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特開2023-61076超伝導転移端センサ装置及び光子数識別器
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023061076
(43)【公開日】2023-05-01
(54)【発明の名称】超伝導転移端センサ装置及び光子数識別器
(51)【国際特許分類】
   G01J 1/02 20060101AFI20230424BHJP
   H10N 60/12 20230101ALI20230424BHJP
   H10N 60/00 20230101ALI20230424BHJP
【FI】
G01J1/02 R
H01L39/22 D
H01L39/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021170846
(22)【出願日】2021-10-19
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、ムーンショット型研究開発事業(Moonshot)「誤り耐性型大規模汎用光量子コンピューターの研究開発」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100120134
【弁理士】
【氏名又は名称】大森 規雄
(74)【代理人】
【識別番号】100187964
【弁理士】
【氏名又は名称】新井 剛
(72)【発明者】
【氏名】三津谷 有貴
(72)【発明者】
【氏名】高橋 浩之
【テーマコード(参考)】
2G065
4M113
【Fターム(参考)】
2G065AA04
2G065BA01
2G065BA31
2G065BC17
4M113AC08
4M113AC24
4M113AC41
4M113CA12
4M113CA13
(57)【要約】
【課題】高い応答速度及びそれによる高い計数率を実現する簡素な構成の超伝導転移端センサ装置を提供する。
【解決手段】超伝導転移端センサ装置1は、両端にバイアス電圧が印加されるとともに外部からの熱エネルギーの入力に応じて抵抗値Rを変化させる超伝導転移端センサ2と、抵抗値Rの変化に基づく超伝導転移端センサ2のセンサ電流の変化を検出するセンサ信号アンプ回路3と、センサ電流の減少がセンサ信号アンプ回路3によって検出される毎に、センサ電流の減少に応じてバイアス電圧を低下させる動的電熱フィードバック回路4と、を備える。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
超伝導転移端センサ装置(1)であって、
両端にバイアス電圧が印加されるとともに、外部からの熱エネルギーの入力に応じて抵抗値を変化させる超伝導転移端センサ(2)と、
前記抵抗値の変化に基づく前記超伝導転移端センサのセンサ電流の変化を検出するセンサ信号アンプ回路(3)と、
前記センサ電流の減少が前記センサ信号アンプ回路によって検出される毎に、前記センサ電流の減少に応じて前記バイアス電圧を低下させる動的電熱フィードバック回路(4)と、
を備える前記超伝導転移端センサ装置。
【請求項2】
前記超伝導転移端センサ(2)は、第1の電極(21)及び第2の電極(22)を有し、前記第1の電極に定電圧が印加されるとともに外部からの熱エネルギーの入力に応じて前記第1の電極と前記第2の電極との間の前記抵抗値を変化させるように構成され、
前記センサ信号アンプ回路(3)は、前記第2の電極から流れる前記センサ電流を検出するコイル(31)、及び前記コイルの電流の変化を反転増幅して出力するSQUIDアンプ(32)を含み、
前記動的電熱フィードバック回路(4)は、前記SQUIDアンプの出力の増加に応じて前記第2の電極の電圧を上昇させるように構成されている、請求項1に記載の超伝導転移端センサ装置。
【請求項3】
前記超伝導転移端センサ(2)は、基板(20)、前記基板上に形成された一対の電極(21、22)、及び前記一対の電極の間に電気的に接続されるとともに外部からの熱エネルギーの吸熱に起因する温度を前記抵抗値に変換するTES薄膜部(23)を備え、
前記TES薄膜部は、平面視において少なくとも1つの開口(23s、23h)を有する、請求項1に記載の超伝導転移端センサ装置。
【請求項4】
前記開口はスリット(23s)であり、
前記TES薄膜部は、前記電極の延在方向に配列された複数のTES薄膜領域(23t)からなり、
前記複数のTES薄膜領域は、前記スリット(23s)を介して相互に離間されている、請求項3に記載の超伝導転移端センサ装置。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載の超伝導転移端センサ装置と、
前記センサ信号アンプ回路の出力電圧の変化を計数するカウンタ部(5)と、
を備え、
前記超伝導転移端センサ(2)は、外部からの熱エネルギーの入力として光子が入射されるように構成されている、光子数識別器(10)。
【請求項6】
両端にバイアス電圧が印加されるとともに、外部からの熱エネルギーの入力に応じて抵抗値を変化させる超伝導転移端センサ(2)であって、
基板(20)と、
前記基板上に形成された一対の電極(21、22)と、
前記一対の電極の間に電気的に接続されるとともに外部からの熱エネルギーの吸熱に起因する温度を前記抵抗値に変換するTES薄膜部(23)と
を備え、
前記TES薄膜部は、平面視において少なくとも1つの開口(23s、23h)を有する、超伝導転移端センサ。
【請求項7】
前記開口はスリット(23s)であり、
前記TES薄膜部は、前記電極の延在方向に配列された複数のTES薄膜領域(23t)からなり、
前記複数のTES薄膜領域は、前記スリット(23s)を介して相互に離間されている、請求項6に記載の超伝導転移端センサ。



【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超伝導転移端センサ装置及びそれを用いた光子数識別器に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1は、放射線のエネルギーを熱に変換し、それに伴う温度変化を電気信号として読み出すカロリメータを開示する。このカロリメータは、放射線のエネルギーを吸収し熱に変換する吸収体と、その吸収体の温度を計測するための温度変換器と、一定温度に保持されている熱槽との間の熱コンダクタンスを有し、吸収体の温度を制御するための抵抗体を備える。
【0003】
特許文献2は、外部からの輻射熱又は磁場による出力信号波高値の変動をサンプル測定しながら補正可能な超伝導放射線分析装置を開示する。この超伝導放射線分析装置は、放射線のエネルギーを温度変化として検出するマイクロカロリメータと、マイクロカロリメータより低抵抗のシャント抵抗と、マイクロカロリメータに定電圧を印加するバイアス電源と、マイクロカロリメータに一定の熱量を付加させるための熱付加装置と、マイクロカロリメータに流れる電流を検出する信号検出機構と、熱付加装置からの熱量付加に同期して、信号検出機構からの出力信号のうち付加した熱量に対応する波高値を測定する波高値モニタと、波高値モニタからの出力に基づいて熱付加装置からの熱量に対応するように波高値を補正するエネルギー補正装置と、を備える。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第4667614号公報
【特許文献2】特許第5026006号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
例えばカロリメータ(超伝導転移端センサ)を用いて熱エネルギーの入力を計数する構成では、短い入力間隔の熱エネルギーに対しても計数率を向上するために、センサ応答速度の増加が望まれる。特許文献1の構成は、計数率を向上するためにセンサの温度を制御して、センサ動作の時定数を減少させるものである。しかし、同文献の構成では、カロリメータの素子自体に追加の抵抗体及びその配線を付加した複雑な構成とする必要があるため、その製造プロセスが複雑化してしまうことや、複雑な構成を採用することが応答速度の増加の点でも好ましくないこと等の問題がある。また、特許文献2の構成は、信号検出機構の出力信号の波高値に応じて、カロリメータに加えられるエネルギーを補正するものであるため、計数率の向上に寄与することはできない。
【0006】
以上に鑑み、簡素な構成により、熱エネルギーの入力に対するセンサ応答速度を増加させ、それにより高周波数化する熱エネルギーの入力に対して計数率を向上する技術は、未だ提案されていない。
【0007】
そこで、本発明は、高い応答速度及びそれによる高い計数率を実現する簡素な構成の超伝導転移端センサ装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明には以下の態様が含まれる。
〔態様1〕
超伝導転移端センサ装置(1)であって、
両端にバイアス電圧が印加されるとともに、外部からの熱エネルギーの入力に応じて抵抗値を変化させる超伝導転移端センサ(2)と、
前記抵抗値の変化に基づく前記超伝導転移端センサのセンサ電流の変化を検出するセンサ信号アンプ回路(3)と、
前記センサ電流の減少が前記センサ信号アンプ回路によって検出される毎に、前記センサ電流の減少に応じて前記バイアス電圧を低下させる動的電熱フィードバック回路(4)と、
を備える前記超伝導転移端センサ装置。
〔態様2〕
前記超伝導転移端センサ(2)は、第1の電極(21)及び第2の電極(22)を有し、前記第1の電極に定電圧が印加されるとともに外部からの熱エネルギーの入力に応じて前記第1の電極と前記第2の電極との間の前記抵抗値を変化させるように構成され、
前記センサ信号アンプ回路(3)は、前記第2の電極から流れる前記センサ電流を検出するコイル(31)、及び前記コイルの電流の変化を反転増幅して出力するSQUIDアンプ(32)を含み、
前記動的電熱フィードバック回路(4)は、前記SQUIDアンプの出力の増加に応じて前記第2の電極の電圧を上昇させるように構成されている、態様1に記載の超伝導転移端センサ装置。
〔態様3〕
前記超伝導転移端センサ(2)は、基板(20)、前記基板上に形成された一対の電極(21、22)、及び前記一対の電極の間に電気的に接続されるとともに外部からの熱エネルギーの吸熱に起因する温度を前記抵抗値に変換するTES薄膜部(23)を備え、
前記TES薄膜部は、平面視において少なくとも1つの開口(23s、23h)を有する、態様1に記載の超伝導転移端センサ装置。
〔態様4〕
前記開口はスリット(23s)であり、
前記TES薄膜部は、前記電極の延在方向に配列された複数のTES薄膜領域(23t)からなり、
前記複数のTES薄膜領域は、前記スリット(23s)を介して相互に離間されている、態様3に記載の超伝導転移端センサ装置。
〔態様5〕
態様1~4のいずれか一項に記載の超伝導転移端センサ装置と、
前記センサ信号アンプ回路の出力電圧の変化を計数するカウンタ部(5)と、
を備え、
前記超伝導転移端センサ(2)は、外部からの熱エネルギーの入力として光子が入射されるように構成されている、光子数識別器(10)。
〔態様6〕
両端にバイアス電圧が印加されるとともに、外部からの熱エネルギーの入力に応じて抵抗値を変化させる超伝導転移端センサ(2)であって、
基板(20)と、
前記基板上に形成された一対の電極(21、22)と、
前記一対の電極の間に電気的に接続されるとともに外部からの熱エネルギーの吸熱に起因する温度を前記抵抗値に変換するTES薄膜部(23)と
を備え、
前記TES薄膜部は、平面視において少なくとも1つの開口(23s、23h)を有する、超伝導転移端センサ。
〔態様7〕
前記開口はスリット(23s)であり、
前記TES薄膜部は、前記電極の延在方向に配列された複数のTES薄膜領域(23t)からなり、
前記複数のTES薄膜領域は、前記スリット(23s)を介して相互に離間されている、態様6に記載の超伝導転移端センサ。
【発明の効果】
【0009】
本発明によると、高い応答速度及びそれによる高い計数率を実現する簡素な構成の超伝導転移端センサ装置及びそれを用いる光子数識別器が実現される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の第1実施形態による超伝導転移端センサ装置を示す回路図である。
図2】超伝導転移端センサの動作原理を説明する図である。
図3】超伝導転移端センサ装置に関するシミュレーション結果を示す図である。
図4】本発明の第2実施形態による超伝導転移端センサの構造を示す概略平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[第1実施形態]
図1に、本発明の第1実施形態に係る超伝導転移端センサ装置1の構成図を示す。超伝導転移端センサ装置1は、超伝導転移端センサ2(以下「センサ2」ともいう。)、センサ信号アンプ回路3及び動的電熱フィードバック回路4を備える。例えば、本実施形態の超伝導転移端センサ装置1は、カウンタ部5とともに、センサ2に入射する光子数を光子単位でカウントする光子数識別器10を構成する。
【0012】
センサ2は、いわゆるカロリメータである。センサ2は電極21及び22を有し、電極21は定電圧源6に接続され、電極22はセンサ信号アンプ回路3の入力端と動的電熱フィードバック回路4の一端との間に接続される。
【0013】
センサ2は、超伝導特性を示す材料であればどのような材料を用いてもよく、また熱容量を低減するために薄膜状(厚さ:数nm~数百μm)にすると好ましい。センサ2の材料は、例えば、イリジウム、チタン、タングステン、ニオブ、モリブデン、カドミウム、亜鉛、アルミニウム、スズ、鉛、水銀、若しくはタリウムなどの超伝導を示す元素や、ニオブチタン合金、ニオブスズ、2ホウ化マグネシウム、又は銅酸化物高温超伝導体等であるが、これらに限定されない。また、センサ2の材料に応じて、超伝導転移端センサ装置1は、超伝導転移温度付近に冷却する冷却機構(不図示)を備えるようにしてもよい。
【0014】
電極21と電極22の間のセンサ部分はTES(Transition Edge Sensor)からなり、ここでは、説明の便宜上、等価的に可変抵抗として説明する場合もある。この可変抵抗の抵抗値Rは、温度の上昇に対して単調的に増加する。すなわち、光子がセンサ2に入射すると、それが熱的な入力となり、抵抗値Rが急上昇する。したがって、センサ2の両電極間のバイアス電圧が一定であると仮定すると、光子の入射に伴う抵抗値Rの増加によってセンサ2に流れるセンサ電流は減少する。
【0015】
センサ信号アンプ回路3は、コイル31、SQUID素子32及び増幅器33を含む。なお、SQUID素子32及び増幅器33をまとめて「SQUIDアンプ」ともいう。コイル31は、センサ2の電極22と定電圧源6(マイナス極)の間に接続され、すなわち、センサ2に直列接続される。SQUID素子32は、コイル31に電磁的に結合され、例えば、2つのジョセフソン結合を含むリングからなり、コイル31に電流(磁場)が発生すると電流を発生させる。SQUID素子32の両端は、増幅器33(オペアンプ)の入力端子にそれぞれ接続される。増幅器33は、SQUID素子32に発生する電圧を増幅して出力する。具体的には、コイル31の電流(センサ電流)が減少すると、増幅器33の出力電圧は増加するように構成される(すなわち、SQUIDアンプ全体として反転増幅回路が構成される)。
【0016】
動的電熱フィードバック回路4は、抵抗41、43及びコンデンサ42の直列回路を含み、センサ信号アンプ回路3との関係で負帰還回路を構成する。抵抗43の一端はグランド(接地)に接続されている。この直列回路は、センサ信号アンプ回路3の出力端(増幅器33の出力端子)と、センサ2の出力端(電極22)及びセンサ信号アンプ回路3の入力端(コイル31)の接続ノードとの間に接続される。なお、説明の便宜上、センサ2(電極22)、センサ信号アンプ回路3(コイル31)及び動的電熱フィードバック回路4の接続ノードをノードNfbという。また、抵抗43は省略してもよい。
【0017】
動的電熱フィードバック回路4は、センサ信号アンプ回路3の入力端と出力端の間に流れる帰還電流を調整する。具体的には、センサ信号アンプ回路3においてコイル31の電流が減少すると増幅器33の出力電圧が上昇し、動的電熱フィードバック回路4はノードNfbの電圧を上昇させることになる。なお、抵抗41及びコンデンサ42の値は、この動的フィードバック系の応答特性などを考慮して適宜決定される。また、動的電熱フィードバック回路4は、所望の応答特性を有するインピーダンス回路であればよく、例えば、抵抗のみ、コンデンサのみ、又は抵抗とコンデンサの並列回路などであってもよい。
【0018】
カウンタ部5は、センサ信号アンプ回路3の出力端(増幅器33の出力端子)に接続され、増幅器33の出力の変化を検出及び計数する。カウンタ部5は、光子がセンサ2に入射してコイル31の電流(センサ電流)が減少した際の増幅器33の出力電圧の上昇を計数する。したがって、この計数値が、光子の入射回数又は入射個数に対応する。
【0019】
ここで、図2を参照して、センサ2の動作原理を説明する。図2は、(a)センサ2への光子入射直前、(d)センサ2への光子入射直後、(c)センサ2の放熱時及び(d)センサ2の回復後について、センサ温度T(上段:温度)、センサ温度Tと抵抗値Rの関係(中段:バイアスポイント)及び経過時間tとセンサ電流Iの関係(下段:信号(電流))を示す。
【0020】
なお、本説明におけるセンサ温度T、センサ電流I及び抵抗値Rとは、それぞれ、センサ2を構成するTESの平均温度、平均電流及び平均抵抗値をいうものとする。各図上段に示すセンサ温度Tについて、濃い色ほど温度が高いことを示す。各図中段に示すセンサ温度Tと抵抗値Rの関係について、臨界温度Tcの低温側の超伝導領域では抵抗値Rが低く、臨界温度Tcの高温側の常伝導領域では抵抗値Rが高く、臨界温度Tc付近では抵抗値Rの変化が急峻となる。なお、センサ2の具体的構成については後述する。
【0021】
図2(a)に示すように、光子がセンサ2に入射する直前において、センサ2は定常状態(低温)にあり、抵抗値Rは低く、センサ電流Iはi0である。図2(b)に示すように、光子がセンサ2(中央部)に入射した直後に、入射した光子のエネルギーに応じたジュール熱が発生し、これによりセンサ温度Tが上昇する。センサ温度Tの上昇に伴い、抵抗値Rが急峻に上昇し、センサ電流Iが急峻にi1まで減少する。図2(c)に示すように、上記ジュール熱が放出により減少すると、センサ温度Tが低下することに伴い、抵抗値Rが低下し、センサ電流Iが増加し始める。図2(d)に示すように、ジュール熱の放出が実質的に終了すると、センサ温度Tは図2(a)の定常状態に戻り、抵抗値Rも定常状態に戻り、センサ電流Iも電流i0に戻る。
【0022】
ここで、動的電熱フィードバック回路4を用いずにTESにかかるバイアス電圧が一定である構成(静的電熱フィードバックという。)では、図2(c)の過程は、専らTESの自然放熱の影響及び一定のバイアス電圧下での抵抗値Rの変化による電流減少の影響に依存する。したがって、このような静的電熱フィードバックでは、図2(b)の状態から図2(d)の状態に到達する時間は、動的電熱フィードバック回路4を用いた構成に比べると短縮されない。
【0023】
一方、本実施形態の超伝導転移端センサ装置1では、動的電熱フィードバック回路4によってバイアス電圧が制御可能であり、図2(b)から図2(d)の過程を積極的又は動的に制御することができる。具体的には、図2(b)の光子入射直後に、動的電熱フィードバック回路4はその帰還動作によってノードNfbの電位を上昇させ、これにより、センサ2に印加されるバイアス電圧が低下する。TESのジュール発熱量は、バイアス電圧の二乗に比例するため、ノードNfbの電位の上昇によって、センサ電流Iの下降値i1は静的電熱フィードバック(即ち、動的電熱フィードバック回路4を用いない構成)の場合と比べて一層低下することになる。この一層低下したセンサ電流Iに起因して、図2(c)におけるジュール熱の放出が促進される。すなわち、積極的又は動的な制御によるジュール熱の減少が、(ジュール熱の減少に伴うセンサ温度T及び抵抗値Rの低下による)センサ電流Iの増加に起因するジュール熱の増加要因に大きく阻害されることなく、定常状態への回復が進行する。したがって、図2(b)の状態から図2(d)の状態に到達する時間は、静的電熱フィードバックの場合と比べて短縮される。
【0024】
このように、本実施形態の超伝導転移端センサ装置1では、動的電熱フィードバック回路4を用いた動的電熱フィードバックによって、センサ2(TES)における応答速度が高まる。
【0025】
[シミュレーションによる検証]
ここで、本実施形態の超伝導転移端センサ装置1に係る動的電熱フィードバックの機構による応答速度の増加について、数値シミュレーションによって検証した。なお、このシミュレーションは例示であり、本実施形態の超伝導転移端センサ装置1は、このシミュレーションで用いた構成に限定されない。
【0026】
本数値シミュレーションでは、有限差分法を用いた熱電気連成計算を行った。この計算では、光検出に最適化された8μm角のイリジウム薄膜からなるセンサ2(TES)を模擬して計算を行った。8μm角のTESを40×40のメッシュに分割して計算を行った。シミュレーションの各時間ステップにおいては、まず(1)電流密度分布を計算し、その後(2)熱計算によるTESの温度変化を計算し、その後(3)物性値の更新、を行った。
【0027】
各メッシュにおいて、まず(1)の電流密度の計算を実施した。電流密度の計算のためにはTES中の電位分布を求める必要がある。境界条件として、イリジウム薄膜の両端部(電極部)にはφ=5μV及び0μVの電位を設定した。キルヒホッフの電流則より、TES中のメッシュの1点(i,j)に流れ込む電流の総和は0となる。したがって、周囲4点(i+1,j)、(i-1,j)、(i,j+1)、(i,j-1)からの電流の流入量の総和が0となるため、以下の式が成り立つ。
【0028】
【数1】
【0029】
ここで、各φはそのメッシュ点での電位を表す。また、R1は点(i+1,j)と(i,j)の平均抵抗値、R2は点(i-1,j)と(i,j)の平均抵抗値、R3は点(i,j+1)と(i,j)の平均抵抗値、R4は点(i,j-1)と(i,j)の平均抵抗値を表す。TESのメッシュ分割数をN(今回の場合はN=40×40=1600)とすれば、N点について上式が成り立つため、N元の連立方程式を立式することができる。この連立方程式を反復解法によって解き、収束した値をTESの電位分布とした。電位分布が求まれば、メッシュの各点を流れる電流は、各メッシュ点の電位差を各メッシュ間の平均抵抗値で割ることによって求めることができる。すなわち、これによって電流密度分布を計算できる。
【0030】
電流密度分布計算の後、(2)熱計算による温度変化を計算した。熱計算では、TES内の熱伝導、TESから熱浴であるシリコンウェハへの熱伝達、及びTESに流れるバイアス電流(センサ電流)によるジュール発熱を計算した。これは、以下のような熱方程式によって表すことができる。
【0031】
【数2】
【0032】
ここでαは熱拡散率、KはTESから熱浴への熱輸送パラメータ、Cは熱容量、Pはジュール発熱、nは熱輸送のべき乗則の指数であり本計算ではn=5を用いた。を表す。この方程式を差分化し、メッシュの各点についてこの方程式を計算し、単位時間当たりの温度変化を計算した。
【0033】
上記の電流密度分布計算と熱計算の結果より、各時間ステップについてTES内での温度分布が求められる。この温度分布を用いて(3)物性値の更新を行った。ここでは、まず、メッシュの各点においてイリジウム薄膜の超伝導転移温度を比較することによって、メッシュの各点における超伝導・常伝導の判定を行った。その結果より、メッシュの各点において各種の物性値(電気抵抗率、熱容量、熱伝導率)を更新した。
【0034】
初期状態から、各時間ステップについて(1)電流密度分布計算、(2)熱計算による温度分布計算、及び(3)物性値の更新の計算を繰り返し実施すると、ある時間ステップ後にTESが定常状態に収束した状態となる。その後、光子入射によるエネルギーをTESの中心に投入し、その後のバイアス電流の時間変化を信号値として計測した。
【0035】
従来の静的電熱フィードバックについても、上記と同様の数値シミュレーションを行った。静的電熱フィードバック及び動的電熱フィードバックについての数値シミュレーションの比較結果を図3に示す。図3において、横軸は時間、縦軸はバイアス電流(センサ電流)を示す。
【0036】
線301は静的電熱フィードバック(比較例)についての計算結果を示し、線302及び303は動的電熱フィードバック(本発明の例)についての計算結果を示す。線302(フィードバック係数=2.0)と線303(フィードバック係数=3.0)とは、異なるフィードバック係数(SQUID素子32、抵抗41、コンデンサ42などのパラメータ)に対する結果である。なお、投入外部エネルギーは1.0eVである。
【0037】
図3に示すように、線301の静的電熱フィードバックでは、エネルギー投入時(光子入射時(横軸1.0μsのとき))にセンサ電流が1.10μAから約1.06μAまで減少し、その後1.10μAに戻るまでに約1.0μsを要した。一方、線302の動的電熱フィードバックでは、光子入射時にセンサ電流が1.10μAから約1.03μAまで減少し、その後1.10μAに戻るまでに約0.4μsしか要さなかった。すなわち、この場合の回復時間は、線301の場合と比べて約60%短縮された。さらに、線303の動的電熱フィードバックでは、光子入射時にセンサ電流が1.10μAから約0.995μAまで減少し、その後1.10μAに戻るまでに約0.3μsしか要さなかった。すなわち、この場合の回復時間は、線301の場合と比べて約70%短縮された。
【0038】
上記結果から分かるように、従来の静的電熱フィードバックでは定電圧バイアス(端部の境界条件の電位が固定)による動作が行われる。一方、本実施形態の動的電熱フィードバックの計算では、TESの信号出力に応じた電圧変化をバイアス電極にフィードバックし、TESのバイアス電圧を動的に変化させている。すなわち、光入力による信号が生じた際に、その信号値に応じて、急速にTESの両端にかかるバイアス電圧を動的に低下させている。その結果として、TESに流れるバイアス電流はさらに減少し、ジュール発熱が急速に低下する。このことによって出力信号の波高値の増加と高速減衰の両方が実現される。この波高値の増加は信号雑音比(S/N比)の向上に寄与し、高速減衰は応答速度及び計数率の増加に寄与する。
【0039】
以上のように、本実施形態の超伝導転移端センサ装置1は、両端にバイアス電圧が印加されるとともに外部からの熱エネルギーの入力に応じて抵抗値Rを変化させる超伝導転移端センサ2と、抵抗値Rの変化に基づく超伝導転移端センサ2のセンサ電流の変化を検出するセンサ信号アンプ回路3と、センサ電流の減少がセンサ信号アンプ回路3によって検出される毎に、センサ電流の減少に応じてバイアス電圧を瞬時的に低下させる動的電熱フィードバック回路4とを備える。
【0040】
このように、外部からの熱エネルギーの入力(本実施形態では、光子の入射)に起因してセンサ電流の減少がセンサ信号アンプ回路3によって検出される毎に、動的電熱フィードバック回路4はバイアス電圧を瞬時的に低下させる。そのため、熱エネルギーの入力直後のセンサ2からのジュール熱の放出が促進され、その放出の所要時間が短縮化される。すなわち、動的電熱フィードバック回路4をセンサ2とセンサ信号アンプ回路3の間に付加するだけで、外部からの熱エネルギーの入力に対する応答速度が向上し、それにより入力間隔(入射間隔)の短い熱エネルギーの入力に対して計数率が向上する。したがって、高い応答速度及びそれによる高い計数率を実現する簡素な構成の超伝導転移端センサ装置1が実現される。また、同時に、熱エネルギーの入力時におけるセンサ電流の低下幅が増大するので、センサ信号の信号雑音比が向上するという効果も得られる。
【0041】
ここで、超伝導転移端センサ2は、電極21(第1の電極)及び電極22(第2の電極)を有し、電極21に定電圧が印加されるとともに外部からの熱エネルギーの入力に応じて電極21と電極22との間の抵抗値Rを変化させるように構成される。センサ信号アンプ回路3は、電極22から流れるセンサ電流を検出するコイル31及びコイル31の電流の変化を反転増幅して出力するSQUIDアンプ(32、33)を含む。動的電熱フィードバック回路4は、SQUIDアンプの出力の増加に応じて電極22の電圧を瞬時的に上昇させるように構成される。このように、定電圧源6側(低インピーダンス側)の電極21の電位ではなくセンサ2の下流側(高インピーダンス側)の電極22の電位を変化させてバイアス電圧を制御する構成により、高い制御性及び応答性が担保される。
【0042】
また、本実施形態の光子数識別器は、超伝導転移端センサ装置1と、センサ信号アンプ回路3の出力電圧の変化を計数するカウンタ部5とを備え、超伝導転移端センサ2は、外部からの熱エネルギーの入力として光子が入射されるように構成される。これにより、上記効果を奏する光子数識別器が実現される。
【0043】
[第2実施形態]
上記第1実施形態では、動的電熱フィードバックの構成によってジュール熱の放出を高速化する構成を示したが、本実施形態ではセンサ2の構成によってもジュール熱の放出を高速化する構成を示す。なお、本実施形態において、第1実施形態の構成要素と同じ構成要素には同一の符号を付し、重複する説明は省略する。
【0044】
図4(a)に、第2実施形態に係る超伝導転移端センサ装置1のセンサ2の構造についての概略平面図を示す。
【0045】
センサ2は、電極21及び22並びにTES薄膜部23を備え、これらは基板20上に形成される。基板20は、例えば熱浴として作用するシリコンウェハである。電極21から定電圧源6への配線及び電極22からノードNfbへの配線等は不図示である。
【0046】
TES薄膜部23は、電極21及び22に電気的に接続され、その間で上記の抵抗値Rを有する。TES薄膜部23の材料は、例えばイリジウム、タングステン、チタンなどの超伝導特性のある材料であるが、これに限定されない。また、TES薄膜部23は、熱容量を低下させるために、厚さが数nm~数百μm、好ましくは数十nm~数百μmの薄膜であることが好ましい。電極21及び22並びにTES薄膜部23は、例えばフォトリソグラフィ技術を用いて形成できる。
【0047】
TES薄膜部23は、複数のTES薄膜領域23tからなり、複数のTES薄膜領域23tには相互間にスリット23sが介在する。本実施形態では、このように、TES薄膜部23が分割及び分離されたスリット構成が採用される。スリット23sは、空間(空気)であってもよいし、絶縁物質(ポリオレフィン等の合成樹脂、ガラス、又はシリコン酸化膜等)で充填されていてもよい。
【0048】
このスリット構成によると、適正化された各部サイズの下で、光子の入射可能面積の減少に起因して起こり得る受光感度の低下による不利益よりも、TES薄膜部23の実質的サイズ、すなわち、熱容量の減少に起因するジュール熱放出の高速化の利益が上回る。言い換えると、同程度の面積を有するTES薄膜に比べて、受光感度を同程度に保ちつつ、各TES薄膜領域23の面積が低減されることから、ジュール熱放出の高速化が実現される。
【0049】
一例として、本実施形態では、各TES薄膜領域23tの、電極21及び22の延在方向(図4紙面向かって上下方向)に沿う配列方向の長さLは2μmであり、隣接するTES薄膜領域23t同士の間隔G(各スリット23sの配列方向の長さ)は500nmである。したがって、開口率(=スリット23sの総面積/(TES薄膜領域23tの総面積+スリット23sの総面積))は20%である。なお、本実施形態では、開口率は、G/(L+G)と定義されてもよい。本実施形態では、電極21と電極22の間の距離Dは、一例として12μmである。
【0050】
なお、TES薄膜部23の平面形状は、図4に示したものに限られない。例えば、2つのTES薄膜領域23t及びその間の1つのスリット23sによっても、本実施形態は成立する。また、図4(b)に示すように、TES薄膜部23に、スリットの代わりに多数の孔23hが設けられてもよい。孔23hはスリット23sと同様の機能を奏する。
【0051】
各孔23hの形状は、例えば、円形、矩形、又は多角形などである。なお、本開示では、これらのスリット及び孔を総称して開口という。光子の入射位置に対する抵抗値Rの変化のばらつきを軽減するために、開口(スリット23s又は孔23h)は、TES薄膜部23において均一に分布されることが好ましい。また、TES薄膜部23と電極21及び22との接触面積を増加させて電極21及び22を介した放熱を増加させるために、TES薄膜部23と電極21及び22との重なり領域においては、開口は設けられなくてもよい。
【0052】
なお、光子の受光可能面積の確保の観点から、平面視において、TES薄膜部23の開口率は30%以下、25%以下、又は20%以下であることが好ましい。また、ジュール熱の解放の高速性の確保の観点から、平面視において、TES薄膜部23の開口率は1%以上、5%以上、10%以上、又は15%以上であることが好ましい。すなわち、TES薄膜部23の開口率は1~30%、1~25%、1~20%、5~30%、5~25%、5~20%、10~30%、10~25%、10~20%、15~30%、15~25%、又は15~20%であることが好ましい。これにより、光子の受光可能面積の確保とジュール熱の解放の高速性の確保とが両立され得る。
【0053】
以上のように、本実施形態の超伝導転移端センサ装置1では、超伝導転移端センサ2が、基板20、基板20上に形成された一対の電極21及び22、及び電極21と電極22の間に電気的に接続されるとともに外部からの熱エネルギーの吸熱に起因する温度を抵抗値Rに変換するTES薄膜部23を備え、TES薄膜部23は、平面視において少なくとも1つの開口を有する。これにより、TES薄膜部23の熱容量を減少させ、光子入射後のジュール熱の解放の高速化が可能となる。すなわち、超伝導転移端センサ装置1において、高い応答速度及びそれによる高い計数率が実現される。
【0054】
ここで、TES薄膜部23は電極21及び22の延在方向に配列された複数のTES薄膜領域23tを含み、複数のTES薄膜領域23tはスリット23sを介して相互に離間されて上記少なくとも1つの開口を形成することが好ましい。これにより、簡素なプロセスでTES薄膜部23を作製できる。
【0055】
[その他の実施形態]
以上に本発明の好適な実施形態を示したが、本発明は、例えば以下に示すように種々の形態に変形可能である。
【0056】
例えば、上記各実施形態では、超伝導転移端センサ装置1が光子数識別器に使用される例を示したが、その用途は限定されず、超伝導X線検出器又は超伝導γ線検出器などにも適用可能である。また、本発明の超伝導転移端センサ装置1及び光子数識別器は、広く量子技術において利用され、例えば、量子コンピュータに適用さ得る。また、本発明の超伝導転移端センサ装置1及び光子数識別器は、量子単位の誤りを修復しながら計算を実行することができる誤り耐性型量子コンピュータに適用可能である。すなわち、本発明の光子数識別器は、光の連続量量子情報処理に基づく光量子コンピューティングに好適に適用可能である。
【0057】
また、上記各実施形態では、センサ2に印加されるバイアス電圧を光子入射時に低下させるために、動的電熱フィードバック回路4がノードNfbの電圧を上昇させる構成を示した。これは、フィードバック制御の応答速度、部品点数(コスト)などを考慮して最も好適なものである。ただし、他の構成によって、光子入射時にバイアス電圧を低下させることも可能である。例えば、ノードNfbと定電圧源6の間にトランジスタなどのスイッチ素子と抵抗の直列回路を設け、光子入射時(センサ信号アンプ回路3の信号上昇時)にそのスイッチ素子をオンすることにより、電極21及び22を定電圧源6と実質的に同電位とする構成も可能である。
【符号の説明】
【0058】
1 超伝導転移端センサ装置
2 超伝導転移端センサ
3 センサ信号アンプ回路
4 動的電熱フィードバック回路
5 カウンタ部
6 定電圧源
10 光子数識別器
20 基板
21 電極(第1の電極)
22 電極(第2の電極)
23 TES薄膜部
23t TES薄膜領域
23s スリット(開口)
23h 孔(開口)
31 コイル
32 SQUID素子(SQUIDアンプ)
33 増幅器(SQUIDアンプ)
41、43 抵抗
42 コンデンサ
図1
図2
図3
図4