(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024100160
(43)【公開日】2024-07-26
(54)【発明の名称】石英ガラスルツボ及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C30B 29/06 20060101AFI20240719BHJP
C30B 15/10 20060101ALI20240719BHJP
C03B 20/00 20060101ALI20240719BHJP
【FI】
C30B29/06 502B
C30B15/10
C03B20/00 H
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023003945
(22)【出願日】2023-01-13
(71)【出願人】
【識別番号】302006854
【氏名又は名称】株式会社SUMCO
(74)【代理人】
【識別番号】100115738
【弁理士】
【氏名又は名称】鷲頭 光宏
(74)【代理人】
【識別番号】100121681
【弁理士】
【氏名又は名称】緒方 和文
(72)【発明者】
【氏名】北原 江梨子
【テーマコード(参考)】
4G014
4G077
【Fターム(参考)】
4G014AH00
4G077AA02
4G077BA04
4G077EG02
4G077PD02
4G077PD05
(57)【要約】
【課題】少なくとも内面の強度が高められた石英ガラスルツボ及びその製造方法を提供する。
【解決手段】本発明による石英ガラスルツボ1は、円筒状の側壁部10aと、側壁部10aの下方に設けられた底部10bと、側壁部10aと底部10bとの間に設けられ底部10bよりも大きな曲率を有するコーナー部10cとを有する。側壁部10aの内面10iの仮想温度は、当該内面10iから少なくとも3mm深い内側内部の仮想温度よりも30℃以上低い。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
円筒状の側壁部と、前記側壁部の下方に設けられた底部と、前記側壁部と前記底部との間に設けられ前記底部よりも大きな曲率を有するコーナー部とを有し、
前記側壁部の内面の仮想温度が、前記内面から少なくとも3mm深い内側内部の仮想温度よりも30℃以上低いことを特徴とする石英ガラスルツボ。
【請求項2】
前記側壁部の前記内面の仮想温度が、前記内側内部の仮想温度よりも50℃以上低い、請求項1に記載の石英ガラスルツボ。
【請求項3】
前記側壁部の前記内面のOH基濃度が15ppm~70ppmである、請求項1に記載の石英ガラスルツボ。
【請求項4】
前記側壁部の外面の仮想温度が、前記外面から少なくとも3mm深い外側内部の仮想温度よりも30℃以上低い、請求項1乃至3のいずれか一項に記載の石英ガラスルツボ。
【請求項5】
前記側壁部の前記外面の仮想温度が、前記外側内部の仮想温度よりも50℃以上低い、請求項4に記載の石英ガラスルツボ。
【請求項6】
円筒状の側壁部と、前記側壁部の下方に設けられた底部と、前記側壁部と前記底部との間に設けられ前記底部よりも大きな曲率を有するコーナー部とを有する石英ガラスルツボの製造方法であって、
カーボンモールドの内面に原料シリカ粉の堆積層を形成する工程と、
前記カーボンモールドの内側から前記原料シリカ粉の堆積層をアーク溶融する工程と、
前記カーボンモールド内に形成された溶融状態の石英ガラスルツボを冷却する工程とを備え、
前記石英ガラスルツボを冷却する工程は、
前記原料シリカ粉のアーク溶融終了直後に高温状態のアーク電極を前記カーボンモールド内に一定時間保持して当該カーボンモールド内の溶融状態の前記石英ガラスルツボを徐冷する工程と、
前記徐冷の後に前記アーク電極を前記カーボンモールドの上方に退避させて前記石英ガラスルツボの冷却速度を速める工程とを含むことを特徴とする石英ガラスルツボの製造方法。
【請求項7】
前記原料シリカ粉の堆積層をアーク溶融する工程は、前記カーボンモールドを冷却する工程を含み、
前記石英ガラスルツボを冷却する工程は、前記カーボンモールドの冷却を一定時間停止する工程と、前記カーボンモールドの冷却を再開する工程とを含む、請求項6に記載の石英ガラスルツボの製造方法。
【請求項8】
前記石英ガラスルツボを冷却する工程は、前記徐冷の開始に合わせて室内を加湿する工程を含む、請求項6に記載の石英ガラスルツボの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チョクラルスキー法(CZ法)によるシリコン単結晶の引き上げに用いられる石英ガラスルツボ及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体デバイスの基板材料となるシリコン単結晶の多くはCZ法により製造されている。CZ法は、石英ガラスルツボ内で多結晶シリコン原料を融解してシリコン融液を生成し、シリコン融液に種結晶を浸漬し、石英ガラスルツボ及び種結晶を回転させながら種結晶を徐々に引き上げることにより、種結晶の下端に大きな単結晶を成長させる。CZ法によれば大口径シリコン単結晶の歩留まりを高めることが可能である。
【0003】
石英ガラスルツボ(シリカガラスルツボ)はシリコン融液を保持するシリカガラス製の容器である。そのため、石英ガラスルツボにはシリコンの融点以上の高温下で変形せず、長時間の使用に耐えられる高い耐久性が求められる。また、石英ガラスルツボには常温下でも割れや欠けが発生しにくいことが求められる。
【0004】
石英ガラスルツボの強度を高める技術に関し、例えば特許文献1には、ルツボ内面を急冷することで内面の仮想温度を高くし、またアーク溶融後の余熱でルツボ外面を保温することで外面の仮想温度を低くすることで、熱膨張率及びガラス密度の差によるルツボ壁の内倒れを防止する方法が記載されている。
【0005】
また特許文献2には、ルツボ内表面から外表面に向かって第1領域、第2領域、第3領域を順に設け、第1領域および第3領域の内部残留応力を圧縮応力とし、第2領域の内部残留応力を引っ張り応力としたシリカガラスルツボが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008-297154号公報
【特許文献2】特開2019-151494号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
石英ガラスルツボ内には多量の多結晶シリコン原料が充填され、ルツボの内面には大きな荷重がかかるため、内面の損傷が問題となる。特に、個々の多結晶シリコン塊はその製造過程で細かく破砕されて鋭利な角部を有するため、多結晶シリコン塊の尖った先端部に荷重が集中し、ルツボ内面にクラックや割れが発生しやすい。
【0008】
また、ルツボの搬送時にはルツボ外面にも何らかの物がぶつかる可能性があり、ルツボ外面の強度が不足していると、ルツボ外面にもクラックや割れが発生するおそれがある。
【0009】
したがって、本発明の目的は、少なくとも内面の強度が高められた石英ガラスルツボ及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するため、本発明による石英ガラスルツボは、円筒状の側壁部と、底部と、前記側壁部と前記底部との間に設けられた前記底部よりも大きな曲率を有するコーナー部とを有し、前記側壁部の内面の仮想温度が、前記内面から少なくとも3mm深い内側内部の仮想温度よりも30℃以上低いことを特徴とする。
【0011】
本発明によれば、側壁部の内面近傍のガラスマトリックス中のSi-O構造を安定化させてルツボ内面の強度を高めることができる。したがって、多結晶シリコン充填時のルツボの割れを抑制することができる。
【0012】
本発明において、前記側壁部の内面の仮想温度は、前記内側内部の仮想温度よりも50℃以上低いことが好ましい。これにより、ルツボの内面の強度をさらに高めることができる。
【0013】
本発明において、前記ルツボ内面のOH基濃度は15ppm~70ppmであることが好ましい。これにより、側壁部の内面の仮想温度が内側内部の仮想温度よりも十分に低減された石英ガラスルツボを実現することができる。
【0014】
本発明において、前記側壁部の外面の仮想温度は、前記外面から少なくとも3mm深い外側内部の仮想温度よりも30℃以上低いことが好ましい。これにより、側壁部の外面近傍のガラスマトリックス中のSi-O構造を安定化させてルツボ外面の強度を高めることができる。
【0015】
本発明において、前記ルツボ外面の仮想温度は、前記外側内部の仮想温度よりも50℃以上低いことが好ましい。これにより、ルツボの外面の強度をさらに高めることができる。
【0016】
また、本発明による石英ガラスルツボの製造方法は、円筒状の側壁部と、前記側壁部の下方に設けられた底部と、前記側壁部と前記底部と間に設けられ前記底部よりも大きな曲率を有するコーナー部とを有する石英ガラスルツボの外形に合わせたカーボンモールドの内面に原料シリカ粉の堆積層を形成する工程と、前記カーボンモールドの内側から前記原料シリカ粉の堆積層をアーク溶融する工程と、前記カーボンモールド内に形成された溶融状態の石英ガラスルツボを冷却する工程とを備え、前記石英ガラスルツボを冷却する工程は、前記原料シリカ粉のアーク溶融終了直後に高温状態のアーク電極を前記カーボンモールド内に一定時間保持して当該カーボンモールド内の溶融状態の前記石英ガラスルツボを徐冷する工程と、前記徐冷の後に前記アーク電極を前記カーボンモールドの上方に退避させて前記石英ガラスルツボの冷却速度を速める工程とを含むことを特徴とする。
【0017】
本発明よれば、ルツボの内面が強化された石英ガラスルツボを製造することができる。
【0018】
本発明において、前記原料シリカ粉をアーク溶融する工程は、前記カーボンモールドを冷却する工程を含み、前記石英ガラスルツボを冷却する工程は、前記カーボンモールドの冷却を一定時間停止する工程と、前記カーボンモールドの冷却を再開する工程とを含むことが好ましい。これにより、ルツボの外面が強化された石英ガラスルツボを製造することができる。
【0019】
本発明において、前記石英ガラスルツボを冷却する工程は、前記徐冷の開始に合わせて室内を加湿する工程を含むことが好ましい。これにより、ルツボの内面及び外面の仮想温度が内側内部及び外側内部よりも十分に低減された石英ガラスルツボを製造することができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、少なくとも内面の強度が高められた石英ガラスルツボ及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】
図1は、本発明の実施の形態による石英ガラスルツボの構成を示す略斜視図である。
【
図2】
図2は、
図1に示した石英ガラスルツボの略側面断面図である。
【
図3】
図3は、本実施形態による石英ガラスルツボのルツボ壁の仮想温度分布を説明するための模式図である。
【
図4】
図4は、回転モールド法による石英ガラスルツボの製造方法を示す模式図である。
【
図5】
図5は、アーク溶融工程から冷却工程までの詳細を示すシーケンス図である。
【
図6】
図6は、実施例A1による石英ガラスルツボの仮想温度分布の測定結果を示すグラフである。
【
図7】
図7は、実施例A2による石英ガラスルツボの仮想温度分布の測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、添付図面を参照しながら、本発明の好ましい実施の形態について詳細に説明する。
【0023】
図1は、本発明の実施の形態による石英ガラスルツボの構成を示す略斜視図である。また
図2は、
図1に示した石英ガラスルツボの略側面断面図である。
【0024】
図1及び
図2に示すように、石英ガラスルツボ1は、シリコン融液を保持するためのシリカガラス製の容器であって、円筒状の側壁部10aと、側壁部10aの下方に設けられた底部10bと、側壁部10aと底部10bとの間に設けられたコーナー部10cとを有している。底部10bは緩やかに湾曲したいわゆる丸底であることが好ましいが、いわゆる平底であってもよい。コーナー部10cは、底部10bよりも大きな曲率を有する部位である。側壁部10aとコーナー部10cとの境界並びに底部10bとコーナー部10cとの境界は、小さな曲率から大きな曲率に変化する外面の曲率の変化点から判断することができる。
【0025】
石英ガラスルツボ1の口径(直径)はシリコン融液から引き上げられるシリコン単結晶インゴットの直径によっても異なるが、18インチ(約450mm)以上であり、22インチ(約560mm)が好ましく、32インチ(約800mm)以上が特に好ましい。このような大型ルツボは直径300mm以上の大型シリコン単結晶インゴットの引き上げに用いられ、長時間使用しても単結晶の品質に影響を与えないことが求められるからである。
【0026】
ルツボの肉厚はその部位によって多少異なるが、8~20mmであることが好ましい。特に、18インチのルツボの側壁部10aの肉厚は8~9mm、24インチのルツボの側壁部10aの肉厚は10~12mm、28インチ以上のルツボの側壁部10aの肉厚は13~15mm、32インチ以上のルツボの側壁部10aの肉厚は17~18mmであることが好ましい。これにより、多量のシリコン融液を高温下で安定的に保持することができる。ルツボの肉厚はコーナー部10cで最も厚く、側壁部10aや底部10bはコーナー部10cよりも薄いことが好ましい。
【0027】
図2に示すように、石英ガラスルツボ1は主に二層構造であって、実質的に気泡を含まないシリカガラスからなる透明層11(無気泡層)と、多数の微小な気泡を含むシリカガラスからなる気泡層12(不透明層)とを備えている。
【0028】
透明層11は、シリコン融液と接触するルツボの内面10iを構成するガラス層であって、シリカガラス中の気泡が原因でシリコン単結晶の歩留まりが低下することを防止するために設けられている。石英ガラスルツボ1の内面10iはシリコン融液と反応して溶損するため、内面近傍の気泡をシリカガラス中に閉じ込めておくことができず、熱膨張によって気泡が破裂してルツボ破片(シリカ破片)が剥離するおそれがある。シリコン融液中に放出されたルツボ破片が融液対流に乗ってシリコン単結晶の成長界面まで運ばれてシリコン単結晶中に取り込まれた場合には、シリコン単結晶の有転位化の原因となる。またシリコン融液中に放出された気泡が浮上して固液界面に到達し、単結晶中に取り込まれた場合には、シリコン単結晶中のピンホールの発生原因となる。
【0029】
透明層11が「実質的に気泡を含まない」とは、気泡が原因で単結晶歩留まりが低下しない程度の気泡含有率及び気泡サイズを有してもよいことを意味する。そのような気泡含有率は例えば0.1vol%以下であり、気泡の直径は例えば100μm以下である。
【0030】
単位体積当たりの気泡含有率は、単位面積当たりの気泡含有率を深さ方向に積算することにより求めることができる。表面から一定深さに存在する気泡を検出するには、光学レンズの焦点を表面から深さ方向に走査すればよい。単位面積当たりの気泡含有率は、デジタルカメラを用いて撮影したルツボ内面の画像を一定面積ごとに区分して基準面積とし、この基準面積に対する気泡の占有面積の比として求めることができる。
【0031】
透明層11の厚さは0.5~10mmであることが好ましく、結晶引き上げ工程中の溶損によって完全に消失して気泡層12が露出することがないように、ルツボの部位ごとに適切な厚さに設定される。透明層11はルツボの側壁部10aから底部10bまでのルツボ全体に設けられていることが好ましいが、シリコン融液と接触することがないルツボの上端部(リム部)において透明層11を省略することも可能である。
【0032】
透明層11の気泡含有率及び気泡の直径は、光学的検出手段を用いて非破壊で測定することができる。光学的検出手段は、ルツボに照射した光の透過光又は反射光を受光する受光装置を備える。受光装置には光学レンズ及び撮像素子を含むデジタルカメラを用いることができる。照射光としては、可視光、紫外線及び赤外線のほか、X線もしくはレーザー光などを利用することができる。光学的検出手段による測定結果は画像処理装置に取り込まれ、気泡の直径及び単位体積当たりの気泡含有率が算出される。
【0033】
気泡層12は、透明層11よりも外側に位置する石英ガラスルツボ1の主要なガラス層であって、ルツボ内のシリコン融液の保温性を高めると共に、単結晶引き上げ装置のヒーターからの輻射熱を分散させてルツボ内のシリコン融液をできるだけ均一に加熱するために設けられている。そのため、気泡層12は側壁部10aから底部10bまでのルツボ全体に設けられている。気泡層12の厚さは、石英ガラスルツボ1の厚さから透明層11の厚さを差し引いた値とほぼ等しく、ルツボの部位によって異なる。シリコン融液の温度はヒーターからの輻射熱を気泡層12がどの程度透過させるかによって決まるため、ルツボ内部の気泡の状態(気泡の数、大きさ、密度)は重要である。
【0034】
気泡層12の気泡含有率は、透明層11よりも高く、0.1vol%よりも大きく且つ5vol%以下であることが好ましい。気泡層12の気泡含有率が0.1vol%以下では気泡層12に求められる保温機能を発揮できないからである。また、気泡層12の気泡含有率が5vol%を超える場合には気泡の熱膨張によりルツボが変形して単結晶歩留まりが低下するおそれがあり、さらに伝熱性が不十分となるからである。保温性と伝熱性のバランスの観点から、気泡層12の気泡含有率は1~4vol%であることが特に好ましい。なお上述の気泡含有率は、未使用のルツボを室温環境下で測定した値である。気泡層12の気泡含有率は、例えばルツボから切り出した不透明シリカガラス片の比重測定(アルキメデス法)により求めることができる。
【0035】
常温下での石英ガラスルツボ1の強度を高めるため、本発明においては、ルツボを構成するシリカガラスの仮想温度に着目する。仮想温度とは、過冷却液体の凍結温度のことを言う。結晶化が起こらない程度のスピードで融点以下の温度に冷却した場合、融点近傍の温度では構造緩和は冷却速度に十分追従し、ガラス構造は過冷却液体の一番安定な状態に常に到達する。しかし、さらに温度が下がると構造緩和が冷却に追従しきれなくなり、ついにガラス構造は過冷却液体の熱平衡状態に辿り着けず、非平衡状態に留まる。ガラス構造が、何度の過冷却液体の安定構造((準)熱平衡状態)に対応しているかを示すのが仮想温度である。
【0036】
物質は高温から温度が下がるにつれ体積が連続的に減少するが、液体から結晶固体への相変化の際には体積が不連続に変化する。しかし、ある種の物質では液体から固体への体積変化が連続的に生じ、非晶質状態のままで固体となる場合がある。液体から非晶質固体への体積の連続的な変化をガラス転移と呼び、この温度領域以下の状態をガラス状態という。すなわち、ガラスとは、ガラス転移現象を示す非晶質固体と定義される。結晶と異なり、ガラスは熱力学的に安定な状態ではなく、長距離の規則性がない無秩序な構造である。そのため、ガラスは外部からエネルギーが加えられると容易に構造を変えて、より安定な状態へ移行し、常に構造が変化し続ける。
【0037】
上記のように、ガラスは全く同じ組成のものでも凍結温度によって構造が異なる。冷却速度が遅いと構造緩和する時間が十分あり、仮想温度は実温度に追随して下がる。一方、冷却速度が速い場合、仮想温度はガラスの実温度から早く離れてしまう。急冷したガラスは徐冷したガラスに比べて高温状態の構造が凍結されるので、より不安定な状態になり容易に構造変化を起こしやすい。また透明性、脆さ、物性の連続性などの特性が現れやすい。
【0038】
図3は、本実施形態による石英ガラスルツボのルツボ壁の仮想温度分布を説明するための模式図である。
【0039】
図3に示すように、本実施形態による石英ガラスルツボ1の特徴は、ルツボ表面の仮想温度とそれよりも少なくとも3mm深いルツボ内部の仮想温度とを比べたときに、ルツボ表面の仮想温度が内部の仮想温度よりも低い点にある。詳細には、ルツボの内面10iを構成するシリカガラスの仮想温度T
Vi1は、それよりも少なくとも3mm深い内側内部の仮想温度T
Vi2よりも30℃以上低く、50℃以上低いことがさらに好ましい。また、ルツボの外面10oを構成するシリカガラスの仮想温度T
Vo1は、それよりも少なくとも3mm深い外側内部の仮想温度T
Vo2よりも30℃以上低く、50℃以上低いことがさらに好ましい。
【0040】
ルツボの内面の仮想温度TVi1の測定では、内面10iからルツボの肉厚の1/10までの深さ領域がルツボの内面10iの測定領域diとして定義される。また、ルツボの内面10iに対するルツボの内部の仮想温度の測定では、ルツボの内面10iからルツボの肉厚の1/3~2/3の深さ位置までの深さ領域がルツボの内部の測定領域ddとして定義される。内面10iから少なくとも3mm深い内側内部を測定する場合はこの測定領域ddのいずれかを測定すればよい。
【0041】
また、ルツボの外面10oの仮想温度TVo1の測定では、外面10oからルツボの肉厚の1/10の深さ領域がルツボの外面10oの測定領域doとして定義される。また、ルツボの外面10oに対するルツボの内部の仮想温度の測定では、外面10oからルツボの肉厚の1/3~2/3の深さ位置までの深さ領域がルツボの内部の測定領域ddとして定義される。これは、ルツボの内面10iに対するルツボ内部と同じ領域である。外面10oから少なくとも3mm深い外側内部を測定する場合はこの測定領域ddのいずれかを測定すればよい。
【0042】
上記のように、ルツボの肉厚はルツボのサイズや部位によっても異なるが、18インチ以上のルツボの側壁部の肉厚は8mm以上であり、32インチのルツボの側壁部の肉厚は17mm以上である。したがって、例えば、小径ルツボに対しては、ルツボの内面10iから少なくとも3mm深い位置において仮想温度を測定することにより、ルツボの内側内部の仮想温度を求めることができる。また、ルツボの外面10oから少なくとも3mm深い位置において仮想温度を測定することにより、ルツボの外側内部の仮想温度を測定することができる。
【0043】
シリカガラスの仮想温度は、ラマン分光分析法又はFT-IR法によって測定することができる。ラマン分光分析法では、測定対象のサンプル表面にレーザー光を照射した際のラマン(散乱)スペクトルから、Siの環状構造である3員環由来のピークと4員環由来のピークの面積強度比を求める。得られた結果を仮想温度が既知のサンプル測定から得られた検量線にプロットすることで、該当サンプルの仮想温度を算出することができる。
【0044】
FT-IR法による仮想温度測定の場合、測定対象のガラスを薄く加工したサンプルにレーザー光を照射した際の透過スペクトルから、石英ガラス構造由来のピーク波長を検出する。得られた結果を仮想温度が既知のサンプル測定から得られた検量線にプロットすることで、該当サンプルの仮想温度を算出することができる。
【0045】
少なくとも側壁部において、ルツボの内面10i及び外面10oを構成するシリカガラスのOH基濃度は15ppm~70ppmであることが好ましい。シリカガラス中のOH基濃度を高めることにより、シリカガラスの仮想温度の低減効果を高めることができる。したがって、ルツボの内面及び外面の仮想温度が相対的に低い石英ガラスルツボを実現することができる。
【0046】
次に、石英ガラスルツボ1の製造方法について説明する。本実施形態による石英ガラスルツボ1は、いわゆる回転モールド法によって製造することができる。
【0047】
図4は、回転モールド法による石英ガラスルツボ1の製造方法を示す模式図である。
【0048】
図4に示すように、回転モールド法では、ルツボの外形に合わせたキャビティを有するカーボンモールド14を用意し、回転するカーボンモールド14の内面14iに沿って天然シリカ粉16a及び合成シリカ粉16bを順に充填して原料シリカ粉の堆積層16を形成する。原料シリカ粉は遠心力によってカーボンモールド14の内面14iに張り付いたまま一定の位置に留まり、ルツボ形状に維持される。
【0049】
次に、カーボンモールド14内にアーク電極15の先端部を設置し、カーボンモールド14の内側から原料シリカ粉の堆積層16をアーク溶融する。加熱時間、加熱温度等の具体的な条件は原料シリカ粉の特性やルツボのサイズなどを考慮して適宜定められる。
【0050】
アーク溶融中はカーボンモールド14の内面14iに設けられた多数の通気孔14aから原料シリカ粉の堆積層16を真空引きすることにより溶融石英ガラス中の気泡量を制御する。具体的には、アーク溶融開始時に原料シリカ粉の堆積層16を真空引きして透明層11を形成し、透明層の形成後に原料シリカ粉に対する真空引きを停止するか吸引力を弱めて気泡層12を形成する。
【0051】
アーク熱は原料シリカ粉の堆積層16の内側から外側に向かって伝わり原料シリカ粉を溶融していくので、原料シリカ粉が溶融し始めるタイミングで減圧条件を変えることにより、透明層11と気泡層12とを作り分けることができる。すなわち、ルツボの内面を構成する原料シリカ粉が溶融するタイミングで減圧を強める減圧溶融を行えば、雰囲気ガスがガラス中に閉じ込められないので、溶融シリカは気泡を含まないシリカガラスになる。またルツボの外側を構成する原料シリカ粉が溶融するタイミングで減圧を弱める通常溶融(大気圧溶融)を行えば、雰囲気ガスがガラス中に閉じ込められるので、溶融シリカは多数の気泡を含むシリカガラスになる。
【0052】
その後、アーク溶融を終了し、ルツボを冷却する。以上により、ルツボ壁の内側から外側に向かって透明層11及び気泡層12が順に設けられた石英ガラスルツボ1が完成する。その後、リム部を切断するなどしてルツボの形状を整えた後、洗浄液で洗浄し、さらに純水によるリンスを行う。洗浄液は、半導体グレード以上のフッ化水素酸をTOC≦2ppbの純水で希釈して10~40w%に調製したものが好ましい。
【0053】
シリカガラスの仮想温度は冷却温度によって変化する。急冷されたシリカガラスの仮想温度は高くなり、徐冷されたシリカガラスの仮想温度は低くなる。アーク溶融中の熱源となるアーク電極15はルツボ内面側に位置するため、アーク加熱終了後にはルツボ内面の冷却が直ちに開始される。一方、ルツボの外面側にはカーボンモールド14が存在し、アーク終了後もカーボンモールド14は高温状態を保つ。ここで、カーボンモールド14の空冷或いは水冷を一時的に止めることで、石英ガラスルツボ1の外面10o側の冷却速度は内面10i側に比べてより遅くなる。また、石英ガラスルツボ1の外面10o側のほうが内部よりも徐冷されることとなるため、外面10oの仮想温度は内部に比べて低くなる。本実施形態においては、カーボンモールド14の加熱等により保温性をより高めて石英ガラスルツボ1の外面10o側の冷却速度をより遅くすることにより、石英ガラスルツボ1の外面10oと基体内部との仮想温度差を30℃以上大きくしている。
【0054】
図5は、アーク溶融工程から冷却工程までの詳細を示すシーケンス図である。
【0055】
図5に示すように、アーク溶融工程の開始時には、アーク電極15が
図4に示す放電位置に設置され、時刻t
0においてアーク放電(アーク加熱)が開始される。このとき、カーボンモールド14の冷却も行われ、これによりカーボンモールド14の過熱が抑制される。
【0056】
アーク放電開始から一定時間(原料シリカ粉の溶融が完了するまでの時間)が経過した時刻t1においてアーク放電が終了すると、本実施形態ではアーク電極15を放電位置から退避位置に移動させず、放電位置に維持する。従来は溶融状態のルツボを急冷するためアーク溶融終了直後にアーク電極15をカーボンモールド14の上方に退避させていたが、アーク電極を放電位置に維持することにより、ルツボを内面10i側から徐冷することができる。これにより、内面10iの仮想温度が内側内部よりも相対的に低いルツボを製造することができる。
【0057】
またアーク加熱の終了時には、カーボンモールド14の強制冷却を一時停止し、自然冷却とする。従来はカーボンモールド14を常に強制冷却していたが、強制冷却を一時停止することにより、ルツボを外面10o側から徐冷することができる。すなわち、外面10oの仮想温度が外側内部よりも相対的に低いルツボを製造することができる。
【0058】
さらにアーク加熱の終了時には処理室内の雰囲気の加湿が開始される。加湿条件は8g/cm3以上であることが好ましく、加湿時間は60秒以上とすることが好ましい。これにより、ルツボの内面近傍及び外面近傍のシリカガラス中のOH基濃度を高めることができ、ルツボの内面10i及び外面10oの仮想温度を低減する効果を高めることができる。またガラス構造を緩和する効果もあるため、ルツボの内面10i及び外面10oの仮想温度をより下げることができる。
【0059】
ルツボの徐冷開始から一定時間(例えば60秒)が経過した時刻t2においてルツボの徐冷を終了し、アーク電極を待避位置に移動する。このとき、カーボンモールド14の強制冷却を再開し、ルツボの冷却を促進させる。これにより、ルツボの温度を常温まで速やかに低下させてアーク溶融工程終了までにかかる時間の短縮化を図ることができる。
【0060】
以上説明したように、本実施形態による石英ガラスルツボ1は、少なくとも側壁部10aにおける内面10iの仮想温度が、当該内面10iから少なくとも5mm深いルツボ内部の仮想温度よりも30℃以上低いので、常温下でのルツボの内面10iの強度を高めることができる。また、本実施形態による石英ガラスルツボ1は、少なくとも側壁部10aにおける内面10iの仮想温度が、当該外面10oから少なくとも5mm深いルツボ内部の仮想温度よりも30℃以上低いので、常温下でのルツボの外面10oの強度を高めることができる。
【0061】
以上、本発明の好ましい実施形態について説明したが、本発明は、上記の実施形態に限定されることなく、本発明の主旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能であり、それらも本発明の範囲内に包含されるものであることはいうまでもない。
【0062】
例えば、上記実施形態においては、ルツボの内面10iの仮想温度及び外面10oの仮想温度の両方がルツボ内部の仮想温度よりも低いが、どちらか一方であっても構わない。ルツボの内面側だけがそのようになっている場合には、ルツボの内面側の強度だけを向上させることができる。またルツボの外面側だけがそのようになっている場合には、ルツボの外面側の強度だけを向上させることができる。
【実施例0063】
<32インチルツボの仮想温度分布評価>
口径32インチの石英ガラスルツボを上述の回転モールド法により製造した。アーク溶融工程では、アーク加熱終了直後もアーク電極の先端部をモールド内に保持してルツボの内面側を徐冷した。またカーボンモールドの冷却も一時停止してルツボの外面側を徐冷した。さらに室内のアーク加熱終了直後に加湿を開始した。
【0064】
こうして得られた実施例A1による石英ガラスルツボの1/2の高さ位置(側壁部)における肉厚、透明層の厚さ、気泡層の厚さをそれぞれ求めたところ、ルツボの肉厚は17.6mm、透明層の厚さは5.6mm、気泡層の厚さは12.0mmとなった。
【0065】
次に、得られた石英ガラスルツボの仮想温度分布をラマン分光分析法により測定した。仮想温度分布の測定位置は、石英ガラスルツボの1/2の高さ位置とした。この位置におけるルツボの肉厚の1/3の値は5.9mmであり、この値をルツボ内部の仮想温度測定位置として使用した。すなわち、ルツボの内側内部の仮想温度の測定では、内表面を5.9mm研磨した後、研磨面にレーザー光を照射して仮想温度の測定を行った。また、ルツボの外側内部の仮想温度の測定では、外表面を5.9mm研磨した後、研磨面にレーザー光を照射して仮想温度の測定を行った。
【0066】
図6は、実施例A1による石英ガラスルツボの仮想温度分布の測定結果を示すグラフであって、横軸は内面からの距離(mm)、縦軸は仮想温度(℃)をそれぞれ示している。
【0067】
図6に示すように、内面の仮想温度は内側内部の仮想温度よりも低く、また外面の仮想温度は外側内部の仮想温度よりも低くなった。
【0068】
<24インチルツボの仮想温度分布評価>
口径24インチの石英ガラスルツボを上述の回転モールド法により製造した。アーク溶融工程では、アーク加熱終了直後もアーク電極をモールド内に保持してルツボの内面側を徐冷した。またカーボンモールドの冷却も一時停止してルツボの外面側を徐冷した。
【0069】
こうして得られた実施例A2による石英ガラスルツボの1/2の高さ位置(側壁部)における肉厚、透明層の厚さ、気泡層の厚さをそれぞれ求めたところ、ルツボの肉厚は11.5mm、透明層の厚さは7.5mm、気泡層の厚さは4.0mmとなった。
【0070】
次に、得られた石英ガラスルツボの仮想温度分布をラマン分光分析法により測定した。仮想温度分布の測定位置は、石英ガラスルツボの1/2の高さ位置とした。この位置におけるルツボの肉厚の1/3の値は3.8mmであり、この値をルツボ内部の仮想温度測定位置として使用した。すなわち、ルツボの内側内部の仮想温度の測定では、内表面を3.8mm研磨した後、研磨面にレーザー光を照射して仮想温度の測定を行った。また、ルツボの外側内部の仮想温度の測定では、外表面を3.8mm研磨した後、研磨面にレーザー光を照射して仮想温度の測定を行った。
【0071】
図7は、実施例A2による石英ガラスルツボの仮想温度分布の測定結果を示すグラフであって、横軸は内面からの距離(mm)、縦軸は仮想温度(℃)をそれぞれ示している。
【0072】
図7に示すように、24インチルツボにおいても内面の仮想温度は内側内部の仮想温度よりも低く、また外面の仮想温度は外側内部の仮想温度よりも低くなった。
【0073】
<結晶引き上げ後のルツボの内面の評価>
5個の石英ガラスルツボのサンプルを用意し、各ルツボの内面側の仮想温度を測定した。実施例B1、B2、B3による石英ガラスルツボは、上述の回転モールド法により測定し、アーク溶融工程ではアーク加熱終了直後もアーク電極をモールド内に保持してルツボの内面を徐冷した。比較例B1、B2による石英ガラスルツボは、アーク加熱終了後に急冷する従来の方法で製造した。
【0074】
次に、このルツボと同等のルツボを用いてシリコン単結晶の引き上げを行い、引き上げ後のルツボの内面の状態を目視で観察し、ルツボの内面に食い込んだシリコン片の個数を評価した。この食い込みは、ルツボ内へのシリコン原料の充填時又はシリコン原料の溶融中に、ルツボの内面が原料と接触して受けた衝撃などが要因と考えられる。その結果を表1に示す。
【0075】
【0076】
表1に示すように、実施例B1では、仮想温度差が30℃となり、シリコンの食い込みの数は1個であった。実施例B2では、仮想温度差が30℃となり、シリコンの食い込みの数は2個であった。実施例B3では、仮想温度差が50℃となり、シリコンの食い込みの数は0個となった。
【0077】
一方、比較例B1では、仮想温度差が-10℃となり、シリコンの食い込みの数は13個となった。また比較例B2では、仮想温度差が-30℃となり、シリコンの食い込みの数は10個となった。以上の結果から、ルツボ内面の仮想温度がルツボ内部よりも30℃以上低い実施例B1、B2、B3による石英ガラスルツボの内面は、損傷が少なく、強度が向上していることが確認できた。
【0078】
<結晶引き上げ後のルツボの外面の評価>
3個の石英ガラスルツボのサンプルを用意し、各ルツボの外面側の仮想温度を測定した。実施例C1、C2による石英ガラスルツボは、上述の回転モールド法により測定し、アーク溶融工程ではアーク加熱終了直後もアーク電極をモールド内に保持すると共に、アーク加熱終了直後にモールド冷却を停止し、ルツボの内面と外面を徐冷した。比較例C1による石英ガラスルツボは、アーク加熱終了後に急冷する従来の方法で製造した。
【0079】
次に、このルツボと同等のルツボを用いてシリコン単結晶の引き上げを行い、引き上げ後のルツボの外面の状態を目視で観察し、ルツボの外面に存在する凹みの個数を評価した。この凹みは、搬送時などの引き上げ前に外部から受けた押圧又は衝撃が引き上げ工程中に凹みとして顕在化したもの考えられる。その結果を表2に示す。
【0080】
【0081】
表2に示すように、実施例C1では、仮想温度差が40℃となり、外面の凹みの数は0個であった。実施例C2では、仮想温度差が70℃となり、外面の凹みの数は0個であった。
【0082】
一方、比較例C1では、仮想温度差が10℃となり、外面の凹みの数は5個となった。以上の結果から、ルツボ外面の仮想温度がルツボ内部よりも30℃以上低い実施例C1、C2による石英ガラスルツボの当該外面は、凹みが少なく、強度が向上していることが確認できた。