(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023095740
(43)【公開日】2023-07-06
(54)【発明の名称】酸化ケイ素蒸着膜、成形品、成形品の製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 16/42 20060101AFI20230629BHJP
C01B 33/113 20060101ALI20230629BHJP
B32B 9/00 20060101ALI20230629BHJP
B32B 27/00 20060101ALI20230629BHJP
B65D 65/40 20060101ALI20230629BHJP
【FI】
C23C16/42
C01B33/113 A
B32B9/00 A
B32B27/00 H
B65D65/40 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022077451
(22)【出願日】2022-05-10
(31)【優先権主張番号】P 2021210161
(32)【優先日】2021-12-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000227009
【氏名又は名称】日清オイリオグループ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】目時 潤也
(72)【発明者】
【氏名】村野 賢博
(72)【発明者】
【氏名】栗本 崇志
(72)【発明者】
【氏名】早川 徹彦
【テーマコード(参考)】
3E086
4F100
4G072
4K030
【Fターム(参考)】
3E086AD04
3E086AD05
3E086AD06
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4F100AA20
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4G072AA24
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4K030CA14
4K030CA15
4K030CA17
4K030FA01
4K030JA05
4K030JA06
4K030LA02
(57)【要約】
【課題】撥油機能の高い酸化ケイ素蒸着膜、撥油機能の高い酸化ケイ素蒸着膜で被膜された成形品、撥油性の高い酸化ケイ素蒸着膜で被膜された成形品の製造方法を提供する。
【解決手段】酸化ケイ素蒸着膜の表面が、飛行時間型二次イオン質量分析法により得られるイオン強度において、イオン強度Sに対する、イオン強度Aとイオン強度AOの合計の割合が10以上、及び/又は、イオン強度Sに対するイオン強度AOの割合が0.7以上である、酸化ケイ素蒸着膜(ただし、イオン強度Sは、m/z43.97の正イオンの強度であり、イオン強度Aは、m/z43.00の正イオン、m/z59.03の正イオン、及びm/z73.05の正イオンの各イオンの強度の合計であり、イオン強度AOは、m/z31.02の負イオン、m/z59.00の負イオン、m/z74.99の負イオン、m/z102.97の正イオン、及びm/z134.96の負イオンの各イオンの強度の合計である)。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化ケイ素蒸着膜の表面が、飛行時間型二次イオン質量分析法により得られるイオン強度において、イオン強度Sに対する、イオン強度Aとイオン強度AOの合計の割合((イオン強度A+イオン強度AO)/イオン強度S)が10以上、及び/又は、イオン強度Sに対するイオン強度AOの割合(イオン強度AO/イオン強度S)が0.7以上である、
酸化ケイ素蒸着膜。
(ただし、
イオン強度Sは、m/z43.97の正イオンの強度であり、
イオン強度Aは、m/z43.00の正イオン、m/z59.03の正イオン、及びm/z73.05の正イオンの各イオンの強度の合計であり、
イオン強度AOは、m/z31.02の負イオン、m/z59.00の負イオン、m/z74.99の負イオン、m/z102.97の正イオン、及びm/z134.96の負イオンの各イオンの強度の合計である)
【請求項2】
前記イオン強度Aに対する前記イオン強度AOの割合(イオン強度AO/イオン強度A)が0.2以上である、
請求項1に記載の酸化ケイ素蒸着膜。
【請求項3】
表面を請求項1又は2のいずれかに記載の酸化ケイ素蒸着膜で被覆された、成形品。
【請求項4】
成形品が、樹脂、ガラス、金属から選ばれる材料で成形され、容器又は配管又は調理器具である、請求項3に記載の成形品。
【請求項5】
酸化ケイ素蒸着膜で覆われた成形品の表面における、精製菜種油の20℃での接触角が20°以上である、請求項4の成形品。
【請求項6】
有機ケイ素化合物と酸化性ガスとを反応ガスとして用いたプラズマCVD法により、成形品を酸化ケイ素蒸着膜で被覆し、
得られた酸化ケイ素蒸着膜の表面が、飛行時間型二次イオン質量分析法により得られるイオン強度において、イオン強度Sに対する、イオン強度Aとイオン強度AOの合計の割合((イオン強度A+イオン強度AO)/イオン強度S)が10以上、及び/又は、イオン強度Sに対するイオン強度AOの割合(イオン強度AO/イオン強度S)が0.7以上である、
撥油性の高い酸化ケイ素蒸着膜で被膜された成形品の製造方法。
(ただし、
イオン強度Sは、m/z43.97の正イオンの強度であり、
イオン強度Aは、m/z43.00の正イオン、m/z59.03の正イオン、及びm/z73.05の正イオンの各イオンの強度の合計であり、
イオン強度AOは、m/z31.02の負イオン、m/z59.00の負イオン、m/z74.99の負イオン、m/z102.97の正イオン、及びm/z134.96の負イオンの各イオンの強度の合計である)
【請求項7】
前記イオン強度Aに対する前記イオン強度AOの割合(イオン強度AO/イオン強度A)が0.2以上である、
請求項6に記載の成形品の製造方法。
【請求項8】
反応ガス全流量(容量)に対する酸化性ガスの流量(容量)の割合が0~65容量%であるプラズマCVD法により、成形品を酸化ケイ素蒸着膜で被覆する、
請求項6又は7に記載の成形品の製造方法。
【請求項9】
前記有機ケイ素化合物は、炭素を含む有機官能基として、エトキシ基及び/又はメトキシ基を有する有機ケイ素化合物であり、
前記酸化性ガスは、酸素である、
請求項6~8のいずれか1項に記載の成形品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、撥油性の高い酸化ケイ素蒸着膜、酸化ケイ素蒸着膜で被覆された成形品、酸化ケイ素蒸着膜で被膜された成形品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、各種基体の特性を改善するために、表面に膜を形成することが行われている。例えば、包装材料においては、プラスチックの成形品の表面にプラズマCVD法による蒸着膜を形成し、ガス遮断性を向上させることが公知である。
【0003】
例えば、少なくとも有機ケイ素化合物と酸素もしくは酸化力を有するガスを用い、プラズマCVD法によりプラスチック容器の少なくとも片側上にケイ素酸化物と、炭素、水素、ケイ素及び酸素の中から少なくとも1種あるいは2種以上の元素からなる化合物を少なくとも1種類含有するバリヤー層(蒸着膜)を形成する際に有機ケイ素化合物の濃度が変化することを特徴とするプラスチック容器の製造方法が知られている。なお、有機珪素化合物(ヘキサメチルジシロキサン)と酸素とのガスの流量比は、1:2、1:20、1:100であった(特許文献1参照)。
【0004】
また、有機ケイ素化合物ガスと酸素原子を含むガスとの流量比が、1:3~50の範囲で製造され、Si原子数100に対してO原子数170~200およびC原子数30以下の成分割合からなる酸化ケイ素膜にガスバリア性があることが示されている(特許文献2参照)。
【0005】
一方、容器や調理器具などのように、使用後の洗浄性、内容物の排出性が良好であれば、作業性が向上し、環境への負荷も低くなる。そのため、容器や調理器具などの基体の特性として、撥水・撥油性も求められる。撥水性としては、例えば、窒素、珪素、炭素および水素を含む有機系珪素化合物膜を成膜し、その表面に、CVD法(ヘキサメチルジシロキサンと酸素とのガスの流量比1:4)により、酸化珪素化合物を主成分とする酸化珪素化合物膜を形成することで、排水性も良好なボトルが提案されている。(特許文献3参照)。
しかしながら、撥油性の良好な酸化珪素化合物膜については、十分な検討がなされていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2000-255579号公報
【特許文献2】特開2003-53873号公報
【特許文献3】特開2009-46162号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、撥油機能の高い酸化ケイ素蒸着膜、さらに、撥油機能の高い酸化ケイ素蒸着膜で被膜された成形品、及び撥油性の高い酸化ケイ素蒸着膜で被膜された成形品の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、鋭意検討を行った結果、アルキル基及び/又はアルコキシ基を一定量含む酸化ケイ素蒸着膜を用いることで、高い撥油性を有することを得られることを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
すなわち、本発明は、下記の[1]~[9]を提供する。
[1] 酸化ケイ素蒸着膜の表面が、飛行時間型二次イオン質量分析法により得られるイオン強度において、イオン強度Sに対する、イオン強度Aとイオン強度AOの合計の割合((イオン強度A+イオン強度AO)/イオン強度S)が10以上、及び/又は、イオン強度Sに対するイオン強度AOの割合(イオン強度AO/イオン強度S)が0.7以上である、
酸化ケイ素蒸着膜。
(ただし、
イオン強度Sは、m/z43.97の正イオンの強度であり、
イオン強度Aは、m/z43.00の正イオン、m/z59.03の正イオン、及びm/z73.05の正イオンの各イオンの強度の合計であり、
イオン強度AOは、m/z31.02の負イオン、m/z59.00の負イオン、m/z74.99の負イオン、m/z102.97の正イオン、及びm/z134.96の負イオンの各イオンの強度の合計である)
[2] 前記イオン強度Aに対する前記イオン強度AOの割合(イオン強度AO/イオン強度A)が0.2以上である、[1]の酸化ケイ素蒸着膜。
[3]表面を[1]又は[2]の酸化ケイ素蒸着膜で被覆された、成形品。
[4]成形品が、樹脂、ガラス、金属から選ばれる材料で成形され、容器又は配管又は調理器具である、[3]の成形品。
[5]酸化ケイ素蒸着膜で覆われた成形品の表面における、精製菜種油の20℃での接触角が20°以上である、[3]又は[4]の成形品。
[6] 有機ケイ素化合物と酸化性ガスとを反応ガスとして用いたプラズマCVD法により、成形品を酸化ケイ素蒸着膜で被覆し、
得られた酸化ケイ素蒸着膜の表面が、飛行時間型二次イオン質量分析法により得られるイオン強度において、イオン強度Sに対する、イオン強度Aとイオン強度AOの合計の割合((イオン強度A+イオン強度AO)/イオン強度S)が10以上、及び/又は、イオン強度Sに対するイオン強度AOの割合(イオン強度AO/イオン強度S)が0.7以上である、
撥油性の高い酸化ケイ素蒸着膜で被膜された成形品の製造方法。
(ただし、
イオン強度Sは、m/z43.97の正イオンの強度であり、
イオン強度Aは、m/z43.00の正イオン、m/z59.03の正イオン、及びm/z73.05の正イオンの各イオンの強度の合計であり、
イオン強度AOは、m/z31.02の負イオン、m/z59.00の負イオン、m/z74.99の負イオン、m/z102.97の正イオン、及びm/z134.96の負イオンの各イオンの強度の合計である)
[7] 前記イオン強度Aに対する前記イオン強度AOの割合(イオン強度AO/イオン強度A)が0.2以上である、[6]の成形品の製造方法。
[8] 反応ガス全流量(容量)に対する酸化性ガスの流量(容量)の割合が0~65容量%であるプラズマCVD法により、成形品を酸化ケイ素蒸着膜で被覆する、[6]又は[7]の成形品の製造方法。
[9] 前記有機ケイ素化合物は、炭素を含む有機官能基として、エトキシ基及び/又はメトキシ基を有する有機ケイ素化合物であり、前記酸化性ガスは、酸素である、[6]~[8]のいずれかの成形品の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明よれば、撥油性に優れた酸化ケイ素蒸着膜を提供することができる。また、酸化ケイ素蒸着膜を表面に被覆された成形品は、油汚れが容易に落ち、油汚れに対する洗浄性が良好である。また、成形品が容器、配管等の場合は、油切れがよく、油残りが発生し難い。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明について詳細に例示説明する。なお、本発明の実施の形態において、A(数値)~B(数値)は、A以上B以下を意味する。なお、以下で例示する好ましい態様やより好ましい態様等は、「好ましい」や「より好ましい」等の表現にかかわらず適宜相互に組み合わせて使用することができる。また、数値範囲の記載は例示であって、「好ましい」や「より好ましい」等の表現にかかわらず各範囲の上限と下限並びに実施例の数値とを適宜組み合わせた範囲も好ましく使用することができる。さらに、「含有する」又は「含む」等の用語は、適宜「本質的になる」や「のみからなる」と読み替えてもよい。
【0012】
[酸化ケイ素蒸着膜]
本発明の酸化ケイ素蒸着膜は、酸化ケイ素蒸着膜の表面が、飛行時間型二次イオン質量分析法により得られるイオン強度において、イオンsの強度(イオン強度S)に対する、イオンaの強度(イオン強度A)とイオンaoの強度(イオン強度AO)の合計の割合((イオン強度A+イオン強度AO)/イオン強度S)が10以上、及び/又は、イオンsのイオン強度Sに対するイオンaoのイオン強度AOの割合(イオン強度AO/イオン強度S)が0.7以上である。
ただし、イオンs、イオンa、イオンao、イオン強度S、イオン強度A、イオン強度AOは、以下の通りである。
イオンsは、m/z43.97の正イオンである。
イオンaは、m/z43.00の正イオン、m/z59.03の正イオン、及びm/z73.05の正イオンである。
イオンaoは、m/z31.02の負イオン、m/z59.00の負イオン、m/z74.99の負イオン、m/z102.97の正イオン、及びm/z134.96の負イオンである。
イオン強度Sは、m/z43.97の正イオンの強度である。
イオン強度Aは、m/z43.00の正イオン、m/z59.03の正イオン、及びm/z73.05の正イオンの各イオンの強度の合計である。
イオン強度AOは、m/z31.02の負イオン、m/z59.00の負イオン、m/z74.99の負イオン、m/z102.97の正イオン、及びm/z134.96の負イオンの各イオンの強度の合計である。
【0013】
なお、本発明において、飛行時間二次イオン質量分析法において検出されるイオンは、m/z(イオンの質量mをイオンの価数で割った値:無次元量の値)で識別される。また、イオンの強度(イオン強度)は、飛行時間二次イオン質量分析法で検出される、イオンの個数に依存した値である(各m/zのイオン毎に検出される値)。
【0014】
本発明の、酸化ケイ素蒸着膜は、有機ケイ素化合物を含む反応性ガスを用いてのプラズマCVD法により製造することができ、アルキル基及び/又はアルコキシ基を一定量以上、酸化ケイ素蒸着膜中に残存させることで、撥油性が発現するものと想定されている。
【0015】
酸化ケイ素蒸着膜中のアルキル基及び/又はアルコキシ基の含有量は、酸化ケイ素蒸着膜の表面を飛行時間型二次イオン質量分析法(TOF-SIMS)で分析することで得られる、官能基に由来するピークの強度と相関があるため、本発明の酸化ケイ素蒸着膜において、飛行時間型二次イオン質量分析法における、酸化ケイ素に基づくと想定されるイオンのイオン強度に対するアルキル基及び/又はアルコキシ基に基づくと想定されるイオンのイオン強度が一定以上あることを必須とした。
【0016】
なお、酸化ケイ素に基づくと想定されるイオン(イオンs)は、m/z43.97(SiO))の正イオンとし、同イオンのイオン強度がイオン強度Sである。また、アルキル基に基づくと想定されるイオン(イオンa)は、m/z43.00(SiCH3)の正イオン、m/z59.03(SiC2H7)の正イオン、及びm/z73.05(SiC3H9)の正イオンとし、これらのイオン強度を合計したものがイオン強度Aである。また、アルコキシ基に基づくと想定されるイオン(イオンao)は、m/z31.02(CH3O)の負イオン、m/z59.00(SiCH3O)の負イオン、m/z74.99(SiCH3O2)の負イオン、m/z102.97(Si2CH3O2)の正イオン、及びm/z134.96(Si2CH3O4)の負イオンであり、これらのイオン強度を合計したものがイオン強度AOである。
【0017】
本発明の酸化ケイ素蒸着膜は、酸化ケイ素蒸着膜の表面が、飛行時間型二次イオン質量分析法により得られるイオン強度において、イオン強度Sに対する、イオン強度Aとイオン強度AOの合計の割合((イオン強度A+イオン強度AO)/イオン強度S)は、好ましくは20以上であってもよく、より好ましくは30以上であり、さらに好ましくは33以上である。また、本発明の酸化ケイ素蒸着膜は、酸化ケイ素蒸着膜の表面が、飛行時間型二次イオン質量分析法により得られるイオン強度において、イオン強度Sに対する、イオン強度Aとイオン強度AOの合計の割合((イオン強度A+イオン強度AO)/イオン強度S)は、1000以下が好ましく、より好ましくは600以下であり、さらに好ましくは100以下であり、最も好ましくは80以下である。
【0018】
また、本発明の酸化ケイ素蒸着膜は、酸化ケイ素蒸着膜の表面が、飛行時間型二次イオン質量分析法により得られるイオン強度において、イオン強度Sに対するイオン強度AOの割合(イオン強度AO/イオン強度S)は0.7以上であってもよく、1~200であることが好ましく、10~150であることがさらに好ましく、20~50であることが最も好ましい。
【0019】
また、前記イオン強度において、イオン強度Sに対するイオン強度Aの割合(イオン強度A/イオン強度S)は8以上であることが好ましい。
【0020】
酸化ケイ素蒸着膜中のアルキル基、アルコキシ基の撥油性の効果において、アルキル基に対し、アルコキシ基を多く含む方が、撥油性が高く、そのため、前記ピークにおいて、イオン強度Aに対するイオン強度AOの割合(イオン強度AO/イオン強度A)が、0.2以上である、ことが好ましく、0.5以上がより好ましく、1以上がさらに好ましい。
【0021】
なお、本発明において、飛行時間型二次イオン質量分析は、市販の装置を用いて測定することができ、例えば、株式会社日立ハイテクサイエンスが販売している飛行時間型二次イオン質量分析計(「TOF.SIMS5」ドイツ ION-TOF社製、測定領域:500μm角、一次イオン源:Bi)を用いることができる。
【0022】
本発明の酸化ケイ素蒸着膜は、表面を覆うことで撥油性を達成できるため、膜の厚さは特に影響を与えないと考えらえる。膜の厚さは特に限定するものではないが、1~800nmが好ましく、5~500nmがより好ましく、10~400nmがさらに好ましく、30~300nmがことさらに好ましく、80~150nmが最も好ましい。
【0023】
なお、酸化ケイ素蒸着膜の厚さは、例えば、フィルメトリクス株式会社製の顕微式自動膜厚測定システム(型番:F54 XY 200UV)、Bruker社製の触針式膜厚計「DEKTAK」、又は、膜の断面を作成し日本電子株式会社製の電解放出形操作電機顕微鏡「JSM-7800F Prime」(倍率3万倍、加速電圧2kV、ワーキングディスタンス10.3mm)で測定することができる。
【0024】
[成形品]
本発明の成形品は、表面を前述の酸化ケイ素蒸着膜で被覆された成形品である。表面の被覆は、成形品の全部、又は一部でよい。なお、前述の表面とは、成形品の最外層を意味する。また、本発明の酸化ケイ素蒸着膜は、被覆されている成形品の基部との間に、他の被膜があってもよい。
【0025】
本発明の成形品は、樹脂、ガラス、金属から選ばれる材料で成形されたものであることが好ましい。成形品の表面に前述の酸化ケイ素蒸着膜を有することで、油汚れの防止、油の除去性の向上が付与された成形品を得ることができる。好適な樹脂としては、それ自体公知の熱可塑性樹脂、例えば低密度ポリエチレン、高密度ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ1-ブテン、ポリ4-メチル-1-ペンテンあるいはエチレン、ピロピレン、1-ブテン、4-メチル-1-ペンテン等のα-オレフィン同志のランダムあるいはブロック共重合体等のポリオレフィン、エチレン・酢酸ビニル共重合体、エチレン・ビニルアルコール共重合体、エチレン・塩化ビニル共重合体等のエチレン・ビニル化合物共重合体、ポリスチレン、アクリロニトリル・スチレン共重合体、ABS、α-メチルスチレン・スチレン共重合体等のスチレン系樹脂、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、塩化ビニル・塩化ビニリデン共重合体、ポリアクリル酸メチル、ポリメタクリル酸メチル等のポリビニル化合物、ナイロン6、ナイロン6-6、ナイロン6-10、ナイロン11、ナイロン12等のポリアミド、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート等の熱可塑性ポリエステル、ポリカーボネート、ポリフエニレンオキサイド等や、ポリ乳酸など生分解性樹脂、あるいはそれらの混合物のいずれかの樹脂が挙げられる。また、金属としては、鉄、ニッケル、銅、亜鉛、鉛、アルミニウム、クロム、チタン等から選ばれる1種の金属、又は1種以上を主成分として含む合金が好ましく、ステンレスがより好ましい。
【0026】
これらの成形品は、フィルム、シート、配管、容器等でもよく、また、調理器具でもよい。配管としては、管、弁、ノズル等が挙げられる。容器としては、ボトル、タンク、カップ、皿等の他、容器を構成するキャップ、ノズル等が挙げられる。調理器具としては、ザル、網、コンロ、電子レンジ等の他、調理場に付属する換気扇、調理台等が挙げられる。特に、油脂用のボトル、タンク、弁、ノズル等の成形品であることが好ましい。また、油脂は、食用であることが好ましい。なお、成形品の酸化ケイ素蒸着膜で被膜する部分は、成形品の全部又は一部分でもよく、特に、油が接触する表面部分だけでもよい。
【0027】
本発明の成形品は、前述の酸化ケイ素蒸着膜で覆われた表面における、精製菜種油の20℃での接触角は、20°以上であることが好ましく、20~90°がより好ましく、25~80°さらに好ましく、30~60°が最も好ましい。
【0028】
[成形品の製造方法]
本発明の成形品の製造方法は、有機ケイ素化合物と酸化性ガスとを反応ガスとして用いたプラズマCVD法により、成形品を酸化ケイ素蒸着膜で被覆し、得られた酸化ケイ素蒸着膜の表面が、飛行時間型二次イオン質量分析法により得られるイオン強度において、イオン強度Sに対する、イオン強度Aとイオン強度AOの合計の割合((イオン強度A+イオン強度AO)/イオン強度S)が10以上、及び/又は、イオン強度Sに対するイオン強度AOの割合(イオン強度AO/イオン強度S)が0.7以上である。イオン強度Sに対する、イオン強度Aとイオン強度AOの合計の割合((イオン強度A+イオン強度AO)/イオン強度S)が10以上、及び/又は、イオン強度Sに対するイオン強度AOの割合(イオン強度AO/イオン強度S)が0.7以上とすることで、撥油性の高い酸化ケイ素蒸着膜で被膜された成形品を得ることができる。
【0029】
また、前記ピークにおいて、イオン強度Sに対するイオン強度Aの割合(イオン強度A/イオン強度S)が8以上であることが好ましい。
【0030】
なお、イオン強度S、イオン強度A、及びイオン強度AOは、前述の[酸化ケイ素蒸着膜]に記載の通りであり、イオン強度Sに対する、イオン強度Aとイオン強度AOの合計の割合((イオン強度A+イオン強度AO)/イオン強度S)の好ましい範囲、イオン強度Sに対するイオン強度AOの割合(イオン強度AO/イオン強度S)の好ましい範囲、及びイオン強度Sに対するイオン強度Aの割合(イオン強度A/イオン強度S)の好ましい範囲も、前述の[酸化ケイ素蒸着膜]に記載の通りである。
【0031】
(有機ケイ素化合物及び酸化性ガス)
本発明の成形品の製造方法は、酸化ケイ素蒸着膜形成のためのケイ素源として用いる有機ケイ素化合物としては、ヘキサメチルジシラン、ビニルトリメチルシラン、メチルシラン、ジメチルシラン、テトラメチルシラン、トリメチルシラン、ジエチルシラン、プロピルシラン、フェニルシラン、メチルトリエトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、ビニルトリメトキシシラン、テトラメトキシシラン、テトラエトキシシラン、フェニルトリメトキシシラン、メチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン等の有機シラン化合物、オクタメチルシクロテトラシロキサン、1,1,3,3-テトラメチルジシロキサン、ヘキサメチルジシロキサン等の有機シロキサン化合物等が使用される。また、これらの材料以外にも、ヘキサメチルジシラザン等のシラザン、アミノシランなどを用いることもできる。これらの有機ケイ素化合物は、単独でも或いは2種以上の組合せでも用いることができる。また、上述した有機ケイ素化合物とともに、シラン(SiH4)や四塩化ケイ素を併用することができる。有機ケイ素化合物として、炭素を含む有機官能基として、メチル基、メトキシ基、エチル基、エトキシ基から選ばれる官能基のみを有する有機ケイ素化合物が好ましく、エトキシ基及び/又はメトキシ基を有する有機ケイ素化合物がより好ましく、エトキシ基のみを有する有機ケイ素化合物がさらに好ましい。テトラエトキシシラン、テトラメチルジシロキサン、ヘキサメチルジシラザン等が好ましく、テトラエトキシシランがより好ましい。
【0032】
酸化性ガスとしては、酸素やNOxが使用され、酸素であることが好ましい。なお、キャリアーガスとしては、アルゴンやヘリウムなどが使用される。
【0033】
本発明の成形品の製造方法は、反応ガス全流量(容量)に対する酸化性ガスの流量(容量)の割合が0~65容量%であるプラズマCVD法により、成形品を酸化ケイ素蒸着膜で被覆することが好ましい。同条件にすることで、特に撥油性に優れた酸化ケイ素蒸着膜とすることができる。反応ガス全流量(容量)に対する酸化性ガスの流量(容量)の割合は、1~60容量%又は1~50容量%であることがより好ましく、2~40容量%又は2~30容量%であることがさらに好ましく、5~10容量%が最も好ましい。なお、反応ガスの流量は、処理すべき成形品における被覆面積にもよるが、例えば、400~1L容量のプラスチック容器の内面を被覆する場合には、容器1個当たり、3~2000sccm、特に、5~600sccmの流量で供給するのが好ましい。なお、「sccm」とは、0℃、1気圧の状態で1分間に流れるガスの量(cc)を意味する。
【0034】
(プラズマ処理)
本発明においては、上述した有機ケイ素化合物、酸化性ガス及び必要に応じてキャリアーガスを含む雰囲気中で、プラズマ処理室内に保持された基体表面にプラズマCVD法によるプラズマ処理を行って、前述した組成の蒸着膜を形成させる。
【0035】
プラズマ処理に際して、プラズマ処理室は、グロー放電が発生する真空度に保持するために、成膜時の圧力を1~200Paにすることが好ましく、3~100Paがより好ましい。この状態で、マイクロ波や高周波などを供給してのグロー放電により、酸化ケイ素蒸着膜が形成される。例えば、マイクロ波の出力は、10~1000Wの範囲が好ましく、20~1000Wがより好ましい。高周波の出力は、20~1500Wであることが好ましく、30~1500Wがより好ましい。
【0036】
なお、本発明の成形品の製造方法においては、成形品の最外層が前記条件で被覆された酸化ケイ素蒸着膜であればよく、他の条件で被膜された成形品を更に、上記製造条件で被膜してもよい。また、酸化性ガスの供給量を変化させるなど、プラズマCVD法の条件を変えて、最終的に上記製造条件で被膜してもよい。
【実施例0037】
次に、実施例、比較例及び参考例を挙げ、本発明を更に詳しく説明するが、本発明はこれらに何ら制限されるものではない。また。以下において「%」とは、特別な記載がない場合、質量%を示す。
なお、表中の「(A+AO)/S」は、「(イオン強度A+イオン強度AO)/イオン強度S」を意味し、「A/S」は、「イオン強度A/イオン強度S」を意味し、「AO/S」は「イオン強度AO/イオン強度S」を意味し、「AO/A」は「イオン強度AO/A」を意味する。
【0038】
[分析方法]
(表面官能基分析)
飛行時間型二次イオン質量分析計(「TOF.SIMS5」 株式会社日立ハイテクサイエンス社販売品、測定領域:500μm角で、一次イオン源:Bi(ビスマス)を用い、サンプル表面を分析した。得られたピークのイオン強度から、イオン強度Sに対する、イオン強度Aとイオン強度AOの合計の割合((イオン強度A+イオン強度AO)/イオン強度S)、イオン強度Sに対するイオン強度Aの割合(イオン強度A/イオン強度S)、イオン強度Sに対するイオン強度AOの割合(イオン強度AO/イオン強度S)、イオン強度Aに対するイオン強度AOの割合(イオン強度AO/イオン強度A)を算出した。
なお、イオンの強度(イオン強度)は、飛行時間二次イオン質量分析法で検出される、イオンの個数に依存した値(各m/zのイオン毎に検出される値)である。イオン強度Sは、m/z43.97の正イオンの強度とし、イオン強度Aは、m/z43.00の正イオン、m/z59.03の正イオン、及びm/z73.05の正イオンの各イオンの強度の合計値とし、イオン強度AOは、m/z31.02の負イオン、m/z59.00の負イオン、m/z74.99の負イオン、m/z102.97の正イオン、及びm/z134.96の負イオンの各イオンの強度の合計値とした。
【0039】
(接触角)
接触角計(「DMo-502」協和界面科学株式会社製)を用い、接触角計における「接触角測定[液滴法]」の設定で測定した。使用した液体は、精製菜種油(「日清キャノーラ油」日清オイリオグループ株式会社製)で、一回の測定に使用する液量は2.0μLとした。なお、接触角計における油の供給は「テフロンコート針」(協和界面科学株式会社製)を用いた。油は粘度が高く、サンプル表面に着液後時間をかけてぬれ広がるため、接触角が一定程度安定となる着液後50秒の値を記録した。
解析には、θ/2法(画像処理により液滴の半径rと高さhを求め、θ=2arctan(h/r)で算出)を用いた。
【0040】
(膜厚)
酸化ケイ素蒸着膜の膜厚は、以下のいずれかの方法で測定した。
方法1:顕微式自動膜厚測定システム(型番:F54 XY 200UV、フィルメトリクス社製)を用い測定した。
方法2:触針式膜厚計(DEKTAK、Bruker社製)を用い、同条件にて成膜したモニターガラスの膜厚を測定し、PET表面の膜厚と同等であるとした。
方法3:「断面試料作製装置(型番:クロスセクションポリッシャIB-19510CP、日本電子株式会社製)を用いてサンプルの断面を作成し、「電界放射型走査電子顕微鏡(FE-SEM)(型番:JSM-7800F Prime、日本電子株式会社製、倍率3万倍、加速電圧2kV、ワーキングディスタンス10.3mm)を用いて断面を観察して測定した。
【0041】
(滑落性)
鉛直方向に対して70°の傾きに設定したステージ(「ステージ(角度傾斜)」アズワン株式会社製)に、酸化ケイ素蒸着膜サンプルを設置し、カロテンで着色した精製菜種油(「日清キャノーラ油」日清オイリオグループ株式会社製 99.9%、(「β-Carotene 30% FS」DMS社製 0.1%)を、酸化ケイ素蒸着膜サンプル表面に、スポイトで1滴(約24.36mg)垂らし、液滴の後端(液滴と酸化ケイ素蒸着膜サンプル表面が最も上方に位置する接点)が、酸化ケイ素蒸着膜サンプル表面を6mm移動する時間を測定した。なお、測定時の温度は室温(23℃)であった。
移動時間により、A~Eの評価を行い、A~Dであれば、撥油効果があるものと確認でき、また、移動時間が短いほど、撥油効果が高く、良好である。
A評価:10秒以内
B評価:11~20秒
C評価:21~60秒
D評価:61~300秒
E評価:301秒以上
【0042】
[比較例1及び実施例1~3]
(酸化ケイ素蒸着膜及び成形品)
メチル基を有する有機ケイ素化合物と酸素によるプラズマCVD法によって、酸化ケイ素蒸着膜で被覆された市販の食用油用ポリエチレンテレフタレート(PET)製容器の平面部分から2cm角のPET板を切り取り、比較例1のサンプルとした。また、被覆されていない市販の食用油用ポリエチレンテレフタレート(PET)製容器の平面部分から2cm角のPET板を切り取り、プラズマCVD法により、同PET板を酸化ケイ素蒸着膜で被覆し、実施例1~4のサンプルとした。得られたサンプルを分析・評価し、イオン強度Sに対するイオン強度Aとイオン強度AOの合計の割合((イオン強度A+イオン強度AO)/イオン強度S)、イオン強度Sに対するイオン強度AOの割合(AO/S)、イオン強度Sに対するイオン強度Aの割合(イオン強度A/イオン強度S)、イオン強度Aに対するイオン強度AOの割合(イオン強度AO/イオン強度A)、膜厚、接触角、滑落性を表1に示した。
【0043】
【0044】
比較例1は、滑落性において、6分を超えても、後端の6mmの移動が終了しなかった。表1に示されるように、実施例1~3のサンプルは、比較例1のサンプルに比べて、滑落性が良好であった。このことから、実施例1~3のサンプルの撥油性が高いことが確認できる。特に実施例2~3の撥油性が優れていた。
【0045】
[実施例4~9]
(酸化ケイ素蒸着膜及び成形品)
被覆されていない市販の食用油用ポリエチレンテレフタレート(PET)製容器の平面部分から2cm角のPET板を切り取り、プラズマCVD装置(型番:PD-2201LC、サムコ株式会社製)を用い、テトラエトキシシラン(以下、TEOSと表記)、酸素(O2)を反応ガスとして、表2のプラズマCVD法の条件により、同PET板を酸化ケイ素蒸着膜で被覆し、実施例4~9のサンプルとした。得られたサンプルを分析・評価し、イオン強度Sに対するイオン強度Aとイオン強度AOの合計の割合((イオン強度A+イオン強度AO)/イオン強度S)、イオン強度Sに対するイオン強度AOの割合(イオン強度AO/イオン強度S)、イオン強度Sに対するイオン強度Aの割合(イオン強度A/イオン強度S)、イオン強度Aに対するイオン強度AOの割合(イオン強度AO/イオン強度A)、膜厚、接触角、滑落性を表2に示した。
【0046】
【0047】
表2に示されるように、実施例4~9のサンプルは、表1の比較例1のサンプルに比べて、滑落性が良好であり、撥油性が高いことが確認できた。特に、プラズマCVD処理において、反応ガス中のO2比(%)が低い実施例4~6は、イオン強度Aに対するイオン強度AOの割合(イオン強度AO/イオン強度A)が高く(アルコキシ基の含有率が高く)、表1の実施例1~3よりも撥油性が格段に優れていた。