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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023079065
(43)【公開日】2023-06-07
(54)【発明の名称】塗布組成物、塗膜、及び医療用品
(51)【国際特許分類】
   A61L 27/34 20060101AFI20230531BHJP
   A61L 17/10 20060101ALI20230531BHJP
   A61L 17/12 20060101ALI20230531BHJP
   A61L 17/14 20060101ALI20230531BHJP
   A61L 27/18 20060101ALI20230531BHJP
   A61L 27/20 20060101ALI20230531BHJP
   A61L 27/50 20060101ALI20230531BHJP
【FI】
A61L27/34
A61L17/10
A61L17/12
A61L17/10 100
A61L17/14 100
A61L27/18
A61L27/20
A61L27/50 300
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021192489
(22)【出願日】2021-11-26
(71)【出願人】
【識別番号】000003001
【氏名又は名称】帝人株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】橋本 拓弥
(72)【発明者】
【氏名】磯野 拓也
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 敏文
【テーマコード(参考)】
4C081
【Fターム(参考)】
4C081AB13
4C081AB31
4C081AC02
4C081AC03
4C081BB01
4C081CA171
4C081CA201
4C081CD011
4C081DC03
4C081EA06
(57)【要約】      (修正有)
【課題】基材の性質に依存せず、基材表面に良好な親水性又は撥水性を発現させることのできる塗布組成物、塗布組成物を含む塗膜、及び塗膜を備える医療用品を提供する。
【解決手段】S-L-P式(1)で表される高分子量体の少なくとも1つを含有する、塗布組成物。式(1)中、Sは、下記式(2)で表されるオリゴグリカンに由来する基を示す。Pは、L-ラクチド、D-ラクチド、ε-カプロラクトン、δ-バレロラクトン、トリメチレンカーボネート、及びテトラメチレンカーボネートからなる群より選択される少なくとも1種に由来する構成単位を含む生分解性高分子に由来する基を示す。Lは、単結合又は炭素数1以上20以下である二価の炭化水素基を示す。式(2)中、mは、1以上20以下の整数を示す。*は、式(1)中のLとの連結部位を示す。

【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で表される高分子量体の少なくとも1つを含有する、塗布組成物。
S-L-P 式(1)
[式(1)中、Sは、下記式(2)で表されるオリゴグリカンに由来する基を示す。Pは、L-ラクチド、D-ラクチド、ε-カプロラクトン、δ-バレロラクトン、トリメチレンカーボネート、及びテトラメチレンカーボネートからなる群より選択される少なくとも1種に由来する構成単位を含む生分解性高分子に由来する基を示す。Lは、単結合又は炭素数1以上20以下である二価の炭化水素基を示す。]
【化1】

[式(2)中、mは、1以上20以下の整数を示す。*は、式(1)中のLとの連結部位を示す。]
【請求項2】
前記オリゴグリカンはグルコースに由来する構成単位を含む、請求項1に記載の塗布組成物。
【請求項3】
前記生分解性高分子に由来する基はポリ-L-乳酸に由来する基である、請求項1又は請求項2に記載の塗布組成物。
【請求項4】
前記生分解性高分子に由来する基の数平均分子量は1,000以上20,000以下である、請求項1~請求項3のいずれか一項に記載の塗布組成物。
【請求項5】
更に溶剤を含有する、請求項1~請求項4のいずれか一項に記載の塗布組成物。
【請求項6】
請求項1~請求項5のいずれか一項に記載の塗布組成物の固化物である、塗膜。
【請求項7】
基材と請求項6に記載の塗膜とを備える、医療用品。
【請求項8】
前記基材が樹脂基材である、請求項7に記載の医療用品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、塗布組成物、塗膜、及び医療用品に関する。
【背景技術】
【0002】
現在使用されている医療機器は、プラスチック及び金属等の各種素材の組み合わせによって力学的性質を有している。しかし、医療機器は生体にとって異物であるため、医療機器によって生体組織に異常が生じ、生体組織が機能不全になるという問題が生じる場合がある。このため、医療機器に用いる素材への、抗菌性、低毒性、血液適合性、又は耐久性等の機能付与が大きく注目されており、例えば、安全性の高い医療機器又は人工臓器の表面改質技術等の開発が活発化している。
【0003】
素材の表面改質法としては、種々の方法が検討されている。代表的な表面改質法としては、例えば、コロナ処理、プラズマ処理、真空蒸着、又はスパッタリングといった方法が利用されている。しかし、これらの表面改質法は高価かつ複雑高度な方法であり、表面改質される基材は高温下又は真空環境下における耐性を有する基材に限定されてしまう、といった問題がある。したがって、複雑な装置を必要とせず、簡易なプロセスで、常温でも実施可能な表面改質法が求められている。
【0004】
医療産業では、コスト削減及び工程効率化を可能にする、医療機器又は医薬品製造のための新しいアプローチを見つけることが強く望まれている。現在の表面改質のためのアプローチは、上記したように、複雑で、多くのプロセスを含み、そして特別な添加剤又は装置を必要とする。
【0005】
例えば現代の製剤技術等で用いられている塗布組成物は、高分子と糖類化合物とをベースとしており、可塑剤又は顔料等の様々な成分を含んでいる。さらに、塗布プロセスが複雑であり、塗布組成物中の各成分の分布の均一性を高めるための操作(例えば分散)が必要とされる。そして、塗布組成物中の各成分の均一性等の状態制御に加えて、塗布時におけるスプレーパターン、液滴サイズ、又はノズル間隔等の塗布条件の調節も必要とされる。このように、医療機器用途の塗布組成物において、成分及びプロセスに関連する数多くの技術開発の必要性が残っている。
【0006】
例えば、特許文献1には、重合性糖エステルモノマーを含有してなるコーティング剤を物品の基材表面に塗布することで、微生物分解性、ヌクレオシド、タンパク質、又は細菌に対する吸着性に優れた物品が得られたことが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2003-321624号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記特許文献1で使用されているコーティング剤は、側鎖に糖が導入された糖エステルポリマーを含むため、親水性である基材に前記コーティング剤を塗布すると物品の表面は疎水性となり、一方で、疎水性である基材に前記コーティング剤を塗布すると物品の表面は親水性となる。つまり、コーティング剤に含まれる糖エステルポリマーの側鎖側は親水性を示し、主鎖側は疎水性を示すので、特許文献1で開示されたコーティング剤は基材の性質に依存した効果を示す。
【0009】
本開示は上記に鑑みてなされたものであり、本開示は、基材の性質に依存せず、基材表面に良好な親水性又は撥水性を発現させることのできる塗布組成物、前記塗布組成物を含む塗膜、及び前記塗膜を備える医療用品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するための具体的な手段には、以下の態様が含まれる。
<1> 下記式(1)で表される高分子量体の少なくとも1つを含有する、塗布組成物。
S-L-P 式(1)
[式(1)中、Sは、下記式(2)で表されるオリゴグリカンに由来する基を示す。Pは、L-ラクチド、D-ラクチド、ε-カプロラクトン、δ-バレロラクトン、トリメチレンカーボネート、及びテトラメチレンカーボネートからなる群より選択される少なくとも1種に由来する構成単位を含む生分解性高分子に由来する基を示す。Lは、単結合又は炭素数1以上20以下である二価の炭化水素基を示す。]
【0011】
【化1】
【0012】
[式(2)中、mは、1以上20以下の整数を示す。*は、式(1)中のLとの連結部位を示す。]
<2> 前記オリゴグリカンはグルコースに由来する構成単位を含む、前記<1>に記載の塗布組成物。
<3> 前記生分解性高分子に由来する基はポリ-L-乳酸に由来する基である、前記<1>又は<2>に記載の塗布組成物。
<4> 前記生分解性高分子に由来する基の数平均分子量は1,000以上20,000以下である、前記<1>~<3>のいずれか一つに記載の塗布組成物。
<5> 更に溶剤を含有する、前記<1>~<4>のいずれか一つに記載の塗布組成物。
<6> 前記<1>~<5>のいずれか一つに記載の塗布組成物の固化物である、塗膜。
<7> 基材と前記<6>に記載の塗膜とを備える、医療用品。
<8> 前記基材が樹脂基材である、前記<7>に記載の医療用品。
【発明の効果】
【0013】
本開示によれば、基材の性質に依存せず、基材表面に良好な親水性又は撥水性を発現させることのできる塗布組成物、前記塗布組成物を含む塗膜、及び前記塗膜を備える医療用品が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本開示の一実施形態について詳細に説明する。但し、本開示は以下の実施形態に限定されるものではない。以下の開示において、その構成要素(要素ステップ等も含む)は、特に明示した場合を除き、必須ではない。数値及びその範囲についても同様であり、本開示を制限するものではない。
本開示において「工程」との語には、他の工程から独立した工程に加え、他の工程と明確に区別できない場合であってもその工程の目的が達成されれば、当該工程も含まれる。
本開示において「~」を用いて示された数値範囲には、「~」の前後に記載される数値がそれぞれ下限値及び上限値として含まれる。
本開示中に段階的に記載されている数値範囲において、一つの数値範囲で記載された上限値又は下限値は、他の段階的な記載の数値範囲の上限値又は下限値に置き換えてもよい。また、本文中に記載されている数値範囲において、その数値範囲の上限値又は下限値は、実施例に示されている値に置き換えてもよい。
本開示において組成物中の各成分の含有率は、組成物中に各成分に該当する物質が複数種存在する場合、特に断らない限り、組成物中に存在する当該複数種の物質の合計の含有率を意味する。
【0015】
≪塗布組成物≫
本開示の塗布組成物は、下記式(1)で表される高分子量体の少なくとも1つを含有する。
S-L-P 式(1)
式(1)中、Sは、下記式(2)で表されるオリゴグリカンに由来する基を示す。Pは、L-ラクチド、D-ラクチド、ε-カプロラクトン、δ-バレロラクトン、トリメチレンカーボネート、及びテトラメチレンカーボネートからなる群より選択される少なくとも1種に由来する構成単位を含む生分解性高分子に由来する基を示す。Lは、単結合又は炭素数1以上20以下である二価の炭化水素基を示す。
【0016】
【化2】
【0017】
式(2)中、mは、1以上20以下の整数を示す。*は、式(1)中のLとの連結部位を示す。
【0018】
式(1)で表される高分子量体の少なくとも1つを含有する本開示の塗布組成物は、基材の性質に依存せず、基材表面に良好な親水性又は撥水性を発現させることができる。
【0019】
本開示の塗布組成物の作用は明確ではないが、以下のように推定される。
本開示の塗布組成物を基材に塗布すると、基材表面に塗膜が形成される。塗膜において、高分子量体は、基材表面に対して垂直方向に勾配を有する構造をとる。すなわち、本開示の塗布組成物を基材に塗布すると、塗膜の深さ方向において成分の分布ができる。より詳細には、高分子量体は塗膜中で配向性を有し、高分子量体を形成している生分解性高分子に由来する基及びオリゴグリカンに由来する基は、塗膜中で偏析している。
【0020】
なお従来技術によると、通常、ポリマーを含む組成物等を基材に塗布すると、本開示の塗布組成物とは異なり、球状、円柱状、又は交互ラメラ状等のミクロ相分離構造を有する塗膜が形成される。例えば、球状相分離構造を有する塗膜は、反射防止用の塗膜として用いられている。あるいは、円柱状相分離構造又は交互ラメラ状相分離構造を有する塗膜は、化学処理にて一方の成分のみを除去することで、リソグラフィーに用いられている。
【0021】
ここで、塗膜を形成する基材の表面の濡れ性、すなわち、塗膜を形成する基材の表面が親水性を示すか撥水性を示すかは、化学構造(つまり、塗膜を形成する基材の表面自由エネルギー、及び塗膜中の溶質と塗膜中の溶媒と基材との親和性)、並びに物理構造(つまり、塗膜を形成する基材の表面の粗さ)に起因する。塗膜を形成する基材の表面が親水性を示すか撥水性を示すかは、特に、物理構造が大きな要因となる。
【0022】
例えば、Wenzelモデルに示されるように、基材の表面の粗さがより大きくなると、表面の凹凸の凹部分に液滴が入り込みやすくなることから、親水性を示す基材の表面はより親水性を示し、撥水性を示す基材の表面はより撥水性を示す。つまり、基材表面の液滴に対する接触角は、基材に塗布された塗布組成物の性質(つまり親水性又は撥水性)によって決定される。
【0023】
一方で、Cassie-Baxterモデルに示されるように、基材の表面の粗さが極端に小さくなると、表面の凹凸が細かくなり、凹凸の凹部分に液滴が入り込みづらくなり、基材の表面は撥水性を示す。つまり、基材の表面の微細構造の制御だけで、表面が撥水性を示す基材を作り出すことができる。
【0024】
そして、本開示の塗布組成物は、塗布組成物に含まれる高分子量体を構成する生分解性高分子に由来する基の数平均分子量若しくはオリゴグリカンに由来する基の構成単位の糖の種類等、又は塗布組成物に含まれうる溶剤の種類の選択により、形成された塗膜を形成する基材表面の微細構造を制御することができる。つまり、本開示の塗布組成物は、塗布組成物に含まれる高分子量体を構成する生分解性高分子に由来する基の数平均分子量若しくはオリゴグリカンに由来する基の構成単位の糖の種類等、又は塗布組成物に含まれうる溶剤の種類を変更することにより、基材の性質のみに依存せず、基材の表面性を、親水性を示すように制御することも可能となり、撥水性を示すように制御することも可能となる。以上のことから、本開示の塗布組成物を含む塗膜を有する基材の接触角は、基材の用途に基づいて適宜制御することができる。
なお、本開示は、上記推定機構には何ら制限されない。
【0025】
<式(1)で表される高分子量体>
本開示の塗布組成物は、下記式(1)で表される高分子量体の少なくとも1つを含有する。
S-L-P 式(1)
【0026】
(オリゴグリカンに由来する基)
上記式(1)中、Sは、下記式(2)で表されるオリゴグリカンに由来する基を示す。
【0027】
【化3】
【0028】
なお本開示において「オリゴグリカン」とは、2以上の単糖がグリコシド結合によって結合してなる糖鎖のことを指す。本開示において「オリゴグリカンに由来する基」(オリゴグリカン部位ともいう)とは、オリゴグリカンの還元末端側から1個の水素原子が脱離した1価の基を指す。なお本開示においてオリゴグリカンは、α-オリゴグリカンであってもよく、β-オリゴグリカンであってもよい。
【0029】
上記式(2)中、mは、基材表面に良好な親水性又は撥水性を発現させやすい観点から、1以上20以下の整数であることが好ましく、3以上10以下の整数であることがより好ましい。
【0030】
前記単糖の種類は特に制限されず、例えば、グルコース、ガラクトース、フルクトース、マンノース、イドース、タロース、アロース、及びアルトロースからなる群より選択される少なくとも1種を挙げることができる。すなわち、オリゴグリカンは、ホモ二糖、ヘテロ二糖、ホモ多糖、又はヘテロ多糖であってもよいが、ホモ多糖であることが好ましい。オリゴグリカンの構成単位は、基材表面に良好な親水性又は撥水性を発現させやすい観点から、グルコースに由来する構成単位を含むことが好ましく、グルコースに由来する構成単位であることがより好ましい。
【0031】
前記グリコシド結合の種類は特に制限されないが、基材表面に良好な親水性又は撥水性を発現させやすい観点から、α-グリコシド結合を含むことが好ましく、α1→6結合及びα1→4結合の少なくとも一方を含むことがより好ましく、α1→4結合であることがさらに好ましい。
【0032】
オリゴグリカンに由来する基は、基材表面に良好な親水性又は撥水性を発現させやすい観点から、グルコース、マルトース、マルトトリオース、マルトテトラオース、マルトペンタオース、又はマルトヘキサオースに由来する基であることが好ましく、マルトテトラオース又はマルトヘキサオースに由来する基であることがより好ましい。
【0033】
(生分解性高分子に由来する基)
上記式(1)中、Pは、L-ラクチド、D-ラクチド、ε-カプロラクトン、δ-バレロラクトン、トリメチレンカーボネート、及びテトラメチレンカーボネートからなる群より選択される少なくとも1種に由来する構成単位を含む生分解性高分子に由来する基を示す。換言すると、上記式(1)中、Pは、L-ラクチド、D-ラクチド、ε-カプロラクトン、δ-バレロラクトン、トリメチレンカーボネート、及びテトラメチレンカーボネートからなる群より選択される少なくとも1種を重合させてできる高分子に由来する基を示す。
【0034】
なお本開示において「生分解性高分子」は、微生物によって分解され得る高分子であれば特に限定されない。本開示において「生分解性高分子に由来する基」(生分解性高分子部位ともいう)とは、生分解性高分子のカルボン酸末端側から1個の水素原子が脱離した1価の基を指す。
【0035】
生分解性高分子に由来する基としては、例えば、ポリ乳酸(L体、D体、ラセミ体、及びステレオコンプレックス体を含む)、ポリグリコール酸、ポリカプロラクトン、ポリバレロラクトン、ポリトリメチレンカーボネート、及びポリテトラメチレンカーボネートに由来する基を挙げることができる。
【0036】
生分解性高分子に由来する基の数平均分子量は特に制限されないが、1,000以上20,000以下が好ましく、3,000以上15,000以下がより好ましい。生分解性高分子に由来する基の数平均分子量が高くなりすぎると親水化効果が小さくなり、生分解性高分子に由来する基の数平均分子量が低すぎると均一な塗膜を形成できなくなるためである。
【0037】
なお本開示において、生分解性高分子に由来する基の数平均分子量の測定方法は、H-NMR測定を行い、その得られたスペクトルを解析することで求めることができる。具体的には、測定対象の重クロロホルム溶媒中のスペクトルにて観察される、アジド基に隣接するメチレン基の水素原子に係る積分値を基準として、生分解性高分子内の水素原子の積分値より、生分解性高分子に由来する基の数平均分子量を決定する。
【0038】
(その他)
上記式(1)中、Lは、単結合又は炭素数1以上20以下である二価の炭化水素基(以下、二価の炭化水素基ともいう)を示す。なお上記したように、本開示の塗布組成物は、塗布組成物に含まれる高分子量体を構成する生分解性高分子に由来する基の数平均分子量若しくはオリゴグリカンに由来する基の構成単位の糖の種類等、又は塗布組成物に含まれうる溶剤の種類を変更することにより、基材の性質のみに依存せず、基材の表面性を、親水性を示すように制御することも可能となり、撥水性を示すように制御することも可能となる。すなわち本開示の塗布組成物において、上記式(1)中、Lの化学構造は特に限定されない。炭素数1以上20以下である二価の炭化水素基は、置換基を有さず炭素数1以上20以下である二価の炭化水素基であってもよく、又は置換基を有し炭素数1以上20以下である二価の炭化水素基であってもよい。
【0039】
前記二価の炭化水素基は、アルキレン基、アルケニレン基、又はアルキニレン基等の非環状炭化水素基であってもよく、シクロアルキレン基、シクロアルケニレン基、シクロアルキニレン基、又はアリーレン基等の環状炭化水素基であってもよく、非環状炭化水素基及び環状炭化水素基が組み合わされて構成された炭化水素基であってもよい。
【0040】
前記二価の炭化水素基は、直鎖状又は分岐鎖状であってもよい。
【0041】
前記二価の炭化水素基は、基中に、エーテル基、カルボニル基、エステル基、第2級アミン、第3級アミン、アミド基、アジド基、又はチオール基を有していてもよい。なお本開示において「基中に、エーテル基、カルボニル基、エステル基、第2級アミン、第3級アミン、アミド基、アジド基、又はチオール基を有する」とは、二価の炭化水素基において、その基中に、エーテル基(-O-)、カルボニル基(-CO-)、エステル基(-COO-)、第2級アミン(-NH-)、第3級アミン(-NR-;なおRは炭化水素基を示す)、アミド基(-NHCO-)、アジド基(-NNN-)、又はチオール基(-S-)を、1つ又は複数有していることを意味する。前記二価の炭化水素基が、基中に、エーテル基、カルボニル基、エステル基、アミド基、又はアジド基を複数有している場合は、化学物質として通常安定し得る配置を採る。例えば、前記二価の炭化水素基が基中にエーテル基を有する場合、-C-O-C-O-などと炭素原子と酸素原子が交互に結合することはなく、-(CH-CH-O)-のようなエチレンエーテル単位又はアルキレンエーテル単位の結合が許容され得る。前記二価の炭化水素基は、製造効率の観点から、基中に、カルボニル基、エステル基、第2級アミン、第3級アミン、アジド基、及びチオール基からなる群より選択される基を1つ又は2つ有することが好ましい。
【0042】
前記二価の炭化水素基は、特に断りがない限り、芳香族基、アシル基、水酸基、カルボニル基、エステル基、アミノ基、アミド基、アジド基、ハロゲン原子、炭素数1以上20以下のアルコキシ基(例えばメトキシ基、エトキシ基、又はプロポキシ基)、及び一価の炭化水素基から選択される1以上の置換基で置換されていてもよい。
【0043】
前記芳香族基としては、例えば、フェニル基、トリル基、及びナフチル基等の芳香族炭化水素基;並びに、フリル基、チエニル基、ピロリル基、オキサゾリル基、イソオキサゾリル基、チアゾリル基、イソチアゾリル基、イミダゾリル基、ピラゾリル基、ピリジル基、ピリミジニル基、ピリダジニル基、ピラジニル基、キノリル基、イソキノリル基、及びトリアゾール基等の芳香族複素環基が挙げられる。
【0044】
前記アシル基としては、例えば、ホルミル基、アセチル基、プロピオニル基(プロパノイル基)、ブチリル基(ブタノイル基)、バレリル基(ペンタノイル基)、及びヘキサノイル基等の脂肪族アシル基;並びに、ベンゾイル基及びトルオイル基等の芳香族アシル基(アロイル基)が挙げられる。
【0045】
前記ハロゲン原子としては、例えば、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、及びヨウ素原子が挙げられる。
【0046】
前記一価の炭化水素基としては、例えば、直鎖又は分岐鎖状の、アルキル基、アルケニル基、及びアルキニル基等が挙げられる。直鎖又は分岐鎖状の、アルキル基、アルケニル基、及びアルキニル基としては、例えば、1-エチル-n-プロピル基、n-ヘプチル基、n-オクチル基、n-ノニル基、2-エチル-1,1-ジメチル-n-ブチル基、1,2,3-トリメチル-n-ブチル基、1,5-ジメチル-n-ヘプタン-3-イル基、1-ヘプテニル基、1-オクテニル基、1-ノネニル基、1-ヘプチニル基、及び4-エチルヘプタン-5-イニル基等が挙げられる。前記一価の炭化水素基は、基中に、エーテル基、カルボニル基、エステル基、第2級アミン、第3級アミン、アミド基、アジド基、又はチオール基を有していてもよい。
【0047】
前記一価の炭化水素基は、特に断りがない限り、芳香族基、アシル基、水酸基、カルボニル基、エステル基、アミノ基、アミド基、アジド基、ハロゲン原子、及び炭素数1以上20以下のアルコキシ基(例えばメトキシ基、エトキシ基、又はプロポキシ基)から選択される1以上の置換基で置換されていてもよい。
【0048】
なお前記一価の炭化水素基の置換基において、芳香族基、アシル基、及びハロゲン原子についての例示は、前記二価の炭化水素基の置換基における、芳香族基、アシル基、及びハロゲン原子についての例示と同様である。
【0049】
-高分子量体の具体例-
本開示の高分子量体の具体例としては、以下の構造が挙げられる。
【0050】
【化4】
【0051】
上記式(3)中、例えば、mは3又は5であり、nは30以上130以下の整数である。すなわち、例えば、本開示の高分子量体は、オリゴグリカン部位がマルトテトラオース又はマルトヘキサオースに由来する基であって、生分解性高分子部位がポリカプロラクトンに由来する基でありその数平均分子量は6,500又は11,100である。
【0052】
【化5】
【0053】
上記式(4)中、例えば、mは3又は5であり、nは20以上100以下の整数である。すなわち、例えば、本開示の高分子量体は、オリゴグリカン部位がマルトテトラオース又はマルトヘキサオースに由来する基であって、生分解性高分子部位がポリ-L-乳酸に由来する基でありその数平均分子量は4,800、6,500、又は12,500である。
【0054】
【化6】
【0055】
上記式(5)中、例えば、mは3又は5であり、nは50以上100以下の整数である。すなわち、例えば、本開示の高分子量体は、オリゴグリカン部位がマルトテトラオース又はマルトヘキサオースに由来する基であって、生分解性高分子部位がポリトリメチレンカーボネートに由来する基でありその数平均分子量は7,800である。
【0056】
<高分子量体の製造方法>
本開示の高分子量体は、末端に特定の反応性官能基Aが結合しているオリゴグリカンと、前記反応性官能基Aと化学結合を形成可能な反応性官能基Bを有する生分解性高分子とを反応させることで製造される。前記反応は、反応性官能基Aと反応性官能基Bとのクリック反応であり、この反応により、オリゴグリカンと生分解性高分子とが上記式(1)中のLを介して結合され、本開示の高分子量体が製造される。
【0057】
前記反応性官能基の例としては、アルケニル基、アルキニル基(例えばプロパルギル基)、芳香族基、水酸基、アルデヒド基、カルボキシ基、エステル基、アミノ基、アジド基、チオール基、及びハロゲン原子が挙げられる。
【0058】
前記クリック反応の詳細は特に限定されないが、例えば上記式(1)中のLが、アルキン-アジド反応によって導入されるトリアゾール環を有する炭素数1以上20以下の二価の炭化水素基である場合、高分子量体の原料としては、末端にアルキニル基を有するオリゴグリカン及び末端にアジド基を有する生分解性高分子の組み合わせ、又は、末端にアルキニル基を有する生分解性高分子及び末端にアジド基を有するオリゴグリカンの組み合わせを用いる。クリック反応による上記式(1)中のLの導入条件は特に限定されず、公知の方法を採用することができる。
【0059】
前記オリゴグリカンとしては、例えば、単糖が複数結合したマルトテトラオース又はマルトヘキサオース等の市販品を使用することができる。オリゴグリカンに反応性官能基を導入する方法は、特に限定されないが、公知の方法(T. Isono et al. Macromolecules 46, 8932-8940 (2013))に記載された方法を採用することができる。
【0060】
前記生分解性高分子としては、例えば、市販の、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリカプロラクトン、ポリバレロラクトン、ポリトリメチレンカーボネート、若しくはポリテトラメチレンカーボネートを使用するか、又は、L-ラクチド、D-ラクチド、ε-カプロラクトン、δ-バレロラクトン、トリメチレンカーボネート、若しくはテトラメチレンカーボネートを、トルエン、N,N-ジメチルホルムアミド、クロロホルム、若しくはジクロロメタン等の適当な溶媒に溶解し、不活性化ガス雰囲気下にて触媒及び開始剤の存在下で重合して得られたものを使用することができる。
【0061】
前記触媒の種類は、特に限定されないが、リン系有機触媒又はアミジン系有機触媒が好ましい。
【0062】
前記リン系有機触媒としては、例えば、リン酸ビス(4-ニトロフェニル)及びリン酸ジフェニル等が挙げられる。
【0063】
前記アミジン系有機触媒としては、例えば、1,5,7-トリアザビシクロ[4.4.0]デカ-5-エン、7-メチル-1,5,7-トリアザビシクロ[4.4.0]デカ-5-エン、1,8-ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデカ-7-エン、及び1,5-ジアザビシクロ[4.3.0]-5-ノネン等が挙げられる。
【0064】
前記開始剤は、製造された生分解性高分子にオリゴグリカンとの反応性官能基を持たせる観点から、二官能開始剤又は多官能開始剤であることが望ましい。
【0065】
前記二官能開始剤としては、例えば、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ポリエチレングリコール、1,3-プロパンジオール、1,4-ブタンジオール、1,5-ヘプタンジオール、1,6-ヘキサンジオール、1,7-ヘプタンジオール、1,8-オクタンジオール、1,9-ノナンジオール、1,10-デカンジオール、1,12-ドデカンジオール、1,16-ヘキサデカンジオール、及び6-アジド-1-ヘキサノール等が挙げられる。
【0066】
<溶剤>
本開示の塗布組成物は、更に溶剤を含有してもよい。
【0067】
前記溶剤は、本開示の塗布組成物に含有される高分子量体の性質に応じて決定すればよく、特に制限はないが、オリゴグリカン及び生分解性高分子を溶解又は分散することができる溶剤であることが好ましい。溶剤としては、例えば、テトラヒドロフラン(THF)、N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、N-メチル-2-ピロリドン、ジメチルスルホキシド、ジクロロメタン、クロロホルム、水、メタノール、エタノール、ジエチルエーテル、及びヘキサン等が挙げられ、これらはそれぞれ1種単独で用いてもよいし、2種以上を併用してもよい。具体的には、溶剤としては、THFと水の混合溶媒(体積比で6:4)、又はTHFとメタノールの混合溶媒(体積比で6:4)等を用いてもよい。
【0068】
(高分子量体の濃度)
本開示の塗布組成物が溶剤を含有するとき、塗布組成物中の高分子量体の濃度は、特に限定されないが、所望の厚さで均一に基材を被覆する観点から、0.1質量%以上30質量%以下であることが好ましく、1質量%以上10質量%以下であることがより好ましい。塗布組成物中の高分子量体の濃度が高すぎる場合、塗布組成物は懸濁溶液となって、均一な塗膜を形成することができない可能性がある。一方で、塗布組成物中の高分子量体の濃度が低すぎる場合、塗膜が薄くなり、塗膜が形成された物品が親水性又は撥水性を示さない可能性がある。
【0069】
(溶剤の濃度)
本開示の塗布組成物が溶剤を含有するとき、塗布組成物中の溶剤の濃度は、特に限定されないが、所望の厚さで均一に基材を被覆する観点から、70質量%以上99.9質量%以下であることが好ましく、90質量%以上99質量%以下であることがより好ましい。
【0070】
<その他の成分>
本開示の塗布組成物は、塗布組成物の物性を損なわない範囲で、添加剤を含有してもよい。添加剤としては、例えば、酸化防止剤、紫外線吸収剤、染料若しくは顔料等の着色剤、可塑剤、防黴剤、滑剤、無機充填剤、帯電防止剤、抗菌剤、発泡剤、又は難燃剤等が含まれていてもよい。また、本開示の生分解性高分子以外の高分子化合物又は結晶核剤等が含まれていてもよい。
【0071】
≪塗膜≫
本開示の塗膜は、本開示の塗布組成物の固化物である。
【0072】
塗膜の厚みは、特に限定されないが、基材表面に良好な親水性又は撥水性を発現させやすい観点から、10nm~10000nmが好ましく、50nm~5000nmがより好ましく、200nm~3000nmがさらに好ましい。
【0073】
なお、例えば、本開示の高分子量体として、上記式(4)に記載されたような化合物(オリゴグリカンに由来する基がマルトヘキサオースに由来する基であって、生分解性高分子に由来する基が数平均分子量6,500であるポリ-L-乳酸に由来する基である高分子量体)を使用し、溶剤としてTHFと水の混合溶媒(体積比で6:4)を使用して塗布組成物を調製し塗膜を形成した場合、塗膜中、高分子量体は偏析する。より詳細には、塗膜中、本開示の高分子量体を構成する生分解性高分子側は塗膜の深部側(すなわち基材と塗膜との界面側)に偏析し、高分子量体を構成するオリゴグリカン側は塗膜の浅部側(すなわち塗膜と空気との界面側)に偏析する。
【0074】
<塗布方法>
本開示の塗膜を形成するために、溶剤を含有する塗布組成物を基材に塗布する方法としては、前記塗布組成物中に基材を浸漬させる方法(浸漬法乃至ディッピング法)の他、例えば、塗布法、印刷法、噴霧法(スプレー法)、スピンコート法、又は混合溶液含浸スポンジコート法等、従来公知の方法を適用することができる。これにより、基材に本開示の塗布組成物を塗布(すなわち本開示の高分子量体を塗布)し、基材表面に塗膜を形成することができる。
【0075】
なお本開示における「塗布」とは、共有結合による化学的固定化によるものではなく、疎水性相互作用又は静電相互作用による物理的固定化によるものである。物理的固定化により、基材に対して上記塗布方法で塗布を施すことが可能となる。さらに、本開示の塗布組成物を用いた塗布は、高分子量体との反応点を形成させる化学処理、又は高分子量体と基材の間を介する一次塗膜の形成のような前処理工程を必要としないという利点もあるため、従来技術と比較してより簡便な技術である。
【0076】
≪医療用品≫
本開示の医療用品は、基材と本開示の塗膜とを備える。
【0077】
高分子量体の原料であるオリゴグリカン及び生分解性高分子は生体内において安全な材料であるため、本開示の塗布組成物は、生体組織との親和性を有する。よって、本開示の塗布組成物は、医療用品、例えば、医療機器、医療用具、又は医療用製剤等に用いることが期待でき、その表面改質剤に用いることができる。前記医療機器としては、例えば、細胞培養用容器、細胞保存容器、医療用デバイス、人工臓器、バイオチップ、バイオセンサ、及びバイオアッセイ用機器等が挙げられる。前記医療用具としては、例えば、体内埋込用(インプラント)基材;糸、クリップ、結紮具、ステープル及び外科用ガーゼ等の外科用縫合基材;並びに、組織補綴材、止血材、人工血管、人工硬膜、癒着防止膜、及び組織再生用足場材等の組織置換材料等が挙げられる。前記医療用製剤としては、例えば、錠剤及び顆粒剤等の経口固形剤が挙げられる。
【0078】
(塗膜)
前記塗膜の厚みは、特に限定されないが、基材表面に良好な親水性又は撥水性を発現させやすい観点から、10nm~10000nmが好ましく、50nm~5000nmがより好ましく、200nm~3000nmがさらに好ましい。
【0079】
(基材)
上記したように、本開示の塗布組成物は、例えば医療用品を構成する基材に塗布されうる。前記基材は樹脂基材であることが好ましい。より詳細には、前記基材の材質としては、例えば、ポリオレフィン(例えばポリプロピレン)、ポリイミン、ポリエステル(例えばポリ-L-乳酸)、ポリカーボネート、ポリイミド、ナイロン、全芳香族ポリアミド、及び三級炭素を含む高分子、並びにそれらの混合物等が挙げられる。前記基材の材質としては、1種類又は2種類以上であってもよい。また、基材の形状に関しても、前述したものであれば単独形状又はそれらの複合形状であってもよい。
【実施例0080】
以下、本開示を実施例により更に具体的に説明するが、本開示はその主旨を越えない限り、以下の実施例に限定されるものではない。
【0081】
実施例で使用されている略語を以下に示す。
「PCL」 :ポリカプロラクトン
「PLLA」:ポリ-L-乳酸
「PTMC」:ポリトリメチレンカーボネート
「THF」 :テトラヒドロフラン
【0082】
≪高分子量体の製造及び塗布組成物の調製≫
以下、高分子量体の製造方法は、T. Isono et al. Macromolecules 46, 8932-8940 (2013)、及びT. Isono et al. Macromolecules 49, 4178-4194 (2016)に記載の方法に従って実施した。
【0083】
<実施例1>
撹拌子を取り付けた反応容器に、ε-カプロラクトン2990質量部、6-アジド-1-ヘキサノール75質量部、及びリン酸ジフェニル7.3質量部を仕込み、アルゴン雰囲気下で封管し、80℃で4時間撹拌した。ジクロロメタンで希釈し、メタノールで再沈殿を行った。真空乾燥を行い、カルボン酸末端にアジド基を有するポリカプロラクトン(化合物(1-1);本開示の生分解性高分子部位に相当する化合物)を得た。得られた化合物(1-1)の数平均分子量は5,700であった。
【0084】
撹拌子を取り付けた反応容器に、乾燥させたマルトヘキサオース(6000質量部)及びプロパルギルアミン9.80質量部を入れ、窒素雰囲気下6日間室温で撹拌した。反応液に少量のメタノールを加え、これをジクロロメタンで再沈殿した。生成固体をろ過し、ジクロロメタンで洗浄した。固体を直ちにメタノール/無水酢酸(20/1体積比)混合用溶媒に溶解し、2日間室温で撹拌した。不溶物を濾紙で濾過し、無水酢酸をメタノール及びトルエンで共沸除去した。残渣をメタノールに溶解し、ジクロロメタンに再沈殿し、還元末端にプロパルギル基を有するマルトヘキサオース(化合物(A);すなわち本開示のオリゴグリカン部位に相当する化合物である。なお前記マルトヘキサオースはα-オリゴグリカンの一種である)を回収した。
【0085】
撹拌子を取り付けた反応容器に、化合物(1-1)2000質量部、化合物(A)565質量部、臭化銅(I)85.6質量部、乾燥させたN,N-ジメチルホルムアミド、及びN,N,N’,N’’,N’’-ペンタメチルジエチレントリアミン103質量部を仕込み、アルゴン気流下60℃で48時間撹拌した。その後、強酸性イオン交換樹脂及び少量の水を加えて撹拌し、ろ過をして強酸性イオン交換樹脂を除去した。減圧下で揮発分を留去し、冷却したメタノールで再沈殿を行った。真空乾燥を行い、化合物(1-2)(上記式(3)で表される本開示の高分子量体)を得た。
【0086】
前記化合物(1-2)を、THFと水の混合溶媒(体積比で6:4;本開示における溶剤)、又はTHFとメタノールの混合溶媒(体積比で6:4;本開示における溶剤)にそれぞれ溶解させ、塗布組成物を2種類調製した。なお塗布組成物中の化合物(1-2)の濃度は、2質量%とした。
【0087】
<実施例2>
撹拌子を取り付けた反応容器に、ε-カプロラクトン3990質量部、6-アジド-1-ヘキサノール50質量部、リン酸ジフェニル97質量部、及び乾燥トルエンを仕込み、アルゴン雰囲気下で封管し、27℃で21時間撹拌した。ジクロロメタンで希釈し、メタノールで再沈殿を行った。真空乾燥を行い、化合物(2-1)(本開示の生分解性高分子部位に相当する化合物)を得た。得られた化合物(2-1)の数平均分子量は11,100であった。
【0088】
撹拌子を取り付けた反応容器に、化合物(2-1)2000質量部、化合物(A)289質量部、臭化銅(I)44質量部、乾燥させたN,N-ジメチルホルムアミド、及びN,N,N’,N’’,N’’-ペンタメチルジエチレントリアミン54質量部を仕込み、アルゴン気流下60℃で48時間撹拌した。その後、強酸性イオン交換樹脂及び少量の水を加えて撹拌し、ろ過をして強酸性イオン交換樹脂を除去した。減圧下で揮発分を留去し、冷却したメタノールで再沈殿を行った。真空乾燥を行い、化合物(2-2)(上記式(3)で表される本開示の高分子量体)を得た。
【0089】
前記化合物(2-2)を、THFと水の混合溶媒(体積比で6:4;本開示における溶剤)、又はTHFとメタノールの混合溶媒(体積比で6:4;本開示における溶剤)にそれぞれ溶解させ、塗布組成物を2種類調製した。なお塗布組成物中の化合物(2-2)の濃度は、2質量%とした。
【0090】
<実施例3>
撹拌子を取り付けた反応容器に、L-ラクチド3000質量部、6-アジド-1-ヘキサノール69.3質量部、1,8-ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデカ-7-エン31.7質量部、及びジクロロメタンを仕込み、撹拌を室温で6分間行った。撹拌後、安息香酸を少量加えた。減圧下で揮発分を留去し、メタノールで再沈殿を行った。真空乾燥を行い、化合物(3-1)(本開示の生分解性高分子部位に相当する化合物)を得た。得られた化合物(3-1)の数平均分子量は6,500であった。
【0091】
撹拌子を取り付けた反応容器に、化合物(3-1)4000質量部、化合物(A)907.6質量部、臭化銅(I)138.0質量部、乾燥させたN,N-ジメチルホルムアミド、及びN,N,N’,N’’,N’’-ペンタメチルジエチレントリアミン167質量部を仕込み、アルゴン気流下60℃で91時間撹拌した。その後、強酸性イオン交換樹脂及び少量の水を加えて撹拌し、ろ過をして強酸性イオン交換樹脂を除去した。減圧下で揮発分を留去し、冷却したメタノールで再沈殿を行った。真空乾燥を行い、化合物(3-2)(上記式(4)で表される本開示の高分子量体)を得た。
【0092】
前記化合物(3-2)を、THFと水の混合溶媒(体積比で6:4;本開示における溶剤)、又はTHFとメタノールの混合溶媒(体積比で6:4;本開示における溶剤)にそれぞれ溶解させ、塗布組成物を2種類調製した。なお塗布組成物中の化合物(3-2)の濃度は、2質量%とした。
【0093】
<実施例4>
撹拌子を取り付けた反応容器に、L-ラクチド3000質量部、6-アジド-1-ヘキサノール34.3質量部、1,8-ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデカ-7-エン31.7質量部、及びジクロロメタンを仕込み、撹拌を室温で23分間行った。撹拌後、安息香酸を少量加えた。減圧下で揮発分を留去し、メタノールで再沈殿を行った。真空乾燥を行い、化合物(4-1)(本開示の生分解性高分子部位に相当する化合物)を得た。得られた化合物(4-1)の数平均分子量は12,500であった。
【0094】
撹拌子を取り付けた反応容器に、化合物(4-1)2000質量部、化合物(A)253.4質量部、臭化銅(I)39.0質量部、乾燥させたN,N-ジメチルホルムアミド、及びN,N,N’,N’’,N’’-ペンタメチルジエチレントリアミン47.1質量部を仕込み、アルゴン気流下60℃で93時間撹拌した。その後、強酸性イオン交換樹脂及び少量の水を加えて撹拌し、ろ過をして強酸性イオン交換樹脂を除去した。減圧下で揮発分を留去し、冷却したメタノールで再沈殿を行った。真空乾燥を行い、化合物(4-2)(上記式(4)で表される本開示の高分子量体)を得た。
【0095】
前記化合物(4-2)を、THFと水の混合溶媒(体積比で6:4;本開示における溶剤)、又はTHFとメタノールの混合溶媒(体積比で6:4;本開示における溶剤)にそれぞれ溶解させ、塗布組成物を2種類調製した。なお塗布組成物中の化合物(4-2)の濃度は、2質量%とした。
【0096】
<実施例5>
還元末端にプロパルギル基を有するマルトテトラオース(化合物(B);すなわち本開示のオリゴグリカン部位に相当する化合物である。なお前記マルトテトラオースはα-オリゴグリカンの一種である)を、T. Isono et al. Macromolecules 53, 5408-5417 (2020)に記載の方法に従って合成した。
【0097】
撹拌子を取り付けた反応容器に、実施例3で得た化合物(3-1)2000質量部、化合物(B)337.7質量部、臭化銅(I)75.0質量部、乾燥させたN,N-ジメチルホルムアミド、及びN,N,N’,N’’,N’’-ペンタメチルジエチレントリアミン90.6質量部を仕込み、アルゴン気流下60℃で93時間撹拌した。その後、強酸性イオン交換樹脂及び少量の水を加えて撹拌し、強酸性イオン交換樹脂を除去した。減圧下で揮発分を留去し、冷却したメタノールで再沈殿を行った。真空乾燥を行い、化合物(5)(上記式(4)で表される本開示の高分子量体)を得た。
【0098】
前記化合物(5)を、THFと水の混合溶媒(体積比で6:4;本開示における溶剤)、又はTHFとメタノールの混合溶媒(体積比で6:4;本開示における溶剤)にそれぞれ溶解させ、塗布組成物を2種類調製した。なお塗布組成物中の化合物(5)の濃度は、2質量%とした。
【0099】
<実施例6>
撹拌子を取り付けた反応容器に、L-ラクチド3000質量部、6-アジド-1-ヘキサノール99.3質量部、1,8-ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデカ-7-エン31.7質量部、及びジクロロメタンを仕込み、撹拌を室温で5分間行った。撹拌後、安息香酸を少量加えた。減圧下で揮発分を留去し、メタノールで再沈殿を行った。真空乾燥を行い、化合物(6-1)(本開示の生分解性高分子部位に相当する化合物)を得た。得られた化合物(6-1)の数平均分子量は4,800であった。
【0100】
撹拌子を取り付けた反応容器に、化合物(6-1)2000質量部、化合物(A)658.9質量部、臭化銅(I)101.4質量部、乾燥させたN,N-ジメチルホルムアミド、及びN,N,N’,N’’,N’’-ペンタメチルジエチレントリアミン122.7質量部を仕込み、アルゴン気流下60℃で93時間撹拌した。その後、強酸性イオン交換樹脂及び少量の水を加えて撹拌し、ろ過をして強酸性イオン交換樹脂を除去した。減圧下で揮発分を留去し、冷却したメタノールで再沈殿を行った。真空乾燥を行い、化合物(6-2)(上記式(4)で表される本開示の高分子量体)を得た。
【0101】
前記化合物(6-2)を、THFと水の混合溶媒(体積比で6:4;本開示における溶剤)、又はTHFとメタノールの混合溶媒(体積比で6:4;本開示における溶剤)にそれぞれ溶解させ、塗布組成物を2種類調製した。なお塗布組成物中の化合物(6-2)の濃度は、2質量%とした。
【0102】
<実施例7>
撹拌子を取り付けた反応容器に、トリメチレンカーボネート2000質量部、6-アジド-1-ヘキサノール28.1質量部、及びリン酸ジフェニル2.45質量部を仕込み、撹拌を80℃で120時間行った。撹拌後、メタノールで再沈殿を行った。真空乾燥を行い、化合物(7-1)(本開示の生分解性高分子部位に相当する化合物)を得た。得られた化合物(7-1)の数平均分子量は7,800であった。
【0103】
撹拌子を取り付けた反応容器に、化合物(7-1)1000質量部、化合物(A)203.1質量部、臭化銅(I)31.3質量部、乾燥させたN,N-ジメチルホルムアミド、及びN,N,N’,N’’,N’’-ペンタメチルジエチレントリアミン37.8質量部を仕込み、アルゴン気流下60℃で93時間撹拌した。その後、強酸性イオン交換樹脂及び少量の水を加えて撹拌し、ろ過をして強酸性イオン交換樹脂を除去した。減圧下で揮発分を留去し、冷却したメタノールで再沈殿を行った。真空乾燥を行い、化合物(7-2)(上記式(5)で表される本開示の高分子量体)を得た。
【0104】
前記化合物(7-2)を、THFと水の混合溶媒(体積比で6:4;本開示における溶剤)、又はTHFとメタノールの混合溶媒(体積比で6:4;本開示における溶剤)にそれぞれ溶解させ、塗布組成物を2種類調製した。なお塗布組成物中の化合物(7-2)の濃度は、2質量%とした。
【0105】
≪生分解性高分子に由来する基の数平均分子量の特定≫
生分解性高分子に由来する基の数平均分子量については、H-NMR測定を行い、その得られたスペクトルを解析して求めた。具体的には、化合物(1-1)、化合物(2-1)、化合物(3-1)、化合物(4-1)、化合物(6-1)、又は化合物(7-1)の重クロロホルム溶媒中のスペクトルにて観察される、アジド基に隣接するメチレン基の水素原子に係る積分値を基準として、生分解性高分子内の水素原子の積分値より、生分解性高分子に由来する基の数平均分子量を決定した。
【0106】
<比較例1>
デキストリン(東京化成工業(株)製)を、THFと水の混合溶媒(体積比で6:4)に溶解させることで、2質量%のデキストリンを含有する塗布組成物を調製した。なおデキストリンは、THFとメタノールの混合溶媒(体積比で6:4)には溶解せず、基材に対して均一に塗布する目的においては不適であった。
【0107】
<比較例2>
マルトヘキサオース及びマルトヘプタオースを40±3%含むα-オリゴグリカン(日本食品化工(株)製)を、THFと水の混合溶媒(体積比で6:4)に溶解させることで、2質量%の当該α-オリゴグリカンを含有する塗布組成物を調製した。なおマルトヘキサオース及びマルトヘプタオースを40質量%含むα-オリゴグリカンは、THFとメタノールの混合溶媒(体積比で6:4)には溶解せず、基材に対して均一に塗布する目的においては不適であった。
【0108】
<比較例3>
トレハロース2水和物(東京化成工業(株)製)を、THFと水の混合溶媒(体積比で6:4)に溶解させることで、2質量%のトレハロース2水和物を含有する塗布組成物を調製した。なおトレハロース2水和物は、THFとメタノールの混合溶媒(体積比で6:4)には溶解せず、基材に対して均一に塗布する目的においては不適であった。
【0109】
≪塗膜の形成≫
<PLLA基材の作製>
PLLAは、revode190(Zhejiang Hisun Biomaterials Co. Ltd)を使用した。15質量部のPLLAのジクロロメタン溶液を調製し、これをガラス板にキャスティング(液高:200μm)し、蓋をかぶせて緩やかに風乾することで、フィルムを形成した。小刃で前記フィルムを剥離し、金枠にフィルムを把持しつつ乾燥させた。乾燥させたフィルムを3cm×3cmの大きさに切り取り、乾燥剤の中に入れて保存し、これをPLLA基材とした。
【0110】
<基材への塗布>
スピンコーターはアクティブ製ACTIIIを使用した。基材としては、ポリプロピレンシート(アズワン(株)製)、及び<PLLA基材の作製>で作製したPLLA基材を使用した。
【0111】
松浪硝子工業(株)製ガラス板の上に、PLLA基材をマスキングテープで固定した。このガラス板の基材が固定されていない側をスピンコーター内旋回盤に真空吸着によって固定した。ポリプロピレンシートは、直接旋回盤に真空吸着によって固定した。回転下にて、実施例1~実施例7及び比較例1~比較例3で調製した塗布組成物(300μLの、THF及び水との混合溶媒を含む塗布組成物、又はTHF及びメタノールとの混合溶媒を含む塗布組成物)を、旋回中心上空よりすばやく滴下した。旋回条件は、全て1000rpm×10sで行った。形成された塗膜の断面を透過型電子顕微鏡で観察すると、形成された塗膜の厚みは230nm~2500nmであった。
【0112】
≪評価試験≫
PLLA基材又はポリプロピレンシートを用いて、以下に示す試験を行った。なお、ブランク試験としては、塗膜を形成していない基材そのものを用いた。以下の各評価試験については、温度25℃の恒温室にて試験を行った。
【0113】
<水に対する接触角の測定>
接触角計は、DMs401FE(協和界面科学(株)製)を使用した。基材の上に1μL~2μLの蒸留水(富士フイルム和光純薬(株)製)1滴を垂らし、滴下後20s以内に塗膜に対する水滴の接触角を測定した。なお、接触角計ディスペンサはMD-100(22G)を使用した。また、接触角の算出は2θ法により行い、以下の評価基準に従って親水性及び撥水性を評価した。なお親水性及び撥水性について、A及びBは実用上許容される範囲とした。以上の接触角の測定の結果を表1に示す。なお表1中の生分解性高分子に由来する基における「-」は、該当する化合物が存在しないことを示す。オリゴグリカンに由来する基における「-」は、不明であることを示す。
【0114】
(親水性の評価基準)
A :水接触角の減少が元の基材に対して30°以上であった。
B :水接触角の減少が元の基材に対して20°以上30°未満であった。
C :水接触角の減少が元の基材に対して20°未満であった。
N/A:THFとメタノールの混合溶媒に不溶であった。
【0115】
(撥水性の評価基準)
A :水接触角の増加が元の基材に対して20°以上であった。
B :水接触角の増加が元の基材に対して10°以上20°未満であった。
C :水接触角の増加が元の基材に対して10°未満であった。
N/A:THFとメタノールの混合溶媒に不溶であった。
【0116】
【表1】
【0117】
表1で示された結果によれば、本開示の塗布組成物は、塗布組成物に含まれる高分子量体を構成する生分解性高分子に由来する基の数平均分子量若しくはオリゴグリカンに由来する基の構成単位の糖の種類等、又は塗布組成物に含まれうる溶剤の種類を変更することにより、塗膜を形成する基材表面を、親水性を示すように制御でき、あるいは撥水性を示すようにも制御できた。
【0118】
上記したように、本開示では、基材の性質に依存せず、基材表面に良好な親水性又は撥水性を発現させることのできる塗布組成物が得られ、前記塗布組成物を含む塗膜が形成された。さらには、前記塗膜を備える医療用品も作製することができる。
【産業上の利用可能性】
【0119】
本開示によれば、本開示の塗布組成物を医療用品等の表面改質剤として様々な用途に応用することが可能であり、産業上の意義は極めて大きい。また、本開示の塗布組成物は、生分解性高分子と糖に由来する高い生体適合性を有しているため、生体適合性材料として、細胞培養用容器、細胞保存容器、医療用デバイス、人工臓器、バイオチップ、バイオセンサ、又はバイオアッセイ用機器等の物品へ使用され得る。