(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023007772
(43)【公開日】2023-01-19
(54)【発明の名称】ダイヤモンド基板製造方法
(51)【国際特許分類】
C30B 29/04 20060101AFI20230112BHJP
【FI】
C30B29/04 V
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021110836
(22)【出願日】2021-07-02
(71)【出願人】
【識別番号】504190548
【氏名又は名称】国立大学法人埼玉大学
(71)【出願人】
【識別番号】000190116
【氏名又は名称】信越ポリマー株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000002060
【氏名又は名称】信越化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100101247
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 俊一
(74)【代理人】
【識別番号】100095500
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 正和
(74)【代理人】
【識別番号】100098327
【弁理士】
【氏名又は名称】高松 俊雄
(72)【発明者】
【氏名】池野 順一
(72)【発明者】
【氏名】山田 洋平
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 秀樹
(72)【発明者】
【氏名】松尾 利香
(72)【発明者】
【氏名】野口 仁
【テーマコード(参考)】
4G077
【Fターム(参考)】
4G077AA02
4G077BA03
4G077FE16
4G077FH08
4G077HA12
(57)【要約】
【課題】単結晶ダイヤモンドをダイヤモンド基板に加工する際に失われる量を低減する。
【解決手段】ダイヤモンド基板製造方法は、レーザ光Bを集光するレーザ集光部190を単結晶ダイヤモンドのブロック10の上面10aに対向するように配置する工程と、レーザ集光部190を用い、所定の照射条件で、ブロック10の上面10aに向けてレーザ光Bを照射してブロック10の内部にレーザ光Bを集光しつつレーザ集光部190とブロック10とを二次元状に相対的に移動させることによりブロック10の上面10aから所定の深さに単結晶ダイヤモンドの(111)面に沿ってグラファイトの加工痕21b及びこの加工痕21bから(111)面に沿って延びるクラック22bを含む改質層20を形成する工程とを含んでいる。
【選択図】
図5B
【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザ光を集光するレーザ集光部を単結晶ダイヤモンドのブロックの上面に対向するように配置する工程と、
前記レーザ集光部から前記ブロックの上面にレーザ光を照射して前記ブロックの内部にレーザ光を集光しつつ前記レーザ集光部と前記ブロックとを二次元状に相対的に移動させることにより前記ブロックの上面から所定の深さに単結晶ダイヤモンドの(111)面に沿ってグラファイトの加工痕及びこの加工痕から周囲に前記(111)面に沿って延びるクラックを含む改質層を形成する工程と
を含むダイヤモンド基板製造方法。
【請求項2】
前記ブロックは、上面を単結晶ダイヤモンドの(111)面とする板状の形状を有する請求項1に記載のダイヤモンド基板製造方法。
【請求項3】
前記改質層を形成する工程は、前記レーザ集光部と前記ブロックとを所定の走査方向に相対的に移動させる工程と、前記レーザ集光部と前記ブロックとを前記走査方向と直交する方向に所定の間隔にわたり相対的に移動させる工程とを含む請求項1又は2に記載のダイヤモンド基板製造方法。
【請求項4】
前記レーザ光はパルス波のレーザ光であり、前記加工痕のグラファイトは、前記走査方向及び前記走査方向と直交する方向について、少なくとも一方の方向に隣り合う他の加工痕から延びたクラックで反射したレーザ光によって形成された請求項3に記載のダイヤモンド基板製造方法。
【請求項5】
前記改質層を形成する工程は、前記上面の全面にわたり所定の深さに改質層を形成する請求項1から4のいずれか一項に記載のダイヤモンド基板製造方法。
【請求項6】
前記ブロックにおいて、前記上面から前記改質層に達する深さまでの部分と、前記改質層よりも深い部分とを自発的を剥離させる工程をさらに含む請求項1から5のいずれか一項に記載のダイヤモンド基板製造方法。
【請求項7】
前記レーザ光は、パルス幅が数nsから数百nsの範囲にある請求項1から6のいずれか一項に記載のダイヤモンド基板製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、ダイヤモンド基板製造方法に関し、詳しくは、レーザ光を用いて単結晶ダイヤモンドを加工してダイヤモンド基板を製造するダイヤモンド基板製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、パワーデバイスに適した半導体材料として、シリコン(Si)に代わって炭化ケイ素(SiC)や窒化ガリウム(GaN)が提供されてきたが、ダイヤモンド半導体はこれら半導体材料と比べて高絶縁破壊電界、高い電力制御指数及び熱伝導率が最も高いということから次世代の材料として注目され、実用化に向けて研究や開発が進んでいる。またダイヤモンド中の窒素-空孔センタ(NVセンタ)は室温で高感度な磁気検出が可能であるため、磁気センサへの応用が期待されていてこの研究も行われている(特許文献1を参照)。
【0003】
これら半導体への応用が期待される単結晶ダイヤモンドは高温高圧法(HPHT法)やホモエピキャシタル成長により合成されるが、これらの合成法では半導体プロセスに利用するための単結晶ダイヤモンドのバルク基板の大面積化が困難とされている。そこで、単結晶酸化マグネシウム(MgO)を下地結晶として単結晶ダイヤモンドをヘテロエピキャシタル成長させる気相合成法(CVD法)が大面積化に優位性があるとして適用されてきている。
【0004】
このCVD法によるヘテロエピキャシタル成長では下地MgO結晶の結晶方位と同方位に成長した単結晶ダイヤモンドのバルク結晶が得られる。すなわち下地MgO結晶の結晶方位が[100]で結晶方位[100]ダイヤモンドのバルク結晶が、下地MgO結晶の結晶方位が[111]で結晶方位[111]ダイヤモンドのバルク結晶が得られる。磁気センサへの単結晶ダイヤモンドの応用では、高密度なNVセンタを形成し、NVセンタの配向軸を揃えることが必要で、CVD法により[111]方向に高密度なNVセンタを配向する技術が確立されてきているため、主表面を(111)面とする単結晶ダイヤモンドによる(111)バルク結晶の必要性が高まっている(特許文献2を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開2015/107907号
【特許文献2】国際公開2015/046294号
【特許文献3】特開2021-080153号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
一方、ヘテロエピキャシタル成長で得られた単結晶ダイヤモンドのバルク結晶はスライスして板状の基板に加工されるが、ダイヤモンドは硬度が高く加工が容易ではなかった。基板にスライスする加工方法としてはイオン注入により欠陥層を導入しエッチングなどによりこれを除去することで剥離するスマートカット技術が利用されるが、イオン注入のために高真空環境の装置が必要で加工時間が長いという問題がある。また数μmの厚さで剥離可能ではあるが、数百μm厚での剥離事例はない。
【0007】
基板に加工するための他の方法として下地結晶から分離した単結晶ダイヤモンドのバルク結晶を所望の厚さまで研磨したり化学機械研磨(CMP)を施したりする方法がある。また、従来のHPHT法による単結晶ダイヤモンドはインゴットやインゴットをさらに一定の長さに切断したブロックから基板にスライスする加工を施されるが、切り代としてロスが発生するという問題がある。[111]方位の単結晶ダイヤモンドのバルク結晶は特に研磨が困難であるため(111)基板を得るための製造方法の開発が求められている。
【0008】
以上のように、高精度の磁気センサへの応用が期待される(111)単結晶ダイヤモンドのバルク結晶、インゴット又はブロックを比較的簡易な方法で切り代による加工ロスを低減させて基板にスライスするような製造方法が求められている。
【0009】
この発明は、上記の実情に鑑みて提案されるものであってCVD法によりヘテロエピキャシタル成長された[111]方位の単結晶ダイヤモンドのバルク結晶及びHTHP法により得られた単結晶ダイヤモンドのインゴットやブロックから加工ロスを少なく(111)基板を作成するダイヤモンド基板製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上述の課題を解決するために、この出願に係るダイヤモンド基板製造方法は、レーザ光を集光するレーザ集光部を単結晶ダイヤモンドのブロックの上面に対向するように配置する工程と、レーザ集光部からブロックの上面にレーザ光を照射してブロックの内部にレーザ光を集光しつつレーザ集光部とブロックとを二次元状に相対的に移動させることによりブロックの上面から所定の深さに単結晶ダイヤモンドの(111)面に沿ってグラファイトの加工痕及びこの加工痕から周囲に(111)面に沿って延びるクラックを含む改質層を形成する工程とを含んでいる。
【0011】
ブロックは、上面を単結晶ダイヤモンドの(111)面とする板状の形状を有してもよい。改質層を形成する工程は、レーザ集光部とブロックとを所定の走査方向に相対的に移動させる工程と、レーザ集光部とブロックとを前記走査方向と直交する方向に所定の間隔にわたり相対的に移動させる工程とを含んでもよい。
【0012】
レーザ光はパルス波のレーザ光であり、加工痕のグラファイトは、走査方向及び前記走査方向と直交する方向について、少なくとも一方の方向に隣り合う他の加工痕から延びたクラックで反射したレーザ光によって形成されてもよい。改質層を形成する工程は、上面の全面にわたり所定の深さに改質層を形成してもよい。
【0013】
ブロックにおいて、上面から改質層に達する深さまでの部分と、改質層よりも深い部分とを自発的を剥離させる工程をさらに含んでもよい。レーザ光は、パルス幅が数nsから数百nsの範囲にあってもよい。
【発明の効果】
【0014】
この発明によると、[111]方位の単結晶ダイヤモンドのバルク結晶及びHTHP法により得られた単結晶ダイヤモンドインゴットやブロックから加工ロスを少なく(111)基板を作成することができ、ひいてはダイヤモンド基板を製造する際の歩留まりを向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】加工装置の概略的な構成を示す斜視図である。
【
図2】ダイヤモンドの結晶構造を説明する斜視図である。
【
図3】レーザ光の走査を説明する単結晶ダイヤモンドのブロックの平面図である。
【
図4A】単結晶ダイヤモンドのブロックへの改質層の形成を説明する平面図である。
【
図4B】単結晶ダイヤモンドのブロックへの改質層の形成を説明する平面図である。
【
図5A】単結晶ダイヤモンドのブロックへの改質層の形成を説明する断面図である。
【
図5B】単結晶ダイヤモンドのブロックへの改質層の形成を説明する断面図である。
【
図6】改質層で剥離した単結晶ダイヤモンドのブロックの剥離面を示す写真である。
【
図7】改質層で剥離した単結晶ダイヤモンドのブロックの第1の部分の下面の顕微鏡写真である。
【
図8】改質層で剥離した単結晶ダイヤモンドのブロックの第2の部分の上面の顕微鏡写真である。
【
図9】改質層で剥離した単結晶ダイヤモンドのブロックの剥離面に圧着してから剥がした粘着テープの顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
次に、図面を参照して、本発明の実施の形態を説明する。以下の図面の記載において、同一又は類似の部分には同一又は類似の符号を付している。ただし、図面は模式的なものであり、厚みと平面寸法との関係、各層の厚みの比率等は現実のものとは異なることに留意すべきである。したがって、具体的な厚みや寸法は以下の説明を参酌して判断すべきものである。又、図面相互間においても互いの寸法の関係や比率が異なる部分が含まれていることはもちろんである。
【0017】
又、以下に示す実施の形態は、この発明の技術的思想を具体化するための装置や方法を例示するものであって、この発明の実施の形態は、構成部品の材質、形状、構造、配置等を下記のものに特定するものでない。この発明の実施の形態は、特許請求の範囲において、種々の変更を加えることができる。
【0018】
図1は、加工装置100の概略的な構成を示す斜視図である。加工装置100は、単結晶ダイヤモンドのブロック10を載置するステージ110と、ステージ110が水平面内のXY方向に移動可能なように支持するステージ支持部120と、単結晶ダイヤモンドのブロック10を固定する固定具130とを有している。固定具130には、粘着層、機械的なチャック、静電チャック、真空チャックなどが適用可能である。
【0019】
ステージ110上には、加工対象物として単結晶ダイヤモンドのインゴットを所定の長さに切断した矩形状の外周を有する板状のブロック10が、主表面であるオフ角が0°の(111)面を上面10aとして固定されている。加工対象物の形状はこれに限らず、同様に上面10aを(111)面とするものであれば、例えば単結晶ダイヤモンドのインゴットや円盤状のウエハであってもよく、単結晶ダイヤモンドのバルク結晶であってもよい。
【0020】
また、加工装置100は、パルスレーザ光を発生するレーザ光源160と、対物レンズ170及び収差調整部180を含むレーザ集光部190とを有し、レーザ光源160から発したレーザ光Bをレーザ集光部190を介して単結晶ダイヤモンドのブロック10の上面の(111)面に向けて照射する。
【0021】
図2は、ダイヤモンドの結晶構造を説明する斜視図である。
図2(a)に示すように、ダイヤモンドの結晶において、白丸で示す炭素原子は、炭素原子を中心とする正四面体の四方の頂点の方向に延びたsp
3混成軌道の腕で隣接する炭素元素と互いに共有結合している。共有結合は、実線で示されている。このように隣接する四方の炭素原子と共有結合した炭素原子は、ダイヤモンド構造と称される体心立方格子を形成する。
【0022】
図2(b)は、ダイヤモンド構造における(111)面を示している。ダイヤモンド構造において、炭素原子は隣接する四方の炭素原子と共有結合を形成しているため、単結晶ダイヤモンドは非常に硬いことが知られている。しかしながら、炭素原子は<111>方向には隣接する1個の炭素原子とsp
3混成軌道の一本の腕のみによって共有結合している。したがって、<111>方向と直交する(111)面方向にはこの一本の腕の共有結合を切断するだけで比較的容易に切り離すことができ、この(111)面が劈開面となる。
【0023】
図3は、レーザ光Bの走査を説明する単結晶ダイヤモンドのブロック10の平面図である。
図1の加工装置100のステージ110上に載置された主表面のオフ角が0°の(111)面を上面10aとする単結晶ダイヤモンドのブロック10は、レーザ集光部190から照射されたレーザ光Bが単結晶ダイヤモンドのブロック10の上面10aの所定の位置に向けて照射されるように、レーザ集光部190に対して相対的に水平面内のXY方向に二次元状に移動される。
【0024】
レーザ光Bの走査ライン31は、先ず[-1-12]方向にドットピッチdpで走査され、次に前記[-1-12]方向と直交する[1-10]方向にラインピッチdだけシフトされた後で[11-2]方向にレーザ光Bがドットピッチdpで走査され新たな走査ライン31を形成する。このような走査ライン31の形成を繰り返すことで単結晶ダイヤモンドのブロック10の内部の(111)面に沿って改質層20を連続して形成していく。なお、本明細書において使用できる文字に制限があるため、便宜上、ミラー指数の表示において数字に附される上線は数字の前の負号「-」で代えることにする。以下でも同様である。
【0025】
単結晶ダイヤモンドのブロック10の内部において、レーザ光Bは上面10aから所定の深さで集光され、グラファイトの加工痕と、この加工痕の周囲に(111)面に沿って広がるクラックが形成される。グラファイトの加工痕は、レーザ光源160から発したナノ秒パルスレーザのレーザ光Bが、劈開面の(111)面に沿って形成されたクラックによって反射され、ダイヤモンドが熱分解されて形成される。ここでナノ秒パルスレーザとは、パルス幅、すなわちパルス持続時間が数nsから数百nsの範囲、具体的には1ns以上で1μs未満の範囲にあるレーザをいう。
【0026】
図4A及び
図4Bは、単結晶ダイヤモンドのブロック10への改質層20の形成を説明する平面図である。
図5A及び
図5Bは、単結晶ダイヤモンドのブロック10への改質層20の形成を説明する断面図である。
図5Aの(a)及び(b)並びに
図5Bの(c)及び(d)は、それぞれ
図4Aの(a)及び(b)並びに
図4Bの(c)及び(d)における切断線による断面に対応している。
【0027】
図4A(a)及び
図5(a)を参照すると、第1の走査ライン31は[-1-12]方向に向かい、単結晶ダイヤモンドのブロック10において上面10aに対向する下面10bに向かう加工痕21aが形成されるとともに、加工痕21aからの劈開によって(111)面に沿って[-110]方向に延びるクラック22aと[1-10]方向に延びるクラック22biとが形成され、第1の走査ライン31の周辺に加工痕21a、クラック22a及びクラック22biを含む改質層20が形成される。加工痕21aは、集光されたレーザ光Bによってダイヤモンドがグラファイトに熱分解され、クラック22a及び22bi付近を底面として下面10bの方向を頂点とする円錐状の形状を有している。ここで、[1-10]方向に延びるクラック22biの長さ22biLは、集光点におけるレーザ光Bのエネルギー、照射のドットピッチdp及び焦点深さにより制御される加工痕21aの膨張などにより調整される。
【0028】
図4A(b)及び
図5(b)を参照すると、第2の走査ライン31は、第1の走査ライン31から当該第1の走査ライン31の走査方向と直交する[1-10]方向にラインピッチdだけレーザ集光部190を二次元状に相対的に移動させた後に行われる。このときレーザ光Bの焦点はクラック22bi上となるようにラインピッチdが設定される。すなわちラインピッチdとクラック22biの長さ22biLとの関係は長さ22biL>ラインピッチdとなる。
【0029】
第2の走査ライン31は[11-2]方向に向かい、上面10aに向かう加工痕21bが形成されるとともに、加工痕21bからの劈開によって(111)面に沿って[1-10]方向に延びるクラック22bが形成され、第2の走査ライン31の周辺に加工痕21b、クラック22b及び22biを含む改質層20が形成される。加工痕21bは、集光されたレーザ光Bによってダイヤモンドがグラファイトに熱分解され、クラック22bi及びクラック22b付近を底面として上面10aの方向を頂点とする円錐状の形状を有している。
【0030】
ここで、加工痕21bの膨張によってクラック22bでは(111)面に沿って[1-10]方向に長さ22bLの劈開が発生し、改質層20が拡大する。このとき、クラック22bi及びクラック22aにおいても加工痕21bによる膨張作用によって劈開が進展し、結果としてクラック22a、クラック22bi及びクラック22bにおいて連続した劈開面が形成される。
【0031】
なお、第1の走査ライン31及び第2の走査ライン31のレーザ光Bの走査方向は、それぞれ[-1-12]方向及び[11-2]方向に限定されることはなく、それぞれ逆方向でも構わないし、一方向のみの走査でも構わない。ただし、レーザ集光部190と単結晶ダイヤモンドのブロック10とを相対的に移動させる効率から往復動作となるような走査方向が好ましい。
【0032】
図4B(c)及び
図5B(c)を参照すると、第3の走査ライン31は、第2の走査ライン31から当該第2の走査ライン31と直交する[1-10]方向にラインピッチdだけレーザ集光部190を二次元状に相対的に移動させた後に行われる。このときレーザ光Bの焦点は劈開が発生しているクラック22b上となるように、ラインピッチdとクラック長さ22bLとの関係は長さ22bL>ラインピッチdとなる。
【0033】
第3の走査ライン31は[-1-12]方向に向かい、上面10aに向かう加工痕21bが形成されるとともに、加工痕21bからの劈開によって(111)面に沿って[1-10]方向に延びるクラック22bが形成され、第3の走査ライン31の周辺に加工痕21b、クラック22bを含む改質層20が形成される。加工痕21bは、集光されたレーザ光Bによってダイヤモンドがグラファイトに熱分解され、クラック22bi付近を底面として上面10aの方向を頂点とする円錐状の形状を有している。加工痕21bの膨張によってクラック22bでは(111)面に沿って[1-10]方向に長さ22bLの劈開が発生し、改質層20が拡大する。
【0034】
図4B(d)及び
図5B(d)を参照すると、第4の走査ライン31以降も同様な動作をブロック10の端面に至る第nの走査ライン31まで繰り返す。その結果、クラック22bに沿って(111)面で劈開した改質層20がブロック10内部に全面に形成される。改質層20には、加工痕21を形成する際の急激な温度変化やダイヤモンドからグラファイトへの結晶構造の変化などによって大きな内部応力が蓄積されている。このような内部応力を解放するように、改質層20は劈開面の(111)面に沿って自発的に分断される。したがって、単結晶ダイヤモンドのブロック10は、改質層20において、上面10aから改質層20に達するまでの第1の部分11と、改質層20から下面10bに達する第2の部分12とに自発的に剥離する。これら剥離した第1の部分11及び第2の部分12の少なくとも一方が単結晶ダイヤモンドの基板とされてよい。この基板は、ウエハを含んでもよい。
【0035】
第1の部分11と第2の部分12とに剥離した単結晶ダイヤモンドのブロック10においては、改質層20が加工によって失われる「切り代」に相当する。改質層20の厚さは、略円錐状の形状を有するグラファイトの加工痕21bの高さの程度であり、数μm以下の範囲にすることができる。したがって、単結晶ダイヤモンドのブロック10を加工してダイヤモンド基板を製造する際に失われる単結晶ダイヤモンドの量を低減することができる。ひいては、単結晶ダイヤモンドのブロック10を加工してダイヤモンド基板を製造する際の歩留まりを向上させることができる。
【実施例0036】
図1に示した加工装置100において、レーザ光源160には表1に示すような仕様のナノ秒レーザを使用した。また、表2に示すようにレーザ集光部190に対して単結晶ダイヤモンドのブロック10を二次元状に相対的に移動させて、(111)面である上面10aに向けてレーザ光Bを照射して上面10aから所定の深さに改質層20を形成した。本実施例では、HPHT法によるIb型ダイヤモンドを使用した。
【0037】
【0038】
【0039】
上記のようなレーザ光源160及び照射の条件は、クラック22bの長さと加工痕21bの大きさとを考慮して設定したものである。クラック22bの長さについては、レーザ光Bの集光部の蓄熱によってグラファイト化が進むため、グラファイト化された加工痕21bが大きいほど、またドットピッチdpやラインピッチdの間隔が狭いほどクラック22bの長さの制御が困難となり、加工痕21bの膨張による(111)面の劈開の進展を制御できないことになる。このため、安定的な加工及び剥離状態が得られるように(111)面の劈開を制御できるように条件を設定した。
【0040】
加工痕21bの大きさについては、剥離後のロスを低減させるためにも加工痕21b、つまりグラファイト化された部分の成長を制御する必要がある。加工痕21bの単結晶ダイヤモンドのブロック10に形成される深さ(成長高さ)は最大でも30μm以下に抑えることが必要であることを考慮して条件を設定した。
【0041】
このように、クラック22bの長さと加工痕21bの大きさとを考慮して得られた条件は、レーザ出力1W、発振周波数20kHzの下でドットピッチdpの適切な範囲は0.5μm~1.0μmでこのときのラインピッチdの範囲は50μm~100μmであった。クラック22bの長さの実測は困難であるため上記ラインピッチdの範囲から推察の範囲で100μm~150μmであると考えられる。表1及び表2は、このような検討により設定した。
【0042】
上述のような条件で単結晶ダイヤモンドのブロック10の上面10aの全体を走査し、上面10aから所定の深さに改質層20を形成した。その結果、ダイヤモンドの単結晶のブロック10は、改質層20において自発的に剥離し、上面10aから改質層20に達するまでの第1の部分11と、改質層20よりも深い第2の部分12とが得られた。
【0043】
図6は、改質層20で剥離した単結晶ダイヤモンドのブロック10の剥離面を示す写真である。
図6(a)は第1の部分11の下面の写真であり、
図6(b)は第2の部分12の上面の写真であり、それぞれ改質層20の剥離面が示されている。
【0044】
図7は、改質層20で剥離した単結晶ダイヤモンドのブロック10の第1の部分11の下面の走査型電子顕微鏡(SEM)による顕微鏡写真である。
図7(a)は第1の部分11の下面の全体を示し、
図7(b)は
図7(a)の一部をさらに拡大したものである。いずれにも、第1の部分11の下面の改質層20の剥離面が示されている。
図7(b)には、改質層20の剥離面に加工痕21が膨張したり凹んだりしていることが観察された。
【0045】
図8は、改質層20で剥離した単結晶ダイヤモンドのブロック10の第2の部分12の上面の走査型電子顕微鏡(SEM)による顕微鏡写真である。
図8(a)は第2の部分12の上面の全体を示し、
図8(b)は
図8(a)の一部をさらに拡大したものである。いずれにも、第2の部分12の上面の改質層20の剥離面が示されている。
図8(b)には、改質層20の加工痕21がこびりついていることが観察された。
【0046】
図9は、改質層20で剥離した単結晶ダイヤモンドのブロック10の剥離面に圧着してから剥がした粘着テープの顕微鏡写真である。粘着テープの粘着面には、剥離面からグラファイトが転写されていることが観察された。したがって、剥離面においては、改質層20に形成された加工痕21に由来するグラファイトが、粘着テープの圧着によって容易に剥がれるような状態で存在していることが明らかになった。