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  • 特開-粉末高速度鋼 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023086206
(43)【公開日】2023-06-22
(54)【発明の名称】粉末高速度鋼
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20230615BHJP
   C22C 33/02 20060101ALI20230615BHJP
   C21D 9/00 20060101ALN20230615BHJP
【FI】
C22C38/00 304
C22C33/02 B
C21D9/00 M
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021200562
(22)【出願日】2021-12-10
(71)【出願人】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000556
【氏名又は名称】弁理士法人有古特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山本 隆久
(72)【発明者】
【氏名】澤田 俊之
(72)【発明者】
【氏名】三浦 滉大
(72)【発明者】
【氏名】永富 裕一
【テーマコード(参考)】
4K018
4K042
【Fターム(参考)】
4K018BA16
4K018EA11
4K018EA27
4K018EA31
4K018EA41
4K018FA08
4K018KA15
4K042AA10
4K042AA12
4K042BA03
4K042CA04
4K042CA06
4K042CA07
4K042CA08
4K042CA13
4K042DA01
4K042DA02
4K042DC02
4K042DC03
(57)【要約】
【課題】耐摩耗性及び軟化抵抗に優れた粉末高速度鋼の提供。
【解決手段】粉末高速度鋼の金属組織は、マトリックス4、一次炭化物4及び共晶炭化物6を含んでいる。一次炭化物4及び共晶炭化物6は、マトリックス2に分散している。この粉末高速度鋼の、下記数式で算出される元素比ARは、15以上40以下である。
AR = (Cr% + Mo% + 0.5W%+ V%) / (Mn% + Si% + Al%)
この数式において、Cr%はCrの質量含有率を表し、Mo%はMoの質量含有率を表し、W%はWの質量含有率を表し、V%はVの質量含有率を表し、Mn%はMnの質量含有率を表し、Si%はSiの質量含有率を表し、Al%はAlの質量含有率を表す。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:1.00質量%以上1.90質量%以下、
Si:0.10質量%以上1.00質量%以下、
Mn:0.10質量%以上1.00質量%以下、
Cr:2.0質量%以上7.0質量%以下、
Mo:2.0質量%以上7.0質量%以下、
W:3.0質量%以上15.0質量%以下、
V:2.0質量%以上5.0質量%以下、
Co:0.0質量%以上15.0質量%以下、
Al:0.000質量%以上0.500質量%以下
及び
N:0.000質量%以上0.100質量%以下
を含有しており、
残部がFe及び不可避的不純物であり、
その金属組織に一次炭化物及び共晶炭化物を含んでおり、
下記数式で算出される元素比ARが、15以上40以下である、粉末高速度鋼。
AR = (Cr% + Mo% + 0.5W%+ V%) / (Mn% + Si% + Al%)
(この数式において、Cr%はCrの質量含有率を表し、Mo%はMoの質量含有率を表し、W%はWの質量含有率を表し、V%はVの質量含有率を表し、Mn%はMnの質量含有率を表し、Si%はSiの質量含有率を表し、Al%はAlの質量含有率を表す。)
【請求項2】
上記一次炭化物の最大径DMが2.0μm以上10.0μm以下である、請求項1に記載の粉末高速度鋼。
【請求項3】
上記一次炭化物の面積率PSが5%以上20%以下である、請求項1又は2に記載の粉末高速度鋼。
【請求項4】
Nの含有率が0.010質量%以上0.100質量%以下である、請求項1から3のいずれかに記載の粉末高速度鋼。
【請求項5】
上記共晶炭化物の最大面積SMが5μm以上30μm以下である、請求項1から4のいずれかに記載の粉末高速度鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書は、粉末冶金法で得られた高速度鋼を開示する。
【背景技術】
【0002】
切削工具に、高速度鋼が用いられている。高速度鋼は、「高速度工具鋼」とも称されている。粉末冶金法によって得られた高速度鋼は、「粉末高速度鋼」と称されている。粉末高速度鋼は、「粉末ハイス」とも称されており、「焼結高速度鋼」とも称されている。
【0003】
切削工具には、耐摩耗性が必要である。耐摩耗性の改良が意図された粉末高速度鋼が、特開2001-294986公報及び特開2015-160957公報に開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2001-294986公報
【特許文献2】特開2015-160957公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特開2001-294986公報に記載された粉末高速度鋼の耐摩耗性は、十分ではない。特開2015-160957公報に記載された粉末高速度鋼には、軟化抵抗の点で、改善の余地がある。
【0006】
本出願人の意図するところは、耐摩耗性及び軟化抵抗に優れた粉末高速度鋼の提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
好ましい粉末高速度鋼は、
C:1.00質量%以上1.90質量%以下、
Si:0.10質量%以上1.00質量%以下、
Mn:0.10質量%以上1.00質量%以下、
Cr:2.0質量%以上7.0質量%以下、
Mo:2.0質量%以上7.0質量%以下、
W:3.0質量%以上15.0質量%以下、
V:2.0質量%以上5.0質量%以下、
Co:0.0質量%以上15.0質量%以下、
Al:0.000質量%以上0.500質量%以下
及び
N:0.000質量%以上0.100質量%以下
を含有する。残部は、Fe及び不可避的不純物である。この高速度鋼は、その金属組織に一次炭化物及び共晶炭化物を含む。下記数式で算出される元素比ARは、15以上40以下である。
AR = (Cr% + Mo% + 0.5W%+ V%) / (Mn% + Si% + Al%)
この数式において、Cr%はCrの質量含有率を表し、Mo%はMoの質量含有率を表し、W%はWの質量含有率を表し、V%はVの質量含有率を表し、Mn%はMnの質量含有率を表し、Si%はSiの質量含有率を表し、Al%はAlの質量含有率を表す。
【発明の効果】
【0008】
この粉末高速度鋼は、耐摩耗性及び軟化抵抗に優れる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、一実施形態に係る粉末高速度鋼の金属組織が示された顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本実施形態に係る高速度鋼は、粉末の焼結によって得られる。換言すれば、この合金は、焼結体である。粉末は、典型的にはアトマイズによって得られる。この粉末高速度鋼は、熱処理を経て得られる。典型的な熱処理は、焼きなまし、焼入れ及び焼戻しである。
【0011】
[組成]
この粉末高速度鋼は、
C:1.00質量%以上1.90質量%以下、
Si:0.10質量%以上1.00質量%以下、
Mn:0.10質量%以上1.00質量%以下、
Cr:2.0質量%以上7.0質量%以下、
Mo:2.0質量%以上7.0質量%以下、
W:3.0質量%以上15.0質量%以下、
V:2.0質量%以上5.0質量%以下、
Co:0.0質量%以上15.0質量%以下、
Al:0.000質量%以上0.500質量%以下
及び
N:0.000質量%以上0.100質量%以下
を含有している。残部は、Fe及び不可避的不純物である。
【0012】
[金属組織]
粉末高速度鋼の金属組織は、マトリックスと、このマトリックスに分散する多数の金属炭化物とを含んでいる。マトリックスのベースは、Feである。マトリックスでは、Feに他の元素が固溶している。金属炭化物は、Cと他の元素との化合物である。金属炭化物には、一次炭化物及び共晶炭化物が含まれる。本明細書において一次炭化物とは、凝固過程又は焼入れ過程にて生成する炭化物のうち、共晶炭化物以外のものを意味する。本明細書において共晶炭化物とは、焼入れ過程おいて生成する、複合相である。この複合相では、複数の炭化物が層状に存在するか、又は、炭化物と固溶体とが層状に存在する。
【0013】
この金属組織の顕微鏡写真が、図1に示されている。この写真は、粉末高速度鋼がビレラ腐食液で腐食されることで得られる。この金属組織では、マトリックス2に、複数の一次炭化物4と、複数の共晶炭化物6とが、分散している。一次炭化物4は、白色のみで表示されている。この一次炭化物4は、主にM1CやM1Cである。ここでM1はCr、Mo、V、W、Fe又はCoである。共晶炭化物6は、白色と黒色が交互に並んで表示されており、この共晶炭化物6は、複数の炭化物からなる、又は炭化物と固溶体とからなる複合相である。白色側は主にM1Cであり、黒色側が主にFeの固溶体又はM2Cである。ここでM2は、Cr、Mo、V、W、Fe又はCoである。
【0014】
[元素]
以下、粉末高速度鋼に含まれる元素の詳細が説明される。
【0015】
[炭素(C)]
Cは、他の元素と結合して炭化物を形成する。この炭化物は、粉末高速度鋼の耐摩耗性に寄与しうる。Cはさらに、マトリックスのベースであるFeに固溶して粉末高速度鋼の硬さに寄与する。これらの観点から、Cの含有率は1.00質量%以上が好ましく、1.10質量%以上がより好ましく、1.20質量%以上が特に好ましい。過剰のCは過大な炭化物の生成を招来し、粉末高速度鋼の靱性を阻害する。この観点から、Cの含有率は1.90質量%以下が好ましく、1.80質量%以下がより好ましく、1.75質量%以下が特に好ましい。
【0016】
[ケイ素(Si)]
Siは、製鋼工程での脱酸に寄与する。Siはさらに、焼入れ性にも寄与する。これらの観点から、Siの含有率は0.10質量%以上が好ましく、0.20質量%以上が特に好ましい。過剰のSiは、粉末高速度鋼の加工性を阻害する。加工性の観点から、Siの含有率は1.00質量%以下が好ましく、0.90質量%以下がより好ましく、0.80質量%以下が特に好ましい。
【0017】
[マンガン(Mn)]
Mnは、焼入れ性に寄与する。この観点から、Mnの含有率は0.10質量%以上が好ましく、0.20質量%以上がより好ましく、0.30質量%以上が特に好ましい。過剰のMnは、粉末高速度鋼の加工性を阻害する。この観点から、Mnの含有率は1.00質量%以下が好ましく、0.90質量%以下がより好ましく、0.80質量%以下が特に好ましい。
【0018】
[クロム(Cr)]
Crは、一次炭化物及び共晶炭化物を形成する。このうち一次炭化物は、粉末高速度鋼の耐摩耗性に寄与する。さらにCrは、粉末高速度鋼の組織のマトリックスに固溶し、耐食性に寄与する。これらの観点から、Crの含有率は2.0質量%以上が好ましく、2.2質量%以上がより好ましく、2.3質量%以上が特に好ましい。過剰のCrは、過大な共晶炭化物の生成を招来する。過大な共晶炭化物は、粉末高速度鋼の耐摩耗性及び軟化抵抗を阻害する。過大な共晶炭化物はさらに、隙間腐食を招来する。耐摩耗性、軟化抵抗及び耐食性の観点から、Crの含有率は7.0質量%以下が好ましく、4.0質量%以下がより好ましく、3.0質量%以下が特に好ましい。
【0019】
[モリブデン(Mo)]
Moは、粉末高速度鋼において微細な一次炭化物及び共晶炭化物を形成する。このうち一次炭化物は、粉末高速度鋼の硬度及び耐摩耗性に寄与する。さらにMoは、粉末高速度鋼の組織のマトリックスに固溶し、耐食性に寄与する。これらの観点から、Moの含有率は2.0質量%以上が好ましく、2.5質量%以上がより好ましく、3.0質量%以上が特に好ましい。過剰のMoは過大な一次炭化物の生成を招来し、粉末高速度鋼の靭性を阻害する。この観点から、Moの含有率は7.0質量%以下が好ましく、6.5質量%以下がより好ましく、6.0質量%以下が特に好ましい。
【0020】
[タングステン(W)]
Wは、粉末高速度鋼において微細な一次炭化物及び共晶炭化物を形成する。このうち一次炭化物は、粉末高速度鋼の硬度及び耐摩耗性に寄与する。この観点から、Wの含有率は3.0質量%以上が好ましく、3.5質量%以上がより好ましく、4.0質量%以上が特に好ましい。過剰のWは過大な一次炭化物の生成を招来し、粉末高速度鋼の靭性を阻害する。この観点から、Wの含有率は15.0質量%以下が好ましく、14.5質量%以下がより好ましく、13.0質量%以下が特に好ましい。
【0021】
[バナジウム(V)]
Vは、粉末高速度鋼において微細でありかつ硬質な一次炭化物及び共晶炭化物を形成する。従ってVは、粉末高速度鋼の硬さ及び耐摩耗性に寄与する。これらの観点から、Vの含有率は2.0質量%以上が好ましく、2.3質量%以上がより好ましく、2.5質量%以上が特に好ましい。過剰のVは、粉末高速度鋼の加工性を阻害する。この観点から、Vの含有率は5.0質量%以下が好ましく、4.7質量%以下がより好ましく、4.5質量%以下が特に好ましい。
【0022】
[コバルト(Co)]
Coは、粉末高速度鋼の硬さ及び耐食性に寄与する。この観点から、Coの含有率は0.5質量%以上が好ましく、0.8質量%以上がより好ましく、1.0質量%以上が特に好ましい。低コストの観点から、Coの含有率は15.0質量%以下が好ましく、13.0質量%以下がより好ましく、10.0質量%以下が特に好ましい。粉末高速度鋼が、実質的にCoを含まない組成を有してもよい。実質的にCoを含まない粉末高速度鋼であっても、この粉末高速度鋼の、前述の効果は奏される。
【0023】
[アルミニウム(Al)]
Alは、酸化物として粉末高速度鋼に介在する。この酸化物は、粉末高速度鋼の靱性を阻害する。靱性の観点から、Alの含有率は0.500質量%以下が好ましく、ゼロであることが特に好ましい。なお、不可避的不純物としてのAlの含有は、許容されうる。一方でAlは、粉末高速度鋼の耐摩耗性に寄与しうる。例えば、切削工具の刃先がワークから離れるとき、この刃先の摩耗箇所に、摩擦熱に起因して酸窒化膜が形成される。Alを含有する工具では、この酸窒化膜の硬度が大きい。この酸窒化膜は、刃先の耐摩耗性に寄与しうる。換言すればAlは粉末高速度鋼の耐摩耗性に寄与しうる。耐摩耗性の観点から、Alが意図的に添加されてもよい。Alの含有率は0.001質量%以上が好ましく、0.003質量%以上がより好ましく、0.005質量%以上が特に好ましい。不可避的不純物として残存するAlであっても、その含有率が適正である場合は、耐摩耗性に寄与しうる。靱性が重視されてAlの含有率が0.001質量%未満とされてもよく、耐摩耗性が重視されてこの含有率が0.001質量%以上とされてもよい。Alの含有率が0.001質量%未満とされるか0.001質量%以上とされるかは、原料中に不純物として含有するAlの含有率に依存するので、原料の種類の使い分けで調整されうる。
【0024】
[窒素(N)]
Nは、一次炭化物の粗大化を招く。Nは、窒化物を生成させる。この一次炭化物及び窒化物は、粉末高速度鋼の靱性を阻害する。靱性の観点から、Nが不可避的不純物であることが好ましく、理想的には、Nの含有率は0.000質量%であることが好ましい。実用的には、Nの含有量は0.100質量%以下が好ましく0.080質量%以下が特に好ましい。一方で、一次炭化物及び窒化物は、粉末高速度鋼の耐摩耗性に寄与しうる。耐摩耗性の観点から、一定量のNの含有は許容されうる。耐摩耗性の観点から、Nの含有率は0.010質量%以上が好ましく、0.050質量%以上がより好ましい。つまり、Nの含有率が0.050質量%以上0.080質量%以下であれば、靭性と耐摩耗性とが両立される。靱性が重視されてNの含有率が0.050質量%未満とされてもよく、耐摩耗性が重視されてこの含有率が0.081質量%以上とされてもよい。Nの含有率は、例えば、アトマイズガスの種類(窒素、アルゴン等)の選定によって達成されうる。不可避的不純物として残存するNであっても、その含有率が適正である場合は、耐摩耗性に寄与しうる。
【0025】
[鉄(Fe)]
粉末高速度鋼は、Fe系合金である。この粉末高速度鋼は、靱性に優れる。靱性の観点から、Feの含有率は60質量%以上が好ましく、70質量%以上がより好ましく、75質量%以上が特に好ましい。
【0026】
[不純物]
粉末高速度鋼は、前述のNの他にも、不可避的不純物を含みうる。代表的な不純物として、酸素(O)が挙げられる。Oは、介在物(酸化物)の生成の原因となる。介在物は、破壊の基点となり得る。破壊の抑制の観点から、Oの含有量は0.030質量%以下が好ましく、0.020質量%以下がより好ましい。Oの含有率は、例えば、アトマイズガスの種類(窒素、アルゴン等)の選定によって達成されうる。
【0027】
[元素比]
前述の通り、Cr、Mo、W及びVは、一次炭化物を形成しうる。この一次炭化物は、粉末高速度鋼の耐摩耗性に寄与する。一方、この粉末高速度鋼から得られた工具が切削等の加工に供されると、発熱に起因して、Cr、Mo、W及びVが酸化される。この酸化は、耐摩耗性に悪影響を与える。Mn、Si及びAlは、Cr、Mo、W及びVと比べ、Cとの結合力が小さい。従ってMn、Si及びAlは、Cr、Mo、W及びVに優先して酸化される。Mn、Si及びAlの酸化物は、工具の摩擦面に保護膜として存在しうる。この保護膜は、粉末高速度鋼の耐摩耗性及び軟化抵抗に寄与する。
【0028】
本明細書では、下記の数式(1)によって第一当量E1が算出される。
E1 = Cr% + Mo% + 0.5W%+ V% (1)
この数式(1)において、Cr%はCrの質量含有率を表し、Mo%はMoの質量含有率を表し、W%はWの質量含有率を表し、V%はVの質量含有率を表す。この第一当量E1は、一次炭化物に起因する耐摩耗性と相関する。耐摩耗性に対するWの寄与度はCrのそれの半分程度なので、上記数式(1)において、Wに「0.5」の係数が乗じられている。この第一当量E1はさらに、一次炭化物に起因する軟化抵抗とも相関する。
【0029】
本明細書では、下記の数式(2)によって第二当量E2が算出される。
E2 = Mn% + Si% + Al% (2)
この数式(2)において、Mn%はMnの質量含有率を表し、Si%はSiの質量含有率を表し、Al%はAlの質量含有率を表す。この第二当量E2は、保護膜に起因する耐摩耗性と相関する。この第二当量E2はさらに、保護膜に起因する軟化抵抗とも相関する。
【0030】
本明細書では、
下記の数式(3)によって元素比ARが算出される。
AR = (Cr% + Mo% + 0.5W%+ V%) / (Mn% + Si% + Al%) (3)
この元素比ARは、第一当量E1と第二当量E2との比である。元素比ARは、15以上40以下が好ましい。元素比ARがこの範囲内である粉末高速度鋼では、一次炭化物に起因する耐摩耗性と、保護膜に起因する耐摩耗性とが、両立されうる。一次炭化物に起因する耐摩耗性の観点から、元素比ARは16以上がより好ましく、17以上が特に好ましい。保護膜に起因する耐摩耗性の観点から、元素比ARは35以下がより好ましく、30以下が特に好ましい。元素比ARがこの範囲内である粉末高速度鋼ではさらに、一次炭化物に起因する軟化抵抗と、保護膜に起因する軟化抵抗とが、両立されうる。第一当量E1と第二当量E2との比が適正である場合に優れた軟化抵抗が達成される理由は、詳細には不明であるが、保護膜である酸化物のピン止め効果に起因すると推測される。
【0031】
[一次炭化物の最大径DM]
一次炭化物の最大径DMは、2.0μm以上が好ましい。最大径DMが2.0μm以上である粉末高速度鋼では、径が2.0μm未満である微細炭化物と、径が2.0μm以上である粗大炭化物とが、混在する。微細炭化物は粉末高速度鋼の靱性に寄与し、粗大炭化物は粉末高速度鋼の耐摩耗性に寄与しうる。耐摩耗性の観点から、最大径DMは2.5μm以上がより好ましく、3.0μm以上が特に好ましい。過大な一次炭化物は靱性を阻害し、工具等のチッピングを招来する。靱性の観点から、最大径DMは10.0μm以下が好ましく、8.0μm以下がより好ましく、7.0μm以下が特に好ましい。図1から明らかな通り、一次炭化物の量は、共晶炭化物の量よりも大きい。この一次炭化物の最大径DMが制御されることにより、靱性及び耐摩耗性が、効率的に達成されうる。
【0032】
最大径DMの測定では、走査型電子顕微鏡にて、粉末高速度鋼の研磨面の反射電子像が撮影される。画像解析ソフトによって、この反射電子像に2値化処理が施される。この反射電子像から、視野が無作為に選択される。この視野の、輪郭は長方形であり、面積は5000μmである。この視野に含まれる複数の一次炭化物の、それぞれの円相当径が測定される。円相当径は、反射電子像(二次元画像)における当該一次炭化物の面積と同じ面積を有する円の直径である。これらの円相当径の中の最大値が、最大径DMである。
【0033】
[一次炭化物の面積率PS]
円相当径が2.0μm以上10.0μm以下である一次炭化物の面積率PSは、5%以上20%以下が好ましい。この面積率PSが5%以上である粉末高速度鋼は、耐摩耗性に優れる。この観点から、この面積率PSは7%以上がより好ましく、8%以上が特に好ましい。この面積率PSが20%以下である粉末高速度鋼は、靱性に優れる。この観点から、この面積率PSは18%以下がより好ましく、15%以下が特に好ましい。
【0034】
過小な一次炭化物及び過大な一次炭化物は、耐摩耗性に寄与し得ない。さらに、過小の一次炭化物の面積は、測定が困難である。これらの事情から、本発明者は、2.0μm以上10.0μm以下である一次炭化物に着目し、これらの面積率PSを測定した。
【0035】
面積率PSの測定では、走査型電子顕微鏡にて、粉末高速度鋼の研磨面の反射電子像が撮影される。画像解析ソフトによって、この反射電子像に2値化処理が施される。この反射電子像から、視野が無作為に選択される。この視野の、輪郭は長方形であり、面積は5000μmである。この視野に含まれる複数の一次炭化物の、それぞれの面積が測定される。円相当径が2.0μm以上10.0μm以下である複数の一次炭化物の面積が合計され、合計値が視野の面積で除されることで、面積率PSが算出される。
【0036】
[共晶炭化物の最大面積SM]
粗大な共晶炭化物は、粉末高速度鋼の耐摩耗性及び軟化抵抗を阻害する。耐摩耗性及び軟化抵抗の観点から、共晶炭化物の最大面積SMは30μm以下が好ましく、28μm以下がより好ましく、27μm以下が特に好ましい。過小の共晶炭化物を含む金属組織では、一次炭化物も過小である。過小の一次炭化物は、耐摩耗性への寄与が少ない。耐摩耗性の観点から、共晶炭化物の最大面積SMは5μm以上が好ましく、7μm以上がより好ましく、10μm以上が特に好ましい。
【0037】
最大面積SMの測定では、走査型電子顕微鏡にて、粉末高速度鋼の研磨面の反射電子像が撮影される。画像解析ソフトによって、この反射電子像に2値化処理が施される。この反射電子像から、視野が無作為に選択される。この視野の、輪郭は長方形であり、面積は5000μmである。この視野に含まれる複数の共晶炭化物の、それぞれの面積が測定される。これらの共晶炭化物の中で最も大きい面積を有する1つの共晶炭化物の面積が、最大面積SMである。
【0038】
共晶炭化物の最大面積は、
(1)Cr含有率の調整
(2)後述される熱間等方圧加圧法の温度の調整
(3)後述される焼入れの温度の調整
等によってなされうる。
【0039】
[粉末冶金法]
本発明に係る高速度鋼は、粉末冶金法によって得られうる。粉末冶金法ではまず、ガスアトマイズ法、水アトマイズ法、ディスクアトマイズ法、粉砕法等により、金属粉末が製作される。この金属粉末が高温雰囲気で加圧されて固化し、成形体が得られる。好ましい加圧方法として、熱間等方圧加圧法(HIP)が挙げられる。熱間等方加圧法では、高温下で、等方的な圧力にて粉末が加圧される。好ましくは、加圧媒体として、アルゴンガス、ヘリウムガス等の不活性ガスが用いられる。
【0040】
この成形体に、熱間加工が施される。さらにこの成形体に熱処理が施され、粉末高速度鋼が得られる。典型的な熱処理は、「焼なまし-焼入れ-焼もどし」である。これらの熱処理により、好ましい金属炭化物が生成する。
【0041】
[切削工具]
以下、切削工具の実施形態が説明される。この切削工具の材質は、前述の粉末高速度鋼である。すなわち、この粉末高速度鋼は、
C:1.00質量%以上1.90質量%以下、
Si:0.10質量%以上1.00質量%以下、
Mn:0.10質量%以上1.00質量%以下、
Cr:2.0質量%以上7.0質量%以下、
Mo:2.0質量%以上7.0質量%以下、
W:3.0質量%以上15.0質量%以下、
V:2.0質量%以上5.0質量%以下、
Co:0.0質量%以上15.0質量%以下、
Al:0.000質量%以上0.500質量%以下
及び
N:0.000質量%以上0.100質量%以下
を含有している。残部は、Fe及び不可避的不純物である。この粉末高速度鋼は、その金属組織に一次炭化物及び共晶炭化物を含んでいる。この粉末高速度鋼では、下記数式で算出される元素比ARは、15以上40以下である。
AR = (Cr% + Mo% + 0.5W%+ V%) / (Mn% + Si% + Al%)
この数式において、Cr%はCrの質量含有率を表し、Mo%はMoの質量含有率を表し、W%はWの質量含有率を表し、V%はVの質量含有率を表し、Mn%はMnの質量含有率を表し、Si%はSiの質量含有率を表し、Al%はAlの質量含有率を表す。
【実施例0042】
以下、実施例に係る粉末高速度鋼の効果が明らかにされるが、この実施例の記載に基づいて本明細書で開示された範囲が限定的に解釈されるべきではない。
【0043】
[実施例1]
溶湯にガスアトマイズを施して、粉末を得た。この粉末を、円筒状のスチール缶に充填した。このスチール缶に真空脱気を施し、さらにこのスチール缶を密閉した。アルゴンガス雰囲気にて、圧力が200MPaであり温度が1200℃である条件で、熱間等方加圧を行って、成形体を得た。この成形体を鍛錬比4でに鍛造、圧延、熱間押出し、さらに焼なましを施して、直径が50mmである丸棒を得た。この丸棒に1100℃の焼入れを施し、さらに3時間の焼もどしを施して、実施例1に係る粉末高速度鋼を得た。焼きもどし温度は、焼きもどし後の丸棒の硬さが64から65HRCの範囲となるよう、調整した。この粉末高速度鋼の組成が、下記の表1に示されている。この粉末高速度鋼は、表1に示された元素以外に、不可避的不純物を含んでいる。
【0044】
[実施例2-20及び比較例1-5]
組成を下記の表1及び2に示される通りとし、アトマイズ、熱間等方加圧及び熱処理の条件を下記の表3及び4に示される通りとした他は実施例1と同様にして、実施例2-20及び比較例1-5の粉末高速度鋼を得た。
【0045】
[硬さ維持率PK]
前述の丸棒から、ホブを切り出した。このホブのロックウェル硬さH1を測定した。このホブで、下記の条件にて、切削を行った。
ワークの材質:SCM420
乾湿:乾式
周速:300m/s
時間:10時間
この切削による刃のチッピングは、認められなかった。この切削の後のホブのロックウェル硬さH2を測定した。下記の数式に基づき、硬さ維持率PKを算出した。
PK = (H2 / H1) * 100
この結果が、下記の表3及び4に示されている。
【0046】
[耐摩耗性]
前述の硬さ維持率PKの試験の後のホブにおける、刃のすくい面に形成されている摩耗痕の幅を測定した。30のホブにて測定を行い、これらの測定値の相加平均を算出した。この結果が、下記の表3及び4に示されている。
【0047】
[総合評価]
下記の基準に基づいて、各粉末高速度鋼を格付けした。
A:摩耗痕の幅が1.0mm以下であり、かつ、硬さ維持率が90%以上である。
B:摩耗痕の幅が1.0mmより大きく1.2mm以下であり、かつ、硬さ維持率が90%以上である。
C:摩耗痕の幅が1.2mmより大きく2.0mm以下であり、かつ、硬さ維持率が90%以上である。
D:摩耗痕の幅が2.0mmより大きく3.0mm以下であり、かつ、硬さ維持率が90%以上である。
F:摩耗痕の幅が3.0mmより大きいか、又は硬さ減少率が90%未満である。
この結果が、下記の表3及び4に示されている。
【0048】
【表1】
【0049】
【表2】
【0050】
【表3】
【0051】
【表4】
【0052】
表3及び4に示されるように、各実施例の粉末高速度鋼は、全ての評価項目において優れている。以上の評価結果から、この粉末高速度鋼の優位性は明らかである。
【0053】
[開示項目]
以下の項目のそれぞれは、好ましい実施形態の開示である。
【0054】
[項目1]
C:1.00質量%以上1.90質量%以下、
Si:0.10質量%以上1.00質量%以下、
Mn:0.10質量%以上1.00質量%以下、
Cr:2.0質量%以上7.0質量%以下、
Mo:2.0質量%以上7.0質量%以下、
W:3.0質量%以上15.0質量%以下、
V:2.0質量%以上5.0質量%以下、
Co:0.0質量%以上15.0質量%以下、
Al:0.000質量%以上0.500質量%以下
及び
N:0.000質量%以上0.100質量%以下
を含有しており、
残部がFe及び不可避的不純物であり、
その金属組織に一次炭化物及び共晶炭化物を含んでおり、
下記数式で算出される元素比ARが、15以上40以下である、粉末高速度鋼。
AR = (Cr% + Mo% + 0.5W%+ V%) / (Mn% + Si% + Al%)
(この数式において、Cr%はCrの質量含有率を表し、Mo%はMoの質量含有率を表し、W%はWの質量含有率を表し、V%はVの質量含有率を表し、Mn%はMnの質量含有率を表し、Si%はSiの質量含有率を表し、Al%はAlの質量含有率を表す。)
[項目2]
上記一次炭化物の最大径DMが2.0μm以上10.0μm以下である、項目1に記載の粉末高速度鋼。
[項目3]
上記一次炭化物の面積率PSが5%以上20%以下である、項目1又は2に記載の粉末高速度鋼。
[項目4]
Nの含有率が0.010質量%以上0.100質量%以下である、項目1から3のいずれかに記載の粉末高速度鋼。
[項目5]
上記共晶炭化物の最大面積SMが5μm以上30μm以下である、項目1から4のいずれかに記載の粉末高速度鋼。
【産業上の利用可能性】
【0055】
前述の粉末高速度鋼は、摩擦熱が生じる環境下にある用途、潤滑油を使用する環境下にある用途等に、適している。この粉末高速度鋼は、切削工具、金型、射出成形機、口金、パンチ、手工具、機械工具、刃物等の、種々の用途に用いられうる。
【符号の説明】
【0056】
2・・・マトリックス
4・・・一次炭化物
6・・・共晶炭化物
図1