(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024100686
(43)【公開日】2024-07-26
(54)【発明の名称】植物穿孔性昆虫の同定方法
(51)【国際特許分類】
G01N 30/88 20060101AFI20240719BHJP
A01G 7/06 20060101ALI20240719BHJP
G01N 30/72 20060101ALI20240719BHJP
G01N 30/86 20060101ALI20240719BHJP
G01N 30/06 20060101ALI20240719BHJP
【FI】
G01N30/88 M
A01G7/06 Z
G01N30/72 A
G01N30/86 J
G01N30/06 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023186185
(22)【出願日】2023-10-31
(31)【優先権主張番号】P 2023004259
(32)【優先日】2023-01-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 1.発行日:令和5年7月22日 刊行物名:Scientific Reports(2023)13:11837;https://doi.org/10.1038/s41598-023-38835-x 2.掲載日:令和5年10月24日 掲載アドレス:https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/nipp/160173.html
(71)【出願人】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】辻井 直
(72)【発明者】
【氏名】安居 拓恵
(57)【要約】
【課題】本発明は、植物体外より得られた微量の木屑状試料から植物穿孔性昆虫による加害の有無を確定すると共に、その寄生種若しくは加害種を早期かつ正確に同定する再現性の高い方法を開発し、提供することである。
【解決手段】フラス中に含まれる炭化水素の成分組成の情報を取得した後、既知植物穿孔性昆虫由来のフラスから得られた種特異的炭化水素成分組成の情報と比較したときに、両成分組成が一致した場合には被験対象の植物穿孔性昆虫が前記既知植物穿孔性昆虫であると同定する。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
フラスを排出する植物穿孔性昆虫の、前記フラスを用いた同定方法であって、
被験対象のフラス中に含まれる炭化水素を有機溶媒で抽出し、抽出液を得る抽出工程、
前記抽出液からガスクロマトグラフ質量分析装置(GC-MS)を用いて炭化水素画分を分離し、炭素数に基づく炭化水素の成分組成を分析する分離分析工程、及び
前記炭化水素の成分組成を、同様の方法で既知植物穿孔性昆虫由来のフラスから得られた種特異的炭化水素成分組成と比較し、両成分組成が一致したときに前記被験対象のフラスを排出した植物穿孔性昆虫が前記既知植物穿孔性昆虫であると同定する比較同定工程
を含む前記同定方法。
【請求項2】
前記有機溶媒が無極性有機溶媒である、請求項1に記載の同定方法。
【請求項3】
前記GC-MSで使用するカラムが無極性又は微極性カラムである、請求項1又は2に記載の同定方法。
【請求項4】
前記植物穿孔性昆虫がカミキリムシ科(Cerambycidae)、ゾウムシ上科(Curculionoidea)、スカシバガ科(Sesiidae)、コウモリガ科(Hepialidae)、及びボクトウガ科(Cossidae)のいずれかに属する種である、請求項3に記載の同定方法。
【請求項5】
植物穿孔性昆虫由来のフラスに含まれる種特異的炭化水素成分組成を決定する方法であって、
同定済みの既知植物穿孔性昆虫のフラス中に含まれる炭化水素を有機溶媒で抽出する抽出工程、
前記抽出工程で得られた抽出液をガスクロマトグラフ質量分析装置(GC-MS)で分離分析する分離分析工程、及び
前記分離分析工程で得られたフラス由来の炭化水素画分における炭素数及び不飽和結合数に基づき前記既知植物穿孔性昆虫の種特異的炭化水素成分組成を決定する炭化水素成分組成決定工程
を含む前記方法。
【請求項6】
特定の植物穿孔性昆虫による植物加害の有無を判定する方法であって、
被験対象の木屑状物質中に含まれる炭化水素を有機溶媒で抽出する抽出工程、
前記抽出工程で得られた抽出液をガスクロマトグラフィー又はGC-MSで分離分析する分離分析工程、及び
前記分離分析工程で得られた木屑状物質の炭化水素画分における炭素数及び不飽和結合数に基づく成分組成を、同様の方法で得られた前記特定の植物穿孔性昆虫の排出したフラス由来の炭化水素画分における前記成分組成と比較し、両成分組成が一致したときに前記被験対象の植物が前記特定の植物穿孔性昆虫に加害されていると判定する比較判定工程
を含む前記方法。
【請求項7】
前記有機溶媒が無極性有機溶媒である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記GC-MSで使用するカラムが無極性又は微極性カラムである、請求項6又は7に記載の方法。
【請求項9】
前記被験対象が生木又は木材である、請求項6に記載の方法。
【請求項10】
前記植物穿孔性昆虫がカミキリムシ科(Cerambycidae)、ゾウムシ上科(Curculionoidea)、スカシバガ科(Sesiidae)、コウモリガ科(Hepialidae)、及びボクトウガ科(Cossidae)のいずれかに属する種である、請求項6に記載の方法。
【請求項11】
フラスを排出する植物穿孔性昆虫の同定装置であって、
被験対象のフラスから炭化水素を有機溶媒で抽出する抽出部、
前記抽出部で抽出された抽出液を分離分析する分離分析部、及び
前記分離分析部で得られた被験対象のフラス由来の炭化水素画分における炭素数及び不飽和結合数に基づく成分組成情報と、同様の方法で得られた既知植物穿孔性昆虫の排出したフラス由来の炭化水素画分における前記成分組成情報とを比較し、両成分組成が一致したときに前記被験対象のフラスを排出した植物穿孔性昆虫が前記既知植物穿孔性昆虫であると判定する情報処理部
を含む前記同定装置。
【請求項12】
前記分離分析部がGC-MSである、請求項11に記載の同定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フラスを排出する植物穿孔性昆虫の同定方法及び同定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
カミキリムシ科(Cerambycidae)に属する昆虫の多くは、その幼虫が木本植物に穿孔し、樹体内部を摂食する。中でも生木に寄生する種は、食害によってその植物を枯死させてしまうため林業及び果樹害虫として重要である。特に、日本では、昨今、諸外国より侵入した外来種による木本植物の食害が深刻な問題となっている。
【0003】
例えば、中国や朝鮮半島等を原産地とするクビアカツヤカミキリ(Aromia bungii)(
図1A)は、国内では2012年に愛知県で初めて確認されて以降、国内で急速にその分布を広げ、枯損被害が拡大している。本種は、バラ科(Rosaceae)植物を宿主とし、特にサクラ属(Prunus)植物に好んで寄生する。本種の幼虫(
図1B)に寄生された植物は、樹体内部に坑道状の無数の食痕を開けられる(
図1C)ため、樹勢を失い、やがて枯死してしまう。サクラ属の植物種には、サクラ(ソメイヨシノ)のような景観を構成し、歴史的及び文化財的価値の高い重要な種や、ウメ、モモ、スモモ、及びセイヨウミザクラのような果樹として農業上重要な種を多く含む。本種がこのまま分布を拡大し続ければ、国内のサクラや果樹は甚大な被害に見舞われるため、その防除対策には一刻の猶予も許されない。そこで、本種は2018年に国の特定外来生物に指定され、各自治体で本種の防除活動が実施されているが、依然としてその被害拡大は衰えていない。
【0004】
また、近年では他のカミキリムシの外来種による被害も新たに発生している。例えば、サビイロクワカミキリ(Apriona swainsoni)、中国南部を原産地とする種で、国内では2015年に福島県郡山市で初めて確認された。現在では福島県郡山市を中心にイヌエンジュ(Maackia amurensis)をはじめとする街路樹の多くが本種に食害されている。また、被害樹の伐採により街の景観が損なわれる等の被害も発生し、現在、周辺地域への分布拡大が懸念されている。
【0005】
さらに、ツヤハダゴマダラカミキリ(Anoplophora glabripennis)は、中国及び朝鮮半島を原産地とする種で、移入により世界各地に分布を広げ、林業害虫として世界的に被害をもたらしている。国内では2002年に神奈川県横浜市で確認された後、一旦根絶されたものの、2021年に兵庫県神戸市で定着個体が確認されたのを機に、その翌年には国内各地で確認される等、現在、急速に分布を広げている。
【0006】
上記カミキリムシの外来種は、世界的な物流の増加を背景に、幼虫が輸入木材中に紛れて国内に持ち込まれたことが原因と考えられている。今後も新たな種が同様の経路で侵入する可能性があり、国内では従来からは想定できない被害の発生が懸念されている。
【0007】
このような植物穿孔性昆虫による被害を最小限に抑え、効果的に防除するためには、被害が軽微で、薬剤等に対する抵抗性の低い初齢や2齢の幼虫初期の段階で被害樹を早期に発見し、適切な防除を行うことが極めて重要である。しかし、植物穿孔性昆虫は、幼虫が樹体内で生育するため、樹体外部から加害の有無を判断することは容易ではない。
【0008】
植物穿孔性昆虫による寄生を判断する方法としてフラス(
図2)の確認がある。フラスとは、植物穿孔性昆虫が樹体内部を食い進む際に樹体外部に排出した糞と粉末状又は顆粒状の植物組織の混合物である。フラスが排出されている植物は、植物穿孔性昆虫に加害されている可能性が高いと判断できる。ところが、フラスは一見すると木屑にしか見えない。また、トビイロケアリ(Lasius japonicus)等の一部の種のアリは、木屑、土、及び自らの糞で構成されたトンネル状の通路(蟻道)を樹皮表面に形成するため、蟻道をフラスと混同する場合もある。
【0009】
さらに、植物穿孔性昆虫の防除法は寄生種によって異なる場合が多く、種の同定は防除対策を講じる上での前提となる。ところが、植物穿孔性昆虫の場合、樹体外から直接寄生種を検することができないため正確な同定は非常に困難である。一般にフラスから寄生種を同定する場合、フラスが排出された樹種とフラスの色や形状等の情報から寄生種を推察することはできる。しかし、この方法は専門知識とフラスを見極めるスキルが必要であり、誰もが同定できる汎用性の高い方法ではない。また、結果は推察に過ぎず、正確な同定まではできないという問題がある。
【0010】
現在、寄生種を正確に同定する方法としては、フラスが排出された被害樹を伐採し、樹体内に潜む幼虫を取り出して成虫まで飼育した後、同定する方法がある(非特許文献1)。しかし、この方法は、被害樹を伐採しなければならず、幼虫の飼育が必要なため、成虫同定までに時間と手間を要する。他にも、フラス中の糞に含まれる遺伝情報から種同定を行う方法も発表されているが、未だ実用化されていない(非特許文献2)。
【0011】
このように、現在までのところ、植物穿孔性昆虫による加害を確定し、その寄生種を正確に同定する再現性の高い方法は、まだ開発されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】北島 博, 2017, 日本樹木医会千葉県支部 平成29年度年報-樹木医活動記録-第9号20-26
【非特許文献2】Rizzo D et al. 2020 Sustainability, 12. 6041.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、生木であれば被害樹を伐採することなく、また木材であれば加工前に、植物体外より得られた微量のフラス状試料から植物穿孔性昆虫による加害の有無を確定すると共に、その寄生種若しくは加害種を早期かつ正確に同定する再現性の高い方法を開発し、提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を解決するため、本発明者らは、フラス中に含まれる化学物質に着目した。昆虫の多くは、フェロモンと呼ばれる情報化学物質を介して同種個体間のコミュニケーションを行っている。例えば、配偶行動において異性を誘引するための性フェロモン、社会性昆虫のハチやアリにおける道標フェロモンや警報フェロモン、ゴキブリの糞等に含まれる集合フェロモン等が挙げられる。フェロモンは、その性質上、種特異性が高く、また拡散性を要するため揮発性の化学物質であることが多い。
【0015】
そこで、まず、本発明者らはフラス中の揮発性物質の分析を行い、その構成成分による種同定の可能性について検証した。しかし、予想に反して種同定に繋がる化学物質を検出することはできなかった。
【0016】
その後、本発明者らが様々な研究を重ねた結果、フラス中に含まれる炭素数20以上の炭化水素の成分組成が同属間であっても種間で顕著に異なるという新たな知見を得た。炭素数20以上の炭化水素は化学的安定性も高いことから、種同定のマーカーとして望ましい性質を有している。これにより、フラス中に含まれる炭化水素を分析することで、その成分組成からフラスを排出した植物穿孔性昆虫を正確に同定することに成功した。本発明は、当該開発結果に基づくものであって、以下を提供する。
【0017】
(1)フラスを排出する植物穿孔性昆虫の、前記フラスを用いた同定方法であって、被験対象のフラス中に含まれる炭化水素を有機溶媒で抽出し、抽出液を得る抽出工程、前記抽出液からガスクロマトグラフ質量分析装置(GC-MS)を用いて炭化水素画分を分離し、炭素数及び不飽和結合数に基づく炭化水素の成分組成を分析する分離分析工程、及び前記炭化水素の成分組成を、同様の方法で既知植物穿孔性昆虫由来のフラスから得られた種特異的炭化水素成分組成と比較し、両成分組成が一致したときに前記被験対象のフラスを排出した植物穿孔性昆虫が前記既知植物穿孔性昆虫であると同定する比較同定工程
を含む前記同定方法。
(2)前記有機溶媒が無極性有機溶媒である、(1)に記載の同定方法。
(3)前記GC-MSで使用するカラムが無極性又は微極性カラムである、(1)又は(2)に記載の同定方法。
(4)前記植物穿孔性昆虫がカミキリムシ科(Cerambycidae)、ゾウムシ上科(Curculionoidea)、スカシバガ科(Sesiidae)、コウモリガ科(Hepialidae)、及びボクトウガ科(Cossidae)のいずれかに属する種である、(3)に記載の同定方法。
(5)植物穿孔性昆虫由来のフラスに含まれる種特異的炭化水素成分組成を決定する方法であって、同定済みの既知植物穿孔性昆虫のフラス中に含まれる炭化水素を有機溶媒で抽出する抽出工程、前記抽出工程で得られた抽出液をガスクロマトグラフ質量分析装置(GC-MS)で分離分析する分離分析工程、及び前記分離分析工程で得られたフラス由来の炭化水素画分における炭素数及び不飽和結合数に基づき前記既知植物穿孔性昆虫の種特異的炭化水素成分組成を決定する成分組成決定工程を含む前記方法。
(6)特定の植物穿孔性昆虫による植物加害の有無を判定する方法であって、被験対象の木屑状物質中に含まれる炭化水素を有機溶媒で抽出する抽出工程、前記抽出工程で得られた抽出液をガスクロマトグラフィー又はGC-MSで分離分析する分離分析工程、及び前記分離分析工程で得られた木屑状物質の炭化水素画分における炭素数及び不飽和結合数に基づく成分組成を、同様の方法で得られた前記特定の植物穿孔性昆虫の排出したフラス由来の炭化水素画分における前記成分組成と比較し、両成分組成が一致したときに被験対象の植物が前記特定の植物穿孔性昆虫に加害されていると判定する比較判定工程を含む前記方法。
(7)前記有機溶媒が無極性有機溶媒である、(6)に記載の方法。
(8)前記GC-MSで使用するカラムが無極性又は微極性カラムである、(6)又は(7)に記載の方法。
(9)前記被験対象が生木又は木材である、(6)に記載の方法。
(10)前記植物穿孔性昆虫がカミキリムシ科(Cerambycidae)、ゾウムシ上科(Curculionoidea)、スカシバガ科(Sesiidae)、コウモリガ科(Hepialidae)、及びボクトウガ科(Cossidae)のいずれかに属する種である、(6)に記載の方法。
(11)フラスを排出する植物穿孔性昆虫の同定装置であって、被験対象のフラスから炭化水素を有機溶媒で抽出する抽出部、前記抽出部で抽出された抽出液を分離分析する分離分析部、及び前記分離分析部で得られた被験対象のフラス由来の炭化水素画分における炭素数及び不飽和結合数に基づく成分組成情報と、同様の方法で得られた既知植物穿孔性昆虫の排出したフラス由来の炭化水素画分における前記成分組成情報と比較し、両成分組成が一致したときに前記被験対象のフラスを排出した植物穿孔性昆虫が前記既知植物穿孔性昆虫であると判定する情報処理部を含む前記同定装置。
(12)前記分離分析部がGC-MSである、(11)に記載の同定装置。
【発明の効果】
【0018】
本発明の植物穿孔性昆虫の同定方法によれば、微量のフラスから植物穿孔性昆虫による加害の有無を確定すると共に、その寄生種若しくは加害種を早期かつ正確に同定する再現性の高い方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】クビアカツヤカミキリ(Aromia bungii)及びその被害樹の状態を示す図である。Aはソメイヨシノの葉裏に止まる成虫を、Bは被害樹の樹幹内部から摘出した幼虫を示す。Cは、被害樹の樹幹断面図を示す。矢印はクビアカツヤカミキリの幼虫による坑道状の食痕である。
【
図2】フラスを示す図である。Aはモモの幹上に排出されたクビアカツヤカミキリのフラス(円内)を、Bは南高梅(ウメ)の樹幹根際に排出されたゴマダラカミキリのフラス(円内)を示す。
【
図4】本発明の同定方法の成立性を立証する図である。図中、Aはクビアカツヤカミキリの幼虫体表から採取した成分における炭化水素の、Bはモモより採取したクビアカツヤカミキリ由来のフラスにおける炭化水素の、Cはスモモより採取したクビアカツヤカミキリ由来のフラスにおける炭化水素の、各トータルイオンクロマトグラム(ピークパターン)を示す。図中、番号が付された矢で示すピークは、A~Cの全てに共通するピークであり、表1-1に示すクビアカツヤカミキリに特異的な炭化水素成分組成に記載の番号に対応する各炭化水素である。
【
図5】本発明の同定方法の有効性を立証する図である。図中、Aはクビアカツヤカミキリの幼虫体表から採取した炭化水素の、Bは野外のソメイヨシノより採取したフラスにおける炭化水素の、Cは野外のモモより採取したフラスにおける炭化水素の、各トータルイオンクロマトグラムを示す。図中、番号が付された矢印で示すピークは、A~Cの全てに共通するピークであり、表1-1に示すクビアカツヤカミキリに特異的な炭化水素成分組成に記載の番号に対応する各炭化水素である。
【
図6】炭化水素成分組成に基づく植物穿孔性昆虫による植物加害の判定可能性を示す図である。図中、Aは南高梅より採取した木屑の炭化水素の、Bは南高梅より採取したクビアカツヤカミキリのフラスにおける炭化水素の、トータルイオンクロマトグラムを示す。図中、矢印で示すピークは、表1-1に示すクビアカツヤカミキリに特異的な炭化水素成分組成に対応する各炭化水素である。
【
図7】ゴマダラカミキリ(Anoplophora malasiaca)の幼虫体表から採取した炭化水素成分のトータルイオンクロマトグラム(A)、及び同種のフラスにおける炭化水素成分のトータルイオンクロマトグラム(B)を示す図である。図中、番号が付された矢印で示すピークは、表1-2に示すゴマダラカミキリに特異的な炭化水素成分組成に記載の番号に対応する各炭化水素である。
【
図8】ツヤハダゴマダラカミキリ(Anoplophora glabripennis)の幼虫体表から採取した炭化水素成分のトータルイオンクロマトグラム(A)、及び同種のフラスにおける炭化水素成分のトータルイオンクロマトグラム(B)を示す図である。図中、番号が付された矢印で示すピークは、表1-3に示すツヤハダゴマダラカミキリに特異的な炭化水素成分組成に記載の番号に対応する各炭化水素である。
【
図9】サビイロクワカミキリ(Apriona swainsoni)の幼虫体表から採取した炭化水素成分のトータルイオンクロマトグラム(A)、及び同種のフラスにおける炭化水素成分のトータルイオンクロマトグラム(B)を示す図である。図中、番号が付された矢印で示すピークは、表1-4に示すサビイロクワカミキリに特異的な炭化水素成分組成に記載の番号に対応する各炭化水素である。
【
図10】クワカミキリ(Apriona japonica)の幼虫体表から採取した炭化水素成分のトータルイオンクロマトグラム(A)、及び同種のフラスにおける炭化水素成分のトータルイオンクロマトグラム(B)を示す図である。図中、番号が付された矢印で示すピークは、表1-5に示すクワカミキリに特異的な炭化水素成分組成に記載の番号に対応する各炭化水素である。
【
図11】ルリカミキリ(Bacchisa fortunei)の幼虫体表から採取した炭化水素成分のトータルイオンクロマトグラム(A)、及び同種のフラスにおける炭化水素成分のトータルイオンクロマトグラム(B)を示す図である。図中、番号が付された矢印で示すピークは、表1-6に示すルリカミキリに特異的な炭化水素成分組成に記載の番号に対応する各炭化水素である。
【
図12】コスカシバ(Synanthedon hector)の幼虫体表から採取した炭化水素成分のトータルイオンクロマトグラム(A)、及び同種のフラスにおける炭化水素成分のトータルイオンクロマトグラム(B)を示す図である。図中、番号が付された矢印で示すピークは、表1-7に示すコスカシバに特異的な炭化水素成分組成に記載の番号に対応する各炭化水素である。
【
図13】30℃の高温下に曝露したクビアカツヤカミキリ由来のフラスのトータルイオンクロマトグラムにおいて、ピークを示した炭化水素成分の量比を曝露経過時間(1週間、2週間、及び3週間)ごとに示した図である。
【
図14】水に浸漬したクビアカツヤカミキリ由来のフラスのトータルイオンクロマトグラムにおいて、ピークを示した炭化水素成分の量比を浸漬回数(1回、2回、及び3回)ごとに示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
1.植物穿孔性昆虫同定方法
1-1.概要
本発明の第1の態様は、植物穿孔性昆虫の同定方法(本明細書では、しばしば「同定方法」と略記する)である。本発明の同定方法は、フラスを排出する植物穿孔性昆虫に関して、そのフラス中に含まれる炭化水素を、ガスクロマトグラフ質量分析装置を用いて分析し、その成分組成からフラスを排出した植物穿孔性昆虫を同定する。本発明の同定方法によれば、植物表面上に排出されたフラスを入手することにより、その植物を加害し、フラスを排出した植物穿孔性昆虫を、虫体を確認することなく正確に同定することができる。
【0021】
1-2.用語の定義
本明細書で使用する以下の用語について定義する。
本明細書において「植物穿孔性昆虫」とは、主として摂食を目的として植物体内部に穿孔する昆虫の総称をいう。限定はしないが、前記性質を有するコウチュウ目(Coleoptera)、チョウ目(Lepidoptera)、及びハチ目(Hymenoptera)に属する種が該当する。具体的には、コウチュウ目であれば、カミキリムシ科(Cerambycidae)、ゾウムシ上科(Curculionoidea)、タマムシ科(Buprestidae)、及びツツシンクイ科(Lymexylonidae)に属する種、チョウ目(Lepidoptera)であれば、スカシバガ科(Sesiidae)、コウモリガ科(Hepialidae)、及びボクトウガ科(Cossidae)に属する種、ハチ目であれば、キバチ科(Siricidae)に属する種が挙げられる。より具体的には、上記種のうち、穿孔によって植物体内に坑道(トンネル)を形成し、その副産物としてフラスを植物体外に排出する種である。例えば、カミキリムシ科であればフトカミキリ亜科(Lamiinae)又はカミキリ亜科(Cerambycinae)に属する種、ゾウムシ上科であればキクイムシ科(Scolytidae)又はオサゾウムシ科(Rhynchophoridae)に属する種が挙げられる。より具体的な例として、カミキリムシ科カミキリ亜科に属する種であればミヤマカミキリ(Noecerambyx raddiei)、アオカミキリ(Schwarzerium quadricolle)及び外来種のクビアカツヤカミキリ(Aromia bungii)等の幼虫が、また同科フトカミキリ亜科に属する種であればゴマダラカミキリ(Anoplophora malasiaca)、キボシカミキリ(Psacothea hilaris)、ルリカミキリ(Bacchisa fortunei)、クワカミキリ(Apriona japonica)、シロスジカミキリ(Batocera lineolata)並びに外来種のツヤハダゴマダラカミキリ(Anoplophora glabripennis)及びサビイロクワカミキリ(Apriona swainsoni)等の幼虫が、生木を摂食する種に該当する。また、キクイムシ科(Scolytidae)に属する種であればカシノナガキクイムシ(Platypus quercivorus)及びヒラタキクイムシ(Lyctus brunnus)等が、またオサゾウムシ科に属する種であればオオゾウムシ(Sipalinus gigas)及び外来種のヤシオサゾウムシ(Rhynchophorus ferrugineus)等が該当する。スカシバガ科(Sesiidae)に属する種であればブドウスカシバ(Nokona regalis)、クビアカスカシバ(Glossosphecia romanovi)及びコスカシバ(Synanthedon hector)等が、ボクトウガ科に属する種であればゴマフボクトウ(Zeuzera pyrina)、及びヒメボクトウ(Cossus insularis)が、該当する。本明細書における植物穿孔性昆虫の成長段階は限定しない。ただし、本発明の趣旨を考慮すれば、植物体内部を穿孔し、フラスを排出する段階であることが好ましい。多くの植物穿孔性昆虫において、この成長段階は主として幼虫期が該当する。
【0022】
本明細書において「加害」又は「植物加害」とは、前記植物穿孔性昆虫の摂食により宿主植物が受ける損害(食害)、又は前記植物穿孔性昆虫が宿主植物に食害を与えることをいう。加害対象となる宿主植物の生死の状態は問わない。植物の生死については後述する。
【0023】
本明細書において「加害種」とは、宿主植物を加害する前記植物穿孔性昆虫の種類をいう。
【0024】
本明細書において「寄生」とは、前記植物穿孔性昆虫が成長のために宿主植物の資源を一方的に利用することをいう。本明細書では、特に生きている宿主植物の組織の摂食が該当する。
【0025】
本明細書において「寄生種」とは、生きている宿主植物に寄生する植物穿孔性昆虫の種類をいう。
【0026】
本明細書において「宿主」又は「宿主植物」とは、前記植物穿孔性昆虫の摂食対象となる植物をいう。
【0027】
本明細書における「植物」は、裸子植物及び被子植物が該当する。草本植物及び木本植物は限定しないが、好ましくは木本植物(本明細書では、しばしば「樹木」と表記する)である。また、被子植物は、双子葉植物又は単子葉植物のいずれであってもよい。植物の種類は限定しないが、農林業的又は商業的に重要な植物、例えば、果実用途、木材用途(チップ、炭用を含む)、観賞用途(庭木、街路樹を含む)の植物種は特に好ましい。具体的には、裸子植物では、マツ科(Pinaceae)に属する植物(アカマツ、クロマツ、カラマツ、トウヒ、ツガ、モミを含む)、ヒノキ科(Cupressaceae)に属する植物(スギ、ヒノキ、アスナロを含む)、ソテツ目(Cycadales)に属する植物、及びイチョウ(Ginkgo biloba)等が挙げられる。単子葉植物では、イネ科(Poaceae)に属する植物(サトウキビ、タケ、ササを含む)等が挙げられる。そして、被子植物の双子葉植物では、マメ科(Fabaceae)に属する植物(イヌエンジュ、サイカチ、シタンを含む)、バラ科(Rosaceae)に属する植物(サクラ、モモ、スモモ、アンズ、アーモンド、リンゴ、ナシ、ビワを含む)、ブドウ科(Vitaceae)に属する植物(ブドウを含む)、ミカン科(Rutaceae)に属する植物、ツバキ科(Theaceae)に属する植物(チャを含む)、クワ科(Moraceae)に属する植物(イチジク、クワを含む)、マタタビ科(Actinidiaceae)に属する植物(キウイフルーツを含む)、ウルシ科(Anacardiaceae)に属する植物(ウルシ、ピスタチオ、マンゴーを含む)、及びツツジ科(Ericaceae)に属する植物(シャクナゲ、サツキ、ツツジを含む)等が挙げられる。植物の生死は、本発明の実施状況に応じて変動するため限定しない。例えば、果樹、街路樹、庭木等のように植栽対象の植物の場合、生木が対象となる。また、建材、家具材等の木材として利用される植物の場合、伐採木、すなわち死木が対象となる。また、本明細書で「植物」と表記した場合、主に主幹部を意味するが、それに限られず、植物体を構成する他の部位(例えば、枝、根、葉、花、及び種子)も包含する。
【0028】
本明細書において「被害」とは、宿主植物が前記植物穿孔性昆虫の摂食行動により損害を受けることをいう。
【0029】
本明細書において「被害植物」とは、前記植物穿孔性昆虫による被害を受けた宿主植物をいう。また、本明細書において「被害樹」と表記する場合は、被害植物が木本植物の場合をいう。
【0030】
「フラス」とは、前述のように、植物穿孔性昆虫が樹体内部を食い進む際に樹体外部に排出した糞等の代謝物と植物穿孔性昆虫によって切削された粉末状又は顆粒状の植物組織(いわゆる木屑)との混合物をいう。フラスの形状や色は問わない。フラスは植物穿孔性昆虫の種類や被害樹の種類によって様々な形状や色のフラスが知られているが、本発明で対象となるフラスはいずれの形状や色であってもよい。
【0031】
本明細書において「木屑状物質」とは、粉末状又は顆粒状の植物組織(木屑)を含む物質、又は外観が木屑に見える物質をいう。例えば、前記フラスの他、粉末状又は顆粒状の土を含む蟻道、及び人為的作業等によって発生する鋸屑等を包含する。
【0032】
本明細書において、「試料」とは、本発明の方法又は装置に供される対象物であって、具体的には、フラス又は木屑状物質をいう。
【0033】
本明細書において「被験対象」とは、本発明の方法及び装置に適用される対象物をいう。原則として前記木屑状物質、特にフラスが該当する。
【0034】
「有機溶媒」とは、有機物を媒体とする溶媒であり、有機溶剤ともいう。
【0035】
「炭化水素」とは、炭素原子及び水素原子で形成される化合物の総称である。分子構造から鎖状の炭素骨格を有する鎖式炭化水素(非環式炭化水素)と、環状の炭素骨格を有する環式炭化水素に大別される。また炭素原子間の結合が単結合のみで構成される飽和炭化水素と多重結合を含む不飽和炭化水素に分類される。本発明の炭化水素はいずれの構造も含み得る。飽和鎖式炭化水素(アルカン)は一般式CnH2n+2で示すことができる。また、炭素原子間に二重結合を1つ有する不飽和鎖式炭化水素(アルケン)、及び飽和環式炭化水素(シクロアルカン)は、一般式CnH2nで示すことができる。さらに、炭素原子間に三重結合を1つ有する不飽和鎖式炭化水素(アルキン)、炭素原子間に二重結合を2つ有する不飽和鎖式炭化水素(ジエン)及び炭素原子間に二重結合を1つ有する不飽和環式炭化水素(シクロアルケン)は一般式CnH2n-2で示すことができる。そして、炭素原子間に三重結合を1つ有する不飽和環式炭化水素(シクロアルキン)は一般式CnH2n-4で示すことができる。本明細書における炭化水素は、原則として無極性又は微極性の炭化水素が対象となる。
【0036】
本明細書において「炭化水素(の)成分組成」とは、炭素数及び不飽和結合数の異なる複数種の炭化水素の組み合わせをいう。本明細書では、特に、フラス中に含まれ、植物穿孔性昆虫各種に特有の主要な炭化水素の組み合わせが該当する。組み合わせの数は、その植物穿孔性昆虫を特定可能な必要最小限の組み合わせであれば限定はしない。この炭化水素の成分組成は、異なる炭化水素の組み合わせを表記できればよく、絶対表記、相対表記、又はその組み合わせのいずれであってもよい。ここでいう「絶対表記」とは、炭化水素の各成分を化学名、化学式、炭素数(不飽和結合数を含む)又は構造式で表記することをいう。また、「相対表記」とは、ガスクロマトグラフィーにおける成分指標であるKI(Kovats Index、又はKovats Retention Index)値及び/又はマススペクトルのピークによる表記が挙げられる。なお、本明細書において、炭化水素の成分組成の対象となる炭化水素の炭素数は、限定はしないが、下限は20以上(C20≦)、上限は36以下(≦C36)、34以下(≦C34)、32以下(≦C32)、30以下(≦C30)、又は28以下(≦C28)である。
【0037】
本明細書において「抽出液」とは、有機溶媒を用いて試料中から抽出された炭化水素を含む有機溶媒をいう。
【0038】
本明細書において「浸漬液」とは、抽出液とその残渣、すなわち抽出後の試料からなる混合液をいう。
【0039】
「ガスクロマトグラフィー(GC)」とは、クロマトグラフ法の一種であり、固定相に対する分析対象(ガス状化合物又は気化化合物)の吸着性又は分配係数の差異を利用して気体中に含まれる成分ごとに分離する手法である。ここで分離された炭化水素成分は、KI値で示すことができる。
【0040】
「ガスクロマトグラフィー質量分析法(GC-MS)」とは、ガスクロマトグラフィー(GC)で分離した各成分を、質量分析計を用いて質量分離し、得られた質量情報から各成分の定性及び定量を行う方法をいう。
【0041】
本明細書において「種特異的炭化水素成分組成」とは、同定済みの植物穿孔性昆虫における炭化水素の成分組成をいう。炭化水素成分組成は、種ごとに異なることから種特異的炭化水素成分組成は、本発明の方法及び装備において、重要な判断基準となる。
【0042】
1-3.同定方法
本発明の植物穿孔性昆虫の同定方法のフロー図を
図3に示す。この図で示すように、本発明の同定方法(S0100)は、抽出工程(S0103)、分離分析工程(S0104)、及び比較同定工程(S0105)を必須の工程として含み、採取工程(S0101)、及び乾燥工程(S0102)を選択工程として含む。以下、各工程について、具体的に説明をする。
【0043】
(1)採取工程
「採取工程」(S0101)は、試料としてのフラスを採取する工程である。本工程は、本発明の同定方法において、被験対象となるフラスが未入手の場合に実施する選択工程である。
【0044】
フラスは被害植物体外に排出されるため、通常、枝や幹表面、又は根際や枝下の地面に堆積している。したがって、それらを適量採取すればよい。例えば、1g~10g、2g~8g、又は3g~6g程度採取すれば足りる。採取に際しては、フラスのみを採取することが好ましいが、それ以外の夾雑物が混入していても構わない。なお、採取に当たっては、フラスに直接触れずにピンセットなどを利用して採取することが望ましい。
【0045】
本工程は、限定はしないが、通常は人為的作業、すなわち目視によるフラス又は木屑状物質の発見及び採取によって達成される。
【0046】
(2)乾燥工程
「乾燥工程」(S0102)は、入手したフラス又は木屑状物質(本明細書では、しばしば「試料」と表記する)を乾燥させる工程である。本工程は、必要に応じて行う選択工程である。次述の抽出工程で抽出すべき炭化水素が脂溶性であるため、試料中の含水量が少ない方が効率よく抽出できるからである。
【0047】
本工程の「乾燥」とは、入手した試料中の水分を減ずることをいう。乾燥方法は、水分を減じることができれば特に限定はしないが高温にさらすことは望ましくない。例えば、送風装置等を用いて冷風を当てる通風乾燥法、フラス(又は木屑状物質)を適当なバッファで懸濁した後、その懸濁液を気体中に噴霧して急速乾燥させる噴霧乾燥、凍結乾燥(フリーズドライ)法、密閉容器内で真空ポンプ等を用いて脱気する真空乾燥法、外気に晒して放置する自然乾燥法(天日干しを含む)、又はその組み合わせが挙げられる。実際の工程では、上記方法を応用した各種乾燥装置を用いて行えばよい。例えば、連続式真空乾燥装置、スプレードライヤー、フリーズドライヤー等が挙げられる。
【0048】
試料の乾燥は、試料中の含水率が30%以下、25%以下、20%以下、15%以下、10%以下、5%以下、3%以下又は1%以下となるまで行えばよい。
【0049】
乾燥工程後の試料(乾燥試料)は、固形状態、顆粒状態又は粉末状態のいずれであってもよいが、次述の抽出工程において炭化水素の抽出効率を高めるためには顆粒状態又は粉末状態が好ましい。
【0050】
(3)抽出工程
「抽出工程」(S0103)は、被験対象であるフラス又は木屑状物質等の試料中に含まれる炭化水素を有機溶媒で抽出し、抽出液を得る工程である。
【0051】
本工程で用いる試料の分量は限定しないが、5g以下、4g以下、3g以下、2g以下、1g以下、0.8g以下、0.6g以下、0.5g以下、0.4g以下、0.3g以下、0.2g以下、又は0.1g以下であればよい。
【0052】
抽出に用いる有機溶媒の種類は限定しないが、低極性有機溶媒又は無極性有機溶媒が好ましい。例えば、n-ヘキサン(以下、「ヘキサン」とも記載する)若しくはn-ヘプタン(以下、「ヘプタン」とも記載する)のようなC5-C10の鎖式若しくは環式炭化水素(脂肪族炭化水素)、又はベンゼン、トルエン、キシレンのようなC6-C10の芳香族炭化水素が好ましい。その他にも、ジクロロメタン、クロロホルム、ジクロロエタン、トリクロロエタン、トリクロロエチレン、ジエチルエーテル、酢酸メチル、酢酸エチル、及び四塩化炭素等も利用できる。二以上の溶媒を組み合わせた混合溶媒を使用してもよい。
【0053】
抽出に用いる有機溶媒の容量は、抽出する試料の分量に応じて適宜定めればよい。通常、質量/体積%で1~50%、2~40%、4~20%、又は5~10%となる容量を用いる。例えば、質量/体積%が10%の場合、試料1gに対して10mLの有機溶媒を使用すればよい。
【0054】
有機溶媒を用いた炭化水素の溶出方法は、試料を有機溶媒に浸漬すればよい。必要に応じて有機溶媒を撹拌してもよい。
【0055】
抽出時の有機溶媒の温度は、限定はしない。通常は、常温下で行えばよい。具体的には10~30℃、15~25℃、18~20℃であればよい。また、抽出時間は、限定はしないが、10秒~30分、15秒~20分、20秒~15分、30秒~10分、45秒~8分、60秒~6分、90秒~5分、又は2分~4分であればよい。
【0056】
抽出後は、浸漬液から試料を除去して抽出液を得る。浸漬液から試料を除去する方法は、浸漬液の固体成分と液体成分を分離可能な方法であれば特に問わない。例えば、濾過、遠心分離、静置沈殿、あるいはそれらの組み合わせのいずれであってもよい。
【0057】
濾過は、その方式を問わない。例えば、自然落下式、減圧濾過等の圧力制御式のいずれであってもよい。また、濾過に使用するフィルターは、有機溶媒に不溶であれば限定しない。例えば、ペーパーフィルター、フランネルフィルター若しくはコットンフィルターなどのセルロースフィルターが挙げられる。
【0058】
遠心分離は、その分離方式は問わない。例えば、浸漬液を多孔管内に導入し、遠心機内で遠心させることによって孔から放出する抽出液を回収する方式であってもよいし、無孔管内に導入し、遠心後に上清である抽出液を回収する方式であってもよい。また、遠心の重力加速度(G)についても、液体成分と固体成分を分離できれば、特に限定はしない。
【0059】
本工程は、その全部又は一部のステップを複数回繰り返して行ってもよい。
【0060】
(4)分離分析工程
「分離分析工程」(S0104)は、前記抽出液からガスクロマトグラフ質量分析装置(GC-MS)を用いて炭化水素画分を分離し、炭素数に基づく炭化水素の成分組成を分析する工程である。
【0061】
GC-MSを用いた抽出物の分析は、当該分野で公知の方法で行えばよい。本工程で分析対象となる炭化水素が分子量500以下、炭素数20~36の無極性及び/又は微極性の炭化水素である。
【0062】
本工程のGC-MSにおいて、ガスクロマトグラフィー(GC)で使用するカラム(例えば、キャピラリーカラム)は無極性又は微極性カラムが好ましい。本工程で使用するカラムの具体的な例として、限定はしないが、HP-5ms(アジレントJ&W)が挙げられる。
【0063】
GC-MS分析に際しては、ガスクロマトグラフィー(GC)の注入口で、抽出液を250~300℃で加熱し、カラム内に導入する。カラムを加熱昇温していく過程で気化する炭化水素が分析対象となる。
【0064】
GC装置で分離された成分は順番に質量分析装置でイオン化され、各炭化水素成分は横軸を時間としたトータルイオンクロマトグラムとしてピーク列で示される。各炭化水素のピークは、試料をカラムに注入後、目的のピークが現れるまでの保持時間(リテンションタイム)で表示することができる。また、ピーク面積やピーク高からイオン化された炭化水素の量を表示することができる。GC又はGC-MSの解析ソフトウェアを用いることで、GCで分離されたピークを自動検出し、その保持時間や面積値等を算出することができる。
【0065】
本工程のGC-MSにおいて、各ピークのマススペクトル(MS)を測定することができ、またそれは化合物(炭化水素)の構造特有のパターンを示す。化合物同定は、一般に、様々な化合物の測定スペクトルを蓄積したマススペクトルライブラリとGC-MSの解析プログラムを用いて、被験対象の測定スペクトルに対してライブラリ検索(類似度検索)を実行し、類似のスペクトルが検出されれば、被験対象はそのスペクトルに対応する化合物として同定できる。ただし、炭化水素は、マススペクトルが化合物間で類似することからKI値及び特徴的に検出されるマススペクトル(分子イオンもしくはフラグメントイオン)から化合物同定することもできる。
【0066】
既知植物穿孔性昆虫における種特異的炭化水素成分組成の具体例として、クビアカツヤカミキリの幼虫体表の炭化水素成分組成を表1-1に、ゴマダラカミキリの幼虫体表の炭化水素成分組成を表1-2に、ツヤハダゴマダラカミキリの幼虫体表の炭化水素成分組成を表1-3に、サビイロクワカミキリの幼虫体表の炭化水素成分組成を表1-4に、クワカミキリの幼虫体表の炭化水素成分組成を表1-5に、ルリカミキリの幼虫体表の炭化水素成分組成を表1-6に、そしてコスカシバの幼虫体表の炭化水素成分組成を表1-7に示す。
【0067】
【0068】
【0069】
【0070】
【0071】
【0072】
【0073】
【0074】
表中、「M+」は分子イオンピーク(Molecular Ion Peak)を示す。炭素数の数字後の:後の数字は分子内の二重結合(不飽和結合数)の数を示す。また、「*」は、それぞれの種の炭化水素成分組成において、検出強度が高い炭化水素を示す。
各表では、それぞれの種を特定可能な必要最低限の炭化水素成分組成を示している。
【0075】
(5)比較同定工程
「比較同定工程」(S0105)は、前記分離分析工程(S0104)で得られた被験対象のフラスから得られた炭化水素の成分組成に基づいて、前記被験対象のフラスを排出した植物穿孔性昆虫を同定する工程である。
【0076】
本発明者らによって、フラス中に含まれる炭化水素の成分組成は、既知植物穿孔性昆虫の種ごとに特異的であることが明らかとなった。本工程は、比較ステップと同定ステップに分けることができ、原則としてこれらのステップはセットで実施される。
【0077】
(5-1)比較ステップ
「比較ステップ」は、既知植物穿孔性昆虫における種特異的炭化水素成分組成を、前記分離分析工程(S0104)で得られた被験対象における炭化水素成分組成と比較するステップである。本ステップで比較基準として使用する種特異的炭化水素成分組成は少なくとも1種の情報があればよいが、好ましくは複数種である。種特異的炭化水素成分組成ライブラリのようなビッグデータを比較基準として利用することが好ましい。
【0078】
(5-2)同定ステップ
「同定ステップ」は、前記比較ステップでの結果、被験対象であるフラスの炭化水素成分組成が、比較基準とした既知植物穿孔性昆虫の種特異的炭化水素成分組成と一致した場合には、その既知植物穿孔性昆虫が被験対象のフラスを排出した植物穿孔性昆虫であると同定するステップである。
【0079】
種特異的炭化水素成分組成では、その種を特定可能な必要最低限の炭化水素成分組成を示している。例えば、クビアカツヤカミキリ由来のフラスであれば炭化水素成分組成に、n-トリコサン、n-テトラコサン、6,9-ペンタコサジエン、n-ペンタコサン、及び6,9-ヘプタコサジエンの5種が含まれる。したがって、被験対象であるフラスの炭化水素成分組成にこれらの炭化水素が含まれていれば、そのフラスはクビアカツヤカミキリの排出したフラスと同定することができる。被験対象であるフラスの炭化水素成分組成においてHP-5msでのKI値が2300,2400,2474,2500,及び2676の化合物が検出された場合も同様である。
【0080】
一方、両者の炭化水素成分組成が一致しない場合には、被験対象のフラスを排出した植物穿孔性昆虫は比較した既知植物穿孔性昆虫ではないと判断する。
【0081】
2.植物穿孔性昆虫における種特異的炭化水素成分組成の決定方法
2-1.概要
本発明の第2の態様は、既知植物穿孔性昆虫における種特異的な炭化水素の成分組成を決定する方法(本明細書では、しばしば「決定方法」と略記する)である。フラス中に含まれる炭化水素の成分組成は種特異的であり、同属近似種であっても明確に異なることから、植物穿孔性昆虫の生物学的プロファイルとなる。したがって、フラスを排出した植物穿孔性昆虫が同定済みの場合、そのフラス中に含まれる炭化水素の成分組成が明らかになっていれば、本発明の第1の態様である同定方法における比較基準として重要な情報となり得る。
【0082】
本発明の決定方法によれば、様々な既知植物穿孔性昆虫における、それぞれの種特異的炭化水素成分組成を決定することができる。その情報をデータベース化して蓄積することで、第1態様の同定の方法における同定範囲を拡大することが可能となり、またその同定精度を一層高めることができる。
【0083】
2-2.決定方法
本発明の既知植物穿孔性昆虫における種特異的炭化水素成分組成決定方法は、抽出工程、分離分析工程、及び成分組成決定工程を必須の工程として含み、採取工程、及び乾燥工程を選択工程として含む。
【0084】
このうち成分組成決定工程のみ本発明の決定方法に特有の工程であり、他の工程は、基本的に、前記第1態様の同定方法に記載の、対応する工程と同じである。したがって、ここでは、本発明に特有の成分組成決定工程及び各工程で本発明に特徴的な点についてのみ以下で説明をし、前記第1態様の同定方法に記載の工程と共通する内容についてはその説明を省略する。
【0085】
(1)採取工程
「採取工程」は、採取するフラスを排出した植物穿孔性昆虫が同定済みである点において第1態様の採取工程と異なる。これは、第1態様の同定方法の目的がフラスを排出した未知の植物穿孔性昆虫をフラスの炭化水素の成分組成に基づいて同定することに対して、本態様の決定方法の目的は既知植物穿孔性昆虫における炭化水素の成分組成を決定することだからである。
【0086】
同定済みの植物穿孔性昆虫由来のフラスを得る方法は、フラスとそれを排出した植物穿孔性昆虫の対応が明らかであれば、特に限定はしない。例えば、同定済みの植物穿孔性昆虫を用いて健常な宿主植物に産卵させ、又はその幼虫を宿主植物に導入した後、他の植物穿孔性昆虫による新たな加害を受けないように、その宿主植物を外界から隔離した環境下で栽培し、その後、植物体外部に排出されるフラスを前記同定済みの植物穿孔性昆虫のフラスとして採取すればよい。
【0087】
(2)成分組成決定工程
「成分組成決定工程」は、分離分析工程で得られたフラス由来の炭化水素画分における炭素数に基づき既知植物穿孔性昆虫の種特異的炭化水素成分組成を決定する工程である。
【0088】
本工程では、第1態様の同定方法と異なり、得られた既知植物穿孔性昆虫の炭化水素成分組成を他の植物穿孔性昆虫の炭化水素成分組成と比較するのではなく、その既知植物穿孔性昆虫の種特異的炭化水素成分組成として、両者の情報を関連付けることを特徴とする。関連付けられた既知植物穿孔性昆虫の種類とその種特異的炭化水素成分組成は、植物穿孔性昆虫の種特異的炭化水素成分組成としてデータベースに蓄積することができる。
【0089】
2-3.効果
本発明の決定方法によれば、各種植物穿孔性昆虫の種特異的炭化水素成分組成を決定することができ、またその決定で得られた情報を蓄積することで、必要に応じて、その情報を第1態様の同定方法における比較同定工程で比較基準として利用することができる。
【0090】
3.植物穿孔性昆虫による植物加害の判定方法
3-1.概要
本発明の第3の態様は、植物穿孔性昆虫による植物加害の判定方法(本明細書では、しばしば「判定方法」と略記する)である。本発明の判定方法の基本工程は、一部を除いて前記第1態様に記載の同定方法と同一である。
【0091】
第1態様の同定方法では、被験対象がフラスであることは判明しており、そのフラスを排出した植物穿孔性昆虫が未知であった。したがって、フラスを排出していた対象植物はいずれかの植物穿孔性昆虫による加害を受けている。一方、本態様の判定方法では、単に対象植物の周辺で木屑状物質が発見された場合のように、被験対象がフラスであるか否かも判明していない。一方、対象植物の種類から、その植物を宿主とする候補植物穿孔性昆虫が知られている場合は多い。そこで、本態様の判定方法では、木屑状物質が想定される候補植物穿孔性昆虫由来のフラスか否かを判別することで、その植物の植物穿孔性昆虫による加害の有無を判定することを目的とする。
【0092】
3-2.判定方法
本発明の既知植物穿孔性昆虫における植物穿孔性昆虫による植物加害の判定方法は、抽出工程、分離分析工程、及び比較判定工程を必須の工程として含み、採取工程、及び乾燥工程を選択工程として含み、第1態様の同定方法と類似する。
【0093】
このうち比較判定工程のみ本発明の判定方法に特有の工程であり、他の工程は、基本的に、前記第1態様の同定方法に記載の、対応する工程と同じである。したがって、ここでは、本発明に特有の比較判定工程及び各工程で本発明に特徴的な点についてのみ以下で説明をし、前記第1態様の同定方法に記載の工程と共通する内容についてはその説明を省略する。
【0094】
(1)採取工程
「採取工程」は、本発明の判定方法において、被験対象となる木屑状物質が未入手の場合に実施する選択工程である。本発明の判定方法における採取工程は、採取する試料がフラスではなく木屑状物質である点が第1態様の同定方法と異なる。
【0095】
木屑状物質の採取自体は、第1態様の同定方法におけるフラスの採取と基本的に大きな違いはない。対象となる植物上、又はその周辺に堆積した木屑状物質を採取すればよい。対象植物から排出されたか否かは問わない。
【0096】
本工程で被験対象となる植物の生死は問わず、例えば、建材や家具材等の木材も好適な対象となり得る。
【0097】
木屑状物質は植物体表面に付着又は堆積しているものや、植物周辺の地面に散乱又は堆積しているものを適量採取すればよい。
【0098】
(2)比較判定工程
「比較判定工程」は、前記分離分析工程で得られた木屑状物質の炭化水素の成分組成に基づいて、被験対象の植物が特定の植物穿孔性昆虫に加害されていることを判定する工程である。本工程も第1態様の同定方法における比較同定工程と同様に、2つのステップ、すなわち比較ステップと判定ステップに分けることができ、原則としてこれらのステップはセットで実施される。
【0099】
(2-1)比較ステップ
「比較ステップ」は、木屑状物質の炭化水素画分における炭素数及び不飽和結合数に基づく成分組成を、同様の方法で得られた特定の植物穿孔性昆虫の排出したフラス由来の炭化水素画分における前記成分組成と比較するステップである。「特定の植物穿孔性昆虫」とは、本態様の判定方法の被験対象である植物の加害候補となり得る植物穿孔性昆虫をいう。この特定の植物穿孔性昆虫は、被験対象の植物種から推測できる種類が該当する。食植性昆虫の多くは、宿主とする植物に対する特異性があるため、被験対象の植物の種類が明らかであれば、その植物種を加害する植物穿孔性昆虫の種類をある程度特定することができる。したがって、本ステップで比較基準とする炭化水素成分組成は、そのような特定の植物穿孔性昆虫を優先的に使用する。被験植物の種類が不明な場合や、加害候補となり得る植物穿孔性昆虫が知られていない場合には、種特異的炭化水素成分組成ライブラリのようなビッグデータを比較基準として利用すればよい。
【0100】
(2-2)判定ステップ
「判定ステップ」は、前記比較ステップでの結果、木屑状物質から得られた炭化水素成分組成が、比較基準とした特定の植物穿孔性昆虫の種特異的炭化水素成分組成と一致した場合、その木屑状物質は当該特定の植物穿孔性昆虫に由来するフラスを含み、その植物穿孔性昆虫による加害を受けていると判定する。また、比較基準を種特異的炭化水素成分組成のビッグデータとして、いずれかの植物穿孔性昆虫の種特異的炭化水素成分組成と一致した場合、その木屑状物質はその一致した植物穿孔性昆虫に由来するフラスを含み、その植物穿孔性昆虫による加害を受けていると判定する。
【0101】
一方、両者の炭化水素成分組成が一致しない場合には、被験対象の植物が特定の、又はいずれかの植物穿孔性昆虫による加害を受けていないとは、必ずしも判定することはできない。
【0102】
4.植物穿孔性昆虫の同定装置
4-1.概要
本発明の第4の態様は、フラスを排出する植物穿孔性昆虫の同定装置である。本発明の同定装置は、前記第1態様に記載の植物穿孔性昆虫の同定方法を実行できるように構成されている。また、構成の一部を変更することで、前記第2態様の決定方法や前記第3態様の判定方法を実行する装置にもなり得る。
【0103】
4-2.構成
本発明の同定装置は、乾燥部、抽出部、分離分析部、情報蓄積部、及び情報処理部を含む。このうち抽出部、分離分析部、及び情報処理部は、本発明の同定装置において必須の構成要素であり、乾燥部、及び情報蓄積部は選択的な構成要素である。以下、各構成要素について、具体的に説明をする。
【0104】
(1)乾燥部
「乾燥部」とは、本発明の同定装置において試料を乾燥する部であり、第1態様の同定方法等における「乾燥工程」(S0102)を実行するように構成されている。乾燥部は当該分野で各種公知の乾燥装置の手段を用いることができる。例えば、限定はしないが、ドラムドライヤー、遠赤バンド乾燥機、連続式真空乾燥装置、スプレードライヤー、フリーズドライヤー等が挙げられる。なお、乾燥部は、必要に応じて乾燥試料を断片化する「断片化手段」を備えることができる。断片化手段は、当該分野で公知の手段を用いることができる。例えば、限定はしないが、コンバージミル、ラインミル等の公知の断片化装置又は造粒装、又はロール粉砕機又は摩砕機が挙げられる。
【0105】
(2)抽出部
「抽出部」は、試料から炭化水素を有機溶媒で抽出する部であり、第1態様の同定方法等における「抽出工程」(S0103)を実行するように構成されている。
【0106】
抽出部は当該分野で各種公知の手段を用いることができる。例えば、抽出槽が挙げられる。抽出槽は試料と有機溶媒を投入及び排出可能なように構成されており、一定期間、試料と有機溶媒を槽内に貯留し、試料中に含まれる炭化水素を有機溶媒中に抽出することができる。
【0107】
抽出部は、必要に応じて、抽出槽内の試料と有機溶媒を撹拌する撹拌手段、抽出槽内を加温する加熱手段、及び、抽出後、抽出槽から試料と抽出液を排出する際に試料と有機溶媒を分離する分離手段を備えることができる。撹拌手段の具体的な例としては撹拌棒等の撹拌機が挙げられる。また加熱手段の具体例としてはヒーター等の加熱器が挙げられる。また、分離手段の具体例としては濾過器、遠心分離機等が挙げられる。
【0108】
(3)分離分析部
「分離分析部」は、前記抽出部で抽出された抽出液を分離分析する分離分析部であり、第1態様の同定方法等における「分離分析工程」(S0104)を実行するように構成されている。
【0109】
分離分析部は、当該分野で公知の手段で構成されていればよい。具体的には、例えばGC-MSが挙げられる。このとき、検出する炭化水素が主として無極性炭化水素又は微極性炭化水素であることから、使用するGCカラムは、無極性又は微極性カラムが好ましい
【0110】
(4)情報蓄積部
「情報蓄積部」は、多数の種特異的炭化水素成分組成を蓄積した部である。第1態様の同定方法や第3態様の判定方法では、比較同定工程や比較判定工程で種特異的炭化水素成分組成を保存し、必要に応じて種特異的炭化水素成分組成を比較基準として使用できるように構成されており、また第2態様の決定方法では、成分組成決定工程後の既知植物穿孔性昆虫の種特異的炭化水素成分組成を蓄積するように構成されている。
【0111】
情報蓄積部は、具体的には、例えば、フラッシュメモリ、ハードディスク(HD)、HD-DVDディスク、DVD±RWディスク、DVD-RAMディスク、ブルーレイディスク(登録商標)等の各記録メディアとそのドライブユニットなどが挙げられる。
【0112】
(5)情報処理部
「情報処理部」は、前記分離分析部で得られた被験対象のフラス由来の炭化水素成分組成情報と、種特異的炭化水素成分組成情報とを比較し、両成分組成が一致したときに被験対象のフラスを排出した植物穿孔性昆虫が種特異的炭化水素成分組成に関連付けられた既知植物穿孔性昆虫であると判定する部である。情報処理部は、第1態様の同定方法における「比較同定工程」(S0105)を実行するように構成されている。また、第3態様の判定方法における「比較判定工程」の実行も可能である。
【0113】
情報処理部は、具体的にはコンピューターである。情報処理部でのハードウェア構成は、ハードウェアとソフトウェアの両方、又はいずれかによって構成される。情報処理部のハードウェア構成の一例として、CPU、揮発性メモリ、不揮発性メモリ、インターフェース、これらを接続するシステムバス、及び周辺装置などで構成されるハードウェアが挙げられる。またソフトウェアは、メモリ上に展開されたプログラムを順次実行することで、メモリ上のデータや、インターフェースを介して入力されるデータの加工、保存、出力等によって各部の機能が実現される。
【0114】
ハードウェア構成の例を具体的に説明すると、情報処理部では、被験対象の炭化水素成分組成情報が分離分析部からインターフェースを介して揮発性メモリに入力される。CPUは、不揮発性メモリに格納された比較同定プログラム、及び既知植物穿孔性昆虫の種特異的炭化水素成分組成情報を揮発性メモリ上に展開させる。次に、入力した被験対象の炭化水素成分組成情報を揮発性メモリ上で展開したプログラムに従って処理する。その結果を、インターフェースを介してモニタ等の出力部に出力する。
【実施例0115】
<実施例1:フラス中の炭化水素成分組成に基づく植物穿孔性昆虫同定の検証>
(目的)
被害樹から得られたフラス中に含まれる炭化水素の成分組成から、そのフラスを排出した植物穿孔性昆虫を同定できることを検証する。
【0116】
(材料)
同定対象の植物穿孔性昆虫はクビアカツヤカミキリ(Aromia bungii)の幼虫とした。
宿主植物には、モモ(Prunus persica L.)及びスモモ(P. salicina)を用いた。クビアカツヤカミキリに産卵させたモモ及びスモモを室内で管理し、主幹外部に排出されたフラスをクビアカツヤカミキリ由来のフラスとして採取した。
【0117】
(方法)
宿主植物から排出されたフラスを、ピンセットや薬さじを用いて薬包紙・ガラス瓶に回収した。フラスに水分を多く含まれている場合は、凍結乾燥機(アズワン・FDU-12AS型)を用いて24時間水分を除去した。
【0118】
対照用のクビアカツヤカミキリの幼虫体表成分は、研究室内にて維持していた飼育幼虫から抽出した。幼虫を冷凍庫内に入れて殺虫した後に、5mLのノルマルヘキサン(n-ヘキサン)にて浸漬抽出した。
【0119】
次に、1.0gのフラス(乾燥フラス)に5mLのn-ヘキサンを加えて、室温(22-25℃)にて5分間浸漬した。その後、上清を脱脂綿に通してフラスを除去し、抽出液を得た。
【0120】
続いて、0.5gのワコーゲルC300を充填したシリカゲルカラムに、0.1mLの前記抽出液(幼虫抽出液またはフラス抽出液)を注入し、3mLのn-ヘキサンをさらに注入して溶出液(ヘキサン画分)を得た。ヘキサン画分は、適宜、分析に適した濃度に調整し、以下の条件でGC-MS(JEOL JMS-T100 AccutofGC)を行った。
・GCキャピラリーカラム:HP-5MS(30m、内径0.25mm、膜厚0.25μm)
・キャリアガス:ヘリウム1.1mL/分
・注入口温度:220℃
・カラムオーブン温度:40℃(1分)、10℃/分にて昇温、250℃(10分)
【0121】
(結果)
結果を
図4に示す。Aのクビアカツヤカミキリの幼虫体表成分由来のトータルイオンクロマトグラム各ピークのマススペクトルにより、物質を同定できた5カ所のピーク(矢印)が、Bのモモ由来のフラス、及びCのスモモ由来のフラスでも同様に検出された。
【0122】
この結果からクビアカツヤカミキリのフラス中には、宿主植物の種類に関わらず、クビアカツヤカミキリの幼虫に特有の炭化水素成分組成(矢印の炭化水素)で、炭化水素が含まれていることが立証された。
【0123】
<実施例2:野外採取したフラス中の炭化水素成分組成による植物穿孔性昆虫同定の検証>
(目的)
同定対象の植物穿孔性昆虫はクビアカツヤカミキリの幼虫とした。
野外で被害樹から採取されたフラスを用いて実施例と同様の結果が得られるか、本発明の同定方法における実質的な有効性について検証する。
【0124】
(材料)
宿主植物は、モモ及びサクラ(ソメイヨシノ:Somei-yoshino(Prunus × yedoensis))とした。野外においてクビアカツヤカミキリによるモモ及びサクラの被害樹からピンセットを用いてガラス瓶にフラスを回収した。
【0125】
(方法)
前記材料の違いを除いて、他の基本的な方法については、実施例1に記載の方法に準じた。
【0126】
(結果)
結果を
図5に示す。Aはクビアカツヤカミキリの幼虫体表成分由来の、Bはモモ由来のフラス抽出物の、そしてCはサクラ由来のフラス抽出物の、トータルイオンクロマトグラムを示す。これらの結果から、野外でクビアカツヤカミキリの被害樹から得られたフラス中にも炭化水素がクビアカツヤカミキリ特異的な炭化水素成分組成で含まれていることが立証された。
【0127】
この結果から、本発明の同定方法を用いることで、野外のフラス中における炭化水素の成分組成から、そのフラスを排出した植物穿孔性昆虫を同定できることが明らかとなった。
【0128】
<実施例3:炭化水素成分組成に基づく植物穿孔性昆虫による植物加害の判定効果>
(目的)
本発明の判定方法により木屑状物質の炭化水素成分組成から対象植物が植物穿孔性昆虫に加害されているか否かを判定できることを検証する。
【0129】
(材料)
判定対象の植物穿孔性昆虫はクビアカツヤカミキリの幼虫とした。
クビアカツヤカミキリをウメ(南高梅)(Prunus mume)の苗木に産卵させた後、植物体外に排出されたフラスを、ピンセットを用いてガラス瓶に回収した。また、同種の苗木を鋸引きして得られた鋸屑を、ピンセットを用いてガラス瓶に回収した。
【0130】
(方法)
前記材料の違いを除いて、他の基本的な方法については、実施例1に記載の方法に準じた。
【0131】
(結果)
結果を
図6に示す。この図で示すように、同種のウメから得られた木屑状物質であっても鋸屑(A)とクビアカツヤカミキリのフラス(B)では、トータルイオンクロマトグラムのピークパターンが明瞭に異なることが明らかとなった。
【0132】
この結果から、例えば植物周辺で得られた木屑状物質から、それがその植物種から想定され得る植物穿孔性昆虫のフラスであるのか否かを判定することが可能であり、フラスである場合は、その植物は想定された植物穿孔性昆虫に加害されていると判定できることが立証された。
【0133】
<実施例4:各種植物穿孔性昆虫由来のフラスにおける炭化水素成分の分析>
(目的)
各種植物穿孔性昆虫由来のフラスから、クビアカツヤカミキリと同様にそれらの幼虫の体表炭化水素成分組成が確認可能かを検証する。
【0134】
(材料)
植物穿孔性昆虫は、カミキリムシ科(Cerambycidae)に属する在来種のゴマダラカミキリ(Anoplophora malasiaca)、クワカミキリ(Apriona japonica)及びルリカミキリ(Bacchisa fortunei)、及び外来種のツヤハダゴマダラカミキリ(Anoplophora glabripennis)及びサビイロクワカミキリ(Apriona swainsoni)、並びにスカシバガ科(Sesiidae)に属する在来種のコスカシバ(Synanthedon hector)を用いた。
【0135】
(方法)
各種植物穿孔性昆虫に加害されていることが明らかな植物から排出されたフラスを、ピンセット又は薬さじを用いて薬包紙・ガラス瓶に回収した。また、その加害樹を伐採し、それぞれの幼虫を摘出した。幼虫体表成分は、実施例1と同様に樹内から取り出した幼虫を冷凍殺虫し、それをノルマルヘキサンにて浸漬抽出することによって得た。
フラス及び幼虫体表成分中に含まれる炭化水素の分析は、実施例1に記載の方法に準じた。
【0136】
(結果)
結果を
図7~12に示す。
図7はゴマダラカミキリ、
図8はツヤハダゴマダラカミキリ、
図9はサビイロクワカミキリ、
図10はクワカミキリ、
図11はルリカミキリ、そして
図12はコスカシバにおける炭化水素成分のトータルイオンクロマトグラムのピークパターンである。いずれの図もAは幼虫体表成分の結果を、またBはフラスの結果を示している。各昆虫における、表1-2~表1-7で示す各種特異的な炭化水素成分(矢印)は、フラス及び幼虫体表成分で一致することが示された。また、この炭化水素成分の特徴は、カミキリムシ科のようなコウチュウ目に属する植物穿孔性昆虫に限らず、スカシバガ科のようなチョウ目に属する植物穿孔性昆虫でも同様であることが立証された。この結果は、クビアカツヤカミキリ以外の植物穿孔性昆虫であってもフラスに含まれる炭化水素の成分組成から種同定が可能であることを証明している。
【0137】
また、実施例1(
図6A)で示したクビアカツヤカミキリ、及び本実施例における各種植物穿孔性昆虫のピークパターンは全く異なり、いずれも種間で一致しない。これは、炭化水素の成分組成が種特異的であることを示唆している。
さらに、注目すべき点として、在来種のゴマダラカミキリと外来種のツヤハダゴマダラカミキリは、互いに外部形態が類似する同属(Anoplophora)種でありながら、その炭化水素成分組成は明瞭に異なっていた。同様に、在来種のクワカミキリと外来種のサビイロクワカミキリも、互いに外部形態が類似する同属(Apriona)種でありながら、その炭化水素成分組成は全く異なっており、本発明の方法による種特異性が極めて高いことが示された。この結果は、本発明の同定方法等によれば、たとえ近似種であっても明確かつ正確な同定が可能であることを示している。
【0138】
<実施例5:各種植物穿孔性昆虫由来のフラスに含まれる炭化水素の成分の同定>
(目的)
異なる条件下で行われた本発明の方法における結果に対して同一評価を可能とするため、炭化水素の同定指標となるKI値及び特徴的に確認できるマススペクトルイオン(分子イオンピーク及びフラグメントイオン)を検討する。
【0139】
(材料)
クビアカツヤカミキリ、ゴマダラカミキリ、サビイロクワカミキリ、ツヤハダゴマダラカミキリ、クワカミキリ、ルリカミキリ、及びコスカシバの各種植物穿孔性昆虫由来のフラスを材料に用いた。
【0140】
(方法)
実施例1と同様の方法でフラスより抽出した抽出液のヘキサン画分及び直鎖飽和炭化水素混合物(C20~C32の偶数炭素数の標品炭化水素を含む溶液)を実施例1と同一機器、及び同一条件にて分析した。
【0141】
次に、各種植物穿孔性昆虫由来のフラス抽出液内の種特異的成分について、それぞれ保持指標(成分の保持時間を基準物質である直鎖飽和炭化水素の保持時間に換算して指標化したもの)を算出した。
【0142】
続いて、それぞれの種の種特異的炭化水素についてマススペクトルを得た。各成分の同定において種特異的と判断された炭化水素成分について、成分を同定する際に重要な情報であるマススペクトル(分子イオンピーク又は特徴的に確認できるフラグメントイオン)を明らかにし、その情報と保持指標から各炭化水素を同定した。
【0143】
(結果)
得られた結果が表1-1~表1-7に示す各種カミキリムシ及びコスカシバの種特異的炭化水素の成分組成となる。
【0144】
<実施例6:高温高湿に曝露されたフラスに含まれる炭化水素の成分の変化>
(目的)
野外で樹体外部に排出されるフラスは、風雨や夏季の高温に曝露されていることが多い。そこで、高温曝露されたフラスや水に浸漬したフラスの炭化水素成分からも種同定が可能であることを検証する。
【0145】
(方法)
同定対象の植物穿孔性昆虫はクビアカツヤカミキリの幼虫とした。
被害樹のサクラ(ソメイヨシノ)からフラスを採取し、2群に分けた。一方の群を30℃インキュベーター内に配置し、採取時を原点として1週間後、2週間後、及び3週間後にフラスの一部を回収した後、実施例1に記載の方法に準じて炭化水素の分析を行った。また、他方の群では、フラス全体を純水に6時間浸漬する操作を3度繰り返した。採取時を原点として1回浸漬、2回浸漬、及び3回浸漬し、各回で浸漬後、凍結乾燥を行ない、水分を除去した。回収した各フラスから実施例1に記載の方法に準じて炭化水素の分析を行った。
【0146】
(結果)
高温曝露における結果を
図13に、また水浸漬における結果を
図14に示す。トータルイオンクロマトグラムでピークの見られたクビアカツヤカミキリ幼虫およびフラスに特徴的な炭化水素成分の総量を100%としたときに、各炭化水素成分の量比をグラフで示している。各炭化水素成分の量比は、30℃下における時間経過や水浸漬への回数によって多少の変動は認められたものの、いずれの場合にも表1-1に示したクビアカツヤカミキリの主要炭化水素成分である、n-トリコサン(C
23)、n-テトラコサン(C
24)、6,9-ペンタコサジエン(C
25:2)、n-ペンタコサン(C
25)、及び6,9-ヘプタコサジエン(C
27:2)が検出された。これは、本発明の方法によれば、野外で風雨や高温に曝露されたフラスからでも植物穿孔性昆虫の同定は可能であることを立証している。