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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023055209
(43)【公開日】2023-04-17
(54)【発明の名称】熱トランジスタ
(51)【国際特許分類】
   H10N 99/00 20230101AFI20230410BHJP
   H01L 29/66 20060101ALI20230410BHJP
【FI】
H01L49/00 Z
H01L29/66 C
H01L29/66 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022158700
(22)【出願日】2022-09-30
(31)【優先権主張番号】P 2021164181
(32)【優先日】2021-10-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100112911
【弁理士】
【氏名又は名称】中野 晴夫
(72)【発明者】
【氏名】太田 裕道
(72)【発明者】
【氏名】楊 倩
(72)【発明者】
【氏名】チョ ヘジュン
(57)【要約】
【課題】容器等に入れて封止する必要がなく、かつ電極を一体化可能な熱トランジスタを提供する。
【解決手段】熱トランジスタは固体電解質層と活性層とを一対の電極で挟んだ積層構造を有し、電極間に電圧を印加することにより活性層が酸化または還元され、活性層の結晶構造が変化する。固体電解質層は、Y、Zr、CeおよびGdからなる群から選択される少なくとも1種類の金属を含む酸化物から選択される。活性層は、SrCoO(2≦x≦3)、SrFeO(2≦x≦3)、Sr(Co1-yFe)O(2≦x≦3、0≦y≦1)、WO(2≦x≦3)およびYBaCu7-δ(0≦δ≦1)からなる遷移金属酸化物から選択される。電極に印加される電圧により、活性層が酸化または還元される。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体電解質層と活性層とを一対の電極で挟んだ積層構造を有し、前記電極間に電圧を印加することにより前記活性層が酸化または還元され、前記活性層の結晶構造が変化することを特徴とする熱トランジスタ。
【請求項2】
前記活性層は、SrCoO(2≦x≦3)、SrFeO(2≦x≦3)、Sr(Co1-yFe)O(2≦x≦3、0≦y≦1)、WO(2≦x≦3)およびYBaCu7-δ(0≦δ≦1)からなる遷移金属酸化物から選択される材料からなることを特徴とする請求項1に記載の熱トランジスタ。
【請求項3】
前記活性層はブラウンミラライト型の結晶構造からなり、前記電極間に電圧を印加することによりペロブスカイト型の結晶構造に変化することを特徴とする請求項1または2に記載の熱トランジスタ。
【請求項4】
前記固体電解質層は、Y、Zr、CeおよびGdからなる群から選択される少なくとも1種類の金属を含む酸化物からなることを特徴とする請求項1または2に記載の熱トランジスタ。
【請求項5】
前記固体電解質層と前記活性層との間に、前記固体電解質層とは異なる固体電解質からなるバリア層を有することを特徴とする請求項1または2に記載の熱トランジスタ。
【請求項6】
前記バリア層は、GdドープCeOからなることを特徴とする請求項5に記載の熱トランジスタ。
【請求項7】
前記一対の電極の内、前記固体電解質層側の電極は多孔質であることを特徴とする請求項1または2に記載の熱トランジスタ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱の流れを電気的に制御するトランジスタ(以下「熱トランジスタ」という。)に関し、特に酸化物薄膜の熱伝導率を電気的にスイッチングする全固体熱トランジスタに関する。
【背景技術】
【0002】
石油や石炭などの化石燃料を主なエネルギー源として稼働する火力発電所や、工場、自動車などにおけるエネルギーの変換効率はわずか1/3と言われ、残り2/3の化石燃料エネルギーは廃熱として空気中に放出されている。こうした廃熱を電気に変換し、再利用することできれば、化石燃料の消費量を抑え、同時に地球温暖化ガスの発生も抑制することができるが、導線で制御できる電気や、光ファイバーによって制御できる光とは異なり、熱の移動を制御する技術がないため、廃熱を有効に再利用することは困難であった。
【0003】
これに対して、酸化状態と還元状態で熱伝導率が大きく異なる、例えばLiCoOやLiMoSのような物質を活性層材料とし、活性層材料と電解質を2枚の電極で挟み電圧を印加することで電気化学的に酸化・還元を行う熱トランジスタが提案されている(例えば特許文献1、2)。また、例えば、SrCoOのような酸化・還元(またはプロトン化)によって結晶構造が大きく変化する材料を用いて、結晶構造の変化に伴う熱伝導率の変化を利用した熱トランジスタが提案されている(例えば特許文献3)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】J. Cho et al., “Electrochemically tunable thermal conductivity of lithium cobalt”, Nature Communications 5, 4035 (2014)
【非特許文献2】A. Sood et al., “An electrochemical thermal transistor”, Nature Communications 9, 4510 (2018)
【非特許文献3】Q. Lu et al., “Bi-directional tuning of thermal transport in SrCoOx with electrochemically induced phase transitions”, Nature Materials 19, 655 (2020)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、提案されている熱トランジスタは、いずれも電解液等の液体を用いて酸化・還元等を行うものであり、熱トランジスタを容器に入れて封止しなければ使用できないという問題があった。また、これらの熱トランジスタでは電極の一体化が難しく、この構造ではトランジスタを構成できないという問題もあった。
【0006】
そこで、本発明は、容器等に入れて封止する必要がなく、かつ電極を一体化可能な熱トランジスタを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の1つの態様は、固体電解質層と活性層とを一対の電極で挟んだ積層構造を有し、電極間に電圧を印加することにより活性層が酸化または還元され、活性層の結晶構造が変化することを特徴とする熱トランジスタである。
【発明の効果】
【0008】
本発明にかかる熱トランジスタは、電極を備えた全固体構造からなり、電極間に印加する電圧を変えることで、活性層の結晶構造を変化させて熱伝導率を変えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本発明の実施の形態にかかる全固体熱トランジスタの概略図である。
図2】本発明の実施の形態にかかる全固体熱トランジスタの製造工程の概略図である。
図3】本発明の実施の形態にかかる全固体熱トランジスタの動作を示す概略図である。
図4】実施例1にかかる全固体熱トランジスタのX線回折パターンである。
図5】実施例1にかかる全固体熱トランジスタのTDTR減衰曲線である。
図6】実施例1にかかる全固体熱トランジスタの熱伝導率の繰り返し特性である。
図7】実施例1にかかる全個体熱トランジスタの結晶格子面間隔の繰り返し特性である。
図8】実施例1にかかる全個体熱トランジスタのTDTR減衰曲線である。
図9】実施例2にかかる全固体熱トランジスタのX線反射率である。
図10】実施例2にかかる全固体熱トランジスタのX線回折パターンである。
図11】実施例2にかかる全固体熱トランジスタの構造変化を示すX線回折パターンである。
図12】実施例2にかかる全固体熱トランジスタのスイッチング特性を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
図1は、全体が100で表される、本発明の実施の形態にかかる全固体熱トランジスタの概略図である。全固体熱トランジスタ100は、固体電解質Aからなる基板10を含む。基板10の固体電解質Aには、Y、Zr、CeおよびGdの少なくとも1種類の金属を含む酸化物、例えばイットリア安定化ジルコニア(YSZ)、CeOや、La0.8Sr0.2Ga0.9Mg0.1(LSGM)などが用いられる。
【0011】
基板10の上には、基板10の固体電解質Aとは異なる固体電解質Bからなるバリア層20が設けられている。バリア層20は、例えば、ガトリウムをドープした酸化セリウム(GDC)からなる。バリア層20は、基板10の固体電解質Aと活性層30の遷移金属酸化物との化学反応を防止するものであり、化学反応が起きない材料の場合はバリア層20を設けなくても良い。
【0012】
バリア層20の上に活性層30が設けられている。活性層30は、例えばSrCoO(2≦x≦3)、SrFeO(2≦x≦3)、Sr(Co1-yFe)O(2≦x≦3、0≦y≦1)などのABO(2≦x≦3)型の遷移金属酸化物、WO(2≦x≦3)、YBaCu7-δ(0≦δ≦1)などの遷移金属酸化物から選択される。
【0013】
基板10の裏面および活性層30の表面には、それぞれ例えばPtからなる電極40、50が設けられている。電極40、50には、Ptの他に、Au、Pd、Ir、Ni、Rh、W、Ti、Al、Sn、Fe、Cuやこれらの合金、ITOなどの透明導電性酸化物などを用いても良い。
【0014】
このように全固体熱トランジスタ100は、電極50/活性層30/バリア層20/基板10/電極40の積層構造からなり、電解液やイオン液体等の液体を含まない熱トランジスタ、即ち全固体熱トランジスタを構成する。
【0015】
次に、図2を用いて全固体熱トランジスタ100の製造方法について説明する。製造方法は以下の工程1~4を含む。
【0016】
工程1:図2(a)に示すように、固体電解質の基板10を準備する。基板10には、Y安定化ジルコニア(YSZ)、CeO、LSGMなどの固体酸化物燃料電池用の固体電解質を用いることができる。ここでは(100)YSZを用いる。基板の大きさは、縦および横が1cm、厚みが0.5mmとする。
【0017】
続いて、10mol%のGdがドープされたCeOからなるバリア層20を、例えばパルスレーザー堆積法で基板10の上にヘテロエピタキシャル成長させる。成長条件は、例えば基板温度が750℃、成膜チャンバー内の酸素圧力は10Paである。バリア層20の膜厚は、例えば15nmである。
【0018】
続いて、パルスレーザー堆積法でバリア層20の上に活性層30をエピタキシャル成長させる。基板温度は750℃である。パルスレーザー堆積法に代えて、スパッタリング法などの気相堆積法や、ゾルゲル法などの液相堆積法を用いても良い。活性層30は遷移金属酸化物からなり、ここではSrCoO2.5を用いる。活性層30の膜厚は75nmである。
【0019】
工程2:図2(b)に示すように、スパッタリング法を用いてYSZ基板10の裏面に電極40を形成する。スパッタリング法を用いることにより、電極40は多孔質となる。次いで、電子ビーム蒸着法を用いて活性層30の表面に電極50を形成する。基板温度は室温でも良い。電極40、50はPtからなり、電極40の厚さは20nm、電極50の厚さは100nmである。
【0020】
工程3:図2(c)に示すように、基板10に垂直な方向(一点鎖線で表示)に構造体を四等分する。
【0021】
工程4:図2(d)に示すように、縦および横が5mm、厚みが約0.5mmの全固体熱トランジスタ100が完成する。
【0022】
次に、全固体熱トランジスタ100の動作原理について説明する。図3は、本発明の実施の形態にかかる全固体熱トランジスタ100の動作を示す概略図である。図3に示すように、全固体熱トランジスタ100は、Pt電極50/SrCoO2.5活性層30/GDCバリア層20/YSZ基板10/Pt電極40の積層構造となっている。電極40は接地され、電極50は電圧端子Vに接続されている。
【0023】
図3の(b)は端子Vに電圧を印加しない状態である。この状態では活性層30はSrCoO2.5のままであり、結晶構造はブラウンミラライトである。(b)の状態から端子Vに負の電圧を印加すると、活性層30を形成するSrCoO2.5から酸化物イオンが抜け、即ちSrCoO2.5が還元されてSrCoOに変化する((a)の状態))。この結果、活性層30の結晶構造は欠陥ペロブスカイトとなり、熱伝導率が低下する。
【0024】
より詳しく説明すると、Pt電極50の端子Vに負の電圧を印加すると、活性層30のSrCoO2.5結晶を構成する、負に帯電した可動イオンである酸化物イオン(O2-)が、負電荷同士の反発により、GDCバリア層20/YSZ基板10方向に移動し、Pt電極40から酸素ガスとなって放出される。酸素ガスが放出できるように電極40を構成するPt薄膜は薄くて多孔質とする。
【0025】
酸化物イオン(O2-)が、活性層30を構成するSrCoO2.5結晶からGDCバリア層20/YSZ基板10を通って動くことによる電流が発生する。活性層30がSrCoO2.5からSrCoOに還元される際、電荷補償のためにCoの価数が+3から+2に変化し、同時に結晶構造もブラウンミラライトから欠陥ペロブスカイトに変化する。
【0026】
なお、このとき起こる電気化学反応はファラデーの電気分解の法則によって説明される。全固体熱トランジスタ100は、Pt電極50/SrCoO2.5活性層30/GDCバリア層20/YSZ基板10/Pt電極40の積層構造であり、電気的にそれぞれが直列に接続されている。この中で、電流の大きさを支配するのは固体電解質YSZ基板10であり、全固体熱トランジスタ100を流れる電流はオームの法則に従って決まる。
【0027】
即ち、印加電圧は、動作させる温度とYSZ基板10の厚みで決定される。例えば、温度300℃で、YSZ基板10の厚みが0.5mmの場合は、印加電圧-10Vで5分間保持すれば活性層30のSrCoO2.5は100%SrCoOに変化する。温度250℃で、YSZ基板10の厚みが0.5mmの場合は、印加電圧が-10Vだと50分間保持しなければならない。これは、300℃と250℃におけるYSZ基板10の酸化物イオン伝導率を比較すると、300℃に比べて250℃の方が約1桁低いためである。印加電圧を-100Vにすれば250℃であっても5分間保持すれば100%SrCoOに変化する。
【0028】
一方、(b)の状態から端子Vに正の電圧を印加すると、活性層30を形成するSrCoO2.5に酸化物イオンが追加され、即ちSrCoO2.5が酸化されてSrCoOに変化する((c)の状態))。この結果、活性層30の結晶構造は立方晶ペロブスカイトとなり熱伝導率が上昇する。
【0029】
即ち、上述の場合とは逆に、Pt電極50の端子Vに正の電圧を印加すると、YSZ基板10側の空気に含まれる酸素が、酸化物イオン(O2-)として引き寄せられ、GDCバリア層20を通ってSrCoO2.5層に引き込まれる。この結果、活性層30を構成するSrCoO2.5は酸化されてSrCoOになる。この際、電荷補償のためにCoの価数が+3から+4に変化し、同時に結晶構造もブラウンミラライトから立方晶ペロブスカイトに変化する。
【0030】
なお、活性層30をSrCoO2.5からSrCoOに還元する場合と同様に、SrCoO2.5からSrCoOに酸化する場合に端子Vに印加する電圧は、動作させる温度とYSZ基板10の厚みにより決定される。例えば、温度300℃で、YSZ基板10の厚みが0.5mmの場合は、印加電圧Vが+10Vで5分間保持すれば100%SrCoOに変化する。一方、温度250℃で、YSZ基板10の厚みが0.5mmの場合は、印加電圧が+10Vだと50分間保持しなければならない。
【0031】
このように、本発明の実施の形態にかかる全固体熱トランジスタ100では、2つの電極間に印加される電圧を変えることで、活性層30を構成する遷移金属酸化物SrCoOの酸化物イオン(O2-)の量を変えることができる。この結果、遷移金属酸化物SrCoO結晶構造を変化させ、熱伝導率を変えることができる。例えば、(a)の状態の熱伝導率に対して(c)の状態の熱伝導率は約3倍となり、印加電圧により熱伝導率を変化させる熱トランジスタとして機能させることができる。
【実施例0032】
実施例1では、活性層にSrCoO2.5を用いた全固体熱トランジスタについて述べる。まず、上述の工程1を用いて、YSZ単結晶基板(1cm×1cm×0.5mm)10の上に、膜厚15nmの10mol%GdドープCeOバリア層20、膜厚75nmのSrCoO2.5活性層30を順次エピタキシャル成長した。
【0033】
この状態で、X線回折により結晶構造を分析した。図4はX線回折の結果であり、Aに示すようにブラウンミラライト型SrCoO2.5結晶が強く001配向したエピタキシャル薄膜であることが分かった。
【0034】
次に、上述の工程2により、SrCoO2.5活性層30の表面に電子ビーム蒸着法を用いて膜厚100nmのPt薄膜(電極50)を蒸着した。このPt薄膜の密度は約20g/cmであり、Ptの理論密度(21.45g/cm)に近い値である。また、YSZ基板10の裏面には膜厚20nmのPt薄膜(電極40)をスパッタリング成膜した。このPt薄膜の密度は約16g/cmであり、多孔質な薄膜である。
【0035】
次に、上述の工程3、4により、5mm×5mm×0.5mmの大きさになるように分割し、4個の全固体熱トランジスタ100を作製した。実施例1では、4個の全固体熱トランジスタ100について、以下に述べるような処理を行い、試料A:未使用品、試料B:還元品、試料C:酸化品、試料D:酸化→還元→酸化品とした。
【0036】
即ち、試料Aは、工程4で完成したままの未使用の全固体熱トランジスタ100とした。
【0037】
試料Bは、完成した全固体熱トランジスタ100を空気中で300℃に加熱した状態で、電極40を接地して、SrCoO2.5からなる活性層30の上部の電極50に対して-10Vの電圧を印加して5分間保持し、活性層30のSrCoO2.5をSrCoOに還元した。X線回折により結晶構造を分析した結果、図4のBに示すように、ブラウンミラライト型SrCoO2.5の回折ピークは消え、欠陥ペロブスカイト型SrCoOに変化した。
【0038】
試料Cは、完成した全固体熱トランジスタ100を空気中で300℃に加熱した状態で、電極40を接地して、SrCoO2.5からなる活性層30の上部の電極50に対して+10Vの電圧を印加して5分間保持し、活性層30のSrCoO2.5をSrCoOに酸化した。X線回折により結晶構造を分析した結果、図4のCに示すように、ブラウンミラライト型SrCoO2.5の回折ピークは消え、立方晶ペロブスカイト型SrCoOに変化した。
【0039】
試料Dは、まず、試料Cの処理方法でSrCoO2.5薄膜をSrCoOに酸化し、次に、試料Bの処理方法でSrCoOからSrCoOまで還元し、再び試料Cの処理方法でSrCoOをSrCoOに酸化した。X線回折により結晶構造を分析した結果、立方晶ペロブスカイト型SrCoOであった。
【0040】
試料A、B、C、Dについて、基板面に対して垂直方向の熱伝導率を時間領域サーモリフレクタンス(TDTR)法を用いて計測した。TDTR装置は、(株)ピコサーム社製PicoTRを用いて、表面加熱・表面計測モードで行った。
【0041】
即ち、室温(25℃)状態の試料A~DのPt電極(電極50)にパルスレーザー光を照射し瞬間的に加熱した後、内部への熱浸透を測定した。
【0042】
図5のTDTR減衰曲線では、縦軸は振幅、横軸は遅延時間を示す。図5において、遅延時間0ns付近の振幅の増加は、電極のPt薄膜がパルスレーザー光により加熱されたことに起因する。その後の時間経過に伴う振幅の減少は、電極からSrCoO薄膜側への熱浸透による。試料C(酸化品C)は熱浸透が最も速く(すなわち熱伝導率が高い)、試料B(還元品B)は熱浸透が最も遅い(すなわち熱伝導率が低い)。これらのTDTR減衰曲線を解析した結果、試料C(酸化品C)のSrCoOの熱伝導率は約3.5Wm-1-1であり、試料B(還元品B)のSrCoOの熱伝導率は約0.9Wm-1-1であることが分かった。
【0043】
次に、下部電極(YSZ基板側の電極40)を接地して、上部電極(SrCoO側の電極50)に負電圧を印加し、SrCoO2.5を低熱伝導率のSrCoOにする還元反応を行い、熱伝導率を計測した。その後、上部電極に正電圧を印加して、SrCoOを高熱伝導率のSrCoOにする酸化反応を行い、熱伝導率を計測した。この酸化・還元処理を繰り返したときのSrCoO層の熱伝導率のサイクル特性を図6に示す。
【0044】
図6において、縦軸は熱伝導率、横軸は酸化・還元のサイクル数を示す。酸化によりSrCoOとした時の熱伝導率は約3.5Wm-1-1であり、非特許文献3に記載のSrCoOと同程度の値となった。また、還元によりSrCoOとした時の熱伝導率は約0.9Wm-1-1であり、非特許文献3に記載のHSrCoO2.5と比較してやや高い熱伝導率となった。図6から分かるように、この酸化・還元サイクルは非常に安定しており、電極間に印加する電圧を切り替えることにより熱伝導率のスイッチングが安定して行われることが分かる。
【0045】
なお、非特許文献3に記載された方法でSrCoOとHSrCoO2.5薄膜を作製し、室温において熱伝導率を計測したところ、それぞれ3.5Wm-1-1と約0.6Wm-1-1となり、非特許文献3に記載された値と一致することが確認された。
【0046】
図7は、同様の酸化・還元処理を繰り返した場合の、X線回折による結晶格子面間隔と繰り返し回数との関係である。図7から分かるように、結晶格子面間隔は、酸化状態(SrCoO)では約0.190nm、還元状態(SrCoO)では約0.185nmであり、繰り返し回数によらずほぼ一定の値であった。図7からも、酸化・還元サイクルにおける結晶構造の変化が非常に安定していることが分かる。
【0047】
図8は、同様の酸化・還元処理を繰り返した場合の、TDTR法による熱伝導率の計測結果である。図8は、TDTR減衰曲線を、酸化状態、還元状態ともに10回分(10本)重ねてプロットしたものである。酸化状態、還元状態ともにほぼ1本の線に重なり、繰り返し特性が良好であることが分かる。
【実施例0048】
実施例2では、活性層にSr(Co1-yFe)O(2≦x≦3、0≦y≦1)を用いて全固体熱トランジスタについて述べる。実施例1と同様に、まず、工程1を用いて、YSZ単結晶基板(1cm×1cm×0.5mm)10の上に、膜厚15nmの10mol%GdドープCeOバリア層20、膜厚75nmのSr(Co1-yFe)O(2≦x≦3、0≦y≦1)活性層30を順次エピタキシャル成長した。
【0049】
図9、10は、活性層30のSr(Co1-yFe)Oについてx=2.5、y=1とした場合、即ち活性層30をSrFeO2.5とした場合のX線回折結果である。図9はX線反射率の測定結果で、活性層30の表面に、反射臨界点(A)から角度反射率が低下する点(B)まで、X線の入射角度を変化させた場合の、散乱ベクトルとX線反射率との関係を示す。図9から分かるように、グラフの傾きや干渉の間隔において、実測値(太い線および点)と計算値(細線)が良好な一致を示している。このことから、活性層30が設計通り膜厚75nmのSrFeO2.5となっていることが分かる。
【0050】
図10は、X線回折パターンの測定結果であり、散乱ベクトルとその強度との関係を示す。図10から分かるように、YSZ基板10、GDCバリア層20の上に、ブラウンミラライト型のSrFeO2.5活性層30が形成されていることがわかる。
【0051】
次に、上述の工程2により、SrFeO2.5活性層30の表面に電子ビーム蒸着法を用いて膜厚100nmのPt薄膜(電極50)を蒸着した。このPt薄膜の密度は約20g/cmであり、Ptの理論密度(21.45g/cm)に近い値である。また、YSZ基板10の裏面には膜厚20nmのPt薄膜(電極40)をスパッタリング成膜した。このPt薄膜の密度は約16g/cmであり、多孔質な薄膜である。
【0052】
次に、上述の工程3、4により、5mm×5mm×0.5mmの大きさになるように分割し、4個の全固体熱トランジスタ100を作製した。実施例2では、この全固体熱トランジスタ100について、以下に述べるような処理を行い、試料E:As-grown(未使用品)、試料F:還元品、試料G:還元品→酸化品とした。
【0053】
即ち、試料Eは、工程4で完成したままの未使用の全固体熱トランジスタ100である。図11は実施例2にかかる全固体熱トランジスタの構造変化を示すX線回折パターンであり、(a)に示すように、試料Eではブラウンミラライト構造のSrCoO2.5の回折ピークが見られた。
【0054】
試料Fは、完成した全固体熱トランジスタ100を空気中で300℃に加熱した状態で、電極40を接地して、SrFeO2.5からなる活性層30の上部の電極50に対して-10Vの電圧を印加して5分間保持し、活性層30のSrFeO2.5をSrFeOに還元したものである。図11(b)に示すように、ブラウンミラライト構造のSrFeO2.5の回折ピーク(001BM)が消え、無限層構造のSrFeOの解析ピーク(002infinite)(図中に破線(A)で表示)が表れた。
【0055】
試料Gは、試料Fを空気中で300℃に加熱した状態で、電極40を接地して、SrFeOからなる活性層30の上部の電極50に対して+10Vの電圧を印加して5分間保持し、活性層30のSrFeOをSrFeOに酸化したものである。図11(c)に示すように、無限層構造のSrFeOの解析ピーク(002infinite)が消え、ペロブスカイト構造のSrFeOの回折ピーク(002)(図中に破線(B)で表示)が表れた。
【0056】
このように、As-grown(未使用品)の試料Eを還元し、さらに酸化することにより、活性層30が、ブラウンミラライト構造のSrFeO2.5(試料F)から無限層構造のSrFeO(試料G)に変化し、更にペロブスカイト構造のSrFeOに変化していることが分かった。かかる構造変化は、電極50に印加する電圧を切り替えることにより、繰り返し起きることが確認された。
【0057】
図12は、活性層にSr(Co1-yFe)O(2≦x≦3、0≦y≦1)を用いた全固体熱トランジスタの熱伝導率の切り替え特性、即ちスイッチング(オン/オフ)特性を示す。横軸はSr(Co1-yFe)O中のy値、縦軸は熱伝導率であり、y=0、0.1、0.2、0.3、0.5、0.75、および1.0の7種類の全固体熱トランジスタについて測定を行った。なお、y=0の場合はSrCoO、y=1の場合はSrFeOとなる。
【0058】
測定温度は300Kで、x=2が還元状態でオフ状態となり、x=3が酸化状態でオン状態となる。
【0059】
図12から分かるように、オン状態(酸化状態)の熱伝導度は、y=0で約3.8Wm-1-1で、yが増加すると減少し、y=0.2でほぼ一定値3.0Wm-1-1となる。一方、オフ状態(還元状態)の熱伝導度は、y=0で約1であり、yが増加しても大きくは変化しない。
【0060】
この結果、スイッチング比(オン/オフ比)は、y=0において約4で、yが増加するとやや低下する傾向にあり、y=1において約2.3となる。これは、y=0~0.2の範囲では、酸化状態において、電子に起因する熱伝導率が加算され、熱伝導率の値が大きくなるためと考えられる。
【0061】
なお、還元状態でy=0(SrCoO)の場合、実施例1で説明したように、結晶構造は欠陥ペロブスカイト構造であるが、yが大きくなると無限層構造の割合が増加し、y=1(SrFeO)の場合、結晶構造は全体が無限層構造となっている。
【0062】
このように、活性層にSr(Co1-yFe)O(2≦x≦3、0≦y≦1)を用いた全固体熱トランジスタにおいても、印加電圧を換えることにより、繰り返し良好なスイッチング特性(オン/オフ特性)が得られることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明の全固体熱トランジスタは電気的に熱伝導度を制御できる。このため、赤外線の透過率を変化させるシャッター、赤外線透過率の違いを利用したディスプレイ、半導体集積回路の熱制御デバイス、フォノン論理回路等への適用が可能である。
【符号の説明】
【0064】
10 基板
20 バリア層
30 活性層
40 電極
50 電極
100 全固体熱トランジスタ
図1
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図3
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図11
図12