分子膜が、セパレーターの貫通孔部分をなぞる過程で、脂質二重膜が形成される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】


【特許文献1】特開2017-83210号公報
【特許文献2】特開2019-072698号公報
【特許文献3】特開2012-081405号公報
【特許文献4】特開2019-022872号公報
【0008】
【非特許文献1】I. Hashimotoら、Proceedings of IEEE Micro Electro Mechanical Systems 2020, pp.1022-1023
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
気泡を利用する非特許文献1記載の方法は、簡単に脂質二重膜を再生することができる優れた方法ではあるが、1分間以内に脂質二重膜が再生される確率が31%しかないという課題がある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本願発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意研究の結果、ウェル底面に設けたガス吐出孔に隣接して、ガス吐出孔に発生した気泡の移動方向を制御する制御壁を設けることにより、1分間以内に脂質二重膜が再生される確率を大幅に高めることができることを見出し、本発明を完成した。
【0011】
すなわち、本発明は以下のものを提供する。
(1) 底面を有し、互いに隣接する一対のウェルと、これらのウェルの境界を隔てるセパレーターであって、脂質二重膜が形成される貫通孔を有するセパレーターと、を具備する脂質二重膜形成器具であって、
前記一対のウェルの少なくとも一方のウェルの底面に設けられたガス吐出孔と、
該ガス吐出孔にガスを供給するガス供給手段と、
前記ガス吐出孔近傍に設けられ、前記ガス吐出孔から吐出される気泡が前記貫通孔から離れる方向に移動することを妨害する、気泡の移動方向を制御する制御壁とを具備する、脂質二重膜形成器具。
(2) 前記制御壁が、前記ガス吐出孔に隣接して設けられ、上から見て前記セパレーターに向かって中心角θで解放されている(1)記載の脂質二重膜形成器具。
(3) 前記中心角θが、30°~180°である、(2)記載の脂質二重膜形成器具。
(4) 前記中心角θが、60°~120°である、(3)記載の脂質二重膜形成器具。
(5) 前記制御壁の高さが0.2mm~2mmである、(1)~(4)のいずれかに記載の脂質二重膜形成器具。
(6) 前記セパレーターから前記ガス吐出孔の中心までの距離が、上から見て0.2mm~1mmである(1)~(5)のいずれかに記載の脂質二重膜形成器具。
(7) 前記ガス吐出孔の直径が、0.2mm~1mmである、(1)~(6)のいずれかに記載の脂質二重膜形成器具。
(8) 前記貫通孔の中心の位置から前記底面までの距離が0.2mm~2mmである、(1)~(7)のいずれかに記載の脂質二重膜形成器具。
(9) 前記制御壁が、前記底面上に積層されたプレートの側壁により構成される(1)~(8)のいずれかに記載の脂質二重膜形成器具。
(10) (1)~(9)のいずれかに記載の脂質二重膜形成器具を用い、液滴接触法により前記貫通孔に形成された脂質二重膜が破壊された場合に、前記ガス吐出孔からガスを吐出し、吐出された気泡を前記貫通孔と接触させることにより前記貫通孔に脂質二重膜を再生させる、脂質二重膜の再生方法。
(11) 前記気泡により、前記貫通孔を介した一対のウェル中の液滴の接触が遮断される液滴分断時間が1秒~10秒である、(10)記載の方法。
(12) 前記ガス吐出孔からガスを吐出する速度が、20μL/min~200μL/minである、(10)又は(11)記載の方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、破壊された脂質二重膜を簡便に、高い確率で再生することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】公知の脂質二重膜形成器具の模式図である。(a)が平面図、(b)が(a)におけるb-b'線切断部端面図である。
図2】本願発明の好ましい一具体例の模式断面図である。
図3】本発明の好ましい一具体例のガス吐出孔30近傍を、上から見た模式平面図である。
図4】下記参考例1で作製した、予備実験のためのデバイスの模式図である。(a)が模式平面図、(b)が模式断面図である。
図5】下記参考例1で作製した、予備実験のためのデバイスの模式斜視図である。
図6】下記実施例で得られた、脂質二重膜破壊後に気泡を吐出した場合の電流値変化の様子を示す図である。
図7】下記実施例において得られた、空気の吐出速度と気泡による液滴の分断時間の関係を示す図である。
図8】下記実施例において得られた、空気の吐出速度と脂質二重膜の再形成率の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面を参照して本発明の好ましい実施形態を説明する。
【0015】
図1は、特許文献3に記載されている公知の脂質二重膜形成器具の模式図である。本発明の脂質二重膜形成器具も、後述する新規な特徴以外の基本的な構造は、図1に示すような公知の脂質二重膜形成器具と同様である。
【0016】
図1(a)が平面図、図1(b)が図1(a)中のb-b'線切断部端面図である。この具体例では、基板10中に、第1のウェル16及び第2のウェル14が形成され、それらの境界がセパレーター12により隔てられている。このような構成のものは、ダブルウェルチャンバー(DWC)又はダブルウェルデバイスと呼ばれている。セパレーター12には、貫通孔18(図1の(b)参照)が設けられている。図1に示す例では、ウェルの平面形状が基本的に円形であり、2つの円が接する境界部分のみが直線状になっているが、ウェルの形状は限定されるものではなく、上記貫通孔を有する隔壁によって隔てられていれば、他の形状でも問題はない。ウェルのサイズは、特に限定されず、通常、直径が2mm~8mm程度、特には3mm~5mm程度、深さは通常、直径の50%~200%、特には50%~100%程度であるが、この範囲よりも大きくても小さくても本発明の方法を実施することが可能である。セパレーター12に設けられた貫通孔18の数は1個でも複数個でもよい。
【0017】
本発明の脂質二重膜形成器具の好ましい一具体例の模式断面図を図2に示す。図2の左側の図は、上記した図1(b)と同様な図であり、図1(b)を参照して説明した構成に対応する構成には、図1(b)と同じ参照番号を付してある。図2の右側の図は、左側の図の貫通孔18近傍の部分拡大図である。
【0018】
図2中、参照番号20は、第1のウェル16中に形成されている液滴を示し、参照番号22は、第2のウェル14中に形成されている液滴を示す。一方のウェル(図示の例では第2のウェル14)の底面には、ガス吐出孔30が設けられている(図2の右側の拡大図参照)。ガス吐出孔30には、マイクロ流路32が接続され、マイクロ流路32の他端にはポンプ34が接続されている。ポンプ34から供給されたガスが、マイクロ流路32を通ってガス吐出孔30から第2のウェル14内に吐出される。図2の右側の拡大図中の参照番号36は、脂質の単分子膜(脂質一重層)である。セパレーター12からガス吐出孔の中心までの距離は、特に限定されないが、上から見て(後述する図3参照)通常、0.2mm~1mm程度、好ましくは0.3mm~0.7mm程度である。また、ガス吐出孔30の直径は、特に限定されないが、通常、0.2mm~1mm程度、好ましくは0.3mm~0.7mm程度である。また、貫通孔18の中心から、第2のウェル14の底面までの距離(図2の拡大図中の参照符号h)は、通常、0.2mm~2mm程度、好ましくは、0.3mm~1mm程度である。なお、明瞭性のため、図2には、本発明の重要な特徴である、後述する制御壁は図示していない。
【0019】
図3は、本発明の好ましい一具体例のガス吐出孔30近傍を、上から見た模式平面図である。ガス吐出孔30の近傍に、ガス吐出孔30から吐出される気泡が貫通孔18から離れる方向に移動することを妨害する、気泡の移動方向を制御する制御壁38が設けられている。制御壁38は、第2のウェル14の底面上に設けられた壁である。図示の具体例では、制御壁38が、ガス吐出孔30に隣接して設けられ、上から見てセパレーター12に向かって中心角θで解放されている。下記実施例において具体的に記載されるように、中心角θは、30°~180°(180°の場合は、制御壁は上から見てまっすぐである)が好ましく、特に60°~120°が好ましい。中心角θがこの範囲にあると、ガス吐出後1分間以内に脂質二重膜が形成される確率が増大する。制御壁38は、セパレーター12に対して対象に設ける(すなわち、ガス吐出孔30の中心からセパレーター12に下ろした垂線により中心角θが二等分される)ことが好ましいが、多少のずれ(例えば、前記垂線により、中心角θが6:4~4:6に分けられる)は問題ない。また、貫通孔18は、前記垂線の真上に位置することが好ましいが、多少のずれ(例えば、図3の左右方向に0.4mm程度以下ずれる)は問題ない。なお、制御壁38は、第2のウェル14の底面上に壁を設ければよいが、底面上に積層されたプレートの側壁により制御壁38を構成してもよい。この方法は、一方の端面が、上記した所望の制御壁38の形状となるように形成したプレートを積層するだけで制御壁38を形成することができるので、製造工程が簡便で好ましい。この場合には、上記プレートにより、ウェルの底面に段差が形成されることになり、この段差の端面(側壁)が制御壁38となる。
【0020】
次に本発明の脂質二重膜形成器具を用いた、脂質二重膜の再生方法を説明する。
【0021】
先ず、特許文献1~4に記載されている常法の液滴接触法により、貫通孔18を塞ぐ脂質二重膜を形成する。すなわち、各ウェル14、16に、脂質液を入れる。次いで、一方のウェルに水溶液を加える。そうすると、水溶液と脂質液の界面に、貫通孔18を塞ぐ形で、脂質単分子層である脂質一重膜が自発的に形成される。次に、他方のウェルに水溶液を加える。そうすると、他方側の水溶液と脂質液の間にも、先と同様に貫通孔18を塞ぐ形で脂質一重膜が形成され、結果として、貫通孔18を塞ぐ脂質二重膜が形成される。
【0022】
使用される脂質液及び電解質水溶液は、従来の液滴接触法で用いられている脂質液及び電解質水溶液と同じものを用いることができる。すなわち、脂質二重膜を構成するリン脂質としては、例えば、ジフィタノイルフォスファチジルコリン(diphytanoyl phosphatidylcholine,DPhPC)、ジパルミトイルフォスファチジルコリン(dipalmytoyl phosphatidylcholine)、ジオレオイルフォスファチジルコリン(Dioleoyl phosphatidylcholine,DOPC)等を好ましい例として挙げることができる。これらの脂質分子は、市販品の試薬グレードのものを利用することができる。リン脂質を溶解する有機溶媒は、例えばn-デカンなどの脂肪族炭化水素溶媒を用いることができる。有機溶媒中の脂質分子濃度は特に限定されないが、安定した脂質二重膜の形成には通常5 mg/mL以上、好ましくは20 mg/mL以上である。また、電解質水溶液としては、通常、塩化カリウムのような塩を含むリン酸緩衝液のような水系緩衝液が用いられる。
【0023】
脂質二重膜は、該脂質二重膜に保持された状態におけるタンパク質の性質や機能を調べたり、該タンパク質に結合して、その生理活性を変化させるリガンドをスクリーニングしたりその性質を調べたりする各種測定に好適に用いられるものであるので、脂質二重膜は、タンパク質を含んでいることが好ましく、特に生体内で生体膜に保持された状態で機能している膜貫通タンパク質が好ましい。脂質二重膜に保持するタンパク質としては、各種レセプターや酵素を挙げることができ、例としては、α-ヘモリシン、グラミシジン、アラメチシンなどのペプチドタンパク質類、各種イオンチャンネル、ABCトランスポータタンパク質等を挙げることができるがこれらに限定されるものではない。タンパク質が水溶性の場合、上記水溶液としてタンパク質の水溶液を用いることが好ましく、水系緩衝液中にタンパク質を含む水溶液を用いることがさらに好ましい。これらの溶液中のタンパク質の濃度は、特に限定されるものではなく、適宜選択することができるが、通常、0.1nM~10nM程度、好ましくは0.5nM~2nM程度である。なお、タンパク質は、2つのウェルのいずれか一方に添加される水溶液中に含まれていればよいが、両方のウェルに添加される水溶液中に含まれていてもよい。また、2つのウェルに添加される水溶液は、同じ組成のものでも異なる組成のものでもよい。
【0024】
なお、形成した脂質二重膜を活用する場合、脂質二重膜に保持された、チャネルタンパク質等を通過する電流、すなわち、脂質二重膜を介して流れる電流の値を測定することが通常、行われる。これは、通常、上記した各ウェルの底部に設けられた電極(図示せず)に、電流測定のための増幅回路を接続して行われる。このような回路は、従来の液滴接触法で用いられているものと同じであって周知であり、例えば、特許文献1に記載されている。
【0025】
上記した液滴接触法により脂質二重膜の形成方法は、従来と同様であり、周知である。本発明の脂質二重膜の再生方法は、上記のように形成した脂質二重膜が何らかの原因(振動や、自然に破壊されることもある)で破壊された後に実施される。形成した脂質二重膜が破壊されれば、前記したポンプ34からガスを送り、ガス吐出孔30から吐出させる。ガスとしては、空気を用いることが最も簡便、安価で好ましいが、所望により、空気以外のガス、例えば窒素ガスやアルゴンガス等の不活性なガスを用いることも可能である。ガスを吐出することにより、液滴内に気泡が生じる。この気泡を貫通孔18と接触させることにより、貫通孔18を塞ぐ形で脂質二重膜が再度形成される。脂質二重膜が破壊された後も、貫通孔18付近には脂質とオイルがあり、これに対して気泡を一時的に接触させることで、脂質二重膜が再形成される。すなわち、気泡と、水溶液界面に形成される脂質単分子膜が、セパレーターの貫通孔部分をなぞる過程で、脂質二重膜が形成される。なお、気泡による脂質二重膜の再生自体は公知である(非特許文献1)。
【0026】
ガス吐出孔30からガスを吐出する速度は、特に限定されないが、好ましくは20μL/min~200μL/min程度である。ガス吐出速度をこの範囲とすることにより、1分間以内に脂質二重膜が再生される確率を上げることができる。また、気泡により、貫通孔18を介した一対のウェル中の液滴の接触が遮断される液滴分断時間は、特に限定されないが、1秒~10秒程度であることが好ましい。液滴分断時間をこの範囲内とすることにより、1分間以内に脂質二重膜が再生される確率を上げることができる。なお、液滴分断時間は、ガス吐出速度や、器具の各種寸法(例えば、上記した、ガス吐出孔30の直径、セパレーター12からガス吐出孔30の中心までの距離、貫通孔18の中心の位置から底面までの距離等)を上記した好ましい範囲内で適宜設定することにより、調節することが可能である。
【0027】
本発明の再生方法によれば、高い確率(下記実施例で具体的に示されるように最高97%)で1分間以内に脂質二重膜が再生される。また、脂質二重膜破壊から再形成までを全て電流値から判断出来るため、電子制御による自動化が期待できる。気泡の吐出についても、簡便なポンプとウェル毎の気泡で解決でき、並列化した膜アレイデバイスへの展開も可能と考えられる。
【0028】
以下、本発明を実施例に基づき具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0029】
参考例1 中心角θの最適化
上記した制御壁38の中心角θを最適化するべく、以下の予備実験を行った。
【0030】
1. デバイス
図4及び5に示すような底面に段差形状をもつデバイスを作製した。図4(a)は、作製したデバイスの平面模式図、図4(b)は断面模式図である。図5は、該デバイスの模式分解斜視図である。デバイスは、容器となる一辺5 mmの正方形の底面からなるウェル部40と、ガス吐出孔30と段差をつけた底部42、ガスを吐出するためのマイクロ流路部44の3層構造からなる。底部42の、上から見た段差形状は、図4(a)に示すように気泡の導入孔を起点として角度(θ)をパラメータとしたθ=30°、60°、90°、120°、150°、180°と、段差を持たない形状の7種類のデバイスを設計した。段差は、高さ0.5 mmとした。なお、この段差の端面(側壁)が、制御壁として機能する。3層の部品は、アクリル板をNC精密加工機を用いて切削し、作製した。部品同士は熱圧着により接着した。また、ウェル部の側面は観察のためガラス板を接着剤で貼り付けた。
【0031】
2. 実験方法・条件
1) ウェルに、リン脂質(20 mg/mL DPhPC (1,2-diphytanoyl-sn-glycero-3-phosphocholine))を分散した有機溶媒(n-デカン)を6μL滴下した。
2) ウェルに、緩衝液(1 M KCl、10 mM リン酸緩衝液、pH 7.4)を44μL滴下し、5分間静置した。
3) シリンジポンプ(Pump elite 11(商品名)、Harvard Apparatus社製)に設置したガスタイトシリンジから空気を吐出し、デバイス下部のマイクロ流路32を通して、ウェル底面に設置したガス吐出孔30から気泡を生じさせた。空気の流入速度は30μL/minとした。気泡が浮力によりガス吐出孔30から離れた時点で空気の吐出を止めた。1分間ごとに1回この作業を行い、これを10回繰り返した。
4) 気泡の導入の様子を上部からデジタルマイクロスコープ(VHX-1000、 KEYENCE)でビデオ撮影した。段差形状の角度に対する気泡の誘導方向を観測した。
5) 気泡を導入してから離れるまでの間、1秒ごとの気泡の中心点をプロットした。この際、気泡の導入孔の中心点を原点とし、誘導方向となるθ/2の方向をy、その垂線方向をxと定めた。
【0032】
3.結果
実験結果を、下記表1に示す。段差角度(θ)=90°の時、気泡は横にぶれる距離が最も小さく、誘導方向へも最も前進した。この結果に基づき、下記の実施例では、中心角θを90°に設定して実験を行った。
【0033】
【表1】
【0034】
実施例1
1. 脂質二重膜形成器具の作製
図2及び図3に示す段差(制御壁38)付き、ガス吐出孔30を有するダブルウェルデバイスを作製した。本デバイスは、脂質二重膜の形成を行うダブルウェルチップと、アンプに接続するためのBNCコネクタで構成される。ダブルウェルチップは、脂質二重膜を形成する、全体として8の字型の一対のウェルを具備するダブルウェル部、ガス吐出孔と段差を有する底部、マイクロ流路部の3層構造からなる。ダブルウェル部には、2つのウェルの境界面に直径400 μmの貫通孔をもつアクリル製セパレーター(厚さ 75 μm)を挿入した。底部の段差形状は、図3に示すように直径0.5 mmのガス吐出孔30を起点として中心角θ=90°とし、高さは0.5 mmとした。セパレーターから0.45 mmの位置にガス吐出孔の中心が来るように設計した。マイクロ流路部には、空気を供給するための流路(深さ0.5 mm)を設け、ガス吐出孔へ空気を送れるように繋げた。3層の部品は、アクリル板をNC精密加工機を用いて切削し、作製した。部品同士は熱圧着により接着した。ウェル底部には脂質二重膜の電気生理学的計測を行うための直径1mmの一対の銀電極(作用電極、参照電極)を包埋した。電極は、BNCコネクタに接続した。
【0035】
2. ガス吐出速度による気泡と貫通孔の接触時間の制御
(1) 実験方法・条件
1) それぞれのウェルにリン脂質(20 mg/mL DPhPC)を分散した有機溶媒(n-デカン)を2.4 μL滴下し、続けて緩衝液(40 nM アルファ-ヘモリシン、1 M KCl、10 mM リン酸緩衝液、pH 7.4)を25μL滴下した。この操作により、セパレーターの貫通孔に脂質二重膜が形成された。
2) 脂質二重膜の再形成を実施するため、デバイスに物理的刺激を与えて脂質二重膜を破壊した。
3) シリンジポンプから空気を送り、デバイス下部のマイクロ流路を通して、デバイス底面に設置したガス吐出孔から気泡を生じさせた。空気の吐出条件は、30 μL/min、100μL/min,200 μL/min,400 μL/minの4条件とした。
4) 下記のセパレーターの貫通孔の状態と電流値の関係にもとづいて、電流値の変化から、気泡による液滴の分断時間を観測・解析した。印加電圧は50 mVとした。電流測定のための回路や電極は、特許文献3等に記載されている周知の構成を採用した。
5) 1分ごとに、脂質二重膜の破壊と気泡の吐出を10回繰り返し、観測・解析を行った。
【0036】
(2) 結果
(i) セパレーターの貫通孔の状態と電流値の関係
図6に脂質二重膜破壊後に気泡を吐出した場合の電流値変化の様子を示す。
1) 脂質二重膜の破壊:2つの水滴が貫通孔で融合しているため、電気抵抗は非常に小さく、電流値はオーバーフローになる。
2) 気泡による水滴分断:貫通孔に気泡が存在するため、電気抵抗が上昇し、電流値は0になる。
3) 気泡の離脱:気泡がガス吐出孔から離脱する際に生じる電気的ノイズが観測される。貫通孔で液滴同士が分断の状態を保てていれば、電流値は0のままとなる。一方で、気泡離脱後に液滴同士が融合した場合は、電流値はオーバーフローになる。
4) 脂質二重膜の再形成:アルファ-ヘモリシンは脂質二重膜に再構成して、ナノメートルサイズの透孔(ポア)を形成する。このナノポアの再構成は、前記実験条件において約50 pAのステップ状の電流値上昇を示す。前記3)で液滴同士が分断された後、このステップ状の電流シグナルが観測されることをもって脂質二重膜の再形成を判定した。1分以内に観測されない場合は、有機溶媒が過剰な状態であり、脂質二重膜が形成できていないと判定した。
【0037】
(ii) 気泡の吐出速度と気泡による液滴の分断時間の関係を図7に示す。この結果と、後述する、気泡の吐出速度と脂質二重膜再生成功率との関係から、液滴の分断時間が1秒~10秒程度の時に脂質二重膜再生成功率が高くなることがわかる。
【0038】
3. 脂質二重膜の再形成成功率
(1) 実験方法・条件
上記で作製したダブルウェルデバイスを用いて以下の実験を行った。
1) それぞれのウェルにリン脂質(20 mg/mL DPhPC)を分散した有機溶媒(n-デカン)を2.4 μL滴下し、続けて緩衝液(40 nM アルファ-ヘモリシン、1 M KCl、10 mM リン酸緩衝液、pH 7.4)を25μL滴下した。この操作により、セパレーターの貫通孔に脂質二重膜が形成された。
2) 脂質二重膜の再形成を実施するため、デバイスに物理的刺激を与えて脂質二重膜を破壊した。
3) シリンジポンプから空気を送り、デバイス下部のマイクロ流路を通して、デバイス底面に設置したガス吐出孔から気泡を生じさせた。空気の吐出条件は、30μL/min、100μL/min、200μL/min、400μL/minの4条件とした。
4) 前記のセパレーターの貫通孔の状態と電流値の関係にもとづいて、電流値の変化から、貫通孔における脂質二重膜の破壊、気泡による液滴の分断、気泡の離脱、脂質二重膜の再形成を観測・解析した。印加電圧は50 mVとした。電流測定のための回路や電極は、特許文献3等に記載されている周知の構成を採用した。
5) 1分間ごとに、脂質二重膜の破壊と気泡の吐出を30回繰り返し、観測・解析を行った。
【0039】
(2) 結果
図8に、空気の吐出速度と脂質二重膜の再形成率の関係を示す。30、100μL/minの空気吐出速度において最も高い再形成率97%を示すことが分かった。
【符号の説明】
【0040】
10 基板
12 セパレーター
14 第2のウェル
16 第1のウェル
18 貫通孔
20 液滴
22 液滴
30 ガス吐出孔
32 マイクロ流路
34 ポンプ
36 脂質単分子膜(一重膜)
38 制御壁
40 ウェル部
42 底部
44 マイクロ流路部
h 貫通孔18の中心から、第2のウェル14の底面までの距離
θ 中心角
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8