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特開2023-50970加硫ゴム部材の仕様決定方法およびゴム製品の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023050970
(43)【公開日】2023-04-11
(54)【発明の名称】加硫ゴム部材の仕様決定方法およびゴム製品の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B60C 11/00 20060101AFI20230404BHJP
   G01N 19/02 20060101ALI20230404BHJP
【FI】
B60C11/00 D
G01N19/02 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021161371
(22)【出願日】2021-09-30
(71)【出願人】
【識別番号】000006714
【氏名又は名称】横浜ゴム株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】304021277
【氏名又は名称】国立大学法人 名古屋工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001368
【氏名又は名称】清流国際弁理士法人
(74)【代理人】
【識別番号】100129252
【弁理士】
【氏名又は名称】昼間 孝良
(74)【代理人】
【識別番号】100155033
【弁理士】
【氏名又は名称】境澤 正夫
(72)【発明者】
【氏名】五十嵐 英征
(72)【発明者】
【氏名】前川 覚
(72)【発明者】
【氏名】糸魚川 文広
(72)【発明者】
【氏名】吉田 出海
【テーマコード(参考)】
3D131
【Fターム(参考)】
3D131BA04
3D131BA20
3D131BC55
(57)【要約】
【課題】所望の動摩擦特性を有する加硫ゴム部材の仕様をより簡便に決定できる方法及びこの方法で決定された仕様の加硫ゴム部材を備えたゴム製品の製造方法を提供する。
【解決手段】加硫ゴム部材1の対象表面4に対する動摩擦係数と下記(1)式により算出される推定パラメータXとの相関関係CRを予め把握して、選定候補の加硫ゴム部材1の貯蔵弾性率Eo’及び剛性粒子の外径Doと、適用される対象表面4の突起径Ro及び波長λoと、推定パラメータXとに基づいて推定した選定候補の加硫ゴム部材1の動摩擦特性が目標値を満たすように貯蔵弾性率Eo’及び外径Doを決定する。
推定パラメータX=R2/(λ・E’2・D4)・・・(1)
(1)式中のRは対象表面の突起径、λは対象表面の波長、E’は加硫ゴム部材の貯蔵弾性率、Dは剛性粒子の外径である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
加硫ゴムとこの加硫ゴムに内在する多数の剛性粒子とを備えて、使用時に対象表面に対して摺動する接触面を有する加硫ゴム部材の仕様決定方法であって、
前記加硫ゴム部材の前記対象表面に対する動摩擦係数と下記(1)式により算出される推定パラメータXとの相関関係を予め把握しておき、
選定候補の前記加硫ゴム部材の貯蔵弾性率Eo’および内在する前記剛性粒子の外径Doと、適用される前記対象表面の突起径Roおよび波長λoと、前記推定パラメータXとに基づいて、適用される前記対象表面に対する選定候補の前記加硫ゴム部材の動摩擦特性を推定し、この推定した動摩擦特性が、予め設定している動摩擦特性の目標値を満たすように貯蔵弾性率Eo’および外径Doを特定し、選定候補の前記加硫ゴム部材の仕様として、この特定した貯蔵弾性率Eo’および外径Doに決定することを特徴とする加硫ゴム部材の仕様決定方法。
推定パラメータX=R2/(λ・E’2・D4)・・・(1)
ここで、Rは前記対象表面の突起径、λは前記対象表面の波長、E’は前記加硫ゴム部材の貯蔵弾性率、Dは前記剛性粒子の外径である。
【請求項2】
選定候補の前記加硫ゴム部材の剛性粒子の外径Doを0.010μm以上0.100μm以下にする請求項1に記載の加硫ゴム部材の仕様決定方法。
【請求項3】
選定候補の前記加硫ゴム部材の剛性粒子の数密度(個/cm3)を1014以上1018以下にする請求項2に記載の加硫ゴム部材の仕様決定方法。
【請求項4】
選定候補の前記加硫ゴム部材の貯蔵弾性率Eo’を30MPa以下にする請求項1~3のいずれかに記載の加硫ゴム部材の仕様決定方法。
【請求項5】
適用される前記対象表面の突起径Roを0.1mm以上にする請求項1~4のいずれに記載の加硫ゴム部材の仕様決定方法。
【請求項6】
請求項1~5のいずれかに記載の加硫ゴム部材の仕様決定方法により決定された仕様の前記加硫ゴム部材を備えたゴム製品を製造するゴム製品の製造方法。
【請求項7】
前記決定された仕様の前記加硫ゴム部材がトレッドゴムであり、前記ゴム製品がタイヤである請求項6に記載のゴム製品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、加硫ゴム部材の仕様決定方法およびゴム製品の製造方法に関し、さらに詳しくは、所望の動摩擦特性を有する加硫ゴム部材の仕様をより簡便に決定することができる方法およびこの仕様決定方法により決定された仕様の加硫ゴム部材を備えたゴム製品の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ゴム製品の中には動摩擦特性が重要視されるものがある。例えば、タイヤは走行路面に対する動摩擦特性、ブレーキパッドはブレーキディスクに対する動摩擦特性が重要になる。この動摩擦特性を把握するには、従来、動摩擦試験を行って動摩擦係数を測定している。
【0003】
動摩擦特性を向上させるために、例えばタイヤではトレッドゴムに卵殻粉、貝殻の粉砕品などの剛性粒子を配合することが知られている(例えば、特許文献1参照)。所望の動摩擦特性を有するゴム仕様を選定するには、これら剛性粒子やゴム種などを異ならせた多数種類の試験サンプルを作製して動摩擦試験を行う必要がある。それ故、所望の動摩擦特性を有する加硫ゴム部材の仕様をより簡便に決定するには改善の余地がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2019-167410号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、所望の動摩擦特性を有する加硫ゴム部材の仕様をより簡便に決定することができる方法およびこの仕様決定方法により決定された仕様の加硫ゴム部材を備えたゴム製品の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため本発明の加硫ゴム部材の仕様決定方法は、加硫ゴムとこの加硫ゴムに内在する多数の剛性粒子とを備えて、使用時に対象表面に対して摺動する接触面を有する加硫ゴム部材の仕様決定方法であって、前記加硫ゴム部材の前記対象表面に対する動摩擦係数と下記(1)式により算出される推定パラメータXとの相関関係を予め把握しておき、選定候補の前記加硫ゴム部材の貯蔵弾性率Eo’および内在する前記剛性粒子の外径Doと、適用される前記対象表面の突起径Roおよび波長λoと、前記推定パラメータXとに基づいて、適用される前記対象表面に対する選定候補の前記加硫ゴム部材の動摩擦特性を推定し、この推定した動摩擦特性が、予め設定している動摩擦特性の目標値を満たすように貯蔵弾性率Eo’および外径Doを特定し、選定候補の前記加硫ゴム部材の仕様として、この特定した貯蔵弾性率Eo’および外径Doに決定することを特徴とする加硫ゴム部材の仕様決定方法。
推定パラメータX=R2/(λ・E’2・D4)・・・(1)
ここで、Rは前記対象表面の突起径、λは前記対象表面の波長、E’は前記加硫ゴム部材の貯蔵弾性率、Dは前記剛性粒子の外径である。
【0007】
本発明のゴム製品の製造方法は、上記の加硫ゴム部材の仕様決定方法より決定された仕様の前記加硫ゴム部材を備えたゴム製品を製造することを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明の加硫ゴム部材の仕様決定方法では、選定候補の加硫ゴム部材の貯蔵弾性率Eo’および内在する剛性粒子の外径Doと、適用される対象表面の突起径Roおよび波長λoと、が判明すれば、これらのデータと、予め把握している動摩擦係数と推定パラメータXとの相関関係CRとを利用することで、適用される対象表面に対する選定候補の加硫ゴム部材の動摩擦特性を推定することが可能になる。したがって、選定候補の加硫ゴム部材の仕様や適用される対象表面の仕様が異なる度に、動摩擦試験を行う必要がないので簡便に動摩擦特性を把握することができる。そして、この推定した動摩擦特性が、予め設定している動摩擦特性の目標値を満たすように貯蔵弾性率Eo’および外径Doを特定して、選定候補の前記加硫ゴム部材の仕様として、この特定した貯蔵弾性率Eo’および外径Doに決定する。その結果、所望の動摩擦特性を有する加硫ゴム部材の仕様をより簡便に決定することができる。
【0009】
本発明のゴム製品の製造方法では、所望の動摩擦特性を有する加硫ゴム部材をゴム製品の一部として用いる。そのため、それぞれのゴム製品の使用条件に適した動摩擦特性を有するゴム製品を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】加硫ゴム部材と対象表面を断面視で模式的に例示する説明図である。
図2図1の加硫ゴム部材と対象表面との摺動状態を断面視で模式的に例示する説明図である。
図3】推定パラメータと動摩擦係数の増大具合との相関関係CRを例示するグラフ図である。
図4】加硫ゴム部材の動摩擦特性を推定する手順のフローを例示する説明図である。
図5】動摩擦係数を算出する過程を例示する説明図である。
図6】本発明を用いて製造されたタイヤの右半分を断面視で例示する説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の加硫ゴム部材の仕様決定方法およびゴム製品の製造方法を、図に示した実施形態に基づいて説明する。
【0012】
この仕様決定方法では、図1に例示する加硫ゴム部材1が、所望の動摩擦特性を発揮するように仕様を決定する。この仕様を決定するために、加硫ゴム部材1の対象表面4に対する動摩擦特性(動摩擦係数μD)を推定する。
【0013】
加硫ゴム部材1は、加硫ゴム2と加硫ゴム2に内在する多数の剛性粒子3とを備えていて、使用時に対象表面4に対して摺動する接触面1aを有している。この実施形態では、加硫ゴム部材1の下端面が、対象表面4に接触して摺動する接触面1aになっている。加硫ゴム2のゴム種は特に限定されず、種々の汎用のゴム組成物で形成することができる。
【0014】
剛性粒子3は、加硫ゴム2よりも硬くて、摩擦力が作用しても実質的に変形しない粒子、凝集体である。剛性粒子3としては具体的には、種々のシリカ、カーボン、水酸化アルミニウム、炭酸カルシウム、金属粒子などの凝集体を例示できる。
【0015】
対象表面4は、多数の微小な突起を有する凹凸状である。突起どうしの間隔が波長λ、突起の半径が突起径R、突起の高さ(凹凸の大きさ)が振幅aとして記載されている。
【0016】
まず、多数の剛性粒子3が内在する加硫ゴム部材1に生じる動摩擦力について説明する。
【0017】
図2に例示するように、加硫ゴム部材1を対象表面4に向かって所定圧力で押圧して接触面1aを接触させると、接触面1aが対象表面4に押し込まれた状態になる。詳述すると、対象表面4の突起に接触面1aが押し込まれた状態(突起が接触面1aに喰い込んだ状態)になる。
【0018】
この状態で、対象表面4に対して接触面1aを摺動させるように加硫ゴム部材1を対象表面4に対して相対移動させる。相対移動方向は、図2の矢印で示すように対象表面面4の延在方向である。加硫ゴム部材1は接触面1aの近傍領域(破線で囲まれた領域)を変形させながら相対移動して、その際の抵抗力として動摩擦力が生じる。
【0019】
接触面1aの近傍領域では剛性が周囲の加硫ゴム2と顕著に異なっていることに起因して、接触面1aを対象表面4に摺動させると、剛性粒子3が内在していない場合に比して、加硫ゴム部材1(この近傍領域の加硫ゴム2)のヒステリシスロスが大きくなる。これに伴い、接触面1aの周辺では発熱が促進されて対象表面4に対する動摩擦力(動摩擦係数μD)が増大する。この接触面近傍領域の変形に起因した動摩擦力の増大はヒステリシス摩擦と言われ、主に、ゴム中に配合されているシリカのような凝集塊の崩壊によって発現すると考えられている。最近の研究によって、上述の凝集体の崩壊によるヒステリシスロスの他にも、剛性粒子3がゴム中に存在することによって、接触面近傍領域の変形に起因する摩擦力が増大することが明らかになってきた。
【0020】
この剛体粒子3の存在に起因する動摩擦力(動摩擦係数μD)の増大具合が、本願発明者の様々な実験、分析によって、下記(1)式の推定パラメータXを用いて把握することが判明した。本願発明は、この推定パラメータXを利用することに大きな特徴がある。
推定パラメータX=R2/(λ・E’2・D4)・・・(1)
(1)式中のRは対象表面4の突起径(mm)、λは対象表面4の波長(mm)、E’は加硫ゴム部材1の貯蔵弾性率(MPa)、Dは剛性粒子3の外径(μm)である。
【0021】
加硫ゴム部材1の貯蔵弾性率E’は公知の種々の測定装置(粘弾性測定装置)を用いて測定することができる。貯蔵弾性率E’の測定条件は、初期歪み10%、振幅±2%、温度0℃、周波数20Hzに設定してJIS K6394の規定に準拠して測定すればよい。測定条件を一貫して同じにするのであれば、それぞれの条件はこれに限定されず若干異ならせることもできる。
【0022】
剛性粒子3の外径Dは、それぞれの剛性粒子3の平均粒子径である。超小角X線散乱測定(USAXS)により得られた散乱プロファイルを、下記(2)式のUnified-Guinier関数にフィッティングさせて求めることができる粒子(凝集体)の大きさRssを平均粒子径とする。尚、外径Dが1μm超の剛性粒子3については、光学顕微鏡などによって外径Dを測定して把握する。
【0023】
I(q)=Aexp(-(q2・Rgg2)/3)q-p+Bexp(-(q2・Rgg2)/3)+Cexp(-(q2・Rgg2)/3)×{erf(q・Rss/61/2)}3Dm・q-Dm+Dexp(-(q2・Rgg2)/3)×E{erf(q・Rss/61/2)}3(2dDs)・q-(2d-Ds) ・・・(2)
ここで、qは波数、I(q)は波数qにおける散乱強度、A、B、C、DおよびEは定数(尚、この定数D、Eは上述した外径D、弾性率E’とは別の数値である)、pは累乗の指数、Rssは階層構造を形成している粒子(凝集体)の大きさ、Rggは高次凝集体の大きさ、Dmは質量フラクタル次元、Dsは表面フラクタル次元、dは空間のユークリッド次元である。
【0024】
剛性粒子3は、加硫ゴム部材1の全体に散在していてもよく、この実施形態のように、少なくとも加硫ゴム部材1の接触面1a側の領域に万遍なく散在していることが望ましい。この実施形態では、剛性粒子3は、接触面1aからまったく露出していない状態であるが、露出している状態でもよい。
【0025】
対象表面4の突起径R、波長λ、振幅aなどのデータは、公知の種々の装置(表面粗さ計測器)を用いて測定することができる。図1は対象表面4が単純化して記載されているが、実際の対象表面4はより複雑な形状をしている。そこで、対象表面4の突起径Rは、表面粗さ測定データのプロファイルの凸部に二次曲線をフィッティングさせ、フィッティングした二次曲線から半径を求め、それぞれの半径の平均を代表値として用いる。また、波長λは、表面粗さ測定データのプロファイルをフーリエ解析して振幅aが最大の時の波長を代表値として用いる。
【0026】
図3に加硫ゴム部材1の動摩擦係数μDと推定パラメータXとの相関関係CRを例示する。図3では、縦軸が動摩擦係数μDの増大具合になっている。この動摩擦係数μDの増大具合とは、加硫ゴム部材1に剛性粒子3が内在する場合の、剛性粒子3が内在しない場合に対する動摩擦係数μDの増大具合であり、この実施形態では、動摩擦係数μDの数値の差異になっている。したがって、図3では、加硫ゴム部材1に剛性粒子3が内在する場合に、内在しない場合に比して動摩擦係数μDが大きくなるほど、データは上方位置にプロットされ、縦軸の原点では両者に差異がないことを示している。尚、縦軸は、剛性粒子3が内在する場合と内在しない場合とでの動摩擦係数μDの数値の差異の増大割合(増大率%)などにしてもよい。本願発明では、動摩擦係数μDはJIS K7125に規定された試験方法に準拠して測定するが、凝着摩擦の影響を排除するために、接触面1aと対象表面4との間に潤滑剤を介在させた状態で測定を行って取得した数値を用いる。
【0027】
図4の動摩擦係数μDと推定パラメータXとの相関関係CRによると、推定パラメータXの数値が1近傍を境界点として、動摩擦係数μDの増大具合が大きく変化する。即ち、推定パラメータXの値が略1以下では、動摩擦係数μDの増大具合がゼロ(動摩擦係数μDは不変である)ことが分かる。推定パラメータXの数値が略1超では、推定パラメータXの値が増大するに連れて動摩擦係数μDがリニアに増大することが分かる。
【0028】
推定パラメータXは、境界点(数値が略1)を超えると、貯蔵弾性率E’が小さいほど、剛性粒子3の外径Dが小さいほど、突起径Rが大きいほど、波長λが短いほど、大きくなって、動摩擦係数μDが増大する。その理由は、貯蔵弾性率E’が小さいほど加硫ゴム2が変形し易いので剛性粒子3が対象表面4の凹凸に入り込み易く、また、剛性粒子3の外径Dが小さいほど、突起径Rが大きいほど、波長λが短いほど、剛性粒子3が対象表面4の凹凸に入り込み易くなって、加硫ゴム部材1(加硫ゴム2)のヒステリシスロスが大きくなるためである。
【0029】
本発明では、様々な仕様の加硫ゴム部材1(加硫ゴム2の仕様や剛性粒子3の仕様を異ならせた)の様々な仕様の対象表面4(突起径Rや波長λを異ならせた)に対する動摩擦係数μDを測定した際のデータを分析して、図3に例示する加硫ゴム部材1の動摩擦係数μDと推定パラメータXとの相関関係CRを予め把握しておく。この相関関係CRデータはコンピュータなどの演算装置に入力、記憶する。
【0030】
そして、図4に例示する手順によって、適用される対象表面4に対する選定候補の加硫ゴム部材1の動摩擦特性(動摩擦係数μD)を推定する。この動摩擦特性を推定するために必要になるデータは、選定候補の加硫ゴム部材1の貯蔵弾性率Eo、剛性粒子3の外径Do、適用される対象表面4の突起径Ro、波長λoと、予め把握している上述した相関関係CRである。
【0031】
そこで、選定候補の加硫ゴム部材1を用いて、貯蔵弾性率Eo、剛性粒子3の外径Doを把握する。これらのデータは、上述した方法で測定して把握する。また、適用される対象表面4を用いて突起径Ro、波長λoを把握する。これらのデータも、上述した方法で測定して把握する。
【0032】
次いで、把握した貯蔵弾性率Eo、剛性粒子3の外径Do、突起径Ro、波長λoのデータと、予め把握している上述の相関関係CRのデータとを用いて、適用される対象表面4に対する選定候補の加硫ゴム部材1の動摩擦特性(動摩擦係数μD)を推定する。そこで、把握した貯蔵弾性率Eo、剛性粒子3の外径Do、突起径Ro、波長λoのデータを演算装置に入力する。演算装置では、入力されたデータに基づいて、推定パラメータXが算出される。
【0033】
次いで、図5に例示するように、演算装置は、算出された推定パラメータXの値を、予め記憶されている上述の相関関係CRのデータに代入して、動摩擦係数μDの増大具合を算出する。相関関係CRのデータを把握する際に、様々な仕様の加硫ゴム部材1の様々な仕様の対象表面4に対する動摩擦係数μDを測定した際のデータが取得されている。或いは、今までに別途、動摩擦係数μDを測定した際のデータが蓄積されている。そこで、これら既存の多数のデータから、動摩擦係数μDの増大具合の基準となるデータ(基準となる動摩擦係数μD)を選定して、このデータに算出された増大具合を加味することで、適用される対象表面4に対する選定候補の加硫ゴム部材1の動摩擦特性(動摩擦係数μD)を推定することができる。基準となる動摩擦係数μDは新たに測定して取得してもよい。
【0034】
ここで、推定した動摩擦特性(動摩擦係数μD)が、予め設定している動摩擦特性(動摩擦係数μD)の目標値を満たすように貯蔵弾性率Eo’および外径Doを特定する。そのため、推定した動摩擦特性(動摩擦係数μD)が目標値を満たしてない場合は、選定候補の加硫ゴム部材1の貯蔵弾性率Eo’および外径Doの少なくとも一方を異ならせてあらためて、上記の手順によって動摩擦特性(動摩擦係数μD)を推定する。
【0035】
そして、推定した動摩擦特性(動摩擦係数μD)が、目標値を満たした時の貯蔵弾性率Eo’および外径Doを特定する。この特定した貯蔵弾性率Eo’および外径Doを、選定候補の加硫ゴム部材1の仕様として決定する。決定する加硫ゴム部材1の仕様の選定候補の数は1つに限らず、複数でもよい。
【0036】
この実施形態によれば、選定候補の加硫ゴム部材1の貯蔵弾性率Eo’および内在する剛性粒子の外径Doと、適用される対象表面4の突起径Roおよび波長λoと、が判明すれば、これらのデータと、予め把握している相関関係CRのデータとを利用することで、適用される対象表面4に対する選定候補の加硫ゴム部材1の動摩擦特性(動摩擦係数μDの増大具合)を推定することが可能になる。したがって、選定候補の加硫ゴム部材1の仕様や適用される対象表面4の仕様が異なる度に、動摩擦試験を行う必要がない。これに伴い、作業工数が大幅に削減されるので、簡便に動摩擦特性を把握することができる。
【0037】
換言すると、より多くの仕様の加硫ゴム部材1の動摩擦特性を短時間で把握できるので、適用される対象表面4の仕様に応じて、所望の動摩擦特性を有する加硫ゴム部材1の仕様をより精度よく効率的に選定することができる。
【0038】
尚、貯蔵弾性率Eo、外径Do、突起径Ro、波長λoのデータは実際に測定しなくても仮想のデータでもよい。即ち、設定する貯蔵弾性率Eo、外径Do、突起径Ro、波長λoの数値によって、加硫ゴム部材1の動摩擦特性がどの程度になるかを把握するために、本発明を利用することもできる。
【0039】
そして、この推定した動摩擦特性が、予め設定している動摩擦特性の目標値を満たすように貯蔵弾性率Eo’および外径Doを特定して、選定候補の加硫ゴム部材1の仕様を決定する。この決定した貯蔵弾性率Eo’および外径Doに適合する加硫ゴム部材1であれば、適用される対象表面4に対して、所望の動摩擦特性(動摩擦係数μD)を有していることになる。それ故、所望の動摩擦特性を有する加硫ゴム部材1の仕様をより簡便に決定することができる。次いで、決定した仕様の加硫ゴム部材1を製造して、実際に動摩擦特性を測定することで、所望の動摩擦特性を有するか否かを確認することになる。
【0040】
加硫ゴム部材1としては例えば、タイヤ部材(トレッドゴムなど)、ブレーキパッド、シール材(パッキン)などが想定される。それ故、上述の仕様決定方法は、性能の優れたタイヤやブレーキパッド、シール材などを開発するには大きく寄与する。
【0041】
本発明のゴム製品の製造方法では、上述した加硫ゴム部材1の仕様決定方法により決定された仕様の加硫ゴム部材1を備えたゴム製品を製造する。即ち、適用される対象表面4に対して所望の動摩擦特性(動摩擦係数μD)を有していると決定された仕様の加硫ゴム部材1を、ゴム製品の一部として使用してゴム製品を製造する。
【0042】
図6に例示するように、製造するゴム製品がタイヤTであれば、加硫ゴム部材1はトレッドゴムとして使用される。タイヤTは公知の方法で製造すればよく、トレッドゴムとして、上述した仕様決定方法により決定された仕様の加硫ゴム部材1を用いるだけである。
【0043】
このタイヤTでは、トレッドゴム(加硫ゴム部材1)の接触面1aの少なくとも近傍範囲には、多数の剛性粒子3が散在しているので、動摩擦特性に優れた性能を発揮する。剛性粒子3はトレッドゴム(加硫ゴム部材1)の全体に散在していてもよい。例えば、適用する対象表面4を、氷面、雪面などに設定すれば、これら対象表面4に適した動摩擦特性を有するタイヤTを製造することができる。このように、本発明のゴム製品の製造方法によれば、それぞれのゴム製品の使用条件に適した動摩擦特性を有するゴム製品を得ることができる。
【0044】
加硫ゴム部材1の動摩擦係数μDをより大きくして例えば、グリップ性能を向上させた仕様にするには、図5に示す相関関係CRのデータによれば、推定パラメータXの数値を1よりも大きくすることが好ましい。そこで、選定候補の加硫ゴム部材1の仕様を以下のようにするとよい。
【0045】
貯蔵弾性率Eo’は例えば30MPa以下、より好ましくは15MPa以下の範囲にする。貯蔵弾性率Eo’の下限値は例えば5MPa程度である。貯蔵弾性率Eo’は、加硫ゴム2のゴム種を変える、加硫ゴム2に配合する配合剤の種類や量を変えることなどによって異ならせることができる。当業者であれば、使用するゴム種や配合剤の種類、量によって、貯蔵弾性率Eo’がどの程度変化するのかを把握しているので、所望の貯蔵弾性率Eo’の加硫ゴム部材1を多大な試行錯誤すること無く得ることができる。
【0046】
剛性粒子3の外径Doは、突起径Roよりも小さくして、例えば、0.010μm以上0.100μm以下、より好ましくは0.010μm以上0.030μm以下の範囲にする。尚、剛性粒子3の数密度(個/cm3)は例えば1014以上1018以下、より好ましくは1016以上1017以下の範囲にする。
【0047】
適用される対象表面4の仕様は、加硫ゴム部材1の用途によって様々などで特に限定されないが、突起径Roは例えば、0.1mm以上、より好ましくは1.0mm以上の範囲にする。波長λo例えば、3.0mm以下、より好ましくは1.5mm以下の範囲にする。
【実施例0048】
図1に例示するような加硫ゴム部材を製造して、対象表面に対する動摩擦係数μDと上述した推定パラメータXとの相関関係CRを把握し、その結果を表1、表2に示す。製造した加硫ゴム部材の仕様、対象表面の仕様は表1、表2に示すとおりである。
仕様1~15では剛性粒子としてシリカを使用し、その数密度(個/cm3)は1016~1017程度であり、加硫ゴム部材の全体に概ね満遍なく散在した状態である。
貯蔵弾性率E’は、段落0021に記載したとおりの測定条件でJIS K6394の規定に準拠して測定し、段落0026に記載したとおり、凝着摩擦の影響を排除するために、接触面1aと対象表面4との間に潤滑剤を介在させた状態で測定を行って取得した数値を用いた。
外径Dは、段落0022~0023に記載したとおり、凝集体の大きさRssを用いた。突起径R、波長λは段落0025に記載したとおりの代表値を用いた。表2の仕様15におけるR<Dは、外径Dが突起径Rよりも大きいことを意味している。
表中の動摩擦係特性の増大具合は、段落0026に記載したように、加硫ゴム部材に剛性粒子が内在する場合の、剛性粒子が内在しない場合に対する動摩擦係数μDの数値の差異である。
【0049】
【表1】
【0050】
【表2】
【0051】
表1の仕様1~8は、推定パラメータXの数値が1超であり、動摩擦係数μDは剛性粒子が内在しない場合に比して増大することが分かる。表2の仕様9~15は、推定パラメータXの数値が1以下であり、動摩擦係数μDは剛性粒子が内在しない場合と実質的に変わらないことが分かる。即ち、表1、2のデータに基づいて把握できる相関関係CRは、図3と同様になり、推定パラメータXの数値が略1を境界点として、動摩擦係数μDが大きく変化することが分かる。したがって、動摩擦係数μDを大きくするには、推定パラメータXの数値を略1よりも大きくすることが有効であることが分かる。
【符号の説明】
【0052】
1 加硫ゴム部材
1a 接触面
2 加硫ゴム
3 剛性粒子
4 対象表面
T タイヤ(ゴム製品)
図1
図2
図3
図4
図5
図6