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  • 特開-遷移金属元素の価数分別定量方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023058103
(43)【公開日】2023-04-25
(54)【発明の名称】遷移金属元素の価数分別定量方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 31/00 20060101AFI20230418BHJP
【FI】
G01N31/00 T
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021167879
(22)【出願日】2021-10-13
(71)【出願人】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100145872
【弁理士】
【氏名又は名称】福岡 昌浩
(74)【代理人】
【識別番号】100091362
【弁理士】
【氏名又は名称】阿仁屋 節雄
(72)【発明者】
【氏名】淵本 幸宏
【テーマコード(参考)】
2G042
【Fターム(参考)】
2G042AA01
2G042BC06
2G042BC07
2G042BC08
2G042CB06
2G042DA03
2G042EA01
2G042FA01
2G042FA05
2G042FB03
(57)【要約】
【課題】遷移金属化合物もしくはその塩に含まれる遷移金属元素について価数ごとに分別して定量する方法を提供する。
【解決手段】複数の酸化数を取り得り、酸化数が最も低いときに安定となる遷移金属元素を含む遷移金属化合物もしくはその塩を含有する測定試料を準備する準備工程と、測定試料、溶媒、ハロゲン化水素酸もしくはその塩およびチオン酸類を混合することにより、測定試料を溶解させて、測定試料において安定となる酸化数よりも高く高酸化数形態で存在する遷移金属元素と、ハロゲン化水素酸もしくはその塩との酸化還元反応により、単体ハロゲンを遊離させるとともに、単体ハロゲンをチオン酸類と酸化還元反応させて、反応溶液を得る調製工程と、反応溶液に残存するチオン酸類の含有量に基づいて、高酸化数形態で存在する遷移金属元素を定量する第1定量工程と、を有する、遷移金属元素の価数分別定量方法である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の酸化数を取り得り、酸化数が最も低いときに安定となる遷移金属元素を含む遷移金属化合物もしくはその塩を含有する測定試料を準備する準備工程と、
前記測定試料、溶媒、ハロゲン化水素酸もしくはその塩およびチオン酸類を混合することにより、前記測定試料を溶解させて、前記測定試料において安定となる酸化数よりも高く高酸化数形態で存在する遷移金属元素と、前記ハロゲン化水素酸もしくはその塩との酸化還元反応により、単体ハロゲンを遊離させるとともに、前記単体ハロゲンを前記チオン酸類と酸化還元反応させて、反応溶液を得る調製工程と、
前記反応溶液に残存する前記チオン酸類の含有量に基づいて、前記高酸化数形態で存在する遷移金属元素を定量する第1定量工程と、を有する、
遷移金属元素の価数分別定量方法。
【請求項2】
前記測定試料に含まれる前記遷移金属元素の総量を定量する第2定量工程をさらに有し、
前記総量から前記高酸化数形態で存在する遷移金属元素の含有量を差し引くことにより、前記測定試料において、最も低い酸化数形態で存在する遷移金属元素を定量する、
請求項1に記載の遷移金属元素の価数分別定量方法。
【請求項3】
前記遷移金属元素がニッケル、コバルト、クロムおよびマンガンの少なくとも1つである、
請求項1又は2に記載の遷移金属元素の価数分別定量方法。
【請求項4】
前記ハロゲン化水素酸は塩化水素である、
請求項1~3のいずれか1項に記載の遷移金属元素の価数分別定量方法。
【請求項5】
前記第1定量工程では、間接ヨウ素法により前記チオン酸類の含有量を定量する、
請求項1~4のいずれか1項に記載の遷移金属元素の価数分別定量方法。
【請求項6】
前記調製工程では、前記測定試料、前記溶媒および前記チオン酸類を混合した後に前記ハロゲン化水素酸を添加する、
請求項1~5のいずれか1項に記載の遷移金属元素の価数分別定量方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遷移金属元素の価数分別定量方法に関する。
【背景技術】
【0002】
遷移金属化合物もしくはその塩に含まれる遷移金属元素は、遷移金属化合物や塩を構成する対イオン種や、溶質の形態と溶媒の酸化還元雰囲気などによって、比較的安定な酸化数と不安定な酸化数という複数の異なる酸化数を取り得る。そのため、遷移金属化合物もしくはその塩には、酸化数の異なる遷移金属元素が混在することがある。
【0003】
この遷移金属化合物もしくはその塩においては、酸化数の異なる遷移金属元素がそれぞれどの程度含まれているか把握することが求められている。
【0004】
化合物に含まれる金属元素を定量する方法としては、例えばICP発光分光分析法などで代表される分光分析や、重量法および容量法がある。
【0005】
ただし、化合物に含まれる金属元素を定量する際、酸化還元反応を伴う化学的な前処理が含まれていると、遷移金属元素の酸化数が変化してしまい、遷移金属元素が本来有する酸化数を把握できないことがある。
【0006】
遷移金属化合物でも易溶性のものであれば、脱酸素水などの溶質の酸化数に変化を生じさせない溶媒を利用することで、遷移金属元素の酸化数を変化させずに固定したまま溶解させることが可能である。この場合、適切な容量法や特異的な呈色を示すことを利用する吸光光度法などにより定量を行うことができる。
【0007】
例えば特許文献1には、吸光光度法により鉄イオンを価数ごとに分別して定量する方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平06-281582号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、遷移金属元素でも、例えばニッケルやコバルトなどのように、酸化数が最も低いときに安定となる遷移金属元素を含む遷移金属化合物もしくはその塩では、上述した定量方法は適用できない。
【0010】
このような遷移金属化合物もしくはその塩については、酸化数を固定した状態では溶解させることができないため、分光分析により定量することが考えられる。
【0011】
ただし、分光分析では、酸化数の異なる純度の高い標準試料の入手が難しく、仮に入手して分光分析したとしても、得られる価数別の異なるスペクトルから価数の帰属を決定することが難しく、精度よく定量できないことがあった。また、分光分析の設備がきわめて高価であった。
【0012】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、遷移金属化合物もしくはその塩に含まれる遷移金属元素について価数ごとに分別して定量する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の第1の態様は、
複数の酸化数を取り得り、酸化数が最も低いときに安定となる遷移金属元素を含む遷移金属化合物もしくはその塩を含有する測定試料を準備する準備工程と、
前記測定試料、溶媒、ハロゲン化水素酸もしくはその塩およびチオン酸類を混合することにより、前記測定試料を溶解させて、前記測定試料において安定となる酸化数よりも高く高酸化数形態で存在する遷移金属元素と、前記ハロゲン化水素酸もしくはその塩との酸化還元反応により、単体ハロゲンを遊離させるとともに、前記単体ハロゲンを前記チオン酸類と酸化還元反応させて、反応溶液を得る調製工程と、
前記反応溶液に残存する前記チオン酸類の含有量に基づいて、前記高酸化数形態で存在する遷移金属元素を定量する第1定量工程と、を有する、
遷移金属元素の価数分別定量方法である。
【0014】
本発明の第2の態様は、第1の態様において、
前記測定試料に含まれる前記遷移金属元素の総量を定量する第2定量工程をさらに有し、
前記総量から前記高酸化数形態で存在する遷移金属元素の含有量を差し引くことにより、前記測定試料において、最も低い酸化数形態で存在する遷移金属元素を定量する。
【0015】
本発明の第3の態様は、第1又は第2の態様において、
前記遷移金属元素がニッケル、コバルト、クロムおよびマンガンの少なくとも1つである。
【0016】
本発明の第4の態様は、第1~第3の態様のいずれかにおいて、
前記ハロゲン化水素酸は塩化水素である。
【0017】
本発明の第5の態様は、第1~第4の態様のいずれかにおいて、
前記第1定量工程では、間接ヨウ素法により前記チオン酸類の含有量を定量する。
【0018】
本発明の第6の態様は、第1~第5の態様のいずれかにおいて、
前記調製工程では、前記測定試料、前記溶媒および前記チオン酸類を混合した後に前記ハロゲン化水素酸を添加する。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、遷移金属化合物もしくはその塩に含まれる遷移金属元素について価数ごとに分別して定量することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1図1は、実施例1の操作手順を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明者は、上述した課題について検討を行い、酸化数が最も低いときに安定となる遷移金属元素を含む遷移金属化合物もしくはその塩が、強酸酸性条件でハロゲン化水素酸と共存するときに、不安定な高酸化数の形態で存在する遷移金属元素とハロゲン化水素酸との酸化還元反応により、単体ハロゲンを定量的に遊離させることに着目した。この単体ハロゲンを定量することにより、遷移金属化合物もしくはその塩に含まれる遷移金属元素のうち、高酸化数の形態で存在するものを定量することができるためである。
【0022】
この遊離する単体ハロゲンを定量するには、反応系において、ハロゲン化水素と単体ハロゲンとを確実に分離する必要がある。単体ハロゲンを捕集する方法としては、例えばガス捕集法などがあるが、強酸酸性条件でハロゲン化水素酸が共存する反応系では、単体ハロゲンのみを確実に分離して固定することが困難である。
【0023】
本発明者は、この単体ハロゲンの捕集法についてさらに検討を行い、捕集剤として、チオン酸類を用いるとよいことを見出した。チオン酸類を反応系に共存させることで、酸化還元反応により遊離する単体ハロゲンをチオン酸類により速やかに捕捉できるので、例えばチオン酸類の既知量からの減少量(消費量)から、単体ハロゲンの含有量を、ひいては高酸化数形態で存在する遷移金属元素の含有量を間接的に定量することができる。
【0024】
本発明は、上記知見に基づいて成されたものである。
【0025】
<本発明の一実施形態>
以下、本発明の一実施形態にかかる遷移金属元素の価数分別定量方法について説明する。
【0026】
(準備工程)
まず、定量対象である測定試料を準備する。
【0027】
本実施形態の測定試料は、複数の酸化数を取り得り、酸化数が最も低いときに安定となる一方で、酸化数が高くなると不安定となる遷移金属元素を含む遷移金属化合物もしくはその塩を含有する。具体的には、測定試料は、上記遷移金属元素を含む金属化合物やその塩、これら金属化合物や塩の混合物、もしくは複合金属酸化物などである。測定試料では、上記遷移金属元素が、酸化数が最も低く安定な形態、それよりも酸化数が高く不安定な形態、もしくは、これら両方の形態で存在する。また、遷移金属元素は、溶媒や酸化力を持たない鉱酸に対して、酸化数を維持しつつ、金属イオンとして溶存できるものである。なお、酸化数が最も低く安定な形態とは、測定試料を常温常圧環境においたときに、測定試料に含まれる遷移金属元素が酸化しにくく、酸化数が変化しない形態を示す。以下、最も酸化数が低い形態を単に低酸化形態、それよりも酸化数が高い形態を高酸化形態という。
【0028】
複数の酸化数を取り得り、酸化数が最も低いときに安定となる遷移金属元素としては、例えばニッケルやコバルト、クロム、マンガンなどが挙げられる。遷移金属元素が取り得る酸化数の種類は、遷移金属元素の種類によって異なり、2種類に限定されず、3種類以上であってもよい。酸化数として、例えばニッケルは2および3を、コバルトは2および3を、クロムは3および6を、マンガンは2、4、6および7を取り得る。安定な形態となる酸化数としては、例えばニッケルは2、コバルトは2、クロムは3、マンガンは2となる。なお、遷移金属元素として例えば鉄などがあるが、鉄は酸化数が最も高いときに安定となる遷移金属元素であって、定量対象とはならない。ただし、鉄などの酸化数が最も高いときに安定となる遷移金属元素は測定試料に含まれていてもよい。また、遷移金属化合物やその塩を構成する対イオンの種類は、特に限定されないが、例えば硫酸塩、塩酸塩、炭酸塩や、水酸化物などの不定形錯体もしくは、錯塩を形成する化合物などが挙げられる。
【0029】
また、測定試料を溶解したときに、その構成成分を溶存させるための溶媒を準備する。この溶媒としては、遷移金属元素の酸化数を変動させずに維持できるようなものであれば特に限定されない。溶媒としては、例えば純水、酸化力を持たない鉱酸、もしくは酸化力を持つとしても酸化数の変動を引き起こさないような低濃度の鉱酸を用いることができる。溶媒は、遷移金属元素の酸化数の変動を抑制するために、溶存酸素を除去したものが好ましい。また、酸化力を持たない鉱酸としては、例えば硫酸、塩酸などを用いることができる。
【0030】
また、単体ハロゲンを遊離させるためのハロゲン化水素酸もしくは、その塩を準備する。ハロゲン化水素酸としては、高酸化数形態で存在する遷移金属元素と酸化還元反応を示すものであれば特に限定されない。ハロゲン化水素酸もしくはその塩は、測定試料の溶解とともに後述の酸化還元反応によりハロゲン発生源としても作用する。取り扱い性や反応性の観点からは、塩化水素が好ましい。塩化水素は、鉱酸である塩酸として添加するとよい。塩化水素によれば、そもそも強酸酸性の溶液であり、測定試料の溶解に直接作用させることが可能である。なお、ハロゲン化水素酸を水溶液として添加する場合、水溶液中でハロゲン化水素酸が水素イオンを完全に解離するように適宜調製するとよい。
【0031】
また、チオン酸類を準備する。チオン酸類は、溶解によりチオ硫酸イオンを生成して、後述するように単体ハロゲンを捕集するものである。チオン酸類としては、反応溶液に溶解でき、かつ単体ハロゲンを酸化できるものであれば特に限定されない。チオン酸類としては、例えば、チオ硫酸塩や亜ジチオン酸塩、三チオン酸塩、四チオン酸塩などを用いることができる。この中でも、取り扱い性の観点からは、チオ硫酸塩が好ましく、具体的には、チオ硫酸ナトリウムやチオ硫酸カリウム、チオ硫酸アンモニウムなどが好ましい。なお、チオン酸類は1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用しても良い。
【0032】
(調製工程)
続いて、測定試料、溶媒、ハロゲン化水素酸およびチオン酸類を混合し、これらを溶解することにより反応溶液を調製する。
【0033】
この混合により、まず、測定試料が溶解するとともに、測定試料に含まれる高酸化数形態で存在する遷移金属元素とハロゲン化水素酸との酸化還元反応により、単体ハロゲンが遊離する。具体的には、下記式(1)の反応が進む。式(1)中、Mea+は、測定試料において、高酸化数形態で存在する遷移金属元素を、aは整数であってその酸化数を、HXはハロゲン化水素酸を、MeXはMeのハロゲン化物塩を、Xは単体ハロゲンをそれぞれ示す。遷移金属元素が3価の場合であれば、下記式(2)の反応が進む。反応溶液は、金属塩化物塩などの金属ハロゲン塩(MeX)と、塩酸などの鉱酸とを含む酸性溶液となるが、金属ハロゲン塩は酸化還元反応に影響を及ぼさない。なお、測定試料において、低酸化数の形態で存在する遷移金属元素は、酸化還元反応には寄与せず、価数を維持して溶存したままとなる。
Mea++aHX→MeX+(a/2-b/2)X+aH・・・(1)
Me3++3HX→MeX+1/2X+3H・・・(2)
【0034】
測定試料に含まれる遷移金属元素が酸化数として3種以上の形態を取り得る場合、例えばクロムやマンガンでは、最も酸化数の低い形態は反応せず、それよりも酸化数の高い2種以上の形態が上記反応を示す。例えばクロムの場合、酸化数が3のクロムは安定な形態で存在し、酸化数が6のクロムは上記反応により単体ハロゲンを遊離させる。また、マンガンの場合、酸化数が2のマンガンは安定な形態で存在し、酸化数が4および7のマンガンは上記反応により単体ハロゲンを遊離させる。
【0035】
また、遊離した単体ハロゲンは、強酸酸性下において反応溶液に溶存するチオン酸類(チオ硫酸イオン)と下記式(3)に示す酸化還元反応を示す。
2S +X→2X+S 2-・・・(3)
【0036】
このように、反応溶液においては、ハロゲン化水素酸により遊離された単体ハロゲン(X)を、反応溶液に溶存させたチオン酸類(S )により捕集することができる。この反応においては、測定試料に含まれる高酸化数形態で存在する遷移金属元素の含有量に応じて、チオン酸類が定量的に消費されることになる。反応溶液には、測定試料における遷移金属元素のうち低酸化数のもの、遷移金属元素のハロゲン化物、反応しきれずに残存するハロゲン化水素酸やチオン酸類などが含まれる。
【0037】
なお、測定試料、溶媒、ハロゲン化水素酸およびチオン酸類は同時に混合してもよいが、測定試料、溶媒およびチオン酸類を予め混合した後にハロゲン化水素酸を添加して混合することが好ましい。この場合、ハロゲン化水素酸の添加により測定試料が溶解し単体ハロゲンが遊離するときに、この単体ハロゲンを溶媒に溶存するチオン酸類により速やかに、かつ効率的に捕集することが可能となる。
【0038】
また、ハロゲン化水素酸およびチオン酸類の添加量は上記反応に要する量よりも多く、過剰量とするとよい。
【0039】
(第1定量工程)
続いて、上記式(1)および(3)の反応が完了した後、得られる反応溶液に含まれ、上記式(3)で反応せずに残存するチオン酸類の含有量を定量する。この含有量に基づいて、測定試料に含まれる遷移金属元素のうち、高酸化数形態で存在する遷移金属元素の含有量を定量する。
【0040】
残存するチオン酸類の定量方法としては、特に限定されないが、例えば、間接ヨウ素法や直接ヨウ素法、過マンガン酸カリウム(IV)や二クロム酸カリウムなどを用いた滴定法などを用いることができる。この中でも、定量を精度よく、かつ容易に行う観点からは、間接ヨウ素法が好ましい。直接ヨウ素法では、操作中に滴下液となるヨウ素が揮散することがあるので、ヨウ素が揮散しないような操作雰囲気に制御する必要がある。また、過マンガン酸カリウム(IV)などを用いた滴定法では、反応溶液に鉄および塩化水素が含まれ共存する場合には、滴定液としてチンメルマン-ライトハルト溶液を用いる必要があり、反応溶液によっては特定の滴定液を選択する必要がある。これに対して、間接ヨウ素法では、強い酸化剤による酸化反応により、溶液中で揮散しやすいヨウ素を定量的に遊離させることができる。しかも、遊離させたヨウ素は、既に存在するチオ硫酸ナトリウムで速やかに消費できるので、定量誤差を抑制することができる。つまり、間接ヨウ素法では、直接ヨウ素法などと比較して、雰囲気条件や反応溶液の制限がなく、定量を容易かつ精度よく行うことができる。
【0041】
間接ヨウ素法では、具体的には、まず、反応溶液にヨウ化カリウムを添加して溶解させて、滴定液を滴下し、電位差滴定を行う。滴定液としては、ヨウ素酸カリウム溶液やヨウ化カリウム溶液など公知の滴定液を用いることができる。この中でも、滴定液としては、ヨウ素酸カリウム溶液が好ましい。ヨウ化カリウム溶液では、滴定の際に意図しない反応が生じることがあり、定量精度を損ねることがある。この点、ヨウ素酸カリウム溶液によれば、意図しない反応を抑制し、定量精度を高く維持することができる。ヨウ素酸カリウム溶液を用いたときの反応は下記式(4)および(5)となる。これにより、反応溶液に残存するチオン酸類を定量する。
KIO+5KI+6HX→6KX+3HO+3I・・・(4)
2S 2-+I→2NaI+S 2-・・・(5)
【0042】
そして、残存するチオン酸類の量に基づいて、測定試料に含まれる遷移金属元素のうち、高酸化数形態で存在する遷移金属元素の含有量を求める。具体的には、添加したチオン酸類の量から、残存するチオン酸類の量を差し引くことにより、上記式(3)の反応において消費されたチオン酸類の量を求める。消費されたチオン酸類の量は、遊離した単体ハロゲンの量に対応しており、この遊離した単体ハロゲンの量と上記式(1)に基づいて、測定試料において、高酸化数形態で存在する遷移金属元素の含有量を求めることができる。
【0043】
なお、ここで定量される高酸化数形態で存在する遷移金属元素の含有量は、遷移金属元素が2種類の酸化数を取る場合であれば、そのうちの高酸化数の形態の含有量を示す。また、遷移金属元素が3種類以上の酸化数を取る場合であれば、最も低い酸化数の除いた2種類以上の高酸化数形態の含有量の合計を示す。
【0044】
(第2定量工程)
上述した第1定量工程では、測定試料に含まれる遷移金属元素のうち、高酸化数形態で存在するもののみを定量したが、第2定量工程では、測定試料に含まれる遷移金属元素の総量から、第1定量工程で定量した高酸化数形態で存在する遷移金属元素の含有量を差し引くことにより、低酸化数形態で存在する遷移金属元素の含有量を求めることができる。
【0045】
測定試料に含まれる遷移金属元素の総量は、例えばICP発光分光分析法や原子吸光法、吸光光度法、容量法、重量法などの方法により定量することができる。これらの方法は、要求される定量精度に応じて適宜選択することができ、高い精度、例えば相対標準偏差で0.5%未満の誤差が要求される場合であれば、容量法もしくは重量法を採用するとよい。また、ある程度の精度、例えば、相対標準偏差で約5%程度の誤差が許容される場合であれば、ICP発光分光分析法などを採用するとよい。
【0046】
測定試料に含まれる遷移金属元素の総量は、具体的には、まず、別途準備した同一の測定試料について、鉱酸を利用して分解させて溶液化する。その後、ICP発光分光分析法や原子吸光光度法では、全量フラスコで定容した後に必要であれば希釈操作などで希薄溶液を調製したものを、ICP発光分光分析装置、原子吸光測定装置あるいは吸光光度計などで測定する。容量法では、分解した溶液に酸化還元反応が利用できる形態に変換し、酸化還元滴定に供する。重量法では、例えばキレート剤で捕捉した遷移金属元素をろ別し、回収された試料重量からの換算や、電解重量法などが適用できる。
【0047】
以上により、測定試料に含まれ、複数の酸化数を取り得る遷移金属元素について、酸化数が最も低く安定な形態で存在するものと、高酸化数の形態で存在するものとを分別して、それぞれの含有量を定量することができる。また、それぞれの含有量から各酸化数の構成比率を求め、測定試料に含まれる遷移金属元素の平均酸化数を求めることができる。
【0048】
なお、平均酸化数は、遷移金属元素が2つの酸化数を取る場合であれば、2つの酸化数の平均となる。一方、遷移金属元素が3つ以上の酸化数を取る場合であれば、平均酸化数は、そのうちの最も低い酸化数の形態で存在する遷移金属元素と、最も高い酸化数の形態で存在する遷移金属元素との平均となる。
【0049】
<本実施形態に係る効果>
本実施形態によれば、以下に示す1つ又は複数の効果を奏する。
【0050】
本実施形態では、遷移金属元素を含む測定試料、溶媒、ハロゲン化水素酸およびチオン酸類を混合し、測定試料に含まれる高酸化数の形態で存在する遷移金属元素とハロゲン化水素酸との酸化還元反応により単体ハロゲンを遊離させ、チオン酸類により捕集している。そして、反応溶液に残存するチオン酸類の含有量を定量し、チオン酸類の既知添加量から差し引くことにより、測定試料に含まれる遷移金属元素のうち、高酸化形態で存在する遷移金属元素の含有量を測定することができる。このように、測定試料において、遷移金属元素が異なる酸化数の形態で混在する場合であっても、高酸化数で不安定な形態で存在する遷移金属元素を選択的に酸化還元し、その含有量を簡便な操作により精度よく定量することができる。
【0051】
また、測定試料において、低酸化数および高酸化数の形態で存在する遷移金属元素の総量を定量し、高酸化数形態で存在する遷移金属元素の含有量を差し引くことにより、低酸化数形態で存在する遷移金属元素を定量することができる。また、低酸化数形態と高酸化数形態のそれぞれの含有量によれば、低酸化数形態と高酸化数形態との比率を求め、測定試料における遷移金属元素の平均的な酸化数を求めることができる。
【0052】
また、従来の分別定量方法では、測定試料が、遷移金属元素を含む硫酸塩などであって、酸化還元反応を生じさせない溶媒に可溶な場合に限定されるだけでなく、定量方法によっては含有量について定量可能な範囲が限定されることがあった。この点、本実施形態の定量方法によれば、測定試料として、酸化数が最も低いときに安定となる遷移金属元素を含む遷移金属化合物もしくはその塩であれば、化合物や塩を構成する対イオンの種類が限定されず、より広範な種類を定量することができる。しかも、測定試料に含まれる遷移金属元素を定量できる範囲も、定量時に滴下する酸化剤の濃度や定量器具の容量で適宜調整することができ、特に限定されない。定量可能な範囲としては、例えば0.1mg/L以上、数g/L以下という広範な範囲を選択することができる。
【0053】
反応溶液に残存するチオン酸類の定量方法は間接ヨウ素法を採用することが好ましい。間接ヨウ素法では、例えば電位差滴定をすることにより、滴定の等量点を精度よく判別することができ、定量精度をより向上させることができる。
【0054】
使用するハロゲン化水素酸としては、塩化水素であることが好ましい。塩化水素によれば、取り扱い性がよく、また遷移金属元素の無用な酸化数を変動させないため、定量精度を高く維持することができる。
【0055】
また、調製工程では、まず、測定試料、溶媒およびチオン酸類を混合した後、ハロゲン化水素酸を添加することが好ましい。ハロゲン化水素酸の添加により、高酸化数形態で存在する遷移金属元素の酸化還元反応が進み、単体ハロゲンが生成し始めるため、溶液中にチオン酸類を予め溶存させておくことで、生成する単体ハロゲンをより効率よく捕集することができる。これにより、遷移金属元素をより精度よく定量することができる。
【0056】
<他の実施形態>
以上、本発明の実施形態について説明してきたが、本発明は、上述した実施形態に何等限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々に改変することができる。
【0057】
上述の実施形態では、測定試料に含まれる遷移金属元素が1種類の場合について説明したが、例えば、ニッケルやコバルト、クロム、マンガンなどの遷移金属元素のうち2種類以上を含んでもよい。この場合、2種類以上の遷移金属元素について、高酸化の形態で存在する遷移金属元素の合計の含有量として定量することができる。例えば、遷移金属元素AおよびBの2種類を含む場合、調製工程において、遷移金属元素Aのうち高酸化の形態で存在するものと、遷移金属元素Bのうち高酸化の形態で存在するもののそれぞれについて、酸化還元反応により、単体ハロゲンを遊離させ、これをチオン酸類により捕集することにより、遷移金属元素AおよびBについて高酸化の形態で存在するものの合計の含有量を定量することができる。
【実施例0058】
以下、本発明をさらに詳細な実施例に基づき説明するが、本発明は、これら実施例に限定されない。
【0059】
(実施例1)
実施例1では、図1のフローチャートに示すように、遷移金属元素の価数分別定量を行った。
【0060】
具体的には、測定試料として、最も酸化数が低いときに安定となる遷移金属元素としてニッケルを含むニッケル化合物の混合物を準備した。この混合物には、水酸化ニッケルや硫酸ニッケルなどの、ニッケルの酸化数が2および3となる化合物が含まれている。
【0061】
続いて、測定試料を一定量秤量した後に、純水100mLを添加し、さらにチオン酸類として、あらかじめ0.1mol/Lとなるように調製したチオ硫酸ナトリウム溶液を過剰量となるように20mL分液し、混合液を調製した。なお、チオ硫酸ナトリウム溶液は、チオ硫酸ナトリウムの濃度が2mmolとなるように添加した。
【0062】
続いて、混合液に、反応開始剤として、ハロゲン化水素酸である塩化水素を含む塩酸(1+1)を5mL程度添加した。添加後、数分間穏やかに攪拌させ、測定試料を溶解させると同時に、測定試料において高酸化数の形態で存在する遷移金属元素を含む遷移金属化合物もしくはその塩との反応を進行させた。この反応が完了した後、反応溶液を得た。
【0063】
上記反応溶液の調製での反応は以下のとおりである。
Ni3++3HCl→NiCl+1/2Cl+3H・・・(6)
2S +Cl→2Cl+S 2-・・・(7)
【0064】
続いて、得られた反応溶液にヨウ化カリウム3gを溶解させた後に、1/60mol/Lのヨウ素酸カリウム溶液を自動滴定装置の滴下液として使用し、銀/酸化銀電極を用いた電位差滴定を実施した。
【0065】
電位差滴定での反応は以下のとおりである。
KIO+5KI+6HCl→6KCl+3HO+3I・・・(8)
2S 2-+I→2NaI+S 2-・・・(9)
【0066】
電位差滴定により、反応溶液に残存するチオン酸類の含有量が1.5mmolであることが確認された。このことから、上記式(7)で単体ハロゲン(Cl)との反応で消費されたチオン酸類の量が0.72mmolであり、上記式(6)で反応した、高酸化数形態で存在するニッケルの含有量が0.72mmolであることが確認された。なお、ここでは、ニッケルの高酸化数の形態は3価とした。
【0067】
一方、測定試料に含まれるニッケルの総量、つまり2価のニッケルと3価のニッケルの合計の含有量を、ICP発光分光分析により求めたところ、52wt%であった。ニッケルの総量から、3価のニッケルの含有量を差し引き、2価のニッケルの含有量を求めたところ、18wt%であることが確認された。
【0068】
以上の結果から、測定試料における、低酸化数の形態である2価のニッケルと、高酸化数の形態である3価のニッケルとの構成比率は、下記表1であることが確認された。また、これらの比率から、測定試料におけるニッケルの平均酸化数を求めたところ、2.66であることが確認された。
【0069】
(実施例2)
実施例2では、実施例1の試料から、水に溶解性を示すニッケルを除去した試料を用いて、同様に評価した。高酸化数の形態である3価のニッケルとの構成比率は、下記表1であることが確認され、これらの比率から、測定試料におけるニッケルの平均酸化数を求めたところ、2.73であることが確認された。
【0070】
(実施例3)
実施例3では、標準物質として、水溶性ニッケル化合物である硫酸ニッケル六水和物(NiSO・6HO)を用いて実施例1と同様に評価した。実施例3では、高酸化数の形態である3価のニッケル化合物は検出されなかった。
【0071】
(実施例4)
実施例4では、標準物質として、酸可溶性ニッケル化合物として水酸化ニッケル(Ni(OH))を用いて実施例1と同様に評価した。実施例4では、高酸化数の形態である3価のニッケル化合物は検出されなかった。
【0072】
(実施例5)
実施例5では、3価の標準物質として、オキシ水酸化ニッケル(NiOOH)を用いて実施例1と同様に評価した。測定試料におけるニッケルの平均酸化数を求めたところ、2.96であることが確認された。
【0073】
【表1】
【0074】
以上説明したように、測定試料に含まれる高酸化数の形態で存在する遷移金属元素を選択的に酸化還元させて、その反応に伴って遊離する単体ハロゲンをチオン酸類で捕集し、チオン酸類の消費量から高酸化数の形態で存在する遷移金属元素の含有量を定量することができる。
図1