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特開2023-85928タンパク質の固定化方法、及び相互作用力の評価方法
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  • 特開-タンパク質の固定化方法、及び相互作用力の評価方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023085928
(43)【公開日】2023-06-21
(54)【発明の名称】タンパク質の固定化方法、及び相互作用力の評価方法
(51)【国際特許分類】
   C07K 17/00 20060101AFI20230614BHJP
   G01Q 60/42 20100101ALI20230614BHJP
   C07K 14/78 20060101ALN20230614BHJP
【FI】
C07K17/00
G01Q60/42
C07K14/78
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021200250
(22)【出願日】2021-12-09
(71)【出願人】
【識別番号】000229117
【氏名又は名称】日本ゼオン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100150360
【弁理士】
【氏名又は名称】寺嶋 勇太
(74)【代理人】
【識別番号】100213997
【弁理士】
【氏名又は名称】金澤 佑太
(72)【発明者】
【氏名】有浦 望
【テーマコード(参考)】
4H045
【Fターム(参考)】
4H045AA20
4H045EA50
4H045FA83
(57)【要約】
【課題】カンチレバーのプローブにタンパク質を効果的に固定化する方法を提供する。
【解決手段】本発明は、タンパク質をカンチレバーのプローブに固定化する方法であって、前記プローブの表面が、スクシンイミドエステル基を有する化合物によって修飾されており、前記プローブと、タンパク質含有組成物を接触させて前記タンパク質を前記プローブに固定化する工程を含み、前記タンパク質含有組成物におけるトリスヒドロキシメチルアミノメタンの含有割合が、50μM以下である、方法である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
タンパク質をカンチレバーのプローブに固定化する方法であって、
前記プローブの表面が、スクシンイミドエステル基を有する化合物によって修飾されており、
前記プローブと、タンパク質含有組成物とを接触させて前記タンパク質を前記プローブに固定化する工程を含み、
前記タンパク質含有組成物におけるトリスヒドロキシメチルアミノメタンの含有割合が、50μM以下である、方法。
【請求項2】
前記タンパク質がフィブロネクチンである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
タンパク質と樹脂成形体との間の相互作用力を評価する方法であって、
請求項1又は2に記載の方法によってタンパク質が固定化されたタンパク質固定化プローブを備えるカンチレバーを用いて、前記タンパク質固定化プローブと、前記樹脂成形体との距離を変化させ、フォースカーブを得る工程と、
前記フォースカーブを用いて相互作用力を評価する工程と、
を含む、方法。
【請求項4】
前記樹脂成形体の表面の算術平均粗さが、1nm以上10nm以下である、請求項3に記載の方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質の固定化方法、及び相互作用力の評価方法に関する。具体的には、タンパク質をカンチレバーのプローブに固定化する方法、及びタンパク質と樹脂成形体との間の相互作用力を評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、樹脂成形体上で細胞を培養する技術が知られており、また、このような細胞の培養では、細胞を培養するための足場となるタンパク質(以下、「足場タンパク質」と称する場合がある。)を介して、細胞を樹脂成形体に固定化する技術も知られている。
例えば、特許文献1には、樹脂成形体としての脂環構造含有重合体で構成される培養容器の培養面に、タンパク質としてのビトロネクチンを含むコート剤を用いてコーティングを施し、細胞をこの培養面に接着して培養する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2019-146492号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ここで、上記のような細胞の培養においては、細胞と足場タンパク質との相互作用力のみならず、足場タンパク質と樹脂成形体との相互作用力も重要となる。そのため、細胞を樹脂成形体上で培養する前に、予め足場タンパク質と樹脂成形体との相互作用力を評価しておく必要があるところ、タンパク質は非常に小さいため、タンパク質単体のみを用いてタンパク質と樹脂成形体との相互作用力を評価することは困難である。
【0005】
本発明者は、原子間力顕微鏡のカンチレバーが備えるプローブ表面にタンパク質を固定化し、このカンチレバーを使用することで、タンパク質と樹脂成形体との相互作用力を容易に評価できると考えた。しかしながら、本発明者は、このようなカンチレバーの中には、プローブ表面へのタンパク質の固定化が不十分となっているものがあり、これを使用すると、相互作用力の再現性が低くなることに気が付いた。
【0006】
そこで、本発明は、カンチレバーのプローブにタンパク質を効果的に固定化する方法を提供することを目的とする。
また、本発明は、タンパク質と樹脂成形体との間の相互作用力を再現性良く評価する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記課題を解決することを目的として鋭意検討を行った。そして、本発明者は、タンパク質をカンチレバーのプローブに固定化する方法において、トリスヒドロキシメチルアミノメタンの濃度が所定の割合以下の条件下で、表面が所定の化合物によって修飾されたプローブにタンパク質を固定化することにより、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成させた。
また、本発明者は、タンパク質と樹脂成形体との間の相互作用力を評価する方法において、上記固定化方法によってタンパク質が固定化されたプローブを備えるカンチレバーを使用することにより、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成させた。
【0008】
即ち、この発明は上記課題を解決することを目的とするものであり、本発明は、タンパク質をカンチレバーのプローブに固定化する方法(以下、「タンパク質の固定化方法」と称する場合がある。)であって、前記プローブの表面が、スクシンイミドエステル基を有する化合物によって修飾されており、前記プローブと、タンパク質含有組成物とを接触させて前記タンパク質を前記プローブに固定化する工程を含み、前記タンパク質含有組成物におけるトリスヒドロキシメチルアミノメタンの含有割合が、50μM以下である、方法である。
上記のようなタンパク質の固定化方法であれば、カンチレバーのプローブにタンパク質を効果的に固定化する方法を提供できる。
【0009】
本発明のタンパク質の固定化方法において、前記タンパク質はフィブロネクチンであることが好ましい。フィブロネクチンは最も一般的な足場タンパク質の一つであり、様々な細胞の接着に対してその凝着挙動の与える影響は大きいためである。
【0010】
また、この発明は、上記課題を解決することを目的とするものであり、本発明は、タンパク質と樹脂成形体との間の相互作用力を評価する方法であって、上記したタンパク質の固定化方法によってタンパク質が固定化されたタンパク質固定化プローブを備えるカンチレバーを用いて、前記タンパク質固定化プローブと、前記樹脂成形体との距離を変化させ、フォースカーブを得る工程と、前記フォースカーブを用いて相互作用力を評価する工程と、を含む、方法である。
上記のような相互作用力の評価方法であれば、タンパク質と樹脂成形体との間の相互作用力を再現性良く評価する方法を提供できる。
【0011】
本発明の相互作用力の評価方法において、前記樹脂成形体の表面の算術平均粗さは、1nm以上10nm以下であることが好ましい。
樹脂成形体の表面の算術平均粗さが上記範囲内であれば、タンパク質と樹脂成形体との間の相互作用力の再現性を向上できる。
本明細書において、樹脂成形体の表面の算術平均粗さ(Ra)は、JIS B0601に従って測定できる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、カンチレバーのプローブにタンパク質を効果的に固定化する方法を提供できる。
また、本発明によれば、タンパク質と樹脂成形体との間の相互作用力を再現性良く評価する方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】原子間力顕微鏡により測定され得る典型的なフォースカーブを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。
【0015】
(タンパク質の固定化方法)
本発明のタンパク質の固定化方法は、タンパク質をカンチレバーのプローブに固定化する方法である。そして、本発明のタンパク質の固定化方法は、プローブと、タンパク質含有組成物とを接触させてタンパク質をプローブに固定化する工程(以下、「タンパク質固定化工程」と称する場合がある。)を含む。
本明細書において、「カンチレバー」とは、片持ち梁の形状のものをいい、長尺の一端が固定(固定端)され、他端が可動(自由端)である。そして、カンチレバーは、自由端に探針(プローブ)を備えている。なお、本明細書においてカンチレバーは、原子間力顕微鏡で使用するものである。
【0016】
本発明のタンパク質の固定化方法は、任意で、タンパク質固定化工程以外の工程、例えば、タンパク質固定化工程後にプローブ洗浄工程を含んでいてもよい。
【0017】
<プローブ>
タンパク質を固定化するプローブは、スクシンイミドエステル基を有する化合物によって修飾されている。即ち、タンパク質と接触するプローブの表面には、スクシンインドエステル基が存在している。スクシンイミドエステル基は、一級アミンと反応してアミド結合を形成し得る。従って、タンパク質と接触するプローブの表面にスクシンイミドエステル基が存在していれば、スクシンイミドエステル基がタンパク質のアミノ基と反応してアミド結合を形成し、タンパク質をプローブ表面に固定化できる。なお、プローブは、少なくもタンパク質を固定化する部分の表面が修飾されていればよい。
【0018】
スクシンイミドエステル基を有する化合物によるプローブの修飾は、特に限定されないが、例えば、金・チオール結合によってプローブの表面に該化合物を固定化することにより行うことができる。即ち、チオール基を有する該化合物を、金コーティングされたプローブに接触させることにより、金・チオール結合を形成し、プローブ表面を該化合物によって修飾できる。スクシンイミドエステル基を有する化合物によるプローブの修飾は、金・チオール結合の他にも、Si-O結合等によってプローブの表面に該化合物を固定化することにより行うこともできる。
【0019】
プローブの材料としては、特に限定されず、従来公知のものを用いることができる。金・チオール結合によってスクシンイミドエステル基を有する化合物をプローブに固定化する場合には、金コーティングを容易に行うことができることから、プローブの材料としては窒化珪素を用いることが好ましい。
【0020】
プローブの形状は、特に限定されないが、面方向においてより高分解能でマッピングを行うことができるため、円錐形状又は多角錐形状であることが好ましく、円錐形状であることがより好ましい。
【0021】
<タンパク質含有組成物>
タンパク質含有組成物は、タンパク質を含み、任意で、pH調整剤及び溶媒等を含んでもよい。また、タンパク質含有組成物は、本発明の目的を損なわない範囲において、トリスヒドロキシメチルアミノメタンを含んでいてもよい。
【0022】
本発明のタンパク質の固定化方法において、タンパク質含有組成物におけるトリスヒドロキシメチルアミノメタンの含有割合は、50μM(μmol/L,タンパク質含有組成物の単位体積当たりのトリスヒドロキシメチルアミノメタンの物質量)以下である。
ここで、トリスヒドロキシメチルアミノメタンは、アミン系pH調製剤として一般的に用いられるものであるところ、上述した通り、スクシンイミドエステル基はタンパク質のアミノ基と反応してアミド結合を形成し得る。このタンパク質含有組成物中にトリスヒドロキシメチルアミノメタンが過剰量存在すると、スクシンイミドエステル基は、トリスヒドロキシメチルアミノメタンと反応してしまうため、スクシンイミドエステル基と、タンパク質のアミノ基との反応を阻害する。本発明は、タンパク質含有組成物におけるトリスヒドロキシメチルアミノメタンの含有割合を50μM以下とすることにより、スクシンイミドエステル基と、タンパク質のアミノ基との反応が良好に行われ、その結果、カンチレバーのプローブにタンパク質を効果的に固定化できる。
タンパク質含有組成物におけるトリスヒドロキシメチルアミノメタンの含有割合は、10μM以下であることが好ましく、5μM以下であることがより好ましく、1μM以下であることが更に好ましい。タンパク質含有組成物は、トリスヒドロキシメチルアミノメタンを含まないことが特に好ましい。
【0023】
タンパク質含有組成物に含まれるタンパク質としては、特に限定されないが、例えば、フィブロネクチン、ラミニン、ヒドロネクチン、アルブミン、テネイシン、フィブリノーゲン等が挙げられる。これらのタンパク質は、1種類を単独で用いてもよく、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。これらの中でも、タンパク質としては、最も一般的な足場タンパク質の一つであり、様々な細胞の接着に対してその凝着挙動の与える影響は大きいことから、フィブロネクチンを用いることが好ましい。
【0024】
タンパク質含有組成物に任意で含まれる溶媒としては、例えば、水等が挙げられる。タンパク質含有組成物が溶媒を含む場合、タンパク質含有組成物は、溶媒にタンパク質を溶解又は分散させたタンパク質含有溶液の状態(懸濁液の状態を含む)であってもよい。
【0025】
タンパク質含有組成物に任意で含まれるpH調整剤としては、例えば、リン酸緩衝液等が挙げられる。リン酸緩衝液としては、リン酸及びその塩、例えば、MHPO及びMHPOが挙げられ、ここで、Mはナトリウム及びカリウム等のアルカリ金属である。また、水和塩も使用できる。
【0026】
タンパク質含有組成物中におけるタンパク質の濃度は、例えば、1μg/mL以上20μg/mL以下である。
【0027】
<タンパク質固定化工程>
タンパク質固定化工程では、プローブと、タンパク質含有組成物とを接触させてタンパク質をプローブに固定化する。
【0028】
プローブとタンパク質含有組成物とを接触させる時間は、例えば、0.5時間以上5時間以下である。
【0029】
プローブとタンパク質含有組成物とを接触させる温度は、例えば、20℃以上40℃未満である。
【0030】
<プローブ洗浄工程>
プローブ洗浄工程では、タンパク質固定化工程後にプローブを洗浄する。タンパク質固定化工程後にプローブを洗浄することにより、未反応のタンパク質を除去し、それらが測定時にサンプル表面を汚染することを防ぐことができる。
なお、プローブを洗浄する前に、過剰に存在するタンパク質含有組成物を適宜除去してもよい。
【0031】
プローブの洗浄方法としては、特に限定されないが、例えば、プローブを洗浄液に浸漬し抽出する方法、プローブに洗浄液をかけ流す方法等が挙げられる。また、これらを組み合わせてもよい。プローブの洗浄に用いる洗浄液としては、例えば、上記したリン酸緩衝液等を用いることができる。
【0032】
プローブの洗浄に用いる洗浄液の温度は、例えば、20℃以上40℃未満である。
【0033】
(相互作用力の評価方法)
本発明の相互作用力の評価方法は、タンパク質と樹脂成形体との間の相互作用力を評価する方法である。そして、本発明の相互作用力の評価方法は、上記した本発明のタンパク質の固定化方法によってタンパク質が固定化されたプローブ(以下、「タンパク質固定化プローブ」と称する場合がある。)を備えるカンチレバーを用いて、タンパク質固定化プローブと、樹脂成形体との距離を変化させ、フォースカーブを得る工程(以下、「フォースカーブ取得工程」と称する場合がある。)と、フォースカーブを用いて相互作用力を評価する工程(以下、「相互作用力の評価工程」と称する場合がある。)と、を含む。
上記カンチレバーのプローブは、本発明のタンパク質の固定化方法によってタンパク質が効果的に固定化されているため、これを相互作用力の評価方法に用いることにより、タンパク質と樹脂成形体との間の相互作用力を再現性良く評価できる。
なお、タンパク質の固定化方法については上記したため、ここでは記載を省略する。
【0034】
本発明の相互作用力の評価方法は、任意で、フォースカーブ取得工程及び相互作用力の評価工程以外の工程を含んでいてもよい。
【0035】
<樹脂成形体>
樹脂成形体に用いる樹脂としては、特に限定されないが、例えば、ポリ塩化ビニル、ポリウレタン、ポリメタクリル酸メチル、ポリシアノアクリレート、ポリ乳酸、ポリエチレンテレフタレート、ポリエーテルエーテルケトン、ポリスチレン、脂環構造含有重合体等が挙げられる。これらの樹脂は、1種類を単独で用いてもよく、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。脂環構造含有重合体としては、ノルボルネン系重合体、単環の環状オレフィン系重合体、環状共役ジエン系重合体、ビニル脂環式炭化水素系重合体、及びこれらの水素化物等が挙げられる。
【0036】
ここで、ノルボルネン系重合体は、ノルボルネン骨格を有する単量体であるノルボルネン系単量体を重合してなるものであり、開環重合によって得られるものと、付加重合によって得られるものに大別される。開環重合によって得られるもの(COP:シクロオレフィンポリマー)としては、ノルボルネン系単量体の開環重合体及びノルボルネン系単量体とこれと開環共重合可能なその他の単量体との開環重合体、ならびにこれらの水素化物等が挙げられる。付加重合によって得られるもの(COC:シクロオレフィンコポリマー)としては、ノルボルネン系単量体の付加重合体及びノルボルネン系単量体とこれと共重合可能なその他の単量体との付加重合体等が挙げられる。
【0037】
樹脂成形体の表面の算術平均粗さ(Ra)は、1nm以上であることが好ましく、10nm以下であることが好ましく、7nm以下であることがより好ましい。ここで、「樹脂組成物の表面の算術平均粗さ」とは、タンパク質との相互作用力を測定する側の表面の算術平均粗さを意味する。
樹脂成形体の表面の算術平均粗さが上記範囲内であれば、タンパク質と樹脂成形体との間の相互作用力の再現性を向上できる。
【0038】
<フォースカーブ取得工程>
フォースカーブ取得工程では、本発明のタンパク質の固定化方法によってタンパク質が固定化されたプローブを備えるカンチレバーを用いて、タンパク質固定化プローブと、樹脂成形体との距離を変化させ、フォースカーブを得る。なお、フォースカーブ取得工程では、原子間顕微鏡を用いる。
本明細書において、「フォースカーブ」とは、プローブと樹脂成形体との間の距離の上限と下限(接触状態の場合には「ゼロ」)を設定して定点を上下動させ、カンチレバーの位置と、負荷力としてのカンチレバーのたわみ量との関係をプロットした曲線を意味する。
なお、測定時に樹脂成形体上に緩衝液を滴下しておいてもよい。即ち、樹脂成形体上の緩衝液にプローブを着滴させて、緩衝液の液滴内で定点を上下動させてもよい。緩衝液としては、例えば、上記したリン酸緩衝液等を用いることができる。
【0039】
以下、図1を参照して、得られるフォースカーブの一例を説明するが、フォースカーブはこれに限定されるものではない。
【0040】
図1は、原子間力顕微鏡により測定され得る典型的なフォースカーブを示す図である。樹脂成形体上のある一点で、樹脂成形体とプローブとの距離が十分離れた状態Aから、両者を接近させ接触させた状態B、カンチレバーを更に樹脂成形体に接近させた状態Cへと移行させ、その後、カンチレバーを樹脂成形体から離反させた状態Dを通過し、一定の距離又は負荷力になったところで、樹脂成形体からプローブが剥離し、状態Aに戻るサイクルにおいて、カンチレバーの位置に対して、プローブへの負荷力をプロットする。これにより、フォースカーブが得られる。なお、このサイクルを連続して繰り返すことで複数のフォースカーブを得ることもできる。
ここで、状態Aでは、樹脂成形体とプローブ、即ち、樹脂成形体とタンパク質とが十分に離れているため、プローブに負荷力は生じていない。両者を接近させていくと、状態Bにおいて、樹脂成形体とタンパク質との間で引力が生じて、カンチレバーは下向きにたわみ、樹脂成形体とプローブが接触する。即ち、樹脂成形体にタンパク質が凝着する。カンチレバーを更に樹脂成形体に接近させると、カンチレバーの位置に応じて負荷力は上昇し、カンチレバーは上向きにたわむ(状態C)。次いで、樹脂成形体にタンパク質が確実に凝着した状態から、今度は、カンチレバーを樹脂成形体から離反させる。カンチレバーを樹脂成形体から離反させる過程において、プローブのタンパク質が樹脂成形体に凝着した状態を保つため、プローブに負の負荷力が生じ、カンチレバーは下向きにたわむ(状態D)。カンチレバーを更に樹脂成形体から離反させると、ある距離で、負荷力は急激に0となる。これは、樹脂成形体からプローブが剥離して状態Aに戻ったことを意味する。図1の状態Dにおける最小の負荷力(図1中の「F」)の絶対値を相互作用力(凝着力)と定義することができる。
【0041】
<相互作用力の評価工程>
相互作用力の評価工程では、フォースカーブ取得工程で得られたフォースカーブを用いて相互作用力を評価する。例えば、相互作用力の評価は、複数のフォースカーブから相互作用力(凝着力)を得て、これらを比較することにより行うことができる。
【0042】
一実施形態において、相互作用力の評価は、複数のフォースカーブからそれぞれの図1の状態Dにおける相互作用力を得て、得られた複数の相互作用力を用いて、例えば、算術平均値及び標準偏差を求めることにより行うことができる。
【0043】
相互作用力を評価に用いるフォースカーブの数(即ち、フォースカーブ取得工程の繰り返し回数)は、例えば、128以上512以下である。なお、フォースカーブ取得工程を繰り返す場合、上記負荷力の測定は、樹脂成形体上の同一測定点で複数回行っても、樹脂成形体上の異なる複数の測定点で1回ずつ又は複数回ずつ行ってもよい。測定の正確性及び作業性を両立できることから、上記負荷力の測定は、樹脂成形体上の異なる複数の測定点で1回ずつ行うことが好ましい。
【実施例0044】
以下、本発明について実施例に基づき具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。なお、以下の説明において、量を表す「%」及び「部」は、特に断らない限り、質量基準である。
【0045】
(実施例1)
<タンパク質含有懸濁液の調製>
トリスヒドロキシメチルアミノメタン(表1では「Tris」と表記)を含まないフィブロネクチン(Thermo Fisher Scientific社製、製品名:Corning Fibronectin)を超純水で希釈し、フィブロネクチンの濃度が1mg/mLの懸濁液αを調製した。
別途、リン酸緩衝液(Thermo Fisher Scientific社製、製品名:DPBS(10X))を準備し、これを超純水で10倍希釈した。
10倍希釈リン酸緩衝液を用いて、懸濁液αを100倍希釈し、フィブロネクチンの濃度が10μg/mLのタンパク質含有懸濁液(タンパク質含有組成物)を調製した。
【0046】
<タンパク質の固定化>
プローブ(Auコーティングを有するSiNプローブ)の表面がスクシンイミドエステル基を有する化合物によって修飾されたカンチレバー(Novascan社製 CT.AU.SUC.SN with 0.01N/m)を準備した。このプローブ部分をカンチレバーセルの中に静置し、マイクロピペットを用いて、上記タンパク質含有懸濁液を約200μL滴下した。これを大気下(温度:25℃、圧力:1atm)で2時間静置した。なお、静置中は、タンパク質含有懸濁液の蒸発を防止するために、シャーレで蓋をした。2時間後、プローブ上に滴下したタンパク質含有懸濁液をマイクロピペットで取り除き、上記10倍希釈リン酸緩衝液を用いてピペッティングによりプローブを洗浄し、これを5回繰り返した。洗浄後、セル内を10倍希釈リン酸緩衝液で満たした。
【0047】
<原子間力顕微鏡によるフォースカーブ取得工程>
まず、上記セル内からカンチレバーを引き揚げた。次いで、引き揚げたカンチレバーを原子間力顕微鏡(Bruker社製 製品名:Dimension Fast Scan(Dimension Icon))のカンチレバーホルダーにセットした。次いで、原子間力顕微鏡のステージ上に、樹脂成形体としてのシクロオレフィンポリマー((株)日本ゼオン製、製品名:ZEONEX(登録商標)690R、表1では「COP」と表記)の成形体(表面の算術平均粗さ:7nm)を固定した。次いで、樹脂成形体上に10倍希釈リン酸緩衝液を滴下し、その滴下箇所に向かって、カンチレバーホルダーにセットしたカンチレバーが備えるプローブを着滴させた。そして、樹脂成形体上の10倍希釈リン酸緩衝液の液敵内で、樹脂成形体とプローブとの距離が十分離れた状態(図1の状態Aを参照)から、両者を接近させ接触させた状態(図1の状態Bを参照)、カンチレバーを更に樹脂成形体に接近させた状態(図1の状態Cを参照)へと移行させ、その後、カンチレバーを樹脂成形体から離反させた状態(図1の状態Dを参照)を通過し、一定の距離又は負荷力になったところで、樹脂成形体からプローブが剥離し、状態Aに戻るサイクルにおいて、カンチレバーの位置に対して、プローブへの負荷力をプロットし、フォースカーブを得た。これを分割数(256点)だけ繰り返し、それぞれにおいてフォースカーブを得た。得られた全てのフォースカーブから図1の状態Dにおける最小の負荷力の絶対値(図1中の「F」)を求め、これを相互作用力(凝着力)とした。
なお、フォースカーブ取得工程において、温度は23℃、走査範囲は1μm(四方)、走査速度は0.5Hz、たわみ量は3nm、分割数(行×列)は16×16とした。
【0048】
<相互作用力の再現性の評価>
得られた全ての相互作用力を用いて算術平均値及び標準偏差を求め、相互作用力の再現性を以下の基準で評価した。標準偏差が小さいほど、相互作用力の再現性に優れている。
A:相互作用力の標準偏差が0.3nN未満
B:相互作用力の標準偏差が0.3nN以上0.6nN未満
C:相互作用力の標準偏差が0.6nN以上1.2nN未満
D:相互作用力の標準偏差が1.2nN以上
【0049】
(実施例2)
原子間力顕微鏡によるフォースカーブ取得工程において、樹脂成形体として細胞培養用ポリスチレン(コーニング社製、製品名:Falcon(登録商標)セルカルチャーディッシュ、表1では「TCPS」と表記)の成形体(表面の算術平均粗さ:4nm)を用いたこと以外は実施例1と同様にして、各種操作及び評価を行った。結果を表1に示す。
【0050】
(実施例3)
タンパク質含有懸濁液の調製において、懸濁液αの代わりに、トリスヒドロキシメチルアミノメタンを含有するフィブロネクチン溶液(シグマアルドリッチ社製、ヒト血漿フィブロネクチン)を用いて、トリスヒドロキシメチルアミノメタンの含有割合が1μMのタンパク質含有懸濁液(フィブロネクチンの濃度:10μg/mL)を調製したこと以外は実施例2と同様にして、各種操作及び評価を行った。結果を表1に示す。
【0051】
(実施例4)
タンパク質含有懸濁液の調製において、懸濁液αの代わりに、トリスヒドロキシメチルアミノメタンを含有するフィブロネクチン溶液(シグマアルドリッチ社製、ヒト血漿フィブロネクチン)を用いて、トリスヒドロキシメチルアミノメタンの含有割合が10μMのタンパク質含有懸濁液(フィブロネクチンの濃度:10μg/mL)を調製したこと以外は実施例1と同様にして、各種操作及び評価を行った。結果を表1に示す。
【0052】
(実施例5)
タンパク質含有懸濁液の調製において、懸濁液αの代わりに、トリスヒドロキシメチルアミノメタンを含有するフィブロネクチン溶液(シグマアルドリッチ社製、ヒト血漿フィブロネクチン)を用いて、トリスヒドロキシメチルアミノメタンの含有割合が50μMのタンパク質含有懸濁液(フィブロネクチンの濃度:10μg/mL)を調製したこと以外は実施例1と同様にして、各種操作及び評価を行った。結果を表1に示す。
【0053】
(実施例6)
タンパク質含有懸濁液の調製において、懸濁液αの代わりに、トリスヒドロキシメチルアミノメタンを含有するアルブミン溶液(シグマアルドリッチ社製、ウシ血清アルブミン)を用いて、トリスヒドロキシメチルアミノメタンの含有割合が1μMのタンパク質含有懸濁液(アルブミンの濃度:10μg/mL)を調製したこと以外は実施例1と同様にして、各種操作及び評価を行った。結果を表1に示す。
【0054】
(比較例1)
タンパク質含有懸濁液の調製において、懸濁液αの代わりに、トリスヒドロキシメチルアミノメタンを含有するフィブロネクチン溶液(シグマアルドリッチ社製、ヒト血漿フィブロネクチン)を用いて、トリスヒドロキシメチルアミノメタンの含有割合が100μMのタンパク質含有懸濁液(フィブロネクチンの濃度:10μg/mL)を調製したこと以外は実施例1と同様にして、各種操作及び評価を行った。結果を表1に示す。
【0055】
(比較例2)
タンパク質含有懸濁液の調製において、懸濁液αの代わりに、トリスヒドロキシメチルアミノメタンを含有するフィブロネクチン溶液(シグマアルドリッチ社製、ヒト血漿フィブロネクチン)を用いて、トリスヒドロキシメチルアミノメタンの含有割合が100μMのタンパク質含有懸濁液(フィブロネクチンの濃度:10μg/mL)を調製したこと以外は実施例2と同様にして、各種操作及び評価を行った。結果を表1に示す。
【0056】
【表1】
【0057】
表1からも明らかなように、実施例1~6では、カンチレバーのプローブにタンパク質が効果的に固定化されているため、タンパク質と樹脂成形体との間の相互作用力の再現性が良好であることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明によれば、カンチレバーのプローブにタンパク質を効果的に固定化する方法を提供できる。
また、本発明によれば、タンパク質と樹脂成形体との間の相互作用力を再現性良く評価する方法を提供できる。
図1