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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023064377
(43)【公開日】2023-05-11
(54)【発明の名称】細胞培養基材
(51)【国際特許分類】
   C12M 3/00 20060101AFI20230501BHJP
   C12N 1/00 20060101ALI20230501BHJP
   C12N 5/071 20100101ALI20230501BHJP
   A61L 27/38 20060101ALI20230501BHJP
【FI】
C12M3/00
C12N1/00 A
C12N5/071
A61L27/38
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021174629
(22)【出願日】2021-10-26
(71)【出願人】
【識別番号】000002093
【氏名又は名称】住友化学株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】田中 健太
(72)【発明者】
【氏名】斎藤 幸一
(72)【発明者】
【氏名】安達 琢真
(72)【発明者】
【氏名】田畑 泰彦
【テーマコード(参考)】
4B029
4B065
4C081
【Fターム(参考)】
4B029AA21
4B029BB11
4B029CC02
4B029GB09
4B065AA93X
4B065AC20
4B065BC41
4B065CA44
4C081BA12
4C081CD34
(57)【要約】
【課題】細胞機能を維持することができる或いは高めることができる細胞培養技術を提供すること。
【解決手段】細胞培養用表面が細胞接着性領域及び細胞非接着性領域からなる海島構造を含み、島の面積の平均値s(μm2)が式(1):6≦s≦450を満たし、島と島の間の距離の平均値l(μm)が式(2):0<l≦20を満たし、且つ海の総面積と島の総面積との合計面積100%に対して島の総面積が24%以上である、細胞培養基材。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞培養用表面が細胞接着性領域及び細胞非接着性領域からなる海島構造を含み、
島の面積の平均値s(μm2)が式(1):6≦s≦450を満たし、
島と島の間の距離の平均値l(μm)が式(2):0<l≦20を満たし、且つ
海の総面積と島の総面積との合計面積100%に対して島の総面積が24%以上である、
細胞培養基材。
【請求項2】
前記細胞接着性領域が島であり且つ細胞非接着性領域が海である、請求項1に記載の細胞培養基材。
【請求項3】
前記式(1)が12≦s≦270であり、且つ前記式(2)が0.5<l≦10である、請求項1又は2に記載の細胞培養基材。
【請求項4】
海の総面積と島の総面積との合計面積100%に対する前記島の総面積が30%以上である、請求項1~3のいずれかに記載の細胞培養基材。
【請求項5】
前記細胞培養用表面が0.1cm2以上の平面領域を含む、請求項1~4のいずれかに記載の細胞培養基材。
【請求項6】
前記細胞培養用表面が凹凸を有し、且つ前記凹凸の高低差が1mm以下である、請求項1~5のいずれかに記載の細胞培養基材。
【請求項7】
島が入る最小の円の面積がsの1億倍以下である、請求項1~6のいずれかに記載の細胞培養基材。
【請求項8】
島の面積の標準偏差が平均値の60%以下である、請求項1~7のいずれかに記載の細胞培養基材。
【請求項9】
島と島の距離の標準偏差が平均値の60%以下である、請求項1~8のいずれかに記載の細胞培養基材。
【請求項10】
前記細胞接着性領域の水接触角が20°以上100°未満であり、且つ前記細胞非接着性領域の水接触角が100°以上180°以下である、請求項1~9のいずれかに記載の細胞培養基材。
【請求項11】
前記細胞接着性領域が素材としてガラスを含み、且つ前記細胞非接着性領域が素材としてパーフルオロ化合物を含む、請求項1~10のいずれかに記載の細胞培養基材。
【請求項12】
細胞培養プレート、細胞培養ディッシュ、細胞培養フラスコ、又は細胞培養バッグである、請求項1~11のいずれかに記載の細胞培養基材。
【請求項13】
幹細胞培養用基材である、請求項1~12のいずれかに記載の細胞培養基材。
【請求項14】
請求項1~13のいずれかに記載の細胞培養基材上で細胞を培養することを含む、細胞集団の製造方法。
【請求項15】
前記細胞集団が再生医療用細胞集団である、請求項14に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、細胞培養基材等に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、組織や臓器の欠損や機能不全に対して細胞を使用して治療する等の再生医療技術の開発が進められている。例えば、間葉系幹細胞等の幹細胞を必要量得るために増殖させてから患部に投与する組織再生治療が行われている。しかし、この細胞の増殖は高コストであるし、また細胞の継代数が増えるにつれて、細胞機能(増殖能、再生因子産生能等)の低下が起こり得る。
【0003】
特許文献1には、コラーゲン、サイトカイン等のタンパク質を表面に固定化させた細胞培養基材を用いて、細胞の増殖、分化などの機能を制御する技術が開示されている。しかし、再生因子の産生能の制御については記載されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002-355026号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明者は研究を進める中で、細胞機能を維持することができる或いは高めることができる細胞培養技術があれば、再生医療技術に使用される細胞の調製コストの低減、さらには品質が安定した或いは高い細胞の安定供給に資することができると考えた。
【0006】
本開示は、細胞機能を維持することができる或いは高めることができる細胞培養技術を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は上記課題に鑑みて鋭意研究を進めた結果、細胞培養用表面が細胞接着性領域及び細胞非接着性領域からなる海島構造を含み、島の面積の平均値s(μm2)が式(1):6≦s≦450を満たし、島と島の間の距離の平均値l(μm)が式(2):0<l≦20を満たし、且つ海の総面積と島の総面積との合計面積100%に対して島の総面積が24%以上である、細胞培養基材、であれば、上記課題を解決できることを見出した。本発明者はこの知見に基づいてさらに研究を進めた結果、本開示の発明を完成させた。即ち、本開示は、下記の態様を包含する。
【0008】
項1. 細胞培養用表面が細胞接着性領域及び細胞非接着性領域からなる海島構造を含み、
島の面積の平均値s(μm2)が式(1):6≦s≦450を満たし、
島と島の間の距離の平均値l(μm)が式(2):0<l≦20を満たし、且つ
海の総面積と島の総面積との合計面積100%に対して島の総面積が24%以上である、
細胞培養基材。
【0009】
項2. 前記細胞接着性領域が島であり且つ細胞非接着性領域が海である、項1に記載の細胞培養基材。
【0010】
項3. 前記式(1)が12≦s≦270であり、且つ前記式(2)が0.5<l≦10である、項1又は2に記載の細胞培養基材。
【0011】
項4. 海の総面積と島の総面積との合計面積100%に対する前記島の総面積が30%以上である、項1~3のいずれかに記載の細胞培養基材。
【0012】
項5. 前記細胞培養用表面が0.1cm2以上の平面領域を含む、項1~4のいずれかに記載の細胞培養基材。
【0013】
項6. 前記細胞培養用表面が凹凸を有し、且つ前記凹凸の高低差が1mm以下である、項1~5のいずれかに記載の細胞培養基材。
【0014】
項7. 島が入る最小の円の面積がsの1億倍以下である、項1~6のいずれかに記載の細胞培養基材。
【0015】
項8. 島の面積の標準偏差が平均値の60%以下である、項1~7のいずれかに記載の細胞培養基材。
【0016】
項9. 島と島の距離の標準偏差が平均値の60%以下である、項1~8のいずれかに記載の細胞培養基材。
【0017】
項10. 前記細胞接着性領域の水接触角が20°以上100°未満であり、且つ前記細胞非接着性領域の水接触角が100°以上180°以下である、項1~9のいずれかに記載の細胞培養基材。
【0018】
項11. 前記細胞接着性領域が素材としてガラスを含み、且つ前記細胞非接着性領域が素材としてパーフルオロ化合物を含む、項1~10のいずれかに記載の細胞培養基材。
【0019】
項12. 細胞培養プレート、細胞培養ディッシュ、細胞培養フラスコ、又は細胞培養バッグである、項1~11のいずれかに記載の細胞培養基材。
【0020】
項13. 幹細胞培養用基材である、項1~12のいずれかに記載の細胞培養基材。
【0021】
項14. 項1~13のいずれかに記載の細胞培養基材上で細胞を培養することを含む、細胞集団の製造方法。
【0022】
項15. 前記細胞集団が再生医療用細胞集団である、項14に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0023】
本開示によれば、細胞機能を維持することができる或いは高めることができる細胞培養基材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】細胞培養基材の製造に使用したフォトマスク及び得られた細胞培養基材のパターンの一例を示す。
図2】得られた細胞培養基材の蛍光染色後の共焦点レーザー顕微鏡観察像を示す。
図3】細胞培養基材A~Hの表面構造を示す。濃色部分が撥水撥油処理されている領域を示し、白色部分が撥水撥油処理されていない領域を示す。
図4】島と島の間の距離の平均値lの算出方法のフローを示す。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本明細書中において、「含有」及び「含む」なる表現については、「含有」、「含む」、「実質的にからなる」及び「のみからなる」という概念を含む。
【0026】
1.細胞培養基材
本開示は、その一態様において、細胞培養用表面が細胞接着性領域及び細胞非接着性領域からなる海島構造を含み、島の面積の平均値s(μm2)が式(1):6≦s≦450を満たし、島と島の間の距離の平均値l(μm)が式(2):0<l≦20を満たし、且つ海の総面積と島の総面積との合計面積100%に対して島の総面積が24%以上である、細胞培養基材(本明細書において、「本開示の細胞培養基材」と示すこともある。)に関する。以下、これについて説明する。
【0027】
細胞培養用表面は、細胞を培養するために用いられる基材表面であり、その限りにおいて特に制限されない。具体的には、例えば細胞培養基材が細胞培養シャーレである場合、細胞培養用表面は、通常は当該シャーレの底面の内側表面であるが、一態様においては当該シャーレの壁面であることもできる。
【0028】
細胞培養用表面及び当該表面を含む基材は、細胞の培養に用いる際に使用する液(例えば培養液、洗浄液、消毒液等)で表面が荒らされない素材で構成されていることが好ましい。細胞培養用表面及び当該表面を含む基材を構成する素材としては、例えばガラス、樹脂(ポリスチレン、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ(アクリル酸エステル)、ポリ(メタクリル酸エステル)、ポリアクリルアミド、ポリアクリロニトリル、ポリエチレンテレフタレート、ポリ(L-乳酸)、ポリ(グリコール酸)、ポリ(ε-カプロ ラクトン)、ポリ(エチレングリコール)、およびこれらの共重合体など)、ポリペプチド(例えばコラーゲン、ゼラチン、カゼイン、フィブロイン、ケラチン、ラミニン、インテグリン、フィブロネクチン、ビトロネクチンなど)、多糖(セルロース、ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸、でんぷん、キチン、キトサンなど)、シリカ、シリコン、金属(金、銀、銅、鉄、亜鉛、アルミニウム、ニッケルおよびこれらの合金または酸化物)等が挙げられる。素材としては、1種単独、又は2種以上を組み合わせて採用することができる。
【0029】
細胞培養用表面及び当該表面を含む基材を構成する素材は、多孔質材料であることができる。この場合、細孔径は、例えば1μm以下であることができる。
【0030】
細胞培養用表面及び当該表面を含む基材を構成する素材は、ポリアクリルアミド等の温度応答性素材であることができる。これにより、培養後の細胞を、酵素を用いず温度変化で細胞を剥離し回収することができる。
【0031】
細胞培養用表面は、各種表面処理された表面であることができる。表面処理としては、例えばUVオゾン処理、コロナ放電処理、ブラスト処理、プライマー処理またはプラズマ処理、シランカップリング処理、酸処理、アルカリ処理、クリック反応などの付加反応を伴う化学処理等が挙げられる。表面処理は、1種単独、又は2種以上を組み合わせて採用することができる。
【0032】
細胞培養用表面は、上記処理に拠って、或いは上記処理に拠らずに、各種官能基を有することができる。官能基としては、例えば水酸基、カルボキシル基、アミノ基、アルデヒド基、チオール基等の親水性基; フッ化アルキル基、フッ化フェニル基、アルキル基、フェニル基等の疎水性基等が挙げられる。
【0033】
細胞培養用表面を含む基材は、細胞培養の過程で顕微鏡観察をする場合は透明であることが好ましい。この観点から、上記基材を構成する素材としては、透明素材、例えばガラス、ポリスチレン、アクリル、金属酸化物(例えばITO(酸化インジウムスズ)、酸化亜鉛等)が好ましい。また、光透過性を保つために薄く(例えば厚み10nm以下)または小さく(例えば粒子径100nm以下)した金属(例えば金や銀)の膜又は粒子も、好ましく用いることができる。
【0034】
ある均一な細胞培養用表面が細胞接着性領域であるか、或いは細胞非接着性領域であるかは、次のようにして判定される。被検対象となる細胞培養用表面(面積:0.79cm2)の上にヒト骨髄由来間葉系幹細胞(冷凍保存から4継代の細胞, 1.0×104cells, 培地量300μL)を播種する。3時間培養後、培地を除去し、リン酸バッファ300μLを細胞に直接当たらないように添加する。リン酸バッファを除去し、培地300μLを加える。細胞数を市販の細胞数測定試薬を用いて測定する(CellTiter-Glo(登録商標) Luminescent Cell Viability Assay, G7571, Promega、又はその同等品)。接着している細胞の数の播種した細胞の数に対する割合が80%以上である場合、その細胞培養用表面は細胞接着性領域であると判定し、接着している細胞の数の播種した細胞の数に対する割合が80%未満である場合、その細胞培養用表面は細胞非接着性領域であると判定する。細胞接着性領域の上記割合は、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは100%以上、よりさらに好ましくは105%以上であり、当該割合の上限も含めた範囲は、好ましくは80%以上200%以下、より好ましくは85%以上200%以下、さらに好ましくは90%以上170%以下、よりさらに好ましくは100%以上140%以下、とりわけ好ましくは105%以上130%以下である。細胞非接着性領域の上記割合は、好ましくは75%以下、より好ましくは70%以下であり、当該割合の下限も含めた範囲は、好ましくは10%以上80%以下、より好ましくは25%以上80%以下、さらに好ましくは40%以上75%以下、よりさらに好ましくは50%以上75%以下、とりわけ好ましくは55%以上75%以下、とりわけより好ましくは55%以上70%以下である。
【0035】
限定的な解釈を望むものではないが、細胞の接着性を決定する因子としては、例えば親水性、素材の置換基の種類と密度、凹凸および硬さなどがあるが、親水性が最も重要な因子と考えられる。この観点から、細胞接着性領域の水接触角は、好ましくは20°以上100°未満であり、より好ましくは25°以上90°未満であり、さらに好ましくは30°以上80°以下であり、よりさらに好ましくは30°以上70°以下であり、とりわけ好ましくは30°以上60°以下である。また、同様の観点から、細胞非接着性領域の水接触角は、好ましくは90°以上180°以下であり、より好ましくは100°以上180°以下であり、さらに好ましくは105°以上180°以下であり、よりさらに好ましくは105°以上150°以下であり、とりわけ好ましくは110°以上130°である。
【0036】
細胞接着性領域は素材としてガラスを含むことが好ましい。また、細胞非接着性領域は素材としてパーフルオロ化合物を含むことが好ましい。パーフルオロ化合物はパーフルオロ基を有する化合物であれば特に限定されない。パーフルオロ基とは、化合物における所定の基の置換可能部位がフッ素原子で満たされている基を意味する。典型的には、トリフルオロメチル基やペンタフルオロフェニル基が挙げられる。したがってトリフルオロメチル・エチレン基(3,3,3-トリフルオロプロピル基)およびメチル・ジフルオロメチレン基(1,1-ジフルオロエチル基)も、パーフルオロ基に含まれる。パーフルオロ基はなかでも、パーフルオロアルキル基またはパーフルオロアルキレン基であることが好ましい。
【0037】
海島構造は、細胞接着性領域及び細胞非接着性領域からなる構造であり、細胞接着性領域及び細胞非接着性領域の一方が細胞培養用表面において連続的に広がる海を形成し、他方が非連続に広がる島を形成してなる構造である。細胞接着性領域が島であり且つ細胞非接着性領域が海であることが好ましい。
【0038】
細胞培養用表面は、海島構造を含む限り特に制限されないが、海島構造の割合が高いことが好ましい。細胞培養用表面の面積100%に対する海島構造の面積は、例えば20%以上、好ましくは30%以上、より好ましくは50%以上、さらに好ましくは70%以上、よりさらに好ましくは80%以上、とりわけ好ましくは90%以上、とりわけより好ましくは95%以上、とりわけさらに好ましくは99%以上である。
【0039】
本開示の細胞培養基材は、海島構造において、島の面積の平均値s(μm2)が式(1):6≦s≦450を満たし、島と島の間の距離の平均値l(μm)が式(2):0<l≦20を満たし、且つ海の総面積と島の総面積との合計面積100%に対して島の総面積(島の面積割合)が24%以上である、ことを特徴とする。
【0040】
島の面積の平均値sは、海島構造における島の面積を島の数で除することにより算出することができる。島の面積には、分布があってもよく、標準偏差が平均値の60%以下が好ましく、50%以下がより好ましく、40%以下がさらに好ましく、30%以下がよりさらに好ましく、20%以下がとりわけ好ましい。
【0041】
島と島の間の距離の平均値lは、多数ある島の中から、島の面積が島全体の面積の和の0.05%より大きい島の中から一つの島を選択し、その島から最短距離にあるもう一つの島の縁までの距離(島と島の距離)の平均値であり、海島構造の画像解析に基づいて算出することができる。具体的には、視野が異なる複数の画像(海島構造が判別可能な画像)において、100μm四方の区域の中の全ての島(島の面積が島全体の面積の和の0.05%より大きい島)を選択し、選択した島の縁(線)を構成する点と他の島の縁(線)を構成する点とを結ぶ直線(但し、島の内側を通る直線を除く)の中から最も短い直線を決定し、当該直線の長さ(lx)を算出し、選択した島それぞれについて算出したlxの平均値を平均値lとする。例えば、図4に示されるフローに従って平均値lを算出することができる。s、I、及び島の面積割合それぞれ、海島構造のパターンが均質である場合は、海島構造の一部の測定結果に基づいて算出することができる。島と島の距離には分布があってもよく、標準偏差が平均値の60%以下が好ましく、50%以下がより好ましく、40%以下がさらに好ましく、30%以下がよりさらに好ましく、20%以下がとりわけ好ましい。
【0042】
式(1)の下限は8μm2が好ましく、10μm2がより好ましく、11μm2がさらに好ましく、12μm2がよりさらに好ましい。式(1)の下限は、一態様において、20μm2が好ましく、30μm2がより好ましく、40μm2がさらに好ましく、45μm2がよりさらに好ましい。式(1)の上限は400μm2が好ましく、350μm2がより好ましく、300μm2がさらに好ましく、270μm2がよりさらに好ましく、200μm2がとりわけ好ましく、150μm2がとりわけより好ましい。
【0043】
式(2)の下限は0.01μmが好ましく、0.1μmがより好ましく、0.5μmがさらに好ましく、0.9μmがよりさらに好ましい。式(2)の上限は15μmが好ましく、10μmがより好ましく、8μmがさらに好ましく、5μmがよりさらに好ましい。
【0044】
島の面積割合の下限は、25%が好ましく、30%がより好ましく、33%がさらに好ましく、38%がよりさらに好ましい。島の面積割合の下限は、一態様において、45%が好ましく、50%がより好ましく、55%がさらに好ましく、60%がよりさらに好ましく、65%がとりわけ好ましい。島の面積割合の上限は、90%が好ましく、85%がより好ましく、80%がよりさらに好ましく、75%がとりわけ好ましく、73%がとりわけより好ましく、72%がとりわけさらに好ましい。
【0045】
島の形状は、特に制限されない。一態様において、島が入る最小の円の面積がsの1億倍以下が好ましく、100万倍以下がより好ましく、1万倍以下がさらに好ましく、100倍以下がよりさらに好ましく、10倍以下がとりわけ好ましい。
【0046】
海島構造の形成方法は特に限定されないが、例えば細胞培養用表面への部分的な化学反応によって細胞接着性に変化を与える方法(方法1)、細胞接着性の素材と細胞非接着性の素材とを混錬する方法(方法2)等が挙げられる。
【0047】
方法1としては、例えば細胞培養用表面上に窓が開いた構造のマスクを設置し、紫外線、放射線、可視光などを照射する方法や、各種表面処理を行う方法等が挙げられる。
【0048】
マスクは、上記処理において侵されず、窓がない部分においては細胞培養用表面の一部に各処理が施されないようにできない素材であればよく、金属や樹脂などを用いることができる。本開示の一態様において、海島構造を形成する手法としては、感光性樹脂をフォトリソグラフィー法を用いて形成した膜を用いた手法が好ましい。フォトリソグラフィーの方法としては、公知の方法、例えば細胞培養用表面の一部上に感光性樹脂を含む液体を塗布し、海島構造に対応する像を有するフォトマスクを用いてステッパーなどの露光装置で部分的に露光するか、あらかじめCAD等で海島構造の二次元データを用いてレーザー描画装置などで部分的に露光し、アルカリ系現像液等を用いて現像処理によって窓を有するマスクを作成し、上記の処理を行い、その後溶媒または強酸等でレジスト膜を溶かして除去する方法が挙げられる。
【0049】
方法2において、細胞接着性の素材と細胞非接着性の素材の組み合わせとして、樹脂と樹脂、樹脂とフィラー、フィラーと樹脂などが挙げられる。樹脂とフィラーの素材については、例えば、細胞培養用表面及び当該表面を含む基材を構成する上記の素材が挙げられる。また、島の面積と島と島の間の距離を制御する目的で、ブロック共重合体および/または界面活性剤等を用いてもよい。また、島に相当する素材の粒子を用意し、さらに必要に応じて、その粒子の表面にあらかじめ分子を結合させて、樹脂と混錬することで本願記載の細胞培養表面を製造しても良い。
【0050】
細胞培養用表面の面形状は特に制限されず、例えば平面又は曲面であることができ、好ましくは平面を含む。細胞培養用表面(好ましくは海島構造)が平面領域を含む場合、平面領域の面積の下限は0.01cm2であることが好ましく、0.1cm2であることがより好ましく、0.5cm2であることがさらに好ましく、1cm2であることがよりさらに好ましく、また、上限は100m2であることが好ましく、10m2であることがより好ましく、1m2であることがさらに好ましく、200cm2であることが大いに好ましく、60cm2であることが特に好ましく、10cm2であることが最も好ましい。
【0051】
細胞培養用表面は凹凸(例えば、海島構造に由来する凹凸、海島構造に由来しない凹凸(例えば多孔質材料の孔に由来する)等)を有することができる。凹凸の高低差の上限は1mmであることが好ましく、100μmであることがより好ましく、10μmであることがさらに好ましく、1μmであることがよりさらに好ましく、100nmであることがとりわけ好ましく、10nmであることがとりわけより好ましい。
【0052】
本開示の細胞培養基材の形状は、細胞培養可能な形状である限り、特に制限されない。本開示の細胞培養基材としては、例えば細胞培養プレート、細胞培養ディッシュ、細胞培養フラスコ、細胞培養バッグ等が挙げられる。
【0053】
本開示の細胞培養基材の対象細胞は特に制限されない。対象細胞は、好ましくは再生医療、より好ましくは組織再生治療に使用される細胞である。対象細胞は、より具体的には、1回または複数回の分化によって、最終的に周辺組織の損傷部位に必要な細胞となって組織を再生させる機能か、或いはその存在によって、周辺の組織に対して何らかの因子を与え損傷部位に再生を促す機能を有することが好ましい。対象細胞は、さらに具体的には幹細胞であることが好ましく、多能性幹細胞または間葉系幹細胞であることがより好ましく、間葉系幹細胞であることがさらに好ましい。
【0054】
多能性幹細胞としては、例えばMuse細胞、ES細胞、iPS細胞が挙げられる。前記間葉系幹細胞としては、例えば骨髄間葉系幹細胞、脂肪組織由来間葉系幹細胞、滑膜組織由来間葉系幹細胞、歯髄由来間葉系幹細胞、歯胚由来間葉系幹細胞、耳介軟骨膜由来間葉系幹細胞、末梢血由来間葉系幹細胞、臍帯血由来間葉系幹細胞、靭帯由来間葉系幹細胞、腱由来間葉系幹細胞、ES細胞由来間葉系幹細胞、iPS細胞由来間葉系幹細胞 等が挙げられる。
【0055】
対象細胞は、他のより分化度が進んだ細胞への分化する機能を有することが好ましい。より分化度が進んだ細胞としては、例えば骨芽細胞、脂肪細胞、筋細胞、軟骨細胞等の間葉系に属する細胞が挙げられる。
【0056】
対象細胞は、再生因子発現能を有することが好ましい。再生因子としては、周辺の組織の四阿精を促進することができる因子である限り特に制限されず、例えばMMP-2、IGFBP-4、シスタチンC、IL-6、IL-11、MCP-1、IL-8、HGF、VEGF(血管内皮細胞増殖因子)、TIMP-1、TIMP-2、TIMP-3などが挙げられる。
【0057】
対象細胞の由来生物は、特に制限されず、例えば脊椎動物、無脊椎動物等が挙げられる。脊椎動物としては、例えば哺乳類(例えばヒト、サル、イヌ、ネコ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウシ、ウマ、ウサギ、モルモット、ラット、マウス等)、鳥類(例えばニワトリ、ウズラ、アヒル、ガチョウ、ダチョウ、ホロホロチョウ等)、爬虫類(例えばワニ、カメ、トカゲ等)、両生類(例えばカエル、イモリ等)、魚類(例えばテラピア、タイ、ヒラメ、サメ、サケ等)等が挙げられる。
【0058】
2.細胞集団の製造方法
本開示は、その一態様において、本開示の細胞培養基材上で細胞を培養することを含む、細胞集団の製造方法、に関する。当該方法により、細胞機能(増殖能、再生因子産生能等)を維持した状態で或いは高めた状態で細胞を培養することができ、より効率的に、より細胞機能が高い細胞集団を得ることができる。以下に、当該方法について説明する。
【0059】
培養方法としては、特に制限されず、対象細胞に応じて適切な方法を採用することができる。以下に、培養方法の一態様について説明する。
【0060】
本開示の細胞培養基材上への対象細胞の播種方法や播種量については特に制限はなく、例えば、朝倉書店発行「日本組織培養学会編組織培養の技術(1999年)」266~270頁等に記載されている方法が使用できる。通常、培養液1ml当り104~106個のオーダーで細胞が含まれるように播種するのが好ましく、また、細胞培養用表面1cm2当り103~106個のオーダーで細胞が含まれるように播種するのが好ましい。
【0061】
培養液としては、当技術分野で通常用いられる細胞培養用培地であれば特に制限なく用いることができる。例えば、用いる細胞の種類に応じて、MEM培地、BME培地、DME培地、αMEM培地、IMDM培地、ES培地、DM-160培地、Fisher培地、F12培地、WE培地およびRPMI1640培地等、朝倉書店発行「日本組織培養学会編 組織培養の技術第三版」581頁に記載されているような基礎培地を用いることができる。さらに、基礎培地に血清(ウシ胎児血清等)、各種増殖因子、抗生物質、アミノ酸などを加えてもよい。また、Gibco無血清培地(インビトロジェン社)等の市販の無血清培地等を用いることができる。最終的に得られる細胞組織体の臨床応用を考えると動物由来成分を含まない培地を使用することが好ましい。
【0062】
培養時間は、特に制限されず、培養の目的(維持、増殖等)に応じて適宜設定することができる。培養時間は、例えば6~240時間である。
【0063】
培養する温度は、例えば35~40℃である。CO2細胞培養装置などを利用して、1~10%程度のCO2濃度雰囲気下で培養することが好ましい。
【0064】
得られた細胞集団は、好ましくは再生医療、より好ましくは組織再生治療に用いることができる。より具体的には、例えば再生医療(好ましくは組織再生治療)適用対象組織への投与に用いることができる。
【実施例0065】
以下に、実施例に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0066】
(1)細胞培養基材の製造
クロム薄膜が製膜された石英マスクブランクスにポジ型フォトレジスト(東京応化工業株式会社TDMR-AR80HP)を塗布し、レーザー直接描画装置を用いて露光し、アルカリ系現像液(株式会社トクヤマSD-1)を用いて現像し、エッチング液(佐々木化学薬品株式会社エスクリーンS-2)によりクロム/酸化クロム薄膜のパターンを形成し、フォトレジストを硫酸と過酸化水素水の混合液で除去することで、図1のような繰り返しパターン(円内が窓)からなるフォトマスクを作成した。
【0067】
ガラスウエハ上にポジ型フォトレジスト(東京応化工業株式会社TDMR-AR80HP)を塗布し、上記のフォトマスクを用いて露光装置(ステッパー)で露光し、アルカリ系現像液(株式会社トクヤマSD-1)を用いて現像し、プラズマ処理で塗工面を親水化後、パーフルオロポリエーテル基を自由端側に有する撥水撥油剤を塗布し、150℃で30分間ベークし、25℃ 50%の室内で12時間静置した。表面処理を行い、フォトレジストをN-メチルピロリドンおよびアセトンで除去することで図1のような繰り返しパターン(円外が撥水撥油)で広さ1cm2以上の細胞培養基材を製造した。
【0068】
この細胞培養基材に蛍光基付きマウス抗体の水溶液を塗布し、水で洗浄して共焦点レーザー顕微鏡で観察し、図2と同じパターンの像を得た。蛍光体付きマウス抗体は撥水撥油処理されていない、ガラスが露出した面に付着している。
【0069】
同様の方法で全面が撥水撥油処理されている細胞培養基材A、繰り返しパターンの細胞培養基材B~G、および全面が撥水撥油処理されていない細胞培養基材Hを製造した。図3に、各細胞培養基材の表面構造を示す。
【0070】
(2)接触角の測定
製造した細胞培養基材における撥水撥油処理されている領域、及び撥水撥油処理されていない領域それぞれについて、水接触角を測定した。具体的には、次のようにして行った。常温、常圧、湿度50%程度で協和界面科学株式会社製DropMaster700を用いて測定した。
【0071】
その結果、撥水撥油処理されている領域の水接触角は39°で、撥水撥油処理されていない領域の水接触角は114°であった。
【0072】
(3)凹凸構造の測定
製造した細胞培養基材を原子間力顕微鏡(AFM)で観察し、観察像から、製造した細胞培養基材における撥水撥油処理されている領域と撥水撥油処理されていない領域との高低差を測定した。
【0073】
その結果、撥水撥油処理されている領域と撥水撥油処理されていない領域との高低差は5nm未満であった。
【0074】
(4)細胞接着性の評価
撥水撥油処理されている領域と撥水撥油処理されていない領域の細胞接着性を以下のようにして評価した。
【0075】
液体窒素で保存しておいた継代数3 のヒト骨髄由来間葉系幹細胞(PT-2501, Lonza, 以下MSCとする)を市販の10 cm シャーレに播種した(細胞数:3×105 cells, 培地はMesenchymal Stem Cell Growth Medium BulletKit, PT-3001, Lonzaを使用)。インキュベーターで培養した(37℃, 5%CO2)。
【0076】
面積0.79cm2の細胞培養基材A及びHの上にMSC(継代数4, 1.0×104 cells, 培地量300μL)を播種した。3時間培養後、培地を除去し、リン酸バッファ300μLを細胞に直接当たらないように添加した。リン酸バッファを除去し、培地300μLを加えた。細胞数を市販の細胞数測定試薬を用いて測定した(CellTiter-Glo(登録商標) Luminescent Cell Viability Assay, G7571, Promega)。その結果、全面が撥水撥油処理されている細胞培養基材Aでは細胞数が播種細胞数に対して66%であり、このことから撥水撥油処理されている領域を細胞非接着性領域と判定した。一方、全面が撥水撥油処理されていない細胞培養基材Hでは細胞数が110%であり、このことから撥水撥油処理されていない領域を細胞接着性領域と判定した。
【0077】
(5)細胞培養基材の性能の評価
細胞培養基材A~Hの上にMSC(継代数4, 1.0×104 cells, 培地量300μL)を播種した。2日間培養後、細胞数を市販の細胞数測定試薬を用いて測定した(CellTiter-Glo(登録商標) Luminescent Cell Viability Assay, G7571, Promega)。
【0078】
播種から1, 2, 3日後の培養上清300μLを遠心分離し、上清を-20℃で凍結保存した。後日、培養上清を解凍し、MMP-2 とVEGF を 市販のELISAキット (R&D Sytems, MMP200, DHG00B) を用いて定量した。
【0079】
上記の培養および評価をn3で実施し、そのうち1データが他と解離している場合は除去した上で平均値として表1にまとめた。表中の機能指標とは、(細胞増殖の割合(培養後の細胞数/播種細胞数))×(VEGFの発現量(pg)+MMP2の発現量(ng))であり、機能を維持した増殖を比較するための指標である。
【0080】
【表1】
【0081】
海島構造になっていない細胞培養基材Hを基準として、実施例の細胞培養基材D~Gは細胞数、MMP-2発現量、および機能指標が上回っていた。比較例の細胞培養基材A~Cは細胞数、MMP-2発現量、および機能指標の少なくとも2つが下回っている。
図1
図2
図3
図4