(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023080571
(43)【公開日】2023-06-09
(54)【発明の名称】機能性ゲル層により被覆された生物個体およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/10 20060101AFI20230602BHJP
C12M 1/00 20060101ALI20230602BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20230602BHJP
C12N 11/04 20060101ALN20230602BHJP
【FI】
C12N1/10
C12M1/00
C12Q1/02
C12N11/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021193993
(22)【出願日】2021-11-30
(71)【出願人】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】小嶋 勝
(72)【発明者】
【氏名】ムバロク ウィルダン
(72)【発明者】
【氏名】境 慎司
【テーマコード(参考)】
4B029
4B033
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
4B029AA07
4B029BB11
4B029CC05
4B033NA16
4B033NB58
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4B065AA90X
4B065BD38
4B065BD40
4B065BD42
4B065BD43
4B065CA46
(57)【要約】
【課題】種々の材料を使用して作製可能であり、かつ安定性が向上した機能性ゲル層により体表が被覆された生物個体を提供する。
【解決手段】本発明の一実施形態に係る生物個体は、架橋された架橋性分子を含む機能性ゲル層によって、体表の少なくとも一部が被覆されている。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
架橋された架橋性分子を含む機能性ゲル層によって、体表の少なくとも一部が被覆された生物個体。
【請求項2】
前記生物個体が無脊椎動物である、請求項1に記載の生物個体。
【請求項3】
前記生物個体が線虫である、請求項1または2に記載の生物個体。
【請求項4】
前記機能性ゲル層が、ナノ粒子、マイクロ粒子、磁性体、薬剤、薬剤前駆物質、細菌類、細胞、酵素、細胞外小胞、タンパク質、核酸、高分子、肥料から選択される1種類以上を含む、請求項1~3のいずれか1項に記載の生物個体。
【請求項5】
前記架橋性分子が光架橋性分子である、請求項1~4のいずれか1項に記載の生物個体。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1項に記載の生物個体を含む、バイオセンサー。
【請求項7】
架橋性分子を含む溶液と、生物個体とを接触させる接触工程と、前記溶液に含まれる架橋性分子を架橋させることにより、前記生物個体の体表の少なくとも一部を、機能性ゲル層により被覆する架橋工程とを含む、体表の少なくとも一部が機能性ゲル層により被覆された生物個体の製造方法。
【請求項8】
前記架橋性分子を含む溶液の粘度が、5~20000mPa・sである、請求項7に記載の生物個体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は機能性ゲル層により被覆された生物個体およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
線虫等の生物個体を被覆することにより機能化し、バイオセンシング等に利用する技術の研究が活発化している。このような機能化の方法として例えば、非特許文献1には、異なる電荷の高分子水溶液に線虫を交互に浸し、線虫の体表に静電的に結合化ポリイオンコンプレックス層を作製する方法が記載されている。
【0003】
また、細胞を被覆する方法としては、特許文献1に記載の技術が挙げられる。特許文献1には特定の結合分子を介して触媒分子を標的細胞に結合させ、触媒分子が寄与する架橋反応によって、標的細胞の表面を被覆する被覆層を形成する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Langmuir,2011,27,7708-7713
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上述した非特許文献1に記載の技術は使用可能な機能層の材料が限定され、かつ機能層の安定的な保持の観点から改善の余地があった。また特許文献1に記載の技術は主に単離された細胞の被覆を意図しており、生物個体全体を被覆することについては記載されていない。
【0007】
本発明の一態様は、種々の材料を使用して作製可能であり、かつ安定性が向上した機能性ゲル層により体表が被覆された生物個体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するために、本発明の発明者は鋭意検討した結果、架橋性分子を用いることにより、種々の材料を使用して機能性ゲル層を作製可能であり、かつ機能性ゲル層を安定的に保持できることを見出した。
【0009】
すなわち、本発明は以下の構成を含む。
<1>架橋された架橋性分子を含み、機能性ゲル層によって、体表の少なくとも一部が被覆された生物個体。
<2>前記生物個体が無脊椎動物である、<1>に記載の生物個体。
<3>前記生物個体が線虫である、<1>または<2>に記載の生物個体。
<4>前記機能性ゲル層が、ナノ粒子、マイクロ粒子、磁性体、薬剤、薬剤前駆物質、細菌類、細胞、酵素、細胞外小胞、タンパク質、核酸、高分子、肥料から選択される1種類以上を含む、<1>~<3>のいずれかに記載の生物個体。
<5>前記架橋性分子が光架橋性分子である、<1>~<4>のいずれかに記載の生物個体。
<6><1>~<5>のいずれか1項に記載の生物個体を含む、バイオセンサー。
<7>架橋性分子を含む溶液と生物個体とを接触させる接触工程と、前記溶液に含まれる架橋性分子を架橋させることにより、前記生物個体の体表の少なくとも一部を、機能性ゲル層により被覆する架橋工程とを含む、体表の少なくとも一部が機能性ゲル層により被覆された生物個体の製造方法。
<8>前記架橋性分子を含む溶液の粘度が、5~20000mPa・sである、<7>に記載の生物個体の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の一態様によれば、種々の材料を使用して作製可能であり、かつ安定性が向上した機能性ゲル層により体表が被覆された生物個体を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明の一態様に係る架橋性分子が機能性ゲル層を形成する反応の一例を示した模式図である。
【
図2】本発明の一態様に係る架橋性分子が機能性ゲル層を形成する反応の別の例を示した模式図である。
【
図3】本発明の一態様に係る生物個体の製造方法を示した模式図と、実際の手順の一例を説明する図である。
【
図4】本実施例における機能性ゲル層により被覆された線虫を示す図である。
【
図5】本実施例における機能性ゲル層により被覆された線虫を示す図である。
【
図6】本実施例における走化性試験の実験方法の模式図である。
【
図7】本実施例における走化性試験の実験結果を示すグラフである。
【
図8】本実施例における機能性ゲル層により二重に被覆されたアニサキスを示す図である。
【
図9】本実施例におけるヒドロゲル形成用溶液の粘度と、機能性ゲル層の厚さの相関性を示すグラフである。
【
図10】本実施例における磁性体を含む機能性ゲル層により被覆された線虫を示す図である。
【
図11】本実施例における細菌類を含む機能性ゲル層により被覆された線虫を示す図である。
【
図12】本実施例における細胞を含む機能性ゲル層により被覆された線虫を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
〔1.生物個体〕
<1-1.本発明の概要>
本発明の一実施形態に係る生物個体(以下、本生物個体とも称する。)は、架橋された架橋性分子を含み、機能性ゲル層によって、体表の少なくとも一部が被覆されている。
【0013】
上述した通り、特許文献1の技術は線虫の体表にポリイオンコンプレックス層を形成する。ポリイオンコンプレックス層の作製には、プラスの電荷を有する高分子およびマイナスの電荷を有する高分子が必要となる。そのため、そもそも電荷を有しない高分子等は材料として使用できず、安定性の観点からも改善の余地があった。また、特許文献1の技術は、主に単離された細胞を対象としてヒドロゲルによる被覆を行っているため、生物個体を対象としておらず、生物個体の運動性、走性については考慮されていなかった。
【0014】
本生物個体においては、機能性ゲル層に架橋性分子が含まれる。換言すれば、機能性ゲル層は、架橋性分子によって形成されている。架橋性分子としては種々の材料が存在しており、架橋された架橋性分子は物理的、化学的に安定な性質を示す。そのため、本生物個体の機能性ゲル層は種々の材料を使用して製造可能であり、架橋性分子を含むことにより、得られる機能性ゲル層は物理学的および化学的に安定な性質を示す。また、機能性ゲル層の厚さは生物個体の運動性、および走性を妨げない厚さとすることも可能である。そのため、任意の物質を機能性ゲル層に含有させることにより、当該任意の物質を本生物個体により運搬すること、あるいは本生物個体に任意の機能を持たせることが可能となる。
【0015】
本明細書において、「生物個体」とは、多細胞生物から単離された細胞自体またはその培養物ではなく、1個体の生物として生存するために必要な機能および構造を備えた不可分な単位を意味する。「生物個体」は、1個体の生物として活動可能な単位とも言える。本生物個体の種類は特に限定されない。生物個体は、動物であってもよく、植物であってもよい。また、生物個体は、多細胞生物であってもよく、単細胞生物であってもよい。生物個体は、例えば脊椎動物、無脊椎動物、植物、微生物であってもよい。脊椎動物としては、例えば哺乳類、爬虫類、鳥類、両生類、および魚類等であってもよい。無脊椎動物としては、例えば、線形動物(線虫)、類線形動物、軟体動物、節足動物、環形動物、棘皮動物等であってもよい。微生物としては、例えば原核生物、アメーバ、ゾウリムシ、ミドリムシ等の真核生物の単細胞生物等であってもよい。植物としては例えば種子植物、コケ植物、シダ植物、藻類等であってもよい。
【0016】
本生物個体として用いられる生物個体は無脊椎動物であってもよく、取り扱いが容易であり、バイオセンシング等に利用する研究が進行している観点から、線虫であることが好ましい。前記線虫としては例えば、カエノラディティス・エレガンス(C.elegans)、アニサキス、回虫、ネコブセンチュウ類(Meloidogyne spp.)、ネグサレセンチュウ類(Platylenchus spp.)、シストセンチュウ類(Heterodera spp.)等が挙げられる。
【0017】
本生物個体は、機能性ゲル層に様々な物質を含有可能であり、また様々な生物個体を使用可能であるため、多岐にわたる用途に使用することができる。例えば、特定の分子を分解する酵素を機能性ゲル層に含有させ、当該酵素の分解産物に対して走化性を示す生物個体を使用すれば、間接的に酵素による分解前の物質を検出することが可能となる。また別の例としては、癌組織に対して走化性を示す生物個体を使用して、機能性ゲル層に抗癌剤等を含有させれば、自律的に癌組織を攻撃するシステムを構築することが可能となる。さらなる例としては、機能性ゲル層に光、電磁波等の外部からの刺激に応答する材料を含有させることにより、ウェットロボティクスの分野においても使用の可能性が存在する。
【0018】
生物個体は、例えば走性を示す生物個体であってもよい。そのような生物個体としては、線虫、ミミズ、ヒル等が挙げられる。
【0019】
<1-2.機能性ゲル層>
機能性ゲル層は、溶液中に含まれる架橋性分子を架橋させることによって得ることができる。好ましくは、機能性ゲル層の主成分はヒドロゲルである。ヒドロゲルは水を多く含む物質であるため、生物個体として線虫等を用いた場合に、線虫等の生存に必要な湿潤環境を維持することができる。
【0020】
機能性ゲル層は、本生物個体の体表の少なくとも一部を被覆している。好ましくは本生物個体の体表面積の5%以上、より好ましくは30%以上、さらに好ましくは50%以上が機能性ゲル層によって被覆されている。被覆率の上限値は特に限定されないが、本生物個体は体表面積の100%が機能性ゲル層によって被覆されていてもよい。前記被覆率が前記範囲内であれば、機能性ゲル層による効果が向上する。
【0021】
本生物個体の機能性ゲル層は一層のみが形成されていてもよいし、二層以上の多層構造であってもよい。また、機能性ゲル層が多層構造を有する場合、各層は同じ種類の架橋性分子を含んでいてもよいし、異なる種類の架橋性分子を含んでいてもよい。
【0022】
前記機能性ゲル層の厚さは、前記生物個体(但し、生物個体が運動可能な場合)が運動可能な厚さであってもよい。「生物個体が運動可能な厚さであること」は、機能性ゲルによって被覆された生物個体が運動可能であるか目視で(必要に応じて顕微鏡を用いて)確認することにより判断できる。また、機能性ゲルの厚さは、前記生物個体(但し、生物個体が走性を示す場合)が走性を示すことが可能な厚さであってもよい。「生物個体が走性を示すことが可能な厚さであること」は、例えば実施例2に記載の走化性応答試験によって確認することが可能である。機能性ゲルの厚さは、好ましくは0.1μm以上であり、より好ましくは1μm以上、さらに好ましくは3μm以上である。また、機能性ゲルの厚さは、好ましくは500μm以下であり、より好ましくは100μm以下、さらに好ましくは50μm以下、特に好ましくは20μm以下、最も好ましくは10μm以下である。前記機能性ゲル層の厚みが0.1μm以上であれば、機能性ゲル層の強度および安定性が向上し、500μm以下であれば、生物個体の運動性、走性が低下しにくい。前記機能性ゲル層の厚みは、例えば後述する架橋性分子を含む溶液の粘度を変更することにより調整することができる。
【0023】
機能性ゲル層はゲル自体が機能性を有していてもよいし、ゲルが別途機能性物質を含むことにより機能性を有してもよい。例えばゲル自体が、生物個体を保護する機能、細胞などを担持する機能を有してもよい。機能性ゲル層は例えば細胞、細菌類、微生物等を含んでいてもよい。また、前記機能性物質としては例えば、ナノ粒子、マイクロ粒子、磁性体、薬剤、薬剤前駆物質、酵素、細胞外小胞、タンパク質、核酸、高分子、および肥料等が挙げられる。
【0024】
前記細胞としては例えば、任意の生物個体の細胞、幹細胞、分化細胞、初代細胞、継代細胞、株化細胞、培養細胞等が挙げられる。任意の生物個体としては、上述した本生物個体として用いられる生物個体が挙げられる。幹細胞としては、多分化能と自己複製能とを有する細胞であれば特に限定されない。分化細胞は、分化した細胞であれば特に限定されない。
【0025】
細菌類としては例えば、大腸菌、アゾトバクター、菌根菌、および乳酸菌等が挙げられる。ナノ粒子、マイクロ粒子としては例えば、カーボンナノファイバー、グラフェン、グラファイト、金属ナノ粒子、蛍光粒子、およびシリカナノ粒子等が挙げられる。磁性体としては例えば、金属ナノ粒子、酸化鉄ナノ粒子、磁性ラテックス粒子および磁性シリカ粒子等が挙げられる。薬剤としては例えば、治療薬、洗浄薬および農薬等が挙げられる。酵素としては例えば、ペルオキシダーゼ、カタラーゼ、グリコシダーゼおよびリパーゼ等が挙げられる。タンパク質としては例えば、ヘモグロビン、コラーゲン、ゼラチンおよび塩基性線維芽細胞増殖因子等が挙げられる。核酸としては、デオキシリボ核酸とリボ核酸が挙げられる。高分子としては例えば、多糖、多糖修飾物、界面活性剤、脂質、ポリビニルアルコール、およびポリエチレングリコール等が挙げられる。肥料としては、窒素質肥料、リン酸質肥料、および複合肥料などが挙げられる。
【0026】
前記機能性ゲル層は、架橋された架橋性分子を含む。架橋性分子は、当該架橋性分子を含む溶液中において、架橋反応により架橋される分子であれば特に限定されない。架橋性分子は、架橋性基を有する分子であり、架橋性基を有する親水性分子であることが好ましい。架橋性基は、分子の架橋構造の形成に寄与する官能基であれば特に限定されない。架橋性基は、例えば、水酸基、アミノ基、カルボキシル基、メタクリロイル基、メタクリレート基、チオール基及びビニル基からなる群より選択される1種以上であってもよい。水酸基は、例えば、ベンゼン環に結合した水酸基であってもよい。ベンゼン環に結合した水酸基は、例えば、フェノール性水酸基(フェノール基)および/またはカテコール基であってもよい。アミノ基は、例えば、ベンゼン環に結合したアミノ基であってもよい。また、例えば、架橋性分子がシュガービートペクチンである場合、当該シュガービートペクチンに含まれるフェルラ酸部分および/またはジヒドロフェルラ酸部分を架橋性基として利用してもよい。
【0027】
架橋性分子の分子量は、特に限定されないが、例えば、100Da以上であることとしてもよく、300Da以上であってもよい。架橋性分子の分子量の上限値は特に限定されないが、当該分子量は、例えば、107Da以下であってもよい。
【0028】
架橋性分子は、例えば、架橋性高分子であってもよい。架橋性高分子は、架橋性基を有する高分子であり、架橋性基を有する親水性高分子であることが好ましい。架橋性高分子は、架橋性基を有する天然高分子および/または合成高分子であってもよい。天然高分子は、例えば、タンパク質、多糖類、核酸、ポリフェノール重合体及びこれらの誘導体からなる群より選択される1つ以上であってもよい。
【0029】
タンパク質は、例えば、ゼラチン、コラーゲン、アルブミン、グロブリン、フィブリン、フィブロイン、セリシン、ムチンおよびこれらの誘導体からなる群より選択される1つ以上であってもよい。多糖類は、例えば、アルギン酸、ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸、デンプン、デキストラン、プルラン、セルロース、ペクチン、シュガービートペクチン、アミロペクチン、キチン、キトサン、アミロース、ヘパリン、ヘパラン硫酸、ラムナン硫酸、ポリグルクロン酸及びこれらの誘導体、並びにこれらの塩からなる群より選択される1種以上であってもよい。核酸は、例えば、デオキシリボ核酸、リボ核酸及びこれらの誘導体からなる群より選択される1種以上であってもよい。ポリフェノール重合体は、例えば、タンニン重合体、カテキン重合体及びこれらの誘導体からなる群より選択される1種以上であってもよい。合成高分子は、例えば、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル及びこれらの誘導体からなる群より選択される1種以上であってもよい。
【0030】
前記架橋性分子としては例えば、光架橋性分子、熱架橋性分子、放射線架橋性分子、電子線架橋性分子等が挙げられる。これらの中でも、好ましくは光架橋性分子である。光架橋性分子としては例えば、タンパク質、多糖類、核酸、ポリフェノール重合体に光架橋性基を導入した誘導体が挙げられる。これらの具体例としては例えば、ゼラチン、アルギン酸、キトサン、コラーゲン、フィブロイン、セリシン、ポリエチレングリコール、ヒアルロン酸およびポリビニルアルコール等に光架橋性基を導入した誘導体が挙げられる。前記光架橋性基としては例えば、フェノール基、メタクリロイル基、メタクリレート基、およびビニル基等が挙げられる。光架橋性分子は光の照射によって架橋してヒドロゲルを形成するため、光照射の範囲を必要に応じて限定することにより、機能性ゲル層による局所的な被覆、多層構造の機能性ゲル層の形成、またはこれらの組み合わせを行うことが可能となる。
【0031】
架橋性分子の架橋は、当該架橋性分子の架橋性基同士が新たな化学結合を形成することにより行われてもよいし、当該架橋性分子同士が、他の分子を介して新たな化学結合を形成することにより行われてもよい。架橋性分子同士が、他の分子を介して新たな化学結合を形成する場合、例えば、当該架橋性分子の第一の架橋性基と、当該他の分子の第二の架橋性基とが化学的に反応して当該新たな化学結合を形成してもよい。前記他の分子としては、例えば、複数のフェノール性水酸基を有するポリフェノール化合物を使用してもよい。
【0032】
図1および
図2に、前記架橋性分子の架橋反応の模式図を示す。なお、
図1および
図2に示す反応はあくまで一例であり、本発明の架橋性分子の反応機構を限定するものではない。例えば前記架橋性分子がフェノール基を含有した高分子である場合は、
図1のような反応により架橋させることができる。具体的には、過硫酸ナトリウム(SPS)を犠牲剤、トリス(2,2-ビピリジル)ルテニウム(II)クロライド六水和物[Ru(II)bpy
3]
2+を架橋触媒として用いて、波長452nmに極大値を持つ光を照射することにより架橋反応が生じ、ベンゼン環の炭素同士の結合、あるいはヒドロキシ基に含まれる酸素を介したエーテル結合により、機能性ゲル層が形成される。
【0033】
また、前記架橋性分子がメタクリレート基を導入した高分子である場合は、
図2に示すような反応により架橋させることができる。具体的には、リチウムフェニル-2,4,6-トリメチルベンゾイルホスフィナート(LAP)を架橋触媒として用いて、波長405nmに極大値をもつ光を照射することにより架橋反応が生じ、メタクリレート基同士が結合することにより、機能性ゲル層が形成される。
【0034】
架橋性分子は、例えば、架橋された後に分解可能な分子であってもよい。すなわち、架橋性分子は、例えば、架橋された後に酵素により分解可能な分子であってもよい。具体的に、例えば、架橋性分子がタンパク質である場合、当該架橋性分子は、架橋後であっても、タンパク質分解酵素により分解される。また、例えば、架橋性分子が多糖類である場合、当該架橋性分子は架橋後であっても、多糖類分解酵素により分解される。
【0035】
架橋性分子は、架橋性基を導入することにより得られたものであってもよい。架橋性基を導入する方法は特に限られないが、例えば、架橋性基が導入されるべき分子(基礎分子)と、当該基礎分子に当該架橋性基を導入するための化合物とを化学的に反応させることにより行うこととしてもよい。基礎分子と、当該基礎分子に架橋性基を導入するための化合物との化学反応は、特に限られず、例えば、縮合反応であってもよい。
【0036】
前記基礎分子は、架橋性基を導入可能な分子であれば特に限られない。前記基礎分子は、例えば、上述したような天然高分子および/または合成高分子であって、架橋性基を有しない高分子、または被覆層を形成するために十分な量の架橋性基を有しない高分子であってもよい。
【0037】
基礎分子に架橋性基を導入するための化合物は、当該基礎分子と結合する化合物であれば特に限られない。基礎分子と、当該基礎分子に架橋性基を導入するための化合物との結合は、例えば、共有結合、静電的結合、疎水的結合及び水素結合からなる群より選択される1種以上であってもよい。
【0038】
具体的に、基礎分子に架橋性基を導入するための化合物は、例えば、基礎分子と化学的に反応して化学結合を形成する反応性官能基と、当該基礎分子に導入されるべき架橋性基とを有する化合物であってもよい。この場合、反応性官能基は、例えば、カルボキシル基、アミノ基、水酸基、チオール基、マレイミド基、スクシミド基、アジド基及びアルキンからなる群より選択される1種以上であってもよい。
【0039】
より具体的に、基礎分子に架橋性基を導入するための化合物は、例えば、チラミン、フェニルプロピオン酸、アニリン、カテコールアミン(例えば、アドレナリン、ノルアドレナリン及びドーパミンからなる群より選択される1種以上)およびこれらの誘導体からなる群より選択される1種以上であってもよい。
【0040】
前記機能性ゲル層は架橋性分子以外に、添加剤として蛍光性色素、増粘剤および蛍光粒子等を含んでいてもよい。蛍光性色素としては、例えば緑色蛍光タンパク質、赤色蛍光タンパク質、フルオレセイン、ローダミン等が挙げられる。増粘剤としては、例えばヒアルロン酸、デキストラン、アルギン酸、ゼラチン、ポリエチレングリコール等が挙げられる。蛍光粒子としては、例えば蛍光ポリスチレン粒子等が挙げられる。
【0041】
<1-3.バイオセンサー>
本発明の一実施形態に係るバイオセンサー(以下、本バイオセンサーとも称する)は、本生物個体を含む。本バイオセンサーは本生物個体を含んでいれば特に限定されるものではなく、その他の具体的な構成、大きさ、形状等については、特に限定されるものではない。
【0042】
本バイオセンサーが検出する対象は特に限定されず、例えば任意の化学物質、生体組織、生物、外部刺激等が挙げられる。任意の化学物質としては例えば、本生物個体が走化性を示す物質、特定の酵素により分解される化学物質、がん組織により生産される物質および毒性をもつ物質等が挙げられる。生体組織としては例えば、がん細胞およびがん組織等が挙げられる。生物としては例えば、寄生虫、細菌類、およびウイルス等が挙げられる。外部刺激としては例えば、光、音、磁力、熱および電磁波等が挙げられる。
【0043】
本バイオセンサーが検出する対象は、本生物個体の種類を変更することによって適宜設定することができる。例えば、生物個体が線虫である場合、本バイオセンサーはがん細胞あるいはがん組織により生産される物質等を検出することができる。
【0044】
本バイオセンサーは、本生物個体の機能性ゲル層に様々な物質を含有可能であるため、様々な検出対象を選択可能であるだけでなく、必要に応じて薬剤を放出する、物質を分解する等の、検出以外の機能も有することができる。
【0045】
〔2.生物個体の製造方法〕
本生物個体の製造方法(以下、本製造方法とも称する。)は、架橋性分子を含む溶液(以下、架橋性分子溶液とも称する。)と生物個体とを接触させる接触工程と、前記溶液に含まれる架橋性分子を架橋させることにより、前記生物個体の体表の少なくとも一部を、機能性ゲル層により被覆する架橋工程とを含む。
【0046】
架橋性分子、機能性ゲル層、生物個体等については、〔1.生物個体〕において既に説明した事項を適宜援用できる。
【0047】
本製造方法における接触工程は、生物個体の体表と架橋性分子溶液とを接触させることができる方法であれば特に限定されず、任意の方法によって行うことができる。接触工程の方法としては例えば、塗布、噴霧、浸漬等が挙げられる。接触工程は、生物個体の表面全体を容易に被覆することが可能である観点から、生物個体の全体を架橋性分子溶液に浸漬させる、ディップコーティング法であることが好ましい。接触工程がディップコーティング法である場合、本製造方法はさらに生物個体を架橋性分子溶液中から回収する工程を含んでいてもよい。生物個体を架橋性分子溶液から能動的に取り出してもよい。あるいは生物個体が自発的に架橋性分子溶液から出てくるのを待ってもよい。
【0048】
前記架橋性分子溶液は、架橋性分子を含む。架橋性分子溶液中の架橋性分子の濃度は、例えば0.1~30w/v%であってもよく、0.5~10w/v%であってもよく、1~5w/v%であってもよい。
【0049】
前記接触工程において、生物個体は架橋性分子だけでなく、架橋触媒とも接触させることが好ましい。架橋触媒の種類は特に限定されず、例えば活性酸素種(ROS)又は酸素の存在下で酵素架橋反応を触媒してもよいし、熱架橋反応を触媒してもよいし、光架橋反応を触媒してもよい。光架橋触媒としては例えば、光重合開始剤および光酸発生剤等が挙げられる。なお、ROSは、例えば、スーパーオキシド、ヒドロキシラジカル、過酸化水素および一重項酸素であってもよい。また、接触工程において、架橋触媒は架橋性分子溶液中に含まれていてもよいし、架橋性分子とは別に生物個体と接触させてもよい。
【0050】
具体的に、架橋触媒は例えば、ペルオキシダーゼ、カタラーゼ、フェノールオキシダーゼ、カテコールオキシダーゼ、金属ポルフィリン錯体、ハロゲン化合物、過酸化物、ジアゾニウム塩、スルホニウム塩、ヨードニウム塩、ホスフィン酸塩、その他の光重合開始剤等が挙げられる。ペルオキシダーゼ、カタラーゼ及び金属ポルフィリン錯体は、ROSの存在下で架橋性分子の架橋反応を触媒する。フェノールオキシダーゼおよびカテコールオキシダーゼは、酸素の存在下で架橋性分子の架橋反応を触媒する。過酸化物、ハロゲン化合物は、光重合開始剤である。ジアゾニウム塩、スルホニウム塩、ヨードニウム塩およびホスフィン酸塩は、光酸発生剤である。
【0051】
ペルオキシダーゼは、例えば、西洋ワサビペルオキシダーゼ、大豆由来ペルオキシダーゼ、ミエロペルオキシダーゼ、ラクトペルオキシダーゼ、好酸球ペルオキシダーゼおよびチロイドペルオキシダーゼ等から選択される1種以上であってもよい。フェノールオキシダーゼは、例えば、ラッカーゼおよび/またはチロシナーゼ等であってもよい。金属ポルフィリン錯体は、例えば、鉄ポルフィリン錯体および/または銅ポルフィリン錯体であってもよい。鉄ポルフィリン錯体は、例えば、ヘミン(ヘマチン)、ヘモグロビン、フェリヘムおよびヘモクロム等から選択される1種以上であってもよい。過酸化物は、過硫酸ナトリウム、過硫酸アンモニウム、過硫酸カリウム、アシルホスフィンオキシド類、ジ-t-ブチルパーオキサイド、過酸化ベンゾイルおよび過酸化水素等から選択される1種類以上であってもよい。ハロゲン化物は、塩化バリウム、トリス(2,2-ビピリジル)ルテニウム(II)クロライド、フェナシルクロライド、トリハロメチルフェニルスルホンまたはこれらの水和物であってもよい。ホスフィン酸塩は、例えばLAP、トリフェニルホスフィンオキシド(TPO)、ビスアシルホスフィンオキサイド(BAPO)およびこれらのナトリウム塩、リチウム塩等が挙げられる。その他の光重合開始剤は、エオシン-Y、リボフラビン、カンファーキノン、Irgacure 2959、2,2’-アゾビス[2-メチル-N-(2-ヒドロキシエチル)プロピオンアミド]等が挙げられる。
【0052】
また、接触工程において架橋触媒は、特定の2種類以上の組み合わせを使用してもよい。例えば、架橋触媒はROSを生成する化学反応を触媒する第1の架橋触媒と、第1の酵素により生成されたROSの存在下で架橋反応を触媒する第2の架橋触媒とを含んでいてもよい。第1の架橋触媒はROSを生成する化学反応を触媒する活性を示す分子であれば特に限定されず、例えば、グルコースオキシダーゼ、スーパーオキシドディスムターゼ、アミノ酸オキシダーゼ、コリンオキシダーゼ、アルコールオキシダーゼ、ピルビン酸オキシダーゼ、コレステロールオキシダーゼから選ばれる1種類以上であってもよい。また、第2の架橋触媒はペルオキシダーゼおよびグルコースオキシダーゼから選ばれる1種類以上であってもよい。
【0053】
前記架橋性分子溶液の粘度は、好ましくは5~20000mPa・sであり、より好ましくは10~5000mPa・sであり、さらに好ましくは50~2000mPa・sである。架橋性分子溶液の粘度が前記範囲内であれば、機能性ゲル層が十分な強度を有し、かつ生物個体の運動性、走性等を妨げにくい。機能性ゲル層の厚さは、架橋性分子溶液の粘度と、被覆対象とする生物個体の架橋性分子溶液からの取り出し速度とに依存し得る。
【0054】
前記架橋性分子溶液は、架橋性分子および架橋触媒以外に、〔1.生物個体〕において説明した機能性ゲル層に含まれ得る添加剤等を含んでいてもよい。
【0055】
本製造方法における架橋工程を行う方法は、架橋性分子の種類に応じて適宜選択することができる。例えば、架橋性分子が熱架橋性分子である場合には加熱すればよいし、光架橋性分子である場合は、可視光、紫外線、赤外線等を照射すればよい。一例として、架橋性分子が光架橋性分子である場合の架橋工程は、波長400~470nmの青色光を1~120秒間照射することによって行ってもよい。架橋工程が光照射により行われる場合、照射位置を限定することによって機能性ゲル層の形成位置を操作することができる。
【0056】
架橋工程は前記接触工程の後に行ってもよいし、接触工程と同時に行ってもよい。機能性ゲル層の厚み、および形成位置等を調整しやすい観点から、架橋工程は接触工程の後に行うことが好ましい。
【0057】
以下、
図3を用いて本製造方法について具体的に説明する。なお、
図3に示されるのは架橋性分子として光架橋性分子を用い、生物個体として線虫を用い、ディップコーティング法を用いた場合の一例であり、本発明は
図3に示される事項に限定されるものではない。
図3に示す模式図は、本生物個体の製造方法の一例である。まず、(ia)に示すように、架橋性分子溶液に線虫を浸す。線虫を十分に浸した後、(iia)に示すように線虫を架橋性分子溶液から引き上げる。その後、(iiia)に示すように青色光を照射して、線虫体表の光架橋性分子を架橋させることにより、生物個体の体表に機能性ゲル層を形成することができる。
【0058】
また、
図3には本生物個体を実際に製造する際の手順の一例を説明する図も示す。なお、
図3における実際の手順を示す図のうち(ib)~(iiib)は、上述した
図3の模式図の(ia)~(iiia)の工程に対応する。
【0059】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例0060】
以下、本発明の実施例を示すが、本発明はこれらによって限定されるものではない。
【0061】
〔実施例1.機能性ゲル層による被覆〕
<1-1.線虫の培養>
生物個体として、線虫であるC.elegansを用いた。C.elegans野生型N2株を、線虫生育培地(NGM)(1.7%寒天、0.25%ペプトン、50mM NaCl、5mg/mLコレステロール、1mMCaCl2、1mM MgSO4、20mM KPO4)上で培養した。前記NGMには、栄養源として大腸菌OP50を播種した。
【0062】
<1-2.機能性ゲル層の形成用溶液の調製>
機能性ゲル層を形成するために、以下の材料を用いた。
【0063】
[架橋性分子]
アルギン酸ナトリウム(I-1G、グルロン酸高含有)(キミカ製)、キトサン(キトサンLL、脱アセチル化:80%、重量平均分子量:50~100kDa)(焼津水産化学工業製)、ゼラチン(タイプA)(Sigma-Aldrich製)、ゼラチン(タイプB、ゲル強度(ブルーム値):~225g)(Sigma-Aldrich製)
[蛍光体]
FITC-1(Dojindo製)、NHS-rhodamine(Sigma-Aldrich製)
[架橋触媒]
過硫酸ナトリウム(SPS)(和光純薬製)、トリス(2,2-ビピリジル)ルテニウム(II)クロライド六水和物[Ru(II)bpy3]2+(東京化成製)、リチウム
【0064】
[溶液の調製方法]
(アルギン酸ナトリウム-Ph-FITC)
0.1M 2-モルフォリノエタンスルホン酸(MES)溶液200mLにアルギン酸ナトリウムを1.875g溶解させた。次に、別の0.1M MHS溶液50mLに、チラミン塩酸塩を1.475g、水溶性カルボジイミド塩酸塩(WSCD・HCl)を0.7g溶解させ、さらにN-ヒドロキシこはく酸イミド(NHS)を50mL加えた。これらのMES溶液を混合し、さらに50mgFITC-Iを5mLジメチルスルホキシド(DMSO)に溶解させた溶液も添加した。その後、混合液を15~20時間撹拌した。pHを8.0に調整して反応を停止させてから、アセトンにより4倍希釈した後、80%エタノールで洗浄し、洗浄液中にチラミンの吸光度ピークが観察されなくなるまで洗浄を行った。さらに100%エタノールで30分間洗浄を行い、脱気乾燥することによりアルギン酸ナトリウム-Ph-FITCを得た。
【0065】
(キトサン-Ph-Rhodamine)
20mM HClに7w/v%となるようにキトサンを溶解させ、さらにN,N,N',N'-テトラメチルエチレンジアミン(TEMED)を2w/v%となるように加えた後、pHを4.0に調整した。次に、6mgNHS-Rhodamineを5mLのDMSOに溶かした溶液を添加し、さらに3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸1.5w/v%、ラクトビオン酸0.04w/v%、WSCD・HCl1w/v%となるように添加してから、20時間撹拌した。得られた溶液をアセトンで4倍に希釈した後、80%エタノールで洗浄し、洗浄液中に3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸の吸光度ピークが観察されなくなるまで、洗浄を行った。さらに100%エタノールで30分間洗浄を行い、脱気乾燥することによりキトサン-Ph-Rhodamineを得た。
【0066】
(ゼラチン-Ph-FITC)
6.4gNHS、7.6gWSCD・HCl、6.64g3-(4-ヒドロキシフェニル)プロピオン酸をDMFバッファー(水:DMF=300mL:200mL)に溶解させ、pHを4.7に調整してから5時間撹拌した。撹拌終了後、さらに50mgFITC-Iを5mL DMFに溶かした溶液、および20gのゼラチン(タイプB)を添加して、20時間撹拌した。得られた溶液に2~3日透析を行い、透析完了後凍結乾燥させて、ゼラチン-Ph-FITCを得た。
【0067】
(GelMA-FITC)
ゼラチン(タイプA)を3g、PBS50mLに溶かし、そこへ無水メタクリル酸(MA)6mLを、温度50℃、速度0.5mL/minで滴下した。2時間後に反応を停止させ、透析を5日間行った。透析終了後、凍結乾燥させてGelMAを得た。得られたGelMA1gを100mL 0.1M NaHCO3aq(pH8.3)に溶解させ、50mgFITC-Iを5mL DMFに溶かした溶液を添加して40℃で一晩撹拌した。撹拌終了後、3日間透析を行い、透析終了後に凍結乾燥させてGelMA-FITCを得た。
【0068】
上記方法によって得られた、アルギン酸ナトリウム-Ph-FITC、キトサン-Ph-Rhodamine、ゼラチン-Ph-FITC、GelMA-FITCを得た。これらを以下の濃度でPBS(8.0g/L NaCl、0.29g/L KCl、2.89g/L Na2HPO4・12H2O、0.2g/L KH2PO4)に溶解させて、さらに添加剤を加えることにより、機能性ゲル層の形成用溶液を調製した。
・アルギン酸ナトリウム-Ph-FITC溶液:1.0w/v%Alginate-Ph-FITC、2mM SPS、1mM[Ru(II)bpy3]2+
・キトサン-Ph-Rhodamine溶液:2.0w/v%Chitosan-Ph-Rhodamine、2mM SPS、1mM[Ru(II)bpy3]2+
・ゼラチン-Ph-FITC溶液:5.0w/v%Gelatin-Ph-FITC、2mM SPS、1mM[Ru(II)bpy3]2+
・GelMA-FITC溶液:2w/v%GelMA-FITC、0.05w/v%LAP
【0069】
<1-3.機能性ゲル層の形成>
PBSのみ、FITCのみを含む溶液、GelMA-FITCのみを含む溶液、またはGelMA-FITCおよび架橋触媒を含む溶液に線虫を2分間浸した。その後、溶液から出てきた線虫に波長405~450nmの青色光を照射した。青色光照射後の線虫の蛍光顕微鏡(BZ-9000、キーエンス製)による観察像を
図4に示す。
【0070】
図4中、「架橋触媒無し」は架橋触媒を含まないGelMA-FITCのみの溶液、「架橋触媒有り」は架橋触媒を含むGelMA-FITC溶液を用いた場合を示す。
図4より、架橋触媒の有無に関わらず、GelMA-FITCを含む溶液を用いた場合には、線虫表面に蛍光が観察された。しかし、架橋触媒を含まない場合、1時間後には蛍光が観察されなかった。すなわち、この場合、機能性ゲル層が形成されていないと推測される。一方、架橋触媒を含むGelMA-FITC溶液を用いた場合は、1時間後にも蛍光が維持されていたことがわかった。したがって、架橋性分子を架橋することにより機能性ゲル層を形成できることが示された。
【0071】
また、GelMA-FITC溶液以外の前記<1-2>で調製した3種類の溶液に線虫を2分間浸した。その後、溶液から出てきた線虫に波長405~450nmの青色光を照射した。青色光照射後の線虫の蛍光顕微鏡(BZ-9000、キーエンス製)による観察像を
図5に示す。
図5では便宜的に、アルギン酸ナトリウム-Ph-FITC溶液を用いた場合を「アルギン酸」、キトサン-Ph-Rhodamine溶液を用いた場合を「キトサン」、ゼラチン-Ph-FITC溶液を用いた場合を「ゼラチン」と記載している。
【0072】
図5中、Brightfieldは明視野観察像、FTICおよびRhodamineは蛍光観察像を示し、Mergedは明視野観察像と蛍光観察像を重ね合わせた観察像を示す。
図5より、アルギン酸ナトリウム、キトサン、ゼラチンのいずれに架橋性基を導入した架橋性分子を使用した場合においても、線虫の表面は機能性ゲル層によって被覆されていることが分かった。したがって、機能性ゲル層の形成に使用可能な架橋性分子は、特に限定されないことが示された。
【0073】
〔実施例2.機能性ゲル層により被覆した線虫の走化性応答〕
<1-2>において調製したGelMA-FITC溶液に、さらに0.25w/v%ヒアルロン酸を添加した溶液に線虫を2分間浸した。その後、溶液から出てきた線虫に波長405~450nmの青色光を照射して光架橋を行い、線虫の表面を機能性ゲル層で被覆した。
【0074】
次に、
図6の模式図に示すように寒天培地の上側(領域A)には濃度1%、10%、100%のイソアミルアルコール1.5μL、下側(領域B)には水1.5μLを添加した。なお、イソアミルアルコールは線虫の誘引物質として知られている。さらに、観察を容易にするための麻酔として両方の領域に1Mアジ化ナトリウム1.5μLを添加した。その後、機能性ゲル層に被覆された線虫を中央に配置して、1時間後に各領域に存在する個体数を数え、下記計算式(1)により走化性指数を計算した。また、機能性ゲル層に被覆されていない線虫に関しても同様の方法により走化性指数を計算した。
【0075】
(走化性指数)=(A-B)/(A+B)・・・(1)
なお、計算式(1)中、A、Bはそれぞれ領域A、Bに存在した線虫の個体数を意味する。
【0076】
結果を
図7のグラフに示す。
図7中「Non-coated」は被覆前、「2w/v%GelMA+0.25w/v%HA」は機能性ゲル層により被覆後の線虫の走化性指数を意味する。
図7のグラフより、機能性ゲル層による被覆前と後で線虫の走化性に差はなかった。したがって、機能性ゲル層で被覆したとしても線虫の嗅覚に基づく走化性は損なわれないことが示された。
【0077】
〔実施例3.機能性ゲル層の二重被覆〕
<3-1.アニサキスの培養>
実施例3においては、線虫としてアニサキス(A.simplex)を使用した。アニサキスは、日本海において捕獲されたマサバ(学名:Scomber japonics Houttyun)およびゴマサバ(学名:Scomber australasicus)より採取した。アニサキスのうち、成長段階がL3の個体は宿主の魚の消化器官から採取した。アニサキスをPBSによって数回ゆすいだ後、それぞれを30分間抗生物質に浸した。また、宿主の魚の組織から他の成長段階のアニサキスを取り出すために、pH5.6のRPMI-1640培養培地(ニッスイ製)に、5時間浸した。
【0078】
<3-2.機能性ゲル層の形成用溶液の調製>
FITC-Iの代わりに、6mgNHS-Rhodamineを5mLのDMSOに溶かした溶液を使用したこと以外は、前記ゼラチン-Ph-FITCと同様の製造方法により、ゼラチン-Ph-Rhodamineを得た。ゼラチン-Ph-Rhodamineを以下の濃度でPBSに溶解させて、さらに添加剤を加えることにより、以下の組成を有するゼラチン-Ph-Rhodamine溶液を調製した。
・ゼラチン-Ph-Rhodamine溶液:2.0w/v%Gelatin-Ph-Rhodamine、2mM SPS、1mM[Ru(II)bpy3]2+
【0079】
<3-3.二重の機能性ゲル層の形成>
線虫を培地から回収し、PBSによって2回洗浄した後、前記<1-2>において調製したアルギン酸ナトリウム-Ph-FITC溶液に浸した。線虫を溶液から回収し、青色光(波長450nm)を60秒間照射し、PBSによって洗浄した。洗浄後、前記<3-2>において調製したゼラチン-Ph-Rhodamine溶液に浸した。線虫を溶液から回収し、青色光(波長450nm)を60秒間照射し、PBSによって洗浄した。洗浄後、蛍光顕微鏡(BZ-9000、キーエンス製)および共焦点レーザ走査型顕微鏡(C2、ニコン製)によって線虫を観察した。結果を
図8に示す。
【0080】
図8に観察結果を示す。観察結果のうち、「Top view」および「3D view」は共焦点レーザ走査型顕微鏡での観察結果である。
図8の蛍光顕微鏡による観察結果のうち、上段がアルギン酸被膜の観察結果、中段がゼラチン被膜の観察結果、下段が上段および中段の図を重ねた結果を示す。ここで便宜的に、アルギン酸ナトリウム-Ph-FITC溶液を用いた被膜を「アルギン酸被膜」、ゼラチン-Ph-Rhodamine溶液を用いた被膜を「ゼラチン被膜」と称する。
図8より、アニサキスの頭部、胴部のいずれにおいても表面にアルギン酸被膜およびゼラチン被膜による二重の機能性ゲル層が形成されていることが分かる。したがって、複数層の機能性ゲル層により線虫の体表全体を被覆できることが示された。
【0081】
〔実施例4.ヒドロゲルの粘度による機能性ゲル層への影響〕
実施例1の<1-2>において調製した2w/v%GelMA-FITCを含む溶液に、増粘剤としてヒアルロン酸を添加してヒドロゲル形成用溶液の粘度を調整した。さらに、粘度を調整した機能性ゲル層により被覆した線虫を作製した。ヒアルロン酸の添加量と溶液の粘度の関係性のグラフ、および溶液の粘度と機能性ゲル層の厚さの関係性のグラフを
図9に示す。
図9のグラフより、ヒアルロン酸の濃度が上昇すると、溶液の粘度も上昇することが分かる。また、
図9のグラフからは、機能性ゲル層の厚さはヒドロゲル形成用溶液の粘度と共に上昇するが、粘度が一定値を超えると線虫が溶液から出てくる速度が低下するため、機能性ゲル層の厚さが減少する傾向にあることも分かる。
【0082】
〔実施例5.磁性体を含む機能性ゲル層による線虫操作〕
実施例1の<1-2>において調製したAlginate-Ph-FITC溶液に、0.3mg/mLのポリエチレングリコール機能性金属ナノ粒子(MNP)(平均粒径5nm、Sigma-Aldrich製)を添加した以外は実施例1と同様にして、機能性ゲル層により被覆された線虫を得た。また、一部の線虫には青色光を120秒照射して、麻痺状態にした。これらの線虫を樹脂製のT字型迷路内に入れて、動画を撮影した。なお、T字型迷路のサイズは1.0mm×1.0mm×5.0mm(長さ×幅×高さ)であり、Autodesk(登録商標)Fusion360(登録商標)(AutoDesk製)を使用して流路の設計を行い、光造形法によって作製した。
図10に結果を示す。
【0083】
図10はT字型迷路における線虫の動きの経時観察結果である。
図10中、「磁石」の文字が記載されている方向には、NbFeB磁石が設置されている。
図10より、磁石が存在しない場合、線虫は開始位置から特定の方向へは移動しなかった。一方で、磁石が存在する場合、線虫はいずれも開始地点から磁石の存在する方向へと移動していた。また、経路がL字型であったとしても、線虫は磁石の方向へと移動した。したがって、線虫を被覆する機能性ゲル層に磁性体を含有させることにより、線虫の動きをコントロール可能であることが示された。
【0084】
〔実施例6.生きた大腸菌を含む機能性ゲル層による線虫の被覆〕
実施例3において作製したゼラチン-Ph-Rhodamineを以下の濃度でPBSに溶解させて、機能性ゲル層の形成用溶液を調整した。
・ゼラチン-Ph-Rhodamine溶液:2.5w/v%ゼラチン-Ph-Rhodamine、2mM SPS、1mM[Ru(II)bpy3]2+
【0085】
ゼラチン-Ph-Rhodamine溶液に線虫を2分間浸した後、線虫を溶液から回収して青色光を60秒間照射した。安定した機能性ゲル層を形成するために、この工程を2回繰り返した。機能性ゲル層の形成が完了した後、50μLのE.coli HB101(pAcGFP1-1発現、LB培地(5g/L Yeast extract、10g/L NaCl、10g/L Tryptone)にて培養)を線虫の表面に約2分かけて滴下した。滴下終了後、蛍光顕微鏡(BZ-9000、キーエンス製)および共焦点レーザ走査型顕微鏡(C2、ニコン製)によって線虫を観察した。観察結果を
図11に示す。
【0086】
図11は二種類の顕微鏡で観察した観察像を重ね合わせた、線虫の全体像を示す。
図11より、線虫を被覆する機能性ゲル層中に、滴下したE.coliが存在していることが分かる。したがって、機能性ゲル層は生きた細菌類を保持可能であることが示された。
【0087】
〔実施例7.生きた細胞を含む機能性ゲル層による線虫の被覆〕
実施例6と同様の方法にて、機能性ゲル層により線虫を被覆した。その後、5.0×10
3個のC2C12ネズミ心筋由来骨格筋細胞(channelrhodopsin-2発現、mVenusにより修飾)(理研バイオリソース研究センターから購入)を含むDMEM培地に線虫を浸し、10分後、180分後、24時間後にそれぞれ観察を行った。観察は蛍光顕微鏡(BZ-9000、キーエンス製)によって行った。観察結果を
図12に示す。
【0088】
図12中、Brightfieldは明視野観察像、GFPは蛍光観察像を示し、Mergedは明視野観察像と蛍光観察像を重ね合わせた観察像を示す。
図12より、線虫を被覆する機能性ゲル層上に、細胞が存在していることが分かる。したがって、機能性ゲル層は生きた細胞を保持可能であることが示された。