(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023056398
(43)【公開日】2023-04-19
(54)【発明の名称】電解槽及び水電解システム
(51)【国際特許分類】
C25B 9/00 20210101AFI20230412BHJP
C25B 9/23 20210101ALI20230412BHJP
C25B 13/02 20060101ALI20230412BHJP
C25B 13/04 20210101ALI20230412BHJP
C25B 13/05 20210101ALI20230412BHJP
C25B 1/04 20210101ALI20230412BHJP
【FI】
C25B9/00 A
C25B9/23
C25B13/02 301
C25B13/04 301
C25B13/05
C25B1/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021165732
(22)【出願日】2021-10-07
(71)【出願人】
【識別番号】000000033
【氏名又は名称】旭化成株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165951
【弁理士】
【氏名又は名称】吉田 憲悟
(72)【発明者】
【氏名】高鍋 和広
(72)【発明者】
【氏名】品川 竜也
(72)【発明者】
【氏名】内藤 剛大
(72)【発明者】
【氏名】西本 武史
(72)【発明者】
【氏名】市原 健生
(72)【発明者】
【氏名】小島 綾一
【テーマコード(参考)】
4K021
【Fターム(参考)】
4K021AA01
4K021BA02
4K021BA17
4K021BB01
4K021BB02
4K021BB03
4K021BC05
4K021CA12
4K021DB31
4K021DB36
4K021DB43
4K021DB53
4K021DC01
4K021DC03
(57)【要約】
【課題】中性pH領域の電解液を用いた場合であっても、電解電圧を抑えることができる電解槽の提供することを目的とする。
【解決手段】上記目的を達成するべく、本発明は、非電解時のpHが1.5~12.6であり且つ電解質濃度が2mol/kg以上である緩衝液を電解液として用い、多孔質隔膜2が陰極1及び陽極2と接触していることを特徴とする。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
非電解時のpHが1.5~12.6であり且つ電解質濃度が2mol/kg以上である緩衝液を電解液として用い、多孔質隔膜が陰極及び陽極と接触していることを特徴とする、電解槽。
【請求項2】
前記多孔質隔膜は、気孔率が40~98%、厚みが20~450μmであることを特徴とする、請求項1に記載の電解槽。
【請求項3】
前記多孔質隔膜が、ガラス繊維からなることを特徴とする、請求項1又は2に記載の電解槽。
【請求項4】
前記ガラス繊維が、親水化処理されたガラス繊維であることを特徴とする、請求項3に記載の電解槽。
【請求項5】
前記緩衝液が、アルカリ金属のカチオン及びアルカリ土類金属のカチオンからなる群から選択される少なくとも1種のカチオン種、並びに、リン酸塩、ホウ酸塩及び炭酸塩からなる群から選択される少なくとも1つのアニオン種、を含む電解質溶液であることを特徴とする、請求項1~4のいずれか1項に記載の電解槽。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1項に記載の電解槽を、60~120℃で運転し、水電解を行うことを特徴とする、水電解システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、中性pH領域において高効率で作動する電解槽及び水電解システムに関する。
【背景技術】
【0002】
持続可能な社会の実現に向けて再生可能エネルギーの有効活用が社会的な急務となっているが、再生可能エネルギーは地域による偏りに加え、時間的、季節的、気象的変動が大きく、安定供給できないことが大規模利用への妨げとなっている。
この観点から、再生可能エネルギー由来の電力から水を電気分解(水電解)して水素を製造し、その水素を貯蔵・輸送して、水素発電装置や燃料電池を利用して必要なときに必要な場所でエネルギーを取り出すことによりエネルギー供給を平準化する方法が提案されている。
【0003】
工業的な水電解の方法としては、濃厚な水酸化ナトリウムや水酸化カリウムの水溶液を用いるアルカリ水電解や、プロトン交換膜を用いるプロトン交換膜(PEM)型水電解の技術が主に用いられている。これらの技術では、強塩基性又は強酸性の電解液を用いるため、電解装置を構成する部材の素材には高い腐食耐性が要求される。
【0004】
このため、水電解を弱酸性~弱塩基性の中性領域で実施することができれば、水電解装置を汎用な材料で構成できるようになり、電解装置の長寿命化が可能となることから、中性pH領域での水電解の開発が検討されている。
ただし、中性pH領域での水電解は、強塩基性条件又は強酸性条件に比べてエネルギー効率が低い、すなわち電解電圧が高くなる傾向にある。
【0005】
そのため、中性pH領域での水電解のエネルギー効率を高める技術が検討されており、例えば特許文献1及び非特許文献1には、高濃度の緩衝液を用いて60~120℃の比較的高い温度での水電解を実施する技術が開示されている。高濃度の緩衝液を用いることにより、イオン伝導性が向上して電解槽の電気抵抗が低減される。また、高温で水電解することで陰極反応及び陽極反応が促進され、活性化過電圧を低減できる。
【0006】
また、特許文献2には、アルカリ水電解ではあるが、隔膜が陰極及び陽極と接触した構造とすることによって、電解槽の電気抵抗を抑制して電解電圧を低く保つ技術が開示されている。特許文献2では、電解液に由来する電気抵抗を抑制するためには隔膜と電極間との隙間が実質的になく、隔膜の気孔率が高く、隔膜の厚みが薄い方が好ましい一方、陰極発生ガスと陽極発生ガスの混合を防止するためには、隔膜の気孔率は低く、一定以上の厚みが必要であることが述べられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2021-116468
【特許文献2】特開2019-65349
【非特許文献1】T.Naito,et al.,ChemSusChem 2020,13,5921-5933
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1及び2、非特許文献1の技術を用いて、水電解処理を実施した場合であっても、中性pH領域での水電解のエネルギー効率はいまだ十分でなく、さらなる技術の改善が望まれていた。
【0009】
そのため、本発明は、中性pH領域の電解液を用いた場合であっても、電解電圧を抑えることができる電解槽、及び、それを用いた水電解システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するべく検討を行った結果、中性pH領域(非電解時のpHが1.5~12.6)であり、電解質濃度が2mol/kg以上である緩衝液を、電解液として用いるとともに、多孔質隔膜が陰極及び陽極と接触している電解槽を採用することによって、陰極発生ガスと陽極発生ガスの混合を防止しつつ、中性pH領域における電解電圧を低減できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
本発明は、以上の知見に基づきなされたものであり、その要旨は以下の通りである。
1.非電解時のpHが1.5~12.6であり且つ電解質濃度が2mol/kg以上である緩衝液を電解液として用い、多孔質隔膜が陰極及び陽極と接触していることを特徴とする、電解槽。
2.前記多孔質隔膜は、気孔率が40~98%、厚みが20~450μmであることを特徴とする、前記1に記載の電解槽。
3.前記多孔質隔膜が、ガラス繊維からなることを特徴とする、前記1又は2に記載の電解槽。
4.前記ガラス繊維が、親水化処理されたガラス繊維であることを特徴とする、前記3に記載の電解槽。
5.前記緩衝液が、アルカリ金属のカチオン及びアルカリ土類金属のカチオンからなる群から選択される少なくとも1種のカチオン種、並びに、リン酸塩、ホウ酸塩及び炭酸塩からなる群から選択される少なくとも1つのアニオン種、を含む電解質溶液であることを特徴とする、前記1~4のいずれかに記載の電解槽。
6.前記1~5のいずれかに記載の電解槽を、60~120℃で運転し、水電解を行うことを特徴とする、水電解システム。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、中性pH領域の電解液を用いた場合であっても、電解電圧を抑えることができる電解槽、及び、それを用いた水電解システムの提供が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の電解槽の一例の断面を模式的に示した図である。
【
図2】実施例1~2及び比較例1~2の、電解質濃度と水素酸化反応及び酸素還元反応の電流密度(水素クロスオーバー量及び酸素クロスオーバー量の指標)との関係を示したグラフである。
【
図3】比較例3、比較例4及び実施例3の、定電流で24時間水電解を行った際の電圧の推移を示したグラフである。
【
図4】実施例3の、電解槽の水電解測定における電流-電圧曲線と、過電圧解析の結果を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の複合材の処理方法を実施するための形態(以下、「本実施形態」と言う。)について詳細に説明する。なお、本実施形態は、本発明を説明するための例示であり、本発明はその実施の形態のみに限定されるものではない。すなわち、本発明は、その要旨を逸脱しない範囲で様々な変形が可能である。
【0015】
図1は、本実施形態の電解槽の断面を模式的に示したものである。
【0016】
<電解槽>
本実施形態の電解槽は、
図1に示すように、電源6と、該電源に接続した陰極1及び陽極3と、該陰極1と該陽極3との間に設けられた多孔質隔膜2と、該多孔質隔膜2によって隔てられた陰極室4及び陽極室5と、該陰極室4及び陽極室5へ導入する電解液と、を備える。
【0017】
(電解液)
本実施形態の電解液は、非電解時のpHが中性領域(1.5~12.6)であり、且つ、電解質濃度が2mol/kg以上の緩衝液である。
【0018】
水電解においては、基質であるプロトン(H+)若しくは水酸化物イオン(OH-)が電極へ供給されて反応が進行するが、基質濃度が十分でない場合は基質の供給律速により電流密度が制限されてしまう。この際、運転しうる最大の電流密度は、「拡散限界電流密度」と呼ばれる。工業的な水電解においては、生産性の観点から、通常100mA/cm2以上の電流密度で運転されるため、本実施形態においては、拡散限界電流密度が100mA/cm2を下回る場合は、H+濃度若しくはOH-濃度が不十分である、すなわち中性pH領域であると考え、非電解時のpHが1.5~12.6の範囲にある電解液を中性pH領域の電解液と定義した。なお、数値の算出方法については、T.Shinagawa,and K.Takanabe,Phys.Chem.Chem.Phys.2015,17,15111-15114を参照。
【0019】
前述のように、本実施形態の電解液は、非電解時のpHが1.5~12.6の範囲であるが、電解槽の各種部材への腐食を抑制する観点から、非電解時のpHが4~11であることが好ましく、非電解時のpHが5~10であることがより好ましい。電解液のpHは後述するカチオン種及びアニオン種の種類及び濃度を適切に選択することにより調整可能である。
【0020】
そして、本実施形態では、前記電解液として緩衝液を用いる。これにより、電解中のpHを一定に保つことができる。前記緩衝液は、非電解時のpHが1.5~12.6の範囲であり、緩衝作用があるものであれば特に限定されない。例えば、前記緩衝液として、アルカリ金属のカチオン及びアルカリ土類金属のカチオンからなる群から選択される少なくとも1種のカチオン種、及び、リン酸のアニオン、ホウ酸のアニオン及び炭酸のアニオンからなる群から選択される少なくとも1つのアニオン種を含む水溶液であることが好ましい。
【0021】
前記カチオン種としては、アルカリ金属のカチオン(すなわち、リチウム(Li)、ナトリウム(Na)、カリウム(K)、セシウム(Cs)及びルビジウム(Rb)のカチオン)、並びに、アルカリ土類金属のカチオン(すなわち、ベリリウム(Be)、マグネシウム(Mg)、カルシウム(Ca)、ストロンチウム(Sr)及びバリウム(Ba)のカチオン)からなる群から選択される少なくとも1つを含むことが好ましく、リチウム、ナトリウム、カリウム、セシウム及びルビジウムのカチオン(すなわち、Li+、Na+、K+、Cs+及びRb+)であることがより好ましい。これらの中でも、ナトリウム、カリウムのカチオンは、特にリン酸塩との緩衝液において、温度の上昇に伴い飽和溶解度が大きく上昇することから、さらに好ましい。
【0022】
アニオン種として、リン酸のアニオン(H2PO4
-、HPO4
2-、PO4
3-)、ホウ酸のアニオン(B(OH)4-、B4O7
2-)及び炭酸のアニオン(HCO3
-、CO3
2-)からなる群から選択される少なくとも1つを含むことが好ましい。
【0023】
ここで、前記緩衝液の調整方法は特に限定されないが、リン酸、ホウ酸、及び/又は炭酸の水溶液とアルカリ金属の水酸化物(LiOH,NaOH,KOH,CsOH,RbOH)の水溶液を混合する方法や、リン酸塩、ホウ酸塩、及び/又は炭酸塩(例えば、KH2PO4、K2HPO4、LiH2PO4、Li2HPO4、NaH2PO4、Na2HPO4、Na2B4O7、K2B4O7、LiHCO3、NaHCO3、KHCO3、CsHCO3等)のいずれか一つ以上からなる水溶液を用いることができる。
【0024】
前記緩衝液は、前記カチオン種及び前記アニオン種で構成される塩以外に、本発明の方法に不利な影響を与えない他の成分、例えば、硫酸塩、塩酸塩、過塩素酸塩を含んでもよい。
【0025】
また、前記緩衝液中の電解質濃度は、2mol/kg以上であり、2.5mol/kg以上であることが好ましく、3mol/kg以上であることがより好ましい。
前記緩衝液中の電解液濃度が2mol/kg以上であることにより、電解液の導電率が向上し、水の沸点上昇により高温で運転できるようになる。加えて、陰極室で発生した水素の陽極室への移動(水素クロスオーバー)や、陽極室で発生した酸素の陰極室への移動(酸素クロスオーバー)を抑制することもできる。高濃度の電解液を用いることにより水素クロスオーバー及び酸素クロスオーバーを抑制できる理由は必ずしも明らかではないが、電解質濃度の増大により水素及び酸素の電解液中への溶解度が低下することや、電解液の粘度上昇により水素及び酸素の電解液中での拡散速度が低下することにより水素及び酸素のクロスオーバーが抑制されているものと推察される。
【0026】
なお、本実施形態においては、前記電解質濃度を一義的に決定するため、プロトン(H+)以外のカチオンの濃度の総和と水酸化物イオン(OH-)以外のアニオンの濃度の総和のうち、小さい方を電解質濃度と定義している。
例えば、実例を挙げて説明すると、2mol/kgのリン酸二水素ナトリウム(NaH2PO4)水溶液1kg、及び、2mol/kgのリン酸水素二ナトリウム(Na2HPO4)水溶液1kgを混合して緩衝液とする場合、Na+が3mol/kgとなるのでカチオン濃度は3mol/kg、アニオン濃度はH2PO4
-が1mol/kg、HPO4
2-が1mol/kgとなるのでアニオン濃度は2mol/kgであり、電解質濃度としては2mol/kgとなる。
また、別の例としては、4mol/kgのリン酸(H3PO4)水溶液1kgと6mol/kgの水酸化カリウム(KOH)水溶液1kgを混合して緩衝液とする場合、K+が3mol/kgとなるのでカチオン濃度は3mol/kgとなる。このとき緩衝液のpHは7.2程度であり、リン酸のほぼ全てが電離してH2PO4
-とHPO4
2-となっているため、アニオン濃度は2mol/kgであり、電解質濃度としては2mol/kgとなる。
【0027】
本実施形態の電解槽は、
図1に示すように、多孔質隔膜2が陰極1及び陽極3と接触している。
多孔質隔膜2が陰極1及び陽極3と接触しているため、電極間距離が小さくなる結果、電解液のイオン伝導パスが短くなるとともに、多孔質隔膜の存在によって発生するガス泡の電極間への蓄積が抑制されることにより、電解液に起因する電気抵抗が低減され、電解電圧を低減することができる。
【0028】
前記多孔質隔膜2を前記陰極1及び前記陽極3と接触させる手段は、特に限定されず、平滑な陰極及び平滑な陽極で多孔質隔膜を挟むように押し付ける方法等が挙げられる。
【0029】
電解を実施する際には、
図1に示すように、前記陰極1及び前記陽極3が、それぞれ電源6と電気的に接続されている必要があり、前記陰極1と前記陽極3は、互いに電気的に絶縁されている必要がある。
本実施形態の電解槽では、前記陰極1及び前記陽極3は前記多孔質隔膜2と接触しているため、前記多孔質隔膜2は必然的に絶縁性を有する。
【0030】
(多孔質隔膜)
本実施形態では、上述したように、前記多孔質隔膜2は、前記陰極1及び前記陽極3と接触した状態で設けられている。
ここで、前記多孔質隔膜2は、絶縁性を有するシート状の多孔質膜である。前記多孔質隔膜2は、必ずしも全てが絶縁体で構成されている必要はなく、陰極1と陽極間3を絶縁できていれば一部導体や半導体が含まれていてもよい。前記多孔質隔膜2として、例えば、無機多孔膜、高分子多孔膜、織布、不織布等を用いることができる。
【0031】
前記無機多孔膜としては、例えば、ガラス繊維濾紙、ガラス焼結フィルター、アスベスト隔膜が挙げられる。高分子多孔膜としては、例えば、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリビニリデンフロライド、ポリカーボネート、ポリテトラフルオロエチレン、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリフェニレンサルファイド、ポリイミド等の高分子材料を、ミクロ相分離法、抽出法、延伸法、湿式ゲル延伸化法等の方法で多孔膜化したものが挙げられる。織布としては、例えば、ポリアミド繊維、ポリイミド繊維、ポリエステル繊維、綿等の高分子繊維を織ったり編んだりしたものが挙げられる。不織布としては、例えばポリアミド繊維、ポリエステル繊維、ポリプロピレン繊維、綿、セルロース等の繊維を、カード式・エアレイド式等の乾式法や、抄紙等の湿式法、成膜したものや、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリビニリデンフロライド、ポリカーボネート、ポリテトラフルオロエチレン、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリフェニレンサルファイド、ポリイミド等の高分子材料を、スパンボンド法、メルトブロー法、電界紡糸法等で成膜したものが挙げられる。機械強度や化学耐久性の観点から、ガラス繊維濾紙を好ましく用いることができる。
【0032】
また、前記多孔質隔膜中の細孔は、イオン伝導を良好にし、発生した酸素ガス及び水素ガスの透過を抑制する観点から、電解液(緩衝液)で満たされている必要がある。
したがって、前記多孔質隔膜は親水性を有することが好ましい。この場合、親水性の材質からなる多孔質隔膜を用いてもよいし、疎水性の材質からなる多孔質隔膜を用いて多孔質隔膜表面の化学的処理や、多孔質隔膜表面への親水性物質の担持等によって親水性を付与してもよい。例えば、ガラス繊維濾紙では、濃硫酸と過酸化水素水溶液の混合物に浸漬することによって、表面を親水化する方法(親水化処理)を好ましく用いることができる。
【0033】
前記多孔質隔膜の気孔率は、アルキメデス法等の一般的な方法で測定することができる。
【0034】
ここで、前記多孔質隔膜の気孔率は、40~98%であることが好ましく、50%~97%であることがより好ましく、60%~96%であることがさらに好ましく、70%~95%であることが特に好ましい。気孔率が高いほど、電解液に由来する電気抵抗を低減できる一方、水素及び酸素クロスオーバーが増大してしまう。逆に気孔率が低いほど、電解液に由来する電気抵抗が増大してしまう一方、水素及び酸素クロスオーバーを低減できる。また、気孔率が高すぎると多孔質隔膜の機械強度が低下してしまう。前記多孔質隔膜の気孔率が前述の範囲にあることにより多孔質隔膜の機械強度を担保したうえで、電解液に由来する電気抵抗と、水素及び酸素クロスオーバーのバランスをとることができる。
【0035】
なお、前記多孔質隔膜の厚みは20~450μmであることが好ましく、40~400μmであることがより好ましく、60~350μmであることがさらに好ましく、80~300μmであることが特に好ましい。前記多孔質隔膜の厚みが薄いほど、電解液に由来する電気抵抗を低減できる一方、水素及び酸素クロスオーバーが増大してしまう。逆に多孔質隔膜の厚みが厚いほど、電解液に由来する電気抵抗が増大してしまう一方、水素及び酸素クロスオーバーを低減できる。また、多孔質隔膜の厚みが薄すぎると多孔質隔膜の機械強度が低下してしまう。前記多孔質隔膜の厚みが前述の範囲にあることにより多孔質隔膜の機械強度を担保したうえで、電解液に由来する電気抵抗と、水素及び酸素クロスオーバーのバランスをとることができる。
【0036】
(電極)
本実施形態の電極(陰極及び陽極)は多孔質隔膜と接触するため、電極の多孔質隔膜側ではイオンを伝導させ、電極の多孔質隔膜と反対側からはガスが抜けることが好ましい。そのため、導電性のある金属若しくは炭素材料の多孔体であることが好ましい。金属の多孔体として、例えば、平織りメッシュ、パンチングメタル、エキスパンドメタル、金属発泡体等が挙げられる。炭素材料の多孔体としては、炭素繊維を織った織布、炭素繊維をバインダーで結着した不織布、炭素フォーム等が挙げられる。
【0037】
前述の金属の多孔体や炭素の多孔体をそのまま電極として用いてもよいし、金属の多孔体や炭素の多孔体を電極基材として、電極基材の表面に反応活性の高い触媒層を有するものを電極として用いてもよい。電解電圧を低減する観点から、電極として、電極基材の表面に反応活性の高い触媒層を用いることが好ましい。
【0038】
前記電極基材の材料は、特に限定されないが、化学的・電気化学的耐久性から、軟鋼、ステンレス鋼、ニッケル、ニッケル合金、チタン、チタン合金を用いることが好ましい。炭素材料は酸化劣化に弱いため陽極の基材には適していないが、陰極の基材には好ましく用いることができる。
【0039】
前記陰極の触媒層は、水素発生能が高いものであることが好ましく、ニッケルやコバルト、鉄、白金族元素(例えば、ルテニウム、ロジウム、パラジウム、オスミウム、イリジウム等)等を使用することができる。これらは、所望の活性や耐久性を実現するために、金属単体や、酸化物等の化合物、複数の金属元素からなる複合金属酸化物や合金、あるいはそれらの混合物として、触媒層を形成できる。具体的には、ラネーニッケルや、ニッケルとアルミニウム、あるいはニッケルとスズ等の複数の材料の組み合わせからなるラネー合金、ニッケル化合物やコバルト化合物を原料として、プラズマ溶射法により作製した多孔被膜、ニッケルと、コバルト、鉄、モリブデン、銀、銅等から選ばれる元素との合金や複合化合物、水素発生能の高い白金やルテニウム等の白金族元素の金属や酸化物、および、それら白金族元素の金属や酸化物と、イリジウムやパラジウム等の他の白金族元素の化合物やランタンやセリウム等の希土類金属の化合物との混合物、グラフェン等の炭素材料等が挙げられる。高い触媒活性や耐久性を実現するために、上記の材料を複数積層してもよく、触媒層中に複数混在させてもよい。耐久性や基材との接触性を向上させるために高分子材料等の有機物が含まれていてもよい。
【0040】
前記陽極の触媒層は、酸素発生能が高いものであることが好ましく、ニッケルやコバルト、鉄、マンガン、白金族元素、チタン、スズ、モリブデン、タンタル、ニオブ、バナジウム等を使用することができる。これらは、所望の活性や耐久性を実現するために、金属単体や、酸化物等の化合物、複数の金属元素からなる複合酸化物や合金、あるいはそれらの混合物として、触媒層を形成できる。具体的には、ニッケルメッキや、ニッケルとコバルト、ニッケルと鉄等の合金メッキ、LaNiO3やLaCoO3、NiCo2O4等のニッケルやコバルトを含む複合酸化物、酸化イリジウム等の白金族元素の化合物、グラフェン等の炭素材料等が挙げられる。耐久性や基材との接触性を向上させるために高分子材料等の有機物が含まれていてもよい。
【0041】
なお、前記電極基材上に触媒層を形成させる方法としては、メッキ法、プラズマ溶射法等の溶射法、基材上に前駆体溶液を塗布した後に熱を加える熱分解法、触媒物質をバインダー成分と混合して基材に固定化する方法、及び、スパッタリング法等の真空成膜法といった手法が挙げられる。
【0042】
(電解槽の運転条件)
本実施形態において電解槽は、60℃~120℃の温度範囲で運転する。70~110℃の温度範囲であることがより好ましく、80~100℃の温度範囲であることが更に好ましい。水の沸点近傍又はそれ以上の温度で運転することにより、水電解の反応速度が大幅に向上するとともに、イオン種や分子種の移動速度が大きく向上し、物質移動に伴うエネルギー損失が低減される。これらによって電解電圧を低減することができる。
【0043】
また、
図1に示すように、工業的な電解槽を運転する際には、消費される水を補う観点から、前記陰極室4及び前記陽極室5の下部から電解液を導入し、上部から電解液と発生ガス(陰極1では水素、陽極3では酸素)を抜き出す方法を好ましく用いることができる。
【0044】
<水電解システム>
本実施形態の水電解システムは、上述した本発明の電解槽を、60~120℃で運転し、水電解を行う。
かかる水電解システムによれば、中性pH領域の電解液を用いた場合であっても、電解電圧を抑え、効率的な電解を実施できる。
【0045】
なお、本実施形態の水電解システムの電解槽の条件は、上述した本実施形態の電解槽の内容と同様である。
【実施例0046】
以下、具体的な実施例、比較例を挙げて本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0047】
(水素酸化反応及び酸素還元反応の限界電流密度の測定)
水電解における水素及び酸素クロスオーバー量の指標として、回転ディスク電極法によって所定の電解液中で水素酸化反応及び酸素還元反応を実施し、それぞれの限界電流密度を求めた。これらの限界電流密度が小さいほど、その電解液中において水素又は酸素の拡散が遅いということを意味しており、したがって、限界電流密度が小さい電解液ほど、実際の電解槽においてもクロスオーバー量が低減できると考えられる。
【0048】
本実施例では、白金の回転ディスク電極を作用極に、白金線を対極に、飽和カロメル電極を参照極に用い三電極式で電気化学測定を行った。電解液はリン酸水溶液に水酸化カリウム水溶液を徐々に添加し、25℃でpHが7.2となるよう調整することで所定の濃度のリン酸カリウム電解液とした。電気化学セルの中に電解液を加え、作用極、対極、参照極を配置し、電気化学セルを加温して電解液温度を所定の温度に調整した。次に、電解液を水素ガス又は酸素ガスでバブリングすることにより、電解液に水素又は酸素を飽和させた。この状態で、作用極を3600rpmで回転させながら50mV/sで掃引することにより、水素酸化反応又は酸素還元反応の限界電流密度を測定した。
【0049】
測定した限界電流密度の結果を、
図2に示す。電解液濃度が2mol/kg以上であること、好ましくは2.5mol/kg以上であることにより、25℃、80℃のいずれの温度領域においても水素及び酸素のクロスオーバーを大幅に抑制できることがわかる。
また、非特許文献1に記載されているように、リン酸カリウム電解液の電気抵抗率は電解液濃度が高いほど、温度が高いほど低減される。これらのことから、本発明においては2mol/kg以上の電解液を用い、60~120℃で運転することが好ましいことがわかる。
【0050】
[実施例1]
95%の硫酸9mLに30%の過酸化水素水3mLを混合し、この混合溶液に気孔率94%のガラス繊維濾紙(Whatman製GF/A,直径50mm)を30分間浸漬させた。浸漬後、超純水にて親水化処理ガラス繊維濾紙を洗浄し、風乾した。この親水化処理ガラス繊維濾紙の膜厚は260μmであった。
上述した親水化処理ガラス繊維濾紙の両側を、白金メッシュ陰極及び白金メッシュ陽極で挟み込み、4.1mol/kgのリン酸カリウム電解液の入った電気化学セル内に設置した。その後、セルを100℃に加温し、2電極でのインピーダンス法を用いて電気抵抗を測定した。このとき、電気抵抗は0.09Ωであり、電気抵抗率は0.04Ωmであった。
【0051】
[実施例2]
親水化処理ガラス繊維濾紙の膜厚が130μmであること以外は、実施例1と同様の条件で測定を行った。このとき、電気抵抗は0.05Ωであり、電気抵抗率は0.04Ωmであった。
【0052】
[比較例1]
親水化処理ガラス繊維濾紙の代わりにアルカリ水電解用の多孔質隔膜として一般的に用いられる気孔率55%、膜厚500μmのZirfon(日本アグフアマテリアルズ(株)製)を用いたこと以外は、実施例1と同様の条件で測定を行った。このとき、電気抵抗は0.48Ωであり、電気抵抗率は0.09Ωmであった。
【0053】
[比較例2]
4.1mol/kgのリン酸カリウム電解液の代わりに7mol/kgの水酸化カリウム電解液を用いたこと以外は、比較例1と同様の条件で測定を行った。このとき、電気抵抗は0.09Ωであり、電気抵抗率は0.02Ωmであった。
【0054】
実施例1~2及び比較例1~2の、多孔質隔膜及び電解質の条件、測定された電気抵抗及び電気抵抗率の結果を、表1に示す。
【0055】
【0056】
表1の結果から、電気抵抗を低減するためには気孔率が高いほど、また膜厚が薄いほど好ましいことがわかる。なお、比較例2は、アルカリ水電解において一般的に用いられる条件であるが、実施例1及び2の電気抵抗は、これと同程度か、さらに低減されていることがわかる。なお、ガラス繊維は濃厚アルカリ水溶液に溶解してしまうため、ガラス繊維濾紙を使用する方法はアルカリ水電解には適用できない。このように部材選定の自由度が大きい点が、中性pH領域での電解の大きなメリットである。
【0057】
[実施例3]
非特許文献1に記載の方法で、陰極として白金担持白金メッシュを、陽極として酸化イリジウム担持チタンメッシュを作製した。
前述した親水化処理ガラス繊維濾紙を多孔質隔膜とし、多孔質隔膜を陰極と陽極で挟みこみ、さらにその両側をPTFE製の板2枚で挟む構造にした。このPTFE製の板2枚をPTFE製のねじで締めることにより多孔質隔膜を陰極及び陽極と接触させた。
【0058】
そして、多孔質隔膜が陰極及び陽極と接触した構造体を4.1mol/kgのリン酸カリウム電解液に浸漬し、陰極と陽極をポテンショスタットに接続した。
電解液を100℃まで加温した後、アルゴン雰囲気化、100mA/cm
2で24時間定電流運転を行った際のセル電圧の推移を測定した。24時間水電解を行った際の電圧の推移を
図3に示す。
【0059】
[比較例3]
多孔質隔膜が陰極及び陽極と接触していない電解槽として、多孔質隔膜を用いず、陰極-陽極間の距離を1cmに配置した以外は、実施例3と同様の条件で定電流運転を行った。セル電圧の推移を測定し、その結果を
図3に示す。
【0060】
運転開始初期のセル電圧については、実施例3が1.55V程度であるのに対し、比較例3は1.90V程度と、陰極と陽極を多孔質隔膜と接触させることで、0.35V程度の大幅なセル電圧の低減が見られた。また、実施例3では24時間セル電圧が安定しているのに対し、比較例3では8時間の時点で急激なセル電圧の増大によりそれ以上運転が継続できなくなってしまった。
この急激なセル電圧の増大の理由は明らかではないが、比較例3のような構成では陰極又は陽極が多量の泡で覆われて、イオン伝導が阻害されている可能性がある。陰極と陽極を多孔質隔膜と接触させることで電解電圧を低減できるのみならず、電解の安定性も向上することを示す例である。
【0061】
[比較例4]
アルカリ水電解評価として、非特許文献1に記載の方法で作製したニッケル鉄酸化物担持ニッケルフォームを陽極に用い、多孔質隔膜としてZirfonを用い、電解液として1mol/kgの水酸化カリウム水溶液を用いたこと以外は、実施例3と同様の条件で定電流運転を行った。セル電圧の推移を測定し、その結果を
図3に示す。
運転開始初期の比較例4のセル電圧は1.53V程度であり、実施例3よりもセル電圧が若干低い。しかしながら、比較例4では運転開始1時間後からセル電圧が上昇し、24時間の時点では1.64V程度となった。このセル電圧の増大の理由は明らかではないが、運転中に電極触媒が変質し活性が低下している可能性がある。中性pH領域の濃厚な緩衝液を電解液とすることで、電解の安定性が向上することを示す例である。
【0062】
さらに、実施例3の電解槽の水電解測定における電流-電圧曲線と、過電圧解析の結果を
図4に示す。
図4の結果から、電流密度600mA/cm
2における電解電圧が2.2Vと中性pH領域の水電解としては非常に低く、本発明の工業スケールでの適用可能性を示すことがわかる。