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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023093693
(43)【公開日】2023-07-04
(54)【発明の名称】細胞の培養方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/079 20100101AFI20230627BHJP
   C12N 5/02 20060101ALI20230627BHJP
【FI】
C12N5/079
C12N5/02
【審査請求】有
【請求項の数】20
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023071996
(22)【出願日】2023-04-26
(62)【分割の表示】P 2019557317の分割
【原出願日】2018-11-29
(31)【優先権主張番号】P 2017230074
(32)【優先日】2017-11-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(71)【出願人】
【識別番号】000002934
【氏名又は名称】武田薬品工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】230104019
【弁護士】
【氏名又は名称】大野 聖二
(74)【代理人】
【識別番号】100119183
【弁理士】
【氏名又は名称】松任谷 優子
(74)【代理人】
【識別番号】100149076
【弁理士】
【氏名又は名称】梅田 慎介
(74)【代理人】
【識別番号】100162503
【弁理士】
【氏名又は名称】今野 智介
(74)【代理人】
【識別番号】100144794
【弁理士】
【氏名又は名称】大木 信人
(72)【発明者】
【氏名】池谷 真
(72)【発明者】
【氏名】上谷 やよい
(57)【要約】      (修正有)
【課題】多能性を維持した神経堤細胞の製造方法を提供する。
【解決手段】分化能を低下させることなく神経堤細胞を増殖させるための技術として、(1)神経堤細胞を得る工程と、(2)GSK3β阻害剤及び塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF)を含む培地中で神経堤細胞を浮遊培養する工程であって、1μMを超え5μM未満の濃度のCHIR99021が示す効果と同等の効果を示す濃度のGSK3β阻害剤を、該培地が含む工程を含む、神経堤細胞の製造方法を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程を含む、神経堤細胞の製造方法:
(1)神経堤細胞を得る工程、
(2)GSK3β阻害剤及び塩基性線維芽細胞成長因子を含む培地中で神経堤細胞を浮遊培養する工程であって、前記培地が1μMを超える濃度のCHIR99021が示す効果と同等の効果を示す濃度のGSK3β阻害剤と、20-40ng/mlの濃度の塩基性線維芽細胞成長因子とを含む工程。
【請求項2】
前記培地がさらにTGFβ阻害剤を含む、請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
前記培地がCDM培地である、請求項1記載の製造方法。
【請求項4】
前記培地がさらに上皮成長因子を含む、請求項1記載の製造方法。
【請求項5】
前記GSK3β阻害剤がCHIR99021、CP21R7、CHIR98014、LY2090314、ケンパウロン、AR-AO144-18、TDZD-8、SB216763、BIO、TWS-119及びSB415286からなる群より選択される少なくとも一つである、請求項1記載の製造方法。
【請求項6】
前記GSK3β阻害剤がCHIR99021である、請求項5記載の製造方法。
【請求項7】
前記TGFβ阻害剤がSB431542、A83-01、LDN193189、Wnt3a/BIO、BMP4、GW788388、SM16、IN-1130、GW6604及びSB505124からなる群より選択される少なくとも一つである、請求項2記載の製造方法。
【請求項8】
前記工程(2)において、神経堤細胞が播種後5~8日毎に継代される、請求項1記載の製造方法。
【請求項9】
前記工程(1)が、幹細胞から神経堤細胞を分化誘導する工程である、請求項1記載の製造方法。
【請求項10】
以下の工程を含む、神経堤細胞の増殖方法:
(I)GSK3β阻害剤及び塩基性線維芽細胞成長因子を含む培地中で神経堤細胞を浮遊培養する工程であって、前記培地が1μMを超える濃度のCHIR99021が示す効果と同等の効果を示す濃度のGSK3β阻害剤と、20-40ng/mlの濃度の塩基性線維芽細胞成長因子とを含む工程。
【請求項11】
GSK3β阻害剤、塩基性線維芽細胞成長因子及び神経堤細胞を含む培地であって、1μMを超える濃度のCHIR99021が示す効果と同等の効果を示す濃度のGSK3β阻害剤と、20-40ng/mlの濃度の塩基性線維芽細胞成長因子とを含む培地。
【請求項12】
さらにTGFβ阻害剤を含む、請求項11記載の培地。
【請求項13】
前記培地がCDM培地である、請求項11記載の培地。
【請求項14】
さらに上皮成長因子を含む、請求項11記載の培地。
【請求項15】
前記GSK3β阻害剤がCHIR99021、CP21R7、CHIR98014、LY2090314、ケンパウロン、AR-AO144-18、TDZD-8、SB216763、BIO、TWS-119及びSB415286からなる群より選択される少なくとも一つである、請求項11記載の培地。
【請求項16】
前記GSK3β阻害剤がCHIR99021である、請求項15記載の培地。
【請求項17】
前記TGFβ阻害剤がSB431542、A83-01、LDN193189、Wnt3a/BIO、BMP4、GW788388、SM16、IN-1130、GW6604及びSB505124からなる群より選択される少なくとも一つである、請求項12記載の培地。
【請求項18】
以下の工程を含む、神経細胞、グリア細胞、間葉系間質細胞、骨細胞、軟骨細胞、角膜細胞又は色素細胞の製造方法:
(i)GSK3β阻害剤及び塩基性線維芽細胞成長因子を含む培地中で神経堤細胞を浮遊培養する工程であって、前記培地が1μMを超える濃度のCHIR99021が示す効果と同等の効果を示す濃度のGSK3β阻害剤と、20-40ng/mlの濃度の塩基性線維芽細胞成長因子とを含む工程、及び、
(ii)工程(i)で得られた神経堤細胞を、神経細胞、グリア細胞、間葉系間質細胞、骨細胞、軟骨細胞、角膜細胞及び色素細胞からなる群より選択される少なくとも一つの細胞に分化させる工程。
【請求項19】
以下の工程を含む、多能性を有する神経堤細胞を35日以上の期間培養する方法:
(1)神経堤細胞を得る工程、
(2)GSK3β阻害剤及び塩基性線維芽細胞成長因子を含む培地中で神経堤細胞を浮遊培養する工程であって、前記培地が1μMを超える濃度のCHIR99021が示す効果と同等の効果を示す濃度のGSK3β阻害剤と、20-40ng/mlの濃度の塩基性線維芽細胞成長因子とを含む工程。
【請求項20】
20-40ng/mlの濃度の塩基性線維芽細胞成長因子と、1μMを超える濃度のCHIR99021が示す効果と同等の効果を示す濃度のGSK3β阻害剤と、を含む培地の、多能性を有する神経堤細胞を35日以上の期間培養するための使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経堤細胞の製造方法及び増殖方法、培地、凍結ストック、並びに神経堤細胞からの各種細胞の製造方法に関する。より詳しくは、神経堤細胞の製造方法及び増殖方法とこれらに用いられる培地、神経堤細胞を含む凍結ストック、並びに神経堤細胞から分化誘導され得る各種細胞の製造方法に関する。
[発明の背景]
【0002】
神経堤細胞(Neural Crest Cell: NCC)は、発生初期において神経板から神経管が形成される際に神経外胚葉と表皮外胚葉の間から発生する細胞であり、神経細胞、グリア細胞、間葉系間質細胞、骨細胞、軟骨細胞、角膜細胞及び色素細胞などの多くの種類の細胞へ分化する多能性(multipotency)と自己増殖能とを有する細胞である。このような多能性(multipotency)及び自己増殖能は、再生医療用の細胞医薬としての神経堤細胞の有用性を示すものであり、神経堤細胞を効率的に維持あるいは増殖させるための技術が求められる。
【0003】
非特許文献1には、ヒト誘導性多能性細胞(iPSC)から神経堤細胞を誘導し、さらに神経堤細胞から間葉系間質細胞等を誘導したことが記載されている。非特許文献1において、神経堤細胞の維持培養は、TGFβ阻害剤、上皮成長因子(EGF)及び塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF(FGF2ともいう))が添加された培地を用いた接着培養により行われている。
【0004】
また、非特許文献2には、ニワトリ胚神経管から神経堤細胞を誘導し、さらに神経堤細胞からグリア細胞等を誘導したことが記載されている。非特許文献2において、神経堤細胞の維持培養は、ニワトリ胚抽出物、インスリン様成長因子(IGF)、bFGF及びレチノイン酸(RA)が添加された培地を用いた浮遊培養により行われている。
【0005】
非特許文献3には、ヒト胚性幹細胞(ESC)又はヒトiPSCから神経堤細胞を誘導し、さらに神経堤細胞から平滑筋細胞等を誘導したことが記載されている。非特許文献3において、神経堤細胞の維持培養は、GSK3β阻害剤及びTGFβ阻害剤を添加した培地を用いた接着培養により行われている。
【0006】
さらに、非特許文献4には、ヒトiPSCから神経堤細胞を誘導し、GSK3β阻害剤、TGFβ阻害剤、EGF及びbFGFを添加した培地を用いて接着培養又は浮遊培養により維持したことが記載されている。非特許文献4は、接着培養による維持培養下では、培養細胞集団における神経堤細胞の数及び比率が、bFGFの濃度0pg/ml-10ng/mlの範囲において、濃度依存的に減少することを報告している(図5A~C参照)。また、浮遊培養による維持培養では、1μMのCHIR99021をGSK3β阻害剤に用いて7日間培養を行い、Sox10陽性細胞の存在を確認しているが、当該細胞が多能性(multipotency)を有するものであるかは明らかにされていない。
【0007】
なお、非特許文献1~4のいずれも、神経堤細胞を、1μMを超える濃度のCHIR99021と、bFGFとを添加した培地を用いて浮遊培養により維持、増殖させることを記載していない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Fukuta M. et al., "Derivation of mesenchymal stromal cells from pluripotent stem cells through a neural crest lineage using small molecule compounds with defined media.", PLoS One, 2014, 9(12):e112291.
【非特許文献2】Kerosuo L. et al., "Crestospheres: Long-Term Maintenance of Multipotent, Premigratory Neural Crest Stem Cells.", Stem Cell Reports, 2015, 5(4):499-507.
【非特許文献3】Menendez L. et al., "Wnt signaling and a Smad pathway blockade direct the differentiation of human pluripotent stem cells to multipotent neural crest cells.", Proc. Natl. Acad. Sci., 2011, 108(48):19240-5.
【非特許文献4】Horikiri T. et al., "SOX10-Nano-Lantern Reporter Human iPS Cells; A Versatile Tool for Neural Crest Research.", PLoS One, 2017, 12(1):e0170342.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
神経堤細胞は、本来、神経細胞、グリア細胞、間葉系間質細胞、骨細胞、軟骨細胞、角膜細胞及び色素細胞などの多くの種類の細胞へ分化する多能性(multipotency)を備えるが、培養下では、多能性(multipotency)が次第に低下し、分化できる細胞種が減少していくことが知られている。
【0010】
本発明は、多能性(multipotency)を維持した神経堤細胞を長期間にわたって培養し増殖させるための技術を提供することを主な目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題解決のため、本発明は、以下の[1]~[21b]を提供する。
[1]以下の工程を含む、神経堤細胞の製造方法:
(1)神経堤細胞を得る工程、
(2)GSK3β阻害剤及び塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF)を含む培地中で神経堤細胞を浮遊培養する工程であって、1μMを超える濃度のCHIR99021が示す効果と同等の効果を示す濃度のGSK3β阻害剤を、該培地が含む工程。
[1a]前記GSK3β阻害剤の濃度が、1μMを超え5μM未満の濃度のCHIR99021が示す効果と同等の効果を示す濃度である、[1]の製造方法。
[1b]前記効果が、GSK3β阻害剤のGSK3β阻害活性に基づいて評価され、
GSK3β阻害剤のGSK3β阻害活性は、以下の手順によって決定される、[1]の製造方法。
(i)GSK3βの制御下でレポーター遺伝子の発現が抑制された細胞を、GSK3β阻害剤の存在下及び非存在下で培養する手順、
(ii)GSK3β阻害剤の存在下及び非存在下におけるレポーター遺伝子の発現量を測定する手順、及び、
(iii)GSK3β阻害剤の非存在下におけるレポーター遺伝子の発現量に対するGSK3β阻害剤の存在下でのレポーター遺伝子の発現量の増加量に基づいて、GSK3β阻害剤のGSK3β阻害活性を決定する手順。
[2]前記培地がさらにTGFβ阻害剤を含む、[1]の製造方法。
[3]前記培地がCDM培地である、[1]の製造方法。
[4]前記培地がさらに上皮成長因子(EGF)を含む、[1]の製造方法。
[5]前記GSK3β阻害剤がCHIR99021、CP21R7、CHIR98014、LY2090314、ケンパウロン、AR-AO144-18、TDZD-8、SB216763、BIO、TWS-119及びSB415286からなる群より選択される少なくとも一つである、[1]の製造方法。
[6]前記GSK3β阻害剤がCHIR99021である、[5]の製造方法。
[6a]CHIR99021の濃度が1μMを超え5μM未満である、[6]の製造方法。
[6b]CHIR99021の濃度が2以上4.5μM以下である、[6a]の製造方法。
[6c]前記GSK3β阻害剤がCP21R7である、[5]の製造方法。
[6d]CP21R7の濃度が0.5以上1μM以下である、[6c]の製造方法。
[7]前記TGFβ阻害剤がSB431542、A83-01、LDN193189、Wnt3a/BIO、BMP4、GW788388、SM16、IN-1130、GW6604及びSB505124からなる群より選択される少なくとも一つである、[2]の製造方法。
[7a]前記bFGFの濃度が20-40ng/mlである、[1]-[7]のいずれかの製造方法。
[8]前記工程(2)において、神経堤細胞が播種後5~8日毎に継代される、[1]のいずれかの製造方法。
[9]前記工程(1)が、幹細胞から神経堤細胞を分化誘導する工程である、[1]のいずれかの製造方法。
[10]以下の工程を含む、神経堤細胞の増殖方法:
(I)GSK3β阻害剤及び塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF)を含む培地中で神経堤細胞を浮遊培養する工程であって、1μMを超える濃度のCHIR99021が示す効果と同等の効果を示す濃度のGSK3β阻害剤を、該培地が含む工程。
[10a]前記GSK3β阻害剤の濃度が、1μMを超え5μM未満の濃度のCHIR99021が示す効果と同等の効果を示す濃度である、[10]の増殖方法。
[10b]前記培地がさらにTGFβ阻害剤を含む、[10]の増殖方法。
[10c]前記培地がCDM培地である、[10]の増殖方法。
[10d]前記培地がさらに上皮成長因子(EGF)を含む、[10]の増殖方法。
[10e]前記GSK3β阻害剤がCHIR99021、CP21R7、CHIR98014、LY2090314、ケンパウロン、AR-AO144-18、TDZD-8、SB216763、BIO、TWS-119及びSB415286からなる群より選択される少なくとも一つである、[10]の増殖方法。
[10f]前記GSK3β阻害剤がCHIR99021である、[10e]の増殖方法。
[10g]CHIR99021の濃度が1μMを超え5μM未満である、[10f]の製造方法。
[10h]CHIR99021の濃度が2以上4.5μM以下である、[10g]の製造方法。
[10i]前記GSK3β阻害剤がCP21R7である、[10e]の製造方法。
[10j]CP21R7の濃度が0.5以上1μM以下である、[10i]の製造方法。
[10k]前記TGFβ阻害剤がSB431542、A83-01、LDN193189、Wnt3a/BIO、BMP4、GW788388、SM16、IN-1130、GW6604及びSB505124からなる群より選択される少なくとも一つである、[10b]の増殖方法。
[10l]前記工程(I)において、神経堤細胞が播種後5~8日毎に継代される、[10]の増殖方法。
[11]GSK3β阻害剤、塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF)及び神経堤細胞を含む培地であって、1μMを超える濃度のCHIR99021が示す効果と同等の効果を示す濃度のGSK3β阻害剤を含む培地。
[11a]前記GSK3β阻害剤の濃度が、1μMを超え5μM未満の濃度のCHIR99021が示す効果と同等の効果を示す濃度である、[11]の培地。
[12]さらにTGFβ阻害剤を含む、[11]の培地。
[13]前記培地がCDM培地である、[11]の培地。
[14]さらに上皮成長因子(EGF)を含む、[11]の培地。
[15]前記GSK3β阻害剤がCHIR99021、CP21R7、CHIR98014、LY2090314、ケンパウロン、AR-AO144-18、TDZD-8、SB216763、BIO、TWS-119及びSB415286からなる群より選択される少なくとも一つである、[11]の培地。
[16]前記GSK3β阻害剤がCHIR99021である、[15]の培地。
[16a]CHIR99021の濃度が1μMを超え5μM未満である、[16]の培地。
[16b]CHIR99021の濃度が2以上4.5μM以下である、[16a]の培地。
[16c]前記GSK3β阻害剤がCP21R7である、[15]の培地。
[16d]CP21R7の濃度が0.5以上1μM以下である、[16c]の製造方法。
[17]前記TGFβ阻害剤がSB431542、A83-01、LDN193189、Wnt3a/BIO、BMP4、GW788388、SM16、IN-1130、GW6604及びSB505124からなる群より選択される少なくとも一つである、[12]の培地。
[18][1]の製造方法で得られた神経堤細胞を含む凍結ストック。
[18a][1]の工程で得られた神経堤細胞を分離する工程と、
分離された神経堤細胞を細胞保存液に懸濁し、凍結する工程と、により得られる、[18]の凍結ストック。
[19]以下の工程を含む、神経細胞、グリア細胞、間葉系間質細胞、骨細胞、軟骨細胞、角膜細胞又は色素細胞の製造方法:
(i)GSK3β阻害剤及び塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF)を含む培地中で神経堤細胞を浮遊培養する工程であって、1μMを超える濃度のCHIR99021が示す効果と同等の効果を示す濃度のGSK3β阻害剤を、該培地が含む工程、及び、
(ii)工程(i)で得られた神経堤細胞を、神経細胞、グリア細胞、間葉系間質細胞、骨細胞、軟骨細胞、角膜細胞及び色素細胞からなる群より選択される少なくとも一つの細胞に分化させる工程。
[19a]前記GSK3β阻害剤の濃度が、1μMを超え5μM未満の濃度のCHIR99021が示す効果と同等の効果を示す濃度である、[19]の製造方法。
[19b]前記培地がさらにTGFβ阻害剤を含む、[19]の製造方法。
[19c]前記培地がCDM培地である、[19]の製造方法。
[19d]前記培地がさらに上皮成長因子(EGF)を含む、[19]の製造方法。
[19e]前記GSK3β阻害剤がCHIR99021、CP21R7、CHIR98014、LY2090314、ケンパウロン、AR-AO144-18、TDZD-8、SB216763、BIO、TWS-119及びSB415286からなる群より選択される少なくとも一つである、[19]の製造方法。
[19f]前記GSK3β阻害剤がCHIR99021である、[19e]の製造方法。
[19g]CHIR99021の濃度が1μMを超え5μM未満である、[19f]の培地。
[19h]CHIR99021の濃度が2以上4.5μM以下である、[19g]の培地。
[19i]前記GSK3β阻害剤がCP21R7である、[19e]の培地。
[19j]CP21R7の濃度が0.5以上1μM以下である、[19i]の製造方法。
[19k]前記TGFβ阻害剤がSB431542、A83-01、LDN193189、Wnt3a/BIO、BMP4、GW788388、SM16、IN-1130、GW6604及びSB505124からなる群より選択される少なくとも一つである、[19b]の製造方法。
[19l]前記工程(i)において、神経堤細胞が播種後5~8日毎に継代される、[19]の製造方法。
[20] 以下の工程を含む、多能性を有する神経堤細胞を長期間培養する方法:
(1)神経堤細胞を得る工程、
(2)GSK3β阻害剤及び塩基性線維芽細胞成長因子を含む培地中で神経堤細胞を浮遊培養する工程であって、1μMを超える濃度のCHIR99021が示す効果と同等の効果を示す濃度のGSK3β阻害剤を、該培地が含む工程。
[20a]前記GSK3β阻害剤の濃度が、1μMを超え5μM未満の濃度のCHIR99021が示す効果と同等の効果を示す濃度である、[20]の培養方法。
[20b]前記培地がさらにTGFβ阻害剤を含む、[20]の培養方法。
[20c]前記培地がCDM培地である、[20]の増殖方法。
[20d]前記培地がさらに上皮成長因子(EGF)を含む、[20]の増殖方法。
[20e]前記GSK3β阻害剤がCHIR99021、CP21R7、CHIR98014、LY2090314、ケンパウロン、AR-AO144-18、TDZD-8、SB216763、BIO、TWS-119及びSB415286からなる群より選択される少なくとも一つである、[20]の増殖方法。
[20f]前記GSK3β阻害剤がCHIR99021である、[20e]の増殖方法。
[20g]CHIR99021の濃度が1μMを超え5μM未満である、[20f]の製造方法。
[20h]CHIR99021の濃度が2以上4.5μM以下である、[20g]の製造方法。
[20i]前記GSK3β阻害剤がCP21R7である、[20e]の製造方法。
[20j]CP21R7の濃度が0.5以上1μM以下である、[20i]の製造方法。
[20k]前記TGFβ阻害剤がSB431542、A83-01、LDN193189、Wnt3a/BIO、BMP4、GW788388、SM16、IN-1130、GW6604及びSB505124からなる群より選択される少なくとも一つである、[20b]の増殖方法。
[20l]前記工程(I)において、神経堤細胞が播種後5~8日毎に継代される、[20]の増殖方法。
[21] 塩基性線維芽細胞成長因子と、1μMを超える濃度のCHIR99021が示す効果と同等の効果を示す濃度のGSK3β阻害剤と、を含む培地の、多能性を有する神経堤細胞を長期間培養するための使用。
[21a]塩基性線維芽細胞成長因子と、1μMを超える濃度のCHIR99021が示す効果と同等の効果を示す濃度のGSK3β阻害剤の、神経堤細胞の培養における使用。
[21b]塩基性線維芽細胞成長因子と、1μMを超える濃度のCHIR99021が示す効果と同等の効果を示す濃度のGSK3β阻害剤の、神経堤細胞培地の製造のための使用。
【0012】
本明細書において、「多能性(pluripotency)」とは、種々の異なった形態や機能を持つ組織や細胞に分化でき、3胚葉のどの系統の細胞にも分化し得る能力を意味する。「多能性(pluripotency)」は、胚盤には分化できず、したがって個体を形成する能力はないという点で、胚盤を含めて、生体のあらゆる組織に分化しうる「全能性(totipotency)」とは区別される。
【0013】
「多能性(multipotency)」とは、複数の限定的な数の系統の細胞へと分化できる能力を意味する。例えば、間葉系幹細胞、造血幹細胞、神経幹細胞はmultipotentだが、pluripotentではない。神経堤細胞は、神経細胞、グリア細胞、間葉系間質細胞、骨細胞、軟骨細胞、角膜細胞及び色素細胞などの細胞へ分化する多能性(multipotency)を有する。
【0014】
本明細書において、「培養」とは、細胞をインビトロ環境において維持し、増殖させ(成長させ)、かつ/又は分化させることを指す。「培養する」とは、組織外又は体外で、例えば、細胞培養ディッシュ又はフラスコ中で細胞を維持し、増殖させ(成長させ)、かつ/又は分化させることを意味する。
【0015】
「接着培養」とは、細胞を容器に付着させた状態、例えば適切な培地の存在下で細胞を滅菌プラスチック(又はコーティングされたプラスチック)の細胞培養ディッシュ又はフラスコに付着させた状態、で培養することを意味する。
また、「浮遊培養」とは、細胞を容器に付着させずに適切な培地中に単一細胞又は2以上の細胞からなる細胞隗(cell sphere)として分散させた状態で培養することを意味する。
【0016】
「拡大培養」とは、所望の細胞を増殖させることを目的として培養することを意味する。
【0017】
「GSK3β阻害剤」とは、GSK3β(グリコーゲンシンターゼキナーゼ3β)に対する阻害活性を有する物質である。GSK3(グリコーゲンシンターゼキナーゼ3)は、セリン/スレオニンプロテインキナーゼの一種であり、グリコーゲンの産生やアポトーシス、幹細胞の維持などにかかわる多くのシグナル経路に関与する。GSK3にはαとβの2つのアイソフォームが存在する。本発明で用いられる「GSK3β阻害剤」は、GSK3β阻害活性を有すれば特に限定されず、GSK3β阻害活性と合わせてGSK3α阻害活性を併せ持つ物質であってもよい。
【0018】
「TGFβ阻害剤」とは、TGFβ(トランスフォーミング増殖因子β)に対する阻害活性を有する物質である。TGFβは2種類のセリン/スレオニンプロテインキナーゼ型受容体に結合するサイトカインであり、Smad(R-Smad)の活性化を主としたシグナル伝達を介して細胞増殖、細胞分化、細胞死などを制御する。TGFβ阻害活性を有する物質としては、TGFβとその受容体の結合を阻害する物質、又は、TGFβが受容体に結合後の下流シグナルを阻害する物質が挙げられる。当該下流シグナルとしては、TGFβII型受容体によるTGFβI型受容体のリン酸化、リン酸化TGFβI型受容体によるSmadのリン酸化などが例示される。本発明で用いられる「TGFβ阻害剤」はTGFβ阻害活性を有すれば特に限定されない。
【0019】
本明細書において、「マーカー」とは、「マーカータンパク質」又は「マーカー遺伝子」であって、所定の細胞型において細胞表面、細胞質内及び/又は核内等に特異的に発現されるタンパク質又はその遺伝子を意味する。マーカーは、陽性選択マーカー或いは陰性選択マーカーでありうる。好ましくは、マーカーは細胞表面マーカーであり、特に細胞表面陽性選択マーカーによれば、生存細胞の濃縮、単離、及び/又は検出が実施可能となる。
マーカータンパク質の検出は、当該マーカータンパク質に特異的な抗体を用いた免疫学的アッセイ、例えば、ELISA、免疫染色、フローサイトメトリーなどを利用して行うことができる。マーカータンパク質に特異的な抗体としては、マーカータンパク質における特定のアミノ酸配列又はマーカータンパク質に結合した特定の糖鎖等に結合する抗体を用いることができる。また、細胞内に発現し、細胞表面には現れないマーカータンパク質(例えば転写因子またはそのサブユニットなど)の場合は、当該マーカータンパク質とともにレポータータンパク質を発現させ、当該レポータータンパク質を検出することによって対象とするマーカータンパク質を検出できる(例えば、非特許文献4)。この方法は、適当な細胞表面マーカーが認められない場合に好ましく用いられ得る。マーカー遺伝子の検出は、当該分野で公知の核酸増幅方法及び/又は核酸検出方法、例えば、RT-PCR、マイクロアレイ、バイオチップ及びRNAseq等を利用して行うことができる。
【0020】
本明細書において、「発現(expression)」とは、細胞内のプロモーターにより駆動される特定のヌクレオチド配列の転写及び/又は翻訳として定義される。
【0021】
本明細書において、「~を含む(comprise(s)又はcomprising)」とは、その語句に続く要素の包含を示すがこれに限定されないことを意味する。したがって、その語句に続く要素の包含は示唆するが、他の任意の要素の除外は示唆しない。
【0022】
本明細書において、「約」又は「およそ」とは、基準値に対してプラス又はマイナスそれぞれ30%、25%、20%、15%、10%、8%、6%、5%、4%、3%、2%又は1%まで変動する値を示す。好ましくは、「約」又は「およそ」という用語は、基準値に対してプラス又はマイナスそれぞれ15%、10%、5%、又は1%の範囲を示す。
【発明の効果】
【0023】
本発明により、多能性(multipotency)を維持した神経堤細胞を長期間にわたって培養し増殖させるための技術が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】神経堤細胞の拡大培養開始後の総細胞数の変化を示すグラフである(実施例1)。縦軸は総細胞数を示し、「1.E+」は10の乗数であることを示す。例えば、「1.E+04」であれば、10000個を意味する。横軸は培養日数を示す。
図2】神経堤細胞の拡大培養開始後のSOX10発現陽性細胞率の変化を示すグラフである(実施例1)。縦軸はSOX10発現陽性細胞率(%)を示し、横軸は培養日数を示す。
図3】bFGF及びEGFの濃度を20ng/ml(A)又は40ng/ml(B)とし、CHIR99021の濃度を1、2、3又は5μM(それぞれ1×、2×、3×、5×と示す)として神経堤細胞の拡大培養を行って総細胞数の変化を測定した結果を示すグラフである(実施例2)。縦軸は総細胞数を示し、「1.E+」は10の乗数であることを示す。例えば、「1.E+04」であれば、10000個を意味する。横軸は培養日数を示す。
図4】bFGF及びEGFの濃度を40ng/mlとし、CHIR99021の濃度を3, 3.5, 4, 4.5または5μMとして神経堤細胞の拡大培養を行って総細胞数の変化を測定した結果を示すグラフである(実施例2)。縦軸は総細胞数を示し、「1.E+」は10の乗数であることを示す。
図5】bFGF及びEGFの濃度を20ng/ml(A)又は40ng/ml(B)とし、CHIR99021の濃度を1, 2, 3又は5μM(それぞれ1×、2×、3×、5×と示す)として神経堤細胞の拡大培養を行ってSOX10発現陽性細胞率の変化を測定した結果を示すグラフである(実施例2)。縦軸はSOX10発現陽性細胞率(%)を示し、横軸は培養日数を示す。
図6】bFGF及びEGFの濃度を40ng/mlとし、CHIR99021の濃度を3, 3.5, 4, 4.5または5μMとして神経堤細胞の拡大培養を行ってSOX10発現陽性細胞率の変化を測定した結果を示すグラフである(実施例2)。縦軸はSOX10発現陽性細胞率(%)を示し、横軸は培養日数を示す。
図7】GSK3β阻害剤としてCP21R7を用いた神経堤細胞の拡大培養開始後のSOX10発現陽性細胞率の変化を示すグラフである(実施例3)。縦軸はSOX10発現陽性細胞率(%)を示し、横軸は培養日数を示す。
図8】bFGFの濃度を10, 12.5, 15.0, 17.5 ng/mlとして神経堤細胞の拡大培養を行って総細胞数の変化を測定した結果を示すグラフである(実施例8)。縦軸は総細胞数を示し、「1.E+」は10の乗数であることを示す。
図9】bFGFの濃度を10, 12.5, 15.0, 17.5 ng/mlとして神経堤細胞の拡大培養を行ってSOX10発現陽性細胞率の変化を測定した結果を示すグラフである(実施例8)。縦軸はSOX10発現陽性細胞率(%)を示し、横軸は培養日数を示す。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明を実施するための好適な形態について説明する。なお、以下に説明する実施形態は、本発明の代表的な実施形態の一例を示したものであり、これにより本発明の範囲が狭く解釈されることはない。
【0026】
[神経堤細胞の製造方法及び増殖方法]
本発明に係る神経堤細胞の製造方法は以下の工程を含む。このうち工程(2)は、特に、本発明に係る神経堤細胞の増殖方法である。
(1)神経堤細胞を得る工程、
(2)GSK3β阻害剤及び塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF)を含む培地中で神経堤細胞を浮遊培養する工程であって、1μMを超える濃度のCHIR99021が示す効果と同等の効果を示す濃度のGSK3β阻害剤を、該培地が含む工程。
【0027】
[神経堤細胞を得る工程(1)]
神経堤細胞を得る工程(1)は、工程(2)に供するための神経堤細胞を得る工程である。工程(1)における神経堤細胞を得る方法は特に限定されず、例えば、幹細胞から神経堤細胞を分化誘導する方法、市販の神経堤細胞を購入する方法、及び、天然に存在する神経堤細胞を採取する方法等が挙げられる。
【0028】
本発明の一実施形態においては、工程(2)に供するための神経堤細胞を得るために、幹細胞から神経堤細胞を分化誘導することができる。
【0029】
本発明において使用可能な「幹細胞(stem cell)」としては、例えば、多能性幹細胞(pluripotent stem cell)が挙げられる。本発明において使用可能な「多能性幹細胞(pluripotent stem cell)」とは、生体の種々の異なった形態や機能を持つ組織や細胞に分化でき、3胚葉(内胚葉、中胚葉、外胚葉)のどの系統の細胞にも分化し得る能力を有する幹細胞を指す。それには、特に限定されないが、例えば、胚性幹細胞(ESC)、核移植により得られるクローン胚由来の胚性幹細胞、精子幹細胞、胚性生殖細胞、人工多能性幹細胞(本明細書中、「iPSC」と称することもある)などが挙げられる。また、本発明において使用可能な「多能性幹細胞(multipotent stem cell)」とは、複数の限定的な数の系統の細胞へと分化できる能力を有する幹細胞を指す。本発明において使用可能な「多能性幹細胞(multipotent stem cell)」としては、例えば、歯髄幹細胞、口腔粘膜由来幹細胞、毛包幹細胞、培養線維芽細胞や骨髄幹細胞由来の体性幹細胞などが挙げられる。好ましい多能性幹細胞(pluripotent stem cell)は、ESC及びiPSCである。
【0030】
「ESC」としては、マウスESCであれば、inGenious targeting laboratory社、理研(理化学研究所)等が樹立した各種マウスESC株が利用可能であり、ヒトESCであれば、ウィスコンシン大学、NIH、理研、京都大学、国立成育医療研究センター及びCellartis社などが樹立した各種ヒトESC株が利用可能である。たとえば、ヒトESC株としては、ESI Bio社が分譲するCHB-1~CHB-12株、RUES1株、RUES2株、HUES1~HUES28株等、WiCell Researchが分譲するH1株、H9株等、理研が分譲するKhES-1株、KhES-2株、KhES-3株、KhES-4株、KhES-5株、SSES1株、SSES2株、SSES3株等を利用することができる。
【0031】
「人工多能性幹細胞」とは、哺乳動物体細胞又は未分化幹細胞に、特定の因子(核初期化因子)を導入して再プログラミングすることにより得られる細胞を指す。現在、「人工多能性幹細胞」にはさまざまなものがあり、山中らにより、マウス線維芽細胞にOct3/4・Sox2・Klf4・c-Mycの4因子を導入することにより、樹立されたiPSC(Takahashi K, Yamanaka S., Cell, (2006) 126: 663-676)のほか、同様の4因子をヒト線維芽細胞に導入して樹立されたヒト細胞由来のiPSC(Takahashi K, Yamanaka S., et al. Cell, (2007) 131: 861-872.)、上記4因子導入後、Nanogの発現を指標として選別し、樹立したNanog-iPSC(Okita, K., Ichisaka, T., and Yamanaka, S. (2007). Nature 448, 313-317.)、c-Mycを含まない方法で作製されたiPSC(Nakagawa M, Yamanaka S., et al. Nature Biotechnology, (2008) 26, 101 - 106)、ウイルスフリー法で6因子を導入して樹立されたiPSC(Okita K et al. Nat. Methods 2011 May;8(5):409-12, Okita K et al. Stem Cells. 31(3):458-66.)等も用いることができる。また、Thomsonらにより作製されたOCT3/4・SOX2・NANOG・LIN28の4因子を導入して樹立された人工多能性幹細胞(Yu J., Thomson JA. et al., Science (2007) 318: 1917-1920.)、Daleyらにより作製された人工多能性幹細胞(Park IH, Daley GQ. et al., Nature (2007) 451: 141-146)、桜田らにより作製された人工多能性幹細胞(特開2008-307007号)等も用いることができる。
このほか、公開されているすべての論文(例えば、Shi Y., Ding S., et al., Cell Stem Cell, (2008) Vol3, Issue 5,568-574;、Kim JB., Scholer HR., et al., Nature, (2008) 454, 646-650;Huangfu D., Melton, DA., et al., Nature Biotechnology, (2008) 26, No 7, 795-797)、あるいは特許(例えば、特開2008-307007号、特開2008-283972号、US2008-2336610、US2009-047263、WO2007-069666、WO2008-118220、WO2008-124133、WO2008-151058、WO2009-006930、WO2009-006997、WO2009-007852)に記載されている当該分野で公知の人工多能性幹細胞のいずれも用いることができる。
人工多能性幹細胞株としては、NIH、理研、京都大学等が樹立した各種iPSC株が利用可能である。例えば、ヒトiPSC株であれば、理研のHiPS-RIKEN-1A株、HiPS-RIKEN-2A株、HiPS-RIKEN-12A株、Nips-B2株等、京都大学の253G1株、253G4株、1201C1株、1205D1株、1210B2株、1383D2株、1383D6株、201B7株、409B2株、454E2株、606A1株、610B1株、648A1株、1231A3株、FfI-01s04株等が挙げられ、1231A3株が好ましい。
【0032】
幹細胞から神経堤細胞への分化誘導は、文献公知(例えば、非特許文献1)の方法に従って行うことができる。例えば、ヒトiPSCを用いる場合には、iPSCをディッシュ等に播種して接着培養した後、TGFβ阻害剤及びGSK3β阻害剤を含む培地で接着培養することで神経堤細胞に分化させることができる。
【0033】
この際、使用される培地は特に限定されないが、例えばTeSR1培地及びChemically Defined Medium(CDM)培地が好適に用いられる。この他、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM(IMEM)培地、Improved MDM(IMDM)培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地(High glucose、Low glucose)、DMEM/F12培地、ハム培地、RPMI 1640培地、Fischer's培地、及びこれらの混合培地等も用いられうる。
【0034】
CDM培地としては、特に限定されないが、例えば、Iscove’s modified Dulbecco’s medium(GEヘルスケア社製)から調製される培地が使用されうる。より具体的な例としては、非特許文献1に記載されたCDM培地が使用される。CDM倍地には、アポトランスフェリン、モノチオグリセロール、ウシ血清アルブミン(BSA)、インスリン及び/又は抗生物質が含まれうる。
【0035】
TGFβ阻害剤及びGSK3β阻害剤を添加する前の培養期間は、目的の細胞数が得られる期間であればよく特に限定されないが、例えば2~6日間である。
【0036】
TGFβ阻害剤としては、SB431542(4-(5-ベンゾール[1,3]ジオキソール-5-イル-4-ピリジン-2-イル-1H-イミダゾール-2-イル)-ベンズアミド, 4-[4-(1,3-ベンゾジオキソール-5-イル)-5-(2-ピリジニル)-1H-イミダゾール-2-イル]-ベンズアミド, 4-[4-(3,4-メチレンジオキシフェニル)-5-(2-ピリジル)-1H-イミダゾール-2-イル]-ベンズアミド)、A83-01(3-(6-メチルピリジン-2-イル)-1-フェニルチオカルバモイル-4-キノリン-4-イルピラゾール)、LDN193189(4-[6-[4-(1-Piperazinyl)phenyl]pyrazolo[1,5-a]pyrimidin-3-yl]-quinoline)、Wnt3a/BIO(Wnt Family Member 3A/(2'Z,3'E)-6-ブロモインジルビン-3'-オキシム)、BMP4(Bone morphogenetic protein 4)、GW788388(4-[4-[3-(ピリジン-2-イル)-1H-ピラゾール-4-イル]-ピリジン-2-イル]-N-(テトラヒドロ-2H-ピラン-4-イル)ベンズアミド)、SM16(4-[4-(1,3-Benzodioxol-5-yl)-5-(6-methyl-2-pyridinyl)-1H-imidazol-2-yl]-bicyclo[2.2.2]octane-1-carboxamide)、IN-1130(3-[[5-(6-Methyl-2-pyridinyl)-4-(6-quinoxalinyl)-1H-imidazol-2-yl]methyl]-benzamide)、GW6604(2-Phenyl-4-[3-(pyridin-2-yl)-1H-pyrazol-4-yl]pyridine)及びSB505124(2-(5-ベンゾ[1,3]ジオキソール-5-イル-2-tert-ブチル-3H-イミダゾール-4-イル)-6-メチルピリジン)等が挙げられる。これらは、2以上を組み合わせて用いてもよい。
【0037】
本工程におけるTGFβ阻害剤の添加濃度は、添加するTGFβ阻害剤の種類によって適宜調整されるが、例えば1~40μM、好ましくは5~20μMである。
SB431542(4-[4-(1,3-benzodioxol-5-yl)-5-(2-pyridinyl)-1H-imidazol-2-yl]-benzamide)を用いる場合、添加濃度は、特には10μMとできる。
【0038】
GSK3β阻害剤としては、CHIR98014(2-[[2-[(5-ニトロ-6-アミノピリジン-2-イル)アミノ]エチル]アミノ]-4-(2,4-ジクロロフェニル)-5-(1H-イミダゾール-1-イル)ピリミジン)、CHIR99021(6-[[2-[[4-(2,4-ジクロロフェニル)-5-(4-メチル-1H-イミダゾール-2-イル)-2-ピリミジニル]アミノ]エチル]アミノ]ニコチノニトリル)、CP21R7(3-(3-アミノ-フェニル)-4-(1-メチル-1H-インドール-3-イル)-ピロール-2,5-ジオン)、LY2090314(3-[9-Fluoro-1,2,3,4-tetrahydro-2-(1-piperidinylcarbonyl)pyrrolo[3,2,1-jk][1,4]benzodiazepin-7-yl]-4-imidazo[1,2-a]pyridin-3-yl-1h-pyrrole-2,5-dione)、TDZD-8(4-ベンジル-2-メチル-1,2,4-チアジアゾリジン-3,5-ジオン)、SB216763(3-(2,4-ジクロロフェニル)-4-(1-メチル-1H-インドール-3-イル)-1H-ピロール-2,5-ジオン)、TWS-119(3-[6-(3-アミノフェニル)-7H-ピロロ[2,3-d]ピリミジン-4-イルオキシ]フェノール)、ケンパウロン(Kenpaullone)、1-アザケンパウロン(Azakenpaullone)、SB415286(3-[(3-クロロ-4-ヒドロキシフェニル)アミノ]-4-(2-ニトロフェニル)-1H-ピロール-2,5-ジオン) 及びAR-AO144-18(1-[(4-methoxyphenyl)methyl]-3-(5-nitro-1,3-thiazol-2-yl)urea)、CT99021、CT20026、BIO((2'Z,3'E)-6-ブロモインジルビン-3'-オキシム)、BIO-アセトキシム、ピリドカルバゾール-シクロペンタジエニルルテニウム複合体、OTDZT、アルファ-4-ジブロモアセトフェノン、リチウム等が挙げられる。これらは、2以上を組み合わせて用いてもよい。
GSK3β阻害剤はこれらに限定されるものではなく、GSK3βのmRNAに対するアンチセンスオリゴヌクレオチドやsiRNA、GSK3βに結合する抗体、ドミナントネガティブGSK3β変異体等もGSK3β阻害剤として使用することができ、これらは商業的に入手可能であるか公知の方法に従って合成することができる。
【0039】
本工程におけるGSK3β阻害剤の添加濃度は、添加するGSK3β阻害剤の種類によって適宜調整されるが、例えば0.01~20μM、好ましくは0.1~10μMである。
CHIR99021を用いる場合、添加濃度は、特に限定されないが、例えば0.1~1μM、好ましくは0.5~1μM、特には1μMとできる。
【0040】
TGFβ阻害剤及びGSK3β阻害剤を添加した後の培養期間は、目的の細胞数が得られる期間であればよく特に限定されないが、例えば6~14日間、8~12日間、9~11日間あるいは10日間である。
【0041】
接着培養には、ディッシュ、フラスコ、マイクロプレート、OptiCell(製品名)(Nunc社)等の細胞培養シートなどの培養容器が使用される。培養容器は、細胞との接着性(親水性)を向上させるための表面処理や、コラーゲン、ゼラチン、ポリ-L-リジン、ポリ-D-リジン、ラミニン、フィブロネクチン、マトリゲル(例:BDマトリゲル(日本ベクトン・デッキンソン社))、ビトロネクチンなどの細胞接着用基質でコーティングされていることが好ましい。
なお、「マトリゲル」は、細胞外マトリックスタンパク質を豊富に含むEngelbreth-Holm-Swarm(EHS)マウス肉腫から抽出した可溶性基底膜調製品のことであり、マトリゲルをコーティングした培養容器は商業的に入手が可能である。マトリゲルの主成分は、ラミニン、コラーゲンIV、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、およびエンタクチン/ニドジェン1,2である。マトリゲルは、これらの主成分に加えて、TGFβ、上皮細胞増殖因子、インシュリン様成長因子、線維芽細胞増殖因子、組織プラスミノーゲン活性化因子3,4、およびEHS腫瘍に自然に産生される他の増殖因子を含む。
培養温度は、特に限定されないが、30~40℃(例えば、37℃)で行う。また、培養容器中の二酸化炭素濃度は例えば5%程度である。
【0042】
本発明の一実施形態においては、工程(2)に供する神経堤細胞を得るために、市販の神経堤細胞を購入することもできる。市販の神経堤細胞としては、例えば、ヒト毛包外毛根鞘細胞(コスモ・バイオ社製)、O9-1 Mouse Cranial Neural Crest Cell Line(メルクミリポア社製)等が挙げられる。
【0043】
本発明の一実施形態においては、工程(2)に供する神経堤細胞を得るために、天然に存在する神経堤細胞を採取することもできる。神経堤細胞は哺乳類の生体内において、受精後30日前後のヒト胚の神経管、胎生9日目前後のマウス胚の神経管、およびヒト、ブタおよびげっ歯類の成体の皮膚等に存在していることが報告されている(Betters et al., Developmental biology, 2010, 344(2):578-592、Jiang et al., Development, 2000
, 127(8):1607-1616、 Dupin et al., Developmental biology, 2012, 366(1):83-95、Nagoshi et al., Cell Stem Cell 2, April 2008, 392-403)。このような神経堤細胞を公知の方法(例えば、Motohashi et al., Biology open, 2016, 5:311-322、Pfaltzgraffet al., Journal of Visualized Experiments, 2012, 64:4134)を用いて採取し、工程(2)に供することも可能である。
【0044】
[神経堤細胞の拡大培養工程(2)]
神経堤細胞の拡大培養工程(2)は、GSK3β阻害剤及び塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF)を含む培地中で神経堤細胞を浮遊培養する工程である。
【0045】
この際、使用される培地は特に限定されないが、例えばCDM培地が好適に用いられる。この他、TeSR1培地、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM(IMEM)培地、Improved MDM(IMDM)培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地(High glucose、Low glucose)、DMEM/F12培地、ハム培地、RPMI 1640培地、Fischer's培地、及びこれらの混合培地等も用いられ得る。
【0046】
GSK3β阻害剤としては、上述のものを特に限定されずに用いることができる。
好ましいGSK3β阻害剤は、CHIR99021、CP21R7、CHIR98014、LY2090314、ケンパウロン、AR-AO144-18、TDZD-8、SB216763、BIO、TWS-119及びSB415286からなる群より選択される少なくとも一つである。特に好ましいGSK3β阻害剤は、CHIR99021又はCP21R7である。
【0047】
本工程におけるGSK3β阻害剤の添加濃度は、1μMを超える濃度(あるいは1μMを超え5μM未満の濃度)のCHIR99021が示す効果と同等の効果を示す濃度とされる。GSK3β阻害剤としてCHIR99021自体を用いてもよい。後述するように、GSK3β阻害剤としてCHIR99021自体を用いる場合、好適な添加濃度は、1μMを超える濃度とされ、好ましくは2μM以上5μM未満、より好ましくは2μMを超え4.5μM以下、特に好ましくは3μM以上4.5μM以下とされる。したがって、本工程においてCHIR99021以外のGSK3β阻害剤が用いられる場合、その添加濃度は、1μMを超える濃度のCHIR99021が示す効果と同等の効果を示す濃度とされ、好ましくは2μM以上5μM未満のCHIR99021が示す効果と同等の効果を示す濃度、より好ましくは2μMを超え4.5μM以下のCHIR99021が示す効果と同等の効果を示す濃度、特に好ましくは3μM以上4.5μM以下のCHIR99021が示す効果と同等の効果を示す濃度とされる。
当該濃度のGSK3β阻害剤とbFGFとの存在下で神経堤細胞を浮遊培養することによって、9週(63日)を超えるような長期の培養期間にわたって、多能性(multipotency)を維持した神経堤細胞を培養し増殖させることが可能となる。
【0048】
本発明の一実施形態において、「多能性(multipotency)を維持した神経堤細胞」は、神経細胞、グリア細胞及び間葉系間質細胞への分化能、あるいはこれらに加えて骨細胞、軟骨細胞、角膜細胞及び色素細胞への分化能をする。
【0049】
「多能性(multipotency)を維持した神経堤細胞」であることは、複数の方法により評価することができる。その方法としては特に限定されないが、例えば、評価対象である神経堤細胞を神経細胞、グリア細胞及び間葉系間質細胞等へそれぞれ分化誘導する方法が挙げられる。評価対象である神経堤細胞が実際に神経細胞、グリア細胞及び間葉系間質細胞等に分化できれば、評価対象である神経堤細胞は「多能性(multipotency)を維持した神経堤細胞」であると判断できる。別の方法では、例えば、マーカータンパク質や遺伝子の発現を測定する方法が挙げられる。評価対象である神経堤細胞において、転写因子であるSOX10が発現していれば、評価対象である神経堤細胞は「多能性(multipotency)を維持した神経堤細胞」であると判断できる。SOX10の検出は、当該マーカータンパク質に特異的な抗体を用いた免疫学的アッセイ、例えば、ELISA、免疫染色、フローサイトメトリーなどを利用して行うことができる。マーカー遺伝子の検出は、当該分野で公知の核酸増幅方法及び/又は核酸検出方法、例えば、RT-PCR、マイクロアレイ、バイオチップ等を利用して行うことができる。また、NCCのマーカー遺伝子であるSOX10遺伝子の下流にレポータータンパク質(例えば、Nano-Lantern(Saito K. et al., "Luminescent proteins for high-speed single-cell and whole-body imaging." Nat. Commun., 2012; 3: 1262.))をコードする塩基配列が挿入された細胞であって、SOX10のプロモーターの制御下でSOX10とレポータータンパク質との融合タンパクを発現する細胞であれば、該レポータータンパク質を検出する(例えば、蛍光強度を測定する)方法も用いることができる。
【0050】
GSK3β阻害剤について「1μMを超える濃度」(あるいは「1μMを超え5μM未満の濃度」)のCHIR99021が示す効果と同等の効果」の評価は、GSK3β阻害活性に基づいて行うことができる。GSK3β阻害剤のGSK3β阻害活性は自体公知の方法によって測定することができ、例えばPatsch et al., Nature cell biology, 2015, 17(8):994-1003 、Uno et al., Brain Res., 2009, 1296:148-163に記載された方法によって測定することができる。具体的には、GSK3β阻害活性は、Wnt/β-カテニン経路におけるGSK3βの遺伝子発現調節機能(特には、β-カテニンのリン酸化機能)を指標として測定することができる。より具体的には、(i)GSK3βの制御下でレポーター遺伝子の発現が抑制された細胞を、GSK3β阻害剤の存在下及び非存在下で培養し、(ii)GSK3β阻害剤の存在下及び非存在下におけるレポーター遺伝子の発現量を測定し、及び、(iii)GSK3β阻害剤の非存在下におけるレポーター遺伝子の発現量に対するGSK3β阻害剤の存在下でのレポーター遺伝子の発現量の増加量に基づいて、GSK3β阻害剤のGSK3β阻害活性を決定する(実施例9参照)。
当該測定結果において、GSK3β阻害剤が1μMを超える濃度のCHIR99021が示すGSK3β阻害活性(阻害%)と同等の阻害活性を示す場合、当該GSK3β阻害剤は「1μMを超える濃度のCHIR99021が示す効果と同等の効果」(CHIR99021が示す効果と同等のGSK3β阻害活性)を示すと判断される。ここで、「同等」な値(阻害%)とは、基準値に対してプラス又はマイナスそれぞれ30%、25%、20%、15%、10%、8%、6%、5%、4%、3%、2%又は1%まで変動する値を示し、好ましくはプラス又はマイナスそれぞれ15%、10%、5%、又は1%の範囲を示す。
【0051】
GSK3β阻害剤について「1μMを超える濃度」(あるいは「1μMを超え5μM未満の濃度」)のCHIR99021が示す効果と同等の効果」の評価は、本明細書実施例の方法と同一の方法で神経堤細胞を培養した場合における、「多能性(multipotency)を維持した神経堤細胞」を培養可能な期間に基づいてより好適に行うこともできる。GSK3β阻害剤を含む培地で神経堤細胞を培養した場合に、1μMを超える濃度のCHIR99021を含む培地で神経堤細胞を培養した場合と同等の期間、「多能性(multipotency)を維持した神経堤細胞」の数を培養開始時に比べて増加させつつ培養可能である場合、当該GSK3β阻害剤は「1μMを超える濃度のCHIR99021が示す効果と同等の効果」(CHIR99021が示す効果と同等の神経堤細胞増殖活性)を示すと判断される。ここで、「同等」な値(期間)とは、基準値に対してプラス又はマイナスそれぞれ30%、25%、20%、15%、10%、8%、6%、5%、4%、3%、2%又は1%まで変動する値を示し、好ましくはプラス又はマイナスそれぞれ15%、10%、5%、又は1%の範囲を示す。
【0052】
GSK3β阻害剤としてCHIR99021自体を用いる場合、添加濃度は、1μMを超える濃度とされ、好ましくは2μM以上5μM未満、より好ましくは2μMを超え4.5μM以下、特に好ましくは3μM以上4.5μM以下とされる。CHIR99021に関しては、長期期間分化能を維持したまま神経堤細胞を増殖させる効果は、2μM以上5μM未満で高く、特に3μM以上4.5μM以下で最も高いことが明らかとなっている。具体的には、CHIR99021濃度3-4.5μMでは、112日(16週)以上にわたって多能性(multipotency)を維持した神経堤細胞を培養し増殖させることが可能であった。また、CHIR99021濃度2μMでも、9週(63日)以上にわたって多能性が維持された。一方、1μMあるいは5μMでは、それぞれ培養3週(21日)、6週(42日)において多能性を維持する細胞数の低下がみられた。
また、GSK3β阻害剤としてCP21R7を用いる場合、添加濃度は、0.1μMを超える濃度とされ、好ましくは0.5μM以上、より好ましくは1μM以上とされる。CP21R7に関しては、長期期間分化能を維持したまま神経堤細胞を増殖させる効果は、0.5μM以上1μM以下で高いことが明らかとなっている。具体的には、CP21R7濃度0.5-1μMでは、84日(12週)以上にわたって多能性(multipotency)を維持した神経堤細胞を培養し増殖させることが可能であった。一方、0.1μMでは、培養3週(21日)において多能性を維持する細胞数の低下がみられた。
【0053】
bFGFの添加濃度は、特に限定されないが、例えば10~200 ng/ml、好ましくは20~40ng/mlとされる。
【0054】
培地には、GSK3β阻害剤及びbFGFに加えて、TGFβ阻害剤及び/又は上皮成長因子(EGF)を添加してもよい。TGFβ阻害剤としては、上述のものを特に限定されずに用いることができる。
好ましいTGFβ阻害剤は、SB431542、A83-01、LDN193189、Wnt3A/BIO、BMP4、GW788388、SM16、IN-1130、GW6604及びSB505124からなる群より選択される少なくとも一つである。特に好ましいTGFβ阻害剤は、SB431542である。
また、TGFβ阻害剤の添加濃度は、添加するTGF3β阻害剤の種類によって適宜調整されるが、例えば1~50μM、好ましくは5~20μMである。
SB431542を用いる場合、添加濃度は、特に限定されないが、例えば1~40μM、好ましくは5~20μM、特には10μMとできる。
EGFの添加濃度は、特に限定されないが、例えば5~100 ng/ml、好ましくは20~40ng/mlとされる。
【0055】
浮遊培養では、工程(1)で得られた神経堤細胞を培養容器から剥離した後、培地中に分散させ、撹拌または振盪により培地成分および培地内酸素濃度を均一化しながら細胞凝集塊を形成させる。好適な撹拌速度は、細胞密度と培養容器の大きさに応じて、適宜設定されるが、過度の撹拌または振盪は細胞に対して物理的ストレスを与え、細胞凝集塊形成を阻害する。したがって、培地成分および培地内酸素濃度を均一化でき、かつ、細胞凝集塊形成を阻害しないように撹拌または振盪速度を制御する。撹拌または振盪することなく、静置して浮遊培養を行うこともできる。
培養温度は、特に限定されないが、30~40℃(例えば、37℃)で行う。また、培養容器中の二酸化炭素濃度は例えば5%程度である。
【0056】
本工程における培養期間は、目的の細胞数が得られる期間であればよい。本工程では、長期期間にわたって、多能性(multipotency)を維持した神経堤細胞を培養し増殖させることが可能となる。多能性(multipotency)を維持した神経堤細胞が培養細胞集団に占める割合は、少なくとも20%以上、30%以上、40%以上、好ましくは50%以上、60%以上、70%以上、より好ましくは80%以上、90%以上、95%以上を維持可能である。
この間、適宜細胞の継代が行われる。継代は、例えば播種後5~8日毎に行われる。継代間隔は、細胞凝集塊の拡大に十分な期間であって、かつ細胞凝集塊が大きくなりすぎて酸素や栄養素が細胞凝集塊内部の細胞に到達し難くなると考えられる期間よりも短い期間で行われることが好ましい。
本工程により、多能性(multipotency)を維持した神経堤細胞を培養し増殖させることが可能な期間としては、特に限定されないが、例えば、7日、14日、21日、28日、35日、42日、49日、56日、63日、70日、77日、84日、91日、98日、105日、又は112日以上となり得、35日以上が好ましく、42日以上がより好ましく、63日以上がさらに好ましく、84日以上が特に好ましく、112日以上が最も好ましい。
【0057】
[培地]
本発明は、上述の神経堤細胞の製造方法及び増殖方法で用いられる、神経堤細胞を含む培地をも提供する。培地の好ましい組成は上述したとおりである。
【0058】
[細胞ストック]
また、本発明は、上述の神経堤細胞の製造方法及び増殖方法で得られる、神経堤細胞を含む凍結ストックをも提供する。この神経堤細胞は、SOX10発現陽性かつNCCの細胞表面抗原マーカーのp75発現陽性である。
【0059】
凍結ストックは、神経堤細胞の製造方法及び増殖方法で得られる神経堤細胞を培地から分離し、凍結保存液中に懸濁して凍結することにより製造できる。神経堤細胞の培地からの分離はセルストレーナーや遠心分離により行えばよい。分離後の細胞は必要に応じて洗浄されてよい。凍結ストックは、神経堤細胞に加えて他の細胞集団を含むものであってよいが、好ましくは純化された神経堤細胞を含む。神経堤細胞の純化は、例えば上記のマーカー発現を指標としたセルソーティングにより他の細胞集団と分離することにより行い得る。細胞保存液には、従来細胞の凍結保存に用いられている試薬を用いればよい。例えば、Cryostem Freezing Medium及びCELLBANKER(登録商標)などが市販されている。
【0060】
凍結ストックは、神経堤細胞から分化誘導して神経細胞、グリア細胞、間葉系間質細胞、骨細胞、軟骨細胞、角膜細胞及び色素細胞を得るための出発材料として利用され得る。また、凍結ストックは、神経堤細胞を構成要素とする組織モデルの作製のために利用され得る。
【0061】
[神経堤細胞からの各種細胞の製造方法]
本発明に係る神経細胞、グリア細胞、間葉系間質細胞、骨細胞、軟骨細胞、角膜細胞又は色素細胞の製造方法は以下の工程を含む。これらのうち工程(i)は、本発明に係る神経堤細胞の製造方法の工程(2)あるいは本発明に係る神経堤細胞の増殖方法と同一である。
(i)GSK3β阻害剤及び塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF)を含む培地中で神経堤細胞を浮遊培養する工程であって、1μMを超える濃度のCHIR99021が示す効果と同等の効果を示す濃度のGSK3β阻害剤を、該培地が含む工程、及び、
(ii)工程(i)で得られた神経堤細胞を、神経細胞、グリア細胞、間葉系間質細胞、骨細胞、軟骨細胞、角膜細胞及び色素細胞からなる群より選択される少なくとも一つの細胞に分化させる工程。
【0062】
[各種細胞への誘導工程]
本発明に係る神経堤細胞の製造方法及び増殖方法によれば、神経細胞、グリア細胞及び間葉系間質細胞へ分化する多能性(multipotency)、あるいはこれらに加えて骨細胞、軟骨細胞、角膜細胞及び色素細胞へ分化する多能性(multipotency)を維持した神経堤細胞を得ることができる。
神経堤細胞の神経細胞、グリア細胞、間葉系間質細胞、骨細胞、軟骨細胞、角膜細胞及び色素細胞のそれぞれの細胞への分化誘導は、文献公知(例えば、非特許文献1~4)の方法に従って行うことができる。
【0063】
具体的には、神経細胞への分化誘導は、非特許文献1又は非特許文献4に記載の方法に基づいて行うことができる。
例えば、神経堤細胞をFibronectinでコーティングしたプレートに播種し、N-2 Supplement (17502-048、Gibco)、BDNF(028-16451、和光純薬)、GDNF(074-06264、和光純薬)、NT-3(141-06643、和光純薬)、NGF(141-07601、和光純薬)を添加したDMEM/F12に交換し、37℃、5%CO2下で14日間培養する。
あるいは、神経堤細胞をプレートに播種し、10μM SB431542および1μM CHIR99021を含むCDM培地で1日間培養した後、B-27 Supplement (17504-044、Gibco)、N-2 Supplement、L-glutamine (073-05391、和光純薬)、 Penicillin/Streptomycin (15140-122、Gibco)、BDNF、GDNF、NT-3、NGFを添加したNeurobasal medium (21103-049、Gibco社)に交換し、37℃、5%CO2下で35日間培養する。
培養後、4%パラホルムアルデヒドで細胞を固定し、免疫染色法によりTUBB3タンパク質を発現する神経細胞の分化出現を確認する。
【0064】
グリア細胞への分化誘導は、非特許文献1又は非特許文献4に記載の方法の神経細胞への分化誘導と同様の手法で行うことができる。分化誘導期間終了後、GFAPタンパク質の発現によりグリア細胞への分化出現を確認する。
【0065】
間葉系間質細胞への分化誘導は、非特許文献1に記載の方法に基づいて行うことができる。具体的には、例えば、神経堤細胞をディッシュに6.5×10個/cmの密度で播種し、10μM SB431542および1μM CHIR99021を含むCDM培地で1日間培養する。1日後、培地を10% fetal bovine serum (FBS、ニチレイ)を含むαMEM (ナカライテスク)に交換する。約4日後には細胞の形態変化が見られる。細胞の継代は0.25% trypsin-EDTA (GIBCO)で細胞を剥がし、1.0×104個/cm2の密度で播種することで行われる。分化誘導開始14日後にヒト間葉系間質細胞の表面抗原マーカーであるCD73、CD44、CD45およびCD105の発現についてFACS解析を行い、間葉系間質細胞への分化を確認する。
【0066】
骨細胞への分化誘導は、非特許文献1に記載の方法に基づいて行うことができる。具体的には、例えば、上記の間葉系間質細胞をFibronectinでコーティングしたプレートに2.5×105個播種し、10%FBS、0.1μM dexa-methasone、50μg/ml ascorbic acidおよび10mM β-glycerophosphateを含むαMEMで2週間培養する。培地は最初の1週間のみ、2日に1回交換する。アリザニンレッド染色により石灰化ノジュールを検出し、骨細胞への分化を確認する。
【0067】
軟骨細胞への分化誘導は、非特許文献1に記載の方法に基づいて行うことができる。具体的には、例えば、上記の間葉系間質細胞を1.5×105個/5μlの濃度で、1% (v/v) ITS+ premix (BD)、0.17mM AA2P、 0.35mM Proline (Sigma)、0.1mM dexamethasone (Sigma)、0.15% (v/v) glucose (Sigma)、1mM Na-pyruvate (Invitrogen)、2mM GlutaMax、0.05mM MTG、40ng/ml PDGF-BBおよび1% (v/v) FBS (ニチレイ)を含むDMEM:F12 (Invitrogen)へと懸濁する。Fibronectinでコーティングしたプレートに細胞懸濁液5μlをスポットし1時間培養する。1時間後に1mlの上記の分化誘導培地を加える。分化誘導開始後3~5日目に10ng/mlのTGFβ3 (R&D)を、10日目に50ng/mlのBMP4を加える。16日間培養し、アルシアンブルー染色により軟骨細胞の分化出現を確認する。
【0068】
角膜細胞への分化誘導は、非特許文献1に記載の方法に基づいて行うことができる。具体的には、例えば、神経堤細胞をFibronectinでコーティングしたプレートに播種し、10μM SB431542および1μM CHIR99021を含むCDM培地で1日間培養する。1日後、培地をhuman corneal endothelial cellをCDM培地で培養することで作成したコンディション培地に交換する。培地を2日に1回交換し、分化誘導開始後12日目に角膜細胞のマーカー分子であるZO-1の発現を免疫染色法により、COL4A1およびCOL8A1の発現をqPCRにより確認する。
【0069】
色素細胞への分化誘導は、非特許文献1に記載の方法に基づいて行うことができる。具体的には、例えば、神経堤細胞をFibronectinでコーティングしたプレートに播種し、10μM SBおよび1μM CHIRを含むCDM培地で1日間培養する。1日後、1μM CHIR、25ng/ml BMP4および100nM endothelin-3 (American Peptide Company)を含むCDM培地に培地交換する。培地は2日に1回交換する。7日目にMITFおよびc-KIT 遺伝子の発現により色素細胞の分化を確認する。
【0070】
得られた神経細胞、グリア細胞、間葉系間質細胞、骨細胞、軟骨細胞、角膜細胞及び色素細胞は、それぞれ再生医療用の細胞製剤として利用され得る。
【0071】
神経堤細胞は、神経細胞、グリア細胞、間葉系間質細胞、骨細胞、軟骨細胞、角膜細胞及び色素細胞などの多くの種類の細胞へ分化する多能性(multipotency)と自己増殖能とを有する細胞である。神経堤細胞に認められるこのような能力に基づき、神経堤細胞の再生医療用の細胞医薬等への応用が期待される。多能性(multipotency)を維持した神経堤細胞を効率的に維持あるいは増殖させることができれば、その大量製造が可能となる。さらに、多能性(multipotency)を維持した神経堤細胞のストックを調製することができれば、細胞医薬の原料としての有用性がある。例えば、幹細胞から目的細胞(例えば神経細胞)への分化における中間点に位置する細胞(例えば、神経堤細胞)を出発原料とすることは細胞医薬の製造において、製造方法の簡略化、製造期間の短縮、製造コストの低減等を目的に検討が行われていることであり、本発明はその目的に対して有用な技術を提供できる可能性を有すると考えられる。さらにこのことは、細胞医薬品の製造のみならず、各種細胞を利用したスクリーニング系の構築等についても同様に考えられる。
【実施例0072】
[実施例1:神経堤細胞の拡大培養]
[iPSCからのNCCの分化誘導]
非特許文献1記載の方法に従ってヒトiPSCを神経堤細胞(Neural Crest Cell: NCC)に分化させた。iPSCには、非特許文献4記載のSOX10-Nano-Lantern Reporter Human iPSC(201B7株)を用いた。同細胞株は、NCCのマーカー遺伝子であるSOX10遺伝子の下流に蛍光タンパクNano-Lantern(Saito K. et al., "Luminescent proteins for high-speed single-cell and whole-body imaging." Nat. Commun., 2012; 3: 1262.)をコードする塩基配列を挿入したものであり、SOX10のプロモーターの制御下でSOX10とNano-Lanternとの融合タンパクを発現する。
【0073】
iPSCをマトリゲルコートディッシュに播種し、TeSR1培地で4日間接着培養した後、10μM SB431542(TGFβ阻害剤)及び1μM CHIR99021(GSK3β阻害剤)を含むCDM培地で10日間接着培養し、NCCに分化させた。
【0074】
[NCCの拡大培養]
NCCをディッシュから剥離し、10μM SB431542、3μM CHIR99021、40ng/ml bFGF及び40ng/ml EGFを含むCDM培地で浮遊培養した。細胞の継代は7日毎に行った。
【0075】
拡大培養開始後の総細胞数の変化を図1に、SOX10発現陽性細胞率の変化を図2に示す。SOX10発現陽性細胞率の測定のため、StemPro Accutase Cell Dissociation Reagent (Invitrogen)を用いて細胞凝集塊を解離し、単一細胞溶液を調製した。1μg/mのPI (Propidium Iodide, Wako)を添加したFACS buffer (2%BSA HBSS) に懸濁した単一細胞溶液を、35μmナイロンメッシュ付きチューブ (BD Falcon) で濾過した後、フローサイトメーター (FACS Aria, BD Biosciences) による分析に供し、生細胞(PI陰性細胞)中のGFP陽性細胞の割合を測定した。全期間で総細胞数が増加し、培養121日目においても高いSOX10発現陽性細胞率が確認された。SOX10発現は、多分化能を有するNCCのマーカーである。この結果は、NCCが長期の培養期間にわたって分化能を維持したまま増殖していることを示す。
【0076】
[実施例2:培地添加物の濃度検討]
NCCの拡大培養におけるGSK3β阻害剤、bFGF及びEGFの濃度が、NCCの自己増殖能及び分化能に及ぼす影響を検討した。以下に特に言及しない条件については、実施例1と同様にして拡大培養を行った。
【0077】
図3に、bFGF及びEGFの濃度を20ng/ml(A)又は40ng/ml(B)とし、CHIR99021の濃度を1, 2, 3, 5μMとした場合の総細胞数の変化を示す。CHIR99021濃度1μM又は2μMにおける1週間の細胞増殖割合は8-30倍であった(後述の実施例8も参照)。また、図4に、bFGF及びEGFの濃度を40ng/mlとし、CHIR99021の濃度を3, 3.5, 4, 4.5, 5μMとした場合の総細胞数の変化を示す。bFGF、EGF及びCHIR99021の濃度は、総細胞数の変化に影響を及ぼさなかった。
【0078】
図5に、bFGF及びEGFの濃度を20ng/ml(A)又は40ng/ml(B)とし、CHIR99021の濃度を1, 2, 3, 5μMとした場合のSOX10発現陽性細胞率の変化を示す。また、図6に、bFGF及びEGFの濃度を40ng/mlとし、CHIR99021の濃度を3, 3.5, 4, 4.5, 5μMとした場合のSOX10発現陽性細胞率の変化を示す。CHIR99021の濃度が3-4.5μMである場合、長期の培養期間(培養121日目)においても90%以上のSOX10発現陽性細胞率が確認された。CHIR99021の濃度が2μMである場合にも、比較的長期の培養期間(培養63日目)において、約55%以上のSOX10発現陽性細胞率が確認された。一方で、CHIR99021の濃度が5μMである場合には、培養42日目までは約55%以上のSOX10発現陽性細胞率が維持されたが、培養63日目ではSOX10発現陽性細胞率が約5%以下に低下した。CHIR99021の濃度が1μMである場合には、短期の培養期間(培養21日目)においてSOX10発現陽性細胞率の低下が認められ、培養63日目におけるSOX10発現陽性細胞率は約25%以下であった。なお、bFGFおよびEGF1の濃度は、SOX10発現陽性細胞率の変化に影響を及ぼさなかった。
【0079】
[実施例3:GSK3β阻害剤の検討]
NCCの拡大培養に用いたGSK3β阻害剤をCHIR99021からCP21R7に変更した以外は実施例1と同様にしてNCCの拡大培養を行った。CP21R7の濃度は、0.1, 0.5または1μMとした。
【0080】
SOX10発現陽性細胞率の変化を図7に示す。CP21R7濃度0.5または1μMでは、培養84日目においても高いSOX10発現陽性細胞率が確認された。一方、CP21R7濃度0.1μMでは、短期の培養期間(培養21日目)においてSOX10発現陽性細胞率が低下し始めた。
【0081】
[実施例4:神経堤細胞の神経細胞への分化誘導]
実施例1で拡大培養したNCCの神経細胞への分化能を確認した。
非特許文献4に記載の方法に基づいて神経細胞への分化誘導を行った。
30日間拡大維持培養したNCCをプレートに5×105個播種し、10μM SB431542および1μM CHIR99021を含むCDM培地で1日間培養した。1日後、B-27 Supplement (17504-044、Gibco)、N-2 Supplement (17502-048、Gibco)、L-glutamine(073-05391、和光純薬)、 Penicillin/Streptomycin (15140-122、 Gibco)、BDNF (028-16451、和光純薬)、GDNF (074-06264、和光純薬)、NT-3 (141-06643、和光純薬)、NGF (141-07601、和光純薬)を添加したNeurobasal medium (21103-049、Gibco社)に交換し、37℃、5%CO2下で35日間培養した。上記培養期間中3~4日毎に培地交換を行った。
【0082】
4%パラホルムアルデヒド(和光純薬)を添加して4℃で1時間インキュベートし、細胞の固定を行った。1次抗体として抗TUBB3抗体 (845502、Bioregend社)および抗GFAP抗体 (ab7260、abcam社)と反応させ、さらに2次抗体として1次抗体の免疫動物に合わせたAlexa488標識2次抗体 (Invitrogen社)およびAlexa568標識2次抗体と順次反応させた後、蛍光顕微鏡で観察した。
30日間維持培養されたNCCからTUBBタンパク質を発現する神経細胞、およびGFAPタンパク質を発現するグリア細胞が分化出現しているのが確認された。
【0083】
さらに、84日間拡大維持培養したNCCを用いて同様に神経細胞への分化能を確認した。その結果、神経細胞(Peripherin陽性細胞)およびグリア細胞(GFAP陽性細胞)への分化が確認された。
【0084】
[実施例5:神経堤細胞の色素細胞への分化誘導]
実施例1で拡大培養したNCCの神経細胞への分化能を確認した。
非特許文献1に記載の方法に基づいてメラノサイトへの分化誘導を行った。
84日間拡大維持培養したNCCをFibronectinでコーティングした6wellプレートに播種し、10μM SB431542および1μM CHIR99021を含むCDM培地で1日間培養した。1日後、BMP4およびEndothelin-3 (和光純薬)を添加したCDM培地に交換し、37℃、5%CO2下で7日間培養した。上記培養期間中2日毎に培地交換を行った。
【0085】
4%パラホルムアルデヒドを添加して4℃で1時間インキュベートし、細胞の固定を行った。1次抗体として抗MITF抗体 (Sigma社)と反応させ、さらに2次抗体として1次抗体の免疫動物に合わせたAlexa568標識2次抗体 (Invitrogen社)と順次反応させた後、蛍光顕微鏡で観察した。84日間維持培養されたNCCからMITFタンパク質を発現するメラノサイトが分化出現しているのが確認された。
【0086】
[実施例6:神経堤細胞の間葉系間質細胞への分化誘導]
実施例1で拡大培養したNCCの間葉系間質細胞への分化能を確認した。
非特許文献1に記載の方法に基づいて間葉系間質細胞への分化誘導を行った。
84日間拡大維持培養したNCCをFibronectinでコーティングした直径6cmの細胞培養用ディッシュに播種し、10μM SB431542および1μM CHIR99021を含むCDM培地で1日間培養した。1日後、培地をCTS StemPro MSC SFM (Gibco, A1033201) に交換した。細胞の継代はStemPro Accutase Cell Dissociation Reagent (Invitrogen社)で細胞を剥がし、1.0-2.0×106個 / dish (10cm dishの場合)の密度で播種することで行った。
【0087】
間葉系間質細胞への分化誘導開始14日後のNCCについて、ヒト間葉系間質細胞の表面抗原マーカーの抗体であるCD73抗体(BD)、CD44抗体(BD)、CD45抗体(BD)およびCD105抗体 (eBioscience)を用いた免疫染色を行った後、FACS解析を行った。84日間維持培養されたNCCからCD44、CD73及びCD0105の各タンパク質を発現し、CD45タンパク質を発現しない間葉系間質細胞が分化出現したことを確認した。
【0088】
[実施例7:神経堤細胞の骨細胞、軟骨細胞または脂肪細胞への分化誘導]
実施例1で拡大培養したNCCの骨細胞、軟骨細胞または脂肪細胞への分化能を確認した。
非特許文献1に記載の方法に基づいて骨細胞、軟骨細胞または脂肪細胞への分化誘導を行った。
84日間拡大維持培養したNCCを実施例6記載の方法で間葉系間質細胞へと分化させた。間葉系間質細胞をFibronectinでコーティングした12wellプレートに4.0×104個/ wellで播種し、10%FBS、0.1μM dexa-methasone、50μg/ml ascorbic acidおよび10mM β-glycerophosphateを含むαMEMで4週間培養し、骨細胞への分化誘導を行った。培地は2-3日に1回交換した。アリザニンレッド染色により石灰化ノジュールを検出し、骨細胞への分化を確認した。
【0089】
軟骨細胞への分化誘導は次のようにして行った。まず84日間拡大維持培養したNCCより分化誘導した間葉系間質細胞を1.5×105個 / 5μlの濃度で、1% (v/v) ITS+ premix (BD)、0.17mM AA2P、 0.35mM Proline (Sigma)、0.1mM dexamethasone (Sigma)、0.15% (v/v) glucose (Sigma)、1mM Na-pyruvate (Invitrogen)、2mM GlutaMax、0.05mM MTG、40ng/ml PDGF-BBおよび1% (v/v) FBS (ニチレイ)を含むDMEM:F12 (Invitrogen)に懸濁し、Fibronectinでコーティングした12wellプレートに細胞懸濁液5μl / wellをスポットし1時間培養した。1時間後に10ng / mlのTGFβ3 (R&D)および100ng / mlのBMP7 (和光純薬)をさらに添加した培地を1ml / well加えた。10日間培養し、アルシアンブルー染色により軟骨細胞の分化出現を確認した。
【0090】
脂肪細胞への分化誘導は以下のように行った。84日間拡大維持培養したNCCより分化誘導した間葉系間質細胞をFibronectinでコーティングした24wellプレートに4.0×104個/ wellで播種し、hMSC - Human Mesenchymal Stem Cell Adipogenic Differentiation Medium BulletKit (ロンザジャパン)に付属の培地で4週間培養した。培地は2-3日に1回交換した。オイルレッドO染色により染色された細胞内の油滴を検出し、脂肪細胞への分化を確認した。
【0091】
骨細胞のアリザリンレッドS染色は次のように行った。まず100%エタノールを添加して室温で10分インキュベートし、細胞の固定を行った。Alizarin-Red staining Solution (MERCK MILLIPORE社)と反応させ、水で洗浄し乾燥させた後、顕微鏡で観察した。
軟骨細胞のアルシアンブルー染色は、4%パラホルムアルデヒド(和光純薬)を添加して室温で30分インキュベートし固定した細胞を、1%アルシアンブルー染色液 (MUTO PURE CHEMICALS CO.)と反応させた後、水で洗浄し乾燥させることで行った。
脂肪細胞のオイルレッドO染色は、細胞を10%ホルマリンで室温で1時間固定し、Oil Red O Solution をisopropanolで0.5%に希釈したものと水を3 : 2で混合した染色液と室温で1時間反応させ、水で洗浄することで行った。油滴の観察は顕微鏡で行った。
【0092】
[実施例8:培地添加物の濃度検討2]
NCCの拡大培養におけるbFGFの濃度が、NCCの自己増殖能及び分化能に及ぼす影響を検討した。以下に特に言及しない条件については、実施例1と同様にして拡大培養を行った。
【0093】
図8にCHIR99021の濃度を1.5 μMとし、bFGFの濃度を10, 12.5, 15.0, 17.5 ng/mlとした場合の総細胞数の変化を、図9にSOX10発現陽性細胞率の変化を示す。bFGF濃度は、SOX10発現陽性率に影響を及ぼさなかった。
【0094】
総細胞数の変化挙動は上記のbFGFの濃度範囲では概ね同一であり、細胞増殖割合は1週間で6-13倍の範囲であった。実施例2における1週間の細胞増殖割合は、CHIR99021濃度1μM 又は2μM、bFGF濃度20ng/ml又は40ng/mlにおいて、より高い範囲の8-30倍であったことから(図3参照)、bFGFはNCCの自己増殖能に寄与しており、20‐40ng/mlがその好適な濃度範囲であることが示唆された。
【0095】
[実施例9:GSK3β阻害活性の測定]
GSK3β阻害剤のGSK3β阻害活性を評価するための実験系を確立した。
【0096】
Wnt/β-カテニン経路において、GSK3βは、Wnt-リガンド非存在下でβ-カテニンのリン酸化に機能している。リン酸化されたβ-カテニンはユビキチン化を受けてプロテアソーム内で分解されるため、Wnt-β-カテニン経路下流の遺伝子発現は抑制される。この経路において、GSK3βが阻害されると、β-カテニンは分解されずに核内に移行し、T-Cell Factor (TCF)/Lymphoid Enhancer Factor (LEF)等の他の転写因子ともにWnt-β-カテニン経路下流の遺伝子発現を誘導する。CellSensor LEF/TCF-bla HCT-116 Cell Line(Thermo Fisher, K1676)は、LEF/TCFが安定発現するように組み込まれており、レポーター遺伝子(beta-lactamase reporter gene)がLEF/TCFの制御下で発現するように組み込まれている。このセルラインにおけるWnt-リガンド非存在下でのレポーター遺伝子の発現は、GSK3βの機能(β-カテニンのリン酸化機能)の阻害の指標となる。同セルラインを用いたアッセイにより、GSK3β阻害剤のGSK3β阻害活性を測定した。
【0097】
アッセイは、Invitrogen社のプロトコール(CellSensor(登録商標)LEF/TCF-bla HCT 116 Cell-based Assay Protocol)に準拠して行った。
具体的には、LEF/TCF-bla HCT-116 Cellをアッセイ培地(OPTI-MEM, 0.5% dialyzed FBS, 0.1 mM NEAA, 1 mM Sodium Pyruvate, 100 U/mL/100 μg/mL Pen/Strep)に懸濁した(312,500 cells/mL)。細胞懸濁液をアッセイプレートの各ウェルに播種し(10,000 cells/well)、16-24時間培養した。
GSK3β阻害剤(ここでは、CHIR99021を用いた)をウェルに添加し(濃度0.316, 1.00, 3.16, 10.0, 31.6, 100, 316, 1000, 3160, 10000 nM)、5時間培養した。
beta-lactamaseの基質溶液(LiveBLAzer-FRET B/G (CCF4-AM) Substrate Mixture)を各ウェルに添加し(8 μL / well)、2時間インキュベートした。蛍光プレートリーダーで蛍光値を測定した。測定は、各濃度条件につき2つのウェルで行った。
【0098】
結果を「表1」に示す。1μMのCHIR99021が示すGSK3β阻害活性は蛍光値で113.5(2つのウェルの平均値)であった。
CHIR99021以外のGSK3β阻害剤についても、本実験系により各濃度条件における蛍光値を測定し、定法にしたがって検量線を作成することで、1μMのCHIR99021が示すGSK3β阻害活性(蛍光値で113.5)と同等のGSK3β阻害活性を示す濃度を決定可能である。
【0099】
【表1】
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9