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特開2023-86237湿式紡糸繊維及びその製造方法、並びにサブミクロンフィブリル及びその製造方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023086237
(43)【公開日】2023-06-22
(54)【発明の名称】湿式紡糸繊維及びその製造方法、並びにサブミクロンフィブリル及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   D01F 2/06 20060101AFI20230615BHJP
   C08B 37/00 20060101ALI20230615BHJP
   D01F 2/00 20060101ALI20230615BHJP
【FI】
D01F2/06 Z
C08B37/00 C
D01F2/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】16
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021200613
(22)【出願日】2021-12-10
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110002077
【氏名又は名称】園田・小林弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】芝上 基成
【テーマコード(参考)】
4C090
4L035
【Fターム(参考)】
4C090AA05
4C090BA23
4C090BB02
4C090BB12
4C090BD05
4C090CA40
4L035AA04
4L035BB03
4L035BB15
4L035BB46
4L035BB66
4L035DD13
4L035EE20
4L035HH10
(57)【要約】
【課題】β-1,3-グルカンを唯一の構成分子として含む、β-1,3-グルカンの湿式紡糸繊維及びその製造方法、並びにサブミクロンフィブリル及びその製造方法を提供する。
【解決手段】特定の化学式(1)で表されるβ-1,3-グルカンのみを構成分子として含む、湿式紡糸繊維。特定の化学式(1)で表される原料β-1,3-グルカンからビスコースを調製する方法(I)、または前記原料β-1,3-グルカンを良溶媒に溶解させる方法(II)により、前記原料β-1,3-グルカンから紡糸繊維を調製することを含む、湿式紡糸繊維の製造方法。
【選択図】図5B
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記化学式(1)で表されるβ-1,3-グルカンのみを構成分子として含む、湿式紡糸繊維。
【化1】
(化学式(1)中、nは60~3,000の整数を表す。)
【請求項2】
前記β-1,3-グルカンが、再生パラミロンを含む、請求項1に記載の湿式紡糸繊維。
【請求項3】
前記β-1,3-グルカンが、精製パラミロンを含む、請求項1に記載の湿式紡糸繊維。
【請求項4】
温度20℃、湿度65%における前記湿式紡糸繊維の吸湿率が11%超である、請求項1または2に記載の湿式紡糸繊維。
【請求項5】
前記湿式紡糸繊維のモノフィラメントが、前記β-1,3-グルカンのみを構成分子として含むサブミクロンフィブリルの集合体である、請求項1から4のいずれか一項に記載の湿式紡糸繊維。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか一項に記載の湿式紡糸繊維の製造方法であって、
下記化学式(1)で表される原料β-1,3-グルカンからビスコースを調製する方法(I)、または前記原料β-1,3-グルカンを良溶媒に溶解させる方法(II)により、前記原料β-1,3-グルカンから紡糸繊維を調製することを含む、湿式紡糸繊維の製造方法。
【化2】
(化学式(1)中、nは60~3,000の整数を表す。)
【請求項7】
前記方法(I)が、(i)アルカリ水溶液中で前記原料β-1,3-グルカンにザンテート基を導入してビスコースを調製することと、(ii)前記ビスコースを、ノズルを介して凝固液中に押し出し、前記ザンテート基を脱離させてβ-1,3-グルカンの紡糸繊維を得ることを含む、請求項6に記載の湿式紡糸繊維の製造方法。
【請求項8】
前記方法(II)が、非プロトン性溶媒を含む良溶媒に前記原料β-1,3-グルカンを溶解させたドープ液を、ノズルを介して凝固液中に押し出し、β-1,3-グルカンの紡糸繊維を得ることを含む、請求項6に記載の湿式紡糸繊維の製造方法。
【請求項9】
前記方法(I)及び(II)が、得られた紡糸繊維をアルコール中に浸漬させて脱水することを含む、請求項6から8のいずれか一項に記載の湿式紡糸繊維の製造方法。
【請求項10】
前記原料β-1,3-グルカンがパラミロンを含む、請求項6から9のいずれか一項に記載の湿式紡糸繊維の製造方法。
【請求項11】
請求項1から5のいずれか一項に記載の湿式紡糸繊維製造用化合物であって、
前記化合物が、下記化学式(2)で表されるザンテート基含有β-1,3-グルカンである、湿式紡糸繊維製造用化合物。
【化3】
(化学式(2)中、Rは水素、またはC(=S)SNaを表し、少なくとも一つのRはC(=S)SNaであり、nは60~3,000の整数を表す。)
【請求項12】
請求項11に記載の湿式紡糸繊維製造用化合物の製造方法であって、
アルカリ水溶液中で、下記化学式(1)で表される原料β-1,3-グルカンにザンテート基を導入することを含む、湿式紡糸繊維製造用化合物の製造方法。
【化4】
(化学式(1)中、nは60~3,000の整数を表す。)
【請求項13】
前記原料β-1,3-グルカンがパラミロンを含む、請求項12に記載の湿式紡糸繊維製造用化合物の製造方法。
【請求項14】
下記化学式(1)で表されるβ-1,3-グルカンのみを構成分子として含む、サブミクロンフィブリル。
【化5】
(化学式(1)中、nは60~3,000の整数を表す。)
【請求項15】
前記β-1,3-グルカンが、精製パラミロン、及び再生パラミロンから選択される少なくとも1つのパラミロンを含む、請求項14に記載のサブミクロンフィブリル。
【請求項16】
請求項14または15に記載のサブミクロンフィブリルの製造方法であって、
請求項1から5のいずれか一項に記載の湿式紡糸繊維を、水中で解繊処理することを含む、サブミクロンフィブリルの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、湿式紡糸繊維及びその製造方法、並びにサブミクロンフィブリル及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
天然高分子系の湿式紡糸繊維として知られるレーヨンは、通常、セルロースを主原料とする再生繊維のことを指す。セルロースは植物由来の材料であり、β-1,4-グルカンによって構成される多糖である。
セルロース以外の多糖であって、天然材料を主原料とする紡糸繊維として、例えば、非特許文献1、2には、キチンやキトサン誘導体を主原料とする紡糸繊維が提案されている。
【0003】
ところで、ミドリムシが産生する貯蔵多糖であるパラミロンは、グルコースがβ-1,3結合で連結された構造を有する、β-1,3-グルカンである。パラミロンは、独立栄養生物、かつ従属栄養生物でもあるミドリムシ(藻類)により生産される多糖であり、サスティナブル性の高い素材として注目されている。
パラミロンは特異的ならせん構造を有しており、パラミロンのみを構成分子として含む紡糸繊維が得られれば、前記らせん構造に由来する諸々の特性(例えば、高吸湿率等)を発現可能な天然繊維となることが期待される。
【0004】
パラミロンは直径が数μmの粒子としてミドリムシの細胞から抽出される。パラミロンを様々な素材に加工するためには、パラミロン粒子をいったん溶解したのち、望む形状に加工する必要がある。しかしながらパラミロン粒子は、水や一般的な有機溶媒には溶解しないため、加工が非常に難しい。
【0005】
特許文献1には、セルロース誘導体をアルカリ水溶液中に溶解させたビスコース中に、パラミロン粒子を埋入させたのちに湿式紡糸して、パラミロン含有セルロース繊維を調製する方法が提案されている。しかしながら、特許文献1の湿式紡糸繊維に含まれるパラミロンの量は0.5~10重量%程度であり、パラミロン100%の湿式紡糸繊維については報告されていない。そのため、パラミロンのみを紡糸して繊維化した際に発揮されることが期待される上記の特性の有無については、何ら評価されていない。
【0006】
パラミロンを繊維原料として用いる方法の1つとして、パラミロンを化学変性して溶解させる方法が知られている。本願発明者は、これまでに、パラミロンをアセチル化して、アセチル化パラミロンを調製したのち溶融紡糸する方法について検討を行ってきた(非特許文献3)。半合成繊維であるアセチル化パラミロンの湿式紡糸繊維は、生分解性を有すると推察されるが、天然のパラミロンの構造(β-1,3-グルカン)とは異なるため、天然繊維とはいえない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第6654264号
【特許文献2】特開2021-036039号公報
【特許文献3】特開2020-090744号公報
【非特許文献1】J.Appl.Polym.Sci.,110,1208(2008).
【非特許文献2】Carbohydr.Polym.,47,121(2002).
【非特許文献3】Heliyon,5(11),e02843(2019).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本願発明者は鋭意検討した結果、β-1,3-グルカンを化学変性してビスコースを調製し、前記ビスコースをノズルから凝固液中に押し出して、β-1,3-グルカンを再生させながら湿式紡糸する方法、またはβ-1,3-グルカンを良溶媒中に溶解させたドープ液を、ノズルから凝固液中に押し出して湿式紡糸する方法により、β-1,3-グルカンを唯一の構成分子として含む、湿式紡糸繊維が得られることを見出した。さらに驚くべきことに、得られた湿式紡糸繊維を水中で機械的に解繊することにより、レーヨンよりも容易な条件で、β-1,3-グルカンのみを構成分子として含むサブミクロンフィブリルを調製できることも見出した。
【0009】
繊維径が1μm未満(サブミクロン)の小繊維(フィブリル)は、比表面積が大きく、補強用フィラーとして優れた性質を持つことが知られている。しかしながらセルロース材料は強固な材料であることから、レーヨンを直接機械的に解繊処理してセルロースフィブリルを得ることはできない。これに対して、特許文献2~3には、(1)パルプ(セルロースを含む)を原料としてアルカリセルロースを調製する、(2)アルカリセルロースと二硫化炭素を反応させてセルロースザンテートを調製する、(3)セルロースザンテートを水に分散したのち、ホモジナイズ処理を行い、セルロースザンテートの微細繊維(セルロースザンテートナノファイバー)を調製する、(4)得られたセルロースザンテートナノファイバーを硫酸で処理して、再生セルロースナノファイバーを得る、という工程によって、セルロースの微細繊維を製造する方法が記載されている。しかしながらこの方法でも、レーヨンの化学変性工程、解繊工程、及び再生工程の3つのステップを経る必要がある。本願発明者は、前述の湿式紡糸繊維を水中で解繊処理することで、β-1,3-グルカンのみで構成されたサブミクロンフィブリルを調製できることを見出した。
【0010】
すなわち、本発明は、β-1,3-グルカンを唯一の構成分子として含む、β-1,3-グルカンの湿式紡糸繊維及びその製造方法、並びにサブミクロンフィブリル及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は以下の態様を有する。
[1]下記化学式(1)で表されるβ-1,3-グルカンのみを構成分子として含む、湿式紡糸繊維。
【化1】
(化学式(1)中、nは60~3,000の整数を表す。)
[2]前記β-1,3-グルカンが、再生パラミロンを含む、[1]に記載の湿式紡糸繊維。
[3]前記β-1,3-グルカンが、精製パラミロンを含む、[1]に記載の湿式紡糸繊維。
[4]温度20℃、湿度65%における前記湿式紡糸繊維の吸湿率が11%超である、[1]または[2]に記載の湿式紡糸繊維。
[5]前記湿式紡糸繊維のモノフィラメントが、前記β-1,3-グルカンのみを構成分子として含むサブミクロンフィブリルの集合体である、[1]から[4]のいずれかに記載の湿式紡糸繊維。
[6][1]から[5]のいずれかに記載の湿式紡糸繊維の製造方法であって、下記化学式(1)で表される原料β-1,3-グルカンからビスコースを調製する方法(I)、または前記原料β-1,3-グルカンを良溶媒に溶解させる方法(II)により、前記原料β-1,3-グルカンから紡糸繊維を調製することを含む、製造方法。
【化2】
(化学式(1)中、nは60~3,000の整数を表す。)
[7]前記方法(I)が、(i)アルカリ水溶液中で前記原料β-1,3-グルカンにザンテート基を導入してビスコースを調製することと、(ii)前記ビスコースを、ノズルを介して凝固液中に押し出し、前記ザンテート基を脱離させてβ-1,3-グルカンの紡糸繊維を得ることを含む、[6]に記載の製造方法。
[8]前記方法(II)が、非プロトン性溶媒を含む良溶媒に前記原料β-1,3-グルカンを溶解させたドープ液を、ノズルを介して凝固液中に押し出し、β-1,3-グルカンの紡糸繊維を得ることを含む、[6]に記載の製造方法。
[9]前記方法(I)及び(II)が、得られた紡糸繊維をアルコール中に浸漬させて脱水することを含む、[6]から[8]のいずれかに記載の製造方法。
[10]前記原料β-1,3-グルカンがパラミロンを含む、[6]から[9]のいずれかに記載の製造方法。
[11][1]から[5]のいずれかに記載の湿式紡糸繊維製造用化合物であって、前記化合物が、下記化学式(2)で表されるザンテート基含有β-1,3-グルカンである、湿式紡糸繊維製造用化合物。
【化3】
(化学式(2)中、Rは水素、またはC(=S)SNaを表し、少なくとも一つのRはC(=S)SNaであり、nは60~3,000の整数を表す。)
[12][11]に記載の湿式紡糸繊維製造用化合物の製造方法であって、アルカリ水溶液中で、下記化学式(1)で表される原料β-1,3-グルカンにザンテート基を導入することを含む、製造方法。
【化4】
(化学式(1)中、nは60~3,000の整数を表す。)
[13]前記原料β-1,3-グルカンがパラミロンを含む、[12]に記載の製造方法。
[14]下記化学式(1)で表されるβ-1,3-グルカンのみを構成分子として含む、サブミクロンフィブリル。
【化5】
(化学式(1)中、nは60~3,000の整数を表す。)
[15]前記β-1,3-グルカンが、精製パラミロン、及び再生パラミロンから選択される少なくとも1つのパラミロンを含む、[14]に記載のサブミクロンフィブリル。
[16][14]または[15]に記載のサブミクロンフィブリルの製造方法であって、[1]から[5]のいずれかに記載の湿式紡糸繊維を、水中で解繊処理することを含む、製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、β-1,3-グルカンを唯一の構成分子として含む、β-1,3-グルカンの湿式紡糸繊維及びその製造方法、並びにサブミクロンフィブリル及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1A】方法(I)により製造された湿式紡糸繊維1の全体像を表す顕微鏡写真である。
図1B】湿式紡糸繊維1の走査型電子顕微鏡写真である。
図1C図1Bの拡大像である。
図2A】方法(II)により製造された湿式紡糸繊維2の全体像を表す明視野顕微鏡写真である。
図2B】湿式紡糸繊維2の走査型電子顕微鏡写真である。
図3A】方法(II)により製造された湿式紡糸繊維3の全体像を表す明視野顕微鏡写真である。
図3B】湿式紡糸繊維3の走査型電子顕微鏡写真である。
図4A】方法(II)により製造された湿式紡糸繊維4の全体像を表す明視野顕微鏡写真である。
図4B】湿式紡糸繊維4の走査型電子顕微鏡写真である。
図5A】表面にピーチスキンを有する湿式紡糸繊維の1つの態様を表す走査型電子顕微鏡写真である。
図5B】多孔繊維の1つの態様を表す走査型電子顕微鏡写真である。
図5C図5Bの拡大図である。
図6】湿式紡糸繊維1を20分間解繊処理した後の状態を表す走査型電子顕微鏡写真である。
図7A】湿式紡糸繊維2を3分間解繊処理した後の状態を表す走査型電子顕微鏡写真である。
図7B】湿式紡糸繊維2を15分間解繊処理した後の状態を表す走査型電子顕微鏡写真である。
図7C】湿式紡糸繊維2を60分間解繊処理した後の状態を表す走査型電子顕微鏡写真である。
図8A】湿式紡糸繊維3を3分間解繊処理した後の状態を表す走査型電子顕微鏡写真である。
図8B】湿式紡糸繊維3を15分間解繊処理した後の状態を表す走査型電子顕微鏡写真である。
図8C】湿式紡糸繊維3を60分間解繊処理した後の状態を表す走査型電子顕微鏡写真である。
図9A】湿式紡糸繊維4を5分間解繊処理した後の状態を表す走査型電子顕微鏡写真である。
図9B】湿式紡糸繊維4を60分間解繊処理した後の状態を表す走査型電子顕微鏡写真である。
図10】実施例で使用した紡糸装置の概略図である。
図11】実施例及び比較例の湿式紡糸繊維のサーモグラムである。
図12A】比較例1のセルロース繊維を20分間解繊処理した後の状態を表す走査型電子顕微鏡写真である。
図12B図12Aの拡大図である。
図13A】比較例2の混合繊維を水中で解繊処理した後の状態を表す走査型電子顕微鏡写真である。
図13B図13Aの拡大図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の一実施形態について詳細に説明する。本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の効果を阻害しない範囲で適宜変更を加えて実施することができる。
本明細書において、「~」の記載は、「以上以下」を意味する。
本明細書において「湿式紡糸繊維」とは、湿式法によって紡糸された繊維を意味する。
本明細書において「モノフィラメント」とは、ノズルから吐出されて得られる1本の繊維を指す。
本明細書の第1~第4の態様に係る繊維の「繊維径」とは、1本のモノフィラメントの太さ(径)のことを意味する。
本明細書において、「室温」とは、「18~28℃」のことを意味する。
【0015】
[湿式紡糸繊維]
本発明の第1の態様は、下記化学式(1)で表されるβ-1,3-グルカンのみを構成分子として含む、湿式紡糸繊維である。
【化6】
【0016】
化学式(1)中、nは60~3,000の整数を表す。nは500~2,800が好ましく、700~2,500がより好ましく、800~2,200がさらに好ましく、1,000~2,000が特に好ましい。
上記化学式(1)で表されるβ-1,3-グルカン(以下、単に「β-1,3-グルカン」と記載する)のみを構成分子として含む湿式紡糸繊維は、これまでに知られていない新規な紡糸繊維である。
【0017】
「β-1,3-グルカン」は、グルコースがβ-1,3結合で連結された構造を有する多糖を意味している。すなわち、β-1,3-グルカンは、β-グルコースの1位と別のβ-グルコースの3位とが、β-1,3-グルコシド結合を形成した構造を有している。「β-1,3-グルカン」との用語には、β-1,3-グルカン及びその誘導体が含まれる。β-1,3-グルカンは、主に藻類や菌類などにより生産される。
【0018】
β-1,3-グルカンの誘導体としては、例えば、ラミナラン(laminaran:β-1,3結合とβ-1,6結合を含む直鎖状の多糖)、シゾフィラン(schizophyllan:β-1,3結合とβ-1,6結合を含む枝分かれ状の多糖)、パキマン(pachyman:主鎖がβ-1,3結合からなる多糖であり1分子に3~6個の側鎖を持つ)、レンチナン(lentinan:主鎖がβ-1,3結合からなる多糖であり主鎖のグルコース5個につき2つの側鎖グルコースを持つ)、カードラン(curdlan:ほぼ直鎖状ではあるが、約200のグルコース単位に1つの側鎖を持つ多糖)等が挙げられる。
【0019】
第1の態様に係る湿式紡糸繊維を構成しているβ-1,3-グルカンは、精製パラミロン、及び再生パラミロンから選択される少なくとも1つのパラミロンを含むことが好ましい。なお、よりプロセスが容易であり、調製しやすい点からは、精製パラミロンを含むことが好ましい。
パラミロンは、前述の通り、微細藻類の一種であるミドリムシが合成及び蓄積するエネルギー貯蔵物質であり、ミドリムシの細胞内に卵形のマイクロサイズの粒子(パラミロン粒子)として存在している。パラミロンは、上記化学式(1)で表されるβ-1,3-グルカンであり、このうち、nが1,500~2,000のものが好ましい。
【0020】
本明細書において「再生パラミロン」とは、いったん化学変性されたのちに、元の分子構造に再生されたパラミロンを指す。再生パラミロンを含む湿式紡糸繊維は、例えば、後述する方法(I)により調製することができる。また、「精製パラミロン」とは、パラミロン粒子をいったん良溶媒に溶解させたのち、貧溶媒中に投入して再凝集させたパラミロンを指す。精製パラミロンを含む湿式紡糸繊維は、例えば、後述する方法(II)で、パラミロンを含むドープ液を湿式紡糸することにより調製できる。ここで、「良溶媒」とは、β-1,3-グルカンを溶解する溶媒を意味する。また「貧溶媒」とは、β-1,3-グルカンを溶解しない溶媒を意味する。
【0021】
第1の態様において、「再生パラミロン」の貧溶媒としては、例えば、硫酸水溶液、塩酸、リン酸水溶液、硝酸水溶液等の無機酸の水溶液;酢酸等の有機酸の水溶液等が挙げられる。これらは1種単独で用いられてもよく、2種以上を併用してもよい。また、前記無機酸の水溶液には、硫酸ナトリウムや硫酸亜鉛等の無機塩が含まれていてもよい。
「精製パラミロン」の貧溶媒としては、例えば、ジメチルスルホキシド(DMSO)水溶液;アルコール又はその水溶液;クロロホルム、ジクロロメタン、四塩化炭素、1,2-ジクロロエタン等のハロゲン系溶媒;ベンゼン、ヘキサン等の非極性溶媒;アセトン、テトラヒドロフラン、酢酸エチル等の非プロトン性溶媒又はその水溶液等が挙げられる。これらは1種単独で用いられてもよく、2種以上を併用してもよい。なお、貧溶媒として混合溶媒を用いる場合、同じグループの、種類の異なる溶媒同士を組み合わせてもよい。例えば、エタノールとメタノールの混合溶媒を用いてもよい。また、前記水溶液には、硫酸ナトリウムや硫酸亜鉛等の無機塩が含まれていてもよい。
【0022】
1つの側面においては、第1の態様に係る湿式紡糸繊維を構成するβ-1,3-グルカンは、精製パラミロン、及び再生パラミロンから選択される少なくとも1つのパラミロンと、前記パラミロン以外のβ-1,3-グルカンとの混合物であってもよい。前記混合物は、例えば、ミドリムシ以外の藻類や菌類により産生されたβ-1,3-グルカンを含んでいてもよく、前述のβ-1,3-グルカンの誘導体を含んでいてもよい。
【0023】
第1の態様に係る湿式紡糸繊維は、高吸湿率繊維であってもよい。一般にセルロースを原料とするレーヨン(以下、「セルロース繊維」ということもある)の吸湿率は約11%である。第1の態様に係る湿式紡糸繊維の吸湿率は、11%超であってもよい。このような高吸湿率繊維は、再生パラミロンを構成分子として含む湿式紡糸繊維において、達成されやすい。1つの好ましい側面において、再生パラミロンを構成分子として含む湿式紡糸繊維の、温度20℃、湿度65%での吸湿率は、11%超であることが好ましく、13%以上であることがより好ましく、16%以上であることが特に好ましい。公知の再生セルロース繊維、精製セルロース繊維や天然繊維の中で、最も高い吸湿率を示すのはウールであるが、前述の再生パラミロンを構成分子として含む湿式紡糸繊維は、ウールと同程度の吸湿率であることがより好ましい。なお、前記吸湿率は、JIS 0105:2020の公定水分率の規格に相当する方法で測定した値を指す。
【0024】
また、再生パラミロンを構成分子として含む湿式紡糸繊維の、温度20℃、湿度97%での吸湿率は、27%超であることが好ましく、30%以上であることがより好ましい。同条件で測定したセルロース繊維の吸湿率は約27%である。前述の通り、再生パラミロンを構成分子として含む湿式紡糸繊維は、高吸湿率を達成しやすい。このように高い吸湿率を有する湿式紡糸繊維は、吸湿発熱性繊維(吸収した水分子のエネルギーを熱エネルギーに変換することにより、熱を発する繊維)としても有望である。また、第1の態様に係る湿式紡糸繊維は連続繊維とすることもできるため、ウールのような短繊維による紡績糸と異なり、肌との接触面積が増える。そのため、夏場はひんやりとした肌触りとなり、高い吸湿率で着用時の蒸れも抑えることができることから、清涼繊維としても有益である。
【0025】
第1の態様に係る湿式紡糸繊維は、製造プロセスがより容易であり、調製しやすい点からは、精製パラミロンのみを構成分子として含むことが好ましい。また、第1の態様に係る湿式紡糸繊維は、高い伸度を有していてもよい。高い伸度を有する湿式紡糸繊維は、精製パラミロンを構成分子として含む湿式紡糸繊維において達成されやすい。1つの好ましい側面において、精製パラミロンを構成分子として含む湿式紡糸繊維の伸度は、2%以上であってもよく、10%以上であってもよい。このような伸度を有する湿式紡糸繊維は、例えば、伸縮性、生体適合性、および機械強度が求められる医療用シートの繊維としても有望である。
【0026】
第1の態様に係る湿式紡糸繊維は、天然成分率が100%の繊維であるため、カーボンオフセット的に有利な材料であるといえる。また、生分解性を有すると考えられる。そのため、環境負荷が小さい。
【0027】
図1図4は、第1の態様に係る湿式紡糸繊維の、1つの実施形態を表す顕微鏡写真である。図1A~1Cは後述する方法(I)により得られた湿式紡糸繊維1を表し、図2図4は、後述する方法(II)により得られた湿式紡糸繊維2~4を表す。
第1の態様に係る湿式紡糸繊維は、例えば、図1Cに示すように、繊維の長さ方向に沿って、その表面に複数の線が形成されている。この線は、湿式紡糸繊維を構成するサブミクロンフィブリル同士の接合面である。このように第1の態様に係る湿式紡糸繊維は、複数のサブミクロンフィブリルが束になってモノフィラメントを構成していてもよい。
図1Cの湿式紡糸繊維は、平均繊維径が1μm以下のサブミクロンフィブリルが寄り集まって、繊維径約20μmのモノフィラメントを構成している。なお、湿式紡糸繊維のモノフィラメントの繊維径は任意であり、ノズルの径を変更することによって、所望の繊維径を有するモノフィラメントを得ることができる。なお、図1Cの湿式紡糸繊維は、サブミクロンフィブリルが寄り集まってモノフィラメントを構成している以外は、比較的滑らかな表面を有している。そのため、第1の態様に係る湿式紡糸繊維は、衣服などの布製品の裏地の他、上記の通り、吸湿発熱性繊維への応用が期待できる。サブミクロンフィブリルの詳細については、後述する。なお、図1Cは、湿式紡糸繊維のモノフィラメントであるが、第1の態様に係る湿式紡糸繊維には、紡糸ノズルに設けられた多数の吐出口から同時に紡糸された複数のモノフィラメントを収束して、1本の糸にしたもの(マルチフィラメント)も含まれる。
【0028】
[湿式紡糸繊維の製造方法]
本発明の第2の態様は、第1の態様に係る湿式紡糸繊維の製造方法である。
第2の態様は、下記化学式(1)で表される原料β-1,3-グルカンからビスコースを調製する方法(I)、または前記原料β-1,3-グルカンを良溶媒に溶解させる方法(II)により、前記原料β-1,3-グルカンから紡糸繊維を調製することを含む。
【化7】
【0029】
化学式(1)中、nは60~3,000の整数を表す。nは500~2,800が好ましく、700~2,500がより好ましく、800~2,200がさらに好ましく、1,000~2,000が特に好ましい。以下、方法(I)又は方法(II)の詳細について説明する。
【0030】
<方法(I)>
方法(I)は、前記化学式(1)で表される原料β-1,3-グルカン(以下、「原料β-1,3-グルカン」と記載する)からビスコースを調製して、前記原料β-1,3-グルカンから紡糸繊維を調製する方法である。方法(I)は、(i)アルカリ水溶液中で前記原料β-1,3-グルカンにザンテート基を導入してビスコースを調製することと、(ii)前記ビスコースを、ノズルを介して凝固液中に押し出し、前記ザンテート基を脱離させて、β-1,3-グルカンの紡糸繊維を得ること、を含むことが好ましい。また、前記原料β-1,3-グルカンはパラミロンを含むことが好ましく、パラミロンのみを含むことがより好ましい。
【0031】
前述の通り、パラミロン粒子は水や一般的な有機溶媒には溶解しないため、パラミロン粒子を湿式紡糸法の原料として用いることは非常に難しい。本願発明者は、パラミロンであってもよい、原料β-1,3-グルカンをアルカリ水溶液中で化学変性してビスコースを調製し、前記ビスコースを凝固液中に押し出すことにより、化学変性されたβ-1,3-グルカンを元の構造に再生させながら、β-1,3-グルカンのみを構成分子として含む、湿式紡糸繊維が得られることを見出した。
【0032】
(工程(i))
工程(i)はアルカリ水溶液中で、原料β-1,3-グルカンにザンテート基を導入して、ビスコースを調製する工程である。アルカリ性水溶液としては、例えば、水酸化ナトリウム水溶液、水酸化カリウム水溶液等が挙げられる。このうち、取り扱いの容易さの観点から、水酸化ナトリウム水溶液が好ましい。
水酸化ナトリウム水溶液の濃度は、取り扱いの容易さの観点から、0.5~2.0mol/Lであることが好ましく、0.8~1.2mol/Lであることがより好ましい。
【0033】
工程(i)は、アルカリ水溶液中で原料β-1,3-グルカンと二硫化炭素とを反応させて、原料β-1,3-グルカンにザンテート基を導入することが好ましい。反応温度は、35~45℃であることが好ましく、38~42℃であることより好ましい。また、反応時間は、2~6時間であることが好ましく、3~4時間であることがより好ましい。また、ザンテート基の置換度は、凝固浴中での再生のしやすさの観点から、ひとつのグルコース残基あたり0.5~1.2であることが好ましい。
【0034】
なお、工程(i)において調製される、ザンテート基含有β-1,3-グルカンは、例えば、下記化学式(2)で表される構造を有していることが好ましい。
【化8】
【0035】
化学式(2)中、Rは水素、またはC(=S)SNaを表し、少なくとも一つのRはC(=S)SNaであり、nは60~3,000の整数を表す。
ザンテート基の置換度は、ひとつのグルコース残基あたり、0.5~1.2が好ましく、0.8~1.0がより好ましい。
また化学式(2)中、nは500~2,800が好ましく、700~2,500がより好ましく、800~2,200がさらに好ましく、1,000~2,000が特に好ましい。
【0036】
前記ザンテート基含有β-1,3-グルカンは、例えば、アルカリ水溶液中に溶解させた状態(ビスコース)で保管して、第1の態様に係る湿式紡糸繊維の製造用化合物(製造用原料)として使用することもできる。
【0037】
(工程(ii))
工程(ii)は、工程(i)で調製されたビスコースを、ノズルを介して凝固液中に押し出し、前記ザンテート基を脱離させて、β-1,3-グルカンの紡糸繊維を得る工程である。
凝固液としては、ザンテート基含有β-1,3-グルカンからザンテート基を脱離させ、かつ再生したβ-1,3-グルカンを凝固できる機能を有するものである。このような凝固液としては、例えば、塩酸、硫酸等が挙げられる。このうち、脱ザンテートの容易さの観点から、硫酸が好ましい。
硫酸の濃度は、1~3mol/Lであることが好ましく、1.8~2.0mol/Lであることがより好ましい。
【0038】
工程(ii)のあと、さらに精錬工程を含むことが好ましい。工程(ii)を経て調製された紡糸繊維は、ウェットな状態では水または水溶液に膨潤しやすい。そのため、前記精錬工程は、アルコール中に紡糸繊維を浸漬させて脱水することを含むことが好ましい。アルコールとしては例えば、炭素数1~5のアルコールが挙げられる。このうち、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、ノルマルプロピルアルコールが好ましく、メタノールが特に好ましい。また前記脱水工程は、0.5~3時間行うことが好ましい。
精製後の紡糸繊維を乾燥させて、第1の態様に係る湿式紡糸繊維を得ることができる。なお乾燥条件としては特に限定されない。例えば、50~70℃で1~10時間乾燥してもよい。
【0039】
第2の態様として、方法(I)を採用した場合、得られる湿式紡糸繊維は、「再生β-1,3-グルカン」のみを構成分子として含む。つまり、原料β-1,3-グルカンとしてパラミロンを用いた場合、再生パラミロンで構成された湿式紡糸繊維を得ることができる。なお、ザンテート基含有β-1,3-グルカンからザンテート基が脱離して、β-1,3-グルカンが再生しているかどうかは、得られた湿式紡糸繊維の13C-NMR及びFT-IRを測定することで確認できる。具体的な方法については後述する。
【0040】
方法(I)により、例えば、図1A図1Cに示すような湿式紡糸繊維1が得られる。図1Aは、得られた湿式紡糸繊維1の全体像を示す顕微鏡写真であり、図1B図1Cは湿式紡糸繊維1の走査型電子顕微鏡による拡大図である。
【0041】
前述の通り、方法(I)はビスコース法にて第1の態様に係る湿式紡糸繊維を製造する方法である。ビスコース法は、例えば、前述のセルロース繊維の製造方法としても知られている。
ビスコース法でレーヨンを製造する場合、(1)セルロース原料を、高濃度(6mol/L超)の水酸化ナトリウム水溶液中に18時間以上浸漬させてセルロースを膨潤させて、アルカリセルロースを調製する、(2)水分を除去してアルカリセルロースを取り出し、二硫化炭素と反応させてザンテート基を導入する、(3)セルロースザンテートを再度水酸化ナトリウム水溶液に溶解させてビスコースを調製する、(4)前記ビスコースを希硫酸中に押し出し、ザンテート基を脱離させて再生セルロースの紡糸繊維を得る、という工程を経る必要がある。本願発明者は、高濃度の水酸化ナトリウム水溶液を用いるビスコース法では、ザンテート基含有β-1,3-グルカンを調製することはできないことを見出した。方法(I)は、比較的低濃度のアルカリ水溶液中にβ-1,3-グルカンを溶解させ、前記アルカリ水溶液に、直接二硫化炭素を加えることによってザンテート基含有β-1,3-グルカンを調製する方法である。方法(I)は、従来のビスコース法よりも、少ない工程で湿式紡糸繊維を調製することが可能である。
【0042】
<方法(II)>
次に、方法(II)で第1の態様に係る湿式紡糸繊維を製造する方法について説明する。方法(II)は、原料β-1,3-グルカンを良溶媒に溶解させて、湿式紡糸繊維を調製する方法である。
良溶媒としては、非プロトン性溶媒、アルカリ水溶液、イオン性液体、及び深共晶溶媒から選択される少なくとも1つが挙げられる。これら非プロトン性溶媒、アルカリ水溶液、イオン性液体及び深共晶溶媒としては、β-1,3-グルカンを溶解できるものでれば、特に限定されないが、以下にその一例を記載する。
非プロトン性溶媒の一例としては、N、N-ジメチルアセトアミド、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、N-メチルモルホリン-N-オキシド(NMMO)、又は塩化リチウム等の単独溶媒;前記溶媒を2種類以上含む混合溶媒;1つ以上の前記溶媒と、プロトン性溶媒(メタノール等)との混合溶媒;1つ以上の前記溶媒と、水との混合溶媒等が挙げられる。
アルカリ水溶液の一例としては、銅アンモニア溶液が挙げられる。
イオン性液体の一例としては、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムアセテート、N,N-ジエチル-N-(2-メトキシエチル)-N-メチルアンモニウム、2-メトキシアセテート等が挙げられる。これらイオン性液体は1種単独で用いられてもよく、2種以上を併用してもよい。
深共晶溶媒の一例としては、コリンクロリドと塩化亜鉛の混合物等が挙げられる。
方法(II)において用いられる良溶媒としては、溶媒回収の容易さの観点から、非プロトン性溶媒を含むことが好ましい。すなわち、方法(II)は、非プロトン性溶媒を含む良溶媒中に原料β-1,3-グルカンを溶解させたドープ液を、ノズルを介して凝固液中に押し出して、β-1,3-グルカンの紡糸繊維を得ることを含むことが好ましい。また、非プロトン性溶媒としては、DMSO、及びNMMOから選択される少なくとも1つを含むことが好ましく、DMSOを含むことがより好ましい。
【0043】
ドープ液中のβ-1,3-グルカンの割合は、特に限定されない。紡糸に適したドープの粘性の観点からは、ドープ液中のβ-1,3-グルカンの割合は、5~12質量%であってもよく、7~10質量%であってもよい。
また、凝固工程で精製パラミロンを得るために使用される凝固液としては、前述の「精製パラミロンの貧溶媒」が挙げられる。1つの側面において、前記凝固液は、非プロトン性溶媒又はその水溶液、ハロゲン系溶媒、非極性溶媒、又は炭素数1~5のアルコールを含むことが好ましい。凝固液の再利用の観点からは、炭素数1~5のアルコールを含むことが好ましく、エタノールを含むことがより好ましい。凝固液として、2種以上の溶媒を含む混合溶媒を用いてもよい。なお、前記凝固液として非プロトン性溶媒の水溶液を用いる場合、水溶液中の非プロトン性溶媒の割合が10%以上となる範囲で適宜調整して使用できる。
【0044】
方法(II)も精錬工程を含むことが好ましい。前記精錬工程は方法(I)と同じく、アルコール中に紡糸繊維を浸漬させて、脱水する工程を含むことが好ましい。アルコールとしては、例えば、炭素数1~3のアルコールが好ましい。また凝固液と同じアルコールを用いてもよい。前記脱水工程は、18~28℃の条件で、3~24時間行うことが好ましい。
精錬後の紡糸繊維を乾燥させて、第1の態様に係る湿式紡糸繊維、すなわち、β-1,3-グルカンのみを構成分子として含む湿式紡糸繊維を得ることができる。なお乾燥条件としては特に限定されない。例えば、減圧下、80~100℃で1~6時間乾燥することができる。
【0045】
第2の態様として方法(II)を採用した場合、得られる湿式紡糸繊維は、「精製されたβ-1,3-グルカン」のみを構成分子として含む。つまり、原料β-1,3-グルカンとしてパラミロンを用いた場合、精製パラミロンで構成された湿式紡糸繊維を得ることができる。
【0046】
方法(II)により、例えば、図2A図4Bに示すような湿式紡糸繊維2~4を調製することができる。図2A図3Bは、DMSOを良溶媒として調製した湿式紡糸繊維2~3の顕微鏡写真である。また図4A図4Bは、水酸化ナトリウム水溶液を良溶媒として調製した湿式紡糸繊維4の顕微鏡写真である。
【0047】
第1の態様に係る湿式紡糸繊維を、例えば、後述する方法によって解繊処理すると、繊維表面から小繊維(フィブリル)が露出してくる(以下、フィブリルが露出した繊維表面を「ピーチスキン」と記載する)。さらに解繊すると、繊維表面だけでなく、繊維内部も解されて、多孔繊維となる。その後も解繊処理を続けると、モノフィラメントもすべて解されて、サブミクロンフィブリルのみとなる。このように、第1の態様に係る湿式紡糸繊維は、解繊処理によって、容易に、繊維表面にピーチスキンを有する繊維、多孔繊維、サブミクロンフィブリルに変化する。以下、湿式紡糸繊維を解繊処理して得られる上記の繊維及びフィブリルについて、順に説明する。
【0048】
[繊維表面にピーチスキンを有する湿式紡糸繊維]
第1の態様に係る湿式紡糸繊維を、繊維表面が起毛されるように解繊処理すると、モノフィラメントの表面からフィブリルが起毛されて、ピーチスキンが形成される。つまり、本発明の第3の態様は、繊維表面にピーチスキンを有する湿式紡糸繊維である。前記ピーチスキンを有する湿式紡糸繊維は、例えば、解繊処理等によって湿式紡糸繊維の繊維表面のみを解すことで調製することができる。第3の態様に係る繊維としては、例えば、図5A内に存在する繊維を指す。図5Aは、ピーチスキンを有する湿式紡糸繊維におけるモノフィラメントの一態様を表す走査型電子顕微鏡写真である。図5Aに示す通り、モノフィラメント表面にピーチスキンが形成されている。
第3の態様に係る繊維において、ピーチスキンを形成するフィブリルは、サブミクロンフィブリルであってもよく、ミクロフィブリルであってもよく、繊維径が1μm以上のフィブリルであってもよい。
【0049】
第3の態様に係る繊維は、モノフィラメントの表面からフィブリルが起毛されるように、湿式紡糸繊維を解す方法によって調製されることが好ましい。具体的には、水中に湿式紡糸繊維を浸漬させたのち、ホモジナイズ処理等の機械的せん断処理により、1~60分間、好ましくは1~20分間、より好ましくは5~20分間解繊処理することによって、繊維表面を起毛させることにより調製してもよい。ホモジナイズ処理の条件は、繊維表面が起毛する程度のせん断力を湿式紡糸繊維に付与できる範囲であれば、特に限定されない。
【0050】
<多孔繊維>
第1の態様に係る湿式紡糸繊維、又は第3の態様に係る湿式紡糸繊維を、例えば、後述する方法によってさらに解繊処理すると、モノフィラメントの内部も解繊されて、モノフィラメントの表面及び内部に複数の孔が形成される。本発明の第4の態様は、モノフィラメントの表面及び内部に複数の孔を有する、多孔繊維である。「多孔繊維」は、モノフィラメントの表面及び内部に複数の孔を有する繊維であり、例えば、図5B図5Cの走査型電子顕微鏡写真内に存在する繊維を指す。
【0051】
図5Bは、図5A内の繊維(多孔繊維)の一部分を、さらに拡大した走査型電子顕微鏡写真である。図5Bに示す通り、多孔繊維はそのモノフィラメントの表面に複数の孔を有しているが、繊維構造(すなわち、繊維の長さ方向に長く伸びた構造)は維持されている。図5Bにおいて、多孔繊維の左側に存在するフィブリルには、サブミクロンサイズのフィブリル(サブミクロンフィブリル)が含まれる。なお、サブミクロンフィブリルについては後述する。
【0052】
図5C図5Bの多孔繊維表面をさらに拡大した走査型電子顕微鏡写真である。図5Cの左下から右上に向けて波状に延びているのは、モノフィラメントを構成するサブミクロンフィブリルである。サブミクロンフィブリル間には、環状の孔が形成されていることが分かる。前記孔は、モノフィラメントの長さ方向に引き伸ばされて、略楕円形状を有している。図5Cで濃い影として映っている孔は、モノフィラメントの太さ方向(繊維内部)に深く形成された孔を示す。すなわち、第4の態様に係る多孔繊維は、モノフィラメントの表面だけでなく、その内部にまで複数の孔が形成されていることが分かる。多孔繊維は、互いに密着して一本のモノフィラメントを構成していたサブミクロンフィブリルが、モノフィラメントの長さ方向で部分的に剥離し、サブミクロンフィブリル間に隙間が生じた状態である。このような多孔繊維は、例えば、吸湿発熱繊維への応用が期待できる。
図5Cにおいて、モノフィラメントの表面にさらに微細な繊維状物が付着しているが、これは前述のピーチスキン(起毛)であると考えられる。すなわち、第4の態様に係る多孔繊維は、繊維表面にピーチスキンを有していてもよい。
【0053】
[多孔繊維の製造方法]
第4の態様に係る多孔繊維は、第1の態様に係る湿式紡糸繊維、又は第3の態様に係る繊維を解繊処理することを含む方法により調製することができる。具体的には、水中に第1の態様及び/又は第3の態様に係る湿式紡糸繊維を浸漬させたのち、ホモジナイズ処理等の機械的せん断処理により、5分間以上60分間未満、好ましくは、5~20分間解繊することにより、湿式紡糸繊維を解して、繊維表面及び繊維内部に孔(細孔)を生じさせる方法が好ましい。1つの好ましい側面においては、第1、及び第3の態様に係る繊維から選択される少なくとも1つの繊維のモノフィラメントを、水中で5分間以上ホモジナイズ処理することを含んでいてもよい。なお、ホモジナイズ処理の条件は、湿式紡糸繊維を解して、例えば、図5B図5Cに示すように、繊維表面及び内部に複数の孔が生じるようなせん断力を湿式紡糸繊維に付与できる範囲であれば、特に限定されない。また解繊処理の時間も、ホモジナイズの条件に応じて適宜調整できる。
【0054】
[サブミクロンフィブリル]
本発明の第5の態様は、下記化学式(1)で表されるβ-1,3-グルカンのみを構成分子として含む、サブミクロンフィブリルである。
【化9】
【0055】
化学式(1)中、nは60~3,000の整数を表す。nは500~2,800が好ましく、700~2,500がより好ましく、800~2,200がさらに好ましく、1,000~2,000が特に好ましい。
【0056】
第1~第4の態様に係る繊維、好ましくはモノフィラメントを更に解繊処理すると、モノフィラメントが全て解されて、1μm未満の平均繊維径を有するフィブリル(サブミクロンフィブリル)となる。
本明細書において「サブミクロンフィブリル」とは、単一のフィブリルの平均繊維径(平均太さ)が100nm超1,000nm未満のフィブリルを指す。なお、第5の態様に係るサブミクロンフィブリルには、複数のサブミクロンフィブリルが束になり、かつモノフィラメントの繊維構造が維持されているものは含まれない。モノフィラメントの繊維構造が維持されているものは、第1~第4の態様のいずれかの「繊維」として定義する。すなわち、第5の態様に係るサブミクロンフィブリルは、サブミクロンフィブリルが一本一本に解繊された状態のものを指す。なお、フィブリルの平均繊維径は、走査型電子顕微鏡で観察される任意の20本のフィブリルの3か所を計測し、その平均値を算出することで測定することができる。
【0057】
第1の態様に係る湿式紡糸繊維のモノフィラメントは、第5の態様に係るサブミクロンフィブリルの集合体であることが好ましい。同様に、第3の態様に係る湿式紡糸繊維及び第4の態様に係る多孔繊維のモノフィラメントも、サブミクロンフィブリルの集合体であることが好ましい。なお「モノフィラメントがサブミクロンフィブリルの集合体である」とは、サブミクロンフィブリルが、モノフィラメントの長さ方向及び/又はモノフィラメントの太さ(繊維径)方向に配列して、モノフィラメントを構成しており、かつ後述する解繊処理によって、一本一本のサブミクロンフィブリルにまで解繊される構造体のことを指す。なお、前記集合体を解繊処理した際に生成するフィブリルには、サブミクロンフィブリルの他、ミクロンサイズのフィブリル、繊維径が1μm以上のフィブリルが含まれていてもよい。
【0058】
前記化学式(1)で表されるβ-1,3-グルカンは、精製パラミロン、及び再生パラミロンから選択される少なくとも1つのパラミロンを含むことが好ましい。また1つの側面において、前記β-1,3-グルカンは、精製パラミロン、及び再生パラミロンから選択される少なくとも1つのパラミロンと、前記パラミロン以外のβ-1,3-グルカンとの混合物であってもよい。前記混合物は、例えば、ミドリムシ以外の藻類や菌類により産生されたβ-1,3-グルカンを含んでいてもよく、前述のβ-1,3-グルカンの誘導体を含んでいてもよい。入手の容易さ、および生産と精製の容易さの観点から、第3の態様に係るサブミクロンフィブリルは、精製パラミロン、及び再生パラミロンから選択される少なくとも1つのパラミロンのみを構成分子として含むことが好ましい。よりプロセスが容易であり、調製しやすい点からは、精製パラミロンのみを構成分子として含むことが好ましい。高い吸湿率を有するサブミクロンフィブリルが得られやすい点からは、再生パラミロンのみを構成分子として含むことが好ましい。
【0059】
サブミクロンフィブリルの平均繊維径は100nm超1,000nm未満であり、200~800nmが好ましく、400~600nmがより好ましい。このような平均繊維径を有することにより、フィラー、分離膜素材等として、好適に利用できる。
【0060】
サブミクロンフィブリルの物性は、サブミクロンフィブリルの長さや、サブミクロンフィブリルの原料(精製パラミロン、又は再生パラミロン)等によっても変化する。1つの側面において、再生パラミロンを構成分子として含むサブミクロンフィブリルは、セルロース繊維よりも高い吸湿率を有していてもよい。また、精製パラミロンを構成分子として含むサブミクロンフィブリルは、セルロース繊維よりも高い機械的強度を有していてもよい。
【0061】
[サブミクロンフィブリルの製造方法]
本発明の第6の態様は、第5の態様に係るサブミクロンフィブリルの製造方法である。
第6の態様は、第1の態様に係る湿式紡糸繊維を、水中で解繊処理することを含む。なお、第5の態様に係るサブミクロンフィブリルは、第3の態様、又は第4の態様に係る繊維から調製されてもよく、これらの混合繊維から調製されてもよい。すなわち、第6の態様に係る製造方法は、第1の態様、第3の態様、及び第4の態様の繊維から選択される少なくとも1つの繊維を、水中で解繊処理することを含む。また、1つの好ましい側面においては、第1、第3、及び第4の態様に係る繊維から選択される少なくとも1つの繊維のモノフィラメントを、水中で機械的に解繊処理することを含んでいてもよい。
第1の態様、第3の態様、及び第4の態様に係る繊維は、第5の態様に係るサブミクロンフィブリルの前駆体として使用されてもよい。
【0062】
第6の態様においても、解繊処理工程はホモジナイズ処理であることが好ましい。具体的には、第1の態様、第3の態様、及び第4の態様の繊維から選択される少なくとも1つの繊維を水中に浸漬させたのち、ホモジナイザーを用いた機械的せん断処理を、好ましくは5分間以上、より好ましくは5~20分間行うことにより、第5の態様に係るサブミクロンフィブリルを製造できる。なお、ホモジナイズ処理の条件は、前記繊維(好ましくはモノフィラメント)が完全に解繊されるせん断力を、これらの繊維に付与できる範囲であれば、特に限定されない。例えば、ホモジナイザーを用いて、10,000~15,000rpmの回転数で、前述の繊維を解繊してもよい。
なお、第6の態様に係る製造方法は、水中に前述の繊維(好ましくはモノフィラメント)を浸漬させて原料液を調製する工程を含んでいてもよい。前記原料液の固形分濃度は、1~10質量%が好ましく、1~3質量%がより好ましい。また、浸漬する水の温度としては、15~30℃が好ましく、15~25℃がより好ましい。
【0063】
前述の製造方法により、第5の態様のサブミクロンフィブリルが水中に分散した、サブミクロンフィブリルの分散液を調製できる。よって、第6の態様に係る製造方法は、脱水工程を含んでいてもよい。脱水工程は、例えば、(1)分散液を遠心分離してサブミクロンフィブリルを分離する、(2)分離したサブミクロンフィブリルを、減圧下、60~80℃の温度で3~8時間加熱乾燥することにより脱水されたサブミクロンフィブリルを得る工程であってもよい。
【0064】
図6図7C図8C、及び図9A図9Bは、第6の態様に係る製造方法により調製されたサブミクロンフィブリルの走査型電子顕微鏡写真である。図6は、方法(I)により調製された湿式紡糸繊維1をホモジナイズ処理して得られたサブミクロンフィブリルの走査型電子顕微鏡写真である。図7C図9Bは、方法(II)により調製された湿式紡糸繊維2~4をホモジナイズ処理して得られたサブミクロンフィブリルの走査型電子顕微鏡写真である。上記図面に示すように、方法(I)及び方法(II)のいずれの方法で調製された湿式紡糸繊維であっても、繊維を機械的に解繊することによって、サブミクロンフィブリルを調製できることが分かる。
【0065】
上記の通り、第1~第4の態様に係る繊維を機械的に解繊して、サブミクロンフィブリルを調製する方法について説明したが、第1、第3及び第4の態様に係る繊維は、通常の使用においては容易に解繊されない。つまり、これら繊維を衣服や寝具等の繊維原料として応用し、その使用の過程で洗濯やクリーニングを実施しても、通常の使用範囲内で解繊されることはない。
また、第1~第4の態様に係る繊維は、セルロース繊維と異なり、機械的に解繊処理して、サブミクロンフィブリルを調製できる。そのため、これら繊維を含む衣類や寝具等からサブミクロンフィブリルの形状で本実施態様に係る繊維を回収することもできる。また、回収されたサブミクロンフィブリルは、例えば、上記の方法(II)等によって紡糸し、湿式紡糸繊維として再利用することも可能である。
【実施例0066】
以下に実施例を示して本発明を更に具体的に説明するが、これらの実施例により本発明の解釈が限定されるものではない。
【0067】
[実施例1:方法(I)による湿式紡糸繊維1の調製]
1.ビスコースの調製
β-1,3-グルカンとしてパラミロンを用いて、ザンテート基含有β-1,3-グルカン(パラミロンザンテート)を含む水溶液(ビスコース)を以下の方法で調製した。
パラミロン499mgを、1mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液10mLに分散後、室温で1時間攪拌してパラミロンのナトリウム塩を調製した。次に、前記水溶液に二硫化炭素1.08gを加えて、湯浴(40℃)で加温しながら3.5時間激しく攪拌して、パラミロンザンテート水溶液(ビスコース)を調製した(反応式(3))。
【化10】
【0068】
2.紡糸
紡糸装置(湿式紡糸装置、(株)ナカムラサービス製)の概略を図10に示す。上記1で調製したビスコースを、30個の直径0.4mmの孔を有するノズル(紡糸口金、30ホールノズル)から、10mLシリンジを用いて凝固浴(2mol/L硫酸水溶液500mL、長さ500mm×幅50mm×深さ40mm)中に押し出した。押し出されたゲル状の繊維が凝固液(希硫酸)と接触することによりザンテート基が脱離して、パラミロンが再生する(反応式(4))。生じた繊維を巻き取りローラー(直径80mm)で巻き取って紡糸繊維を得た。
【化11】
【0069】
3.精錬
得られた紡糸繊維を、下記の方法で生成して水を含む残留物を除去した。
セルロース繊維の場合は水洗、脱硫、漂白等の多段階からなる工程を経て、最終的に目的とするレーヨンが得られる。本発明の湿式紡糸繊維の場合、特に紡糸直後のウェットな状態では水または水溶液に触れると容易に膨潤して、機械的強度が低下する場合がある。そこで水洗工程を省いて、メタノールによる脱水を行ったのち風乾し、湿式紡糸繊維1を調製した。具体的には、ローラーに巻き取られた状態の紡糸繊維を、メタノール400mLを入れた500mLビーカーに30分間浸漬したのち、18時間風乾して湿式紡糸繊維1を得た。得られた湿式紡糸繊維1を顕微鏡及び走査型電子顕微鏡で観察した。結果を図1A図1Cに示す。
【0070】
4.解析
実施例1で調製した湿式紡糸繊維1を、以下の条件で13C-NMR及びFT-IRを測定し、パラミロン(β-1,3-グルカン)が再生しているかどうかを確認した。
13C-NMR及びFT-IRによる分析>
30mgの湿式紡糸繊維1を、1.8mol/Lの重水素化水酸化ナトリウム(NaOD)/重水(DO)溶液(646mg)に分散し、室温にて2日間撹拌した。得られた均一溶液に重水550mgを追加してサンプルを作成した。このサンプルの13C-NMR及びFT-IRを測定し、パラミロンザンテートからパラミロンが再生したことを確認した。
13C-NMR:(0.9mol/L NaOD/DO)、δ(ppm)106.5(C1)、89.8(C3)、79.6(C5)、76.7(C2)、71.7(C4)、64.2(C6)
FT-IR(cm-1):3305、2917、1633、1367、1363、1253、1175、1111、1043、1032、888.
【0071】
実施例1の湿式紡糸繊維1について、以下の条件で繊維の吸湿率、熱物性、及び物理物性を測定した。
【0072】
<湿式紡糸繊維の吸湿率測定(20℃/65%)>
JIS0105:2020に相当する測定方法で、繊維の吸湿率を測定した。
まず、500mgの湿式紡糸繊維1を、90℃で15時間減圧乾燥して、乾燥後の繊維重量(A1)を測定した。その後、湿式紡糸繊維1を恒温恒湿室(20℃、相対湿度65%)に10日間放置したのち、繊維重量(A2)を測定した。繊維重量(A2)から繊維重量(A1)を引いて吸水水分の重量(A3)を算出し、さらに以下の数式(a)から吸湿率を計算した。結果を表1に示す。
吸湿率(%)=100×(吸水水分の重量(A3)/乾燥後の繊維重量(A1)) ・・・(a)
【0073】
<湿式紡糸繊維の吸湿率測定(20℃/97%)>
500mgの湿式紡糸繊維1を、90℃で15時間減圧乾燥して、乾燥後の繊維重量(A1)を測定した。その後、湿式紡糸繊維1を恒温恒湿容器(20℃、相対湿度97%)に3日間放置したのち、繊維重量(A2)を測定した。繊維重量(A2)から繊維重量(A1)を引いて吸水水分の重量(A3)を算出し、さらに上記数式(a)から吸湿率を計算した。結果を表1に示す。
【0074】
<湿式紡糸繊維の熱物性評価>
熱重量分析装置((株)リガク製、製品名:Thermo plus EVO2 TG8120)により、湿式紡糸繊維の熱重量分析を行った。
10mgの湿式紡糸繊維1を、窒素雰囲気下、25℃から500℃まで10℃/分で昇温して、重量変化を計測した。分解温度は、100℃から200℃の重量変化がほとんど見られない温度領域でのグラフの接線と、計測したグラフの微分曲線の最小温度での接線との交点から決定した。サーモグラムを図12に、分解温度を表1に示す。なお、図12中、「パラミロン繊維」とは湿式紡糸繊維1であり、「セルロース繊維」とは比較例1のセルロース繊維であり、「ブレンド繊維」とは、比較例2の混合繊維である。
【0075】
<湿式紡糸繊維の機械物性及び物理物性評価>
20本の湿式紡糸繊維1を用いて、万能試験機((株)エー・アンド・アイ製、製品名:テンシロンRTG-1225)で引張試験を行った。結果を表1に示す。なお、測定条件は以下のとおりである。
チャック間距離:20mm
引張速度:2mm/分
【0076】
<サブミクロンフィブリルの調製>
実施例1の湿式紡糸繊維1を解繊処理して、サブミクロンフィブリルの調製について検討を行った。
26mgの湿式紡糸繊維1に、Milli-Q水10mLに入れて、ホモジナイザー(アズワン(株)製、製品名「AHG-160A」)に、シャフトジェネレーター(アズワン(株)製、製品名「HT1008」)を取りつけた装置を用いて解繊処理を行った。解繊処理は、13500rpmの回転数で、5分間、20分間、60分間ずつ行った。その結果、5分間の解繊処理により、繊維表面にピーチスキンを有する湿式紡糸繊維が得られた(図5A)。さらに解繊処理を続けると、多孔繊維(図5B図5C)と、繊維径500nm程度のサブミクロンフィブリルとの混合物が得られた。20分間以上解繊処理することにより、湿式紡糸繊維1は全て解されて、平均繊維径約500nmのサブミクロンフィブリルが得られた(図6)。図6は湿式紡糸繊維1を20分間解繊処理した後の走査型電子顕微鏡写真である。
【0077】
[実施例2:方法(II)による湿式紡糸繊維2の調製]
1.ドープ液の調製
β-1,3-グルカンとしてパラミロンを用いて、方法(II)により、湿式紡糸繊維2を調製した。
まず、パラミロン797mgをDMSO10mLに溶解し、室温で6時間攪拌して均一なドープ液を調製した。ドープ液中のパラミロンの含有量は8質量%であった。
【0078】
2.紡糸及び精錬
30ホールノズルから10mLシリンジを使って、ドープ液をエタノール凝固浴(エタノール500mL、長さ500mm×幅50mm×深さ40mm)に押し出した。押し出されたゲル状の繊維を6rpmのスピードで巻き取り、続いて400mLのエタノールを含む500mLビーカーに浸漬して紡糸繊維を得た。風乾前の紡糸繊維を明視野顕微鏡で観察した。結果を図2Aに示す。また、得られた紡糸繊維を風乾したのち、100℃で3時間減圧乾燥して、湿式紡糸繊維2を調製した。得られた湿式紡糸繊維2を走査型電子顕微鏡で観察した。結果を図2Bに示す。
湿式紡糸繊維2について、湿式紡糸繊維1と同じ条件で、繊維の吸湿率、熱物性、及び物理物性を測定した。結果を表1に示す。
また湿式紡糸繊維1と同じ条件で解繊処理を行い、サブミクロンフィブリルが調製されるか検討を行った。まず、湿式紡糸繊維2を1~3分間処理することで、繊維表面にピーチスキンを有する湿式紡糸繊維が得られた。さらに解繊処理を続けると、多孔繊維と、繊維径500nm程度のサブミクロンフィブリルとの混合物が得られた。さらに解繊処理を続けたところ、繊維が全て解されてサブミクロンフィブリルのみとなった。
図7Aは湿式紡糸繊維2を3分間解繊処理した後の走査型電子顕微鏡写真であり、図7Bは15分間解繊処理した後の走査型電子顕微鏡写真である。また、図7Cは湿式紡糸繊維2を60分間解繊処理した後の走査型電子顕微鏡写真である。湿式紡糸繊維2は、湿式紡糸繊維1と同じ条件では、20分間の解繊処理ではすべて解繊されず、多孔繊維が残っていた。60分間解繊処理することで、図7Cに示すように、繊維が全て解繊されてサブミクロンフィブリルとなった。図7A図7Cに示す通り、湿式紡糸繊維2を解繊処理することにより、ピーチスキンを有する繊維、多孔繊維、サブミクロンフィブリルが調製された。
【0079】
[実施例3:方法(II)による湿式紡糸繊維3の調製]
1.ドープ液の調製
β-1,3-グルカンとしてパラミロンを用いて、方法(II)により、湿式紡糸繊維3を調製した。湿式紡糸繊維3はドープ液中のパラミロンの含有量を9質量%とした。
パラミロン908mgをDMSO10mLに溶解し、室温で6時間攪拌して均一なドープ液を調製した。
2.紡糸及び精錬
減圧乾燥時間を100℃、2時間に変更した以外は、実施例2と同様の方法で紡糸して湿式紡糸繊維3を調製した。図3Aに風乾前の明視野顕微鏡写真を、図3Bに減圧乾燥後の走査型電子顕微鏡写真を示す。
湿式紡糸繊維3について、湿式紡糸繊維1と同じ条件で、繊維の吸湿率、熱物性、及び物理物性を測定した。結果を表1に示す。
また湿式紡糸繊維1と同じ条件で解繊処理を行い、サブミクロンフィブリルが調製されるか検討を行った。まず、湿式紡糸繊維3を1~3分間処理することで、繊維表面にピーチスキンを有する湿式紡糸繊維が得られた。さらに解繊処理を続けると、多孔繊維が調製された。さらに解繊処理を続けたところ、繊維が全て解されてサブミクロンフィブリルのみとなった。
図8Aは湿式紡糸繊維3を3分間解繊処理した後の走査型電子顕微鏡写真であり、図8Bは15分間解繊処理した後の走査型電子顕微鏡写真である。また、図8Cは湿式紡糸繊維3を60分間解繊処理した後の走査型電子顕微鏡写真である。図8A図8Cに示す通り、湿式紡糸繊維3を解繊処理することにより、ピーチスキンを有する繊維、多孔繊維、サブミクロンフィブリルが調製された。
【0080】
[実施例4:方法(II)による湿式紡糸繊維4の調製]
1.ドープ液の調製
β-1,3-グルカンとしてパラミロンを用いて、方法(II)により、湿式紡糸繊維4を調製した。湿式紡糸繊維4は良溶媒として水酸化ナトリウム水溶液を用いた。
パラミロン507mgを水酸化ナトリウム水溶液10mLに溶解し、室温(23℃)で1時間攪拌して均一なドープ液を調製した。
【0081】
2.紡糸及び精錬
精錬工程を、メタノール200mLに30分間浸漬に変更した以外は、実施例2と同様の方法で紡糸して、湿式紡糸繊維4を調製した。図4Aに風乾前の明視野顕微鏡写真を、図4Bに減圧乾燥後の走査型電子顕微鏡写真を示す。なお、湿式紡糸繊維4は、紡糸直後は繊維構造を維持できていたが、強度が弱く、熱物性及び物理で繊維構造が崩れてしまった。そのため、熱物性及び物理物性を測定することはできなかった。
湿式紡糸繊維4について、湿式紡糸繊維1と同じ条件で解繊処理を行い、サブミクロンフィブリルが調製されるか検討を行った。湿式紡糸繊維4は強度が弱く、湿式紡糸繊維1と同じ条件では、1~5分間の解繊処理でほとんどの繊維が解繊されて、サブミクロンフィブリルとなった。図9Aは5分間解繊処理した後の走査型電子顕微鏡写真であり、図9Bは60分間解繊処理した後の走査型電子顕微鏡写真である。図9Aより、ほとんどの繊維が解繊されてサブミクロンフィブリルとなっていることが分かる。60分間解繊処理を続けても、図9Aと同程度の平均繊維径のサブミクロンフィブリルが得られている。なお、湿式紡糸繊維4は、よりマイルドな条件で解繊することにより、ピーチスキンを有する繊維及び多孔繊維を調製できると推察される。
【0082】
[比較例1:セルロースザンテート/硫酸凝固浴によるセルロース繊維の調製]
1.セルロースザンテートの調製
溶解パルプ(日本製紙(株)製、製品名:NSPP-HR)499mgを、6mol/L水酸化ナトリウム水溶液5.0mL中に、室温で18時間浸漬した。続いて、余分な水酸化ナトリウム水溶液を濾紙で取り除き、湿潤状態のパルプ(アルカリセルロース)1.515gを得た。このアルカリセルロースを20mLガラス容器に入れ、二硫化炭素503mgを加えて蓋を閉め、室温で18時間放置した。1mol/L水酸化ナトリウム水溶液10mLをガラス容器に加え、5時間室温で攪拌して、セルロースザンテートを含むビスコースを得た(反応式(5))。
【0083】
【化12】
【0084】
2.紡糸
実施例1と同じ条件で紡糸した。
3.精錬
ロールに巻き取った繊維を次の手順で精錬して、セルロース繊維を得た。(1)流水で1分間洗浄、(2)温水(90℃)に1分間浸漬、(3)0.04mol/L水酸化ナトリウム水溶液200mLに、室温で1分間浸漬、(4)温水(90℃)に1分間浸漬、(5)0.8質量%次亜塩素酸ナトリウム水溶液200mLに、室温で1分間浸漬、(6)温水(90℃)に1分間浸漬、(7)0.8質量%次亜塩素酸ナトリウム水溶液80mLに、室温で1分間浸漬、(8)温水(90℃)に1分間浸漬、(9)18時間風乾。得られたセルロース繊維のFT-IR測定により、繊維が再生セルロースから構成されていることを確認した。
FT-IR(cm-1):3338、2875、1635、1380、1371、1312、1265、1125、1020、891。
【0085】
セルロース繊維について、湿式紡糸繊維1と同じ条件で、繊維の吸湿率、熱物性、及び物理物性を測定した。結果を表1に示す。
また湿式紡糸繊維1と同じ条件で解繊処理を行い、サブミクロンフィブリルが調製されるか検討を行ったが、サブミクロンフィブリルは得られなかった。図12Aはセルロース繊維を水中で20分間解繊処理した後の繊維の状態を表す、走査型電子顕微鏡写真である。また図12B図12Aの拡大図である。図12A及び図12Bに示す通り、セルロース繊維を水中で解繊処理するだけでは、サブミクロンフィブリルはほとんど調製されなかった。また図12Bより、セルロース繊維表面からフィブリルが剥離していることが分かるが、ピーチスキンは形成されていなかった。また、モノフィラメントの表面及び内部に複数の孔が形成された多孔繊維も調製されなかった。その理由は、セルロース繊維のモノフィラメントを構成しているフィブリル間の結合が強く、湿式紡糸繊維1と同じ解繊処理条件では、フィブリルが遊離できなかったためと考えられる。
【0086】
[比較例2:ブレンドザンテート/硫酸凝固浴による、セルロース及びβ-1,3-グルカンで構成された混合繊維の調製]
1.ブレンドザンテートの調製
β-1,3-グルカンとしてパラミロンを用い、実施例1と同じ方法でパラミロンザンテートを調製した。また、比較例1と同じ方法でセルロースザンテートを調製した。パラミロンザンテートとセルロースザンテートとが等量となるように混ぜ合わせ、室温で2時間攪拌してブレンドザンテートを調製した。
2.紡糸
実施例1と同じ方法で紡糸して、セルロースと、パラミロン(β-1,3-グルカン)を含む繊維を得た。
3.精錬
比較例1と同じ方法で精錬して、セルロース及びパラミロンの混合繊維を調製した。得られた混合繊維のFT-IR測定により、繊維が再生セルロースと再生パラミロンから構成されていることを確認した。すなわち、比較例2は、セルロース及びパラミロンを、50:50の割合で含む湿式紡糸繊維である。
FT-IR(cm-1):3310、2881、1635、1423、1369、1309、1256、1119、1019、889。
【0087】
混合繊維について、湿式紡糸繊維1と同じ条件で、繊維の吸湿率、熱物性、及び物理物性を測定した。結果を表1に示す。
また湿式紡糸繊維1と同じ条件で解繊処理を行い、サブミクロンフィブリルが調製されるか検討を行ったが、サブミクロンフィブリルは得られなかった。図13Aは混合繊維を水中で20分間解繊処理した後の状態を表す、走査型電子顕微鏡写真である。また図13B図13Aの拡大図である。図13A及び図13Bに示す通り、混合繊維を水中で解繊処理するだけでは、サブミクロンフィブリルはほとんど調製されなかった。図13Bより、混合繊維のモノフィラメント表面に線(筋)が形成されていることが分かるが、ピーチスキンを有する繊維や多孔繊維は調製されていなかった。その理由は、混合繊維では、モノフィラメントを構成しているフィブリル間の結合が強く、β-1,3-グルカンのみからなる湿式紡糸繊維1と同じ解繊処理条件では、フィブリルが遊離できなかったためと考えられる。この結果より、水中での解繊処理により、サブミクロンフィブリルが容易に調製されるという特性は、β-1,3-グルカンのみを構成分子として含む湿式紡糸繊維特有のものであることが確認された。
【0088】
【表1】
【0089】
表1に示す通り、本発明の湿式紡糸繊維の製造方法を採用することで、β-1,3-グルカンのみを構成分子として含む湿式紡糸繊維を得ることができた。本実施例1~4に記載の湿式紡糸繊維1~4はパラミロン100%の繊維である。また、再生パラミロン100%の繊維である湿式紡糸繊維1は、比較例1のセルロース繊維よりも高い吸湿率を示した。また湿式紡糸繊維1の分解温度は、セルロース繊維よりも高いことが分かった。またテンシルテストの結果より、湿式紡糸繊維1~4の伸度は、比較例1~2の繊維よりも高いことが分かった。とくに、精製パラミロン100%の繊維である湿式紡糸繊維2~3は、比較例1のセルロース繊維よりも2~3倍の伸度を有していた。このような特性を有する本発明に係る湿式紡糸繊維は、吸湿発熱繊維や、衣服の裏地等への応用が期待できる。
さらに、湿式紡糸繊維1~4は、水中で解繊処理することで、サブミクロンフィブリルを調製できることも分かった。湿式紡糸繊維1~3は、解繊処理する時間によって、ピーチスキンを有する繊維、多孔繊維、サブミクロンフィブリルと段階的に解繊されることが分かった。なお、湿式紡糸繊維4もよりマイルドな条件で解繊処理することにより、ピーチスキンを有する繊維及び多孔繊維を調製できるものと推察される。これら湿式紡糸繊維1~4は、解繊処理の条件にもよるが、水中で5~60分間程度解繊処理することで、モノフィラメントが完全に解されて、サブミクロンフィブリルのみとなった。一方で、セルロース繊維及び混合繊維を同条件で解繊した場合、モノフィラメント表面にわずかにサブミクロンフィブリルが剥離しただけであり、モノフィラメントが完全に解繊されることはなかった。これらの結果より、本発明に係る湿式紡糸繊維は、β-1,3-グルカンのみを構成分子として含むサブミクロンフィブリルを、解繊処理によって調製できることも分かった。調製されたサブミクロンフィブリルは、樹脂補強用フィラー等に応用できるだけでなく、再紡糸して繊維として再利用することもできる。本発明に係る湿式紡糸繊維及びサブミクロンフィブリルは、これまでに知られていない、新規な湿式紡糸繊維及びフィブリルである。
図1A
図1B
図1C
図2A
図2B
図3A
図3B
図4A
図4B
図5A
図5B
図5C
図6
図7A
図7B
図7C
図8A
図8B
図8C
図9A
図9B
図10
図11
図12A
図12B
図13A
図13B