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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023095080
(43)【公開日】2023-07-06
(54)【発明の名称】シリコンインゴットの切断方法
(51)【国際特許分類】
   H01L 21/304 20060101AFI20230629BHJP
   B24B 27/06 20060101ALI20230629BHJP
   B24B 55/02 20060101ALI20230629BHJP
   B28D 5/04 20060101ALI20230629BHJP
【FI】
H01L21/304 611W
B24B27/06 S
B24B27/06 H
B24B55/02 Z
B28D5/04 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021210753
(22)【出願日】2021-12-24
(71)【出願人】
【識別番号】302006854
【氏名又は名称】株式会社SUMCO
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】弁理士法人樹之下知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】橋本 大輔
【テーマコード(参考)】
3C047
3C069
3C158
5F057
【Fターム(参考)】
3C047FF09
3C047GG00
3C069AA01
3C069BA06
3C069CA04
3C069EA02
3C158AA05
3C158AC04
3C158BA02
3C158BA04
3C158BC02
3C158CA01
3C158CB01
3C158CB10
3C158DA03
5F057AA02
5F057AA12
5F057BA01
5F057BB03
5F057CA02
5F057DA15
5F057GA03
5F057GA05
(57)【要約】
【課題】ウェーハの厚さ寸法のばらつきを低減でき、ウェーハの品質低下も防止できるシリコンインゴットの切断方法を提供する。
【解決手段】シリコンインゴットの切断方法は、水分率が99%を超えるクーラントを供給しながら、固定砥粒ワイヤーを最高速度が1200m/分以上の速度で走行させてシリコンインゴットを切断することを特徴とする。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
水分率が99%を超えるクーラントを供給しながら、固定砥粒ワイヤーを最高速度が1200m/分以上の速度で走行させてシリコンインゴットを切断するシリコンインゴットの切断方法。
【請求項2】
請求項1に記載のシリコンインゴットの切断方法において、
前記固定砥粒ワイヤーの最高速度は、2000m/分以下であるシリコンインゴットの切断方法。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載のシリコンインゴットの切断方法において、
前記クーラントを前記固定砥粒ワイヤーに供給する位置は、前記シリコンインゴットからの距離が60mm以上の位置であるシリコンインゴットの切断方法。
【請求項4】
請求項3に記載のシリコンインゴットの切断方法において、
前記クーラントを前記固定砥粒ワイヤーに供給する位置は、前記シリコンインゴットからの距離が120mm以下の位置であるシリコンインゴットの切断方法。
【請求項5】
請求項1から請求項4までのいずれか一項に記載のシリコンインゴットの切断方法において、
前記固定砥粒ワイヤーを第1方向に走行させる第1走行工程と、
前記固定砥粒ワイヤーを前記第1方向とは逆方向である第2方向に走行させる第2走行工程とを繰り返し、
前記第1走行工程は、
前記固定砥粒ワイヤーを前記第1方向に走行させて、停止状態から前記最高速度まで加速する第1加速走行工程と、
前記固定砥粒ワイヤーを前記第1方向に走行させて、その走行速度を前記最高速度に維持する第1定常走行工程と、
前記固定砥粒ワイヤーを前記第1方向に走行させて、前記最高速度から停止状態まで減速する第1減速走行工程と、を有し、
前記第2走行工程は、
前記固定砥粒ワイヤーを前記第2方向に走行させて、停止状態から前記最高速度まで加速する第2加速走行工程と、
前記固定砥粒ワイヤーを前記第2方向に走行させて、その走行速度を前記最高速度に維持する第2定常走行工程と、
前記固定砥粒ワイヤーを前記第2方向に走行させて、前記最高速度から停止状態まで減速する第2減速走行工程と、を有するシリコンインゴットの切断方法。
【請求項6】
請求項5に記載のシリコンインゴットの切断方法において、
前記第1定常走行工程の継続時間は、前記第2定常走行工程の継続時間よりも長いことを特徴とするシリコンインゴットの切断方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シリコンインゴットの切断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
マルチワイヤーソーは、複数本のローラーに一定のピッチで螺旋状にワイヤーを巻き回して構成され、シリコンインゴットを切断してシリコンウェーハを製造する工程で利用される。従来のワイヤーソーは、砥粒を含むスラリーをワイヤーに供給しながら切断する遊離砥粒方式が主流であったが、近年、加工効率が高い固定砥粒方式が利用されるようになった。
固定砥粒方式では、電着やレジンによって砥粒を固定した固定砥粒ワイヤーを用い、固定砥粒ワイヤーにクーラントを供給しながら切断加工している。クーラントは、これまで再生利用を前提としたストレートタイプが使用されてきたが、近年、水溶性クーラントを水で希釈して利用する水希釈タイプが使用されることが多い。
【0003】
シリコンウェーハは、厚さ寸法が小さいため、固定砥粒ワイヤー間の間隔も1mm未満と小さい。このため、クーラントを固定砥粒ワイヤーに供給した際に、ワイヤー間に液膜が発生することがある。水は表面張力が強いため、水希釈タイプのように水分量の多いクーラントで液膜が発生すると、液膜が発生したワイヤー同士が引っ張り合い、ワイヤー間隔が狭まる。ワイヤー間隔が狭まったワイヤーと、その隣に配置されるワイヤーとは間隔が広がるため、液膜は発生しない。その結果、マルチワイヤーソーの平行に配置された複数のワイヤーは、液膜が発生して間隔が狭くなる部分と、液膜が発生せずに間隔が広がる部分とが交互に発生する。このため、ワイヤーで切断されるウェーハは、ワイヤー間隔のばらつきによって厚さ寸法にばらつきが生じる。
【0004】
このような表面張力によるウェーハの厚みのばらつきを防止する方法として、特許文献1には、切断の開始時にクーラントを供給しないままワイヤーを低速度で走行させてワイヤーをワークの切断開始位置に食い込ませ、ワークの切断開始位置に切り込みを形成した後に、クーラントの供給を開始すると共にワイヤー速度を上昇させ、定常時の速度でワークの切断を継続する方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2011-104746号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1の方法は、切断開始時にクーラントを供給しないため、ウェーハの切り始め部の品質が低下する。また、ワイヤー速度を途中で変更しているため、ウェーハ面に段差が生じ、ウェーハの品質異常が発生する。
【0007】
本発明は、ウェーハの厚さ寸法のばらつきを低減でき、ウェーハの品質低下も防止できるシリコンインゴットの切断方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、水分率が99%を超えるクーラントを供給しながら、固定砥粒ワイヤーを最高速度が1200m/分以上の速度で走行させてシリコンインゴットを切断するシリコンインゴットの切断方法である。
【0009】
本発明のシリコンインゴットの切断方法において、前記固定砥粒ワイヤーの最高速度は、2000m/分以下であることが好ましい。
【0010】
本発明のシリコンインゴットの切断方法において、前記クーラントを前記固定砥粒ワイヤーに供給する位置は、前記シリコンインゴットからの距離が60mm以上の位置であることが好ましい。
【0011】
本発明のシリコンインゴットの切断方法において、前記クーラントを前記固定砥粒ワイヤーに供給する位置は、前記シリコンインゴットからの距離が120mm以下の位置であることが好ましい。
【0012】
本発明のシリコンインゴットの切断方法において、前記固定砥粒ワイヤーを第1方向に走行させる第1走行工程と、前記固定砥粒ワイヤーを前記第1方向とは逆方向である第2方向に走行させる第2走行工程とを繰り返し、前記第1走行工程は、前記固定砥粒ワイヤーを前記第1方向に走行させて、停止状態から前記最高速度まで加速する第1加速走行工程と、前記固定砥粒ワイヤーを前記第1方向に走行させて、その走行速度を前記最高速度に維持する第1定常走行工程と、前記固定砥粒ワイヤーを前記第1方向に走行させて、前記最高速度から停止状態まで減速する第1減速走行工程と、を有し、前記第2走行工程は、前記固定砥粒ワイヤーを前記第2方向に走行させて、停止状態から前記最高速度まで加速する第2加速走行工程と、前記固定砥粒ワイヤーを前記第2方向に走行させて、その走行速度を前記最高速度に維持する第2定常走行工程と、前記固定砥粒ワイヤーを前記第2方向に走行させて、前記最高速度から停止状態まで減速する第2減速走行工程と、を有することが好ましい。
【0013】
本発明のシリコンインゴットの切断方法において、前記第1定常走行工程の継続時間は、前記第2定常走行工程の継続時間よりも長いことが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、ウェーハの厚さ寸法のばらつきを低減でき、ウェーハの品質低下も防止できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明に用いるマルチワイヤーソーの構造を示す概略図である。
図2】マルチワイヤーソーのメインローラーおよび固定砥粒ワイヤーの拡大図である。
図3】固定砥粒ワイヤーの走行速度と経過時間との関係を示すグラフである。
図4】クーラントの水分率に対する固定砥粒ワイヤーの最高速度とワークの切り始め区間のPV値との関係を示すグラフである。
図5】クーラントの供給位置に対する固定砥粒ワイヤーの最高速度とワークの切り始め区間のPV値との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施の一形態を図面に基づいて説明する。
図1は、本発明の実施の形態に用いるマルチワイヤーソー1の概略図である。
マルチワイヤーソー1は、円柱状のシリコンインゴットのワークWを、複数のシリコンウェーハに切断する装置であり、メインローラー20と、固定砥粒ワイヤー30と、ワーク押圧部40と、クーラント供給部50とを備える。また、図示は省略するが、メインローラー20に固定砥粒ワイヤー30を送り出すワイヤー送り出し部と、固定砥粒ワイヤー30を受け取るワイヤー受け取り部とが設けられている。ワイヤー送り出し部およびワイヤー受け取り部は、例えば、固定砥粒ワイヤー30が巻回された送り用ボビン、受け用ボビンで構成される。
【0017】
メインローラー20は2本~4本設けられる。本実施形態では、2本のメインローラー20を設けている。また、送り用ボビン、受け用ボビンはそれぞれボビン用のモーターで駆動され、メインローラー20の少なくとも1つはローラー用のモーターで駆動される。
メインローラー20の表面には、図2に示すように、一定ピッチで複数の溝21が形成され、これらの溝21に固定砥粒ワイヤー30が巻装される。これにより、メインローラー20の長手方向に沿って複数の固定砥粒ワイヤー30が一定ピッチで配置されたワイヤー列が形成される。
【0018】
固定砥粒ワイヤー30の移動方法としては、ワイヤー送り出し部からワイヤー受け取り部に向けて固定砥粒ワイヤー30を一定速度で移動させてワークWを切断する一方向送り切断方法もあるが、本実施形態では、固定砥粒ワイヤー30の移動方向を所定のタイミングで逆転させてワークWを切断する往復動切断方法を採用している。
各モーターを正方向に駆動すると、固定砥粒ワイヤー30は送り用ボビンから送り出されて第1方向(図1では右矢印方向)に走行し、メインローラー20を周回した後、受け用ボビンに巻き取られる。また、各モーターを逆方向に駆動すると、固定砥粒ワイヤー30は受け用ボビンから送り出されて第1方向とは逆方向である第2方向(図1では左矢印方向)に走行し、メインローラー20を周回した後、送り用ボビンに巻き取られる。この際、各モーターを正方向に駆動する往動側での固定砥粒ワイヤー30の送り出し量を、各モーターを逆方向に駆動する復動側での固定砥粒ワイヤー30の送り出し量よりも長くすることで、固定砥粒ワイヤー30は往復走行を繰り返し、徐々に新たな固定砥粒ワイヤー30が送り出され、使用済みの固定砥粒ワイヤー30は徐々に受け用ボビンに巻き取られる。
【0019】
ワーク押圧部40は、図1に示すように、ワークWの上部に設けられ、ワークWを保持した状態で下方に移動することで、ワークWを走行する固定砥粒ワイヤー30に押し当てる。これにより、ワークWは固定砥粒ワイヤー30でスライス加工され、複数の円板状のシリコンウェーハが製造される。
クーラント供給部50は、メインローラー20および固定砥粒ワイヤー30にクーラント55を供給する。クーラント供給部50は、外側ノズル51および内側ノズル52を備える。外側ノズル51は、メインローラー20にクーラント55を供給し、内側ノズル52は、固定砥粒ワイヤー30にクーラント55を供給する。
クーラント供給部50から供給されるクーラント55は、水分率が99%を超える水溶性クーラントであり、市販のクーラントを水で希釈して使用している。例えば、市販のクーラントを1に対して、水を200(vol%)で希釈すれば、水の体積/全体の体積で求められる水分率は200/201=約99.5%となり、水分率が99%を超える水溶性クーラントとなる。なお、市販のクーラントは、例えば、プロピレングリコール、界面活性剤等の成分に加えて、水が40~50%含まれるため、実際の水分率はより高くなる。
また、固定砥粒ワイヤー30の走行方向である第1方向および第2方向において、クーラント供給部50の内側ノズル52からワークWの内側ノズル52側の端面部までは距離Lに設定されている。このため、内側ノズル52の位置はクーラント55を固定砥粒ワイヤー30に供給する位置であるため、クーラント55を固定砥粒ワイヤー30に供給する位置は、ワークWからの距離Lの位置となる。この距離Lは、60mm以上、120mm以下に設定される。
【0020】
図2は、メインローラー20の溝21に巻装された固定砥粒ワイヤー30の断面模式図である。図2に示す固定砥粒ワイヤー30は、芯線31の表面に、Niめっき層33を用いて砥粒32を電着で固定した固定砥粒ワイヤーである。マルチワイヤーソー1は、固定砥粒ワイヤー30の表面に固着させた砥粒32の切削作用でワークWをスライス加工するため、砥粒を含まないクーラント55を使用できる。
固定砥粒ワイヤー30の芯線31としては、鋼線(ピアノ線)などを用いることができる。芯線31の直径は、80μm以上130μm以下であることが好ましい。芯線31の直径が80μm以上であれば、十分な強度を有する固定砥粒ワイヤーとすることができる。芯線31の直径が130μm以下であれば、切断時のカーフロスを小さくできる。
【0021】
砥粒32は、ダイヤモンド、CBN(Cubic Boron Nitride:立方晶窒化ホウ素)などの既知の砥粒を用いることができる。砥粒32の粒径は5μm以上16μm以下であることが好ましい。砥粒32の粒径を5μm以上とすることで、砥粒32を能率的に、切削加工に寄与させることができる。砥粒32の粒径を16μm以下とすることで切断時のカーフロスを小さくでき、固定砥粒ワイヤー30が切断面に与えるダメージを抑制して、切断面の平坦度を向上できる。なお、砥粒32の芯線31への固着は、電着に限らず、レジンを用いて固着してもよい。
【0022】
図2のPは、メインローラー20の溝21の間隔(ピッチ)であり、tは固定砥粒ワイヤー30の間隔である。溝21の間隔Pは、切断するシリコンウェーハの厚さ寸法に応じて設定され、例えば、960μmである。固定砥粒ワイヤー30の間隔tは、間隔Pと固定砥粒ワイヤー30の外径によって設定される。例えば、直径120μmの芯線31に、砥粒径が6-12μmの砥粒32を電着で固着した固定砥粒ワイヤー30の外径が約134μmであった場合、間隔tは約826μmとなる。また、直径120μmの芯線31に、砥粒径が8-16μmの砥粒32をレジンで固着した固定砥粒ワイヤー30の外径が約145μmであった場合、間隔tは約815μmとなる。
【0023】
図3は、マルチワイヤーソー1の固定砥粒ワイヤー30の走行速度と経過時間との関係を示すグラフであり、固定砥粒ワイヤー30を第1方向に走行させる第1走行工程での速度をプラスの値、固定砥粒ワイヤー30を第2方向に走行させる第2走行工程での速度を便宜的にマイナス値で示すものである。なお、第2方向の最高速度は第1方向の最高速度Vmaxと同じ速度であるため、以下の説明では第2方向の最高速度もVmaxと表記する。
第1走行工程は、固定砥粒ワイヤー30を第1方向に走行させながら、速度0の停止状態から最高速度Vmaxまで加速する第1加速走行工程T1と、固定砥粒ワイヤー30を第1方向に走行させながら、その走行速度を最高速度Vmaxに維持する第1定常走行工程T2と、固定砥粒ワイヤー30を第1方向に走行させながら、最高速度Vmaxから速度0の停止状態まで減速する第1減速走行工程T3とを有する。
第2走行工程は、固定砥粒ワイヤー30を第2方向に走行させながら、速度0の停止状態から最高速度Vmaxまで加速する第2加速走行工程T4と、固定砥粒ワイヤー30を第2方向に走行させながら、その走行速度を最高速度Vmaxに維持する第2定常走行工程T5と、固定砥粒ワイヤー30を第2方向に走行させながら、最高速度Vmaxから速度0の停止状態まで減速する第2減速走行工程T6とを有する。
そして、第1走行工程と第2走行工程とを繰り返し実行することで、固定砥粒ワイヤー30を往復走行させてワークWを切断する往復動切断方法を実行している。
【0024】
図3において、加速時や減速時の各工程T1、T3、T4、T6の時間は同じであり、例えば4~8秒程度である。これらの時間は、最高速度Vmaxが高速になるほど長くする必要がある。また、固定砥粒ワイヤー30を往復させる1サイクル(T1~T6)の時間は、例えば60~200秒程度である。
また、第1定常走行工程T2の継続時間は第2定常走行工程T5の継続時間よりも長く設定されている。例えば、1サイクルを60秒、加減速期間をそれぞれ5秒とすると、工程T2の継続時間は21秒、工程T5の継続時間は19秒程度である。これにより、往動時の固定砥粒ワイヤー30の送り出し量が復動時の送り出し量よりも長くなり、固定砥粒ワイヤー30は往復走行を繰り返し、徐々に新たな固定砥粒ワイヤー30が送り出される。
固定砥粒ワイヤー30の最高速度Vmaxは、1200m/分以上、2000m/分以下とすることが好ましい。最高速度Vmaxを1200m/分以上とすることで、風圧が高まり、固定砥粒ワイヤー30間にクーラント55による液膜の発生を抑制できる。また、最高速度Vmaxを2000m/分以下とすることで、ワイヤー走行による発熱を抑え、メインローラー20等の熱変形を抑えることにより、切断したウェーハの反りを抑制できる。
【0025】
[ワークの切断方法]
次に、シリコンインゴットであるワークWの切断方法について説明する。
クーラント供給部50の外側ノズル51および内側ノズル52から水分率が99%を超えるクーラント55を供給しながら、メインローラー20を駆動して固定砥粒ワイヤー30を往復走行する。この際、第1定常走行工程T2および第2定常走行工程T5では、1200m/分以上、2000m/分以下に設定された最高速度Vmaxに維持して固定砥粒ワイヤー30を走行させる。そして、クーラント55の供給および固定砥粒ワイヤー30の走行速度を維持しながら、ワーク押圧部40によりワークWを固定砥粒ワイヤー30に押し付けてワークWを切断する。これにより、ワークWはスライスされて多数のウェーハに加工される。
【0026】
[実施形態の作用および効果]
水分率が99%を超えるクーラント55を使用する場合、水の表面張力によって固定砥粒ワイヤー30間に液膜が発生して固定砥粒ワイヤー30のピッチがばらつく恐れがある。このため、特に、円柱状のワークWを切断する場合、メインローラー20から加工点までの距離が最も長くなる切断開始時で固定砥粒ワイヤー30のピッチのばらつきが顕著となる。また、ワークWの切断開始時は固定砥粒ワイヤー30がワークWに食いつくまで固定砥粒ワイヤー30がぶれるため、固定砥粒ワイヤー30の間隔が狭まり、液膜ができやすい。
これに対し、本実施形態のシリコンインゴットの切断方法では、固定砥粒ワイヤー30の最高速度Vmaxを1200m/分以上に設定しているので、風圧によって液膜の発生を抑制でき、固定砥粒ワイヤー30のピッチのばらつきも抑制でき、ワークWの切り始め区間における厚さ寸法のばらつきを低減できる。
固定砥粒ワイヤー30にクーラント55を供給しながらワークWの切断を開始しているので、ウェーハの切り始め部の品質低下も防止できる。また、ワークWの切断途中で固定砥粒ワイヤー30の走行速度を変更しないため、ウェーハ面に段差が生じることを防止できる。
固定砥粒ワイヤー30の最高速度Vmaxを2000m/分以下に設定しているので、ワイヤー走行による発熱を抑制できる。このため、メインローラー20等の熱変形を抑制でき、切断したウェーハの反りを抑制できる。
【0027】
内側ノズル52から固定砥粒ワイヤー30にクーラント55を供給する位置がワークWに近いと、固定砥粒ワイヤー30に供給されたクーラント55に風圧を加える時間が短くなり、液膜の発生を防止できない可能性がある。これに対し、本実施形態では、ワークWからの距離Lが60mm以上となる位置でクーラント55を供給しているので、風圧を加える時間を確保でき、液膜の発生を抑制できる。
また、内側ノズル52から固定砥粒ワイヤー30にクーラント55を供給する位置がワークWから離れすぎると、加工点までクーラント55が届かず、ワイヤー目詰まりによる加工負荷が増加し、品質悪化に繋がる。これに対し、本実施形態では、ワークWからの距離Lが120mm以下の位置でクーラント55を供給しているので、クーラント55は加工点まで供給可能である。
【0028】
[変形例]
以上、本発明の実施形態について図面を参照して詳述してきたが、具体的な構成はこの実施形態に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲の種々の改良並びに設計の変更等があっても本発明に含まれる。
マルチワイヤーソー1としては、3本のメインローラーを有する3軸タイプでもよいし、4本のメインローラーを有するタイプでもよい。クーラント55は、市販のクーラントを1に対して、水を200(vol%)で希釈した200倍希釈のものに限らず、水分率が99%を超えるものであればよい。
【0029】
固定砥粒ワイヤー30の最高速度Vmaxは1200m/分以上であればよく、最高速度Vmaxの上限値は2000m/分を超える速度、例えば、2100m/分としてもよい。また、第1方向の最高速度と第2方向の最高速度は通常は同じ速度に設定するが、異なる速度に設定してもよい。
クーラント55の供給位置は、ワークWからの距離が120mmを超える位置、例えば、150mmとしてもよい。また、クーラント55の供給位置は、ワークWからの距離が60mm未満の位置、例えば、50mmとしてもよい。
ワークWの切断方法としては、固定砥粒ワイヤー30を往復走行させる往復動切断方法に限らず、固定砥粒ワイヤー30を一方向に走行させる一方向送り切断方法でもよい。この一方向送り切断方法では、走行開始時に固定砥粒ワイヤー30を速度0から最高速度Vmaxまで加速して走行させ、その後は最高速度Vmaxに維持して固定砥粒ワイヤー30を一方向に走行させ、切断終了後に最高速度Vmaxから速度0まで減速すればよい。すなわち、本発明は、水分率が99%を超えるクーラントを供給しながら、固定砥粒ワイヤー30の走行速度を最高速度Vmaxに維持する定常走行を行ってワークWを切断するものであればよい。
【実施例0030】
次に、本発明の実施例について説明する。実施例では、直径300mmインゴットを用いた。また、使用したローラーピッチは960um、ワイヤーの芯線径は120um、砥粒径は6-12umのものを用いた。ワイヤー外径は134umである。なお、本発明は実施例に限定されるものではない。
【0031】
<クーラント水分率の評価>
図4は、クーラント55の水分率に対する固定砥粒ワイヤー30の最高速度Vmaxと、ワークWの切り始め区間30mmのPV値との関係を示すグラフである。PV値(Peak to Valley)は、ワークWの切り始めから30mmの区間におけるウェーハ厚さの最大値と最小値との差である。
図4に示すように、水分率が72.0%、90.0%と低い場合は、ワイヤー走行速度の最高速度Vmaxが900m/分以下と低速であってもPV値は10μm以下と小さく、PV値はワイヤー走行速度依存性が低いことが分かった。一方、水分率が99.0%や、99.5%の場合は、最高速度Vmaxが900m/分以下と低速であるとPV値も15μm以上と大きくなることが判明した。特に、水分率が99%を超える99.5%の場合、最高速度Vmaxが1000m/分でもPV値が10μm以上であるのに対し、最高速度Vmaxを1200m/分以上にするとPV値を5μm以下に抑制できることが判明した。
【0032】
<ワイヤー走行速度の評価>
表1は、固定砥粒ワイヤー30の最高速度Vmaxに対するワークWの切り始め区間30mmの厚みのばらつきを示すPV値と、ウェーハの反りを示すWarpとを実験により評価した結果である。本実験では、水分率が99.5%のクーラント55を使用した。Warpは、吸着固定しない状態のウェーハにおいて指定された基準面からウェーハ中心面までの距離の最大値と最小値の和である。
【0033】
【表1】
【0034】
表1の結果から、最高速度Vmaxが1200m/分以上であれば、風圧で液膜の発生を抑えて、ウェーハにおける切り始め区間30mmの厚みのばらつきが抑制されてPV値が5μm以下の小さな値になることを確認した。また、最高速度Vmaxが2000m/分以下であれば、加工熱の発生を抑制でき、Warpが15μm以下の小さな値になることを確認した。このため、水分率99%を超えるクーラント55を供給する場合、最高速度Vmaxは1200m/分以上、2000m/分以下に設定することが好ましいことを確認できた。
【0035】
<クーラント供給位置の評価>
図5は、クーラント55の供給位置に対する固定砥粒ワイヤー30の最高速度Vmaxと、ワークWの切り始め区間30mmのPV値との関係を示すグラフである。
具体的には、クーラント供給位置および最高速度Vmaxを設定して1~3本のシリコンインゴットをスライスし、シリコンインゴットのトップ部分、トップと中央との間、中央部分、中央部分とボトムとの間、ボトム部分の5箇所から各5枚のウェーハを選び、各ウェーハの切り始め区間のPV値を平均化した結果のグラフである。
図5に示すように、最高速度Vmaxが1000m/分以下の場合、クーラント55の供給位置からワークWの内側ノズル52側の端面部までの距離Lが大きくなるとPV値が低下する。同様に、最高速度Vmaxが1200m/分以上の場合も距離Lが大きくなるとPV値が低下し、特に距離Lが60mm以上であればPV値を5μm以下に低減できた。
最高速度Vmaxが1200m/分以上の場合、距離Lを150mmと大きく設定しても、PV値は距離Lが60mmや120mmの場合と殆ど同じレベルであった。一方、距離Lが大きくなると、加工点までクーラント55が届かず、ワイヤー目詰まりによる加工負荷が増加し、品質悪化に繋がる。
このため、PV値を低下でき、かつ、コスト増を抑制する点で、クーラントの供給位置は、ワークWの内側ノズル52側の端面部からの距離Lが60mm以上、120mm以下であることが好ましいことを確認できた。
【符号の説明】
【0036】
1…マルチワイヤーソー、20…メインローラー、21…溝、30…固定砥粒ワイヤー、31…芯線、32…砥粒、40…ワーク押圧部、50…クーラント供給部、51…外側ノズル、52…内側ノズル、55…クーラント。
図1
図2
図3
図4
図5