(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023092810
(43)【公開日】2023-07-04
(54)【発明の名称】変異抗体、変異抗体の製造方法
(51)【国際特許分類】
C07K 16/00 20060101AFI20230627BHJP
C12P 21/08 20060101ALI20230627BHJP
【FI】
C07K16/00
C12P21/08 ZNA
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021208034
(22)【出願日】2021-12-22
(71)【出願人】
【識別番号】504132881
【氏名又は名称】国立大学法人東京農工大学
(71)【出願人】
【識別番号】500546994
【氏名又は名称】株式会社プロテイン・エクスプレス
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】浅野 竜太郎
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 俊介
【テーマコード(参考)】
4B064
4H045
【Fターム(参考)】
4B064AG27
4B064CA02
4B064CA19
4B064CC24
4B064CE12
4H045AA11
4H045AA20
4H045BA10
4H045BA41
4H045DA76
4H045FA74
4H045GA26
(57)【要約】
【課題】抗体又は低分子抗体におけるプロテインAに対する親和性を改変する。
【解決手段】Kabatナンバリングにおける65番目のアミノ酸残基及び/又は82a番目のアミノ酸残基をそれぞれグリシン及びアスパラギンに置換か、65番目のグリシン残基を他のアミノ酸に置換する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Kabatナンバリングにおける65番目のアミノ酸残基及び/又は82a番目のアミノ酸残基をそれぞれグリシン及びアスパラギンに置換することで、当該65番目がグリシンであり、且つ、当該82a番目がアスパラギンであるVH領域を有する変異抗体。
【請求項2】
上記VH領域を含むscFv、Fv、Fab、Fab'、F(ab')2又はVHHであることを特徴とする請求項1記載の変異抗体。
【請求項3】
アミノ酸置換により、Kabatナンバリングにおける19番目のアミノ酸残基がアルギニンであり、70番目がセリンであり、81番目がグルタミン酸であり、82b番目がセリンであることを特徴とする請求項1記載の変異抗体。
【請求項4】
プロテインAに対する親和性を有する抗体であってKabatナンバリングにおける65番目のアミノ酸残基がグリシンであるVH領域を有する抗体に対し、当該65番目をグリシン以外のアミノ酸残基に置換変異したVH領域を有し、プロテインAに対する親和性が置換変異前と比較して低減した変異抗体。
【請求項5】
上記VH領域を含むscFv、Fv、Fab、Fab'、F(ab')2又はVHHであることを特徴とする請求項4記載の変異抗体。
【請求項6】
上記グリシン以外のアミノ酸残基はアラニンであることを特徴とする請求項4記載の変異抗体。
【請求項7】
請求項1乃至3いずれか一項記載の変異抗体を、プロテインAとの親和性を利用して精製する工程を含む、変異抗体の製造方法。
【請求項8】
上記変異抗体を発現する細胞を培養し、当該細胞又は当該細胞の抽出物を得る工程を更に含み、当該細胞又は当該抽出物に含まれる上記変異抗体を、プロテインAとの親和性を利用して精製することを特徴とする請求項7記載の変異抗体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プロテインAに対する親和性を利用して精製される抗体分子又は低分子抗体分子であって所定の位置にアミノ酸置換変異を導入した変異抗体、及び当該変異抗体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
抗原に対する高い特異性と親和性を有する機能性タンパク質である抗体は、動物細胞を用いて調製する。動物細胞で発現した抗体は、分子内のFc領域とプロテインAとの親和性を利用して精製される。ただし、動物細胞を利用した抗体の製造プロセスには、非常に高いコストがかかるという課題がある。そこで、より安価な抗体医薬品を調製するため、標的抗原への結合に関与する抗体重鎖及び軽鎖の可変領域(Variable domain of Heavy chain; VH、Variable domain of Light chain; VL)を含む低分子抗体の開発が進められている。
【0003】
低分子抗体は、Fc領域を有しないためプロテインAを用いて精製できず、通常、タグを付加した分子として合成し、当該タグと金属イオンの相互作用を利用した固定化金属アフィニティークロマトグラフィー(Immobilized metal affinity chromatography;IMAC)により精製される。例えば、低分子抗体の末端に6xヒスチジンタグ(Hisタグ)を付加した場合、ニッケルイオンやコバルトイオンとの相互作用を利用したIMACが使用される。
【0004】
しかし、IMACによる抗体精製法は、抗体凝集やタグ分解に伴う試料の不均一性、免疫原性の惹起、カラムからの金属イオンの漏出、薬物動態への影響などが懸念されている(非特許文献1:MAbs 2014, 6 (6), 1551-1559及び非特許文献2:Theranostics 2014, 4 (7), 708-720.)。
【0005】
また、低分子抗体の精製には、上述したHisタグ以外にGSTタグ、HAタグ、FLAGタグ、Mycタグなどを使用することができる。しかしながら、GSTタグは酵素基質反応を利用するため特異性が高く、目的タンパク質の可溶性発現を促進する一方で、タグサイズが28kDaと大きいため、精製後のタグ切断が必要であり操作が煩雑になる。さらに、HAタグ、FLAGタグ、Mycタグは短いペプチド配列で高い精製度を可能とする一方で、精製リガンドとしてIgG抗体を用いるため高コストとなることが課題である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】MAbs 2014, 6 (6), 1551-1559
【非特許文献2】Theranostics 2014, 4 (7), 708-720.
【非特許文献3】Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 2000, 97 (10), 5399-5404
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、プロテインAは、Fc領域を有する抗体を精製する際に利用されているが、重鎖可変領域(VH領域)サブクラスのなかでVH3に属する一部に対しては親和性を有することが知られている(非特許文献3)。しかしながら、プロテインAと親和性を有するVH領域、プロテインAと親和性を有しないVH領域に関する研究成果は十分ではなく、所定の抗体又は低分子抗体に対してプロテインAとの親和性を改変する技術は知られていなかった。
【0008】
そこで、本発明は、上述した実情に鑑み、抗体又は低分子抗体におけるプロテインAに対する親和性を改変できる技術を開発し、プロテインAに対する親和性を有しないVH領域に当該親和性を付与し、或いは、プロテインAに対する親和性を有するVH領域に当該親和性を低減させることで、プロテインAに対する親和性を改変した変異抗体、及び当該変異抗体の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上述した目的を達成するために、本発明者らが鋭意検討した結果、VH領域における特定のアミノ酸残基がプロテインAに対する親和性に特に深く寄与しており、当該アミノ酸残基を改変することで、プロテインAに対する親和性を改変できるといった知見を見いだし、本発明を完成するに至った。
【0010】
本発明は以下を包含する。
(1) Kabatナンバリングにおける65番目のアミノ酸残基及び/又は82a番目のアミノ酸残基をそれぞれグリシン及びアスパラギンに置換することで、当該65番目がグリシンであり、且つ、当該82a番目がアスパラギンであるVH領域を有する変異抗体。
(2) 更に、Kabatナンバリングにおける16番目のアミノ酸残基をリシン、アルギニン及びグリシンからなる群から選ばれるアミノ酸に置換することで、当該16番目がリシン、アルギニン及びグリシンからなる群から選ばれるアミノ酸である(1)記載の変異抗体。
(3) 上記VH領域を含むscFv、Fv、Fab、Fab'、F(ab')2又はVHHであることを特徴とする(1)記載の変異抗体。
(4) アミノ酸置換により、Kabatナンバリングにおける19番目のアミノ酸残基がアルギニンであり、70番目がセリンであり、81番目がグルタミン酸であり、82b番目がセリンであることを特徴とする(1)記載の変異抗体。
(5) プロテインAに対する親和性を有する抗体であってKabatナンバリングにおける65番目のアミノ酸残基がグリシンであるVH領域を有する抗体に対し、当該65番目をグリシン以外のアミノ酸残基に置換変異したVH領域を有し、プロテインAに対する親和性が置換変異前と比較して低減した変異抗体。
(6) 上記VH領域を含むscFv、Fv、Fab、Fab'、F(ab')2又はVHHであることを特徴とする(5)記載の変異抗体。
(7) 上記グリシン以外のアミノ酸残基はアラニンであることを特徴とする(5)記載の変異抗体。
(8) 上記(1)乃至(4)いずれか記載の変異抗体を、プロテインAとの親和性を利用して精製する工程を含む、変異抗体の製造方法。
(9) 上記変異抗体を発現する細胞を培養し、当該細胞又は当該細胞の抽出物を得る工程を更に含み、当該細胞又は当該抽出物に含まれる上記変異抗体を、プロテインAとの親和性を利用して精製することを特徴とする(8)記載の変異抗体の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、抗体又は低分子抗体におけるプロテインAに対する親和性を改変することができる。すなわち、本発明に係る変異抗体は、所定のアミノ酸残基の置換変異により、プロテインAに対する親和性を獲得することができる。また、本発明に係る変異抗体は、所定のアミノ酸残基の置換変異により、プロテインAに対する親和性を低減することができる。
【0012】
また、本発明に係る変異抗体の製造方法では、所定のアミノ酸残基の置換変異により、プロテインAに対する親和性を獲得した変異抗体を、プロテインAとの親和性を利用して精製することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】VH1~VH7のアミノ酸配列のマルチプルアライメントを示す特性図である。
【
図2】VH3と、Ex3 sc1のVH(5H)と、Ex3 sc1のVH(OH)のマルチプルアライメントを示す特性図である。
【
図3】VH3に属する抗体2A2における65番目のグリシンとプロテインAとの相互作用を模式的に示す特性図である。
【
図4】VH3に属する抗体2A2における65番目のグリシンをアスパラギン又はアスパラギン酸に置換したときのプロテインAとの相互作用を模式的に示す特性図である。
【
図5】精製したEx3 sc1-8m(A)及びEx3 sc1-2m(B)についてプロテインAへの親和性を評価した結果を示す特性図である
【
図6】TFK-1細胞(A)及びT-LAK細胞(B)に対する細胞結合評価の結果を示す特性図である。
【
図7】MTSアッセイによるがん細胞傷害活性試験の結果を示す特性図である。
【
図8】OKT3 scFv(A)、OKT3 scFv-D65G(B)、OKT3 scFv-D82aN(C)、OKT3 scFv-D65G/D82aN(D)、OKT3 scFv-D65A/D82aN(E)及びOKT3 scFv-D65N/D82aN(F)についてプロテインAとの親和性を評価した結果を示す特性図である。
【
図9】Ex3 sc1及びEx3 sc1-8mについてNi
2+アフィニティークロマトグラフィーにより精製し、得られたフラクションについて SDS-PAGE解析を行った結果を示す電気泳動写真である。
【
図10】Ex3 sc1-8m及びEx3 sc1-8m-tag(-)についてプロテインAアフィニティークロマトグラフィーにより精製し、得られたフラクションについてSDS-PAGE解析を行った結果を示す電気泳動写真である。
【
図11】Ni
2+アフィニティークロマトグラフィー又はプロテインAアフィニティークロマトグラフィーの溶出画分についてゲル濾過クロマトグラフィーを行った結果のクロマトグラムを示す特性図である。
【
図12】Ex3 sc1、Ex3 sc1-8m及びEx3 sc1-8m-tag(-)について実施した細胞結合性評価試験の結果を示す特性図である。
【
図13】Ex3 sc1、Ex3 sc1-8m及びEx3 sc1-8m-tag(-)について実施した細胞傷害活性試験の結果を示す特性図である。
【
図14】Ex3 sc1、Ex3 sc1-8m及びEx3 sc1-8m-tag(-)について0.1~10pMの濃度範囲で実施した細胞傷害活性試験の結果を示す特性図である。
【
図15】変異が導入されていない野生型528 scFv-HL-WT、6重変異を導入した変異体528 scFv-HL-6m、当該6重変異にさらに他の変異を導入した7重変異体についてSDS-PAGEにより発現を確認した結果を示す特性図である。
【
図16】精製した野生型528 scFv-HL-WT、6重変異を導入した変異体528 scFv-HL-6m、当該6重変異にさらに他の変異を導入した7重変異体について、プロテインAへの親和性を評価した結果を示す特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明に係る変異抗体は、抗体又は低分子抗体に含まれる重鎖可変領域(VH領域)の特定のアミノ酸残基を置換変異することで、プロテインAに対する親和性を新たに獲得したもの、又はプロテインAとの親和性が低下したものである。すなわち、本発明に係る変異抗体は、特定の置換変異により、プロテインAに対する親和性が改変したものである。
【0015】
プロテインAとの親和性を獲得するための置換変異は、Kabatナンバリングにおける65番目のアミノ酸残基のグリシン残基への置換及び/又は82a番目のアミノ酸残基のアスパラギン残基への置換である。これらいずれか一方又は両方の置換により、Kabatナンバリングにおける65番目がグリシン残基、82a番目がアスパラギン残基となったVH領域を有する抗体又は低分子抗体は、プロテインAとの親和性を獲得することとなる。
【0016】
さらに、Kabatナンバリングにおける16番目のアミノ酸残基をリシン、アルギニン及びグリシンからなる群から選ばれるアミノ酸とする置換変異により、当該16番目のアミノ酸残基がリシン、アルギニン又はグリシンとなったVH領域を有する抗体又は低分子抗体は、プロテインAに対するより優れた親和性を獲得することができる。
【0017】
一方、プロテインAとの親和性を低減するための置換変異は、Kabatナンバリングにおける65番目のグリシン残基の、グリシン以外のアミノ酸への置換である。この置換によって、Kabatナンバリングにおける65番目がグリシン以外のアミノ酸残基となったVH領域を有する抗体又は低分子抗体は、プロテインAとの親和性が低減することとなる。
【0018】
なお、本明細書において、抗体や低分子抗体を構成するアミノ酸配列におけるアミノ酸残基の位置はKabatナンバリングに基づく数値で表記している。したがって、本明細書において記載するアミノ酸残基の位置は、本書に添付する配列表に記載されたアミノ酸配列に基づく数値とは異なることに留意する。なお、Kabatナンバリングは、Sequences of proteins of immunological interest、Elvin A. Kabat et al.、NIH publication, no. 91-3242(National Institutes of Health, 1991、5th ed.)に記載のものを採用している。
【0019】
本明細書で単に「抗体」と記載する場合、最も広い意味で使用され、所望の抗原結合活性を示す抗体分子を意味し、モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体、多重特異性抗体(例えば、二重特異性抗体)及び後述する低分子抗体を含む、種々の抗体構造を包含する。一方、本明細書で「抗体又は低分子抗体」と記載する場合において「抗体」は、上述した定義のうち「低分子抗体」を除く抗体分子を意味する。
【0020】
「低分子抗体」とは、完全長の抗体分子の一部分を含み、完全長の抗体分子が結合する抗原に対して結合する能力を保持した抗体分子を意味する。低分子抗体は、抗体断片と称する場合もある。低分子抗体としては、特に限定されないが、例えば、Fv、Fab、Fab'、Fab'-SH、F(ab')2;ダイアボディ;線状抗体;単鎖抗体分子(例えば、scFv);VHH(variable domain of heavy chain of heavy chain antibody)を挙げることができる。また、低分子抗体は、これら列挙した分子から形構成される多重特異性抗体も含まれる。
【0021】
本発明において抗体のクラスは、特に限定されず、抗体における5つの主要なクラスであるIgA、IgD、IgE、IgG及びIgMのいずれであってもよい。また、本発明において抗体のサブクラス(アイソタイプ)は特に限定されず、例えば、IgG1、IgG2、IgG3、IgG4、IgA1及びIgA2等のいずれであってもよい。
【0022】
なお、scFvは、2つの可変領域を、必要に応じリンカー等を介して、結合させた一本鎖ポリペプチドである。scFvに含まれる2つの可変領域は、通常、1つのVHと1つのVLであるが、2つのVH又は2つのVLであってもよい。一般にscFvポリペプチドは、VH及びVLドメインの間にリンカーを含み、それにより抗原結合のために必要なVH及びVLの対部分が形成される。通常、同じ分子内でVH及びVLの間で対部分を形成させるために、一般に、VH及びVLを連結するリンカーを10アミノ酸以上の長さのぺプチドリンカーとする。しかしながら、本発明におけるscFvのリンカーは、scFvの形成を妨げない限り、このようなペプチドリンカーに限定されるものではない。
【0023】
低分子抗体は、特に、二重特異性抗体とすることができる。「二重特異性抗体」は、例えば、重鎖可変領域および軽鎖可変領域が1本鎖として連結した構造の抗体(例えば、sc(Fv)2)であってもよい。また重鎖可変領域(VH)および軽鎖可変領域(VL)が連結したscFv(あるいはsc(Fv)2)をFc領域(CH1ドメインを欠いた定常領域)と結合した抗体様分子(例えば、scFv-CH3)であってもよい。
【0024】
抗体を構成する各鎖のアミノ末端部分には、抗原認識に主に関与する約100~110以上のアミノ酸の可変領域が含まれる。可変領域では3つのループが重鎖及び軽鎖の各Vドメイン(すなわち、VH及びVL)について集合しており、抗原結合部位を形成する。各ループは、相補性決定領域とも称さる(以下、「CDR」とも称する)。すなわち、各VH及びVLは、3つのCDRと4つのフレームワーク領域(FR)からなり、以下の順序でアミノ末端からカルボキシ末端へ配置される:FR1-CDR1-FR2-CDR2-FR3-CDR3-FR4。
【0025】
本発明において、抗体又は低分子抗体の可変領域は、ヒト由来であってもよく、ヒト以外の哺乳動物由来であってもよく、両者が混在するよう改変されたものであってもよい。ヒト以外の哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、ウサギ、ヤギ、ヒツジ及びウマが挙げられるが、これらに限定されるものではない。同様に、本発明において、抗体又は低分子抗体の定常領域は、ヒト由来であってもよく、ヒト以外の哺乳動物由来であってもよく、両者が混在するよう改変されたものであってもよい。ヒト以外の哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、ウサギ、ヤギ、ヒツジ及びウマが挙げられるが、これらに限定されるものではない。さらに、本発明において、抗体又は低分子抗体の定常領域と可変領域とが異なる種に由来するものであってもよい。
【0026】
ここで、Kabatナンバリングにおける65番目のアミノ酸残基は、VH領域におけるCDR2に位置する。Kabatナンバリングにおける82a番目のアミノ酸残基は、VH領域におけるFR3に位置する。なお、VHファミリーには、VH1~VH7までの7つ種類が存在する。これら7種類のVH領域(VH1~VH7)を有する抗体の例を表1に示す。
【0027】
【0028】
表1に示すVH1~VH7のアミノ酸配列のマルチプルアライメントを
図1に示す。なお、表1及び
図1において、IgM RF 2A2は、プロテインAとの共結晶構造が明らかとなったVH(VH3に属する)を有している。また、
図1のマルチプルアライメントにおいて、枠で囲った位置は、Graille, M. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 2000, 97 (10), 5399-5404において、VH3とプロテインAとの共結晶構造から、相互作用に関与すると報告されたアミノ酸残基を示している。具体的には、VH領域における15番目のグリシン残基、17番目のセリン残基、19番目のアルギニン残基、57番目のリシン残基、59番目のチロシン残基、64番目のリシン残基、65番目のグリシン残基、66番目のアルギニン残基、68番目のトレオニン残基、70番目のセリン残基、81番目のグルタミン残基、82a番目のアスパラギン残基、82b番目のセリン残基がプロテインAとの結合に関与することが示唆されている。
【0029】
図1に示した「VH3(bind)」のアミノ酸配列を配列番号1とし、「VH1」のアミノ酸配列を配列番号2とし、「VH2」のアミノ酸配列を配列番号3とし、「VH3」のアミノ酸配列を配列番号4とし、「VH4」のアミノ酸配列を配列番号5とし、「VH5」のアミノ酸配列を配列番号6とし、「VH6」のアミノ酸配列を配列番号7とし、「VH7」のアミノ酸配列を配列番号8とした。
【0030】
本発明では、上述のように、プロテインAに対する親和性を獲得するため、プロテインAに対する親和性を有しない抗体又は低分子抗体に対して、VH領域の65番目をグリシン残基とし、且つ82a番目をアスパラギン残基とするように置換変異を導入する。また、当該置換変異に加えて、本発明では、上述のように、プロテインAに対する更に優れた親和性を獲得するため、VH領域の16番目をリシン、アルギニン又はグリシン残基とする置換変異を導入する。さらに、本発明では、これら置換変異に加えて更なる置換変異を導入しても良い。例えば、これら置換変異に加えて、VH領域における15番目がグリシン残基、17番目がセリン残基、19番目がアルギニン残基、57番目がリシン残基、59番目がチロシン残基、64番目がリシン残基、66番目がアルギニン残基、68番目がトレオニン残基、70番目がセリン残基、81番目がグルタミン残基、82b番目がセリン残基となるよう、1以上の置換変異を導入しても良い。
【0031】
また、本発明では、上述のように、プロテインAに対する親和性を低減するため、プロテインAに対する親和性を有する抗体又は低分子抗体に対して、65番目のグリシン残基をグリシン以外のアミノ酸残基となるように置換変異を導入するが、当該置換変異に加えて、VH領域における15番目がグリシン残基以外のアミノ酸残基、17番目がセリン残基以外のアミノ酸残基、19番目がアルギニン残基以外のアミノ酸残基、57番目がリシン残基以外のアミノ酸残基、59番目がチロシン残基以外のアミノ酸残基、64番目がリシン残基以外のアミノ酸残基、66番目がアルギニン残基以外のアミノ酸残基、68番目がトレオニン残基以外のアミノ酸残基、70番目がセリン残基以外のアミノ酸残基、81番目がグルタミン残基以外のアミノ酸残基、82a番目がアスパラギン残基以外のアミノ酸残基、82b番目がセリン残基以外のアミノ酸残基となるよう、1以上の置換変異を導入しても良い。
【0032】
ここで、プロテインAに対する親和性を低減するため、置換後の65番目のグリシン残基をグリシン以外のアミノ酸残基する形態において、置換後のアミノ酸残基は、特に限定されず、アラニン、システイン、アスパラギン酸、グルタミン酸、フェニルアラニン、ヒスチジン、イソロイシン、リシン、ロイシン、メチオニン、アスパラギン、ピロリシン、プロリン、グルタミン、アルギニン、セリン、トレオニン、セレノシステイン、バリン、トリプトファン及びチロシンの何れであってもよい。特に、置換後の65番目のグリシン残基を置換する場合、これら列挙したアミノ酸の中で最も側鎖の小さいアラニンとした場合でもプロテインAに対する親和性を低減することができる。
【0033】
以上のような置換変異は、従来公知の方法により導入することができる。すなわち、本発明に係る変異抗体は、遺伝子組換え技術を適用して製造することができる。
【0034】
まず、置換変異を導入する抗体又は低分子抗体をコードする核酸に対して、目的とする置換変異が導入されたアミノ酸配列をコードするよう改変する。より具体的に、置換変異導入前のアミノ酸残基に相当するコドンを、置換変異によって導入されるアミノ酸残基のコドンになるように核酸を改変する。通常、目的のアミノ酸残基をコードするコドンとなるように、コドンを構成する核酸の少なくとも1塩基を置換するような遺伝子操作又は変異処理を行う。このような核酸の改変は、当業者においては公知の技術、例えば、部位特異的変異誘発法、PCR変異導入法等を用いて、適宜実施することができる。
【0035】
置換変異を導入したアミノ酸配列をコードする核酸は、通常、適当なベクターへ保持(挿入)され、宿主細胞へ導入される。当該ベクターとしては、挿入した核酸を安定に保持するものであれば特に制限されず、例えば宿主に大腸菌を用いるのであれば、クローニング用ベクターとしてはpBluescriptベクター(Stratagene)などを使用できる。特に、本発明に係る変異抗体を生産するためにベクターが用いられる場合には、発現ベクターを使用することが好ましい。発現ベクターとしては、試験管内、大腸菌内、培養細胞内、生物個体内でポリペプチドを発現するベクターであれば特に制限されるものではなく、例えば、試験管内発現であればpBESTベクター(プロメガ)、大腸菌であればpETベクター(Invitrogen)、培養細胞であればpME18S-FL3ベクター(GenBank Accession No. AB009864)、生物個体であればpME18Sベクター(Mol Cell Biol.(1988) 8, 466-472)などが好ましい。
【0036】
宿主細胞としては特に制限はなく、目的に応じて種々の宿主細胞が用いられる。ポリペプチドを発現させるための細胞としては、例えば、細菌細胞(例:ストレプトコッカス、スタフィロコッカス、大腸菌、ストレプトミセス、枯草菌、ブレビバチルス菌)、真菌細胞(例:酵母、アスペルギルス)、昆虫細胞(例:ドロソフィラS2、スポドプテラSF9)、動物細胞(例:CHO、COS、HeLa、C127、3T3、BHK、HEK293、Bowes メラノーマ細胞)および植物細胞を例示することができる。宿主細胞へのベクター導入は、例えば、リン酸カルシウム沈殿法、電気パルス穿孔法(Current protocols in Molecular Biology edit. Ausubel et al. (1987) Publish. John Wiley & Sons.Section 9.1-9.9)、リポフェクション法、マイクロインジェクション法などの公知の方法で行うことが可能である。
【0037】
宿主細胞において発現した変異抗体(抗体又は低分子抗体)を小胞体の内腔に、細胞周辺腔に、又は細胞外の環境に分泌させるために、適当な分泌シグナルを目的の抗体に組み込むことができる。変異抗体(抗体又は低分子抗体)の回収は、培地に分泌される場合は培地から回収することができる。変異抗体(抗体又は低分子抗体)が細胞内に産生される場合は、細胞を回収した後、細胞を溶解し、得られた溶解液から回収することができる。
【0038】
本発明に係る変異抗体を精製するためには、通常の方法を適用できるが、例えば、硫酸アンモニウム又はエタノール沈殿、酸抽出、アニオン又はカチオン交換クロマトグラフィー、ホスホセルロースクロマトグラフィー、疎水性相互作用クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、ヒドロキシルアパタイトクロマトグラフィー及びレクチンクロマトグラフィーを含めた公知の方法が挙げられる。
【0039】
特に、上述した置換変異により、プロテインAに対する親和性を有するようになった場合、プロテインAを利用したアフィニティークロマトグラフィーを使用することが好ましい。また、上述した置換変異により、プロテインAに対する親和が低下した場合、プロテインAを利用したアフィニティークロマトグラフィー以外のアフィニティークロマトグラフィー、その他、上述した方法を使用することが好ましい。
【実施例0040】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【0041】
以下の実施例及び比較例では、ヒト上皮増殖因子受容体(EGFR)とTリンパ球表面抗原CD3を標的とした低分子二重特異性抗体(以下、Ex3 sc1)をモデルとした。Ex3 sc1については、MAbs, 10(6), 854-863 (2018)を参照することができる。Ex3 sc1の抗EGFR抗体528のVH(5H)及び抗CD3抗体OKT3のVH(OH)は、それぞれVH1サブクラス及びVH3サブクラスに属する。OHはVH3サブクラスに属するものの、Ex3はプロテインAに対する結合能を有していない。
【0042】
〔比較例1〕
図2に、プロテインAとの共結晶構造が明らかとなったVH3と、Ex3 sc1のVH(5H)と、Ex3 sc1のVH(OH)のアライメントを示した。
図2において、プロテインAに親和性を有するVH3における、プロテインAとの相互作用に関与する残基であるG15、S17、R19、K57、Y59、K64、G65、R66、T68、S70、Q80、N82a及びS82bを枠で囲っている。
図2に示す「VH3(binding to Protein A)」のアミノ酸配列を配列番号9に示し、Trastuzumab VHのアミノ酸配列を配列番号10に示し、anti-EGFR VH(5H)のアミノ酸配列を配列番号11に示し、anti-CD3 VH(OH)のアミノ酸配列を配列番号12に示した。
【0043】
CDRのアミノ酸配列を改変した場合には抗原結合能の低下を招く可能性があることを考慮し、FRに位置するアミノ酸残基を変異導入箇所とした。すなわち、本比較例では、5HのK19R、T70S、E81Q、S82aN及びR82bS、OHのD82aN変異をEx3 sc1に導入することとした。これら6箇所の変異を導入したEx3 sc1の6重変異体を「Ex3 sc1-6m」と称する。
【0044】
5HのK19R及びT70Sと、OHのD82aNは、Quick change法による部位特異的変異導入、5HのE81Q、S82aN及びR82bS はオーバーラップPCRにより変異導入を行うこととした。部位特異的変異導入に使用したプライマーを表2に示し、オーバーラップPCRに使用したプライマーを表3に示した。表2及び3において変異導入箇所に下線を付した。
【0045】
【0046】
【0047】
以上により、Ex3 sc1-6mの構造遺伝子を得ることができた。詳細は割愛するが、得られたEx3 sc1-6mの構造遺伝子は、ブレビバチルス菌用発現ベクターpROXb3(株式会社プロテイン・エクスプレス)へ挿入した。得られた発現ベクターを用いてブレビバチルス菌S5を形質転換した。形質転換ブレビバチルスS5をMTN寒天培地(ハイポリペプトン(10g)、酵母エキス BSP-B(2g)、カツオ肉エキス(5g)、3MM stock(1% FeSO4・7H2O、1% MnSO4・7H2O及び0.1% ZnSO4・7H2O、1mL)、滅菌水で0.95Lとし、滅菌後20%グルコース溶液を5%量添加した培地)に播種後、37℃、24時間インキュベートした。得られたコロニーを2mLの2SL培地(ネオマイシン:Nm(+)、終濃度50μg/mL)に植菌し、30℃、120rpmで24時間浸とう培養(前培養)を行った。なお、2SL培地は、Phytone Peptone(40g)、酵母エキス BSP-B(5g)、3MM stock(1mL)、滅菌水で0.9Lとし、pH7.2に調整した培地である。
【0048】
続いて、終濃度が0.1MとなるようL-(+)-アルギニンを添加した2SL培地(ネオマイシン:Nm(+)、終濃度50μg/mL)に前培養液を1%量植菌し、30℃、120rpmで48 時間本培養を行った。培養液を4℃、5,000xgで20分間遠心分離することで培養上清と沈殿に分画後、培養上清中のタンパク質を硫酸アンモニウムを用いた塩析により濃縮した。まず、培養上清の60%の質量にあたる硫酸アンモニウムを量り取り、溶かしやすくなるようすりこぎ棒で粒子を細かくした。低温室で泡立てないよう注意しながら培養上清をスターラーバーで撹拌し、その間に硫酸アンモニウムを少しずつ添加した。2時間の攪拌後、4℃、5,000xg、20分間遠心分離し、得られた沈殿に対し4mL程度の1xPBSを加え、沈殿を溶解させた。その後、残存の硫酸アンモニウムを取り除くため、1xPBS を用いた透析を3回行った。4℃、15,000xg、10分間遠心分離して得られた上清を回収し、1mLのNi Sepharoseを充填したカラムを用いた Ni2+アフィニティークロマトグラフィーにより精製を行った。得られたフラクションについてSDS-PAGE解析を行った。結果を図示しないが、いずれにおいても150mM及び200mMイミダゾール存在下で理論分子量付近にバンドが見られ、溶出が確認された。そこでこれらの溶出液を限外濾過により濃縮後、ゲル濾過クロマトグラフィーを行い、Ex3 sc1及びEx3 sc1-6mをそれぞれ精製した。
【0049】
本比較例では、精製したEx3 sc1及びEx3 sc1-6mについて、プロテインAへの親和性を評価した。本評価では、先ず、0.1mLのrProtein A Sepharose Fast Flowをポリプレップクロマトグラフィー用カラムに充填後、6CVのMQ及び50mM Tris-HCl/200mM NaCl(pH8.0)を用いてカラムを平衡化した。その後、精製したサンプルを0.2nmol/200μLアプライし、2CVの1xPBS を用いたWash操作によりカラム未結合のタンパク質を溶出させた。その後、0.1MのGly-HCl(pH3.0)を2CVずつ計3度添加することで、カラムに結合したタンパク質を溶出させた。その際、溶出したサンプルを回収するマイクロチューブには予め溶出液の5%量の1M Tris-HCl(pH9.2)を添加しておき、溶出液の中和を行った。
【0050】
結果を図示しないが、変異を導入していないEx3 sc1はプロテインAに対して結合しないことが知られており、カラムにアプライしたEx3 sc1のうち大半がFlow Through及びWash画分で溶出した。一方、プロテインAへの結合能付与を企図し、計6箇所に変異を導入したEx3 sc1-6mについても、Flow Through及びWash画分での溶出が見られ、その挙動はEx3 sc1とほぼ同様であった。
【0051】
以上より、本比較例で作製したEx3 sc1-6mに導入した6箇所の変異箇所のみではプロテインAへの親和性を向上させることはできず、更なる変異導入が必要であると考えられた。
【0052】
〔実施例1〕
比較例1の結果、プロテインAに親和性を有するVH3のアミノ酸配列に基づいて、FR領域に6箇所変異を導入してもプロテインAに対する親和性は向上しないことが明らかとなった。そこで、プロテインAとの相互作用に重要な残基のうち、相補性決定領域(CDR)に位置するアミノ酸残基に着目し、分子グラフィックツールPyMOLにより共結晶構造(PDB:1EDD)におけるプロテインAとVHの相互作用界面を解析した。
【0053】
プロテインAとの結合に重要な残基のうち、CDRに位置するアミノ酸残基はK57、Y59、K64及びG65である(
図1及び2)。このうちY59及びK64は、プロテインAと結合する能力を有しないEx3 sc1においても保存されている。また、57番目のアミノ酸残基について、K、R及びTのいずれかであれば、プロテインAと結合可能であることが報告されている(Crauwels, M.et al., Biotechnol. 2020, 57 (September 2019), 20-28)。
【0054】
そこで、65番目のアミノ酸残基について、PyMOLを用いた相互作用界面を解析した。その結果、共結晶構造中の抗体2A2と同様に、G65の場合、プロテインAとの結合に干渉する様子は見られなかった(
図3)。一方、D65及びN65へと変異を加えた場合、それぞれの側鎖がプロテインAのN43の側鎖と衝突する様子が確認された(
図4)。そこで、本実施例では、CDRに位置するVH領域の65番目のアミノ酸残基に置換変異を導入することを検討した。具体的には、CDRに位置するVH領域の65番目のアミノ酸残基がプロテインAとの結合における立体障害とならないよう、比較例1で作製したEx3 sc1-6mにおける5HにおけるN65G置換変異と、OHにおけるD65G置換変異を導入することとした。
【0055】
比較例1で作製したEx3 sc1-6mの構造遺伝子及び機能評価のコントロールとしてEx3 sc1遺伝子を鋳型に、5HにN65G置換変異及びOHにD65G置換変異を行った。具体的には、Quick change法によりベクター構築を行うため、表4に示すプライマーを設計した。表4において、変異導入箇所に下線を付した。
【0056】
【0057】
設計したプライマーを用い、N65G及びD65Gの単変異導入を行った。Ex3 sc1-6mに対してこれら2箇所の変異を導入したEx3 sc1の8重変異体を「Ex3 sc1-8m」と称する。また、Ex3 sc1に対してこれら2箇所の変異を導入したEx3 sc1の2重変異体を「Ex3 sc1-2m」と称する。そして、本実施例1で構築したEx3 sc1-8mの構造遺伝子と、Ex3 sc1-2mの構造遺伝子を、比較例1と同様にそれぞれpROXb3ベクターへと挿入した。
【0058】
そして、Ex3 sc1-8m及びEx3 sc1-2mとも比較例1と同様な方法で発現を確認することができ、比較例1と同様な方法でそれぞれ精製した。そして、精製したEx3 sc1-8m及びEx3 sc1-2mについて、比較例1と同様な方法で、プロテインAへの親和性を評価した。結果を
図5に示した。
図5中のAがEx3 sc1-8mの結果を示し、BがEx3 sc1-2mの結果を示している。なお、
図5は、SDS-PAGE を行った後にCBB(Rapid CBB KANTO)で染色したゲルの写真である。
【0059】
図5に示すように、N65G及びD65Gのみの変異を導入したEx3 sc1-2mを用いた際、0.1M Gly-HCl(pH3.0)によるElution画分での溶出も僅かにみられたものの、主にFlow Through及びWashで溶出していた。この挙動は、比較例1で作製したEx3 sc1とほぼ同様であった。これに対して、相互作用の向上と立体障害の回避を目指して8箇所に変異を導入したEx3 sc1-8mを用いた際、Flow Through画分やWashでの溶出は見られず、Ex3 sc1-8m に由来するバンドは全てElution画分でのみ確認された。比較例1で示したように、Ex3 sc1-6mがプロテインAカラムへ結合しなかったのに対して、Ex3 sc1-8mがプロテインAカラムへ結合したことから、立体障害の回避を目指したN65G及びD65Gの変異導入の有効性が示された。
【0060】
本実施例の結果から、相互作用の向上と立体障害の回避を目指した変異導入を組み合わせることで、プロテインAへの親和性を向上可能であると結論づけた。
【0061】
〔実施例2〕
実施例1でプロテインAとの親和性を獲得できたEx3 sc1-8mについて、「細胞結合性評価試験」及び「細胞傷害活性試験」を実施した。
【0062】
<細胞結合性評価試験>
細胞結合性評価試験では、EGFR陽性のTFK-1細胞5.0x105個及びCD3陽性のT-LAK細胞5.0x105個を標的細胞とした。細胞はエッペンチューブに分注し上清を吸引した後、20pmolの各抗体(Ex3 sc1又はEx3 sc1-8m)を添加し、氷上で30分間静置した。サンプルについては、液量がサンプル間で同じになるようにした。次に、PBSを用いた洗浄を2回行った。洗浄については、900μLのPBSを添加し、300xg、5分間の遠心分離後に上清を吸引除去することで行った。続いて一次抗体として100倍に希釈した抗Ex3 Dbウサギ血清を100μL添加し、再度氷上で30分間静置した。PBSによる洗浄を2回行った後、Alexa Fluor 594標識抗ウサギIgG抗体1μg/50μLを50μL添加し、氷上で30分間静置した。最後に、計2回の洗浄を行った後、300μLのPBSを加え、メッシュを通し不純物等を取り除き、フローサイトメーターによって蛍光強度を測定した。
【0063】
TFK-1細胞及びT-LAK細胞に対する細胞結合評価の結果を
図6に示した。
図6においてAはTFK-1細胞に対する細胞結合評価の結果を示し、BはT-LAK細胞に対する細胞結合評価の結果を示している。各グラフは、縦軸が細胞数、横軸が蛍光強度を示しており、ピークが右側にシフトするほど、標的細胞に対して強く結合することを意味する。
【0064】
図6に示すように、いずれの細胞を用いた場合にも、Ex3 sc1及びEx3sc1-8mのヒストグラムは同程度シフトしていることが判る。すなわち、Ex3 sc1に対して合計8箇所の変異を導入しても、変異を導入する前と同様の細胞結合能を維持できることが明らかとなった。
【0065】
<細胞傷害活性試験>
細胞傷害活性試験では、MTSアッセイによるがん細胞傷害活性を評価した。先ず、静置培養しているTFK-1細胞の培地上清を吸引除去し、TrypL Express Enzyme (1X), no phenol redを1mL加え、37℃、5% CO2のインキュベーターに5分程度静置した。フラスコを軽くたたき振動を与えることで細胞を剥がし、9mLの1xPBSを加えピペッティングにより細胞を剥がした。細胞懸濁液を300 x gで5分間遠心分離した。上清を吸引除去し、RPMI1640(10% FBS、PC/SM 含有)を10mL添加し、ピペッティングにより懸濁させた。細胞懸濁液10μLを等量のトリパンブルーで染色し、セルカウンターを用いて細胞数の測定を行った。続いて、96穴プレートにTFK-1細胞を1wellあたり5.0x103cells/100μLになるように播種するため、リザーバーに1.2x106cells分取し、培地量が12mLになるように懸濁した。その後、96穴プレートの各wellに100μLずつ細胞懸濁液を播種した。37℃、5% CO2濃度で24時間インキュベート後、上清を吸引除去した。次に、T-LAK細胞を1wellあたり2.0x104cells/50μL、またはMilliQ水あるいはRPMI1640培地を100μLずつ加えた。T-LAK細胞を添加したwellには、濃度を5点振った各サンプルを50μLずつ加え、プレートを37℃、5% CO2濃度で24時間インキュベートした。上清を除去し、1xPBSで3 回洗浄を行った後、MTS試薬(CellTiter 96 AQueous One Solution Cell Proliferation Assay)をRPMI1640培地11mLに対し1mL加え、懸濁したものを1wellあたり100μLずつ加えた。37℃、5% CO2濃度で40分~1時間程度インキュベートし、プレートリーダーを用いて490nm (reference;655nm)の吸光度を測定した。RPMI1640のみ加えたwellの吸光度が 0.8程度になるまでインキュベートを行い、検出されたデータを用いてがん細胞傷害活性を算出した。
【0066】
MTS 試薬には還元されると培地に可溶な有色のホルマザン産物に変換されるテトラゾリウム塩と電子受容体であるPESが含まれる。テトラゾリウム塩は生細胞の脱水素酵素由来のNADHまたはNADPHにより還元され、490nmに吸収をもつ有色のホルマザン産物にかわるため生細胞数とホルマザン産物の量には比例関係が生じる。この原理を利用して、以下の式を用いてがん細胞傷害活性を算出した。
がん細胞傷害活性[%]=(1-(A-C))/(B-C)×100
式中、A:サンプルを添加したwellの吸光度の平均値、B:培地のみを添加したwell(ポジティブコントロール)、C:MQを添加したwell(ネガティブコントロール)である。
【0067】
MTSアッセイによるがん細胞傷害活性試験の結果を
図7に示す。
図7に示すように、Ex3 sc1及びEx3 sc1-8mいずれの抗体においても、抗体濃度依存的ながん細胞傷害活性の上昇が確認された。すなわち、8箇所の変異導入前後でがん細胞傷害活性に差は見られなかったことから、導入した8箇所の変異がEx3 sc1が誘導する機能に影響を及ぼさないことが明らかとなった。
【0068】
〔実施例3〕
本実施例では、実施例1及び2で使用したEx3 sc1の構成ドメインである抗CD3抗体OKT3を用いて、OKT3のVH(OH)に対してプロテインAとの親和性に必須なアミノ酸置換変異を検討した。本実施例で使用したOKT3のVH(OH)は、VH3サブクラスに属するものの、プロテインAに対する親和性は有しないことが知られている。
【0069】
実施例2において検証したOHに導入したD82aN変異は、プロテインAのS33と水素結合を形成するためプロテインAとの相互作用に重要である。一方、65番目のグリシンはプロテインAとの結合に重要な残基であることが知られているが、グリシン以外に許容されるアミノ酸について実験的に評価した知見はほとんどない。そこで本実施例では、OKT3 scFvのOHにおけるD65及びD82aに対して変異導入を行うことで、VH3サブクラスに属するVHにおけるプロテインAとの結合に重要なアミノ酸残基を検証した。
【0070】
本実施例では、OKT3 scFvの構造遺伝子をコードしたpRAベクターを鋳型に、OHのD65及びD82aに対して変異導入を試みた。具体的には、それぞれの単変異体(OKT3 scFv-D65G及びOKT3 scFv-D82aN)と、D82aN変異を導入した単変異体に対してD65を異なる三種類のアミノ酸へ置換した二重変異体(OKT3 scFv-D65G/D82aN、OKT3 scFv-D65A/D82aN、及び OKT3 scFv-D65N/D82aN)を作製した。それぞれ Quick change 法によりベクター構築を行うため、表5に示すプライマーを設計した。表5において変異導入箇所に下線を付した。
【0071】
【0072】
設計したプライマーを用い、OKT3 scFvのOHに対して、目的の単変異(D65G又はD82aN)、及び二重変異(D65G/D82aN、D65A/D82aN又はD65N/D82aN)を導入した発現ベクターをそれぞれ構築した。N65G及びD65Gの単変異導入を行った。OKT3 scFvのOHに対してD65Gの単変異を導入した変異体を「OKT3 scFv-D65G」と称し、D82aNの単変異を導入した変異体を「OKT3 scFv-D82aN」と称する。また、OKT3 scFvのOHに対してD65G/D82aN、D65A/D82aN又はD65N/D82aNの二重変異を導入した変異体を、それぞれ「OKT3 scFv-D65G/D82aN」、「OKT3 scFv-D65A/D82aN」及び「OKT3 scFv-D65N/D82aN」と称する。
【0073】
そして、本実施例1と異なり、前段で構築した発現ベクターを用いて大腸菌DH5αを形質転換した。形質転換した大腸菌DH5αの培養上清を用い、Ni
2+アフィニティークロマトグラフィーを利用して作製した変異体を精製した。何れの変異体についても比較例1と同様な方法で発現及び精製を確認することができた。そして、本実施例で精製することができたOKT3 scFv-D65G、OKT3 scFv-D82aN、OKT3 scFv-D65G/D82aN、OKT3 scFv-D65A/D82aN及びOKT3 scFv-D65N/D82aN、並びに変異導入前のOKT3 scFv(コントロール)について、比較例1及び実施例1と同様に、プロテインAとの親和性を評価した。結果を
図8に示した。
図8中のAがOKT3 scFv(コントロール)の結果を示し、BがOKT3 scFv-D65Gの結果を示し、CがOKT3 scFv-D82aNの結果を示し、DがOKT3 scFv-D65G/D82aNの結果を示し、EがOKT3 scFv-D65A/D82aNの結果を示し、FがOKT3 scFv-D65N/D82aNの結果を示している。
【0074】
図8に示したように、変異導入前のOKT3 scFvでは、Flow Through及びWash画分での溶出が見られた。また、OKT3 scFv-D65G及びOKT3 scFv-D82aNの単変異体においても、Flow Through及びWash 画分での溶出が見られ、その挙動がOKT3 scFvとほぼ同様であった。この結果は、相互作用の向上や立体障害の回避のみを目指した変異導入を行ったEx3 sc1-6mや Ex3 sc1-2mでの結果と一致していた。これらの結果を総合的すると、これらの単変異導入ではOKT3 scFvにプロテインAに対する親和性を付与できないことが理解できた。
【0075】
一方、
図8に示したように、これら二つの変異を導入した二重変異体OKT3 scFv-D65G/D82aNでは、Flow ThroughやWash画分でのバンド強度が減少し、Elution画分でのバンド強度が増加した。この結果は、相互作用の向上及び立体障害の回避を目指した変異導入を組み合わせたEx3 sc1-8mの結果と一致しており、D65G変異による立体障害の回避に加え、D82aN変異による水素結合の形成がプロテインAに対する親和性向上に寄与することを示している。
【0076】
また、
図8に示したように、D65を、側鎖を持つアミノ酸の中で最小の側鎖を持つアラニン(側鎖; -CH
3)や、側鎖の極性を中性にしたアスパラギン(側鎖; -CH
2-CO-NH
2)に置換しても、Flow ThroughやWash画分での溶出がみられ、Elution画分での溶出が見られなかった。この結果は、プロテインAとの親和性を獲得するには、VH領域における65番目のアミノ酸残基をグリシンとすることが必須であり他のアミノ酸への許容度がないことを示している。言い換えると、VH領域における65番目のアミノ酸残基をグリシンとすることでプロテインAと親和性を有するようになった抗体又は低分子抗体において、当該グリシンを他のアミノ酸残基に置換することで、プロテインAに対する親和性を低下又は喪失させることができる。
【0077】
〔実施例4〕
本実施例では、実施例1で作製したEx3 sc1の8重変異体「Ex3 sc1-8m」からc-Mycタグ及びHisタグを除去し、プロテインAとの親和性を利用した精製について検討した。本実施例では、実施例1で作製した「Ex3 sc1-8m」からc-Mycタグ及びHisタグを除去したEx3 sc1-8m-tag(-)を作製した。
【0078】
実施例1で作製したEx3 sc1-8mをpROXb3ベクターに挿入してなるpROX3-Ex3 sc1-8mからc-Mycタグ及びHisタグを除去するため、NcoIの制限酵素サイトを含むFwプライマーとEx3 sc1-8mのC末端に終止コドン及びHindIIIの制限酵素サイトを付加するための Revプライマーを設計した。設計したプライマーを表6に示す。
【0079】
【0080】
これらプライマーセットを用いたPCRによってEx3 sc1-8m-tag(-)を増幅し、実施例1と同様にpROX3ベクターに挿入した。比較例1と同様に、得られた発現ベクターを用いてブレビバチルス菌S5を形質転換し、SDS-PAGE及びWestern blotting解析によりEx3 sc1-6mの発現を確認した。
【0081】
続いて、フラスコを用いて形質転換ブレビバチルス菌S5を培養し、比較例1と同様にして培養上清からEx3 sc1-8m-tag(-)の精製を試みた。また、実験のコントロールとして、Ex3 sc1及びEx3 sc1-8mも同様に調製を行った。なおEx3 sc1-8m-tag(-)及びEx3 sc1はそれぞれ300mLずつ、Ex3 sc1-8mは600mLで培養を行った。
【0082】
得られた培養上清について、全量のEx3 sc1及び半量のEx3 sc1-8mは、1mLのNi Sepharoseを充填したカラムを用いたNi2+アフィニティークロマトグラフィーにより、半量のEx3 sc1-8mと全量のEx3 sc1-8m-tag(-)は、1mLのrProteinA Sepharoseを充填したカラムを用いたプロテインAアフィニティークロマトグラフィーにより精製した。Ni2+アフィニティークロマトグラフィーでの溶出は、1xPBS 中のイミダゾール濃度を0mM、10mM、50mM、150mM、200mM、300mM、500mMと上昇させることで行い、それぞれ50CV、100CV、20CV、10CV、10CV、10CV、10CVで行った。プロテインAアフィニティークロマトグラフィーでの溶出は、20CVの1xPBS及び5CVの0.1M Glycine buffer(pH4.0)によるWashを行った後、0.1M Glycine buffer(pH3.0)を用いて3CVずつ計5回の溶出を行った。SDS-PAGE で溶出画分の精製度を確認後、目的タンパク質のバンドが明瞭に観察された溶出液を限外濾過により濃縮し、Superdex 200 Increase 10/300 GLカラムを用いたゲル濾過クロマトグラフィーによりモノマー画分を分画した。さらに、目的タンパク質付近の分子量のピークについて SDS-PAGE を行うことで目的のタンパク質が精製されたかを評価した。目的抗体が含まれるフラクションを限外濾過により濃縮後、フィルター滅菌処理を行い、その後の評価に用いた。
【0083】
Ni
2+アフィニティークロマトグラフィーにより精製し、得られたフラクションについて SDS-PAGE 解析を行った結果を
図9に示し、プロテインAアフィニティークロマトグラフィーにより精製し、得られたフラクションについてSDS-PAGE解析を行った結果を
図10に示した。
【0084】
図9に示したように、Ni
2+アフィニティークロマトグラフィーでは、Ex3 sc1及びEx3 sc1-8mのいずれの抗体においても、150mM及び200mMイミダゾール存在下での溶出が確認された。
図10に示したように、プロテインAアフィニティークロマトグラフィーでは、Ex3 sc1-8m及び Ex3 sc1-8m-tag(-)のいずれの抗体においても、0.1M Gly-HCl(pH3.0)による画分での溶出が確認された。各抗体の溶出が確認されたフラクションを限外濾過により濃縮後、ゲル濾過クロマトグラフィーを行った。ゲル濾過クロマトグラフィーのクロマトグラムを
図11に示した。Ni
2+アフィニティークロマトグラフィーで精製したEx3 sc1及びEx3 sc1-8mは理論分子量付近にピークが見られた。一方、プロテインAアフィニティークロマトグラフィーで精製したEx3 sc1-8m及びEx3 sc1-8m-tag(-)は理論分子量よりも低分子量側にピークがシフトしたが、これは操作上の問題と考えられた。特にEx3 sc1-8m-tag(-)では、人工タグがないことにより低分子量側にピークがシフトする様子が見られた。これらのピークについてSDS-PAGEによる精製確認を行ったところ、それぞれの理論分子量付近にほぼ単一のバンドが確認されたことから、目的抗体が高純度で精製されたことが示唆された。
【0085】
そこで、各 Ex3 sc1において、SDS-PAGE で明瞭なバンドが観察されたフラクションを限外濾過により濃縮後、以降の評価に用いることとした。本実施例では、実施例2と同様に、細胞結合性評価試験及び細胞傷害活性試験を行った。
【0086】
細胞結合性評価試験の結果を
図12に示した。
図12に示すように、本実施例で調製した各Ex3 sc1のTFK-1細胞又はT-LAK細胞に対する細胞結合評価の結果から、いずれの細胞を用いた際にも、抗体の精製手法やタグの有無にかかわらずヒストグラムは同程度シフトしていた。このことから、Ex3 sc1に対して合計8箇所の変異を導入した抗体を、Hisタグ等を利用せず、プロテインAとの親和性を利用して精製した場合であっても、変異を有さないEx3 sc1やタグを有するEx3 sc1-8mと同様な細胞結合能を有することが明らかとなった。
【0087】
細胞傷害活性試験の結果を
図13に示した。
図13に示すように、本実施例で調製した各Ex3 sc1を用いたMTSアッセイによるがん細胞傷害活性の結果から、いずれの抗体においても、抗体濃度依存的ながん細胞傷害活性の上昇が確認された。このことから、Ex3 sc1に対して合計8箇所の変異を導入した抗体を、Hisタグ等を利用せず、プロテインAとの親和性を利用して精製した場合であっても、変異を有さないEx3 sc1やタグを有するEx3 sc1-8mと同様ながん細胞傷害活性を有することが明らかとなった。
【0088】
また、Ex3 sc1-8mに比べてEx3 sc1-8m-tag(-)がやや高いがん細胞傷害活性を示し、0.1~10pMの濃度範囲で再評価を行った際にも同様の傾向が確認された(
図14)。この結果は、HL型のEx3 DbやEx3 sc2の末端の人工タグを除去した際にがん細胞傷害活性が増加するという以前の報告(Asano, R.et al., FEBS J. 2010, 277 (2), 477-487)と一致する。上記のようにタグの有無が細胞結合能には影響しないことが確認されているため、タグを有しない構成の場合にがん細胞傷害活性が増強された理由は明らかではないが、細胞内へのシグナル伝達効率やサイトカイン産生効率などに影響を与え、結果としてがん細胞傷害活性に影響した可能性が考えられた。
【0089】
〔実施例5〕
本実施例では、上述したD65G変異及び/又はD82aN変異によるプロテインAに対する親和性向上に効果に加え、更に他の置換変異によってプロテインAに対する親和性を更に向上させることを検討した。本実施例では、実施例1~4に利用したEx3 sc1と同様に、がん細胞表面のEGFR及びT細胞表面のCD3を標的とする、低分子二重特異性抗体であるEx3 ta6を利用した(Asano, R.et al., MAbs 2018, 10 (6), 854-863.)。両者の違いは構成するドメイン連結順であり、Ex3 sc1はN末端からOL-5H-5L-OHとなっており、Ex3 ta6はN末端からOH-OL-5H-5Lとなっている。これらは、構成する4ドメインはそれぞれ同じアミノ酸配列を有するが、連結順の違いから両者は異なる立体構造を有すると考えられる。
【0090】
本実施例では、他の置換変異としてN末端から16番目のアラニンを置換対象のアミノ酸残基とし、当該アラニンをリシン、アルギニン及びグリシンに置換変異することを企図した。
【0091】
[ベクターpRA1/528 scFv-HL-WTの構築]
ベクターpRA1にEx3 ta6を挿入してなるpRA1/Ex3 ta6を鋳型とし、下記表7に示したプライマーを用いたPCRにより528 scFv-HL-WTの構造遺伝子断片を増幅した。
【0092】
【0093】
PCR後の反応溶液5μLを用いて電気泳動により目的DNAの増幅を確認し、残りの反応溶液はFastGeneゲル/PCR精製キットを用いてPCR産物精製を行った。精製したDNA断片及びpRA1/EgA1をNocI及びSacIIで消化した。処理後の反応溶液全量を用いて電気泳動後、ゲルの切り出しとFastGeneゲル/PCR精製キットによる目的DNAの抽出を行った。抽出した528 scFv-HL-WTの構造遺伝子断片がpRA1ベクター断片の4倍以上のモル比で計5μLになるように混合後、DNA Ligation kit Ver.2.1のSolution Iを5μL添加し、16℃で1時間インキュベートすることでライゲーション反応を行った。ライゲーション後の反応溶液全量を用いて50μLの大腸菌DH5αを形質転換した。振盪培養は20分間行い、LB寒天培地 (Amp(+); f.c. 100μg/mL)上で37℃、一晩培養した。プレートに生えたコロニーを爪楊枝でつつき、3mLのLB培地 (Amp(+); f.c. 100μg/mL) を入れた試験管に添加した。37℃、140rpmで18時間振盪培養を行い、FastGeneプラスミドミニキットを用いてプラスミドの抽出を行った。溶出には、70℃に加温した50μLのMQを用いた。また、抽出したプラスミドについて、ユーロフィンジェノミクス株式会社のDNAシーケンスサービスを利用し、ベクターが構築されたことを確認した。
【0094】
[変異体ベクターpRA1/528 scFv-HL-6mの構築]
528 scFv-HLの六重変異体528 scFv-HL-6mを構築するために、528 VHにK19R、N65G、T70S、E81Q、D82aN及びR82bSの変異が導入されたベクターpRA1/Ex3 ta6-8mを鋳型とし、上記表7に示したプライマーを用いて上記と同様に528 scFv-HL-6mの構造遺伝子断片を増幅した。また、上記と同様にして528 scFv-HL-6mの構造遺伝子断片を挿入したpRA1ベクターを構築した。
【0095】
[変異体ベクターpRA1/528 scFv-HL-7mの構築]
上記で構築したpRA1/528 scFv-HL-6mを鋳型とし、Quick change法によりN末端から16番目のアラニンをリシン、アルギニン及びグリシンに置換変異するためのプライマーを設計した(表8)。表8に示したプライマーの配列において、変異導入箇所に下線を付した。
【0096】
【0097】
上記プライマーセットを用いたPCRの後、反応液にDpnIを1μL加え、37℃で2時間インキュベートすることで変異の入っていないメチル化DNAを消化した後、80℃で15分間インキュベートすることでDpnIを失活させた。得られた反応溶液5μLを用いて大腸菌DH5αを形質転換した。振盪培養は30分間行い、LB寒天培地(Amp(+); f.c. 100μg/mL)上で37℃、一晩培養した。プレートに生えたコロニーを爪楊枝でつつき、3mLのLB培地(Amp(+); f.c. 100μg/mL)を入れた試験管に添加した。37℃、140rpmで18時間振盪培養を行い、FastGeneプラスミドミニキットを用いてプラスミドの抽出を行った。溶出には、70℃に加温した50μLのMQを用いた。抽出したプラスミドについて、ユーロフィンジェノミクス株式会社のDNA シーケンスサービスを利用し、変異が導入されたこと確認した。
【0098】
528 scFv-HL-6mに対してA16Kを導入した7重変異を挿入したベクターをpRA1/528 scFv-HL-7m (A16K)とし、A16Rを導入した7重変異を挿入したベクターをpRA1/528 scFv-HL-7m (A16R)とし、A16Gを導入した7重変異を挿入したベクターをpRA1/528 scFv-7m (A16G)とした。
【0099】
[528 scFv-HL-WT、6m、7mの調製]
上記で構築したベクターpRA1/528 scFv-HL-WT、pRA1/528 scFv-HL-6m、pRA1/528 scFv-HL-7m (A16K)、pRA1/528 scFv-HL-7m (A16R)、pRA1/528 scFv-7m (A16G)をそれぞれ0.5μL用い、2.5μLの大腸菌BL21(DE3)を形質転換し、LB寒天培地(Amp(+); f.c. 100μg/mL)上で28℃、一晩培養した。獲得したコロニーをLB培地3mL(Amp(+); f.c. 100μg/mL)に植菌し、28℃、170rpmで20時間振盪培養した。オートインダクション用培地100mLにOD600=0.03となるように前培養液を加え、500mLバッフル付きフラスコで20℃、170rpmで40時間培養した。培養液を4℃、4,800xg、20分遠心後、得られた培養上清を孔径5.0μm、3.0μm、1.0μmのメンブレンフィルターに順に通し、1mLのNi Sepharoseを充填したカラムを用いたNi2+アフィニティークロマトグラフィーにより精製を行った。溶出はPBS中のイミダゾール濃度を1mM、10mM、50mM、300mM、300mM、1000mMと上昇させることで行い、それぞれ5CVで行った。
【0100】
SDS-PAGEの結果を
図15に示した。変異が導入されていない野生型(
図15中「WT」)では29.5kDaに、6重変異を導入した変異体(
図15中「6M」)では29.4kDaに、6重変異にA16Kを導入した7重変異体(
図15中「A16K」)では29.5kDaに、6重変異にA16Rを導入した7重変異体(
図15中「A16R」)では29.5kDaに、6重変異にA16Gを導入した7重変異体(
図15中「A16G」)では29.4kDaにバンドが観察されることとなる。
図15に示すように、300mMイミダゾールを用いた画分に目的のバンドが明瞭に観察された。
【0101】
次に当該画分の溶出液を限外濾過により濃縮し、Superdex 200 Increase 10/300 GLカラムを用いたゲル濾過クロマトグラフィーにより精製し、280nmにおける吸光が観察された画分についてSDS-PAGEを行うことで目的のタンパク質が精製されたかを評価した(図示せず)。目的抗体が含まれるフラクションをフィルター滅菌処理し、その後の評価に用いた。
【0102】
[プロテインAカラムへの結合性評価]
0.1mLのrProtein A Sepharose Fast Flowをポリプレップクロマトグラフィー用カラムに充填後、6CVのMQ及び50mM Tris-HCl/200mM NaCl(pH8.0)を用いてカラムを平衡化した。精製したサンプル(5.0μM)を200μLアプライし、2CVのPBSを用いたWash操作を計2回行うことによりカラム未結合のタンパク質を溶出させた。その後、2CVの0.1M Gly-HCl(pH3.0)を3度、さらに2CVのIgG Elution Bufferを1度添加することで、カラムに結合したタンパク質を溶出させた。その際、溶出したサンプルを回収するマイクロチューブには予め溶出液の5%量の1M Tris-HCl(pH9.2)を添加しておき、溶出液の中和を行った。
【0103】
結果を
図16に示した。
図16中、変異が導入されていない野生型に関する結果を「WT」とし、6重変異を導入した変異体に関する結果を「6m」とし、6重変異にA16Kを導入した7重変異体に関する結果を「7M(A16K)」とし、6重変異にA16Rを導入した7重変異体に関する結果を「7M(A16R)」とし、6重変異にA16Gを導入した7重変異体に関する結果を「7M(A16G)」とした。
図16から判るように、6重変異に対して更にA16K、A16R又はA16Gを導入した7重変異は、野生型や6重変異と比較してプロテインAに対する親和性が向上することがわかった。本実施例の結果より、D65G変異及び/又はD82aN変異によるプロテインAとの親和性向上効果は、A16K、A16R又はA16Gにより更に向上することが示された。