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  • 特開-有機酸化物の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023078884
(43)【公開日】2023-06-07
(54)【発明の名称】有機酸化物の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C25B 3/07 20210101AFI20230531BHJP
   C25B 3/09 20210101ALI20230531BHJP
   C25B 3/21 20210101ALI20230531BHJP
   C25B 3/23 20210101ALI20230531BHJP
   C25B 11/052 20210101ALI20230531BHJP
   C25B 11/067 20210101ALI20230531BHJP
   C25B 11/063 20210101ALI20230531BHJP
   C25B 11/087 20210101ALI20230531BHJP
   C25B 11/077 20210101ALI20230531BHJP
   C25B 11/075 20210101ALI20230531BHJP
   C25B 9/50 20210101ALI20230531BHJP
【FI】
C25B3/07
C25B3/09
C25B3/21
C25B3/23
C25B11/052
C25B11/067
C25B11/063
C25B11/087
C25B11/077
C25B11/075
C25B9/50
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021192196
(22)【出願日】2021-11-26
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100147267
【弁理士】
【氏名又は名称】大槻 真紀子
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】奥中 さゆり
(72)【発明者】
【氏名】佐山 和弘
【テーマコード(参考)】
4K011
4K021
【Fターム(参考)】
4K011AA21
4K011AA24
4K011AA29
4K011DA10
4K021AC04
4K021AC07
4K021AC09
4K021AC11
4K021BA02
4K021BA06
4K021BA17
(57)【要約】
【課題】アノードへの光照射時における、アノード側での酸化反応を利用する、新規の酸化物の製造方法の提供。
【解決手段】有機酸化物の製造方法であって、前記製造方法は、有機物からなる基質と、塩化物イオンと、を含有する電解液の中に配置されたアノードに、光を照射することにより、前記アノードにおいて正孔を発生させ、前記正孔により、前記塩化物イオンを酸化することにより、活性塩素種を発生させ、前記活性塩素種によって、前記基質を酸化することにより、前記有機酸化物を得る、有機酸化物の製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機酸化物の製造方法であって、
前記製造方法は、有機物からなる基質と、塩化物イオンと、を含有する電解液の中に配置されたアノードに、光を照射することにより、前記アノードにおいて正孔を発生させ、前記正孔により、前記塩化物イオンを酸化することにより、活性塩素種を発生させ、前記活性塩素種によって、前記基質を酸化することにより、前記有機酸化物を得る、有機酸化物の製造方法。
【請求項2】
前記基質がアルコール、アミン、スルフィド、アルケン又はアルキンであり、前記有機酸化物がアルデヒド、カルボン酸、イミン、スルホン酸、ケトン又はエポキシドである、請求項1に記載の有機酸化物の製造方法。
【請求項3】
前記アノードが、フッ素ドープ酸化スズ、スズドープ酸化インジウム又はチタンからなる基材と、前記基材上に設けられた光触媒の層と、を備えて構成されている、請求項1又は2に記載の有機酸化物の製造方法。
【請求項4】
前記アノードが、その表面に、酸化タングステン、バナジン酸ビスマス及び酸化チタンからなる群より選択される1種又は2種以上の光触媒を有する、請求項1~3のいずれか一項に記載の有機酸化物の製造方法。
【請求項5】
前記光触媒がn型半導体であり、前記光触媒に光照射することにより、前記アノードにおいて前記正孔を発生させる、請求項3又は4に記載の有機酸化物の製造方法。
【請求項6】
前記電解液が、塩が溶媒に溶解している溶液であり、
前記塩が塩素原子を含み、且つ、前記溶媒が水であるか、又は前記塩から塩化物イオンを生成可能な水以外の溶媒である、請求項1~5のいずれか一項に記載の有機酸化物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機酸化物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
光の照射によって電子と正孔を生じさせる電極は、光電極として知られ、水の電気分解によって水素を製造する技術に利用されている。このとき、アノード側では、低いエネルギーコストで酸素を製造でき、アノード側での酸化反応を利用して、付加価値の高い酸化物を製造することが望まれている。
【0003】
例えば、電解液として海水や塩化ナトリウム水溶液を用い、アノードへの光照射によって、アノード側で次亜塩素酸(HClO)を製造する技術が開示されている(非特許文献1参照)。次亜塩素酸は、その酸化力を利用して除菌、漂白等の用途で汎用されており、付加価値の高い酸化物である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】S. Iguchi, Y. Miseki and K. Sayama, Sustainable Enagy Fuels, 2018, 2, 155-162.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
一方で、次亜塩素酸は、太陽光の下では不安定であり、高濃度で蓄積することが困難であるという問題点を有している。そこで、光電極を用いた、他の酸化物の製造技術の開発が望まれている。
【0006】
本発明は、アノードへの光照射時における、アノード側での酸化反応を利用する、新規の酸化物の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するため、本発明は以下の構成を採用する。
[1].有機酸化物の製造方法であって、前記製造方法は、有機物からなる基質と、塩化物イオンと、を含有する電解液の中に配置されたアノードに、光を照射することにより、前記アノードにおいて正孔を発生させ、前記正孔により、前記塩化物イオンを酸化することにより、活性塩素種を発生させ、前記活性塩素種によって、前記基質を酸化することにより、前記有機酸化物を得る、有機酸化物の製造方法。
[2].前記基質がアルコール、アミン、スルフィド、アルケン又はアルキンであり、前記有機酸化物がアルデヒド、カルボン酸、イミン、スルホン酸、ケトン又はエポキシドである、[1]に記載の有機酸化物の製造方法。
[3].前記アノードが、フッ素ドープ酸化スズ、スズドープ酸化インジウム又はチタンからなる基材と、前記基材上に設けられた光触媒の層と、を備えて構成されている、[1]又は[2]に記載の有機酸化物の製造方法。
[4].前記アノードが、その表面に、酸化タングステン、バナジン酸ビスマス及び酸化チタンからなる群より選択される1種又は2種以上の光触媒を有する、[1]~[3]のいずれか一項に記載の有機酸化物の製造方法。
[5].前記光触媒がn型半導体であり、前記光触媒に光照射することにより、前記アノードにおいて前記正孔を発生させる、[3]又は[4]に記載の有機酸化物の製造方法。
[6].前記電解液が、塩が溶媒に溶解している溶液であり、前記塩が塩素原子を含み、且つ、前記溶媒が水であるか、又は前記塩から塩化物イオンを生成可能な水以外の溶媒である、[1]~[5]のいずれか一項に記載の有機酸化物の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、アノードへの光照射時における、アノード側での酸化反応を利用する、新規の酸化物の製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本発明の一実施形態に係る有機酸化物の製造方法で使用可能な、有機酸化物の製造装置の一例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
<<有機酸化物の製造方法>>
本発明の一実施形態に係る有機酸化物の製造方法は、有機物からなる基質(本明細書においては、単に「基質」と称することがある)と、塩化物イオンと、を含有する電解液の中に配置されたアノードに、光を照射することにより、前記アノードにおいて正孔を発生させ、前記正孔により、前記塩化物イオンを酸化することにより、活性塩素種を発生させ、前記活性塩素種によって、前記基質を酸化することにより、前記有機酸化物を得る。
本発明の製造方法によれば、アノードにおいて発生させた正孔ではなく、正孔により発生させた活性塩素種によって、基質を酸化することにより、基質を速やかに酸化することが可能であり、有機酸化物を短時間で製造できる。また、基質の酸化によって、目的とする有機酸化物を高選択的に製造できる。
【0011】
<電解液>
前記製造方法で用いる電解液は、有機物からなる基質と、塩化物イオンと、を含有する。以下、まず電解液の含有成分について説明する。
【0012】
[基質]
前記基質は有機物からなる。すなわち、本実施形態において、酸化の対象物は有機物である。
基質は、酸化反応が可能な有機物であれば、特に限定されない。
基質は、例えば、天然物及び人工合成物のいずれであってもよい。
基質は、例えば、分子量が10000未満の低分子化合物と、分子量が10000以上の高分子化合物と、のいずれであってもよく、モノマー、オリゴマー及びポリマーのいずれであってもよい。
【0013】
好ましい基質としては、例えば、置換基を有していてもよいアルコール(置換基を有しないアルコール、置換基を有するアルコール)、置換基を有していてもよいアルデヒド(置換基を有しないアルデヒド、置換基を有するアルデヒド)、置換基を有していてもよいアミン(置換基を有しないアミン、置換基を有するアミン)、置換基を有していてもよいスルフィド(置換基を有しないスルフィド、置換基を有するスルフィド)、置換基を有していてもよいアルケン(置換基を有しないアルケン、置換基を有するアルケン)、置換基を有していてもよいアルキン(置換基を有しないアルキン、置換基を有するアルキン)等が挙げられる。
すなわち、前記製造方法においては、基質が置換基を有していてもよいアルコールであり、有機酸化物が置換基を有していてもよいアルデヒド若しくは置換基を有していてもよいカルボン酸であることが好ましい。また、基質が置換基を有していてもよいアルデヒドであり、有機酸化物が置換基を有していてもよいカルボン酸であることも好ましい。また、基質が置換基を有していてもよいアミンであり、有機酸化物が置換基を有していてもよいイミンであることも好ましい。また、基質が置換基を有していてもよいスルフィドであり、有機酸化物が置換基を有していてもよいスルホン酸であることも好ましい。また、基質が置換基を有していてもよいアルケン又はアルキンであり、有機酸化物が置換基を有していてもよいケトン又はアルデヒドであることも好ましい。また、基質が置換基を有していてもよいアルケンであり、有機酸化物が置換基を有していてもよいエポキシドであることも好ましい。
なかでも、前記製造方法においては、基質が置換基を有していてもよいアルコール、置換基を有していてもよいアミン、置換基を有していてもよいスルフィド、置換基を有していてもよいアルケン、又は置換基を有していてもよいアルキンであり、有機酸化物が置換基を有していてもよいアルデヒド、置換基を有していてもよいカルボン酸、置換基を有していてもよいイミン、置換基を有していてもよいスルホン酸、置換基を有していてもよいケトン、又は置換基を有していてもよいエポキシドであることがより好ましく、基質がアルコール、アミン、スルフィド、アルケン又はアルキンであり、有機酸化物がアルデヒド、カルボン酸、イミン、スルホン酸、ケトン又はエポキシドであってもよいし、基質が置換基を有するアルコール、置換基を有するアミン、置換基を有するスルフィド、置換基を有するアルケン、又は置換基を有するアルキンであり、有機酸化物が置換基を有するアルデヒド、置換基を有するカルボン酸、置換基を有するイミン、置換基を有するスルホン酸、置換基を有するケトン、又は置換基を有するエポキシドであってもよい。前記製造方法によれば、これら基質から目的とする有機酸化物が、より容易に得られる。
【0014】
基質である前記アルコールは、炭化水素中の1個又は2個以上の水素原子が、水酸基(-OH)で置換された構造を有し、例えば、脂肪族アルコール及び芳香族アルコールのいずれであってもよい。
【0015】
前記脂肪族アルコールは、脂肪族炭化水素基を有し、且つ芳香族炭化水素基を有しない。脂肪族アルコールのうち、水酸基を1個有するものとしては、例えば、アルキル基を有するアルコール(アルキルアルコール)が挙げられる。
前記芳香族アルコールは、芳香族炭化水素基を有し、脂肪族炭化水素基を有していてもよいし、有していなくてもよい。芳香族アルコールのうち、芳香族炭化水素基を有し、脂肪族炭化水素基を有さず、水酸基を1個有するものとしては、例えば、アリール基を有するアルコール(アリールアルコール)が挙げられ、芳香族炭化水素基及び脂肪族炭化水素基をともに有し、水酸基を1個有するものとしては、例えば、アラルキル基を有するアルコール(アラルキルアルコール)が挙げられる。
【0016】
前記脂肪族アルコール又は芳香族アルコール中の脂肪族炭化水素基は、飽和脂肪族炭化水素基(換言すると、アルカンから1個又は2個以上の水素原子が除かれた構造を有する基)及び不飽和脂肪族炭化水素基(例えば、飽和脂肪族炭化水素基中の1個又は2個以上の炭素原子間の単結合(C-C)が、二重結合(C=C)又は三重結合(C≡C)で置換された構造を有する基)のいずれであってもよい。
前記不飽和脂肪族炭化水素基は、アルケン又はアルキンから1個又は2個以上の水素原子が除かれた構造を有する基であってもよい。
【0017】
前記脂肪族炭化水素基は、直鎖状、分岐鎖状及び環状のいずれであってもよい。
直鎖状又は分岐鎖状の脂肪族炭化水素基の炭素数は、特に限定されないが、1~20であることが好ましく、例えば、1~15、1~12、及び1~8のいずれかであってもよい。
環状の脂肪族炭化水素基(別名:脂環式基)は、単環状及び多環状のいずれであってもよい。環状の脂肪族炭化水素基の炭素数は、特に限定されないが、3~20であることが好ましく、例えば、3~15、3~12、及び3~8のいずれかであってもよい。
【0018】
前記脂肪族炭化水素基のうち、直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基としては、例えば、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基、tert-ブチル基、n-ペンチル基、イソペンチル基、ネオペンチル基、tert-ペンチル基、1-メチルブチル基、n-ヘキシル基、2-メチルペンチル基、3-メチルペンチル基、2,2-ジメチルブチル基、2,3-ジメチルブチル基、n-ヘプチル基、2-メチルヘキシル基、3-メチルヘキシル基、2,2-ジメチルペンチル基、2,3-ジメチルペンチル基、2,4-ジメチルペンチル基、3,3-ジメチルペンチル基、3-エチルペンチル基、2,2,3-トリメチルブチル基、n-オクチル基、イソオクチル基、ノニル基、デシル基、ウンデシル基、ドデシル基、トリデシル基、テトラデシル基、ペンタデシル基、ヘキサデシル基、ヘプタデシル基、オクタデシル基、ノナデシル基、イコシル基等が挙げられる。
前記脂肪族炭化水素基のうち、環状のアルキル基としては、例えば、シクロプロピル基、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、シクロヘプチル基、シクロオクチル基、シクロノニル基、シクロデシル基、ノルボルニル基、イソボルニル基、1-アダマンチル基、2-アダマンチル基、トリシクロデシル基等が挙げられる。
【0019】
前記脂肪族炭化水素基のうち、アルケニル基としては、上述の炭素数2以上のアルキル基において、炭素原子間の1個の単結合(C-C)が二重結合(C=C)で置換された構造を有する基が挙げられる。
前記アルケニル基において、炭素原子間の二重結合の位置は、特に限定されない。
直鎖状又は分岐鎖状の前記アルケニル基の炭素数は、2以上であれば特に限定されないが、2~20であることが好ましい。
直鎖状又は分岐鎖状のアルケニル基としては、例えば、ビニル基(エテニル基)、アリル基(2-プロペニル基、allyl group)、3-ブテニル基、2-ブテニル基、ペンテニル基、ヘキセニル基、ヘプテニル基、オクテニル基等が挙げられる。
環状のアルケニル基の炭素数は、3以上であれば特に限定されないが、3~20であることが好ましい。
環状のアルケニル基としては、例えば、シクロプロぺニル基、シクロブテニル基、シクロペンテニル基、シクロヘキセニル基、シクロヘプテニル基、シクロオクテニル基等が挙げられる。
【0020】
前記芳香族アルコール中の芳香族炭化水素基は、芳香族炭化水素から1個又は2個以上の水素原子が除かれた構造を有する基であり、単環状及び多環状のいずれであってもよい。
芳香族炭化水素基の炭素数は、特に限定されないが、6~20であることが好ましく、例えば、6~15、及び6~12のいずれかであってもよい。
【0021】
前記芳香族炭化水素基のうち、アリール基(aryl group)としては、例えば、フェニル基、1-ナフチル基、2-ナフチル基、o-トリル基、m-トリル基、p-トリル基、キシリル基(ジメチルフェニル基)等が挙げられ、さらに、これらアリール基の1個又は2個以上の水素原子が、前記アリール基又はアルキル基で置換された構造を有する基も挙げられる。これら置換基を有するアリール基の炭素数は、6~20であることが好ましい。
【0022】
前記置換基を有するアルコールのうち、置換基を有する脂肪族アルコールとしては、例えば、脂肪族アルコール中の1個又は2個以上の炭素原子が単独で、又は炭素原子がこれに結合している水素原子と共に、ヘテロ原子(置換基)で置換された構造を有する化合物(ただし、互いに隣接する(結合している)炭素原子がともに前記ヘテロ原子で置換されることはない);脂肪族アルコール中の水酸基を構成していない1個又は2個以上の水素原子が水素原子以外の基(置換基)で置換された構造を有する化合物等が挙げられ、脂肪族アルコール中の、1個又は2個以上の炭素原子が単独で、又は炭素原子がこれに結合している水素原子と共に、ヘテロ原子(置換基)で置換され、且つ、水酸基を構成していない1個又は2個以上の水素原子が水素原子以外の基(置換基)で置換された構造を有する化合物であってもよい。
【0023】
本明細書においては、ある特定の化合物において、1個以上の水素原子が水素原子以外の基(置換基)で置換された構造が想定される場合、このような置換された構造を有する化合物を、上述の特定の化合物の「誘導体」と称する。
本明細書において、「基」とは、複数個の原子が結合した構造を有する原子団だけでなく、1個の原子も包含するものとする。
【0024】
脂肪族アルコール中の前記炭素原子が置換される前記ヘテロ原子(置換基)としては、例えば、酸素原子、硫黄原子、窒素原子等が挙げられる。
脂肪族アルコール中の前記水素原子が置換される前記水素原子以外の基としては、例えば、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子等のハロゲン原子;メルカプト基(-SH);アミノ基(-NH);ニトロ基(-NO);ホルミル基(-C(=O)-H);カルボキシ基(-C(=O)-OH)等が挙げられる。
脂肪族アルコールが有する前記置換基は、1個のみであってもよいし、2個以上であってもよく、2個以上である場合、それらの種類の組み合わせ及び比率は、目的に応じて適宜調節できる。
【0025】
前記置換基を有する芳香族アルコールとしては、芳香族アルコール中の芳香環の環骨格を構成している1個又は2個以上の炭素原子が単独で、又は前記炭素原子がこれに結合している水素原子と共に、ヘテロ原子(置換基)で置換された構造を有する化合物;芳香族アルコール中の水酸基を構成していない1個又は2個以上の水素原子が水素原子以外の基(置換基)で置換された構造を有する化合物等が挙げられ、芳香族アルコール中の、芳香環の環骨格を構成している1個又は2個以上の炭素原子が単独で、又は前記炭素原子がこれに結合している水素原子と共に、ヘテロ原子(置換基)で置換され、且つ、水酸基を構成していない1個又は2個以上の水素原子が水素原子以外の基(置換基)で置換された構造を有する化合物であってもよい。
【0026】
芳香族アルコール中の前記炭素原子が置換される前記ヘテロ原子(置換基)としては、例えば、酸素原子、硫黄原子、窒素原子等が挙げられる。
芳香族アルコール中の前記水素原子が置換される前記水素原子以外の基としては、例えば、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子等のハロゲン原子;メルカプト基;アミノ基;ニトロ基;ホルミル基;カルボキシ基等が挙げられる。
芳香族アルコール中の前記置換基は、1個のみであってもよいし、2個以上であってもよく、2個以上である場合、それらの種類の組み合わせ及び比率は、目的に応じて適宜調節できる。
【0027】
基質である前記アルコールでより好ましいものとしては、置換基を有していてもよい芳香族アルコールが挙げられ、さらに好ましいものとしては、置換基を有していてもよいベンジルアルコール(CCHOH)、置換基を有していてもよいフェネチルアルコール(CCHCHOH)等の、置換基を有していてもよいアラルキルアルコールが挙げられる。
【0028】
基質である前記アルデヒドは、炭化水素中の1個又は2個以上の水素原子が、ホルミル基で置換された構造を有し、例えば、脂肪族アルデヒド及び芳香族アルデヒドのいずれであってもよい。
前記アルデヒドとしては、例えば、基質である前記アルコールの酸化物であるアルデヒドが挙げられ、基質である前記アルコール中の水酸基がホルミル基で置換された構造を有する化合物が挙げられる。
【0029】
例えば、基質である前記アルデヒドが有する置換基としては、ホルミル基に代えて水酸基(-OH)が挙げられる点を除けば、基質である前記アルコールが有する前記置換基と同じものが挙げられる。
すなわち、アルデヒド中の炭素原子が置換されるヘテロ原子(置換基)としては、例えば、酸素原子、硫黄原子、窒素原子等が挙げられる。
アルデヒド中の水素原子が置換される前記水素原子以外の基としては、例えば、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子等のハロゲン原子;メルカプト基;アミノ基;ニトロ基;水酸基;カルボキシ基等が挙げられる。
アルデヒド中の前記置換基は、1個のみであってもよいし、2個以上であってもよく、2個以上である場合、それらの種類の組み合わせ及び比率は、目的に応じて適宜調節できる。
【0030】
基質である前記アミンは、炭化水素中の1個又は2個以上の水素原子が、アミノ基(-NH)で置換された構造を有し、例えば、脂肪族アミン及び芳香族アミンのいずれであってもよい。
前記アミンとしては、例えば、基質である前記アルコール中の水酸基がアミノ基で置換された構造を有する化合物が挙げられる。
アミンが置換基を有する場合の置換基を有する態様は、水素原子を置換する置換基としてアミノ基に代えて水酸基が挙げられる点を除けば、前記アルコールが置換基を有する態様と同じである。
【0031】
基質である前記スルフィドは、炭化水素中の1個又は2個以上のメチレン基(-CH-)が、硫黄原子(-S-)で置換された構造を有し、例えば、脂肪族スルフィド及び芳香族スルフィドのいずれであってもよい。
前記スルフィドは、直鎖状、分岐鎖状及び環状のいずれであってもよく、鎖状構造(直鎖及び分岐鎖のいずれか一方又は両方)と環状構造をともに有していてもよい。
直鎖状又は分岐鎖状のスルフィドの炭素数は、特に限定されないが、2~20であることが好ましく、例えば、2~15、2~12、及び2~8のいずれかであってもよい。
環状のスルフィドは、単環状及び多環状のいずれであってもよい。環状のスルフィドの炭素数は、特に限定されないが、2~20であることが好ましく、例えば、2~15、2~12、及び2~8のいずれかであってもよい。
鎖状構造と環状構造をともに有するスルフィドの炭素数は、特に限定されないが、3~20であることが好ましく、例えば、3~15、3~12、及び3~8のいずれかであってもよい。
スルフィドが置換基を有する場合の置換基を有する態様は、炭素原子が置換される置換基として硫黄原子が除かれる点と、水素原子を置換する置換基として水酸基も追加で挙げられる点を除けば、前記アルコールが置換基を有する態様と同じである。
【0032】
基質である前記アルケンは、直鎖状、分岐鎖状及び環状のいずれであってもよく、鎖状構造(直鎖及び分岐鎖のいずれか一方又は両方)と環状構造をともに有していてもよい。
直鎖状又は分岐鎖状のアルケンの炭素数は、特に限定されないが、2~20であることが好ましく、例えば、2~15、2~12、及び2~8のいずれかであってもよい。
環状のアルケンは、単環状及び多環状のいずれであってもよい。環状のアルケンの炭素数は、特に限定されないが、3~20であることが好ましく、例えば、3~15、3~12、及び3~8のいずれかであってもよい。
鎖状構造と環状構造をともに有するアルケンの炭素数は、特に限定されないが、4~20であることが好ましく、例えば、4~15、4~12、及び4~8のいずれかであってもよい。
アルケンにおける、炭素原子間の二重結合の位置は、特に限定されない。
アルケンが置換基を有する場合の置換基を有する態様は、二重結合を形成している炭素原子が単独で、又は前記炭素原子がこれに結合している水素原子と共に、置換基で置換されない点と、水素原子を置換する置換基として水酸基も追加で挙げられる点を除けば、前記アルコールが置換基を有する態様と同じである。
【0033】
基質である前記アルキンは、直鎖状、分岐鎖状及び環状のいずれであってもよく、鎖状構造(直鎖及び分岐鎖のいずれか一方又は両方)と環状構造をともに有していてもよい。
直鎖状又は分岐鎖状のアルキンの炭素数は、特に限定されないが、2~20であることが好ましく、例えば、2~15、2~12、及び2~8のいずれかであってもよい。
環状のアルキンは、単環状及び多環状のいずれであってもよい。環状のアルキンの炭素数は、特に限定されないが、3~20であることが好ましく、例えば、3~15、3~12、及び3~8のいずれかであってもよい。
鎖状構造と環状構造をともに有するアルキンの炭素数は、特に限定されないが、4~20であることが好ましく、例えば、4~15、4~12、及び4~8のいずれかであってもよい。
アルキンにおける、炭素原子間の三重結合の位置は、特に限定されない。
アルキンが置換基を有する場合の置換基を有する態様は、水素原子を置換する置換基として水酸基も追加で挙げられる点を除けば、前記アルコールが置換基を有する態様と同じである。
【0034】
基質は、例えば、水酸基と、ホルミル基と、アミノ基と、炭素原子同士を結合する硫黄原子と、炭素原子間の二重結合と、炭素原子間の三重結合と、から群より選択される2以上を有する化合物であってもよい。すなわち、基質は、アルコール、アルデヒド、アミン、スルフィド、アルケン及びアルキンから群より選択される2種以上の特性を併せ持つ化合物であってもよい。
【0035】
基質は、バイオマス由来の有機物であってもよい。
すなわち、好ましい基質としては、例えば、置換基を有していてもよいバイオマス由来のアルコール(置換基を有しないバイオマス由来のアルコール、置換基を有するバイオマス由来のアルコール)、置換基を有していてもよいバイオマス由来のアルデヒド(置換基を有しないバイオマス由来のアルデヒド、置換基を有するバイオマス由来のアルデヒド)、置換基を有していてもよいバイオマス由来のアミン(置換基を有しないバイオマス由来のアミン、置換基を有するバイオマス由来のアミン)、置換基を有していてもよいバイオマス由来のスルフィド(置換基を有しないバイオマス由来のスルフィド、置換基を有するバイオマス由来のスルフィド)、置換基を有していてもよいバイオマス由来のアルケン(置換基を有しないバイオマス由来のアルケン、置換基を有するバイオマス由来のアルケン)、置換基を有していてもよいバイオマス由来のアルキン(置換基を有しないバイオマス由来のアルキン、置換基を有するバイオマス由来のアルキン)等も挙げられる。
【0036】
バイオマス由来の有機物で好ましいものとしては、例えば、フルフラール(別名:フラン-2-カルボキシアルデヒド)、5-ヒドロキシメチルフルフラール(HMF)等のフラン誘導体(フラン骨格を有し、且つ、水酸基及びホルミル基のいずれか一方又は両方を有する化合物);グリセリン(別名:グリセロール)等が挙げられる。
【0037】
フルフラールは、単糖類であるキシロース(xylose)の脱水反応を経由して得られ、工業的には、トウモロコシの穂軸、エンバクの籾殻等を、希硫酸と加熱しながら蒸留することにより得られる。5-ヒドロキシメチルフルフラールは、グルコース(glucose)の脱水反応を経由して得られる。キシロース、グルコースはいずれも、木材等の植物から得られる。
フラン誘導体は、ポリマーや燃料の原料、化成品の出発物質として重要である。例えば、フルフラール及び5-ヒドロキシメチルフルフラールの酸化による環構造の開裂(酸化的開裂)によって、スクシン酸(別名:ブタン二酸、コハク酸)が得られる。また、5-ヒドロキシメチルフルフラールの官能基(水酸基、ホルミル基)の選択的酸化によって、2, 5-ジホルミルフラン(DFF)、2, 5-フランジカルボン酸(FDCA)が得られる。
【0038】
グリセリンは、バイオディーゼルの製造過程で、トランスエステル化反応の副生成物として生成する。
グリセリンの2級水酸基を選択に酸化することで、ジヒドロキシアセトン(DHA)が得られる。ジヒドロキシアセトンは、化成品の出発物質として重要である。
【0039】
電解液が含有する基質は、1種のみであってもよいし、2種以上であってもよく、2種以上である場合には、それらの組み合わせ及び比率は、目的に応じて任意に選択できる。
例えば、電解液は、基質として、1種又は2種以上の、置換基を有していてもよいアルコールを含有し、且つ、置換基を有していてもよいアルデヒドを含有していなくてもよいし;1種又は2種以上の、置換基を有していてもよいアルデヒドを含有し、且つ、置換基を有していてもよいアルコールを含有していなくてもよいし;1種又は2種以上の、置換基を有していてもよいアルコールを含有し、且つ、1種又は2種以上の、置換基を有していてもよいアルデヒドを含有していてもよいし;1種又は2種以上の、水酸基とホルミル基をともに有する化合物を含有していてもよく、前記化合物は1種又は2種以上の置換基を有していてもよい。
ここでは、基質として、アルコールとアルデヒドの組み合わせを例に挙げて説明したが、基質はこれら以外の組み合わせであってもよいし、ここに例示するような2種の組み合わせではなく、3種以上の組み合わせであってもよい。
【0040】
電解液中の基質は、少なくともその一部が溶解していることが好ましく、その溶解量が多いほど好ましく、その全量が溶解していることが特に好ましい。
より具体的には、電解液中の基質の全量(mol)に対する、電解液中で溶解している基質の量(mol)の割合([電解液中で溶解している基質の量(mol)]/[電解液中の基質の全量(mol)]×100)は、50モル%以上であることが好ましく、65モル%以上であることがより好ましく、80モル%以上であることがさらに好ましく、95モル%以上であることがさらに好ましく、100モル%であることが特に好ましい。電解液中の基質の溶解量が多いほど、有機酸化物をより効率的に製造できる。
【0041】
電解液の基質の濃度([電解液中の基質の量(mol)]/[電解液の体積(L)])は、特に限定されない。電解液の基質の濃度は、0.01mM以上であることが好ましく、0.1mM以上であることがより好ましく、1mM以上であることがさらに好ましく、5mM以上であることが特に好ましい。電解液の基質の濃度が前記下限値以上であることで、有機酸化物の生成量をより増大させることができる。また、前記濃度が適切な範囲で高いほど、後述する有機酸化物の選択率が上昇する傾向にある。一方、電解液の基質の濃度は、100mM以下であることが好ましく、50mM以下であることがより好ましく、35mM以下であることがさらに好ましい。電解液の基質の濃度が前記上限値以下であることで、基質を電解液中で溶解させることがより容易となる。
【0042】
本明細書においては、濃度に関する「M」との記載は、「mol/L」を意味し、「mM」との記載は、「mmol/L」(=1×10-3mol/L)を意味する。
【0043】
[塩化物イオン、塩]
電解液は、塩化物イオン(Cl)を含有している。すなわち、電解液は、塩素原子を含む塩と溶媒が配合されて調製されており、塩素原子を含む塩が溶媒に溶解している溶液であって、通常は、塩化物イオン以外に、前記塩を形成していたカウンターカチオンと溶媒も含有する。
【0044】
電解液の調製に用いる前記塩は、その全量又は一部が、前記溶媒に溶解可能であれば、特に限定されず、無機塩(塩素原子を構成原子とする無機塩)及び有機塩(塩素原子を構成原子とする有機塩)のいずれであってもよい。
【0045】
前記無機塩としては、例えば、塩化ナトリウム(NaCl)、塩化カリウム(KCl)、塩化リチウム(LiCl)等の1族金属元素(アルカリ金属)の塩化物;塩化カルシウム(CaCl)、塩化マグネシウム(MgCl)等の2族元素の塩化物;塩化銅(II)(CuCl)、塩化鉄(II)(FeCl)、塩化鉄(III)(FeCl)、塩化ニッケル(II)(NiCl)、塩化亜鉛(II)(ZnCl)等の3~12族金属元素(遷移金属元素)の塩化物;塩化アンモニウム(NHCl)等が挙げられる。
無機塩から生じる前記カウンターカチオンとしては、例えば、ナトリウムイオン(Na)、カリウムイオン(K)、リチウムイオン(Li)等の1族金属元素(アルカリ金属)のカチオン;カルシウムイオン(Ca2+)、マグネシウムイオン(Mg2+)等の2族元素のカチオン;銅(II)イオン(Cu2+)、鉄(II)イオン(Fe)、鉄(III)イオン(Fe3+)、ニッケルイオン(Ni2+)、亜鉛イオン(Zn2+)等の3~12族金属元素(遷移金属元素)のカチオン;アンモニウムイオン(NH )等が挙げられる。
【0046】
前記有機塩としては、例えば、有機塩基の塩酸塩等が挙げられる。
前記有機塩基としては、例えば、ジエチルアミン、トリエチルアミン、ジイソプロピルエチルアミン、ピペリジン等の脂肪族アミン;アニリン(別名:アミノベンゼン、フェニルアミン)、o-トルイジン(別名:2-メチルアニリン、2-アミノトルエン)、m-トルイジン(別名:3-メチルアニリン、3-アミノトルエン)、p-トルイジン(別名:4-メチルアニリン、4-アミノトルエン)等の芳香族アミン;ピリジン等の芳香族複素環式化合物等が挙げられる。
有機塩から生じる前記カウンターカチオンとしては、例えば、ジエチルアンモニウムイオン、トリエチルアンモニウムイオン、ジイソプロピルエチルアンモニウムイオン、ピペリジニウムイオン等の、脂肪族アミンのプロトン(H)付加物;アニリニウムイオン、o-トルイジニウムイオン、m-トルイジニウムイオン、p-トルイジニウムイオン等の、芳香族アミンのプロトン(H)付加物;ピリジニウムイオン等の、芳香族複素環式化合物のプロトン(H)付加物等が挙げられる。
【0047】
前記塩は、水和物であってもよいし、水和されていない無水塩であってもよい。
【0048】
電解液が含有すカウンターカチオン(換言すると、電解液に溶解している塩)は、1種のみであってもよいし、2種以上であってもよく、2種以上である場合には、それらの組み合わせ及び比率は、目的に応じて任意に選択できる。
【0049】
電解液の塩化物イオン(塩)の濃度([電解液中の塩化物イオン(塩)の量(mol)]/[電解液の体積(L)])は、特に限定されない。電解液の塩化物イオン(塩)の濃度は、0.05M以上であることが好ましく、0.1M以上であることがより好ましく、0.4M以上であることがさらに好ましい。電解液の塩化物イオン(塩)の濃度が前記下限値以上であることで、有機酸化物をより効率的に製造できる。また、前記濃度が適切な範囲で高いほど、後述する有機酸化物の選択率が上昇する傾向にある。一方、電解液の塩化物イオン(塩)の濃度は、5M以下であることが好ましく、4.5M以下であることがより好ましい。電解液の塩化物イオン(塩)の濃度が前記上限値以下であることで、塩化物イオン(塩)の過剰使用が抑制される。
【0050】
[溶媒]
電解液中の溶媒は、前記塩を溶解可能であり、前記塩化物イオンの含有が可能であり、前記アノードとの反応性を有しないものであれば、特に限定されない。
前記溶媒としては、例えば、水、前記塩から塩化物イオンを生成可能(換言すると、塩化物イオンを含有可能)な水以外の溶媒が挙げられる。
前記水以外の溶媒としては、例えば、有機溶媒が挙げられ、アセトニトリル等の親水性有機溶媒が好ましい。
【0051】
電解液が含有する溶媒は、1種のみであってもよいし、2種以上であってもよく、2種以上である場合には、それらの組み合わせ及び比率は、目的に応じて任意に選択できる。
【0052】
溶媒は、前記塩の溶解性がより高い点では、水、又は、水と水以外の溶媒と、の混合溶媒であることが好ましく、水、又は、水と親水性有機溶媒と、の混合溶媒であることがより好ましく、水であることがさらに好ましい。
【0053】
好ましい電解液としては、塩が溶媒に溶解している溶液であり、前記塩が塩素原子を含み、且つ、前記溶媒が水であるか、又は前記塩から塩化物イオンを生成可能な水以外の溶媒である電解液が挙げられる。
【0054】
[他の成分]
電解液は、基質と、塩化物イオンと、前記カウンターカチオンと、溶媒と、これら(基質、塩化物イオン、カウンターカチオン及び溶媒)のいずれにも該当しない他の成分と、を含有していてもよい。すなわち、電解液は、基質と、前記塩と、溶媒と、これら(基質、塩及び溶媒)のいずれにも該当しない他の配合成分と、が配合されていてもよい。
【0055】
前記他の成分は、特に限定されず、目的に応じて任意に選択できる。
前記他の成分としては、例えば、前記基質以外の有機物(例えば、活性塩素種によって酸化できない有機物)、塩化物イオン以外のアニオン等が挙げられる。前記塩化物イオン以外のアニオンは、前記他の配合成分が、塩化物イオンを生成可能な塩に該当しない塩(本明細書においては、「他の塩」と称することがある)である場合に、この塩から生成するものであり、同時に生成するカウンターカチオンは、塩化物イオンを生成可能な塩から生成したカウンターカチオンと同じであってもよいし、異なっていてもよい。
【0056】
前記他の塩としては、例えば、無機塩が挙げられる。前記無機塩としては、例えば、リン酸水素二ナトリウム(NaHPO)、リン酸水素二カリウム(KHPO)等のリン酸水素塩;リン酸三ナトリウム(NaPO)、リン酸三カリウム(KPO)等のリン酸塩等が挙げられる。前記他の塩は、水和物であってもよいし、水和されていない無水塩であってもよい。すなわち、前記塩化物イオン以外のアニオンとしては、例えば、無機アニオンが挙げられ、前記無機アニオンとしては、例えば、リン酸水素イオン(HPO 2-)、リン酸イオン(PO 3-)等が挙げられる。
【0057】
電解液が含有する前記他の成分は、1種のみであってもよいし、2種以上であってもよく、2種以上である場合には、それらの組み合わせ及び比率は、目的に応じて任意に選択できる。
【0058】
溶媒が水である場合の電解液で好ましいものとしては、海水、塩化ナトリウム水溶液が挙げられる。
【0059】
<アノード>
前記製造方法で用いるアノードは、これに光を照射することにより、このアノードにおいて正孔を発生可能なものであれば、特に限定されない。
前記アノードは、光触媒を有する公知のものであってよい。
【0060】
アノードが有する光触媒は、1種のみであってもよいし、2種以上であってもよく、2種以上である場合には、それらの組み合わせ及び比率は、目的に応じて任意に選択できる。
【0061】
前記アノードが有する光触媒としては、例えば、金属化合物が挙げられる。
光触媒である前記金属化合物は、可視光応答型の金属化合物であることが好ましい。
このような金属化合物としては、例えば、WO(酸化タングステン)、BiVO(バナジン酸ビスマス)、TiO(酸化チタン)、金属ドープBiVO(金属をドープしたバナジン酸ビスマス、例えば、MoドープBiVO)、WドープBiVO(タングステンをドープしたバナジン酸ビスマス)、SnNb、BiWO(タングステン酸ビスマス)、FeTiO、Fe(酸化鉄(III))、BiMoO(モリブデン酸ビスマス)、GaN-ZnO固溶体(窒化ガリウム-酸化亜鉛固溶体)、LaTiON、BaTaON(バリウムタンタル酸窒化物)、BaNbON、TaON(酸窒化タンタル)、Ta(窒化タンタル)、Ge(窒化ゲルマニウム)、BiNbOCl等の遷移金属若しくは典型金属を構成元素とする酸化物、酸窒化物、窒化物又は酸ハロゲン化物等が挙げられる。
ここで挙げた光触媒(金属化合物)は、いずれもn型半導体であり、これら光触媒に光を照射することにより、光触媒において正孔を発生させることができる。
【0062】
これらの中でも、より好ましい光触媒としては、アノードとしての特性がより良好となる点では、WO、BiVO、TiO等が挙げられる。
【0063】
アノードは、その表面に光触媒を有することが好ましく、その表面に、WO(酸化タングステン)、BiVO(バナジン酸ビスマス)及びTiO(酸化チタン)からなる群より選択される1種又は2種以上の光触媒を有することが好ましい。
【0064】
アノードとして、より具体的には、例えば、基材と、前記基材上に設けられた光触媒の層(本明細書においては、「光触媒層」と略記することがある)と、を備えて構成されたアノードが挙げられる。
【0065】
基材上に設けられた光触媒(光触媒層を形成している光触媒)は、先に説明したものであり、1種のみであってもよいし、2種以上であってもよく、2種以上である場合には、それらの組み合わせ及び比率は、目的に応じて任意に選択できる。
【0066】
光触媒層は、一定値以上の表面積を有し、連続して形成された膜状であってもよいし、不連続に形成された層であってもよいし、島状、波状、くし型状、ファイバー状、メッシュ状等の形状の層であってもよい。
【0067】
光触媒層は、1層(単層)からなるものであってもよいし、2層以上の複数層からなるものであってもよい。光触媒層が複数層からなる場合、これら複数層は、互いに同一でも異なっていてもよく、これら複数層の組み合わせは特に限定されない。
【0068】
本明細書においては、光触媒層の場合に限らず、「複数層が互いに同一でも異なっていてもよい」とは、「すべての層が同一であってもよいし、すべての層が異なっていてもよいし、一部の層のみが同一であってもよい」ことを意味し、さらに「複数層が互いに異なる」とは、「各層の構成材料及び厚さの少なくとも一方が互いに異なる」ことを意味する。
【0069】
光触媒層の厚さは、0.05~50μmであることが好ましく、0.1~10μmであることがより好ましい。光触媒層の厚さが前記下限値以上であることで、有機酸化物をより効率的に製造できる。光触媒層の厚さが前記上限値以下であることで、過剰な厚さとなることが避けられる。
ここで、「光触媒層の厚さ」とは、光触媒層全体の厚さを意味し、例えば、複数層からなる光触媒層の厚さとは、光触媒層を構成するすべての層の合計の厚さを意味する。
【0070】
光触媒層の厚さは、例えば、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて測定できる。基材の光触媒層側の面から光触媒層の最上部までの距離を、光触媒層の厚さとし、基材上の複数箇所(例えば5箇所)で測定した光触媒層の厚さの平均値を求め、この平均値を光触媒層の厚さとして採用してもよい。
【0071】
アノードを構成する前記基材は、導電性を有し(導電性基材であり)、シート状又はプレート状であることが好ましい。
基材の構成材料は、無機化合物及び有機化合物のいずれであってもよい。
基材の構成材料としては、好ましくは300℃以上、より好ましくは400℃以上の加熱によっても分解され難い耐熱性を有するものが挙げられる。
基材は、光透過性を有していてもよいし、有していなくてもよい。
【0072】
基材の構成材料として、より具体的には、例えば、フッ素ドープ酸化スズ(FTO)、スズドープ酸化インジウム(ITO)等の透明導電膜を形成可能な金属酸化物;チタン、アルミニウム、鉄、ステンレス等の金属;カーボン等が挙げられる。
【0073】
これらの中でも、基材の構成材料は、アノードとしての特性がより良好となる点では、フッ素ドープ酸化スズ、スズドープ酸化インジウム又はチタンであることが好ましい。
すなわち、好ましいアノードとしては、フッ素ドープ酸化スズ、スズドープ酸化インジウム又はチタンからなる基材と、前記基材上に設けられた光触媒層と、を備えて構成されているアノードが挙げられる。このようなアノードは、その表面(基材上の最表層)に光触媒を有することが好ましい。
【0074】
より好ましいアノードとしては、基材と、前記基材上に設けられた光触媒層と、を備えて構成され、前記基材が、フッ素ドープ酸化スズ、スズドープ酸化インジウム又はチタンからなり、前記光触媒が、WO(酸化タングステン)、BiVO(バナジン酸ビスマス)及びTiO(酸化チタン)からなる群より選択される1種又は2種以上であるアノードが挙げられる。このようなアノードは、その表面(基材上の最表層)に前記光触媒を有することが好ましい。
【0075】
アノードにおいて、基材上に設けられた光触媒層は、1層のみであってもよいし、2層以上であってもよく、2層以上である場合には、それらの組み合わせ及び比率は、目的に応じて任意に選択できる。通常は、アノードの構成が簡略化され、有機酸化物の製造効率が良好である点では、基材上に設けられた光触媒層は、1層又は2層であることが好ましい。
【0076】
基材上に設けられた光触媒層が2層である場合の好ましいアノードとしては、例えば、基材と、前記基材上に設けられた第1光触媒層(第1光触媒の層)と、前記第1光触媒層の前記基材側とは反対側の上部に設けられた第2光触媒層(第2光触媒の層)と、を備えて構成され、前記基材が、フッ素ドープ酸化スズ、スズドープ酸化インジウム又はチタンからなり、前記第1光触媒層中の光触媒と、前記第2光触媒層中の光触媒とが、酸化タングステン、バナジン酸ビスマス及び酸化チタンからなる群より選択される1種又は2種以上であり、ただし、前記第1光触媒層中の光触媒の組成と、前記第2光触媒層中の光触媒の組成と、が互いに異なるアノードが挙げられる。このようなアノードは、その表面(基材上の最表層)に前記光触媒(第2光触媒層)を有することが好ましい。
このようなアノードにおいては、基材と、第1光触媒層と、第2光触媒層と、がこの順に、これらの厚さ方向において積層されている。
【0077】
基材上に設けられた光触媒層が2層である場合のより好ましいアノードとしては、例えば、基材と、前記基材上に設けられた第1光触媒層と、前記第1光触媒層の前記基材側とは反対側の上部に設けられた第2光触媒層と、を備えて構成され、前記基材が、フッ素ドープ酸化スズ、スズドープ酸化インジウム又はチタンからなり、前記第1光触媒層中の光触媒が酸化タングステンであり、前記第2光触媒層中の光触媒がバナジン酸ビスマスであるアノードが挙げられる。このようなアノードにおいては、酸化タングステンと、酸化タングステンが応答する可視光よりも長波長の可視光に応答するバナジン酸ビスマスと、を併用することで、照射した光のエネルギーの変換効率が特に高く、有機酸化物を特に効率的に製造できる。このようなアノードは、その表面(基材上の最表層)に前記光触媒(第2光触媒層及び第1光触媒層)を有することが好ましい。
【0078】
アノードは、公知の方法で製造できる。例えば、基材の一方の面上に、光触媒層を形成するための組成物(本明細書においては、「組成物(1)」と称することがある)の層を形成し、この層を好ましくは400~600℃で、好ましくは20~90分間焼成して光触媒層を形成することにより、アノードが得られる。
前記組成物(1)としては、例えば、光触媒層を構成する金属種のイオンを含有する溶液が挙げられる。組成物(1)として、より具体的には、例えば、光触媒層を構成する金属種の原子を含む金属塩又は金属錯体が、溶媒に溶解された溶液が挙げられる。
基材上に光触媒層を複数層(2層以上)形成する場合には、上記の方法で、基材の一方の面上に第1光触媒層を形成し、第1光触媒層の基材側とは反対側の面上に、第2光触媒層を形成するための組成物(1)の層を形成し、第1光触媒層の場合と同じ方法で、この層を焼成して第2光触媒層を形成する。さらに、第2光触媒層の第1光触媒層側とは反対側の面上に、1層又は2層以上の光触媒層(第3光触媒層等)を形成する場合には、上記の第1光触媒層上に第2光触媒層を形成する場合と同じ方法によって、第2光触媒層上に1層又は2層以上の光触媒層を形成すればよい。
【0079】
アノードは、以下の方法でも製造できる。例えば、基材の一方の面上に、光触媒層を形成するための組成物(本明細書においては、「組成物(2)」と称することがある)の層を形成し、この層を好ましくは25℃以上で、好ましくは12時間以上乾燥させて光触媒層を形成することにより、アノードが得られる。
前記組成物(2)としては、例えば、光触媒層を構成する光触媒粒子を含有する分散液が挙げられる。組成物(2)として、より具体的には、例えば、前記組成物(1)と同様の溶液を、上記の組成物(1)の層を焼成する場合と同様の条件で焼成することにより得られた、光触媒層を構成する光触媒粒子が、溶媒(換言すると分散媒)中で分散された分散液が挙げられる。
基材上に光触媒層を複数層(2層以上)形成する場合には、上記の方法で、基材の一方の面上に第1光触媒層を形成し、第1光触媒層の基材側とは反対側の面上に、第2光触媒層を形成するための組成物(2)の層を形成し、第1光触媒層の場合と同じ方法で、この層を乾燥させて第2光触媒層を形成する。さらに、第2光触媒層の第1光触媒層側とは反対側の面上に、1層又は2層以上の光触媒層(第3光触媒層等)を形成する場合には、上記の第1光触媒層上に第2光触媒層を形成する場合と同じ方法によって、第2光触媒層上に1層又は2層以上の光触媒層を形成すればよい。
【0080】
前記製造方法においては、前記電解液の中に配置された前記アノードに、光を照射する。アノードは、例えば、その全体を電解液の中に浸漬して配置してもよいし、いずれかの端部とその近傍領域等の、いずれか一部を電解液の中には浸漬せずに、残りの部位を電解液の中に浸漬して配置してもよい。
【0081】
光は、電解液の中に配置されたアノード中の光触媒層に照射する。このとき、光は、光触媒層に直接照射することが好ましい。アノードが、前記基材及び光触媒層を備えている場合には、アノードの光触媒層側の外部から光触媒層に光を照射でき、光触媒層に直接光を照射することが好ましい。基材が透明導電膜であるなど、光透過性を有する場合には、アノードの基材側の外部から、基材を介して光触媒層に光を照射してもよい。
【0082】
アノードに照射する光は、可視光を含む光であることが好ましく、可視光のみであってもよいし、可視光とそれ以外の光を含んでいてもよい。可視光は、人間の目で視認可能な波長の電磁波(光)であり、より具体的には、波長が380nm以上の光であることが好ましく、波長が420nm以上の光であることがより好ましい。可視光を含む光としては、太陽光;太陽光を集光してエネルギー密度を高めた集光太陽光;人工光源で発生させた光等が挙げられる。前記人工光源としては、例えば、キセノンランプ、ハロゲンランプ、ナトリウムランプ、蛍光灯、発光ダイオード等が挙げられる。
【0083】
なかでも、アノードに照射する光は、太陽光であることが好ましい。地球上に無尽蔵に降り注いでいる太陽光は、その約52%が可視光で占められており、電解液として海水を用いて、太陽光を照射することにより、環境への負荷を低減しながら、有機酸化物をより効率的に製造できる。
【0084】
前記製造方法で得られる有機酸化物の種類は、基質の種類に依存して決定される。
【0085】
前記製造方法においては、電解液の中に配置されたアノードに、光を照射することにより、アノードにおいて正孔を発生させる。そして、この正孔により、電解液中の塩化物イオンを酸化することにより、活性塩素種を発生させ、この活性塩素種によって、電解液中の基質を酸化する。電解液中のアノード、より具体的にはアノード中の光触媒、において発生した正孔は、強い酸化力を有しており、この正孔によって、電解液中の塩化物イオン(Cl)が酸化されて、活性塩素種が発生する。活性塩素種としては、塩素ラジカル(Cl・)又は塩素分子(Cl)が挙げられる。これら活性塩素種も強い酸化力を有しており、活性塩素種によって、電解液中の基質(有機物)が酸化される。
以上により、目的とする有機酸化物が得られる。
【0086】
このように、前記製造方法において、基質の酸化は、アノード中の正孔によっては全く生じないか、又はごく小さい規模で生じるに過ぎず、おもに活性塩素種によって生じる。前記製造方法は、基質を酸化する主体が、電解液中の活性塩素種である点で、従来の光触媒を用いた有機酸化物の製造方法とは明確に相違しており、アノードへの光照射時における、アノード側での酸化反応を利用する、新規の酸化物の製造方法である。
【0087】
前記製造方法によれば、活性塩素種によって基質を酸化することにより、正孔によって基質を酸化する場合よりも、顕著に速い速度で、基質を酸化できる(有機酸化物を製造できる)。
【0088】
基質である有機物は、その酸化の程度によって、異なる種類の有機酸化物を生成し得る。例えば、比較的容易に酸化可能な官能基を有機物が有していても、酸化力が強い場合には、この官能基での酸化にとどまらずに、有機物自体が分解し得るなど、複数種の酸化反応が進行し得る。これに対して、前記製造方法によれば、光照射時の通常の酸化条件によって、基質(有機物自体)の分解を含む、目的外の酸化を抑制でき、基質の目的とする官能基での酸化を高選択的に進行させることで、目的とする有機酸化物を高選択的に製造できる。そして、光照射時の酸化条件を調節することによって、目的とする有機酸化物をさらに高選択的に製造することも可能である。
【0089】
例えば、基質が置換基を有していてもよいアルコールである場合には、その酸化物としては、置換基を有していてもよいアルデヒドが挙げられ、置換基を有していてもよいアルデヒドはさらに、置換基を有していてもよいカルボン酸に酸化され得る。すなわち、基質が置換基を有していてもよいアルコールである場合には、有機酸化物として、置換基を有していてもよいアルデヒドと、置換基を有していてもよいカルボン酸が生成し得る。これに対して、前記製造方法によれば、例えば、光照射時の酸化条件を穏やかにしたり、光照射時間(反応時間)を長くし過ぎないように調節することで、置換基を有していてもよいアルデヒドを主たる有機酸化物とすることが可能である。
【0090】
前記製造方法によれば、顕著に速い速度で基質を酸化でき、例えば、活性塩素種は、次亜塩素酸(HClO)を生成するよりも速く、基質を酸化する。すなわち、前記製造方法によれば、次亜塩素酸の副生を抑制できる。さらに、次亜塩素酸からは、ヒドロキシラジカル(HO・)が生成することが知られており、このヒドロキシラジカルも酸化力を有するが、前記製造方法によれば、次亜塩素酸の副生を抑制することで、ヒドロキシラジカルの副生も抑制できる。前記製造方法においては、これら次亜塩素酸やヒドロキシラジカルの副生が抑制されることも、目的とする有機酸化物を高選択的に製造できることに寄与している。
【0091】
基質の酸化による有機酸化物の製造時において、目的とする有機酸化物が選択的に得られる程度の指標となる「選択率(%)」は、反応生成物の合計生成量(mol)に対する、目的とする有機酸化物の生成量(mol)の割合([目的とする有機酸化物の生成量(mol)]/[反応生成物の合計生成量(mol)]×100)、で求められる。ここで、「反応生成物の合計生成量」とは、前記製造方法によって生成する、目的とする有機酸化物の生成量と、目的外の生成物の生成量と、の合計値である。
【0092】
前記製造方法においては、前記選択率は、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、特に好ましくは99%以上である。一方、前記選択率は、100%以下である。
【0093】
図1は、本実施形態の有機酸化物の製造方法で使用可能な、有機酸化物の製造装置(本明細書においては、単に「製造装置」と称することがある)の一例を示す模式図である。
なお、以下の説明で用いる図は、本発明の特徴を分かり易くするために、便宜上、要部となる部分を拡大して示している場合があり、各構成要素の寸法比率等が実際と同じであるとは限らない。
【0094】
ここに示す製造装置(有機酸化物の製造装置)1は、容器19、電源18及び光源16を備えている。
容器19は、液体を貯留可能な第1部位191及び第2部位192を有し、さらに、前記第1部位191及び第2部位192の間で、これらに貯留されている液体を流通可能とする連結部位193を有する。
容器19としては、例えば、二室型の電解槽を用いることができる。
【0095】
容器19の内部には、第1部位191、第2部位192及び連結部位193の全域に渡って、電解液15が貯留されている。
【0096】
容器19の第1部位191には、アノード11及び参照電極13が配置され、これらの大部分が電解液15の中に配置(浸漬)されている。容器19の第1部位191は、換言するとアノード室である。
容器19の第2部位192には、カソード12が配置され、その大部分が電解液15の中に配置(浸漬)されている。容器19の第2部位192は、換言するとカソード室である。
容器19の第1部位191には、カソード12から離間した状態で、アノード11及び参照電極13が配置されている。
【0097】
容器19の連結部位193には、隔膜14が設けられており、隔膜14によって、アノード11及びカソード12が、互いに機能的に区分けされている。
【0098】
アノード11は、先に説明した光触媒を有する光電極である。
アノード11は、シート状又はプレート状であり、基材111と、基材111上に設けられた光触媒層112と、を備えて構成されている。
さらに、光触媒層112は2層からなり、基材111側から第1光触媒層1121と第2光触媒層1122が積層されて構成されている。
すなわち、アノード11は、基材111と、第1光触媒層1121と、第2光触媒層1122と、がこの順に、これらの厚さ方向において積層されて構成されている。
【0099】
カソード12は公知のものであってよい。ここに示すカソード12は線状である。
カソード12としては、白金、金、炭素等からなる電極が挙げられる。
【0100】
参照電極13は公知のものであってよい。
参照電極13としては、例えば、銀/塩化銀(Ag/AgCl)電極等が挙げられる。
【0101】
電解液15は、先に説明したものであり、有機物からなる基質と、塩化物イオンと、を含有する。
【0102】
隔膜14は、水素、酸素及び金属イオンの拡散並びに透過を抑制する膜であることが好ましい。このような膜として、例えば、カチオン交換膜等のイオン交換膜が挙げられる。隔膜14によって、例えば、カソード12側からアノード11側への塩化物イオン(Cl)の移動を抑制できる。
【0103】
容器19の第1部位191側の外部には、光源16が設けられている。光源16は、その光の照射面16aを、アノード11中の第2光触媒層1122側へ向けて、配置されている。より具体的には、光源16の光の照射面16aと、第2光触媒層1122の基材111側とは反対側の面(露出面)1122aと、は対向している。第2光触媒層1122の基材111側とは反対側の面1122aは、光触媒層112の基材111側とは反対側の面(露出面)112aと同義である。このように、製造装置1においては、光源16によって、光Lを第2光触媒層1122に直接照射可能となっている。
光源16は、先に説明した人工光源、集光太陽光の照射装置等、公知のものであってよい。
【0104】
基材111が光透過性を有する場合には、製造装置1においては、光源16の配置の態様と、アノード11の配置の態様と、のいずれか一方又は両方を変更することによって、例えば、光源16の光の照射面16aと、基材111の光触媒層112側とは反対側の面(露出面)111bと、を対向させてもよい。この場合、光源16によって、基材111を介して、光Lを光触媒層112(第1光触媒層1121、第2光触媒層1122)に照射可能である。
【0105】
製造装置1は、光源16を備えずに、アノード11に太陽光が照射可能となっていてもよい。その場合には、光源16を備えている場合と同様に、太陽光が第2光触媒層1122に直接照射可能となっていてもよい。そして、基材111が光透過性を有する場合には、基材111を介して、太陽光を光触媒層112(第1光触媒層1121、第2光触媒層1122)に照射可能となっていてもよい。
【0106】
アノード11、カソード12及び参照電極13はいずれも、電線17によって、定電圧電源装置(ポテンショスタット)等の電源18に電気的に接続されている。
【0107】
製造装置1を用いた場合には、電解液15の中に配置されたアノード11(より具体的には第2光触媒層1122)に対して、光源16から光Lを照射するか、又は光源16を用いずに太陽光を照射しながら、電源18を作動させて、電線17に電流を流す。これにより、アノード11(より具体的には第2光触媒層1122)において、光を吸収させ、酸化反応により正孔を発生させる。そして、この正孔により、アノード11近傍の電解液15中の塩化物イオンを酸化することにより、電解液15中で活性塩素種を発生させる。さらに、この活性塩素種によって、電解液15中の基質を酸化することにより、有機酸化物を得る。この間、アノード11で発生した電子は、電線17を介してカソード12へと移動し、カソード12においては、還元反応によって水素が発生する。
【0108】
有機酸化物の製造装置は、図1に示す製造装置1に限定されず、本発明の趣旨を逸脱しない範囲内で、製造装置1において、一部の構成が変更、削除又は追加されたものであってもよい。例えば、図1においては、アノードとして、光触媒層が2層である場合のアノード11を示しているが、製造装置中のアノードは、光触媒層が1層であるものなど、他のアノードであってもよい。
【実施例0109】
以下、具体的実施例により、本発明についてより詳細に説明する。ただし、本発明は、以下に示す実施例に、何ら限定されるものではない。
【0110】
<<有機酸化物の製造>>
[実施例1]
<アノードの製造>
基材として、大きさが1.5cm×5cmで、厚さが1.1mmのフッ素ドープ酸化スズ(FTO)製基材を用い、その一方の面に、スピンコート法により、濃度が1.4mol/Lのタングステン過酸化水素水溶液を塗工し、第1塗工層を形成した。このときの塗工面積は、6cm(1.5cm×4cm)とした。
次いで、得られた第1塗工層を、500℃で30分間、空気焼成することにより、FTO製基材の前記面に、第1光触媒層として酸化タングステンからなる膜(WO膜)を形成した。
【0111】
次いで、得られたWO膜の、FTO製基材側とは反対側の面に、スピンコート法により、ビスマス(Bi)及びバナジウム(V)を含有する溶液を塗工し、第2塗工層を形成した。このときの塗工面積は、6cm(1.5cm×4cm)とした。ビスマス及びバナジウムを含有する前記溶液としては、Synmetrix社製のものを用いた。
次いで、得られた第2塗工層を、550℃で30分間、空気焼成することにより、WO膜の前記面に、第2光触媒層としてバナジン酸ビスマスからなる膜(BiVO膜)を形成した。
【0112】
以上により、FTO製基材(厚さ1.1mm)と、WO膜(厚さ100nm)と、BiVO膜(厚さ300~500nm)と、がこの順に、これらの厚さ方向において積層された構成されたアノードを得た。
【0113】
<有機酸化物の製造>
図1に示す構成の製造装置を用いて、有機酸化物を製造した。より具体的には、以下のとおりである。
二室型の電解槽を用い、その二室間に、隔膜としてカチオン交換膜を配置した。前記電解槽のアノード室に、上記で得られたアノードと、参照電極を設置した。参照電極としては、銀/塩化銀(Ag/AgCl)電極を用いた。前記電解槽のカソード室に、カソードとして白金(Pt)電極を設置した。これら3つの電極をポテンショスタットに接続した。
次いで、アノード室とカソード室にそれぞれ、電解液として、濃度が0.5Mの塩化ナトリウム(NaCl)水溶液(35mL)を注入し、上記の3つの電極をNaCl水溶液中に浸した。さらに、電解槽中のこのNaCl水溶液中に、基質(有機物)としてベンジルアルコール(CCHCHOH)(0.5mmol)を添加した。
【0114】
次いで、アノード室内のアノードに対して、そのBiVO膜側の外部から、エアマス1.5G(AM1.5G)フィルタを用いて疑似太陽光を照射しながら、ポテンショスタットを用いて1mAの一定電流を1000秒間流すことで、1C(クーロン)の電荷を印加し、有機酸化物であるベンズアルデヒド(CCHO)を製造した。この間、高速液体クロマトグラフィーにより、電解液中のベンズアルデヒドを観測し、その生成量を算出した。このときの(疑似太陽光の照射時間が1000秒の段階での)、第2光触媒層の表面積あたりのベンズアルデヒドの生成量(合計生成量、μmol/cm)を表1に示す。
【0115】
さらに、反応生成物の合計生成量(mol)に対する、上記で算出したベンズアルデヒドの生成量(mol)の割合を算出し、その値を選択率(%)とした。結果を表1に示す。
【0116】
[実施例2]
電解液として、濃度が0.5MのNaCl水溶液に代えて、濃度が0.5Mの塩化カリウム(KCl)水溶液を用いた点以外は、実施例1の場合と同じ方法で、ベンズアルデヒドを製造し、その生成量を算出した。結果を表1に示す。
【0117】
[実施例3]
電解液として、濃度が0.5MのNaCl水溶液に代えて、濃度が0.5Mの塩化リチウム(LiCl)水溶液を用いた点以外は、実施例1の場合と同じ方法で、ベンズアルデヒドを製造し、その生成量を算出した。結果を表1に示す。
【0118】
[実施例4]
電解液として、濃度が0.5MのNaCl水溶液に代えて、濃度が1MのNaCl水溶液を用いた点以外は、実施例1の場合と同じ方法で、ベンズアルデヒドを製造し、その生成量を算出した。結果を表1に示す。
【0119】
[実施例5]
電解液として、濃度が0.5MのNaCl水溶液に代えて、濃度が2MのNaCl水溶液を用いた点以外は、実施例1の場合と同じ方法で、ベンズアルデヒドを製造し、その生成量を算出した。結果を表1に示す。
【0120】
[実施例6]
電解液として、濃度が0.5MのNaCl水溶液に代えて、濃度が4MのNaCl水溶液を用いた点以外は、実施例1の場合と同じ方法で、ベンズアルデヒドを製造し、その生成量を算出した。結果を表1に示す。
【0121】
[実施例7]
ベンジルアルコールの添加量を、0.5mmolに代えて0.25mmolとした点以外は、実施例1の場合と同じ方法で、ベンズアルデヒドを製造し、その生成量を算出した。結果を表1に示す。
【0122】
[実施例8]
ベンジルアルコールの添加量を、0.5mmolに代えて0.75mmolとした点以外は、実施例1の場合と同じ方法で、ベンズアルデヒドを製造し、その生成量を算出した。結果を表1に示す。
【0123】
[実施例9]
ベンジルアルコールの添加量を、0.5mmolに代えて1mmolとした点以外は、実施例1の場合と同じ方法で、ベンズアルデヒドを製造し、その生成量を算出した。結果を表1に示す。
【0124】
[比較例1]
電解液として、濃度が0.5MのNaCl水溶液に代えて、濃度が0.5Mの過塩素酸ナトリウム(NaClO)水溶液を用いた点以外は、実施例1の場合と同じ方法で、ベンズアルデヒドを製造し、その生成量を算出した。結果を表1に示す。
【0125】
[比較例2]
電解液として、濃度が0.5MのNaCl水溶液に代えて、濃度が0.5Mのリン酸三ナトリウム(NaPO)水溶液を用いた点以外は、実施例1の場合と同じ方法で、ベンズアルデヒドを製造し、その生成量を算出した。結果を表1に示す。
【0126】
【表1】
【0127】
上記結果から明らかなように、実施例1~9においては、目的物であるベンズアルデヒドが高選択的に得られた。実施例1~9においては、電解液が塩化物イオンを含有していた。実施例1~9においては、電解液中の塩化物イオンの濃度は、0.5~4Mであった。
【0128】
実施例1~3の結果から、電解液の調製に用いる、塩素原子を含む塩の種類が異なっていても(電解液中のカウンターカチオンの種類が異なっていても)、ベンズアルデヒドが良好に得られることを確認できた。
【0129】
表1の結果から明らかなように、実施例1~9においては、疑似太陽光の照射時間が1000秒の段階では、ベンズアルデヒドの生成量がほぼ同じであった。その理由は、これら実施例においてはいずれも、この段階では、ベンジルアルコールの当初の量の全量までは消費されておらず、当初の量の一部は未反応のまま残存しており、これら実施例のいずれにおいても、ベンジルアルコールの消費量がほぼ同じであったため、と推測された。
【0130】
これに対して、比較例1~2においては、目的物であるベンズアルデヒドの生成量が僅かであり、ベンズアルデヒドの選択率も低かった。比較例1~2においては、電解液が塩化物イオンを含有しておらず、活性塩素種によるベンジルアルコールの酸化は生じ得ないため、ベンジルアルコールは、アノードで生じた正孔による直接的な酸化によって消費されたと推測された。
【0131】
実施例1~3と比較例1~2との比較から、活性塩素種によってベンジルアルコールを酸化することにより、正孔によってベンジルアルコールを酸化する場合よりも、顕著に速い速度で、ベンジルアルコールを酸化できる(ベンズアルデヒドを製造できる)ことを確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0132】
本発明は、有機酸化物の製造に利用可能である。特に、本発明によれば、電解液として海水又は塩水を用いることが可能であり、高い汎用性で、有機酸化物の製造に利用可能である。
【符号の説明】
【0133】
11・・・アノード、111・・・基材、112・・・光触媒層(光触媒の層)、1121・・・第1光触媒層(第1光触媒の層)、1122・・・第2光触媒層(第2光触媒の層)、12・・・カソード、13・・・参照電極、15・・・電解液、16・・・光源、L・・・光
図1