(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023096735
(43)【公開日】2023-07-07
(54)【発明の名称】リン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末の製造方法、およびリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末
(51)【国際特許分類】
B22F 1/105 20220101AFI20230630BHJP
H01F 1/059 20060101ALI20230630BHJP
H01F 1/06 20060101ALI20230630BHJP
H01F 41/02 20060101ALI20230630BHJP
B22F 1/14 20220101ALI20230630BHJP
B22F 1/00 20220101ALI20230630BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20230630BHJP
【FI】
B22F1/105
H01F1/059 160
H01F1/06
H01F41/02 G
B22F1/14 650
B22F1/00 Y
C22C38/00 303D
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021212678
(22)【出願日】2021-12-27
(71)【出願人】
【識別番号】000226057
【氏名又は名称】日亜化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000914
【氏名又は名称】弁理士法人WisePlus
(72)【発明者】
【氏名】阿部 将裕
(72)【発明者】
【氏名】山中 智詞
(72)【発明者】
【氏名】多田 秀一
(72)【発明者】
【氏名】岩井 健太
【テーマコード(参考)】
4K018
5E040
5E062
【Fターム(参考)】
4K018BA18
4K018BB04
4K018BC28
4K018BC33
4K018BD01
4K018CA04
4K018CA29
4K018KA46
5E040AA03
5E040CA01
5E040NN06
5E062CC05
5E062CD04
(57)【要約】
【課題】より優れた保磁力を有するリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末の製造方法を提供する。
【解決手段】SmFeN系異方性磁性粉末、水、リン酸化合物、および希土類化合物を含むスラリーに対して無機酸を添加して、スラリーのpHを1以上4.5以下に調整することにより、表面にリン酸塩が被覆されたSmFeN系異方性磁性粉末を得る、リン酸処理工程を含む、リン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末の製造方法に関する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
SmFeN系異方性磁性粉末、水、リン酸化合物、および希土類化合物を含むスラリーに対して無機酸を添加して、スラリーのpHを1以上4.5以下に調整することにより、表面にリン酸塩が被覆されたSmFeN系異方性磁性粉末を得る、リン酸処理工程を含む、
リン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末の製造方法。
【請求項2】
前記希土類化合物に含まれる希土類元素の含有量が、前記リン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末に対して、0.25質量%以下である、
請求項1に記載のリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末の製造方法。
【請求項3】
前記希土類化合物が、下記式(1):
R-(OH)X (1)
(式(1)中、RはCe、Nd、Sm、またはDyであり、xは1、2、3、または4である)
で表される希土類水酸化物である、
請求項1または2に記載のリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末の製造方法。
【請求項4】
前記希土類水酸化物が、Ce(OH)3、Nd(OH)3、Sm(OH)3、およびDy(OH)3からなる群から選択される少なくとも1以上である、
請求項3に記載のリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末の製造方法。
【請求項5】
リン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末におけるリン酸塩の含有量が0.5質量%より大きい請求項1~4のいずれか1項に記載のリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末の製造方法。
【請求項6】
リン酸処理工程において、前記調整を10分間以上行うことを含む請求項1~5のいずれか1項に記載のリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末の製造方法。
【請求項7】
リン酸処理工程において、pHを1.6以上3.9以下に調整する請求項1~6のいずれか1項に記載のリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末の製造方法。
【請求項8】
リン酸処理工程の後に、リン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末を酸素含有雰囲気下150℃以上330℃以下で熱処理する酸化工程を含む、請求項1~7のいずれか1項に記載のリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末の製造方法。
【請求項9】
DSCにおける発熱開始温度が170℃以上であり、
リン酸塩の含有量が0.5質量%より大きく、
Ce、Nd、およびDyからなる群から選択される少なくとも1以上の希土類元素を含む、
リン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末。
【請求項10】
XRD回折パターンにおいて、αFeの(110)面の回折ピーク強度(I)とSmFeN系異方性磁性粉末の(300)面の回折ピーク強度(II)との比(I)/(II)が2.0×10-2以下である、請求項9に記載のリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末。
【請求項11】
炭素含有量が1000ppm以下である、請求項9または10に記載のリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末の製造方法、およびリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末に関する。
【背景技術】
【0002】
SmFeN系異方性磁性粉末の表面にリン酸塩被覆を形成することにより保磁力が向上することが知られている。例えば特許文献1においては、SmFeN系異方性磁性粉末を含む、水を溶媒としたスラリーに対して、pH調整されたオルトリン酸を含むリン酸処理液を添加することにより、SmFeN系異方性磁性粉末の表面にリン酸塩被覆を形成する方法が開示されている。
【0003】
特許文献2においては、粒径の大きいSmFeN系異方性磁性粉末を含む、有機溶媒を溶媒としたスラリーに対してpH調整されたリン酸処理液を添加した後、SmFeN系異方性磁性粉末を粉砕することにより小粒子化するとともに、SmFeN系異方性磁性粉末の表面にリン酸塩被覆を形成する方法が開示されている。
【0004】
特許文献3においては、リン酸塩被覆が形成されたSmFeN系異方性磁性粉末に対して徐酸化処理をすることにより磁性粉末の保磁力が高くなることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2020-056101号公報
【特許文献2】特開2017-210662号公報
【特許文献3】特開2014-160794号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、より優れた保磁力を有するリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末の製造方法、およびリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様にかかるリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末の製造方法は、SmFeN系異方性磁性粉末、水、リン酸化合物、および希土類化合物を含むスラリーに対して無機酸を添加して、スラリーのpHを1以上4.5以下に調整することにより、表面にリン酸塩が被覆されたSmFeN系異方性磁性粉末を得る、リン酸処理工程を含むことを特徴とする。
【0008】
また、本発明の一態様にかかるリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末は、DSCにおける発熱開始温度が170℃以上であり、リン酸塩の含有量が0.5質量%より大きく、Ce、Nd、およびDyからなる群から選択される少なくとも1以上の希土類元素を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
上記態様によれば、より優れた保磁力を有するリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末の製造方法、およびリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施形態について詳述する。ただし、以下に示す実施形態は、本発明の技術思想を具体化するための一例であり、本発明を以下のものに限定するものではない。なお、本明細書において「工程」との語は、独立した工程だけではなく、他の工程と明確に区別できない場合であってもその工程の所期の目的が達成されれば、本用語に含まれる。また「~」を用いて示された数値範囲は、「~」の前後に記載される数値をそれぞれ最小値及び最大値として含む範囲を示す。
【0011】
<リン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末の製造方法>
本実施形態のリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末の製造方法は、SmFeN系異方性磁性粉末、水、リン酸化合物、および希土類化合物を含むスラリーに対して無機酸を添加して、スラリーのpHを1以上4.5以下に調整することにより、表面にリン酸塩が被覆されたSmFeN系異方性磁性粉末を得る、リン酸処理工程を含むことを特徴とする。
【0012】
[リン酸処理工程]
リン酸処理工程では、SmFeN系異方性磁性粉末、水、リン酸化合物、および希土類化合物を含むスラリーに対して無機酸を添加して、スラリーのpHを1以上4.5以下に調整する。これにより、表面にリン酸塩が被覆されたSmFeN系異方性磁性粉末を得る。
【0013】
リン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末は、SmFeN系異方性磁性粉末に含まれる金属成分(例えば鉄やサマリウム)とリン酸化合物に含まれるリン酸成分とが反応することによりリン酸塩(例えばリン酸鉄、リン酸サマリウム)がSmFeN系異方性磁性粉末の表面において析出することによって形成される。さらに、スラリー中に希土類化合物を共存させることによりSmFeN系異方性磁性粉末の表面に希土類化合物が結合し、その希土類元素とリン酸との塩が析出する。また、本実施形態によると溶媒を水にすることによって、溶媒を有機溶媒とする場合と比べて、粒径が小さいリン酸塩が析出するので、被覆部が緻密なリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末が得られる。
【0014】
スラリー中のSmFeN系異方性磁性粉末の含有量は、例えば1質量%以上50質量%以下であり、生産性の点から5質量%以上20質量%以下であることが好ましい。スラリー中のリン酸成分(PO4)の含有量は、PO4換算量で、例えば0.01質量%以上10質量%以下であり、リン酸成分の反応性や生産性の点から0.05質量%以上5質量%以下であることが好ましい。
【0015】
希土類化合物は、希土類元素を含む限り特に限定されないが、希土類水酸化物、希土類塩化物、希土類硫酸塩、希土類硝酸塩、希土類酢酸塩などの、水を溶媒とするスラリー中で希土類イオンを生成する化合物が好ましい。
【0016】
希土類化合物に含まれる希土類元素としてはCe、Sm、Nd、Dy、Y、La、Prなどが挙げられ、Ce、Sm、Nd、Dyが好ましい。
【0017】
これらの希土類化合物の中でも、希土類水酸化物、希土類塩化物が好ましい。
【0018】
希土類水酸化物としては、下記式(1):
R-(OH)X (1)
(式(1)中、RはCe、Nd、Sm、またはDyであり、xは1、2、3、または4である)
で表される希土類水酸化物がより好ましく、Ce(OH)3、Nd(OH)3、Sm(OH)3、Dy(OH)3が特に好ましい。これらの希土類水酸化物はスラリー中で溶解し、希土類イオンの形態で存在していてもよい。希土類水酸化物は、例えばpH4以上10以下において希土類塩化物から生成されたものであってもよい。
【0019】
希土類塩化物としては、下記式(2):
R-(Cl)X (2)
(式(2)中、RはCe、Nd、Sm、またはDyであり、xは1、2、3、または4である)
で表される希土類塩化物がより好ましく、CeCl3、NdCl3、SmCl3、DyCl3が特に好ましい。これらの希土類塩化物はスラリー中で溶解し、希土類イオンの形態で存在していてもよい。
【0020】
リン酸処理工程で得られるリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末中の希土類元素の含有量は、例えば0.25質量%以下とすることができ、0.2質量%以下が好ましく、0.18質量%以下がより好ましく、0.15質量%以下がさらに好ましい。0.25質量%以下とすると磁性粉末の保磁力がより向上する傾向があり、0.2質量%以下とすると耐熱水性がより向上したものが得られることがある。希土類元素の含有量の下限は特に限定されないが、一般的には0.01質量%以上とすることができ、0.03質量%以上が好ましい。磁性粉末中の希土類元素の含有量は、ICP発光分光分析法(ICP-AES)を用いて測定される。
【0021】
リン酸処理工程でスラリーに含まれる希土類化合物由来の希土類元素の多くはSmFeN系異方性磁性粉末に付着する。したがって、希土類元素の含有量を前記範囲とする場合には、スラリーに添加する希土類化合物の量は、希土類化合物に含まれる希土類元素の含有量が、リン酸処理工程で得られるリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末に対し0.25質量%以下となる量とすることができ、0.2質量%以下となる量とすることが好ましく、0.18質量%以下となる量とすることがより好ましく、0.15質量%以下となる量とすることがさらに好ましい。希土類化合物に含まれる希土類元素の含有量を、0.25質量%以下とすると磁性粉末の保磁力がより向上する傾向があり、0.2質量%以下とすると耐熱水性がより向上したものが得られることがある。また、希土類化合物中の希土類元素の含有量の下限は特に限定されないが、一般的には0.01質量%以上とすることができ、0.03質量%以上が好ましい。希土類元素はリン酸との塩としてSmFeN系異方性磁性粉末の表面に析出する。
【0022】
リン酸水溶液はリン酸化合物と水を混合することによって得られる。リン酸化合物としては、例えば、オルトリン酸、リン酸二水素ナトリウム、リン酸一水素ナトリウム、リン酸二水素アンモニウム、リン酸一水素アンモニウム、リン酸亜鉛、リン酸カルシウムなどのリン酸塩系、次亜リン酸系、次亜リン酸塩系、ピロリン酸系、ポリリン酸系などの無機リン酸等、有機リン酸が挙げられる。これらは1種のみを用いてもよく、2種以上を併用してもよい。また、被覆による耐水性、耐食性や磁性粉末の磁気特性を向上する目的で、モリブデン酸塩、タングステン酸塩、バナジン酸塩、クロム酸塩などのオキソ酸塩等、硝酸ナトリウム、亜硝酸ナトリウムなどの酸化剤等、EDTAなどのキレート剤等を更に添加してもよい。
【0023】
リン酸水溶液におけるリン酸の濃度(PO4換算量)は、例えば5質量%以上50質量%以下であり、リン酸化合物の溶解度、保存安定性や化成処理のし易さの点から10質量%以上30質量%以下であることが好ましい。リン酸水溶液のpHは、例えば1以上4.5以下であり、リン酸塩の析出速度を制御しやすい点から1.5以上4以下であることが好ましい。pHは希塩酸、希硫酸などにより調整できる。
【0024】
SmFeN系異方性磁性粉末、水、リン酸化合物、および希土類化合物を含むスラリーを作製する方法は特に限定されず、各成分を任意の順序で混合すればよいが、あらかじめSmFeN系異方性磁性粉末、水、および希土類化合物を混合し、その後、リン酸化合物を含むリン酸水溶液を添加することが好ましい。あらかじめSmFeN系異方性磁性粉末、水、および希土類化合物を混合することにより、SmFeN系異方性磁性粉末の表面に希土類化合物が結合しやすくなり、最終的なSmFeN系異方性磁性粉末に含まれるリン酸塩の量を増大できる。あらかじめSmFeN系異方性磁性粉末、水、および希土類化合物を混合する場合には、これらを混合後、好ましくは5分以上、より好ましくは10分以上撹拌した後で、リン酸化合物を含むリン酸水溶液を添加する。この場合、混合および攪拌時のpHは4以上10以下とすることができ、5以上8以下で行うことが好ましい。
【0025】
リン酸処理工程においては、無機酸を添加することによりスラリーのpHを1以上4.5以下に調整するが、1.6以上3.9以下に調整することが好ましく、2以上3以下に調整することがより好ましい。pHが1未満では、局部的に多量に析出したリン酸塩を起点としてリン酸塩被覆されたSmFeN系異方性磁性粉末同士が凝集し、保磁力が低下する傾向がある。pHが4.5を超えるとリン酸塩の析出量が減少することにより被覆が不十分となり保磁力が低下する傾向がある。添加する無機酸としては、塩酸、硝酸、硫酸、ほう酸、フッ化水素酸が挙げられる。リン酸処理工程中は、上記pHの範囲となるように、無機酸を随時添加する。廃液処理の観点から無機酸を使用するが、目的に応じて有機酸を併用することができる。有機酸としては酢酸、蟻酸、酒石酸等が挙げられる。無機酸と有機酸を混合して使用してもよい。
【0026】
リン酸処理工程で得られるリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末におけるリン酸塩の含有量の下限は0.5質量%より大きいことが好ましく、0.55質量%以上であることがより好ましく、0.75質量%以上であることがさらに好ましい。リン酸塩の含有量の上限は4.5質量%以下であることが好ましく、2.5質量%以下であることがより好ましく、2質量%以下であることがさらに好ましい。リン酸塩の含有量が0.5質量%以下の場合、リン酸塩による被覆の効果が小さくなる傾向があり、4.5質量%を超えると、リン酸塩被覆されたSmFeN系異方性磁性粉末同士が凝集して保磁力が低下する傾向がある。なお、磁性粉末中のリン酸塩の含有量は、ICP発光分光分析法(ICP-AES)を用いて測定されるPO4分子換算量(すなわち、リン酸イオン換算での含有量)で表す。
【0027】
SmFeN系異方性磁性粉末、水、リン酸化合物、および希土類化合物を含むスラリーをpH1以上4.5以下の範囲にする調整は、10分間以上行うことができ、被覆部の厚さが薄い部分を減らす点から30分間以上行うことが好ましい。pH維持の初期はpHの上昇が早いためにpH制御用の無機酸の投入間隔が短いが、被覆が進むとともに次第にpHの変動が緩やかになり、無機酸の投入間隔が長くなることから反応終点が判断できる。
【0028】
[リン酸処理後の酸化工程]
リン酸処理後の酸化工程では、リン酸処理工程で得られたリン酸塩が被覆されたSmFeN系異方性磁性粉末に、酸素含有雰囲気下150℃以上330℃以下で熱処理することで酸化処理を施す。リン酸塩が被覆されたSmFeN系異方性磁性粉末を酸素含有雰囲気下150℃以上330℃以下の高温で熱処理することによりリン酸塩により被覆されている母材のSmFeN系異方性磁性粉末の表面が酸化されて厚い酸化鉄層が形成され、リン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末の耐熱水性が向上する傾向がある。
【0029】
リン酸処理後の酸化工程は、リン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末を、酸素含有雰囲気下で熱処理することにより行う。反応雰囲気は窒素、アルゴンなどの不活性ガス中に酸素を含むことが好ましい。酸素濃度は3%以上21%以下が好ましく、3.5%以上10%以下がより好ましい。酸化反応中は磁性粉末1kgに対して2L/分以上10L/分以下の流速でガスを交換することが好ましい。
【0030】
リン酸処理後の酸化工程における熱処理温度は150℃以上330℃以下が好ましく、200℃以上330℃以下がより好ましく、200℃以上250℃以下がさらに好ましく、210℃以上230℃以下が特に好ましい。150℃未満では酸化鉄層の生成が不十分であり、耐熱水性が小さくなる傾向がある。330℃を超えると酸化鉄層が過剰に形成し、保磁力が低下する傾向がある。熱処理時間は3時間以上10時間以下が好ましい。
【0031】
リン酸処理後の酸化工程は、SmFeN系異方性磁性粉末の表面に存在するリン酸塩被覆部が第一領域を有し、第一領域のSm原子濃度が、SmFeN系異方性磁性粉末中のSm原子濃度より高く、かつ、第一領域のSm原子濃度が第一領域のFe原子濃度の0.5倍以上4倍以下となるように行うことが好ましい。第一領域のSm原子濃度は、SmFeN系異方性磁性粉末中のSm原子濃度の1.02倍以上とすることができ、1.05倍以上であることが好ましく、1.1倍以上であることがより好ましく、1.2倍以上であることがさらに好ましい。第一領域のSm原子濃度は、SmFeN系異方性磁性粉末中のSm原子濃度の3倍以下とすることができる。第一領域のSm原子濃度は、第一領域のFe原子濃度の0.6倍以上3.5倍以下であることが好ましく、0.7倍以上3倍以下であることがより好ましい。なお、SmFeN系異方性磁性粉末および第一領域の原子濃度(atm%)は、STEM-EDXライン分析における各領域中の原子濃度(atm%)を平均することにより求められる。
【0032】
[シリカ処理工程]
リン酸処理後のSmFeN系異方性磁性粉末は、必要に応じてシリカ処理を行ってもよい。磁性粉末にシリカ薄膜を形成することにより、耐酸化性を向上できる。シリカ薄膜は、例えば、アルキルシリケート、リン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末、およびアルカリ溶液を混合することにより形成できる。
【0033】
[シランカップリング処理工程]
シリカ処理後の磁性粉末を、さらにシランカップリング剤で処理してもよい。シリカ薄膜が形成された磁性粉末をシランカップリング処理することで、シリカ薄膜上にカップリング剤膜が形成され、磁性粉末の磁気特性が向上するとともに、樹脂との濡れ性、磁石の強度を改善することができる。シランカップリング剤は、樹脂の種類に合わせて選定すればよく特に限定されないが、例えば、3-アミノプロピルトリエトキシシラン、γ-(2-アミノエチル)アミノプロピルトリメトキシシラン、γ-(2-アミノエチル)アミノプロピルメチルジメトキシシラン、γ-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、γ-メタクリロキシプロピルメチルジメトキシシラン、N-β-(N-ビニルベンジルアミノエチル)-γ-アミノプロピルトリメトキシシラン・塩酸塩、γ-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ-メルカプトプロピルトリメトキシシラン、メチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、ビニルトリアセトキシシラン、γ-クロロプロピルトリメトキシシラン、ヘキサメチレンジシラザン、γ-アニリノプロピルトリメトキシシラン、ビニルトリメトキシシラン、オクタデシル[3-(トリメトキシシリル)プロピル]アンモニウムクロライド、γ-クロロプロピルメチルジメトキシシラン、γ-メルカプトプロピルメチルジメトキシシラン、メチルトリクロロシラン、ジメチルジクロロシラン、トリメチルクロロシラン、ビニルトリクロロシラン、ビニルトリス(βメトキシエトキシ)シラン、ビニルトリエトキシシラン、β-(3,4エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン、N-β(アミノエチル)γ-アミノプロピルトリメトキシシラン、N-β(アミノエチル)γ-アミノプロピルメチルジメトキシシラン、γ-アミノプロピルトリエトキシシラン、N-フェニル-γ-アミノプロピルトリメトキシシラン、オレイドプロピルトリエトキシシラン、γ-イソシアネートプロピルトリエトキシシラン、ポリエトキシジメチルシロキサン、ポリエトキシメチルシロキサン、ビス(トリメトキシシリルプロピル)アミン、ビス(3-トリエトキシシリルプロピル)テトラスルファン、γ-イソシアネートプロピルトリメトキシシラン、ビニルメチルジメトキシシラン、1,3,5-N-トリス(3-トリメトキシシリルプロピル)イソシアヌレート、t-ブチルカルバメートトリアルコキシシラン、N-(1,3-ジメチルブチリデン)-3-(トリエトキシシリル)-1-プロパンアミン等のシランカップリング剤が挙げられる。これらのシランカップリング剤は1種のみを使用してもよく、2種以上を組み合わせて使用してもよい。シランカップリング剤の添加量は、磁性粉末100重量部に対して、0.2重量部以上0.8重量部以下が好ましく、0.25重量部以上0.6重量部以下がより好ましい。0.2重量部未満ではシランカップリング剤の効果が小さく、0.8重量部を超えると、磁性粉末の凝集により、磁性粉末や磁石の磁気特性を低下させる傾向がある。
【0034】
リン酸処理工程後、酸化工程後、シリカ処理、或いはシランカップリング処理後のSmFeN系異方性磁性粉末は、常法により、濾過、脱水、乾燥を行うことができる。
【0035】
<リン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末>
本実施形態のリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末は、DSCにおける発熱開始温度が170℃以上であり、リン酸塩の含有量が0.5質量%より大きく、Ce、Nd、およびDyからなる群から選択される少なくとも1以上の希土類元素を含むことを特徴とする。なお、このリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末は、前述した方法により得られる。
【0036】
リン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末中のCe、Nd、およびDyからなる群から選択される少なくとも1以上の希土類元素の含有量は、例えば0.25質量%以下とすることができ、0.2質量%以下が好ましく、0.18質量%以下がより好ましく、0.15質量%以下がさらに好ましい。0.25質量%以下とすると磁性粉末の保磁力がより向上する傾向があり、0.2質量%以下とすると耐熱水性がより向上したものが得られることがある。希土類元素の含有量の下限は特に限定されないが、一般的には0.01質量%以上とすることができ、0.03質量%以上が好ましい。磁性粉末中の希土類元素の含有量は、ICP発光分光分析法(ICP-AES)を用いて測定される。
【0037】
リン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末は、DSCにおける発熱開始温度が170℃以上であるが、200℃以上であることが好ましく、260℃以上であることがより好ましい。DSCにおける発熱開始温度はリン酸塩被覆の緻密さ、厚み、および耐酸化性等の総合的な評価であり、170℃以上であるときに高い保磁力が得られる。なお、DSCにおける発熱開始温度は、実施例に記載した条件で測定できる。
【0038】
リン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末は、XRD回折パターンにおいて、αFeの(110)面の回折ピーク強度(I)とSmFeN系異方性磁性粉末の(300)面の回折ピーク強度(II)との比(I)/(II)が2.0×10-2以下であることが好ましく、1.0×10-2以下であることがより好ましい。αFeの(110)面の回折ピーク強度(I)は、不純物であるαFeの存在量を表しており、前述した比(I)/(II)が2.0×10-2以下であるときに、高い保磁力が得られる。なお、XRD回折パターンにおける回折ピーク強度は、粉末X線結晶回折装置(リガク製、X線波長:CuKa1)にて測定を行い、測定したαFeの(110)面の回折ピーク強度をSm2Fe17N3の(300)面の回折ピーク強度で除した後10000倍した値をαFeピークハイト比として求めることができる。αFeピークハイト比が低いことは不純物であるαFeの含有量が低いことを意味する。
【0039】
リン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末は、炭素含有量が1000ppm以下であることが好ましく、800ppm以下であることがより好ましい。炭素含有量は、リン酸塩中の有機不純物量を示しており、炭素含有量が1000ppmを超えるとボンド磁石を作製する過程において、リン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末が高温にさらされることで有機不純物が分解し被覆部に欠陥が生じるため、保磁力が低下する傾向がある。ここで、炭素含有量は、TOC法によって測定することができる。
【0040】
リン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末中のリン酸塩の含有量は0.5質量%より大きいことが好ましく、0.55質量%以上であることがより好ましく、0.75質量%以上であることがさらに好ましい。また、リン酸塩の含有量の上限は4.5質量%以下であることが好ましく、2.5質量%以下であることがより好ましく、2質量%以下であることがさらに好ましい。リン酸塩の含有量が0.5質量%以下の場合、リン酸塩による被覆の効果が小さくなる傾向があり、4.5質量%を超えると、リン酸塩被覆されたSmFeN系異方性磁性粉末同士が凝集して保磁力が低下する傾向がある。なお、磁性粉末中のリン酸塩の含有量は、ICP発光分光分析法(ICP-AES)を用いて測定されるPO4分子換算量で表す。
【0041】
リン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末の、リン酸塩被覆部の厚みは、リン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末の保磁力の点から10nm以上200nm以下が好ましい。なお、リン酸塩被覆部の厚みは、リン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末の断面において、EDXによるライン分析によって組成分析を行うことにより測定できる。
【0042】
前述したリン酸処理後の酸化工程を経ると、SmFeN系異方性磁性粉末の表面に存在するリン酸塩被覆部は第一領域を有し、第一領域のSm原子濃度が、SmFeN系異方性磁性粉末中のSm原子濃度より高く、かつ、第一領域のSm原子濃度が第一領域のFe原子濃度の0.5倍以上4倍以下であることが好ましい。
【0043】
第一領域のSm原子濃度は、SmFeN系異方性磁性粉末中のSm原子濃度の1.02倍以上とすることができ、1.05倍以上であることが好ましく、1.1倍以上であることがより好ましく、1.2倍以上であることがさらに好ましい。第一領域のSm原子濃度は、SmFeN系異方性磁性粉末中のSm原子濃度の3倍以下とすることができる。第一領域のSm原子濃度は、第一領域のFe原子濃度の0.6倍以上3.5倍以下であることが好ましく、0.7倍以上3倍以下であることがより好ましい。第一領域のSm原子濃度とFe原子濃度の関係が上述の範囲にあることで、SmFeN系異方性磁性粉末の表面近傍のFe原子濃度が低くなり、水への溶解度の低いリン酸サマリウムの含有量が増えることで、耐水性がより向上する傾向がある。
【0044】
ここで、第一領域は、リン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末のSTEM-EDXライン分析においてP(リン)の最大ピークを示す層を包含する領域である。第一領域の厚みは1nm以上200nm以下とすることができ、3nm以上100nm以下であることが好ましい。なお、第一領域、および後述する第二領域、Mo高濃度層の各元素の原子濃度(atm%)は、STEM-EDXライン分析における各領域中の原子濃度(atm%)を平均することにより求められる。
【0045】
リン酸塩被覆部は、第一領域の上にさらに第二領域を有し、第二領域のSm原子濃度が第二領域のFe原子濃度の1/3倍以下であることが好ましい。第二領域のSm原子濃度は、第二領域のFe原子濃度の1/5倍以下であることがより好ましく、1/10倍以下であることがさらに好ましい。第二領域のSm原子濃度は、第二領域のFe原子濃度の0倍以上とすることができる。ここで、第二領域は、リン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末のSTEM-EDXライン分析において、リン酸塩被覆部中でFe(鉄)の最大ピークを示す層を包含する領域である。第二領域の厚みは1nm以上200nm以下とすることができ、5nm以上100nm以下であることが好ましい。上述のように第一領域の上に第二領域を有する場合、リン酸塩被覆部の膜厚が比較的薄い箇所が存在した場合にも、鉄を含む領域により補強され、耐水性がより向上する傾向がある。
【0046】
第二領域のFe原子濃度は、第一領域のFe原子濃度の2倍以上であることが好ましく、3倍以上であることがより好ましい。第二領域のFe原子濃度は、第一領域のFe原子濃度の10倍以下であることが好ましい。また、第二領域のFe原子濃度が、母材であるSmFeN系異方性磁性粉末中のFe原子濃度の0.25倍以上1倍以下であることが好ましく、0.5倍以上0.8倍以下であることがより好ましい。なお、第二領域におけるP(リン)原子濃度が、第一領域におけるP原子濃度より低いことが好ましい。第二領域におけるP原子濃度は、第一領域におけるP原子濃度の1/5倍以下であることが好ましく、1/10倍以下であることがより好ましい。上述のような第二領域のP原子濃度とすることで、耐水性がより向上する傾向がある。
【0047】
リン酸処理工程において反応スラリーにモリブデン酸塩を配合した場合には、リン酸塩被覆部は、前記第一領域および第二領域中に、Mo高濃度層を有していてもよい。Mo高濃度層はリン酸塩被覆部に3層存在することが好ましく、すなわち、リン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末のSTEM-EDXライン分析においてMo(モリブデン)のピークが3つ存在することが好ましい。また、Mo高濃度層はSTEM-EDXのマッピング分析においても確認することができる。Mo高濃度層は、リン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末のSTEM-EDXライン分析においてMo(モリブデン)のピークを示す層を包含する領域である。Mo高濃度層の厚みは1nm以上40nm以下が好ましい。上述のようにMo高濃度層を3層有する場合、より多くの層構造を有するリン酸塩被覆部となることで、耐水性が向上する傾向がある。
【0048】
Mo高濃度層のMo原子濃度は、Mo高濃度層以外の第一領域のMo原子濃度の1.1倍以上40倍以下であることが好ましく、2倍以上20倍以下であることがより好ましい。また、Mo高濃度層のMo原子濃度は、Mo高濃度層以外の第二領域のMo原子濃度の1.1倍以上20倍以下であることが好ましく、2倍以上10倍以下であることがより好ましい。Sm原子濃度、Fe原子濃度、Mo原子濃度は、リン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末についてEDXによるライン分析によって組成分析を行うことにより測定できる。
【0049】
<SmFeN系異方性磁性粉末の製造方法>
前述したリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末の製造方法において、リン酸処理工程で使用するSmFeN系異方性磁性粉末は特に限定されないが、例えば、
SmとFeを含む溶液と沈殿剤を混合し、SmとFeを含む沈殿物を得る工程(沈殿工程)、
前記沈殿物を焼成してSmとFeを含む酸化物を得る工程(酸化工程)、
前記酸化物を、還元性ガス含有雰囲気下で熱処理して部分酸化物を得る工程(前処理工程)、
前記部分酸化物を還元する工程(還元工程)、および
還元工程で得られた合金粒子を窒化処理する工程(窒化工程)
を含む方法によって製造されたものを好適に使用できる。
【0050】
[沈殿工程]
沈殿工程では、強酸性の溶液にSm原料、Fe原料を溶解して、SmとFeを含む溶液を調製する。Sm2Fe17N3を主相として得る場合、SmおよびFeのモル比(Sm:Fe)は1.5:17~3.0:17が好ましく、2.0:17~2.5:17がより好ましい。La、W、Co、Ti、Sc、Y、Pr、Nd、Pm、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Luなどの原料を前述した溶液に加えても良い。
【0051】
Sm原料、Fe原料としては、強酸性の溶液に溶解できるものであれば限定されない。例えば、入手のしやすさの点で、Sm原料としては酸化サマリウムが、Fe原料としてはFeSO4が挙げられる。SmとFeを含む溶液の濃度は、Sm原料とFe原料が実質的に酸性溶液に溶解する範囲で適宜調整することができる。酸性溶液としては溶解性の点で硫酸が挙げられる。
【0052】
SmとFeを含む溶液と沈殿剤を反応させることにより、SmとFeを含む不溶性の沈殿物を得る。ここで、SmとFeを含む溶液は、沈殿剤との反応時にSmとFeを含む溶液となっていればよく、たとえばSmとFeを含む原料を別々の溶液として調製し、各々の溶液を滴下して沈殿剤と反応させても良い。別々の溶液として調製する場合においても各原料が実質的に酸性溶液に溶解する範囲で適宜調整する。沈殿剤としては、アルカリ性の溶液でSmとFeを含む溶液と反応して沈殿物が得られるものであれば限定されず、アンモニア水溶液、苛性ソーダなどが挙げられ、苛性ソーダが好ましい。
【0053】
沈殿反応は、沈殿物の粒子の性状を容易に調整できる点から、SmとFeを含む溶液と、沈殿剤とを、それぞれ水などの溶媒に滴下する方法が好ましい。SmとFeを含む溶液と沈殿剤の供給速度、反応温度、反応液濃度、反応時のpH等を適宜制御することにより、構成元素の分布が均質で、粒度分布のシャープな、粉末形状の整った沈殿物が得られる。このような沈殿物を使用することによって、最終製品である磁性粉末の磁気特性が向上する。反応温度は、0~50℃とすることができ、35~45℃であることが好ましい。反応液濃度は、金属イオンの総濃度として0.65mol/L~0.85mol/Lとすることが好ましく、0.7mol/L~0.84mol/Lとすることがより好ましい。反応時のpHは、5~9とすることが好ましく、6.5~8とすることがより好ましい。
【0054】
沈殿工程で得られた沈殿物により、最終的に得られる磁性粉末の粉末粒径、粉末形状、粒度分布がおよそ決定される。得られた粒子の粒径をレーザー回折式湿式粒度分布計により測定した場合、全粉末が、0.05~20μm、好ましくは0.1~10μmの範囲にほぼ入るような大きさと分布であることが好ましい。また、沈殿物の平均粒径は、粒度分布における小粒径側からの体積累積50%に相当する粒径として測定され、0.1~10μmの範囲内にあることが好ましい。
【0055】
沈殿物を分離した後は、続く酸化工程の熱処理において残存する溶媒に沈殿物が再溶解して、溶媒が蒸発する際に沈殿物が凝集したり、粒度分布、粉末粒径等が変化したりすることを抑制するために、分離した沈殿物を脱溶媒しておくことが好ましい。脱溶媒する方法として具体的には、例えば溶媒として水を使用する場合、70~200℃のオーブン中で5~12時間乾燥する方法が挙げられる。
【0056】
沈殿工程の後に、得られる沈殿物を分離洗浄する工程を含んでもよい。洗浄する工程は上澄み溶液の導電率が5mS/m以下となるまで適宜行う。沈殿物を分離する工程としては、例えば、得られた沈殿物に溶媒(好ましくは水)を加えて混合した後、濾過法、デカンテーション法等を用いることができる。
【0057】
[酸化工程]
酸化工程とは、沈殿工程で形成された沈殿物を焼成することにより、SmとFeを含む酸化物を得る工程である。例えば、熱処理により沈殿物を酸化物に変換することができる。沈殿物を熱処理する場合、酸素の存在下で行われる必要があり、例えば、大気雰囲気下で行うことができる。また、酸素存在下で行われる必要があるため、沈殿物中の非金属部分に酸素原子を含むことが好ましい。
【0058】
酸化工程における熱処理温度(以下、酸化温度)は特に限定されないが、700~1300℃が好ましく、900~1200℃がより好ましい。700℃未満では酸化が不十分となり、1300℃を超えると、目的とする磁性粉末の形状、平均粒径および粒度分布が得られない傾向にある。熱処理時間も特に限定されないが、1~3時間が好ましい。
【0059】
得られる酸化物は、酸化物粒子内においてSm、Feの微視的な混合が充分になされ、沈殿物の形状、粒度分布等が反映された酸化物粒子である。
【0060】
[前処理工程]
前処理工程とは、SmとFeを含む酸化物を、還元性ガス含有雰囲気下で熱処理することにより、酸化物の一部が還元された部分酸化物を得る工程である。
【0061】
ここで、部分酸化物とは、酸化物の一部が還元された酸化物をいう。酸化物の酸素濃度は特に限定されないが、10質量%以下が好ましく、8質量%以下がより好ましい。10質量%を超えると、還元工程において還元剤であるCaとの還元発熱が大きくなり、焼成温度が高くなることで異常な粒子成長をした粒子ができてしまう傾向がある。ここで、部分酸化物の酸素濃度は、非分散赤外吸収法(ND-IR)により測定することができる。
【0062】
還元性ガスは水素(H2)、一酸化炭素(CO)、メタン(CH4)等の炭化水素ガスなどから適宜選択されるが、コストの点で水素ガスが好ましく、ガスの流量は、酸化物が飛散しない範囲で適宜調整される。前処理工程における熱処理温度(以下、前処理温度)は、300℃以上950℃以下の範囲とし、好ましくは400℃以上、より好ましくは750℃以上であり、好ましくは900℃未満である。前処理温度が300℃以上であるとSmとFeを含む酸化物の還元が効率的に進行する。また950℃以下であると酸化物粒子が粒子成長、偏析することが抑制され、所望の粒径を維持することができる。
【0063】
[還元工程]
還元工程とは、前記部分酸化物を、還元剤の存在下、920℃以上1200℃以下で熱処理することにより、合金粒子を得る工程であり、例えば部分酸化物をカルシウム融体またはカルシウムの蒸気と接触することで還元が行われる。熱処理温度は、磁気特性の点より950℃以上1150℃以下が好ましく、980℃以上1100℃以下がより好ましい。熱処理時間は、還元反応をより均一に行う観点から、120分未満が好ましく、90分未満がより好ましく、熱処理時間の下限は10分以上が好ましく、30分以上がより好ましい。
【0064】
還元剤である金属カルシウムは、粒状又は粉末状の形で使用されるが、その粒子径は10mm以下が好ましい。これにより還元反応時における凝集をより効果的に抑制することができる。また、金属カルシウムは、反応当量(Sm酸化物を還元するのに必要な化学量論量であり、Feが酸化物の形である場合には、これを還元するに必要な分を含む)の1.1~3.0倍量の割合で添加することができ、1.5~2.0倍量が好ましい。
【0065】
還元工程では、還元剤である金属カルシウムとともに、必要に応じて崩壊促進剤を使用することができる。この崩壊促進剤は、後述する水洗工程に際して、生成物の崩壊、粒状化を促進させるために適宜使用されるものであり、例えば、塩化カルシウム等のアルカリ土類金属塩、酸化カルシウム等のアルカリ土類酸化物などが挙げられる。これらの崩壊促進剤は、Sm源として使用されるSm酸化物当り1~30質量%、好ましくは5~28質量%の割合で使用される。
【0066】
[窒化工程]
窒化工程とは、還元工程で得られた合金粒子を窒化処理することにより、異方性の磁性粒子を得る工程である。前述の沈殿工程で得られる粒子状の沈殿物を用いていることから、還元工程にて多孔質塊状の合金粒子が得られる。これにより、粉砕処理を行うことなく直ちに窒素雰囲気中で熱処理して窒化することができるため、窒化を均一に行うことができる。
【0067】
合金粒子の窒化処理における熱処理温度(以下、窒化温度)は、好ましくは300~600℃、特に好ましくは400~550℃の温度とし、この温度範囲で雰囲気を窒素雰囲気に置換することにより行われる。熱処理時間は、合金粒子の窒化が充分に均一に行われる程度に設定されればよい。
【0068】
窒化工程後に得られる生成物には、磁性粒子に加えて、副生するCaO、未反応の金属カルシウム等が含まれ、これらが複合した焼結塊状態となっている場合がある。そこで、その場合は、この生成物を冷却水中に投入して、CaO及び金属カルシウムを水酸化カルシウム(Ca(OH)2)懸濁物として磁性粒子から分離することができる。さらに残留する水酸化カルシウムは、磁性粒子を酢酸等で洗浄して充分に除去してもよい。
【0069】
SmFeN系異方性磁性粉末は、Th2Zn17型の結晶構造をもち、一般式がSmxFe100-x-yNyで表される希土類金属であるサマリウム(Sm)と鉄(Fe)と窒素(N)からなる窒化物である。ここで、xは、8.1原子%以上10原子%以下、yは13.5原子%以上13.9原子%以下、残部が主としてFeとされることが好ましい。
【0070】
SmFeN系異方性磁性粉末の平均粒径は、2μm以上5μm以下であり、2.5μm以上4.8μm以下が好ましい。2μm未満では、ボンド磁石中の磁性粉末の充填量が小さくなるため磁化が低下し、5μmを超えると、ボンド磁石の保磁力が低下する傾向がある。ここで、平均粒径は、レーザー回折式粒径分布測定装置を用いて乾式条件で測定した粒径である。
【0071】
SmFeN系異方性磁性粉末の粒径D10は、1μm以上3μm以下であり、1.5μm以上2.5μm以下が好ましい。1μm未満では、ボンド磁石中の磁性粉末の充填量が小さくなるため磁化が低下し、一方で3μmを超えると、ボンド磁石の保磁力が低下する傾向がある。ここで、D10とは、SmFeN系異方性磁性粉末の体積基準による粒度分布の積算値が10%に相当する粒径である。
【0072】
SmFeN系異方性磁性粉末の粒径D50は、2.5μm以上5μm以下であり、2.7μm以上4.8μm以下が好ましい。2.5μm未満では、ボンド磁石中の磁性粉末の充填量が小さくなるため磁化が低下し、5μmを超えると、ボンド磁石の保磁力が低下する傾向がある。ここで、D50とは、SmFeN系異方性磁性粉末の体積基準による粒度分布の積算値が50%に相当する粒径である。
【0073】
SmFeN系異方性磁性粉末の粒径D90は、3μm以上7μm以下であり、4μm以上6μm以下が好ましい。3μm未満では、ボンド磁石中の磁性粉末の充填量が小さくなるため磁化が低下し、7μmを超えると、ボンド磁石の保磁力が低下する傾向がある。ここで、D90とは、SmFeN系異方性磁性粉末の体積基準による粒度分布の積算値が90%に相当する粒径である。
【0074】
SmFeN系異方性磁性粉末の下記で定義されるスパン:
スパン=(D90-D10)/D50
は、保磁力の点から2以下であり、1.5以下が好ましい。
【0075】
SmFeN系異方性磁性粉末の円形度は特に限定されないが、0.5以上が好ましく、0.6以上がより好ましい。0.5未満では、流動性が悪くなることで、成形時に粒子間で応力がかかるため磁気特性が低下する。ここで、円形度の測定には、3000倍で撮影したSEM画像を画像処理で二値化し、粒子1個に対して、円形度を求める。本発明で規定する円形度とは、1000個~10000個程度の粒子を計測して求めた円形度の平均値を意味する。一般的に粒径が小さい粒子が多くなるほど円形度は高くなるため、1μm以上の粒子について円形度の測定を行う。円形度の測定においては定義式:円形度=(4πS/L2)を用いる。但し、Sは、粒子の二次元投影面積、Lは二次元投影周囲長である。
【0076】
<ボンド磁石用コンパウンドの製造方法>
本実施形態のボンド磁石用コンパウンドの製造方法は、前述した実施形態のリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末を得る工程、および前記磁性粉末と樹脂とを混練する工程を含むことを特徴としており、保磁力がより向上する。また樹脂としてポリプロピレンを用いる場合には、耐熱水性がより向上する。このうち、リン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末は、前述した方法により得られる。
【0077】
[混練工程]
リン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末と樹脂とを混練する工程では、リン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末と樹脂との混合物を、単軸混練機、二軸混練機等の混練機を用いて180~300℃で混練する。例えば、磁性粉末と樹脂粉末をミキサーで混合した後、二軸押出機でストランドを押し出し、空冷した後ペレタイザーで数mmサイズに切断することでペレット形状のボンド磁石用コンパウンドを得ることができる。
【0078】
使用する樹脂がポリプロピレンである場合、ポリプロピレンの重量平均分子量は20,000以上200,000以下の範囲であることが好ましい。重量平均分子量が20,000よりも小さいと、成形後のボンド磁石の機械強度が低下し、200,000よりも大きいとボンド磁石用コンパウンドの粘度が高くなる傾向がある。また、カップリング処理した磁性粉末との結合性を良くする目的で、ポリプロピレンは酸変性していることが好ましく、例えば、無水マレイン酸により酸変性されたポリプロピレンが好適に使用される。ポリプロピレンに対する酸の変性率は0.1重量%以上、10重量%以下が好ましい。0.1重量%を下回ると磁性粉末との密着性が不十分となり、ボンド磁石の機械強度、耐水性が低下する。10重量%を超えると、樹脂の吸水率が高くなるため、ボンド磁石の耐水性が低下する。
【0079】
ボンド磁石用コンパウンド中のリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末の含有量は、80質量%以上95質量%以下が好ましく、高い磁気特性を得る点から、90質量%以上95質量%以下がより好ましい。一方、ボンド磁石用コンパウンド中の樹脂の含有量は、3質量%以上20質量%以下が好ましく、流動性を確保する観点から5質量%以上15質量%以下がより好ましい。
【0080】
リン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末と樹脂に加えて、熱可塑性エラストマー、リン系酸化防止剤などの酸化防止剤を同時に混練することができる。熱可塑性エラストマーを含む場合には、樹脂と熱可塑性エラストマーとの質量比率が90:10から50:50の範囲が好ましく、耐衝撃性の点から89:11から70:30の範囲がより好ましい。更にリン系酸化防止剤を含む場合には、ボンド磁石用コンパウンド中のリン系酸化防止剤の含有量は、0.1質量%以上2質量%以下が好ましい。
【0081】
耐水性ボンド磁石用コンパウンドにおける樹脂として、前述したポリプロピレン(PP)の他に、ポリフェニレンサルファイド(PPS)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、液晶ポリマー(LCP)、ポリアミド(PA)、ポリエチレン(PE)等の吸水率の低い結晶性樹脂を挙げることができる。
【0082】
耐熱水性を改善する目的で、前述の結晶性樹脂と変性ポリフェニレンエーテル(m-PPE)、シクロオレフィンポリマー(COP)、シクロオレフィンコポリマー(COC)などのガラス転移点(Tg)が100℃以上の非晶性樹脂とを混合した混合物やポリマーアロイを使用することができる。本発明においては、例えば、変性ポリフェニレンエーテル(m-PPE)とポリプロピレンとのポリマーアロイが好適に使用できる。
【0083】
<ボンド磁石用コンパウンド>
本実施形態のボンド磁石用コンパウンドは、前述した実施形態のリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末と、樹脂を含むことを特徴とする。前述した実施形態のリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末と、樹脂を含むことで、このボンド磁石用コンパウンドを用いて作製されるボンド磁石の保磁力が向上する。なお、ボンド磁石用コンパウンドは前述した方法により得られる。
【0084】
[ボンド磁石の製造方法]
ボンド磁石用コンパウンドと、適切な成形機を用いることにより、ボンド磁石を製造することができる。具体的には例えば、成形機バレル内で溶融したボンド磁石用コンパウンドを、磁場を印可した金型内に射出成形し、磁化容易軸を揃え(配向工程)、冷却固化した後、空芯コイルもしくは着磁ヨークで着磁する(着磁工程)ことにより、ボンド磁石を得ることができる。
【0085】
バレル温度は用いる樹脂の種類によって選択され、160℃~320℃、同様に金型温度は例えば30~150℃とできる。配向工程における配向磁場は電磁石や永久磁石を用いて発生させ、磁場の大きさは、4kOe以上が好ましく、6kOe以上がより好ましい。また、着磁工程における着磁磁場の大きさは、20kOe以上が好ましく、30kOe以上がより好ましい。
【0086】
[ボンド磁石]
本実施形態のボンド磁石は、前述した実施形態のリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末と、樹脂を含むことを特徴とする。このようなボンド磁石は、120℃の熱水浸漬条件下で1000時間保持後のトータルフラックスの維持率が、試験前の95%以上となることがある。120℃の熱水浸漬条件下で1000時間保持する耐熱水試験後のボンド磁石のトータルフラックスが、試験前のトータルフラックスの95%以上であることは、耐熱水性が高いことを意味し、96%以上が好ましく、97%以上がより好ましい。なお、トータルフラックスの値は、例えば、サーチコイル内部に置いたボンド磁石成形品を、サーチコイル外部へ引き抜くことによるサーチコイル内の磁束変化量をフラックスメータ(日本電磁測器製;型式:NFX-1000)で測定することにより得られる。また、ボンド磁石は、前述した方法により得られる。
【0087】
本実施形態のボンド磁石は熱水に耐性を有するため、自動車や自動二輪車などにおける燃料ポンプの駆動源やウォーターポンプなどに好適に使用できる。
【実施例0088】
(実施例1)
純水2.0kgにFeSO4・7H2O 5.0kgを混合溶解した。さらにSm2O3 0.49kgと70%硫酸0.74kgとを加えてよく攪拌し、完全に溶解させた。次に、得られた溶液に純水を加え、最終的にFe濃度が0.726mol/L、Sm濃度が0.112mol/Lとなるように調整し、Sm-Fe硫酸溶液とした。
【0089】
[沈殿工程]
温度が40℃に保たれた純水20kg中に、調製したSm-Fe硫酸溶液全量を反応開始から70分間で攪拌しながら滴下し、同時に15%アンモニア水溶液を滴下させ、pHを7~8に調整した。これにより、Sm-Fe水酸化物を含むスラリーを得た。得られたスラリーをデカンテーションにより純水で洗浄した後、水酸化物を固液分離した。分離した水酸化物を100℃のオーブン中で10時間乾燥した。
【0090】
[酸化工程]
沈殿工程で得られた水酸化物を大気中1000℃で1時間、焼成処理した。冷却後、原料粉末として赤色のSm-Fe酸化物を得た。
【0091】
[前処理工程]
Sm-Fe酸化物100gを、嵩厚10mmとなるように鋼製容器に入れた。容器を炉内に入れ、100Paまで減圧した後、水素ガスを導入しながら、前処理温度の850℃まで昇温し、そのまま15時間保持した。非分散赤外吸収法(ND-IR)(株式会社堀場製作所製EMGA-820)により酸素濃度を測定したところ、5質量%であった。これにより、Smと結合している酸素は還元されず、Feと結合している酸素のうち、95%が還元された黒色の部分酸化物を得たことがわかった。
【0092】
[還元工程]
前処理工程で得られた部分酸化物60gと平均粒径約6mmの金属カルシウム19.2gとを混合して炉内に入れた。炉内を真空排気した後、アルゴンガス(Arガス)を導入した。炉内温度を1045℃まで上昇させて、45分間保持することにより、Fe-Sm合金粒子を得た。
【0093】
[窒化工程]
引き続き、炉内温度を100℃まで冷却した後、真空排気を行い、窒素ガスを導入しながら、温度を450℃まで上昇させて、そのまま23時間保持して、磁性粒子を含む塊状生成物を得た。
【0094】
[水洗工程]
窒化工程で得られた塊状の生成物を純水3kgに投入し、30分間攪拌した。静置した後、デカンテーションにより上澄みを排水した。純水への投入、攪拌及びデカンテーションを10回繰り返した。次いで99.9%酢酸2.5gを投入して15分間攪拌した。静置した後、デカンテーションにより上澄みを排水した。純水への投入、攪拌及びデカンテーションを2回繰り返し行い、続いて脱水と乾燥後、機械的解砕処理を行うことでSmFeN系異方性磁性粉末(平均粒径3μm)を得た。
【0095】
[リン酸処理工程]
リン酸処理液として、85%オルトリン酸:リン酸二水素ナトリウム:モリブデン酸ナトリウム2水和物=1:6:1の重量比で混合し、純水と希塩酸でpHを2、PO4濃度を20質量%に調整したもの、および塩化セリウムを準備した。複数のバッチで水洗工程までを行い、得られたSmFeN系異方性磁性粉末を混合して、1000gを含むスラリーを得た。このスラリーに対して塩化水素:70gの希塩酸を添加し1分間攪拌して表面酸化膜や汚れ成分を除去した後、上澄み液の導電率が100μS/cm以下になるまで排水と注水を繰り返し、SmFeN系異方性磁性粉末を10質量%含むスラリーを得た。得られたスラリーを撹拌しながら、塩化セリウム(CeCl3)3.7gを処理槽中に全量投入し、水酸化ナトリウムを用いてpHを5~8の範囲に調整しながら30分間維持し、磁性粉末表面に水酸化セリウム(Ce(OH)3)を含むセリウム化合物を析出させた。次に、準備したリン酸処理液100gを処理槽中に全量投入した後、6重量%の塩酸を随時投入することでリン酸処理反応スラリーのpHを2.5±0.1の範囲にて制御し30分間維持した。続いて吸引濾過、脱水し、真空乾燥することでセリウムを含むリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末を得た。磁性粉末表面に水酸化セリウムを含むセリウム化合物を析出させた段階での、磁性粉末中のセリウム含有量は、0.05質量%であり、リン酸処理後の磁性粉末中のセリウム含有量も0.05質量%であった。このことから、前もって磁性粉末表面に析出させたセリウム化合物に含まれるセリウムのほとんどがリン酸処理後にも含まれていることが分かった。
【0096】
[リン酸処理後の酸化工程]
セリウムを含むリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末1000gを窒素とエアーの混合ガス(酸素濃度4%、5L/min)雰囲気下で室温から徐々に昇温し、最高温度230℃で8時間の熱処理を実施し、酸化処理されたリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末を得た。
【0097】
(実施例2)
塩化セリウムの量を7.4gとしたこと以外は実施例1と同様に行い、酸化処理された、希土類元素を含むリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末を得た。
【0098】
(実施例3)
塩化セリウムの量を15.2gとしたこと以外は実施例1と同様に行い、酸化処理された、希土類元素を含むリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末を得た。
【0099】
(実施例4)
塩化セリウムを塩化サマリウム(SmCl3)2.2gとしたこと以外は実施例1と同様に行い、酸化処理された、希土類元素を含むリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末を得た。
【0100】
(実施例5)
塩化セリウムを塩化サマリウム4.4gとしたこと以外は実施例1と同様に行い、酸化処理された、希土類元素を含むリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末を得た。
【0101】
(実施例6)
塩化セリウムを塩化ネオジム(NdCl3)4.4gとしたこと以外は実施例1と同様に行い、酸化処理された、希土類元素を含むリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末を得た。
【0102】
(実施例7)
塩化セリウムを塩化ネオジム8.8gとしたこと以外は実施例1と同様に行い、酸化処理された、希土類元素を含むリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末を得た。
【0103】
(実施例8)
塩化セリウムを塩化ジスプロシウム(DyCl3)4.5gとしたこと以外は実施例1と同様に行い、酸化処理された、希土類元素を含むリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末を得た。
【0104】
(実施例9)
塩化セリウムを塩化ジスプロシウム9.0gとしたこと以外は実施例1と同様に行い、酸化処理された、希土類元素を含むリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末を得た。
【0105】
(参考例)
塩化セリウム及び水酸化ナトリウムの添加をおこなわず、セリウム化合物の析出を行わなかったこと以外は実施例1と同様に行い、酸化処理されたリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末を得た。
【0106】
(比較例1)
実施例1と同様の方法で水洗工程までを実施し、磁性粉末を得た。リン酸処理液として、85%オルトリン酸:リン酸二水素ナトリウム:モリブデン酸ナトリウム2水和物=1:6:1の重量比で混合し、純水と希塩酸でpHを2.5、PO4濃度を20質量%に調整したものを準備した。水洗工程で得られたSmFeN系異方性磁性粉末1000gを含むスラリーに対して塩化水素:70gの希塩酸中で1分間攪拌して表面酸化膜や汚れ成分を除去した後、上澄み液の導電率が100μS/cm以下になるまで排水と注水を繰り返し、SmFeN系異方性磁性粉末を10質量%含むスラリーを得た。得られたスラリーを撹拌しながら、準備したリン酸処理液100gを処理槽中に全量投入した。リン酸処理反応スラリーのpHは5分かけて2.5から6に上昇した。15分攪拌した後に吸引濾過、脱水し、真空乾燥することでリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末を得た。
【0107】
(比較例2)
[還元工程2]
平均粒径(D50)約50μmの鉄粉末52.5gと、平均粒径(D50)3μmの酸化サマリウム粉末21.3gと、金属カルシウム10.5gとの混合粉末を充填した坩堝を炉内に入れた。炉内を真空排気した後、アルゴンガス(Arガス)を導入した。1150℃まで上昇させて5時間保持することにより、Fe-Sm合金粒子を得た。
【0108】
[窒化工程2]
続いて、上記Fe-Sm合金粒子をアンモニア―水素混合ガス中、420℃で23時間の熱処理を実施し、磁性粒子を含む塊状生成物を得た。
【0109】
[水洗工程2]
窒化工程で得られた塊状の生成物を純水3kgに投入し、30分間攪拌した。静置した後、デカンテーションにより上澄みを排水した。純水への投入、攪拌及びデカンテーションを10回繰り返した。次いで99.9%酢酸2.5gを投入して15分間攪拌した。静置した後、デカンテーションにより上澄みを排水した。純水への投入、攪拌及びデカンテーションを2回繰り返し行った。続いて脱水と乾燥処理を行うことでSmFeN系異方性磁性粉末(平均粒径30μm)を得た。
【0110】
[リン酸処理工程2]
得られた磁性粉末15gを、85%オルトリン酸水溶液0.44g、イソプロパノール(IPA)100ml、直径10mmのアルミナビーズ200gとともにガラス瓶に封入し、振動式ボールミルで120分間の粉砕処理を実施した。その後、スラリーを濾過した後、100℃の真空乾燥を実施し、比較例2のリン酸塩被覆SmFeN系異方性磁性粉末(平均粒径1.5μm)を得た。
【0111】
[磁粉評価]
(磁粉固有保磁力iHc)
実施例1から9、参考例、ならびに比較例1および2で得られた各磁性粉末について、VSM(振動試料型磁力計 理研電子製;型式:BHV-55)を用いて磁気特性(固有保磁力iHc)を測定した。固有保磁力iHcは、酸化処理の前、酸化処理の後、および、磁性粉末を100℃の水中で8時間浸漬する耐水試験後の時点で測定した。酸化処理の後と、耐水試験後の固有保磁力iHcから、耐水試験によるiHc低下率を算出した。酸化処理の前の磁性粉末の測定結果を表1に示す。酸化処理の後の磁性粉末の測定結果を表2に示す。
【0112】
(PO4付着量)
実施例1から9、参考例、ならびに比較例1および2で得られた各磁性粉末中のリン濃度を、ICP発光分光分析法(ICP-AES)を用いて測定し、リン酸イオン(PO4)としての濃度に換算した。結果を表1に示す。
【0113】
(希土類元素付着量)
実施例1から9、参考例、ならびに比較例1および2で得られた各磁性粉末中の希土類元素濃度を、ICP発光分光分析法(ICP-AES)を用いて測定し、希土類元素の付着量を求めた。結果を表1および2に示す。なお、希土類元素としてSmを用いた実施例4と実施例5に関しては、ICP発光分光分析法の結果をもとに以下のようにして確認した。参考例、実施例4及び実施例5において、Smの添加量とICP発光分光分析法により確認されるSmとFeの含有比に相関性があることを確認することで、塩化サマリウム添加時のサマリウムの添加量を希土類元素付着量とみなした。
【0114】
(DSC発熱開始温度)
実施例1から9、参考例、ならびに比較例1および2で得られた各磁性粉末を20mg計量し、高温型示差走査熱分析装置(DSC6300、日立ハイテクサイエンス社製)を用いて、エアー雰囲気(200mL/min)、室温から400℃(昇温速度:20℃/min)、リファレンス:アルミナ(20mg)の測定条件でDSC分析を行い、発熱開始温度を測定した。DSC分析の結果を表1に示す。発熱開始温度が高いことは、酸化による発熱が起こりにくいことから、リン酸塩被覆がより緻密に形成されていることを意味する。
【0115】
(αFeピークハイト比)
実施例1から9、参考例、ならびに比較例1および2で得られた各磁性粉末のXRDパターンを粉末X線結晶回折装置(リガク製、X線波長:CuKa1)にて測定した。αFeの(110)面の回折ピーク強度をSm2Fe17N3の(300)面の回折ピーク強度で除した後10000倍した値をαFeピークハイト比として求めた。結果を表1に示す。αFeピークハイト比が低いことは不純物であるαFeの含有量が低いことを意味する。
【0116】
(全炭素含有量)
実施例1から9、参考例、ならびに比較例1および2で得られた各磁性粉末中の全炭素(TC)含有量を、燃焼触媒酸化式全有機炭素(TOC)計(島津製作所製;型式:SSM-5000A)を用いて測定した。結果を表1に示す。
【0117】
【0118】
【0119】
表1より、希土類元素を付着させた磁性粉末は、保磁力が増加傾向にあることが確かめられた。また表2より、希土類元素の付着量が0.2質量%以下である実施例1、2、4、6および8で得られた磁性粉末は、参考例と比較し、酸化処理後の耐熱水性が向上していることが明らかとなった。