IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 国立大学法人 千葉大学の特許一覧 ▶ 日亜化学工業株式会社の特許一覧

<>
  • 特開-窒素含有炭素材料及びその製造方法 図1
  • 特開-窒素含有炭素材料及びその製造方法 図2
  • 特開-窒素含有炭素材料及びその製造方法 図3
  • 特開-窒素含有炭素材料及びその製造方法 図4
  • 特開-窒素含有炭素材料及びその製造方法 図5
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023077225
(43)【公開日】2023-06-05
(54)【発明の名称】窒素含有炭素材料及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C01B 32/05 20170101AFI20230529BHJP
【FI】
C01B32/05
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021190446
(22)【出願日】2021-11-24
(71)【出願人】
【識別番号】304021831
【氏名又は名称】国立大学法人千葉大学
(71)【出願人】
【識別番号】000226057
【氏名又は名称】日亜化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100138863
【弁理士】
【氏名又は名称】言上 惠一
(74)【代理人】
【識別番号】100131808
【弁理士】
【氏名又は名称】柳橋 泰雄
(74)【代理人】
【識別番号】100145104
【弁理士】
【氏名又は名称】膝舘 祥治
(72)【発明者】
【氏名】山田 泰弘
(72)【発明者】
【氏名】川合 崚平
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 崚伸
(72)【発明者】
【氏名】田口 廣臣
【テーマコード(参考)】
4G146
【Fターム(参考)】
4G146AA15
4G146AC16B
4G146AD23
4G146AD24
4G146AD35
4G146BA11
4G146BB07
4G146BC03
4G146BC27
4G146BC32A
4G146BC32B
4G146BC33A
(57)【要約】
【課題】ピリジニック窒素原子を高い含有率で含む窒素含有炭素材料を提供する。
【解決手段】炭素原子、窒素原子及びハロゲン原子を含む窒素含有炭素材料である。窒素含有炭素材料は、窒素原子の総モル数に対するピリジニック窒素原子のモル数の比率が、59%より大きく、窒素原子の総含有率が、7at%以上である。さらに窒素含有炭素材料は、3以上の芳香環が縮合してなる縮合多環領域を含み、縮合多環領域において、2個の前記ピリジニック窒素原子が2個の炭素原子を介して連結される部分構造を有する窒素含有炭素材料。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素原子、窒素原子及びハロゲン原子を含む窒素含有炭素材料であり、
前記窒素原子の総モル数に対するピリジニック窒素原子のモル数の比率が、59%より大きく、
前記窒素原子の総含有率が、7at%以上であり、
前記窒素含有炭素材料は、3以上の芳香環が縮合してなる縮合多環領域を含み、
前記縮合多環領域において、2個の前記ピリジニック窒素原子が2個の炭素原子を介して連結される部分構造を有する窒素含有炭素材料。
【請求項2】
前記ハロゲン原子の含有率が、0.01at%以上30at%以下である請求項1に記載の窒素含有炭素材料。
【請求項3】
前記ハロゲン原子は、塩素原子、臭素原子及びヨウ素原子からなる群から選択される少なくとも1種を含む請求項1又は2に記載の窒素含有炭素材料。
【請求項4】
前記2個のピリジニック窒素原子は、前記2個の炭素原子の結合に対して同じ側に配置される請求項1から3のいずれか1項に記載の窒素含有炭素材料。
【請求項5】
フェナントロリン骨格を備え、ハロゲン原子を置換基として有する含窒素芳香族化合物を準備することと、
前記含窒素芳香族化合物を200℃以上600℃未満で熱処理して炭素化することを含む窒素含有炭素材料の製造方法。
【請求項6】
前記ハロゲン原子は、塩素原子、臭素原子及びヨウ素原子からなる群から選択される少なくとも1種を含む請求項5に記載の製造方法。
【請求項7】
前記含窒素芳香族化合物は、ハロゲン原子を置換基として有する1,10-フェナントロリンを含む、請求項5又は6に記載の製造方法。
【請求項8】
前記熱処理は、減圧下で行われる請求項5から7のいずれか1項に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、窒素含有炭素材料及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素材料は様々な分野において応用が期待される材料である。特にピリジニック窒素原子が導入された含窒素炭素材料は、例えば、酸素還元触媒、リチウム硫黄電池の電極材料、など種々の応用が期待されており、ピリジニック窒素原子を含む炭素材料の合成例は多く報告されている。非特許文献1は、炭素材料中の1,10-フェナントロリン骨格の構造制御を行う目的で、ハロゲン原子が導入された4,7-ジクロロ-1,10-フェナントロリンを873Kで焼成する例が開示されている。この方法で得られた炭素材料中の窒素におけるピリジニック窒素原子の割合は59%であることが報告された。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】村田昌駿、山田泰弘、久保臣悟、佐藤智司、計算化学を適用した含窒素カーボン材料の構造制御(ポスター発表番号P-09)、グラフェン・酸化グラフェン合同シンポジウム、秋葉原コンベンションホール、東京、2017年12月8日
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本開示の一態様は、ピリジニック窒素原子を高い含有率で含む窒素含有炭素材料及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
第一態様は、炭素原子、窒素原子及びハロゲン原子を含む窒素含有炭素材料である。窒素含有炭素材料は、窒素原子の総モル数に対するピリジニック窒素原子のモル数の比率が、59%より大きく、窒素原子の総含有率が、7at%以上の炭素材料である。窒素含有炭素材料は、3以上の芳香環が縮合してなる縮合多環領域を含み、縮合多環領域において、2個の前記ピリジニック窒素原子が2個の炭素原子を介して連結される部分構造を有する窒素含有炭素材料である。
【0006】
第二態様は、フェナントロリン骨格を備え、ハロゲン原子を置換基として有する含窒素芳香族化合物を準備することと、前記含窒素芳香族化合物を200℃以上600℃未満で窒素含有炭素材料の製造方法である。
【発明の効果】
【0007】
本開示の一態様によれば、ピリジニック窒素原子を高い含有率で含む窒素含有炭素材料及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】実施例2に係る窒素含有炭素材料の窒素1s軌道のXPSスペクトルである。
図2】実施例3に係る窒素含有炭素材料の窒素1s軌道のXPSスペクトルである。
図3】実施例5に係る窒素含有炭素材料の窒素1s軌道のXPSスペクトルである。
図4】実施例1に係る窒素含有炭素材料のラマン分光スペクトルの一例である。
図5】実施例3に係る窒素含有炭素材料のラマン分光スペクトルの一例である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本明細書において「工程」との語は、独立した工程だけではなく、他の工程と明確に区別できない場合であってもその工程の所期の目的が達成されれば、本用語に含まれる。また組成物中の各成分の含有量は、組成物中に各成分に該当する物質が複数存在する場合、特に断らない限り、組成物中に存在する当該複数の物質の合計量を意味する。さらに本明細書に記載される数値範囲の上限及び下限は、数値範囲として例示された数値をそれぞれ任意に選択して組み合わせることが可能である。以下、本発明の実施形態を詳細に説明する。ただし、以下に示す実施形態は、本発明の技術思想を具体化するための、窒素含有炭素材料及びその製造方法を例示するものであって、本発明は、以下に示す窒素含有炭素材料及びその製造方法に限定されない。
【0010】
窒素含有炭素材料
窒素含有炭素材料は、炭素原子、窒素原子及びハロゲン原子を含む。窒素含有炭素材料は、窒素原子の総モル数に対するピリジニック窒素原子のモル数の比率が59%より大きく、窒素原子の総含有率が7at%以上である。窒素含有炭素材料は、3以上の芳香環が縮合してなる縮合多環領域を含み、縮合多環領域において、2個のピリジニック窒素原子が2個の炭素原子を介して連結されている部分構造を有している。
【0011】
後述する製造方法で製造される窒素含有炭素材料は、ピリジニック窒素原子を高い含有率で含むことができる。ピリジニック窒素原子を高い含有率で含む窒素含有炭素材料は、例えばリチウム硫黄電池の電極に適用する場合、リチウム多硫化物の吸着が促進されて、リチウム多硫化物のシャトル効果が抑制される。これによりリチウム硫黄電池のサイクル特性を向上させることができる。また、ピリジニック窒素原子を高い含有率で含む窒素含有炭素材料は、二酸化炭素の吸着能に優れる。これにより例えば二酸化炭素センサとして応用することができる。また、ピリジニック窒素原子を高い含有率で含む窒素含有炭素材料は、酸化還元反応の電極触媒活性を有することから、燃料電池の電極として応用することができる。また、他にもピリジニック窒素原子を高い含有率で含む窒素含有炭素材料は、触媒担体等の用途として好適である。
【0012】
窒素含有炭素材料では、例えば、炭素材料を構成する炭素原子の一部が窒素原子に置換されていると考えられる。換言すれば、窒素含有炭素材料は、炭素材料に窒素原子がドープされた構造を有していると考えられる。炭素材料は主としてsp型炭素から構成されていてよい。本明細書において、「炭素材料」とは、元素分析より求めた組成比から、炭素の含有量が50at%以上、好ましくは55at%以上であり、かつラマン分光分析においてGバンド(1570cm-1以上1600cm-1以下の範囲)が観測されるものを意味する。また、炭素材料では、窒素原子等の欠陥構造を含むことによってDバンド(1300cm-1以上1400cm-1以下の範囲)も観測される。Gバンドは一般にグラフェン構造又はグラフェン構造に類似した化学構造に関連すると言われている。Dバンドはグラフェン構造又はグラフェン構造に類似した化学構造中に含まれる構造欠陥や官能基の存在を反映しており、窒素含有炭素材料ではGバンド及びDバンドのいずれもが観測されうる。窒素含有炭素材料では、この他にD’バンド(1600cm-1以上1650cm-1以下の範囲)、2Dバンド(2650cm-1以上2750cm-1以下の範囲)、D+Gバンド(2800cm-1以上3000cm-1以下の範囲)および2Gバンド(3100cm-1以上3300cm-1以下の範囲)が観測されてもよい。なお、本明細書における上記各バンドの位置は、励起光源の波長が532nmであるときに観測されるものである。
【0013】
窒素含有炭素材料の炭素材料部分を構成する炭素原子の一部を置換する窒素原子には、二重結合で連結されたsp型炭素原子で構成されるベーサル面内に存在する電気的に中性なベーサル窒素とエッジ部分に存在するエッジ窒素が含まれてよく、また、正の電荷をもつ第4級窒素原子(Q-N)が含まれてもよい。ベーサル窒素はその結合様式から下記構造式(a)から(d)のいずれかに示される形態をとっていてよい。また、エッジ窒素はその結合様式から下記構造式(e)から(i)のいずれかに示される形態をとってもよい。下記構造式中の破線部分は、sp型炭素原子および窒素原子を介した共鳴構造を示している。ベーサル窒素は3つのsp型炭素原子と結合した第3級窒素原子であり、エッジ窒素は1つもしくは2つのsp型炭素原子と結合した第1級もしくは第2級窒素原子である。これらは、窒素1s軌道のXPS(X-ray Photoemission Spectroscopy)スペクトル測定で区別できる。
【0014】
【化1】
【0015】
【化2】
【0016】
構造式(a)は3つの6員環構造内部に1つの第3級窒素原子が位置する含窒素構造でありT3と称する。構造式(b)は2つの6員構造環内部に1つの第3級窒素原子が位置する含窒素構造でありT2と称する。構造式(c)は1つの6員環構造内部に1つの第3級窒素原子が位置する含窒素構造でありT1と称する。構造式(d)は1つの5員環構造内部に1つの第3級窒素原子が位置する含窒素構造でありT1Pと称する。
【0017】
構造式(e)は1つの6員環構造内部に1つの第2級窒素原子が位置し、ベンゼン環に類似した構造をもつ含窒素構造であり、ピリジニック窒素と称する。構造式(f)は1つの5員環構造内部に1つの第2級窒素原子が位置する含窒素構造でありピロリック窒素と称する。構造式(g)は1つの6員環構造内部に1つの第2級窒素原子が位置する含窒素構造でありS1と称する。構造式(h)は環構造をもたない第2級窒素原子からなる含窒素構造でありS0と称する。構造式(i)は第1級窒素原子からなる含窒素構造でありNHと称する。S0とNHはアミン型窒素とも総称される。なお、以上のベーサル窒素およびエッジ窒素を用いる窒素原子の分類分けは、非特許文献(Y. Yamada, H. Tanaka, S. Kubo, S. Sato, Unveiling Bonding States and Roles of Edges in Nitrogen-Doped Graphene Nanoribbon by X-ray Photoelectron Spectroscopy, Carbon 185 (2021) 342-367.)を参照した。
【0018】
窒素含有炭素材料に含まれる窒素原子の総含有率は、例えば7at%以上であってよい。窒素原子の総含有率は、好ましくは8at%以上、9at%以上、又は10at%以上であってよい。窒素原子の総含有率の上限は、例えば25at%以下であってよく、好ましくは20at%以下であってよい。これにより、炭素材料中の電気伝導性の低下を抑制することができる。窒素含有炭素材料中の窒素原子の総含有率は、窒素含有炭素材料の元素分析値から算出される。具体的には、各構成元素の元素分析値を原子量で除して窒素含有炭素材料の組成比を算出し、得られる組成比に基づいて窒素原子の総含有量(at%)を算出することができる。
【0019】
窒素含有炭素材料は、窒素原子の総モル数に対するピリジニック窒素原子のモル数の比率が、例えば59%より大きい。ピリジニック窒素原子のモル数の比率は、好ましくは65%以上、75%以上、又は85%以上であってよい。ピリジニック窒素原子のモル数の比率の上限は、例えば99%以下、又は95%以下であってよい。窒素原子の総モル数に対するピリジニック窒素原子のモル数の比率が、100%に近いほどピリジニック窒素原子を選択的に含む含窒素炭素材料ということができる。すなわち、構造制御性に優れた窒素含有炭素材料ということができる。窒素原子の総モル数に対するピリジニック窒素原子のモル数の比率は、例えばXPSによって窒素1s軌道のXPSスペクトルを測定することで分析することができる。
【0020】
また、窒素含有炭素材料は、ハロゲン原子を含む。ハロゲン原子としては、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子等が挙げられ、これらからなる群から選択される少なくとも1種を含んでいてよい。ハロゲン原子として好ましくは、塩素原子、臭素原子及びヨウ素原子からなる群から選択される少なくとも1種を含んでいてよい。ハロゲン原子は後述する製造方法に由来して窒素含有炭素材料に含まれていてよい。また、ハロゲン原子は、例えば3以上の芳香環が縮合してなる縮合多環領域を構成する炭素原子の一部に共有結合していると考えられる。
【0021】
窒素含有炭素材料に含まれるハロゲン原子の含有率は、例えば0.01at%以上30at%以下であってよい。ハロゲン原子の含有率は、0.1at%以上、0.3at%以上、0.5at%以上、又は1at%以上であってよく、また好ましくは5at%以下、3at%以下、2at%以下、又は1.5at%以下であってよい。窒素含有炭素材料中のハロゲン原子の含有率は、元素分析によって実験的に求められる炭素、水素、および窒素の割合の和と、理論的に求められる元素分析値の総和(100wt%)との差から求められる。
【0022】
窒素含有炭素材料においては、ハロゲン原子の含有量に対する窒素原子の含有量のモル比(すなわち、窒素原子のモル数/ハロゲン原子のモル数)が、例えば0.3以上2500以下であってよい。ハロゲン原子の含有量に対する窒素原子の含有量のモル比は、好ましくは1以上、2以上、又は6以上であってよく、また好ましくは2000以下、1500以下、又は1000以下であってよい。
【0023】
窒素含有炭素材料においては、縮合多環領域を構成する炭素材料部分の炭素原子を置換する窒素原子の2個が、2個の炭素原子を介して連結され、その2個の炭素原子の結合に対して同じ側に配置される部分構造が存在していてよい。すなわち、縮合多環領域には、窒素原子-炭素原子-炭素原子-窒素原子からなる部分構造が存在し、炭素原子間の二重結合に対して2個の窒素原子が同じ側に配置されていてよい。すなわち、2個の窒素原子がcis位に配置されていてよい。窒素含有炭素材料において、2個の窒素原子がcis位に配置されている場合、例えば、窒素含有炭素材料は1,10-フェナントロリン骨格、4,7-フェナントロリン骨格、又は2,9-フェナントロリン骨格を有してよい。これにより、窒素含有炭素材料においてピリジニック窒素の含有量を多くすることができ、種々の用途に対して好適に利用することができる。また、窒素含有炭素材料において、2個の窒素原子がcis位に配置されている場合、1,10-フェナントロリン骨格を含むことが好ましい。1,10-フェナントロリン骨格を備える窒素含有炭素材料は、リチウム硫黄電池、二酸化炭素センサ、酸化還元反応、触媒担体などの分野で特に有用である。
【0024】
窒素含有炭素材料が1,10-フェナントロリン骨格を備えることは、1,10-フェナントロリン骨格が金属原子に配位しやすいことを利用し、金属元素の3p軌道のXPSスペクトル又は窒素1s軌道のXPS分析により確認することができる。具体的には、窒素含有炭素材料に金属原子を配位させるものと配位させないものを用意し、それぞれに対してXPSにより金属元素の3p軌道のXPSスペクトル又は窒素1s軌道のXPSスペクトルを測定する。これらのXPSスペクトルを比較すると、金属原子への配位の有無による、1,10位の窒素原子の電子状態が異なることに起因した結合エネルギーの変化を観測することができる。すなわち、金属原子を配位させた場合において、XPS分析における結合エネルギーの変化を観察することができれば、窒素含有炭素材料は1,10-フェナントロリン骨格を備えることを確認することができる。これは、ピリジニック窒素が金属原子に配位するときのピーク位置の変化を考慮したピーク分離およびフィッティングを行うことで確認することができる。なお、金属原子への配位により観測されるピークは、他に分類される窒素と区別するために、例えば、赤外分光等を併用して、複合的に分析してもよい。これにより、ピーク分離に必要な成分と不要な成分とを判別することができる。なお、配位させる金属原子は、例えば、鉄、コバルト、ニッケル、銅からなる群から選択される少なくとも1種であってよい。また、ここで説明する金属原子は、単原子、金属クラスター、ナノ粒子などの状態であってよい。なお、配位させるものはイオンであってもよい。この場合もXPS分析により同様に分析することができる。
【0025】
また、窒素含有炭素材料の縮合多環領域における窒素原子は、ピリジニック窒素原子であってよい。このような部分構造を有することで、ピリジニック窒素原子の割合がさらに向上する。これにより、ピリジニック窒素原子が示す特性、例えば気体分子、イオン性化学種の吸着、金属化学種への配位、二酸化炭素、酸素分子の還元活性などの機能を炭素材料に付与することが可能となる。
【0026】
また、窒素含有炭素材料において、炭素材料は3以上の芳香環が縮合した縮合多環領域を含む。縮合多環領域において、2個のピリジニック窒素原子が2個の炭素原子を介して連結され、2個の炭素原子の結合に対して同じ側に配置される部分構造を有していてよい。すなわち、窒素含有炭素材料は、2個のピリジニック窒素原子がcis位に配置される部分構造を有していてよい。この部分構造は、例えば、1,10-フェナントロリン骨格又は2,9-フェナントロリン骨格であってよく、好ましくは1,10-フェナントロリン骨格であってよい。窒素含有炭素材料は、例えば、以下に模式的に示す化学式のような部分構造を有していてもよい。
【0027】
【化3】
【0028】
上記化学式において、Xはハロゲン原子を示し、破線は炭素-炭素結合であって部分構造であることを示す。なお、ハロゲン原子の存在位置は、上記化学式で示される位置のみに限定されるわけではない。
【0029】
窒素含有炭素材料の製造方法
窒素含有炭素材料の製造方法は、フェナントロリン骨格を備え、ハロゲン原子を置換基として有する含窒素芳香族化合物を準備することと、含窒素芳香族化合物を200℃以上600℃未満で熱処理して炭素化した熱処理物を得る熱処理工程を含む。
【0030】
窒素含有炭素材料の原料として、フェナントロリン骨格を備え、ハロゲン原子を置換基として有する含窒素芳香族化合物を用いることで、ピリジニック窒素原子の含有率が高い窒素含有炭素材料に効率的に製造することができる。これは例えば、原料となる含窒素芳香族化合物がハロゲン置換されていることで、炭素化反応に要するエネルギーが低下し、原料骨格の崩壊が抑制されるためと考えることができる。本明細書におけるフェナントロリン骨格を備える含窒素芳香族化合物とは、その一部にフェナントロリンと同様な部分構造を有する材料をも包含する。
【0031】
窒素含有炭素材料の原料となる含窒素芳香族化合物が置換基として有するハロゲン原子としては、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子等が挙げられ、これらからなる群から選択される少なくとも1種を含む。ハロゲン原子として好ましくは、塩素原子、臭素原子及びヨウ素原子からなる群から選択される少なくとも1種を含んでいてよい。含窒素芳香族化合物におけるハロゲン原子の置換数は、例えば1以上8以下であってよい。ハロゲン原子の置換数は、好ましくは2以上であってよく、また好ましくは4以下であってよい。これにより、ピリジニック窒素が分解することを低減しつつ、ハロゲン原子で置換された部分から効率的に炭素化を進行させることができる。
【0032】
含窒素芳香族化合物は、少なくともピリジニック窒素原子を含む。含窒素芳香族化合物におけるピリジニック窒素原子の含有数は、含窒素芳香族化合物の1分子中に2以上8以下であってよい。ピリジニック窒素原子の含有数は、好ましくは6以下であってよい。
【0033】
含窒素芳香族化合物はハロゲン原子以外のその他の置換基を有していてもよい。その他の置換基としては、例えば水酸基、アルコキシ基、シアノ基、ニトロ基、カルボキシ基、ホルミル基、アルコキシカルボニル基、カルバモイル基、トリフルオロメタンスルホニル基、p-トルエンスルホニル基、ジアゾニウム基等が挙げられる。含窒素芳香族化合物がハロゲン原子以外のその他の置換基を有する場合、その他の置換基の置換数は、例えば4以下、又は2以下であってよい。
【0034】
窒素含有炭素材料の原料となる含窒素芳香族化合物としては、例えば下記一般式(1a)から(1d)のいずれかで表される化合物を挙げることができる。(1a)は1,10-フェナントロリンであり、(1b)は1,7-フェナントロリンであり、(1c)は4,7-フェナントロリンであり、(1d)は2,9-フェナントロリンである。
【0035】
【化4】
【0036】
式中、Xは、ハロゲン原子を表す。nは、ハロゲン原子の置換数であり、1から8の数を表す。nが2以上の場合、複数のハロゲン原子は、同一であっても異なっていてもよく、同一環上に置換されていても異なる環上に置換されていてもよい。nは、好ましくは1から6、又は1から4の数であってよい。
【0037】
なお、1,7-フェナントロリン、4,7-フェナントロリン、2,9-フェナントロリンは、炭素化によって、原料間で6員環を形成せずビフェニルと類似する構造をとる形態と、原料間で6員環を形成し、ベンゼン環から成るハニカム構造をとる形態をとることが考えられる。後者の形態は、グラフェン構造であり、1,10-フェナントロリン骨格を含む窒素含有炭素材料を形成することができる。なお、窒素含有炭素材料は、一部にビフェニルと類似する構造を含んでいてもよい。
【0038】
含窒素芳香族化合物は、ハロゲン原子を置換基として含む1,10-フェナントロリンを少なくとも含むことが好ましい。ハロゲン原子を置換基として含む1,10-フェナントロリンを熱処理することで、1,10-フェナントロリン骨格を含む含窒素炭素材料を効率よく得ることができる。1,10-フェナントロリンは熱分解によってピリジニック窒素がアミン型窒素に変化しやすい。含窒素芳香族化合物がハロゲン原子を置換基として含むことで、1,10-フェナントロリン骨格を高い割合で維持しつつ、ハロゲン原子を含む部分から炭素化を容易に進行させることができる。また、含窒素芳香族化合物は、ハロゲン原子を置換基として含む1,10-フェナントロリンからなることが好ましい。これにより、ピリジニック窒素を高い含有率で含む窒素含有炭素材料を得ることができる。
【0039】
以下に含窒素芳香族化合物の具体例として、ハロゲン原子を置換基として含む1,10-フェナントロリン誘導体の具体例を例示するが、本発明における含窒素芳香族化合物はこれらに限定されるものではない。含窒素芳香族化合物には、例えば2-クロロ-1,10-フェナントロリン、2-ブロモ-1,10-フェナントロリン、2-ヨード-1,10-フェナントロリン、3-クロロ-1,10-フェナントロリン、3-ブロモ-1,10-フェナントロリン、3-ヨード-1,10-フェナントロリン、4-クロロ-1,10-フェナントロリン、4-ブロモ-1,10-フェナントロリン、4-ヨード-1,10-フェナントロリン、5-クロロ-1,10-フェナントロリン、5-ブロモ-1,10-フェナントロリン、5-ヨード-1,10-フェナントロリン、4,7-ジクロロ-1,10-フェナントロリン、4,7-ジブロモ-1,10-フェナントロリン、4,7-ジヨード-1,10-フェナントロリン、2,9-ジクロロ-1,10-フェナントロリン、2,9-ジブロモ-1,10-フェナントロリン、2,9-ジヨード-1,10-フェナントロリン、3,8-ジクロロ-1,10-フェナントロリン、3,8-ジブロモ-1,10-フェナントロリン、3,8-ジヨード-1,10-フェナントロリン、5,6-ジクロロ-1,10-フェナントロリン、5,6-ジブロモ-1,10-フェナントロリン、5,6-ジヨード-1,10-フェナントロリン、3,5,6,8-テトラクロロ-1,10-フェナントロリン、3,5,6,8-テトラブロモ-1,10-フェナントロリン、3,5,6,8-テトラヨード-1,10-フェナントロリンが含まれる。
【0040】
また、含窒素芳香族化合物として、ハロゲン原子を置換基として含む1,7-フェナントロリン、2,9-フェナントロリンおよび4,7-フェナントロリンの具体例を、以下に例示するが、本発明における含窒素芳香族化合物はこれらに限定されるものではない。含窒素芳香族化合物には、3-ブロモ-1,7-フェナントロリン、5-ブロモ-2,9-フェナントロリン、2-ブロモ-4,7-フェナントロリンが含まれる。
【0041】
含窒素芳香族化合物は、購入して準備してもよいし、公知の方法で製造して準備してもよい。ハロゲン原子で置換された含窒素芳香族化合物は、例えば入手可能なハロゲン化含窒素芳香族化合物のハロゲン置換反応、含窒素芳香族化合物のハロゲン化反応等で製造することができる。
【0042】
窒素含有炭素材料は、含窒素芳香族化合物を熱処理して炭素化することで製造することができる。ここで炭素化とは、含窒素芳香族化合物を熱処理して、炭素の含有量が50at%以上であり、かつラマン分光分析においてGバンドが観測される炭素材料を生成することを意味する。ここで炭素の含有量は、元素分析より求めた組成比から求められる。含窒素芳香族化合物を熱処理することで、例えば、含窒素芳香族化合物からハロゲン原子、水素原子等が引き抜かれ、炭素-炭素結合を新たに形成することで、炭素化することができると考えられる。
【0043】
含窒素芳香族化合物を熱処理する熱処理温度は、例えば200℃以上600℃未満の範囲内の温度であってよい。熱処理温度は、好ましくは230℃以上、250℃以上、280℃以上、又は300℃以上であってよく、また好ましくは550℃以下、500℃以下、450℃以下、又は400℃以下であってよい。熱処理温度が前記範囲内であることによりフェナントロリン骨格の構造制御性をより高めることができる。これにより、ピリジニック窒素原子の含有率が向上する傾向にある。
【0044】
含窒素芳香族化合物の熱処理は、例えば室温から所定の熱処理温度まで昇温し、所定の熱処理時間にわたって所定の熱処理温度を維持することで行うことができる。昇温速度は、例えば1℃/分以上30℃/分以下、好ましくは5℃/分以上15℃/分以下であってよい。熱処理時間は、例えば30分間以上24時間以下であってよく、好ましくは30分以上6時間以下であってよい。
【0045】
含窒素芳香族化合物の熱処理は、封管条件で行ってもよい。封管条件で熱処理することで、例えば原料化合物の昇華を抑制することができる。含窒素芳香族化合物の熱処理は、減圧下で行ってよい。減圧下で熱処理することで、例えば炭素化に伴って発生するガスによる副反応を抑制することができる。熱処理における減圧条件は、例えば50Pa以下であってよく、好ましくは30Pa以下であってよく、より好ましくは10Pa以下であってよく、特に好ましくは1Pa以下である。また減圧条件の下限は、例えば0.1Pa以上であってよい。
【0046】
含窒素芳香族化合物の熱処理は、含窒素芳香族化合物を粉末又は基板に接触させて、200℃以上600℃未満の範囲で熱処理してもよい。また、含窒素芳香族化合物の熱処理は、含窒素芳香族化合物を粉末又は基板に担持して、200℃以上600℃未満の範囲で熱処理してもよい。粉末又は基板の材料は、例えば、触媒作用を示すような銅、ニッケル、コバルト、白金、金などであってよい。これにより、ピリジニック窒素原子がこれらの粉末又は基板と結合することで、熱処理によるピリジニック窒素原子の分解を低減することができる。触媒作用を示すような金属粉末の粒径は、例えば1nm以上300nm以下であってよく、50nm以上100nm以下であってよい。なお、粉末又は基板の材料は、グラファイト、カーボンブラック、カーボンナノチューブ、活性炭、シリカ、アルミナ、ガラスなどであってよい。
【0047】
窒素含有炭素材料の製造方法は、熱処理工程後に熱処理物を粉砕する粉砕工程、熱処理物を精製する精製工程等をさらに含んでいてもよい。
【0048】
精製工程は、得られた熱処理物中の不純物を除去する第1精製工程および第1精製工程で除去しきれない残留金属を除去する第2精製工程を含んでいてもよい。残留金属は、例えば酸、キレート剤、金属スカベンジャー等を使用して除去することができる。
【0049】
(応用例)
燃料電池は、本開示にかかる窒素含有炭素材料を含んでいてもよい。また、リチウム硫黄電池の電極は、本開示にかかる窒素含有炭素材料を含んでいてもよい。また、二酸化炭素センサは、本開示にかかる窒素含有炭素材料を含んでいてもよい。また、触媒担体は、本開示にかかる窒素含有炭素材料を含んでいてもよい。また、二酸化炭素の吸着材は、本開示にかかる窒素含有炭素材料を含んでいてもよい。
【実施例0050】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0051】
(含窒素芳香族化合物の合成例1)
2,9-ジヨード-1,10-フェナントロリン(29-DIP)の合成
2,9-ジクロロ-1,10-フェナントロリン(498mg、東京化成工業社製)と、ヨウ化ナトリウム(900mg、富士フィルム和光純薬社製)と、をシュレンク管に入れた。次にシュレンク管の雰囲気を窒素置換した後、55重量%のヨウ化水素酸水溶液(12ml、富士フィルム和光純薬社製)を加え、80℃で24時間反応させた。反応終了後、反応混合物を吸引濾過し、固形の粗生成物を蒸留水(150ml)および2-プロパノール(30ml、関東化学社製)で洗浄した。粗生成物をジメチルスルホキシド(35ml、関東化学社製)に溶解させてメンブレン濾過した後、ヨウ化カリウム(535mg、シグマアルドリッチ社製)を蒸留水(20ml)に溶解したヨウ化カリウム水溶液を混合し、室温で30分攪拌した。析出した結晶質の白色固体を濾過により回収した後、蒸留水(50ml)および2-プロパノール(30ml、関東化学社製)で回収した白色固体を洗浄および減圧乾燥し、精製された2,9-ジヨード-1,10-フェナントロリン(710mg)を得た。
【0052】
(含窒素芳香族化合物の合成例2)
4,7-ジヨード-1,10-フェナントロリン(47-DIP)の合成
4,7-ジクロロ-1,10-フェナントロリン(500mg、東京化成工業社製)、ヨウ化ナトリウム(900mg、富士フィルム和光純薬社製)をシュレンク管に入れた。次にシュレンク管の雰囲気を窒素置換した後、55重量%のヨウ化水素酸水溶液(12ml、富士フィルム和光純薬社製)を加え、80℃で12時間反応させた。反応終了後、反応混合物に蒸留水(30ml)を入れて吸引濾過し、固形の粗生成物を蒸留水(150ml)および2-プロパノール(3ml、関東化学社製)で洗浄した。洗浄後、粗生成物をジメチルスルホキシド(80ml、関東化学社製)に溶解させてメンブレン濾過し、ヨウ化カリウム(900mg、シグマアルドリッチ社製)と水酸化カリウム(350mg、関東化学社製)を蒸留水(50ml)に溶解したヨウ化カリウム水溶液を混合し、室温で30分攪拌した。析出した針状白色固体を濾過して回収し、蒸留水(350ml)および2-プロパノール(30ml、関東化学社製)で針状白色固体を洗浄および減圧乾燥し、精製した4,7-ジヨード-1,10-フェナントロリン(540mg)を得た。
【0053】
(含窒素芳香族化合物の合成例3)
2,9-ジブロモ-1,10-フェナントロリン(29-DBP)の合成
2,9-ジクロロ-1,10-フェナントロリン(750mg、東京化成工業社製)をシュレンク管に入れた。次にシュレンク管の雰囲気を窒素置換した後、三臭化リン(5ml、シグマアルドリッチ社製)を加え、170℃で6時間反応させた。反応後、シュレンク管を氷冷しながら蒸留水を加え、反応混合物を炭酸ナトリウム(富士フィルム和光純薬社製)により中和した。反応混合物を吸引濾過した後、得られた粗生成物を蒸留水(500ml)および氷冷したメタノール(3ml、関東化学社製)により洗浄した。洗浄後の粗生成物を減圧乾燥後、メタノール(190ml、関東化学社製)に加温溶解させ、4℃で静置し再結晶化することにより、精製した2,9-ジブロモ-1,10-フェナントロリン(625mg)を得た。
【0054】
(含窒素芳香族化合物の合成例4)
5,6-ジブロモ-1,10-フェナントロリン(56-DBP)の合成
1,10-フェナントロリン(1.1g、東京化成工業社製)、30%発煙硫酸(9ml、富士フィルム和光純薬社製)、臭素(0.3ml、東京化成工業社製)を氷冷下で混合し、SUS製の耐圧容器内で120℃、22時間反応させた。反応終了後、氷冷しながら蒸留水(380ml)を加え、pH3に調製した。反応混合物を吸引濾過した後、得られた粗生成物をジクロロメタン(250ml、関東化学社製)で抽出し、蒸留水と分液洗浄した。回収した有機層を硫酸マグネシウム(富士フィルム和光純薬社製)で乾燥し、溶媒を留去した。残分をエタノール(20ml、関東化学社製)に加温溶解した後、4℃で静置し再結晶化することにより、精製した5,6-ジブロモ-1,10-フェナントロリン(560mg)を得た。
【0055】
(含窒素芳香族化合物の準備)
上記含窒素芳香族化合物の合成例1から4、および実施例8以外の含窒素芳香族化合物は、市販品(東京化成工業社製)を用いた。実施例8の含窒素芳香族化合物は市販品(シグマアルドリッチ社製)を用いた。なお、後述する実施例10のみ市販品の4,7-ジブロモ-1,10-フェナントロリンを精製し、含窒素芳香族化合物を得た。
【0056】
(実施例1)
ガラス管に、含窒素芳香族化合物として2,9-ジクロロ-1,10-フェナントロリン(29-DCP;東京化成工業社製)を60mg入れ、120℃で1時間減圧乾燥した。次いで減圧したまま、ガスバーナーにより、ガラス管の長さが約7cmとなるように封管し、アンプル管を作製した。管状電気炉にアンプル管を入れ、昇温速度10℃/分で室温(約25℃)から400℃まで昇温した後、1時間の熱処理を行って炭素化体を得た。熱処理後、炭素化体を回収して、メノウ乳鉢により細かくすり潰し、300℃で1時間減圧することによって、原料や低分子量成分を除去して、実施例1の窒素含有炭素材料である試料を得た。
【0057】
(実施例2から14)
2,9-ジクロロ-1,10-フェナントロリンの代わりに、表1に示す含窒素芳香族化合物を用いたこと、熱処理温度を表1に示すように変更したこと以外は、実施例1と同様にして、窒素含有炭素材料である試料をそれぞれ得た。
【0058】
なお、表1中の略号の意味は以下の通りである。
1,10-Phen:1,10-フェナントロリン
29-DCP:2,9-ジクロロ-1,10-フェナントロリン
29-DBP:2,9-ジブロモ-1,10-フェナントロリン
29-DIP:2,9-ジヨード-1,10-フェナントロリン
47-DCP:4,7-ジクロロ-1,10-フェナントロリン
47-DBP:4,7-ジブロモ-1,10-フェナントロリン
47-DIP:4,7-ジヨード-1,10-フェナントロリン
38-DBP:3,8-ジブロモ-1,10-フェナントロリン
3568-TBP:3,5,6,8-テトラブロモ-1,10-フェナントロリン
56-DBP:5,6-ジブロモ-1,10-フェナントロリン
5-CP:5-クロロ-1,10-フェナントロリン
【0059】
(比較例1)
2,9-ジクロロ-1,10-フェナントロリンの代わりに、1,10-フェナントロリン(1,10-Phen;東京化成工業社製)を用いたこと以外は、実施例1と同様にして、比較例1の試料を得た。
【0060】
評価
組成と窒素含有率
実施例1から14で得た試料について、以下のようにして組成と窒素含有率を評価した。燃焼法による元素分析により、試料中の炭素、窒素、水素の割合を分析した。炭素は二酸化炭素の量、水素は水の量、窒素は窒素ガスの量を分析することで得た。元素分析により得られた各元素の重量パーセント(wt%)の値を、それぞれ原子量で割り、組成比を求めた。フェナントロリンは炭素を12個含むので、炭素が12個含まれるとして組成比を求めた。得られた組成比から、窒素の原子量パーセント(at%)を得た。窒素含有率(at%)について、結果を表1に示す。
【0061】
ピリジニック窒素原子含有率
実施例1から14で得た試料について、以下のようにして窒素原子中のピリジニック窒素原子の含有率を評価した。
【0062】
まず、XPSにより窒素1s軌道のXPSスペクトルを測定した。XPSは、真空度2×10-5Paの真空チャンバー内で行われた。XPSスペクトル測定は、AXIS-ULTRA DLD(島津製作所)を使用した。XPS測定は、カーボンテープに載せた試料を測定用試料として室温下で実施した。測定条件は、光源をMgKα線(デュアルアノード)、エミッション電流を10mA、アノード電圧を10kV、パスエネルギーを40eV、測定範囲を結合エネルギーに換算して385eV以上409eV以下、積算回数を10回とした。XPSスペクトル測定時にチャージアップする試料では、フィラメント電流1.75A、チャージバランス3.0V、フィラメントバイアス1.0V、という中和条件で中和銃を使用した。
【0063】
得られた窒素1s軌道のXPSスペクトルは、以下のようにして解析した。まず、測定した光電子の運動エネルギーを結合エネルギーに変換した。バックグラウンドはShirleyバックグラウンドを仮定して除去し、ピーク分離およびフィッティングを行った。ピーク分離は、少なくともピリジニック窒素の結合エネルギーが398.0eV、ベーサル窒素(T1)の結合エネルギーが399.5eV、およびベーサル窒素(T2、T3)の結合エネルギーが400.1eVにピークトップをもつと仮定して実施した。これらの結合エネルギーを用いて、フォークト関数を設定し、非対称性関数を加えてフィッティングを行った。各ピークの半値全幅は1.5eVとして設定した。ピリジニック窒素の含有率は、窒素1s軌道のXPSスペクトルの全面積とピリジニック窒素に由来する窒素1s軌道のXPSスペクトルの面積比により得た。ピーク分離の一例を図1図2に示す。また、実施例1から14までのそれぞれに関してXPSにより見積もったピリジニック窒素原子含有率の結果を表1に示す。なお、実施例3から実施例6、および実施例8から実施例14は、アミン型窒素(S0、NH)をピーク分離およびフィッティングに加えた。アミン型窒素の結合エネルギーが398.9eVにピークトップを持つ仮定とした。ピーク分離に用いた各ピークの半値全幅は1.5eVとして設定した。また、実施例4から実施例11、実施例13、および実施例14は第4級窒素(Q-N)をピーク分離およびフィッティングに加えた。第4級窒素の結合エネルギーが401.2eVにピークトップを持つと仮定した。各ピークの半値全幅は1.5eVとして設定した。
【0064】
図1は実施例2の窒素含有炭素材料における窒素1s軌道のXPSスペクトルの測定結果である。ピーク分離の結果から、ピリジニック窒素原子含有率が94%であることが確認できた。図2は実施例3の窒素含有炭素材料における窒素1s軌道のXPSスペクトルの測定結果である。ピーク分離の結果から、ピリジニック窒素原子含有率が84%であることが確認できた。図3は実施例5の窒素含有炭素材料における窒素1s軌道のXPSスペクトルの測定結果である。ピーク分離の結果から、ピリジニック窒素原子含有率が81%であることが確認できた。
【0065】
【表1】
【0066】
表1に示されるように、フェナントロリン骨格を備え、ハロゲン原子を置換基として有する含窒素芳香族化合物を原料とすることで、窒素含有率の高い窒素含有炭素材料を得られることが確認できた。また、ピリジニック窒素原子の含有率が高い窒素含有炭素材料を得られることが確認できた。なお、比較例1の試料では、油状物質の生成を確認できたのみで、窒素含有炭素材料は得られなかったため、組成分析を行っていない。また、H-NMR(核磁気共鳴、Nuclear Magnetic Resonance)測定の結果、比較例1の試料にはアミン型窒素を含む化合物が存在することが分かった。このことは比較例1では炭素化が進行せず、原料が熱分解したことを示すと考えられる。なお、H-NMR測定は、核磁気共鳴装置(JNM-ECA500;日本電子社製)を用いた。測定条件は、共鳴周波数を500MHz、パルス幅を7.11μ秒に設定して行われた。
【0067】
ラマン分光測定
実施例1及び3で得られた試料について、顕微レーザーラマン分光光度計(NRS-4500;日本分光社製)を用いてラマン分光スペクトルを測定した。励起光源の波長は532nmであった。レーザの強度は0.3mWであった。また、対物レンズの倍率は100倍とした。露光時間は10秒又は20秒であり、各スペクトルの測定において積算回数は10回であった。結果を図4及び図5に示す。各スペクトルは、最大強度を示すピークで規格化した。
【0068】
ラマン分光の結果から、1300cm-1以上1400cm-1以下の範囲と1570cm-1以上1600cm-1以下の範囲にピークが確認できた。これは、DバンドおよびGバンドを反映したものであり、実施例1及び3で得られた試料は炭素化されていると推測された。
【0069】
(実施例15)
含窒素芳香族化合物として市販品の3,5,6,8-テトラブロモ-1,10-フェナントロリン(シグマアルドリッチ社製)を準備した。ガラス管に、3,5,6,8-テトラブロモ-1,10-フェナントロリンを20mgと、粒径が60nmから80nmの銅粒子粉末(400mg、シグマアルドリッチ社製)を入れ、180℃で1時間減圧乾燥した。次いで減圧したまま、ガスバーナーにより、ガラス管の長さが約7cmとなるように封管し、アンプル管を作製した。管状電気炉にアンプル管を入れ、昇温速度10℃/分で室温(約25℃)から450℃でまで昇温して熱処理し、炭素化体を得た。次いでアンプル管を開封して、炭素化体を回収した。回収した炭素化体を380℃で1時間減圧することによって、原料や低分子量成分を除去して、実施例15の窒素含有炭素材料である試料を得た。得られた試料について、実施例1から14と同様にXPS分析およびピーク分離を行った。ピーク分離およびフィッティングにより、少なくともピリジニック窒素原子含有率が59%よりも高いことが確認できた。
図1
図2
図3
図4
図5