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特開2023-87936細胞外小胞吸着剤およびそれを用いた細胞外小胞の検出および分離方法
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  • 特開-細胞外小胞吸着剤およびそれを用いた細胞外小胞の検出および分離方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023087936
(43)【公開日】2023-06-26
(54)【発明の名称】細胞外小胞吸着剤およびそれを用いた細胞外小胞の検出および分離方法
(51)【国際特許分類】
   C07K 1/22 20060101AFI20230619BHJP
   C07K 14/435 20060101ALI20230619BHJP
   C12N 15/12 20060101ALN20230619BHJP
【FI】
C07K1/22
C07K14/435 ZNA
C12N15/12
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021202501
(22)【出願日】2021-12-14
(71)【出願人】
【識別番号】000003300
【氏名又は名称】東ソー株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000173762
【氏名又は名称】公益財団法人相模中央化学研究所
(72)【発明者】
【氏名】穂谷 恵
(72)【発明者】
【氏名】井上 宗宣
(72)【発明者】
【氏名】兜坂 健太
(72)【発明者】
【氏名】松永 太一
(72)【発明者】
【氏名】森本 篤史
(72)【発明者】
【氏名】河合 康俊
(72)【発明者】
【氏名】大竹 則久
【テーマコード(参考)】
4H045
【Fターム(参考)】
4H045AA10
4H045AA20
4H045AA30
4H045BA10
4H045CA50
4H045EA65
4H045FA72
4H045FA74
4H045GA26
(57)【要約】
【課題】 細胞外小胞を高感度かつ高精度に検出する方法、および高純度の細胞外小胞を簡便な操作で大量に分離可能な方法を提供すること。
【解決手段】 イクイナトキシンやライセニンなどのスフィンゴミエリン結合性タンパク質を含むスフィンゴミエリン認識分子と、当該スフィンゴミエリン認識分子を固定化した不溶性担体とを含む、細胞外小胞吸着剤により、前記課題を解決する。
【選択図】 図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
不溶性担体と、当該担体に固定化した、スフィンゴミエリン結合性タンパク質を含むスフィンゴミエリン認識分子と、当該スフィンゴミエリン認識分子を固定化した不溶性担体とを含む、細胞外小胞吸着剤。
【請求項2】
スフィンゴミエリン認識分子が、スフィンゴミエリン結合性タンパク質および不溶性担体との結合能を有した、固定化補助タンパク質をさらに含む、請求項1に記載の分離剤。
【請求項3】
スフィンゴミエリン結合性タンパク質がイクイナトキシンおよび/またはライセニンである、請求項1または2に記載の吸着剤。
【請求項4】
イクイナトキシンが以下の(a)から(c)のいずれかから選択されるタンパク質である、請求項3に記載の吸着剤。
(a)配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるアミノ酸残基を少なくとも含む、タンパク質;
(b)配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるアミノ酸残基を少なくとも含み、ただし当該アミノ酸残基において1もしくは数個の位置での1もしくは数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入および付加のうち、いずれか1つ以上をさらに有し、かつスフィンゴミエリン結合能を有するタンパク質;
(c)配列番号1に記載のアミノ酸配列全体に対して70%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなるアミノ酸残基を少なくとも含み、かつスフィンゴミエリン結合能を有するタンパク質。
【請求項5】
ライセニンが以下の(d)から(f)のいずれかから選択されるタンパク質である、請求項3に記載の吸着剤。
(d)配列番号3に記載のアミノ酸配列からなるアミノ酸残基を少なくとも含む、タンパク質;
(e)配列番号3に記載のアミノ酸配列からなるアミノ酸残基を少なくとも含み、ただし当該アミノ酸残基において1もしくは数個の位置での1もしくは数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入および付加のうち、いずれか1つ以上をさらに有し、かつスフィンゴミエリン結合能を有するタンパク質;
(f)配列番号3に記載のアミノ酸配列全体に対して70%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなるアミノ酸残基を少なくとも含み、かつスフィンゴミエリン結合能を有するタンパク質。
【請求項6】
請求項1から5のいずれかに記載の吸着剤に細胞外小胞を含む溶液を添加して当該細胞外小胞を前記吸着剤に吸着させる工程と、前記吸着剤に吸着した細胞外小胞を検出する工程とを含む、細胞外小胞の検出方法。
【請求項7】
請求項1から5のいずれかに記載の吸着剤を充填してなる、細胞外小胞分離カラム。
【請求項8】
請求項7に記載のカラムに細胞外小胞を含む溶液を添加して当該細胞外小胞を前記カラムに充填した吸着剤に吸着させる工程と、前記吸着剤に吸着した細胞外小胞を溶出液を用いて溶出させる工程とを含む、細胞外小胞の分離方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶液中に含まれる細胞外小胞を選択的に吸着可能な細胞外小胞吸着剤、および当該細胞外小胞吸着剤を用いた細胞外小胞の検出および分離方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞外小胞は内部にマイクロRNAやメッセンジャーRNAなどの核酸やタンパク質などの物質を含み、細胞間の情報伝達を担っていると考えられていることから、がんなどの各種疾患のバイオマーカーとして注目されるだけでなく、新規治療薬やドラックデリバリーシステム(DDS)としての応用も期待されている(非特許文献1)。
【0003】
細胞外小胞の単離検出技術として、熱ショックタンパク質(HSP70、HSP90)やテトラスパニン(CD9、CD63、CD81)を細胞外小胞のマーカーとして利用する方法が知られている。しかしながら、これらマーカーの発現量は、細胞外小胞を放出する細胞の種類により異なるため、感度および定量性に欠けることが課題である(非特許文献2)。
【0004】
また、細胞外小胞を単離する技術として、超遠心法、限外ろ過法、密度勾配遠心法、ポリマー沈殿法、免疫沈降法などが知られている。しかしながら、これら方法のうち、高純度・高濃度の細胞外小胞が得られること、細胞外小胞が大量かつ安価に得られること、および操作が短時間且つ簡便であること、の3つすべてを満たしている方法はない。
【0005】
細胞外小胞を単離する、さらに他の技術として、リン脂質のホスファチジルセリンに結合性をもつタンパク質であるアネキシンVやTim4タンパク質を利用した方法が知られている(特許文献1および非特許文献2)。しかしながら、前記方法は細胞外小胞の検出率や回収率が十分とはいえない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】WO2016/088689号
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Proteomics、13巻、1637-1653頁、2013年
【非特許文献2】日本薬理学雑誌 149巻、119-122頁、2017年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、細胞外小胞の産業的利用を発展させるにあたり、細胞外小胞を高感度かつ高精度に検出する方法や、高純度の細胞外小胞を簡便な操作で大量に分離可能な方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は上記の課題を解決すべく鋭意検討した結果、不溶性担体と当該担体に固定化したスフィンゴミエリン認識分子とを含むスフィンゴミエリン認識分子固定化担体が、溶液中に含まれる細胞外小胞を高感度かつ高精度に検出・分離できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち本発明は、以下の[1]から[8]に記載の態様を包含する。
【0011】
[1]不溶性担体と、当該担体に固定化した、スフィンゴミエリン結合性タンパク質を含む、スフィンゴミエリン認識分子とを含む、細胞外小胞吸着剤。
【0012】
[2]スフィンゴミエリン認識分子が、スフィンゴミエリン結合性タンパク質および不溶性担体との結合能を有した、固定化補助タンパク質をさらに含む、[1]に記載の吸着剤。
【0013】
[3]スフィンゴミエリン結合性タンパク質がイクイナトキシンおよび/またはライセニンである、[1]または[2]に記載の吸着剤。
【0014】
[4]イクイナトキシンが以下の(a)から(c)のいずれかから選択されるタンパク質である、[3]に記載の吸着剤。
(a)配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるアミノ酸残基を少なくとも含む、タンパク質;
(b)配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるアミノ酸残基を少なくとも含み、ただし当該アミノ酸残基において1もしくは数個の位置での1もしくは数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入および付加のうち、いずれか1つ以上をさらに有し、かつスフィンゴミエリン結合能を有するタンパク質;
(c)配列番号1に記載のアミノ酸配列全体に対して70%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなるアミノ酸残基を少なくとも含み、かつスフィンゴミエリン結合能を有するタンパク質。
【0015】
[5]ライセニンが以下の(d)から(f)のいずれかから選択されるタンパク質である、[3]に記載の吸着剤。
(d)配列番号3に記載のアミノ酸配列からなるアミノ酸残基を少なくとも含む、タンパク質;
(e)配列番号3に記載のアミノ酸配列からなるアミノ酸残基を少なくとも含み、ただし当該アミノ酸残基において1もしくは数個の位置での1もしくは数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入および付加のうち、いずれか1つ以上をさらに有し、かつスフィンゴミエリン結合能を有するタンパク質;
(f)配列番号3に記載のアミノ酸配列全体に対して70%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなるアミノ酸残基を少なくとも含み、かつスフィンゴミエリン結合能を有するタンパク質。
【0016】
[6][1]から[5]のいずれかに記載の吸着剤に細胞外小胞を含む溶液を添加して当該細胞外小胞を前記吸着剤に吸着させる工程と、前記吸着剤に吸着した細胞外小胞を検出する工程とを含む、細胞外小胞の検出方法。
【0017】
[7][1]から[5]のいずれかに記載の吸着剤を充填してなる、細胞外小胞分離カラム。
【0018】
[8][7]に記載のカラムに細胞外小胞を含む溶液を添加して当該細胞外小胞を前記カラムに充填した吸着剤に吸着させる工程と、前記吸着剤に吸着した細胞外小胞を溶出液を用いて溶出させる工程とを含む、細胞外小胞の分離方法。
【0019】
以下に本発明をさらに詳細に説明する。
【0020】
リン脂質の一つであるスフィンゴミエリンは、細胞外小胞表面に多く含まれることが知られている(Prog.Lipid Res.、66巻、30-41頁、2017年)。本発明は当該知見に着目し検討した結果、成し得た発明である。
【0021】
本明細書において細胞外小胞とは、真核細胞から分泌された脂質二重膜で構成された粒子のことを指し、粒径は20nm以上数μm以下であり、その大きさや由来により、エクソソーム(Exosome)、マイクロベシクル(Microvesicles)、アポトーシス小胞(Apoptotic vesicles)に分類される。中でも、疾患診断や治療に有効性が認められる(例えば、Biology(Basel)、2021年、10巻、359頁)点で、エクソソームおよびマイクロベシクルが挙げられ、これらの小胞に相当する点で、粒径は50nm以上500nm以下が好ましい。
【0022】
本発明の細胞外小胞吸着剤を構成する不溶性担体は、水溶液に対して不溶性の担体であれば特に制限されない。一例として、アガロース、アルギネート(アルギン酸塩)、カラゲナン、キチン、セルロース、デキストリン、デキストラン、デンプン等の多糖質を原料とした担体や、ポリビニルアルコール、ポリメタクリレート、ポリ(2-ヒドロキシエチルメタクリレート)、ポリウレタン等の合成高分子を原料とした担体や、シリカなどのセラミックスを原料とした担体が挙げられる。中でも、多糖質を原料とした担体や合成高分子を原料とした担体が不溶性担体として好ましく、具体的には、トヨパール(東ソー製)等のヒドロキシ基を導入したポリメタクリレートゲル、Sepharose(Cytiva製)等のアガロースゲル、セルファイン(JNC製)等のセルロースゲルがあげられる。不溶性担体の形状については特に限定はなく、粒状物または非粒状物、多孔性または非多孔性、いずれであってもよい。中でも、表面積が大きく、スフィンゴミエリン認識分子の固定化量を多くできる点で、粒状物が好ましい。また、その粒径は、細胞外小胞が不溶性担体の隙間を目詰まりすることなく通過でき、かつ入手が容易な点で、直径1μm以上10μm以下が好ましい。
【0023】
本発明の細胞外小胞吸着剤を構成するスフィンゴミエリン認識分子は、少なくともスフィンゴミエリン特異的に結合能を有するタンパク質(以下、「スフィンゴミエリン結合性タンパク質」とも表記)を含んでいればよく、当該タンパク質のN末端側またはC末端側にスフィンゴミエリン結合能を有さないポリペプチドや分子が付加されていてもよい。前記付加してよい、ポリペプチドや分子の一例として、タンパク質タグであるSpyTagまたはSpyCatcher、可溶性の高いタンパク質であるStaphylococcus aureus由来Protein A(SpA)のZドメイン、GSリンカー(グリシン4残基とセリン1残基の繰り返しからなるリンカー)などのリンカー配列、HRV 3Cプロテアーゼ認識配列などのプロテアーゼ認識配列、ポリヒスチジン、c-mycタグ、FLAGタグなどの分離精製用タグ、グルタチオン S-トランスフェラーゼ(GST)、マルトース結合タンパク質(MBP)、セルロース結合性ドメイン(CBD)などの不溶性担体への固定化用タンパク質が挙げられる。中でも、SpAのZドメインが大腸菌による組換えスフィンゴミエリン結合性タンパク質の生産性を向上できる点で、SpyCatcherがスフィンゴミエリン結合性タンパク質の分子密度や配向性を制御できる点で、それぞれ好ましい。
【0024】
本明細書におけるスフィンゴミエリン結合性タンパク質の一例として、ウメボシイソギンチャク(Actinia equina)由来のイクイナトキシンII(Equinatoxin II、以下「EqtII」とも表記)、シマミミズ(Eisenia foetida)由来のライセニン(Lysenin、以下「Lysn」とも表記)、ヒラタケ(Pleurotus ostreatus)由来のプルロトライシンA2(Pleurotolysin A2)やオストレオリシンA(Ostreolysin A)が挙げられる。中でも、EqtIIおよびLysnは、大腸菌による組換えタンパク質の生産が容易な点で、スフィンゴミエリン結合性タンパク質の好ましい態様といえる。
【0025】
天然型(変異未導入の)EqtIIのアミノ酸配列を配列番号1に、天然型(変異未導入の)LysnのうちC末端ドメインのアミノ酸配列を配列番号3に、それぞれ示す。なお、配列番号1はUniProt Accession No.P61914の36番目から214番目までのアミノ酸配列に相当し、配列番号3はUniProt Accession No.O18423の160番目から297番目までのアミノ酸配列に相当する。また配列番号3に記載の配列からなるタンパク質は、膜孔形成毒素(Pore Forming Toxin)である天然型Lysnを無毒化し、安全性を高めたタンパク質である(J.Biol.Chem.、280巻、24072-24084頁、2005年)。
【0026】
本発明においてスフィンゴミエリン結合性タンパク質とは、天然に存在するスフィンゴミエリン結合性タンパク質(その部分領域も含む、以下同様)に限らず、スフィンゴミエリン結合能を有する限り、前記タンパク質においてアミノ酸残基の置換、欠失、挿入および付加のうち、いずれか1つ以上有してもよい(以下、「スフィンゴミエリン結合性タンパク質変異体」とも表記する)。なお前記アミノ酸残基の置換、欠失、挿入および付加は、当業者に周知の遺伝子工学的な方法を用いて行なうことができる。
【0027】
スフィンゴミエリン結合性タンパク質変異体の具体例として、以下の(i)または(ii)に示す、スフィンゴミエリン結合能を有したタンパク質があげられる。
(i)配列番号1または3に記載のアミノ酸配列からなるアミノ酸残基を少なくとも含み、ただし当該アミノ酸残基において1もしくは数個の位置での1もしくは数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入および付加のうち、いずれか1つ以上をさらに有したタンパク質;
(ii)配列番号1または3に記載のアミノ酸配列全体に対して70%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなるアミノ酸残基を少なくとも含むタンパク質。
【0028】
前記(i)において「1もしくは数個」とは、タンパク質の立体構造におけるアミノ酸残基の位置やアミノ酸残基の種類によっても異なるが、例えば、1個以上20個以下、1個以上10個以下、1個以上5個以下、1個以上3個以下のいずれかを意味する。また前記(i)に記載の「置換、欠失、挿入および付加のうち、いずれか1つ以上」には、遺伝子が由来する生物の個体差、種の違いなどに基づく、天然にも生じ得る変異(mutantまたはvariant)も含まれる。
【0029】
(i)に記載の「置換」の例として、配列番号1の8番目のバリンおよび69番目のリジンのシステインへの置換があげられる(配列番号2)。なお当該置換は、膜孔形成毒素(Pore Forming Toxin)である天然型のEqtII(配列番号1)を無毒化し、安全性を高める置換である(J.Biol.Chem.、279巻、46509-46517頁、2004年)。
【0030】
(ii)におけるアミノ酸配列の相同性は70%以上であればよく、それ以上の相同性(例えば、80%以上、85%以上、90%以上または95%以上)を有してもよい。なお本発明において相同性とは、類似性(similarity)または同一性(identity)を意味してよく、特に同一性を意味してもよい。アミノ酸配列間の同一性とは、それらアミノ酸配列における種類が同一であるアミノ酸残基の比率を意味する(実験医学 2013年2月号 Vol.31 No.3、羊土社)。アミノ酸配列間の類似性とは、それらアミノ酸配列における種類が同一であるアミノ酸残基の比率と側鎖の性質が類似したアミノ酸残基の比率の合計を意味する(実験医学 2013年2月号 Vol.31 No.3、羊土社)。アミノ酸配列の相同性は、BLAST(Basic Local Alignment Search Tool)やFASTA等のアラインメントプログラム(Alignment program)を利用して決定できる。
【0031】
スフィンゴミエリン認識分子1分子当たりに含まれるスフィンゴミエリン結合性タンパク質の数に制限はないが、スフィンゴミエリンへの親和性が高く、かつ大腸菌での組換えタンパク質を用いた作製も容易な点で、3個以上9個以下が好ましい。認識分子1分子当たりに含まれるスフィンゴミエリン結合性タンパク質の種類も制限はなく、例えば、配列番号1に記載のアミノ酸配列からなる天然型EqtII、配列番号2に記載のアミノ酸配列からなる無毒化EqtII(以下、「NT-EqtII」とも表記)および配列番号3に記載のアミノ酸配列からなる天然型LysnのC末端側ドメイン(無毒化Lysn、以下「NT-Lysn」とも表記)から選択される、いずれか2つ以上をスフィンゴミエリン認識分子1分子あたりに含んでもよい。また、1つのスフィンゴミエリン認識分子固定化担体中に使用されるスフィンゴミエリン認識分子の種類に制限はなく、2種類以上のスフィンゴミエリン認識分子が固定化されていてもよい。
【0032】
本発明のスフィンゴミエリン結合性タンパク質の具体例として、配列番号4および5に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質があげられる。なお配列番号4のうち、5番目から183番目までがNT-EqtII(配列番号2)のアミノ酸配列であり、189番目から202番目までがGSリンカーの配列であり、207番目から322番目はタンパク質タグSpyCatcher(Protein Data Bank No.4MLIのChain AおよびB[116残基])のアミノ酸配列である。また配列番号5のうち、5番目から141番目までがNT-Lysn(配列番号3)の2番目から138番目までのアミノ酸配列であり、147番目から160番目までがGSリンカーの配列であり、165番目から280番目までがタンパク質タグSpyCatcherのアミノ酸配列である。
【0033】
また本発明の細胞外小胞吸着剤において、不溶性担体上には、スフィンゴミエリン結合性タンパク質が細胞外小胞に対する特異的な結合能を有している限り、スフィンゴミエリンを認識しない物質(以下、「スフィンゴミエリン非結合性物質」とも表記)を結合(固定化)させてもよい。スフィンゴミエリン非結合性物質として、固定化補助タンパク質、ウシ血清アルブミンなど不溶性担体表面の非特異的な吸着を防ぐタンパク質、デキストランなどの担体表面の親水性を向上させる非タンパク質成分、を例示できる。このうち固定化補助タンパク質は、スフィンゴミエリン結合性タンパク質との結合能を有し、かつスフィンゴミエリン結合性タンパク質を不溶性担体に固定化する際に当該タンパク質の密度や配向を制御する機能を有したタンパク質である。1つのスフィンゴミエリン認識分子固定化担体におけるスフィンゴミエリン非結合性物質の結合数や種類に制限はなく、2種類以上のスフィンゴミエリン非結合性物質が固定化(結合)されていてもよい。
【0034】
不溶性担体に固定化するスフィンゴミエリン非結合性物質としては、スフィンゴミエリン結合性タンパク質の密度や配向を制御しスフィンゴミエリン結合性タンパク質の細胞外小胞への結合性を最適化する点で、固定化補助タンパク質が好ましく、3量体構造または9量体構造を有した固定化補助タンパク質が、スフィンゴミエリン結合性タンパク質の多価効果による親和性向上が得られ、かつ作製も容易な点から、さらに好ましい。
【0035】
C末端側に前述したSpyCatcherを付加したスフィンゴミエリン結合性タンパク質と、アビジンやストレプトアビジンなどのビオチン結合性タンパク質を固定化した不溶性担体とを用いた場合における、固定化補助タンパク質の具体例として、配列番号6から8に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質があげられる。
【0036】
なお配列番号6のうち、5番目が前記不溶性担体へ固定化させる際のビオチン標識に用いるシステイン残基であり、15番目から72番目までがSpAのZドメイン(GenBank Accession No.AL052730の4番目から61番目まで)のアミノ酸配列であり、78番目から92番目までがGSリンカーの配列であり、95番目から108番目までがαヘリックスリンカー配列であり、116番目から128番目までが前述したSpyCatcherとの結合性を有するタンパク質タグSpyTag(Protein Data Bank No.4MLIのChain C[13残基])のアミノ酸配列である。
【0037】
また配列番号7のうち、5番目が前述したビオチン標識に用いるシステイン残基であり、15番目から72番目までがSpAのZドメイン、78番目から92番目まで、112番目から126番目まで、および162番目から176番目までがGSリンカー配列であり、129番目から142番目まで、および179番目から192番目までがαヘリックスリンカー配列であり、95番目から107番目まで、145番目から157番目まで、および200番目から212番目までがタンパク質タグSpyTagのアミノ酸配列である。
【0038】
また配列番号8のうち、5番目から10番目までがポリヒスチジン配列、15番目から169番目までがBC2LCNレクチンアミノ酸置換体の配列(GenBank Accession No.WP_006490828の2番目から156番目までのアミノ酸配列からなり、ただし当該アミノ酸配列において40番目のグルタミンがロイシンに、82番目のグルタミン酸がシステイン(前述したビオチン標識部位に相当)に、それぞれ置換した配列;特開2020-025535号公報)、176番目から190番目まで、210番目から224番目まで、および260番目から274番目までがGSリンカー配列であり、193番目から205番目まで、243番目から255番目まで、および298番目から310番目までがタンパク質タグSpyTagのアミノ酸配列であり、227番目から240番目まで、および277番目から290番目までがαヘリックスリンカー配列である。
【0039】
前述したスフィンゴミエリン結合性タンパク質および固定化補助タンパク質の製造法に特に制限はなく、例えば、特開2018-000038号公報で開示している、当業者が通常用いる方法で行なえばよい。具体的には、スフィンゴミエリン結合性タンパク質または固定化補助タンパク質のアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチドを含む発現プラスミドで宿主を形質転換し得られた形質転換体を培養して培養物(培養された形質転換体自体や分泌物のほか、培養に用いた培地等も含まれる)を得る工程、
得られた培養物を遠心分離して得られる形質転換体を適切な緩衝液で懸濁し、界面活性剤などの薬剤による破砕や超音波による物理的破砕によって細胞を破砕後、遠心分離による破砕残渣の除去によりスフィンゴミエリン結合性タンパク質または固定化補助タンパク質を含む可溶性タンパク質抽出液を得る工程、
得られた可溶性タンパク質抽出液をアフィニティークロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、疎水性相互作用クロマトグラフィー、などの液体クロマトグラフィーにより精製する工程、
により、目的とするスフィンゴミエリン結合性タンパク質または固定化補助タンパク質を製造すればよい。
【0040】
組み換えスフィンゴミエリン結合性タンパク質および/または固定化補助タンパク質を生産可能な形質転換体を得るには、当業者が通常用いる方法でよく、原核細胞や真核細胞の形質転換に通常用いるバクテリオファージ、コスミドまたはプラスミド等を基にしたベクター中の適切な位置に前記タンパク質をコードするポリヌクレオチドを挿入して当該タンパク質の発現ベクターを作製後、当該ベクターを用いて宿主を形質転換し、得ればよい。前記宿主は特に制限はないが、遺伝子工学に関する実験が容易な点で大腸菌(Escherichia coli)が好ましい。好ましい大腸菌の一例として、大腸菌JM109株、大腸菌BL21(DE3)株、大腸菌NiCo21(DE3)株、大腸菌W3110株があげられる。また、前記発現ベクターを用いて宿主を形質転換するには、当業者が通常用いる方法で行なえばよい。
【0041】
スフィンゴミエリン認識分子を不溶性担体に固定化するための工程も、当業者が通常用いる一般的なものであれば特に制限はない。例えば、不溶性担体にマレイミド基やカルボキシ基等の反応性官能基を導入後、当該官能基にスフィンゴミエリン認識分子を直接固定化してもよいし、スフィンゴミエリン結合性タンパク質と固定化補助タンパク質とをSpyTag/SpyCatcherのアミノ酸配列を含む多量体形成タンパク質を介して結合させスフィンゴミエリン認識分子を調製後、アビジン、ストレプトアビジンなどのビオチン結合性タンパク質を導入した不溶性担体に、前記認識分子が有するビオチンを介して固定化してもよいし、反応性官能基を介して固定化補助タンパク質などのスフィンゴミエリン非結合性物質を不溶性担体に固定化後、スフィンゴミエリン結合性タンパク質をスフィンゴミエリン非結合性物質に結合させることで、前記不溶性担体に固定化してもよいし、不溶性担体にスフィンゴミエリン認識分子を接触させ、当該認識分子を物理的吸着によって不溶性担体に固定化してもよい。中でもスフィンゴミエリン結合性タンパク質において固定化補助タンパク質を介して不溶性担体に固定化させることで、スフィンゴミエリン認識分子を不溶性担体に固定化させると、固定化工程時の反応が穏やかになりスフィンゴミエリン結合性タンパク質の変性が少なくなる点、およびスフィンゴミエリン結合性タンパク質の担体上での配向や密度を制御できる点で、好ましい。
【0042】
本発明の細胞外小胞吸着剤に細胞外小胞を吸着させる工程については、当業者が通常用いる一般的な方法であれば特に制限はない。細胞外小胞を含む溶液は特に制限はなく、生体組織、培養した細胞などの生体に由来するものや、培地や緩衝液等の溶液に細胞外小胞を懸濁させたものであってもよい。前記細胞外小胞を含む溶液を調製するための溶媒は、細胞外小胞を安定な状態で保持可能であり、かつ本発明の吸着剤への細胞外小胞の吸着を阻害しなければ特に制限はないが、スフィンゴミエリン認識分子や溶液中に含まれる細胞外小胞の変性を防ぐ点で、pH6.0以上8.0以下に調製した緩衝液が好ましく、具体的にはTBS(Tris Buffered Saline)、PBS(Phosphate Buffered Saline)、HBS(HEPES[4-(2-HydroxyEthyl)-1-PiperazineEthaneSulfonic acid] Buffered Saline)が例示できる。さらに前記溶媒は、スフィンゴミエリン認識分子と溶液中成分との非特異的吸着を防ぐために界面活性剤をさらに含んでもよく、具体的には、0.00001%(w/v)以上0.5%(w/v)以下の非イオン性界面活性剤をさらに含んでもよい。非イオン性界面活性剤の好ましい例として、Tween 20(商品名)があげられる。
【0043】
本発明の細胞外小胞吸着剤と細胞外小胞を含む溶液とを接触させる温度は、細胞外小胞やスフィンゴミエリン認識分子の変性を防ぐ点で2℃以上40℃以下が好ましい。また本発明の細胞外小胞吸着剤と細胞外小胞を含む溶液との接触時間は、スフィンゴミエリン認識分子と細胞外小胞が接触する時間を確保し、かつ細胞外小胞の変性を防ぐ点で、30分以上24時間以下が好ましく、1時間以上12時間以下がより好ましい。
【0044】
本発明の細胞外小胞吸着剤に非特異的に吸着した夾雑物を除去する洗浄工程は、当業者が通常用いる方法から適宜選択すればよい。洗浄用の緩衝液やpHは、例えば、前記の細胞外小胞を含む溶液を調製するための溶媒と同様のものを用いればよい。温度についても、本発明の細胞外小胞吸着剤に細胞外小胞を吸着させる工程と同様に実施すればよい。
【0045】
本発明の細胞外小胞吸着剤に吸着した細胞外小胞を検出する工程も特に制限はなく、当業者が通常用いる方法で行なえばよい。具体的には、細胞外小胞に特異的な抗体を用いて、ウェスタンブロッティング(Western blotting)法やELISA(Enzyme-Linked Immuno Sorbent Assay)法により細胞外小胞を検出する方法が例示できる。
【0046】
ウェスタンブロッティング法で検出する場合は、例えば、適当な緩衝液を用いて本発明の吸着剤から細胞外小胞を溶出させ、電気泳動に供した後、細胞外小胞マーカーに対する抗体を用いて検出すればよい。本発明の細胞外小胞吸着剤から細胞外小胞を溶出するには、数百mMのアルギニンを含む、前記の細胞外小胞を含む溶液を調製するための溶媒等を用いる方法の他、SDS(Sodium Dodecyl Sulfate)などの変性剤によりスフィンゴミエリン認識分子を変性させ、細胞外小胞を溶出させる方法が例示できる。細胞外小胞の検出は、例えば、細胞外小胞を含む溶出液をSDS-PAGE(SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動)で分離し、タンパク質をメンブランに転写した後、細胞外小胞マーカーに対する抗体を用いて検出すればよい。
【0047】
ELISA法で行なう場合は、細胞外小胞が吸着した本発明の細胞外小胞吸着剤を固相とし、前記細胞外小胞を含む溶液を調製するための緩衝液等により適宜希釈した抗体を添加し、複合体上の細胞外小胞を抗体により検出すればよい。抗体の検出方法としては、比色法や蛍光法など当業者が通常用いる方法で行なえばよい。抗体の反応温度および反応時間も当業者が通常用いる方法で行なえばよく、抗体やELISA法における複合体の安定性が高い点で、反応温度は4℃以上40℃以下が、反応時間は30分以上12時間以下が好ましい。
【発明の効果】
【0048】
本発明の吸着剤は、スフィンゴミエリンが表面に存在する細胞外小胞に結合性を有するスフィンゴミエリン結合性タンパク質を含む、スフィンゴミエリン認識分子を不溶性担体に固定化したものであり、当該担体を用いることにより、細胞外小胞を含む溶液から細胞外小胞を選択的に、かつ高感度・高精度に検出・分離できる。
【図面の簡単な説明】
【0049】

図1】実施例1から12および比較例1から3で作製した、スフィンゴミエリン結合性タンパク質、固定化補助タンパク質、スフィンゴミエリン認識分子およびスフィンゴミエリン認識分子固定化担体の模式図。
図2】実施例10および比較例3の固定化担体を用いて、溶液中に含まれる細胞外小胞を検出した結果を示す図。
図3】実施例11および12ならびに比較例1および2の固定化担体を用いて、溶液中に含まれる細胞外小胞を検出した結果を示す図。
図4】実施例9および比較例2の固定化担体を用いて、培養上清中から分離した細胞外小胞を検出した結果を示す図。
【実施例0050】
以下、作製例、実験例、実施例および比較例をあげて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれら例に限定されるものではない。
【0051】
作製例1 スフィンゴミエリン結合性タンパク質の作製
スフィンゴミエリン結合性タンパク質として、以下の<実施例1>および<実施例2>に示すタンパク質を設計し、当該タンパク質を遺伝子組換え技術を用いて発現させた。
<実施例1>無毒化イクイナトキシン(NT-EqtII、配列番号2)とSpyCatcher(Protein Data Bank No.4MLIのChain AおよびB[116残基]、SpyC)との融合タンパク質((NT-EqtII)-SpyC、配列番号4)
<実施例2>無毒化ライセニン(NT-Lysn、配列番号3)とSpyCとの融合タンパク質((NT-Lysn)-SpyC、配列番号5)
以下、各分子の作製方法を詳細に説明する。
【0052】
<実施例1>(NT-EqtII)-SpyC(配列番号4)の作製
<1>Staphylococcus aureus由来Protein AのZドメイン(SpA-Z、GenBank Accession No.AL052730の4番目から61番目までのアミノ酸残基からなるポリペプチド)と(NT-EqtII)-SpyC(配列番号4)との融合タンパク質(SpA-Z)-(NT-EqtII)-SpyC(配列番号9)をコードするポリヌクレオチド(配列番号10)を、pET28a(+)(メルク製)のマルチクローニングサイトに挿入することで、(SpA-Z)-(NT-EqtII)-SpyC(配列番号9)を大腸菌で発現可能なベクターpET_(SpA-Z)-(NT-EqtII)-SpyCを作製した。
【0053】
<2><1>で作製した発現ベクターpET_(SpA-Z)-(NT-EqtII)-SpyCで、大腸菌BL21(DE3)株を形質転換し、組換え大腸菌(形質転換体)を得た。
【0054】
<3>得られた形質転換体を、30μg/mLのカナマイシンを添加したLB(Luria-Bertani)培地(10g/L Tryptone、5g/L Yeast extractおよび5g/L NaCl)に接種し、37℃で一晩振盪することで前培養を行なった。
【0055】
<4><3>の前培養液を30μg/mLのカナマイシンを添加したTB(Terrific broth)培地(24g/L Yeast extract、12g/L Tryptone、9.4g/L KHPO、2.2g/L KHPOおよび4mL/L Glycerol)に接種し、37℃で振盪培養した。培養液の濁度(OD600nm)が凡そ0.6になったところで、培養温度を20℃に切り替え、IPTG(Isopropyl-β-D-thiogalactopyranoside)を0.1mM添加した後、一晩培養することで(SpA-Z)-(NT-EqtII)-SpyCを発現させた。
【0056】
<5>BugBuster Protein extraction kit(メルク製)を用いて、メーカープロトコルに従い菌体から可溶性タンパク質抽出液を回収した。可溶性タンパク質抽出液中からの(SpA-Z)-(NT-EqtII)-SpyCの精製を、ニッケルキレートアフィニティークロマトグラフィーにより行ない、限外ろ過フィルターを用いて保存用緩衝液(150mM 塩化ナトリウムを含む50mM Tris-HCl(pH7.5))に置換した。
【0057】
<6>(SpA-Z)-(NT-EqtII)-SpyCからヒスチジンタグおよびSpA-Zを除去するため、ヒスチジンタグペプチドを融合したHRV 3Cプロテアーゼ(メルク製)を用いてメーカープロトコルに従い(SpA-Z)-(NT-EqtII)-SpyCを消化した。
【0058】
<7>消化液に5mMのイミダゾールを添加後、ニッケルキレートアフィニティークロマトグラフィーにより精製することで、(NT-EqtII)-SpyC(配列番号4)溶液を得た。
【0059】
<実施例2>(NT-Lysn)-SpyC、配列番号5)
<1>SpA-Zと(NT-Lysn)-SpyC(配列番号5)との融合タンパク質(SpA-Z)-(NT-Lysn)-SpyC(配列番号11)をコードするポリヌクレオチド(配列番号12)を、pET28a(+)(メルク製)のマルチクローニングサイトに挿入することで、(SpA-Z)-(NT-Lysn)-SpyC(配列番号11)を大腸菌で発現可能なベクターpET_(SpA-Z)-(NT-Lysn)-SpyCを作製した。
【0060】
<2><実施例1><2>に記載と同様な方法で(SpA-Z)-(NT-Lysn)-SpyC(配列番号11)を発現可能な組換え大腸菌(形質転換体)を取得し、<実施例1><3>から<7>に記載と同様な方法で(NT-Lysn)-SpyC(配列番号5)溶液を得た。
【0061】
作製例2 固定化補助タンパク質の作製
スフィンゴミエリン非結合性物質として、以下の<A>から<C>に示す固定化補助タンパク質を設計し、当該タンパク質を遺伝子組換え技術を用いて発現させた。
<A>N末端側にビオチン標識用システイン残基(Cys)を付加したSpA-ZとSpyTag(Protein Data Bank No.4MLIのChain B[13残基]、SpyT)との融合タンパク質(Cys-(SpA-Z)-1SpyT、配列番号6)
<B>N末端側にビオチン標識用システイン残基(Cys)を付加したSpA-Zと3コピーのSpyTとの融合タンパク質(Cys-(SpA-Z)-3SpyT、配列番号7)
<C>BC2LCNレクチンアミノ酸置換体(GenBank Accession No.WP_006490828の2番目から156番目までのアミノ酸残基からなるポリペプチドであり、ただし当該アミノ酸残基において40番目のグルタミンがロイシンに、82番目のグルタミン酸がシステイン(ビオチン標識用)に、それぞれ置換したポリペプチド)(BC2LCN-m2)と3コピーのSpyTとの融合タンパク質((BC2LCN-m2)-3SpyT、配列番号8)
以下、各固定化補助タンパク質の作製方法を詳細に説明する。
【0062】
<A>Cys-(SpA-Z)-1SpyT(配列番号6)
<A-1>Cys-(SpA-Z)-1SpyT(配列番号6)をコードするポリヌクレオチドを、pBR322系プラスミドのpGEX(Cytiva製)のマルチクローニングサイトに挿入した。なおpGEXは、マルチクローニングサイトの上流側にGST(Glutathione S-transferase、GenBank Accession No.QLV95778の1番目から218番目までのアミノ酸残基からなるポリペプチド)をコードするポリヌクレオチドおよびプロテアーゼ認識部位を有しており、前記挿入により、GSTとCys-(SpA-Z)-1SpyT(配列番号6)との融合タンパク質GST-Cys-(SpA-Z)-1SpyT(配列番号13)を大腸菌で発現可能なベクターpGEX_GST-Cys-(SpA-Z)-1SpyTが得られる。GST-Cys-(SpA-Z)-1SpyTをコードするポリヌクレオチドの配列を配列番号14に示す。
【0063】
<A-2><A-1>で作製した発現ベクターpGEX_GST-Cys-(SpA-Z)-1SpyTで大腸菌BL21株を形質転換し、組換え大腸菌(形質転換体)を得た。
【0064】
<A-3>得られた形質転換体を60μg/mLのカルベニシリンを添加したLB培地に接種し、37℃で一晩振盪することで前培養を行なった。
【0065】
<A-4><A-3>の前培養液を60μg/mLのカルベニシリンを添加したLB培地に接種し、37℃で振盪培養した。培養液の濁度(OD600nm)が凡そ0.6になったところで、培養温度を30℃に切り替え、IPTGを0.5mM添加した後、5時間培養することで、GST-Cys-(SpA-Z)-1SpyTを発現させた。
【0066】
<A-5>BugBuster Protein extraction kit(メルク製)を用いて、メーカープロトコルに従い菌体から可溶性タンパク質抽出液を回収した。可溶性タンパク質抽出液中からのGST-Cys-(SpA-Z)-1SpyTの精製は、グルタチオン固定化担体を用いたアフィニティークロマトグラフィーにより行なった。
【0067】
<A-6>前記固定化担体に結合したGST-Cys-(SpA-Z)-1SpyTを、GST融合HRV 3Cプロテアーゼ(メルク製)を用いてメーカープロトコルに従い消化し、上清を回収することで、Cys-(SpA-Z)-1SpyT(配列番号6)溶液を得た。
【0068】
<B>Cys-(SpA-Z)-3SpyT(配列番号7)
<B-1>Cys-(SpA-Z)-3SpyT(配列番号7)をコードするポリヌクレオチドを、pGEX(Cytiva製)のマルチクローニングサイトに挿入することで、GSTとCys-(SpA-Z)-3SpyT(配列番号7)との融合タンパク質GST-Cys-(SpA-Z)-1SpyT(配列番号15)を大腸菌で発現可能なベクターpGEX_GST-Cys-(SpA-Z)-1SpyTを作製した。GST-Cys-(SpA-Z)-1SpyTをコードするポリヌクレオチドの配列を配列番号16に示す。
【0069】
<B-2><A-2>に記載と同様な方法でGST-Cys-(SpA-Z)-3SpyTを発現可能な組換え大腸菌(形質転換体)を取得し、<A-3>から<A-6>に記載と同様な方法でCys-(SpA-Z)-3SpyT(配列番号7)溶液を得た。
【0070】
<C>(BC2LCN-m2)-3SpyT(配列番号8)
<C-1>(BC2LCN-m2)-3SpyT(配列番号8)をコードするポリヌクレオチド(配列番号17)を、pET28a(+)(メルク製)のマルチクローニングサイトに挿入することで、(BC2LCN-m2)-3SpyT(配列番号8)を大腸菌で発現可能なベクターpET_(BC2LCN-m2)-3SpyTを作製した。なお(BC2LCN-m2)-3SpyTは、BC2LCN-m2のC末端側に3コピーのSpyTagを付加した構造であり、BC2LCN-m2が3量体構造を形成することから、発現する組換えタンパク質1分子あたり9か所のSpyTag配列を有する。
【0071】
<C-2><実施例1><2>に記載と同様な方法で(BC2LCN-m2)-3SpyT(配列番号8)を発現可能な組換え大腸菌(形質転換体)を取得し、<実施例1><3>および<4>に記載と同様な方法で(BC2LCN-m2)-3SpyTを発現させた。
【0072】
<C-3>BugBuster Protein extraction kit(メルク製)を用いて、メーカープロトコルに従い菌体から可溶性タンパク質抽出液を回収した。可溶性タンパク質抽出液中からの(BC2LCN-m2)-3SpyTの精製を、ニッケルキレートアフィニティークロマトグラフィーにより行なった。限外ろ過フィルターを用いて保存用緩衝液D-PBS(+)(137mM NaCl、8.1mM NaHPO、2.68mM KCl、1.47mM KHPO、pH7.4)に置換することで、(BC2LCN-m2)-3SpyT(配列番号8)溶液を得た。
【0073】
作製例3 スフィンゴミエリン認識分子固定化担体の作製
作製例1で作製したスフィンゴミエリン結合性タンパク質を、作製例2で作製した非スフィンゴミエリン非結合性物質(固定化補助タンパク質)を介して、不溶性担体に固定化することで、スフィンゴミエリン認識分子固定化担体を作製した。
【0074】
<1>スフィンゴミエリン認識分子の作製
作製例1で作製したスフィンゴミエリン結合性タンパク質と、作製例2で作製した非スフィンゴミエリン結合性タンパク質(固定化補助タンパク質)とを、以下に示す方法で結合させることで、不溶性担体に固定化させる、スフィンゴミエリン認識分子を作製した。なおスフィンゴミエリン認識分子の作製に用いた、スフィンゴミエリン結合性タンパク質と固定化補助タンパク質との組み合わせを表1にまとめる。
【0075】
【表1】
【0076】
<1-1>作製例2で作製した固定化補助タンパク質を、限外ろ過フィルターを用いてD-PBS(+)緩衝液に置換後、EZ-Link Maleimide-PEG2-Biotin(Thermo Fisher Scientific製)を用いて、メーカープロトコルに従って、前記固定化補助タンパク質中に存在するシステイン残基のスルフヒドリル基にビオチンを標識した。
【0077】
<1-2>表1に記載の組み合わせに基づき、<1-1>で作製したビオチン標識固定化補助タンパク質と作製例1で作製したスフィンゴミエリン結合性タンパク質とを結合させた。具体的には、ビオチン標識固定化補助タンパク質およびスフィンゴミエリン結合性タンパク質を、それぞれ濃度0.3mg/mL以上となるよう、D-PBS(+)またはpH7.0以上8.0以下のTBS-T(0.15M NaClおよび0.05%(w/v)Tween 20(商品名)を含む25mM Tris-HCl(pH7.2))に懸濁し、両懸濁液を混合後、4℃で一昼夜以上放置することでタンパク質タグSpyTとSpyCの結合反応によりスフィンゴミエリン認識分子を作製した。なお混合時のモル比は、ビオチン標識固定化補助タンパク質1に対し、スフィンゴミエリン結合性タンパク質を3(実施例3および6)または9(実施例4、5および7)とした。
【0078】
<2>スフィンゴミエリン認識分子の不溶性担体への固定化
<2-1>不溶性担体として、ストレプトアビジン固定化磁性微粒子であるMagnoshere MS300/Streptavidin(JSR Life Sciences製)を用い、当該磁性微粒子のスラリー溶液(微粒子含有率1%(w/v))100μLを採取し、上清を除去した。
【0079】
<2-2>上清を除去した磁性粒子を、固定用緩衝液(0.5mM EDTA、1M NaClおよび0.05%(w/v)Tween 20(商品名)を含む10mM Tris-HCl(pH7.4))で洗浄した。
【0080】
<2-3>あらかじめ限外ろ過膜などを用いて固定用緩衝液に置換した<1>で作製したスフィンゴミエリン認識分子の溶液を、固定化補助タンパク質の濃度に換算して0.1mg/mL以上の濃度に調整後、<2-2>で洗浄した磁性粒子に、固定化補助タンパク質量に換算して4.5μg添加し、室温で10分間混和した。
【0081】
<2-4>混和後上清を除去し、固定用緩衝液で3回洗浄後、エクソソーム結合用緩衝液(10mM HEPES[4-(2-HydroxyEthyl)-1-PiperazineEthaneSulfonic acid]、pH7.3)で1回洗浄し、スフィンゴミエリン認識分子固定化担体を作製した。
【0082】
<2-5>コントロールとして、スフィンゴミエリン結合性タンパク質と結合していないビオチン標識固定化補助タンパク質を<2-2>で洗浄した磁性粒子に、<2-3>および<2-4>に記載と同様な方法で固定化し、前記固定化補助タンパク質固定化担体を作製した。
【0083】
なお固定化担体の作製に用いた、スフィンゴミエリン認識分子(実施例8から12)またはビオチン標識固定化補助タンパク質(コントロール、比較例1から3)を表2に示す。
【0084】
【表2】
【0085】
実験例1 細胞外小胞を含む溶液からの細胞外小胞の分離
<1>細胞外小胞溶液の調製
<1-1>前立腺がん細胞(PC3細胞)を5%CO環境下、15%(v/v)FBS(Fetal Bovine Serum)を含むHam’s F-12K培地(富士フイルム和光純薬製)を用いて37℃で培養した。
【0086】
<1-2>培養したPC3細胞を2.5×10cells/mLとなるようHam’s F-12K培地で懸濁後、6ウェルプレートに2mL/ウェルで播種、懸濁し、さらに3日間培養した。
【0087】
<1-3>培養後、培養上清を全量(約2mL)回収し、300×Gで10分間、室温で遠心分離して浮遊細胞を除去後、上清1.5mLを回収した(培養上清、以下「CM」とも表記)。
【0088】
<1-4>CMをさらに3000×Gで10分間、4℃で遠心分離して細胞デブリを除去後、上清1.2mLを回収した。回収した上清をさらに16000×Gで60分間、4℃で遠心分離し、上清1mLを別のチューブに移した。
【0089】
<1-5>別のチューブに移した上清1mLとPBS(Phosphate buffered saline)1mLとを混合し、259000×Gで70分間、4℃で超遠心分離し、上清1.8mLを除去した。残った沈殿物をPBS1.8mLで懸濁し、259000×G、70分間、4℃で超遠心分離して洗浄後、上清1.8mLを除去し、残った沈殿物を含む0.2mLを細胞外小胞溶液とした。
【0090】
<2>細胞外小胞の分離
<2-1>作製例3<2>で作製した固定化担体(表2)のうち、実施例10から12、ならびに比較例1から3のいずれかの固定化担体を入れた容器に、<1>で調製した細胞外小胞溶液20μLを添加後、当該容器を10℃で3時間、振とうした。振とう後に7.5μLの上清を採取し、これを「上清液」とした。
【0091】
<2-2>残りの上清も除去した後、TBS-T緩衝液で2回洗浄した。7.5μLの2%(w/v)SDS(Sodium Dodecyl Sulfate)水溶液を添加し、ボルテックスミキサーで激しく撹拌後、15分間静置した。再度ボルテックスミキサーで撹拌し、7.5μLの2×sample buffer(DTT非含有)(アトー製)を添加後、全量を回収し、これを「溶出液」とした。
【0092】
<2-3>上清液および溶出液を熱処理後、SDS-PAGE(SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動)に供した後、PVDF膜に転写を行い、3%のスキムミルク含有TBS-T緩衝液によりブロッキングを行った。なおSDS-PAGEを実施する際、細胞外小胞標品として<1>で調製した細胞外小胞溶液を同時に供した。
【0093】
<2-4>抗CD9マウス抗体を1次抗体とし、HRP(Horseradish peroxidase)標識抗マウス抗体を2次抗体とした、ウェスタンブロットにより細胞外小胞を検出した。
【0094】
実施例10および比較例3の固定化担体による細胞外小胞分離の結果を図2に、実施例11および12ならびに比較例1および2の固定化担体による細胞外小胞分離の結果を図3に、それぞれ示す。スフィンゴミエリン結合性タンパク質を含む、スフィンゴミエリン認識分子を固定化した、実施例10から12の固定化担体で細胞外小胞分離を行なったときの溶出液(実施例10:図2のレーン5、実施例11:図3のレーン5、実施例12:図3のレーン9)において、細胞外小胞標品(図2および図3のレーン1)に相当する明瞭なバンドを確認できた。一方、スフィンゴミエリン結合性タンパク質を含まない、固定化補助タンパク質のみを固定化した、比較例1から3の固定化担体で細胞外小胞分離を行なったときは、溶出液(比較例1:図3のレーン3、比較例2:図3のレーン7、比較例3:図1のレーン3)中に、細胞外小胞標品(図2および図3のレーン1)に相当するバンドは、略または全く確認できなかった。
【0095】
以上の結果より、不溶性担体と、当該担体に固定化した、スフィンゴミエリン結合性タンパク質である、イクイナトキシン(EqtII)またはライセニン(Lysn)を含む、スフィンゴミエリン認識分子とを含む、スフィンゴミエリン認識分子固定化担体が、細胞外小胞を選択的に捕捉できることがわかる。またスフィンゴミエリン認識分子固定化担体が細胞外小胞を選択的に捕捉できることから、当該固定化担体が溶液中に含まれる細胞外小胞を選択的に分離・検出できることが示唆される。
【0096】
実験例2 細胞培養上清からの細胞外小胞の分離
<1>細胞培養上清の調製
<1-1>前立腺がん細胞(PC3細胞)を5%CO環境下、15%(v/v)FBSを含むHam’s F-12K培地(富士フイルム和光純薬製)を用いて37℃で培養した。
【0097】
<1-2>培養したPC3細胞を、15%(v/v)のFBS(あらかじめ限外濾過膜処理によりエクソソームを除去済)を含むHam’s F-12K培地に懸濁し、2日間培養後、培養上清を回収した。
【0098】
<1-3>回収した培養上清を300×Gで5分間、4℃で遠心分離して浮遊細胞を除去後、上清を回収した。さらに1200×Gで20分間、4℃で遠心分離して細胞デブリを除去後、上清を回収した。
【0099】
<1-4>回収した上清をさらに10000×Gで30分間、4℃で遠心分離し、粒径の大きい細胞外小胞を除去後、上清を回収し、これを「細胞培養上清」とした。
【0100】
<2>細胞外小胞の分離
<2-1>作製例3<2>で作製した固定化担体(表2)のうち、実施例9または比較例2の固定化担体をスラリーとして100μL入れた容器に、<1>で調製した細胞培養上清750μLを添加後、当該容器を10℃で3時間、振とうした。
【0101】
<2-2>前記固定化担体に吸着しなかった上清を除去後、実験例1<2-2>と同様な方法で溶出液を取得した。
【0102】
<2-3>細胞培養上清および溶出液を熱処理後、SDS-PAGEに供した後、PVDF膜に転写を行い、3%のスキムミルク含有TBS-T緩衝液によりブロッキングを行った。なおSDS-PAGEを実施する際、細胞外小胞標品として<1>で調製した細胞外小胞溶液を同時に供した。
【0103】
<2-4>実験1<2-4>に記載の抗体を用いた、ウェスタンブロットにより細胞外小胞を検出した。
【0104】
細胞外小胞分離の結果を図4に示す。スフィンゴミエリン結合性タンパク質を含む、スフィンゴミエリン認識分子を固定化した、実施例9の固定化担体で細胞外小胞分離を行なったときの溶出液(レーン4)において、細胞外小胞標品(図4のレーン1)に相当する明瞭なバンドを確認できた。一方、スフィンゴミエリン結合性タンパク質を含まない、固定化補助タンパク質のみを固定化した、比較例2の固定化担体で細胞外小胞分離を行なったときは、溶出液(レーン3)に相当するバンドは確認できなかった。以上の結果より、スフィンゴミエリン認識分子固定化担体が、細胞培養上清中に含まれる細胞外小胞を選択的に分離できることが示唆される。
【0105】
また実施例9の固定化担体により分離した細胞外小胞のバンド(レーン4)は当該担体と接触する前の培養上清のバンド(レーン2)に比べ顕著にシグナル強度が強いことから、細胞培養上清中に含まれる細胞外小胞を前記固定化担体上に選択的に濃縮できることが示唆される。
図1
図2
図3
図4
【配列表】
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