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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023095868
(43)【公開日】2023-07-06
(54)【発明の名称】EUVL用マスクブランクス
(51)【国際特許分類】
   G03F 1/24 20120101AFI20230629BHJP
   C03C 17/36 20060101ALI20230629BHJP
   G02B 1/00 20060101ALI20230629BHJP
【FI】
G03F1/24
C03C17/36
G02B1/00
【審査請求】有
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023065284
(22)【出願日】2023-04-13
(62)【分割の表示】P 2020099745の分割
【原出願日】2020-06-09
(71)【出願人】
【識別番号】000002060
【氏名又は名称】信越化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002240
【氏名又は名称】弁理士法人英明国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】鎗田 直樹
(72)【発明者】
【氏名】原田 大実
(72)【発明者】
【氏名】竹内 正樹
(57)【要約】
【課題】 高平坦、低欠陥で、表面粗さが小さい表面を有し、反射膜成膜後のEUV光の反射率が十分に高いガラス基板上に多層反射膜が積層されたEUVL用マスクブランクスを提供すること。
【解決手段】
10μm×10μmの領域の表面形状を原子間力顕微鏡で測定して得られる、空間周波数0.1μm-1以上20μm-1以下の環状平均パワースペクトル密度の最大値が、1000nm4以下であるガラス基板上に、多層反射膜が積層されたEUVL用マスクブランクス。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
10μm×10μmの領域の表面形状を原子間力顕微鏡で測定して得られる、空間周波数0.1μm-1以上20μm-1以下の環状平均パワースペクトル密度の最大値が、1000nm4以下であるガラス基板上に、多層反射膜が積層されたEUVL用マスクブランクス。
【請求項2】
前記多層反射膜上に、さらに保護膜が積層された請求項1記載のEUVL用マスクブランクス。
【請求項3】
前記多層反射膜が、Mo膜とSi膜とを交互に積層したMo/Si周期積層膜である請求項1または2記載のEUVL用マスクブランクス。
【請求項4】
前記Mo/Si周期積層膜が、Mo膜およびSi膜を40~60周期交互に積層した積層膜である請求項3記載のEUVL用マスクブランクス。
【請求項5】
前記保護膜が、Ruからなる請求項2~4のいずれか1項記載のEUVL用マスクブランクス。
【請求項6】
前記ガラス基板の前記環状平均パワースペクトル密度を空間周波数(f)の関数afで表した場合において、空間周波数(f)1μm-1以上10μm-1以下における係数β(フラクタル係数)が、0.7以上である請求項1~5のいずれか1項記載のEUVL用マスクブランクス。
【請求項7】
前記ガラス基板における10μm×10μmの領域の表面形状を原子間力顕微鏡で測定して得られる表面粗さ(RMS)の値が、0.15nm以下である請求項1~6のいずれか1項記載のEUVL用マスクブランクス。
【請求項8】
前記ガラス基板における6mm×6mmの領域の表面形状を白色干渉計で測定して得られる、空間周波数0.4mm-1以上100mm-1以下の環状平均パワースペクトル密度の最大値が、1012nm4以下である請求項1~7のいずれか1項記載のEUVL用マスクブランクス。
【請求項9】
前記ガラス基板における142mm×142mmの領域の平坦度(TIR)が、100nm以下である請求項1~8のいずれか1項記載のEUVLマスクブランクス。
【請求項10】
前記ガラス基板が、チタニアを5~10質量%含むチタニアドープ合成石英ガラス基板である請求項1~9のいずれか1項記載のEUVL用マスクブランクス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、EUVL用マスクブランクスに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、従来の紫外線によるフォトリソグラフィ法を超える微細パターンの形成を実現するため、EUV(Extreme Ultra Violet)光を用いた露光技術であるEUVリソグラフィ(以下、「EUVL」と略す。)が注目されている。
EUV光とは、波長が0.2~100nm程度の軟X線領域、または真空紫外領域の波長帯域の光であり、EUVLで用いられる転写マスクとしては反射型マスクが有望視されている。
【0003】
この反射型マスクに用いられる基板は、表面粗さ、平坦度、微小欠陥数が極めて低減された表面が求められる。
特に、反射型マスクのEUV光の反射率を高めることは、EUVLの露光工程におけるスループットを向上させるために重要であり、そのためには反射型マスクブランクス用基板の表面粗さを低減させることが必要である。
基板の表面粗さの測定には、原子間力顕微鏡が用いられることが一般的である。例えば、非特許文献1では、10μm角の領域において、原子間力顕微鏡で測定された基板の表面粗さ(RMS)と、反射膜成膜後のEUV光の反射率との間に相関があることが報告されている。
【0004】
一方、特許文献1では、1μm×1μmの領域を原子間力顕微鏡で測定して得られる表面粗さ(RMS)が0.15nm以下、かつ、空間周波数1μm-1以上10μm-1以下の範囲のパワースペクトル密度(PSD)が10nm4以下である反射型マスク基板とその加工方法が報告されている。
また、特許文献2では、0.14×0.1mmの範囲における空間周波数1×10-2μm-1以上のPSDが4×106nm4以下、かつ、1μm角における空間周波数1μm-1の範囲のPSDが10nm4以下の基板が報告されている。
さらに、特許文献3では、表面性状のアスペクト比Str(s=0.2)(ISO025178-2)を0.30以上に制御することで、表面上に存在する異物の除去が容易となるマスクブランクス用ガラス基板が報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2013/146990号
【特許文献2】国際公開第2014/104276号
【特許文献3】特開2016-143791号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】神高典明、村上勝彦 PF NEWS Vol.26, No.1, P.24-25,2008年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、EUV光の反射率は、X線の回折現象と同様に表面粗さの空間周期にも依存するため、非特許文献1の技術のように、RMSによる表面粗さの管理だけでは反射膜成膜後に必ずしも高い反射率が得られるとは限らない。
【0008】
また、最近の研究では、反射率に大きな影響を及ぼすのは、特許文献1,2で報告されているよりもさらに空間周波数の小さな0.1μm-1付近のPSDであり、この範囲のPSDを精密に制御しないと、安定した反射率が得られないことがわかってきた。
加えて、EUV用反射型マスクブランクス用基板に一般的に用いられる、チタンがドープされたガラス基板は、素材にチタン濃度の分布が生じる場合があり、このチタン濃度分布に起因して、基板表面の比較的マクロなmmオーダーの領域において高さ方向の周期構造が生じる場合がある。この周期構造は、数nm~10nm程度の高さがあり、平坦度(TIR)で30nm未満が要求される反射型マスクブランクス基板では、平坦度を悪化させる要因となる。この点でも、特許文献1,2記載の空間周波数の範囲におけるPSDを規定しただけでは、総合的に反射型マスクブランクス基板に求められる諸特性を満たすには不十分であり、より広い範囲のPSD制御が求められる。
【0009】
一方、特許文献3の技術では、確かに異物の除去が容易となり、微小欠陥が低減する可能性はあるものの、上述のように、さらに広い範囲の空間周波数にわたってPSDを観察し、総合的に表面構造を制御しないと、反射率や平坦度の必要特性を満たすことは難しい。
【0010】
本発明は、上記事情に鑑みなされたもので、高平坦、低欠陥で、表面粗さが小さい表面を有し、反射膜成膜後のEUV光の反射率が十分に高いガラス基板上に多層反射膜が積層されたEUVL用マスクブランクスを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意検討した結果、表面内の10μm×10μmの領域を原子間力顕微鏡によって測定することで算出される環状平均パワースペクトル密度の最大値が所定値以下に規定された基板が、反射膜成膜後のEUV光の反射率を向上させるために有用であることを見出し、本発明を完成した。
【0012】
すなわち、本発明は、
1. 10μm×10μmの領域の表面形状を原子間力顕微鏡で測定して得られる、空間周波数0.1μm-1以上20μm-1以下の環状平均パワースペクトル密度の最大値が、1000nm4以下であるガラス基板上に、多層反射膜が積層されたEUVL用マスクブランクス、
2. 前記多層反射膜上に、さらに保護膜が積層された1のEUVL用マスクブランクス、
3. 前記多層反射膜が、Mo膜とSi膜とを交互に積層したMo/Si周期積層膜である1または2のEUVL用マスクブランクス、
4. 前記Mo/Si周期積層膜が、Mo膜およびSi膜を40~60周期交互に積層した積層膜である3のEUVL用マスクブランクス、
5. 前記保護膜が、Ruからなる2~4のいずれかのEUVL用マスクブランクス、
6. 前記ガラス基板の前記環状平均パワースペクトル密度を空間周波数(f)の関数afで表した場合において、空間周波数(f)1μm-1以上10μm-1以下における係数β(フラクタル係数)が、0.7以上である1~5のいずれかのEUVL用マスクブランクス、
7. 前記ガラス基板における10μm×10μmの領域の表面形状を原子間力顕微鏡で測定して得られる表面粗さ(RMS)の値が、0.15nm以下である1~6のいずれかのEUVL用マスクブランクス、
8. 前記ガラス基板における6mm×6mmの領域の表面形状を白色干渉計で測定して得られる、空間周波数0.4mm-1以上100mm-1以下の環状平均パワースペクトル密度の最大値が、1012nm4以下である1~7のいずれかのEUVL用マスクブランクス、
9. 前記ガラス基板における142mm×142mmの領域の平坦度(TIR)が、100nm以下である1~8のいずれかのEUVLマスクブランクス、
10. 前記ガラス基板が、チタニアを5~10質量%含むチタニアドープ合成石英ガラス基板である1~9のいずれかのEUVL用マスクブランクス
を提供する。
【発明の効果】
【0013】
本発明のEUVL用マスクブランクスは、それに含まれるガラス基板が、高平坦、低欠陥で、表面粗さが小さい表面を有しているため、EUV光の反射率が十分に高いという特性を有している。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明をさらに詳細に説明する。
本発明のマスクブランクス用ガラス基板は、EUV光を用いて微細な描画をするリソグラフィ技術を行うときの半導体用ガラス基板として用いられる。
マスクブランクス用ガラス基板の大きさは、特に制限されるものではなく、任意のサイズとすることができる。現行のEUVLの露光装置で使用する上では、通常のフォトマスクブランクス用基板で用いられる6インチ角基板が好ましく、例えば、四角形状の152mm×152mm×6.35mmの6025基板等が挙げられる。
また、その素材も、特に制限されるものではないが、EUVLでの露光工程では熱膨張係数の小さい基板を用いる必要があることから、合成石英ガラスにチタニアを5~10質量%濃度でドープしたチタニアドープ合成石英ガラスが好ましい。
【0015】
本発明のマスクブランクス用ガラス基板は、多層反射膜の成膜後にEUV光に対して十分な反射率を示すようにするため、基板上の10μm×10μmの領域の表面形状を原子間力顕微鏡で測定して得られる、空間周波数0.1μm-1以上20μm-1以下の環状平均パワースペクトル密度の最大値が1000nm4以下であることを特徴とする。
なお、空間周波数fの関数である環状平均パワースペクトル密度PSD(f)は、ガラス基板の表面形状Z(Px,Py)の離散フーリエ変換F(u,v)から算出される。F(u,v)は次の式(1)により計算される。
【0016】
【数1】
【0017】
ここで、Nx,Nyは、ガラス基板の表面形状測定時におけるx,y方向の測定点数である。Px,Pyは、各測定点のx,y方向の位置を示す整数であり、Px=0,1,・・・,Nx-1、Py=0,1,・・・,Ny-1の値をとる。対して、u,vは、u=-1/2,-1/2+1/Nx,・・・,1/2、v=-1/2,-1/2+1/Ny,・・・,1/2の値をとる。
F(u,v)をx,y方向の測定ピッチΔx,Δyと測定領域の面積A=(NxΔx)×(NyΔy)で次の式(2)のように規格化することで、パワースペクトル密度P(u,v)を得ることができる。
【0018】
【数2】
【0019】
この規格化がなければ、異なる測定領域や測定ピッチの条件から算出されたパワースペクトル密度を単純に比較することはできない。
一方、空間周波数f(u,v)は次の式(3)で表される。
【0020】
【数3】
【0021】
環状平均パワースペクトル密度PSD(f)は、パワースペクトル密度P(u,v)を空間周波数f(u,v)について次の式(4)のように平均化したものである。
【0022】
【数4】
【0023】
ここで、Nfは、次の式(5)を満たす測定点の数である。
【0024】
【数5】
【0025】
Δfは、NxΔx=NyΔyならば次の式(6)で定義される。
【0026】
【数6】
【0027】
上記環状平均パワースペクトル密度PSD(f)の最大値は、1000nm4以下であればよいが、多層反射膜の成膜後におけるEUV光に対する反射率をより高めることを考慮すると、750nm4以下が好ましい。
なお、原子間力顕微鏡としては、従来公知のものから適宜選択して用いることができ、その具体例としては、オックスフォード・インストゥルメンツ社製Cypher ES等が挙げられる。
【0028】
また、上記マスクブランクス用ガラス基板において、環状平均パワースペクトル密度を空間周波数(f)の関数afで表した場合に、空間周波数(f)1μm-1以上10μm-1以下の係数β(フラクタル係数)は、0.7以上が好ましく、0.8以上がより好ましい。環状平均パワースペクトル密度PSDの曲線は、フラクタル係数の値が大きいほど低周波側から高周波側に向けて素早く減衰する。したがって、PSDの最大値だけではなく、フラクタル係数をこのような範囲に制御することにより、広い周波数帯の表面粗さを低減することが可能となる結果、多層反射膜成膜後のEUV光に対する反射率が向上し、さらに、パターン形成の際にノイズとなり得る高周波の粗さ成分を効果的に抑制できる。
【0029】
さらに、10μm×10μmの領域の表面形状を原子間力顕微鏡で測定して得られる表面粗さ(RMS)の値は、0.15nm以下が好ましく、0.10nm以下がより好ましい。PSDは、測定領域内のあらゆる角度方向の粗さ成分を空間周波数の関数として平均化したものであるため、特定の角度方向にのみ発生した構造など、特異的な表面構造に由来する表面粗さは反映されないことがある。そこで、測定視野全体の表面粗さを示す指標であるRMSの値を範囲内に制御することにより、多層反射膜成膜後のEUV光に対する反射率を低下させる原因となる表面構造の影響をさらに排除できる。
【0030】
上述したとおり、チタニアドープ合成石英ガラス基板では、チタン濃度分布に起因した高さ方向の周期構造が生じる結果、基板の平坦度を悪化させ、露光工程の精度を低下させる場合があることから、より高精度な露光工程を実現するために、より広い測定視野でPSDを管理することが好ましい。
このため、本発明のマスクブランクス用ガラス基板において、6mm×6mmの領域の表面形状を白色干渉計で測定して得られる、空間周波数0.4mm-1以上100mm-1以下の環状平均パワースペクトル密度の最大値は、1012nm4以下が好ましい。また、同様の理由から、142mm×142mmの領域の平坦度(TIR)は、100nm以下が好ましく、50nm以下がより好ましい。
なお、白色干渉計としては、従来公知のものから適宜選択して用いることができ、その具体例としては、Zygo社製Nex View等が挙げられる。
【0031】
本発明のマスクブランクス用ガラス基板は、素材のガラスインゴットを成型、アニール、スライス加工、面取り、ラッピングして得られる原料基板を粗研磨する粗研磨工程、粗研磨した基板の表面の平坦度を測定する平坦度測定工程、部分研磨をする部分研磨工程、仕上げ研磨をする仕上げ研磨工程、および薬液で洗浄する洗浄工程を含む方法により製造することができる。
【0032】
粗研磨工程は、遊星運動を行う両面ポリッシュ機にて、研磨剤として、例えば、酸化セリウム系研磨剤を用いて実施することができる。
粗研磨工程に次いで、平坦度測定工程で基板表面の平坦度が測定されるが、後続の部分研磨工程の加工時間を低減するため、142mm×142mmの領域の平坦度(TIR)は、粗研磨工程終了後の時点で100~1000nmの範囲にあることが好ましい。平坦度の測定は、市販のフォトマスク用フラットネステスター、例えば、Tropel社製 UltraFlat等を用いて実施することができる。
【0033】
部分研磨工程では、本発明のマスクブランクス用ガラス基板の形状を作りこむために、小型回転加工ツールを用いた部分研磨技術を採用することが好ましい。平坦度測定工程において、予め測定した基板表面の測定データを元に、基板表面における各部位での研磨量を決定し、予め設定しておいた目標形状に向かって部分研磨を行う。研磨量は、ツールを動かす速度によって制御される。すなわち、研磨量を多くしたい場合は、ツールが基板表面を通過する速度を遅くし、すでに目標形状に近く、研磨量が少なくてよい場合は、逆にツールが基板表面を通過する速度を速くして研磨量を制御すればよい。
【0034】
部分研磨の小型回転加工ツールの加工部は、特に制限されるものではないが、リュータ式の回転加工ツールを用いたものを採用することが好ましい。
ここで、ガラスへの研磨ダメージを軽減する等の観点から、ガラスと接触する回転加工ツールの素材は、硬度A50~75(JISK6253に準拠)のポリウレタン、フェルトバフ、ゴム、セリウムパッド等から選択できるが、ガラス表面を研削できるものであれば、これらの種類に限定されるものではない。
また、回転加工ツールの研磨加工部の形状も、特に制限されるものではなく、例えば、円またはドーナツ型、円柱型、砲弾型、ディスク型、たる型等が挙げられる。
【0035】
部分研磨工程後の基板表面の142mm×142mmの領域の平坦度(TIR)は、100nm以下が好ましく、50nm以下がより好ましく、その形状は最終仕上げ研磨の条件に応じて、凸型、凹型等仕様に応じて任意に選択できる。
【0036】
仕上げ研磨工程では、部分研磨工程後の基板について、通常の枚葉式研磨にてバッチ式研磨を行い、部分研磨工程までで生じた欠陥や表面粗さの改善を行う。この際、研磨布には、スェード製のものが好適に用いられる。また、研磨レートが高いと、部分研磨で作り込んだ形状が最終の目標形状へ急激に変化することとなり、形状が制御しづらくなるため、研磨レートはあまり高くないほうが好ましい。
【0037】
仕上げ研磨工程では、研磨砥粒を使用して仕上げ研磨を実施する。この研磨砥粒としては、平均一次粒子径が10~50nm、好ましくは10~20nmであり、会合度が1.0~1.8、好ましくは1.0~1.3のコロイダルシリカ水分散液が好適に用いられる。平均一次粒子径が10nmより小さい場合、研磨後のガラス基板表面から研磨砥粒を除去することが困難になるため微小欠陥の増加につながり、平均一次粒子径が50nmより大きい場合、ガラス基板表面に研磨砥粒による研磨痕がはっきりと残るためEUVLのマスクブランクス用ガラス基板表面に求められる表面粗さを得ることが難しくなる。会合度は平均一次粒子径に対する平均二次粒子径の比率として定義され、二次粒子は複数の一次粒子が寄り集まった(会合した)ものを指すため、会合度が1より小さくなることはない。会合度が1.8より大きい場合、形状に異方性を持つ研磨砥粒の割合が高くなり、研磨後のガラス基板の表面形状にも不均一性が生じ、EUVLのマスクブランクス用ガラス基板表面に求められる表面粗さを得ることが難しくなる。このように、粒径と会合度を制御したコロイダルシリカで仕上げ研磨を行うことで、EUVLのマスクブランクス用ガラス基板表面に求められる10μm×10μm以下の領域の空間周波数が0.1μm-1以上20μm-1以下の環状平均パワースペクトル密度の値について、好適な範囲に仕上げることができる。
なお、平均一次粒子径はBET法により測定された研磨砥粒の比表面積から算出し、会合度は、動的光散乱法により測定された平均二次粒子径を平均一次粒子径で除することで算出する。
【0038】
洗浄工程では、仕上げ研磨工程後のマスクブランクス用ガラス基板について、枚葉洗浄機にて、酸性またはアルカリ性のエッチング薬液の洗浄槽を含む洗浄ラインで洗浄した後、乾燥させる。エッチング薬液は特に制限されるものではなく、例えば、酸性のものとしてはフッ化水素酸等が、アルカリ性のものとしてはKOHやNaOHの水溶液等が挙げられる。
なお、エッチング薬液によるエッチング量が大きいと基板表面の表面粗さが悪化し、空間周波数0.1μm-1以上20μm-1以下の環状平均パワースペクトル密度の値も大きくなってしまうため、エッチング量は0.01nm以下が好ましく、0.005nm以下がより好ましい。
【0039】
洗浄後のマスクブランクス用ガラス基板に対し、例えば、Mo膜とSi膜とを交互に積層したMo/Si周期積層膜を形成する。この場合、波長13~14nmのEUV光に対して好適な多層反射膜とするために、膜厚が数nm程度のMo膜とSi膜とを40~60周期程度交互に積層することが好ましい。
続いて、多層反射膜上に、例えば、Ruからなる保護膜を形成する。
このような多層反射膜や保護膜は、例えば、マグネトロンスパッタリング法や、イオンビームスパッタリング法などによって形成できる。
なお、EUVLでは、光学系のすべてが反射光学系で構成されるため、各反射面における反射率のわずかな差が、反射回数に応じて積算される。したがって、スループットや製造コスト等の観点から、各反射面での反射率を可能な限り高めることが極めて重要である。
【実施例0040】
以下、実施例および比較例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
【0041】
[実施例1]
原料のチタニアが7質量%ドープされたチタニアドープ合成石英ガラス基板(6インチ)をラッピング、粗研磨を行った後、フラットネステスター(Tropel社製,UltraFlat)で測定した基板表面の高さデータに基づき、フェルトのバフツールを用いて高い部分を除去する局所研磨を行った。
その後、軟質のスェード製の研磨布を用い、研磨剤としてSiO2の濃度が25質量%のコロイダルシリカ水分散液(平均一次粒子径14nm、会合度1.3)を用いて最終仕上げ研磨を行った。
研磨終了後、枚葉洗浄機にて、pH10に調整したエッチング薬液を用いて基板表面をおよそ0.008nmエッチングする程度の洗浄槽を含む洗浄ラインで洗浄した後、乾燥した。
【0042】
得られたガラス基板の表面形状を10μm×10μmの領域で原子間力顕微鏡(オックスフォード・インストゥルメンツ社製Cypher ES)を用いて測定したところ、RMSの値は0.04nm、空間周波数0.1μm-1以上20μm-1以下の領域における環状平均パワースペクトル密度の最大値は753nm4、1μm-1以上10μm-1以下における係数β(フラクタル係数)は0.7だった。
また、6mm×6mmの領域の表面形状を白色干渉計(Zygo社製,Nex View、以下同様)で測定したところ、空間周波数0.4mm-1以上100mm-1以下の環状平均パワースペクトル密度の最大値は0.3×1012nm4であった。さらに、142mm×142mmの平坦度(TIR)は28nmであった。
【0043】
次に、上述したマスクブランクス用ガラス基板の主表面上に、Mo膜とSi膜とを交互に60層積層した多層反射膜(膜厚300nm)と、Ruからなる保護膜(膜厚2.5nm)をイオンビームスパッタリング法によって形成して多層反射膜付き基板を作製した。この多層反射膜付き基板の主表面におけるEUV光(波長13.5nm、以下同様)の反射率を測定したところ、65.8%であった。
【0044】
[実施例2]
最終仕上げ研磨終了後、枚葉洗浄機にて、pH9に調整したエッチング薬液を用いて基板表面をおよそ0.005nmエッチングする程度の洗浄槽を含む洗浄ラインで洗浄した後に、乾燥を行った以外は、実施例1と同じ条件でマスクブランクス用ガラス基板を作製した。
得られたガラス基板について、実施例1と同様にして基板の表面形状を10μm×10μmの領域で原子間力顕微鏡を用いて測定したところ、RMSの値は0.04nm、空間周波数0.1μm-1以上20μm-1以下の領域における環状平均パワースペクトル密度の最大値は721nm4、1μm-1以上10μm-1以下における係数β(フラクタル係数)は0.8だった。
また、6mm×6mmの領域の表面形状を白色干渉計で測定したところ、空間周波数0.4mm-1以上100mm-1以下の環状平均パワースペクトル密度の最大値は0.1×1012nm4であった。さらに、142mm×142mmの平坦度(TIR)は27nmであった。
【0045】
次に、上述したマスクブランクス用ガラス基板の主表面上に、実施例1と同じ条件で多層反射膜と保護膜を形成して多層反射膜付き基板を作製した。この多層反射膜付き基板の主表面におけるEUV光の反射率を測定したところ、66.0%であった。
【0046】
[比較例1]
最終仕上げ研磨に使用する研磨剤として、SiO2の濃度が25質量%のコロイダルシリカ水分散液(平均一次粒子径28nm、会合度1.7)を用い、0.5nmエッチングする程度のフッ酸を用いる洗浄工程を追加した以外は、実施例1と同じ条件でマスクブランクス用ガラス基板を作製した。
得られたガラス基板について、実施例1と同様にして基板の表面形状を10μm×10μmの領域で原子間力顕微鏡を用いて測定したところ、RMSの値は0.07nm、空間周波数0.1μm-1以上20μm-1以下の領域における環状平均パワースペクトル密度の最大値は1172nm4、1μm-1以上10μm-1以下における係数β(フラクタル係数)は0.6だった。
また、6mm×6mmの領域の表面形状を白色干渉計で測定したところ、空間周波数0.4mm-1以上100mm-1以下の環状平均パワースペクトル密度の最大値は1.2×1012nm4であった。さらに、142mm×142mmの平坦度(TIR)は29nmであった。
【0047】
次に、上述したマスクブランクス用ガラス基板の主表面上に、実施例1と同じ条件で多層反射膜と保護膜を形成し、多層反射膜付き基板を作製した。この多層反射膜付き基板の主表面におけるEUV光の反射率を測定したところ、64.2%であった。
【0048】
比較例1では、粒子径の比較的大きな研磨剤にて最終仕上げ研磨を行い、洗浄工程でのエッチング量を多くした結果、得られたマスクブランクス用ガラス基板の表面形状は、0.1μm-1以上20μm-1以下の領域における環状平均パワースペクトル密度の最大値が1172nm4と大きくなってしまった。
結果として、上述したガラス基板に成膜して得られた多層反射膜付き基板の反射率は64.2%と低い値であり、このような多層反射膜付き基板から得られるマスクブランクスを使用してパターンを露光した場合、反射率の低さから露光に時間がかかり、スループットが低下することが懸念される。
【0049】
[比較例2]
最終仕上げ研磨に使用する研磨剤として、SiO2の濃度が25質量%のコロイダルシリカ水分散液(平均一次粒子径28nm、会合度1.7)を用いた以外は、実施例1と同じ条件でマスクブランクス用ガラス基板を作製した。
得られたガラス基板について、実施例1と同様にして基板の表面形状を10μm×10μmの領域で原子間力顕微鏡を用いて測定したところ、RMSの値は0.06nm、空間周波数0.1μm-1以上20μm-1以下の領域における環状平均パワースペクトル密度の最大値は1035nm4、1μm-1以上10μm-1以下における係数β(フラクタル係数)は0.6だった。
また、6mm×6mmの領域の表面形状を白色干渉計で測定したところ、空間周波数0.4mm-1以上100mm-1以下の環状平均パワースペクトル密度の最大値は1.1×1012nm4であった。さらに、142mm×142mmの平坦度(TIR)は29nmであった。
【0050】
次に、上述したマスクブランクス用ガラス基板の主表面上に、実施例1と同じ条件で多層反射膜と保護膜を形成し、多層反射膜付き基板を作製した。この多層反射膜付き基板の主表面におけるEUV光の反射率を測定したところ、64.4%であった。
【0051】
比較例2では、比較例1と同様に粒子径の比較的大きな研磨剤にて最終仕上げ研磨を行い、洗浄工程でのエッチング量は抑えたものの、結果として、得られたマスクブランクス用ガラス基板の表面について、0.1μm-1以上20μm-1以下の領域における環状平均パワースペクトル密度の最大値は1035nm4と比較的大きくなってしまった。
結果として、上述したガラス基板に成膜して得られた多層反射膜付き基板の反射率は64.4%と比較的低い値であり、このような基板から得られるマスクブランクスを使用した場合、比較例1と同様に露光時のスループットが低下することが懸念される。
【0052】
また、比較例2と実施例1とを比較すると、反射率の差は1.4%ポイントと小さく感じられるが、上述したとおり、全てが反射光学系で構成されるEUVLの光学系では、各反射面での反射率を可能な限り高めることが極めて重要である。系内の反射回数が10回の露光装置において、各反射面の反射率が64.4%(比較例2)の場合と65.8%(実施例1)の場合とを比較すると、露光面におけるEUV光の光量は後者の方が1.24倍高く、各反射面の反射率が64.2%(比較例1)の場合と66.0%(実施例2)の場合とを比較すると、露光面におけるEUV光の光量は後者の方が1.32倍高くなり、これらの差はスループットや製造コストの観点から決して無視できないものである。