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特開2023-54907熱電変換用電解液、これを備える熱電変換素子、熱化学電池、温度調節装置、および熱電センサー
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023054907
(43)【公開日】2023-04-17
(54)【発明の名称】熱電変換用電解液、これを備える熱電変換素子、熱化学電池、温度調節装置、および熱電センサー
(51)【国際特許分類】
   H10N 10/855 20230101AFI20230410BHJP
【FI】
H01L35/22
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021163893
(22)【出願日】2021-10-05
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100107342
【弁理士】
【氏名又は名称】横田 修孝
(74)【代理人】
【識別番号】100155631
【弁理士】
【氏名又は名称】榎 保孝
(74)【代理人】
【識別番号】100137497
【弁理士】
【氏名又は名称】大森 未知子
(74)【代理人】
【識別番号】100207907
【弁理士】
【氏名又は名称】赤羽 桃子
(74)【代理人】
【識別番号】100217294
【弁理士】
【氏名又は名称】内山 尚和
(72)【発明者】
【氏名】山田 鉄兵
(72)【発明者】
【氏名】君塚 信夫
(72)【発明者】
【氏名】小林 傑
(72)【発明者】
【氏名】的場 史憲
(57)【要約】
【課題】無次元性能指数(ZT)を向上させることが可能な熱変換用電解液、これを備える熱化学電池、温度調節装置、および熱電センサーを提供する。
【解決手段】
本発明の一の態様によれば、レドックス対および酸性水系溶媒を含む熱電変換用電解液であって、前記レドックス対が、オキソアクアバナジウム錯体である、熱電変換用電解液が提供される。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
レドックス対および酸性水系溶媒を含む熱電変換用電解液であって、
前記レドックス対が、オキソアクアバナジウム錯体である、熱電変換用電解液。
【請求項2】
前記電解液のpHが1~4である、請求項1に記載の熱電変換用電解液。
【請求項3】
前記電解液のpHが2~4である、請求項1に記載の熱電変換用電解液。
【請求項4】
前記レドックス対が、オキソアクアバナジウム(IV)錯体とオキソアクアバナジウム(V)錯体である、請求項1ないし3のいずれか一項に記載の熱電変換用電解液。
【請求項5】
前記レドックス対が、[VO(HO)2+と[VO(OH)(HO)]である、請求項1ないし4のいずれか一項に記載の熱電変換用電解液。
【請求項6】
非水系溶媒をさらに含む、請求項1ないし5のいずれか一項に記載の熱電変換用電解液。
【請求項7】
請求項1ないし6のいずれか一項に記載の熱電変換用電解液と、
前記熱電変換用電解液に接触した一対の電極と、
を備える、熱電変換素子。
【請求項8】
請求項7に記載の熱電変換素子を備える、熱化学電池。
【請求項9】
請求項7に記載の熱電変換素子を備える、温度調節装置。
【請求項10】
請求項7に記載の熱電変換素子を備える、熱電センサー。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱電変換用電解液、これを備える熱電変換素子、熱化学電池、温度調節装置、および熱電センサーに関する。
【背景技術】
【0002】
廃熱などの微少なエネルギーを電力に変換するため、熱電変換材料が近年注目を集めている。中でもモバイル機器などへのエネルギー源として、薄くて効率の良い熱電変換材料に期待が集まっている。しかし、従来の合金系熱電変換材料は、熱伝導性が高いが、ゼーベック係数(S)が低いという問題がある。
【0003】
そこで、酸化還元可能なイオン溶液を用いた熱化学電池が、近年注目を集めている(非特許文献1)。従来の固体の熱電合金のゼーベック係数(S)が約0.2mV/Kであるのに対して、熱化学電池はゼーベック係数(S)が一桁大きい値を持ちながら、低コストで製造できることが期待されている。例えば、フェロシアン化物イオンとフェリシアン化物イオンからなる熱化学電池では、酸化還元平衡により形成される平衡電位が、高温と低温ではずれることにより電位を発生する。そのゼーベック係数は約1.43mV/Kとなり、合金系熱電変換材料と比較して高いことが知られている。さらに最近ではルテニウム錯体のプロトン共役電子移動反応を用いることで高いゼーベック係数が得られることが報告されている(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献1】シーオドー・ジェー・エーブラハム(Theodore J. Abraham)等、「ハイ・シーベック・コーイフィッシエント・レドックス・アイオニック・リクィッド・イレクトロライツ・フォー・サーマル・エナジー・ハービスティング(High Seebeck coefficient redox ionic liquid electrolytes for thermal energy harvesting)」、エナジー・アンド・インバイオレンメンタル・サイエンス(Energy & Environmental Science)、(英国)、2013年、第6巻、p.2639-2645
【非特許文献2】小林傑、山田鉄兵、田所誠、君塚信夫、「プロトンの大きな溶媒和エントロピーを用いた新たな熱化学電池システム」(A Novel Thermocell System Using Large Solvation Entropy of Proton)、ケミストリー・ア・ユーロピアン・ジャーナル(Chemistry A European Journal)、(ドイツ)、2020年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、ルテニウム錯体を用いた場合には、ルテニウム錯体の水に対する溶解度が低く、電解質のイオン伝導性が低いため、以下の式(1)で表される無次元性能指数(ZT)が低いという問題がある。
【数1】
式(1)中、Sはゼーベック係数であり、σはイオン伝導度であり、κは熱伝導率であり、Tは絶対温度である。
【0006】
本発明は、上記問題を解決するためになされたものである。すなわち、無次元性能指数(ZT)を向上させることが可能な熱変換用電解液、これを備える熱化学電池、温度調節装置、および熱電センサーを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
[1]レドックス対および酸性水系溶媒を含む熱電変換用電解液であって、前記レドックス対が、オキソアクアバナジウム錯体である、熱電変換用電解液。
【0008】
[2]前記電解液のpHが1~4である、上記[1]に記載の熱電変換用電解液。
【0009】
[3]前記電解液のpHが2~4である、上記[1]に記載の熱電変換用電解液。
【0010】
[4]前記レドックス対が、オキソアクアバナジウム(IV)錯体とオキソアクアバナジウム(V)錯体である、上記[1]ないし[3]のいずれか一項に記載の熱電変換用電解液。
【0011】
[5]前記レドックス対が、[VO(HO)2+と[VO(OH)(HO)]である、上記[1]ないし[4]のいずれか一項に記載の熱電変換用電解液。
【0012】
[6]非水系溶媒をさらに含む、上記[1]ないし[5]のいずれか一項に記載の熱電変換用電解液。
【0013】
[7]上記[1]ないし[6]のいずれか一項に記載の熱電変換用電解液と、前記熱電変換用電解液に接触した一対の電極と、を備える、熱電変換素子。
【0014】
[8]上記[7]に記載の熱電変換素子を備える、熱化学電池。
【0015】
[9]上記[7]に記載の熱電変換素子を備える、温度調節装置。
【0016】
[10]上記[7]に記載の熱電変換素子を備える、熱電センサー。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係る熱電変換用電解液、これを備える熱電変換素子、熱化学電池、温度調節装置、および熱電センサーによれば、無次元性能指数を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1図1は、V4+/5+水溶液の電位-pH図である。
図2図2は、実施形態に係るpHが3~4の熱電変換用電解液で生じる酸化還元反応の概念図である。
図3図3は、実施形態に係るpHが3未満の熱電変換用電解液で生じる酸化還元反応の概念図である。
図4図4は、実施形態に係る熱化学電池の概略構成図である。
図5図5は、実施形態に係る温度調節装置の概略構成図である。
図6図6は、実施形態に係る他の温度調節装置の概略構成図である。
図7図7は、実施例7に係る閉回路電圧と温度差との関係を示したグラフである。
図8図8(a)は、実施例1~7に係る電解液におけるゼーベック係数Sおよびイオン伝導度σのpH依存性を示すグラフであり、図8(b)は、実施例1~7に係る電解液におけるσS のpH依存性を示すグラフである。
図9図9(a)は、実施例7に係る電解液における電流-電圧の関係を示すグラフであり、図9(b)は、実施例7に係る電解液における電力-電圧の関係を示すグラフである。
図10図10は、実施例8~30に係る電解液(混合溶液)における様々なpHに対するゼーベック係数を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施形態に係る熱電変換用電解液、これを備える熱電変換素子、熱化学電池、温度調節装置、および熱電センサーについて説明する。図1は、V4+/5+水溶液の電位-pH図であり、図2は、本実施形態に係る電解液で生じる酸化還元反応の概念図であり、図3は、pHが3未満の電解液で生じる酸化還元反応の概念図であり、図4は、本実施形態に係る熱化学電池の概略構成図であり、図5は、本実施形態に係る温度調節装置の概略構成図であり、図6は、本実施形態に係る他の温度調節装置の概略構成図である。
【0020】
<<熱電変換用電解液>>
熱電変換用電解液は、レドックス対と酸性水系溶媒を含む。本明細書における「熱電変換用電解液」とは、熱を電気に、または、電気を熱に直接変換する素子に用いられる電解液を意味する。電解液のpHは1~4であることが好ましい。電解液のpHをこの範囲にすることによって、後述する1電子3プロトン(1e/3H)型のプロトン共役電子移動反応や1電子2プロトン(1e/2H)型のプロトン共役電子移動反応を生じさせることができる。電解液のpHの下限は、1.5以上、2.0以上、2.5以上、3.0以上、3.2以上、または3.5以上がより好ましく、1電子3プロトン(1e/3H)型のプロトン共役電子移動反応を生じさせる観点から、3.0以上、3.2以上、または3.5以上がより好ましい。電解液は、非水系溶媒をさらに含んでいてもよい。
【0021】
熱電変換用電解液のゼーベック係数Sの絶対値が2mV/K以上であり、イオン伝導度σは10mS/cm以上であることが好ましい。熱電変換用電解液のゼーベック係数の絶対値が2mV/K以上であり、かつイオン伝導度σが10mS/cm以上であれば、ゼーベック係数Sのみならず、イオン伝導度σも高いので、無次元性能指数ZTを向上させることができる。ゼーベック係数Sは、以下の式(2)で表される。
【数2】
式(2)中、ΔSrcは、酸化還元反応前後におけるエントロピー変化であり、nは反応電子数であり、Fはファラデー定数である。
【0022】
熱電変換用電解液のゼーベック係数Sの絶対値の下限は、3mV/K以上、または3.5mV/K以上であることがより好ましい。また、上記イオン伝導度σの下限は、50mS/cm以上、または100mS/cm以上であることがより好ましく、上限は、1000mS/cm以下であってもよい。
【0023】
<酸性水系溶媒>
酸性水系溶媒は、レドックス対を溶解させ、かつ電解液のpHを1~4の範囲にするために含まれている。酸性水系溶媒としては、特に限定されないが、例えば、硫酸水溶液、リン酸水溶液、クエン酸水溶液、または塩酸水溶液等が挙げられる。これらの中でも、当該pH領域における緩衝作用の観点から、硫酸水溶液を用いることが好ましい。
【0024】
<非水系溶媒>
非水系溶媒としては、例えば、アセトニトリル、メトキシプロピオニトリル等のニトリル系溶媒、炭酸プロピレン、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、γ-ブチロラクトン(GBL)が挙げられる。これらの中でも、出力電圧を大きくできる観点から、アセトニトリルが好ましい。具体的には、プロトンの周りには水が存在するが、その水の向きが揃うと、酸化還元反応前後におけるエントロピー変化が大きくなる。アセトニトリルが存在すると、より遠くの水の向きまで揃うので、酸化還元反応前後におけるエントロピー変化が大きくなり、溶媒の誘電率が低下し、出力電圧を大きくすることができる。
【0025】
<レドックス対>
レドックス対は、オキソアクアバナジウム錯体である。オキソアクアバナジウム錯体としては、オキソアクアバナジウム(IV)錯体とオキソアクアバナジウム(V)錯体が挙げられる。具体的には、電解液のpHが3~4の範囲であれば、[VO(HO)2+と[VO(OH)(HO)]が生じるので(図1図2参照)、オキソアクアバナジウム(IV)錯体は、[VO(HO)2+であり、オキソアクアバナジウム(V)錯体は、[VO(OH)(HO)]である。また電解液のpHが3未満の範囲であれば、[VO(HO)2+と[VO(HO)が生じるので(図1図3参照)、オキソアクアバナジウム(IV)錯体は、[VO(HO)2+であり、オキソアクアバナジウム(V)錯体は、[VO(HO)である。なお、図1の電位-pH図は、Del Carpio, E. et al. Vanadium: History, chemistry, interactions with α-amino acids and potential therapeutic applications. Coord. Chem. Rev. 372, 117‐140 (2018)で報告されている。
【0026】
オキソアクアバナジウム(IV)錯体は、還元体として機能し、オキソアクアバナジウム(V)錯体は酸化体として機能する。[VO(HO)2+のバナジウムの価数は4価であり、[VO(OH)(HO)]や[VO(HO)のバナジウムの価数は5価である。
【0027】
オキソアクアバナジウム(IV)錯体(例えば、[VO(HO)2+)は、例えば、酸化硫酸バナジウム(IV)n水和物を酸性水系溶媒に溶解させることにより得ることができる。また、オキソアクアバナジウム(IV)錯体(例えば、[VO(OH)(HO)]や[VO(HO))は、酸性水系溶媒に酸化バナジウム(V)を溶解させることにより得ることができる。
【0028】
電解液中のオキソアクアバナジウム錯体の濃度(オキソアクアバナジウム錯体(IV)とオキソアクアバナジウム錯体(V)の合計の濃度)は、1mol/L以上であることが好ましい。オキソアクアバナジウム錯体の濃度が1mol/L以上であれば、例えば、電解液を熱化学電池の電解液に用いた場合には、酸性水系溶媒に対する溶解度が高いので、電流を大きくすることができる。上記濃度は、2mol/L以上、または3mol/L以上であることがより好ましい。
【0029】
オキソアクアバナジウム錯体(IV)([VO(HO)2+)とオキソアクアバナジウム錯体(V)([VO(OH)(HO)]や[VO(HO))の濃度比は、10:1~1:10であることが好ましい。上記濃度比が、この範囲内であれば、活物質の効率良い拡散が可能となる。
【0030】
<<熱電変換素子>>
熱電変換素子は、上記で説明した電解液と、この電解液に接触した一対の電極とを備えている。電極の電解液に接触している部分の材料としては、白金または炭素などの導電性材料が挙げられる。これらの中でも、溶解電位が高く耐腐食性が優れる観点から白金が好ましい。また、製造コストが低く表面積が大きい観点からは、黒鉛などの炭素が好ましい。
【0031】
熱電変換素子において、電解液のpHが3~4であり、かつ電極間に温度差を生じさせる場合には、電解液においては、下記式(3)の酸化還元平衡が生じる(図2参照)。
【化1】
【0032】
上記式(3)においては、高温側電極ではエントロピー駆動の反応が優勢となる。したがって、プロトン3個の脱離によりイオン数が増大し、オキソアクアバナジウム錯体の価数が減少し、溶媒和が緩和される方向へ反応が進行する。結果として、高温側電極では酸化反応が優先的に進行する。一方で低温側電極ではエンタルピー駆動の反応が優勢となるために、これとは逆のメカニズムによって還元反応が優先的に進行する。これにより、1電子3プロトン(1e/3H)型のプロトン共役電子移動反応が生じる。
【0033】
これに対し、電解液のpHが3未満であると、下記式(4)の酸化還元平衡が生じる(図3参照)。
【化2】
【0034】
上記(4)の反応は、1電子2プロトン(1e/2H)型のプロトン共役電子移動反応であり、(1e/3H)型のプロトン共役電子移動反応よりも移動するプロトン数が1つ少ないので、エントロピー変化が小さい。このため、(1e/3H)型のプロトン共役電子移動反応が生じる場合の方が、(1e/2H)型のプロトン共役電子移動反応が生じる場合よりも無次元性能指数(ZT)が高くなる。
【0035】
本発明者らは、鋭意研究した結果、レドックス対としてオキソアクアバナジウム錯体を含む電解液を用いると、無次元性能指数(ZT)を向上できることを見出した。これは、このレドックス対であれば、(1e/3H)型や(1e/2H)型のプロトン共役電子移動反応を生じさせることができるので、高いゼーベック係数(S)を得ることができ、またこのレドックス対は酸性水系溶媒に対する溶解度が高いので、イオン伝導度(σ)を向上させることができるからである。これにより、ゼーベック係数(S)が高く、かつイオン伝導度(σ)を向上させることができる。したがって、本実施形態によれば、レドックス対として、オキソアクアバナジウム錯体を用いているので、無次元性能指数(ZT)を優位に向上させることができる。特に、レドックス対として、[VO(HO)2+と[VO(OH)(HO)]を用いた場合には、ゼーベック係数(S)がより高く、かつイオン伝導度(σ)を向上させることができるので、無次元性能指数(ZT)をより向上させることができる。
【0036】
<熱化学電池>
熱化学電池は、上記熱電変換素子を備えるものである。具体的には、図4に示される熱化学電池10は、電槽11と、電槽11に貯留された電解液12と、電解液12に接触した一対の電極13と、電解液12に温度差を与えるための温度差形成部14とを備えている。電槽11としては、例えば、H管等が挙げられる。電解液12は、上記で説明した熱電変換用電解液である。温度差形成部14としては、特に限定されないが、例えば、氷浴と水浴が挙げられる。温度差は、熱化学電池の用途にもよるが、例えば、0.5℃以上であることが好ましい。廃熱回収の場合であれば、例えば、10℃以上となっていてもよい。
【0037】
温度差形成部14によって一対の電極13間に温度差を与えると、低温側電極13Aでは還元反応が生じ、高温側電極13Bでは酸化反応が生じる。これにより、低温側電極13Aと高温側電極13Bと間の温度差に起因して電位差が生じ、低温側電極13Aと高温側電極13Bとの間に起電力が発生する。
【0038】
<温度調節装置>
温度調節装置は、上記熱電変換素子を備えるものである。具体的には、図5に示される温度調節装置20は、電槽21と、電槽21に貯留された電解液22と、電解液22に接触した一対の電極23と、一対の電極23に電気的に接続された電源24とを備えている。温度調節装置20としては、冷却機能および加温機能の少なくともいずれかの機能を有する装置である。
【0039】
電源24から一対の電極23間に電流を印加すると、陰極23Aでは還元反応が生じ、陽極23Bでは酸化反応が生じる。これにより、陰極23Aと陽極23Bとの間の電位差に起因して温度差が生じるので、対象物(例えば、人体等)を冷却または加温することができる。
【0040】
このような温度調節装置の用途としては、特に限定されないが、例えば、人体、機器、ウイルス検体、または血液等の冷却等が挙げられる。具体的には、温度調節装置は、ウエアラブルデバイス、サーマルサイクラー、ウイルス検体や血液などの保冷ボックスや運搬ボックス、または小型質量分析計に組み込まれて使用することが可能である。また、このような温度調節装置は、局所冷却が可能であるので、製鉄所や真夏の屋外作業といった高温での業務に従事する人の冷却、植物工場の冷却(ビニールハウス全体を冷却するのではなく、植物の周りだけを冷却する)等が可能である。
【0041】
人体の冷却が体温調節用途の場合、病人、老人、乳幼児の体温調節用途に適している。老人介護や乳幼児への使用を考える場合、冷却効果が強すぎても問題あり、安定した温度で連続的な冷却が可能になることが好ましい。特に老人介護現場などでは人手がかからない、電気による連続装用を行うことが重要である。温度調節装置によればこのような冷却が可能となる。
【0042】
温度調節装置においては、電解液を循環させることが好ましい。例えば、図6に示される温度調節装置30は、冷却装置の例であるが、第1電槽31と、第2電槽32と、第1電槽31および第2電槽32に貯留された電解液33と、第1電槽31内に配置され、電解液33に接触した陰極34と、第2電槽32内に配置され、電解液に接触した陽極35と、第1電槽31および第2電槽32に接続され、電解液33を循環させる循環系36と、第2電槽32中の電解液33を冷却するための冷却器37(例えば、ファンやラジエーター)と、陰極34と陽極35に電気的に接続された電源38とを備えている。
【0043】
電解液33は、上記熱電変換用電解液である。循環系36は、電解液33を送出するポンプ36Aと、第1電槽31と第2電槽32を繋ぐ配管36Bとを備えている。陰極34と陽極35の間に電圧を印加すると、陰極34では温度が低下し、また陽極35では温度が上昇するので、第1電槽31に冷却対象物を接触させると、冷却対象物を冷却することができる。また、陽極35で暖められた電解液33は冷却器37で冷却された後、ポンプ36Aにより第1電槽31に向けて送り出される。電解液33を循環させることにより、溶液抵抗を劇的に低下させることができ、また熱輸送効率を向上させることができる。このような効果は、固体のペルチェ素子では実現できないものである。また、エアーコンディショナーは液体の循環により効率的な熱輸送が可能であるが、熱交換にコンプレッサを必要とするので、小型化には不向きである。これに対し、このような温度調節装置においては、液体循環が可能なため、効率の良い冷却機能を実現できる。
【0044】
<熱電センサー>
熱電センサーは、上記熱電変換素子を利用して、電極間の温度差を感知する装置である。熱電変換素子は、ゼーベック係数が高いので、温度センサーとしての感度が高い。例えば、熱電変換素子を熱電センサーとして利用する場合、電極間の温度差が1℃だけでも2mVの電圧を生じることができる。精度の良い電圧計等の電位差を測定する装置を繋ぐことで、0.000001℃程度の違いを認識できるセンサーを作成できる。この程度の温度差を認識できれば、例えば、壁の向こう側にいる人の体温から伝わる熱が一方の電極を加熱し、人を感知することができる。また、熱源から輻射した微弱な赤外線を感知することができる。さらに、一方の電極側に例えば紫外線等の特定の光を吸収して発熱ができる材料が設けられる場合、わずかな光を感知する熱電センサーに応用することが可能である。
【実施例0045】
本発明を詳細に説明するために、以下に実施例を挙げて説明するが、本発明はこれらの記載に限定されない。図7は、実施例7に係る電解液における閉回路電圧と温度差との関係を示したグラフであり、図8(a)は、実施例1~7に係る電解液におけるゼーベック係数Sおよびイオン伝導度σのpH依存性を示すグラフであり、図8(b)は、実施例1~7に係る電解液におけるσSeのpH依存性を示すグラフであり、図9(a)は、実施例7に係る電解液における電流-電圧の関係を示すグラフであり、図9(b)は、実施例7に係る電解液における電力-電圧の関係を示すグラフであり、図10は、実施例8~30に係る電解液(混合溶液)における様々なpHに対するゼーベック係数を示すグラフである。
【0046】
<実施例1~7>
緩衝液と支持電解質の役割を兼ねた硫酸水素ナトリウム一水和物(分子量:138.07、富士フイルム和光純薬株式会社製)を3Mの濃度で蒸留水に溶解させ、ここに還元体として酸化硫酸バナジウム(IV)n水和物(分子量:163.00、富士フイルム和光純薬株式会社製)を50mM、酸化体として酸化バナジウム(V)(分子量:181.88、富士フイルム和光純薬株式会社製)25mMをそれぞれ添加して、電解液を得た。電解液のpHは、12.5Mの水酸化ナトリウム水溶液を適宜滴下することにより適宜調整した。実施例1~7の電解液のpHは、表1の通りとした。
【表1】
【0047】
<比較例1>
1590mgのRuCl・3HO(7.7mmol)と8930mgのイミダゾール(131mmol)をナスフラスコに入れ、1時間還流した。その後、室温まで放冷し、150mLの55℃の温水に溶解させた後にセライトろ過を行った。溶媒を減圧留去した後、得られた固体を60mLの水に再溶解させ、さらに40mLのアセトンを加えた。その溶液を再度ろ過した後、得られたろ物を5mLのアセトンで2回洗浄し、4時間真空乾燥させた。得られた固体を再度、水85mLに1gのイミダゾールを含む55℃のイミダゾール水溶液に溶解させ室温まで放冷したのち冷蔵庫で一晩静置させた。これをろ過した後、2mLの冷水と2.5mLのアセトンでそれぞれ3回洗浄し、ろ液を再結晶することで灰緑色固体を得た。H-NMRおよび元素分析によって得られた固体を確認したところ、[Ru(Him)]Clであった。なお、Himはイミダゾールを意味する。そして、この固体(1mM)および酸化体を部分的に系中で生成させるために酸化剤としてニトロシルテトラフルオロボラート(NOBF)(0.3mM)をアセトニトリル(MeCN)と水の混合溶媒(混合比2:1)の水溶液に溶解させて、ルテニウムヘキサイミダゾール錯体を含む電解液(pH10.8)を得た。
【0048】
<比較例2>
[Fe(CN)]およびK[Fe(CN)]を準備し、水に、K[Fe(CN)]とK[Fe(CN)]を溶解させて、[Fe(CN)3-/4-(それぞれ200mM)を含む電解液を得た。
【0049】
<ゼーベック係数Sおよびイオン伝導度σ測定>
実施例1~7および比較例1、2の電解液について、プロトン共役電子移動反応(PCET反応)による熱電変換特性への影響を調べるため、ゼーベック係数Sおよびイオン伝導度σを測定した。具体的には、電解液をH字管に注ぎ入れ、低温側電極と高温側電極部位をそれぞれ氷浴と水浴に浸すことにより、温度差(ΔT)を生じさせた。ここに2本の白金棒を電極としてそれぞれ浸して、熱化学電池を作製した。そして、熱化学電池の電極間に生じる開回路電圧(ΔVOC)を様々なΔTに対してモニターした。そして、測定結果をΔVOCとΔTのグラフに示し、傾きからSを求めた。1電子3プロトン(1e/3H)型のPCET反応が生じる実施例7に係る電解液における測定結果を図7に示した。得られたΔVOCはΔTに比例し、Sは-3.2mV/Kと負で比較的大きな値が得られた。
【0050】
イオン伝導度σは、イオン伝導度計(型番「F-74」、株式会社堀場製作所製)によって測定された。電解液のイオン伝導度σはpHの増大(プロトン濃度減少)に伴い減少してはいるものの、S係数が最大となるpH3.2付近においても約100mS/cm程度の高い値を保っている。結果として、無次元性能指数(ZT)に寄与するσS 項は図8(b)に示したようにpH3.2で最も高い値を示した。
【0051】
また、実施例1~7および比較例1、2の電解液について、SとpHの変化を調べところ、図8(a)に示される結果が得られた。SはpH3まではpHの増加に伴い-1~-2mV/Kまで緩やかに増大し、pH3以上で最大-3.2mV/Kまで急激に増加した。前者のpH領域では上記式(4)で示した1電子2プロトン(1e/2H)型のPCET反応が優勢であることが原因であると考えられる。すなわち、1電子3プロトン(1e/3H)型のPCET反応よりも移動するプロトン数が1つ少なくエントロピー変化が小さいためSは-1~-2mV/Kにとどまってしまったと考えられる。
【0052】
<電流および電力測定>
実施例7に係る電解液を用いた熱化学電池を用いて、電圧に対する電流および電力を測定したところ、図9(a)および図9(b)に示されるように、実施例7に係る電解液のプロットは直線であり、最大出力は約180nWであった。この値は比較例1に係るルテニウムヘキサイミダゾール錯体を用いた場合の出力の10倍以上であり、イオン伝導度σの向上により出力も大幅に改善されたことを示している。
【0053】
<熱伝導率κ測定>
実施例7、比較例1、2に係る電解液において、熱伝導率κの測定を、熱物性測定装置(型番「TPS-500S」、京都電子工業株式会社)を用いて行った。実施例7に係る電解液の熱伝導率κは0.62W/mKであった。
【0054】
以下に、実施例7、比較例1、2に係る電解液において、測定した値を示した。なお、無次元性能指数ZTは、表2に示される温度における値である。
【表2】
【0055】
表2に示されるように、実施例7に係る1電子3プロトン(1e/3H)型のPCET反応を示すオキソアクアバナジウム錯体の電解液のZTは、293Kにおいて4.7×10-2であった。この値は比較例1に係るルテニウムヘキサイミダゾール錯体を含む電解液が示したZTの値のおよそ25倍であり、従来の熱化学電池における酸化還元種のベンチマークであった比較例2に係る[Fe(CN)3-/4-を含む電解液のZTと比較してもおよそ2.5倍程度大きかった。これにより、オキソアクアバナジウム錯体の水和水を介した(1e/3H)型のPCET反応を利用することにより、高いSとσの両立が実現でき、結果として、熱化学電池のZTを向上させることに成功した。
【0056】
<実施例8~30>
オキソアクアバナジウム錯体におけるSの溶媒による変化を水とアセトニトリル(MeCN)の混合溶媒を用いて評価した。実施例8~30で用いた電解液の組成を以下に示す。なお、溶解性の観点から酸化還元種濃度は混合比の異なるサンプル溶液ごとに変更してある。
【0057】
混合溶媒は、100mMの硫酸水溶液とMeCNの混合溶媒であった。混合溶媒としては、MeCNと水の混合比(体積比)が2:1(MeCN:67%)、1:1(MeCN:50%)、0:1(MeCN:0%)の3種類用いた。
【0058】
MeCNが67%の混合溶媒を用いた電解液は、酸化硫酸バナジウム(IV)n水和物(分子量:163.00、富士フイルム和光純薬株式会社製)および酸化バナジウム(V)(分子量:181.88、富士フイルム和光純薬株式会社製)がそれぞれ3.3mM添加されたものであった。
【0059】
MeCNが50%の混合溶媒を用いた電解液は、酸化硫酸バナジウム(IV)n水和物(分子量:163.00、富士フイルム和光純薬株式会社製)および酸化バナジウム(V)(分子量:181.88、富士フイルム和光純薬株式会社製)がそれぞれ5.0mM添加されたものであった。
【0060】
MeCNが0%の溶媒を用いた電解液は、酸化硫酸バナジウム(IV)n水和物(分子量:163.00、富士フイルム和光純薬株式会社製)および酸化バナジウム(V)(分子量:181.88、富士フイルム和光純薬株式会社製)がそれぞれ10mM添加されたものであった。
【0061】
各電解液において、pHを変えながら、Sを測定した。S係数の測定方法は、実施例1と同様とした。
【0062】
測定結果を表3および図10に示す。
【表3】
【0063】
図10に示されるように、いずれの混合比の電解液に関してもpH1付近からSが増加し、特にpH2からpH3付近にかけてSが急激に増加していく様子が観察された。また、MeCNの混合割合が増加するほどSの向上がより顕著に表れる傾向が見られた。特に実施例15に係る電解液ではSは-3.9mV/Kと比較例6に係るルテニウムヘキサイミダゾール錯体を含む電解液と同程度の非常に高い値が得られた。この結果より、PECT反応によるSの変化への寄与は酸化還元分子の配位子が有機配位子か水和水に関わらず、使用する溶媒あるいはPECT反応に伴い移動するプロトン数の影響が大きいことが理解できる。
【符号の説明】
【0064】
10…熱化学電池
11、21…電槽
12、22…電解液
13、23…電極
20、30…温度調節装置
31…第1電槽
32…第2電槽
36…循環系

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10