(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023053769
(43)【公開日】2023-04-13
(54)【発明の名称】布帛、及び、布帛の製造方法
(51)【国際特許分類】
D06M 14/30 20060101AFI20230406BHJP
D06M 15/21 20060101ALI20230406BHJP
D06M 14/32 20060101ALI20230406BHJP
D06M 14/34 20060101ALI20230406BHJP
【FI】
D06M14/30
D06M15/21
D06M14/32
D06M14/34
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021163006
(22)【出願日】2021-10-01
(71)【出願人】
【識別番号】000000033
【氏名又は名称】旭化成株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100147267
【弁理士】
【氏名又は名称】大槻 真紀子
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 颯真
(72)【発明者】
【氏名】中村 挙子
(72)【発明者】
【氏名】土屋 哲男
(72)【発明者】
【氏名】木嶋 倫人
【テーマコード(参考)】
4L033
【Fターム(参考)】
4L033AA07
4L033AA08
4L033AB01
4L033AB04
4L033AC03
4L033CA12
(57)【要約】
【課題】フッ素系又はシリコーン系の薬剤を用いることなく、高い撥水性を発現し、良好な洗濯耐久性を備える布帛、及びその製造方法を提供する。
【解決手段】有機繊維(ただし、ポリオレフィン繊維を除く。)を含む布帛であって、前記布帛の少なくとも片面の表面を、試料傾斜角度45°でX線光電子分光分析することによって取得される、C1sスペクトルのピークの総面積に対するC-C結合及びC-H結合のピークの面積の割合が90%以上である、布帛。有機繊維(ただし、ポリオレフィン繊維を除く。)を含む布帛基材に対し、下記一般式(1)で表されるビニル化合物を接触させ、紫外線を照射する工程を含む、布帛の製造方法。R-CH=CH2(1)(式中、Rは炭素数6以上のアルキル基を示す。)
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機繊維(ただし、ポリオレフィン繊維を除く。)を含む布帛であって、
前記布帛の少なくとも片面の表面を、試料傾斜角度45°でX線光電子分光分析することによって取得される、C1sスペクトルのピークの総面積に対するC-C結合及びC-H結合のピークの面積の割合が90%以上である、布帛。
【請求項2】
前記布帛の少なくとも片面の表面を、試料傾斜角度45°でX線光電子分光分析することによって取得されるC1s、N1s、O1s、Si2p、Cl2p及びS2pの各ピークの総面積に対する、C1sのピークの面積の割合が90%以上である、請求項1に記載の布帛。
【請求項3】
前記布帛の少なくとも片面において、洗濯処理前の水に対する接触角に対する20回洗濯処理した後の水に対する接触角の低下率が10%以内であり、かつ、洗濯処理前の撥水度に対する、20回洗濯処理した後の撥水度の低下がΔ1級以内である、請求項1又は2に記載の布帛。
【請求項4】
ポリエステル繊維及び/又はナイロン繊維を含む、請求項1~3のいずれか1項に記載の布帛。
【請求項5】
布帛基材に対し、下記一般式(1)で表されるビニル化合物を接触させ、紫外線を照射する工程を含む、請求項1~4のいずれか一項に記載の布帛の製造方法。
R-CH=CH2 (1)
(式中、Rは炭素数6以上のアルキル基を示す。)
【請求項6】
前記Rが、炭素数6~20のアルキル基である、請求項5に記載の布帛の製造方法。
【請求項7】
前記紫外線の波長が150~400nmである、請求項5又は6に記載の布帛の製造方法。
【請求項8】
布帛基材への到達照度が0.1~100mW/cm2となるよう紫外線を照射する、請求項5~7のいずれか一項に記載の布帛の製造方法。
【請求項9】
有機繊維(ただし、ポリオレフィン繊維を除く。)を含む布帛基材に対し、下記一般式(1)で表されるビニル化合物を接触させ、紫外線を照射する工程を含む、布帛の製造方法。
R-CH=CH2 (1)
(式中、Rは炭素数6以上のアルキル基を示す。)
【請求項10】
前記Rが、炭素数6~20のアルキル基である、請求項9に記載の布帛の製造方法。
【請求項11】
前記紫外線の波長が150~400nmである、請求項9又は10に記載の布帛の製造方法。
【請求項12】
布帛基材への到達照度が0.1~100mW/cm2となるよう紫外線を照射する、請求項9~11のいずれか一項に記載の布帛の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、布帛、及び、布帛の製造方法に関する。より詳細には、撥水性が付与された布帛、及び、その布帛の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
布帛に撥水性を付与する方法として、シリコーンやフッ素含有成分を布帛基材の表面を各種方法で処理する方法が知られている。
【0003】
例えば、フッ素含有モノマーを用いてグラフト重合する方法(特許文献1)、織布の表面に疎水性基を導入した後、フッ素系撥水加工剤のコーティング処理又はフッ素系プラズマ処理する方法(特許文献2)、シリコーン系の撥水性モノマーをグラフト重合する方法(特許文献3)、大気圧下でプラズマ照射して活性化された織編物又は不織布の表面に、フルオロアルキル基を有する疎水性の重合性単量体をグラフト重合させる方法(特許文献4)、フルオロアルキル基を有する共重合体を、架橋剤を介して繊維表面に付着させる方法(特許文献5)、フッ素含有モノマーを電子線照射によりグラフト重合する方法(特許文献6)、フッ化炭素基と炭化水素基とアルコキシシリル基を主成分とする物質を含む撥水撥油防汚処理液で処理する方法(特許文献7)、低温プラズマ処理して活性種を生成させ、次いで該活性種にフルオロアルキル基を有する疎水性の重合性単量体をグラフト重合させる方法(特許文献8)などが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2000-154468号公報
【特許文献2】特開2000-160480号公報
【特許文献3】特開2000-192329号公報
【特許文献4】特開2001-159074号公報
【特許文献5】特開2002-201568号公報
【特許文献6】特開2008-115492号公報
【特許文献7】特開2009-114559号公報
【特許文献8】特開平11-256476号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、これらの方法は、フッ素加工剤に関する国際規制のため、環境に配慮して非フッ素系加工剤などを使用したフッ素フリーの改質処理への転換が求められている。
【0006】
また、シリコーン含有撥水化処理剤については、布帛の風合いに変化が生じるなどの課題がある。架橋剤を介した熱処理を伴う撥水化処理では加工工程が複雑になったり、大型装置が必要になったりするなどの課題もあった。
【0007】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、フッ素系又はシリコーン系の薬剤を用いることなく、高い撥水性を発現し、良好な洗濯耐久性を備える布帛、及びその製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、有機繊維(ただし、ポリオレフィン繊維を除く。)を含む布帛基材に対し、ビニル基を有する炭化水素系薬剤を塗布し、紫外線を照射すると、布帛を形成する繊維表面にアルキル基を化学結合させることができることを見いだし、本発明を完成させた。
すなわち、本発明は、以下の技術を提供するものである。
【0009】
[1] 有機繊維(ただし、ポリオレフィン繊維を除く。)を含む布帛であって、
前記布帛の少なくとも片面の表面を、試料傾斜角度45°でX線光電子分光分析することによって取得される、C1sスペクトルのピークの総面積に対するC-C結合及びC-H結合のピークの面積の割合が90%以上である、布帛。
[2] 前記布帛の少なくとも片面の表面を、試料傾斜角度45°でX線光電子分光分析することによって取得されるC1s、N1s、O1s、Si2p、Cl2p及びS2pの各ピークの総面積に対する、C1sのピークの面積の割合が90%以上である、[1]に記載の布帛。
[3] 前記布帛の少なくとも片面において、洗濯処理前の水に対する接触角に対する20回洗濯処理した後の水に対する接触角の低下率が10%以内であり、かつ、洗濯処理前の撥水度に対する、20回洗濯処理した後の撥水度の低下がΔ1級以内である、[1]又は[2]に記載の布帛。
[4] ポリエステル繊維及び/又はナイロン繊維を含む、[1]~[3]のいずれか1項に記載の布帛。
[5] 有機繊維(ただし、ポリオレフィン繊維を除く。)を含む布帛基材に対し、下記一般式(1)で表されるビニル化合物を接触させ、紫外線を照射する工程を含む、[1]~[4]のいずれか一項に記載の布帛の製造方法。
R-CH=CH2 (1)
(式中、Rは炭素数6以上のアルキル基を示す。)
[6] 前記Rが、炭素数6~20のアルキル基である、[5]に記載の布帛の製造方法。
[7] 前記紫外線の波長が150~400nmである、[5]又は[6]に記載の布帛の製造方法。
[8] 布帛基材への到達照度が0.1~100mW/cm2となるよう紫外線を照射する、[5]~[7]のいずれか一項に記載の布帛の製造方法。
[9] 有機繊維(ただし、ポリオレフィン繊維を除く。)を含む布帛基材に対し、下記一般式(1)で表されるビニル化合物を接触させ、紫外線を照射する工程を含む、布帛の製造方法。
R-CH=CH2 (1)
(式中、Rは炭素数6以上のアルキル基を示す。)
[10] 前記Rが、炭素数6~20のアルキル基である、[9]に記載の布帛の製造方法。
[11] 前記紫外線の波長が150~400nmである、[9]又は[10]に記載の布帛の製造方法。
[12] 布帛基材への到達照度が0.1~100mW/cm2となるよう紫外線を照射する、[9]~[11]のいずれか一項に記載の布帛の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、フッ素系又はシリコーン系の薬剤を用いることなく、高い撥水性を発現し、良好な洗濯耐久性を備える布帛、及びその製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】撥水化処理前の布帛基材、及び、撥水化処理後の布帛のXPSスペクトルである。
【
図2】撥水化処理前の布帛基材、及び、撥水化処理後の布帛のXPS C1sスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
<布帛>
本発明の一実施形態に係る布帛は、有機繊維(ただし、ポリオレフィン繊維を除く。)を含む布帛である。
【0013】
本実施形態に係る布帛は、前記布帛の少なくとも片面の表面を、試料傾斜角度45°でX線光電子分光(XPS)分析することによって取得される、C1sスペクトルのピークの総面積に対するC-C結合及びC-H結合のピークの面積の割合が90%以上である。C-C結合のピーク及びC-H結合のピークは、同一のピークとして検出される。布帛の表面を、試料傾斜角度45°でX線光電子分光(XPS)分析すると、前記表面からおよそ5nmの深さまでを分析することができる。
【0014】
布帛の表面を、試料傾斜角度45°でX線光電子分光分析すると、結合エネルギーが280~296eVの範囲でC1sスペクトルを得ることができる。C1sスペクトルのうち、285.0eV付近のC-C結合及びC-H結合のピーク、286.0eV付近のC-N結合のピーク、288.0eV付近のC=O結合のピーク等の総面積に対する、285.0eV付近のC-C結合及びC-H結合のピークの面積の割合が90%以上である。285.0eV付近のC-C結合及びC-H結合のピークの面積は、他のピークと分離することで求めることができる。
【0015】
撥水化処理がされていない有機繊維(ただし、ポリオレフィン繊維を除く。)を含む布帛基材の表面を、試料傾斜角度45°でX線光電子分光分析すると、C1sスペクトルには、加工アルキル基が含まれないため、C1sスペクトルのピークの総面積に対するC-C結合及びC-H結合のピークの面積の割合は、90%未満である。
【0016】
例えば、撥水化処理がされていないナイロン6繊維を含む布帛基材の表面を、試料傾斜角度45°でX線光電子分光分析すると、C1sスペクトルのうち、285.0eV付近のC-C結合及びC-H結合のピークの肩に、286.0eV付近のC-N結合のピークが重なって観測される。285.0eV付近のC-C結合及びC-H結合のピークの面積は、286.0eV付近のC-N結合のピークと分離して求めることができる。
【0017】
有機繊維(ただし、ポリオレフィン繊維を除く。)を含む布帛基材に対して、シリコーンやフッ素含有成分を処理しても、布帛の表面を、試料傾斜角度45°でX線光電子分光分析すると、C1sスペクトルに、C-N結合のピーク、C=O結合のピーク等の、C-C結合及びC-H結合以外の結合のピークがより多く含まれるので、C1sスペクトルのピークの総面積に対するC-C結合及びC-H結合のピークの面積の割合は、90%未満である。
【0018】
有機繊維(ただし、ポリオレフィン繊維を除く。)を含む布帛基材に対して、後述するアルキル基を含むビニル化合物を処理すると、布帛の表面から深さ5nmまでにアルキル基が導入されて、C1sスペクトルのピークの総面積に対するC-C結合及びC-H結合のピークの面積の割合が増加する。
【0019】
本実施形態に係る布帛において、前記布帛の少なくとも片面の表面を、試料傾斜角度45°でX線光電子分光分析することによって取得される、C1sスペクトルのピークの総面積に対するC-C結合及びC-H結合のピークの面積の割合は90.0%以上であり、90.5%以上が好ましく、91.0%以上がより好ましい。
本実施形態に係る布帛は、前記C-C結合及びC-H結合のピークの面積の割合が前記下限値以上であり、布帛の少なくとも片面の表面から深さ5nmまでに前記C-C結合及びC-H結合のピークに相当するアルキル基が導入され、撥水性が付与されている。
【0020】
本実施形態に係る布帛は、前記布帛の少なくとも片面の表面を、試料傾斜角度45°でX線光電子分光分析することによって取得されるC1s、N1s、O1s、Si2p、Cl2p及びS2pの各ピークの総面積に対する、C1sのピークの面積の割合が90%以上であることが好ましい。
【0021】
本実施形態に係る布帛は、布帛の少なくとも片面の表面から深さ5nmまでに前記C-C結合及びC-H結合のピークに相当するアルキル基のみが共有結合を介して導入されたため、高い撥水性を発現し、かつ良好な洗濯耐久性を有し、ならびに柔軟な風合いを備える。
【0022】
本実施形態に係る布帛は、前記布帛の少なくとも片面において、洗濯処理前の水に対する接触角に対する20回洗濯処理した後の水に対する接触角の低下率が10%以内であり、かつ、洗濯処理前の撥水度に対する、20回洗濯処理した後の撥水度の低下がΔ1級以内であることが好ましい。
【0023】
本実施形態に係る布帛において、有機繊維としては、ポリエステル系、ポリアミド系、ポリプロピレン系、ポリアクリル系等の合成繊維であってよく、木綿、麻、絹、ウール等の天然繊維であってよい。合成繊維及び天然繊維の混紡であってもよい。有機繊維としては、撥水性を容易に付与できる点から、合成繊維であることが好ましい。本実施形態に係る布帛として、ポリエステル繊維及び/又はナイロン繊維を含む無染色又は染色布帛あることがより好ましい。ただし、ポリオレフィン繊維の布帛では、撥水化処理前後の布帛の表面のC-C結合及びC-H結合のピークの面積の割合の差異を区別できないので、有機繊維としてポリオレフィン繊維は除かれる。
【0024】
本実施形態に係る布帛は、次に示される布帛の製造方法により、製造することができる。
【0025】
<布帛の製造方法>
本発明の一実施形態に係る布帛の製造方法は、有機繊維(ただし、ポリオレフィン繊維を除く。)を含む布帛基材に対し、下記一般式(1)で表されるビニル化合物をを接触させ、紫外線を照射する工程を含む。
R-CH=CH2 (1)
(式中、Rは炭素数6以上のアルキル基を示す。)
【0026】
本実施形態に係る布帛の製造方法は、ビニル化合物を接触させた布帛基材に紫外線を照射するだけの安全かつ簡便な反応操作により、布帛表面上にアルキル基が導入され、高い撥水性を発現し、かつ良好な洗濯耐久性を有し、ならびに柔軟な風合いを備えるという優れた効果を奏する。
【0027】
本実施形態に係る布帛の製造方法は、加工の際に加熱処理をする必要がないため、使用エネルギー削減に寄与できる効果も有する。さらに、従来布帛に撥水性を付与するために利用されているフッ素やシリコーン含有撥水化処理剤を使用することなく、架橋剤に相当する化学構造を介することなく、高い撥水性を付与し、洗濯による撥水度を損なうことなく、かつ柔軟な風合いを備える効果がある。
【0028】
本実施形態に係る布帛の製造方法において、前記Rが、炭素数6~20のアルキル基であることが好ましく、炭素数10~18のアルキル基であることがより好ましい。前記アルキル基は直鎖状、分岐鎖状、又は環状のいずれでもよく、直鎖状であることが好ましい。前記Rが、炭素数10~18の直鎖状のアルキル基であることがさらに好ましい。
【0029】
本実施形態に係る布帛の製造方法において、紫外線の光源としては公知のものを用いることができる。その例を挙げると、低圧水銀灯、高圧水銀灯、ArF又はXeClエキシマレーザー、エキシマランプ等である。このように、本発明は、広範囲の波長の光を利用できる。
【0030】
本実施形態に係る布帛の製造方法において、前記ビニル化合物のビニル基から布帛への電子移動によって、アルキル基を布帛表面の布帛由来の元素と化学結合させるために、前記紫外線の波長は150nm~400nmとするのが好ましく、170nm~300nmとするのがより好ましい。
【0031】
反応の高効率化のためには、200nm以下の波長を有する紫外線を照射することが好ましい。
【0032】
本実施形態に係る布帛の製造方法において、布帛基材への到達照度が0.1~100mW/cm2となるよう紫外線を照射することが好ましい。また、照射時間は、1分間~6時間程度であってもよく、1分間~30分間程度とするのが好ましい。これらの条件は好ましい範囲であり、必ずしもこれに特に制限されるものではない。
【0033】
本実施形態に係る布帛の製造方法において、有機繊維(ただし、ポリオレフィン繊維を除く。)を含む布帛基材に対し、一般式(1)で表されるビニル化合物を接触させる方法としては、前記ビニル化合物を液体として布帛に接触させる方法、ビニル化合物の溶液を布帛基材へスプレー又は塗布する方法、ビニル化合物溶液へ布帛基材を浸漬させた後に乾燥させる方法などの工程を利用することができる。
【0034】
本実施形態に係る布帛の製造方法において、アルキル化反応は室温下で容易に進行する。これは、本発明の大きな特徴の一つでもある。しかし、加熱を否定するものではない。必要に応じて加熱することも可能である。
【0035】
本実施形態に係る布帛の製造方法において、室温とは、外部系から加熱も冷却もしていない温度を云う。室温は、1~30℃であってよく、15~25℃であってよい。
【0036】
本実施形態に係る布帛の製造方法により、布帛に疎水性であるアルキル基を化学結合させることができる結果、良好な洗濯耐久性を発現し、並びに架橋剤を用いないため柔軟な風合いを備えた非フッ素性でありながらもフッ素系の撥水化処理と同等の高い撥水性を付与することができる。
【実施例0037】
以下、具体的実施例により、本発明についてより詳細に説明する。ただし、本発明は、以下に示す実施例に、何ら限定されるものではない。
【0038】
(X線光電子分光(XPS)分析)
X線光電子分光(XPS)装置(アルバックファイ製、ESCA5800、データ解析ソフトウェア:PHI MultiPakTM)を用いて、次の測定条件により、布帛基材、及び、布帛の表面を分析した。これにより、表面から深さおよそ5nmまでの元素成分及びその結合状態を分析することができる。
X線源:単色化AlKα、ビーム径800μmφ、出力100W、測定エリア:800μmφ測定、試料傾斜角度:45°
【0039】
285.0eV付近のC-C結合及びC-H結合のピークの面積(C-C)、286.0eV付近の炭素-窒素結合のピークの面積(C-N)、及び、288eV付近の炭素-酸素結合のピークの面積(C=O)の合計の面積(すなわち、C1sスペクトルのピークの総面積)に対する、285.0eV付近のC-C結合及びC-H結合のピークの面積(C-C)の割合を、「炭素-炭素結合含有率」として求めた。
【0040】
結合エネルギー0~1000eVの範囲の、全元素成分のピーク面積の総和(すなわち、C1s、N1s、O1s、Si2p、Cl2p及びS2pの各ピークの総面積)に対する、結合エネルギー280~300eVの範囲のC1sのピークの面積の割合を、「炭素含有率」として求めた。
【0041】
(水接触角の測定方法)
洗濯する前の布帛、及び、後述する洗濯方法により洗濯した後の布帛について、それぞれ、協和界面科学社製接触角計 DMo-501を用いて水に対する接触角を測定した。測定温度は室温であり、水滴量は3.5μLとした。接触角が大きいほど優れた防水性能を示すと評価できる。
【0042】
また、洗濯する前の布帛の水に対する接触角に対する、洗濯した後の布帛の水に対する接触角の低下率(%)を、次式で求めた。
接触角の低下率(%)=(洗濯する前の布帛の水に対する接触角-洗濯した後の布帛の水に対する接触角)/洗濯する前の布帛の水に対する接触角×100
【0043】
(撥水度の測定方法)
洗濯する前の布帛、及び、後述する洗濯方法により洗濯した後の布帛について、それぞれ、撥水度試験(スプレー試験)(JIS L 1092)によって、撥水度を測定した。
具体的には、次の手順に従った。
【0044】
約200mm×200mmの試験片を1枚用意した。
直径150mmの金属製の保持枠に、試験片を、しわが生じないように固定した。
45°の傾斜台に保持枠と共に試験片を固定した。このとき、スプレーノズルの中心を保持枠の中心に一致させ、試験片のたて方向が水の流れに対して平行になるよう一致させた。
スプレーノズルから、250mLのイオン交換水を25~30秒間で散布した。
次に,保持枠を傾斜台から外し、保持枠の一端で水平に持ち、試験片の表側を下向きにして他端を固い物に一度軽く当て水滴を落とし、更に180°回した一端を持ち、前と同様に操作して余分の水滴を落とした。
JIS L 1092の7.2の
図5の標準写真を参考にして、次の基準で、1~5級の格付けを実施した。級と級の間の評価結果は、2.5級、3.5級、4.5級等に格付けした。
【0045】
1級:表面全体に湿潤を示すもの。
2級:表面の半分に湿潤を示し,小さな個々の湿潤が布を浸透する状態を示すもの。
3級:表面に小さな個々の水滴状の湿潤を示すもの。
4級:表面に湿潤しないが,小さな水滴の付着を示すもの。
5級:表面に湿潤及び水滴の付着がないもの。
【0046】
(洗濯方法)
布帛の試験片をJIS L 0217 103の試験方法で水洗いした。
具体的には、次の手順に従った。
【0047】
遠心式脱水装置付きの家庭用電気洗濯機の水槽の標準水量を示す水位線まで液温40℃の水を入れ、これに標準使用量となる割合で洗濯用合成洗剤を添加して溶解し、洗濯液とした。
洗濯液に浴比が、1対30になるように布帛試料及び必要に応じて負荷布を投入して運転を開始した。
5分間運転した後、運転を止め、布帛試料及び負荷布を脱水機で脱水し、次に洗濯液を30℃以下の新しい水に替えて、同一の浴比で2分間すすぎ洗いをした。2分間のすすぎ洗いをした後、運転を止め、布帛試料と負荷布を脱水し、再び2分間すすぎ洗いを行い、脱水し、直接日光の影響を受けない状態で平干しをした。
【0048】
(柔軟性評価)
A~Fの5人の評価者が、20cm×20cmの布帛を、左手に乗せて軽く指で握り、下記の柔軟性評価の基準に沿って、柔軟性を5段階で点数化し、5人の平均値を計算した。ただし、比較例1の無染色布帛(旭化成アドバンス株式会社製ナイロン6繊維、品番:AKL-4267、経緯:20D/24f-FDY、目付:37g/m2)を5点満点(風合いが極めて柔らかい)とした。ただし、実施例3の評価に関しては、比較例9の無染色布帛(ポリエステル、染色堅ろう度試験用添付白布(一般財団法人日本規格協会)、経緯:75D/36f-FDY、目付:71.8g/m2)を5点満点として実施した。
【0049】
・柔軟性評価の基準
◎ 5点:風合いが極めて柔らかい
〇 4点:柔らかい
△ 3点:硬くも柔らかくもない、
× 2点:樹脂感覚があり、硬い
××1点:樹脂感覚があり、とても硬い。
【0050】
(比較例1)
比較例1の布帛基材として、40℃の温水で洗浄し、自然乾燥した無染色布帛(旭化成アドバンス株式会社製ナイロン6繊維、品番:AKL-4267、経緯:20D/24f-FDY、目付:37g/m2)を準備した。炭素含有率は79.5%であり、炭素-炭素結合含有率は70.3%であった。水に対する接触角を測定しようとしたところ、水が布帛に浸透してしまい、測定不能であった。
【0051】
(実施例1)
比較例1の無染色布帛(旭化成アドバンス株式会社製ナイロン6繊維、品番:AKL-4267、経緯:20D/24f-FDY、目付:37g/m2)を、1-オクタデセンの6.6g/Lヘキサン溶液に、室温で浸漬し、すぐに引き揚げた。自然乾燥した状態の布帛にキセノンエキシマランプを室温で20分間照射した。紫外線照射の波長は172nmである。その後、布帛をヘキサンで洗浄し、真空乾燥して実施例1の布帛とした。
【0052】
比較例1の布帛基材及び実施例1の布帛をXPS分析したところ、炭素成分の増加が観測され(
図1・表1)、導入されたアルキル基由来である炭素-炭素結合成分の増加が確認された(
図2・表1)。また、水に対する接触角が130°以上を示し、撥水性が付与された(表1)。20回洗濯処理した後の接触角低下率が10%以内かつ撥水度低下がΔ1級以内を満たした(表1)。
【0053】
(比較例2)
比較例2の布帛基材として、40℃の温水で洗浄し、自然乾燥した黒染色布帛(旭化成アドバンス株式会社製ナイロン6繊維、品番:AKL-4267、経緯:20D/24f-FDY、目付:37g/m2)を準備した。炭素含有率は73.3%であり、炭素-炭素結合含有率は75.5%であった。水に対する接触角を測定しようとしたが、水が布帛に浸透してしまい、測定不能であった。
【0054】
(実施例2)
比較例2の黒染色布帛(旭化成アドバンス株式会社製ナイロン6繊維、品番:AKL-4267、経緯:20D/24f-FDY、目付:37g/m2)を1-オクタデセンの6.6g/Lヘキサン溶液に、室温で浸漬し、すぐに引き揚げた。自然乾燥した状態の布帛にキセノンエキシマランプを室温で20分間照射した。紫外線照射の波長は172nmである。その後、布帛をヘキサンで洗浄し、真空乾燥して実施例2の布帛とした。
【0055】
比較例2の布帛基材及び実施例2の布帛をXPS分析したところ、炭素成分の増加が観測され(
図1・表1)、導入されたアルキル基由来である炭素-炭素結合成分の増加が確認された(
図2・表1)。また、水に対する接触角が130°以上を示し、撥水性が付与された(表1)。20回洗濯処理した後の接触角低下率が10%以内かつ撥水度低下がΔ1級以内を満たした(表1)。
【0056】
(比較例3)
比較例1の無染色布帛(旭化成アドバンス株式会社製ナイロン6繊維、品番:AKL-4267、経緯:20D/24f-FDY、目付:37g/m2)を、Si含有撥水剤(日華化学株式会社、ネオシード(登録商標)RS-7201)が6質量%、ブロックイソシアネート系架橋剤(日華化学株式会社製、NKアシストNY50)が0.5質量%になるよう軟水で希釈した希釈液に、浸漬した。その後、マングル(辻井染機工業株式会社製、モデルNo.VPM-1S-450)にて布帛に付着している余分な剤を絞り、ピンテンター乾燥機(辻井染機工業株式会社製、モデルNo.PT-1A)にて130℃で60秒間乾燥後、再度170℃で120秒間乾熱処理して比較例3の布帛とした。
【0057】
(比較例4)
比較例3におけるSi含有撥水剤を、Si骨格ポリマー系撥水剤(日華化学株式会社、ネオシード(登録商標)NR-8800)に変更した他は比較例3の布帛と同様にして、比較例4の布帛とした。
【0058】
(比較例5)
比較例3におけるSi含有撥水剤を、Siフリー撥水剤(日華化学株式会社、ネオシード(登録商標)NR-7000)に変更し、ブロックイソシアネート系架橋剤を、ブロックイソシアネート系架橋剤(日華化学株式会社製、NKアシストFU)に変更した他は比較例3の布帛と同様にして、比較例5の布帛とした。
【0059】
(比較例6)
比較例3におけるSi含有撥水剤を、Siフリー撥水剤(日華化学株式会社、ネオシード(登録商標)NR-7600)に変更し、ブロックイソシアネート系架橋剤を、ブロックイソシアネート系架橋剤(日華化学株式会社製、NKアシストFU)に変更した他は比較例3の布帛と同様にして、比較例6の布帛とした。
【0060】
(比較例7)
比較例3におけるSi含有撥水剤を、Siフリー撥水剤(日華化学株式会社、ネオシード(登録商標)NR-7201)に変更し、架橋剤を使用しなかった他は比較例3の布帛と同様にして、比較例7の布帛とした。
【0061】
(比較例8)
比較例3におけるSi含有撥水剤を、Siフリー撥水剤(明成化学株式会社、メイシールドZ1)に変更し、ブロックイソシアネート系架橋剤を、ブロックイソシアネート系架橋剤(明成化学株式会社製、メイカネートFM1)に変更した他は比較例3の布帛と同様にして、比較例8の布帛とした。
【0062】
比較例3~8の布帛をXPS分析した。結果を表1に示す。炭素-炭素結合含有率が90%以上のものはなかった。炭素含有率が90%以上のものはなかった。
【0063】
比較例3~8の布帛の水に対する接触角を測定した。また、20回洗濯した後の水に対する接触角を測定した。結果を表1に示す。
【0064】
比較例3~8の布帛の撥水度を測定した。また、20回洗濯した後の撥水度を測定した。結果を表1に示す。
【0065】
(比較例9)
比較例9の布帛として、アセトンおよびヘキサンで洗浄し、真空乾燥した無染色布帛(ポリエステル、染色堅ろう度試験用添付白布(一般財団法人日本規格協会)、経緯:75D/36f-FDY、目付:71.8g/m2)を準備した。炭素含有率は73.9%であり、炭素-炭素結合含有率は69.5%であった。水に対する接触角を測定しようとしたところ、水が布帛に浸透してしまい、測定不能であった。
【0066】
(実施例3)
比較例9の無染色布帛(ポリエステル、染色堅ろう度試験用添付白布(一般財団法人日本規格協会)、経緯:75D/36f-FDY、目付:71.8g/m2)に、1-オクタデセンの400mg/30mLヘキサン溶液を、室温でスプレーした。自然乾燥した状態の布帛にキセノンエキシマランプを室温で20分間照射した。紫外線照射の波長は172nmである。その後、布帛をヘキサンで洗浄し、真空乾燥して実施例3の布帛とした。水に対する接触角が124.0°を示し、撥水性が付与された。実施例3の布帛をXPS分析したところ、炭素含有率は90.1%であり、炭素-炭素結合含有率は90.2%であった。表面の炭素成分の増加が観測され、導入されたアルキル基由来である炭素-炭素結合成分の増加が確認された。20回洗濯処理した後の接触角低下率が10%以内かつ撥水度低下がΔ1級以内を満たした(表1)。
【0067】
実施例1~3、及び、比較例1~9の布帛の柔軟性を評価した結果を表1に示す。
実施例1~3、及び、比較例1~2及び9の布帛の柔軟性はいずれも4点以上で、織物本来の柔軟性に優れる。ところが、比較例3~8の布帛の柔軟性はいずれも3点以下となり、硬い風合いであった。比較例3~8の布帛は撥水剤と架橋剤を付着させていることに加えて、架橋剤の固着に高温の乾熱処理が必要となるため、硬い風合いの布帛になる。一方で、実施例1~3の布帛は撥水剤と架橋剤が付着しておらず、架橋剤固着のために高温での乾熱処理も施していない為、柔軟性が損なわれなかった。
【0068】
布帛基材の表面に、ビニル化合物を接触させ、紫外線を照射することにより、フッ素系又はシリコーン系の薬剤を用いることなく、架橋剤等を介することなく、優れた風合いの柔軟性を損なうことなく、布帛基材の劣化を起こすことなく、高い撥水性を発現可能であることが明らかとなった。実施例の布帛は、フッ素系又はシリコーン系の薬剤を用いた従来の撥水性の布帛と同程度の高い撥水性を有し、良好な洗濯耐久性を有することが明らかとなった。