(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023097170
(43)【公開日】2023-07-07
(54)【発明の名称】置換元素探索装置、置換元素探索方法、プログラム
(51)【国際特許分類】
H01M 4/525 20100101AFI20230630BHJP
C01G 53/00 20060101ALI20230630BHJP
H01M 4/36 20060101ALI20230630BHJP
【FI】
H01M4/525
C01G53/00 A
H01M4/36 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021213362
(22)【出願日】2021-12-27
(71)【出願人】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】304024430
【氏名又は名称】国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】吉本 有輝
(72)【発明者】
【氏名】前園 涼
(72)【発明者】
【氏名】本郷 研太
【テーマコード(参考)】
4G048
5H050
【Fターム(参考)】
4G048AA04
4G048AC06
5H050AA02
5H050BA17
5H050CA08
5H050GA02
5H050GA16
5H050GA28
5H050GA29
(57)【要約】 (修正有)
【課題】リチウムイオン二次電池用正極活物質の熱安定性向上に効果のある置換元素を効率的に探索できる置換元素探索装置の提供。
【解決手段】正極活物質の元素の一部を候補元素により置換し、層間から少なくとも一部のLiを脱離させた層状岩塩型構造を有する置換-脱離物の全エネルギーである第1エネルギーを算出する第1算出部と、置換-脱離物を熱分解した際の熱分解化合物についての全エネルギーである第2エネルギーを算出する第2算出部と、熱分解時に生じる酸素分子の全エネルギーである第3エネルギーを求める第3算出部と、第1~第3エネルギーを用いて、置換-脱離物の熱分解反応エネルギーを算出する第4算出部と、熱分解反応エネルギーに基づいて、候補元素から置換元素を選択する選択部と、を有し、第2算出部は、逐次的に原子欠損を生じさせながら求めた、熱分解化合物の安定構造について第2エネルギーを算出する置換元素探索装置。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウムイオン二次電池用正極活物質の置換元素を探索する置換元素探索装置であって、
前記リチウムイオン二次電池用正極活物質の元素の一部を前記置換元素の候補である候補元素により置換し、層間から少なくとも一部のリチウムを脱離させた、層状岩塩型構造を有する置換-脱離物の全エネルギーである第1エネルギーを算出する第1算出部と、
前記置換-脱離物を熱分解した際の熱分解化合物についての全エネルギーである第2エネルギーを算出する第2算出部と、
前記熱分解時に生じる酸素分子の全エネルギーである第3エネルギーを求める第3算出部と、
前記第1エネルギー、前記第2エネルギー、および前記第3エネルギーを用いて、前記置換-脱離物を熱分解した際の熱分解反応エネルギーを算出する第4算出部と、
前記第4算出部で算出した、前記熱分解反応エネルギーに基づいて、前記候補元素から前記置換元素を選択する選択部と、を有し、
前記第2算出部は、予め定めた組成になるまで逐次的に原子欠損を生じさせながら、前記熱分解化合物の安定構造を求め、前記熱分解化合物の安定構造について、前記第2エネルギーを算出する置換元素探索装置。
【請求項2】
前記リチウムイオン二次電池用正極活物質がLiNiO2である請求項1に記載の置換元素探索装置。
【請求項3】
リチウムイオン二次電池用正極活物質の置換元素を探索する置換元素探索方法であって、
前記リチウムイオン二次電池用正極活物質の元素の一部を前記置換元素の候補である候補元素により置換し、層間から少なくとも一部のリチウムを脱離させた、層状岩塩型構造を有する置換-脱離物の全エネルギーである第1エネルギーを算出する第1算出工程と、
前記置換-脱離物を熱分解した際の熱分解化合物についての全エネルギーである第2エネルギーを算出する第2算出工程と、
前記熱分解時に生じる酸素分子の全エネルギーである第3エネルギーを求める第3算出工程と、
前記第1エネルギー、前記第2エネルギー、および前記第3エネルギーを用いて、前記置換-脱離物を熱分解した際の熱分解反応エネルギーを算出する第4算出工程と、
前記第4算出工程で算出した、前記熱分解反応エネルギーに基づいて、前記候補元素から前記置換元素を選択する選択工程と、を有し、
前記第2算出工程は、予め定めた組成になるまで逐次的に原子欠損を生じさせながら、前記熱分解化合物の安定構造を求め、前記熱分解化合物の安定構造について、前記第2エネルギーを算出する置換元素探索方法。
【請求項4】
リチウムイオン二次電池用正極活物質の置換元素を探索するためのプログラムであって、
コンピュータを、
前記リチウムイオン二次電池用正極活物質の元素の一部を前記置換元素の候補である候補元素により置換し、層間から少なくとも一部のリチウムを脱離させた、層状岩塩型構造を有する置換-脱離物の全エネルギーである第1エネルギーを算出する第1算出部と、
前記置換-脱離物を熱分解した際の熱分解化合物についての全エネルギーである第2エネルギーを算出する第2算出部と、
前記熱分解時に生じる酸素分子の全エネルギーである第3エネルギーを求める第3算出部と、
前記第1エネルギー、前記第2エネルギー、および前記第3エネルギーを用いて、前記置換-脱離物を熱分解した際の熱分解反応エネルギーを算出する第4算出部と、
前記第4算出部で算出した、前記熱分解反応エネルギーに基づいて、前記候補元素から前記置換元素を選択する選択部と、して機能させ、
前記第2算出部は、予め定めた組成になるまで逐次的に原子欠損を生じさせながら、前記熱分解化合物の安定構造を求め、前記熱分解化合物の安定構造について、前記第2エネルギーを算出するプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、置換元素探索装置、置換元素探索方法、プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン二次電池は高電圧・高容量であるため、高出力・小型化が求められるラップトップ型のコンピュータや、携帯電話用の二次電池として、またハイブリッド自動車や電気自動車などの車載用の電池として普及している。
【0003】
リチウムイオン二次電池は例えば、正極、負極および電解質等からなり、正極の正極活物質(正極材料)としてはLiCoO2やLiNiO2などが用いられている。中でもLiNiO2はエネルギー密度が高く、NiがCoに比べ安価であるなどの理由から、リチウムイオン二次電池用の正極活物質として有望な材料である。
【0004】
しかし、リチウムイオン二次電池に用いられている正極活物質は一般的に不安定である。特に一定以上の温度、例えば200℃以上300℃以下の温度領域での動作時にリチウムイオン二次電池用正極活物質に熱分解と発熱が生じる場合がある。そのため、リチウムイオン二次電池用正極活物質について、熱安定性の向上が求められていた。上記熱安定性とは、高温環境での充放電時において、リチウムイオン二次電池用正極活物質の熱分解を抑制できること意味する。
【0005】
リチウムイオン二次電池の高温環境での充放電時における、リチウムイオン二次電池用正極活物質の熱分解のメカニズムについては、従来から各種検討がなされてきた。
【0006】
非特許文献1には、ニッケルリッチなLi[NixCoyMn1-x-y]O2の熱分解メカニズムについての検討結果が開示されている。
【0007】
非特許文献1によれば、ニッケルリッチなLi[NixCoyMn1-x-y]O2では、充電後に昇温すると、結晶構造が層状岩塩型構造から、スピネル型構造を経て岩塩型構造へと相変態し、層状周期性を失うとされている。加えて、相変態時に酸素ガスを放出しながら熱分解することが知られ、より低温で酸素放出が開始する組成ほど、熱安定性が悪いとされている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Bak, S. M., Hu, E., Zhou, Y., Yu, X., Senanayake, S. D., Cho, S. J., Kim, K. B., Chung, K. Y., Yang, X. Q., & Nam, K. W. (2014). ACS Applied Materials and Interfaces, 6(24), 22594-22601.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
リチウムイオン二次電池用正極活物質の熱安定性を向上する方法として、リチウムイオン二次電池用正極活物質の元素の一部を他の元素により置換することが考えられる。
【0010】
しかしながら、新規置換元素を使ったリチウムイオン二次電池用正極活物質を合成するには、合成法の確立に時間を要する。このため、複数の置換元素の候補について、置換したリチウムイオン二次電池用正極活物質の合成、評価を実験的に繰り返し行うと、開発に膨大な時間やコストを要する。
【0011】
そこで、リチウムイオン二次電池用正極活物質の熱安定性向上に効果のある置換元素について、効率的な探索方法が求められていた。
【0012】
そこで上記従来技術が有する問題に鑑み、本発明の一側面では、リチウムイオン二次電池用正極活物質の熱安定性向上に効果のある置換元素を効率的に探索できる置換元素探索装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するため本発明の一態様によれば、リチウムイオン二次電池用正極活物質の置換元素を探索する置換元素探索装置であって、
前記リチウムイオン二次電池用正極活物質の元素の一部を前記置換元素の候補である候補元素により置換し、層間から少なくとも一部のリチウムを脱離させた、層状岩塩型構造を有する置換-脱離物の全エネルギーである第1エネルギーを算出する第1算出部と、
前記置換-脱離物を熱分解した際の熱分解化合物についての全エネルギーである第2エネルギーを算出する第2算出部と、
前記熱分解時に生じる酸素分子の全エネルギーである第3エネルギーを求める第3算出部と、
前記第1エネルギー、前記第2エネルギー、および前記第3エネルギーを用いて、前記置換-脱離物を熱分解した際の熱分解反応エネルギーを算出する第4算出部と、
前記第4算出部で算出した、前記熱分解反応エネルギーに基づいて、前記候補元素から前記置換元素を選択する選択部と、を有し、
前記第2算出部は、予め定めた組成になるまで逐次的に原子欠損を生じさせながら、前記熱分解化合物の安定構造を求め、前記熱分解化合物の安定構造について、前記第2エネルギーを算出する置換元素探索装置を提供する。
【発明の効果】
【0014】
本発明の一態様によれば、リチウムイオン二次電池用正極活物質の熱安定性向上に効果のある置換元素を効率的に探索できる置換元素探索装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】
図1は、本発明の実施形態に係る置換元素探索装置のハードウェア構成図である。
【
図2】
図2は、本発明の実施形態に係る置換元素探索装置の機能を示すブロック図である。
【
図3】
図3は、第2算出部の一構成例に係る機能を示すブロック図である。
【
図4】
図4は、本発明の実施形態に係る置換元素探索方法を説明するフローチャートである。
【
図5】
図5は、第2算出工程の一構成例に係るフローチャートである。
【
図6】
図6は、12(LiNiO
2)構造の説明図である。
【
図7】
図7は、36(Li
0.17Ni
0.33O
0.50)構造の説明図である。
【
図8】
図8は、12(Ni
0.50O
0.50)構造の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本開示の一実施形態(以下「本実施形態」と記す)に係る置換元素探索装置、置換元素探索方法、プログラムの具体例を、以下に図面を参照しながら説明する。なお、本発明はこれらの例示に限定されるものではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内での全ての変更が含まれることが意図される。
[置換元素探索装置]
本発明の発明者らは、リチウムイオン二次電池用正極活物質(以下、「正極活物質」とも記載する)の熱安定性向上に効果のある、正極活物質の置換元素について、効率的に探索できる置換元素探索装置に関して鋭意検討した。
【0017】
非特許文献1によれば、従来の正極活物質は、充電後に昇温すると、結晶構造が層状岩塩型構造から、層状周期性を有さない構造へと相変態するのに加え、相変態時に酸素を放出しながら熱分解するとされている。そして、より低温で層状岩塩型構造から層状周期性を有さない構造へと相変態するほど、熱安定性が悪いとされている。
【0018】
このため、層状岩塩型構造を有する正極活物質においては、高温環境での充放電時、層状周期性を有さない構造へと熱分解しにくくなる置換元素の探索が求められる。
【0019】
しかしながら、既述のように実験的に置換元素を探索、評価するためには、膨大な時間と、コストを要する。そこで、本発明の発明者らは、熱安定性向上に効果のある置換元素を効率的に探索すべく、第一原理計算を用いた置換元素探索装置に着目した。
【0020】
本実施形態の置換元素探索装置は、リチウムイオン二次電池用正極活物質の置換元素を探索する置換元素探索装置であり、以下の第1算出部、第2算出部、第3算出部、第4算出部、選択部を有することができる。
【0021】
第1算出部は、正極活物質の元素の一部を置換元素の候補である候補元素により置換し、層間から少なくとも一部のリチウムを脱離させた、層状岩塩型構造を有する置換-脱離物の全エネルギーである第1エネルギーを算出するように構成できる。
【0022】
第2算出部は、置換-脱離物を熱分解した際の熱分解化合物についての全エネルギーである第2エネルギーを算出するように構成できる。第2算出部は、予め定めた組成になるまで逐次的に原子欠損を生じさせながら、熱分解化合物の安定構造を求め、熱分解化合物の安定構造について、第2エネルギーを算出できる。
【0023】
第3算出部は、熱分解時に生じる酸素分子の全エネルギーである第3エネルギーを求めるように構成できる。
【0024】
第4算出部は、第1エネルギー、第2エネルギー、および第3エネルギーを用いて、置換-脱離物を熱分解した際の熱分解反応エネルギーを算出するように構成できる。
【0025】
選択部は、第4算出部で算出した、熱分解反応エネルギーに基づいて、候補元素から置換元素を選択するように構成できる。
【0026】
図1に示したハードウェア構成図に示すように、本実施形態の置換元素探索装置10は、例えば、情報処理装置(コンピュータ)で構成される。置換元素探索装置10は、物理的には、演算処理部であるプロセッサ11と、主記憶装置であるメモリ12と、補助記憶装置13と、入出力インタフェース14と、入力装置15と、出力装置16等を含むコンピュータシステムとして構成することができる。これらは、バス17で相互に接続されている。なお、補助記憶装置13や、入力装置15、出力装置16は、外部に設けられていてもよい。
【0027】
プロセッサ11は、CPU(Central Processing Unit)や、GPU(Graphics Processing Unit)等から構成でき、置換元素探索装置10の全体の動作を制御し、各種の情報処理を行う。プロセッサ11は、メモリ12または補助記憶装置13に格納された、例えば後述する置換元素探索方法や、プログラム(シュミレーションプログラム)を実行して、第1エネルギーや、第2エネルギー、第3エネルギー、熱分解反応エネルギー等を算出できる。
【0028】
メモリ12は、プロセッサ11のワークエリアとして用いられ、主要な制御パラメータや情報を記憶できる。
【0029】
メモリ12は、プログラム(シュミレーションプログラム)等を記憶することができる。
【0030】
補助記憶装置13は、SSD(Solid State Drive)や、HDD(Hard Disk Drive)等の記憶装置であり、置換元素探索装置の動作に必要な各種のデータ、ファイル等を格納できる。
【0031】
入出力インタフェース14は、外部のデータ収録サーバ等からの情報を取り込み、他の電子機器に解析情報を出力する通信インタフェースを含む。
【0032】
入力装置15は、タッチパネル、キーボード、表示画面、操作ボタン等のユーザインタフェースである。
【0033】
出力装置16は、モニタディスプレイ等である。出力装置16では、解析画面が表示され、入出力インタフェース14を介した入出力操作に応じて画面が更新される。
【0034】
図1に示した置換元素探索装置10の各機能は、例えばメモリ12等の主記憶装置または補助記憶装置13からプログラム(シミュレーションプログラム)等を読み込ませ、プロセッサ11により実行することにより、メモリ12等におけるデータの読み出しおよび書き込みを行うと共に、入出力インタフェース14および出力装置16を動作させることで実現できる。
【0035】
図2に、本実施形態の置換元素探索装置10の機能ブロック図を示す。
【0036】
図2に示すように、置換元素探索装置10は、受付部201、処理装置202、出力部203を有することができる。これらの各部は、置換元素探索装置10が有するプロセッサ、記憶装置、各種インタフェース等を備えたパーソナルコンピュータ等の情報処理装置において、プロセッサが予め記憶されている例えば後述する置換元素探索方法や、プログラムを実行することでソフトウェアおよびハードウェアが協働して実現される。
【0037】
各部の構成について以下に説明する。
(A)受付部
受付部201は、処理装置202で実行される処理に関係するユーザーからのコマンドやデータの入力を受け付ける。受付部201としてはユーザーが操作を行い、コマンド等を入力するキーボードやマウス、ネットワークを介して入力を行う通信装置、CD-ROM、DVD-ROM等の各種記憶媒体から入力を行う読み取り装置などが挙げられる。
(B)処理装置
図2に示すように、処理装置202は、第1算出部21、第2算出部22、第3算出部23、第4算出部24、選択部25を有することができる。
(B-1)第1算出部
既述のように、第1算出部21は、正極活物質の元素の一部を置換元素の候補である候補元素により置換し、層間から少なくとも一部のリチウムを脱離させた、層状岩塩型構造を有する置換-脱離物の全エネルギーである第1エネルギーを算出するように構成できる。
(正極活物質)
第1算出部21で元素の一部を置換する正極活物質は特に限定されず、熱安定性を高めることが求められている各種正極活物質を用いることができる。なお、正極活物質は層状岩塩型構造を有することが好ましい。
【0038】
第1算出部21で候補元素により置換する正極活物質としては例えば、LiNiO2(ニッケル酸リチウム)、LiCoO2(コバルト酸リチウム)、LiNi1-tCotO2(0<t<1)等から選択されたいずれかが挙げられる。特にLiNiO2については、LiCoO2等と比較して熱安定性が劣っており、熱安定性を高めることが求められていることから、本実施形態の置換元素探索装置において、正極活物質としてはLiNiO2を用いることが好ましい。
(候補元素)
候補元素により置換する正極活物質中の元素は特に限定されず、任意に選択できる。正極活物質として、例えば上述のようにLiNiO2や、LiCoO2、LiNi1-tCotO2を選択した場合には、遷移金属であるNiやCoを置換する対象の元素とすることができる。置換の対象とする元素の置換の程度等についても特に限定されず、予め定めた任意の置換割合とすることができる。
【0039】
置換元素の候補である候補元素についても特に限定されず、任意に選択できる。候補元素は、1つであっても良く、複数であってもよい。候補元素が複数の場合には、各候補元素により正極活物質の元素の一部を置換した場合の、熱分解反応エネルギーを算出し、後述する選択部で候補元素の中から置換元素となる元素を選択できる。なお、候補元素は、複数の元素を組み合わせた構成とすることもできる。すなわち正極活物質の元素の一部を、複数の候補元素により同時に置換することもできる。
(リチウム脱離量)
置換後の正極活物質から、リチウムを脱離させる程度は特に限定されず、予め定めた任意の脱離量(脱離割合)とすることができる。ただし、熱分解が十分に進行するようにリチウムを脱離させることが好ましく、リチウムを脱離させる際には、リチウムを脱離させる前の正極活物質を基準として、例えばリチウムを50%以上脱離させることが好ましく、60%以上脱離させることがより好ましい。なお、計算上リチウムは全て脱離させることもできることから、リチウムの脱離量は100%以下であることが好ましく、99%以下であることがより好ましく、85%以下であることがさらに好ましい。なお、リチウムイオン二次電池用正極活物質について、リチウムが充填された状態を基準として説明しているため、脱離、脱離量としているが、リチウムが脱離した状態を基準とする場合には、挿入、挿入量ということができる。
【0040】
上記層間とは、リチウムを挿入した際にリチウムが配置される部分を意味する。
【0041】
母材となる正極活物質について、上述のように候補元素により置換し、層間から少なくとも一部のリチウムを脱離させた材料を説明の便宜上、置換-脱離物とする。なお、正極活物質や、置換-脱離物は層状岩塩型構造を有することができる。
(第1エネルギー)
第1エネルギーは、既述のように実験的に算出するのではなく、第一原理計算により算出できる。第1エネルギーを算出できればいいため、第一原理計算の詳細は特に限定されるものではない。
【0042】
密度汎関数理論に基づく第一原理計算においては、金属酸化物の全エネルギーの評価には、一般化勾配近似から精度を高めた、汎関数の一種であるSCAN(Strongly-constrained-and-appropriately-normed-semilocal-density-functional)汎関数が広く用いられている。これは、SCAN汎関数は多くの場合、全エネルギーを精度よく計算できるためである。
【0043】
ところが、例えば層状構造を有する正極活物質について、リチウムを脱離させた状態では層状構造の周辺の電荷はほぼ0になっており、主にファンデルワールス力が層間に働いている。そして、SCAN汎関数においてはファンデルワールス力を正しく取り入れられていない。
【0044】
このため、第1算出部で第一原理計算を行う際、層状岩塩型構造を有する置換-脱離物に関する第一原理計算では従来は用いられていなかった、SCAN汎関数にファンデルワールス力を補正項として加えたSCAN-ファンデルワールス密度汎関数を用いることが好ましい。これはSCAN-ファンデルワールス密度汎関数を用いることで、層状構造を有する正極活物質について、リチウムを挿入、脱離させた際の全エネルギーを特に正確に評価できるからである。
(B-2)第2算出部
既述のように、第2算出部22は、置換-脱離物を熱分解した際の熱分解化合物についての全エネルギーである第2エネルギーを算出するように構成できる。熱分解化合物とは、具体的には例えば、以下に説明する金属酸化物を意味する。
(熱分解化合物、金属酸化物)
置換-脱離物が層状岩塩型構造であったところ、該置換-脱離物を熱分解した場合、得られる熱分解化合物は、通常は層状周期性を有さない、すなわち層状構造以外の構造を有する金属酸化物となる。
【0045】
熱分解化合物は、1種類だけではなく、2種類以上の金属酸化物を含むことが多い。すなわち置換-脱離物を熱分解することで、2種類以上の金属酸化物に分離することが多い。このため、熱分解化合物としては、置換-脱離物の化学組成に含まれた元素で構成された金属酸化物を複数種類用いることもできる。
【0046】
ただし、熱分解化合物を構成する複数種類の金属酸化物の化学組成を合計した時、酸素を除いた化学組成が、熱分解前の置換-脱離物の化学組成と一致する必要がある。加えて、複数種の化学組成を合計した時、酸素の組成比率が50mol%以上67mol%未満となるように、組成を設定することが好ましい。
【0047】
例えば第1算出部で、リチウムを83%脱離させたLiNiO2、すなわちLi0.17NiO2を用いた場合、熱分解化合物として、Li0.17NiO1.56やLi0.17NiO1.17を用いることができ、また、Li0.17Ni0.33O0.67とNi0.67O0.89の組合せやLi0.17Ni0.33O0.50とNi0.67O0.67の組合せといった複数種の組合せを用いることもできる。
【0048】
置換-脱離物が熱分解する温度域である200℃~300℃程度の温度域では、軽元素であるLiは熱拡散する一方、Niや候補元素といったリチウム以外の金属元素は熱拡散し難い。このため、熱分解化合物を、例えばリチウムおよび候補元素以外の金属元素と、候補元素との化学組成比が置換-脱離物と変わらない金属酸化物のうち、Liを含む金属酸化物である第1金属酸化物と、Liを含まない金属酸化物である第2金属酸化物との組み合わせとなるように選択できる。なお、上記リチウムおよび候補元素以外の金属元素としては、正極活物質がLiNiO2の場合、Niが挙げられる。
【0049】
例えば候補元素による置換を行っていない正極活物質から少なくとも一部のリチウムを脱離させた脱離物について熱分解した際に生じる熱分解化合物を求め、該熱分解化合物に候補元素による置換や、後述する原子欠損を反映させることで熱分解化合物を求めてもよい。上述のように熱分解化合物を求めた後、候補元素により置換する場合、置換する熱分解化合物中の元素は特に限定されず、任意に選択することができる。正極活物質として、例えば既述のようにLiNiO2や、LiCoO2、LiNi1-tCotO2を選択した場合には、遷移金属であるNiやCoを置換する対象の元素とすることができる。置換の対象とする元素の置換の程度等についても特に限定されないが、熱分解の前後で候補元素の物質量が一致するように、例えば第1算出部における正極活物質の場合と同様の置換割合とすることができる。
【0050】
本発明の発明者の検討によれば、正極活物質は、例えば以下の化学式(1)、化学式(2)の様に熱分解し、右辺に示した2種類の金属酸化物を生じる。なお、以下の化学式中、Mは正極活物質の一部の元素を置換した置換元素を意味する。
Li2Ni11MO24
→1/6(Li12Ni11MO24)+5/6(Ni11MO12)+5O2 ・・・(1)
Li2Ni11MO24
→1/3(Li6Ni11MO24)+2/3(Ni11MO16)+8/3O2 ・・・(2)
(金属酸化物の安定構造の探索方法)
置換-脱離物の熱分解時に例えば上述のように2種類以上の金属酸化物を生じたり、酸素分子を生じたりするため、第2算出部で用いる金属酸化物は原子欠損を有する構造とすることができる。なお、熱分解化合物が2種類以上の金属酸化物を含む場合には、いずれか1種類、もしくは複数種類の金属酸化物が原子欠損を含むことができる。
【0051】
原子欠損が生じる原子としては、置換-脱離物が含有していたリチウムおよび候補元素以外の金属元素や、酸素元素が挙げられる。原子欠損を有する構造において、全エネルギーは原子欠損の位置に強く依存するため、全エネルギーができるだけ低い原子欠損の位置を探索することが好ましい。結晶構造の対称性により全エネルギーが低い安定構造を選択することが可能な場合もあるが、結晶構造の対称性から安定構造を選択できない場合もある。
【0052】
特に、原子欠損の数が増えると、候補となる構造数は原子欠損の位置の組合せ分だけ爆発的に増大し、探索に多大な時間を費やすことになる。
【0053】
上記探索時間の課題について鋭意検討した結果、第2算出部は、予め定めた組成になるまで逐次的に原子欠損を生じさせながら、熱分解化合物の安定構造を求め、熱分解化合物の安定構造について、第2エネルギーを算出することが好ましい。すなわち、原子欠損を有しない状態の熱分解化合物に原子欠損を1つ導入し、最安定な欠損位置に決定することを所望の原子欠損数に到達するまで逐次的に繰り返し実行することで、探索時間を大幅に短縮できる。また、上記安定構造を探索する際には、SCAN汎関数と比較して計算時間が短縮できる、一般化勾配近似に基づいた交換-相関汎関数を用いることが好ましい。
【0054】
例えば、いかなる等価な原子サイトをもたない36(Li0.17Ni0.33O0.67)組成の構造から酸素の原子欠損を6つ導入した36(Li0.17Ni0.33O0.50)組成の構造を探索する場合、24C6=134596通りもの候補構造が存在する。一方で上記逐次的な探索方法では24+23+22+21+20+19=129通り計算すればよく、1000分の1程度の候補構造に削減できる。
【0055】
金属酸化物の欠損構造を探索する場合、第2算出部22はさらに
図3に示す構造取得部32、欠損構造生成部33、密度・エネルギー算出部34、安定構造決定部35、エネルギー算出部36を有することができる。
【0056】
構造取得部32は、ユーザーの指定した金属酸化物の構造、具体的には原子欠損を含まない金属酸化物の構造データを構造データベース31から取得できる。
【0057】
欠損構造生成部33は、取得した金属酸化物の構造から予め定めた原子について、原子欠損を1つ導入した構造群を生成する。このため、構造取得部32から金属酸化物の構造を取得した場合には、原子欠損を含まない金属酸化物について、原子欠損を1つ導入した構造群を生成する。後述する安定構造決定部35から原子欠損を含む金属酸化物の構造を取得した場合には、欠損構造生成部33は、原子欠損をさらに1つ追加した場合の構造群を生成できる。
【0058】
密度・エネルギー算出部34は、欠損構造生成部33が生成した構造群中の構造全てについて、構造緩和計算をした後、密度と全エネルギーを取得する。
【0059】
安定構造決定部35は、候補構造のうち、密度がユーザーの指定範囲外となった構造を除外する。そして、残った構造の内、最も全エネルギーの低い構造を選択できる。安定構造決定部35において、目的数の原子欠損を含む複合酸化物の構造が決定できた場合には、安定構造決定部35は、エネルギー算出部36へと、係る目的数の原子欠損を含む金属酸化物の構造データを送信できる。
【0060】
安定構造決定部で、目的数よりも少ない原子欠損を含む金属酸化物の構造を決定した場合には、係る構造データを欠損構造生成部33へと送信できる。
【0061】
エネルギー算出部36は、取得した目的数の原子欠損を含む金属酸化物の構造データに基づき、第一原理計算により、該金属酸化物の全エネルギーを算出できる。
(第2エネルギー)
第2エネルギーは、実験的に算出するのではなく、第一原理計算により算出できる。第2エネルギーを算出できればいいため、第一原理計算の詳細は特に限定されるものではない。
【0062】
密度汎関数理論に基づく第一原理計算においては、第1算出部で説明した密度汎関数を用いることが好ましい。異なる密度汎関数では、全エネルギーの絶対値が変化してしまうため、定量比較が困難になるからである。
【0063】
なお、既述のように熱分解化合物が複数の金属酸化物を含む場合には、各金属酸化物について全エネルギーを算出し、その合計を第2エネルギーとすることができる。
(B-3)第3算出部
第3算出部は、熱分解時に生じる酸素分子の全エネルギーである第3エネルギーを求めるように構成できる。
【0064】
第3算出部は、例えば第一原理計算により、第3エネルギーを算出できる。第一原理計算の詳細は特に限定されるものではない。
【0065】
密度汎関数理論に基づく第一原理計算においては、第1算出部で説明した密度汎関数を用いることが好ましい。異なる密度汎関数では、全エネルギーの絶対値が変化してしまうため、定量比較が困難になるためである。
【0066】
なお、酸素分子のエネルギーは正極活物質や候補元素の種類によらず一定のため、第3算出部は予め算出した酸素分子の全エネルギーについて、データベース等から読み込むことで第3エネルギーを求めることもできる。
(B-4)第4算出部
第4算出部は、第1エネルギー、第2エネルギー、および第3エネルギーを用いて、置換-脱離物を熱分解した際の熱分解反応エネルギーを算出するように構成できる。
【0067】
第4算出部24は、熱分解反応式に基づいて熱分解反応エネルギーを算出できる。
【0068】
熱分解反応式は、反応後の相では、第2算出部で用いた熱分解化合物の化学組成に加え、第1算出部で用いた置換-脱離物である反応前相と化学組成が一致するような適切な物質量の酸素分子を有することができる。すなわち、例えば第1算出部21で用いた置換-脱離物を左辺、第2算出部22で用いた熱分解化合物、および第3算出部23で用いた酸素分子を右辺に含み、左辺と右辺とで各原子の物質量が一致した熱分解反応式に基づいて、熱分解反応エネルギーを算出できる。熱分解反応式としては、既述の化学式(1)や、化学式(2)が挙げられる。
【0069】
そして、熱分解後の物質の全エネルギーから、熱分解前の置換-脱離物の全エネルギーである第1エネルギー差し引き、該エネルギー差を熱分解反応エネルギーとすることができる。上記熱分解後の物質の全エネルギーとは、熱分解後の熱分解化合物の全エネルギーである第2エネルギーと、酸素分子の全エネルギーである第3エネルギーとについて、熱分解反応式におけるそれぞれの物質量を掛け合わせた値の和を意味する。
(B-5)選択部
選択部では、第4算出部で算出した、熱分解反応エネルギーに基づいて、置換元素を選択できる。
【0070】
例えば置換元素についての候補元素が1つの場合において、熱分解反応エネルギーが正の場合には、該熱分解化合物は置換-脱離物よりも不安定であり、該候補元素を、熱安定性を高められる置換元素として選択できる。
【0071】
また、置換元素についての候補元素が複数の場合においては、熱分解反応エネルギーが正になる候補元素のうち、例えば熱分解反応エネルギーが高くなる順に所定の数の候補元素を選択できる。また、例えば熱分解反応エネルギーが正になる候補元素のうち、例えば熱分解反応エネルギーが所定値以上の候補元素を全て置換元素として選択してもよい。
(C)出力部
出力部203は、ディスプレイ等を有することができる。選択部25で得られた結果を出力部203に出力できる。
【0072】
既述のように候補元素が1つの場合において、該候補元素を置換元素として選択する場合には、該候補元素を出力部203に出力し、表示等することができる。
【0073】
また、候補元素が複数の場合においては、例えば置換元素として選択した候補元素を出力部203に出力し、表示等することができる。
【0074】
以上に説明した本実施形態の置換元素探索装置によれば、実験的手法によらず、第一原理計算等により置換元素を探索することができる。このため、リチウムイオン二次電池用正極活物質の熱安定性向上に効果のある置換元素を効率的に探索できる。
[置換元素探索方法]
次に、本実施形態の置換元素探索方法について説明する。本実施形態の置換元素探索方法は、例えば既述の置換元素探索装置を用いて実施できる。このため、既に説明した事項の一部は説明を省略する。
【0075】
本実施形態の置換元素探索方法は、リチウムイオン二次電池用正極活物質の置換元素を探索する置換元素探索方法に関する。本実施形態の置換元素探索方法は、
図4に示したフローチャート40に従って実施することができ、以下の第1算出工程(S1)、第2算出工程(S2)、第3算出工程(S3)、第4算出工程(S4)、選択工程(S5)を有することができる。
【0076】
第1算出工程(S1)は、リチウムイオン二次電池用正極活物質の元素の一部を置換元素の候補である候補元素により置換し、層間から少なくとも一部のリチウムを脱離させた、層状岩塩型構造を有する置換-脱離物の全エネルギーである第1エネルギーを算出できる。
【0077】
第2算出工程(S2)は、置換-脱離物を熱分解した際の熱分解化合物についての全エネルギーである第2エネルギーを算出できる。第2算出工程(S2)は、予め定めた組成になるまで逐次的に原子欠損を生じさせながら、熱分解化合物の安定構造を求め、熱分解化合物の安定構造について、第2エネルギーを算出できる。
【0078】
第3算出工程(S3)は、熱分解時に生じる酸素分子の全エネルギーである第3エネルギーを求めることができる。
【0079】
第4算出工程(S4)は、第1エネルギー、第2エネルギー、および第3エネルギーを用いて、置換-脱離物を熱分解した際の熱分解反応エネルギーを算出できる。
【0080】
選択工程(S5)は、第4算出工程で算出した、熱分解反応エネルギーに基づいて、候補元素から置換元素を選択できる。
【0081】
各工程について以下に説明する。
(1)第1算出工程(S1)
第1算出工程(S1)では、正極活物質の元素の一部を置換元素の候補である候補元素により置換し、層間から少なくとも一部のリチウムを脱離させた、層状岩塩型構造を有する置換-脱離物のエネルギーである第1エネルギーを算出できる。
【0082】
正極活物質や、候補元素、置換-脱離物については既に説明したため、ここでは説明を省略する。
(2)第2算出工程(S2)
第2算出工程(S2)では、置換-脱離物を熱分解した際の熱分解化合物についての全エネルギーである第2エネルギーを算出できる。
【0083】
熱分解化合物については既に説明したため、ここでは説明を省略する。
【0084】
第2算出工程(S2)は、予め定めた組成になるまで逐次的に原子欠損を生じさせながら、熱分解化合物の安定構造を求め、熱分解化合物の安定構造について、第2エネルギーを算出できる。この場合、第2算出工程S2は、
図5のフローチャート50に示す構造取得工程(S21)、欠損構造生成工程(S22)、密度・エネルギー算出工程(S23)、安定構造決定工程(S24)、判定工程(S25)、エネルギー算出工程(S26)を有することができる。
【0085】
構造取得工程(S21)は、ユーザーの指定した金属酸化物の構造、具体的には原子欠損を含まない金属酸化物の構造データを構造データベースから取得できる。
【0086】
欠損構造生成工程(S22)は、取得した金属酸化物の構造から予め定めた原子について、原子欠損を1つ導入した構造群を生成する。このため、構造取得工程(S21)で金属酸化物の構造を取得した場合には、原子欠損を含まない金属酸化物について、原子欠損を1つ導入した構造群を生成できる。後述する安定構造決定工程S25から原子欠損を含む金属酸化物の構造を取得した場合には、欠損構造生成工程(S22)は、さらに原子欠損を1つ追加した場合の構造群を生成できる。
【0087】
密度・エネルギー算出工程(S23)は、欠損構造生成工程(S22)で生成した構造群中の構造全てについて、構造緩和計算をした後、密度と全エネルギーを取得できる。
【0088】
安定構造決定工程(S24)は、構造群である候補構造のうち、密度がユーザーの指定範囲外となった構造を除外する。そして、残った構造の内、最も全エネルギーの低い構造を選択できる。
【0089】
判定工程(S25)では、安定構造決定工程(S24)において、目的数の原子欠損を導入した金属酸化物の構造を決定できた場合には、エネルギー算出工程(S26)へと進むように判定できる。安定構造決定工程(S24)で決定した安定構造について、原子欠損が目的数に達していない場合には、欠損構造生成工程(S22)に戻って、目的数の原子欠損を導入するまでは、欠損構造生成工程(S22)、密度・エネルギー算出工程(S23)、安定構造決定工程(S24)を繰り返し実施できる。
【0090】
エネルギー算出工程(S25)は、取得した目的数の原子欠損を含む金属酸化物の構造データに基づき、第一原理計算により、第2エネルギーを算出できる。
(3)第3算出工程(S3)
第3算出工程(S3)では、熱分解時に生じる酸素分子の全エネルギーである第3エネルギーを求めることができる。
【0091】
なお、酸素分子のエネルギーは正極活物質や候補元素の種類によらず一定のため、第3算出工程では予め算出した酸素分子の全エネルギーについて、データベース等から読み込むことで第3エネルギーを求めることもできる。
(4)第4算出工程(S4)
第4算出工程(S4)では、第1エネルギー、第2エネルギー、および第3エネルギーを用いて、置換-脱離物を熱分解した際の熱分解反応エネルギーを算出できる。
【0092】
熱分解反応エネルギーや、その算出方法については既に説明したため、ここでは説明を省略する。
(5)選択工程(S5)
選択工程(S5)では、第4算出工程で算出した、熱分解反応エネルギーに基づいて、置換元素を選択できる。
【0093】
例えば置換元素についての候補元素が1つの場合において、熱分解反応エネルギーが正の場合には、該熱分解化合物は置換-脱離物よりも不安定であり、該候補元素を、熱安定性を高められる置換元素として選択できる。
【0094】
また、置換元素についての候補元素が複数の場合においては、熱分解反応エネルギーが正になる候補元素のうち、例えば熱分解反応エネルギーが高くなる順に所定の数の候補元素を選択できる。また、例えば熱分解反応エネルギーが正になる候補元素のうち、例えば熱分解反応エネルギーが所定値以上の候補元素を全て置換元素として選択してもよい。
【0095】
以上に説明した本実施形態の置換元素探索方法によれば、実験的手法によらず、第一原理計算等により置換元素を探索することができる。このため、リチウムイオン二次電池用正極活物質の熱安定性向上に効果のある置換元素を効率的に探索できる。
[プログラム]
次に、本実施形態のプログラムについて説明する。
【0096】
本実施形態のプログラムは、リチウムイオン二次電池用正極活物質の置換元素を探索するためのプログラムに関し、コンピュータ以下の第1算出部、第2算出部、第3算出部、第4算出部、選択部として機能させることができる。
【0097】
第1算出部は、リチウムイオン二次電池用正極活物質の元素の一部を置換元素の候補である候補元素により置換し、層間から少なくとも一部のリチウムを脱離させた、層状岩塩型構造を有する置換-脱離物の全エネルギーである第1エネルギーを算出できる。
【0098】
第2算出部は、置換-脱離物を熱分解した際の熱分解化合物についての全エネルギーである第2エネルギーを算出できる。第2算出部は、予め定めた組成になるまで逐次的に原子欠損を生じさせながら、熱分解化合物の安定構造を求め、熱分解化合物の安定構造について、第2エネルギーを算出できる。
【0099】
第3算出部は、熱分解時に生じる酸素分子の全エネルギーである第3エネルギーを求めることができる。
【0100】
第4算出部は、第1エネルギー、第2エネルギー、および第3エネルギーを用いて、置換-脱離物を熱分解した際の熱分解反応エネルギーを算出できる。
【0101】
選択部は、第4算出部で算出した、熱分解反応エネルギーに基づいて、置換元素を選択できる。
【0102】
本実施形態のプログラムは、例えば既述の置換元素探索装置のメモリ等の主記憶装置または補助記憶装置の各種記憶媒体に記憶させておくことができる。そして、係るプログラムを読み込ませ、プロセッサにより実行することにより、メモリ等におけるデータの読み出しおよび書き込みを行うと共に、入出力インタフェースおよび表示装置を動作させて実行できる。このため、置換元素探索装置で既に説明した事項については説明を省略する。
【0103】
上述した本実施形態のプログラムは、インターネットなどのネットワークに接続されたコンピュータ上に格納し、ネットワーク経由でダウンロードさせることで提供してもよい。また、本実施形態のプログラムをインターネットなどのネットワークを介して提供、配布するように構成してもよい。
【0104】
本実施形態のプログラムは、CD-ROM等の光ディスクや、半導体メモリ等の記録媒体に格納した状態で流通等させてもよい。
【0105】
以上に説明した本実施形態のプログラムによれば、実験的手法によらず、第一原理計算等により置換元素を探索することができる。このため、リチウムイオン二次電池用正極活物質の熱安定性向上に効果のある置換元素を効率的に探索できる。
【実施例0106】
以下に具体的な実施例を挙げて説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
[実施例1]
以下の手順により、層状岩塩型構造を有する正極活物質であるLiNiO2のNiを置換する置換元素であって、該正極活物質の熱安定性を高めることができる置換元素について探索を行った。
【0107】
なお、以下の説明における置換元素の候補元素とは、周期律表のNiを除く3周期以降の45個の元素を意味している。置換元素の候補元素とは、具体的には、Mg、Al、Si、P、Ca、Sc、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Cu、Zn、Ga、Ge、As、Sr、Y、Zr、Nb、Mo、Tc、Ru、Rh、Pd、Ag、Cd、In、Sn、Sb、Ba、Lu、Hf、Ta、W、Re、Os、Ir、Pt、Au、Hg、Tl、Pb、Bi、Coを意味する。
(第1算出工程)
第1算出工程では、熱分解前の結晶構造を模擬した正極活物質において、元素の一部を候補元素により置換し、層間から一部のリチウムを脱離させた、層状岩塩型構造を有する置換-脱離物の全エネルギーを求めた。
【0108】
具体的には、第一原理計算により置換-脱離物の全エネルギーを算出した。
【0109】
第一原理計算は、平面波基底第一原理計算ソフトであるVASP(Vienna Ab initio Simulation Package)を用いて、密度汎関数理論(DFT:Density Functional Theory)の範疇で、SCAN-ファンデルワールス密度汎関数を用いて行った。また、projector augmented wave(PAW)ポテンシャルを用い、平面カットオフは650eV、k点は3×3×1とした。
【0110】
置換前の正極活物質であるLiNiO
2は、rhombohedral対称性(R-3m)をもつユニットセルを初期構造とした。LiNiO
2の全エネルギー算出に用いた、12(LiNiO
2)構造を
図6に示す。
図6は、LiNiO
2のユニットセルをa軸方向に2倍、b軸方向に2倍配置し、ユニットセルを4個含んだスーパーセルであり、リチウム原子61、ニッケル原子62、酸素原子63を含んでいる。なお、
図6中では一部の元素にのみ番号を付けているが、同じハッチングの元素は、同じ原子を意味している。
【0111】
候補元素は、ニッケル原子62のサイトに固溶すると仮定し、LiNiO2のニッケル原子1個を、候補元素Xにより置換した。置換後の正極活物質において、ニッケル原子(Ni)と、置換元素(X)との組成比は、Ni:X=92:8となる。
【0112】
そして、リチウム脱離量を83%とした。すなわちLi0.17Ni0.92X0.08O2で表される置換-脱離物について全エネルギーを算出した。
【0113】
なお、置換元素の置換位置、およびリチウム脱離の構造は対称性から独立な全ての構造の中から、最もエネルギーの低いものを最安定構造として用いた。
(第2算出工程)
第2算出工程では、置換-脱離物を熱分解した際の熱分解化合物についての全エネルギーである第2エネルギーを算出した。
【0114】
置換-脱離物を熱分解した際の熱分解化合物は、正極活物質からリチウムを脱離させた脱離物について熱分解後の構造を模擬し、元素の一部を候補元素により置換した後、原子欠損を導入して求めた。なお、熱分解化合物は層状周期性を有さない化合物であり、候補元素による置換前の熱分解化合物は、Li0.17Ni0.33O0.50と、Ni0.50O0.50とした。
【0115】
上記熱分解化合物の全エネルギーである第2エネルギーは第一原理計算により算出した。第一原理計算は、平面波基底第一原理計算ソフトであるVASP(Vienna Ab initio Simulation Package)を用いて、密度汎関数理論(DFT:Density Functional Theory)の範疇で、SCAN-ファンデルワールス密度汎関数を用いて行った。また、projector augmented wave(PAW)ポテンシャルを用い、平面カットオフは650eV、k点はLi0.17Ni0.33O0.50の計算では3×3×1と、Ni0.50O0.50の計算では3×3×2とを用いた。
【0116】
置換前の金属酸化物であるLi
0.17Ni
0.33O
0.50は、三斜晶(P1)をもつ、スピネル型結晶に酸素の原子空孔を導入したユニットセルを初期構造とした。Li
0.17Ni
0.33O
0.50の全エネルギー算出に用いた、36(Li
0.17Ni
0.33O
0.50)構造を
図7に示す。
図7に示したLi
0.17Ni
0.33O
0.50は、リチウム原子71、ニッケル原子72、酸素原子73を含んでいる。なお、
図7中では一部の元素にのみ番号を付けているが、同じハッチングの元素は、同じ原子を意味している。
【0117】
候補元素は、ニッケル原子72のサイトに固溶すると仮定し、36(Li0.17Ni0.33O0.50)のニッケル原子72のうちの1個を、候補元素Xにより置換した。置換後の金属酸化物において、ニッケル原子(Ni)と、置換元素(X)との組成比は、Ni:X=92:8となる。
【0118】
なお、置換元素の置換位置、およびリチウム原子の置換位置は対称性から独立な全ての構造の中から、最もエネルギーの低いものを選択し、最安定構造として用いた。酸素の原子欠損の位置は、
図5に示した手順に基づき決定し、すなわち予め定めた組成になるまで逐次的に原子欠損を生じさせながら、安定構造を決定し、全エネルギー算出に用いた。
【0119】
置換前の金属酸化物であるNi
0.50O
0.50は、三斜晶(P1)をもつ、スピネル型結晶に酸素の原子欠損を導入したユニットセルを初期構造とした。Ni
0.50O
0.50の全エネルギー算出に用いた、12(Ni
0.50O
0.50)構造を
図8に示す。
図8に示したNi
0.50O
0.50は、ニッケル原子81、酸素原子82を含んでいる。なお、
図8中では一部の元素にのみ番号を付けているが、同じハッチングの元素は、同じ原子を意味している。
【0120】
置換元素は、ニッケル原子81のサイトに固溶すると仮定し、12(Ni0.50O0.50)のニッケル原子81のうちの1個を、候補元素Xにより置換した。置換後の金属酸化物において、ニッケル原子(Ni)と、候補元素(X)との組成比は、Ni:X=92:8となる。
【0121】
なお、置換元素の置換位置、およびリチウム脱離の構造は対称性から独立な全ての構造の中から、最もエネルギーの低いものを選択し、最安定構造として用いた。酸素の原子欠損の位置は、
図5に示した手順に基づき決定し、すなわち予め定めた組成になるまで逐次的に原子欠損を生じさせながら、安定構造を決定し、全エネルギー算出に用いた。
(第3算出工程)
第3算出工程では、熱分解後の酸素ガスを模擬した、酸素分子の全エネルギーを求めた。
【0122】
第一原理計算により、O2の全エネルギーを算出した。
【0123】
第一原理計算は、平面波基底第一原理計算ソフトであるVASP(Vienna Ab initio Simulation Package)を用いて、密度汎関数理論(DFT:Density Functional Theory)の範疇で、SCAN-ファンデルワールス密度汎関数を用いて行った。また、projector augmented wave(PAW)ポテンシャルを用い、平面カットオフは650eV、k点は2×2×2を用いた。
【0124】
O2を含むユニットセルは1.2nmの立方体とし、現実のガス状態を模擬した、O2が孤立して存在する構造とした。
(第4算出工程)
第4算出工程では、第1算出工程~第3算出工程で得られた第1エネルギー~第3エネルギーを用いて、予め定めた熱分解反応式に基づき、熱分解反応エネルギーを算出した。
【0125】
熱分解反応エネルギーΔEは、以下の(A)式を用いて算出した。
ΔE=-E1+(E2/3+2/3×E3+5×EO2) (A)
式(A)中のE1~E3、EO2はそれぞれ以下の意味を有する
E1:候補元素Xでニッケル原子1個を置換した12(Li0.17NiO2)の全エネルギー
E2:候補元素Xでニッケル原子1個を置換した36(Li0.17Ni0.33O0.50)の全エネルギー
E3:候補元素Xでニッケル原子1個を置換した12(Ni0.50O0.50)の全エネルギー
EO2:O2の全エネルギー
熱分解反応エネルギーΔEは正に大きいほど吸熱反応となるため、熱分解反応エネルギーΔEが正に大きいほど、熱分解反応は起こりにくくなり、熱安定性を向上できる候補元素であることを意味する。
【0126】
上記熱分解反応エネルギーΔEを、Al、Mn、Coを置換元素とした時について算出したところ、熱安定性指標の実験値である、示差走査熱量測定による相変態温度の置換元素依存性と正の相関が得られた。すなわち、示差走査熱量測定による相変態温度が上昇する置換元素では、上記熱分解反応エネルギーΔEは正に大きくなる傾向が得られ、現実の熱分解挙動を十分に模擬した熱分解反応式だと確認できた。
(選択工程)
選択工程では、第4算出工程で算出した熱分解反応エネルギーΔEに基づき、リチウムイオン二次電池用正極活物質の元素の一部を置換する候補元素の中で熱安定性の向上に効果のある置換元素を選択した。
【0127】
候補元素全てについて、上記熱分解反応エネルギーΔEを算出した結果、Ti、Nb、Hf、Re、Crにおいて、特に熱分解を抑制し、熱安定性を向上できることが確認できた。