(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023087478
(43)【公開日】2023-06-23
(54)【発明の名称】ウイルスバリア表面の評価方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/06 20060101AFI20230616BHJP
C12Q 1/66 20060101ALI20230616BHJP
C12N 7/01 20060101ALN20230616BHJP
【FI】
C12Q1/06
C12Q1/66
C12N7/01
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021201884
(22)【出願日】2021-12-13
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100123593
【弁理士】
【氏名又は名称】関根 宣夫
(74)【代理人】
【識別番号】100150810
【弁理士】
【氏名又は名称】武居 良太郎
(72)【発明者】
【氏名】佐野 将之
(72)【発明者】
【氏名】須丸 公雄
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA06
4B063QQ10
4B063QQ20
4B063QQ98
4B063QR80
4B063QS10
4B063QS36
4B063QS38
4B063QX02
4B065AA95X
4B065AA97X
4B065AB01
4B065BA01
4B065CA46
(57)【要約】
【課題】本発明は、ウイルス接触感染を抑制するバリアコートを施した材料表面のウイルス不活化力を評価する方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明によれば、発光遺伝子又は蛍光遺伝子を組み込んだウイルスを含む感染飛沫を模倣した水溶液を材料表面に接触させ、回収した水溶液を培養細胞系に添加後、ウイルスによる発現した発光タンパク質強度又は蛍光タンパク質強度を測定することによって、材料表面に塗布したバリアコートのウイルス不活化力を評価することができる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
材料表面のウイルス不活化力を評価する方法であって、
(a)発光遺伝子及び/又は蛍光遺伝子を組み込んだセンダイウイルス、レトロウイルス、レンチウイルス、A型インフルエンザウイルス、及びアデノウイルスからなる群から選択されるウイルスを含有させた、それぞれ0.1重量%以上の唾液有機物及び唾液無機塩類を含む水溶液を材料表面に付着させる工程、
(b)大気圧下、0~40℃の温度範囲及び5~95%RHの湿度範囲で、10分~12時間静置した後に、前記水溶液を回収する工程、
(c)前記回収した水溶液を哺乳動物由来の細胞培養系に添加して、培養細胞にウイルス感染させ、培養する工程、及び
(d)培養16時間以降の発光強度又は蛍光強度を測定することにより、材料表面に残存するウイルスの存在を判断する工程
を含む、前記評価方法。
【請求項2】
発光遺伝子又は蛍光遺伝子を組み込んだウイルスがセンダイウイルスである、請求項1に記載の評価方法。
【請求項3】
発光遺伝子が、ルシフェラーゼ(Luc)、β-ガラクトシダーゼ、クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ(CAT)、ラクタマーゼ、西洋ワサビペルオキシダーゼ、アルカリホスファターゼ、β-グルクロニダーゼ、及びβ-グルコシダーゼをコードする遺伝子からなる群から選択される、請求項1又は2に記載の評価方法。
【請求項4】
蛍光遺伝子が、緑色蛍光タンパク質(GFP)、青色蛍光タンパク質(BFP)、シアン蛍光タンパク質(CFP)、黄色蛍光タンパク質(YFP)、及び赤色蛍光タンパク質(RFP)をコードする遺伝子からなる群から選択される、請求項1又は2に記載の評価方法。
【請求項5】
唾液有機物が、ムチン及び/又はアルブミンである、請求項1~4のいずれか1項に記載の評価方法。
【請求項6】
哺乳動物がヒト、サル、イヌ、ラット、マウス、又はハムスターである、請求項1~5のいずれか1項に記載の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウイルス接触感染を抑制するバリアコートを施した材料表面のウイルス不活化力を評価する方法を提供する。具体的には、感染飛沫を模倣した水溶液であって、発光遺伝子又は蛍光遺伝子を組み込んだウイルスを含む水溶液を用いる評価方法が提供される。
【背景技術】
【0002】
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の主な感染経路の一つとして、手指を介した接触感染が指摘され、手洗いや手指消毒が広く励行されている。しかしながら、公共の場において十分な頻度でそれらを実行できる条件は実際のところ限られている上、その徹底は個人に委ねられている。こうした現状において、不特定多数の人の手が触れるドアノブや手すり、つり革や買い物かごなどの表面にスプレーして、持続的に抗ウイルス効果を発揮する技術(「ウイルスバリアコート技術」)に、大きな期待が寄せられている。実際、こうした効果を謳う技術は多数実用化され、その一部は地下鉄の車内など、公共の場における接触感染抑止の手段としても検討され始めている。しかしながら、ウイルスバリアコート技術の活用はまだまだ一般消費者中心で、医療機関、商業施設、公共交通機関等での活用は限定的である現状がある。こうした背景には、当該製品の種類及び流通量が不十分であることに加え、自治体や事業者が導入主体となる場合、その有効性を客観的かつ定量的に評価する指標なしには、導入を積極的に推進することが難しいという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Sumaru, K., Sugiura, S., Takagi, T., and Kanamori, T.: POLYMERIC BIOMATERIALS, 3rd ed.,CRC Press, Taylor & Francis Group, 2013
【非特許文献2】Nishimura, K., Segawa, H., Goto, T., Morishita, M., Masago, A., Takahashi, H., Ohmiya, Y., Sakaguchi, T., Asada, M., Imamura, T., Shimotono, K., Takayama, K., Yoshida, T., and Nakanishi, M., J. Biol. Chem., 282, 27383-27391, 2007
【非特許文献3】Nishimura, K., Sano, M., Ohtaka, M., Furuta, B., Umemura, Y., Nakajima, Y., Ikehara, Y., Kobayashi, T., Segawa, H., Takayasu, S., Sato, H., Motomura, K., Uchida, E., Kanayasu-Toyoda, T., Asashima, M., Nakauchi, H., Yamaguchi, T., and Nakanishi, M., J. Biol. Chem., 286, 4760-4771, 2011
【非特許文献4】Sano, M., Nakasu, A., Ohtaka, M., and Nakanishi, M., Mol. Ther. Methods Clin. Dev., 15, 371-382, 2019
【非特許文献5】Akagi, T., Sasai, K., and Hanafusa H., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 100, 13567-13571, 2003
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、新型コロナウイルスの接触感染抑止に高い効果が見込まれるウイルスバリアコート技術について、そのウイルス不活化力を評価する方法を提供することを目的とする。より具体的には、発光遺伝子又は蛍光遺伝子を組み込んだウイルス、ウイルス液に含まれる夾雑物の種類及び濃度、付着量や乾燥時間など、実際の接触感染に近い条件でのウイルス不活化効果の評価を可能にする、安全かつ簡便で実効性のある基本プロトコルを確立することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、現在も全世界に暗い影を落とし続ける今般のコロナ禍において、また、アフターコロナの新しい生活様式においても、こうしたウイルスバリアコート技術が公衆衛生上極めて重要になると認識し、実効性のあるウイルスバリア性能を評価する手法の構築を検討した。具体的には、SARS-CoV-2と類似した物理化学的構造(エンベロープを有しRNAをゲノムとして持つ)を有するセンダイウイルス(SeV)を用いて検討を行なった。生物学的特異性が少ない物理化学的なプロセスでのウイルス不活化メカニズムについては、緑色蛍光タンパク質(GFP)遺伝子を組み込んだSeVを用いることで、SARS-CoV-2に対する実際の有効性を安全に類推できると考えられるからである。その一方で、物体表面に付着したウイルスの感染力維持に、ウイルス液中の有機夾雑物が極めて大きな役割を果たしていることが明らかになった。口や鼻から排出される飛沫にはムチン(糖タンパク)や無機塩類が0.5%程度含まれるため、それより夾雑物がはるかに少ない条件が設定されることの多い既存の抗ウイルス評価手法は、有機夾雑物を含む実際の飛沫に対しては、ほとんど実効性がないことが強く示唆されている。
【0007】
本明細書では、最適設計されたSeVを用いて、口などから排出されたウイルスを含む飛沫が物質表面に付着し、そこから接触によって感染が広がる現実の状況に近い実験条件を探索し、安全かつ簡便で、信頼性の高いウイルス接触感染評価手法を提供する。まずは、後述する実施例に記載の通り、蛍光法に比べ格段に感度と定量性に優れる発光法での検出を可能にすべく、発光遺伝子を組み込んだSeVを作製した。同時に、ウイルス液に含まれる夾雑物の種類及び濃度、付着量や乾燥時間など、実際の接触感染に近い条件で、各種ウイルスバリアコート表面のウイルス不活化効果を評価し、実効性のある基本プロトコルを提供する。
【0008】
本発明の態様には、限定されるわけではないが、以下の発明が含まれる。
[1]材料表面のウイルス不活化力を評価する方法であって、
(a)発光遺伝子及び/又は蛍光遺伝子を組み込んだセンダイウイルス、レトロウイルス、レンチウイルス、A型インフルエンザウイルス、及びアデノウイルスからなる群から選択されるウイルスを含有させた、それぞれ0.1重量%以上の唾液有機物及び唾液無機塩類を含む水溶液を材料表面に付着させる工程、
(b)大気圧下、0~40℃の温度範囲及び5~95%RHの湿度範囲で、10分~12時間静置した後に、前記水溶液を回収する工程、
(c)前記回収した水溶液を哺乳動物由来の細胞培養系に添加して、培養細胞にウイルス感染させ、培養する工程、及び
(d)培養16時間以降の発光強度又は蛍光強度を測定することにより、材料表面に残存するウイルスの存在を判断する工程
を含む、前記評価方法。
[2]発光遺伝子又は蛍光遺伝子を組み込んだウイルスがセンダイウイルスである、[1]に記載の評価方法。
[3]発光遺伝子が、ルシフェラーゼ(Luc)、β-ガラクトシダーゼ、クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ(CAT)、ラクタマーゼ、西洋ワサビペルオキシダーゼ、アルカリホスファターゼ、β-グルクロニダーゼ、及びβ-グルコシダーゼをコードする遺伝子からなる群から選択される、[1]又は[2]に記載の評価方法。
[4]蛍光遺伝子が、緑色蛍光タンパク質(GFP)、青色蛍光タンパク質(BFP)、シアン蛍光タンパク質(CFP)、黄色蛍光タンパク質(YFP)、及び赤色蛍光タンパク質(RFP)をコードする遺伝子からなる群から選択される、[1]又は[2]に記載の評価方法。
[5]唾液有機物が、ムチン及び/又はアルブミンである、[1]~[4]のいずれかに記載の評価方法。
[6]哺乳動物がヒト、サル、イヌ、ラット、マウス、又はハムスターである、[1]~[5]のいずれかに記載の評価方法。
[7][1]~[6]の評価方法によって材料表面のウイルス不活化力を評価する試験サービスを提供する方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明は、確立された現実的な試験法の普及を通じて、実効性のある抗ウイルス技術を、一般家庭のみならず、医療機関、商業施設、公共交通機関等に広く導入することを推進するとともに、さらなる関連技術開発を強力に後押し、全世界で1,000兆円を超える経済損失が見積もられている今般の新型コロナウイルスパンデミックの抑止とアフターコロナの時代の公衆衛生維持に貢献するものである。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】SARS-CoV-2接触感染の条件を実際的に再現する実験スキームを示す。
【
図2】バリアコート表面に付着した飛沫における生体由来有機夾雑物のウイルス保護効果を示す。
【
図3】市販バリアコート表面に付着したウイルス液の感染力に及ぼす夾雑物の影響を示す。
【
図4】各条件で得られた発光強度(ベースライン差し引き後)を示す。
【
図5】各条件で得られた発光強度の対数プロット(ベースライン差し引き後)を示す。
【
図6】各条件で得られた蛍光強度(ベースライン差し引き前)を示す
【
図7】各条件で得られた蛍光強度(ベースライン差し引き後)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
(1)本発明の概要
本発明によれば、現実の条件でのSARS-CoV-2(新型コロナウイルス)に対する抗ウイルス効果を正確に見積もることのできる評価手法を提供することができる。これまでに、本発明者らは、SARS-CoV-2の脅威が明らかになると同時に、ウイルスバリアコートの効果の検討にいち早く着手、保有する機能性高分子の技術(K. Sumaru, S. Sugiura, T. Takagi, T. Kanamori:POLYMERIC BIOMATERIALS 3rd ed.,CRC Press, Taylor & Francis Group, 2013, ISBN: 9780123746269ほか)を駆使して新規抗ウイルス材料の開発を進めるとともに、SARS-CoV-2接触感染の条件を実際的に再現する実験スキームについて、先導的検討を行なっている。
【0012】
本発明の材料表面のウイルス不活化力を評価する方法の典型例を
図1に示す。最初に、バリアコートを施した材料表面に、ウイルスを含有する水溶液をロードし、所定時間の静置(又は風乾)後、ロードした溶液を回収するか、又はスクレーパーによって溶液を回収する。続いて、回収された溶液を培養細胞に添加し、細胞の感染の有無により、材料表面上のバリアコートの抗ウイルス効果を評価する方法を提供する。
【0013】
一方、これまで、ウイルス飛沫液中の夾雑物や乾燥時間がウイルス感染に及ぼす影響、ならびにウイルスの接触手指への移行等に関して、多くの知見と実験ノウハウを蓄積してきた。とくに、本発明の唾液等に含まれる有機夾雑物を含む条件において行った評価方法で見出された有機夾雑物の顕著なウイルス保護効果は、後述するように、SARS-CoV-2の接触感染に対して、これまでの評価手法は十分でないことを示唆する重要な新知見である。
【0014】
(2)競合技術
材料表面の抗ウイルス効果を評価する手法は、最近ISO規格(ISO 21702:2019)に制定され、関連製品の評価に用いられている。しかしながら、試験片に塗布されたウイルス液の蒸発を抑制するためにフィルムで覆い、24時間もの長時間静置するなど、現在問題となっている接触感染の条件とは遠くかけ離れている。製品の評価データも複数公表されているが、用いられているウイルス液は、ウイルス感染細胞の培養上清としてそのまま回収されたもの、あるいはそれを無血清培地等で希釈されたもので、夾雑物を積極的に添加する例は見当たらない(企業公開情報1:https://alanod.com/Resources/Persistent/f/7/b/3/f7b35797c216dfd96390bf8101d7cddaa738ed9f/Report%20Alanod%20MIRO%20CU.pdf;企業公開情報2(https://markets.ft.com/data/announce/detail?dockey=1323-14684164-3KQT15UVMKR447PUKOJHBK1IJ7参照)。そのため、ほとんどの場合では、一般的な細胞培養条件で添加される濃度(5~10重量%)以下の血清を含むが、血清に含まれる固形成分の大半はアルブミンでその含有量は5重量%程度に過ぎない。したがって、こうした試験に用いられるウイルス液には、最大0.5重量%のアルブミンが夾雑物として共存することになる。
【0015】
一方、今般の新型コロナウイルスパンデミックにおいて問題となっているのは、口や鼻から排出される飛沫であり、その主成分である唾液にはムチン(糖タンパク)が0.5%程度含まれるとされている。上記既存試験の条件に比べ圧倒的に多い有機夾雑物は、ウイルスバリアコート表面の不活化作用から、ウイルスを強力に保護することが強く示唆される(
図2)。事実、ルシフェラーゼ遺伝子を組み込んだSeVによる、市販ウイルスバリアコート製品をコート(方法は実施例2に後述)した表面を用いた予備検討では、一般的な評価手法における夾雑物条件に比べ、有機夾雑物(0.5%ムチン)が存在する条件では、ウイルスの感染力が格段に多く残存することが確認されている(
図3)。従って、現在スタンダードとなっている評価条件(表面付着試験プロトコル(ISO 21702:2019に準じる一般的なプロトコル)など)はSARS-CoV-2対策としては「甘い」設定になっており、これをクリアしている製品でも、現実の条件ではSARS-CoV-2に対して実効性がないケースがあることが十分に考えられる。
【0016】
現状の評価手法について、表面付着試験プロトコル(ISO 21702:2019に準じる一般的なプロトコル)の試験条件と、飛沫感染の現実の条件との相違を下記の表にまとめた。
【0017】
【0018】
(3)本発明のウイルス不活化力の評価方法
本発明は、発光遺伝子又は蛍光遺伝子を組み込んだウイルスを含有し、感染飛沫を模倣した溶液を用いることによって特徴付けられる。より具体的には、本発明は、
(a)発光遺伝子及び/又は蛍光遺伝子を組み込んだセンダイウイルス、レトロウイルス、レンチウイルス、A型インフルエンザウイルス、及びアデノウイルスからなる群から選択されるウイルスを含有させた、それぞれ0.1重量%以上の唾液有機物及び唾液無機塩類を含む水溶液を材料表面に付着させる工程、
(b)大気圧下、0~40℃の温度範囲及び5~95%RHの湿度範囲で、10分~12時間静置した後に、前記水溶液を回収する工程、
(c)前記回収した水溶液を哺乳動物由来の細胞培養系に添加して、培養細胞にウイルス感染させ、培養する工程、及び
(d)培養16時間以降の発光強度又は蛍光強度を測定することにより、材料表面に残存するウイルスの存在を判断する工程
を含む、材料表面のウイルス不活化力を評価する方法に関する。評価対象とする材料(基材)は、限定されず、飛沫したウイルスが付着し得る材料であればよく、例えば、手すり、つり革、エレベータのボタン、買い物かご、カート、医療機器の操作パネルなどであり得る。本発明では、これらの基材に塗布したバリアコートされた材料を評価対象とする。
【0019】
(3-1)組換えウイルス
材料表面に付着したSARS-CoV-2に対する材料表面上のバリアコートの不活化力を評価することが好ましいが、SARS-CoV-2はバイオセーフティーレベル3に規定されており、通常の実験室では安全性を確保できないことや、このウイルスを扱うことができる施設や設備の設置などの観点から、現実問題としてSARS-CoV-2を用いた評価を確立することは非常に困難である。また、感染評価はプラークアッセイ法や細胞障害性の測定(TCID50法)に依存しており、検出までに数日を要する上、微量ウイルスの検出が難しいという課題が存在する。さらに、これらのアッセイ法は測定時にウイルスを段階的に希釈する必要があり、多種類のウイルスバリアコートのハイスループット検出には適しているとは言えない。
【0020】
本発明では、SARS-CoV-2と類似した構造及び機能を有し、評価系において安全かつ高感度で検出でき、抗ウイルス効果を短時間に評価することに適したウイルスを使用することを特徴とする。このようなウイルスとしては、少なくとも以下の特徴を有するウイルスであることが好ましい。
1)SARS-CoV-2と同様に、エンベロープを有する、1本鎖RNAウイルスであること(このようなウイルスは、物理化学的な失活プロセスへの応答が類似することが推測される)。
2)伝播性がなく、安全に扱うことができる組換えウイルスの作製が可能である。
3)遺伝子発現効率が高い(これにより高感度検出が可能になる)。
【0021】
上記のような1)~3)の特徴を有するウイルスとしては、限定されないが、センダイウイルス、レトロウイルス、レンチウイルス、及びA型インフルエンザウイルスなどが挙げられる。また、2)~3)の特徴を有するウイルスとしてアデノウイルスなどが挙げられる。
【0022】
「センダイウイルス」は、パラミクソウイルス科レスピロウイルス属のネガティブ一本鎖RNAをゲノムに持つウイルスである。センダイウイルスの宿主域は広く、またヒトへの病原性を持たない。組換えウイルスベクターとして用いられるセンダイウイルスは、ウイルスゲノムを宿主ゲノムに組み込むことなく、強い遺伝子発現を達成できる。
【0023】
「レトロウイルス」とは、それ自身のゲノムRNAを直鎖状の二本鎖DNAコピーに逆転写し、その後、自身のゲノムDNAを宿主ゲノム内に共有結合的に組み込むRNAウイルスを指す。いったんウイルスが宿主ゲノム内に組み込まれると、「プロウイルス」と呼ばれる。プロウイルスは、RNAポリメラーゼIIに認識され、新規なウイルス粒子を産生するために必要な構造タンパク質及び酵素をコードするRNA分子を発現するための鋳型として働く。
【0024】
「レンチウイルス」とは、レトロウイルス科の一属を指す。レンチウイルスは、非分裂細胞に感染できるという点で、レトロウイルスの中でも独特である。また、遺伝情報を宿主細胞のDNA中に送達することができるため、外来遺伝子を長期間発現させるためのベクターとして使用される。ヒト免疫不全ウイルス(HIV)、サル免疫不全ウイルス(SIV)及びネコ免疫不全ウイルス(FIV)などは、レンチウイルスの例である。ex vivoでの遺伝子導入を介した、遺伝子治療を目的としたベクターとしてよく利用される。
【0025】
「A型インフルエンザウイルス」はオルソミクソウイルス科に属するウイルスであり、分節化されたネガティブ一本鎖RNAをゲノムとして持つ。ウイルスゲノムは、宿主ゲノムに組み込まれることなく、外来遺伝子を発現できる。
【0026】
「アデノウイルス」はアデノウイルス科に属するウイルスであり、二本鎖DNAをゲノムに持つ。カプシドで構成されるウイルスであり、エンベロープは持たない。一過的であるが、強い遺伝子発現が達成できるため、in vitro及びin vivoの双方でベクターとしてよく利用される。
【0027】
「(ウイルス)エンベロープ」とは、アデノウイルスを除く上記に列挙したウイルスに存在するヌクレオキャプシドの周囲を取り囲む脂質二重層を基本とする膜構造を指す。
【0028】
「組換えウイルス」とは、1つ以上の異種配列(すなわち、ウイルス由来でない核酸配列)を含むウイルスを意味する。本発明では、こうした異種配列を有する遺伝子を外来遺伝子として導入された組換えウイルスの使用が好ましい。後述するように、外来遺伝子は、本発明の評価方法に使用することができる遺伝子であれば、限定されず、例えば、発光遺伝子又は蛍光遺伝子などが挙げられる。さらに具体例には、本出願人らが開発した組換えセンダイウイルス(「組換えSeV」)(特許第5633075号参照)が含まれる。
【0029】
組換えSeVに関して、本出願人らは、SeVの基礎研究及び応用研究に関する多くの実績と技術シーズを蓄積し、感染後に二次粒子を作らない非伝播型のSeVに、複数の外来遺伝子を搭載できる組換えSeVの開発に成功している。SeVは、エンベロープを有し、RNAをゲノムとして持つSARS-CoV-2と類似した物理化学構造を有しており、予備研究において、GFP遺伝子を搭載した組換えSeVを用いて、ウイルスバリアコートの検討に着手した。しかしながら、細胞や培地成分、プレートを構成する樹脂には一般に少なからず自家蛍光があり、SeV感染細胞からの蛍光シグナルに対してバックグラウンドノイズとなる可能が示唆される。本発明は、蛍光遺伝子を組み込んだ組換えウイルスの使用に限定されず、より微量で定量的な分析が可能な発光検出系を提供することにより、大きなダイナミックレンジを確保することができる。
【0030】
本発明では、発光遺伝子又は蛍光遺伝子を組み込んだSeVを用いることにより、細胞に感染した微量なウイルスを短時間(24時間以内)で高感度に測定することが可能であるため、素材の違いによる抗ウイルス効果のわずかな差を検出することも可能であり、ハイスループット解析にも適応できる。また、SeVは、高い感染力価(108オーダー以上)のウイルスが調製可能であり、哺乳動物細胞への感染力が強く、外来遺伝子の発現強度が強い(Nishimura et al., J. Biol. Chem., 282, 27383-27391, 2007; Nishimura et al., J. Biol. Chem., 286, 4760-4771, 2011参照)。
【0031】
(3-2)発光遺伝子及び蛍光遺伝子の例
本発明では、外来遺伝子としての発光遺伝子又は蛍光遺伝子を、当業者が用いる一般的な遺伝子工学的手法により、ウイルスに組み込むことができる。「発光遺伝子」とは、発光タンパク質をコードする遺伝子を指す。「発光タンパク質」は、励起光を必要とすることなく発光することのできる基質又は基質タンパク質の発光を触媒する酵素を指す。例えば、基質又は基質タンパク質としてのルシフェリン又はイクオリン、酵素としてのルシフェラーゼが挙げられる。本発明では、発光遺伝子をコードするタンパク質、又は発光タンパク質として、ルシフェラーゼ(Luc)、β-ガラクトシダーゼ、クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ(CAT)、ラクタマーゼ、西洋ワサビペルオキシダーゼ、アルカリホスファターゼ、β-グルクロニダーゼ、及びβ-グルコシダーゼを使用することができる。
【0032】
本発明によれば、ルシフェラーゼを容易に使用することができる。本明細書で使用する場合、「ルシフェラーゼ」とは、一般的に、発光が生じる化学反応を触媒する酵素を指し、該酵素の基質となる物質はルシフェリンと呼ばれる。ATPの存在下、ルシフェラーゼの触媒作用により、ルシフェリンが化学変化を起こす際に発光する。現在、ルシフェラーゼは、ホタル、ウミシイタケ、ウミホタル、トゲオキヒオドシエビ、海生カイアシ類、及びバクテリア等に由来するものが取得されている。また、ルシフェラーゼは、細胞外に分泌されるもの及び細胞内に蓄積されるものが知られているが、いずれのものであっても使用可能である。
【0033】
「蛍光遺伝子」とは、蛍光タンパク質をコードする遺伝子を指す。「蛍光タンパク質」は、特定波長の励起光を照射したときに特定波長の蛍光を発するタンパク質である。天然型及び非天然型のいずれであってもよく、また、励起波長及び蛍光波長も特に限定はされない。具体的には、例えば、EGFPなどの緑色蛍光タンパク質(GFP)、EBFPなどの青色蛍光タンパク質(BFP)、ECFPなどのシアン蛍光タンパク質(CFP)、EYFPなどの黄色蛍光タンパク質(YFP)、及びmOrange、mCherryなどの赤色蛍光タンパク質(RFP)を使用することができる。
【0034】
(3-3)感染飛沫を模倣した水溶液
本発明は、実際の接触感染に近い条件でのバリアコートのウイルス不活化効果の評価を可能にする。そこで、本発明の評価方法は、感染飛沫を模倣した水溶液を使用することによって特徴付けられる。感染者の口や鼻から排出される飛沫の主成分は唾液であり、唾液には有機物及び無機物が存在して含まれる。本発明の評価方法では、唾液成分を含む水溶液を使用することができ、特に、唾液に含まれる有機物、例えば、糖タンパク質(ムチンなど)、糖タンパク質以外のタンパク質(例えば、血清アルブミン)、及び無機物、例えば、重炭酸ナトリウム、炭酸カルシウム、リン酸カルシウム、リン酸ナトリウムなどを水溶液(例えば、水、緩衝液(PBSなど))に含有させることができる。また、唾液中には、上記の通り、ムチン及び血清アルブミンが含まれるが、ムチンに代えてウシ顎下腺ムチンやブタ胃ムチンを、血清アルブミンに代えてウシ血清アルブミン(BSA)を用いることも可能である。
【0035】
感染飛沫を模倣した水溶液に含有させる糖タンパク質又はそれ以外のタンパク質の含有量は、生体から分泌される唾液中のこれらの濃度に類似していれば特に限定しない。また唾液中の有機物及び無機物の量は、対象の年齢、健康状態、運動時若しくは静時、ストレスの有無によって変化することが知られている。そのため、感染飛沫を模倣した水溶液に含有させる有機物及び/又は無機物の量は、適宜調整してもよいが、評価系として、唾液中に存在する平均濃度で使用することで足りる。より具体的には、水溶液に対して、有機物(ムチンなど)、無機物ともにそれぞれ0.1~2重量%の濃度が好ましく、例えば、0.2~1重量%、唾液中の含有量とされる0.25~0.5重量%がさらに好ましい。
【0036】
感染飛沫を模倣した水溶液に添加するウイルス量は、上記水溶液1mlあたり少なくとも1×105細胞感染単位(CIU)以上であることが好ましい。ウイルスに導入された発光遺伝子又は蛍光遺伝子の発現強度に応じて、ウイルス量を水溶液1mlあたり少なくとも1×105~1×109CIUの範囲で適宜調整されてもよい。こうして濃度調整されたウイルスを含有する水溶液の0.5μl~20μl程度、例えば、1μl~10μl、2μl~5μlを材料表面にロードすることができる。
【0037】
材料表面への上記水溶液の付着(塗布)には、日常で起こる飛沫の材料表面への付着と同様の環境条件下で行われることが好ましい。このような環境条件としては、限定されないが、大気圧下、0~40℃の温度範囲及び5~95%RHの湿度範囲が好ましい。当業者であれば、ウイルスの活性が損なわれないか、又は死滅しない環境条件下で行われることが好ましいことを容易に理解するはずである。また、材料表面に該水溶液の付着(静置)時間は、限定されないが、10分~12時間程度であればよく、例えば、30分~6時間、1時間~2時間などが例示される。その後、水溶液を回収し、続いて、培養細胞系の該水溶液の添加による感染操作を行うことができる。一実施形態では、上記水溶液の付着(静置)時間の経過後、特に水溶液の水分が蒸発した場合など、PBSなどの溶液(1μl~50μL程度)を材料表面に添加し、速やかに回収した溶液を培養細胞系に添加して感染操作を行ってもよい。あるいは、一部の水分が蒸発した場合などは、水溶液をスクレーパーなどを使って回収し、そのまま培養細胞系に添加して感染操作を行ってもよい。
【0038】
ウイルス感染に使用される細胞は、実施例で用いたヒト大腸がん細胞株HCT116が使用できるが、この細胞に特に限定されず、本発明で使用されるウイルスが感染できる哺乳動物(ヒト、サル、イヌ、ラット、マウス、ハムスターなど)由来の細胞、例えば、HeLa細胞、HEK293細胞、HepG2細胞、HuH-7細胞、A549細胞、MDCK細胞、Vero細胞、LLCMK2細胞、CHO細胞、BHK-21細胞、NIH3T3細胞、正常線維芽細胞であればよい。評価系において、ウイルス感染させ、残存するウイルスの有無を測定するために、浮遊細胞よりは、接着細胞を使用することが好ましい。「接着細胞」とは、一般的に、増殖のために適切な基材表面上で自身を接着させる必要がある細胞であって、付着細胞又は足場依存性細胞と称されることがある。細胞を接着させて培養をするための基材には、限定されないが、プラスチック(例えば、ポリスチレン、ポリオレフィン系樹脂など)製の細胞培養ディッシュ、ガラス製シャーレが含まれる。
【0039】
感染した細胞を通常のインキュベータ(例えば、5%CO2、湿度95%、37℃)中で、16時間以上培養し、その後、感染した細胞に発現した(i)発光タンパク質、又は(ii)蛍光タンパク質を常法に従って、その強度を測定することができる。
【0040】
(i)発光タンパク質の測定
発光タンパク質の強度(シグナル)は、発光測定法によって測定することができる。典型例として、発光タンパク質としてルシフェラーゼを用いた場合、ルシフェラーゼ自身では発光するものではないため、ルシフェラーゼ(酵素)の基質となるルシフェリン(基質)を添加し、その酸化反応に起因して生成される発光を測定することにより、定量的にルシフェラーゼ活性(発光値)を測定することができる。発光の測定には、いずれのキットや装置を使用することができ、限定されないが、Luciferase Assay System(プロメガ社)やインジェクター付きプレートリーダー(プロメガ社)の使用が可能である。
【0041】
(ii)蛍光タンパク質の測定
蛍光タンパク質の強度(シグナル)は、特定波長の励起光を照射したときに発する特定波長の蛍光を検出することにより測定することができる。例えば、蛍光タンパク質としてGFPを用いた場合、GFPは波長395nmの光で励起され、波長509nmの光を蛍光として発するため、発光強度を発光検出器により測定することができる。発光検出器としては、特に限定されず、少なくとも照射光源部及び受光検出部を備えたものであればよい。あるいは、蛍光顕微鏡を用いることにより、蛍光を視覚的に検出することが可能である。
【0042】
(4)残存ウイルスの判断法
本発明によれば、上記の発光強度又は蛍光強度を測定することにより、材料表面に残存するウイルスの存在、すなわち、材料表面に施されたバリアコートによるウイルス不活化力を定量的に又は定性的に検出することができる。概して、陽性対照試験と比較して、発光強度又は蛍光強度が低減している場合は、使用されたバリアコートがウイルス不活化力を有するものと判断することができる。対照試験については、当業者が通常行うように、陽性対照と陰性対照を適宜用意し、強度測定の基準を設定することができる。例えば、陽性対照であれば、バリアコートが塗布されていない無処理の材料又は抗ウイルス効果のない材料を用いて、試験材料の表面を用いた評価と同じ工程を行って得られた発光強度又は蛍光強度を利用することができる。一方、陰性対照であれば、ウイルス感染させていない非感染細胞からの発光強度又は蛍光強度を利用することができる。なお、試験されるバリアコートのための薬剤は特に限定されず、本明細書の実施例においては、市販等により入手可能なものを評価対象とすることができる。
【0043】
(5)評価サービスの提供
本発明によれば、上記の評価方法を用いて、試験される材料表面のウイルス不活化力を評価する試験サービスを提供することができる。本発明により、自治体や事業者などが、ウイルスバリアコートを導入する場合の明確な導入根拠と施工指標の提供、抗ウイルス技術に関する企業研究開発の支援を行うことを可能にする。一般消費者が家庭用に使用する場合とは大きく異なり、自治体や事業者が、ウイルスバリアコート技術を医療機関、商業施設、公共交通機関等に導入する際には、詳細で正確な導入根拠と施工指標が必要となるが、本発明の評価方法を実施することによって得られるデータは、これらの確かな根拠及び指標となる。また、企業が新規にウイルスバリアコート技術の開発に乗り出す際、本研究で開発する評価技術を活用することで、実効性のある技術を効率的に探索することが可能になる。
【0044】
本発明の評価方法を用いた評価サービスは、訓練された専門の評価者により本方法の実施及びウイルス不活化力の有無の判断がなされてもよく、あるいは本発明の評価方法を自動化し、バリアコートされた材料表面の提供後、組換えウイルスを含む水溶液を該材料表面に塗布する手段、水溶液を回収する手段、培養系に添加する手段、及び蛍光強度又は発光強度の測定手段を備えた評価装置を用いて、各手段をコンピュータにより制御して実行するサービスであってもよい。
【実施例0045】
以下の実施例は、本開示の様々な態様を例証する。材料と方法の両方に対する多数の修飾は、本開示の範囲から逸脱せずに実施されてもよいことは当業者に明らかである。市販品供給業者から購入される全ての試薬及び溶媒は、さらに精製又は加工することなしに使用される。
【0046】
実施例1:蛍光又は発光測定用組み換えセンダイウイルスベクターの作製
蛍光測定に用いるセンダイウイルスベクターを作製するために、欠損持続発現型センダイウイルス(SeVdp:Nishimura et al., J. Biol. Chem., 286, 4760-4771, 2011)のP/C/V遺伝子の下流にブラストサイジンSデアミナーゼ遺伝子、緑色蛍光タンパク質(EGFP)遺伝子の順に組み込んだSeVdpゲノムcDNAを調製した(Sano et al., Mol. Ther. Methods Clin. Dev., 15, 371-382, 2019)。発光測定に用いるセンダイウイルスベクターを作製するためには、上記のベクターのEGFP遺伝子の下流にluc2CP遺伝子を組み込んだSeVdpゲノムcDNAを調製した。ブラストサイジンSデアミナーゼ遺伝子、EGFP遺伝子、luc2CP遺伝子はpCX4bsrプラスミド(Akagi et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 100, 13567-13571, 2003)、pEGFP-1プラスミド(Takara Bio)、pGL4.12プラスミド(Promega)を鋳型としたPCRにより調製した。作製したSeVdpゲノムcDNAを用い、Nishimura et al., J. Biol. Chem., 286, 4760-4771, 2011に従い、SeVdpベクターを再構成した。段階希釈したSeVdpベクターを48ウェルプレートに播種したLLCMK2細胞に感染させ、EGFP陽性細胞を蛍光顕微鏡で検出することで感染力価を測定した。
【0047】
実施例2:抗ウイルス効果を評価する材料表面の調製
組織培養用の表面処理のされていないポリスチレン製48ウェルプレートのそれぞれのウェルに市販の各種ウイルスバリアコート製品4μLを、コート域の直径が6-8mmとなるようロードし、25℃で半日風乾することでコートした。その後、耐水性を確認するために、一部のウェルのコート面に水をロードし、数10秒震盪してから水を除去、さらに25℃で1時間乾燥した。
【0048】
実施例3:ルシフェラーゼ遺伝子組み換えセンダイウイルスを用いた材料表面の抗ウイルス特性評価
HCT116細胞3×10
4個を96ウェルプレートのそれぞれのウェルに播種し、翌日まで37℃のインキュベータで培養した。SeVdpベクター溶液(3.38×10
7CIU/ml)と0.625wt%のムチン(ブタ胃由来)を溶解したDMEM(無機塩類を含む)を1:4で混合し、混合液を調製した。実施例2で調製した抗ウイルス効果を評価する材料表面にこれを2μLロードし、30分室温で静置した後、10μLのPBSをロードして複数回ピペッティングした後に回収し、前日に細胞播種した96ウェルプレートのウェルに添加した。翌日まで37℃のインキュベータで培養後、培地を除去し、PBSで2回洗浄し、続いて、各ウェルに150μLの培地を注入し、さらに翌日まで培養した。各ウェルの培地を除去しPBSで洗浄後、Passive Lysis Buffer(PLB:Promega)を25μL添加し15分間、室温で振とうした。それぞれのウェルから10μLのサンプルを96ウェルプレートに分取後、Luciferase Assay System(Promega)を用い、luciferase活性を測定した。luciferase活性値は各サンプル中のタンパク質濃度によって補正した。タンパク質濃度は、10μLのサンプルを別の96ウェルプレートに分取後、150μLのPierce 660nm Protein Assay Reagent(Thermo Fisher Scientific)を添加し、5分後の660nmの吸光度として測定した。それぞれの発光強度から、バックグランド(感染させていない細胞のウェルからのサンプル液の発光強度)を差し引いたものを
図4に示す。抗ウイルス加工を施していないプラスチック表面では、大きい発光強度が得られた一方、抗ウイルス加工を施したものについては、それぞれの効果に依存して発光強度が減少した。なお、バックグランドの値は、抗ウイルス加工なしの表面の強度値に比べ格段に(~4桁)小さいことが確認された。データを対数プロットで示したもの(
図5)からも分かるとおり、この手法が十分なダイナミックレンジを有する測定法であることが実証された。
【0049】
実施例4:材料表面の抗ウイルス特性評価に及ぼす夾雑ムチンの影響評価
実施例2で調製した抗ウイルス効果を評価する材料表面に対して、SeVdpベクター溶液と混合するDMEMにムチンを含まない以外は実施例3に記載の手順で発光強度を測定、ウイルス液全体で0.5wt%のムチンを含む条件において測定した発光強度と比較した。それぞれの発光強度から、バックグランドを差し引いたものを
図3に示す。ウイルス液にムチンを含む条件では、抗ウイルス加工なしの表面を含め、ムチンを含まない条件より、軒並みはるかに強度値が高いことが確認され、夾雑ムチンが非常に高いウイルス保護効果を発現することが示された。
【0050】
比較例1:蛍光遺伝子組み換えセンダイウイルスを用いた材料表面の抗ウイルス特性評価
実施例2で調製した抗ウイルス効果を評価する材料表面に対して、実施例3に記載の手順に従って、細胞にウイルスを感染させ、2日間培養後、発現したEGFPによる蛍光強度を、プレートリーダーを用いて測定した。その後、各ウェルに2.5μMのCellTracker Red CMTPX Dye(Thermo Fisher Scientific)を添加し、37℃、30分インキュベーション後に蛍光強度を測定した。CellTracker Red CMTPX Dyeで補正したそれぞれのEGFP蛍光強度を
図6、バックグランド(感染させていない細胞のウェルからのサンプル液の蛍光強度)を一律差し引いたものを
図7に示す。抗ウイルス加工を施していないプラスチック表面では、大きい蛍光強度が得られた一方、抗ウイルス加工を施したものについては、それぞれの効果に依存して蛍光強度が減少した。なお、バックグランドの値は、細胞やプレートを構成する樹脂に由来する自家蛍光が大きく、抗ウイルス加工なしの表面の強度値の半分程度であり、細胞量の増減に影響を受ける。実際、補正した結果が負の値となってしまう場合もあり、希釈系列を作って測定しても、バックグランドの値に比べシグナルがより小さくなるばかりで、この手法のダイナミックレンジはかなり限定的(~1桁)であることが示唆された。
試験機関や関連業界団体への技術移転やJIS等での規格化を通じて、実効性のあるウイルスバリアコートを、一般家庭のみならず、医療機関、商業施設、公共交通機関等に広く導入することを推進するとともに、さらなる関連技術開発を強力に後押し、今般の新型コロナパンデミックの抑止に力強く貢献することができる。