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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023007980
(43)【公開日】2023-01-19
(54)【発明の名称】差分電気化学インピーダンス解析法
(51)【国際特許分類】
   G01R 31/389 20190101AFI20230112BHJP
   G01R 31/367 20190101ALI20230112BHJP
   G01R 31/392 20190101ALI20230112BHJP
   G01R 27/02 20060101ALI20230112BHJP
   H01M 10/48 20060101ALI20230112BHJP
【FI】
G01R31/389
G01R31/367
G01R31/392
G01R27/02 A
H01M10/48 P
【審査請求】未請求
【請求項の数】19
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021111166
(22)【出願日】2021-07-03
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(71)【出願人】
【識別番号】000183646
【氏名又は名称】出光興産株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100190067
【弁理士】
【氏名又は名称】續 成朗
(72)【発明者】
【氏名】小林 清
(72)【発明者】
【氏名】増田 直也
(72)【発明者】
【氏名】藤井 雄太
(72)【発明者】
【氏名】柳 和明
(72)【発明者】
【氏名】宇都野 太
(72)【発明者】
【氏名】樋口 弘幸
【テーマコード(参考)】
2G028
2G216
5H030
【Fターム(参考)】
2G028AA01
2G028BE04
2G028CG08
2G028CG20
2G028DH05
2G028DH11
2G028GL17
2G216BA23
2G216BA54
2G216BA56
2G216CB12
2G216CB15
5H030AA09
5H030AS20
5H030FF42
5H030FF43
5H030FF44
(57)【要約】
【課題】従来の電気化学インピーダンス解析法では、状態変化する部分のスペクトルのみの評価を行うことが本質的にできない。
【解決手段】本発明の解析法では、基準とする試料の電気化学インピーダンスを第1の複数の周波数で測定した第1のインピーダンス・データと、状態変化後の試料を第2の複数の周波数でインピーダンスを測定した第2のインピーダンス・データとを準備し、これらのデータの内、共通の周波数で測定したデータを選択し、それぞれの測定周波数について第2のインピーダンス・データから第1のインピーダンス・データの差分を実数部と虚数部のそれぞれについて計算して差分インピーダンス・データを求め、これを差分インピーダンス・スペクトルとしてグラフ表示する。次にこのスペクトルに適合する等価回路モデルを決定してモデル・パラメータを最適化し、この最適化パラメータを試料の状態変化の大きさを表す数値とする。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基準とする試料の電気化学インピーダンスを第1の複数の周波数で測定して得た第1の電気化学インピーダンス・データを準備するステップと、
状態変化後の前記試料を前記第1の複数の周波数と共通の周波数を含む第2の複数の周波数で電気化学インピーダンスを測定して得た第2の電気化学インピーダンス・データを準備するステップと、
前記第1の電気化学インピーダンス・データと前記第2の電気化学インピーダンス・データの内、前記共通の周波数で測定した複数の測定値を選択し、それぞれの測定周波数について前記第2の電気化学インピーダンス・データから前記第1の電気化学インピーダンス・データの差分を実数部と虚数部のそれぞれについて計算して差分インピーダンス・データを求めるステップと、
前記差分インピーダンス・データを差分インピーダンス・スペクトルとしてグラフ表示するステップと、
前記グラフ表示された差分インピーダンス・スペクトルに適合する等価回路モデルを決定して該等価回路モデルのモデル・パラメータを最適化するステップと、
前記最適化したモデル・パラメータを前記試料の状態変化の大きさを表す数値とするステップと
を含む電気化学インピーダンスの解析法。
【請求項2】
前記基準とする試料が状態変化する前の試料である、請求項1に記載の電気化学インピーダンスの解析法。
【請求項3】
前記モデル・パラメータの最適化に複素非線形最小自乗法を用いる、請求項1または2に記載の電気化学インピーダンスの解析法。
【請求項4】
前記等価回路モデルの決定および前記モデル・パラメータの最適化を、既存の電気化学インピーダンス解析ソフトを用いて行なう、請求項1~3のいずれか1項に記載の電気化学インピーダンスの解析法。
【請求項5】
前記共通の周波数が予め設定した個数以上ある場合に前記差分インピーダンス・データを求める、請求項1~4のいずれか1項に記載の電気化学インピーダンスの解析法。
【請求項6】
前記予め設定した個数が40である、請求項5に記載の電気化学インピーダンスの解析法。
【請求項7】
前記第1の複数の周波数および第2の複数の周波数が、それらの対数値が等間隔になるよう設定されている、請求項1~6のいずれか1項に記載の電気化学インピーダンスの解析法。
【請求項8】
制御部と、データ記憶部と、データ解析部と、表示部とを備えた電気化学インピーダンスの解析処理システムであって、
前記制御部は、予め前記データ記憶部に保存された、基準とする試料の電気化学インピーダンスを第1の複数の周波数で測定して得た第1の電気化学インピーダンス・データと、状態変化後の前記試料を前記第1の複数の周波数と共通の周波数を含む第2の複数の周波数で電気化学インピーダンスを測定して得た第2の電気化学インピーダンス・データとを前記データ解析部に読み込み、
前記データ解析部は、前記第1の電気化学インピーダンス・データと前記第2の電気化学インピーダンス・データの内、前記共通の周波数で測定した複数の測定値を選択し、それぞれの測定周波数について前記第2の電気化学インピーダンス・データから前記第1の電気化学インピーダンス・データの差分を実数部と虚数部のそれぞれについて計算して差分インピーダンス・データを求め、
前記制御部は、前記差分インピーダンス・データを前記データ記憶部に保存するとともに前記表示部に差分インピーダンス・スペクトルとしてグラフ表示させ、
前記データ解析部は、前記グラフ表示された差分インピーダンス・スペクトルに適合する等価回路モデルを決定して該等価回路モデルのモデル・パラメータを最適化し、
前記制御部は、前記最適化したモデル・パラメータを、前記試料の状態変化の大きさを表す数値として前記表示部に表示するとともに前記データ記憶部に保存する
電気化学インピーダンスの解析処理システム。
【請求項9】
前記モデル・パラメータの最適化に複素非線形最小自乗法を用いる、請求項8に記載の電気化学インピーダンスの解析処理システム。
【請求項10】
前記データ解析部は、前記等価回路モデルの決定と前記モデル・パラメータの最適化を、既存の電気化学インピーダンス解析ソフトを用いて行なう、請求項8または9に記載の電気化学インピーダンスの解析処理システム。
【請求項11】
前記共通の周波数が予め設定した個数以上ある場合に前記差分インピーダンス・データを求める、請求項8~10のいずれか1項に記載の電気化学インピーダンスの解析処理システム。
【請求項12】
前記予め設定した個数が40である、請求項11に記載の電気化学インピーダンスの解析処理システム。
【請求項13】
前記第1の複数の周波数および第2の複数の周波数が、それらの対数値が等間隔になるよう設定されている、請求項8~12のいずれか1項に記載の電気化学インピーダンスの解析処理システム。
【請求項14】
コンピュータに、
予めデータ記憶部に保存された、基準とする試料の電気化学インピーダンスを第1の複数の周波数で測定して得た第1の電気化学インピーダンス・データと、状態変化後の前記試料を前記第1の複数の周波数と共通の周波数を含む第2の複数の周波数で電気化学インピーダンスを測定して得た第2の電気化学インピーダンス・データとをデータ解析部に読み込むステップと、
前記第1の電気化学インピーダンス・データと前記第2の電気化学インピーダンス・データの内、前記共通の周波数で測定した複数の測定値を選択し、それぞれの測定周波数について前記第2の電気化学インピーダンス・データから前記第1の電気化学インピーダンス・データの差分を実数部と虚数部のそれぞれについて計算して差分インピーダンス・データを求めるステップと、
前記差分インピーダンス・データを前記データ記憶部に保存するとともに、前記差分インピーダンス・データを電気化学インピーダンス・スペクトルとして表示部にグラフ表示するステップと、
前記データ解析部において、前記電気化学インピーダンス・スペクトルに適合する等価回路モデルを決定して該等価回路モデルのモデル・パラメータを最適化するステップと、
前記最適化したモデル・パラメータを、前記試料の状態変化の大きさを表す数値として前記表示部に表示するとともに前記データ記憶部に保存するステップと
を実行させるための電気化学インピーダンスの解析処理プログラム。
【請求項15】
前記モデル・パラメータの最適化に複素非線形最小自乗法を用いる、請求項14に記載の電気化学インピーダンスの解析処理プログラム。
【請求項16】
前記等価回路モデルの決定と前記モデル・パラメータの最適化を、既存の電気化学インピーダンス解析ソフトを用いて行うことが可能にされている、請求項14または15に記載の電気化学インピーダンスの解析処理プログラム。
【請求項17】
前記共通の周波数が予め設定した個数以上ある場合に前記差分インピーダンス・データを求めるようにされている、請求項14~16のいずれか1項に記載の電気化学インピーダンスの解析処理プログラム。
【請求項18】
前記予め設定した個数が40である、請求項17に記載の電気化学インピーダンスの解析処理プログラム。
【請求項19】
前記第1の複数の周波数および前記第2の複数の周波数がそれらの対数値が等間隔になるように設定可能にされている、請求項14~18のいずれか1項に記載の電気化学インピーダンスの解析処理プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は二次電池などの電気化学系デバイスの劣化や状態の変化の大きさを測定するための電気化学インピーダンスの解析法に関する。
【背景技術】
【0002】
蓄電池や燃料電池などの電気化学系デバイスの劣化や性能の変化(以下、状態変化という)を測定する非破壊測定法として、電気化学インピーダンス法が広く利用されている。従来の電気化学インピーダンス法による状態変化の評価法は、初期状態と劣化後の状態の電気化学インピーダンスを測定し、それぞれのインピーダンス・スペクトルについてスペクトルを再現できる等価回路モデルを設定し、最小自乗法を適用してその等価回路モデルのパラメータを最適化した後、最適化されたパラメータの数値の差からデバイスの状態変化の程度を評価する。
【0003】
また、近年新しい評価法として緩和時間分布(DRT)解析法を適用する例もある。この方法では、従来法と同様に、初期状態と劣化後の状態の電気化学インピーダンスを測定し、それぞれのインピーダンス・スペクトルにDRT解析法を適用し、得られたDRTスペクトルの変化から劣化の程度を評価する。
【0004】
例えば、非特許文献1の図10(a)には、SOFC(Solid Oxide Fuel Cell)に水素15%、水蒸気12%、一酸化炭素15%、二酸化炭素13%、窒素45%、および微量の硫化水素(0.5 ppm)を流しながら、300時間から400時間の経過時間の電気化学インピーダンス・スペクトル変化が示されている。スペクトルが変化していることは定性的に分かるものの、変化の程度を定量的に示したものではない。従来法の解析では、それぞれのスペクトルを等価回路モデルで解析してパラメータの最適値を求めるが、その最適値は変化値そのものではない。また、図10(b)には(a)に対応するDRT(緩和時間分布)による解析結果が示されている。DRTスペクトルも、ある周波数付近に存在するピークが時間と共に変化することは定性的に分かるものの、これもパラメータ変化を定量的に示すものではない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】S. Dierichkx et al. Electrochim Acta,Vol.355 (2000)136764
【非特許文献2】片山英樹、日本金属学会誌、 第78巻、 第11号(2014)419~425頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
状態変化の程度を評価するには、スペクトルの変化を最終的に定量化することが必要である。しかし従来の解析法では、初期状態の電気化学インピーダンス・スペクトルと状態変化後のそれぞれの電気化学インピーダンス・スペクトル全体を用いて変化の評価を行っているため、劣化により状態変化する部分のスペクトルのみの評価を行うことはできないという本質的な問題が存在している。さらに、状態変化の前後それぞれの解析における等価回路のパラメータの最適化において、パラメータには状態変化の前後それぞれの誤差が含まれており、両者の比較を行う際にこれら複数の誤差が関係してくるため、解析感度が低下してしまうという問題もあった。したがって、状態変化の変化要素のみを抽出し、モデル解析により、その変化要素の変化をパラメータ値の変化に定量的に変換する簡便で新しい手法の開発が望まれてきた。
【0007】
本発明の目的は、状態変化前後の変化要素の変化のみを抽出し、それをモデル解析することにより、その変化分をパラメータ値の変化に定量的に変換する、簡便で新しい電気化学インピーダンス解析法を提供することにある。本発明はさらに、それに基づいた解析処理システム、解析処理プログラムも提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の解析法は、状態変化により変化したインピーダンス・スペクトルの各値と変化前のインピーダンス・スペクトルの各値の差分を取り、得られた差分インピーダンス・スペクトルを等価回路モデルにより解析することにより、この変化に対するインピーダンス・スペクトル・パラメータを定量化する方法である。この方法は、変化した数値そのものをモデル解析するため、変化要素を抽出してそのパラメータの変化を直接数値化することが可能となる。
【0009】
本発明の解析法の主要なステップは以下のとおりである。
(1)基準とする試料の電気化学インピーダンスを第1の複数の周波数で測定して得た第1の電気化学インピーダンス・データを準備する。
(2)状態変化後の試料を前記第1の複数の周波数と共通の周波数を含む第2の複数の周波数で電気化学インピーダンスを測定して得た第2の電気化学インピーダンス・データを準備する。
(3)第1の電気化学インピーダンス・データと第2の電気化学インピーダンス・データの内、共通の測定周波数で測定した複数の測定値を選択し、それぞれの測定周波数について第2の電気化学インピーダンス・データから前記第1の電気化学インピーダンス・データの実数部と虚数部のそれぞれについて差分をとり差分インピーダンス・データを求める。
(4)差分インピーダンス・データを差分インピーダンス・スペクトルとしてグラフ表示する。
(5)グラフ表示した差分インピーダンス・スペクトルに適合する等価回路モデルを決定して価回路モデルのモデル・パラメータを最適化する。
(6)最適化したモデル・パラメータを試料の状態変化の大きさを表す数値とする。
【0010】
上記基準とする試料は状態変化する前の試料であってよい。一方、状態変化後の試料とは、繰り返し充放電試験等を実施した後の特性が変化した試料を指す。
【0011】
上記差分インピーダンス・データを求める際は、共通の周波数が予め設定した個数以上ある場合に行ってもよく、この個数は40以上に設定することが好ましい。また、第1の複数の周波数と第2の複数の周波数は、それらの対数値が等間隔になるよう設定されることが好ましい。
【0012】
モデル・パラメータの最適化には複素非線形最小自乗法を用いることができる。また、等価回路モデルの決定およびモデル・パラメータの最適化は、既存の電気化学インピーダンス解析ソフトを用いて行なってもよい。
【発明の効果】
【0013】
本発明は、簡便な方法でスペクトルの変化要素のみを抽出し、かつその変化分をモデル解析によって数値化できるという利点がある。変化分のみを抽出するので変化の定量化を簡便にかつ精度良く行うことができる。本発明による解析法は、蓄電池や燃料電池等の劣化解析のみならず、状態変化を伴う電気化学系の電気化学インピーダンス測定法が用いられる分野全般に適用することが可能である。特に、蓄電池の劣化モニターに応用すれば、今後自動車用蓄電池への大規模な実装が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明の電気化学インピーダンス解析の典型的なフロー図を示す。
図2】本発明の電気化学インピーダンス解析システムの模式的ブロック図を示す。
図3】試料である試作リチウム蓄電池の模式的構造と、本発明の電気化学インピーダンス・スペクトルを測定するための測定回路の模式図を示す。
図4】実施例1による、試作リチウム蓄電池を充電率100%で測定した基準インピーダンス・スペクトルを示す。
図5】実施例1による、状態変化後の試作リチウム蓄電池を充電率100%で測定したインピーダンス・スペクトルを示す。
図6】実施例1の基準インピーダンス・スペクトルと状態変化後のインピーダンス・スペクトルの両方に適合する等価回路モデルを示す。
図7】本発明の解析法による、状態変化後のインピーダンス・スペクトル値から基準インピーダンス・スペクトル値を引いた差分インピーダンス・スペクトルを示す。
図8】差分インピーダンス・スペクトルに適合する等価回路モデルを示す。
図9】実施例2による、試作リチウム蓄電池の放電率50%で測定した基準インピーダンス・スペクトルを示す。
図10】実施例2による、状態変化後の試作リチウム蓄電池を放電率50%で測定したインピーダンス・スペクトルを示す。
図11】本発明の解析法による、状態変化後のインピーダンス・スペクトル値から基準インピーダンス・スペクトル値を引いた差分インピーダンス・スペクトルを示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明による電気化学インピーダンス解析法の典型的なフローを図1に示す。まず、基準となる試料の電気化学インピーダンスを第1の複数の周波数で測定した第1の電気化学インピーダンス・データを準備する(S110)。基準となる試料とは、例えば試作した後未使用の試料を指す。この試料に充放電試験を所望の条件、回数で繰り返し行い、この繰り返し充放電で内部の状態が変化した後の試料を、第2の複数の周波数で測定した第2の電気化学インピーダンス・データを準備する(S120)。
【0016】
通常は、第2の複数の周波数は第1の複数の周波数と同じ周波数に設定し、同じ測定装置で測定されるが、例えば、過去に別の測定装置または別の設定で測定した試料と比較したい場合、その測定周波数が現在設定されている測定周波数とは異なる場合もあり得る。そのような場合に本発明のインピーダンス解析を行うには、まず第1の電気化学インピーダンス・データと第2の電気化学インピーダンス・データの内、共通の測定周波数で測定した複数の測定値を選択する。共通の周波数はできる限り多数、最低でも40以上あることが精度の高い解析結果を得るためには望ましい。共通の測定周波数の個数は予め設定することができ、選択した共通の周波数が設定した個数よりも少ない場合は(S130)、第2の複数の周波数を予め設定した個数以上になるように再設定して再度測定を行い、これを第2の電気化学インピーダンス・データとする。なお、第1と第2の複数の測定周波数の範囲は通常低周波から高周波まで何桁にもわたっているため、インピーダンス・スペクトルをグラフ表示した際の見やすさのため、その対数値が等間隔となるように設定することが望ましい。
【0017】
このようにして、第2の電気化学インピーダンス・データが得られたら、共通のそれぞれの測定周波数のデータについて、第2の電気化学インピーダンス・データから第1の電気化学インピーダンス・データの実数部と虚数部のそれぞれについて差分をとって差分インピーダンス・データを求める(S140)。この差分インピーダンス・データを例えば半導体メモリやハードディスクのようなデータ記憶部に保存するとともに、液晶ディスプレイ等の表示部に差分インピーダンス・スペクトルとしてグラフ表示する(S150)。
【0018】
次に、この差分インピーダンス・スペクトルが等価回路モデルで解析可能かどうかを判断する(S160)。この判断は本解析装置に付随したコンピュータに予めインストールされた既知のソフトウェアを用いて行うこともできる。可能でないと判断された場合は、再度差分インピーダンス・データを計算し直すか再測定を行う。一方可能であると判断されたら、差分インピーダンス・スペクトルに適合する等価回路モデルとモデル・パラメータを求め、モデル・パラメータを最適化する(S170)。等価回路モデルの決定には、既存の電気化学インピーダンス解析ソフトウェアを用いて行うこともできる。モデル・パラメータの最適化には、複素非線形最小自乗法で行うことが望ましく、具体的手法としては、Levenberg-Marquardt法,Nelder-Mead法、Powell法、共役勾配法、およびこれらの手法に正則化法を組み合せたいずれの方法でも用いることができる。あるいは、非線形関数に対して最適パラメータを求める最小自乗法であれば他の方法で行ってもよい。最後に、この最適化したモデル・パラメータを試料の状態変化を表す数値として、等価回路とともに表示部に表示して解析が終了する(S180)。
【0019】
次に、図1で説明した本発明の電気化学インピーダンス解析を実施するための電気化学インピーダンス解析処理システムについて説明する。図2にそのブロック図を示す。本発明の電気化学インピーダンス解析処理システム200は、制御部210と、データ記憶部220と、データ解析部230と、表示部240を少なくとも備えており、電気化学インピーダンス測定装置300にデータ接続可能にされていてよい。
【0020】
データ記憶部220には、電気化学インピーダンス測定装置300を用いて第1の複数の周波数で測定した、基準とする試料の第1の電気化学インピーダンス・データと、第1の複数の周波数と共通の周波数を含む第2の複数の周波数で測定した、状態変化後の試料の電気化学インピーダンス・データが予め保存されている(図1のS110、S120に対応)。データ記憶部220はシステム内に内蔵または外付けの半導体メモリ、ハードディスクドライブ(HDD)を用いることができる。まず制御部210は、これらの第1の電気化学インピーダンス・データと、第2の電気化学インピーダンス・データをデータ解析部230に転送する。制御部210の機能はシステムに内蔵されるコンピュータの中央処理装置(CPU)が行うことができる。
【0021】
データ解析部230の機能も上記CPUが行ってよい。データ解析部230では、まず、第1の複数の周波数と共通の周波数を含む第2の複数の周波数の個数が、予め設定した個数よりも多いかどうかを判定する(図1のS130に対応)。もし少ない場合は、周波数を再設定して再度測定を行うようにユーザーに対して表示部240に表示し、予め設定した個数以上の場合には現在の第2の電気化学インピーダンス・データを用いる。
【0022】
次に、上記第1の電気化学インピーダンス・データと第2の電気化学インピーダンス・データの内、共通の周波数で測定した複数の測定値の組が選択され、第2の電気化学インピーダンス・データから第1の電気化学インピーダンス・データの差分が、各組について実数部と虚数部のそれぞれについて計算される(図1のS140に対応)。制御部210は、このようにして計算された複数の値(差分インピーダンス・データ)を、試料の構造、試験条件等の試料に関するデータとともにデータ記憶部220に記憶させるとともに、この差分インピーダンス・データを差分インピーダンス・スペクトルとして表示部240に2次元グラフ表示させる(図1のS150に対応)。表示部240は内蔵または外付けの液晶ディスプレイや有機ディスプレイとすることができる。
【0023】
次に、データ解析部230において、上記表示された差分インピーダンス・スペクトルが再現可能な等価回路モデルを選択する。もし等価回路モデルによる解析が不可能と判断された場合には、ユーザーに測定周波数の再設定や再測定をユーザーに促す表示を表示部240で行ってもよい(図1のS160に対応)。この等価回路を用いて表示部240に再現したスペクトルと上記差分インピーダンス・スペクトルとの差が最小となるように等価回路モデルの回路要素のモデル・パラメータを最適化する(図1のS170に対応)。この最適化されたモデル・パラメータは測定試料の状態変化の大きさを表す値と見なせるので、制御部210は最後にこの値を測定試料の状態変化の大きさを表す数値として表示部240に表示させて(図1のS180に対応)本発明の解析が終了する。
【0024】
次に、図1で説明した本発明の電気化学インピーダンス解析を実施する電気化学インピーダンス解析処理システムに内蔵されたコンピュータのCPU上で実行される解析処理プログラムについて説明する。
【0025】
上記コンピュータに予めダウンロードされたプログラムは、予めデータ記憶部220に保存された、基準とする試料の電気化学インピーダンスを第1の複数の周波数で測定して得た第1の電気化学インピーダンス・データと、状態変化後の試料を第1の複数の周波数と共通の周波数を含む第2の複数の周波数で電気化学インピーダンスを測定して得た第2の電気化学インピーダンス・データとをデータ解析部230に読み込む(図1のS110、S120に対応)。
【0026】
次に、第1の電気化学インピーダンス・データと第2の電気化学インピーダンス・データの内、共通の周波数で測定した複数の測定値の組を選択し、それぞれの組について第2の電気化学インピーダンス・データから第1の電気化学インピーダンス・データの差分を実数部と虚数部のそれぞれについて計算して差分インピーダンス・データを求める(図1のS140に対応)。またこの際、精度の高い差分インピーダンスを得るために、共通の周波数の個数が、予め設定した個数、好ましくは40個以上ある場合に差分を計算し、それ未満の場合には、ユーザーにステップの継続の確認を表示するようにされていてもよい(図1のS130に対応)。そして、このように計算した差分インピーダンス・データをデータ記憶部220に保存するとともに、電気化学インピーダンス・スペクトルとして表示部240に2次元グラフ表示させる(図1のS150に対応)。また、電気化学インピーダンス測定では測定周波数が低周波から高周波まで何桁にもわたるため、これらの複数の周波数がそれらの対数値がグラフ表示で等間隔になるようにされていることが好ましい。
【0027】
次に、この差分インピーダンス・データが等価回路モデルで解析可能かどうかを判断し(図1のS160に対応)、解析可能と判断した場合には電気化学インピーダンス・スペクトルに適合可能な等価回路モデルを決定し、この等価回路モデルにより計算した理論曲線と電気化学インピーダンス・スペクトルの差が最小になるように、モデル・パラメータを最適化する(図1のS170に対応)。最適化には複素非線形最小自乗法を用いることができる。また、上記等価回路モデルの決定とモデル・パラメータの最適化を、予めコンピュータにインストールしておいた既存の電気化学インピーダンス解析ソフトをダウンロードして用いてもよい。最後に、この最適化したモデル・パラメータを、試料の状態変化の大きさを表す数値として表示部240に表示させ、かつデータ記憶部220に保存する(図1のS180に対応)。
【0028】
以下に、試作した全固体リチウム蓄電池を試料として、繰り返し充放電を行う前と後の電気化学インピーダンスの解析結果を示す。全固体リチウム蓄電池の層構造は図3の左側に模式的に示すとおり、固体電解質は無機リチウムイオン伝導固体電解質、正極はLiNi0.8Co0.15Al0.05と固体電解質の混合物、正極活物質は LiNi0.8Co0.15Al0.05、負極はInLi合金を用いた。電流は正極と負極それぞれに接合した集電体を通して出入りする。測定は、図3の右側に模式的に示すような測定系を用い、定電流充放電測定により電気化学インピーダンスの測定を行った。
【実施例0029】
まず放電状態の試作電池に対し、充放電速度0.1C、2サイクル目、充電率100%におけるインピーダンスを測定して基準インピーダンス・スペクトルとした。ここで1Cは電池の理論容量を定格放電して1時間で放電終了となる電流値で定義され、0.1Cは10時間で放電終了となる電流値である。このように測定した基準インピーダンス・スペクトルを図4に示す。グラフ左側(高周波側)の潰れた円弧状の隆起パターンに続き、右側(低周波側)には直線的に上昇するパターンが見られた。
【0030】
次に、上記と同一の試作電池に対して、0.1Cで放電後、充放電速度0.2C、10サイクルの充放電を行った後、さらに0.1Cで100%まで充電した時のインピーダンスを状態変化後のインピーダンス・スペクトルとして測定した。これを図5に示す。図4の基準インピーダンス・スペクトルと同様、グラフの左側の潰れた円弧状の隆起パターンに続き、右側には直線的に上昇するパターンが見られた。しかし両図の比較ではその差を判別することは難しい。
【0031】
次に、図4図5に示されたそれぞれのインピーダンス・スペクトルを、等価回路モデル法を用いて解析した。図6は2つのインピーダンス・スペクトル共通に得られた等価回路を示す。ここでRは抵抗、CPEはコンスタント・フェーズ・エレメントを示し、そのインピーダンスは
【0032】
【数1】
で表される。ここで、f: 周波数、j: 単位虚数、T, α: フィッティング・パラメータである。Wはワールブルグ・インピーダンスを表わし、
【0033】
【数2】
で与えられる。ワールブルグ・インピーダンスはイオンの拡散に関連している(非特許文献2)。
【0034】
図6に示した等価回路を用いて算出した最適化後のパラメータの値を表1にまとめて示した。パラメータの内、R、T、αは高周波数側円弧(図の左側)に対応し、R、T、αは低周波数側円弧(図の中央部)に対応する。表1の右側の欄には、基準スペクトルおよび状態変化後のスペクトルのそれぞれのパラメータの値の単純に差を計算した結果を示した。これを見ると、抵抗値変化、特に高周波数側の円弧の抵抗成分(R)の増加が大きいことは分かるが、コンスタント・フェーズ・エレメントのTは負の値を示し、有意な値を示しているとは認められず、差の定量が不可能となっている。また、低周波部の直線部に関係するワールブルグ・インピーダンスZのパラメータTの変化
【0035】
【数3】
も、単純なパラメータの差分では求めることができない。
【0036】
【表1】
【0037】
次に、本発明の方法により、状態変化後のインピーダンス・スペクトルの値と基準インピーダンス・スペクトルの値の差分値を算出し、充放電速度0.2C、10サイクルの充放電による試料の変化のみを抽出した。具体的には、コンピュータを用いて、状態変化後のインピーダンス・データと基準インピーダンス・データの内、測定周波数値が等しい複数の測定値を選択し、それぞれの測定周波数について複素インピーダンス・データの実数部と虚数部の引き算を行って複素差分値を得た。この差分値を半導体メモリあるいはHDDに記憶させるとともに、複素差分値の実数部を横軸に、虚数部を縦軸にとって差分インピーダンス・スペクトルを液晶ディスプレイに表示した。これを図7に示す。図4図5で示された潰れた円弧スペクトル部分のスペクトル変化を精度良く抽出することができるとともに、低周波数域の直線変化領域のわずかな変化も抽出されていることが分かる。
【0038】
次に、図7に示されたインピーダンス・スペクトルを、等価回路モデル法を用いて解析した。図8は得られた等価回路を示す。図6で示した等価回路と同一の等価回路で解析が可能であった。この等価回路を用いてパラメータを最適化した結果を表2に示す。これを見ると円弧の抵抗(R1およびR2)が増加していること、CPEパラメータ(T、α)の変化の定量が可能であること、さらにワールブルグ・インピーダンス・パラメータの変化値を式3から直接算出可能であることが分かる。これらのパラメータ値を用いて再現したインピーダンス・スペクトルが図7の実線である。
【0039】
【表2】
【0040】
本発明の解析法による差分は実数部と虚数部それぞれの差分であり、表1に示したような縦軸の差だけの差分ではない。そのため、図7では縦軸だけでなく横軸のスケールも変化している。同一の周波数の値について実数部と虚数部それぞれの差分をとる結果、複素インピーダンス・データの中に元々パラメータとして陰に含まれていた測定周波数という情報を、異なるインピーダンス・データ間で正確に反映させることができるため、精度の高い差分インピーダンス・スペクトルを得ることが可能になる。
【実施例0041】
実施例1と同じ条件で試作した電池を用いて、放電状態の試作電池に対し、充放電速度0.1C、2サイクル目、放電率50%におけるインピーダンスを基準インピーダンス・スペクトルとして測定した。その結果を図9に示す。高周波数側円弧(図の左側)と低周波数側円弧(図の中央部)の2つの円弧と、それに続く直線的上昇部が見られた。その後、この電池を用いて、充放電速度0.2C、10サイクルの充放電後、さらに0.1Cで50%まで放電した時のインピーダンスを状態変化後のインピーダンス・スペクトルとして測定した。その結果を図10に示す。スペクトルの形状は図9と同様であり、両者を見比べてもインピーダンス・スペクトルから両者の変化を判別することは難い。
【0042】
次に、実施例1と同様に、図9図10に示されたそれぞれのインピーダンス・スペクトルを、等価回路モデル法を用いて解析した。等価回路モデルは図6で示した等価回路と同一の等価回路で解析が可能であった。これから求めたパラメータ、R、T、αは高周波数側円弧(図の左側)に対応し、R、T、αは低周波数側円弧(図の中央部)に対応する。これらのパラメータと、両者のパラメータ値の差を表3に示す。実施例1の場合と同様に、コンスタント・フェーズ・エレメントのT、T、α、αパラメータの差分はばらつきが大きく、負の値もあり、有意な値を示しているとは認められず、定量が不可能となっている。
【0043】
【表3】
【0044】
次に、実施例1と同様に、図10のスペクトル値から図9のスペクトル値を実数部と虚数部のそれぞれについて差分を求め、充放電速度0.2C、10サイクルの充放電による変化のみを抽出して差分インピーダンス・スペクトルを求めた。これを図11に示す。2つの円弧において約10%増加していることが分かる。この差分インピーダンス・スペクトルを等価回路モデルで解析した結果、図6に示したものと同一の等価回路が適用可能であった。そしてこの等価回路によりパラメータを精度良く最適化できた。結果を表4に示す。この最適化パラメータを用いて再現した差分インピーダンス・スペクトルは図11中の実線で示されている。
【0045】
【表4】
【0046】
同じ構造の電池に対する実施例1と実施例2の実験結果から明らかになった電池の状態変化は、負極が可逆性の高い合金であることを考慮すると、正極の状態変化によるもの、具体的に言えば正極活物質のリチウム挿入脱離能の低下によるものと推測できる。このように、本発明の電気化学インピーダンス解析法により、電池の劣化の具体的な要因をより正確に推定することが可能となる。
【0047】
なお、本発明の説明は上記実施例に基づいてなされたが、本発明はそれに限定されず、本発明の精神と添付の請求の範囲の範囲内で種々の変更、および修正をすることができることは当業者に明らかである。差分インピーダンス・スペクトルの解析法として、等価回路モデル解析以外にも緩和時間分布解析法等、他の手法を適用しても良い。また、モデル・パラメータの最適化に用いた複素非線形最小自乗法の代わりに、非線形関数に対して最適パラメータを求める最小自乗法であれば何を用いても良い。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11