(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023052609
(43)【公開日】2023-04-11
(54)【発明の名称】細胞培養物の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/071 20100101AFI20230404BHJP
C12M 3/00 20060101ALI20230404BHJP
A61K 35/545 20150101ALI20230404BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20230404BHJP
A61K 9/70 20060101ALI20230404BHJP
C12N 5/10 20060101ALN20230404BHJP
C07K 16/28 20060101ALN20230404BHJP
【FI】
C12N5/071
C12M3/00 Z
A61K35/545
A61P43/00
A61K9/70
C12N5/10
C07K16/28
【審査請求】有
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023009177
(22)【出願日】2023-01-25
(62)【分割の表示】P 2019523536の分割
【原出願日】2018-06-05
(31)【優先権主張番号】P 2017110953
(32)【優先日】2017-06-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 再生医療実現拠点ネットワークプログラム 疾患・組織別実用化研究拠点(拠点A)「iPS細胞を用いた心筋再生治療創成拠点」に係る委託業務、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】000109543
【氏名又は名称】テルモ株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】100102842
【弁理士】
【氏名又は名称】葛和 清司
(72)【発明者】
【氏名】大橋 文哉
(72)【発明者】
【氏名】伊勢岡 弘子
(72)【発明者】
【氏名】澤 芳樹
(72)【発明者】
【氏名】宮川 繁
(57)【要約】
【課題】 本発明は、多能性幹細胞から分化誘導された目的細胞を含む細胞培養物を製造する方法、および前記細胞培養物を含むシート状細胞培養物を製造する方法などの提供を目的とする。
【解決手段】 多能性幹細胞から分化誘導された目的細胞を含む細胞培養物を製造する方法であって、前記多能性幹細胞から前記目的細胞へと分化誘導して得られた胚様体を分散させた、前記目的細胞および該目的細胞に対して相対的に増殖速度の早い細胞を含む細胞集団を、コンフルエントに達する密度またはそれ以上の密度で播種することを含む、前記方法により、上記課題が解決された。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
多能性幹細胞から分化誘導された目的細胞を含む細胞培養物を製造する方法であって、前記多能性幹細胞から前記目的細胞へと分化誘導して得られた胚様体を分散させた、前記目的細胞および該目的細胞に対して相対的に増殖速度の早い細胞を含む細胞集団を、コンフルエントに達する密度またはそれ以上の密度で播種することを含む、前記方法。
【請求項2】
コンフルエントに達する密度が、接触阻害により細胞の増殖を実質的に停止する密度である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
細胞培養物が、目的細胞を、播種前の細胞集団よりも高い割合で含有する細胞培養物である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
細胞培養物が、目的細胞に対して相対的に増殖速度の早い細胞群を、播種前の細胞集団よりも低い割合で含有する細胞培養物である、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
腫瘍形成能を有する細胞を除去することをさらに含む、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
腫瘍形成能を有する細胞を除去することが、ブレンツキシマブ・ベドチンを用いて処理することを含む、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
多能性幹細胞が、iPS細胞である、請求項1~6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
多能性幹細胞が、ヒト細胞である、請求項1~7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
目的細胞が、それを必要とする対象に適用するための細胞である、請求項1~8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
目的細胞が、心臓、肺、肝臓、膵臓、腎臓、大腸、小腸、脊髄、中枢神経系、骨、眼、皮膚、血管または血液に適用される、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
目的細胞が、間葉系幹細胞、骨格筋芽細胞、多分化性心臓前駆細胞、単能性心臓前駆細胞、心筋細胞、骨格筋細胞、平滑筋細胞、血管芽細胞、上皮細胞、内皮細胞、肺細胞、肝細胞、膵細胞、腎細胞、副腎細胞、腸管上皮細胞、神経幹細胞、骨髄間質細胞、神経細胞、角膜上皮細胞、角膜内皮細胞、網膜色素上皮細胞、T細胞、NK細胞、NKT細胞、樹状細胞、または血球細胞である、請求項1~10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
目的細胞が、心筋細胞である、請求項1~10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
トロポニン陽性率が、50%~90%である細胞培養物が得られる、請求項1~12のいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
Lin28陽性率が、0.30%以下である細胞培養物が得られる、請求項1~13のいずれか一項に記載の方法。
【請求項15】
シート状細胞培養物を製造する方法であって、請求項1~14のいずれか一項に記載の方法により得られた細胞培養物をシート化することを含む、前記方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多能性幹細胞から分化誘導された目的細胞を含む細胞培養物を製造する方法、当該細胞培養物を含むシート状細胞培養物を製造する方法、当該細胞培養物またはシート状細胞培養物を含む組成物、移植片および医療製品、当該目的細胞培養物またはシート状細胞培養物を用いた疾患の処置方法、ならびに当該細胞培養物またはシート状細胞培養物を製造するためのキットなどに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、損傷した組織等の修復のために、種々の細胞を移植する試みが行われている。かかる細胞の供給源として最近注目されているのが、胚性幹細胞(ES細胞)や人工多能性幹細胞(iPS細胞)などの多能性幹細胞から誘導された細胞である。しかしながら、多能性幹細胞から目的細胞への分化誘導を試みる場合、全ての細胞を目的細胞へと分化させることは技術的に困難であり、多能性幹細胞から分化誘導された細胞集団においては、しばしば目的細胞のみならず、他種の細胞が含まれる。
【0003】
細胞集団中の目的細胞の割合を高める方法は、例えば目的細胞が心筋細胞である場合、特定の栄養条件下で培養する方法(非特許文献1~2、特許文献1)や磁気ビーズで精製する方法(非特許文献3)などが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Park S. et al., Cardiology 2013;124:139-150
【非特許文献2】Tohyama S. et al., Cell Stem Cell 12, 127-137, Jan 3, 2013
【非特許文献3】Dubois, N. C. et al. Nat. Biotechnol. 29, 1011-8 (2011)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、多能性幹細胞から分化誘導された目的細胞を含む細胞培養物を製造する方法、当該細胞培養物を含むシート状細胞培養物を製造する方法、当該細胞培養物またはシート状細胞培養物を含む組成物、移植片および医療製品、当該目的細胞培養物またはシート状細胞培養物を用いた疾患の処置方法、ならびに当該細胞培養物またはシート状細胞培養物を製造するためのキットなどの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
多能性幹細胞から分化誘導された細胞を移植に用いる場合、目的の細胞を高い割合で含む細胞集団を効率よく得ることが肝要となる。従来の目的細胞の割合を高める方法は、目的細胞の割合を高めるものの、細胞の回収率は低く、いずれの方法も効率的な方法であるとは言えない。
【0008】
本発明者らは、多能性幹細胞から心筋細胞を効率的に調製する方法について鋭意研究に取り組む中で、胚様体を分散させた細胞集団を、コンフルエントに達する密度またはそれ以上の密度で播種して培養すると、驚くべきことに、心筋細胞の含有率が播種前の細胞集団よりも高くなり、それ以外の細胞の含有率が、播種前の細胞集団よりも低くなることを見出した。そしてかかる知見に基づいてさらに研究を続けた結果、本発明を完成させた。
【0009】
すなわち、本発明は以下に関する。
<1>多能性幹細胞から分化誘導された目的細胞を含む細胞培養物を製造する方法であって、前記多能性幹細胞から前記目的細胞へと分化誘導して得られた胚様体を分散させた、前記目的細胞および該目的細胞に対して相対的に増殖速度の早い細胞を含む細胞集団を、コンフルエントに達する密度またはそれ以上の密度で播種することを含む、前記方法。
<2>コンフルエントに達する密度が、接触阻害により細胞の増殖を実質的に停止する密度である、上記<1>に記載の方法。
<3>細胞培養物が、目的細胞を、播種前の細胞集団よりも高い割合で含有する細胞培養物である、上記<1>または<2>に記載の方法。
<4>細胞培養物が、目的細胞に対して相対的に増殖速度の早い細胞群を、播種前の細胞集団よりも低い割合で含有する細胞培養物である、上記<1>~<3>のいずれか一つに記載の方法。
<5>腫瘍形成能を有する細胞を除去することをさらに含む、上記<1>~<4>のいずれか一つに記載の方法。
<6>腫瘍形成能を有する細胞を除去することが、ブレンツキシマブ・ベドチンを用いて処理することを含む、上記<5>に記載の方法。
<7>多能性幹細胞が、iPS細胞である、上記<1>~<6>のいずれか一つに記載の方法。
<8>多能性幹細胞が、ヒト細胞である、上記<1>~<7>のいずれか一つに記載の方法。
<9>目的細胞が、それを必要とする対象に適用するための細胞である、上記<1>~<8>のいずれか一つに記載の方法。
<10>目的細胞が、心臓、肺、肝臓、膵臓、腎臓、大腸、小腸、脊髄、中枢神経系、骨、眼、皮膚、血管または血液に適用される、上記<9>に記載の方法。
<11>目的細胞が、間葉系幹細胞、骨格筋芽細胞、多分化性心臓前駆細胞、単能性心臓前駆細胞、心筋細胞、骨格筋細胞、平滑筋細胞、血管芽細胞、上皮細胞、内皮細胞、肺細胞、肝細胞、膵細胞、腎細胞、副腎細胞、腸管上皮細胞、神経幹細胞、骨髄間質細胞、神経細胞、角膜上皮細胞、角膜内皮細胞、網膜色素上皮細胞、T細胞、NK細胞、NKT細胞、樹状細胞、または血球細胞である、上記<1>~<10>のいずれか一つに記載の方法。
<12>目的細胞が、心筋細胞である、上記<1>~<10>のいずれか一つに記載の方法。
<13>トロポニン陽性率が、50%~90%である細胞培養物が得られる、上記<1>~<12>のいずれか一つに記載の方法。
<14>Lin28陽性率が、0.30%以下である細胞培養物が得られる、上記<1>~<13>のいずれか一つに記載の方法。
<15>シート状細胞培養物を製造する方法であって、上記<1>~<14>のいずれか一つに記載の方法により得られた細胞培養物をシート化することを含む、前記方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の方法は、多能性幹細胞から目的細胞へと分化誘導して得られた胚様体を分散させた細胞集団に含まれる目的細胞およびその他の細胞の中で、目的細胞が相対的に増殖速度の遅い細胞である場合に、前記細胞集団を、高密度、例えばコンフルエントに達する密度またはそれ以上の密度で播種することにより、目的細胞の含有率を播種前の細胞集団よりも高め、かつ目的細胞に対して相対的に増殖速度の早い、目的細胞以外の細胞の含有率を、播種前の細胞集団よりも低下せしめることを可能とし、それにより細胞培養物中の目的細胞の割合を高めることができる。さらに本発明の方法によれば、回収可能な生存細胞の割合が従来よりも高まるため、最終的に回収可能な目的細胞量が飛躍的に高まる。また、本発明の方法は、腫瘍形成能を有する細胞を除去することをさらに含むことにより、腫瘍化のリスクが低減した細胞培養物を得ることが可能である。本発明における細胞培養物は、従来のシート状細胞培養物の製造方法と親和性が高く、手間やコストが軽微であるため、本発明の方法は、シート状細胞培養物の製造に広く利用することができる。本発明の方法により得られた細胞培養物を、任意で凍結・解凍操作を経た後、シート化させることにより、シート状細胞培養物を製造することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、高密度培養法における結果を示すグラフである。左から順に、播種前、播種後(アドセトリス処理なし)、播種後(アドセトリス処理あり)を表す。縦軸は細胞数を表し、「Cardiomyocytes」は心筋細胞を、「Noncardiomyocytes」は非心筋細胞を表す。
【
図2】
図2は、低密度培養法における結果を示すグラフである。左から順に、播種前、播種後(NomalGlucose培地)、播種後(LowGlucose培地)を表す。縦軸は細胞数を表し、「Cardiomyocytes」は心筋細胞を、「Noncardiomyocytes」は非心筋細胞を表す。
【
図3】
図3は、再凝集法・NoGlucose精製法における結果を示すグラフである。左から順に、播種前、播種後を表す。縦軸は細胞数を表し、「Cardiomyocytes」は心筋細胞を、「Noncardiomyocytes」は非心筋細胞を表す。
【
図4】
図4は、MACSを用いた方法における結果を示すグラフである。左から順に、精製前、精製後を表す。縦軸は細胞数を表し、「Cardiomyocytes」は心筋細胞を、「Noncardiomyocytes」は非心筋細胞を表す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。
本明細書において別様に定義されない限り、本明細書で用いる全ての技術用語および科学用語は、当業者が通常理解しているものと同じ意味を有する。本明細書中で参照する全ての特許、出願および他の出版物や情報は、その全体を参照により本明細書に援用する。また本明細書において参照された出版物と本明細書の記載に矛盾が生じた場合は、本明細書の記載が優先されるものとする。
【0013】
本発明において、「多能性幹細胞」は、当該技術分野で周知の用語であり、三胚葉、すなわち内胚葉、中胚葉および外胚葉に属する全ての系列の細胞に分化することができる能力を有する細胞を意味する。多能性幹細胞の非限定例としては、例えば、胚性幹細胞(ES細胞)、核移植胚性幹細胞(ntES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)などが挙げられる。通常多能性幹細胞を特定の細胞に分化誘導する際には、まず多能性幹細胞を浮遊培養して、上記三胚葉のいずれかの細胞の凝集体を形成し、その後凝集体を形成する細胞を目的とする特定の細胞に分化誘導させる。本発明において「胚様体」とは、かかる細胞の凝集体を意味する。
【0014】
本発明において、「相対的に増殖速度の早い細胞」とは、例えば、ある細胞の所定の環境における単位時間あたりの細胞数の増加数を、他の細胞の前記所定の環境における単位時間あたりの細胞数の増加数と比較した際に、単位時間あたりにより大きな増加を示す細胞を指す。また、反対に、「相対的に増殖速度の遅い細胞」とは、例えば、ある細胞の所定の環境における単位時間あたりの細胞数の増加数を、他の細胞の前記所定の環境における単位時間あたりの細胞数の増加数と比較した際に、単位時間あたりにより大きな増加を示さない細胞を指す。細胞が、他の細胞と比較して、「相対的に増殖速度の早い細胞」であるか、または「相対的に増殖速度の遅い細胞」であるかは、既知の任意の手法により判断することができ、例えば、細胞の倍加時間、倍加回数、重量の経時変化、または培養容器における占有面積の経時変化などを比較することによって判断してもよい。
【0015】
本発明において、「相対的に増殖速度が早い」とは、例えば、ある細胞の所定の環境における単位時間あたりの細胞数の増加数、細胞の倍加時間、倍加回数、重量の経時変化、培養容器における占有面積の経時変化が、他の細胞における値と比較して、10%以上、20%以上、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上、100%以上、200%以上、300%以上、400%以上、500%以上、600%以上、700%以上、800%以上、900%以上、1000%以上であることを意味する。
【0016】
また、反対に、本発明において、「相対的に増殖速度が遅い」とは、例えば、ある細胞の所定の環境における単位時間あたりの細胞数の増加数、細胞の倍加時間、倍加回数、重量の経時変化、培養容器における占有面積の経時変化が、他の細胞における値と比較して、10%以下、20%以下、30%以下、40%以下、50%以下、60%以下、70%以下、80%以下、90%以下、100%以下、200%以下、300%以下、400%以下、500%以下、600%以下、700%以下、800%以下、900%以下、1000%以下であることを意味する。
【0017】
本発明において、「コンフルエントに達する密度」とは、播種した際に、細胞が、培養容器の接着表面一面を覆うことが想定される程度の密度を指す。例えば、播種した際に、細胞が互いに接触することが想定される程度の密度、接触阻害が発生する密度、または接触阻害により細胞の増殖を実質的に停止する密度である。
【0018】
本発明において、「腫瘍形成能を有する細胞」とは、移植後に腫瘍形成する可能性が危惧される細胞を意味する。腫瘍形成能を有する細胞の非限定例としては、分化誘導処理後においても依然として分化多能性を有する細胞(未分化細胞)や、ゲノム異常が生じている細胞を含み、典型的には未分化細胞である。
【0019】
本発明において、「未分化細胞」とは、分化誘導処理後においても依然として分化多能性を有する細胞である。典型的には、未分化の状態に特徴的なマーカー、例えば、Lin28、Tra-1-60などを発現する細胞を指す。
【0020】
本発明において、用語「対象」とは、任意の生物個体、好ましくは動物、さらに好ましくは哺乳動物、さらに好ましくはヒトの個体を意味する。本発明において、対象は健常であっても、何らかの疾患に罹患していてもよいものとするが、組織の異常に関連する疾患の処置が企図される場合には、典型的には当該疾患に罹患しているか、罹患するリスクを有する対象を意味する。
【0021】
本発明において、「間葉系幹細胞」は、当該技術分野で周知の用語であり、間葉系組織に存在し、間葉系組織に属する細胞に分化する能力を有する細胞を意味する。
【0022】
本発明において、「多分化性心臓前駆細胞」とは、心筋・平滑筋・血管内皮細胞など、複数の成熟細胞に分化できる能力を有する心臓前駆細胞を意味し、例えばIshida H. et al., Cell Reports (2016) Jul 26;16(4):1026-38に記載のMultipotent cardiac progenitorなどが挙げられる。本発明において、「単能性心臓前駆細胞」とは、心筋細胞にのみ分化する心臓前駆細胞を意味し、例えばIshida H. et al., Cell Reports (2016) Jul 26;16(4):1026-38に記載のCardiomyocyte precursorなどが挙げられる。
【0023】
本発明において、「心筋細胞」とは、心筋細胞の特徴を有する細胞を意味する。心筋細胞の特徴としては、限定されずに、例えば、心筋細胞マーカーの発現、自律的拍動の存在などが挙げられる。心筋細胞マーカーの非限定例としては、例えば、c-TNT(cardiac troponin T)、CD172a(別名SIRPAまたはSHPS-1)、KDR(別名CD309、FLK1またはVEGFR2)、PDGFRA、EMILIN2、VCAMなどが挙げられる。一態様において、多能性幹細胞由来の心筋細胞は、c-TNT陽性かつ/またはCD172a陽性である。
【0024】
本発明において、「シート状細胞培養物」は、細胞が互いに連結してシート状になったものをいう。細胞同士は、直接(接着分子などの細胞要素を介するものを含む)および/または介在物質を介して、互いに連結していてもよい。介在物質としては、細胞同士を少なくとも物理的(機械的)に連結し得る物質であれば特に限定されないが、例えば、細胞外マトリックスなどが挙げられる。介在物質は、好ましくは細胞由来のもの、特に、細胞培養物を構成する細胞に由来するものである。細胞は少なくとも物理的(機械的)に連結されるが、さらに機能的、例えば、化学的、電気的に連結されてもよい。シート状細胞培養物は、1の細胞層から構成されるもの(単層)であっても、2以上の細胞層から構成されるもの(積層(多層)、例えば、2層、3層、4層、5層、6層など)であってもよい。
【0025】
本発明の一側面は、多能性幹細胞から分化誘導された目的細胞を含む細胞培養物を製造する方法であって、前記多能性幹細胞から前記目的細胞へと分化誘導して得られた胚様体を分散させた、前記目的細胞および該目的細胞に対して相対的に増殖速度の早い細胞を含む細胞集団を、コンフルエントに達する密度またはそれ以上の密度で播種することを含む、前記方法に関する。当該方法によって得られる細胞培養物は、目的細胞を播種前の細胞集団よりも高い割合で含有し、目的細胞に対して相対的に増殖速度の早い細胞群を、播種前の細胞集団よりも低い割合で含有する。
【0026】
特定の理論に拘束されることは望まないが、コンフルエントに達する密度で細胞を播種することにより、目的細胞に対して相対的に増殖速度の早い細胞群の増殖が、接触阻害により抑えられる一方で、目的細胞の細胞間コミュニケーションは、低密度で播種した場合よりも高密度で播種した場合の方が好適であるため、結果として、目的細胞を、播種前の細胞集団における割合よりも高い割合で含有し、目的細胞に対して相対的に増殖速度の早い細胞群を、播種前の細胞集団における割合よりも低い割合で含有する細胞培養物が得られるものと考えられる。
【0027】
本発明において、多能性幹細胞から目的細胞への分化誘導は、既知の任意の手法を用いて行うことができる。例えば、多能性幹細胞から心筋細胞への分化誘導については、Miki K. et al., Cell Stem Cell. 2015 Jun 4;16(6):699-711、およびWO2014/185358を参考に行うことができる。具体的には、中胚葉誘導因子(例えば、アクチビンA、BMP4、bFGF、VEGF、SCFなど)、心臓特異化(cardiac specification)因子(例えば、VEGF、DKK1、Wntシグナルインヒビター(例えば、IWR-1、IWP-2、IWP-3、IWP-4等)、BMPシグナルインヒビター(例えば、NOGGIN等)、TGFβ/アクチビン/NODALシグナルインヒビター(例えば、SB431542等)、レチノイン酸シグナルインヒビターなど)および心臓分化因子(例えば、VEGF、bFGF、DKK1など)を、順次作用させることにより誘導効率を高めることができる。一態様において、多能性幹細胞からの心筋細胞誘導処理は、BMP4を作用させて形成した胚様体に、(1)BMP4とbFGFとアクチビンAとの組み合わせ、(2)VEGFとIWP-3、および、(3)VEGFとbFGFとの組み合わせを順次作用させることを含む。
【0028】
ヒトiPS細胞から心筋細胞を得る方法としては、例えば、以下のステップ:
(1)樹立されたヒトiPS細胞を、フィーダー細胞を含まない培養液で維持培養するステップ(フィーダーフリー法)、
(2)得られたiPS細胞から胚様体を形成するステップ、
(3)得られた胚様体をアクチビンA、骨形成タンパク質(BMP)4および塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)を含有する培養液中で培養するステップ、
(4)得られた胚様体をWnt阻害剤、BMP4阻害剤およびTGFβ阻害剤を含む培養液中で培養するステップ、および
(5)得られた胚様体をVEGFおよびbFGFを含む培養液中で培養するステップ
を含む、方法が挙げられる。
【0029】
(1)のステップにおいて、例えばWO2017038562に記載のように、StemFit AK03(味の素)を培地として用い、iMatrix511(ニッピ)上でiPS細胞を培養して適応させ、維持培養を行うことができる。また、例えばNakagawa M.,et al.A novel efficient feeder-free culture system for the derivation of human induced pluripotent stem cells.Sci Rep.2014;4:3594に記載のように、iPS細胞を、7~8日毎に、TrypLE(登録商標)Select(Thermo Fisher Scientific)を使用してシングルセルとして継代を行うことができる。上記(1)~(5)のステップのあとに、任意で、(6)得られた心筋細胞を精製するステップを選択的に行ってもよい。心筋細胞の精製としては、グルコースフリー培地を用いて心筋細胞以外を減少させる方法やWO2017/038562に記載のように熱処理を用いて未分化細胞を減少させる方法などが挙げられる。
【0030】
本発明において、「胚様体を分散させる」とは、胚様体(凝集体)をより細かな構成体にすることを意味する。より細かな構成体の例としては、例えば、シングルセルおよび細胞塊などを含む。より細かな構成体の大きさは、元の胚様体より小さければいかなる大きさであってもよいが、例えば、直径100μm以下、直径90μm以下、直径80μm以下、直径70μm以下、直径60μm以下、直径50μm以下、直径40μm以下、直径30μm以下、直径20μm以下、または直径10μm以下である。
本発明において、胚様体の分散は、既知の任意の手法を用いて行うことができる。かかる手法としては、限定されずに、例えば、トリプシン/EDTA、プロナーゼ、ディスパーゼ、コラゲナーゼ、CTK(リプロセル)、TrypLE(登録商標)Select(Thermo Fisher Scientific)などを細胞分散剤として用いて分散する化学的な方法、ピペッティングなどによる物理的方法などが挙げられる。
【0031】
本発明において、コンフルエントに達する密度は、上述のとおり播種した際に、細胞が、培養容器の接着表面一面を覆うことが想定される程度の密度、例えば、播種した際に、細胞が互いに接触することが想定される程度の密度、接触阻害が発生する密度、または接触阻害により細胞の増殖を実質的に停止する密度であり、当業者であれば、目的細胞の大きさと培養容器の接着表面の面積から計算可能である。したがって当業者であれば、最適な播種密度もまた適宜決定することができる。播種密度の上限は、特に制限されないが、密度が過度に高い場合には、死滅する細胞が多くなり、非効率となる。本発明の一態様において、播種密度は、例えば、約1.0×105個/cm2~約1.0×108個/cm2、約5.0×105個/cm2~約5.0×107個/cm2、または約1.0×106個/cm2~約1.0×107個/cm2である。別の態様では、約1.0×105個/cm2以上、約2.0×105個/cm2以上、約3.0×105個/cm2以上、約4.0×105個/cm2以上、約5.0×105個/cm2以上、約6.0×105個/cm2以上、約7.0×105個/cm2以上、約8.0×105個/cm2以上、約9.0×105個/cm2以上、約1.0×106個/cm2以上、約2.0×106個/cm2以上、約3.0×106個/cm2以上、約4.0×106個/cm2以上、約5.0×106個/cm2以上、約6.0×106個/cm2以上、約7.0×106個/cm2以上、約8.0×106個/cm2以上、約9.0×106個/cm2以上、約1.0×107個/cm2以上、約2.0×107個/cm2以上、約3.0×107個/cm2以上、約4.0×107個/cm2以上、約5.0×107個/cm2以上、約6.0×107個/cm2以上、約7.0×107個/cm2以上、約8.0×107個/cm2以上、約9.0×107個/cm2以上、または約1.0×108個/cm2以上である。上記範囲は、下限が1.0×105個/cm2以上である限り、上限および下限の両方、または、そのいずれか一方を含んでもよい。
【0032】
本発明の一態様において、得られる細胞培養物中の目的細胞の割合は、播種前の細胞集団における目的細胞の割合より高い割合である。細胞培養物中の目的細胞の割合は、例えば、約50%超、約51%超、約52%超、約53%超、約54%超、約55%超、約56%超、約57%超、約58%超、約59%超、約60%超、約61%超、約62%超、約63%超、約64%超、約65%超、約66%超、約67%超、約68%超、約69%超、約70%超、約71%超、約72%超、約73%超、約74%超、約75%超、約76%超、約77%超、約78%超、約79%超、約80%超、約81%超、約82%超、約83%超、約84%超、約85%超、約86%超、約87%超、約88%超、約89%超、約90%超、約91%超、約92%超、約93%超、約94%超、約95%超、約96%超、約97%超、約98%超、約99%超などであってよい。
【0033】
本発明の一態様において、目的細胞が心筋細胞である場合において、得られる細胞培養物中の心筋細胞の割合は、播種前の細胞集団における心筋細胞の割合より高い割合である。細胞培養物中の心筋細胞の割合は、例えば、約50%超、約51%超、約52%超、約53%超、約54%超、約55%超、約56%超、約57%超、約58%超、約59%超、約60%超、約61%超、約62%超、約63%超、約64%超、約65%超、約66%超、約67%超、約68%超、約69%超、約70%超、約71%超、約72%超、約73%超、約74%超、約75%超、約76%超、約77%超、約78%超、約79%超、約80%超、約80%超、約81%超、約82%超、約83%超、約84%超、約85%超、約86%超、約87%超、約88%超、約89%超、約90%超、約91%超、約92%超、約93%超、約94%超、約95%超、約96%超、約97%超、約98%超、約99%超などであってよい。
【0034】
本態様の方法により得られる細胞培養物中には、心筋細胞、すなわちトロポニン(c-TNT)陽性の細胞が多く含まれる。得られる細胞培養物中の細胞のトロポニン陽性率は、これに限定するものではないが、例えば50%以上、51%以上、52%以上、53%以上、54%以上、55%以上、56%以上、57%以上、58%以上、59%以上、60%以上、61%以上、62%以上、63%以上、64%以上、65%以上、66%以上、67%以上、68%以上、69%以上、70%以上、71%以上、72%以上、73%以上、74%以上、75%以上などであり得る。
【0035】
また、得られる細胞培養物中の細胞のトロポニン陽性率は、これに限定するものではないが、例えば99%以下、98%以下、97%以下、96%以下、95%以下、94%以下、93%以下、92%以下、91%以下、90%以下、89%以下、88%以下、87%以下、86%以下、85%以下、84%以下、83%以下、82%以下、81%以下、80%以下などであり得る。
【0036】
したがって得られる細胞培養物中の細胞のトロポニン陽性率の範囲としては、上記上限値および下限値の任意の組み合わせであってよい。好ましい一態様において、得られる細胞培養物のトロポニン陽性率は、例えば50%~90%、55%~90%、60%~90%、50%~85%、55%~85%、60%~85%、50%~80%、55%~80%、60%~80%、50%~75%、55%~75%、60%~75%、50%~70%、55%~70%、60%~70%、60%~65%などであり得る。
【0037】
本発明の一態様において、得られる細胞培養物のトロポニン陽性率は、例えば50%~90%、55%~90%、60%~90%、50%~85%、55%~85%、60%~85%、50%~80%、55%~80%、60%~80%、50%~75%、55%~75%、60%~75%、50%~70%、55%~70%、60%~70%、60%~65%などであり、かつ、Lin28陽性率が、例えば、0.35%以下、0.30%以下、0.25%以下、0.20%以下、0.15%以下、0.10%以下、0.05%以下などであり得る。
【0038】
本発明の一態様において、得られる細胞培養物中の細胞のトロポニン陽性率は、50%~90%であり、かつ、Lin28陽性率は、0.30%以下である。
本発明の一態様において、得られる細胞培養物中の細胞のトロポニン陽性率は、60%~80%であり、かつ、Lin28陽性率は、0.30%~0.20%である。
【0039】
本発明の一態様において、細胞培養物中の目的細胞に対して相対的に増殖速度の早い細胞群の割合は、播種前の細胞集団における同細胞群の割合より低い割合である。ある態様において、例えば、約50%未満、約49%未満、約48%未満、約47%未満、約46%未満、約45%未満、約44%未満、約43%未満、約42%未満、約41%未満、約40%未満、約39%未満、約38%未満、約37%未満、約36%未満、約35%未満、約34%未満、約33%未満、約32%未満、約31%未満、約30%未満、約29%未満、約28%未満、約27%未満、約26%未満、約25%未満、約24%未満、約23%未満、約22%未満、約21%未満、約20%未満、約19%未満、約18%未満、約17%未満、約16%未満、約15%未満、約14%未満、約13%未満、約12%未満、約11%未満、約10%未満、約9%未満、約8%未満、約7%未満、約6%未満、約5%未満、約4%未満、約3%未満、約2%未満、約1%未満などであってよい。
【0040】
本発明の一態様において、本発明の方法は、腫瘍形成能を有する細胞を除去することをさらに含む。腫瘍形成能を有する細胞の除去は、既知の任意の手法を用いて行うことができる。かかる手法の非限定例としては、腫瘍形成能を有する細胞に特異的なマーカー(例えば、細胞表面マーカーなど)を用いた種々の分離法、例えば、磁気細胞分離法(MACS)、フローサイトメトリー法、アフィニティ分離法や、特異的プロモーターにより選択マーカー(例えば、抗生物質耐性遺伝子など)を発現させる方法、腫瘍形成能を有する細胞の生存に必要な栄養源(メチオニン等)を除いた培地で培養して未分化細胞を駆逐する方法、腫瘍形成能を有する細胞の表面抗原をターゲットにした薬剤で処理する方法、公知の未分化細胞を除去する方法としては、WO2014/126146、WO2012/056997に記載の方法、WO2012/147992に記載の方法、WO2012/133674に記載の方法、WO2012/012803(特表2013-535194)に記載の方法、WO2012/078153(特表2014-501518)に記載の方法、特開2013-143968およびTohyama S. et al., Cell Stem Cell Vol.12 January 2013, Page 127-137に記載の方法、Lee MO et al., PNAS 2013 Aug 27;110(35):E3281-90に記載の方法、WO2016/072519に記載の方法、WO2013100080に記載の方法、特開2016-093178に記載の方法、WO2017/038526に記載の熱処理を用いる方法などが挙げられる。好ましい態様において、腫瘍形成能を有する細胞の除去は、ブレンツキシマブ・ベドチンを用いて行われる。
【0041】
ブレンツキシマブ・ベドチンとは、CD30抗原を標的とする抗体と微小管阻害作用有する低分子薬剤(モノメチルアウリスタチンE:MMAE)とを結合させた抗体薬物複合体であり、アドセトリスの商標名で販売されている。再発・難治性のCD30陽性のホジキンリンパ腫等に対する治療薬であり、CD30抗原を発現する細胞に選択的に作用することができる。CD30抗原は、未分化細胞において高度に発現しているため、ブレンツキシマブ・ベドチンにより未分化細胞を除去することができる(WO2016/072519)。具体的な操作としては、ブレンツキシマブ・ベドチンを培養培地に添加してインキュベートすることにより行われる。
【0042】
本発明の一態様において、腫瘍形成能を有する細胞を除去を行った場合において得られる細胞培養物中の細胞のLin28陽性率は、例えば、0.35%以下、0.30%以下、0.25%以下、0.20%以下、0.15%以下、0.10%以下、0.05%以下などであり得る。
本発明の一態様において、得られる細胞培養物中の細胞のLin28陽性率の範囲は、例えば、0.35%~0.10%、0.30%~0.20%、0.25%~0.20%などであり得る。
【0043】
本発明の一態様において、多能性幹細胞は、例えば、胚性幹細胞(ES細胞)、核移植胚性幹細胞(ntES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)などである。好ましくは、多能性幹細胞は、iPS細胞である。
【0044】
本発明の一態様において、多能性幹細胞は、任意の生物に由来し得る。かかる生物には、限定されずに、例えば、ヒト、非ヒト霊長類、イヌ、ネコ、ブタ、ウマ、ヤギ、ヒツジ、げっ歯目動物(例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモットなど)、ウサギなどが含まれる。好ましくは、多能性幹細胞は、ヒト細胞である。
【0045】
本発明の一態様において、目的細胞は、それを必要とする対象に適用するための細胞である。対象が特定の動物である場合において、例えば、本発明の細胞培養物を製造する方法における一連の工程は、異種由来成分を含まない環境下で行われる。対象がヒトである場合においては、本発明の細胞培養物を製造する方法における一連の工程は、例えば、非ヒト由来成分を含まない境下で行われ、具体的には、例えば、ゼノフリーの試薬が用いられ、フィーダーフリーで培養される。
【0046】
本発明の一態様において、目的細胞は、それを必要とする対象の臓器・器官に適用することが想定される任意の細胞である。目的細胞は、非限定的な例として、例えば、心臓、肺、肝臓、膵臓、腎臓、大腸、小腸、脊髄、中枢神経系、骨、眼、皮膚、血管または血液に適用される細胞である。
【0047】
本発明の一態様において、目的細胞は、非限定的な例として、例えば、間葉系幹細胞、骨格筋芽細胞、多分化性心臓前駆細胞、単能性心臓前駆細胞、または心筋細胞、骨格筋細胞、平滑筋細胞、血管芽細胞、上皮細胞、内皮細胞、肺細胞、肝細胞、膵細胞、腎細胞、副腎細胞、腸管上皮細胞、神経幹細胞、骨髄間質細胞、神経細胞、角膜上皮細胞、角膜内皮細胞、網膜色素上皮細胞、T細胞、NK細胞、NKT細胞、樹状細胞、または血球細胞である。目的細胞はまた、リプログラミングのための遺伝子以外の任意の有用な遺伝子が導入されたiPS細胞から誘導される細胞、例えば、Themeli M. et al. Nature Biotechnology, vol. 31, no. 10, pp. 928-933, 2013に記載のようなキメラ抗原受容体の遺伝子が導入されたiPS細胞から誘導されるT細胞などであってもよい。また、本発明の方法によって得られた細胞培養物中の目的細胞に遺伝子導入などを行ってもよい。
【0048】
本発明の一態様において、多能性幹細胞から分化誘導して得られる細胞としては、肝実質細胞、類洞内皮細胞、クッパー細胞、星細胞、ピット細胞、胆管上皮細胞、血管内皮細胞、血管内皮前駆細胞、線維芽細胞、骨髄由来細胞、脂肪由来細胞、間葉系幹細胞のいずれか1種、もしくは2種以上の細胞が混合したもの等が挙げられる。
【0049】
本発明の一態様において、腎組織の再生、腎組織を模擬した人工腎臓の作製、あるいは腎機能を評価する方法を目的とした場合、例えば、多能性幹細胞から分化誘導して得られる細胞としては、腎細胞、顆粒細胞、集合管上皮細胞、壁側上皮細胞、足細胞、メサンギウム細胞、平滑筋細胞、尿細管細胞、間在細胞、糸球体細胞、血管内皮細胞、血管内皮前駆細胞、線維芽細胞、骨髄由来細胞、脂肪由来細胞、間葉系幹細胞のいずれか1種、もしくは2種以上の細胞が混合したもの等が挙げられる。
【0050】
本発明の一態様において、副腎組織の再生、副腎を模擬した人工副腎の作製、あるいは副腎機能を評価する方法を目的とした場合、例えば、多能性幹細胞から分化誘導して得られる細胞としては、副腎髄質細胞、副腎皮質細胞、球状層細胞、束状層細胞、網上層細胞、血管内皮細胞、血管内皮前駆細胞、線維芽細胞、骨髄由来細胞、脂肪由来細胞、間葉系幹細胞のいずれか1種、もしくは2種以上の細胞が混合したもの等が挙げられる。
【0051】
本発明の一態様において、皮膚の再生、あるいは皮膚機能を評価する方法を目的とした場合、例えば、多能性幹細胞から分化誘導して得られる細胞としては、表皮角化細胞、メラノサイト、立毛筋細胞、毛包細胞、血管内皮細胞、血管内皮前駆細胞、線維芽細胞、骨髄由来細胞、脂肪由来細胞、間葉系幹細胞のいずれか1種、もしくは2種以上の細胞が混合したもの等が挙げられる。
【0052】
本発明の一態様において、粘膜組織の再生、あるいは粘膜組織の機能を評価する方法を目的とした場合、例えば、多能性幹細胞から分化誘導して得られる細胞としては、頬側粘膜、胃粘膜、腸管粘膜、嗅上皮、口腔粘膜、子宮粘膜の細胞のうち、いずれか1種、もしくは2種以上の細胞が混合したもの等が挙げられる。
【0053】
本発明の一態様において、神経系の再生、あるいは神経の機能を評価する細胞を得る目的とした場合、例えば、多能性幹細胞から分化誘導して得られる細胞としては、中脳ドーパミン神経細胞、大脳神経細胞、網膜細胞、小脳細胞、視床下部内分泌細胞のうち、いずれか1種、もしくは2種以上の細胞が混合したもの等が挙げられるが特に限定されない。
【0054】
本発明の一態様において、血液を構成する細胞を得る目的とした場合、例えば、多能性幹細胞から分化誘導して得られる細胞としては、T細胞、B細胞、好中球、好酸球、好塩基球、単球、血小板、赤血球、のうち、いずれか1種、もしくは2種以上の細胞が混合したもの等が挙げられるが特に限定されない。
【0055】
本発明の一態様において、本発明の目的細胞を含む細胞培養物および組成物等は疾患を処置するためのものである。また、本発明の目的細胞を含む培養物は、疾患を処置するための組成物等の製造に使用することができる。疾患としては、限定されずに、例えば、心疾患、肺疾患、肝疾患、膵臓疾患、腎臓疾患、大腸疾患、小腸疾患、脊髄疾患、中枢神経系疾患、骨疾患、眼疾患、または皮膚疾患などが挙げられる。目的細胞が心筋細胞である場合には、心筋梗塞(心筋梗塞に伴う慢性心不全を含む)、拡張型心筋症、虚血性心筋症、収縮機能障害(例えば、左室収縮機能障害)を伴う心疾患(例えば、心不全、特に慢性心不全)などが挙げられる。疾患は、目的細胞、および/または、目的細胞のシート状細胞培養物(細胞シート)が、その処置に有用なものであってもよい。
【0056】
本発明の一側面は、本発明の方法により得られた細胞培養物をシート化することを含む、シート状細胞培養物を製造する方法である。本発明の方法により得られた細胞培養物は、任意で、例えば、WO2017/010544の記載にしたがって、凍結・解凍され、その後シート化される。細胞培養物をシート化する前に、任意で目的細胞を精製する工程をさらに含んでもよい。
【0057】
目的細胞の精製方法としては、目的細胞に特異的なマーカー(例えば、細胞表面マーカーなど)を用いた種々の分離法、例えば、磁気細胞分離法(MACS)、フローサイトメトリー法、アフィニティ分離法や、特異的プロモーターにより選択マーカー(例えば、抗生物質耐性遺伝子など)を発現させる方法、目的細胞の栄養要求性を利用した方法、すなわち目的細胞以外の細胞の生存に必要な栄養源を除いた培地で培養して目的細胞以外の細胞を駆逐する方法、低栄養条件で生存することができる細胞を選抜する方法、目的細胞と目的細胞以外の接着タンパク質をコーティングした基材への接着性の違いを用いて目的細胞を回収する方法、さらにはこれらの方法の組み合わせなどが挙げられる。
【0058】
多能性幹細胞由来の心筋細胞の精製方法としては、心筋細胞に特異的なマーカー(例えば、細胞表面マーカーなど)を用いた種々の分離法、例えば、磁気細胞分離法(MACS)、フローサイトメトリー法、アフィニティ分離法や、特異的プロモーターにより選択マーカー(例えば、抗生物質耐性遺伝子など)を発現させる方法、心筋細胞の栄養要求性を利用した方法、すなわち心筋細胞以外の細胞の生存に必要な栄養源を除いた培地で培養して心筋細胞以外の細胞を駆逐する方法(特開2013-143968)、低栄養条件で生存することができる細胞を選抜する方法(WO2007/088874)、心筋細胞と心筋細胞以外の接着タンパク質をコーティングした基材への接着性の違いを用いて心筋細胞を回収する方法(特願2014-188180)、さらにはこれらの方法の組み合わせなどが挙げられる(例えば、Burridge et al., Cell Stem Cell. 2012 Jan 6;10(1):16-28など参照)。心筋細胞に特異的な細胞表面マーカーとしては、例えば、CD172a、KDR、PDGFRA、EMILIN2、VCAMなどが挙げられる。また、心筋細胞に特異的なプロモーターとしては、例えば、NKX2-5、MYH6、MLC2V、ISL1などが挙げられる。一態様において、心筋細胞は細胞表面マーカーであるCD172aに基づいて精製される。
【0059】
本発明の別の側面は、上記方法により得られた多能性幹細胞由来の目的細胞を含む細胞集団、細胞培養液および培養基材を含むキット(以下、「本発明のキット」と称することがある)に関する。
【0060】
本発明のキットの一側面は、医療用接着剤および細胞洗浄液をさらに含む。医療用接着剤は、外科手術等に使用される接着剤であれば、特に限定されない。医療用接着剤の例として、シアノアクリレート系、ゼラチン-アルデヒド系およびフィブリングルー系接着剤が挙げられ、ベリプラスト(R)(CSLベーリング)およびボルヒール(R)(帝人ファーマ)等のフィブリングルー系接着剤が好ましい。細胞洗浄液は、上述の細胞を洗浄するステップにおいて用いる細胞洗浄液である。
【0061】
本発明のキットはさらに、目的細胞、上記添加物、培養皿、心筋細胞の精製に用いる試薬(例えば、抗体、洗浄液、ビーズ等)、器具類(例えば、ピペット、スポイト、ピンセット等)、シート状細胞培養物の製造方法や使用方法に関する指示(例えば、使用説明書、製造方法や使用方法に関する情報を記録した媒体、例えば、フレキシブルディスク、CD、DVD、ブルーレイディスク、メモリーカード、USBメモリー等)などを含んでいてもよい。
【0062】
本発明の別の側面は、本発明の目的細胞を含む細胞培養物、組成物、またはシート状細胞培養物の、薬剤のスクリーニングのための使用に関する。本発明の目的細胞を含む細胞培養物、組成物、またはシート状細胞培養物を、薬剤スクリーニングに従来使用されていた動物実験モデルの代替として使用することができる。薬剤の種類およびスクリーニング方法については、当業者が適宜選択および設定することができる。
【0063】
本発明の別の側面は、本発明の目的細胞を含む細胞培養物、組成物、またはシート状細胞培養物等の有効量を、それを必要とする対象に適用することを含む、前記対象における疾患を処置する方法に関する。処置の対象となる疾患は、上記したとおりである。
【0064】
本発明において、用語「処置」は、疾患の治癒、一時的寛解または予防などを目的とする医学的に許容される全ての種類の予防的および/または治療的介入を包含するものとする。例えば、「処置」の用語は、組織の異常に関連する疾患の進行の遅延または停止、病変の退縮または消失、当該疾患発症の予防または再発の防止などを含む、種々の目的の医学的に許容される介入を包含する。
【0065】
本発明の処置方法においては、細胞培養物、組成物、またはシート状細胞培養物の生存性、生着性および/または機能などを高める成分や、対象疾患の処置に有用な他の有効成分などを、本発明の細胞培養物、組成物、またはシート状細胞培養物等と併用することができる。
【0066】
本発明の処置方法は、本発明の製造方法に従って、本発明のシート状細胞培養物を製造するステップをさらに含んでもよい。本発明の処置方法は、シート状細胞培養物を製造するステップの前に、対象からシート状細胞培養物を製造するための細胞(iPS細胞を用いる場合は、例えば、皮膚細胞、血球等)または細胞の給源となる組織(iPS細胞を用いる場合は、例えば、皮膚組織、血液等)を採取するステップをさらに含んでもよい。一態様において、細胞または細胞の給源となる組織を採取する対象は、細胞培養物、組成物、またはシート状細胞培養物等の投与を受ける対象と同一の個体である。別の態様において、細胞または細胞の給源となる組織を採取する対象は、細胞培養物、組成物、またはシート状細胞培養物等の投与を受ける対象とは同種の別個体である。別の態様において、細胞または細胞の給源となる組織を採取する対象は、細胞培養物、組成物、またはシート状細胞培養物の投与を受ける対象とは異種の個体である。
【0067】
本発明において、有効量とは、例えば、疾患の発症や再発を抑制し、症状を軽減し、または進行を遅延もしくは停止し得る量(例えば、シート状細胞培養物のサイズ、重量、枚数等)であり、好ましくは、当該疾患の発症および再発を予防し、または当該疾患を治癒する量である。また、投与による利益を超える悪影響が生じない量が好ましい。かかる量は、例えば、マウス、ラット、イヌまたはブタなどの実験動物や疾患モデル動物における試験などにより適宜決定することができ、このような試験法は当業者によく知られている。また、処置の対象となる組織病変の大きさは、有効量決定のための重要な指標となり得る。
【0068】
投与方法としては、例えば、静脈投与、筋肉内投与、骨内投与、髄腔内投与、組織への直接的な適用などが挙げられる。投与頻度は、典型的には1回の処置につき1回であるが、所望の効果が得られない場合には、複数回投与することも可能である。組織に適用する際、本発明の細胞培養物、組成物、またはシート状細胞培養物等を対象の組織に縫合糸やステープルなどの係止手段により固定してもよい。
【0069】
本発明の一態様において、多能性幹細胞からの心筋細胞誘導処理は、BMP4を作用させて形成した胚様体に、(1)BMP4とbFGFとアクチビンAとの組み合わせ、(2)VEGFとIWP-3、および、(3)VEGFとbFGFとの組み合わせを順次作用させて行われる。
【0070】
本発明の一態様において、胚様体を分散させた細胞集団は、上記の心筋細胞誘導処理により得られる胚様体を、プロテアーゼ、例えば上記の酵素、好ましくは3×の濃度に調製したTrypLE(登録商標)Select Enzyme (10X), no phenol red(Thermo Fisher Scientific)などで処理し、単一細胞へと分散させ、残存する細胞凝集物をストレイナー(BD Bioscience)で除去して得られる。
【0071】
本発明の一態様において、胚様体を分散させた細胞集団は、ゼラチンなどをコートしたプレートに、コンフルエントに達する密度またはそれ以上の密度で播種され、任意でブレンツキシマブ・ベドチンを用いて処理される。任意の培養日数経過後に、細胞は回収され、心筋細胞を高い割合で含む、本発明の細胞培養物が得られる。
【0072】
本発明の一態様において、得られた細胞培養物は、既知の任意の方法で、例えば、WO2017/010544の記載にしたがって、任意で凍結・解凍され、その後シート化される。
【0073】
本発明の一態様において、得られた細胞培養物の生細胞数は、例えば、トリパンブルー染色を行うことにより計測することができる。心筋細胞や未分化細胞などの細胞数や割合は、例えば、フローサイトメトリーや定量PCRにより測定することができる。
【実施例0074】
本発明を以下の例を参照してより詳細に説明するが、これらは本発明の特定の具体例を示すものであり、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0075】
実施例1 高密度培養による方法
(1)ヒトiPS細胞の維持培養・分化誘導
臨床用ヒトiPS細胞株は京都大学Ciraで樹立されたものを用い、Nakagawa M. et al., Scientific Reports, 4:3594 (2014)を参考に、フィーダーフリー法で維持培養した。分化誘導法はMiki K. Cell Stem Cell (2015)、WO2014/185358A1およびWO2017/038562を参考に実施した。
具体的には、フィーダー細胞を含まない培養液で維持培養したヒトiPS細胞を、EZ Sphere(旭硝子)上で10μM Y27632(和光純薬)を含有するStemFit AK03培地(味の素)中で1日培養し、得られた胚様体をアクチビンA、骨形成タンパク質(BMP)4および塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)を含有する培養液中で培養し、さらにWnt阻害剤(IWP3)およびBMP4阻害剤(Dorsomorphin)およびTGFβ阻害剤(SB431542)を含む培養液中で培養し、その後VEGFおよびbFGFを含む培養液中で培養を行った。
【0076】
(2)胚様体の単一細胞への分散
分化誘導後の心筋細胞を含む胚様体に対して、TrypLE(登録商標)Select Enzyme (10X),no phenol red(Thermo Fisher Scientific)を1mM EDTAにて3×の濃度に希釈した溶液を用い、37℃で10分間インキュベートすることにより、単一細胞へと分散した。残存する細胞凝集物をストレイナー(BD Bioscience)で除去し、その後の実験に供した。
【0077】
(3)高密度での播種・培養
ゼラチンコートした6wellプレート(培養面積9.6cm2)に、DMEM High Glucose培地(ナカライテスク,08458-16)にFBS(Moregate, 553-04423)を10%含む培地(以下、DMEM-10%FBS培地)に10μMのY27632(ROCK阻害剤)を入れ、分散させた心筋細胞を、1.8×107個播種した。アドセトリス(登録商標)処理を行う場合、その翌日よりアドセトリス(登録商標)処理を行ない、5μg/ml、48時間の処理をした。その後、DMEM-10%FBS培地に培地交換して、48時間培養を継続した。
【0078】
(4)評価
トリパンブルー染色を行うことにより、細胞数を算出し、播種細胞数に対する回収した生細胞数から細胞回収率を算出した。心筋細胞純度は、分散した細胞をBD Cytofix/Cytoperm(登録商標)Fixation/Permeabilization Solution Kit(BD Bioscience)を用いて固定、透過処理した後、抗ヒトトロポニン抗体(Thermo Fisher Scientific)、標識2次抗体(Thermo Fisher Scientific)を順次反応させた後、フローサイトメーターにより測定を行った。未分化細胞マーカーであるLin28を発現する細胞数の割合は定量PCRで測定した。
【0079】
(5)結果
結果を
図1に示す。播種前の細胞集団のトロポニン陽性率は30%であったが、アドセトリス(登録商標)処理を行なわなかったものについては、合計培養日数5日後、播種後のトロポニン陽性率が64%となり、回収細胞数は7.7×10
6個で、細胞回収率は約43%、未分化細胞マーカーであるLin28陽性率は0.4%であった。
アドセトリス(登録商標)処理を行ったものについては、合計培養日数5日後、トロポニン陽性率は62%となり、回収細胞数は9.9×10
6個で、回収率は約56%、Lin28陽性率は0.2%であった。
同様に行った他のロットにおける結果を表1に示す。いずれのロットにおいても、合計培養日数5日後、トロポニン陽性率は、播種前の値と比較して増加した。
本方法は、トロポニン陽性率が上昇した細胞培養物を高い回収率で得ることができるという、驚くべき、予想外の結果を示すものであった。
【表1】
【0080】
比較例1 低密度培養法
以下の比較例においては、WO2017/010544に記載の分化誘導方法により作製した心筋細胞を用いて実施した。
ヒトiPS細胞株253G1を理化学研究所から購入して使用した。Matsuura K. et al., Biochem Biophys Res Commun, 2012 Aug 24;425(2):321-7に記載の方法に従いリアクターを用いて心筋分化誘導を行った。具体的には、PrimateES培地(リプロセル)に5ng/mLのbFGFを添加したものを未分化維持培地として用い、マイトマイシンC処理を行ったMEF上で未分化253G1細胞を培養した。10cm培養皿10枚分の未分化253G1細胞を、剥離液(リプロセル)を用いて回収し、10μMのY27632(ROCK阻害剤)を添加したmTeSR培地(ステムセルテクノロジーズ)100mLに懸濁した後、ベッセルに移し、バイオリアクター(エイブル)で撹件培養を開始した。1日後、培地からY27632を除いた。1~3日後に培地をStemPro-34(ライフテクノロジーズ)置換し、3日~4日後に0.5ng/mLのBMP4を添加し、4~7日後に10ng/mLのBMP4と5ng/mLのbFGFと3ng/mLのアクチビンAを添加し、7~9日後に4μMのIWR-1を添加し、9日目以降は5ng/mLのVEGFと10ng/mLのbFGFを添加して撹絆を続け、16~18日後に細胞を回収した。こうしてヒトiPS細胞由来の心筋細胞を含む細胞集団(細胞塊)を得た。当該細胞集団は、0.05%トリプシン/EDTAで分散後、残存する細胞凝集物をストレイナー(BD Bioscience)で除去し、その後の実験に供した。
【0081】
Park S. et al., Cardiology 2013;124:139-150を参考に、実験を行った。DMEM-F12 Glutamax(Gibco, 10565018)にFBSを10%含有する培養液(NormalGlucose培地)またはDMEM, low glucose, GlutaMAX(登録商標)Supplement, pyruvate(Gibco, 10567014)にFBSを2%含有する培養液(LowGlucose培地)で6cm dish(培養面積21.5cm
2)にそれぞれ2×10
6個を懸濁し、播種した。培養3日に1回、培地交換を実施した。培養12日目に細胞を回収し、生細胞数を測定し、トロポニン陽性率および未分化細胞マーカーであるTra-1-60陽性率をフローサイトメーターにより測定した。結果を
図2に示す。播種前のトロポニン陽性率は66%であったが、培養12日目には、どちらの培地条件においてもトロポニン陽性率が41%であった。また、その時のTra-1-60陽性率は、どちらの培地条件においても0.1%であった。NormalGlucose培地条件において、回収細胞数は6×10
5個となり、細胞回収率は30%であった。LowGlucose培地条件において、回収細胞数は5.7×10
5個であり、回収率は29%であった。この方法は、播種前の値と比較してトロポニン陽性率を低下させるものであった。
【0082】
比較例2 再凝集法・NoGlucose精製法
WO2017/010544、WO2007/088874およびTohyama S. et al., Cell Stem Cell 12, 127-137, Jan 3, 2013を参考に心筋細胞の精製法を比較検討した。iPS細胞由来心筋細胞をNormalGlucose培地に懸濁し、10μMのY27632(ROCK阻害剤)を入れて、回転振とう機で振とうさせて細胞凝集塊を作製した。次の日からDMEM Glucose free培地(Gibco, 11966-025)に乳酸(和光純薬工業, 129-02666)を4mMになるように添加した乳酸培地で培地交換して、合計5日間浮遊培養を継続した。その間、培養3日目に再度乳酸培地で培地交換した。培養5日目に細胞を回収し、生細胞数を測定し、トロポニン陽性率をフローサイトメーターにより測定した。結果を
図3に示す。乳酸培地で精製処理する前は、トロポニン陽性率が平均26%、細胞数の平均が6.2×10
7個であったものが、5日後にはトロポニン陽性率が平均48%で、回収細胞数は3.0×10
6個となった。細胞回収率は5%であった。この方法は、トロポニン陽性率を上昇させるものの、細胞回収率を著しく低下させるものであった。
【0083】
比較例3 MACSを用いた方法
Dubois, N. C. et al., Nat. Biotechnol. 29,1011-8 (2011)を参考に抗体を用いた心筋細胞の精製法を比較検討した。iPS細胞由来心筋細胞をトロポニン陽性率が平均51%、平均1.4×10
7個をCD172-PE(ミルテニー, 130-099-783)に4℃で10分間反応させて、洗浄後にAnti-PE Beadsに懸濁し、4℃で15分間反応後に洗浄した。再度、洗浄液で懸濁し、磁気分離LS-カラムに通して、回収した細胞数を測定し、フローサイトメトリーでトロポニン陽性率を測定した。結果を
図4に示す。回収した細胞数は、平均2.2×10
6個で、トロポニン陽性率は平均92%となり、細胞回収率は16%であった。この方法は、トロポニン陽性率を上昇させるものの、細胞回収率を著しく低下させるものであった。
【0084】
本明細書に記載された本発明の種々の特徴は様々に組み合わせることができ、そのような組み合わせにより得られる態様は、本明細書に具体的に記載されていない組み合わせも含め、すべて本発明の範囲内である。また、当業者は、本発明の精神から逸脱しない多数の様々な改変が可能であることを理解しており、かかる改変を含む均等物も本発明の範囲に含まれる。したがって、本明細書に記載された態様は例示にすぎず、これらが本発明の範囲を制限する意図をもって記載されたものではないことを理解すべきである。