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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023051793
(43)【公開日】2023-04-11
(54)【発明の名称】細胞含有構造物
(51)【国際特許分類】
   C12M 1/34 20060101AFI20230404BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20230404BHJP
   C12N 5/0793 20100101ALI20230404BHJP
   C12Q 1/06 20060101ALI20230404BHJP
【FI】
C12M1/34 B
C12N5/10
C12N5/0793
C12Q1/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022147770
(22)【出願日】2022-09-16
(31)【優先権主張番号】P 2021160843
(32)【優先日】2021-09-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000006747
【氏名又は名称】株式会社リコー
(74)【代理人】
【識別番号】110001634
【氏名又は名称】弁理士法人志賀国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】加賀 悠樹
(72)【発明者】
【氏名】仲山 智明
(72)【発明者】
【氏名】荒谷 知行
(72)【発明者】
【氏名】腰塚 慎之介
(72)【発明者】
【氏名】鮫島 達哉
(72)【発明者】
【氏名】塩野 入桃子
(72)【発明者】
【氏名】北澤 智文
(72)【発明者】
【氏名】矢本 梨恵
【テーマコード(参考)】
4B029
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
4B029AA07
4B029BB11
4B029CC02
4B029CC08
4B029FA15
4B029GA03
4B029GB01
4B029GB02
4B063QA01
4B063QA19
4B063QQ08
4B063QQ13
4B063QS39
4B063QS40
4B063QX04
4B065AA90X
4B065AB01
4B065AC20
4B065BA02
4B065BB40
4B065CA46
(57)【要約】
【課題】ready-to-useで再現性の高い神経の薬剤応答評価を容易に実施できるようにする細胞含有構造物を提供する。
【解決手段】神経細胞の電気的特性を評価するための細胞含有構造物であって、(a)前記神経細胞が接着可能な培養表面 (b)前記培養表面に接着し、少なくとも一つの前記神経細胞を含む細胞集団 (c)前記細胞集団の前記電気的特性を計測するための複数の電極を含み、前記細胞集団に含まれる細胞の自発発火頻度が、一電極あたり0.25Hz以上である細胞含有構造物である。
【選択図】図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
神経細胞の電気的特性を評価するための細胞含有構造物であって、
(a)前記神経細胞が接着可能な培養表面
(b)前記培養表面に接着し、少なくとも一つの前記神経細胞を含む細胞集団
(c)前記細胞集団の前記電気的特性を計測するための複数の電極
を含み、前記細胞集団に含まれる細胞の自発発火頻度が、一電極あたり0.25Hz以上である、細胞含有構造物。
【請求項2】
前記神経細胞が、in vitroで分化させて得られた神経細胞である、請求項1に記載の細胞含有構造物。
【請求項3】
前記神経細胞が、ヒト人工多能性幹細胞(hiPSC)由来の神経細胞である、請求項1又は2に記載の細胞含有構造物。
【請求項4】
前記ヒト人工多能性幹細胞が、健常者由来である、請求項3に記載の細胞含有構造物。
【請求項5】
前記ヒト人工多能性幹細胞が、疾患を患っている人由来である、請求項3に記載の細胞含有構造物。
【請求項6】
前記疾患が、神経疾患である、請求項5に記載の細胞含有構造物。
【請求項7】
前記神経疾患が、自閉症、てんかん、統合失調症、ADHD、ALSまたは双極性障害である、
請求項6に記載の細胞含有構造物。
【請求項8】
前記細胞集団が、アストロサイトを含む、請求項1又は2に記載の細胞含有構造物。
【請求項9】
前記細胞集団が、ミクログリア細胞又はオリゴデンドロサイトを含む、請求項1又は2に記載の細胞含有構造物。
【請求項10】
細胞外マトリックスである基質をさらに含む、請求項1又は2に記載の細胞含有構造物。
【請求項11】
前記細胞外マトリックスが、ラミニンを含む、請求項10に記載の細胞含有構造物。
【請求項12】
前記電気的特性が、前記細胞又は細胞集団に対して与えられた少なくとも1つの刺激処理に対する応答により検出される、請求項1又は2に記載の細胞含有構造物。
【請求項13】
前記刺激処理が、少なくとも1つの試験化合物への曝露である、請求項12に記載の細胞含有構造物。
【請求項14】
前記試験化合物が、神経伝達物質受容体のアゴニスト、又はアンタゴニストである、請求項13に記載の細胞含有構造物。
【請求項15】
前記試験化合物が、イオンチャネルブロッカーである、請求項13に記載の細胞含有構造物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞含有構造物に関する。
【背景技術】
【0002】
中枢神経領域における創薬では、モデル動物やそれら細胞での実験を中心に行われてきたが、神経応答には種特異性があることから、これまでの前臨床段階ではヒト特異的な作用を検出しきれないことが、製薬業界ではよく知られている。そこで近年では、in vitroでの薬理・毒性評価試験法の一つとしてヒト由来の人工多能性幹細胞(hiPSC)を用いた細胞評価系の構築が期待されている。前臨床段階のin vitro試験における神経評価でヒト特異的な副作用を検出することができれば、臨床段階での副作用検出をなくし、臨床段階から前臨床段階への出戻りを回避することが可能となり、新薬開発のコストを大幅に削減することにつながることが既に知られている。
【0003】
ここで、神経細胞に対する薬効評価や毒性評価には、神経細胞の活動電位を用いる場合がある。神経細胞の活動電位を検出し評価する方法の一つに、Microelectrode Array(MEA)を用いた評価方法が知られている。MEAは細胞培養を行う基材に配置された微小な電極のアレイであり、細胞の電気的な活動を検出することができる。
【0004】
hiPSC細胞由来の神経細胞をMEA上で培養し、活動電位を検出する際には、ヒト以外の動物由来の神経細胞を用いた場合よりも、神経細胞を高密度で且つ長期間培養することが必要であることが知られている。また、iPS細胞由来の細胞を自身の研究室で扱うと、細胞の維持や分化にノウハウや高額な費用が必要なことから、細胞をアッセイするプレートに播種した状態で購入するReady-to-use plateの需要がある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、ready-to-useで再現性の高い神経の薬剤応答評価を容易に実施できるようにする細胞含有構造物を得ることを目的とする。
【0006】
従来のヒト多能性幹細胞由来の神経細胞(hiPSC-Neuron)を用いた神経の薬剤応答評価では、細胞を配置する基材や細胞をユーザーが選定・取得後、それらを加工・培養し、基材上で神経ネットワークを構築させることで、種々の試験化合物の神経への作用を調査する必要があった。この場合、評価に至るまでに時間を要するうえ、評価時の細胞の形態や機能面はおろか、細胞の組成や培養条件等に至るまでユーザーごとに異なっていることから、hiPSC-Neuronを用いた再現性の高い神経の薬剤応答評価はハードルが高い。
【0007】
例えば、特許文献1(特許6761409)には、in vitroで神経回路網の同期バーストを示すことが可能なhiPSC-Neuronの改良した培養物によって、臨床的に意義のある細胞モデルを構築する目的で、興奮性ニューロンと抑制性ニューロンを様々な比率で共培養し、必要に応じてこの培養にアストロサイトをさらに添加したニューロンの培養物とその作成方法が開示されている。しかし、培養物の状態に関して、神経毒性評価が可能であることを示す明確な基準が設けられていないことから、評価結果が安定しない。本発明者らは、ready-to-useなアッセイ用細胞培養ツールを開発する中で、従来のアッセイでは用いる細胞集団の性質や状態に一定の基準が設けられていないため、得られたデータの直接的な比較などが困難であり、また結果自体も安定して再現性の高いデータを得ることが困難であるという新たな課題を見出した。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る、細胞含有構造物は、神経細胞の電気的特性を評価するための細胞含有構造物であって、(a)前記神経細胞が接着可能な培養表面 (b)前記培養表面に接着し、少なくとも一つの前記神経細胞を含む細胞集団 (c)前記細胞集団の前記電気的特性を計測するための複数の電極を含み、前記細胞集団に含まれる細胞の自発発火頻度が、一電極あたり0.25Hz以上である。
【発明の効果】
【0009】
本発明は、ready-to-useで再現性の高い神経の薬剤応答評価を容易に実施できるようにする細胞含有構造物を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本実施例のプレートのウェルの顕微鏡を用いた撮影画像を示す写真図である。
図2】本実施例のプレートのウェルの配置を示す模式図である。
図3】本実施例の細胞外電位データのラスタープロット及び検出されたスパイク数を示すグラフ図である。
図4】本実施例の上記測定データから得られたウェルごとの自発発火頻度の度数分布図を示すグラフ図である。
図5】本実施例の4-APとPilocarpineを培養物に曝露した際の培養物の発火頻度への影響を示すグラフ図である。
図6】本実施例のCarbamazepineについての発火状態を可視化したラスタープロットと検出されたスパイク数のグラフ図である。
図7】本実施例のPhenytoinについての発火状態を可視化したラスタープロットと検出されたスパイク数のグラフ図である。
図8】本実施例のZonisamideについての発火状態を可視化したラスタープロットと検出されたスパイク数のグラフ図である。
図9】ラミニン懸濁とマトリゲルコートの自発発火頻度の比較を示すグラフ図である。
図10】試験化合物の曝露前の培養物の自発発火頻度の4~400Hzでの反応率の比較を示すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[細胞含有構造物]
1実施形態において、本発明は、神経細胞の電気的特性を評価するための細胞含有構造物であって、
(a)前記神経細胞が接着可能な培養表面
(b)前記培養表面に接着し、少なくとも一つの前記神経細胞を含む細胞集団
(c)前記細胞集団の前記電気的特性を計測するための複数の電極
を含み、前記細胞集団に含まれる細胞の自発発火頻度が、一電極あたり0.25Hz以上である、細胞含有構造物を提供する。
【0012】
実施例において後述するように、発明者らは、各種の神経細胞、例えばhiPSC-Neuronを用いた電気生理学的な神経の薬剤応答評価に際して、以下の特徴を有する細胞含有構造物を見出した。再現性の良い電気生理学的な神経毒性評価に使用することのできる、hiPSC-Neuronを含む細胞集団からなる培養物の状態に基準を設け、その基準を満たした培養物が評価に使用する基材に接着している。要するに、神経機能の評価における機序の異なる複数の試験化合物に曝露したことによる培養物の影響が、いずれの試験化合物においても安定して得られた場合の培養物の電気生理学的な共通性質を抽出した。さらに、それを再現性の良い電気生理学的な神経の薬剤応答評価に使用可能な培養物の状態の基準とし、その基準を満たした培養物が評価に使用する基材に接着していることが特徴になっている。
【0013】
一定の基準を満たした培養物及び基材を含む細胞含有構造物、例えば細胞含有容器を用いることで、ユーザーごとに細胞を配置する基材や細胞を選定、取得、またそれらを加工、培養した上での条件操作などを用いなくとも、電気生理学的な神経の薬剤応答評価を行うことができる。そのため、評価に至るまでに時間を要さず、また、評価時の細胞の形態や機能面における一定の基準が設けられていることから、再現性の高い神経の薬剤応答評価を行うことができる。そのため、本実施形態の細胞含有構造物を用いることによって、ready-to-useで再現性の高い神経の薬剤応答評価を容易に実施できるようにすることができる。
【0014】
細胞含有構造物は、細胞と、それを含有(例えば保持、収納)する構造物である。構造物は後述するような、該構造物上で細胞を培養する容器(細胞含有容器)や、細胞が付着したプレート等を広く含む。
【0015】
[神経細胞]
本発明の1実施形態においては、前記細胞として神経細胞を用いる。神経細胞としては、in vitroで分化させた細胞であることが好ましい。in vitroで分化させた神経細胞としては、例えば、多能性幹細胞をin vitroで神経細胞に分化させた細胞を用いることができる。また、一度脱分化した細胞を再分化した細胞を用いることもできる。
【0016】
多能性幹細胞としては、例えば、胚性幹細胞(ES細胞)、人工多能性幹細胞等が挙げられる。人工多能性幹細胞としては、例えば、核移植胚性幹細胞(ntES細胞)、誘導多能性幹細胞(iPS細胞)等が挙げられる。中でも、多能性幹細胞としてはiPS細胞が好ましい。
【0017】
iPS細胞は健常者由来のものであってもよく、各種の神経疾患(神経系の疾患)を患っている患者由来のものであってもよい。また、各種遺伝子編集が施されたものであってもよく、例えば、遺伝子編集により各種の神経疾患の原因又はリスク因子となる遺伝子を持つように操作された細胞であってもよい。
【0018】
iPS細胞が各種の神経疾患を患っている患者由来の細胞である場合には、当該神経系の疾患モデルを構築するために利用することができる。神経疾患としては、特別に限定されないが、例えば神経変性疾患、自閉症、てんかん、注意欠陥-多動性障害(Attention-deficit hyperactivity disorder、ADHD)、統合失調症、双極性障害等が挙げられる。神経変性疾患としては、例えば、アルツハイマー病、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)等が挙げられる。
これらの神経疾患のうち、特に自閉症、てんかん、統合失調症、ADHD、ALSまたは双極性障害の疾患について用いることができる。
【0019】
神経細胞の由来となる動物種は、特に限定されず、例えば、ヒト、サル、イヌ、ウシ、ウマ、ヒツジ、ブタ、ウサギ、マウス、ラット、モルモット、ハムスター等が挙げられる。中でも、ヒトが好ましい。すなわち、神経細胞が、ヒト人工多能性幹細胞(hiPSC)由来の神経細胞であることが特に好ましい。
【0020】
また、神経細胞は、1種単独であってもよく、2種以上の神経細胞が混合されたものであってもよい。神経細胞は、例えば末梢神経と中枢神経に大別することができる。末梢神経としては、例えば、感覚神経細胞、運動神経細胞、自律神経細胞が挙げられる。中枢神経としては、例えば、介在神経細胞、投射ニューロンが挙げられる。投射ニューロンとしては、例えば、皮質ニューロン、海馬ニューロン、扁桃体ニューロン等が挙げられる。また、中枢神経細胞は、興奮性ニューロンと抑制性ニューロンとに大別することができる。中枢神経系で主に興奮性伝達を担うグルタミン酸作動性ニューロン、主に抑制性伝達を担うGABA(γ-aminobutyric acid)作動性ニューロン等が挙げられる。
【0021】
その他、神経調節物質を放出するニューロンとして、コリン作動性ニューロン、ドーパミン作動性ニューロン、ノルアドレナリン作動性ニューロン、セロトニン作動性ニューロン、ヒスタミン作動性ニューロン等が挙げられる。
【0022】
また、前記したin vitroで分化させて得られた神経細胞を得る際に用いる細胞としては、具体的には、Elixirgen Scientific社のQuick-Neuron(TM)シリーズの細胞を例示することができる。これらの細胞は、神経細胞への分化誘導処理を行った多能性幹細胞であり、約10日間で機能的に成熟した神経細胞に分化する。
【0023】
また、目的によっては、神経細胞は成熟していることも好ましく、例えばTubulin beta3、MAP2、NeuN、160kDa Neurofilament、200kDa Neurofilament、NSE、PSD93、PSD95のいずれかのマーカー遺伝子の発現が陽性であることが好ましい。
【0024】
[培養表面]
1実施形態の細胞含有構造物は、前記神経細胞が接着可能な培養表面を有する。前記培養表面は、前記細胞含有構造物の一面に設けられる。本発明の1実施形態では、細胞含有構造物は細胞培養容器であり、培養表面は、細胞培養容器内の一面に設けられている。
【0025】
細胞培養容器は細胞を収容し、該容器内で細胞を培養する容器である。細胞培養容器は一般に細胞培養に用いられる容器であってよく、ディッシュ、ウェルプレート等が挙げられる。ディッシュの直径、ウェルプレートのウェル数等は、用途に応じて適宜選択することができる。細胞培養容器の培養面(培養表面)には、後述するように電気的特性を計測するための複数の電極として、電極アレイが配置されている。すなわち、本実施形態の製造方法により得られる細胞含有容器は、Microelectrode Array(MEA)プレートである。MEAの電極数等は用途に応じて適宜選択することができる。
【0026】
細胞培養容器の培養表面の材質としては、例えば、以下に記載の有機材料や無機材料が挙げられる。これらは1種を単独で使用してもよく、2種以上を併用して使用してもよい。
【0027】
有機材料としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリスチレン(PS)、ポリカーボネート(PC)、TAC(トリアセチルセルロース)、ポリイミド(PI)、ナイロン(Ny)、低密度ポリエチレン(LDPE)、中密度ポリエチレン(MDPE)、塩化ビニル、塩化ビニリデン、ポリフェニレンサルファイド、ポリエーテルサルフォン、ポリエチレンナフタレート、ポリプロピレン、ウレタンアクリレート等のアクリル系材料、セルロース、ポリジメチルシロキサン(PDMS)等のシリコーン系材料、ポリビニルアルコール(PVA)、アルギン酸カルシウム等のアルギン酸金属塩、ポリアクリルアミド、メチルセルロース、アガロース等のゲル状材料等が挙げられる。
【0028】
無機材料としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、ガラス、セラミックス等が挙げられる。
【0029】
細胞培養容器の培養表面はコーティング剤でコートされていてもよい。コーティング剤は、通常細胞培養に用いられるものを適宜用いることができ、例えば、コラーゲン、マトリゲル(登録商標、コーニング社)、Geltrex(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、PLO(シグマ-アルドリッチ社)、PDLO(シグマ-アルドリッチ社)、フィブロネクチン、フィブリノーゲン、ゼラチン、ポリエチレンイミン(PEI)、ラミニン等が挙げられる。
【0030】
特に、細胞培養表面には、細胞外マトリックスである基質が存在していることが好ましい。細胞外マトリックスである基質を有することで、培養表面に細胞が付着しやすく、細胞の剥離を抑制することができる。細胞外マトリックスである基質としては、細胞外マトリックスとして当該技術分野において公知の物を用いてよく、例えば前述したコーティング物質のうちコラーゲン、フィブリノーゲン又はラミニンが挙げられるが、ラミニンが特に好適に用いられる。
【0031】
細胞培養容器は、容器となるウェル(凹部、溝)が設けられたプレートであることが好ましい。プレートは後述する図2のように、円筒型のウェルが配置されたウェルプレートであることが好ましい。1実施形態においては、図2に示すように48ウェルのものが測定化合物の種類、試行回数などの測定規模の面が好適に用いられる。一度に試験を行う試験化合物の種類や、試行回数によってウェル数を適宜変更してよく、例えば、6、24、48、96、384、1536等の複数ウェルを有する規格化されたウェルプレートを用いてもよい。
【0032】
前記神経細胞の接着は、前記培養表面上で神経細胞を培養することで接着していることが好ましい。前記培養に用いる培地としては、基礎培地に必要成分を添加した培地を用いることができる。基礎培地としては、例えば、BrianPhys(ステムセルテクノロジーズ社)、Neurobasal(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、ダルベッコ改変イーグル培地(Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium、DMEM)、ハムF12培地(Ham’s Nutrient Mixture F12)、D-MEM/F12培地、マッコイ5A培地(McCoy’s 5A medium)、イーグルMEM培地(Eagle’s Minimum Essential Medium、EMEM)、αMEM培地(alpha Modified Eagle’s Minimum Essential Medium、αMEM)、MEM培地(Minimum Essential Medium)、RPMI1640(Roswell Park Memorial Institute-1640)培地、イスコフ改変ダルベッコ培地(Iscove’s Modified Dulbecco’s Medium、IMDM)、MCDB131培地、ウィリアム培地E、IPL41培地、Fischer’s培地、M199培地、高性能改良199培地(Hight Performance Medium 199)、StemPro34(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)、X-VIVO 10(Chembrex社製)、X-VIVO 15(Chembrex社製)、HPGM(Chembrex社製)、StemSpan H3000(ステムセルテクノロジーズ社製)、StemSpanSFEM(ステムセルテクノロジーズ社製)、StemlineII(シグマ-アルドリッチ社製)、QBSF-60(Quality Biological社製)、StemProhESCSFM(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)、Essential8(登録商標)培地(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)、mTeSR1又はmTeSR2培地(ステムセルテクノロジーズ社製)、ReproFF又はReproFF2(リプロセル社製)、PSGro hESC/iPSC培地(System Biosciences社製)、NutriStem(登録商標)培地(バイオロジカルインダストリーズ社製)、CSTI-7培地(細胞科学研究所社製)、MesenPRO RS培地(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)、MF-Medium(登録商標)間葉系幹細胞増殖培地(東洋紡株式会社製)、Sf-900II(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)、Opti-Pro(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)等が挙げられる。これらは、1種を単独で使用してもよく、2種以上を混合して使用してもよい。
【0033】
また、基礎培地に添加する添加剤としては、神経細胞の培養に通常用いられるものが挙げられ、例えば、SM1サプリメント(ステムセルテクノロジーズ社)、N2サプリメントA(ステムセルテクノロジーズ社)、ラットアストロサイト培養上清(富士フイルム和光純薬)、ヒトアストロサイト培養上清(サイエンセルリサーチ社)、Component N(Elixirgen Scientific社)、Component G2(Elixirgen Scientific社)、Component P(Elixirgen Scientific社)、N2 Supplement(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、iCell Neural SupplementB(CDI社)、iCell Neuvous System Supplement,B-27 plus(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)等が挙げられる。
【0034】
[細胞集団]
細胞集団は、前記培養表面に接着し、少なくとも一つの前記神経細胞を含んでいる。
【0035】
前記細胞集団は、アストロサイトをさらに含んでいてもよい。
アストロサイトは、初代培養細胞であってもよいし、多能性幹細胞から分化誘導したアストロサイトであってもよい。多能性幹細胞としては、上述したものと同様のものが挙げられる。アストロサイトは、例えばヒト胎児由来のものなどを用いることができる。
【0036】
神経細胞への分化誘導処理を行った多能性幹細胞及びアストロサイトを混合し、培養面(培養表面)に電極アレイが配置された細胞培養容器に播種する工程において、混合される多能性幹細胞とアストロサイトの割合(多能性幹細胞の細胞数:アストロサイトの細胞数)は、1:1~4:1であることが好ましい。多能性幹細胞とアストロサイトを上記の範囲の割合で混合した場合、分化した神経細胞は、活動電位が検出可能な凝集レベルを維持しており、良好な活動電位の検出ができる。
【0037】
また、細胞培養容器の培養面の単位面積あたりの、前記多能性幹細胞及び前記アストロサイトの合計の細胞数は、2,500~300,000個/cm、例えば2,800~300,000個/cmであることが好ましい。
【0038】
多能性幹細胞及びアストロサイトを混合して播種後、細胞培養容器をインキュベートする期間は、目的に応じて適宜設定することができるが、少なくとも、多能性幹細胞が神経細胞に分化するのに十分な時間であることが好ましい。例えば、Elixirgen Scientific社のQuick-Neuron(TM)シリーズの細胞を用いた場合には、少なくとも、細胞の播種から約10日間である。
【0039】
例えば、ヒトiPS細胞から分化誘導した神経細胞で活動電位を検出する場合には、多能性幹細胞及びアストロサイトを混合して播種した時点から、例えば30日間以上、例えば40日間以上、例えば50日間以上、例えば60日間以上、例えば70日間以上であることができる。
【0040】
神経細胞への分化誘導処理を行った多能性幹細胞及びアストロサイトを混合して播種することにより、電極アレイが配置された細胞培養容器(MEAプレート)の培養面からの神経細胞の剥離を抑制することができる。また、分化後の神経細胞ではなく、神経細胞への分化誘導処理を行った、分化前の多能性幹細胞を播種することにより、神経細胞の剥離を更に抑制することができる。
【0041】
本実施形態の細胞含有容器は、神経細胞、アストロサイトと共に、オリゴデンドロサイト、マイクログリア等をさらに含んでいてもよい。例えば、オリゴデンドロサイト及び/又はマイクログリアを細胞集団に含むことで、ヒト脳に近い環境とすることができる。具体的には、オリゴデンドロサイトは髄漿を形成し、神経細胞の伝導を早めると考えられている。
これらの細胞と培養容器の培養面との接着面積は、合計の細胞数80,000個あたり0.5mm以上であり、0.949mm以上であることが好ましく、3mm以上であることがより好ましく、3.14mm以上であることが更に好ましい。また、細胞と培養容器の培養面との接着面積の上限は28.2mm程度であることが好ましい。
【0042】
本明細書において、細胞と培養容器の培養面との接着面積とは、神経細胞及びアストロサイトを含む細胞のうち、核が存在する領域(細胞体)の集合体が培養面と接着している領域の培養面上の面積をいう。すなわち、神経細胞の突起(樹状突起や軸索)やアストロサイトの突起のみが、培養容器の培養面と接着している領域の面積は上記の接着面積に含まない。
【0043】
細胞含有構造物と細胞集団の接着は、例えば、細胞含有容器に各細胞が保持されていてもよく、細胞含有容器上で細胞が培養されていてもよい。特に、細胞含有容器上で細胞が培養され、前記培養表面に細胞集団が接着したものであることが好ましい。
【0044】
[電気的特性]
本発明の1実施形態の細胞含有構造物は、前記神経細胞の電気的特性を評価するための構造物である。神経細胞の電気的特性とは、細胞の電気的な活動の作用であり、特に神経細胞の活動電位である。さらに、特定の刺激、特に薬剤などの試験化合物に対する神経細胞の応答に伴う活動電位の変化を特に指す。
【0045】
細胞含有構造物は、前記電気的特性を計測するため、複数の電極を含んでいる。具体的には、前記培養表面に電極アレイが配置された細胞培養構造物であることが好ましい。このような構造物としては、細胞含有容器を構成するプレートとして前述のMEAプレートが挙げられる。
【0046】
細胞含有構造物は、細胞集団に含まれる細胞の自発発火頻度が、一電極あたり0.25Hz以上である。自発発火頻度とは、単位時間当たりに検出された、個々の細胞のスパイクに由来する細胞外電位変動回数を意味する。自発発火頻度は、例えば、基材のウェル底にある1以上の電極で検出される、基材に接着した培養物に含まれる神経細胞から発せられる電気信号の検出された細胞外電位変動回数の総和(1つの多点電極アレイにおいて計測された電気信号数の総和)を、計測時間および電極の数で割ることで、一電極あたりの自発発火頻度を算出することができる。また、ここで自発発火頻度とは、細胞集団全体の同期的な発火(同期バースト、ネットワークバーストなどとも呼ばれる)を計測したものではなく、個々の細胞の自発発火を、1電極あたりあわせて計測したものである。
【0047】
細胞集団に含まれる細胞の自発発火頻度が、一電極あたり0.25Hz以上という基準の細胞含有構造物とすることで、電気的特性を測定した際の試験化合物に曝露後の発火頻度の反応率のばらつきを抑えることができる。
【0048】
細胞含有構造物において、細胞集団に含まれる自発発火頻度が一電極あたり0.25Hzを下回ると、同一条件で電気的特性を測定しても結果にばらつきが大きくなる。自発発火頻度に上限は特に定められず、また、使用する測定機器や条件によっても変わってくるが、目安としては、例えば後述の細胞外測定機器の場合は31.25Hzより小さいことが好ましい。
【0049】
上記した、細胞集団に含まれる細胞の自発発火頻度が、一電極あたり0.25Hz以上であるとするには、従来知られた方法で細胞含有構造物を製造した後、該細胞含有構造物に対して一電極あたりの自発発火頻度を検出することで行うことができる。具体的には、自発発火頻度を検出するには、例えば、細胞外電位データを取得することで行うことができる。細胞外測定機器を用いて、細胞外電位データのラスタープロットを取得する。ついで、前記ラスタープロットを解析し、時間あたりのピーク数(スパイク数)を得る。このスパイク数の時間あたりの数から、自発発火頻度(Hz)を検出することができる。
【0050】
なお、上述した1実施形態により、細胞培養容器に対して細胞集団を接着させた細胞含有構造物を製造した場合は、前記測定方法によって細胞集団に含まれる自発発火頻度が一電極あたり0.25Hzである細胞含有構造物を充分に得ることができる。
【0051】
電気的特性は、前記細胞又は細胞集団に対して与えられた少なくとも1つの刺激処理に対する応答により検出されることが好ましい。このような刺激処理については、細胞に刺激を与えるなんらかの操作を含み、物理的、化学的な刺激であってもよい。物理的な処理としては震動、培養条件における気体などの圧力の変化等が挙げられる。化学的な処理としては、化合物の添加の他、培養環境における気体成分の変化、気体濃度の変化、例えばCO濃度の変化などが挙げられる。
【0052】
刺激処理としては、少なくとも1つの試験化合物への曝露であることが好ましい。試験化合物は、各種の薬剤などの生理活性物質などであってもよい。
【0053】
試験化合物が、神経伝達物質受容体のアゴニスト、又はアンタゴニストであることも好ましい。神経細胞の、神経伝達物質受容体のアゴニスト、又はアンタゴニストに対する電気的特性を調べることで、神経伝達に関する薬剤のスクリーニングに好適に用いることができる。
【0054】
試験化合物が、イオンチャネルブロッカーであることも好ましい。神経細胞の、イオンチャンネルブロッカーに対する電気的特性を調べることで、イオンによる刺激をブロックする作用についての知見を得るために好適に用いることができる。
【0055】
上記神経毒評価に使用する試験化合物は、神経伝達に関わる受容体への神経伝達物質の結合に対して競合的にはたらく化合物としては、Pilocarpine、Phenytoin、Zonisamideなどが好ましい。また、picrotoxin、gabazine、D-AP5、CNQX、Strychnine又はPentylenetetrazoleを用いることもできる。イオンチャネルブロッカー(イオンチャンネルの阻害剤)としては、4-AP、carbamazepineなどを用いることもできる。
【実施例0056】
次に実施例を示して本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0057】
[実験例1]
(MEAプレートの作成)
本実施形態の細胞含有構造物である細胞含有容器として、マルチ電極アレイ(MEA)プレートを作成した。
【0058】
MEAプレートに用いるプレートとして、6x8ウェル(合計48ウェル)を有し、ウェル底面に微小電極アレイを有する、Axion Biosystems社製のCytoView MEA Plateを用いた。
このプレートに対して、まず、前処理として、70%エタノールを各ウェルに添加し、室温で5分間静置した。ついで、上記ウェル中の70%エタノールを吸引し、風乾した。上記ウェルに抗生物質とウシ由来血清を含むD-MEM/F12培地を添加し、室温で2分間静置した。上記ウェル中の上記培地を吸引後、各ウェルに蒸留水を添加した。上記ウェル中の蒸留水を吸引し、風乾した。
【0059】
ついで、上記プレートに対してコーティングを行った。蒸留水で2.5mMに希釈したホウ酸溶液で、50% Poly(ethyleneimine) solution (PEI, Sigma-Aldrich) を終濃度0.1%に調整後、上記各ウェルに50ulずつ添加し、37℃で1時間静置した。上記ウェル中の0.1% PEIを吸引後、各ウェルを蒸留水で5回洗浄し、風乾した。その後、30μg/mlマトリゲル(CORNING)を50μlずつ各ウェルに添加し、37℃で1時間静置した。上記ウェル中の30μg/mlマトリゲルを吸引後、各ウェルを蒸留水で1回洗浄し、風乾した。
【0060】
ついで、上記プレートに対して細胞の藩種を行った。細胞の解凍と準備としては、以下を含む培地Aを調整した。
培地A:D-MEM/F12培地, NeurobasalTM Medium (Thermo Fisher SCIENTIFIC), GibcoTM GlutamaxTM Supplement (Thermo Fisher SCIENTIFIC), Component N (elixirgen Scientific), Component G2 (elixirgen Scientific), Component P (elixirgen Scientific), Penicillin-Streptomycin, Y-27632 2HCl (Selleck)
【0061】
使用説明書に従って、健常者由来のhiPSC-Neuronとヒト胎児由来アストロサイトを解凍し、上記培地Aに懸濁した。細胞集団およびその培養物の基材からの剥離を抑制するために、上記細胞懸濁液に終濃度20μg/mlとなるよう、ラミニン(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を添加した。さらに上記細胞懸濁液にミクログリア細胞あるいはオリゴデンドロサイトまたはその両方を含ませた。
細胞の播種の操作としては、上記細胞懸濁液を、上記ウェルの微小電極部にそれぞれ10μlずつ分注した。温度37℃、CO濃度5%にした細胞用インキュベータ内で、1時間静置した。細胞懸濁液を分注した上記ウェルに上記培地Aを300μlずつ添加した。MEAプレートのウェルの周囲に5mlのDPBSを添加した。温度37℃、CO濃度5%にした細胞用インキュベータ内で1日間静置した。
【0062】
ここで、プレートに配置されたウェルの1個単位の拡大図を図1に、プレート4上にウェルが配置されたウェルプレート5の模式図を図2に示す。図1はウェルの顕微鏡を用いた撮影画像であり、ウェル底面1(培養表面)には、hiPSC-Neuronとヒト胎児由来のアストロサイトを含む細胞集団からなる培養物2が接着していた。
本試験では、図1のようにウェル底面に配置された微小電極3上に接着した神経細胞の活動電位を細胞外電位として測定し、試験化合物を処理した際の細胞外電位の変化から神経毒性の評価を行った。
【0063】
細胞の培養と定期点検は以下のように行った。上記ウェル中の培地を吸引し、Y-27632 2HClを含まない上記培地Aを1ウェル当たり300μlになるよう、上記ウェルに分注し、温度37℃、CO濃度5%にした細胞用インキュベータ内で2日間静置した。上記ウェル中の培地量が1ウェル当たり150μlになるよう培地を吸引し、150μlの新しいY-27632 2HClを含まない上記培地Aを添加後、温度37℃、CO濃度5%にした細胞用インキュベータ内で4日間静置した。
【0064】
ついで、以下を含む培地Bを調整した。
培地B:Neurobasal Plus Medium (Thermo Fisher SCIENTIFIC), B-27TM Plus Supplement (Thermo Fisher SCIENTIFIC), GibcoTM GlutamaxTM Supplement (Thermo Fisher SCIENTIFIC), 蒸留水で200mMに調整後、0.22μmフィルターで濾過したアスコルビン酸、Penicillin-Streptomycin, 神経細胞用培地 (富士フィルム 和光純薬)
【0065】
上記ウェル中の培地量が1ウェル当たり150μlになるよう培地を吸引し、150μlの上記培地Bを添加後、温度37℃、CO濃度5%にした細胞用インキュベータ内で3日間静置した。3日後に1ウェル当たり150μlになるよう培地を吸引し、培地Bを添加後静置する工程を出荷時期まで繰り返した。
【0066】
[細胞外電位データ]
細胞播種後22日から週に一回、細胞外測定機器maestro (Axion Biosystems)を用いて、10分間の細胞外電位データを取得した。
図3に、細胞外電位データのラスタープロット及び検出されたスパイク数のグラフを示す。すなわち、Axion Biosystems社製のmaestro Proを用い、調整したAxion Biosystems社製のMEA Cytoview Plateに対して、図1及び図2に示すウェル底面1に接着している、hiPSC-Neuronとヒト胎児由来のアストロサイトを含む細胞集団からなる培養物2の細胞外電位をmaestro Proで10分間測定した結果を、図3のラスタープロット6と検出されたスパイク数のグラフ7として図示する。すなわち、ラスタープロットは細胞それぞれの電位変化(自然発火)を示し、ラスタープロット6におけるスパイク数を線の高さとして、グラフ7のピークを描くことができる。グラフ7のピークの時間あたりの数から、自発発火頻度(Hz)を検出することができる。ラミニン懸濁またはマトリゲルコートを実施しなかったウェルでは、自発発火が検出される時点の前に、細胞剥離が生じ、自発発火が検出できなかった。
【0067】
図4に、上記測定データから得られたウェルごとの自発発火頻度の度数分布図を図示した。上記手法で得られた細胞外電位測定データを用いて、自発発火頻度が4Hz以上であることを確認した。本実施例で用いたMEAプレートでは、1ウェルあたりの電極数が16であるため、自発発火頻度は1電極あたり4Hz/16=0.25Hz以上であることが確認できた。
また図9に、コーティング条件をラミニン懸濁とマトリゲルコートとした場合の16電極あたりの自発発火頻度を図示した。ウェル間バラツキを示すCv値については、ラミニン懸濁した場合は0.71、マトリゲルコートとした場合は0.57であった。したがって、マトリゲルコートではラミニン懸濁と比べて、20%程度低減していることが確認でき、ウェル間バラツキが抑えられていることが示された。
【0068】
[試験化合物の電気生理学的な神経毒性評価]
図5に、4-APとPilocarpineを培養物に曝露した際の培養物の発火頻度への影響を図示した。4-APは神経伝達に関わるイオンチャネルの例示的な阻害剤であり、Pilocarpineは神経伝達に関わる受容体への神経伝達物質の結合に対して競合的にはたらく例示的な化合物として用いた。図5に示すように、試験化合物の曝露前の培養物の自発発火頻度が16電極あたり4Hz以上の場合に、16電極あたり4Hz未満(電極数16の場合、0.25Hz未満)と比較して、試験化合物に曝露後の発火頻度の反応率バラつきが抑えられていた。
図10には、試験化合物の曝露前の培養物の自発発火頻度が16電極あたり4~400Hzでの比較を示した。左図は4-AP、右図はPilocarpineをそれぞれ試験化合物とした場合のデータを示し、試験化合物に対する反応率がLog(反応率)=2すなわち反応率が4倍となる箇所にラインを示している。図に示すように、各試験化合物に対して4倍以上の反応率を示しているのは主に200Hz以下、特に100Hz以下である。すなわち、試験化合物の曝露前の培養物の自発発火頻度が16電極あたり4Hz以上かつ100Hz未満では、4-APとPilocarpineの両方で4倍以上の反応率を示し、よく反応する一方で、200Hz以上では反応率がその半分程度にとどまった。上記結果より、本評価方法が、効果の高い医薬組成物をスクリーニング・作成するツールとなり得ることが示された。
【0069】
[実験例2]
実験例1で製造したプレートを用いて、各種薬剤を用いて薬理試験を行った。神経発火の抑制機能を持つ抗てんかん薬をサンプルに曝露することによって、薬剤の効果を確かめた。評価した薬剤はCarbamazepine, Phenytoin, Zonisamideで、実験例1の細胞外電位データの測定と同条件で測定を行った。
【0070】
図6にCarbamazepine、図7にPhenytoin、図8にZonisamideの各薬剤について、発火状態を可視化したラスタープロットと検出されたスパイク数のグラフを示した。図中のBeforeが薬剤曝露前、Afterが薬剤曝露後を示している。いずれの薬剤についても、薬剤曝露後にスパイク数から検出できる自発発火頻度が少なくなっていることが示され、薬剤曝露後に神経の発火活動が抑制されている様子が確認できる。すなわち、本実施例のプレートは各種薬剤を用いた薬理試験の検出に用いることができることが示された。
【0071】
本発明は、以下の態様を含む。
[1] 神経細胞の電気的特性を評価するための細胞含有構造物であって、
(a)前記神経細胞が接着可能な培養表面
(b)前記培養表面に接着し、少なくとも一つの前記神経細胞を含む細胞集団
(c)前記細胞集団の前記電気的特性を計測するための複数の電極
を含み、前記細胞集団に含まれる細胞の自発発火頻度が、一電極あたり0.25Hz以上である、細胞含有構造物。
[2] 前記神経細胞が、in vitroで分化させて得られた神経細胞である、[1]に記載の細胞含有構造物。
[3] 前記神経細胞が、ヒト人工多能性幹細胞(hiPSC)由来の神経細胞である、[1]又は[2]に記載の細胞含有構造物。
[4] 前記ヒト人工多能性幹細胞が、健常者由来である、[3]に記載の細胞含有構造物。
[5] 前記ヒト人工多能性幹細胞が、疾患を患っている人由来である、[3]に記載の細胞含有構造物。
[6] 前記疾患が、神経疾患である、[5]に記載の細胞含有構造物。
[7] 前記神経疾患が、自閉症、てんかん、統合失調症、ADHD、ALSまたは双極性障害である、[6]に記載の細胞含有構造物。
[8] 前記細胞集団が、アストロサイトを含む、[1]から[7]のいずれか1項に記載の細胞含有構造物。
[9] 前記細胞集団が、ミクログリア細胞又はオリゴデンドロサイトを含む、[1]から[8]のいずれか1項に記載の細胞含有構造物。
[10] 細胞外マトリックスである基質をさらに含む、[1]から[9]のいずれか1項に記載の細胞含有構造物。
[11] 前記細胞外マトリックスが、ラミニンを含む、[10]に記載の細胞含有構造物。
[12] 前記電気的特性が、前記細胞又は細胞集団に対して与えられた少なくとも1つの刺激処理に対する応答により検出される、[1]から[11]のいずれか1項に記載の細胞含有構造物。
[13] 前記刺激処理が、少なくとも1つの試験化合物への曝露である、[12]に記載の細胞含有構造物。
[14] 前記試験化合物が、神経伝達物質受容体のアゴニスト、又はアンタゴニストである、[13]に記載の細胞含有構造物。
[15] 前記試験化合物が、イオンチャネルブロッカーである、[13]に記載の細胞含有構造物。
【符号の説明】
【0072】
1 ウェル底面
2 培養物
3 微小電極
4 プレート
5 ウェルプレート
6 ラスタープロット
7 スパイク数のグラフ
【先行技術文献】
【特許文献】
【0073】
【特許文献1】特許第6761409号公報
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10