(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023007227
(43)【公開日】2023-01-18
(54)【発明の名称】コウモリ組織オルガノイド培地用組成物及びコウモリ組織オルガノイドの製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/071 20100101AFI20230111BHJP
【FI】
C12N5/071
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021110336
(22)【出願日】2021-07-01
(71)【出願人】
【識別番号】504132881
【氏名又は名称】国立大学法人東京農工大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】臼井 達哉
(72)【発明者】
【氏名】大松 勉
(72)【発明者】
【氏名】モハメド エルバダウィー
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA90X
4B065AC20
4B065BA30
4B065BB19
4B065BB34
4B065CA44
(57)【要約】
【課題】コウモリ腸管や肺組織から作製したオルガノイドに最適な培地組成物を提供する。
【解決手段】TGF-αを含むコウモリ組織オルガノイド培地用組成物、TGF-α及び/又はFGF7を含むコウモリ肺オルガノイド培地用組成物。
【選択図】
図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
TGF-αを含むコウモリ組織オルガノイド培地用組成物。
【請求項2】
前記組織が、腸管又は肺である、請求項1記載のコウモリ組織オルガノイド培地用組成物。
【請求項3】
更にWntアゴニスト、BMP阻害剤、EGF及びTGFβ阻害剤からなる群から選ばれる少なくとも1つの成分を含むことを特徴とする請求項1又は2記載のコウモリ組織オルガノイド培地用組成物。
【請求項4】
TGF-α及び/又はFGF7を含むコウモリ肺オルガノイド培地用組成物。
【請求項5】
更にWntアゴニスト、BMP阻害剤、EGF及びTGFβ阻害剤からなる群から選ばれる少なくとも1つの成分を含むことを特徴とする請求項4記載のコウモリ肺オルガノイド培地用組成物。
【請求項6】
TGF-αを含むコウモリ組織オルガノイド培地。
【請求項7】
前記組織が、腸管又は肺である、請求項6記載のコウモリ組織オルガノイド培地。
【請求項8】
更にWntアゴニスト、BMP阻害剤、EGF及びTGFβ阻害剤からなる群から選ばれる少なくとも1つの成分を含むことを特徴とする請求項6又は7記載のコウモリ組織オルガノイド培地。
【請求項9】
TGF-α及び/又はFGF7を含むコウモリ肺オルガノイド培地。
【請求項10】
更にWntアゴニスト、BMP阻害剤、EGF及びTGFβ阻害剤からなる群から選ばれる少なくとも1つの成分を含むことを特徴とする請求項9記載のコウモリ肺オルガノイド培地。
【請求項11】
コウモリ組織オルガノイドを、請求項6~8のいずれか一項記載のコウモリ組織オルガノイド培地を用いて培養する、コウモリ組織オルガノイドの培養方法。
【請求項12】
コウモリ肺オルガノイドを、請求項9又は10記載のコウモリ肺オルガノイド培地を用いて培養する、コウモリ肺オルガノイドの培養方法。
【請求項13】
コウモリ由来の細胞又は組織を採取する工程と、
前記細胞又は組織を細胞外マトリクスと混ぜ合わせる工程と、
請求項6~8のいずれか一項記載のコウモリ組織オルガノイド培地を用いて、前記細胞外マトリクスと混ぜ合わせた前記細胞又は組織の培養を行う工程と
を含むコウモリ組織オルガノイドの製造方法。
【請求項14】
コウモリ由来の肺細胞又は肺組織を採取する工程と、
前記肺細胞又は肺組織を細胞外マトリクスと混ぜ合わせる工程と、
請求項9又は10記載のコウモリ肺オルガノイド培地を用いて、前記細胞外マトリクスと混ぜ合わせた前記肺細胞又は肺組織の培養を行う工程と
を含むコウモリ肺オルガノイドの製造方法。
【請求項15】
コウモリ肺由来であり、MUC5AC、CK5及びSFTPCからなる群から選ばれる少なくとも1つのタンパク質を発現している、コウモリ肺オルガノイド。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コウモリの腸管や肺といった組織から作製されたオルガノイドを培養するための培地用組成物及び培地、並びに当該培地を用いたコウモリ組織オルガノイドの培養方法及び製造方法に関する。また、本発明は、コウモリ肺オルガノイドに関する。
【背景技術】
【0002】
三次元オルガノイド培養法(非特許文献1:Sato et al., Nature, 2009)は、様々な臓器から単離した上皮細胞をマトリゲルと混合し、Wnt, Noggin, R-spondinなどの幹細胞性を高める因子を含む特殊な培地で培養することで三次元の上皮組織構造を培養ディッシュ上で再現できる方法として開発された。近年、ヒトの大腸がんや膵臓がんなど患者の手術検体を用いたオルガノイド培養法が確立され、摘出直後の組織との構造の類似性、遺伝子変異の相関が示され(非特許文献2:Wetering et al., Cell, 2015及び非特許文献3:Boj et al., Cell, 2015)、個別化医療にとって有用なツールとなることも期待されている。
【0003】
また、膀胱がん罹患犬の尿サンプルを用いて非侵襲的に膀胱がんオルガノイドを培養する技術が開発され、作製したオルガノイドが生体内の膀胱がんの特徴を三次元的に再現し、免疫不全マウス体内での腫瘍の再形成能試験や、患畜個々の抗がん剤感受性試験へ応用可能であることが明らかにされている(非特許文献4:Elbadawy and Usui et al., Cancer Sci. 2019)。
【0004】
ところで、コウモリは、COVID19の原因である新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)や、その他の感染症の原因ウイルスの宿主であることが知られている。コウモリを宿主とし、感染症を引き起こすウイルスとしては、SARS-CoV-2以外にも、メナングルウイルス、ニパウイルス、オーストラリア・ヨーロッパリッサウイルス、ヘンドラウイルス、エボラウイルス、マールブルグウイルス及び狂犬病ウイルスが知られている。これらコウモリ由来のウイルスは、コウモリから他の動物へ感染し、やがてヒトへ感染する。
【0005】
これまでのコウモリが持つウイルスに対する防御メカニズムについては「細胞内因子によるウイルストレランス」に焦点を当てた研究が進められている。次世代シーケンサーを用いた全ゲノム解析を主体とする研究では、1型インターフェロン(IFN)遺伝子やMHC class I遺伝子、NKG2遺伝子等の自然免疫に関与する因子のサブタイプのコウモリ特異的な多様性や変異、IFN-ωを介した新規抗ウイルス機構などに関する知見が蓄積されている(非特許文献5:Stephanie SP, et al., 2018、非特許文献6:Zhou P, et al., 2016、非特許文献7:Pavlovich SS, et al., 2020)。コウモリ腎臓由来株化細胞を用いた感染実験では、Niemann-Pick C1がフィロウイルス感受性に関わることや(非特許文献8:Takadate Y, et al., 2020)、MERS-CoV持続感染細胞においてIRF3やMAPK経路の人為的な発現抑制がウイルス増殖と細胞死を誘発することが報告されている(非特許文献9:Benerjee A, et al., 2020)。
【0006】
また、クロオオコウモリ個体を用いたヘンドラウイルス感染実験では肺および脾臓におけるIFN遺伝子抑制と共にケモカインCXCL10の有意な増加が報告されている(非特許文献10:Woon AP, et al., 2020)。他の自然宿主として低病原性インフルエンザAウイルスの自然宿主であるマガモを対象としたin vivo解析ではRIG-I及びMxの急速かつ一時的な発現がトレランスに関わる可能性が報告されている(非特許文献11:Helin AS, et al., 2018)。しかし、報告されている細胞内因子によるウイルス複製の抑制とウイルス複製に伴う細胞損傷からの回避を結びつけるものはいまだに不明である。
【0007】
上述した三次元オルガノイド培養法により得られた人の腸管や肺組織を用いたオルガノイドはウイルス感染実験に用いられている。また、コウモリ由来のオルガノイドに関しては腸管組織を用いた方法が最近報告されているが(非特許文献12:Zhou J, et al., Nat Med., 26(7):1077-1083, 2020)、肺組織を用いたコウモリのオルガノイド培養法については報告がない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Sato et al., Nature, 459(7244):262-5, 2009
【非特許文献2】Wetering et al., Cell, 161(4):933-45, 2015
【非特許文献3】Boj et al., Cell, 160(1-2):324-38, 2015
【非特許文献4】Elbadawy and Usui et al., Cancer Sci. 110(9):2806-2821, 2019
【非特許文献5】Stephanie SP, et al., Cell, 173(5):1098-1110, 2018
【非特許文献6】Zhou P, et al., PNAS, 113(10):2696-2701, 2016
【非特許文献7】Pavlovich SS, et al., Front Immunol., 11:435, 2020
【非特許文献8】Takadate Y, et al., Cell Rep., 30(2);308-319, 2020
【非特許文献9】Benerjee A, et al., Sci Rep., 10(1):7257, 2020
【非特許文献10】Woon AP, et al., PLoS Pathog., 16(3):e1008412, 2020
【非特許文献11】Helin AS, et al., Mol Immunol., 95:64-72, 2018
【非特許文献12】Zhou J, et al., Nat Med., 26(7):1077-1083, 2020
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
現在、コウモリ腸管オルガノイドについては作製例が報告されているものの約1ヶ月程度の寿命しか無く、ウイルス感染実験等に利用しにくいといった問題があった。また、コウモリを宿主とするウイルスに関する実験では、コウモリの肺組織から作製されたオルガノイドが望まれる。
【0010】
そこで、本発明は、コウモリにおける腸管や肺組織といった組織から作製したオルガノイドに最適な培地用組成物、当該培地用組成物を用いたコウモリ組織オルガノイド培地、コウモリ組織オルガノイドの培養方法及び製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上述した目的を達成するために本発明者らが鋭意検討した結果、コウモリの腸管又は肺組織といった組織から作製したオルガノイドを培養する際に特定の成分が存在する場合に長期培養が可能であることを見いだし、本発明を完成するに至った。本発明は以下を包含する。
【0012】
[1]TGF-αを含むコウモリ組織オルガノイド培地用組成物。
[2]前記組織が、腸管又は肺である、[1]記載のコウモリ組織オルガノイド培地用組成物。
[3]更にWntアゴニスト、BMP阻害剤、EGF及びTGFβ阻害剤からなる群から選ばれる少なくとも1つの成分を含むことを特徴とする[1]又は[2]記載のコウモリ組織オルガノイド培地用組成物。
[4]TGF-α及び/又はFGF7を含むコウモリ肺オルガノイド培地用組成物。
[5]更にWntアゴニスト、BMP阻害剤、EGF及びTGFβ阻害剤からなる群から選ばれる少なくとも1つの成分を含むことを特徴とする[4]記載のコウモリ肺オルガノイド培地用組成物。
[6]TGF-αを含むコウモリ組織オルガノイド培地。
[7]前記組織が、腸管又は肺である、[6]記載のコウモリ組織オルガノイド培地。
[8]更にWntアゴニスト、BMP阻害剤、EGF及びTGFβ阻害剤からなる群から選ばれる少なくとも1つの成分を含むことを特徴とする[6]又は[7]記載のコウモリ組織オルガノイド培地。
[9]TGF-α及び/又はFGF7を含むコウモリ肺オルガノイド培地。
[10]更にWntアゴニスト、BMP阻害剤、EGF及びTGFβ阻害剤からなる群から選ばれる少なくとも1つの成分を含むことを特徴とする[9]記載のコウモリ肺オルガノイド培地。
[11]コウモリ組織オルガノイドを、[6]~[8]のいずれかに記載のコウモリ組織オルガノイド培地を用いて培養する、コウモリ組織オルガノイドの培養方法。
[12]コウモリ肺オルガノイドを、[9]又は[10]記載のコウモリ肺オルガノイド培地を用いて培養する、コウモリ肺オルガノイドの培養方法。
[13] コウモリ由来の細胞又は組織を採取する工程と、
前記細胞又は組織を細胞外マトリクスと混ぜ合わせる工程と、
[6]~[8]のいずれかに記載のコウモリ組織オルガノイド培地を用いて、前記細胞外マトリクスと混ぜ合わせた前記細胞又は組織の培養を行う工程と
を含むコウモリ組織オルガノイドの製造方法。
[14]コウモリ由来の肺細胞又は肺組織を採取する工程と、
前記肺細胞又は肺組織を細胞外マトリクスと混ぜ合わせる工程と、
[9]又は[10]記載のコウモリ肺オルガノイド培地を用いて、前記細胞外マトリクスと混ぜ合わせた前記肺細胞又は肺組織の培養を行う工程と
を含むコウモリ肺オルガノイドの製造方法。
[15]コウモリ肺由来であり、MUC5AC、CK5及びSFTPCからなる群から選ばれる少なくとも1つのタンパク質を発現している、コウモリ肺オルガノイド。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係るコウモリ組織オルガノイド培地用組成物及びコウモリ肺オルガノイド培地用組成物によれば、特定の成分を含むことで、コウモリ組織オルガノイド及びコウモリ肺オルガノイドの製造、長期間の培養を可能とする培地を調製できる。すなわち、コウモリ組織オルガノイド培地用組成物及びコウモリ肺オルガノイド培地用組成物を利用することで、コウモリを宿主とするウイルスに関する基礎研究等に利用できるコウモリ組織オルガノイド及びコウモリ肺オルガノイドの製造、長期間の培養が可能となる。
【0014】
また、本発明に係るコウモリ組織オルガノイドの培養方法及びコウモリ肺オルガノイドの培養方法は、特定の成分を含む培地を使用するため、長期間に亘ってコウモリ組織オルガノイド及びコウモリ肺オルガノイドを増殖することができる。したがって、コウモリ組織オルガノイドの培養方法及びコウモリ肺オルガノイドの培養方法を利用することで、コウモリを宿主とするウイルスに関する基礎研究等に利用できるコウモリ組織オルガノイド及びコウモリ肺オルガノイドを長期間に亘って培養することができる。
【0015】
さらに、本発明に係るコウモリ組織オルガノイドの製造方法及びコウモリ肺オルガノイドの製造方法は、特定の成分を含む培地を使用することにより、効率よくコウモリ組織オルガノイド及びコウモリ肺オルガノイドを製造することができる。
【0016】
さらにまた、本発明に係るコウモリ肺オルガノイドは、コウモリを宿主とするウイルスの基礎的研究等に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】コウモリ腸管オルガノイド(BIO)および肺オルガノイド(BLO)の位相差顕微鏡像を示す写真である。
【
図2】HE染色による各オルガノイドの組織構造解析の結果を示す写真である。
【
図3】電子顕微鏡による各オルガノイドの微細構造解析の結果を示す写真である。
【
図4】コウモリ腸管オルガノイド(BIO)における各種細胞マーカー発現を解析した結果を示す写真である。
【
図5】コウモリ肺オルガノイド(BLO)における各種細胞マーカー発現を解析した結果を示す写真である。
【
図6】各種サプリメントを使用して培養したコウモリ腸管オルガノイド(BIO)の写真及び増殖率を測定した結果を示す特性図である。
【
図7】各種サプリメントを使用して培養したコウモリ肺オルガノイド(BLO)の写真及び増殖率を測定した結果を示す特性図である。
【
図8】コウモリ腸管オルガノイド(BIO)におけるコロナウイルス関連レセプター発現を解析した結果を示す特性図である。
【
図9】コウモリ肺オルガノイド(BLO)におけるコロナウイルス関連レセプター発現を解析した結果を示す特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明において、「オルガノイド」とは、細胞又は組織の培養により得られる自己組織化した立体的な細胞組織体又は臓器を意味する。また、「コウモリ組織オルガノイド」とは、コウモリ由来のオルガノイドであって、コウモリの組織又は臓器に類似する形態及び/又は機能を呈するオルガノイドを意味する。コウモリ組織オルガノイドは、例えば、コウモリ腸管オルガノイドやコウモリ肺オルガノイドを含む。
【0019】
本発明に係るコウモリ組織オルガノイド培地用組成物はTGF-αを含む。すなわち、TGF-αは、コウモリ腸管オルガノイドやコウモリ肺オルガノイドを含むあらゆるコウモリ組織オルガノイドの製造、長期間に亘る培養を可能とする。本発明のコウモリ組織オルガノイド培地用組成物は、特に、コウモリの上皮組織オルガノイドの培地用組成物として好適に使用することができ、中でも、コウモリ腸管オルガノイドの培地用組成物として好適に用いることができる。ここで、上皮組織には、これらに限定されるわけではないが、例えば、腸管、胃、子宮、肺、鼻腔、表皮、食道等が含まれる。すなわち、コウモリ組織オルガノイド培地用組成物は、一例として、コウモリ腸管オルガノイド、コウモリ胃オルガノイド、コウモリ子宮オルガノイド、コウモリ肺オルガノイド、コウモリ鼻腔オルガノイド、コウモリ表皮オルガノイド及びコウモリ食道オルガノイドからなる群から選ばれる少なくとも1つのオルガノイドに使用することができる。
【0020】
また、本発明に係るコウモリ肺オルガノイド培地用組成物はTGF-α及び/又はFGF7を含む。すなわち、FGF7はコウモリ肺オルガノイドの製造、長期間に亘る培養を可能とする。
【0021】
したがって、TGF-αはコウモリ組織オルガノイドを培養する培地に利用され、FGF7はコウモリ肺オルガノイドを培養する培地に利用される。
【0022】
また、本発明に係るコウモリ組織オルガノイド培地用組成物及び本発明に係るコウモリ肺オルガノイド培地用組成物は、後述する培地成分の一部又は全部を更に含む構成であっても良い。本発明に係るコウモリ組織オルガノイド培地用組成物及び本発明に係るコウモリ肺オルガノイド培地用組成物が、後述する培地成分の一部を含む場合、当該培地成分の残りとともに後述するコウモリ組織オルガノイド培地或いはコウモリ肺オルガノイド培地として使用することができる。また、本発明に係るコウモリ組織オルガノイド培地用組成物及び本発明に係るコウモリ肺オルガノイド培地用組成物が、後述する培地成分の全部を含む場合、そのままコウモリ組織オルガノイド培地或いはコウモリ肺オルガノイド培地として使用することができる。
【0023】
本発明に係るコウモリ組織オルガノイド培地用組成物やコウモリ肺オルガノイド培地用組成物において、TGF-αやFGF7の濃度は、特に限定されず、培地として使用される際の希釈倍率に応じて適宜規定することができる。また、コウモリ組織オルガノイド培地用組成物やコウモリ肺オルガノイド培地用組成物に、後述する培地成分の一部又は全部を更に含む場合、これら培地成分の濃度についても、特に限定されず、培地として使用される際の希釈倍率に応じて適宜規定することができる。
【0024】
TGF-αは、単球、ケラチノサイト(角化細胞)や種々の腫瘍細胞で産生されるサイトカインとして知られるトランスフォーミング増殖因子-α(或いは形質転換成長因子-α)である。TGF-αとしては、特に限定されず、如何なる動物由来のTGF-αを使用することができる。例えば、ヒトのTGF-α、マウスTGF-α又はラットTGF-αなど市販されている各種動物由来のTGF-αを使用することもできるし、コウモリにおけるTGF-α遺伝子を単離し、組換え体として作製したコウモリTGF-αを使用してもよい。また、本発明で使用するTGF-αは、TGF-α活性を有する限りにおいて、改変されたTGF-αを用いることもできる。
【0025】
培地に含まれるTGF-α濃度は、特に限定されないが、例えば、4ng/mL~1000ng/mLとすることができ、10ng/mL~1000ng/mLとすることが好ましく、10ng/mL~800ng/mLとすることがより好ましく、10ng/mL~600ng/mLとすることがより好ましく、10ng/mL~400ng/mLとすることがより好ましく、10ng/mL~200ng/mLとすることがより好ましく、10ng/mL~100ng/mLとすることがより好ましい。より具体的に、培地に含まれるTGF-αの濃度は20ng/mLとすることができる。
【0026】
FGF7は、ケラチノサイト増殖因子(KGF:keratinocyte growth factor)とも呼ばれる繊維芽細胞成長因子である。FGF7としては、特に限定されず、如何なる動物由来のFGF7を使用することができる。例えば、ヒトのFGF7、マウスFGF7又はラットFGF7など市販されている各種動物由来のFGF7を使用することもできるし、コウモリにおけるFGF7遺伝子を単離し、組換え体として作製したコウモリFGF7を使用してもよい。また、本発明で使用するFGF7は、FGF7活性を有する限りにおいて、改変されたFGF7を用いることもできる。
【0027】
培地に含まれるFGF7濃度は、特に限定されないが、例えば、0.4ng/mL~100ng/mLとすることができ、1ng/mL~100ng/mLとすることが好ましく、1ng/mL~80ng/mLとすることがより好ましく、1ng/mL~60ng/mLとすることがより好ましく、1ng/mL~40ng/mLとすることがより好ましく、1ng/mL~20ng/mLとすることがより好ましく、1ng/mL~10ng/mLとすることがより好ましい。より具体的に、培地に含まれるFGF7の濃度は5ng/mLとすることができる。
【0028】
本発明に係るコウモリ組織オルガノイド培地用組成物やコウモリ肺オルガノイド培地用組成物とともに使用される培地成分は、通常の三次元オルガノイドを培養する培地に含まれる成分を挙げることができる。具体的に、通常の三次元オルガノイドを培養する培地としては、特に限定されないが、無血清の細胞培養基本培地を使用することができる。無血清の細胞培養基本培地としては、例えば、炭酸系の緩衝液でpH7.0~7.6程度とされた合成培地等が挙げられる。より具体的には、グルタミン、インスリン、ペニシリン又はストレプトマイシン、及びトランスフェリンが補充されたダルベッコ改変イーグル培地/ハムF-12混合培地(Dulbecco’s Modified Eagle Medium: Nutrient Mixture F-12;DMEM/F12)が挙げられる。また、グルタミン、インスリン、ペニシリン又はストレプトマイシン、及びトランスフェリンが補充されたRPMI1640培地(Roswell Park Memorial Institute 1640 medium)も挙げられる。また、グルタミン及びペニシリン又はストレプトマイシンが補充されたアドバンスト-DMEM/F12、並びに、グルタミン及びペニシリン又はストレプトマイシンが補充されたアドバンストRPMI培地等も挙げられる。
【0029】
また、無血清の細胞培養基本培地は、更に精製された、天然、半合成又は合成の増殖因子が補充されていてもよい。増殖因子としては、例えば、B-27 Supplement(Thermo Fisher SCIENTIFIC社製)、N-アセチル-L-システイン(Sigma社製)、N-2 Supplement(Thermo Fisher SCIENTIFIC社製)等が挙げられる。
【0030】
また、オルガノイドの培地には、これら基本培地に加えて、Wntシグナルを活性化するWntアゴニスト、BMPシグナルを阻害するBMP阻害剤、上皮成長因子(Epidermal Growth Factor; EGF)及びTGFβ阻害剤を含むことができる。
【0031】
Wntアゴニストとしては、例えば、Wnt、Wnt-3a、Noggin、GSK阻害剤、R-スポンジン1、R-スポンジン2、R-スポンジン3及びR-スポンジン4等のR-スポンジンを挙げることができる。
【0032】
BMP阻害剤としては、ノギン(Noggin)、コーディン(Chordin)、コーディンドメインを含むコーディン様タンパク質、ホリスタチン(Follistatin)、ホリスタチンドメインを含むホリスタチン関連タンパク質、DAN、DANシステイン-ノットドメインを含むDAN様タンパク質、スクレロスチン/SOST、デコリン及びα-2マクログロブリン等を挙げることができる。
【0033】
EGFは、53アミノ酸残基及び3つの分子内ジスルフィド結合から成る6045Daのタンパク質であり、細胞表面に存在する上皮成長因子受容体(EGFR)にリガンドとして結合する。培地に含まれるEGFの濃度は、特に限定されないが、例えば、2ng/mL~500ng/mLとすることができ、5ng/mL~500ng/mLとすることが好ましく、10ng/mL~400ng/mLとすることがより好ましく、20ng/mL~300ng/mLとすることがより好ましく、30ng/mL~200ng/mLとすることがより好ましく、40ng/mL~100ng/mLとすることがより好ましい。より具体的に、EGFの濃度は50ng/mLとすることができる。
【0034】
TGFβ(transforming growth factor β)阻害剤としては、例えば、A83-01(3-(6-メチルピリジン-2-イル)-1-フェニルチオカルバモイル-4-キノリン-4-イルピラゾール)、ALK5 Inhibitor I(3-(ピリジン-2-イル)-4-(4-キノニル)-1H-ピラゾール)、LDN193189(4-(6-(4-(ピペラジン-1-イル)フェニル)ピラゾロ[1,5-a]ピリミジン-3-イル)キノリン)、SB431542(4-[4-(1,3-ベンゾジオキソール-5-イル)-5-ピリジン-2-イル-1H-イミダゾール-2-イル]ベンズアミド)、SB-505124(2-(5-ベンゾ[1,3]ジオキソール-5-イル-2-tert-ブチル-3H-イミダゾール-4-イル)-6-メチルピリジン塩酸塩水和物)、SD-208((2-(5-クロロ-2-フルオロフェニル)プテリジン-4-イル)ピリジン-4-イル-アミン)、SB-525334(6-[2-(1,1-ジメチルエチル)-5-(6-メチル-2-ピリジニル)-1H-イミダゾール-4-イル]キノキサリン)、LY-364947(4-[3-(2-ピリジニル)-1H-ピラゾール-4-イル]-キノリン)、LY2157299(4-[2-(6-メチル-ピリジン-2-イル)-5,6-ジヒドロ-4H-ピロロ[1,2-b]ピラゾール-3-イル]-キノリン-6-カルボン酸アミド)、TGF-β RI Kinase Inhibitor II 616452(2-(3-(6-メチルピリジン-2-イル)-1H-ピラゾール-4-イル)-1,5-ナフチリジン)、TGF-β RI Kinase Inhibitor III 616453(2-(5-ベンゾ[1,3]ジオキソール-4-イル-2-tert-ブチル-1H-イミダゾール-4-イル)-6-メチルピリジン, HCl)、TGF-β RI Kinase Inhibitor IX 616463(4-((4-((2,6-ジメチルピリジン-3-イル)オキシ)ピリジン-2-イル)アミノ)ベンゼンスルホンアミド)、TGF-β RI Kinase Inhibitor VII 616458(1-2-((6,7-ジメトキシ-4-キノリル)オキシ)-(4,5-ジメチルフェニル)-1-エタノン)、ナフチリジン(6-(2-tert-ブチル-5-(6-メチル-ピリジン-2-イル)-1H-イミダゾール-4-イル)-キノキサリン)、AP12009(TGF-β2アンチセンス化合物“Trabedersen”)、Belagenpumatucel-L(TGF-β2アンチセンス遺伝子修飾同種異系腫瘍細胞ワクチン)、CAT-152(Glaucoma-lerdelimumab(抗-TGF-β-2モノクローナル抗体))、CAT-192(Metelimumab(TGFβ1を中和するヒトIgG4モノクローナル抗体))、GC-1008(抗TGF-βモノクローナル抗体)等が挙げられる。
【0035】
培地に含まれるTGF-β阻害剤の濃度は、その種類によって異なり、特に限定されるものではない。例えば、TGF-β阻害剤としてA83-01を使用する場合、0.1μM~5μMとすることができ、0.2μM~3μMとすることが好ましく、0.3μM~1μMとすることがより好ましく、0.4μM~0.8μMとすることがより好ましい。より具体的に、A83-01の濃度は0.5μMとすることができる。
【0036】
コウモリ組織オルガノイドやコウモリ肺オルガノイドの培養条件等については、特に限定されず、例えば、Zhou J, et al., Nat Med., 26(7):1077-1083, 2020、Ameen A. Salahudeen et al., Nature volume 588, pages 670-675 (2020)及びSato et al., Nature, 2009やSato T et al., Gastroenterology. 2011 Nov;141(5):1762-1772等を参照することができる。これらを参考としてコウモリ組織オルガノイドやコウモリ肺オルガノイドを培養する際、その培養温度は30~40℃とすることができ、37℃程度が最も好ましい。
【0037】
本発明に係るコウモリ組織オルガノイド培地やコウモリ肺オルガノイド培地を利用することで、コウモリ組織オルガノイドやコウモリ肺オルガノイドを優れた効率で製造することができる。また、本発明に係るコウモリ組織オルガノイド培地やコウモリ肺オルガノイド培地を利用することで、コウモリ組織オルガノイドやコウモリ肺オルガノイドを通常の培養方法と比較して長期間に亘って培養することができる。このように、本発明を適用することでコウモリ組織オルガノイドやコウモリ肺オルガノイドを製造、長期間に亘って増殖・維持することができるため、コウモリ組織オルガノイドやコウモリ肺オルガノイドを用いたウイルス感染実験等の研究を行うことができる。
【0038】
特に、コウモリを宿主とするウイルスの中には、新型コロナウイルスやエボラ出血熱ウイルス等、ヒトに対して感染症を引き起こすものがある。本発明を適用することで、これらウイルスに対するコウモリが有する防御メカニズムの解明にコウモリ組織オルガノイドやコウモリ肺オルガノイドを利用することができる。さらに、本発明を適用することで、コウモリ組織オルガノイドやコウモリ肺オルガノイドを用いた抗ウイルス薬の開発や、人オルガノイドとの共培養による感染シミュレーションモデルの作製、ウイルスゲノム変異を予測モデルへの適用など様々な用途に応用可能である。
【0039】
培養の対象となるコウモリ組織オルガノイドやコウモリ肺オルガノイドについては、上述したコウモリ組織オルガノイド培地やコウモリ肺オルガノイド培地を用いて製造することができる。また、培養の対象となるコウモリ組織オルガノイドやコウモリ肺オルガノイドは、上述したコウモリ組織オルガノイド培地やコウモリ肺オルガノイド培地を用いる方法以外の方法、例えば、Zhou J, et al., Nat Med., 26(7):1077-1083, 2020、Ameen A. Salahudeen et al., Nature volume 588, pages 670-675 (2020)、Sato et al., Nature, 2009及びSato T et al., Gastroenterology. 2011 Nov;141(5):1762-1772等を参照した方法により得ることもできる。
【0040】
本発明に係るコウモリ組織オルガノイドの製造方法では、先ず、コウモリ由来の細胞又は組織を採取し、その細胞又は組織を細胞外マトリクスと混ぜ合わせる。細胞又は組織を細胞外マトリクスと混ぜ合わせることで、細胞や組織を細胞外マトリクスに保持することができる。その後、細胞外マトリクスと混ぜ合わせた細胞又は組織を、上述したTGF-αを含むコウモリ組織オルガノイド培地を用いて培養する。これにより、コウモリ組織オルガノイドが作製されることとなる。本発明に係るコウモリ組織オルガノイドの製造方法によれば、効率良くコウモリ組織オルガノイドを製造することができる。
【0041】
本発明に係るコウモリ組織オルガノイドの製造方法においては、コウモリ由来の細胞を用いることが好ましく、例えば、コウモリから採取した組織を培地中で機械的に懸濁して細胞懸濁液を作製し、濾過、沈降、洗浄等を繰り返して、コウモリ由来の細胞を得ることができる。コウモリ由来の細胞としては、コウモリ由来の幹細胞が好ましい。
【0042】
細胞外マトリクス(Extracellular Matrix:ECM)とは、細胞が増殖するための足場となる構造体であり、水と、様々な多糖類、タンパク質、糖タンパク質等とにより構成されている。細胞外マトリクスは、線維芽細胞、軟骨細胞等のECM産生細胞を用いて調整することができ、また、マトリゲル(Matrigel、登録商標、Corning社)等の市販の細胞外マトリクスを使用することもできる。
【0043】
コウモリ組織オルガノイドの製造方法においては、採取したコウモリ由来の細胞若しくは組織又はこれを保持する細胞外マトリクスに、上述したコウモリ組織オルガノイド培地を直接又は間接的に接触させることで、細胞又は組織の培養を行うことができる。これにより、培養している細胞又は組織が増殖及び/又は分化して、コウモリ組織オルガノイドを製造することができる。
【0044】
コウモリ組織オルガノイドの製造に用いる培地としては、一種類の培地を用いてもよいが、複数種類の培地を用いてもよく、例えば、主に細胞の増殖を促す成長用培地(Expansion medium)と、主に細胞の分化を促す分化用培地(Differentiation medium)を用いてもよい。成長用培地と分化用培地を用いる場合、最初に成長用培地と細胞外マトリクスを接触させて培養を行い、次に培地を取り替えて、分化用培地と細胞外マトリクスを接触させて培養することにより、コウモリ組織オルガノイドを製造することができる。また、これとは逆に、最初に分化用培地と細胞外マトリクスを接触させて培養を行い、次に培地を取り替えて、成長用培地と細胞外マトリクスを接触させて培養することにより、コウモリ組織オルガノイドを製造することもできる。上述したTGF-αを含む本発明に係るコウモリ組織オルガノイド培地は、成長用培地と分化用培地のいずれの用途にも用いることができるが、成長用培地として用いることが特に好ましい。
【0045】
一方、本発明に係るコウモリ肺オルガノイドの製造方法では、先ず、コウモリの肺細胞又は肺組織を採取し、その肺細胞又は肺組織を細胞外マトリクスと混ぜ合わせる。肺細胞又は肺組織を細胞外マトリクスと混ぜ合わせることで、肺細胞又は肺組織を細胞外マトリクスに保持することができる。その後、細胞外マトリクスと混ぜ合わせた肺細胞又は肺組織を、上述したTGF-α及び/又はFGF7を含むコウモリ肺オルガノイド培地を用いて培養する。これにより、コウモリ肺オルガノイドが作製されることとなる。本発明に係るコウモリ肺オルガノイドの製造方法によれば、効率良くコウモリ肺オルガノイドを製造することができる。
【0046】
本発明者らは、世界で初めてコウモリ肺オルガノイドの製造に成功したものであり、本発明に係るコウモリ肺オルガノイドは、呼吸器杯細胞マーカーであるMUC5AC、気道基底細胞マーカーであるCK5及び肺細胞マーカーであるサーファクタント関連プロテインC(SFTPC)のうち少なくとも1つを発現し、コウモリ肺組織の構成細胞を再現するものである。したがって、本発明に係るコウモリ肺オルガノイドは、基礎的研究の用途等に好適に用いることができ、特に、SARS-CoV(SARSコロナウイルス)やSARS-CoV2(新型コロナウイルス)等の呼吸器感染ウイルスの基礎的研究に好適に使用することができる。本発明に係るコウモリ肺オルガノイドは、MUC5AC、CK5及びSFTPCの全てを発現していることが好ましく、この場合には、肺組織の構成細胞の大部分を再現しているため、さらに好適に基礎的研究等に使用することができる。
【実施例0047】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【0048】
〔実施例1〕
[コウモリ腸管オルガノイド(BIO)とコウモリ肺オルガノイド(BLO)の作製]
コウモリ腸管オルガノイド(BIO)とコウモリ肺オルガノイド(BLO)を作製するために、動物園で自然死したコウモリから腸組織と肺組織を採取した。採取した腸組織及び肺組織を用いて、以下の方法によりコウモリ腸管オルガノイド(BIO)とコウモリ肺オルガノイド(BLO)を作製した。
【0049】
先ず、採材された組織を、組織の乾燥を防ぐために2mlのPBSを入れた10cmディッシュに移した。そして外科剪刀を用いて、ディッシュ内で約1cm四方の組織片に切り出した。得られた組織片を別の10cmディッシュに移し、付着した血液成分を落とすためにPBS2mlで3回洗った。その後、ディッシュごと氷上に移し、眼科剪刀を用いて粘稠性を持つまで組織片を切った。その組織片をLiberase TH 1.25mg/ml(sigma)を500μl、Advanced DMEM培地(gibco)を450μl入れた15mlチューブに移し、1mlピペットマンを用いて10回ピペッティングを行った。そしてチューブを37℃に温めた恒温槽に差し込み15分間振盪させた。15分後、いったんチューブを取り出し1mlピペットマンを用いて10回ピペッティングを行い、さらに15分間振盪させた。チューブを取り出して再度ピペッティングを10回行い、細胞混濁液が半透明様の状態になっていることを確認し、それを100μmのセルストレーナーに通した。30分間の振盪でも組織片が視認できる場合は、600×g、3分間の遠心分離を行ったのちに上清を取り除き、TrypLE(gibco)を1ml加え5分間恒温槽に置いた。チューブを取り出し、前述と同様にピペッティング後にセルストレーナーに通した。濾過した細胞液を600×g、3分間の遠心分離を行った。そして上清を取り除いたのちに8mlのPBSを加えて1mlピペットマンを用いて10回ピペッティングを行った。この作業を計3回行った。上清を取り除き、細胞沈査の量に応じて、24wellプレートの1wellあたり40μlのマトリゲル(Corning)を加え、200μlピペットマンを用いて数回に分けて静かに混ぜ合わせた。細胞成分の入ったマトリゲルを40μlずつ播種し、30分間、37℃のインキュベーターに置いた。その後、37度に温めた培地を500μl/1well加え培養を始めた。
【0050】
以上の方法によりコウモリ腸管オルガノイド(BIO)とコウモリ肺オルガノイド(BLO)を作製した(
図1)。
図1に示したように、本実施例で作製したコウモリ腸管オルガノイドは腸の粘膜上皮細胞を模倣する構造が観察され、コウモリ肺オルガノイドは球状の形態が観察された。
【0051】
[コウモリ腸管オルガノイド(BIO)とコウモリ肺オルガノイド(BLO)の評価]
上記のように作製したBIO及びBLOについて病理組織学的解析を実施した。先ず、定法に従ってHE染色を行った。BIO及びBLO並びに、元となった組織(腸組織、肺組織)のHE染色画像を
図2に示した。
図2に示すように、BIOといったBLO各組織に由来するオルガノイドの作製に成功した。
図2から判るように、BIO及びBLOは、それぞれコウモリ小腸及び肺上皮の多細胞構造を模倣しており、元の組織の組織学的特徴を再現していた。
【0052】
次に、作製したBIO及びBLOを撮像した電子顕微鏡画像を
図3(上段にBIO、下段にBLO)に示した。
図3中、Cは絨毛を示し、Eは上皮細胞を示し、Gは杯細胞を示し、Pはパネート細胞を示し、Vは微絨毛を示し、LBはラミラ体を示し、ERは粗面小胞体を示し、TJは密着結合を示し、mはミトコンドリアを示し、nは核を示している。
図3に示すように、各オルガノイドの微細構造を観察したところ、腸や肺の組織を模倣していることが明らかになった。BIOでは、特徴的な微小絨毛を持つ吸収性上皮細胞、杯細胞、パネート細胞が見られた。BLOでは、オルガノイドは基底細胞、分泌細胞及び多繊毛細胞を含む分化が進んだ仮性気道上皮から構成されていた。
【0053】
[BIOとBLOの構成細胞の分析評価]
また、作製したBIOとBLOの構成細胞を確認するために、免疫蛍光染色を用いて腸組織と肺組織の特異的なマーカーの発現を確認した。
【0054】
本例では、上皮細胞マーカーであるE-cadherin、成熟腸マーカーであるCK20、腸杯細胞マーカーであるMUC2、腸幹細胞マーカーであるLGR5、呼吸器杯細胞マーカーであるMUC5AC、気道基底細胞マーカーであるCK5、肺細胞マーカーであるサーファクタント関連プロテインC(SFTPC)の発現を評価した。
【0055】
先ず、オルガノイドと摘出した組織から凍結切片を作製した。スライドグラスPBSで5分間振盪させながら洗った。PBSから取り出したのち水気を払い、1.5% normal goat serum(NGS)を1切片につき50μl加えて湿潤ボックス内に室温で30分静置した。NGSをおとしたあと、1次抗体をPBSで1:100に希釈し前述と同様に1切片につき50μlを入れ、4度で一晩静置した。翌日、PBSで5分間ずつ3回洗い、蛍光2次抗体とHexstをそれぞれPBSで希釈し1切片当たり50μl載せて遮光下で60分間置いた。その後遮光しながらPBSで5分間ずつ3回洗い、水気を払ったのちにカバーガラスで封入して乾燥させたのちに共焦点レーザー顕微鏡(Zeiss)を用いて観察を行った。
【0056】
BIO及び元となった腸組織におけるマーカー発現を観察した結果を
図4に示し、BLO及び元となった肺組織におけるマーカー発現を観察した結果を
図5に示した。上皮細胞マーカーであるE-cadherinの発現は、BIO、BLO及びそれらの元の組織で確認された(
図4及び5)。また、成熟腸マーカーであるCK20と腸杯細胞マーカーであるMUC2の発現量はBIOとコウモリの腸管組織で同程度であり、腸幹細胞マーカーであるLGR5の発現量はオルガノイドのほうが元の組織と比較して高かった(
図4)。これらのデータは、BIOが腸組織の構成細胞を高い幹細胞性で再現していることを示している。また、BLO及びコウモリ肺組織では、呼吸器杯細胞マーカーであるMUC5AC、気道基底細胞マーカーであるCK5、肺細胞マーカーであるサーファクタント関連プロテインC(SFTPC)の発現が認められたが、BLOではクララ細胞マーカーであるSCGB1A1の発現は認められなかった(
図5)。これらのデータは、BLOが肺組織の構成細胞の大部分を再現していることを示している。
【0057】
[BIOとBLOの長期培養に最適なサプリメントの探索]
上記のように作製したBIO及びBLOを培養するにあたって、細胞増殖・オルガノイド形成がより促進されるような培地成分の探索を行った。具体的には、表1に示した培地組成に対して各種培地成分を添加した培養液を準備し、コントロールを100%として、培養成分の添加による細胞増殖速度を比較解析した。
【0058】
【0059】
本実施例で検討した培地成分を表2に示した。
【0060】
【0061】
表2に示した培地成分をそれぞれ添加した培養液を用いてBIO及びBLOを7日間培養した。培養後のオルガノイドを撮像した結果と細胞増殖率を測定した結果を
図6及び7に示した。なお、細胞増殖率は以下のように算出した。すなわち、表1に示した培地組成に対して、表2に示した各種培地成分を添加した培養液を準備した。プレートリーダー(TECAN)で蛍光強度を測定し、表1の培地組成のみのコントロール群を100%として他の培養液成分の細胞増殖率の比較を行った。
【0062】
サプリメントを添加して培養したときのBIOを撮像した写真及びBIOの増殖率を測定した結果(7日目)を
図6に示した。
図6に示すように、供試したサプリメントによってBIO増殖率に大きな違いがあった。具体的には、基礎培地(Cont)に対してWNR、TGF-α又はEGFを添加したときに、BIOの増殖率が基礎培地(Cont)を使用したときに比べて有意に向上した。一方、FGF2、FGF7、FGF10及びIGFについては、BIOの増殖率を向上させる効果は確認できなかった。以上の結果より、BIOを長期間培養する際には、WNR、EGF及びTGF-αからなる群から選ばれる少なくとも一種の成分を添加することが好ましいことが明らかとなった。
【0063】
また、サプリメントを添加して培養したときのBLOを撮像した写真及びBLOの増殖率を測定した結果(7日目)を
図7に示した。BLOについては、基礎培地(Cont)に対してTGF-α、EGF、WNR又はFGF7を添加したときに、BLOの増殖率が基礎培地(Cont)を使用したときに比べて有意に向上した。特に、TGF-αを使用した場合には、BLOの増殖率が極めて高く向上することがわかった。以上の結果より、BLOを長期間培養する際には、WNR、EGF、FGF7及びTGF-αからなる群から選ばれる少なくとも一種の成分を添加することが好ましいことが明らかとなった。
【0064】
[BIO、BLOにおけるコロナウイルス感染関連タンパク質の発現確認]
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の原因となる新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、膜貫通型細胞プロテアーゼであるTMPRSS2及びACE2受容体を利用して細胞内に侵入することが確認されている。そこで、BIO及びBLOにおけるACE2及びTMPRSS2の発現を免疫蛍光染色を用いて解析した。
【0065】
本例では、上皮細胞マーカーであるE-cadherin、成熟腸マーカーであるCK20、腸杯細胞マーカーである膜貫通型細胞プロテアーゼであるTMPRSS2及びACE2受容体の発現を評価した。
【0066】
先ず、オルガノイドと摘出した組織から凍結切片を作製した。スライドグラスPBSで5分間振盪させながら洗った。PBSから取り出したのち水気を払い、1.5% normal goat serum(NGS)を1切片につき50μl加えて湿潤ボックス内に室温で30分静置した。NGSをおとしたあと、1次抗体をPBSで1:100に希釈し前述と同様に1切片につき50μlを入れ、4度で一晩静置した。翌日、PBSで5分間ずつ3回洗い、蛍光2次抗体とHexstをそれぞれPBSで希釈し1切片当たり50μl載せて遮光下で60分間置いた。その後遮光しながらPBSで5分間ずつ3回洗い、水気を払ったのちにカバーガラスで封入して乾燥させたのちに共焦点レーザー顕微鏡(Zeiss)を用いて観察を行った。
【0067】
BIO及び元となった腸組織におけるACE2及びTMPRSS2の発現を観察した結果を
図8に示し、BLO及び元となった肺組織におけるACE2及びTMPRSS2の発現を観察した結果を
図9に示した。
図8及び9に示すように、ACE2は、両オルガノイドの先端表面又は基底膜、腸組織の上皮層、肺組織の肺胞細胞で明確に発現していた。また、
図8及び9に示すように、TMPRSS2は、基底層だけでなく、両方のオルガノイド及びその元の組織の様々な部位で発現していた。これらのデータは、BIO及びBLOを長期に亘って培養することで、コウモリを宿主とする様々なウイルスの感染実験など基礎研究が可能であることを示唆している。