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特開2024-101460ニッケルめっき材及びタブリード用リード導体
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024101460
(43)【公開日】2024-07-29
(54)【発明の名称】ニッケルめっき材及びタブリード用リード導体
(51)【国際特許分類】
   C25D 7/00 20060101AFI20240722BHJP
   C25D 7/06 20060101ALI20240722BHJP
   C25D 5/34 20060101ALI20240722BHJP
【FI】
C25D7/00 G
C25D7/06 A
C25D5/34
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023005463
(22)【出願日】2023-01-17
(71)【出願人】
【識別番号】502362758
【氏名又は名称】JX金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 知亮
(72)【発明者】
【氏名】成井 浩徳
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 康則
(72)【発明者】
【氏名】澁谷 義孝
【テーマコード(参考)】
4K024
【Fターム(参考)】
4K024AA03
4K024AA09
4K024AB01
4K024AB02
4K024BA09
4K024BB09
4K024BC02
4K024DA07
4K024GA07
(57)【要約】
【課題】成形加工性に優れるニッケルめっき材を提供する。
【解決手段】金属基材と、前記金属基材上に直接的又は間接的に形成されたニッケルめっき層とを備えるニッケルめっき材である。前記ニッケルめっき層の表面における(220)面のX線回折強度をI、ニッケル標準粉末の(220)面のX線回折強度をI0とした場合に、I/I0が100以上である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属基材と、
前記金属基材上に直接的又は間接的に形成されたニッケルめっき層と
を備え、
前記ニッケルめっき層の表面における(220)面のX線回折強度をI、ニッケル標準粉末の(220)面のX線回折強度をI0とした場合に、I/I0が100以上であるニッケルめっき材。
【請求項2】
金属基材と、
前記金属基材上に直接的又は間接的に形成されたニッケルめっき層と
を備え、
前記金属基材の表面においてEBSDによって求められる(220)面の配向度をA、前記ニッケルめっき層の表面においてEBSDによって求められる(220)面の配向度をBとした場合に、B/Aが0.40以上であるニッケルめっき材。
【請求項3】
前記ニッケルめっき層の表面においてEBSDによって求められる(220)面の配向度が5.0%以上である、請求項2に記載のニッケルめっき材。
【請求項4】
前記ニッケルめっき層の表面においてEBSDによって求められる(200)面の配向度が6.0%以下である、請求項2又は3に記載のニッケルめっき材。
【請求項5】
前記金属基材と前記ニッケルめっき層との間に銅めっき層が形成されている、請求項1又は2に記載のニッケルめっき材。
【請求項6】
前記金属基材が銅又は銅合金である、請求項1又は2に記載のニッケルめっき材。
【請求項7】
前記金属基材がコルソン合金である、請求項1又は2に記載のニッケルめっき材。
【請求項8】
前記金属基材が条の形態である、請求項1又は2に記載のニッケルめっき材。
【請求項9】
前記ニッケルめっき層の厚みが0.1~3.0μmである、請求項1又は2に記載のニッケルめっき材。
【請求項10】
前記銅めっき層の厚みが0.1~10.0μmである、請求項5に記載のニッケルめっき材。
【請求項11】
請求項1又は2に記載のニッケルめっき材を備えるタブリード用リード導体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ニッケルめっき材及びタブリード用リード導体に関する。
【背景技術】
【0002】
銅、銅合金などの金属基材にニッケルめっき層が形成されたニッケルめっき材が、電子部品、自動車部品などの各種用途で用いられている。
ニッケルめっき材は、プレス加工、曲げ加工などの成形加工を施すことによって各種用途に適した形状に加工される。しかしながら、ニッケルめっき層は延性に乏しいため、ニッケルめっき材を加工する際に、ニッケルめっき層に割れが生じてしまうことがある。この場合、ニッケルめっき層の割れを起点として金属基材が腐食するなどの問題が生じ得る。
【0003】
上記の問題に対し、金属基材を成形加工した後にニッケルめっきを施すことが考えられる。しかしながら、複雑な形状への成形加工が行われる場合、ニッケルめっきを施すことが難しく、そのコストも増大してしまう。そのため、金属基材に予めニッケルめっきを施したニッケルめっき材を成形加工することが望ましい。
【0004】
成形加工性に優れるニッケルめっき材として、特許文献1には、表層の加工変質層が除去された金属基材上にニッケルめっき層を設けることが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006-2233号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載のニッケルめっき材は、成形加工性が十分であるとはいえず、加工の程度によってはニッケルめっき層の割れを抑制できない。例えば、タブリード用リード導体(特に、車載用)にニッケルめっき材を用いる場合、ニッケルめっき材には高い曲げ性が要求されることがあるが、特許文献1に記載のニッケルめっき材では、ニッケルめっき層の割れを抑制できないことがある。
【0007】
本発明の実施形態は、上記のような問題を解決するためになされたものであり、成形加工性に優れるニッケルめっき材、及びこのニッケルめっき材を用いたタブリード用リード導体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の問題を解決すべくニッケルめっき材について鋭意研究を行った結果、ニッケル標準粉末の(220)面のX線回折強度に対するニッケルめっき層の表面における(220)面のX線回折強度の比が、ニッケルめっき材の成形加工性と密接に関係しているという知見に基づき、当該比を100以上に制御することにより、ニッケルめっき材の成形加工性を向上させ得ることを見出し、本発明の実施形態を完成するに至った。
【0009】
また、本発明者らは、金属基材の表面(測定面)においてEBSDによって求められる、(220)面の結晶粒が占める面積率(すなわち、金属基材の(220)面の配向度)に対するニッケルめっき層の表面(測定面)においてEBSDによって求められる、(220)面の結晶粒が占める面積率(すなわち、ニッケルめっき層の(220)面の配向度)の比が、ニッケルめっき材の成形加工性と密接に関係しているという知見に基づき、当該比を0.40以上に制御することにより、ニッケルめっき材の成形加工性を向上させ得ることを見出し、本発明の実施形態を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明の実施形態は、一つの側面において、金属基材と、前記金属基材上に直接的又は間接的に形成されたニッケルめっき層とを備え、前記ニッケルめっき層の表面における(220)面のX線回折強度をI、ニッケル標準粉末の(220)面のX線回折強度をI0とした場合に、I/I0が100以上であるニッケルめっき材に関する。
【0011】
また、本発明の実施形態は、別の側面において、金属基材と、前記金属基材上に直接的又は間接的に形成されたニッケルめっき層とを備え、前記金属基材の表面においてEBSDによって求められる(220)面の配向度をA、前記ニッケルめっき層の表面においてEBSDによって求められる(220)面の配向度をBとした場合にB/Aが0.40以上であるニッケルめっき材に関する。
【0012】
さらに、本発明の実施形態は、別の側面において、前記ニッケルめっき材を備えるタブリード用リード導体に関する。
【発明の効果】
【0013】
本発明の実施形態によれば、成形加工性に優れるニッケルめっき材、及びこのニッケルめっき材を用いたタブリード用リード導体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】試験1におけるI/I0とMBR/t又は(MBR/t)/BM値との関係を表すグラフである。
図2】試験2におけるI/I0とMBR/t又は(MBR/t)/BM値との関係を表すグラフである。
図3】試験3におけるI/I0とMBR/t又は(MBR/t)/BM値との関係を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の好適な実施形態について具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されて解釈されるべきものではなく、本発明の要旨を逸脱しない限りにおいて、当業者の知識に基づいて、種々の変更、改良などを行うことができる。以下の実施形態に開示されている複数の構成要素は、適宜な組み合わせにより、種々の発明を形成できる。例えば、以下の実施形態に示される全構成要素からいくつかの構成要素を削除してもよいし、異なる実施形態の構成要素を適宜組み合わせてもよい。
【0016】
本発明の実施形態に係るニッケルめっき材は、金属基材と、金属基材上に直接的又は間接的に形成されたニッケルめっき層とを備える。
【0017】
金属基材としては、特に限定されず、例えば、銅、銅合金、アルミ、アルミ合金、鉄、鉄合金、ステンレス、ニッケル、ニッケル合金、チタン、チタン合金、金、金合金、銀、銀合金、白金族、白金族合金、クロム、クロム合金、マグネシウム、マグネシウム合金、タングステン、タングステン合金、モリブデン、モリブデン合金、鉛、鉛合金、タンタル、タンタル合金、ジルコニウム、ジルコニウム合金、錫、錫合金、インジウム、インジウム合金、亜鉛、亜鉛合金などから構成される金属基材を用いることができる。これらの中でも金属基材は、コスト、導電性、成形加工性の観点から銅又は銅合金が好ましく、その中でも強度が求められる場合はコルソン合金が好ましい。コルソン合金は、Ni及びCoのうち少なくとも1種以上と、Siとを含む銅合金であり、Siを0.2~1.5質量%、NiとCoとを合わせて0.4~5.0質量%含むことが好ましい。
【0018】
金属基材の形状は、特に限定されず、例えば、条、板、箔などの形態とすることができる。これらの中でも金属基材は、生産性の観点から、条の形態であることが好ましい。
また、金属基材の厚みは、特に限定されないが、例えば0.02~1.0mmである。
【0019】
ニッケルめっき層は、金属基材上に直接的に形成されていてもよいし、金属基材上に他の層(例えば、下記で例示する銅めっき層など)を介して間接的に形成されていてもよい。
また、ニッケルめっき層は、金属基材の少なくとも一つの面に形成されていればよい。すなわち、ニッケルめっき層は、金属基材の一方の面に形成されていてもよいし、金属基材の両面に形成されていてもよい。
【0020】
ニッケルめっき層は、一つの側面において、所定のX線回折強度の条件を満たす。すなわち、ニッケルめっき層の表面における(220)面のX線回折強度をI、ニッケル標準粉末の(220)面のX線回折強度をI0とした場合に、I/I0が100以上である。I/I0を100以上に制御することにより、ニッケルめっき材の成形加工性を向上させることができる。この効果を安定して確保する観点から、I/I0は110以上が好ましく、120以上がより好ましい。なお、I/I0の上限は、特に限定されないが、例えば、500である。
【0021】
ここで、ニッケルめっき層の表面における(220)面のX線回折強度は、ニッケルめっき材の表面に対してX線回折を実施し、(220)面の回折ピーク強度を測定することによって求めることができる。また、ランダム方位試料としてのニッケル標準粉末の(220)面のX線回折強度は、Powder Diffraction File(PDF)のデータベースに収録された標準物質の回折ピーク強度を使用した。なお、X線回折の測定条件は、以下の通りとする。
X線回折測定装置:株式会社リガク製SmartLab
X線出力:45kV-200mA
光学系:集中法
走査軸:2θ/θ
走査法:連続スキャン
走査範囲:5~150°
ステップ:0.01°
スキャンスピード:20°/分
試料回転:あり(20rpm)
【0022】
ニッケルめっき層は、別の側面において、所定の(220)面の配向度の条件を満たす。すなわち、金属基材の表面においてEBSDによって求められる(220)面の配向度をA、ニッケルめっき層の表面においてEBSDによって求められる(220)面の配向度をBとした場合に、B/Aが0.40以上である。B/Aを0.40以上に制御することにより、ニッケルめっき材の成形加工性を向上させることができる。この効果を安定して確保する観点から、B/Aは0.42以上が好ましく、0.45以上がより好ましい。なお、B/Aの上限は、特に限定されないが、例えば、5.00、3.00又は2.50である。
【0023】
ここで、金属基材及びニッケルめっき層の表面における(220)面の配向度は、各層の表面に対してSEM-EBSDを用い、方位解析を行うことによって測定される。SEM-EBSDの測定条件は、以下の通りとする。
(装置名)
株式会社日立ハイテク製 走査電子顕微鏡 SU-70
(測定手順)
1.試験片表面の法線方向を入射電子線に対して70°傾けた状態で試料ホルダーに設置する。
2.試験片の傾斜面にフォーカスした電子線を照射する。
(測定条件)
加速電圧:15kV
照射電流量:12.5nA
ワーキングディスタンス:15mm
ステップ幅:0.25μm
観察視野:60μm×60μm
(測定ソフト)
株式会社TSLソリューションズ製 TSL OIM Data collection
(解析ソフト)
株式会社TSLソリューションズ製 TSL OIM Analysis v8
(解析手順)
(220)面からの方位のずれが10°以内の箇所の面積を測定した。
なお、金属基材の露出箇所がない場合は、ニッケルめっき層及び/又は銅めっき層をエッチングで除去した後の金属基材で測定する。その際、金属基材の表面がなるべくエッチングされないように注意する。金属基材の測定結果は、表面の加工変質層の有無によって大きく変わるためである。銅めっき層は30℃のリン酸系電解液中で電流密度50A/dm2の電解エッチングにより除去する。ニッケルめっき層は、25℃の希硫酸(3~47体積%)中での電解エッチングにより除去する。
後述する実施例において銅めっき層の表面に対してEBSD測定を行っているサンプルがあるが、これも銅めっき層の露出箇所がない場合は、ニッケルめっき層を上記の条件で除去して銅めっき層を露出させることでEBSD測定を行なうことができる。なお、銅めっき層は金属基材ほど測定深さによる測定結果への影響は大きくないため、銅めっき層の表面から深さ0.5μmまでであれば測定結果に大きな差はないと考えられる。
【0024】
ニッケルめっき層の表面においてEBSDによって求められる(220)面の配向度Bは、上記のB/Aの範囲を満たせば特に限定されないが、好ましくは5.0%以上、より好ましくは5.5%以上である。配向度Bを上記の範囲に制御することにより、B/Aを上記の範囲に制御し易くなる。配向度Bの上限は、例えば、40.0%、35.0%又は30.0%である。
【0025】
ニッケルめっき層は、ニッケルめっき層の表面においてEBSDによって求められる(200)面の配向度が6.0%以下であることが好ましく、4.0%以下であることがより好ましく、2.0%以下であることが更に好ましい。この(200)面の配向度を上記の範囲に制御することにより、ニッケルめっき材の成形加工性を安定して向上させることができる。なお、この(200)面の配向度の下限値は、特に限定されないが、例えば、0.1%、0.5%又は1.0%である。
なお、この(200)面の配向度は、上記と同様の条件でEBSDを行い、方位解析を行うことよって算出することができる。
【0026】
ニッケルめっき層の厚みは、特に限定されないが、0.1~3.0μmが好ましく、0.3~2.5μmがより好ましく、0.5~2.0μmが更に好ましい。ニッケルめっき層の厚みを0.1μm以上とすることにより、ニッケルめっき層による効果(耐腐食性や、ニッケルめっき層の上に貴金属めっきを行う場合の基材成分の拡散防止効果)が安定して確保される。また、ニッケルめっき層の厚みを3.0μm以下とすることにより、所望の金属組織を有するニッケルめっき層が得られ易くなり、ニッケルめっき材の成形加工性が安定して向上する。
【0027】
ニッケルめっき層が金属基材上に間接的に形成される場合、金属基材とニッケルめっき層との間に形成される他の層としては、特に限定されないが、銅めっき層が好ましい。銅めっき層を設けることにより、金属基材の結晶組織とニッケルめっき層の結晶組織との整合性が向上するため、ニッケルめっき材の成形加工性が向上すると考えられる。
【0028】
金属基材とニッケルめっき層との間に銅めっき層が形成される場合、銅めっき層の厚みは、特に限定されないが、0.1~10.0μmが好ましく、0.1~5.0μmがより好ましく、0.1~1.2μmが更に好ましい。銅めっき層の厚みを0.1μm以上とすることにより、金属基材上に銅めっき層が形成されていない箇所の発生を抑制できるため、銅めっき層による効果が安定して確保される。また、銅めっき層の厚みを10.0μm以下とすることにより、銅めっき層上に所望の金属組織を有するニッケルめっき層が得られ易くなるとともに、実際の操業の際に銅めっきを行う際の負担が少なくなる。
【0029】
本発明の実施形態に係るニッケルめっき材の製造方法は、上記のような特徴を有するニッケルめっき材を製造可能であれば特に限定されない。以下に典型的な製造方法を説明する。
本発明の実施形態に係るニッケルめっき材は、連続めっきラインにおいて、金属基材の表面をエッチングした後、ニッケルめっき層を形成することによって製造することができる。また、金属基材とニッケルめっき層との間に銅めっき層が形成される場合、金属基材の表面をエッチングした後、ニッケルめっき層を形成する前に、銅めっき層を形成すればよい。或いは、金属基材の表面をエッチングしない場合であっても、銅めっき層を形成する際の電流密度を低くするとともに、銅めっき層の厚みを大きくすることにより、本発明の実施形態に係るニッケルめっき材を製造することができる。
【0030】
金属基材のエッチングは、化学エッチングや電解エッチングなどの公知の方法を用いて行うことができる。ただし、金属基材のエッチングでは、加工変質層が形成された領域よりも深く表層を除去することが必要である。表層の加工変質層は、その金属基材の加工履歴にもよるが、概ね金属基材の表面から0.5μmの領域に存在しており、当該加工変質層が存在している領域よりも更に深く(典型的には金属基材の表面から1.0μm程度)除去し、金属基材の母相を表面に露出させることが必要である。このように金属基材の母相を表面に露出させた上で、銅めっき層又はニッケルめっき層を形成することにより、所望の特徴を有するニッケルめっき層が形成され易くなる。
【0031】
金属基材を化学エッチングする場合、ニッケルめっき層を形成する前に銅めっき層を形成することが望ましい。これは、化学エッチングした金属基材上にニッケルめっき層を直接的に形成すると、上記のI/I0やB/Aが所定の範囲外となってしまい、所望の成形加工性が得られないためである。
【0032】
化学エッチングの条件としては、特に限定されず、所定のエッチング深さとなるように条件を設定すればよい。例えば、硫酸、硝酸、塩酸、過酸化水素水、フッ酸などの酸から構成されるエッチング液を用い、所定のエッチング深さとなるまで金属基材を浸漬すればよい。また、エッチング液としては、市販のエッチング液を用いてもよい。なお、化学エッチングの時間及び温度は、使用するエッチング液の種類に応じて適宜設定すればよい。
【0033】
他方、金属基材を電解エッチングする場合、ニッケルめっき層を形成する前に銅めっき層を形成しなくてもよい。これは、電解エッチングした金属基材上にニッケルめっき層を直接的に形成しても、上記のI/I0やB/Aが所定の範囲内となり易いためである。
【0034】
電解エッチングの条件としては、特に限定されず、所定のエッチング深さとなるように条件を設定すればよい。例えば、リン酸系電解液などの電解液中に金属基材を浸漬し、所定のエッチング深さとなるまで金属基材を電解処理すればよい。電解エッチングの条件(例えば、電解液の温度、電流密度、エッチング時間)は、使用する電解液の種類に応じて適宜設定すればよい。
【0035】
ニッケルめっき層及び銅めっき層は、公知の方法に準じて形成することができる。例えば、ニッケルめっき層及び銅めっき層は、電気めっきによって形成することができる。その条件は、使用する電気めっき装置に応じて調整すればよく特に限定されないが、一般的な電気めっき装置を用いてニッケルめっき層及び銅めっき層を形成する際の条件は以下の通りである。なお、電気めっきは、1回であってもよいし、複数回行ってもよい。
【0036】
(ニッケルめっき層)
めっき液組成:300~650g/Lのスルファミン酸ニッケル、0~30g/Lの塩化ニッケル、30~40g/Lのほう酸
めっき液温度:50~60℃
電流密度:2~50A/dm2
ただし、金属基材を電解エッチングし、銅めっき層も形成しない場合、その理由は不明であるものの、ニッケルめっきの電流密度が高いほどニッケルめっき材の成形加工性が良好になる傾向がみられることから、ニッケルめっきの電流密度は40A/dm2以上とすることが好ましい。一方、金属基材を化学エッチングし、銅めっき層も形成しない場合には、ニッケルめっきの電流密度とニッケルめっき材の成形加工性との間に相関は見られない。
【0037】
(銅めっき層)
めっき液組成:150~270g/Lの硫酸銅、40~90g/Lの硫酸
めっき液温度:40~50℃
電流密度:2~50A/dm2
ただし、銅めっきの電流密度を高くする場合、その理由は不明であるものの、銅めっき層の厚さを小さくすることで成形加工性が良好になる傾向がみられる。同様に、銅めっきの電流密度を低くする場合、その理由は不明であるものの、銅めっき層の厚さを大きくすることで成形加工性が良好になる傾向がみられる。なお、銅めっき層の厚さは、めっき時間を制御することによって調整することができる。
また、金属基材をエッチングしない場合、銅めっきの電流密度を10A/dm2以下(例えば、2.5A/dm2)にし、銅めっき層の厚さを6μm以上(例えば、10μm)とすれば、成形加工性が良好になる。
【0038】
本発明の実施形態に係るニッケルめっき材は、成形加工性に優れるため、複雑な形状への成形加工が要求される様々な用途で用いるのに適している。例えば、本発明の実施形態に係るニッケルめっき材は、複雑な形状への加工や厳しい曲げ加工が施されるコネクタ、スイッチ、又は高い曲げ性が求められるタブリード用リード導体として用いるのに適している。タブリード用リード導体において、ニッケルめっき材は、帯状に加工して一般に用いられる。これらの用途に用いられるニッケルめっき材は、ニッケルめっき材のみから構成されていてもよいし、ニッケルめっき材に加えて、ニッケルめっき材以外の部材(例えばニッケルめっき層の上に貴金属めっき層)を更に備えていてもよい。
【実施例0039】
以下、本発明の実施形態を実施例によって更に具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって何ら限定されるものではない。
【0040】
(試験1)
以下のニッケルめっき材のサンプルA~Fを作製した。
サンプルA:金属基材として黄銅を用い、金属基材上にニッケルめっき層を形成した。
サンプルB:金属基材として黄銅を用い、金属基材の表面を化学エッチングした後、電気めっきによってニッケルめっき層を形成した。
サンプルC:金属基材として黄銅を用い、金属基材の表面を電解エッチングした後、電気めっきによってニッケルめっき層を形成した。
サンプルD:金属基材として黄銅を用い、金属基材上に電気めっきによって銅めっき層及びニッケルめっき層を順次形成した。
サンプルE:金属基材として黄銅を用い、金属基材の表面を化学エッチングした後、電気めっきによって銅めっき層及びニッケルめっき層を順次形成した。
サンプルF:金属基材として黄銅を用い、金属基材の表面を電解エッチングした後、電気めっきによって銅めっき層及びニッケルめっき層を順次形成した。
【0041】
上記の試験における具体的な条件は以下の通りとした。
<金属基材>
黄銅:厚みが0.25mmのCu-30Zn(数値の単位は質量%である)
【0042】
<化学エッチング>
エッチング液として三菱ガス化学株式会社製のCPB-40Nを水で2倍に希釈したものを用い、金属基材を25℃のエッチング液中で1分間揺動することによって化学エッチングを行った。この化学エッチングによって、金属基材の表層を約1μm除去することができる。
【0043】
<電解エッチング>
30℃のリン酸系電解液中に金属基材を浸漬し、電流密度を50A/dm2、エッチング時間を6秒として電解エッチングを行った。この電解エッチングによって、金属基材の表層を約1μm除去することができる。
【0044】
<銅めっき層の形成>
めっき液組成:240g/Lの硫酸銅、80g/Lの硫酸
めっき液温度:45℃
電流密度:2.5~40A/dm2
銅めっき層の厚み:0.2~10μm
【0045】
<ニッケルめっき層の形成>
めっき液組成:600g/Lのスルファミン酸ニッケル、40g/Lのほう酸
めっき液温度:55℃
電流密度:2.5~50A/dm2
【0046】
上記のようにして得られたニッケルめっき材の各サンプルについて、以下の評価を行った。
【0047】
<I/I0
上記した方法にしたがい、ニッケルめっき層の表面における(220)面のX線回折強度Iを測定し、Powder Diffraction File(PDF)のデータベースに収録されたニッケル標準粉末(標準物質)の回折ピーク強度I0を用いてI/I0を算出した。
【0048】
<成形加工性(MBR/t)>
ニッケルめっき材のサンプルから10mm×30mmの試験片を切り出した。この試験片について、曲げ角度90°のW曲げ試験を行った。断面観察においてクラックの発生しなかった曲げ半径Rを試験片の厚みで割った値を安全曲げ半径(MBR/t)とした。MBR/tの値が小さいほど、曲げ加工性(成形加工性)に優れるといえる。
【0049】
上記の評価結果を図1に示す。図1の上段は、I/I0とMBR/tとの関係を表すグラフである。また、図1の下段は、サンプルAのMBR/tの最大値(BM値)で各サンプルのMBR/tの値を規格化したグラフである。規格化されたMBR/tの値を「(MBR/t)/BM値」と表す。(MBR/t)/BM値は、0.5以下であれば曲げ加工性(成形加工性)に優れるといえる。
【0050】
図1に示されるように、サンプルA(金属基材へのエッチングなし、銅めっき層なし)、サンプルB(金属基材への化学エッチングあり、銅めっき層なし)、サンプルC(金属基材への電解エッチングあり、銅めっき層なし)、及びサンプルD(金属基材へのエッチングなし、銅めっき層あり)は、概ね、I/I0が100未満であって(MBR/t)/BM値が0.5を超えていた。一方、サンプルE(金属基材への化学エッチングあり、銅めっき層あり)及びサンプルF(金属基材への電解エッチングあり、銅めっき層あり)は、概ね、I/I0が100以上であって(MBR/t)/BM値が0.5以下となっている。
しかしながら、上記の傾向に反するニッケルめっき材も存在する。
例えば、サンプルE(金属基材への化学エッチングあり、銅めっき層あり)であっても、(MBR/t)/BM値が0.5を上回るニッケルめっき材が存在する。これは、銅めっき層を形成する際に電流密度が40A/dm2と高く、且つ銅めっき層の厚さが10μmと厚いことに起因して、I/I0が小さくなり、結果として(MBR/t)/BM値が0.5を超えてしまったと考えられる。
また、サンプルD(金属基材へのエッチングなし、銅めっき層あり)であっても、(MBR/t)/BM値が0.5以下のニッケルめっき材が存在する。図1では分かりにくいが、矢印で図示しているように、(MBR/t)/BM値が0.4であって、I/I0が200付近と230付近の2つのニッケルめっき材が存在する。この2つのニッケルめっき材は、銅めっき層を形成する際の電流密度を2.5A/dm2と低くし、めっき時間を長くして銅めっき層の厚みを10μmと厚くしたことに起因して、I/I0が大きくなり、結果として(MBR/t)/BM値が0.5以下になったと考えられる。
また、サンプルC(金属基材への電解エッチングあり、銅めっき層なし)では、ニッケルめっき層を形成する際の電流密度の影響を受けてI/I0が変動していた。具体的には、サンプルCのデータが3点あり、I/I0が小さい順にニッケルめっき層を形成する際の電流密度が3A/dm2、7A/dm2、40A/dm2であった。この電流密度40A/dm2とした場合のニッケルめっき材のみが、I/I0が135程度であって、(MBR/t)/BM値が0.4であった。
【0051】
(試験2)
金属基材として、コルソン合金(厚みが0.25mmのCu-1.6Ni-0.4Si-0.5Sn-0.4Zn(数値の単位は質量%である))を用いたこと以外は、試験1と同様にしてニッケルめっき材のサンプルA~Eを作製し、試験1と同様の評価を行った。
この評価結果を図2に示す。図2の上段は、I/I0とMBR/tとの関係を表すグラフである。また、図2の下段は、サンプルAのMBR/tの値(BM値)で各サンプルのMBR/tの値を規格化したグラフである。規格化されたMBR/tの値を「(MBR/t)/BM値」と表す。(MBR/t)/BM値は、0.5以下であれば曲げ加工性(成形加工性)に優れるといえる。
なお、図2の上段において、矢印で示されるサンプルA(金属基材へのエッチングなし、銅めっき層なし)のMBR/tは6.0となっているが、実際には6.0よりも大きい。これは、MBR/tが6.0の条件でW曲げ試験を行った際にクラックの発生を確認し、それよりも緩い条件(例えばMBR/tが7.0の条件)でW曲げ試験を行わなかったことを意味する。
【0052】
図2に示されるように、I/I0が100以上であるニッケルめっき材は、(MBR/t)/BM値が0.5以下であり、曲げ加工性(成形加工性)が良好であった。
【0053】
(試験3)
金属基材として、コルソン合金(厚みが0.20mmのCu-2.8Ni-0.6Si-0.5Sn-0.4Zn(数値の単位は質量%である))を用いたこと以外は、試験1と同様にしてニッケルめっき材のサンプルD及びEを作製し、試験1と同様の評価を行った。
この評価結果を図3に示す。図3の上段は、I/I0とMBR/tとの関係を表すグラフである。また、図3の下段は、サンプルDのMBR/tの最大値(BM値)で各サンプルのMBR/tの値を規格化したグラフである。規格化されたMBR/tの値を「(MBR/t)/BM値」と表す。(MBR/t)/BM値は、0.5以下であれば曲げ加工性(成形加工性)に優れるといえる。
なお、図3の上段において、矢印で示されるサンプルD(金属基材へのエッチングなし、銅めっき層あり)のMBR/tは7.5となっているが、実際には7.5よりも大きい。これは、MBR/tが7.5の条件でW曲げ試験を行った際にクラックの発生を確認し、それよりも緩い条件(例えばMBR/tが8.0の条件)でW曲げ試験を行わなかったことを意味する。
また、図3では、図1及び2と異なり、最もMBR/tが大きくなることが期待されるサンプルA(金属基材へのエッチングなし、銅めっき層なし)の条件のニッケルめっき材でのW曲げ試験結果がないため、便宜的にサンプルD(金属基材へのエッチングなし、銅めっき層あり)のニッケルめっき材のMBR/tをBM値として用いている。
【0054】
図3に示されるように、I/I0が100以上であるニッケルめっき材は、(MBR/t)/BM値が0.5以下であり、曲げ加工性(成形加工性)が良好であった。
【0055】
(試験4)
金属基材の表面をエッチングした後、電気めっきによってニッケルめっき層を形成するか、又は電気めっきによって銅めっき層及びニッケルめっき層を順次形成することにより、ニッケルめっき材を作製した。なお、比較例の一部ではエッチングを実施しなかった。使用した金属基材の種類、エッチング方法、電流密度、銅めっき層及びニッケルめっき層の厚みを表1に示す。その他の条件は以下の通りである。
【0056】
<金属基材>
コルソン合金:厚みが0.25mmのCu-1.6Ni-0.4Si-0.5Sn-0.4Zn(数値の単位は質量%である)
黄銅:Cu-30Zn(数値の単位は質量%である)
【0057】
<化学エッチング>
エッチング液として三菱ガス化学株式会社製のCPB-40Nを水で2倍に希釈したものを用い、金属基材を25℃のエッチング液中で1分間揺動することによって化学エッチングを行った。この化学エッチングによって、金属基材の表層を約1μm除去することができる。
【0058】
<電解エッチング>
30℃のリン酸系電解液中に金属基材を浸漬し、電流密度を50A/dm2、エッチング時間を6秒として電解エッチングを行った。この電解エッチングによって、金属基材の表層を約1μm除去することができる。
【0059】
<銅めっき層の形成>
めっき液組成:240g/Lの硫酸銅、80g/Lの硫酸
めっき液温度:45℃
【0060】
<ニッケルめっき層の形成>
めっき液組成:600g/Lのスルファミン酸ニッケル、40g/Lのほう酸
めっき液温度:55℃
【0061】
【表1】
【0062】
上記のようにして得られたニッケルめっき材について、以下の評価を行った。
【0063】
<配向度>
ニッケルめっき材から各層の表面を露出させた試験片を作製し、上記した方法にしたがい、金属基材、銅めっき層及びニッケルめっき層のSEM-EBSDを用い、方位解析を行うことによって、(111)面、(200)面、(220)面及び(311)面の配向度を求めた。また、金属基材の(220)面の配向度Aに対するニッケルめっき層の(220)面の配向度Bの比率(B/A)を算出した。
<成形加工性(MBR/t)>
上記の試験と同様にしてMBR/tを測定した。
上記の評価結果を表2に示す。
【0064】
【表2】
【0065】
表2に示されるように、実施例1~3のニッケルめっき材は、金属基材の(220)面の配向度Aに対するニッケルめっき層の(220)面の配向度Bの比率(B/A)が0.40以上であった。また、実施例1~3のニッケルめっき材は、同じ金属基材の比較例1~3に比べて、MBR/tが低く、曲げ加工性(成形加工性)に優れることがわかった。
また、実施例1~3のニッケルめっき材は、ニッケルめっき層の(200)面の配向度がいずれも6.0%以下であるのに対して、比較例1~3のニッケルめっき材の(200)面の配向度はいずれも6.0%を超えていた。
【0066】
比較例1のニッケルめっき材は、金属基材の表面をエッチングしておらず、銅めっき層の厚さが小さいため、B/Aが小さくなり、曲げ加工性が十分でなかった。
比較例2及び5のニッケルめっき材は、金属基材の表面をエッチングしておらず、銅めっき層も形成していないため、B/Aが小さくなり、曲げ加工性が十分でなかった。
比較例3のニッケルめっき材は、金属基材の表面を化学エッチングしているものの、銅めっき層を形成しなかったため、B/Aが小さくなり、曲げ加工性が十分でなかった。
比較例4のニッケルめっき材は、金属基材の表面を化学エッチングしているものの、銅めっきの電流密度が高く、且つ銅めっき層が厚いため、曲げ加工性が十分でなかった。
【0067】
以上の結果からわかるように、本発明の実施形態によれば、成形加工性に優れるニッケルめっき材、及びこのニッケルめっき材を用いたタブリード用リード導体を提供することができる。
したがって、本発明の実施形態は、以下の態様とすることができる。
【0068】
(1) 金属基材と、
前記金属基材上に直接的又は間接的に形成されたニッケルめっき層と
を備え、
前記ニッケルめっき層の表面における(220)面のX線回折強度をI、ニッケル標準粉末の(220)面のX線回折強度をI0とした場合に、I/I0が100以上であるニッケルめっき材。
【0069】
(2) 金属基材と、
前記金属基材上に直接的又は間接的に形成されたニッケルめっき層と
を備え、
前記金属基材の表面においてEBSDによって求められる(220)面の配向度をA、前記ニッケルめっき層の表面においてEBSDによって求められる(220)面の配向度をBとした場合に、B/Aが0.40以上であるニッケルめっき材。
【0070】
(3) 前記ニッケルめっき層の表面においてEBSDによって求められる(220)面の配向度が5.0%以上である、(2)に記載のニッケルめっき材。
【0071】
(4) 前記ニッケルめっき層の表面においてEBSDによって求められる(200)面の配向度が6.0%以下である、(2)又は(3)に記載のニッケルめっき材。
【0072】
(5) 前記金属基材と前記ニッケルめっき層との間に銅めっき層が形成されている、(1)~(4)のいずれか1つに記載のニッケルめっき材。
【0073】
(6) 前記金属基材が銅又は銅合金である、(1)~(5)のいずれか1つに記載のニッケルめっき材。
【0074】
(7) 前記金属基材がコルソン合金である、(1)~(6)のいずれか1つに記載のニッケルめっき材。
【0075】
(8) 前記金属基材が条の形態である、(1)~(7)のいずれか1つに記載のニッケルめっき材。
【0076】
(9) 前記ニッケルめっき層の厚みが0.1~3.0μmである、(1)~(8)のいずれか1つに記載のニッケルめっき材。
【0077】
(10) 前記銅めっき層の厚みが0.1~10.0μmである、(5)~(9)のいずれか1つに記載のニッケルめっき材。
【0078】
(11) (1)~(10)のいずれか1つに記載のニッケルめっき材を備えるタブリード用リード導体。
図1
図2
図3