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特開2023-61760ポリアセタール樹脂組成物の膨潤状態の評価方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023061760
(43)【公開日】2023-05-02
(54)【発明の名称】ポリアセタール樹脂組成物の膨潤状態の評価方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 24/08 20060101AFI20230425BHJP
【FI】
G01N24/08 510L
G01N24/08 510P
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021171877
(22)【出願日】2021-10-20
(71)【出願人】
【識別番号】390006323
【氏名又は名称】ポリプラスチックス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100101247
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 俊一
(74)【代理人】
【識別番号】100095500
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 正和
(74)【代理人】
【識別番号】100098327
【弁理士】
【氏名又は名称】高松 俊雄
(72)【発明者】
【氏名】永尾 達彦
(72)【発明者】
【氏名】川口 邦明
(57)【要約】
【課題】ポリアセタール樹脂組成物の膨潤前後での結晶相、中間相、非晶相の各相の分子運動性変化を評価し、ポリアセタール樹脂組成物の膨潤状態を評価する方法を提供する。
【解決手段】ポリアセタール樹脂を含むポリアセタール樹脂組成物の膨潤状態を評価する方法であって、膨潤前後の前記ポリアセタール樹脂組成物について、固体NMRの緩和時間測定法により、オキシメチレン部の炭素13核のT1緩和時間を運動性の互いに異なる3成分として算出し、膨潤前のT1緩和時間に対する膨潤後のT1緩和時間の減少率を、前記運動性の互いに異なる3成分の各々について算出することを含む、ポリアセタール樹脂組成物の膨潤状態の評価方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリアセタール樹脂を含むポリアセタール樹脂組成物の膨潤状態を評価する方法であって、膨潤前後の前記ポリアセタール樹脂組成物について、固体NMRの緩和時間測定法により、オキシメチレン部の炭素13核のT1緩和時間を運動性の互いに異なる3成分として算出し、膨潤前のT1緩和時間に対する膨潤後のT1緩和時間の減少率を、前記運動性の互いに異なる3成分の各々について算出することを含む、ポリアセタール樹脂組成物の膨潤状態の評価方法。
【請求項2】
炭素13核の磁化を飽和させた後に磁化の回復時間τの経過後の縦磁化を検出するデカップリング付きのサチュレーションリカバリー法を用い、スペクトルの化学シフト80~100ppmを含む信号の積分面積I(τ)を時間τに対してプロットし、前記運動性の互いに異なる3成分の各々について、下記式(1)に示す回帰式から最小二乗法によりT1緩和時間を求める、請求項1に記載のポリアセタール樹脂組成物の膨潤状態の評価方法。
I(τ)= Σ{f(inf)×(1-exp(-τ/T1))} (1)
(式(1)中、f(inf)はその成分の炭素13核の磁化が飽和した時の最大強度を示す。)
【請求項3】
膨潤前の前記ポリアセタール樹脂組成物の質量に対する膨潤前後の前記ポリアセタール樹脂組成物の質量の差の割合(質量%)が、0.01~10質量%である、請求項1または2に記載のポリアセタール樹脂組成物の膨潤状態の評価方法。
【請求項4】
前記ポリアセタール樹脂がポリアセタールコポリマーである、請求項1~3いずれか1項に記載のポリアセタール樹脂組成物の膨潤状態の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、ポリアセタール樹脂組成物の膨潤状態を評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリアセタール樹脂は代表的な結晶性のエンジニアリングプラスチックであり、耐燃料性などに優れることから、液体燃料と接触する自動車燃料系システム部品などに多く利用されている。また、耐薬品性にも優れることから、エアゾールバルブや、水回り部品など、各種液体が触れる用途にも広く使用されている。このような液体がポリアセタール樹脂と直接接触する場合、ポリアセタール樹脂が液体を吸収して膨潤し、吸収した液体に応じて力学的性質が敏感に変化する問題が生じる。
ポリアセタール樹脂の膨潤状態を評価する方法としては、膨潤前後の重量を比較する方法、膨潤後のポリアセタール樹脂のレオメータによる固体粘弾性を測定する方法などが知られている。
【0003】
ポリアセタール樹脂は、固体構造として、結晶相、中間相、非晶相の3つの相を形成することが知られている。
一方、近年、樹脂を固体状態で分析できる技術として、固体NMR法が普及しており、樹脂の炭素13核の緩和時間を複数に分離して評価する報告例がある。例えば、特許文献1では、エチレン-ビニルアルコール共重合体系成形物で、固体NMRを用いて炭素13核のT1緩和時間を緩和時間の違いにより3成分に分離してエチレン-ビニルアルコール共重合体系成形物を評価する方法に関する報告がある。また、非特許文献1では、ポリアセタール樹脂の成形物の固体NMR測定から求めたオキシメチレン部の炭素13核のT1緩和時間を結晶相、中間相、非晶相の3成分由来として分離して緩和時間を測定した報告がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005ー81723号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】G. Kumaraswamy, et al., Macromolecules 2012, 45, 5967-5978
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ポリアセタール樹脂では、結晶相、中間相、非晶相の3つの相の各相が力学的性質に影響を及ぼすことが考えられるため、膨潤状態の力学的性質の変化を知る上で、各相の分子運動性の膨潤前後での変化を評価する方法が求められる。しかし、膨潤前後の重量を比較する方法や、膨潤後のポリアセタール樹脂のレオメータによる固体粘弾性を測定する方法では、ポリアセタール樹脂の結晶相、中間相、非晶相の各相の分子運動性変化を評価することは困難であった。また、特許文献1、非特許文献1のいずれにも、固体NMR測定の詳細な方法や、膨潤による状態変化を評価する方法は開示されていない。
本発明の実施形態は、ポリアセタール樹脂組成物の膨潤前後での結晶相、中間相、非晶相の各相の分子運動性変化を評価し、膨潤させたポリアセタール樹脂組成物の膨潤状態を評価する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、固体NMRにより膨潤前後のポリアセタール樹脂組成物についてポリアセタール樹脂のオキシメチレン部の炭素13核のT1緩和時間を運動性の互いに異なる3成分として算出し、膨潤前のT1緩和時間に対する膨潤後のT1緩和時間の減少率を各成分で算出することでポリアセタール樹脂組成物の膨潤状態を評価できることを見出し、本発明を完成するに到った。
【0008】
すなわち本発明の実施形態は、以下の<1>~<4>を提供する。
<1>ポリアセタール樹脂を含むポリアセタール樹脂組成物の膨潤状態を評価する方法であって、膨潤前後の前記ポリアセタール樹脂組成物について、固体NMRの緩和時間測定法により、オキシメチレン部の炭素13核のT1緩和時間を運動性の互いに異なる3成分して算出し、膨潤前のT1緩和時間に対する膨潤後のT1緩和時間の減少率を、前記運動性の互いに異なる3成分の各々について算出すること含む、ポリアセタール樹脂組成物の膨潤状態の評価方法。
<2>炭素13核の磁化を飽和させた後に磁化の回復時間τの経過後の縦磁化を検出するデカップリング付きのサチュレーションリカバリー法を用い、スペクトルの化学シフト80~100ppmを含む信号の積分面積I(τ)を時間τに対してプロットし、前記運動性の互いに異なる3成分の各々について、下記式(1)に示す回帰式から最小二乗法によりT1緩和時間を求める、<1>に記載のポリアセタール樹脂組成物の膨潤状態の評価方法。
I(τ)= Σ{f(inf)×(1-exp(-τ/T1))} (1)
式(1)中、f(inf)はその成分の炭素13核の磁化が飽和した時の最大強度を示す。
<3>膨潤前の前記ポリアセタール樹脂組成物の質量に対する膨潤前後の前記ポリアセタール樹脂組成物の質量の差の割合(質量%)が、0.01~10質量%である、<1>または<2>に記載のポリアセタール樹脂組成物の膨潤状態の評価方法。
<4>前記ポリアセタール樹脂がポリアセタールコポリマーである、<1>~<3>いずれかに記載のポリアセタール樹脂組成物の膨潤状態の評価方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の実施形態のポリアセタール樹脂組成物の膨潤状態の評価方法によれば、ポリアセタール樹脂組成物の膨潤前後での結晶相、中間相、非晶相の各相の分子運動性変化を評価し、膨潤させたポリアセタール樹脂組成物の膨潤状態を評価することができるので、ポリアセタール樹脂を液体と接触させる工業分野において極めて有用である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施形態について説明する。なお、本発明は以下の実施形態に限定されない。
本発明の実施形態のポリアセタール樹脂組成物の膨潤状態の評価方法は、膨潤前後のポリアセタール樹脂組成物について、固体NMRの緩和時間測定法により、オキシメチレン部の炭素13核のT1緩和時間を運動性の互いに異なる3成分として算出し、膨潤前のT1緩和時間に対する膨潤後のT1緩和時間の減少率を各成分で算出することを含む。
【0011】
[ポリアセタール樹脂]
ポリアセタール樹脂組成物はポリアセタール樹脂を含むことができる。
ポリアセタール樹脂は、オキシメチレン基(-OCH-)を主たる構成単位とする高分子化合物であり、実質的にオキシメチレン単位の繰返しのみからなるポリアセタールホモポリマー、オキシメチレン単位以外に他のコモノマー単位を含有するポリアセタールコポリマーが代表的な樹脂である。さらに、ポリアセタール樹脂には、分岐形成成分や架橋形成成分を共重合することにより分岐構造や架橋構造が導入された共重合体や、オキシメチレン基の繰返しからなる重合体単位と他の重合体単位とを有するブロック共重合体やグラフト共重合体なども含まれる。これらのポリアセタール樹脂は、単独でまたは二種以上組み合わせて使用できる。
一般に、ポリアセタールホモポリマーは、無水ホルムアルデヒドやトリオキサン(ホルムアルデヒドの環状三量体)の重合により製造され、通常、その末端をエステル化することにより、熱分解に対して安定化されている。
【0012】
これに対して、ポリアセタールコポリマーは、一般的に、ホルムアルデヒドまたは一般式(CHO)n[式中、nは3以上の整数を示す]で表されるホルムアルデヒドの環状オリゴマー(例えばトリオキサン)と、環状エーテルや環状ホルマールなどのコモノマーとを共重合することによって製造され、通常、加水分解によって末端の不安定部分を除去して熱分解に対して安定化される。
【0013】
ポリアセタールコポリマーの主原料としては、トリオキサンやテトラオキサン等が挙げられ、通常、トリオキサンが使用される。
コモノマーには、環状エーテル、グリシジルエーテル化合物、環状ホルマール、環状エステル(例えば、β-プロピオラクトン等)、ビニル化合物(例えば、スチレン、ビニルエーテル等)等が含まれる。
環状エーテルとしては、例えば、エチレンオキシド、プロピレンオキシド、ブチレンオキシド、シクロヘキセンオキサイド、エピクロロヒドリン、エピブロモヒドリン、スチレンオキシド、オキセタン、3,3-ビス(クロロメチル)オキセタン、テトラヒドロフラン等が挙げられる。
グリシジルエーテル化合物としては、例えば、アルキルまたはアリールグリシジルエーテル(例えば、メチルグリシジルエーテル、エチルグリシジルエーテル、フェニルグリシジルエーテル、ナフチルグリシジルエーテルなど)、アルキレンまたはポリアルキレングリコールジグリシジルエーテル(例えば、エチレングリコールジグリシジルエーテル、トリエチレングリコールジグリシジルエーテル、ブタンジオールジグリシジルエーテルなど)、アルキルまたはアリールグリシジルアルコールなどが挙げられる。
【0014】
環状ホルマールとしては、例えば、1,3-ジオキソラン、プロピレングリコールホルマール、ジエチレングリコールホルマール、トリエチレングリコールホルマール、1,4-ブタンジオールホルマール、1,5-ペンタンジオールホルマール、1,6-ヘキサンジオールホルマール、トリオキセパンなどが挙げられる。
これらのコモノマーは、単独でまたは二種以上組み合わせて使用できる。これらのコモノマーのうち、通常、環状エーテルおよび/または環状ホルマールが用いられ、特に、エチレンオキシドなどの環状エーテルや、1,3-ジオキソラン、1,4-ブタンジオールホルマール、ジエチレングリコールホルマールなどの環状ホルマールが好ましい。
【0015】
ポリアセタール樹脂としては上記のポリアセタール樹脂等が挙げられるが、その中でも、特に、オキシメチレン単位以外に他のコモノマー単位を含有するポリアセタールコポリマーが好ましい。
【0016】
ポリアセタール樹脂組成物には、公知の各種の添加物が配合されてもよい。添加物の例を示せば、各種の安定剤、滑剤、核剤、界面活性剤、着色剤、高分子改良剤、異種ポリマー、及び、無機、有機、などの繊維状、粉粒状、板状の充填剤などが挙げられ、これらの1種又は2種以上を配合することができる。
ポリアセタール樹脂組成物中のポリアセタール樹脂の量は、ポリアセタール樹脂組成物全量に対して50質量%以上であることが好ましく、80質量%以上であることがより好ましく、95質量%以上であることがさらに好ましい。
【0017】
[測定試料の調製方法]
本実施形態では、固体NMR測定には、膨潤前後のポリアセタール樹脂組成物を試料として用いることができる。ポリアセタール樹脂組成物試料の形状は、実際に使用する形態に合わせて選択することができ、ペレット形状、成形品形状、フィルム形状、粉体形状等を選ぶことができる。試料のサイズは、固体NMRの試料管に収まるサイズとすることができる。
特に、射出成形で使用される成形品の評価を行う場合には、射出成形品から直接切り出した状態であるものが好ましい。例えば、ISO527規格の引張試験片より、直径約2mm、 高さ約20mmの円柱を切削して使用する例などが挙げられる。
【0018】
ポリアセタール樹脂組成物を膨潤させる液体は、特に限定はされない。好ましくは沸点が10℃~300℃の液体であり、水、アルコール(例えば、メタノール、エタノール、イソプロパノールなど)、脂肪族炭化水素(例えば、イソペンタン、n-ヘキサン、n-へプタン、n-オクタン、イソオクタンなど)、脂肪族環状炭化水素(例えば、シクロヘキサンなど)、芳香族炭化水素(例えば、ベンゼン、トルエン、キシレンなど)およびハロゲン化炭化水素(例えば、四塩化炭素、トリクロロエチレン)を例示することができる。燃料膨潤特性を評価する場合にはトルエンなどの芳香族炭化水素が有効な例として挙げられる。また、複数の液体を混合して使用することも可能である。
【0019】
ポリアセタール樹脂組成物試料を膨潤させる方法は特に限定されず、たとえば、ポリアセタール樹脂組成物試料に液体を接触させてポリアセタール樹脂を膨潤させることができる。ポリアセタール樹脂組成物試料に液体を接触させる方法は特に限定されない。例えば、ポリアセタール樹脂組成物試料を液体中に浸漬する方法、試料上に液体を噴霧する方法、試料上に液体を滴下する方法等が挙げられる。その中でも、試料を液体中に浸漬する方法が有効である。また、さらに、真空乾燥、送風乾燥、加熱乾燥などの処理を加え、膨潤状態を調整することも可能である。また、ポリアセタール樹脂組成物試料に液体を接触させる際の処理温度、処理時間は特に限定されない。例えば液体としてトルエンを使用し、ポリアセタール樹脂組成物試料を85℃、92時間浸漬し、さらに、真空乾燥処理を80℃、3時間加える例などが挙げられる。
【0020】
膨潤前のポリアセタール樹脂組成物の質量に対する膨潤前後のポリアセタール樹脂組成物の質量の差の割合(質量%)(以下、「膨潤後のポリアセタール樹脂組成物の膨潤率」または「膨潤率」ともいう場合がある。)は、好ましくは、0.01~10質量%であり、特に、0.1~5質量%が好ましい。膨潤率は、膨潤前のポリアセタール樹脂組成物の質量に対する、膨潤後のポリアセタール樹脂組成物に取り込まれた液体の質量の割合(質量%)を表す。膨潤率が過少の場合には、液体の影響が過小となり膨潤状態の評価が難くなる傾向がある。この観点から、膨潤率は、0.01質量%以上が好ましく、0.1質量%以上がより好ましい。膨潤率が過多の場合には、緩和時間の誤差を生じやすくなる傾向がある。この観点から、膨潤率は、10質量%以下が好ましく、5質量%以下がより好ましい。例えば、液体としてトルエンを使用した場合、ポリアセタール樹脂組成物試料に対して膨潤率を1.98質量%とした例などが挙げられる。
【0021】
また、本実施形態では、膨潤前のポリアセタール樹脂組成物試料を対照試料として使用することができる。特に、膨潤前の対照試料は、膨潤後の試料と同じ熱履歴を与えたものであることが好ましい。
【0022】
[炭素13核のT1緩和時間の測定]
本実施形態では、固体NMRの緩和時間測定法によりオキシメチレン部の炭素13核のT1緩和時間を運動性の互いに異なる3成分として算出する。
固体NMRの装置の性能や静磁場強度は特に限定されない。例えば、静磁場強度9.4T(テスラ)下で、炭素13核の共鳴周波数は100.5MHzの装置を用いて測定する方法などが例示される。
【0023】
固体NMRに使用する測定用試料管は、試料のサイズ、液体の種類、液体の膨潤状態などにより選択が可能であり、特に限定されないが、特に、測定用試料管の外径は1mm以上、8mm以下の範囲が好ましい。例えば、外径3.2mmの測定用試料管を用いて測定する方法などが例示される。外径が過小の場合はサンプル量が少ないため感度が低くなる傾向がある。この観点から、外径は1mm以上が好ましい。外径が過大の場合は回転数が上げられず大きなスピニングサイドバンドが出現する場合がある。この観点から、外径は8mm以下が好ましい。
固体NMRの測定温度は、液体の種類、液体の膨潤状態などにより選択が可能である。特に、測定温度は-150℃から150℃が好ましい。例えば、液体がトルエンの場合、温度25℃での測定などが例示される。また、温度を多段階に変えることも可能である。
【0024】
固体NMRの回転速度は、毎秒5000回転から80000回転が好ましく、特に、毎秒7000回転から30000回転が好ましい。例えば、毎秒15000回転(15kHz)として測定する方法などが例示される。回転数が過小の場合は大きなスピニングサイドバンドが出現する場合がある。この観点から、回転数は、毎秒5000回転以上が好ましく、毎秒7000回転以上がより好ましい。回転数が過大の場合は試料管の外形を小さくする必要があるためサンプル量が少なくなり感度が低下する場合がある。この観点から、回転数は、毎秒80000回転以下が好ましく、毎秒30000回転以下がより好ましい。
【0025】
固体NMRに用いる化学シフト標準は特に限定されない。例えば、アダマンタンのCHの信号を用い、29.5ppmとして測定する方法などが挙げられる。
【0026】
測定法として、炭素13核の磁化を飽和させた後、磁化の回復時間τの経過後の縦磁化を検出するデカップリング付きのサチュレーションリカバリー法を用いることが好ましい。本法では信号強度が充分に飽和する時間まで変化させながら複数点測定し、時間τ後の炭素13核の信号をスペクトルとして観測し、スペクトルの化学シフト80~100ppmを含む信号の積分面積I(τ)を回復時間τに対してプロットし、運動性の互いに異なる3成分の各々について、下記式(1)に示す回帰式から最小二乗法によりT1緩和時間を求めることができる。
I(τ)= Σ{f(inf)×(1-exp(-τ/T1))} (1)
式(1)中、f(inf)はその成分の炭素13核の磁化が飽和した時の最大強度を示す。
磁化の回復時間τは特に限定されない。また、前記回復時間範囲における測定点数は特に限定されない。例えば、磁化の回復時間τを0.01~150secの間で変化させ、測定点数を16点測定する方法などが挙げられる。
【0027】
固体NMR測定の積算回数や繰り返し時間は特に限定されない。例えば、積算回数を128回、繰り返し時間を3secとして測定する方法などが挙げられる。
【0028】
スペクトルの信号の積分面積I(τ)の区間は、オキシメチレン部の炭素13核の化学シフトである80~100ppmを含むことが好ましい。また、積分面積I(τ)の区間は70ppmを下回らないこと、110ppmを超えないことが好ましい。積分面積I(τ)の区間が70ppmを下回る場合には例えばコモノマーや液体に由来するピークが含まれてしまう。この観点から、70ppmを下回らないことが好ましい。110ppmを超える場合には例えば液体に由来するピークが含まれてしまうことから、スペクトルの積分面積にオキシメチレン部以外が含まれる。この観点から、110ppmを超えないことが好ましい。
【0029】
本実施形態では、オキシメチレン部の炭素13核のT1緩和時間を運動性の互いに異なる3成分に分けることで、炭素13核のT1緩和時間を1成分のみとして算出する場合や、運動性の互いに異なる成分を2成分のみに分ける場合に対して、炭素13核のT1緩和時間の算出精度が高くなり、より正確な判定が可能となる。また、ポリアセタール樹脂組成物の膨潤前後での結晶相、中間相、非晶相の各相の評価が可能となり得る。
また、オキシメチレン部の炭素13核のT1緩和時間の算出の精度は、最小二乗法による二乗平均誤差が0.0005以下であることが好ましい。
【0030】
また、本実施形態では、運動性の互いに異なる3成分について式(1)に示す回帰式から最小二乗法によりT1緩和時間を求める具体的な方法として、JEOL RESONANCE製のDelta NMR Softwareを用いる例などが挙げられる。
【0031】
[ポリアセタール樹脂の膨潤状態の評価方法]
本実施形態では、前記の試料の調製および炭素13核のT1緩和時間の測定から、オキシメチレン部の炭素13核のT1緩和時間を運動性の互いに異なる3成分として算出し、さらにこれら3成分の各々について、膨潤前の炭素13核のT1緩和時間に対する膨潤後の炭素13核のT1緩和時間の減少率を算出し、その比較を行うことができる。ここで、膨潤前の炭素13核のT1緩和時間に対する膨潤後の炭素13核のT1緩和時間の減少率は、膨潤前の炭素13核のT1緩和時間に対する、膨潤前後の炭素13核のT1緩和時間の差分(膨潤前の炭素13核のT1緩和時間-膨潤前後の炭素13核のT1緩和時間)の百分率(%)を表す。
具体例としては、運動性の互いに異なる3成分のT1緩和時間を、緩和時間の短いT1S、緩和時間の中程度のT1M、緩和時間の長いT1Lとし、それぞれ、膨潤前後での減少率を算出し、算出した減少率の大小により、膨潤による影響の大小を判定することができる。特に、3成分の緩和時間T1S、T1M、T1Lを、ポリアセタール樹脂の非晶相のT1緩和時間、ポリアセタール樹脂の中間相のT1緩和時間、ポリアセタール樹脂の結晶相のT1緩和時間とそれぞれ帰属して、上記の評価を行うことができる。例えば、膨潤前後のT1Mの減少率が最も高い場合には、膨潤によりポリアセタール樹脂の中間相が最も強く影響を受けていることが判定でき、T1Lの減少率が最も低い場合には、ポリアセタール樹脂の結晶相はほとんど影響を受けていないことが判定できる。
さらに、本評価方法を用いることで、液体の種類、液体の膨潤量を変えてポリアセタール樹脂の膨潤状態の比較をすることも可能である。
【実施例0032】
以下に、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は本実施例によって限定されるものではない。
【0033】
(実施例1)
<試料の調製>
ポリプラスチックス株式会社製のポリアセタールコポリマーのDURACON(登録商標)POM M90-44を用いて成形したISO527規格の引張試験片より、直径2.15mm、高さ約20mmの円柱を切削した。続いて、膨潤用の液体としてトルエンを使用し、切削した成形品をトルエン中に浸漬(85℃、92時間)させ、真空乾燥(80℃、3時間)処理を行って、トルエンで膨潤させた円柱状試料を得た。膨潤前の試料の質量に対する、膨潤前後の試料の質量の差(膨潤後の試料の質量-膨潤前の試料の質量)の割合(質量%)(膨潤率)は、1.98質量%であった。
また、対照試料として、トルエンへの浸漬は行わず、トルエンで膨潤させた円柱状試料と同じ熱履歴(85℃、92時間、さらに、真空乾燥処理を80℃、3時間)のみを与えた試料を作製した。
【0034】
<炭素13核のT1緩和時間の測定>
固体NMRの測定には、静磁場強度9.4T(テスラ)、炭素13核の共鳴周波数は100.5MHzの日本電子株式会社社製JNM-ECZ400Rを用いた。外径3.2mmの測定用試料管を使用し、前記で得られた、直径2.15mm、高さ約20mmの円柱状試料を測定用試料管に装着した。続いて、試料管を25℃に設定した装置に挿入し、毎秒15000回転(15kHz)で回転させた。化学シフト標準にはアダマンタンのCHの信号を用い、29.5ppmとした。
測定法は1Hデカップリング付きのサチュレーションリカバリー法を用いた。磁化の回復時間τは0.01~150secの間で変化させ16点測定した。この回復時間τ後における13Cの信号を観測した。積算回数は128回とした。また、繰り返し時間は、3secとした。
得られたスペクトルの80~100ppmの信号の積分面積を時間τに対してプロットし、運動性の互いに異なる3成分について、前記式(1)に示す回帰式から最小二乗法により、T1緩和時間(緩和時間の短いT1S、緩和時間の中程度のT1M、緩和時間の長いT1L)を求めた(二乗平均誤差0.0002)。トルエン膨潤前後の炭素13核のT1緩和時間の測定結果を表1に示す。表1において、「トルエン膨潤前(対照試料)」は、トルエンへの浸漬を行っていない対照試料の結果を示し、「トルエン膨潤後」は、トルエンで膨潤させた円柱状試料の結果を示す。
【0035】
<ポリアセタール樹脂の膨潤状態の評価>
前記の試料の調製および炭素13核のT1緩和時間の測定より得られた結果から、トルエン膨潤前後の炭素13核のT1緩和時間の減少率の比較を行った。その結果、T1L(結晶相のT1緩和時間と帰属)は変化が僅か(減少率1.9%)であるのに対し、T1S(非晶相のT1緩和時間と帰属)は減少率9.4%、T1M(中間相のT1緩和時間と帰属)は減少率38.6%であり、特にT1M(中間相のT1緩和時間と帰属)は短縮が顕著となった。本結果から、トルエンが非晶相および中間相に浸透し、とくに中間相の分子運動性を向上させる一方で、結晶相の分子運動性向上にはほとんど寄与しないことが評価できた。
以上の結果から、オキシメチレン部の炭素13核のT1緩和時間を運動性の互いに異なる3成分として算出した場合には、T1緩和時間の精度が高いため評価結果の信頼性が高い。また、膨潤前後のポリアセタール樹脂の結晶相、中間相、非晶相の各相の膨潤状態の評価が可能であることがわかる。また、本結果から、液体の種類、液体の膨潤量を変えて比較をすることで、ポリアセタール樹脂の膨潤状態の比較評価が同様に可能であることがわかる。
【0036】
【表1】
【0037】
(比較例1)
実施例1の試料について、実施例と同じ条件で固体NMR測定を行った後、オキシメチレン部の炭素13核のT1緩和時間を1成分として、前記式(1)に示す回帰式から最小二乗法によりT1緩和時間を求めたところ、精度が低めであり(二乗平均誤差0.1855)、評価結果の信頼性が低下した。また、本方法では、ポリアセタール樹脂の膨潤前後での結晶相、中間相、非晶相の各相の評価は困難であった。
【0038】
(比較例2)
実施例1の試料について、実施例と同じ条件で固体NMR測定を行った後、オキシメチレン部の炭素13核のT1緩和時間を2成分として、前記式(1)に示す回帰式から最小二乗法によりT1緩和時間を求めたところ、精度がやや低めであり(二乗平均誤差0.0011)、評価結果の信頼性が低下した。また、本方法では、ポリアセタール樹脂の膨潤前後での結晶相、中間相、非晶相の各相の評価は困難であった。
以上の結果から、オキシメチレン部の炭素13核のT1緩和時間を運動性の互いに異なる3成分ではなく1成分または2成分の緩和時間として算出した場合には、T1緩和時間の精度が低下し、評価結果の信頼性が低下することがわかる。また、膨潤前後のポリアセタール樹脂の結晶相、中間相、非晶相の各相の膨潤状態の評価も困難であることがわかる。