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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023071113
(43)【公開日】2023-05-22
(54)【発明の名称】セレンの回収方法
(51)【国際特許分類】
   C22B 61/00 20060101AFI20230515BHJP
   C22B 3/10 20060101ALI20230515BHJP
   C22B 3/44 20060101ALI20230515BHJP
【FI】
C22B61/00
C22B3/10
C22B3/44 101B
C22B3/44 101Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021183730
(22)【出願日】2021-11-10
(71)【出願人】
【識別番号】502362758
【氏名又は名称】JX金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】真鍋 学
【テーマコード(参考)】
4K001
【Fターム(参考)】
4K001AA22
4K001BA17
4K001DB03
4K001DB04
4K001DB24
4K001DB26
4K001HA11
(57)【要約】
【課題】亜セレン酸を含む塩酸酸性液からセレンを沈殿回収するときに、二酸化硫黄を還元剤として用いることなく、または、二酸化硫黄を還元剤として用いる場合であってもその使用量を抑えて砂状黒色セレンとして回収する方法を提供する。
【解決手段】亜セレン酸を含む塩酸酸性液からセレンを還元沈殿して回収する方法であり、塩酸酸性液の液温を70℃以上に加温して亜セレン酸の平均被還元速度をセレンとして1分あたり120mg/L以下になるように、二酸化硫黄を除く還元剤を添加するセレンの回収方法。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
亜セレン酸を含む塩酸酸性液からセレンを還元沈殿して回収する方法であり、前記塩酸酸性液の液温を70℃以上に加温して亜セレン酸の平均被還元速度をセレンとして1分あたり120mg/L以下になるように、二酸化硫黄を除く還元剤を添加するセレンの回収方法。
【請求項2】
前記亜セレン酸の平均被還元速度は、前記塩酸酸性液中のセレン濃度が初期濃度から半減以下に達するまでの還元速度である、請求項1に記載のセレンの回収方法。
【請求項3】
前記還元剤が固体または液体である、請求項1または2に記載のセレンの回収方法。
【請求項4】
前記還元剤がケトン類である、請求項1~3のいずれか一項に記載のセレンの回収方法。
【請求項5】
前記還元剤としてアセトンを使用し、前記塩酸酸性液中のセレン濃度が5g/L以下に達したときに前記アセトンの供給を停止し、二酸化硫黄または二酸化硫黄を含む空気でセレンを還元する、請求項1~4のいずれか一項に記載のセレンの回収方法。
【請求項6】
前記還元剤としてアセトンを使用し、前記アセトンの添加量の合計がセレン1g/Lに対して0.6mL/L以下である、請求項1~5のいずれか一項に記載のセレンの回収方法。
【請求項7】
前記アセトンの添加は間歇的に行い、前記塩酸酸性液1Lに対して前記アセトンの添加量を3mL以下とし、添加の間隔は30分以上とする、請求項6に記載のセレンの回収方法。
【請求項8】
前記亜セレン酸の平均被還元速度は、前記塩酸酸性液中のセレン濃度が5g/L以下に達するまでの還元速度である、請求項1~7のいずれか一項に記載のセレンの回収方法。
【請求項9】
前記回収したセレンの粒子において、目開き4.75mmの篩を通過する粒子質量の割合が70%以上である、請求項1~8のいずれか一項に記載のセレンの回収方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はセレンの回収方法に関し、特に、亜セレン酸を含む塩酸酸性液からセレンを回収する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
銅乾式製錬では銅精鉱を熔解し、転炉、精製炉で99%以上の粗銅とした後に電解精製工程において例えば純度99.99%以上の電気銅を生産する。近年では転炉においてリサイクル原料として電子部品由来の貴金属を含む金属屑が投入されており、銅以外の有価物は電解精製時にスライムとして沈殿する。
【0003】
このスライムには貴金属類、希少金属、銅精鉱に含まれているセレンやテルルも同時に濃縮される。銅製錬副産物としてこれらの元素は個別に分離・回収される。
【0004】
このスライムの処理には湿式製錬法が適用される場合が多い。例えば特許文献1においてはスライムを塩酸-過酸化水素により銀を回収し、溶解した金は溶媒抽出により回収した後に、その他の有価物を二酸化硫黄で順次還元回収する方法が開示されている。特許文献2には同様の方法で金銀を回収した後、二酸化硫黄で有価物を還元して沈殿せしめ、セレンのみを蒸留して除去して貴金属類を濃縮する方法が開示されている。
【0005】
貴金属を回収した後の溶液には希少金属イオン、テルル、セレンが含まれておりさらにこれら有価物を回収することが必要である。回収方法としては還元剤により生じた沈殿を回収する方法、溶液ごと銅精鉱に混合しドライヤーで乾燥させて製錬炉に繰り返す方法が知られる。
【0006】
とりわけ特許文献1に示されている、二酸化硫黄により生じた沈殿を回収する方法はコストや製造規模の面で利点が多い。加えて各元素が酸化還元電位の高さに従って順次沈殿することから分離精製にも効果がある。
【0007】
湿式製錬法でスライムを処理した時に生じる、亜セレン酸を還元する二酸化硫黄は乾式製錬排ガスを使用することが一般的である。コスト面でのメリットが大きく、反応後には硫酸イオンとなり排水に悪影響を及ぼさないことが理由である。
【0008】
非特許文献1に記されるようにセレンは水溶液中で還元を受けるとき各種形態をとる。還元を受けた直後は赤色セレンとして析出するが温度により各種形態に移行する。セレンの形態のうち赤色セレンは容易に得ることができるものの、ろ過性が悪く含水率も高い、黒色ゴム状セレンは粘着性を持つ、黒色コークスセレンは微粉状で含水率が低いといった特徴がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2001-316735号公報
【特許文献2】特開2004-190134号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】臼杵邦夫、木下博、今村伝一 日本鉱業会誌88 309(1972)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
セレンを製造する時、亜セレン酸を還元した後に得た沈殿を蒸留して純度を高める必要がある。蒸留時には対象原料の含水率が低いことが望ましく、黒色セレンで回収することが好ましい。黒色セレンの中でもゴム状セレンは粘着性を持ち、時には3cm以上の直径を有する大きなボール状の塊となり、反応槽からの抜出のための抜出管や移送管が閉塞する恐れがある。セレンはコークス様態の砂状沈殿とせしめ、スラリーとして回収できれば取り扱いが容易になる。
【0012】
亜セレン酸を還元する還元剤として、非鉄製錬所においては、乾式製錬排ガスに含まれる二酸化硫黄ガスを用いることが多い。ただし、操業を長期停止して修理する期間においては、製錬排ガスが発生しないため、二酸化硫黄ガスを購入する必要がある。しかしながら、近年、国内での二酸化硫黄ガスの購入は困難となってきており、高価で納期がかかる輸入品に頼る必要が生じているという問題もある。
【0013】
二酸化硫黄以外の物質を還元剤として用いることで、セレンを黒色コークスセレンとして沈殿する方法は一般に知られていない。還元剤としての二酸化硫黄はガスとして供給され、水溶液への溶解を経て還元剤として機能するので還元速度は遅い。より反応効率の高い固体もしくはアセトンなどの溶液の還元剤を使用する場合は、赤色セレンからのゴム状セレンが一時的に多量に発生し、粘着性を有するゴム状セレンは撹拌により凝集する。沈殿した凝集セレンの粒径が大きくなりすぎるとスラリーとして扱えなくなる問題がある。
【0014】
本発明はこのような従来の事情を鑑み、亜セレン酸を含む塩酸酸性液からセレンを沈殿回収するときに、二酸化硫黄を還元剤として用いることなく、または、二酸化硫黄を還元剤として用いる場合であってもその使用量を抑えて砂状黒色セレンとして回収する方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者は上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、亜セレン酸を含む塩酸酸性液の液温を70℃以上に加温して、亜セレン酸の平均被還元速度をセレンとして(セレンに換算して)1分あたり120mg/L以下になるよう還元剤を添加すると、二酸化硫黄を還元剤として用いることなく、または、二酸化硫黄を還元剤として用いる場合であってもその使用量を抑えて砂状黒色コークスセレンとして回収できることを見出した。本発明はかかる知見により完成されたものである。
【0016】
すなわち本発明は以下の発明を包含する。
(1)亜セレン酸を含む塩酸酸性液からセレンを還元沈殿して回収する方法であり、前記塩酸酸性液の液温を70℃以上に加温して亜セレン酸の平均被還元速度をセレンとして1分あたり120mg/L以下になるように、二酸化硫黄を除く還元剤を添加するセレンの回収方法。
(2)前記亜セレン酸の平均被還元速度は、前記塩酸酸性液中のセレン濃度が初期濃度から半減以下に達するまでの還元速度である、(1)に記載のセレンの回収方法。
(3)前記還元剤が固体または液体である、(1)または(2)に記載のセレンの回収方法。
(4)前記還元剤がケトン類である、(1)~(3)のいずれかに記載のセレンの回収方法。
(5)前記還元剤としてアセトンを使用し、前記塩酸酸性液中のセレン濃度が5g/L以下に達したときに前記アセトンの供給を停止し、二酸化硫黄または二酸化硫黄を含む空気でセレンを還元する、(1)~(4)のいずれかに記載のセレンの回収方法。
(6)前記還元剤としてアセトンを使用し、前記アセトンの添加量の合計がセレン1g/Lに対して0.6mL/L以下である、(1)~(5)のいずれかに記載のセレンの回収方法。
(7)前記アセトンの添加は間歇的に行い、前記塩酸酸性液1Lに対して前記アセトンの添加量を3mL以下とし、添加の間隔は30分以上とする、(6)に記載のセレンの回収方法。
(8)前記亜セレン酸の平均被還元速度は、前記塩酸酸性液中のセレン濃度が5g/L以下に達するまでの還元速度である、(1)~(7)のいずれかに記載のセレンの回収方法。
(9)前記回収したセレンの粒子において、目開き4.75mmの篩を通過する粒子質量の割合が70%以上である、(1)~(8)のいずれかに記載のセレンの回収方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、亜セレン酸を含む塩酸酸性液からセレンを沈殿回収するときに、二酸化硫黄を還元剤として用いることなく、または、二酸化硫黄を還元剤として用いる場合であってもその使用量を抑えて砂状黒色セレンとして回収する方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】試験例2に係るセレン濃度の経時変化を示すグラフである。
図2】試験例3に係るセレン濃度の経時変化と一次回帰線を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
次に本発明を実施するための形態を、図面を参照しながら詳細に説明する。本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、当業者の通常の知識に基づいて、適宜設計の変更、改良等が加えられることが理解されるべきである。
【0020】
従来、セレンを製造する時、亜セレン酸を還元した後に得た沈殿を蒸留して純度を高める必要がある。蒸留時には処理対象原料の含水率が低いことが望ましく、黒色セレンで回収することが好ましい。黒色セレンの中でもゴム状セレンは粘着性を持ち反応槽からの抜出が困難である。セレンはコークス様態の砂状沈殿とせしめ、スラリーとして回収できれば取り扱いが容易になる。しかしながら、同じコークスセレンでも粒径が大きすぎるとスラリーを抜き出して排出するための抜出管や移送用の配管などの管内閉塞や、ろ布の破損を生じる恐れがある。
【0021】
還元剤として製錬排ガスを使用する場合は溶液の温度を70℃以上に加温しておけば概ね砂状の黒色コークスセレンが沈殿する。しかしながら、溶錬設備の修繕もしくは故障等で二酸化硫黄ガスの供給を受けられない場合は安価な還元剤としてアセトンの使用が可能である。
【0022】
例えば、アセトンを還元剤として使用した時、セレンは塊状の沈殿を生じやすく、スラリーとして扱えず反応槽からの取り出しに問題が生じる。セレン沈殿中の不定形ゴム状セレン含有率が高い場合は粘着性を有するため、さらに取り扱い難い。
【0023】
このような従来の問題に対し、本開示の方法では、亜セレン酸を含む塩酸酸性液からセレンを沈殿回収するときに、二酸化硫黄を還元剤として用いることなく、または、二酸化硫黄を還元剤として用いる場合であってもその使用量を抑えて砂状黒色セレンとして回収することができる。なお、本発明において「砂状」は、目開き4.75mmの篩を通過する粒子質量の割合が70%以上である粉体の状態であることを意味する。
【0024】
非鉄金属製錬、とりわけ銅製錬の電解精製工程で生じる電解澱物は白金族元素と重金属、各種有価物が濃縮される。白金族元素ならびに各種有価物は単独で製錬されることはなく、他金属の副産物として回収されるか廃触媒等のリサイクル原料から分離される。したがって、本開示のセレンの回収方法は廃棄物からのリサイクルにも適用できる。
【0025】
塩酸と過酸化水素を添加した塩酸酸性液によって電解澱物を溶解することができるが、銀は溶解直後に塩化物イオンと不溶性の塩化銀沈殿を形成する。酸化剤と塩素を含む溶液、例えば王水や塩素水であれば貴金属類は溶解して銀を塩化銀として分離できる。塩化物浴であるため浸出貴液(PLS)には白金族元素、希少金属元素、セレン、テルルが分配する。
【0026】
浸出貴液(PLS)は一度冷却され、鉛やアンチモンといった卑金属類の塩化物を沈殿分離する。その後に溶媒抽出により金を有機相に分離する。金の抽出剤はジブチルカルビトール(DBC)が広く使用されている。
【0027】
金を抽出した後の亜セレン酸を含む塩酸酸性液であるPLSを還元すれば有価物は沈殿・回収できるが、元素により酸化還元電位が異なるために自ずと沈殿の順序が決まっている。初めに金、白金、パラジウム、次にセレンやテルルといったカルコゲン、さらにルテニウムやイリジウムといった不活性貴金属類が沈殿する。
【0028】
亜セレン酸を含む塩酸酸性液に用いる還元剤としては種々のものが利用可能である。本発明では二酸化硫黄を除く還元剤であれば特に限定されず、常温で固体、液体または気体である還元剤を用いることができる。このうち、固体または液体である還元剤は、気体のものに比べて塩酸酸性液に溶け込んでイオンを生成しやすく、反応性が良好で反応速度が高くなるため好ましい。また、固体または液体である還元剤は、投入量がすべて還元剤として働くため製造効率が向上する。
【0029】
上記固体の還元剤としては、硫酸第一鉄、チオ尿素、チオ硫酸ナトリウム等が挙げられる。また、上記液体の還元剤としては、後述のアセトン等の液体のケトン類や、亜硫酸ナトリウム水溶液、ヒドラジン等が挙げられる。
【0030】
また、亜セレン酸を含む塩酸酸性液に用いる還元剤としてケトン類を用いることができる。ケトン類は、分子中にケトン(カルボニル基に炭化水素基2個が結合したもの)を有する有機化合物であり、本発明の還元剤として好適なケトン類としては、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン等が挙げられる。
【0031】
亜セレン酸をセレンに還元する場合はこれら還元剤投入直後に赤色セレンが大量に発生し、しかる後に加温により黒色ゴム状セレン、黒色コークスセレンへと形態を変える。このゴム状セレンの状態で溶液を撹拌すると凝集して粒径の大きな球状黒色セレンを形成する。
【0032】
球状黒色セレンの生成を避けるには赤色セレン発生速度を制御して、赤色セレンを加熱して生じる黒色ゴム状セレンから砂状黒色コークスセレンへ凝集を伴うことなく形態を変換する必要がある。一旦砂状黒色コークスセレンになるとゴム状セレンには戻らず、セレンをスラリーとして扱うことができる。
【0033】
赤色セレンスラリーのセレン濃度は亜セレン酸の還元速度と赤色セレンの形態変化速度によって決まる。還元速度が速すぎると短期間に生じた赤色セレンは同時に相当量のゴム状セレンへと変化し、ゴム状セレンの粘着性により球状黒色セレンを生じる。本発明では、亜セレン酸の平均被還元速度をセレンとして1分あたり120mg/L以下になるように二酸化硫黄を除く還元剤を添加することで赤色セレン発生速度を制御して、赤色セレンを加熱して生じる黒色ゴム状セレンから砂状黒色コークスセレンへ凝集を伴うことなく形態を変換させている。また、亜セレン酸の平均被還元速度をセレンとして1分あたり100mg/L以下になるよう還元剤を添加することが好ましく、70mg/L以下になるよう還元剤を添加することがより好ましい。
【0034】
本発明では、このように亜セレン酸の平均被還元速度をセレンとして1分あたり120mg/L以下になるように二酸化硫黄を除く還元剤を添加することで、二酸化硫黄を還元剤として用いることなく砂状黒色セレンとして回収することができる。また、後述のように、当該二酸化硫黄を除く還元剤を添加した後、所定の条件に到達したときに還元剤を二酸化硫黄に切り替える場合であっても、初めに二酸化硫黄を除く還元剤を添加しているため、当該二酸化硫黄の使用量を抑えて砂状黒色セレンとして回収することができる。
【0035】
赤色セレンの形態変化は温度が60℃以上であれば生じる。ただし赤色セレンが変じた黒色ゴム状セレンがさらに黒色コークスセレンに変化するには塩酸酸性液の液温を70℃以上に制御する必要がある。温度が高いほどこの形態変化は速やかに生じるため、塩酸酸性液の液温は75℃以上が好ましく、80℃以上であるのがより好ましい。塩酸酸性液の液温の上限は特にないが省エネルギーの観点から90℃以下が好ましい。
【0036】
連続的に還元剤を添加しない間歇的添加でも亜セレン酸の平均被還元速度が1分当たり120mg/L以下であればよい。還元速度が遅くなれば瞬間的な赤色セレンの濃度が抑制されて凝集の問題は生じない。ただし還元速度は遅すぎると生産効率が悪くなる。
【0037】
間歇的に還元剤を添加して還元するとき、還元剤がアセトンであるならば処理対象の塩酸酸性液1Lに対してアセトンの添加量を3mL以下とし、添加の間隔は30分以上に設定することが好ましい。単位時間当たりのアセトン添加量が多いと瞬間的に赤色セレンが多量に存在することになり黒色ゴム状セレンを生じやすい。その結果球状に凝集したセレンとして槽内に沈降する。
【0038】
亜セレン酸の平均被還元速度は、塩酸酸性液中のセレン濃度が初期濃度から半減以下に達するまでの還元速度としてもよい。また、塩酸酸性液中のセレン濃度が5g/L以下に達すると亜セレン酸の被還元速度を維持するには還元剤の添加量を増やすことになる。さらにアセトンのように反応生成物が還元性を示して何段階も還元反応を連鎖的に生じる場合は還元剤の過剰添加になる。還元剤の過剰添加は排水中の化学的酸素要求量(Chemical Oxygen Demand:COD)を上昇させ、回収した砂状黒色コークスセレンに有機物の不純物として混入する恐れがある。このため、亜セレン酸の平均被還元速度は、塩酸酸性液中のセレン濃度が5g/L以下に達するまでの還元速度としてもよい。
【0039】
特にアセトン等の有機試薬を還元剤として用いた場合、反応の最終盤には溶液の粘性が向上して撹拌効率が低下し、沈殿するセレン粒子の粒径が大きくなることがある。そのため塩酸酸性液中のセレン濃度が5g/L以下に達した時に還元剤を二酸化硫黄に切り替えると砂状黒色セレンを得やすくなる。二酸化硫黄は空気との混合気体であってもよい。
【0040】
アセトンを還元剤として使用するとき、アセトンの添加量の合計がセレン1g/Lに対して0.6mL/L以下とすることが好ましい。亜セレン酸はセレンに還元されるときに4電子を受け取るが、アセトンは副反応も多く、幾つの電子を供与するか不明である。しかしながら、アセトンの過剰添加は排水処理の負荷が大きくなる。また、亜セレン酸の還元をアセトンで行うと極一部が難還元性セレン化合物となり、その処理に苦慮するため、アセトン使用量は抑えたほうが良い。
【実施例0041】
以下、本発明及びその利点をより良く理解するための実施例を例示するが、本発明は実施例に限定されるものではない。
【0042】
<処理対象液(亜セレン酸を含む塩酸酸性液)の調製>
銅製錬の銅電解精製工程から回収された電解澱物を硫酸で処理することで銅を除いた。
次に、濃塩酸と60%過酸化水素水を添加して溶解し、固液分離してPLS(浸出貴液)を得た。
次に、PLSを6℃まで冷却して卑金属分を沈殿除去した後、酸濃度を2N以上に調整したDBC(ジブチルカルビトール)と当該PLSとを混合して金を抽出した。
次に、金抽出後のPLSを70℃に加温し、二酸化硫黄と空気の混合ガス(二酸化硫黄濃度5~20体積%)を吹き込んで貴金属を還元し固液分離した。貴金属分離後液のセレン濃度は36g/Lであった。
【0043】
(試験例1)
上記貴金属分離後液を300mL量り取り、80~85℃に加温した。
次に、表1に示す添加間隔で間歇的にアセトンを所定量添加した。表1の条件2のように一回当たりのアセトン添加量も場合によっては変化させた。表1の条件2では、毎回アセトンの添加量を変えて、合計4回の添加を行っている。アセトンは量に応じて適宜希釈して添加した。なお、表1のアセトン添加量の数値は、希釈液の液量ではなく、希釈液に含まれるアセトンの含有量である。
【0044】
アセトン添加量の合計が表1のアセトン総量に達したら30分撹拌後に空気と二酸化硫黄の混合ガス(二酸化硫黄濃度10~20体積%)を吹き込みながら撹拌した。60分後に空気と二酸化硫黄の混合ガス供給を停止し固液分離した。沈殿物は水洗し、アルコールで水分を除いた後、一晩風乾した。目開き4.75mmの篩を通過するセレン粒子質量の割合(粒度分布)を測定した。また、当該割合が70%以上である粉体のセレンを砂状黒色セレンとした。
【0045】
試験サンプルはアセトン添加前毎に採取した。サンプル溶液2mLを分取して50mLに規正した。ICP-OES(セイコー社製SPS3100)により溶液中のセレン濃度を定量した。
亜セレン酸の平均被還元速度は二酸化硫黄還元が始まる前までのセレン濃度と経過時間から一次回帰して算出した。なお、二酸化硫黄還元を始める前のセレン濃度はいずれの条件においても5g/L以下であった。
試験条件及び評価結果を表1に示す。
【0046】
【表1】
【0047】
表1によれば、亜セレン酸の還元速度が大きいほど砂状黒色セレンの比率が小さくなることがわかる。アセトンの添加間隔は、長い方が被還元速度を小さくできるが、一回当たりのアセトン添加量も関係することが分かる。砂状黒色セレンの割合が小さいとセレン沈殿をスラリーとして扱うことが困難である。
【0048】
(試験例2)
試験例1と同じ貴金属分離後液を300mL量り取り75~80℃に加熱した。
次に、表2に示す添加間隔で間歇的にアセトンを所定量添加した。アセトンは量に応じて適宜希釈して添加した。なお、表2のアセトン添加量の数値は、希釈液の液量ではなく、希釈液に含まれるアセトンの含有量である。
【0049】
アセトン添加量の合計が表2のアセトン総量に達したら30分撹拌後に空気と二酸化硫黄の混合ガス(二酸化硫黄濃度10~20体積%)を吹き込みながら撹拌した。60分後に空気と二酸化硫黄の混合ガス供給を停止し固液分離した。沈殿物は水洗し、アルコールで水分を除いた後、一晩風乾した。目開き4.75mmの篩を通過するセレン粒子質量の割合(粒度分布)を測定した。また、当該割合が70%以上である粉体のセレンを砂状黒色セレンとした。
【0050】
試験サンプルはアセトン添加前毎に採取した。条件5は120分まで、他の条件はアセトン添加終了後30分までセレン濃度を追跡した。
試験サンプルは溶液2mLを分取して50mLに規正した。ICP-OES(セイコー社製SPS3100)によりセレンの濃度を定量した。
減った水分量は純水で補充した。セレン濃度の経時変化を図1に示す。セレン濃度の経時変化を一次式で回帰し、回帰直線の傾きを平均被還元速度とした。ただし条件5については一次式ではないことは明白であり、反応時間0と30分経過後の点の変化の割合とした。
試験条件及び評価結果を表2に示す。
【0051】
【表2】
【0052】
表2によれば、亜セレン酸の被還元速度が大きいほど砂状黒色セレンの比率が低下していることがわかる。条件5と条件6を比較すると、アセトン添加量の合計が同じであっても一括投入すると極めて亜セレン酸の被還元速度が上がり、沈殿するセレンの粒径が大きくなることが分かる。このため、還元剤としてのケトン類の添加は間歇的に行うほうがよいことがわかる。
【0053】
表1と表2に示すように、アセトンの添加量の合計が3mLを超えると亜セレン酸の平均被還元速度が上昇して砂状黒色セレンの割合が減少した。アセトンの総添加量が3mLより多い場合も、アセトン一回当たりの添加量が1mLまでは被還元速度が極端に上昇することはなかった。これは処理対象液1Lに対してアセトンが3.3mL/Lに相当する量である。さらに添加間隔を延長することで被還元速度を落とせば砂状黒色セレンの比率を高めることができると予想される。
【0054】
(試験例3)
試験例1と同じ貴金属分離後液を300mL量り取り75~80℃に加熱した。
次に、15分ごとにアセトンを0.5mLずつ添加し、30分ごとにセレン濃度分析用サンプルを採取した。アセトンの総添加量が5mLに達した後に30分撹拌を行った。
セレン濃度の定量法は試験例1に準じる。
図2にセレン濃度の経時変化と一次回帰線を示す。
【0055】
図2の結果からセレン濃度は直線的に減少していることが分かり、これを一次回帰した回帰直線はy=-0.66X+37.3となる。この回帰直線をもとにしてすべてのセレン還元に必要なアセトン量を算出すると5.6mL、すなわち19mL/Lとなる。セレンの濃度は36g/Lであるからセレン1g/Lに対して必要なアセトンの添加量は0.53mL/Lとなる。
【0056】
すなわち、溶液中の全てのセレンをアセトンで還元回収するために必要なアセトン添加量は、セレン1g/Lに対して0.6mL/L程度であることがわかる。このことから過剰にアセトンを添加して亜セレン酸の被還元速度を必要以上に高めないためにも、セレン1g/Lに対し、アセトンの添加量は0.6mL/L以下に設定することが好ましいことがわかる。
図1
図2