IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 住友金属鉱山株式会社の特許一覧

特開2023-63219銅電解スライムからの有価金属の回収方法
<>
  • 特開-銅電解スライムからの有価金属の回収方法 図1
  • 特開-銅電解スライムからの有価金属の回収方法 図2
  • 特開-銅電解スライムからの有価金属の回収方法 図3
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023063219
(43)【公開日】2023-05-09
(54)【発明の名称】銅電解スライムからの有価金属の回収方法
(51)【国際特許分類】
   C22B 7/00 20060101AFI20230427BHJP
   C22B 3/04 20060101ALI20230427BHJP
   C22B 3/26 20060101ALI20230427BHJP
   C22B 3/44 20060101ALI20230427BHJP
   C22B 11/00 20060101ALI20230427BHJP
   C22B 61/00 20060101ALI20230427BHJP
【FI】
C22B7/00 Z
C22B3/04
C22B3/26
C22B3/44
C22B11/00 101
C22B61/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022104521
(22)【出願日】2022-06-29
(31)【優先権主張番号】P 2021172886
(32)【優先日】2021-10-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(72)【発明者】
【氏名】永井 秀昌
(72)【発明者】
【氏名】栗本 広大
(72)【発明者】
【氏名】土岐 典久
(72)【発明者】
【氏名】新宮 正寛
【テーマコード(参考)】
4K001
【Fターム(参考)】
4K001AA04
4K001AA22
4K001AA26
4K001AA41
4K001BA17
4K001DB04
4K001DB17
4K001DB26
4K001HA10
(57)【要約】
【課題】銅電解スライムから有価金属を回収する方法において、金を還元する還元処理にて尿素を添加することなく、金の還元率を従来と同等以上に向上させることができる方法を提供する。
【解決手段】本発明は、銅電解スライムからの有価金属の回収方法であって、[a]銅電解スライムのスラリーを塩素で浸出することにより、金、白金族元素、セレン、テルルを浸出する工程と、[b]得られた塩素浸出液に対して溶媒抽出処理を施して金を有機相に抽出し、その有機相を塩酸で洗浄した後、蓚酸にて還元することにより金を単体として回収する工程と、を含み、[b]工程では、有機相を塩酸で洗浄するに際し、その有機相に水を添加することによって希釈する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅電解スライムからの有価金属の回収方法であって、
[a]前記銅電解スライムのスラリーを塩素で浸出することにより、金、白金族元素、セレン、テルルを浸出する工程と、
[b]得られた塩素浸出液に対して溶媒抽出処理を施して金を有機相に抽出し、該有機相を塩酸で洗浄した後、蓚酸にて還元することにより金を単体として回収する工程と、
を含み、
前記[b]工程では、前記有機相を塩酸で洗浄するに際し、該有機相に水を添加することによって希釈する、
有価金属の回収方法。
【請求項2】
前記[b]工程では、前記有機相を塩酸で洗浄するに際し、該有機相に水を添加することによって、洗浄後溶液の有機相:水相の比率を100:55~100:85とする、
請求項1に記載の有価金属の回収方法。
【請求項3】
前記[b]工程では、洗浄後の有機相に蓚酸を添加して金を還元するに際し、pH調整剤としての尿素を添加しない、
請求項1又は2に記載の有価金属の回収方法。
【請求項4】
前記[b]工程では、前記塩素浸出液にビス(2-ブトキシエチル)エーテルを混合して前記溶媒抽出処理を施すことにより金を有機相に抽出する、
請求項1又は2に記載の有価金属の回収方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、銅電解スライムからの有価金属の回収方法に関する。
【背景技術】
【0002】
銅製錬プロセスにおける銅電解工程では、主要産物として電気銅が、また、中間産物として銅電解スライムが得られる。
【0003】
中間産物の銅電解スライムには、銅精鉱中に含まれる金、銀、白金族、セレン、テルル等の有価金属が濃縮されており、塩素浸出、溶媒抽出等の処理を組み合わせた工程(以下、「有価金属回収工程」という場合がある)で処理することにより、それら有価金属を分離回収することができる。
【0004】
有価金属回収工程では、初期に貴金属を回収することで、系内に貴金属が滞留する期間を短くして金利負担を軽減するように設計することが一般的である。
【0005】
例えば、特許文献1には、銅電解スライムからの有価金属の回収方法が記載されている。具体的に、特許文献1には、貴金属を回収する際に、まず、銅電解スライムを塩素で処理することにより、金、白金族元素、セレン、テルルを浸出した浸出液を得て、次に、溶媒抽出により有機相に金を抽出し、その有機相を塩酸で洗浄した後、蓚酸にて還元することにより金を単体として回収し、その後、金を抽出した後の抽残液から白金族元素、セレン、テルル等を順次回収する技術が開示されている。
【0006】
なお、図1は、銅電解スライムから有価金属を回収する全体フローを示す図である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2001-207223号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述した特許文献1に開示の技術は、銅電解スライムから簡単な湿式操作のみによって、金、白金族元素、セレン、テルルを選択的に且つ高収率で回収することができる有用な技術である。
【0009】
しかしながら、従来の技術では、蓚酸により金を還元して回収する処理において、pH調整剤として尿素を添加しており、金の還元率は向上するものの、還元後液中の全窒素濃度が増加し、窒素を除去するための排水処理が必要となっていた。
【0010】
また、図2に示すように、その排水処理は、白金族元素を回収するプロセスにおける排水処理工程(PGM排水処理工程)にて行われ、その工程を経て生成する排水澱物浸出残渣は、上述した還元後液に由来する金を含むため、金の回収ロスを極力無くす観点から、改めて銅電解スライムを塩素浸出する工程スライム浸出に繰り返す必要があった。そして、その結果、処理フロー全体として白金族元素の回収効率が低下する、という問題があった。
【0011】
本発明は、このような従来の実情に鑑みて提案されたもので、銅電解スライムから有価金属を回収する方法において、金を還元する還元処理にて尿素を添加することなく、金の還元率を従来と同等以上に向上させることができる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、鋭意検討を重ねた。その結果、銅電解スライムを塩素浸出して得られる塩素浸出液を溶媒抽出し、得られた抽出液(有機相)を塩素で洗浄するに際し、水を添加して塩素を希釈し水相の割合を増加させることで、その後の還元処理において尿素を添加しなくても金の還元率を高めることができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
(1)本発明の第1の発明は、銅電解スライムからの有価金属の回収方法であって、[a]前記銅電解スライムのスラリーを塩素で浸出することにより、金、白金族元素、セレン、テルルを浸出する工程と、[b]得られた塩素浸出液に対して溶媒抽出処理を施して金を有機相に抽出し、該有機相を塩酸で洗浄した後、蓚酸にて還元することにより金を単体として回収する工程と、を含み、前記[b]工程では、前記有機相を塩酸で洗浄するに際し、該有機相に水を添加することによって希釈する、有価金属の回収方法である。
【0014】
(2)本発明の第2の発明は、第1の発明において、前記[b]工程では、前記有機相を塩酸で洗浄するに際し、該有機相に水を添加することによって、洗浄後溶液の有機相:水相の比率を100:55~100:85とする、有価金属の回収方法である。
【0015】
(3)本発明の第3の発明は、第1又は第2の発明において、前記[b]工程では、洗浄後の有機相に蓚酸を添加して金を還元するに際し、pH調整剤としての尿素を添加しない、有価金属の回収方法である。
【0016】
(4)本発明の第4の発明は、第1乃至第3のいずれかの発明において、前記[b]工程では、前記塩素浸出液にビス(2-ブトキシエチル)エーテルを混合して前記溶媒抽出処理を施すことにより金を有機相に抽出する、有価金属の回収方法である。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、銅電解スライムから有価金属を回収する方法において、金を還元する還元処理にて尿素を添加することなく、金の還元率を従来と同等以上に向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】銅電解スライムから有価金属を回収する方法の全体フローを示す図である。
図2】従来方法を経た後の白金族元素の回収プロセスに関するフロー図である。
図3】本実施の形態に係る方法を経た後の白金族元素の回収プロセスに関するフロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の具体的な実施形態(以下、「本実施の形態」という)について詳細に説明する。なお、本発明は、以下の実施形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲で種々の変更が可能である。
【0020】
≪1.銅電解スライムからの有価金属の回収方法について≫
本実施の形態に係る方法は、銅電解プロセスにおける銅電解工程を経て得られる銅電解スライムから有価金属を回収する方法である。上述したように、銅電解スライムには、金、銀、白金族、セレン、テルル等の有価金属が濃縮されている。このような銅電解スライムに対して、塩素浸出の処理や溶媒抽出の処理等を施すことで、これら有価金属を効果的に回収することができる。
【0021】
具体的に、この方法は、[a]銅電解スライムのスラリーを塩素で浸出することにより、金、白金族元素、セレン、テルルを浸出する工程(以下、「[a]工程」ともいう)と、[b]得られた塩素浸出液に対して溶媒抽出処理を施して金を有機相に抽出し、その有機相を塩酸で洗浄した後、蓚酸にて還元することにより金を単体として回収する工程(以下、「[b]工程」ともいう)と、を含む。
【0022】
そして特に、本実施の形態に係る方法では、[b]工程において、有機相を塩酸で洗浄するに際し、その有機相に水を添加することによって希釈することを特徴としている。
【0023】
このような方法によれば、有機相に水を添加して洗浄後溶液中の水相比を増加させるようにすることで、その後の蓚酸による金の還元を効率的に行うことができる。
【0024】
また、従来では、蓚酸を用いた金の還元に際して、金の還元を促進させるために、また不純物の共沈を抑制するために、pH調整剤として尿素を添加していた。これに対し、上述のように有機相に水を添加して水相比を増加させるようにして洗浄を行うことで、金の還元に際して尿素を添加しなくても、同等以上の金の還元率を実現することができる。さらに、このように尿素を添加する必要がなくなるため、溶液中での尿素の反応に基づく塩化アンモニウムの生成を防ぐことができ、還元処理後の排水中の全窒素(T-N)濃度を抑えることができるため、系外に排出する排水中の窒素負荷を有効に低減できる。
【0025】
ここで、特許文献1に開示の技術では、金を還元するステップにおいて、pH調整剤として尿素を使用することにより、金の還元を促進することができる(特許文献1の段落[0027])。具体的には、尿素を使用することによって、以下の反応式のように金の還元反応にて副生する塩素を中和して、還元反応を促進させることができる。
(式1)蓚酸による還元
:2HAuCl+3H ⇒ 2Au+6CO+8HCl
(式2)尿素による塩酸の中和
:8HCl+4(NHCO+4HO ⇒ 8NHCl+4CO
【0026】
従来のこのような方法では、生成した塩化アンモニウムを含む排水を系外に排出するために排水処理を行う必要があった。具体的には、その排水は、例えば図2のフローに示すように、白金族元素を回収するプロセスで生じた排液(PGM精製排液)と共に排水処理工程(PGM排水処理工程)にて処理される。ところが、このとき、生成した排水澱物浸出残渣を、銅電解スライムを塩素浸出する工程([a]工程)に繰り返す必要があり、処理フロー全体として、白金族元素の回収効率が低下する、という問題があった。
【0027】
排水澱物浸出残渣を塩素浸出する工程に繰り返す理由は、その排水澱物浸出残渣に金が含まれているからであり、残存した金を回収するためには最初のステップである塩素浸出する工程に繰り返して処理することが必要となる。そして、その排水澱物浸出残渣に金が含まれる理由は、上述したように、金を還元する処理を行った後の溶液(金還元後液)をPGM排水処理工程に導入して排水処理を行っているためである。なお、金の還元反応ではpH調整剤(緩衝剤)として添加している尿素の反応により塩化アンモニウムが生成するため、そのまま処理すると排水中の全窒素濃度が高くなることから、対策として、PGM排水処理工程にて塩化アンモニウムを分解し、アンモニアとして揮発させて除害塔にて捕集し、循環液を硫酸アンモニウム溶液として系外へ払い出す。
【0028】
本発明者らにより、金を還元する工程における尿素の働きについて基礎試験を行い、添加した尿素の消費率を確認した結果、上記の反応式(式2)に沿って金還元反応により消費されるのは、添加している尿素のおよそ10%程度の割合であることが判明した。そこで、尿素の添加量を削減した場合の金還元率や還元金の品質を確認するために、実操業での試験を実施した結果、金の還元率は尿素添加量を削減しても変化は無く、また、尿素の添加が無い場合でも水相比を増加することで、その金還元率を従来の方法と同等以上とすることができることを見出した。
【0029】
また、尿素の添加量を減らすことで、金還元後液中の全窒素濃度も低下したが、アンモニア態窒素(NH-N)濃度には大きな差が見られなかった。このことから、実操業においても、現状の尿素添加量は過剰であると考えられた。当然のことではあるが、尿素を添加しなかった場合は、金還元後液中の全窒素濃度及びアンモニア態窒素濃度は共に非常に低い値となった。
【0030】
以上のことから、本実施の形態に係る方法では、金を還元して回収する工程([b]工程)において、従来のようにpH調整剤としての尿素を添加するのではなく、溶媒抽出処理を経て得られる有機相を塩素で洗浄するに際し、水を添加して希釈して、洗浄後溶液中の水相比を増加させるようにしている。これにより、従来方法と同等以上の金の還元率を実現することができる。
【0031】
また、本実施の形態に係る方法によれば、還元処理後の排水中の全窒素(T-N)濃度を抑えることができるため、系外に排出する排水中の窒素負荷を有効に低減できる。そしてこれにより、図3のフロー図に示すように、白金族元素を回収するプロセスにおいて、排水処理工程(PGM排水処理工程)にて生成した排水澱物浸出残渣を、銅電解スライムを塩素浸出する工程([a]工程)に繰り返す必要がなくなり、処理フロー全体として、白金族元素の回収効率の低下を抑えることができる(なお、従来方法を経た後の白金族元素の回収プロセスに関する図4のフロー図も参照のこと。)。
【0032】
≪2.各工程について≫
以下、有価金属の回収方法の各工程についてより詳細に説明する。上述したように、本実施の形態に係る方法は、[a]銅電解スライムのスラリーを塩素で浸出する工程と、[b]塩素浸出液に対して溶媒抽出処理を施して金を有機相に抽出し、その有機相を塩酸で洗浄した後、蓚酸にて還元することにより金を単体として回収する工程と、を含む。
【0033】
[銅電解スライムを塩素浸出する工程([a]工程)]
[a]工程では、銅電解スライムのスラリーを塩素で浸出することにより、金、白金族元素、セレン、テルルを浸出する。
【0034】
塩素浸出の処理対象である銅電解スライムは、特に限定されるものではなく、通常の銅の電解精製において電解槽の底に溜まったスライムをそのまま用いることができる。この銅電解スライムに、スライム中のセレンや銅の品位から計算で求められるスラリー濃度が150g/L~300g/L程度になるように水を加え、撹拌してスラリーとする。
【0035】
塩素浸出の処理は、銅電解スライムのスラリーに塩素ガスを吹き込むことによって行う。これにより、例えば銅電解スライム中の銅、セレン、銀等は、吹き込まれた塩素ガスと下記式3、4に示す反応により、塩化物を生成して浸出される。
(式3)Cu+Cl ⇒ CuCl
(式4)AgSe+3Cl+3HO ⇒ 2AgCl+HSeO+4HCl
【0036】
ここで、銅電解スライム中の銅やセレンの含有量は、原料となる鉱物組成や前処理方法による変動が大きく、初期の塩酸及び塩化物濃度を一定に保っていても、最終的に得られる塩素浸出液中の塩化物濃度は大きく変化する。後工程で特に有害なアンチモンは塩化物濃度の上昇により急激に増大するため、[a]工程を経て得られる塩素浸出液中の塩化物濃度の管理が重要となる。具体的には、塩化物濃度が130g/Lを超えるとアンチモン濃度が増大するため、塩素浸出液中の塩化物濃度は130g/L以下に維持することが好ましく、110g/L以下に維持することがより好ましい。なお、塩素浸出液中の塩化物濃度は、原料中のセレン品位と金属銅の品位から計算で求めることができる。また、塩素浸出スラリーの母液の塩化物濃度をモニタリングし、この濃度が目標濃度を超えた場合に水を添加して濃度調整することによっても調整できる。
【0037】
また、塩素ガスで浸出する前に、銅電解スライムのスラリーに空気又は酸素を吹き込むことにより、スラリー中の銅を酸化して酸化銅とする酸化処理を行ってもよい。酸化処理により生成した酸化銅は、塩素浸出により生成する塩酸(上記式4を参照)を消費するようになるため、塩化銅として銅が浸出されると同時に、塩素浸出液中の塩酸分の濃度が低下する。このように酸化処理を行ったのちに塩素浸出を行うことで、酸化された銅は既に浸出されているため、これに相当する塩素ガスを節減することができる。また、塩素浸出液中の溶存塩素や遊離塩酸等の濃度を管理でき、延いては塩化物濃度を制御できるため、銅製錬の原料組成が変化して銅電解スライムの組成が変化した場合にも、塩素浸出液中の塩化物濃度を所望の範囲に安定して維持することができる。
【0038】
[塩素浸出液から金を抽出して還元回収する工程([b]工程)]
[b]工程では、[a]工程で得られた塩素浸出液に対して溶媒抽出処理を施して金を有機相に抽出し、その有機相を塩酸で洗浄した後、蓚酸にて還元することにより金を単体として回収する。
【0039】
(抽出段)
塩素浸出液に対する抽出処理は、金の抽出溶媒であるビス(2-ブトキシエチル)エーテルを用いて行うことが好ましい。塩素抽出液に、ビス(2-ブトキシエチル)エーテルを混合することによって、その有機相に金を抽出する。
【0040】
(洗浄段)
次に、金を抽出した抽出液である有機相に、塩酸を添加して洗浄処理を施す。これにより、金と共に抽出された不純物を洗浄する。
【0041】
このとき、本実施の形態に係る方法では、有機相に塩酸を添加するとともに水を添加して希釈する。すなわち、水を添加することで塩酸を希釈する。これにより、洗浄後溶液の水相比率を増加させる。
【0042】
具体的に、水による希釈量については特に限定されないが、洗浄後溶液の有機相:水相の比率が、好ましくは100:55~100:85の範囲、より好ましくは100:60~100:80の範囲となるようにする。
【0043】
従来では、この洗浄処理においては有機相に塩酸を添加するのみであり、洗浄後溶液の有機相:水相の比率は100:50程度であった。これに対して、有機相に水を添加して塩酸を希釈することにより、pHを適度な範囲に調整することができる。すなわち、添加した水がpH調整剤として作用する。
【0044】
上述したように、従来の方法では、後述する蓚酸による還元処理において、有機相にpH調整剤として尿素を添加していた。これは、金の蓚酸による還元(上記式1を参照)では、その還元反応が進行するにつれて塩酸が生成するため、金の回収率(還元率)を向上させるために還元反応を促進させるべく、生成する塩酸を尿素により中和することを目的としていた。
【0045】
これに対して、本実施の形態に係る方法では、還元処理において尿素を添加せずに、前段の洗浄段において有機相に水を添加して水相の比率を増加させることで、後段の還元処理においてpHを所望とする範囲に調整して、生成する塩酸によるpH低下を抑制することを特徴としている。
【0046】
このような方法によれば、水を添加するという簡易で効率的な方法により、従来方法と同等以上に金の還元率を向上させることができ、高い回収率で金を回収できる。またそれに加え、還元処理で尿素の添加を必要としないことから、還元処理後の排水中の全窒素(T-N)濃度を抑えることができ、系外に排出する排水中の窒素負荷を有効に低減できる。そしてこれにより、図3のフローに示すように、白金族元素を回収するプロセスにおいて、排水処理工程(PGM排水処理工程)にて生成した排水澱物浸出残渣を、銅電解スライムを塩素浸出する工程([a]工程)に繰り返す必要がなくなり、処理フロー全体として、白金族元素の回収効率の低下を抑えることができる。
【0047】
なお、図2は、従来方法を経た後の白金族元素の回収プロセスに関するフロー図であり、図3は、本実施の形態に係る方法を経た後の白金族元素の回収プロセスに関するフロー図である。
【0048】
ここで、本実施の形態に係る方法では、上述のように、洗浄段において有機相に水を添加して水相の比率を増加させることで、金の還元率を向上させることができ、高い回収率で金を回収できる。具体的に、金の還元率としては61.0%以上とすることができる。一方、その金の還元率については、高くなればなるほど当然に金の回収率も向上して好ましいが、還元処理において金の還元に伴って不純物元素(例えばセレン、テルル等)も一緒に還元され、不純物濃度が高くなってしまうことがある。そのため、金の還元率の上限としては、特に限定されるものではないが、68.5%以下程度であることが好ましい。
【0049】
なお、ここでの「金の還元率」とは、金還元処理前の有機相中の金濃度に対する、金還元処理前の有機相中の金濃度と金還元処理後の有機相中の金濃度の差分値の百分率で表される。
【0050】
(逆抽出段及び還元処理)
次に、洗浄処理後の溶液(洗浄後溶液)に対して蓚酸水溶液を添加して加熱することにより、有機相から金を逆抽出するとともに、その金を金属単体の状態にまで還元する。
【0051】
具体的に、蓚酸による還元では、上記式1に示す反応により金が逆抽出されるとともに単体金が生成し回収される。このとき、本実施の形態に係る方法では、有機相に尿素を添加しない。
【0052】
上述したように、本実施の形態に係る方法では、洗浄処理(洗浄段)において有機相に水を添加するようにしており、洗浄液である塩酸を希釈している。これにより、後段である当該還元処理において、pH条件を適切に調整することができ、金の還元率を向上させて効果的に金を回収することができる。また、還元処理で尿素の添加を必要としないことから、還元処理後の排水中の全窒素(T-N)濃度を抑えることができ、系外に排出する排水中の窒素負荷を有効に低減できる。
【実施例0053】
以下、本発明の実施例を示してより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0054】
≪試験1≫
(銅電解スライムのスラリーの調製)
下記表1に示す組成の銅電解スライムに水を添加し混合して、固形分比率が30質量%程度(≒300g/L程度)のスラリーを調製した。
【0055】
【表1】
【0056】
(塩素浸出:[a]工程)
調製したスラリーに対し、反応時間4時間、反応温度85℃の条件で、液相に塩素が飽和する程度に塩素ガスを吹き込んで塩素浸出処理を行った。その後、遠心分離機で浸出残渣を分離し、洗浄液が無色になるまで洗浄することにより、塩素浸出液(残渣洗浄液を含む)を得た。下記表2に、塩素浸出液の組成、各元素の浸出率を示す。
【0057】
【表2】
【0058】
(金回収:[b]工程)
次に、得られた塩素浸出液に対して溶媒抽出処理を行った。まず、抽出段では、塩素浸出液にビス(2-ブトキシエチル)エーテル(以下、「DBC」と表記する)を混合接触させた後に、有機相と水相を分離し、有機相に金を分配させた抽出液と、その他を水相に分配させた抽出残液を得た。なお、処理量としては、得られる有機相量が4000L以上となるようにした。
【0059】
続いて、洗浄段では、抽出液(有機相)に塩酸を添加して洗浄し、金を有機相に残留させた洗浄後有機と、その他を水相に残留させた洗浄後水とからなる洗浄後溶液を得た。
【0060】
このとき、実施例1では、抽出液に水を添加して塩酸を希釈し、洗浄後溶液における有機相:水相の比率が100:70となるようにした。
【0061】
一方で、比較例1~3では、水を添加せずに塩酸による洗浄を行った。洗浄後溶液における有機相:水相の比率は100:50となった。したがって、実施例1では、比較例1~3に比べて、水相量が1.4倍となるように水を添加したことわかる。
【0062】
続いて、洗浄後有機に蓚酸水溶液を添加し、90℃まで昇温して、洗浄後有機中の金を逆抽出するとともに、下記式5に示すように、単体の金にまで還元して還元後液を得た。
(式5)蓚酸による還元
:2HAuCl+3H ⇒ 2Au+6CO+8HCl
【0063】
上記の還元反応式からわかるように、金の還元が進行するにつれて塩酸が生成し、pHが低下する。したがって、金の回収率を向上させるには、還元反応を進行し易くすればよく、具体的にはpHが-1.5程度までの低下に調整できればよいことがわかっている。
【0064】
そこで、比較例1~3では、洗浄後有機に、還元量相当量よりも過剰な量の尿素を添加して、下記式6に示すように生成する塩酸を中和するようにした。なお、尿素添加量は、下記表3に示すとおりであり、通常操業の比較例1での添加量を「1.00」としたときの相対量で示す。
(式6)尿素による塩酸の中和
:8HCl+4(NHCO+4HO ⇒ 8NHCl+4CO
【0065】
これに対し、洗浄段にて抽出液に水を添加した実施例1では、尿素を添加せずに還元処理を行った。
【0066】
下記表3に、実施例1、比較例1~3でのそれぞれの処理条件を示す。下記表3から、実施例1でもpHの範囲は-1.50±0.01の範囲に調整されていることがわかる。
【0067】
【表3】
【0068】
下記表4に、金の還元処理の直後に、金還元有機中の金濃度から算出した金還元率及び金還元後液(別処理へ)に残留する全窒素(T-N)濃度を測定した結果を示す。なお、金還元率の評価においては、その還元率が62.0%以上68.5%以下であった場合を「○」とし、それ以外の範囲の還元率であった場合を「×」として評価した。
【0069】
【表4】
【0070】
表4の結果に示すように、抽出液に水を添加して洗浄処理を施し、その後の還元処理では尿素を添加しなかった実施例1では、比較例1及び2とほぼ同等に金を還元することができた。また、実施例1では、尿素を添加しなかったことから、還元後液中に全窒素濃度が極めて低水準となり、窒素除去をするため処理(N処理)が不要であった。
【0071】
一方で、比較例1及び2では、金を効果的に還元できたものの、尿素の添加により還元後液中の窒素濃度が高くなり、その金還元後液を、その後の白金族元素を回収するプロセスにおける排水処理工程(PGM排水処理工程)で処理(N処理)する必要が生じた。なお、その場合、図2に示すフロー図のとおり、排水処理で生成した排水澱物浸出残渣を「銅電解スライムの塩素浸出工程([a]工程)」に繰り返す必要があり、処理フロー全体として、白金族元素の回収効率が低下することが懸念された。
【0072】
また、比較例3は、還元後液中の全窒素濃度は低水準であったため窒素を除去する処理は不要であったものの、金還元率が低下し、効果的に金を回収できなかった。
【0073】
≪試験2≫
試験2では、試験1における実施例1と同様の手順で、調製した銅電解スライムのスラリーに対して塩素浸出処理を施し、金還元前有機の金濃度が32g/Lの塩素浸出液を得て、その塩素浸出液を用いて溶媒抽出処理を行った。このとき、溶媒抽出処理における洗浄段では、抽出液(有機相)に所定量の水を添加することにより、有機相:水相の比率を変化させた。なお、その他の条件は実施例1と同様とし、還元処理でも尿素を添加しなかった。
【0074】
下記表5に、各試験例における洗浄段での有機相/水相の比率の条件と、結果を示す。なお、金還元率の評価においては、その還元率が62.0%以上68.5%以下であった場合を「○」とし、それ以外の範囲の還元率であった場合を「×」として評価した。なお、金の還元率が68.5%を超えると、不純物元素も一緒に還元されて不純物濃度が高くなってしまうことが考えられる。
【0075】
【表5】
【0076】
表5の結果に示されるように、溶媒抽出処理の洗浄段において抽出液に水を添加して、有機相:水相の比率を100:55~100:85の範囲とすることで、金を効果的に還元することができることがわかった。また、尿素を添加しなかったことから、還元後液中に全窒素濃度が低水準となり、窒素除去をするため処理(N処理)が不要であった。


図1
図2
図3