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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023056700
(43)【公開日】2023-04-20
(54)【発明の名称】イオンビーム発生装置および分析装置
(51)【国際特許分類】
   H01J 49/16 20060101AFI20230413BHJP
   H01J 49/40 20060101ALI20230413BHJP
   H01J 49/04 20060101ALI20230413BHJP
   H01J 37/08 20060101ALI20230413BHJP
   G01N 27/62 20210101ALI20230413BHJP
【FI】
H01J49/16
H01J49/40
H01J49/04 310
H01J37/08
G01N27/62 G
G01N27/62 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021166066
(22)【出願日】2021-10-08
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(72)【発明者】
【氏名】藤原 幸雄
【テーマコード(参考)】
2G041
5C038
5C101
【Fターム(参考)】
2G041CA01
2G041GA03
2G041GA06
5C038GG04
5C038GH05
5C038GH13
5C101AA21
5C101DD02
5C101DD13
5C101DD31
5C101GG04
5C101GG13
(57)【要約】      (修正有)
【課題】優れた安定性を有する負イオンビームのイオンビーム発生装置を提供する。
【解決手段】イオン液体と、上記イオン液体に直流の負電圧を印加してそのイオン液体を放出して負イオンビームを形成する手段と、を備え、上記イオン液体が下記構造の陽イオン(但し、xは1以上の整数、yおよびzは0以上の整数である)を含む、イオンビーム発生装置が提供される。

【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン液体と、
前記イオン液体に直流の負電圧を印加して該イオン液体を放出して負イオンビームを形成する手段と、を備え、
前記イオン液体が下記構造の陽イオンを含む、イオンビーム発生装置、
【化3】
但し、xは1以上の整数、yおよびzは0以上の整数である。
【請求項2】
前記陽イオンが、ジエチルメチルアンモニウムイオンである、請求項1記載のイオンビーム発生装置。
【請求項3】
前記イオン液体は、[Cn2n+1-SO3-または[Cn2n+1-SO3-(但し、nは1以上の整数。)を含む、請求項1または2記載のイオンビーム発生装置。
【請求項4】
前記負イオンビームを形成する手段は、前記イオン液体を放出する放出部を含み、
前記放出部は先端が尖った針状部材を有する、請求項1~3のうちいずれか一項記載のイオンビーム発生装置。
【請求項5】
前記針状部材は絶縁性材料からなる、請求項4記載のイオンビーム発生装置。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一項に記載のイオンビーム発生装置と、
前記負イオンビームを試料に照射し、該試料から放出される電子又はイオンを検出する手段と、
前記検出されたイオンをその質量電荷比により分析する手段と、を備える分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオンビーム発生技術に係り、より具体的には負イオンビーム発生装置およびこれを含む分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
集束イオンビーム発生装置では、液体金属イオン源を用いて高集束性の正イオンビームを発生できることが知られている。液体金属としてはガリウム等が用いられ、ガリウムの正イオン(Ga+)ビームが発生する。
【0003】
本発明者は、硝酸プロピルアンモニウム[C37NH3][NO3]を含むイオン液体を用いて一次イオンビームを発生し、有機系試料であるアルギニンに照射して二次イオン生成効率が高いことを開示した(特許文献1参照)。
【0004】
イオン液体として1-エチル-3-メチルイミダゾリウムテトラフルオロボラート(EMI-BF4)を用いて、タングステン針にこのイオン液体を濡らし、[BF4]-および[EMI-BF4][BF4]-からなる負イオンビームを発生することが報告されている(非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2019-75299公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】P. Lozano et al., J. Colloid Interface Sci. 282 (2005), pp415-421.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
非特許文献1では、タングステン針に印加する電圧の極性を1Hz程度で切り替えて、負イオンビームと正イオンビームとを交互に発生させており、負イオンビームを単独で長時間発生させることは報告されていない。
【0008】
本発明の目的は、優れた安定性を有する負イオンビームのイオンビーム発生装置およびそれを含む分析装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一態様によれば、イオン液体と、前記イオン液体に直流の負電圧を印加して該イオン液体を放出して負イオンビームを形成する手段と、を備え、前記イオン液体が下記構造の陽イオンを含む、イオンビーム発生装置、
【化1】
但し、xは1以上の整数、yおよびzは0以上の整数である、が提供される。
【0010】
上記態様によれば、直流の負電圧を印加した負イオンビームを形成する手段により、安定したビーム電流の負イオンビームを長時間発生することができ、優れた安定性を有するイオンビーム発生装置を提供することができる。
【0011】
本発明の他の態様によれば、上記態様のイオンビーム発生装置と、上記負イオンビームを試料に照射し、その試料から放出される電子又はイオンを検出する手段と、上記検出されたイオンをその質量電荷比により分析する手段と、を備える分析装置が提供される。
【0012】
上記他の態様によれば、イオンビーム発生装置が一次イオンとして優れた安定性を有する負イオンビームを発生するので、試料から発生する二次イオンの発生が安定して、精確な試料の分析が可能な分析装置が提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の一実施形態に係る分析装置の構成を示す概略図である。
図2】本発明の一実施形態に係るイオンビーム発生装置の構成を示す概略図である。
図3】一実施形態に係るイオンビーム発生装置のエミッタの構成を示す概略図である。
図4】一実施形態に係るイオンビーム発生装置のチャージアップ特性の実験例を示す図である。
図5】一実施形態に係るイオンビーム発生装置の連続運転の実験例を示す図である。
図6】一実施形態に係るイオンビーム発生装置により負イオンビームが照射されたポリテトラフルオロエチレン(PTFE)板から発生する二次イオンのマススペクトルの時間安定性の実験例を示す図である。
図7】一実施形態に係るイオンビーム発生装置により負イオンビームが照射されたアルギニンから発生する二次イオンのマススペクトルを示す図である。
図8】一実施形態に係るイオンビーム発生装置により負イオンビームが照射されたポリエチレングリコール(PEG300)から発生する二次イオンのマススペクトルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面に基づいて本発明の実施形態を説明する。なお、複数の図面間において共通する要素については同じ符号を付し、その要素の詳細な説明の繰り返しを省略する。
【0015】
図1は、本発明の一実施形態に係る分析装置の構成を示す概略図である。図1を参照するに、本実施形態に係る分析装置10は、イオンビーム発生装置11と、試料台12と、質量分析部13とを有する。質量分析部13は、二次イオンの飛行時間差を利用した飛行時間(TOF)型の質量分析器14と、検出器15と、波高分析器(あるいは波高分析機能を有するパソコン)16とを有する。なお、TOF型質量分析器14の代わりに磁場型質量分析器や四重極型質量分析器でもよく、二次イオンを質量電荷比により分析する手段であれば特に限定されない。分析装置10は、イオンビーム発生装置11で形成された負イオンビームを一次イオンとして試料台12上の試料smpに照射し、発生した二次イオンをその質量電荷比により質量分析部13によってイオン強度を計測することによって定量分析を行う。分析装置10では、一次イオンおよび二次イオンは真空容器18内を飛行するように構成されている。
【0016】
図2は、本発明の一実施形態に係るイオンビーム発生装置の構成を示す概略図である。図2を参照するに、イオンビーム発生装置11は、負イオン放出部20と、イオン加速部21と、イオン集束部22とを有する。負イオン放出部20は、イオン液体からクラスター状の負イオンのイオンビームを発生する。イオン加速部21は、電極21a~21cに電圧を印加または接地することによって電極孔を通過する負イオンのイオンビームを加速する。イオン集束部22は、円環状の電極22a~22cによりその内部を通過する負イオンのイオンビームを集束して電極22dの中央の電極孔により矢印の方向に放出する。
【0017】
図3は、一実施形態に係るイオンビーム発生装置のエミッタの構成を示す概略図である。図3図2と合わせて参照するに、負イオン放出部20は、エミッタ23を有する。エミッタ23は、先端が尖った針状部材25と、針状部材25の基部の一部に押接された導電シート26と、導電シート26の一部に押接された金属製のメッシュ28と針状部材25を把持する把持部材29と、把持部材29を絶縁材料の棒状部材30を介して離隔して支持する金属製の支持部31と、支持部31とメッシュ28とを電気的に接続する金属線32とを有する。
【0018】
針状部材25は、先端部25aが尖った形状を有する。針状部材25は、長手方向に対して垂直な断面形状が円形状でもよく、楕円、三角形、四角形、多角形のいずれの形状でもよい。針状部材25は、絶縁性材料、例えばガラス、プラスチックを用いてもよく、導電材料、例えば白金(Pt)、黒鉛を用いてもよい。導電シート26は、導電性を有する布状の材料であれば特に限定されない。導電シート26は、導電繊維を織り込んだ布、例えばカーボンフェルトを用いることができる。導電シート26は、針状部材25の基部の表面にメッシュ28を介して把持部材29により押接される。
【0019】
メッシュ28には金属材料、例えば白金を用いることができる。メッシュ28は、金属線32を介して電源24から負電圧が印加される。金属線32は、例えば、白金、金(Au)等を用いることができる。
【0020】
把持部材29は、例えば、針状部材25を載置するステージ状部材と、針状部材25をステージ状部材に押さえる部材とを有する。把持部材29は、絶縁材料、例えばテフロン(登録商標)を用いることができる。
【0021】
支持部31は、金属材料、例えばステンレスを用いることができる。支持部31は、電源24と電気的に接続される。支持部31は、イオンビーム発生装置11を運転する際は、電源24により、直流の負電圧が印加される。
【0022】
イオンビーム発生装置11は、運転する際は、エミッタ23の針状部材25の先端部25aをイオン液体で濡らして、電源24により直流の負電圧を支持部31および金属線32を介して供給し、メッシュ28および導電シート26により針状部材25に印加する。これにより、針状部材25の先端部25aからクラスター状の負イオンのイオンビームが放出される。
【0023】
本実施形態のイオン液体は、下記構造の陽イオンを含み、
【化2】
但し、xは1以上の整数、yおよびzは0以上の整数である。本発明者は、種々の検討により、上記陽イオンを含むイオン液体を用いることで安定したビーム電流の負イオンビームを長時間発生することができることが分かった。イオン液体は、陽イオンが、ジエチルメチルアンモニウムイオン([dema]+)であることが好ましい。ジエチルメチルアンモニウムイオンは、上記のxおよびyが各々2であり、zが1である。
【0024】
イオン液体の負イオンは、特に限定されないが、[Cn2n+1-SO3-または[Cn2n+1-SO3-(但し、nは1以上の整数)を用いることができる。負イオンは、例えばnが1である[CF3-SO3-(([TfO]-、トリフラートアニオン)を用いることができる。
【0025】
イオン液体は、非プロトン性イオン液体でもよいが、プロトン性イオン液体であることがエミッタ23への直流電圧の印加によってより長時間安定的に負イオンビームを生成できる点で好ましい。イオン液体は、[dema]+[TfO]-を用いることができる。
【0026】
図4は、一実施形態に係るイオンビーム発生装置のチャージアップ特性の実験例を示す図である。図4(a)は負イオンビームの加速電圧に対するビーム電流値を示し、図4(b)は負イオンビームの加速電圧に対するチャージアップ電圧を示す。本実験例では、イオンビーム発生装置11の図3に示した針状部材25(ガラス製)をイオン液体[dema]+[TfO]-で濡らし、針状部材25(ガラス製)の表面に存在するイオン液体に直流の負電圧を印加して負イオンビームを発生した。図1に示したイオンビーム発生装置10の試料台12の位置にステンレスターゲットを配置してステンレスターゲットにデジタル・エレクトロメータ(アドバンテスト社製、製品番号R8240)を接続してビーム電流値とステンレスターゲットのチャージアップ電圧を測定した。デジタル・エレクトロメータは、入力インピーダンスが1013Ω以上であり、測定範囲は-20V~20Vである。ステンレスターゲットの前面にある二次電子抑制用のNiメッシュ(電子透過率85%)の電位を0Vとした。ステンレスターゲットは電気的に浮いた状態(イオンビーム発生装置11の筐体等から電気的に独立した状態)にした。
【0027】
図4(a)を参照するに、加速電圧の絶対値が低い-2.9kVから加速電圧の絶対値が高い-10kVまで、ビーム電流値は-1.8nAから-14nAへと絶対値が増加する。図4(b)を参照するに、加速電圧の絶対値の増加に対して、ステンレスターゲットのチャージアップ電圧は、マイナスの電圧から+1V程度まで帯電した。ビーム電流値の絶対値が大きい実用運転範囲、例えば-4kVよりも絶対値が大きい範囲では、+1V程度のチャージアップ電圧に抑制できることが分かった。なお、加速電圧が-2.9kVおよびそれよりも絶対値の小さな負の加速電圧ではチャージアップ電圧が-20Vよりも低くなり測定できなかった。
【0028】
一方、針状部材25(ガラス製)をイオン液体[dema]+[TfO]-で濡らし、直流の正電圧を印加して正イオンビームを発生した。加速電圧を3kV、8kVおよび10kVとした。図4(b)と同様にチャージアップ電圧を測定したところ、いずれの加速電圧でもチャージアップ電圧が+20Vを超えて測定できなかった。これらのことから、負イオンビームを発生するイオンビーム発生装置11は、正イオンビームを発生するイオンビーム発生装置よりも、試料台や絶縁材料の試料のチャージアップを抑制することができることが分かった。
【0029】
図5は、一実施形態に係るイオンビーム発生装置の連続運転の実験例を示す図である。本実験例では、イオン液体として[dema]+[TfO]-を用い、先の図4と同様に負イオンビームを発生させた。ただし、ステンレスターゲットの前面のNiメッシュを外して運転した。加速電圧は、-3.8kVに設定した。
【0030】
図5を参照するに、運転開始(「On」の時刻)から運転終了(「OFF」の時刻)までの8時間に亘って、ビーム電流が-64nAから-72nAに変動したが、負イオンビームが非常に安定して発生できたことが分かる。
【0031】
図6は、一実施形態に係るイオンビーム発生装置により負イオンビームが照射されたポリテトラフルオロエチレン(PTFE)板から発生する二次イオンのマススペクトルの時間安定性の実験例を示す図である。図6(a)~(c)は、それぞれ、負イオンビームの照射開始から8分間、照射開始後20分から28分まで、照射開始後40分から48分までの各期間に測定したマススペクトルである。図1に示した構成の分析装置を用いて、質量分析器として、TOF型の分析器(産総研製SIMS)を用いた。イオン液体として[dema]+[TfO]-を用い、針状部材25(ガラス製)の表面に存在するイオン液体に直流の負電圧を印加して負イオンビームを発生し、PTFE板(商品名テフロン(登録商標))に照射して、発生した二次イオンを計測した。
【0032】
図6(a)を参照するに、照射開始から8分間において、二次イオンとしてポリテトラフルオロエチレンを構成する分子CF、CF3、C33、C24、C25、C35、C37およびC47が検出されている。図6(b)および(c)を参照するに、図6(a)と同様の二次イオンが検出されている。これは、負イオンビームのイオン発生装置を用いた分析装置が40分以上に亘って安定的に二次イオンが検出できており、照射時間の経過による絶縁材料であるPTFE板のチャージアップを抑制できていることが確認できた。
【0033】
図7は、一実施形態に係るイオンビーム発生装置により負イオンビームが照射されたアルギニンから発生する二次イオンのマススペクトルを示す図である。本実験例は、図6と同様の分析装置およびイオン液体を用いて、アルギニン(Sigma Aldrich社製、製品番号A5006-100G)をステンレス板に載置して、負イオンビームをアルギニンに照射して発生した二次イオンを計測した。ステンレス板は電気的に浮いた状態にした。
【0034】
図7を参照するに、アルギニン(Arg)のプロトン化分子([Arg+H]+)が検出されている。これは、電気的に浮いた状態のステンレス板上のアルギニンの二次イオンにチャージアップによる悪影響が現れていないことを示しており、負イオンビームによりチャージアップが抑制できていることが分かる。
【0035】
図8は、一実施形態に係るイオンビーム発生装置により負イオンビームが照射されたポリエチレングリコール(PEG300)から発生する二次イオンのマススペクトルを示す図である。本実験例は、図7と同様にして、試料として平均分子量が約300のポリエチレングリコール(PEG300、Sigma Aldrich社製、製品番号202371-500G)を電気的に浮いた状態のステンレス板に載置した。
【0036】
図8を参照するに、PEG300を構成する分子にプロトンが付加したプロトン化分子が検出されている。これは、電気的に浮いた状態のステンレス板上のPEG300の二次イオンにチャージアップによる悪影響が現れていないことを示しており、負イオンビームによりチャージアップが抑制できていることが分かる。
【0037】
以上、本発明の好ましい実施形態について詳述したが、本発明は係る特定の実施形態に限定されるものではなく、請求の範囲に記載された本発明の範囲内において、種々の変形・変更が可能である。
【符号の説明】
【0038】
10 分析装置
11 イオンビーム発生装置
13 質量分析部
14 質量分析器
20 負イオン放出部
23 エミッタ
25 針状部材

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8