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特開2023-90180消化管腫瘍マーキング用組成物及びキット
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023090180
(43)【公開日】2023-06-29
(54)【発明の名称】消化管腫瘍マーキング用組成物及びキット
(51)【国際特許分類】
   A61K 49/00 20060101AFI20230622BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20230622BHJP
   A61K 47/36 20060101ALI20230622BHJP
   A61K 9/06 20060101ALI20230622BHJP
   A61K 9/08 20060101ALI20230622BHJP
   A61B 1/00 20060101ALI20230622BHJP
【FI】
A61K49/00
A61P35/00
A61K47/36
A61K9/06
A61K9/08
A61B1/00 512
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021205004
(22)【出願日】2021-12-17
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002697
【氏名又は名称】めぶき弁理士法人
(74)【代理人】
【識別番号】100110973
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100116528
【弁理士】
【氏名又は名称】三宅 俊男
(72)【発明者】
【氏名】佐久間 一郎
(72)【発明者】
【氏名】赤木 友紀
(72)【発明者】
【氏名】安楽 泰孝
【テーマコード(参考)】
4C076
4C085
4C161
【Fターム(参考)】
4C076AA09
4C076AA11
4C076BB11
4C076CC27
4C076EE30A
4C076EE47
4C076FF70
4C085HH11
4C085JJ03
4C085KA27
4C085KB56
4C085KB79
4C085LL18
4C161AA01
4C161AA04
4C161AA24
4C161QQ03
(57)【要約】
【課題】マーキング材料の最適な材料と組成を見出し、腫瘍部位をマーキングしたときのずれが無く、長期間マーカーを保持し、正確な手術を可能とする消化管腫瘍マーキング用組成物を提供する。
【解決手段】近赤外線蛍光色素を担持したキトサンを含み、キトサンが架橋剤で架橋されている消化管腫瘍マーキング用組成物。このマーキング用組成物は、架橋後の所定時間内に内視鏡を用いて消化管の内側から腫瘍に注入可能な流動状態と、所定時間経過後にゲル化して少なくとも24時間注入された位置に滞留する非流動状態とを有する。
【選択図】図2



【特許請求の範囲】
【請求項1】
近赤外線蛍光色素を担持したキトサンを含み、前記キトサンが架橋剤で架橋されている消化管腫瘍マーキング用組成物であって、
前記架橋後の所定時間内に内視鏡を用いて消化管の内側から前記腫瘍に注入可能な流動状態と、前記所定時間経過後にゲル化して少なくとも24時間注入された位置に滞留する非流動状態とを有するマーキング用組成物。
【請求項2】
前記腫瘍の位置を、近赤外線カメラを備えた腹腔鏡下顕微鏡を用いて前記消化管の外側から検出するための請求項1又は2に記載のマーキング用組成物。
【請求項3】
前記所定時間が、60分以内の時間である請求項1又は2に記載のマーキング用組成物。
【請求項4】
注入された位置に非流動状態で滞留する滞留時間が少なくとも14日間である請求項1~3のいずれか一項に記載のマーキング用組成物。
【請求項5】
前記滞留時間が30日間である請求項4に記載のマーキング用組成物。
【請求項6】
前記ゲル化した組成物の貯蔵弾性率が、500~100000Paである請求項1~5のいずれか一項に記載のマーキング用組成物。
【請求項7】
前記ゲル化した組成物の膨潤率が、0.5~1.5である請求項1~6のいずれか一項に記載のマーキング用組成物。
【請求項8】
近赤外線蛍光色素を担持したキトサンと、前記キトサンの架橋剤のそれぞれ1回投与量を各容器に分別充填し、使用時に各内容物を混合して注入用製剤とする消化管腫瘍マーキング用組成物キットであって、
前記キトサンは、溶媒に溶解され、前記架橋剤は、ゲニピン又はその誘導体を含み、
前記注入用製剤の各成分の終濃度が、5~40g/Lのキトサンと、0.0001~1mol/Lの架橋剤となるようにあらかじめ分別充填されているキット。
【請求項9】
前記注入製剤のpHが1~7の範囲内にある請求項7に記載のキット。
【請求項10】
前記近赤外線蛍光色素が、インドシアニングリーンである請求項7又は8に記載のキット。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、消化管腫瘍マーキング用組成物に関し、より詳細には、腹腔鏡下胃切除術時に腫瘍を可視化する近赤外マーキング用組成物及びキットに関する。
【背景技術】
【0002】
早期胃がんに対する外科的な治療方法として、腹腔鏡下胃切除術がある。これは、内視鏡(いわゆる胃カメラ)では切除しきれない、つまり胃がんが粘膜下層まで深く入り込んでおり、胃の近くにあるリンパ節をとる必要があると判断される早期胃がんに対する外科手術である。早期胃がんは、ほとんどが病期Iに含まれ、治療可能性が非常に高いことがわかっている。腹腔鏡下手術は、このような治療可能性の高い手術を、できるだけ身体に負担がかからず、かつ術後の回復を早めることができる治療方法である。
【0003】
腹腔鏡手術は、開腹手術と同じ全身麻酔下で行う。まず腹腔内に炭酸ガスを入れて膨らませ、おへそからこの手術用に開発された細い高性能カメラ(腹腔鏡)を挿入する。この際、同時に手術操作に用いる器具を挿入するために、5~10ミリの小さな穴を左右に合計4、5ケ所に開け、腹腔鏡で撮ったお腹のなかの様子をモニターに映し出して、腫瘍部位の切除や周囲のリンパ節の切除を行う。
【0004】
腹腔鏡手術において、腫瘍部位を的確に確認するために、消化管の内側から内視鏡的マーキングが不可欠である。そのマーカーとして、従来、墨汁が使用されている。組織内に注射された墨汁は、周辺へ広範囲に拡散することが多い。これによりマーキングした位置が不明瞭で不正確になり、また墨汁の漏れにより局所的炎症が生じる。さらに、墨汁の代わりに色素を用いた従来の組織マーカーでは、色素(染色剤)が拡散するため、手術直前にマークしても手術時には色素は広範囲に広がって腫瘍部位と切除部位がずれてしまうことや、腫瘍の深達度の浅いものにのみ対応が可能であり、手術までの期間にマーカーが取れてしまう、マーカー部分の境界が滲んで不正確になるなどの問題があった。
【0005】
このような問題を改善するために、キトサンを用いたマーカー組成物が開発されている。例えば、特許文献1には、部分脱アセチル化キチン又はキトサンに、炭素粉末や人体に適用可能な色素を含む組織マーカーが開示されている。また、キトサンを用いた医薬組成物として、特許文献2には、グルコサミン繰り返し単位が5~300のキトサン化合物を用いて、宿主細胞中へ治療活性物質を移入するための方法が開示されている。さらに特許文献3には、アミノ基を有する生体適合性ポリマーである第一の成分と、サッカライドと、生物適合性マテリアルである第二の成分と、を含有する胃酸から薬剤を保護し、特定のpHコンディション下で膨張又は崩壊して薬剤を放出させることができる薬剤キャリアが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007-262062号公報
【特許文献2】特表2001-502736号公報
【特許文献3】特開2014-074005号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に記載の組織マーカーは、キトサンと色素とを水溶液中で混合し、pHを調整するだけで製造しているため色素が拡散してしまい標識部位に残存する能力は低いと思われる。また、特許文献2には、キトサン化合物の修飾や生体への応用について記載されているが、キトサンを蛍光色素で標識することにより組織マーカーとして使用することについては記載されていない。特許文献3に記載の薬剤キャリアは、胃で使用するキトサンゲルをゲニピンで架橋しているが、蛍光色素で標識することにより組織マーカーとして使用することについては開示されていない。
【0008】
よって、本発明が解決しようとする課題は、マーキング組成物として最適な材料と組成を見出し、腫瘍部位をマーキングしたときのずれが無く、長期間マーカーを保持し、正確な手術を可能とする消化管腫瘍マーキング用組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本開示は、上記課題を解決するためになされたものであって、近赤外線蛍光色素を担持したキトサンを含む組成物に関する。このキトサンを架橋剤で架橋することにより、架橋後の所定時間内に内視鏡を用いて消化管の内側から腫瘍に注入可能な流動状態と、所定時間経過後にゲル化して所定の期間注入された位置に滞留する非流動状態とを有するようにした。すなわち、本開示は以下の実施形態を含む。
【0010】
(1)近赤外線蛍光色素を担持したキトサンを含み、このキトサンが架橋剤で架橋されている消化管腫瘍マーキング用組成物であって、架橋後の所定時間内に内視鏡を用いて消化管の内側から腫瘍に注入可能な流動状態と、所定時間経過後にゲル化して少なくとも24時間注入された位置に滞留する非流動状態とを有するマーキング用組成物。
(2)腫瘍の位置を、近赤外線カメラを備えた腹腔鏡下顕微鏡を用いて消化管の外側から検出するための(1)又は(2)に記載のマーキング用組成物。
(3)架橋後の流動状態を有する所定時間が、60分以内の時間である(1)又は(2)に記載のマーキング用組成物。
(4)注入された位置に滞留する滞留時間が、少なくとも14日間である(1)~(3)のいずれか記載のマーキング用組成物。
(5)滞留時間が30日間である(4)に記載のマーキング用組成物。
(6)ゲル化した組成物の貯蔵弾性率が、500~100000Paである(1)~(5)のいずれか記載のマーキング用組成物。
(7)ゲル化した組成物の膨潤率が、0.5~1.5である(1)~(6)のいずれか記載のマーキング用組成物。
(8)近赤外線蛍光色素を担持したキトサンと、キトサンの架橋剤のそれぞれ1回投与量を各容器に分別充填し、使用時に各内容物を混合して注入用製剤とする消化管腫瘍マーキング用組成物キットであって、キトサンは、溶媒に溶解され、架橋剤は、ゲニピン又はその誘導体を含み、注入用製剤の各成分の終濃度が、5~40g/Lのキトサンと、0.0001~1mol/Lの架橋剤となるようにあらかじめ分別充填されているキット。
(9)注入製剤のpHが1~7の範囲内にある(8)に記載のキット。
(10)近赤外線蛍光色素が、インドシアニングリーン(ICG)である(8)又は(9)に記載のキット。
【発明の効果】
【0011】
本開示のマーキング用組成物を胃などの粘膜面に注入することで、その位置を漿膜面へ正確に伝えることにより、手術中に近赤外カメラによりワンタッチで鮮明な画像として読みだすことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、ICG-キトサンゲルの吸収波長を示すグラフである。仕込み時のICG濃度は、〇:0.43×10-6mol/L、□:1.08×10-6mol/L、及び▲:2.15×10-6mol/Lである。
図2図2は、ICG-キトサンゲルのゲル化の様子を示す。(A)は、ゲル化前、(B)はゲル化後の様子である。
図3図3は、ICG-キトサンゲルの弾性率を示すグラフである。●:貯蔵弾性率G’(Pa)、□:損失弾性率G’’(Pa)
図4図4は、実施例1で行ったEx vivo実験の結果について、ICG-キトサンゲル(上段)とICG溶液(下段)の蛍光観察である。(C)及び(I)に注射位置(injection)を示した。(M)はゲル化後の写真であり、(N)はICG修飾キトサンゲルとICG-PBS溶液の蛍光強度の時間変化である。
図5図5は、実施例1で5点注射を行ったEx vivo実験の結果について、ICG-キトサンゲル(上段)とICG溶液(下段)の蛍光観察である。(C)及び(H)に溶液を注射した位置を白丸で示した。
図6図6は、実施例2で行った膨潤実験の結果を示すグラフである(〇及び●:pH1、△及び▲:pH3、◇及び◆:pH5、□及び■:pH7、実線はリゾチーム有、破線はリゾチーム無を表す)。
図7図7は、実施例2で測定した弾性率を示すグラフである(pH1~7)。
【発明を実施するための形態】
【0013】
次に、本開示の各実施形態について、図面を参照して説明する。なお、以下に説明する各実施形態は、特許請求の範囲に係る発明を限定するものではなく、また、各実施形態の中で説明されている諸要素及びその組み合わせの全てが本発明の解決手段に必須であるとは限らない。
【0014】
本開示は、消化管腫瘍マーキング用組成物に関し、近赤外線蛍光色素を担持したキトサンを含み、このキトサンが架橋剤で架橋されている組成物である。以下、組成物を構成するキトサン、架橋剤及び近赤外線蛍光色素について説明し、続いて、それらを用いてマーキング用組成物を製造する方法、製造されたマーキング用組成物の物性、この組成物を用いた消化管腫瘍のマーキング方法及びキット等について順に説明する。
【0015】
(キトサン)
キトサンとは、カニ、エビなど甲殻類の外骨格等に含まれるアミノ多糖類の一種であるキチン由来であり、化学構造がグルコサミンと少量のN-アセチルグルコサミンとの繰り返構造である天然物由来の高分子である。一般には、甲殻類の外骨格等を苛性ソーダなどのアルカリで脱タンパクし、塩酸などの酸溶液で脱カルシウム処理して得られるキチンを、さらに苛性ソーダなどの高濃度アルカリ水溶液で部分脱アセチル化して得られる。
【0016】
この際、使用するアルカリ濃度、温度、処理時間を適宜変えることにより、脱アセチル化度(DAC度ともいう)は調整することが可能である。一般的にはDAC度は60%以上のものであり、これらは、水に溶解せず酢酸など酸水溶液に溶解する性質がある。本開示において使用するキトサンの平均分子量は、一般的には、重量平均分子量(標準品にプルランを用いGPC分子量測定により算出)が1万~400万程度のものが使用され、好ましくは1.5万~300万である。脱アセチル化度は、65%以上が好ましく、80%以上であれば、更に好ましい。
【0017】
キトサンの分子量は、水系GPCカラムを用いたGPC法で測定することができる。また、脱アセチル化度というときは、特に示さない限り、ポリビニル硫酸カリウム溶液によるコロイド滴定法により測定することができる。本開示におけるキトサンは、市販の食品添加物用として市販されているものであれば使用可能である。例えば、富士フイルム和光純薬株式会社製のキトサンなどを用いることができる。キトサンは一定の酸溶液に溶かして塩として調製することができる。キトサンの酸水溶液に使用する酸は、酢酸などの弱酸又は塩酸などの強酸なら何でも使用できる。
【0018】
(架橋剤)
本開示においてキトサンの架橋に使用される架橋剤は特に限定されるものではなく、例えば、常用されるグルタルアルデヒド、又は、例えば、ゲニピン(Genipin)、プロシアニジン、カルボジイミド等の架橋剤、又は上記架橋剤を混合したものであってもよい。
【0019】
好ましい実施形態で使用される架橋剤は、ゲニピン(genipin)である。用語「ゲニピン」とは、イリドイド配糖体系の天然成分であるゲニポシド(geniposide)の非糖部分であってクチナシ果実(梔子)の主要薬理効能を示す成分を意味し、下記の化学式で表すことができる。
【0020】
【化1】
【0021】
本開示における用語「ゲニピンの誘導体」とは、ゲニピンと同一の作用を示し、キトサンを架橋しうる化合物は制限なく含まれるが、例えば、ゲニポシド、ゲニポシド酸、ペンタ-アセチルゲニポシド、6a-ヒドロキシゲニポシド、6b-ヒドロキシゲニポシド、6a-メトキシゲニポシド又は6b-メトキシゲニポシド(Journal of Health Science,52(6),743-747,2006)などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0022】
(近赤外線蛍光色素)
本開示において、「近赤外線蛍光色素」とは、光を吸収して、近赤外領域の光を発光する有機化合物を意味する。好ましくは、700nm~1500nm、より好ましくは、750nm~900nmの近赤外線波長の蛍光を発生する有機化合物であってもよい。この近赤外線蛍光色素から発生する近赤外線波長の蛍光は、蛍光カメラ、蛍光センシングプローブなどの装置を利用し、写真形態に撮影したり、リアルタイムモニターリングしたりすることができる。本開示の目的上、近赤外線蛍光色素は、消化管腫瘍が発生した部位に注射し、外科手術的な方法でこの腫瘍を除去する場合、切除する前に、腫瘍の病変部位を正確に確認することができるようにし、外科手術の成功率を向上させる役割を果たすことができる。特に、肉眼で確認可能な色素とは違って、切開して直接的な病変を確認する前に、体外でも病変の位置を検出できるので、迅速、且つ正確な手術を行うことができる。この近赤外線蛍光色素としては、例えば、インドシアニングリーン、ローダミン800、オキサジン750、IR780、IR813、IR1048等が挙げられる。これらの中でも下記式で表されるインドシアニングリーン(ICG:indocyanine green)が好ましい。
【0023】
【化2】
【0024】
このインドシアニングリーンは、生物学又は医学分野で広く使われる近赤外線領域の蛍光映像用染料である。人体に注入された後、1時間程度過ぎれば分解されてなくなるか、排出される特性があり、人体に使用可能な蛍光染料として臨床的適用に有利である。実際に、インドシアニングリーンを用いて、人体に適用した事例は多種論文に報告されている。例えば、乳癌患者18名から安全に臨床的に使用したことが報告されている(T.Kitai,et al.,Breast Cancer,12:211-215,2005)。
【0025】
(マーキング用組成物の製造方法)
本開示のマーキング用組成物の製造方法は、以下の通りである。予め脱アセチル化されたキトサンは、近赤外線蛍光色素を担持するように修飾される。近赤外線蛍光色素は、1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド(EDC)又はN-ヒドロキシスクシンイミド(NHS)などの化学反応によって、キトサンのグルコサミン単位中に存在する第一級アミン基のアミド化反応が起き、キトサンのポリマー鎖に結合する。キトサンを室温で酢酸に溶解する。その後、強い磁気撹拌下で、NHS又はEDCを水溶液に添加する。最後に、近赤外線蛍光色素を混合物に添加し、結合反応を24時間行う。次いで、近赤外線蛍光色素を担持したキトサンを、脱イオン水を用いて、5日間透析プロセスを行い、精製する。次いで、精製されたキトサンは、凍結乾燥プロセスを通して回収される。キトサンのポリマー鎖に結合させるため、近赤外線蛍光色素は予めNHS又はEDCで誘導体化されていてもよい。
【0026】
本開示のマーキング用組成物において、キトサンと近赤外線蛍光色素の混合比率は、100:1~1:100、好ましくは、50:1~1:50、さらに好ましくは、20:1~1:20で使用可能であり、特に限定されない。
【0027】
続いて、近赤外線蛍光色素を担持したキトサンを架橋剤にて架橋する。本開示で使用される適切な架橋剤は、アミンと容易に反応するよう企図された求電子である少なくとも2種の反応部位を含む。架橋剤が2種の反応部位を有する場合、それは二官能性であり、従って、2種のアミノ基、例えば異なったキトサン鎖中の2種のグルコサミンユニットと反応することができる。それらの反応基間の距離は、スペーサー成分により高められ得る。このスペーサーはしばしば、脂肪族鎖、又はポリ-又はオリゴエチレングリコールのようなポリエーテル構造体である。高収量反応においてポリマー鎖中のグルコサミンのpKa(約6.8)に近いか又はそれ以上のpHで容易に反応し、かつ架橋分子が相当程度、消費される二官能性架橋剤を用いることが好ましい。そのような架橋官能性の典型的な例は、反応エステル、マイケル受容体及びエポキシドである。適切な架橋剤は周知であり、グルタルアルデヒド、グリオキサール、ジエチルスクアラート、ジエポキシド、例えばジグリシルエーテル、トリポリホスフェート、ゲニピン、及びホルムアルデヒドを含む。
【0028】
本開示のマーキング用組成物の構造は、キトサンの濃度及び使用される架橋試薬の量により影響される。従って、適度な粘弾性を有するマーキング用組成物は、高濃度のキトサンを用いることにより、又は架橋剤の数を高めることにより製造され得る。架橋剤中の官能基の数及びキトサン中の接近できるアミノ基の数に基づいての架橋剤:キトサンのモル比は、架橋剤の反応性、及びキトサンのアミノ基への接近性(脱アセチル化されたアミノ基のみが反応性であろう)に依存するであろう。明らかに、利用できるアミノ基の数は、キトサンの脱アセチル化度により決定されるであろう。
【0029】
(ゲニピンによる架橋)
ゲニピンは、リジンの遊離アミノ基、ヒドロキシリジン、或いは生体組織内のアルギニン残基と反応することが知られている(Biomaterials、1999年;20:1759-72)。先行技術には、ゲニピン及びメチルアミン(最も単純な第一アミン)から生成される青色色素の中間体の構造が報告されている。このメカニズムとして、メチルアミンがゲニピンのC-3位にあるオレフィン炭素を求核攻撃し、ジヒドロピラン環が解放した後、結果として生み出されるアルデヒド基を第2のアミノ基が攻撃することにより、ゲニピンメチルアミン・モノマが形成されると提案されている。上記の青色の色素は、酸素ラジカルにより引き起こされる重合と、いくつかの中間色素の脱水素により、生み出されると考えられている。本開示では、キトサンのアミノ基が、架橋剤としてのゲニピンを介して結合される。
【0030】
(マーキング用組成物の物性)
本開示のマーキング用組成物は、注射針を介して容易に組織内に注入が可能である。このため、キトサンを架橋させた後の所定時間内は流動状態を有する。所定時間とは、キトサンと架橋剤とを混合した直後(若しくは数十秒)から60分以内の任意の時間、好ましくは5分間、より好ましくは15分間、さらに好ましくは30分間、流動状態を有し、内視鏡を用いて消化管の内側から腫瘍部位に注入することができる。流動状態とは、注射針を用いて組織注入可能である粘性又は粘弾性であれば良い。
【0031】
一方、所定時間経過後にキトサンがゲル化した後は非流動状態となり、一定時間(約1日~30日間)、少なくとも手術終了まで(好ましくは14日間以上)注入された位置に滞留することができる。さらに注入局所では、組織反応が軽微である。非流動状態とは、ゲル化した組成物の貯蔵弾性率が、500Pa以上であればよい。この貯蔵弾性率は、好ましくは、800Pa以上であり、より好ましくはおおよそ1000Paである。貯蔵弾性率の上限は特に限定されないが、概ね100000Pa以下であればよく、好ましくは10000Pa以下である。
【0032】
貯蔵弾性率とは、架橋によりゲル化したキトサンのレオロジー的な弾性を表現するものであり、キトサンと架橋剤との架橋の程度を表すものである。貯蔵弾性率が高いほど、キトサンと架橋剤との架橋が促進され、キトサンゲルにおけるネットワーク構造が、剛直であることを意味する。ネットワーク構造が剛直なほど、キトサンゲルの安定性に優れる。貯蔵弾性率は、例えば、動的粘弾性装置を用いて昇温速度5℃/min、引張モード、周波数10Hzの条件で測定することにより得られる値である。
【0033】
本開示のマーキング用組成物は、ゲル化後の所定期間内、好ましくは1か月以内の膨潤率が、0.5~1.5であることが好ましい。マーキングの確度を上げるために、生体内の環境下で安定的に存在することが好ましいからである。膨潤率とは、生体内に投与されたマーキング組成物の体積が、所定期間経過後に変化した割合のことをいい、膨潤率が低下する場合は生体内環境での分解作用も含まれる。例えば、胃の粘膜と漿膜の間に投入する場合には、一般的な生体内と同様に中性付近のpH環境にあると考えられるため、中性付近のpHで安定的に存在することが好ましい。一方、マーキング部位に癌の浸潤や潰瘍ができている場合は、pHが低下していることも考えられるため、低pH条件下における安定性も重要である。したがって、より好ましい態様では、本開示のマーキング組成物は、pH1~7の条件下で1か月以内の膨潤率が0.5~1.5である。
【0034】
(マーキング用組成物の使用方法)
本開示のマーキング用組成物は、消化管腫瘍をマーキングするために用いることができる。消化管腫瘍とは、哺乳動物、特に、ヒトの胃、食道又は大腸に由来する良性腫瘍又は悪性腫瘍又はポリープを意味する。内視鏡直下に消化管壁に注射し、点状の目印を入れることにより、治療範囲の決定等に使用することができる。例えば、内視鏡用局注針で腫瘍部位に注入し外科的切除を行う範囲をマーキングする。その後、マーキングした腫瘍の位置を、近赤外線カメラを備えた腹腔鏡下顕微鏡を用いて消化管の外側から検出し、腹腔鏡下手術で確実に腫瘍組織を切除することができる。
【0035】
(キット)
本開示の消化管腫瘍マーキング用組成物キットは、近赤外線蛍光色素を担持したキトサンと、キトサンの架橋剤のそれぞれ1回投与量を各容器に分別充填したものである。そして、使用時に各内容物を混合して注入用製剤とすることができる。このキトサンは、適切な溶媒、例えば、0.1mol/Lの酢酸水溶液に溶解され、架橋剤は、ゲニピン又はその誘導体を含む。混合時に最終製剤のキトサンの終濃度が5~40g/L、好ましくは10~30g/Lになり、架橋剤の終濃度が0.0001~1mol/L、好ましくは0.001~0.1mol/Lになるように予め分別充填する。各分別充填用製剤は、それぞれ2.5~30mL、好ましくは約5~20mLずつに分別充填し、両製剤は用時混合し使用する。
【0036】
本開示の消化管腫瘍マーキング用組成物キットの各分別充填用製剤を充填する容器はバッグ、プラスチック容器、アンプル、バイアル、ガラス容器が使用される。容器は保存のみを目的とするものであっても、保存用注射容器(プレフィルドシリンジタイプ)であってもよい。保存用注射容器充填製剤の製造方法においては、前記各分別充填用製剤を構成する成分のそれぞれもしくは何れかを、不活性ガス雰囲気下(雰囲気中の又は使用する水の中の酸素が実質的には存在しないか又は得られる組成物に対して悪影響を及ぼさない程度の制限された量でしか存在しない条件下)において製造する。使用される不活性ガスとしては、たとえば窒素ガスなどを挙げることができる。
【0037】
このようにして得られた本開示の消化管腫瘍マーキング用組成物を、常法の除菌ろ過後に容器に充填し、その後必要に応じて高圧蒸気滅菌し、室温下で保存する。この分注工程も、窒素ガスなどの不活性ガス雰囲気下で実施するのが好ましい。通常、注射用製剤中の溶存酸素を常法にしたがって脱気した後、窒素ガスを注入して窒素置換を行う。
【0038】
また、本開示の消化管腫瘍マーキング用組成物を、常法により凍結乾燥することにより、用時溶解して使用するように溶解剤とともにキット化して調製することもできる。用時使用するための製剤の溶解液としては、多価アルコール及び/又は糖類を溶解した溶液を使用することができる。
【0039】
本発明の本開示の消化管腫瘍マーキング用組成物キットは、近赤外線蛍光色素を担持したキトサンと架橋剤の充填容器が一体型の2室容器で構成され、用時2室間の隔壁を開放することにより混合可能な容器であってもよいし、別々の容器であって用時混合するものであってもよいが、前者がより便利である。一体型2室容器は、分別保存が必要な物質を混合して用いる場合に汎用されており、それらを利用できる。
【0040】
次に実施例を挙げ、本発明を更に詳しく説明するが、本発明はこれら実施例に何ら制約されるものではない。なお、以下の実施例において、各種成分の添加量を示す数値の単位%は、質量%を意味する。
【実施例0041】
[実施例1]組織下のマーキングゲル可視化実験
(ICG-キトサンの合成)
キトサン(富士フイルム和光純薬株式会社、100mg,0.66×10-5mol)を塩酸(5mL,0.1mol/L)に溶解させた後、pH5.0に調整した。ICG-NHS粉末をDMSOに溶解した1.3mmol/LのICG溶液(2、5、又は10μL)を加えて反応させ、精製後に回収した。反応時に加えたICG-NHS溶液量に応じて、2、5、10μLのICG-キトサンとした。キトサンへのICG導入量は、紫外可視近赤外分光光度計(V-670、日本分光株式会社)を用いて評価した。
【0042】
(ICG-キトサンゲルの作成)
10μLのICG-キトサン(20mg、1.3×10-6mol)を酢酸(1mL,0.1mol/L)に溶解させ、ゲニピン溶液(25μL、4mol/L)を加えて攪拌後40℃で静置し、ゲル化させた。作製したゲルのキトサン濃度及びゲニピン溶液は、それぞれ1.3×10-3mol/L、及び0.1mol/Lである。ゲル化の確認には傾倒法および色の変化により確認した。ゲルの弾性率は、レオメータ(MCR301;Anton Paar)により測定した。
【0043】
(Ex vivo実験)
上記の条件で混合したプレゲル溶液(ゲル化前の粘体溶液)を、鶏肉の皮下(厚み:2-3mm)にシリンジを用いて50μL注射し、皮の上から蛍光観察した。860nmの蛍光を取り出し,同じ関心領域(Region of Interest,ROI)をとって,蛍光強度の比較をした。コントロールとして、2.4μmolのICG溶液を作成し、用いた。
【0044】
(結果及び考察)
(ICG-キトサンの合成)
キトサンへのICGの導入を確認するために、UV-vis測定を行なった。キトサン、ICG由来のピークが観測されたことから、キトサンへのICGの導入が確められた。また、仕込み時のICG量/濃度(2μL/0.43×10-6mol/L、5μL/1.08×10-6mol/L、又は10μL/2.15×10-6mol/L)を変化させることで、キトサンへのICG導入量の影響を調べた。その結果、仕組み時のICG量/濃度が高いほど,800nmの吸収強度が高くなる結果が得られた(図1)。また、いずれのICG導入量のキトサンにおいても、高い収率で作成できたことから、仕込み時のICG濃度をコントロールすることによってキトサンに担持させるICGの量を制御可能であることが確認された。
【0045】
【表1】
【0046】
(ICG-キトサンゲルの作成)
ゲル化の確認は傾倒法を用いて評価した。ゲル化前(図2(A))は溶液状態にあるのに対し、ゲル化後(図2(B))では傾けても流れないことを確認した。また、ゲニピンとキトサンの系に関しては、ゲル化により、無色透明から濃青色に変化することが報告されており、本実験においても確認された。
【0047】
(ICG-キトサンゲルの作成の弾性率測定)
レオメータ(MCR301;Anton Paar)を用いて、貯蔵弾性率、損失弾性率の周波数依存性を調べた。得られた結果を図3に示す。貯蔵弾性率が周波数に対してほぼ一定であることから、化学的な結合がされていることが示唆された。また、その値は、1000Paであった。(ヒトの胃壁の弾性率:1900kPa程度)
【0048】
(Ex vivo実験)
上記で作製したICG-キトサンゲルが,組織を介して蛍光観察可能であるかについて調べた。本実験では,胃の膜(2mm以下)を想定し,作製したゲルを鶏肉の身(厚さ2cm)と皮(厚さ2mm)の間に置き、皮の上から蛍光観察を行った.コントロールとして、0.002mg/mLのICG-PBS溶液を用いた。実際にICG溶液もしくはICG-キトサンゲルを鶏肉の皮下に注射した蛍光画像を図4に示す。蛍光画像と白色光は、注入前と注入1分後および20分後を示しており(図4(B,E,F,H,K,L))、注入直後からICGの蛍光が観察された。また、時間経過にともなう蛍光強度の増大を図4(N)に示す。蛍光強度が同等の値を示すようICG溶液とICG-キトサンゲルの作製条件を調整しているが、ICG溶液では拡散を伴うため、ICG-キトサンゲルよりも蛍光強度は低くなった。また、ゲル化後は皮下の上からでも青色ゲル化が確認できた(図4(M))。
【0049】
次に、マーキング材料としての評価のため、実際のマーカーのように5点注射し、蛍光観察を行った(図5)。用いた鶏肉、鶏皮の厚みは先ほど同様にそれぞれ2cm,2mmであった。前述の実験同様、時間経過にともなう蛍光強度増大と20分程度で蛍光強度が一定に達することを確認した。ICG溶液は蛍光範囲が全体に広がってしまい,注射位置が判別できない一方、ICG-キトサンゲルは,注射した5か所の判別が可能であった。ICG溶液では局所的に蛍光強度が高い部分が生じており、鶏肉の凹凸によりICG溶液が溜まっている傾向が確認されたが、ゲルにおいてはほぼ一定の蛍光強度であり均質であることがわかった。
【0050】
[実施例2]表面分解型キトサンゲル
(キトサンゲルの作成)
キトサンを酢酸(0.1M)に溶解させ、ゲニピン溶液を加えて40℃で静置し、ゲルを作製(直径15mmの円柱形)した。作製したゲルのキトサン濃度およびゲニピン溶液は、それぞれ2.0×10-6mol、0.01mol/Lであった。両者のモル比はおよそ1:10である。
【0051】
(分解挙動の評価)
作製したゲルを1.5mg/Lの37℃のリゾチーム溶液に浸し、任意の時間ごとに直径を測定した。外液は2日に1回交換した。また、外液はpH1~7まで変化させ、分解挙動への影響について検討した。表面分解かバルク分解かの判定については、圧縮試験により行った。その結果を図6及び図7に示す。図6の縦軸は、試験開始時のゲルの直径に対する、それぞれの時間経過後に測定したゲルの直径の比率(膨潤率)を示す。図7は、リゾチームの存在又は非存在下で30日間浸漬したゲルを用いて測定した圧縮弾性率である。
【0052】
(結果及び考察)
(分解挙動の評価)
1か月間の変化を調べたが、いずれの条件においてもゲルは消失することなく維持されることが確認された。pH1~3では時間経過とともに体積はやや増大(ほぼ一定)し、pH5~7では時間経過に伴い体積は減少した。また、リゾチーム存在下においては、分解が加速されることが示唆された。一般的なゲルにおいて見られるバルク分解では、時間経過とともに膨潤し、最終的に爆発的に消失する。一方で、得られた結果より、時間経過とともにサイズがほぼ一定、もしくは収縮していること、さらに、弾性率が大きく低下していないことから、バルク分解ではなく表面分解が起こっていることが確かめられた。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本開示の消化管腫瘍マーキング用組成物は、他の臓器を傷つけず、最低数週間は注入した位置を保持することが可能であり、粘膜層と漿膜層でマーキングした位置情報がずれない、そして抜去したい時には抜去することができるため、腹腔鏡下切除術等の外科的治療方法に用いることができる。

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7