(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023007068
(43)【公開日】2023-01-18
(54)【発明の名称】蛍光色素、蛍光色素で標識された生体分子、及び化合物又はその塩
(51)【国際特許分類】
C09B 23/14 20060101AFI20230111BHJP
C07D 335/06 20060101ALI20230111BHJP
【FI】
C09B23/14
C07D335/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021110071
(22)【出願日】2021-07-01
(71)【出願人】
【識別番号】000004112
【氏名又は名称】株式会社ニコン
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(72)【発明者】
【氏名】片山 由貴子
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼塚 賢二
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 洋平
(57)【要約】
【課題】新規な蛍光色素、及び前記蛍光色素として使用可能な化合物を提供する。
【解決手段】下記一般式(s1)で表される化合物又はその塩からなる蛍光色素。Rは、電子供与基となる置換基を有する炭素原子数1~18の炭化水素基を表す。また、前記蛍光色素で標識された生体分子。
[化1]
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(s1)で表される化合物又はその塩からなる蛍光色素。
【化1】
[式中、Rは、電子供与基となる置換基を有する炭素原子数1~18の炭化水素基を表す。]
【請求項2】
前記Rが、電子供与基となる置換基を有する炭素原子数1~18の芳香族炭化水素基である、請求項1に記載の蛍光色素。
【請求項3】
前記一般式(s1)で表される化合物が、下記一般式(s1-1)で表される化合物である、請求項2に記載の蛍光色素。
【化2】
[式中、Xは、-NR
aR
bで表される基(R
a及びR
bは、それぞれ独立に、水素原子、炭素原子数1~5のアルキル基、又は-COR
cで表される基を表し、R
cは炭素数1~5のアルキル基を表す)、置換基を有してもよいアルキル基、置換基を有してもよいアルコキシ基、又は置換基を有してもよいアシル基を表す。]
【請求項4】
前記一般式(s1-1)で表される化合物が、下記式(S―NHAc)又は(S-NH2)で表される化合物である、請求項3に記載の蛍光色素。
【化3】
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載の蛍光色素で標識された生体分子。
【請求項6】
下記一般式(s1a)で表される化合物又はその塩。
【化4】
[式中、Raは、電子供与基となる置換基を有する炭素原子数1~18の炭化水素基(但し、4-(ジメチルアミノ)フェニル基を含むものは除く。)を表す。]
【請求項7】
前記Raが、電子供与基となる置換基を有する炭素原子数1~18の芳香族炭化水素基である、請求項6に記載の化合物又はその塩。
【請求項8】
前記一般式(s1a)で表される化合物が、下記一般式(s1a-1)で表される化合物である、請求項7に記載の化合物又はその塩。
【化5】
[式中、Xaは、-NR
aR
bで表される基(R
a及びR
bは、それぞれ独立に、水素原子、炭素数1~5のアルキル基、又は-COR
cで表される基を表し、R
cは炭素原子数1~5のアルキル基を表す。ただし、R
a及びR
bの両方がアルキル基となることはない。)、置換基を有してもよいアルキル基、置換基を有してもよいアルコキシ基、又は置換基を有してもよいアシル基を表す。]
【請求項9】
前記一般式(s1a-1)で表される化合物が、下記式(S―NHAc)又は(S-NH2)で表される化合物である、請求項8に記載の化合物又はその塩。
【化6】
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は蛍光色素、蛍光色素で標識された生体分子、及び化合物又はその塩に関する。
【背景技術】
【0002】
バイオイメージングで利用される超解像顕微鏡観察では、通常の蛍光観察よりも強い励起光が必要である。そのため、強い励起光でも褪色することがない耐光性の高い蛍光色素が求められる。近年、蛍光色素としては、凝集にともなって蛍光が増大する凝集誘起発光(Aggregation-induced emission:AIE)性を有する蛍光色素が報告されている(非特許文献1)。また、一般的な有機蛍光色素のストークスシフトは、数10nm前後であり、吸収光と発光とのスペクトルの重なりが大きい。そのため、発光の自己吸収が起こりやすく、発光効率が低下する。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Andong Shao et al., Insight into aggregation-induced emission characteristics of red-emissive quinoline-malononitrile by cell tracking and real-time trypsin detection. Chem. Sci., 2014, 5, 1383-1389.
【発明の概要】
【0004】
本発明の一実施態様は、下記一般式(s1)で表される化合物又はその塩からなる蛍光色素である。
【0005】
【化1】
[式中、Rは、電子供与基となる置換基を有する炭素原子数1~18の炭化水素基を表す。]
【0006】
本発明の一実施態様は、前記蛍光色素で標識された生体分子である。
【0007】
本発明の一実施態様は、下記一般式(s1a)で表される化合物又はその塩である。
【0008】
【化2】
[式中、Raは、電子供与基となる置換基を有する炭素原子数1~18の炭化水素基(但し、4-(ジメチルアミノ)フェニル基を含むものは除く。)を表す。]
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】化合物(S-NHAc)及び化合物(S-NH2)の吸収スペクトルを示す。
【
図2A】化合物(S-NHAc)の蛍光スペクトルを示す。
【
図2B】化合物(S-NH2)の蛍光スペクトルを示す。
【
図3】蛍光染色細胞の顕微鏡観察に用いたフィルタの特性を示す。
【
図4】細胞に取り込ませた化合物(S-NHAc)、化合物(S-NH2)、及びATTO465-NHS-Esterの退色カーブを示す。
【
図5A】化合物(S-NHAc)で染色した細胞のタイムラプス画像を示す。
【
図5B】化合物(S-NH2)で染色した細胞のタイムラプス画像を示す。
【
図5C】Atto465-NHS-Esterで染色した細胞のタイムラプス画像を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本明細書及び本特許請求の範囲において、「脂肪族」とは、芳香族に対する相対的な概念であって、芳香族性を持たない基、化合物等を意味するものと定義する。
「芳香族炭化水素基」は、芳香環を少なくとも1つ有する炭化水素基を意味する。芳香環は、4n+2個のπ電子をもつ環状共役系であれば特に限定されず、単環式でも多環式でもよい。芳香環は、芳香族炭化水素環であってもよく、芳香族複素環であってもよい。
「アルキル基」は、特に断りがない限り、直鎖状、分岐鎖状及び環状の1価の飽和炭化水素基を包含するものとする。アルコキシ基又はアシル基中のアルキル基も同様である。
「アルキレン基」は、特に断りがない限り、直鎖状、分岐鎖状及び環状の2価の飽和炭化水素基を包含するものとする。
「置換基を有してもよい」と記載する場合、水素原子(-H)を1価の基で置換する場合と、メチレン基(-CH2-)を2価の基で置換する場合との両方を含む。
「ハロゲン原子」は、フッ素原子、塩素原子、臭素原子又はヨウ素原子を意味する。
「凝集誘起発光性」又は「AIE性」とは、凝集にともなって蛍光が増大する化合物の性質を意味する。
【0011】
本明細書及び本特許請求の範囲において、化学式で表される構造によっては不斉炭素が存在し、エナンチオ異性体(enantiomer)やジアステレオ異性体(diastereomer)が存在し得るものがあるが、その場合は一つの式でそれら異性体を代表して表す。それらの異性体は単独で用いてもよいし、混合物として用いてもよい。
【0012】
[蛍光色素]
一実施態様において、本発明は、下記一般式(s1)で表される化合物(以下、「化合物(S1)」ともいう)又はその塩からなる蛍光色素を提供する。
【0013】
【化3】
[式中、Rは、電子供与基となる置換基を有する炭素原子数1~18の炭化水素基を表す。]
【0014】
化合物(S1)は、蛍光性化合物である。化合物(S1)の吸収波長は、一例として、400~600nm付近である。化合物(S1)の吸収波長は、一例として400~500nm付近であり、一例として450~600nmである。化合物(S1)の蛍光波長は、一例として、600~800nm付近である。化合物(S1)は、従来の蛍光色素と比べて、耐光性に優れており、ストークスシフトが大きい。
【0015】
前記一般式(s1)中、Rは、電子供与基となる置換基を有する炭素原子数1~18の炭化水素基を表す。前記炭化水素基は、脂肪族炭化水素基であってもよく、芳香族炭化水素基であってもよい。
【0016】
Rにおける脂肪族炭化水素基は、飽和脂肪族炭化水素基であってもよく、不飽和脂肪族炭化水素基であってもよい。前記脂肪族炭化水素基としては、直鎖状若しくは分岐鎖状の脂肪族炭化水素基、又は構造中に環を含む脂肪族炭化水素基等が挙げられる。
【0017】
Rにおける直鎖状の脂肪族炭化水素基の炭素原子数としては、例えば、炭素原子数1~16、炭素原子数1~12、炭素原子数1~10、又は炭素原子数1~6が挙げられる。Rにおける分岐鎖状の脂肪族炭化水素基の炭素数としては、例えば、炭素原子数3~16、炭素原子数3~12、炭素原子数3~10、又は炭素原子数3~6が挙げられる。Rにおける構造中に環を含む脂肪族炭化水素基の炭素数としては、例えば、炭素原子数3~16、炭素原子数3~12、炭素原子数3~10、又は炭素原子数3~6が挙げられる。
【0018】
Rにおける芳香族炭化水素基は、単環式でも多環式でもよい。Rにおける芳香族炭化水素基が有する芳香環の炭素原子数としては、炭素原子数5~18、炭素原子数5~16、又は炭素原子数6~16が挙げられる。芳香環としては、例えば、ベンゼン、ナフタレン、アントラセン、フェナントレン、ピレン等の芳香族炭化水素環;前記芳香族炭化水素環を構成する炭素原子の一部がヘテロ原子で置換された芳香族複素環等が挙げられる。芳香族複素環におけるヘテロ原子としては、酸素原子、硫黄原子、窒素原子等が挙げられる。芳香族複素環の具体例としては、ピロリジン環、ピリジン環、チオフェン環等が挙げられる。
【0019】
Rにおける芳香族炭化水素基の炭素数としては、例えば、炭素原子数6~16、炭素原子数6~12、又は炭素原子数6~10が挙げられる。Rにおける芳香族炭化水素基が有する芳香環は、一例として芳香族炭化水素環であり、一例として単環である。Rにおける芳香族炭化水素基は、例えば、水素原子の一部が置換されてもよいフェニル基である。前記フェニル基の水素原子を置換する置換基としては、例えば、後述の-NRaRbで表される基が挙げられる。
【0020】
Rにおける炭化水素基は、電子供与基となる置換基を有する。電子供与基は、電子を押し出す力を有する置換基である。Rにおける炭化水素基が有する電子供与基の数は、特に限定されない。一例として、Rにおける炭化水素基が有する電子供与基の数は、1個である。
【0021】
Rは、電子供与基となる置換基を有する炭素原子数6~18の芳香族炭化水素基であってもよく、電子供与基となる置換基を有する炭素原子数6~10の芳香族炭化水素基であってもよい。Rは、一例として、水素原子の一部が置換されてもよいフェニル基である。
【0022】
Rにおける炭化水素基が芳香族炭化水素基である場合、一例として、Rは、電子供与基となる置換基を有する芳香族炭化水素環を含む。芳香族炭化水素環が有する電子供与基としては、例えば、-NRaRbで表される基(Ra及びRbは、それぞれ独立に、水素原子、炭素原子数1~5のアルキル基、又は-CORcで表される基を表し、Rcは炭素原子数1~5のアルキル基を表す)、アルコキシ基、及びアシル基が挙げられるが、これらに限定されない。前記電子供与基としてのアルコキシ基及びアシル基が有するアルキル基としては、炭素原子数1~5の直鎖状アルキル基又は炭素原子数3~5の分岐鎖状アルキル基が挙げられる。
【0023】
Rにおける炭化水素基は、電子供与基に加えて、電子供与基以外の置換基を有してもよく、有していなくてもよい。一例としては、Rにおける炭化水素基は、電子供与基以外の置換基を有さない。
【0024】
化合物(S1)は、例えば、下記一般式(s1-1)で表される化合物である。
【0025】
【化4】
[式中、Xは、-NR
aR
bで表される基(R
a及びR
bは、それぞれ独立に、水素原子、炭素原子数1~5のアルキル基、又は-COR
cで表される基を表し、R
cは炭素原子数1~5のアルキル基を表す)、置換基を有してもよいアルキル基、置換基を有してもよいアルコキシ基、又は置換基を有してもよいアシル基を表す。]
【0026】
前記一般式(s1-1)中、Xは、-NRaRbで表される基(Ra及びRbは、それぞれ独立に、水素原子、炭素原子数1~5のアルキル基、又は-CORcで表される基を表し、Rcは炭素数1~5のアルキル基を表す)、置換基を有してもよいアルキル基、置換基を有してもよいアルコキシ基、又は置換基を有してもよいアシル基を表す。
【0027】
-NRaRbで表される基において、Ra及びRbは、それぞれ独立に、水素原子、炭素原子数1~5のアルキル基、又は-CORcで表される基を表す。Rcは炭素原子数1~5のアルキル基を表す。
Ra、Rb、Rcにおける炭素原子数1~5のアルキル基としては、炭素原子数1~5の直鎖状アルキル基、炭素原子数3~5の分岐鎖状アルキル基、炭素原子数3~5のシクロアルキル基が挙げられる。炭素原子数1~5の直鎖状アルキル基は、炭素原子数1~4、炭素原子数1~3、又は炭素原子数1若しくは2の直鎖状アルキル基であってもよい。炭素原子数3~5の分岐鎖状アルキル基は、炭素原子数3又は4の分岐鎖状アルキル基であってもよい。炭素原子数3~5のシクロアルキル基は、炭素原子数3又は4のシクロアルキル基であってもよい。
【0028】
-NRaRbで表される基は、一例として、Raが水素原子であり、Rbが-CORcで表される基である。この場合、化合物(S1)は、凝集誘起発光(AIE)性を有する傾向がある。AIE性とは、凝集にともなって蛍光が増大する化合物の性質をいう。化合物(S1)がAIE性を有する場合、耐光性がより向上する。
【0029】
-NRaRbで表される基は、一例として、Ra及びRbがいずれも水素原子である。この場合、化合物(S1)は、発光強度が向上する傾向がある。
【0030】
化合物(S1)の具体例を以下に示すが、これに限定されない。
【0031】
【0032】
化合物(S1)は、塩の形態であってもよい。例えば、化合物(S1)の塩基付加塩としては、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩等の金属塩;アンモニウム塩;トリエチルアミン塩等の有機アミン塩等が挙げられる。化合物(S)の酸付加塩として、例えば、塩酸塩、硫酸塩、硝酸塩等の鉱酸塩;p-トルエンスルホン酸塩、メタンスルホン酸塩、マレイン酸塩、シュウ酸塩等の有機酸塩等が挙げられる。
【0033】
化合物(S1)は、耐光性が高く、ストークスシフトが大きい。そのため、蛍光顕微鏡(たとえば超解像顕微鏡)を用いたバイオイメージング用の蛍光色素として好適に用いることができる。
【0034】
耐光性を有する公知の蛍光色素としては、Atto465(ATTO-TEC GmbH)、C-Naphox-TEG(東京化成工業)、及びAIE Mitochondria(AIEgen Biotech)等が知られている。しかしながら、これらの蛍光色素は、ストークスシフトが小さい、合成方法が複雑である等の難点がある。
化合物(S)は、耐光性が高く、ストークスシフトが大きいことに加えて、合成方法が簡易であり、低コストで合成できるという利点を有する。
【0035】
化合物(S1)又はその塩は、耐光性に優れることから、特に、通常の蛍光顕微鏡よりも強い励起光を用いる超解像顕微鏡観察用の蛍光色素として適用可能である。化合物(S1)又はその塩は、耐光性に優れているため、長時間観察を行った場合にも退色が生じにくい。そのため、例えば、長時間のタイムラプス画像の取得等にも適している。
化合物(S1)は、一例として、蛍光波長が600~800nmであるため、蛍光波長が異なる波長の蛍光色素と組み合わせて、多重染色を行うことができる。
化合物(S1)又はその塩は、ストークスシフトが比較的広い。一般的な有機蛍光色素のストークスシフトが数10nm前後であるのに対し、化合物(S1)又はその塩のストークスシフトは、一例として、100nm以上である。ストークスシフトが広いことにより、吸収光と発光のスペクトルの重なりが小さくなり、自己吸収が起こりにくい。また、波長変換分野では、ストークスシフトが広いことにより、吸収する波長と発光する波長とをダイナミックに変換することが可能となる。さらに、分子標識の分野では、励起光が重なる他の蛍光色素と組み合わせることにより、単一励起光による多重染色も可能となる。
さらに、化合物(S1)は、比較的分子量が小さく、合成が容易である。そのため、安価にバイオイメージング用の色素を製造できる。
【0036】
(製造方法)
化合物(S1)は、例えば、下記Scheme Aに示す方法を用いて製造することができる。以下、Scheme Aに記載の製造方法の一例について説明する。
【0037】
まず、Zhao, Dongbing、Beiring, BernhardとGlorius, Frank著「Ruthenium-NHC-Catalyzed Asymmetric Hydrogenation of Flavones and Chromones: General Access to Enantiomerically Enriched Flavanones, Flavanols, Chromanones, and Chromanols」(Angewandte Chemie Int. Ed. (2013) , 52(32), 8454-8458)に記載される方法等を用いて、化合物(T-2)を合成する。例えば、チオフェノール及びアセト酢酸エチルをポリりん酸(PPA)の存在下で反応させて化合物(T-1)を得る。反応条件としては、例えば、90℃で30分間が挙げられる。次に、化合物(T-1)をマロノニトリルと反応させて、化合物(T-2)を得る。反応は、例えば、温度0℃で四塩化チタン、ピリジン及びジクロロメタンと混合した後、室温で反応を行うことができる。
【0038】
次に、化合物(T-2)に、化合物(1)を反応させて、化合物(S1)を得る。反応は、例えば、アルゴン雰囲気下、無水トルエンの存在下で行うことができる。反応条件としては、室温で、2時間還流が挙げられる。化合物(1)の官能基が保護基で保護されている場合には、脱保護剤を添加して反応させてもよい。
このようにして、化合物(S1)を製造することができる。
【0039】
【0040】
[生体分子]
一実施態様において、本発明は、化合物(S1)又はその塩からなる蛍光色素で標識された生体分子を提供する。
【0041】
「生体分子」とは、生体を構成する分子またはそれらを模倣して合成された分子を意味する。生体分子としては、生体高分子(核酸、タンパク質、多糖)、及びこれらの構成単位であるヌクレオチド、ヌクレオシド、並びにこれらのオリゴマー、アミノ酸、ペプチド、糖、並びに脂質等が挙げられる。タンパク質としては、抗体、酵素、ホルモン等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0042】
化合物(S1)又はその塩からなる蛍光色素と、生体分子との結合は、公知の方法により行うことができる。例えば、化合物(S1)又はその塩に、生体分子が有する官能基と反応可能な官能基を導入し、前記官能基どうしの結合を介して、化合物(S1)を生体分子に結合させる方法が挙げられる。
【0043】
生体分子中の官能基及び化合物(S1)に導入する官能基の組合せとしては、例えば、アミノ基とカルボキシ基、ヒドロキシ基とカルボキシ基、NHSエステル基及とびアミノ基、マレイミド基とチオール基、及びアジド基とプロパルギル基等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0044】
本実施形態の生体分子は、耐光性に優れた蛍光色素である化合物(S1)又はその塩で標識されているため、蛍光顕微鏡、たとえば超解像顕微鏡観察によるバイオイメージングに好適に用いることができる。
【0045】
[化合物]
一実施態様において、本発明は、下記一般式(s1a)で表される化合物又はその塩を提供する。
【0046】
【化7】
[式中、Raは、電子供与基となる置換基を有する炭素原子数1~18の炭化水素基(但し、4-(ジメチルアミノ)フェニル基を含むものは除く。)を表す。]
【0047】
一般式(s1a)中のRaは、前記一般式(s1)中のRと同様である。但し、Raでは、4-(ジメチルアミノ)フェニル基を含むものは除かれる。
【0048】
前記一般式(s1a)で表される化合物としては、下記一般式(s1a-1)で表される化合物が挙げられる。
【0049】
【化8】
[式中、Xaは、-NR
aR
bで表される基(R
a及びR
bは、それぞれ独立に、水素原子、炭素数1~5のアルキル基、又は-COR
cで表される基を表し、R
cは炭素数1~5のアルキル基を表す。ただし、R
a及びR
bの両方がアルキル基となることはない。)、置換基を有してもよいアルキル基、置換基を有してもよいアルコキシ基、又は置換基を有してもよいアシル基を表す。]
【0050】
一般式(s1a-1)中のXaは、前記一般式(s1-1)中のXと同様である。但し、Xaが-NRaRbで表される基である場合、Ra及びRbの両方がアルキル基となることはない。
【0051】
一般式(s1a)で表される化合物は、塩の形態であってもよい。塩としては、化合物(S1)の塩として挙げたものと同様のものが挙げられる。
【0052】
一般式(s1a)で表される化合物の具体例としては、前記式(S-NHAc)又は(S-NH2)で表される化合物が挙げられるが、これらに限定されない。
【0053】
式(S-NHAc)で表される化合物(以下、化合物(S-NHAc)ともいう)は、AIE性を有し、耐光性に極めて優れた化合物である。
式(S-NH2)で表される化合物(以下、化合物(S-NH2)ともいう)は、AIE性を有さないが、耐光性に優れた化合物である。
【0054】
一般式(s1a)で表される化合物は、化合物(S1)に包含される化合物であり、蛍光色素として使用することができる。
【0055】
以上、本発明の実施形態について詳述したが、具体的な構成はこの実施形態に限られるものではなく、この発明の要旨を逸脱しない範囲の設計等も含まれる。
【実施例0056】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0057】
[合成例]
(2-(2-methyl-4H-thiochromen-4-ylidene)malononitrile(化合物(T-2))の合成)
化合物(T-2)を、Donkers, Robert L.とWorkentin, Mark S.著「Elucidation of the Electron Transfer Reduction Mechanism of Anthracene Endoperoxides」(J. Am. Chem. Soc. (2004), 126(6), 1688-1698)に掲載されている方法で合成した。
【0058】
【0059】
((E)-N-(4-(2-(4-(dicyanomethylene)-4H-thiochromen-2-yl)vinyl)phenyl)acetamide(化合物(S-NHAc))の合成)
化合物(T-2)300mgをアルゴン雰囲気下で無水アセトニトリル75mLに溶解した。これに、ピペリジン(富士フイルム和光純薬)1.7mLと酢酸(富士フイルム和光純薬)1.7mLを加えて室温で30分かき混ぜた。次にこの溶液を加熱し、18時間還流した。反応液に現れた赤色固体をろ過し、メタノールで洗浄し、赤色粉末固体448.2mgを得た。
【0060】
得られた化合物(S-NHAc)のNMRおよびFD-MS測定を行い、以下の結果より構造を同定した。
1H-NMR(500MHz,DMSO-d6):δ(ppm)10.2(1H,s),8.77(1H,d,J=8.3Hz),8.00(1H,d,J=8.0Hz),7.81(1H,m),7.73(2H,m),7.72(1H,m),7.65(2H,m),7.64(1H,d,J=16.3Hz)7.63(1H,s),7.36(1H,d,J=16.3Hz),2.07(3H,s)。13C-NMR(125.7MHz,DMSO-d6):δ(ppm)169.1,156.2,148.6,141.6,137.4,134.9,133.1,130.2,129.4,128.9,128.5,128.2,125.1,124.7,121.2,119.4,117.9,116.4,67.0,24.6。FD-MS m/z 369.1 (M+)。
【0061】
【0062】
((E)-2-(2-(4-aminostyryl)-4H-thiochromen-4-ylidene)malononitrileの合成(化合物(S-NH2))の合成)
化合物(S-NHAc)218mgに塩酸(富士フイルム和光純薬)10mLとジオキサン(東京化成工業)20mLの混合溶媒を加え、加熱して18時間還流した。反応終了後、反応液を4N水酸化ナトリウム溶液で中和し、酢酸エチル(関東化学)で抽出し有機溶媒層を分取後、硫酸マグネシウムで乾燥し有機溶媒を除去した。アセトニトリルと水を移動相としたODSカラムで精製し、橙色固体87mgを得た。
【0063】
得られた化合物(S-NH2)のNMRとEI-MS測定を行い、以下の結果より構造を確認した。
1H-NMR(500MHz,CDCl3):δ(ppm)8.92(d,J= 8.4Hz,1H),7.66(d,J=8.0Hz,1H),7.61(m,1H),7.55(m,1H),7.49(s,1H),7.39(d,J=8.3Hz,2H),7.21(d,J=16.0Hz,1H),6.93(d,J=16.0Hz,1H),6.69(d, J=8.3Hz,2H)。13CNMR(125MHz,CDCl3)δ(ppm)156.2,149.1,148.7,138.1,135.2,132.0,129.9,128.6,128.3,127.5,126.0,121.3,120.5,117.7,116.5,115.3,67.6。EI-MSm/z327.1(M+),205.2,149.0。
【0064】
【0065】
[吸収スペクトル、蛍光スペクトルの測定]
(試料調製)
化合物(S-NHAc)0.5mgを秤量し、0.5mLのジメチルスルホキシド(DMSO)(D5293,東京化成工業株式会社)に溶解した。また、化合物(S-NH2)1mgを秤量し、0.5mLのDMSOに溶解した。化合物(S-NHAc)及び化合物(S-NH2)の各DMSO溶液のモル濃度は、それぞれ2.7mmol/L及び6.1mmol/Lである(表1)。このDMSO溶液を表2に記載の容量で希釈し、それぞれ1.0mmol/Lの化合物(S-NHAc)溶液及び化合物(S-NH2)溶液を得た。
【0066】
【0067】
【0068】
(吸収スペクトルの測定)
1.0mmol/Lの化合物(S-NHAc)溶液及び1.0mmol/Lの化合物(S-NH2)溶液を、DMSOでそれぞれ20μmol/Lに希釈し、96ウェルプレート(EZVIEW(登録商標),AGCテクノグラス株式会社)の1穴にそれぞれ200μLずつ入れた。マイクロプレートリーダー(Spark(登録商標),Tecan,Switzerland)で350nmから700nmまでの吸収スペクトルを取得した。得られた吸収スペクトルの吸光度を吸収ピーク値が1.00となるように規格化した。
化合物(S-NHAc)及び化合物(S-NH2)の吸収スペクトルを
図1に示す。
【0069】
(蛍光スペクトルの測定)
1.0mmol/Lの化合物(S-NHAc)溶液及び1.0mmol/Lの化合物(S-NH2)溶液を、それぞれDMSOで20μmol/Lに希釈し、96ウェルプレートの1穴にそれぞれ200μLずつ入れた。また、各化合物の凝集の程度と蛍光スペクトルの強度の関係を取得するために、DMSO濃度が異なる20μmol/Lの化合物溶液を調製した。1.0mmol/Lの化合物(S-NHAc)溶液または1.0mmol/Lの化合物(S-NH2)溶液0.01mLに、それぞれDMSOと超純水(milli-Q Integral 3,18.2MΩ・cm)を表3に示すように添加して、DMSO濃度が20,40,60,80%となる化合物溶液をそれぞれ調製した。これらを96ウェルプレートの1穴にそれぞれ200μLずついれた。マイクロプレートリーダーを用い、450nmで励起したときの500nmから800nmの蛍光スペクトルを得た。
【0070】
【0071】
化合物(S-NHAc)の蛍光スペクトルを
図2Aに示す。化合物(S-NH2)の蛍光スペクトルを
図2Bに示す。化合物(S-NHAc)は、超純水の割合が高く分子の凝集度が高いときに蛍光強度が強くなったことから、凝集誘起発光(AIE)性を有することが確認できた(
図2A)。一方、化合物(S-NH2)は、超純水の割合が高く凝集度が高いときに蛍光が消失し、AIE性は認められなかった。
【0072】
[細胞の染色試験]
(細胞の染色)
染色用の細胞として、ヒト子宮頸部癌細胞(HeLa)細胞を用いた。
500mLのDulbecco’s modified Eagle’s medium(DMEM,Sigma-Aldrich,D5796)に対し、50mLのFetal Bovine Serum(FBS,Thermo Fisher,10437-028)及び5mLのPenicillin-Streptomycin(P/S,Thermo Fisher,15140-148)を添加したものを培養液として用いた。HeLa細胞を培養した直径60mmの細胞培養ディッシュ(353004,Falcon(登録商標),Corning)から培養液を除去した後、Dulbecco’s phosphate-buffered saline(PBS,Thermo Fisher,14190-250)を用いて細胞表面を洗浄した。PBSを除去した後、Trypsin-EDTA solution(Sigma-Aldrich, T3924)0.5mLを添加し、ディッシュ底面全体に行き渡らせた後、37℃、CO2濃度5%に設定したインキュベーター(IP400,ヤマト科学株式会社)内に5分間置いた。ディッシュを取り出し、細胞がディッシュ底面から剥離していることを確認した後、ディッシュを叩いて細胞同士の凝集を解いた。約4.5mLの培養液で剥離した細胞を15mLチューブ(352096,Falcon(登録商標),Corning)に回収し、遠沈管に入れて遠心分離機(CF16RN,himac)を用いて1,000rpm、5分間の遠心分離を行った。上澄みの培養液とトリプシン-EDTA溶液の混合溶液を回収し、培養液を添加してHeLa細胞懸濁液を得た。
【0073】
直径35mmのガラスボトムディッシュ(D11130H,松浪硝子工業株式会社)に2mLの培養液を入れ、HeLa細胞懸濁液0.1mLを添加した。ガラスボトムディッシュ底面に細胞が均一になるように振とうし、37℃、CO2濃度5%に設定したインキュベーター内で一晩培養した。
【0074】
化合物(S-NHAc)及び化合物(S-NH2)を、それぞれDMSOに溶解し、化合物の最終濃度が20μmol/LになるようにそれぞれDMEMと混合し、さらにPluronicTM F-127(P3000MP,Thermo Fisher Scientific Inc.)を最終濃度が0.1%となるように添加して各染色溶液を作製した。比較としてATTO465-NHS-Ester(AD465-31,ATTO-TEC GmbH)を用い、化合物の最終濃度が20μmol/LになるようにDMEMと混合し、さらにPluronicTM F-127を最終濃度が0.1%となるように添加して、染色溶液を作製した。
【0075】
HeLa細胞がガラスボトムディッシュ底面に接着していることを確認し、培養液を除去した。次いで、染色溶液2mLを添加して、37℃、CO2濃度5%に設定したインキュベーター内に30分間静置した。次いで、染色溶液を除去しDMEMを添加して、蛍光観察用の細胞試料とした。
【0076】
(細胞のタイムラプス観察)
蛍光物質を取り込ませた細胞は、電動倒立顕微鏡(Ti-E, Nikon)、水銀ランプ(Intensilight, Nikon)、sCMOSカメラ(浜松ホトニクス, ORCA-Flash4.0 v2)、顕微鏡コントロールソフトウェア(NIS-Elements, Nikon)を用いてタイムラプス観察を行った。それぞれの化合物を取り込んだ培養細胞の蛍光像を得るために、励起フィルタ(438nm/29nm)、ダイクロイックミラー(460nmLP)、吸収フィルタ(630nm/92nm)からなる蛍光フィルターキューブを用いた。
図3に、各フィルタの特性を示す。
【0077】
タイムラプス観察における照射光の強度は、減光フィルタによって同じ強度が照射されるように設定した。化合物を取り込んだ細胞が視野内に十数個程度認められる試料部位を選択したのち、励起光を連続的に照射しながら撮像した。
【0078】
(データ処理)
得られた蛍光画像データは、視野内から興味範囲を選び興味範囲の蛍光強度の数値を出力した。得られた蛍光強度の数値を、それぞれのデータの測定開始時の数値で規格化することで、各データ間の退色までの時間を比較した。
【0079】
(結果)
図4に、細胞に取り込まれた各化合物の退色カーブを示す。化合物(S-NHAc)又は化合物(S-NH2)で染色した細胞は、ATTO465-NHS-Esterで染色した細胞と比較して、退色の速度が遅かった。化合物(S-NHAc)と化合物(S-NH2)との比較では、化合物(S-NHAc)で染色した細胞の方が、退色の速度が遅かった。
【0080】
図5Aに、化合物(S-NHAc)で染色した細胞のタイムラプス画像を示す。
図5Bに、化合物(S-NH2)で染色した細胞のタイムラプス画像を示す。
図5Cに、ATTO465-NHS-Esterで染色した細胞のタイムラプス画像を示す。化合物(S-NHAc)で染色した細胞及び化合物(S-NH2)で染色した細胞のいずれも、励起光の照射後100秒でも蛍光が維持された。一方、ATTO465-NHS-Esterで染色した細胞は、急速に退色し、励起光の照射後50秒後には蛍光が消失した。化合物(S-NHAc)で染色した細胞は、化合物(S-NH2)で染色した細胞よりも、照射後100秒における蛍光強度が強かった。
これらの結果は、化合物(S-NHAc)及び化合物(S-NH2)が優れた耐光性を有することを示す。特に、化合物(S-NHAc)は、AIE性を有し、顕著な耐光性を有することが確認された。