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特開2023-71080ヒドロゲルからなる放射線治療用ボーラス
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023071080
(43)【公開日】2023-05-22
(54)【発明の名称】ヒドロゲルからなる放射線治療用ボーラス
(51)【国際特許分類】
   A61N 5/10 20060101AFI20230515BHJP
   A61L 15/00 20060101ALI20230515BHJP
   A61L 31/04 20060101ALI20230515BHJP
   A61L 31/14 20060101ALI20230515BHJP
   A61L 31/18 20060101ALI20230515BHJP
【FI】
A61N5/10 Z
A61L15/00
A61L31/04 110
A61L31/14 300
A61L31/18
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021183672
(22)【出願日】2021-11-10
(71)【出願人】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(71)【出願人】
【識別番号】000003986
【氏名又は名称】日産化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001999
【氏名又は名称】弁理士法人はなぶさ特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】田中 浩基
(72)【発明者】
【氏名】工藤 佳宏
【テーマコード(参考)】
4C081
4C082
【Fターム(参考)】
4C081AA02
4C081AA12
4C081AC16
4C081BB03
4C081BC02
4C081CA051
4C081CB041
4C081CC05
4C081DA12
4C082AC05
4C082AC07
4C082AE01
4C082AG42
(57)【要約】      (修正有)
【課題】自己支持性ヒドロゲルからなる放射線治療用の低放射化ボーラスを提供する。
【解決手段】放射線治療用ボーラスであって、該ボーラスにBNCT用熱外中性子線を60分照射したとき、前記熱外中性子線を照射した表面から該ボーラスの外側の水平方向に1cm離れた位置において、照射直後の線量率がバックグラウンドレベルである。前記ボーラスは、ゲル化剤及び水からなるヒドロゲルを含み、かつ前記ヒドロゲル中、Naが1ppm以下、Clが1ppm以下、Siが1,000ppm以下の濃度である。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
放射線治療用ボーラスであって、
該ボーラスにBNCT用熱外中性子線を60分照射したとき、前記熱外中性子線を照射した表面から該ボーラスの外側の水平方向に1cm離れた位置において、照射直後の線量率がバックグラウンドレベルであることを特徴とする、放射線治療用ボーラス。
【請求項2】
前記ボーラスが、ゲル化剤及び水からなるヒドロゲルを含み、かつ
前記ヒドロゲル中、Naが1ppm以下、Clが1ppm以下、Siが1,000ppm以下の濃度である、
請求項1に記載の放射線治療用ボーラス。
【請求項3】
前記放射線治療が、ホウ素中性子捕捉療法、又は、陽子線若しくは重粒子線による粒子線治療である、請求項1又は請求項2に記載の放射線治療用ボーラス。
【請求項4】
前記ゲル化剤が、ポリビニルアルコール及びジアルデヒドを含む、請求項2又は請求項3に記載の放射線治療用ボーラス。
【請求項5】
前記ボーラスが、水の蒸発が抑制された閉鎖系内で保存されたボーラスである、請求項1乃至請求項4のいずれか1項に記載の放射線治療用ボーラス。
【請求項6】
前記ボーラスが、体の各部位の表面に密接するように適合された形状を有するボーラスである、請求項1乃至請求項5のいずれか1項に記載の放射線治療用ボーラス。
【請求項7】
皮膚表面に対してBNCT用熱外中性子線を照射した際の皮膚表面の熱中性子束に対する、
10mmの厚さを有する前記ボーラスを介して皮膚表面にBNCT用熱外中性子線を照射した際の皮膚表面の熱中性子束の強度比が2.9以上である、
請求項1乃至請求項6のいずれか1項に記載の放射線治療用ボーラス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は放射線治療用ボーラスに関し、より詳しくは、自己支持性ヒドロゲルからなる放射線治療用の低放射化ボーラスに関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、X線、γ線、電子線、中性子線、α線、陽子線、重粒子線等の照射による表在性腫瘍の放射線治療を行う際、皮膚表面線量を補償するためボーラス(Bolus)が用いられている。ボーラスは、放射線照射時、ビルドアップにより最大照射線量(dmax)を患者の皮膚表面近くの標的部位に調節することによって治療効果を向上させる役割を果たすとともに、周囲の正常組織を過剰な放射線照射から防護するために用いられる。ボーラスに必要な特性として、放射線に対して人体組織と等価な物質であること(生体等価性)の他、人体表面の凹凸に追従する柔軟性、厚みを一定とするための自己支持性、照射位置を合わせるための透明性、均質性、耐久性、安全性、安定性等が挙げられる。
【0003】
これまでボーラスの材料として、例えば、プラスチック、パラフィン、合成ゴム、シリコーン、ウレタンなどの非水系材料が提案・使用されている。
また人体の主成分は水であるため、水を主成分とするヒドロゲルは、放射線に対する生体等価性材料としてボーラスへの応用が期待されている。例えばポリビニルアルコールの凍結・解凍操作の反復により得られる非流動性ゲル(特許文献1)や、カラギーナン、ローカストビーンガム、キサンタンガム等の天然有機高分子をゲル化製剤とする含水ゲル(特許文献2)、水と鉱物、及び重合性オノマーを含有する材料から形成したハイドロゲル(特許文献3)などがボーラス材料として提案されている。ボーラス材料としてヒドロゲルを用いる場合、ハイドロゲルには体温で溶融せず、所定の厚みを保持するための機械強度を有する自己支持性が望まれる。
【0004】
上記放射線治療の中でも、陽子線や重粒子線を使用する粒子線治療は、一定の深さで線量が最大になる特性を有するため、ピーク位置を調整することで腫瘍細胞に最大の線量を与え、破壊することができる。また粒子線は、腫瘍細胞内のDNAの二重らせんを構成する2本の鎖を一度に切断する確率が高く、腫瘍細胞に的確にダメージを与えることができるとして治療効果の高さが期待されている。
また放射線治療の一種であるホウ素中性子捕捉療法(BNCT)は、腫瘍細胞のみに集積するホウ素薬剤を患者に投与し、腫瘍細胞に取り込まれたホウ素10(質量数10のホウ素)と中性子との核反応により発生する強力なα線によって治療を行う方法である。BNCTは、正常細胞への損傷をできるだけ下げ、腫瘍細胞のみを選択的に破壊する治療法として臨床適用が進められている。
一方、上記の重粒子線や中性子等を用いた放射線治療では、放射線照射後のボーラスの放射化が起こる。放射化とは、陽子線、重粒子線、中性子線等の照射を受けた物質が放射性物質に変化することを指し、特に中性子は電荷を持たず、物質の原子核と相互作用をしやすいため、中性子線を照射された物質のほとんどは放射化するとされている。ボーラスが放射化した場合、放射化が一定値以下に減弱するまで放射線管理区域からボーラスを出すことができないという制約があり、二次被ばくを低減するためにも、照射後の放射化を低減できるボーラスが望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特公平6-47030号公報
【特許文献2】特開平11-255958号公報
【特許文献3】特開2017-202178号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、放射線治療用のためのヒドロゲルを用いた低放射化ボーラスの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、放射化しやすい元素の添加量を一定値以下としつつ、自己支持性を有し、体温で溶融しないハイドロゲルからなる放射線治療用ボーラスを見出し、本発明を完成させた。
すなわち、本発明は、第1観点として、放射線治療用ボーラスであって、該ボーラスにBNCT用熱外中性子線を60分照射したとき、前記熱外中性子線を照射した表面から該ボーラスの外側の水平方向に1cm離れた位置において、照射直後の線量率がバックグラウンドレベルであることを特徴とする、放射線治療用ボーラスに関する。
第2観点として、前記ボーラスが、ゲル化剤及び水からなるヒドロゲルを含み、かつ前記ヒドロゲル中、Naが1ppm以下、Clが1ppm以下、Siが1,000ppm以下の濃度である、第1観点に記載の放射線治療用ボーラスに関する。
第3観点として、前記放射線治療が、ホウ素中性子捕捉療法、又は、陽子線若しくは重粒子線による粒子線治療である、第1観点又は第2観点に記載の放射線治療用ボーラスに関する。
第4観点として、前記ゲル化剤が、ポリビニルアルコール及びジアルデヒドを含む、第2観点又は第3観点に記載の放射線治療用ボーラスに関する。
第5観点として、前記ボーラスが、水の蒸発が抑制された閉鎖系内で保存されたボーラスである、第1観点乃至第4観点のいずれか1項に記載の放射線治療用ボーラスに関する。
第6観点として、前記ボーラスが、体の各部位の表面に密接するように適合された形状を有するボーラスである、第1観点乃至第5観点のいずれか1項に記載の放射線治療用ボーラスに関する。
第7観点として、皮膚表面に対してBNCT用熱外中性子線を照射した際の皮膚表面の熱中性子束に対する、10mmの厚さを有する前記ボーラスを介して皮膚表面にBNCT用熱外中性子線を照射した際の皮膚表面の熱中性子束の強度比が2.9以上である、第1観点乃至第6観点6のいずれか1項に記載の放射線治療用ボーラスに関する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、自己支持性を有するヒドロゲルより構成される、低放射化された放射線治療用ボーラスを提供できる。前記ボーラスは放射線治療に使用した後、すなわち放射線照射直後の線量率がバックグラウンドレベル(自然発生している放射線から受ける被爆量と同程度以下)であり、すなわち該ボーラスにおける放射線を放出する同位元素の数を、例えば放射性同位元素等の規制に関する法律施行令等で定める下限数量以下とすることができる。そのため、使用後に放射線管理区域における長時間の保管を必要とせず、また二次被ばくを低減でき、放射線管理上、取り扱い性及び安全性に優れるボーラスとなる。
また本発明のボーラスに係るヒドロゲルは、構成成分を混合・均一化し、静置するだけで容易にゲル化でき、このとき、例えば3Dプリンティング(付加製造法)等により患者の治療部位の形状にあわせた型の中でゲル化させることで、任意の形状のヒドロゲルとすることができる。すなわち本発明によれば、シート状にとどまらず、任意形状のボーラスを簡便に作成・提供でき、患者一人一人に応じたカスタムメイドのボーラスを提供することが可能となる。
またこれまでに提案されたウレタン系樹脂からなるボーラス材は、製造過程において高粘度になりやすく、また気泡が入りやすいなどの難点を有しているが、本発明のボーラス
材は製造時(ゲル形成時)における取り扱い性に優れ、また体表面との隙間が生じないような密着性や柔軟性を有し、より取り扱い性に優れるボーラスを提供することができる。
またラジカル重合を用いてゲル化させるゲルの場合、未反応原料であるラジカル重合性モノマーが残存した場合、これが後の放射線照射による放射線化学反応によって変質を起こす原因となり得る。本発明に係るヒドロゲルはラジカル重合不要でゲル化させることができるため、放射線照射によって起こり得る変質が抑制された安定性の高いボーラスを提供することができる。
また本発明のボーラスは、水等の各成分の含量を調整することにより、任意の強度(破断応力や弾性率など)や透明性を有するボーラスを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は本発明のボーラスの外観写真である。
図2図2は中性子線照射試験の深度方向の熱中性子束分布を示すグラフである。
図3図3は各ボーラスのファントム表面(皮膚位置を模擬)の熱中性子束強度を比較したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、放射線治療用ボーラスに関し、特に該ボーラスに対してBNCT用熱外中性子線を60分照射したとき、前記熱外中性子線を照射した表面から該ボーラスの外側の水平方向に1cm離れた位置において、照射直後の線量率がバックグラウンドレベルであることを特徴とする、放射線治療用ボーラスを対象とする。
ここで線量率(単位時間当たりの放射線の量)に関する「バックグラウンド」とは、放射線測定の際、測定対象以外からの放射線量(測定対象物のない状況下における放射線量)を指し、これらの放射線を自然発生放射線とも称する。自然発生放射線は、例えば宇宙線、地球上に存在する放射性物質(天然の放射性物質)などの外部線量、並びに、体内で自然発生している放射線や食物より摂取する放射線などの内部線量を指す。これらの放射線源からの放射線量は、場所や測定時間等によって異なるが、年間の総線量やおよそ1mSV~3mSV程度、線量率は~0.14μSV/h程度とされている。
【0011】
より具体的には、本発明の放射線治療用ボーラス(以下、単に「ボーラス」とも称する)ゲル化剤及び水からなるヒドロゲルから構成され、詳細には、ポリビニルアルコール(A)及びジアルデヒド(B)を含む、自己支持性を有するヒドロゲルから構成される。なお上記ヒドロゲルの成分として、前記(A)及び(B)成分以外に、本発明の所期の効果を損なわない範囲で、必要に応じて、他の成分を任意に配合することができる。
【0012】
なお「自己支持性」という用語は、学術論文や特許文献において定義されることなく使用されるのが通例であるが、一般に充分な強度を有することにより、容器等の支持体(固定基材)がなくても、支持体を取り除く前と同じ3次元的な形態を保持できるといった意味で用いられている。
本発明にあっては、後述するように、(A)及び(B)成分を混合し、所望によりその他成分を混合し、さらに水又は含水溶媒を混合した後、これを所定の型に入れ、静置しヒドロゲルを形成させた後、該型からゲルを取り出した後においても、該ゲルの形状が崩壊することなく保たれるものを「自己支持性を有するヒドロゲル」と称することができる。
【0013】
[ヒドロゲル]
<成分(A):ポリビニルアルコール>
ポリビニルアルコール(A)は特に限定されないが、例えばけん化度が50乃至99であるものを挙げることができ、好ましくは80乃至99であるものを挙げることができる。
またポリビニルアルコール(A)の重量平均分子量は、ゲル浸透クロマトグラフィー(
GPC)によるポリエチレングリコール換算で、例えば5万乃至50万であり、好ましくは10万乃至30万とすることができる。
上記ポリビニルアルコール(A)の含有量は、ヒドロゲル100質量%中に0.1質量%乃至50質量%であり、好ましくは1質量%乃至30質量%であり、より好ましくは5質量%乃至20質量%である。
【0014】
<成分(B):ジアルデヒド>
ジアルデヒド(B)は、ポリビニルアルコール(A)と反応して架橋化することで水をゲル化させる働きを担い、具体的化合物としてはグリオキサール、マロンジアルデヒド、スクシンアルデヒド、グルタルアルデヒド、アジポアルデヒド等が挙げられる。
上記ジアルデヒド(B)の含有量は、ヒドロゲル100質量%中に0.001質量%乃至50質量%であり、好ましくは0.005質量%乃至30質量%であり、より好ましくは0.01質量%乃至10質量%である。
【0015】
<その他成分:アセタール化触媒>
その他成分として、アセタール化触媒を含むことができる。アセタール触媒は、前記ポリビニルアルコール(A)とジアルデヒド(B)の反応を促進させる触媒としての働きを担う。アセタール化触媒としては例えば酸が挙げられ、水溶性であり、pH3以下の有機酸又は無機酸が好ましい。具体的には塩酸、硫酸、硝酸、リン酸、ホウ酸、酢酸等が挙げられる。
上記アセタール化触媒(例えば酸)の含有量は、ヒドロゲル100質量%中に0.001質量%乃至50質量%であり、好ましくは0.005質量%乃至30質量%であり、より好ましくは0.01質量%乃至10質量%である。
【0016】
本発明に係るヒドロゲルは、放射化しやすい元素の含有量が低く、中性子線等の照射後においても放射化しにくい構成を有していることが好ましい。例えばヒドロゲル中のNaの濃度は、好ましくは1ppm以下であり、Clの濃度は好ましくは1ppm以下であり、Siの濃度は好ましくは1,000ppm以下とすることができる。
これら元素の濃度を上記数値範囲以下とすることにより、該ヒドロゲルからなるボーラスは、放射線照射後においても放射化が低減されたボーラスとなる。
【0017】
[ヒドロゲル:ボーラスの製造方法]
本発明に係るヒドロゲルは、上記(A)及び(B)成分を混合し、また所望によりその他成分(例えばアセタール化触媒)を混合し、さらには水を混合した後、これを静置してゲル化させることにより得られる。上記ヒドロゲルの形成方法は、例えば、上記(A)成分、(B)成分、所望によりその他成分(例えばアセタール化触媒)のうちの1~2成分と水との混合物と、残りの2~1成分と水との混合物とを混合することによって実施してもよい。
その中でも、操作の簡便さの観点から、前記ポリビニルアルコール(A)並びに水との混合物を調製し、ここに、ジアルデヒド(B)、所望によりその他成分(アセタール化触媒)とを添加・混合して均一な混合物としてゲル化させることができる。
【0018】
上記の各成分を混合する方法としては、機械式又は手動による撹拌の他、超音波処理を用いることができるが、機械式撹拌が好ましい。機械式撹拌には、例えば、マグネチックスターラー、プロペラ式撹拌機、自転・公転式ミキサー、ディスパー、ホモジナイザー、振とう機、ボルテックスミキサー、ボールミル、ニーダー、ラインミキサー、超音波発振器等を使用することができる。これらの中でも、好ましくはマグネチックスターラー、プロペラ式撹拌機、自転・公転式ミキサー、及びスタティックミキサーやダイナミックミキサーによるラインミキシングによる混合方法を採用することができる。
【0019】
混合する際の温度は、混合物の凝固点乃至沸点、好ましくは-5℃乃至100℃であり、より好ましくは0℃乃至50℃である。
また、混合直後に泡が発生する場合は、遠心機を用いて泡抜きを行うことができる。遠心機を用いて泡抜きを行う時間としては、例えば、10分乃至20分である。
【0020】
混合直後は強度が弱くゾル状であるが、静置することでゲル化が進行する。静置時間は2時間乃至100時間とすることができる。静置温度は-5℃乃至100℃であり、好ましくは0℃乃至50℃である。
また、混合直後のゲル化する前に型に流し込んだり、押出成型したりすることにより、任意形状のゲル、すなわち任意形状のボーラスを作製することができる。
【0021】
例えば板状のボーラスにあっては、面積100cm~2,000cm程度、厚さ0.1cm~5cm程度の大きさとすることができる。これらは使用時に患部の大きさに合わせて切断してもよく、また患部の深度に併せて複数を重ねて使用することもできる。
また頭頸部など細かい凹凸表面に即した形状のボーラスを作成する場合には、3Dプリンタ等により対象患部の型取り・型形成を行い、これに上記のゲル化する前の混合物を流し混み・ゲル形成させることで、カスタムメイドのボーラスとすることができる。
【0022】
得られたボーラスは水が蒸発しないように、例えば使用の直前まで閉鎖系内にて保管することができる。このとき、系内の脱気や不活性ガス等による系内のガス置換などは特に必要とせず、ヒドロゲル中の水分の蒸発等によって、ヒドロゲル(ボーラス)の組成が大きく変動しなければよい。
保管は容器内、袋内など、ボーラスを保管できるものであれば特にその形態は限定されない。
またボーラスを透明なフィルム容器(袋)内に保管することで、ボーラス使用時にフィルム容器からボーラスを取り出すことなく、フィルム容器を介して放射線を照射すること、すなわち容器入りのボーラス(ボーラス製品)に対して放射線を照射することができる。本発明のボーラスは、上記態様(容器入りのボーラス)も包含するものである。
上記ボーラスを保管する透明なフィルム容器に使用され得るフィルムとしては、ポリエチレン、ポリウレタン、ポリアクリレート等、ボーラス作製から使用までの期間、ボーラス中の水分の蒸発を抑制することができる素材を使用することができる。
【0023】
本発明のボーラスは、放射線治療、特にホウ素中性子捕捉療法、又は、陽子線若しくは重粒子線による粒子線治療において好適に使用される。
例えば本発明のボーラスをホウ素中性子捕捉療法に用いる場合、中性子線の最大強度はその発生装置にも依るが、最大中性子束を4×10(n/cm/s)、例えば2×10(n/cm/s)とすることができる。
また本発明のボーラスは、10mmの厚さを有する本発明のボーラスを介して皮膚表面にBNCT用熱外中性子線を照射した際の皮膚表面の熱中性子束の強度が、皮膚表面に対してBNCT用熱外中性子線を照射した際の皮膚表面の熱中性子束の強度に対して、その強度比が2.9以上であるものとすることができる。
本発明のボーラスは、これに対して単回治療相当の放射線を照射後に、該ボーラスにおける放射線を放出する同位元素の数量が、放射性同位元素等の規制に関する法律施行令に定める下限数量以下となっていることが好ましい。
【実施例0024】
次に実施例を挙げ本発明の内容を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0025】
[実施例1:ボーラスの製造]
ポリビニルアルコールMowiol(登録商標)56-98(Sigma-Aldrich製、Mw=195,000、ケン化度98)10部を水90部に加えてウォーターバスにて80℃加熱下、マグネチックスターラーで撹拌して完全溶解した。25℃に冷却後、グルタルアルデヒド0.03部、濃硫酸0.05部を加えて25℃にてマグネチックスターラーで撹拌し、均一化した。幅2cm、厚さ1cm、内寸15cm四方のコの字型枠を2枚のガラス板で挟んだ型を準備し、撹拌した混合物を枠内に流し込み、室温下48時間静置し、縦横15×15cm、厚さ1cmのシート状ゲルであるボーラスを得た。得られたボーラスをポリエチレンフィルムで四方を密封した(図1参照)。
なお製造したボーラスの組成(単位:ppm)は表1に示すとおりである。
【0026】
【表1】
【0027】
[実施例2:ボーラスの中性子線照射試験]
実施例1で製造した縦横15×15cm、厚さ1cmのボーラス(実施例3)と、これを2枚重ねて厚さ2cmとしたボーラス(実施例4)を用いて中性子線照射試験を行った。比較用ボーラスとして、フジデノロ株式会社製クリアフィットボーラス(登録商標)(縦横15×15cm、厚さ1cm)(比較例1)と、これを2枚重ねて厚さ2cmとしたボーラス(比較例2)を使用した(以降の説明において、ボーラスの例番号を下記照射試験の例番号としても扱うものとする)。
水ファントム中に、金線(裸金線)及びカドミウム製管に封入した金線(カドミ金線)を設置し、またファントム表面に実施例3、実施例4、比較例1又は比較例2のボーラスを配置した。サイクロトロン加速器BNCT照射システム(C-BENS)を用いて、直径12cmにコリメートしたBNCT用熱外中性子線を、各ボーラスを介して金線又はカドミ金線に照射し、カドミウム比法を用いて、照射後の金の放射化量から熱中性子束を導出した。また対照例としてボーラスを介さずに同様に照射し、熱中性子束を導出した。
【0028】
図2に、実施例3及び4、比較例1及び2、並びに対照例の照射試験結果より得られた、深度方向の熱中性子束分布を示す。なお実施例3及び実施例4では、サーベイメーターでバックグラウンドレベルであることを確認した。
図2において、ファントム表面からの距離:0mmとは皮膚表面を模擬したものであり、実施例3及び比較例1(ボーラス厚さ:10mm)、実施例4及び比較例2(ボーラス厚さ:20mm)は、それぞれボーラスの厚さの分、熱中性子束の測定初期値が、ファントム表面からの距離:マイナス値からの開始となっている。
図2に示すように、対照例(ボーラスなし)に比べ、ボーラスを設置することにより、熱中性子束のピークがファントム表面(皮膚表面)に移動し、ボーラスの厚さを調整することにより、熱中性子束のピーク位置が調整可能であることが確認できる。
【0029】
図3に各ボーラスのファントム表面(0mm:皮膚表面の位置を模擬)の熱中性子束強度の比較を示す。また、ファントム表面における対照例の熱中性子束強度に対する、実施例及び比較例の熱中性子束強度の比を表2に示す。
図3及び表2に示すように、実施例3及び実施例4のボーラスは、比較例1及び比較例2のボーラスに比べてファントム表面の熱中性子束強度が高いことが確認され、より効率的に熱中性子束を照射可能であることが示唆される結果となった。
【0030】
【表2】
【0031】
本発明のヒドロゲルより作られる放射線治療用ボーラスは、製造が容易な上、組成成分の調整により、破断応力や弾性率などのゲル強度を調整することが可能である。また、得られたゲルは透明性が高く柔軟性もあり、加工も容易である。その特性を生かして、患者にあわせた種々の形状のボーラスを作製することができる。
図1
図2
図3