(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023005603
(43)【公開日】2023-01-18
(54)【発明の名称】電磁波吸収材料、電磁波吸収体、並びに前記電磁波吸収体を備えた電子素子、電子部品又は電子機器
(51)【国際特許分類】
H05K 9/00 20060101AFI20230111BHJP
H01F 1/26 20060101ALI20230111BHJP
H01F 1/147 20060101ALI20230111BHJP
C04B 35/58 20060101ALI20230111BHJP
【FI】
H05K9/00 M
H01F1/26
H01F1/147 133
C04B35/58
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021107623
(22)【出願日】2021-06-29
(71)【出願人】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(72)【発明者】
【氏名】柏谷 智
(72)【発明者】
【氏名】植田 貴広
(72)【発明者】
【氏名】半澤 和樹
(72)【発明者】
【氏名】小沢 誠
【テーマコード(参考)】
5E041
5E321
【Fターム(参考)】
5E041AA07
5E041BB03
5E041BD12
5E041CA13
5E041NN06
5E321AA23
5E321BB31
5E321BB51
5E321BB53
5E321GG11
(57)【要約】
【課題】誘電損失を利用した、高周波帯域で実用に供し得る電磁波吸収材料及び電磁波吸収体を提供すること。
【解決手段】電気絶縁性マトリックスと、前記電気絶縁性マトリックス中に分散する強磁性金属粉と、を含む、電磁波吸収材料であって、前記強磁性金属粉の含有割合が50体積%以上であり、前記強磁性金属粉の平均アスペクト比が5.0以下であり、前記電磁波吸収材料は0.1GHz以上18GHz以下の周波数帯域において、誘電正接(tanδ
E)のピークをもち、前記ピークにおける誘電正接(tanδ
E)の値が0.05以上である、材料。
【選択図】
図7
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電気絶縁性マトリックスと、前記電気絶縁性マトリックス中に分散する強磁性金属粉と、を含む、電磁波吸収材料であって、
前記強磁性金属粉の含有割合が50体積%以上であり、
前記強磁性金属粉の平均アスペクト比が5.0以下であり、
前記電磁波吸収材料は0.1GHz以上18GHz以下の周波数帯域において、誘電正接(tanδE)のピークをもち、前記ピークにおける誘電正接(tanδE)の値が0.05以上である、材料。
【請求項2】
前記強磁性金属粉が鉄(Fe)粉、鉄(Fe)合金粉、ニッケル(Ni)粉、及びニッケル(Ni)合金粉からなる群から選択される少なくも一種である、請求項1に記載の電磁波吸収材料。
【請求項3】
前記強磁性金属粉の平均アスペクト比が3.0以下である、請求項1又は2に記載の電磁波吸収材料。
【請求項4】
前記強磁性金属粉は、その体積平均粒径(D50)が1.5μm以上である、請求項1~3のいずれか一項に記載の電磁波吸収材料。
【請求項5】
前記電気絶縁性マトリックスは、基油、ワックス及びロジンの少なくとも一つを含む、請求項1~4のいずれか一項に記載の電磁波吸収材料。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一項に記載の電磁波吸収材料の成形体を備えた、電磁波吸収体。
【請求項7】
前記電磁波吸収体は、電磁波入射方向における厚さが0.5mm以上である、請求項6に記載の電磁波吸収体。
【請求項8】
前記電磁波吸収体は、0.1GHz以上18GHz以下の周波数帯域において、1mm厚での伝送減衰率が10dB以上となる領域を有する、請求項6又は7に記載の電磁波吸収体。
【請求項9】
請求項6~8のいずれか一項に記載の電磁波吸収体を備えた電子素子、電子部品又は電子機器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電磁波吸収材料、電磁波吸収体、並びに前記電磁波吸収体を備えた電子素子、電子部品又は電子機器に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の電子情報通信技術の急速な発展に伴い、電磁波(電波)の利用が急速に増えるとともに、使用される電磁波の高周波化及び広帯域化が進んでいる。具体的には、携帯電話(1.5GHz、2.0GHz)や無線LAN(2.45GHz)に代表される準マイクロ波帯域におけるシステムに加えて、高速無線LAN(65GHz)や衝突防止用レーダ(76.5GHz)などのミリ波帯域における電波を利用した新しいシステムの導入が進められている。
【0003】
電磁波の利用拡大及び高周波化が進むにつれて、電磁ノイズによる電子機器の誤作動といった電磁干渉や身体への悪影響といった電磁障害の問題がクローズアップされ、EMC対策への要望が高まっている。EMC対策の一手段として、電磁波吸収体(電波吸収体)を用いて不要な電磁波を吸収し、その侵入を防ぐ手法が知られている。
【0004】
電磁波吸収体の基本的構成の一例を、断面模式図を用いて
図1に示す。電磁波吸収体(1)は、吸収体本体(2)と、この吸収体本体(2)を裏打ちする金属膜(3)と、で構成されている。吸収体本体(2)は電磁波吸収材料で構成されている。吸収体本体(2)に入射する入射波(4)は、その一部が吸収体表面で反射(5)され、残りが吸収体内部に侵入する。侵入した電磁波は金属膜(3)で反射され、その一部が反射波(6)として吸収体外部へ放射される。
【0005】
電磁波減衰メカニズムは、吸収体表面からの反射波(5)と吸収体裏面からの反射波(6)の干渉による減衰(干渉減衰)、及び吸収体本体(2)の内部での吸収による減衰(吸収減衰)の2つに分類される。干渉減衰では、吸収体本体(2)の厚さ(d)と電磁波の波長(λ)とが特定の関係にあるときに吸収体表面からの反射波(5)と吸収体裏面からの反射波(6)が打ち消しあう現象を利用する。干渉現象では吸収体本体(2)の厚さを厳密に制御する必要があり、また電磁波の入射角度に応じて吸収特性が低下するという問題がある。さらに吸収帯域が狭いという問題もある。これに対して、吸収減衰では、入射した電磁波のエネルギー(電磁波エネルギー)を吸収体本体(2)が吸収し、これを熱エネルギーに変換して放射する現象を利用する。吸収現象では、吸収体本体(2)の厚さをある程度自由に制御でき、かつ吸収帯域を広くできるメリットがある。
【0006】
吸収減衰を効果的に利用するためには、優れた吸収特性を示す吸収体(吸収材料)を用いることが重要である。具体的には、吸収体の伝送減衰率が吸収帯域において10dB以上であることが実用上は望まれる。
【0007】
ところで、電磁波吸収には、吸収体を構成する材料の磁性損失、誘電損失、または抵抗損失が利用され、これらの損失を利用する吸収体をそれぞれ磁性電磁波吸収体、誘電性電磁波吸収体、及び抵抗性電磁波吸収体とよぶ。このうち磁性電磁波吸収体が、優れた吸収特性を示すことから広く利用されている。
【0008】
磁性電磁波吸収体は、強磁性体の磁気共鳴に基づき発現する損失を利用している。すなわち強磁性体は、主として磁性元素(Fe、Ni、Co等)の原子に束縛される電子(3d電子)のスピン角運動量に基づく磁気モーメントを有している。そして交換相互作用などの作用を通じて磁気モーメントの向きが揃う結果、自発磁化が生じている。磁性体に電磁波を照射すると、低周波領域では磁壁移動により、高周波領域では磁化回転により、磁化の向きが変動(磁化振動)する。周波数が高くなると、特定の周波数で磁化変動が電磁波と干渉し合う結果、磁化が共鳴する現象、すなわち磁気共鳴が生じる。磁気共鳴が生じる周波数では、透磁率の虚部(μ’’)がピークをもち、損失が最大となる。磁気共鳴に基づく損失を磁気損失とよぶ。
【0009】
磁性電磁波吸収体の材料として、軟磁性金属やフェライト(鉄系酸化物)が従来から知られている。このうち、軟磁性金属は、飽和磁化及び透磁率がフェライトに比べて高いという利点があり、吸収体材料として多用されている。例えば、特許文献1には、絶縁性の基材中に粉末厚みが3μm以下の厚みの軟磁性扁平粉末を分散させて成ることを特徴とする高周波電磁波吸収体が開示されている(特許文献1の請求項1)。また特許文献1には、粉末厚みを薄くするにつれ、μ’’(複素透磁率の損失項)のピーク周波数frが高周波数側にシフトし、限界線(S;スネークライン)を超えるμ’’特性が得られること、従来吸収できなかった2GHz以上の高周波数の電磁波を良好に吸収できることが記載されている(特許文献1の[0012]及び[0014])。
【0010】
また、特許文献2には、質量%で、Si:9~12%、Al:1~5%、Cr:1~5%、残部Feおよび不純物からなることを特徴とする電磁波吸収体用扁平粉末、及び該扁平粉末を柔軟な絶縁材中に分散させて混練してなることを特徴とする電磁波吸収体が開示されている(特許文献2の請求項1~3)。
【0011】
一方で誘電損失を利用する誘電性電磁波吸収体も知られている。例えば特許文献3には、炭化ホウ素、導電性カーボン粉末、及び炭化ケイ素などの導電性材料と絶縁性材料とを含有する誘電損失材料を電磁波吸収体に適用することが開示されている(特許文献3の請求項1~10)。また特許文献3には、当該電磁波吸収体が、軽量で、高周波域で吸収周波数帯の広い優れた電磁波吸収特性を示すことが記載されている(特許文献3の[0007])。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開平11-087117号公報
【特許文献2】特開2008-050644号公報
【特許文献3】特開2007-019287号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
このように軟磁性金属の磁性損失を利用した電磁波吸収体(磁性電磁波吸収体)などが従来から提案されるものの、電磁波吸収特性の改善を図る上で改良の余地がある。すなわち磁性に関してスネーク(Snoek)の限界と呼ばれる理論が知られており、この理論によれば、磁性体の透磁率の上限と共鳴周波数の間に関係があるとされている。例えば、磁気異方性の小さい材料では、透磁率の上限と共鳴周波数の積が一定になる。そのため高い透磁率を維持した状態で共鳴周波数を高くすることができない。
【0014】
特許文献1や2では、扁平軟磁性粉末を用い、形状異方性により生じる磁気異方性を利用して吸収特性改善を目論んでいる。しかしながら、それでもスネークの限界を打ち破って高周波での吸収特性を大幅に改善することは困難である。また扁平粉末は充填性が悪いため、磁性粉末を高い充填率で含む吸収体を作製することが困難である。そのため吸収特性の向上及び高周波化を図る上で限界があった。また特許文献3は誘電性電磁波吸収体を目的とするものの、炭化ホウ素などの導電性セラミック材料を準備する必要がある。これらのセラミック材料は、これを製造するために高温・高圧合成などの特殊な手法が必要であり、コスト増につながりやすいという問題があった。
【0015】
本発明者らは、このような従来の実情に鑑みて鋭意検討を行った。その結果、電気絶縁性マトリックスと強磁性金属粉とを含む材料において、強磁性金属粉の形状や含有割合を制御することで、磁気損失とは異なる誘電損失が極大値をもつことを見出した。そして、この誘電損失を利用することで、高周波帯域で実用に供し得る電磁波吸収材料、及び電磁波吸収体を得ることができるとの知見を得た。
【0016】
本発明は、このような知見に基づき完成されたものであり、誘電損失を利用した、高周波帯域で実用に供し得る電磁波吸収材料及び電磁波吸収体の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明は、下記(1)~(9)の態様を包含する。なお本明細書において「~」なる表現は、その両端の数値を含む。すなわち「X~Y」は「X以上Y以下」と同義である。
【0018】
(1)電気絶縁性マトリックスと、前記電気絶縁性マトリックス中に分散する強磁性金属粉と、を含む、電磁波吸収材料であって、
前記強磁性金属粉の含有割合が50体積%以上であり、
前記強磁性金属粉の平均アスペクト比が5.0以下であり、
前記電磁波吸収材料は0.1GHz以上18GHz以下の周波数帯域において、誘電正接(tanδE)のピークをもち、前記ピークにおける誘電正接(tanδE)の値が0.05以上である、材料。
【0019】
(2)前記強磁性金属粉が鉄(Fe)粉、鉄(Fe)合金粉、ニッケル(Ni)粉、及びニッケル(Ni)合金粉からなる群から選択される少なくも一種である、上記(1)の電磁波吸収材料。
【0020】
(3)前記強磁性金属粉の平均アスペクト比が3.0以下である、上記(1)又は(2)の電磁波吸収材料。
【0021】
(4)前記強磁性金属粉は、その体積平均粒径(D50)が1.5μm以上である、上記(1)~(3)のいずれに記載の電磁波吸収材料。
【0022】
(5)前記電気絶縁性マトリックスは、基油、ワックス及びロジンの少なくとも一つを含む、上記(1)~(4)のいずれかの電磁波吸収材料。
【0023】
(6)上記(1)~(5)のいずれかの電磁波吸収材料の成形体を備えた、電磁波吸収体。
【0024】
(7)前記電磁波吸収体は、電磁波入射方向における厚さが0.5mm以上である、上記(6)の電磁波吸収体。
【0025】
(8)前記電磁波吸収体は、0.1GHz以上18GHz以下の周波数帯域において、1mm厚での伝送減衰率が10dB以上となる領域を有する、上記(6)又は(7)の電磁波吸収体。
【0026】
(9)上記(6)~(8)のいずれかの電磁波吸収体を備えた電子素子、電子部品又は電子機器。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、誘電損失を利用した、高周波帯域で実用に供し得る電磁波吸収材料及び電磁波吸収体が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図2】電磁波吸収体(例1~例4)の伝送減衰率を示す。
【
図4】電磁波吸収体(例5~例8)の伝送減衰率を示す。
【
図5】電磁波吸収体(例9~例12)の伝送減衰率を示す。
【
図6】電磁波吸収体(例13~例17)の伝送減衰率を示す。
【
図8】電磁波吸収体(例6)の複素比誘電率(実部、虚部)と複素比透磁率(実部、虚部)を示す。
【
図9】電磁波吸収体(例18)の伝送減衰率を示す。
【発明を実施するための形態】
【0029】
本発明の具体的実施形態(以下、「本実施形態」という)について説明する。なお本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲において種々の変更が可能である。
【0030】
<<1.電磁波吸収材料>>
本実施形態の電磁波吸収材料(以下、「材料」と称する場合がある)は、電気絶縁性マトリックスと、この電気絶縁性マトリックス中に分散する強磁性金属粉と、を含む。ここで電磁波吸収材料は、これを成形して電磁波吸収体を作製するための前駆体となるものである。例えば、電磁波吸収材料を成形することで、シートなどの形状を有する電磁波吸収体を作製することができる。なお本明細書において、粉とは、独立複数の粒子の集合体を意味する。複数の粒子が粉を構成すると言うこともできる。
【0031】
<強磁性金属粉>
強磁性金属粉(以下、「金属粉」と称する場合がある)は、電気絶縁性マトリックス中に分散して含まれる。すなわち金属粉を構成する各粒子は、マトリックスを構成する成分(マトリックス成分)を介して互いに離間している。しかしながら全ての粒子が離間している必要はなく、一部の粒子同士が接触してもよい。
【0032】
強磁性金属粉は強磁性金属から構成される。ここで強磁性金属とは、強磁性を示す金属、すなわち室温で自発磁化を有する金属である。また強磁性金属は導電性を示す。より具体的には、強磁性金属は、鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、ガドリニウム(Gd)、正方晶ルテニウム(Ru)、及びこれらの金属を含む合金である。
【0033】
強磁性金属から構成される限り、強磁性金属粉の材質は限定されない。金属粉は、単一金属で構成されてもよく、あるいは合金で構成されてもよい。ここで合金とは固溶体のみならず金属間化合物を含む概念である。また強磁性金属粉は1種類の金属粉のみから構成されてもよく、あるいは複数種の金属粉を混合した状態で含んでもよい。また非共振時の導体損を低減する観点から、強磁性金属粉の電気抵抗は小さいほど好ましい。好ましくは、強磁性金属粉の体積抵抗率は10-5Ωm以下である。
【0034】
強磁性金属粉(軟磁性金属粉)の材質として、Fe-Ni合金(パーマロイ)、Fe-Ni-Mo合金(スーパーパーマロイ)、Fe-Co合金、Fe-Co-Ni合金、Fe-Cr合金、Fe-Cr-Al合金、Fe-Cr-Si合金、Fe-Si合金、Fe-Si-Al合金(センダスト)、Fe-Si-Cr合金、Fe-Si-Cr-Ni合金、Fe基アモルファス合金、またはCo基アモルファス合金が挙げられる。好ましくは、強磁性金属粉は、鉄(Fe)粉、鉄(Fe)合金粉、ニッケル(Ni)粉、及びニッケル(Ni)合金粉からなる群から選択される少なくとも一種である。これらの金属粉は入手が容易であるとともに、安価であり、さらに透磁率が高い。そのため、後述するように、磁気的性質を効果的に利用することができる。
【0035】
本実施形態の電磁波吸収材料において、強磁性金属粉の含有割合は50体積%以上である。このように強磁性金属粉を高充填率で吸収材料に含ませることで、誘電損失に基づく電磁波吸収特性を材料に付与することが可能になる。具体的には特定の周波数(誘電損失ピーク周波数)で誘電率の虚部(ε’’)が極大となり、その周波数での吸収特性が最大になる。
【0036】
本実施形態の電磁波吸収材料が誘電損失に基づく電磁波吸収特性を発現する、その詳細な理由は不明である。特定の理論に基づき限定的に解釈されるべきではないが、次のように推測している。すなわち金属粉を構成する各粒子はマトリックス成分を介して互いに離間している。言い換えれば、粒子間にはマトリックス成分が介在する。マトリックス成分は電気絶縁性を有しているため、粒子間に介在するマトリックス成分中に静電容量が生じる。また金属粉の充填率が高いほど、隣接粒子間の平均間隔、すなわち粒子間に介在するマトリックス成分の厚さが小さくなる。そのため静電容量が大きくなり、その結果、材料全体として示す実効的な誘電率が大きくなる。マトリックスが誘電緩和現象を示す、あるいはマトリックスの容量成分(C成分)が金属粉の抵抗成分(R成分)及び/又は誘導成分(L成分)と作用して共振現象を起こすことで、特定の周波数で誘電損失が増大するのではないかと考えている。これに対して金属粉の含有割合が50体積未満であると、容量成分が小さくなり、その結果、電磁波吸収特性が不十分になるのではないかと推測している。
【0037】
電磁波吸収特性を高める上で、強磁性金属粉の含有割合は高いほど好ましい。含有割合は55体積%以上、60体積%以上、65体積%以上、70体積%以上、75体積%以上、または80体積%以上であってもよい。一方で含有割合が過度に高いと、金属粉を構成する粒子同士が接触する確率が高くなる。粒子同士が接触すると、マトリックスの容量成分が消失する。そのため、却って電磁波吸収特性が劣化する恐れがある。含有割合は95体積%以下、90体積%以下、または85体積%以下であってもよい。
【0038】
本実施形態の電磁波吸収材料において、強磁性金属粉の平均アスペクト比は5.0以下である。ここで平均アスペクト比は、金属粉を構成する複数粒子のアスペクト比の平均値であり、走査電子顕微鏡(SEM)観察により求めることができる。またアスペクト比は各粒子の短軸径に対する長軸径の比(長軸径/短軸径)である。粒子の球形度が高いと、電磁波吸収特性をより優れたものにすることが可能になる。平均アスペクト比の小さい粉末は、これを構成する各粒子の球形度が高いため好ましい。アスペクト比の小さな金属粉を用いると、金属粉粒子間に働くフリクションが小さく、材料製造時に金属粉の充填が密に行われる。したがって金属粉充填率の高い電磁波吸収材料を得ることができる。これに対して、従来の磁性電磁波吸収材料では、磁気異方性の大きい扁平粉が用いられている。このような扁平粉はアスペクト比が大きく、充填率を高めることが困難である。本実施形態の電磁波吸収材料は、誘電損失に基づく電磁波吸収特性を利用しているため、充填性のよいアスペクト比の小さい金属粉の使用が可能である。平均アスペクト比は4.0以下、3.0以下、2.5以下、2.0以下、または1.5以下であってもよい。
【0039】
本実施形態の電磁波吸収材料において、好ましくは、強磁性金属粉は軟磁性金属粉である。このように強磁性金属粉(軟磁性金属粉)を用いることには、様々な利点がある。例えば、電磁波吸収体表面での反射波を抑えることができ、電磁波吸収を効率的に行うことが可能になる。すなわち
図1に示すように、吸収体本体(2)に入射した入射波(4)は、その一部が吸収体表面で反射され、残りは吸収体内部に侵入する。吸収体表面の反射波(5)は吸収体内部での吸収に寄与しない。したがって反射波(5)を抑えることが吸収特性改善を図る上で有効である。
【0040】
この点、電磁波吸収体の特性インピーダンスを外部環境の特性インピーダンスと整合させることで、反射波を抑えることができる。電磁波吸収体の特性インピーダンスZと外部環境の特性インピーダンスZ0は、下記(1)及び(2)式に示すように、電磁波吸収体及び外部環境(空気)の誘電率及び透磁率の関数で表される。なお下記(1)及び(2)式において、μ及びεはそれぞれ電磁波吸収体の透磁率と誘電率であり、またμ0及びε0はそれぞれ外部環境(空気)の透磁率(1.256×10-6H/m)と誘電率(8.854×10-12F/m)である。
【0041】
【0042】
強磁性金属粉は、一般に磁化が高く且つ保磁力が小さい。そのため透磁率(μ)が高い。強磁性金属粉を用いることで、マトリックス成分が有する高い誘電率(ε)が相殺され、その結果、電磁波吸収体の特性インピーダンスZが外部環境の特性インピーダンスZ0と整合しやすくなる。すなわち、吸収体表面での反射が抑えられる。
【0043】
また、強磁性金属粉(軟磁性金属粉)を用いることで、誘電損失のみならず、強磁性金属粉が本質的に有する磁気損失を電磁波吸収に利用することができる。すなわち強磁性金属粉は強磁性的性質を有しているため、特定の周波数で透磁率虚部(μ’’)の極大値をもつ。この周波数を磁気共鳴周波数又は磁気損失ピーク周波数と呼ぶ。磁気損失ピーク周波数で磁気損失が最大になり、その結果、磁気損失に基づく電磁波吸収特性が発現する。磁気損失ピーク周波数を誘電損失ピーク周波数に揃えることで、同一周波数域で誘電損失及び磁気損失の両方を利用することができる。そのため、電磁波吸収特性をさらに向上させることが可能である。あるいは磁気損失ピーク周波数を誘電損失ピーク周波数とずらすことで、吸収域を広帯域化することが可能になる。特に本実施形態の電磁波吸収材料は、強磁性性金属粉の充填率が高い。そのため強磁性金属粉に基づく磁気損失の効果を有効的に活用することができる。
【0044】
強磁性金属粉は、好ましくは、その体積平均粒径(D50)が1.5μm以上である。粒径を大きくすることで、電磁波吸収特性を高めることができる。その詳細な理由は不明であるが、表皮効果に起因するのではないかと推測している。D50は2.0μm以上がより好ましく、5.0μm以上がさらに好ましく、8.0μm以上が特に好ましい。D50の上限は限定されない。しかしながらD50が過度に大きいと、シート、グリスまたは塗料といった組成物に電磁波吸収材料を適用する際に均質な組成物にならない恐れがある。D50は20.0μm以下が好ましく、15.0μm以下がより好ましい。なお体積平均粒径(D50)は、レーザー回折散乱法などの手法で体積粒度分布を求め、その粒度分布における50%累積径として算出することができる。
【0045】
強磁性金属粉の粒度分布は限定されない。例えば、多峰性の粒度分布を示してもよく、あるいは単峰性の粒度分布を示してもよい。しかしながら、充填率が同じであれば、単峰性の粒度分布を示す金属粉を用いた方が、多峰性粒度分布を示す金属粉を用いた場合に比べて高い電磁波吸収特性を得ることができる。その詳細な理由は不明であるが、粒子同士の接触による渦電流の発生による損失と関係があるのではないかと推測している。また多峰性粒度分布では粒子同士の接触確率が高く、マトリックス中の容量成分が消失しやすいのではないかとも推測している。単峰性の粒度分布を示す金属粉は、粒度分布の揃った一種類の金属粉を用いることで得ることができる。
【0046】
<電気絶縁性マトリックス>
電気絶縁性マトリクス(以下、「マトリックス」と称する場合がある)は、電磁波吸収材料の母材(基材)となるものである。電気絶縁性を有する限り、マトリックスの材質は限定されない。固体、液体、ゲル及びこれらの混合物のいずれから構成されていてもよい。例えば、有機化合物、樹脂、ゴム、ガラス、セラミックなどの絶縁性材料が挙げられる。なお本明細書において、電気絶縁性を有する材料とは、その体積抵抗(比抵抗)が105Ωcm以上の材料を指す。
【0047】
電気絶縁性マトリックスの含有割合は、好ましくは5体積%以上50体積%以下である。金属粉の含有割合が50体積%以上であるため、マトリックスの含有割合は50体積%以下に限定される。マトリックスの含有割合は、45体積%以下、40体積%以下、35体積%以下、30体積%以下、25体積%以下、または20体積%以下であってもよい。
【0048】
電気絶縁性マトリックスは、好ましくは基油、ワックス及びロジンの少なくとも一つを含む。基油、ワックス及びロジンのいずれか一つを含んでもよく、あるいは複数を組み合わせて含んでもよい。基油、ワックス及びロジンの全てを含んでもよい。
【0049】
電気絶縁性マトリックスは基油を含んでもよい。基油は、金属粒子に対する濡れ性が高いとともに、電気絶縁性に優れるという特徴がある。そのため、基油を用いて薄い電気絶縁性被膜を粒子表面に設けることができる。また基油は、適度な粘性を有するが故に、粒子表面に形成された被膜が破壊されにくいという特徴がある。したがって、基油を用いることで、金属粉の充填率を高めても、粒子同士の直接接触を防ぐことが可能となる。
【0050】
基油の種類は限定されない。鉱物油、合成油、植物油、及び動物油のいずれであってもよい。鉱油はパラフィン系及びナフテン系のいずれであってもよい。また合成油として、炭化水素系、エステル系、エーテル系、シリコーン系、フッ素系などを用いることができる。好ましくはエステル系、特に好ましくはポリエーテルエステルである。
【0051】
基油は他の成分と共に電気絶縁性マトリックスを構成することができる。吸収材料に含まれる基油の含有割合は、8.0体積%以上40.0体積%以下が好ましく、10.0体積%以上35.0体積%以下がより好ましい。含有割合を上述の範囲内にすることで、金属粉を構成する粒子同士の直接接触をより効果的に防ぐことが可能になる。
【0052】
電気絶縁性マトリックスはワックスを含んでもよい。ワックスは、潤滑性付与の効果があるとともにバインダーとして機能する。すなわちワックスを用いることで、金属粉の滑りがよくなり、充填性が向上する。また吸収材料成形後にワックスは常温で固化するため、金属粉の結着力が高まり、それにより保形性を高める効果がある。金属粉の分散性向上を図る観点から、ワックスは、その酸価の高いものが好ましい。ワックスの酸価は20mg/g以上が好ましく、40mg/g以上がより好ましい。またワックスの種類は、限定されるものではないが、合成ワックス、植物ワックス、及び/又は石油ワックスが好ましい。
【0053】
ワックスは他の成分と共に電気絶縁性マトリックスを構成することができる。吸収材料に含まれるワックスの含有割合は2.0体積%以上15.0体積%以下が好ましく、4.0体積%以上10.0体積%以下がより好ましい。含有割合を上述の範囲内にすることで、適度な潤滑性及び保形性を吸収材料に付与することができる。
【0054】
電気絶縁性マトリックスはロジンを含んでもよい。ロジンは、粘性付与の効果があるとともに、バインダーとして機能する。すなわちロジンを用いることで、吸収材料の粘性が適度になるともに、保形性を高める効果がある。金属粉の分散性向上を図る観点から、ロジンは、その酸価の高いものが好ましい。ロジンの酸価は100mg/g以上が好ましく、120mg/g以上がより好ましい。またロジンの種類は、限定されるものではないが、トールロジン、ガムロジン、及び/又はウッドロジンが好ましい。
【0055】
ロジンは他の成分と共に電気絶縁性マトリックスを構成することができる。吸収材料に含まれるロジンの含有割合は5.0体積%以上20.0体積%以下が好ましく、8.0体積%以上15.0体積%以下がより好ましい。含有割合を上述の範囲内にすることで、適度な粘性及び保形性を吸収材料に付与することができる。
【0056】
電気絶縁性マトリックスは、必要に応じて分散剤を含んでもよい。分散剤は、金属粉と基油との親和性を高める作用がある。そのため、分散剤を加えることで、金属粉の分散性を向上させることができる。具体的には、金属粉の充填率が高い場合であっても、金属粉中の狭い間隙に基油が浸透し、粒子間の直接接触を抑制する効果がある。
【0057】
分散剤は、粉末の酸基と塩基の表面状態に合わせて適宜、選択すればよい。金属粉は表面が塩基性であることが多く、それに適用する分散剤は、その酸価の高いものが好ましい。酸価の高い分散剤を用いると、金属粉の分散性向上の効果がより一層顕著になる。分散剤の酸価は5.0mg/g以上が好ましく、20.0mg/g以上がより好ましい。また分散剤の種類は、限定されるものではないが、ポリエーテルカルボン酸、ポリエーテルリン酸エステル、及び/又は高級脂肪酸ポリエステルが好ましい。吸収材料に含まれる分散剤の含有割合は0.1体積%以上3.0体積%以下が好ましく、0.5体積%以上2.0体積%以下がより好ましい。含有割合を上述の範囲内とすることで、分散性向上の効果を十分に発揮させることが可能になる。
【0058】
電気絶縁性マトリックスは、基油、ワックス、ロジン、及び分散剤以外の他の成分を含んでもよい。他の成分として、防錆剤、金属不活性剤、レオロジー制御剤及び/又は酸化防止剤などが挙げられる。他の成分は、用途に応じてこれを適宜、選択すればよい。
【0059】
本実施形態の電磁波吸収材料は高周波帯域で誘電損失の極大値をもつ。例えば超短波(30MHz~300MHz)、極超短波(300MHz~1GHz)、準マイクロ波(1GHz~3GHz)、及び/又はマイクロ波(3GHz以上)の周波数帯域で誘電損失が極大になる。より具体的には電磁波吸収材料は0.1GHz以上18GHzの周波数帯域において、誘電正接(tanδE)のピークをもつことができる。またこのピークにおける誘電正接(tanδE)の値(極大値)を0.05以上、0.10以上、0.15以上、0.20以上、0.25以上、または0.30以上に高めることが可能である。
【0060】
<<2.電磁波吸収材料の製造>>
本実施形態の電磁波吸収材料は、上述した要件を満足する限り、その製造方法は限定されない。例えば、マトリックスを構成する成分またはその前駆体と強磁性金属粉とを混練して製造することができる。混錬は、プラネタリーミル、自公転ミキサー、及び/又は三本ロールなどの公知の装置を用いて行えばよい。
【0061】
<<3.電磁波吸収体>>
本実施形態の電磁波吸収体は、上述した電磁波吸収材料の成形体を備える。すなわち電磁波吸収体を成形して作製される。成形手法は限定されない。例えば、電磁波吸収材料を圧延ロールやドクターブレード法などの手法でシート成形してもよい。あるいは電磁波吸収材料を基体上に塗布して塗膜を成膜する手法であってもよい。成形体が得られる限り、その手法は限定されない。
【0062】
電磁波吸収体は、その厚さが大きいほど、優れた吸収特性を示す。電磁波入射方向における厚さは0.5mm以上が好ましく、1.0mm以上がより好ましく、1.5mm以上がさらに好ましい。なお電磁波入射方向における厚さとは、電磁波吸収体(電磁波吸収材料成形体)の表面と裏面との間の厚さであり、また表面及び裏面とは、電磁波が入射する方向に向かう面とそれに対向する面のことである。
【0063】
電磁波吸収体は、電磁波吸収材料の成形体以外の部材を備えてもよい。例えば表面にインピーダンス整合層や表面保護層を設けてもよい。また裏面に反射部材を設けてもよい。インピーダンス整合層として、磁性粉や誘電体粉末を樹脂中に分散させた層が例示される。表面保護層として、樹脂やガラスからなる層が例示される。反射部材として、膜状、箔状、または網状の金属部材が挙げられる。
【0064】
電磁波吸収体は、その用途が限定されず、公知の用途に適用すればよい。例えば、電磁波吸収体を備えた電子素子、電子部品又は電子機器に適用できる。また建物の外壁や内壁などの建築部材に適用してもよい。使用態様も限定されるものではなく、公知の態様にすればよい。例えば、シート状又は塗膜状の電磁波吸収体を、電子機器筐体の外面又は内面に貼り付ける態様としてもよい。あるいは電子部品のパッケージ外面に設ける態様としてもよい。さらに電子素子や電子部品の内部に電磁波吸収体を設ける態様としてもよい。
【0065】
本実施形態の電磁波吸収体は、高周波帯域で誘電損失に基づく電磁波吸収特性を示す。例えば超短波(30MHz~300MHz)、極超短波(300MHz~1GHz)、準マイクロ波(1GHz~3GHz)、及び/又はマイクロ波(3GHz以上)の周波数帯域で、実用に供し得る電磁波吸収特性を示す。より具体的には、電磁波吸収体は0.1GHz以上18GHz以下の周波数帯域において、1mm厚での伝送減衰率の値が10dB以上、15dB以上、20dB以上、25dB以上、または30dB以上となる領域を有することができる。
【0066】
このような本実施形態によれば、誘電損失を利用した、高周波帯域で実用に供し得る電磁波吸収材料及び電磁波吸収体を得ることができる。このような電磁波吸収材料や電磁波吸収体は、従来から知られていない。例えば、特許文献1や特許文献2は、電磁波吸収体に含まれる軟磁性粉末を扁平化することで、スネークの限界を超える吸収特性を得ることを提案している。しかしながら、これらの文献に開示される電磁波吸収体は、強磁性たる軟磁性粉により発現する磁気損失のみを利用したものであり、誘電損失を利用する本実施形態の電磁波吸収体とは電磁波吸収のメカニズムが異なる。また軟磁性扁平粉末は粒子間のフリクションが大きく、高充填化が困難である。
【0067】
特許文献3には誘電損失材料を電磁波吸収体に適用することが提案されるものの、誘電損失材料として用いられるのは炭化ホウ素などの導電性材料であり、これらは金属粉ではない。実際、特許文献3には、金属粉たるアルミニウム粉末を45体積%の割合で含む比較例サンプル(比較例2)が開示されるものの、この比較例2は吸収特性を示さないとされている(特許文献3の表2)。
【実施例0068】
本発明を、以下の実施例及び比較例を用いて更に詳細に説明する。しかしながら、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0069】
[実験例A]
実験例Aでは、FeSiCr合金粉をフィラー(強磁性金属粉)として用い、フィラーを種々の割合で含む電磁波吸収体を作製した。そしてフィラー含有割合の影響を調べた。
【0070】
(1)電磁波吸収体の作製
[例1~例4]
フィラー、基油、分散剤、ワックス、及びロジンを原料として準備した。フィラーとして、下記表1に示すFeSiCr粉A(D50:8.0μm)を用いた。またフィラー以外の原料(基油、分散剤、ワックス、及びロジン)として下記表2に示すものを用いた。
【0071】
なお下記表1に示す粒度分布は、レーザー回折散乱法(JIS R 1629:1997に準拠)で測定した。また平均アスペクト比は、金属粉をSEM観察し、複数視野内の50個の粒子のそれぞれについて短軸径及び長軸径を測定してアスペクト比を求め、その個数平均を算出して求めた。さらにタップ密度は、振とう比重測定器(蔵持科学器械製作所 KRS-409)を用い、ストローク3cmのタッピングを300回行って測定した。
【0072】
次いで、準備した原料(フィラー、基油、分散剤、ワックス、ロジン)を秤量し、さらに自公転ミキサー(株式会社シンキ―、あわとり練太郎、型式ART-930Twin)を用いて混錬処理を施して混錬物を得た。このようにして電磁波吸収材料を作製した。秤量は、下記表3に示される配合組成が得られるように行った。また混錬処理は1350rpmでの回転速度で4分間行った。
【0073】
その後、得られた混錬物をフィルム間に挟み、加熱圧延ロール(株式会社井元製作所、型式IMC-1A04)を用いて膜厚が所定値になるように圧延してシートを得た。加熱圧延は100℃の温度で行った。得られたシートは、その厚みが1mmであった。このシートを電磁波吸収体として評価に用いた。
【0074】
【0075】
【0076】
【0077】
(2)評価
例1~例4のサンプルについて、電磁波吸収特性の評価を、マイクロストリップラインを用いた伝送減衰率測定により行った。具体的には、シート状の電磁波吸収体を10cm×5cmのサイズに切断して測定試料を作製した。次いで、マイクロストリップライン(キーコム株式会社、型式TF-6C)上に測定試料を置き、さらにその上に荷重(500g)を加えた。荷重を加えた状態でマイクロストリップラインにネットワークアナライザからの高周波信号を入射し、反射特性を測定した。そしてSパラメータ(S11、S21)を用いて、下記(3)式にしたがって伝送減衰率RTPを求めた。
【0078】
【0079】
(3)評価結果
FeSiCr合金粉をフィラーに用いた例1~例4で得られたサンプルの伝送減衰率を
図2に示す。例1~例4では6GHz近傍の周波数域で伝送減衰率の増大が見られた。したがって、この周波数帯域で電磁波吸収特性を示すことが分かった。またフィラー割合が高いほど減衰率が大きいことが分かった。例えば、フィラー割合50体積%以上の例1~例3では最大減衰率が20dB以上であった。特にフィラー割合65体積%以上の例1及び例2では最大減衰率が50dB以上と極めて高かった。一方でフィラー割合30体積%の例4では最大減衰率が5dB程度と低かった。このことから、フィラー割合を50体積%以上に高めることで、実用に供し得る電磁波吸収体を実現できることが分かった。
【0080】
[実験例B]
実験例Bでは、粒径の異なる2種類のFeSiCr合金粉をフィラー(強磁性金属粉)として用いた。そして、これら2種類のフィラーを種々の割合で含む電磁波吸収体を作製し、フィラー粒径の影響を調べた。
【0081】
(1)電磁波吸収体の作製
[例5~例12]
フィラー、基油、分散剤、ワックス、及びロジンを原料として準備した。フィラーとして、上記表1に示すFeSiCr合金粉A(D50:8.0μm)及びFeSiCr合金粉B(D50:1.9μm)を単独または混合して用いた。またフィラー以外の原料(基油、分散剤、ワックス、及びロジン)として上記表2に示すものを用いた。
【0082】
次いで、実験例Aと同様にして電磁波吸収体を作製した。秤量は、下記表4に示される配合組成が得られるように行った。またシートの膜厚は1mmとした。
【0083】
【0084】
(2)評価
例5~例12で用いたフィラー(FeSiCr合金粉A+FeSiCr合金粉B)の粒度分布を、レーザー回折散乱法(JIS R 1629:1997に準拠)で測定した。また電磁波吸収特性の評価を実験例Aと同様にして行った。
【0085】
(3)評価結果
フィラーの粒度分布を
図3に示す。FeSiCr合金粉AとFeSiCr合金粉Bは、いずれもほぼ単峰性粒度分布を示すものの、これらの混合粉は多峰性粒度分布を示した。
【0086】
例5~例8で得られたサンプル(フィラー充填率:65.00体積%)の伝送減衰率を
図4に示す。また例9~例12で得られたサンプル(フィラー充填率:68.42体積%)の伝送減衰率を
図5に示す。フィラー充填率が65.00体積%及び68.42体積%のいずれの場合であっても、粒径の大きいフィラーの割合が大きいほど伝送減衰率のピーク値が高かった。
【0087】
[実験例C]
実験例Cでは、FeSiCr合金粉をフィラー(強磁性金属粉)として含む電磁波吸収体を種々の膜厚で作製し、膜厚(シート厚)の影響を調べた。
【0088】
(1)電磁波吸収体の作製
[例13~例17]
フィラー、基油、分散剤、ワックス、及びロジンを原料として準備した。フィラーとして、上記表1に示すFeSiCr合金粉A(D50:8.0μm)を用いた。またフィラー以外の原料(基油、分散剤、ワックス、及びロジン)として上記表2に示すものを用いた。
【0089】
次いで、実験例Aと同様にして電磁波吸収体を作製した。秤量は、下記表5に示される配合組成が得られるように行った。また加熱圧延の条件を変えて、シート厚を0.1~1.5mmに調整した。
【0090】
【0091】
(2)評価
例13~例17について、電磁波吸収特性の評価を実験例Aと同様にして行った。
【0092】
(3)評価結果
例13~例17で得られたサンプル(シート厚:0.1~1.5mm)の伝送減衰率を
図6に示す。シート厚を0.5mm以上にすることで、伝送減衰率のピーチ値が高くなった。
【0093】
[実験例D]
(1)評価
実験例Dでは、例6で得られたサンプル(FeSiCr合金粉、充填率65体積%)を用いて、近傍界での電磁波吸収特性を3~18GHzの周波数帯域で測定した。具体的には、ネットワークアナライザと治具を用い、IEC規格No.:IEC62333-1及びIEC62333-2で規定されるノイズ抑制シートの評価方法にしたがい測定を行った。
【0094】
(2)評価結果
3~18GHzの周波数帯域での伝送減衰率を
図7に示す。12GHz近傍に伝送減衰率のピークが見られ、またピーク値は30dB超であった。本実施形態の電磁波吸収体が10GHz以上の高周波域でも高い吸収性能を示すことが分かった。
【0095】
[実験例E]
(1)評価
実験例Eでは、例6で得られたサンプル(FeSiCr合金粉、充填率65体積%)について、複素比誘電率(εr=εr’-jεr’’)と複素比透磁率(μr=μr’-jμr’’)の測定を行った。ここでεr’とεr’’はそれぞれ複素比誘電率の実部及び虚部であり、またμr’とμr’’はそれぞれ複素比透磁率の実部及び虚部である。
【0096】
<誘電率>
電磁波吸収体の複素比誘電率(εr=εr’-jεr’’)を同軸管Sパラメータ法で測定した。具体的には、リング状サンプル(内径3.06~3.10mm、外径6.93~6.96mm)を作製し、これを同軸管ホルダーにセットした。そして、ベクトルネットワークアナライザ(アンリツ株式会社、MS46122A)を用いて測定した。また比誘電率の実部(εr’)と虚部(εr’’)を用いて下記(4)式にしたがって誘電正接(tanδE)を算出した。
【0097】
【0098】
<透磁率>
電磁波吸収体の複素比透磁率(μr=μr’-jμr’’)をSパラメータ反射法で測定した。具体的には、シート状の電磁波吸収体をドーナツ状円板型に打ち抜いて測定試料(外径6.93~6.96mm、内径3.06~3.10mm、膜厚2mm)を作製した。次いで、測定試料を治具にセットし、ベクトルネットワークアナライザを用いて周波数掃引することで複素比透磁率を測定した。また比透磁率の実部(μr’)と虚部(μr’’)を用いて下記(5)式にしたがって損失係数(tanδM)を算出した。
【0099】
【0100】
(2)結果
例6のサンプル(FeSiCr合金粉、充填率65体積%)の複素比誘電率と複素比透磁率のそれぞれを
図8(a)及び(b)に示す。6GHz近傍で比誘電率実部(ε
r’)が低下した。またこの周波数域で比誘電率虚部(ε
r’’)及び誘電正接(tanδ
E)のピークが見られ、この周波数帯域で誘電損失が増大することが分かった。一方で透磁率虚部はより低周波側で低減していた。したがって誘電損失のピークが見られる周波数帯域(6GHz近傍)より低周波側の領域で磁気損失が生じていることが分かった。このことから、強磁性金属粉たるFeSiCr合金粉をフィラーとして用いることで、誘電損失と磁気損失の両方を吸収特性に利用できることが分かった。
【0101】
[実験例F]
実験例Fでは、粒径の異なる2種類のニッケル(Ni)粉の混合粉をフィラー(強磁性金属粉)として用いて電磁波吸収体を作製した。
【0102】
(1)電磁波吸収体の作製
[例18]
フィラー、基油、分散剤、ワックス、及びロジンを原料として準備した。フィラーとして、上記表1に示すNi粉A(D50:4.0μm)及びNi粉B(D50:0.7μm)を用いた。またフィラー以外の原料(基油、分散剤、ワックス、及びロジン)として上記表2に示すものを用いた。
【0103】
次いで、実験例Aと同様にして電磁波吸収体を作製した。秤量は、下記表6に示される配合組成が得られるように行った。またシートの膜厚は1mmとした。
【0104】
【0105】
(2)評価
例18について、電磁波吸収特性の評価を実験例Aと同様にして行った。
【0106】
(3)評価結果
例18で得られたサンプルの伝送減衰率を
図9に示す。5~6GHz近傍の周波数域で伝送減衰率がピークをもち、ピーク値は40dB超であった。強磁性金属粉としてNi粉を用いた場合であっても、良好な吸収特性を得られることが分かった。