(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023095314
(43)【公開日】2023-07-06
(54)【発明の名称】アルミニウム押出線
(51)【国際特許分類】
C22C 21/00 20060101AFI20230629BHJP
B21C 23/00 20060101ALI20230629BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20230629BHJP
C22F 1/04 20060101ALN20230629BHJP
【FI】
C22C21/00 A
B21C23/00 A
C22F1/00 604
C22F1/00 612
C22F1/00 625
C22F1/00 630A
C22F1/00 661A
C22F1/00 681
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 694B
C22F1/04 J
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021211128
(22)【出願日】2021-12-24
(71)【出願人】
【識別番号】000002093
【氏名又は名称】住友化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106518
【弁理士】
【氏名又は名称】松谷 道子
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100206140
【弁理士】
【氏名又は名称】大釜 典子
(72)【発明者】
【氏名】星河 浩介
(72)【発明者】
【氏名】永田 章
(72)【発明者】
【氏名】久保田 侑治
(72)【発明者】
【氏名】荒井 奈々
【テーマコード(参考)】
4E029
【Fターム(参考)】
4E029AA06
(57)【要約】
【課題】合金元素の添加量が少ないアルミニウムからなるアルミニウム押出線であって、高い強度と、長さ方向において高い強度均一性とを有するものを提供する。
【解決手段】合計含有量が0.01質量%以下のFe、Cu、Ti、Mn、Mg、Cr、B、Ga、VおよびZnと、Ni、YおよびSiから成る群から選択される1種以上と、を含み、残部がAlおよび不可避不純物から成り、押出線の長手方向と直交する断面において、当該断面の中心点を含む中央測定領域と、前記断面の外周に接する周辺測定領域の両方で、後方散乱電子回折によって測定した平均結晶粒径が、それぞれ15~50μmである、アルミニウム押出線。
【選択図】
図1B
【特許請求の範囲】
【請求項1】
合計含有量が0.01質量%以下のFe、Cu、Ti、Mn、Mg、Cr、B、Ga、VおよびZnと、
Ni、YおよびSiから成る群から選択される1種以上と、を含み、
残部がAlおよび不可避不純物から成り、
押出線の長手方向と直交する断面において、当該断面の中心点を含む中央測定領域と、前記断面の外周に接する周辺測定領域の両方で、後方散乱電子回折によって測定した平均結晶粒径が、それぞれ15~50μmである、アルミニウム押出線。
【請求項2】
以下の式(1)を満たす、請求項1に記載のアルミニウム押出線。
|Dp-Dc|≦20(μm)・・・(1)
ここで、
Dcは、前記断面の中央測定領域における平均結晶粒径(μm)であり、
Dpは、前記断面の周辺測定領域における平均結晶粒径(μm)である。
【請求項3】
前記中心測定領域と前記周辺測定領域の両方で、結晶粒内の局所方位差が0.2°以上の領域の面積率が、それぞれ15~30%である、請求項1または2に記載のアルミニウム押出線。
【請求項4】
以下の式(2)を満たす、請求項1~3のいずれか1項に記載のアルミニウム押出線。
|Rc-Rp|≦5(%)・・・(2)
ここで、
Rcは、前記断面の中央測定領域における局所方位差0.2°以上の領域の面積率(%)であり、
Rpは、前記断面の周辺測定領域における局所方位差0.2°以上の領域の面積率(%)である。
【請求項5】
後方散乱電子回折により、前記断面における結晶粒内の局所方位差を測定したとき、以下の式(3)を満たす、請求項1~4のいずれか1項に記載のアルミニウム押出線。
|STD1-STD2|≦0.02・・・(3)
ここで、
STD1は、前記断面の前記中央測定領域における局所方位差の測定値(°)の標準偏差であり、
STD2は、前記断面の前記周辺測定領域における局所方位差の測定値(°)の標準偏差である。
【請求項6】
Ni、YおよびSiから成る群から選択される1種以上の合計含有量が、10~2000質量ppmである、請求項1~5のいずれか1項に記載のアルミニウム押出線。
【請求項7】
直径が1~10mmである、請求項1~6のいずれか1項に記載のアルミニウム押出線。
【請求項8】
半導体素子のアルミニウム配線用である、請求項1~7のいずれか1項に記載のアルミニウム押出線。
【請求項9】
20K以下で使用する超電導安定化材用である、請求項1~8のいずれか1項に記載のアルミニウム押出線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、アルミニウム押出線に関する。
【背景技術】
【0002】
押出成形技術で製造したアルミニウム押出品は古くから知られている。
例えば非特許文献1には、AA1100系アルミニウム合金の押出成形では、押出温度400~500℃、コンテナ温度360~460℃が好適であることが開示されている。
特許文献1は、高純度アルミニウムスパッタリングターゲットに関し、高純度アルミニウムを300℃以下の低温押出することで、結晶粒径が100μm以下の押出品が得られることが記載されている。
【0003】
特許文献2は、高電気伝導性・耐熱性鉄含有軽質アルミワイヤーに関し、押出温度が300~450℃であることが開示されている。
特許文献3は、アルミニウム線用のロッドの製造方法に関し、Ni:40~60ppmとSi:5~10ppmを含むアルミニウムを、ビレット温度360~380℃、コンテナ温度380~420℃で押出成形することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008-156694号公報
【特許文献2】特開2019-512050号公報
【特許文献3】中国特許第105803268号明細書
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】アルミニウム加工技術便覧、日刊工業新聞社、1970年、p128
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
一般的なアルミニウム合金では、添加元素による析出強化および固溶強化によって強度が決定されるため、成分組成を一定にすることにより、アルミニウム合金押出線の全長にわたって強度を一定にすることができる。
【0007】
架空送電線などの電線、超電導安定化材、および細線加工用として使用されるアルミニウム押出線は、例えば4N以上の高純度アルミニウムに、1000質量ppm以下で、特定の化学成分を意図的に添加したアルミニウム材料が使用される。
このようなアルミニウム押出線では、添加元素が微量であるため、強度が低くなりやすい。また、添加元素による強度の制御ができず、アルミニウム押出線の長さ方向に沿って強度が変動するおそれがある。例えば、押出成形の開始直後(押出始)に押出成形された押出線は比較的強度が高く、その後徐々に強度が下がり、押出成形の終盤(押出終)に押出成形された押出線(「押出線の尾部」と称することがある)は強度が顕著に低下することがあった。
【0008】
しかしながら、非特許文献1および特許文献1~3のいずれにおいても、アルミニウム押出線の長さ方向における強度均一性について考慮されていない。
そこで、本発明の一実施形態は、合金元素の添加量が少ないアルミニウムからなるアルミニウム押出線であって、高い強度と、長さ方向において高い強度均一性とを有するものを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の態様1は、
合計含有量が0.01質量%以下のFe、Cu、Ti、Mn、Mg、Cr、B、Ga、VおよびZnと、
Ni、YおよびSiから成る群から選択される1種以上と、を含み、
残部がAlおよび不可避不純物から成り、
押出線の長手方向と直交する断面において、当該断面の中心点を含む中央測定領域と、前記断面の外周に接する周辺測定領域の両方で、後方散乱電子回折によって測定した平均結晶粒径が、それぞれ15~50μmである、アルミニウム押出線である。
【0010】
本発明の態様2は、
以下の式(1)を満たす、態様1に記載のアルミニウム押出線である。
|Dp-Dc|≦20(μm)・・・(1)
ここで、
Dcは、前記断面の中央測定領域における平均結晶粒径(μm)であり、
Dpは、前記断面の周辺測定領域における平均結晶粒径(μm)である。
【0011】
本発明の態様3は、
前記中心測定領域と前記周辺測定領域の両方で、結晶粒内の局所方位差が0.2°以上の領域の面積率が、それぞれ15~30%である、態様1または2に記載のアルミニウム押出線である。
【0012】
本発明の態様4は、
以下の式(2)を満たす、態様1~3のいずれか1つに記載のアルミニウム押出線である。
|Rc-Rp|≦5(%)・・・(2)
ここで、
Rcは、前記断面の中央測定領域における局所方位差0.2°以上の領域の面積率(%)であり、
Rpは、前記断面の周辺測定領域における局所方位差0.2°以上の領域の面積率(%)である。
【0013】
本発明の態様5は、
後方散乱電子回折により、前記断面における結晶粒内の局所方位差を測定したとき、以下の式(3)を満たす、態様1~4のいずれか1つに記載のアルミニウム押出線である。
|STD1-STD2|≦0.02・・・(3)
ここで、
STD1は、前記断面の前記中央測定領域における局所方位差の測定値(°)の標準偏差であり、
STD2は、前記断面の前記周辺測定領域における局所方位差の測定値(°)の標準偏差である。
【0014】
本発明の態様6は、
Ni、YおよびSiから成る群から選択される1種以上の合計含有量が、10~2000質量ppmである、態様1~5のいずれか1つに記載のアルミニウム押出線である。
【0015】
本発明の態様7は、
直径が1~10mmである、態様1~6のいずれか1つに記載のアルミニウム押出線である。
【0016】
本発明の態様8は、
半導体素子のアルミニウム配線用である、態様1~7のいずれか1つに記載のアルミニウム押出線である。
【0017】
本発明の態様9は、
20K以下で使用する超電導安定化材用である、態様1~8のいずれか1つに記載のアルミニウム押出線である。
【発明の効果】
【0018】
本発明の一実施形態によれば、合金元素の添加量が少ないアルミニウムからなるアルミニウム押出線であって、高い強度と、長さ方向において高い強度均一性とを有するものを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1A】Al押出線の長手方向と直交する断面の中央測定領域で測定したEBSD-KAMマップである。
【
図1B】Al押出線の長手方向と直交する断面の周辺測定領域で測定したEBSD-KAMマップである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明者らは、合金元素の添加量が少ないアルミニウム押出線は、強度が低くなりやすいこと、および押出線の長さ方向における強度のばらつき(強度不均一)が生じやすいことに着目して鋭意研究を行った。その結果、そのようなアルミニウム押出線では、合金元素の添加量が少ないために析出強化および固溶強化が発現しにくく、結晶粒径が、アルミニウム押出線の強度の支配的要因になっていることが分かった。その知見に基づいてさらに検討を行った結果、アルミニウム押出線の長手方向と直交する断面における、中央測定領域の結晶粒径と周辺測定領域の結晶粒径の両方を適正な範囲に制御することにより、アルミニウム押出線の強度を適切に制御でき、その結果、長さ方向における強度のばらつきが抑制され、長さ方向における強度均一性を向上できることを見出して、本発明を完成するに至った。
【0021】
なお、通常のアルミニウム(AA1100系)およびアルミニウム合金の押出線では、押出成形の際に、一般的な強化機構である析出効果および粒界強化、ならびに加工硬化が作用して、押出線が高強度化する。そのため、結晶粒径に起因する強度の変化の影響が小さい。そのため、従来の知見からすれば、押出線の長さ方向の強度均一性を検討する際に、結晶粒径に着目することはない。
【0022】
以下に、本発明の実施形態に係るアルミニウム押出線について説明する。
【0023】
[アルミニウム押出線]
1.化学成分組成
実施形態に係るアルミニウム押出線(以下、単に「押出線」と称することがある)の化学成分は、
合計含有量が0.01質量%以下のFe、Cu、Ti、Mn、Mg、Cr、B、Ga、VおよびZnと、
Ni、YおよびSiから成る群から選択される1種以上と、を含み、
残部がAlおよび不可避不純物から成る。不可避不純物とは、アルミニウム原料(一次地金等)に含まれる微量不純物を意味する。
【0024】
実施形態に係る押出線では、高純度アルミニウムに、特定の元素を意図的に添加している。ここで、意図的に添加している成分(これを「意図的添加成分」または単に「添加成分」と称することがある)は、Ni、YおよびSiである。これらの元素は、微細析出強化元素である。
この意図的添加成分を除く化学成分では、Fe、Cu、Ti、Mn、Mg、Cr、B、Ga、VおよびZnを、合計含有量0.01質量%以下で含有し、残部はAlおよび不可避不純物である。つまり、意図的添加成分を除いた場合、4N(99.99質量%)以上の高純度アルミニウムである。
【0025】
意図的添加成分であるNi、YおよびSiから成る群から選択される1種以上の合計含有量は、10~2000質量ppmであることが好ましく、30~300質量ppmあることがより好ましい。
各意図的添加成分は、微細析出強化の効果を発揮するために、以下の範囲で含有することが好ましい。
意図的添加成分としてNiを含有する場合、Ni含有量は、10~1000重量ppmとすることができ、30~300重量ppmであることが好ましく、特に30~100重量ppmであることが好ましい。
意図的添加成分としてYを含有する場合、Y含有量は、10~2000重量ppmとすることができ、30~1000重量ppmとすることもでき、特に50~300重量ppmであることが好ましい。
意図的添加成分としてSiを含有する場合、Si含有量は、10~100重量ppmとすることができる。
【0026】
本明細書においては、高純度アルミニウム(4N以上)に所定の意図的添加成分を添加した材料のことを「高純度アルミニウムベース材料」と称することがある。
【0027】
2.結晶組織
実施形態に係るアルミニウム押出線は、以下のような結晶組織を有する。
【0028】
(結晶粒径)
実施形態に係るアルミニウム押出線は、長手方向と直交する断面において、当該断面の中心点を含む中央測定領域と、前記断面の外周に接する周辺測定領域の両方で、後方散乱電子回折(EBSD:Electron Back Scatter Diffraction)によって測定した平均結晶粒径が、それぞれ15~50μmである。平均結晶粒径の好ましい範囲は、27.5~50μmであり、より好ましい範囲は、28~46μmであり、特に好ましい範囲は29~40μmである。
このような結晶粒径を有する押出線であると、合金元素の添加量が少ないアルミニウムからなるアルミニウム押出線であって、長さ方向において高い強度均一性を有することを、本発明者らは初めて見出した。
このような効果が得られる理由は定かではないが、高純度アルミニウムベース材料の粒界強化機構には結晶粒径の最適範囲があり、結晶粒径が最適範囲よりも大きいと粒界強化が不十分となり、結晶粒径が最適範囲よりも小さいと、加工の際に再結晶が容易に生じて結晶粒径が局所的に大きくなり、粒界強化機構が十分に機能しないためであると推測される。
【0029】
長手方向と直交する断面の中心点は、断面の外周が円形の場合は円の中心点、楕円形の場合は長径と短径の交点である。多角形の場合、断面の中心点は、複数の対角線が1点に交わる場合はその交点であり、複数の対角線が1点に交わらない場合は多角形の外接円の中心点である。
【0030】
中央測定領域は、中央測定領域の対角線の交点が、断面の中心点と重なるように位置決めされていることが好ましい。中央測定領域は、例えば0.46mm×0.61mmの矩形領域とする。なお、アルミニウム押出線の直径が小さい場合には、中央測定領域の寸法を小さくしてもよい。アルミニウム押出線の直径が1.6mm以下の場合、中央測定領域は、0.23mm×0.31mmの矩形領域とし、1.6mmより大きい場合は、0.46mm×0.61mmの矩形領域としてもよい。
【0031】
周辺測定領域は、周辺測定領域の対向する2つの長辺の一方の両端が、断面の外周に接するように位置決めされていることが好ましい。周辺測定領域は、例えば0.46mm×0.61mmの矩形領域とする。なお、アルミニウム押出線の直径が小さい場合には、周辺測定領域の寸法を小さくしてもよい。アルミニウム押出線の直径が1.6mm以下の場合、周辺測定領域は、0.23mm×0.31mmの矩形領域とし、1.6mmより大きい場合は、0.46mm×0.61mmの矩形領域としてもよい。
【0032】
なお、断面の外周がダレている場合は、ダレている部分を除いて外周形状を規定してもよい。
ダレの有無の判断は、後述する走査型電子顕微鏡(SEM)観察において、周辺測定領域内の焦点が均等に合わない場合に、ダレていると判断する。
【0033】
EBSD法による断面の測定は、以下のように行う。
EBSD法は、結晶集合組織の方位分布を解析する手法として汎用されている。通常、EBSD法は、走査型電子顕微鏡(SEM)に後方散乱電子回折検出器を搭載した装置を用いて実施する。後方散乱電子回折検出器としては、例えば、オックスフォード・インストゥルメント株式会社製のSymmetryが使用できる。
【0034】
押出線から、所定長さの観察試料(例えば、長さ25mm)を、押出線の長手方向と直交する断面で切断して切り出す。切り出した観察試料を樹脂に埋包し、断面を研磨およびエッチングする。その後、断面に電子線を走査し、後方散乱電子の回折パターンを装置で読み取る。
【0035】
具体的には、まず、装置に読み込まれた後方散乱電子の回折パターンをコンピュータに取り込み、解析ソフトで結晶方位解析を実施しながら試料表面を走査する。これによって、各測定点での結晶の指数付けが行われ、各測定点での結晶方位が求まる。この際、同じ結晶方位を有する連続した領域を一つの結晶粒として定義し、結晶粒の分布に関するマッピング像、つまりグレインマップを取得する。なお、一つの結晶粒を定義するにあたり、隣り合う結晶の結晶方位の角度差が10°以下の場合を同じ結晶方位とする。
これによって、各測定点において算出された結晶方位をもとに結晶粒の画像がコンピュータに記録される。
【0036】
さらに画像処理を行って、結晶粒径の円相当径の測定値を得る。円相当径の平均を面積荷重平均で求め、これを「平均結晶粒径」とする。
【0037】
実施形態に係るアルミニウム押出線は、以下の式(1)を満たすことが好ましい。
|Dp-Dc|≦20(μm)・・・(1)
ここで、
Dcは、前記断面の中央測定領域における平均結晶粒径(μm)であり、
Dpは、前記断面の周辺測定領域における平均結晶粒径(μm)である。
【0038】
断面の中央測定領域における平均結晶粒径Dcと、周辺測定領域における平均結晶粒径Dpとの差(絶対値)が20μm以下となるように制御することにより、押出線の長さ方向の強度をさらに均一にすることができる。そのような効果が得られる理由は定かではないが、以下のようなメカニズムであると推測される。
【0039】
上述したように、合金元素の添加量が少ないアルミニウム押出線では、析出強化および固溶強化を無視でき、結晶粒径が、押出線の強度の支配的要因である。また、合金元素の添加量が少ないアルミニウム押出線では、加工温度の影響が大きい。
押出成形では、長手方向に直交する断面内において、中央部分と周辺部分におけるアルミニウムの流動速度が大きく異なる。アルミニウムの押出用ビレットでは、コンテナに接触する周辺部分は、摩擦により拘束されるため、周辺部分のアルミニウムの流動速度は、中央部分よりも小さくなる。流動速度の差により、せん断変形領域が部分的に形成される。その結果、得られたアルミニウム押出線では、長手方向と直交する断面において、中央測定領域と周辺測定領域における結晶粒径が大きく相違する。特に、押出線の尾部では、結晶粒径の相違が著しい。合金元素の添加量が少ないアルミニウム押出線の強度は、結晶粒径の影響が大きいため、押出線の長さ方向の強度均一性が低下してしまうと考えられる。
【0040】
そこで、押出成形の押出初から押出終までに亘って、中央部分と周辺部分におけるアルミニウムの流動速度の差を小さくすることにより、中央測定領域と周辺測定領域における結晶粒径の差を小さくできるため、押出線の長さ方向における強度の変動を大幅に抑制できる。すなわち、押出線の長手方向と直交する断面における結晶粒径の均等性を向上することにより、押出線の長さ方向の強度均一性を向上することができる。
なお、後述するように、押出成形時の押出成形機のコンテナ温度を、ビレット温度よりも20~80℃低くすることにより、中央部分と周辺部分におけるアルミニウムの流動速度の差を小さくすることができる。
【0041】
(結晶粒内の局所方位差)
中央測定領域と周辺測定領域の両方で、結晶粒内の局所方位差が0.2°以上の領域の面積率が、それぞれ15~30%であることが好ましく、よりの好ましい範囲は、それぞれ15~25%であり、更に好ましい範囲は、それぞれ15~20%である。
高歪領域を適度に含むことにより、加工硬化による強度上昇が期待でき、かつ強度上昇の効果が押出線の長さ方向において均一に発揮されやすい。そのため、さらに高い強度、かつさらに高い強度均一性を有する押出線を得ることができる。
【0042】
局所方位差(KAM:Kernel Average Misorientation)は、EBSDの解析方法の1つであり、測定点とその近傍とにおける結晶方位の差を測定する。局所方位差が大きいほど、その結晶粒内のひずみが大きいといえる。
局所方位差(KAM)が0.2°以上の領域(「高局所方位差領域」または「高歪領域」とも称することがある)の面積率とは、測定範囲の面積(例えば、0.46mm×0.61mm=0.28mm2)を100%としたときの、KAMが0.2°以上の領域(高歪領域)の面積の比率のことである。高歪領域の面積率が高いと、加工硬化の効果が高くなる。
【0043】
上述したEBSD法による断面の測定用試料と同様の手順で調製した試料を、同様の装置を用いて測定する。測定のステップは0.2μm/pixとする。得られた後方散乱電子の回折パターンを解析ソフトAZtecで解析して、局所方位差0.2°以上の領域(高局所方位差領域)の累積頻度を計算し、高歪領域の面積とした。高歪領域の面積を、測定領域の面積(例えば、0.28mm2)で割って、高歪領域の面積率を求める。
なお、このとき結晶粒界を排除するために、KAMが10°以上の場合は、結晶粒界であると認定して、上記面積率の計算から除外する。
【0044】
押出線は、さらに、以下の式(2)を満たすことが好ましい。
|Rc-Rp|≦5(%)・・・(2)
ここで、
Rcは、前記断面の中央測定領域における局所方位差0.2°以上の領域の面積率(%)であり、
Rpは、前記断面の周辺測定領域における局所方位差0.2°以上の領域の面積率(%)である。
【0045】
式(2)は、断面における中央測定領域における局所方位差0.2°以上の領域(高歪領域)の面積率Rcと、周辺測定領域における局所方位差0.2°以上の領域(高歪領域)の面積率Rpとが近い値を有することを示唆している。
上述したように、高歪領域は加工硬化による強度上昇に寄与し得る。そのため、断面内において、高歪領域の面積率が比較的均一であることにより、断面内における強度が比較的均一になり、押出線全体における強度均一性をさらに向上することができる。
【0046】
なお、後述するように、押出成形時の押出成形機のコンテナ温度を、ビレット温度よりも20~60℃低くすることにより、中央部分と周辺部分におけるアルミニウムの流動速度の差を小さくすることができる。
【0047】
後方散乱電子回折により、前記断面における結晶粒内の局所方位差(KAM)を測定したとき、以下の式(3)を満たす事が好ましい。
|STD1-STD2|≦0.02・・・(3)
ここで、
STD1は、前記断面の前記中央測定領域における局所方位差の測定値(°)の標準偏差であり、
STD2は、前記断面の前記周辺測定領域における局所方位差の測定値(°)の標準偏差である。
【0048】
断面の中央測定領域および周辺測定領域の局所方位差(KAM)の分布が均一なときは、それぞれのKAMの標準偏差が小さくなり、かつそれぞれの標準偏差の差(絶対値)も小さくなる。つまり、式(3)を満たすことにより、断面の中央測定領域および周辺測定領域のKAMのばらつきが小さくなる。断面内において、高歪領域の面積率が比較的均一であることにより、断面内における強度が比較的均一になり、押出線全体における強度均一性をさらに向上することができる。
【0049】
なお、後述するように、押出成形時の押出成形機のコンテナ温度を、ビレット温度よりも20~60℃低くすることにより、中央部分と周辺部分におけるアルミニウムの流動速度の差を小さくすることができる。
【0050】
アルミニウム押出線は、用途に応じて任意の寸法形状とすることができ、例えば直径が1~10mmであってもよい。
【0051】
実施形態に係るアルミニウム押出線は、高純度アルミニウムベース材料から成るので、半導体素子のアルミニウム配線用、20K以下で使用する超電導安定化材用などに好適である。
なお、用途に合わせて、アルミニウム押出線に添加する意図的添加成分の種類、含有量を制御することが好ましい。
【0052】
(アルミニウム押出線の製造方法)
実施形態に係るアルミニウムの押出線を製造する方法を説明する。なお、本願の開示に接した当業者であれば、それらの記載に基づいて、実施形態に係るアルミニウムの押出線を製造可能な異なる方法に到達することもあり得る。
【0053】
高純度アルミニウム(例えば、純度99.99%(4N)以上のAl)の原料に、意図的添加成分(Ni、Y、Siの1種以上)を所定量で添加し、攪拌、溶解保持を行う。その後、定法によりビレットを鋳造し、さらに加工して、所望の寸法の押出用ビレットを作成する。
【0054】
押出用ビレットを、ビレット予備加熱温度(「ビレット温度」と称する)まで加熱した後、押出装置にて押出成形を行う。ビレット温度は、一般的な押出成形で用いられるビレット温度の範囲内とすればよい。
【0055】
押出成形のとき、押出装置のコンテナの加熱温度(これを「コンテナ温度」と称する)をビレット温度よりも20~80℃低くする。つまり、(ビレット温度BL-コンテナ温度C)が20~80℃となるように、ビレット温度BLとコンテナ温度Cと設定する。これにより、押出線の長手方向と直交する断面の中央測定領域および周辺測定領域の平均結晶粒径を15~50μmとすることができ、かつ中央測定領域の平均結晶粒径Dcと周辺測定領域の平均結晶粒径Dpの差を20μm以下にすることができる。
【0056】
さらに、(ビレット温度BL-コンテナ温度C)を20~60℃にすることにより、断面の中央測定領域および周辺測定領域の高歪領域の面積率を15~30%とすることができ、かつ中央測定領域の高歪領域の面積率Rcと周辺測定領域の高歪領域の面積率Rpの差ΔRを5%以下にすることができる。さらに、断面の中央測定領域および周辺測定領域における局所方位差(KAM)の標準偏差の差を0.02以下にすることもできる。(ビレット温度BL-コンテナ温度C)のより好ましい範囲は、25~45℃であり、さらに好ましい範囲は30~40℃である。
【0057】
従来は、ビレット温度を保持するために、コンテナ温度はビレット温度と同程度(通常は、温度差は10℃以内)にしていた。ところが、実施形態に係るアルミニウム押出線は、コンテナ温度をビレット温度よりも20℃~80℃低くすることにより、得られた押出線の結晶粒内に適度なひずみを生じさせている。これにより、所望の結晶粒径を有する押出線を得ることができる。
【実施例0058】
以下の手順でアルミニウム押出線の測定用試料を作成した。
【0059】
(1)測定用試料の作製
Al原料として、三層電解法で得られた高純度アルミニウム(純度99.999%Al)を用いた。
高純度アルミニウム原料を黒鉛坩堝に仕込み、意図的添加成分としてNiを添加し、攪拌、脱ガス(真空保持して700℃×2時間)したのち、内径100mmの黒鉛鋳型(内径100mm×高さ内寸230mm)を用いて740℃でビレットを鋳造した。
【0060】
得られたビレットを加工して寸法φ70mm×長さ180mmの押出用ビレットを作製した。その後、押出用ビレットを押出成形して、φ2mm×長さ約50mの押出線を得た。
押出成形時のビレット温度BLとコンテナ温度Cは、表1に示す「押出成形時のビレット温度BLとコンテナ温度Cの差ΔT(=ビレット温度B(℃)-コンテナ温度C(℃))」を満たすように制御して、実施例1~3および比較例1~4の押出線を作製した。なお、押出成形時のビレット温度BLは、高純度アルミニウム材料の押出成形時の一般的なビレット温度である、350~390℃とした。
【0061】
得られた各押出線について、固体発光分光分析により12元素の含有量を測定した。すべての測定用試料において、Niが50質量ppm、Si、Fe、Cu、Ti、Mn、Mg、Cr、B、Ga、VおよびZnの合計含有量が18質量ppmであった。
【0062】
押出線のうち押出始の2mと、押出終(尾部)の2mは、非定常部として除去する。その後、押出線の押出始側の端部と、押出終側(尾部側)の端部とから、それぞれ試料を切り出した。まず、それぞれの端部から、引張強度試験用の引張試験片(試料)を作成するための金属線(200mm)を切り出し、その後、押出終側から、結晶粒径測定用の試料(25mm)を切り出した。
【0063】
【0064】
(結晶粒径の測定)
後方散乱電子回折像法(EBSD法)により、結晶組織を観察した。
押出終側の端部から長さ25mmの試料を、押出線の長手方向と直交する断面で切断して切り出した。切り出した試料を樹脂に埋包し、断面を研磨およびエッチングした。その後、断面に電子線を走査し、後方散乱電子の回折パターンを装置で読み取った。
実施形態で説明した手順により、各試料の断面をEBSD法で測定し、結晶粒径の平均結晶粒径を求めた。走査型電子顕微鏡は、日本電子株式会社製のJSM-7900Fを使用し、後方散乱電子回折検出器として、オックスフォード・インストゥルメント株式会社製のSymmetryを使用した。
【0065】
表2に、実施例1~3および比較例1~4の各々について、断面の中央測定領域および周辺測定領域の平均結晶粒径を記載した。また、平均結晶粒径が実施形態の要件(平均結晶粒径が15~50μm)を満たすかどうか評価し、満たす場合は「〇」、満たさない場合は「×」と記載した。
さらに、中央測定領域の平均結晶粒径Dcと周辺測定領域の平均結晶粒径Dpの差(絶対値)ΔDを計算し、表2に記載した。また、ΔDが、実施形態の好ましい範囲(ΔD≦20μm)を満たすかどうか評価し、満たす場合は「〇」、満たさない場合は「×」と記載した。
【0066】
(結晶粒内の局所方位差の測定)
実施形態で説明した手順により、各試料の断面における結晶粒内の局所方位差(KAM)を測定し、KAMが0.2°以上の領域(高歪領域)の面積率を求めた。
表3に、実施例1~3および比較例1~4の各々について、断面の中央測定領域および周辺測定領域の高歪領域の面積率を記載した。また、高歪領域の面積率が実施形態の好ましい範囲(高歪領域の面積率が15~30%)を満たすかどうか評価し、満たす場合は「〇」、満たさない場合は「×」と記載した。
さらに、中央測定領域の高歪領域Rcと周辺測定領域の高歪領域Rpの差(絶対値)ΔRを計算し、表3に記載した。また、ΔRが、実施形態の好ましい範囲(ΔR≦5%)を満たすかどうか評価し、満たす場合は「〇」、満たさない場合は「×」と記載した。
【0067】
各試料の断面における結晶粒内のKAMの測定値から、KAMの平均値、標準偏差、および最頻値を求めた。表4に、実施例1~3および比較例1~4の各々について、断面の中央測定領域および周辺測定領域のKAMの平均値、標準偏差、および最頻値を記載した。
さらに、中央測定領域の標準偏差STD1と周辺測定領域の標準偏差STD2の差(絶対値)ΔSTDを計算し、表4に記載した。また、ΔSTDが、実施形態の好ましい範囲(ΔSTD≦0.02)を満たすかどうか評価し、満たす場合は「〇」、満たさない場合は「×」と記載した。
【0068】
(引張強度の評価)
押出線の押出始側の端部と、押出終側(尾部側)の端部とから、それぞれ、長さ200mmの金属線を切り出した。切り出した金属線を加工して、引張試験片(試料)を得た。なお、引張試験片の形状寸法は、JIS Z 2241:2011の4号試験片の通りとした。
【0069】
引張試験は、JIS Z 2241:2011に準拠して行った。引張試験片の両端50mmをチャックでつかみ、引張速度 20mm/minで引張試験を行い、引張強度を測定した。引張試験方法は、JIS Z 2241:2011に準拠して行った。
【0070】
表5に、実施例1~3および比較例1~4の各々について、押出始側の試料の引張強度TS1、および押出終側(尾部側)の試料の引張強度TS2を記載した。また、TS2が53.5MPa以上の場合をA、52MPa以上53.5MPa未満の場合をB、52MPa未満の場合をCに分類した。
【0071】
さらに、押出始側の試料の引張強度TS1と押出終側(尾部側)の試料の引張強度TS2の差ΔTS(TS1-TS2)を計算し、表5に記載した。ΔTSが5MPa以下の場合をA、10MPa以上5MPa未満の場合をB、10MPa超の場合をCに分類した。
【0072】
TS2の評価結果とΔTSの評価結果から、各試料の総合評価を行った。少なくとも一方の評価がCの場合は、総合評価をCとし、両方の評価がAの場合は、総合評価をAとした。それ以外は、総合評価をBとした。
【0073】
【0074】
【0075】
【0076】
【0077】
実施例1~3は、押出成形時のビレット温度BLとコンテナ温度Cの差(=ビレット温度BL-コンテナ温度C)が20~80℃であったため、押出線の断面の中央測定領域および周辺測定領域の平均結晶粒径Dc、Dpがいずれも15~50μmとなり、かつ平均結晶粒径Dc、Dpの差ΔDが20μm以下であった(表2)。そのため、押出線の押出終(尾部)における押出線の引張強度が高く、かつ押出始と押出終(尾部)の押出線の引張強度の差が小さくなった。すなわち、実施例1~3の押出線は、強度が高いだけでなく、長さ方向における強度のばらつきが少なく、強度均一性が高くなった。
【0078】
特に、実施例1~2では、ビレット温度BLとコンテナ温度Cの差が20~60℃であったため、中心測定領域と周辺測定領域における結晶粒内の局所方位差が0.2°以上の領域の面積率Rc、Rpが、いずれも15~30%となり、面積率Rc、Rpの差ΔRが5%以下となり、さらに、中央測定領域と周辺測定領域におけるにおける局所方位差の測定値(°)の標準偏差STD1、STD2の差ΔSTDが0.02以下となった。その結果、押出線の押出終(尾部)における押出線の引張強度と、押出線の長さ方向における強度均一性が、いずれも特に高かった。
【0079】
比較例1は、ビレット温度BLとコンテナ温度Cの差が-20℃で、コンテナ温度の方がビレット温度より高かった。そのため、周辺測定領域の平均結晶粒径が50μmを越えていた。その結果、押出線の押出終(尾部)における押出線の引張強度が低く、かつ押出始と押出終(尾部)の押出線の引張強度の差が大きかった。
【0080】
比較例2は、ビレット温度BLとコンテナ温度Cの差が0℃であった。そのため、周辺測定領域の平均結晶粒径が50μmを越え、かつ中央測定領域と周辺測定領域における平均結晶粒径の差が20μmを越えていた。その結果、押出線の押出終(尾部)における押出線の引張強度が低く、かつ押出始と押出終(尾部)の押出線の引張強度の差が大きかった。
【0081】
比較例3は、ビレット温度BLとコンテナ温度Cの差が100℃と、温度差が大きかった。そのため、中央測定領域の平均結晶粒径が15μm未満となった。その結果、押出線の押出終(尾部)における押出線の引張強度が低かった。
【0082】
比較例4は、比較例3と同様に、ビレット温度BLとコンテナ温度Cの差が90℃と、温度差が大きかった。そのため、中央測定領域の平均結晶粒径が15μm未満となった。その結果、押出線の押出終(尾部)における押出線の引張強度が低かった。