(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024101914
(43)【公開日】2024-07-30
(54)【発明の名称】飲食品の官能評価を行う方法、装置およびプログラム
(51)【国際特許分類】
G01N 33/02 20060101AFI20240723BHJP
【FI】
G01N33/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023006135
(22)【出願日】2023-01-18
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構生物系特定産業技術研究支援センター「ムーンショット型農林水産研究開発事業」、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】日下部 裕子
(72)【発明者】
【氏名】西部 美咲
(72)【発明者】
【氏名】亀井 誠生
(72)【発明者】
【氏名】堀江 芙由美
(72)【発明者】
【氏名】神山 かおる
(72)【発明者】
【氏名】小堀 真珠子
(57)【要約】
【課題】飲食品を官能評価するための改良された方法を提供する。
【解決手段】飲食品の官能評価を行う方法は、飲食品99を摂食する間の感覚または感情の強度変化に関する時系列データ21を、異なる複数の感覚または感情のそれぞれについて取得するステップと、異なる複数の感覚または感情について取得した複数の時系列データ21に基づいて、複数の時系列データ21間の相互相関に関する指標(C(t),t)を算出するステップと、を含む。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
飲食品を摂食する間の感覚または感情の強度変化に関する時系列データを、異なる複数の前記感覚または感情のそれぞれについて取得するステップと、
異なる複数の前記感覚または感情について取得した複数の前記時系列データに基づいて、複数の前記時系列データ間の相互相関に関する指標を算出するステップと、
を含む、飲食品の官能評価を行う方法。
【請求項2】
前記指標は、複数の前記時系列データ間のずれを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記ずれは、相互相関係数C(t)が最大になるときの変数tである、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記指標は、前記相互相関係数C(t)の最大値をさらに含む、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記相互相関に関する指標を可視化して表示するステップをさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記相互相関に関する指標を可視化して表示する前記ステップを、異なる複数の前記飲食品について行う、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
異なる複数の前記感覚は、食感、味、香りおよび音からなる群から選択される複数の感覚を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
飲食品を摂食する間の感覚または感情の強度変化に関する時系列データを、異なる複数の前記感覚または感情のそれぞれについて取得する時系列データ取得部と、
異なる複数の前記感覚または感情について取得した複数の前記時系列データに基づいて、前記時系列データ間の相互相関に関する指標を算出する指標算出部と、
を備える、飲食品の官能評価を行う装置。
【請求項9】
前記相互相関に関する指標を可視化して表示する指標可視化部をさらに備える、請求項8に記載の装置。
【請求項10】
前記指標可視化部は、異なる複数の前記飲食品について、前記相互相関に関する指標を可視化して表示する、請求項9に記載の装置。
【請求項11】
請求項1から7のいずれかに記載の方法の各ステップをコンピュータに実行させるためのプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、飲食品の官能評価を行う方法、装置およびプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
食感、味および香り等といった飲食品の感覚を官能評価する方法にはいくつかの方法がある。例えば下記非特許文献1には、時間強度曲線法(time-intensity 法:以下、TI法と呼ぶ)が開示されている。TI法によると、飲食品を摂食する間の感覚の強さの変動を評価することができる。例えば下記非特許文献2には、Temporal Dominance of Sensations 法(以下、TDS法と呼ぶ)が開示されている。TDS法によると、感覚の強さではなく、飲食品を摂食する間に最も注意を惹く感覚の変化(移り変わり)を評価することができる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Garrido, et al., “A parametric model to average time-intensity taste data”, Food Quality and Preference 12, 1-8, (2001). https://doi.org/10.1016/S0950-3293(00)00022-7
【非特許文献2】川崎寛也、「Temporal Dominance of Sensations (TDS):感覚の経時変化を測定する新たな手法」、日本調理科学会誌49, 243-247,(2016). https://doi.org/10.11402/cookeryscience.49.243
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
消費者は、「余韻が残る」「キレがよい」等と表現されるような、経時的に変化する感覚特性を好む傾向にある。しかしながら、飲食品を摂食する間の咀嚼や嚥下といった動作やそのような動作の間に感じる感覚の強度には個人差があり、従来のTI法やTDS法では、経時的に変化する感覚特性の官能評価は依然として難しい。
【0005】
例えば咀嚼を伴うTI法による評価では、飲み込み(嚥下)の前後における経時的な感覚の強さの変動を、個人差を生じることなく安定的に捉えることが困難となっている。例えば香りについては、咀嚼中に感じる強さと嚥下後に感じる強さとで個人差が生じている。TDS法は、複数の感覚のうち被験者がドミナント(dominant)に感じたものを経時的に選択していく方法であり、そもそも感覚の強さを数値化するものではない。この点において、TDS法は、感覚の強さの経時的な変動を的確に捉えて評価できるものではない。
【0006】
このように、経時的に変化する感覚特性は消費者に好まれているにもかかわらず、既存のTI法やTDS法では依然として官能評価が難しいという問題がある。食感、味および香り等といった、飲食品の経時的な感覚変動を評価するための、改良された官能評価の方法が求められている。
【0007】
本発明は、飲食品を官能評価するための改良された方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するための本発明は、例えば以下に示す態様を含む。
(項1)
飲食品を摂食する間の感覚または感情の強度変化に関する時系列データを、異なる複数の前記感覚または感情のそれぞれについて取得するステップと、
異なる複数の前記感覚または感情について取得した複数の前記時系列データに基づいて、複数の前記時系列データ間の相互相関に関する指標を算出するステップと、
を含む、飲食品の官能評価を行う方法。
(項2)
前記指標は、複数の前記時系列データ間のずれを含む、項1に記載の方法。
(項3)
前記ずれは、相互相関係数C(t)が最大になるときの変数tである、項2に記載の方法。
(項4)
前記指標は、前記相互相関係数C(t)の最大値をさらに含む、項3に記載の方法。
(項5)
前記相互相関に関する指標を可視化して表示するステップをさらに含む、項1から4のいずれか一項に記載の方法。
(項6)
前記相互相関に関する指標を可視化して表示する前記ステップを、異なる複数の前記飲食品について行う、項1から5のいずれか一項に記載の方法。
(項7)
異なる複数の前記感覚は、食感、味、香りおよび音からなる群から選択される複数の感覚を含む、項1から6のいずれか一項に記載の方法。
(項8)
飲食品を摂食する間の感覚または感情の強度変化に関する時系列データを、異なる複数の前記感覚または感情のそれぞれについて取得する時系列データ取得部と、
異なる複数の前記感覚または感情について取得した複数の前記時系列データに基づいて、前記時系列データ間の相互相関に関する指標を算出する指標算出部と、
を備える、飲食品の官能評価を行う装置。
(項9)
前記相互相関に関する指標を可視化して表示する指標可視化部をさらに備える、項8に記載の装置。
(項10)
前記指標可視化部は、異なる複数の前記飲食品について、前記相互相関に関する指標を可視化して表示する、項9に記載の装置。
(項11)
項1から7のいずれかに記載の方法の各ステップをコンピュータに実行させるためのプログラム。
【発明の効果】
【0009】
本発明によると、飲食品を官能評価するための改良された方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】一実施形態に係る飲食品の官能評価装置の使用態様を説明するための図である。
【
図2】第1のデータ分析方法を説明するための図である。
【
図3】第1のデータ分析方法による効果を説明するための図である。
【
図4】第2のデータ分析方法を説明するための図である。
【
図5】第2のデータ分析方法による効果を説明するための図である。
【
図6】一実施形態に係る飲食品の官能評価装置の機能を説明するためのブロック図である。
【
図7】一実施形態に係る飲食品の官能評価方法の第1のデータ分析方法を示すフローチャートである。
【
図8】一実施形態に係る飲食品の官能評価方法の第2のデータ分析方法を示すフローチャートである。
【
図9】他の実施形態に係る飲食品の官能評価装置の使用態様を説明するための図である。
【
図10】実施例1に係る測定結果であり、TI法に基づいて測定した時系列データである。
【
図11】
図10に示す各時系列データを第1のデータ分析方法により分析した結果である。
【
図12】
図10に示す各時系列データを第1のデータ分析方法により分析した結果を、飲食品毎に感覚毎に分けてレーダーチャートで可視化して表示した結果である。
【
図13】
図10に示す各時系列データを第2のデータ分析方法により分析した結果を、飲食品毎に分けて三角形の辺の太さと辺の長さとを用いて可視化して表示した結果である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態を、添付の図面を参照して詳細に説明する。なお、以下の説明および図面において、同じ符号は同じまたは類似の構成要素を示すこととし、よって、同じまたは類似の構成要素に関する重複した説明を省略する。
【0012】
[官能評価の概要]
図1は、本発明の一実施形態に係る飲食品の官能評価装置の使用態様を説明するための図である。
【0013】
一実施形態に係る官能評価装置100は、飲食品99の官能評価を行う装置である。官能評価装置100は、被験者98が飲食品99を摂食する間に被験者98が感じる感覚または感情であり、経時的に変化する感覚または感情の強度変化に関するデータ(以下、感覚強度の時系列データ21または単に時系列データ21と呼ぶ)を取得する。官能評価装置100は、取得した時系列データ21に対して、後述する2種類のデータ分析方法の一方または両方を適用することにより、飲食品99の官能評価を行う。第1のデータ分析方法は、飲食品99を嚥下するタイミングを考慮する分析方法である。第2のデータ分析方法は、異なる複数の感覚または感情間の相互関係を考慮する分析方法である。本実施形態では、被験者98が感じる感覚および感情のうち感覚を官能評価の対象とする。
【0014】
時系列データ21は、本実施形態では時間強度曲線法(TI法)に基づいて測定される。感覚は、一つの種類であっても複数の種類であってもよい。本実施形態では、感覚は、食感(texture)、味(taste)、および香り(aroma)の3種類を含み、複数の種類の感覚に対して官能評価を行う。飲食品99は、一つの種類であっても複数の種類であってもよい。本実施形態では、クラッカー、おはぎ(ぼたもち)、および大福の3種類の飲食品99に対して官能評価を行う。すなわち本実施形態では、複数の種類の飲食品99(クラッカー、おはぎ、および大福)のそれぞれについて、複数の感覚(食感、味、および香り)のそれぞれについて、飲食品99を摂食する間に被験者98が感じた感覚の強度変化に関する時系列データ21を、TI法に基づいて測定する。測定した時系列データ21は、官能評価装置100に記録される。
【0015】
なお、おはぎ(ぼたもち)は、主に餅米と小豆でできた餡とを用いた和菓子である。おはぎは、餅米の米粒を蒸すか煮るかした後に、その米粒を形が残る程度に棒の先などで軽く押しつぶして、手のひらで丸い形状に固めたものを、小豆でできた餡で包むことにより作られる。大福は、小豆でできた餡を餅で包んだ和菓子である。
【0016】
時系列データ21の測定は、本実施形態では被験者98により行われる。官能評価装置100は、マウス等の入力部31と液晶ディスプレイ等の表示部32とを備え、時系列データ21は、被験者98により入力部31を介して官能評価装置100に入力される。例えば表示部32には、TI法による測定を行うためのソフトウェア的な表示80として、被験者98が感じる感覚の強度を入力するスライダー81が表示されている。被験者98は、飲食品99の摂食を開始すると同時に測定開始ボタン82を押下する。その後被験者98は、スライダー81を適宜上下に移動させることにより、飲食品99を摂食する間に被験者98が感じる感覚の強度変化を経時的に入力する。感覚が消失したら測定終了ボタン83を押下して、時系列データ21の測定を終了する。
【0017】
摂食する間に被験者98が飲食品99を嚥下する場合には、本実施形態では、マイク35から入力される被験者98の嚥下音を音声認識することにより、飲食品99の嚥下タイミングデータ22を入力する。嚥下タイミングデータ22も時系列データ21と同様に、複数の種類の飲食品99のそれぞれについて、複数の感覚それぞれについて測定する。測定した嚥下タイミングデータ22は、官能評価装置100に記録される。
【0018】
<第1のデータ分析方法>
第1のデータ分析方法は、飲食品99を嚥下するタイミングを考慮する分析方法である。第1のデータ分析方法による本発明の飲食品の官能評価を行う方法は、次の第1の方法(1)~第1の方法(8)を含む。
【0019】
第1の方法(1)は、
飲食品を摂食する間の感覚の強度変化に関する時系列データを取得するステップと、
前記飲食品を嚥下するタイミングに関するデータを取得するステップと、
前記時系列データと、前記嚥下するタイミングに関するデータとに基づいて、前記感覚の強度変化に関する分析パラメータを算出するステップと、
を含む。
第1の方法(2)は、第1の方法(1)において、前記分析パラメータは、前記飲食品を摂食する間の所定のタイミングにおける静的な分析パラメータを含む。
第1の方法(3)は、第1の方法(2)において、
前記静的な分析パラメータは、
強度が最大値に至ったタイミング以降かつ嚥下前に、強度が前記最大値の第1の割合の値である第1の強度となった第1のタイミングと、
強度が最大値に至ったタイミング以前に、強度が前記最大値の第2の割合の値である第2の強度となった第2のタイミングと、
を含む。
第1の方法(4)は、第1の方法(3)において、前記第1の割合は0.9以上1.0以下であり、前記第2の割合は0.9以上1.0以下である。
第1の方法(5)は、第1の方法(1)から(4)のいずれかにおいて、前記分析パラメータは、前記飲食品を摂食する間の複数の所定のタイミング間における動的な分析パラメータを含む。
第1の方法(6)は、第1の方法(5)において、
前記動的な分析パラメータは、
強度が最大値に至ったタイミング以降かつ嚥下前に、強度が前記最大値の第1の割合の値である第1の強度となった第1のタイミングと、前記嚥下するタイミングとの間の強度変化に関する第1の強度変化と、
強度が最大値に至ったタイミング以前に、強度が前記最大値の第2の割合の値である第2の強度となった第2のタイミングと、前記嚥下するタイミングとの間の強度変化に関する第2の強度変化と、
を含む。
第1の方法(7)は、第1の方法(1)から(6)のいずれかにおいて、異なる複数の前記感覚について前記分析パラメータを可視化して表示するステップをさらに含む。
第1の方法(8)は、第1の方法(7)において、前記分析パラメータを可視化して表示する前記ステップを、異なる複数の前記飲食品について行う。
第1の方法(9)は、第1の方法(7)または(8)において、異なる複数の前記感覚は、食感、味、香りおよび音からなる群から選択される複数の感覚を含む。
【0020】
図2は、第1のデータ分析方法を説明するための図である。
図2のグラフには、TI法により測定される、感覚の強度変化に関する時系列データが示されている。
【0021】
第1のデータ分析方法では、飲食品を嚥下するタイミング(分析パラメータW)を考慮して、感覚の強度変化に関する時系列の測定結果を分析する。時系列データの分析に用いる分析パラメータの一例を表1に示す。
【0022】
【0023】
第1のデータ分析方法では、静的な分析パラメータである嚥下タイミングWを分析パラメータに導入する。好ましくは、動的な分析パラメータである第1および第2の強度変化Rdec1,Rdec2を、分析パラメータに導入する。第1および第2の強度変化Rdec1,Rdec2は、嚥下タイミングWに基づいて算出する。分析パラメータが動的であるとは、分析パラメータが時間的な変化を示すことを意味する。分析パラメータが静的であるとは、ある限定した時間の感覚強度を意味する。なお、強度変化とは本実施形態では傾きを意味するが、強度変化の意味はこれに限定されない。
【0024】
分析パラメータA,B,Cはそれぞれ、感覚の強度が所定の強度になるときのタイミング(時点)を表している。所定の強度の具体的な値として、本実施形態では、最大強度Imaxの5%の強度であるImax5%と、最大強度Imaxの90%の強度であるImax90%とを用いているが、所定の強度の具体的な値はこれら5%および90%に制限されない。一例では、分析パラメータAは、Tmax以前の時点であり、かつImax5%の強度に近似する時点とすることができる。または、時点Bを用いて表現すると、分析パラメータAは、時点B以前であり、かつImax5%の強度に最も近似する時点とすることができる。分析パラメータBは、Tmax以前の時点であり、かつImax90%の強度に最も近似する時点とすることができる。分析パラメータCは、Tmax以降の時点であり、かつImax90%の強度に最も近似する時点とすることができる。或いは別の例では、分析パラメータAは、Tmax以前の時点であり、かつImaxの0%以上10%以下の強度になる時点とすることができる。または、時点Bを用いて表現すると、分析パラメータAは、時点B以前であり、かつImaxの0%以上10%以下の強度になる時点とすることができる。なお、
図10のa1、a2、b1、b2、c1、c2、c3に例示する時系列データのように、Imaxの0%以上10%以下の強度になる時点を取得できない場合には、例えば-1秒時点の強度として0を代入し時点Aと定義することで対処する。分析パラメータBは、Tmax以前の時点であり、かつImaxの90%以上100%以下の強度になる時点とすることができる。分析パラメータCは、Tmax以降の時点であり、かつImaxの90%以上100%以下の強度になる時点とすることができる。
【0025】
なお
図2(B)に示すように、嚥下タイミングWは、時点C以降に限られず、時点B以前であってもよい。
図2(B)に例示するような時系列データの測定結果になる飲食品99の例としては、例えば液体に近い飲食品99が挙げられる。このような液体に近い飲食品99のいくつかについては、摂食する間の比較的早い段階で飲食品99を嚥下して、嚥下後に強い感覚(例えば、強い香り)を感じることがあるが、第1のデータ分析方法では、そのようなケースについても評価が可能である。
【0026】
図3は、第1のデータ分析方法による効果を説明するための図である。
図3(A)および
図3(B)において、グラフ中の一点鎖線は嚥下タイミングを示している。
【0027】
従来のTI法により例えば香りについて評価する場合、
図3(A)および
図3(B)に示すように、嚥下後から感覚が消失するまでの評価値に、顕著な個人差が生じている。嚥下後に感じる感覚について、
図3(A)に示す第1の被験者では、喉から鼻に抜ける香りを強く感じているものの、
図3(B)に示す第2の被験者では、喉から鼻に抜ける香りを感じていない。このように、従来のTI法により喉から鼻に抜ける香りを考慮して飲食品を官能評価しようとすると、個人差により嚥下後に感じる感覚の正確な評価が難しくなっている。
【0028】
これに対し第1のデータ分析方法では、静的な分析パラメータである嚥下タイミングWを分析パラメータに導入する。好ましくは、動的な分析パラメータである第1および第2の強度変化Rdec1,Rdec2を、分析パラメータに導入する。これら分析パラメータを用いて感覚の強度変化に関する時系列データ21を分析することにより、経時的に変化する感覚特性をより適切に評価することが可能になる。
【0029】
<第2のデータ分析方法>
第2のデータ分析方法は、異なる複数の感覚間の相互関係を考慮する分析方法である。第2のデータ分析方法による本発明の飲食品の官能評価を行う方法は、次の第2の方法(1)~第2の方法(7)を含む。
【0030】
第2の方法(1)は、
飲食品を摂食する間の感覚の強度変化に関する時系列データを、異なる複数の前記感覚のそれぞれについて取得するステップと、
異なる複数の前記感覚について取得した複数の前記時系列データに基づいて、複数の前記時系列データ間の相互相関に関する指標を算出するステップと、
を含む。
第2の方法(2)は、第2の方法(1)において、前記指標は、複数の前記時系列データ間のずれを含む。
第2の方法(3)は、第2の方法(2)において、前記ずれは、相互相関係数C(t)が最大になるときの変数tである。
第2の方法(4)は、第2の方法(3)において、前記指標は、前記相互相関係数C(t)の最大値をさらに含む。
第2の方法(5)は、第2の方法(1)から(4)のいずれかにおいて、前記相互相関に関する指標を可視化して表示するステップをさらに含む。
第2の方法(6)は、第2の方法(1)から(5)のいずれかにおいて、前記相互相関に関する指標を可視化して表示する前記ステップを、異なる複数の前記飲食品について行う。
第2の方法(7)は、第2の方法(1)から(6)のいずれかにおいて、異なる複数の前記感覚は、食感、味、香りおよび音からなる群から選択される複数の感覚を含む。
【0031】
図4は、第2のデータ分析方法を説明するための図である。
図4(A)のグラフには、TI法により測定される感覚の強度変化に関する時系列データが、異なる複数の感覚のそれぞれについて、異なる線種(実線および破線)を用いて示されている。
図4(B)のグラフには、
図4(A)における異なる複数の感覚間の相互相関係数C(t)が最大となるようにずれ(t)を発生させたときの時系列データが、異なる線種(実線および破線)を用いて示されている。
図4(C)には、相互相関係数C(t)を算出した結果のグラフが示されている。
【0032】
第2のデータ分析方法では、異なる複数の感覚間の相互関係を考慮して、感覚の強度変化に関する時系列の測定結果を分析する。本実施形態では、或る飲食品99(例えば、大福)の2つの感覚(例えば、味および香り)のそれぞれについて、感覚の強度変化に関する時系列データをTI法により測定し、次の式1により相互相関係数C(t)を算出する。
【0033】
【0034】
式1中のf(x)およびg(x)は、測定により得られる2つの標準化または正規化された時系列データの波形を表す関数である。相互相関係数C(t)は、複数の時系列データ間の類似度を表しており、複数の感覚間の類似度に関する指標として用いることができる。変数tは、複数の時系列データ間のずれの量を表しており、複数の感覚間のずれに関する指標として用いることができる。Nは自然数であり、求める計算の精度に応じて適切な値を設定することができる。
【0035】
相互相関係数C(t)は-1から+1までの範囲の実数値をとる。相互相関係数C(t)の値が+1に近づくほど、2つの関数f(x)およびg(x)の間に正の相関があり、値が0(ゼロ)に近づくほど相関は無くなり、値が-1に近づくほど、負の相関があることを意味する。
【0036】
本実施形態では、複数の感覚間の類似度に関する指標として、相互相関係数C(t)の最大値を用い、複数の感覚間のずれに関する指標として、相互相関係数C(t)が最大値になるときの変数tの値を用いる。なお、指標として用いる相互相関係数C(t)の値は、最大値のみに限られず、異なる複数の感覚間の類似度やずれを判別できる限り、例えば最大値とは異なる、最大値に近い値であってもよい。
【0037】
図5は、第2のデータ分析方法による効果を説明するための図である。
【0038】
飲食品には、摂食する間に感覚を感じるタイミングがずれるものが存在しており、TI法により測定される感覚強度の時系列データの波形によっては、官能評価が難しいケースが存在する。
図5のグラフは、或る飲食品99を摂食する間の複数の感覚(味および香り)の強度変化に関する時系列データである。
図5のグラフにおいて、グラフ縦軸に示す強度が落ち込むタイミングは、被験者98が或る飲食品99を嚥下したタイミングである。
図5のグラフを参照すると、味の強度61は嚥下前に最大になるものの、香りの強度62は嚥下後に最大になる。
図5のグラフに示すように、官能評価の対象とする飲食品99によっては、摂食する間に味を感じるタイミングと香りを感じるタイミングとの間にずれが生じている。
【0039】
従来のTI法を用いてこのような感覚の移り変わりを評価しようとする場合、例えば強度が最大になる時点Tmaxの差異により評価を行う。しかしながら、
図5のグラフに示すような、摂食する間に味を感じるタイミングと香りを感じるタイミングとの間にずれが生じる飲食品については、他の種類の飲食品と同じルールの下で評価をすることができない。強度が最大になる時点Tmaxが生じるタイミングが、味については嚥下前であり香りについては嚥下後であり、評価に用いる嚥下タイミングが相違すると、他の種類の飲食品と同じルールの下で評価をすることができない。
【0040】
これに対し第2のデータ分析方法では、複数の異なる感覚のそれぞれについて、感覚の強度変化に関する時系列データ21を取得し、それら複数の時系列データ21間の相互相関に関する指標を算出する。相互相関に関する指標は、異なる複数の感覚間のずれに関する指標を含む。好ましくは、異なる複数の感覚間の類似度に関する指標を含む。これら相互相関に関する指標を用いて、感覚の強度変化に関する時系列データ21を評価することにより、経時的に変化する感覚特性をより適切に評価することが可能になる。
【0041】
[装置の構成]
図6は、本発明の一実施形態に係る飲食品の官能評価装置の機能を説明するためのブロック図である。
【0042】
一実施形態に係る官能評価装置100は、データ処理部10と、補助記憶装置20と、入力部31と、表示部32と、通信インタフェース部(通信I/F部)33とを備えている。データ処理部10はソフトウェアの構成であり、補助記憶装置20、入力部31、表示部32および通信I/F部33はハードウェアの構成である。官能評価装置100は、例えばパーソナルコンピュータ等の汎用計算機や、タブレット端末、スマートフォン等を用いて構成することができる。図示していないが、官能評価装置100は、ハードウェアの構成として、データ処理を行うCPU等のプロセッサと、プロセッサがデータ処理の作業領域に使用するメモリとをさらに備えている。
【0043】
データ処理部10は、後述する官能評価プログラム29をプロセッサが実行することにより実現される機能ブロックである。第1のデータ分析方法では、時系列データ取得部11、嚥下データ取得部12、分析パラメータ算出部13、および分析パラメータ可視化部14が用いられる。第2のデータ分析方法では、時系列データ取得部11、指標算出部15および指標可視化部16が用いられる。
【0044】
時系列データ取得部11は、飲食品99を摂食する間の感覚の強度変化に関する時系列データを取得する。時系列データ21は、例えば入力部31や通信I/F部33を介して取得され、補助記憶装置20に記憶される。
【0045】
嚥下データ取得部12は、飲食品99を嚥下するタイミングに関するデータを取得する。嚥下タイミングデータ22は、例えばマイク35や入力部31、通信I/F部33等を介して取得され、補助記憶装置20に記憶される。
【0046】
分析パラメータ算出部13は、時系列データ21と、嚥下するタイミングに関するデータ22とに基づいて、感覚の強度変化に関する分析パラメータ23,24を算出する。分析パラメータは、本実施形態では、静的な分析パラメータ23と動的な分析パラメータ24とを含み、第1のデータ分析方法において説明した内容に沿って算出する。算出される静的分析パラメータ23および動的分析パラメータ24はそれぞれ補助記憶装置20に記憶される。
【0047】
分析パラメータ可視化部14は、異なる複数の感覚について、分析パラメータ23,24を可視化して表示する。分析パラメータ23,24は、本実施形態ではレーダーチャートの態様で可視化されて表示部32に表示される。
【0048】
一例として、或る飲食品99(例えば、クラッカー、おはぎ、および大福)の3つの感覚(食感、味、および香り)について、分析パラメータ23,24を可視化して表示する態様の一例を
図12に示す。
図12に示す例では、分析パラメータ23,24を感覚毎に分けてレーダーチャートで可視化して表示している。
図12(A)では、静的な分析パラメータA,B,C,Wの値を可視化して表示している。
図12(B)では、静的な分析パラメータA,B,C,Wから算出される動的な分析パラメータRinc,Rdec1,Rdec2を可視化して表示している。
【0049】
このように、大福の異なる複数の感覚について、分析パラメータの値が可視化されて表示される。大福以外の異なる飲食品99(例えば、クラッカー、およびおはぎ)についても、例示した大福と同様に、分析パラメータの値を可視化して表示することにより、異なる複数の飲食品99間でのより直感的な比較が可能となる。
【0050】
指標算出部15は、異なる複数の感覚について取得した複数の時系列データ21に基づいて、複数の時系列データ21間の相互相関に関する指標25を算出する。相互相関に関する指標25は、本実施形態では、複数の時系列データ21間のずれtと、相互相関係数C(t)の値とを含み、第2のデータ分析方法において説明した内容に沿って算出する。算出される相互相関に関する指標25は、補助記憶装置20に記憶される。
【0051】
指標可視化部16は、相互相関に関する指標25を可視化して表示する。相互相関に関する指標25は、本実施形態では、相互相関係数C(t)とずれtとにそれぞれ対応する三角形の辺の太さと辺の長さとを用いて可視化されて、表示部32に表示される。
【0052】
一例として、或る飲食品99(例えば、クラッカー、おはぎ、および大福)の3つの感覚(食感、味、および香り)について、相互相関に関する指標25を可視化して表示する態様の一例を
図13に示す。
図13に示す例では、味(●(黒丸))、香り(▲(黒三角))、食感(■(黒四角))を頂点とした三角形について、頂点を結ぶ辺を相互相関に関する指標で表す。
【0053】
このように、飲食品99の異なる複数の感覚間の相互関係は、類似度を表す相互相関係数C(t)を辺の太さとして、ずれの量tを辺の長さとした線形で可視化されて表示される。大福以外の異なる飲食品99(例えば、クラッカー、およびおはぎ)についても、例示した大福と同様に、三角形の辺の太さと辺の長さとを用いて可視化することにより、異なる複数の飲食品99間でのより直感的な比較が可能となる。
【0054】
補助記憶装置20は、オペレーティングシステム(OS)、各種制御プログラム、および、プログラムによって生成されたデータ等を記憶する不揮発性の記憶装置であり、例えば、フラッシュメモリやeMMC(embedded Multi Media Card)、SSD(Solid State Drive)等によって構成される。本実施形態では、補助記憶装置20には、感覚強度の時系列データ21、嚥下タイミングデータ22、静的分析パラメータ23、動的分析パラメータ24、相互相関指標25、および官能評価プログラム29が記憶される。
【0055】
官能評価プログラム29は、ソフトウェアによる機能ブロックであるデータ処理部10内の各部11~16を実現するためのコンピュータプログラムである。官能評価プログラム29は、通信I/F部33により接続されるインターネット等のネットワーク39を介して官能評価装置100にインストールすることができる。或いは、官能評価プログラム29を記録したメモリカード等のコンピュータ読み取り可能な非一時的な有体の記録媒体を官能評価装置100に読み取らせることにより、官能評価プログラム29を官能評価装置100にインストールすることができる。
【0056】
入力部31は、例えばマウスやキーボード等で構成することができ、表示部32は、例えば液晶ディスプレイおよび有機ELディスプレイ等で構成することができる。通信I/F部33は、有線または無線のネットワークを介して、外部機器とのデータの送受信を行う。通信I/F部33は、イーサネット(登録商標)、Wi-Fi(登録商標)、およびBluetooth(登録商標)等の種々の有線接続または無線接続で構成することができる。
【0057】
[処理手順]
図7は、本発明の一実施形態に係る飲食品の官能評価方法の第1のデータ分析方法を示すフローチャートである。
【0058】
図7に示すステップS1~S6の処理は、データ処理部10が備える各機能ブロックにより(すなわち官能評価装置100により)それぞれ実行される。
【0059】
ステップS1において、飲食品99を摂食する間の感覚の強度変化に関する時系列データ21を取得する。ステップS2において、飲食品99を嚥下するタイミングに関するデータ22を取得する。
【0060】
ステップS3において、時系列データ21と、嚥下するタイミングに関するデータ22とに基づいて、感覚の強度変化に関する分析パラメータ23,24を算出する。分析パラメータは、本実施形態では、静的な分析パラメータ23と動的な分析パラメータ24とを含み、第1のデータ分析方法において説明した内容に沿って算出する。
【0061】
ステップS4において、他の感覚を分析しているか否かを判定する。他の感覚は分析済でない(No)場合は、先のステップS1を実行した際の感覚(例えば、食感)とは異なる種類の感覚(例えば、味)について、ステップS1からS3の処理を繰り返す。他の感覚は分析済である(Yes)場合は、ステップS5において、異なる複数の感覚について、分析パラメータ23,24を可視化して表示する。本実施形態では、レーダーチャートの態様で分析パラメータ23,24を可視化して表示部32に表示する。
【0062】
ステップS6において、他の飲食品99を分析しているか否かを判定する。他の飲食品99は分析済でない(No)場合は、先のステップS1を実行した際の飲食品99(例えば、クラッカー)とは異なる種類の飲食品99(例えば、おはぎ)について、ステップS1からS5の処理を繰り返す。他の飲食品99は分析済である(Yes)場合は、第1のデータ分析方法を終了する。
【0063】
図8は、本発明の一実施形態に係る飲食品の官能評価方法の第2のデータ分析方法を示すフローチャートである。
【0064】
図8に示すステップS11~S14の処理は、データ処理部10が備える各機能ブロックにより(すなわち官能評価装置100により)それぞれ実行される。
【0065】
ステップS11において、飲食品99を摂食する間の感覚の強度変化に関する時系列データ21を取得する。時系列データ21は、異なる複数の感覚(例えば、味および香り)のそれぞれについて取得する。
【0066】
ステップS12において、異なる複数の感覚について取得した複数の時系列データ21に基づいて、複数の時系列データ21間の相互相関に関する指標25を算出する。相互相関に関する指標25は、本実施形態では、複数の時系列データ21間のずれtと、相互相関係数C(t)の値とを含み、第2のデータ分析方法において説明した内容に沿って算出する。
【0067】
ステップS13において、相互相関に関する指標25を可視化して表示する。本実施形態では、相互相関係数C(t)とずれtとにそれぞれ対応する三角形の辺の太さと辺の長さとを用いて、相互相関に関する指標25を可視化して表示部32に表示する。
【0068】
ステップS14において、他の飲食品99を分析しているか否かを判定する。他の飲食品99は分析済でない(No)場合は、先のステップS11を実行した際の飲食品99(例えば、大福)とは異なる種類の飲食品99(例えば、おはぎ)について、ステップS11からS13の処理を繰り返す。他の飲食品99は分析済である(Yes)場合は、第2のデータ分析方法を終了する。
【0069】
以上、本発明の一実施形態によると、飲食品を官能評価するための改良された方法を提供することができる。一実施形態に係る官能評価方法および官能評価装置では、2種類のデータ分析方法のどちらか一方を適用することにより、または両方を組み合わせて適用することにより、飲食品99の官能評価を行う。
【0070】
第1のデータ分析方法では、飲食品99を嚥下するタイミングWが導入された分析パラメータを用いて、感覚の強度変化に関する時系列データ21を分析する。これにより、飲食品99の経時的に変化する感覚特性を、より適切に評価することが可能になる。
【0071】
第2のデータ分析方法では、飲食品99の複数の異なる感覚のそれぞれについて、感覚の強度変化に関する時系列データ21を取得し、それら複数の時系列データ21間の相互相関に関する指標を算出する。算出した相互相関に関する指標を用いて、感覚の強度変化に関する時系列データ21を評価する。これにより、飲食品99の経時的に変化する感覚特性を、より適切に評価することが可能になる。
【0072】
さらに、第1のデータ分析方法および第2のデータ分析方法の両方を組み合わせて適用することにより、飲食品を摂食する間に起きる複数の感覚の強度変化を、階層化して可視化することが可能になる。これにより、複数の飲食品の複数の感覚について、異なる観点から総合的に比較することが可能になる。後述する実施例の
図12(A)に示す分析結果は、或る飲食品の感覚の強さを可視化するものであり、或る飲食品の静的な特徴を表している。
図12(B)に示す分析結果は、或る飲食品の感覚の強さの変化を可視化するものであり、或る飲食品の動的な特徴を表している。
図13に示す分析結果は、或る飲食品の感覚間の相互関係を可視化するものである。後述する実施例において具体例を示すように、本発明の一実施形態によると、可視化されたこれら
図12および
図13の分析結果に基づいて、複数の飲食品の複数の感覚を、異なる観点から総合的に比較することが可能となる。
【0073】
また、一実施形態に係る官能評価方法および官能評価装置による評価結果のデータは、種々の飲食品を評価するための基準として使用することが可能である。例えば、お手本となる美味しい飲食品の感覚特性に近づけるための目標データとして利用が可能である。複数の感覚のうち例えば食感については、例えば3Dプリント食品の食品構造を設計し評価するための基準として有用であり、美味しい3Dプリント食品の開発が促進される。
【0074】
[その他の形態]
以上、本発明を特定の実施形態によって説明したが、本発明は上記した実施形態に限定されるものではない。
【0075】
図9は、本発明の他の実施形態に係る飲食品の官能評価装置の使用態様を説明するための図である。
【0076】
上記した実施形態では、時系列データ21の測定は被験者98により行われているが、時系列データ21の測定は、
図9の(A)に例示するような咀嚼装置40が行ってもよい。咀嚼装置40は、ヒトが行う咀嚼動作の一部または全部を自動化した装置であり、
図9の(A)に例示するように、模擬咀嚼運動部44、模擬口腔部45を有し、各部には、各種の感覚測定システム(例えば、力覚センサ41、呈味センサ42、および香りセンサ43)が設けられている。咀嚼装置40は、ヒトの口腔内での咀嚼動作を模擬的に再現し、ヒトの咀嚼条件(例えば、口腔容積、歯型、咀嚼力、運動、速度、回数)に合わせた時系列データ21を測定する。咀嚼装置40には嚥下タイミングを設定することができる。咀嚼装置40は、例えば既定回数の咀嚼動作が行われた後や、咀嚼動作の開始から既定時間が経過したときを嚥下時点とみなすようにすることができる。これら各種のデータは、咀嚼装置40自身が全て測定してもよいし、食感、味覚、香りなどを測定する種々のセンサを始めとする、咀嚼装置40以外の各種の分析測定機を利用して測定または算出してもよい。官能評価装置100と咀嚼装置40との間は、データが交換可能であればよく、例えば
図9の(B)に示すように、ネットワーク39を介してオンラインで接続されていてもよいし、メモリカード等の記録媒体を介してオフラインでデータが交換可能にされていてもよい。
【0077】
上記実施形態では、飲食品99を摂食する間に感じる、官能評価の対象とする感覚として、食感、味、および香りの3種類を用いているが、官能評価の対象とする感覚は例示するこれら3種類に制限されない。例示する以外には、飲食品99を摂食する間に感じるまたは生じる例えば音(例えば咀嚼音)を官能評価の対象とすることができる。音の強度変化に関する時系列データは、例えばマイク35を用いて取得することができる。
【0078】
また、官能評価の対象も感覚に制限されず、例えば飲食品99を摂食する間に感じる感情(高揚感、安心感など)を官能評価の対象とすることができる。飲食品99を摂食する間の感情の強度変化に関する時系列データは、例えば被験者98が飲食品99を摂食する間の顔の表情の時系列的な画像をカメラ34を用いて撮像し、取得した被験者98の顔の画像を例えば画像処理して被験者98の感情をスコア化することにより取得することができる。画像処理による感情のスコア化には、例えば学習済みの人工知能(AI)を用いることができる。
【0079】
官能評価の対象は、感覚または感情のどちらか一方としてもよいし、感覚および感情の両方としてもよい。すなわち、本発明による飲食品の官能評価を行う方法、装置およびプログラムは、飲食品を摂食する間の経時的な感覚変動または感情変動を評価することができる。
【0080】
上記実施形態では、マイク35から入力される被験者98の嚥下音を音声認識することにより嚥下タイミングデータ22を入力しているが、嚥下タイミングデータ22を入力する方法はこれに制限されない。例示する音声認識以外の方法としては、例えば画像認識による方法やボタン84を押下する方法により、被験者98の嚥下タイミングデータ22を取得することができる。例えば官能評価装置100がカメラ34をさらに備え、嚥下データ取得部12が、カメラ34から入力される被験者98の嚥下画像を画像認識することにより、嚥下タイミングデータ22を取得してもよい。或いは、表示部32上に表示されるボタン84を被験者98が押下することにより、嚥下タイミングデータ22を取得してもよい。
【0081】
上記実施形態では、相互相関に関する指標25は、相互相関係数C(t)とずれtとにそれぞれ対応する三角形の辺の太さと辺の長さとを用いて可視化されているが、相互相関に関する指標25を可視化する態様はこれに限定されない。例えば相互相関に関する指標25は、相互相関係数C(t)およびずれtをグラフの縦軸および横軸とする2次元のグラフの態様で可視化してもよい。
【0082】
上記実施形態では、TI法による測定を行うにあたり、被験者98が感じる感覚の強度は、表示部32にソフトウェア的に表示されるスライダー81を介して入力しているが、被験者98が感じる感覚の強度を入力する態様はこれに限定されない。被験者98が感じる感覚の強度は、例えば物理的なスライド式のスイッチやスライドバーを官能評価装置100に接続して入力してもよい。
【0083】
上記実施形態では、官能評価装置100は一体の装置として実現されているが、官能評価装置100は一体の装置である必要はなく、プロセッサ、メモリ、補助記憶装置20等が別所に配置され、これらが互いにネットワークで接続されていてもよい。入力部31と、表示部32と、カメラ34と、マイク35とについても、一ヶ所に配置される必要は必ずしもなく、それぞれが別所に配置されて互いにネットワークで通信可能に接続されていてもよい。
【0084】
上記実施形態では、データ処理部10を構成する各機能ブロック11~16はソフトウェアにより実現されているが、これら各機能ブロック11~16は、一部または全部がハードウェアとして実現されてもよい。データ処理部10を構成する各機能ブロック11~16の処理は単一のプロセッサで処理される必要はなく、複数のプロセッサで分散して処理されてもよい。データ処理部10の機能および補助記憶装置20内のデータ項目は、一部または全部が、通信I/F部33を介して接続されるサーバ装置(図示せず)においてクラウド化されていてもよい。
【0085】
上記実施形態では、入力部31をキーボードまたはマウス等で構成し、表示部32を液晶ディスプレイ等で構成しているが、入力部31と表示部32とを一体化してタッチパネル式の表示装置として実現してもよい。
【0086】
以下に本発明の実施例を示し、本発明の特徴をより明確にする。
【実施例0087】
実施例1では、実施形態の
図1に例示した態様の官能評価装置を用いて、複数の飲食品に対して実際に官能評価を行った。官能評価の対象とする飲食品は、クラッカー、おはぎ(ぼたもち)、および大福の3種類とした。クラッカーは、薄い2枚の間にクリームを挟んだものを官能評価の対象とした。官能評価の対象とする感覚は、食感、味、および香りの3種類とした。官能評価の対象とする味は甘さとした。これら複数の種類の飲食品のそれぞれについて、これら複数の感覚のそれぞれについて、飲食品を摂食する間に被験者が感じた感覚の強度変化に関する時系列データを、TI法に基づいて測定した。飲食品の嚥下タイミングデータも時系列データと同様に、複数の種類の飲食品のそれぞれについて、複数の感覚それぞれについて測定した。嚥下タイミングデータは、液晶ディスプレイ上に表示される操作ボタンを被験者が押下することにより取得した。官能評価は、第1のデータ分析方法および第2のデータ分析方法のそれぞれにより行った。
【0088】
TI法に基づいて測定した時系列データを
図10に示す。各時系列データにおいて、縦軸は感覚の強度であり、横軸は摂食を開始してからの経過時間である。
図10において、左端に縦に並べて示すデータa1,b1およびc1はいずれも、クラッカーに関する時系列データである。中央に縦に並べて示すデータa2,b2およびc2はいずれも、おはぎに関する時系列データである。右端に縦に並べて示すデータa3,b3およびc3はいずれも、大福に関する時系列データである。上段(A)に横に並べて示す3つのデータa1,a2,a3はいずれも、味(甘さ)に関するデータである。中段(B)に横に並べて示す3つのデータb1,b2,b3はいずれも、香りに関するデータである。下段(C)に横に並べて示す3つのデータc1,c2,c3はいずれも、食感に関するデータである。
【0089】
第1のデータ分析方法による分析結果を
図11および
図12に示す。
【0090】
図11は、
図10に示す各時系列データを第1のデータ分析方法により分析した結果である。第1のデータ分析方法により、
図10に示す時系列データのグラフは、
図11において静的な分析パラメータを用いて表示されている。
図11の各時系列データ中に示す符号A,B,C,Wは、上記実施形態の表1に示した分析パラメータである。
【0091】
図12は、
図10に示す各時系列データを第1のデータ分析方法により分析した結果を、飲食品毎に感覚毎に分けてレーダーチャートで可視化して表示した結果である。レーダーチャートの周方向は経過時間を表しており、レーダーチャートの軸方向は分析パラメータの偏差値を表している。
図12(A)では、静的な分析パラメータA,B,C,Wの値を可視化して表示している。
図12(B)では、静的な分析パラメータA,B,C,Wから算出される動的な分析パラメータRinc,Rdec1,Rdec2を可視化して表示している。
図12では、クラッカー、おはぎ、および大福の3つの感覚(味、香りおよび食感)が、感覚毎に分けて可視化して表示されている。第1のデータ分析方法によると、飲食品の経時的に変化する感覚特性を、より直感的に示すことが可能であることが示された。
【0092】
第2のデータ分析方法による分析結果を
図13に示す。
【0093】
図13は、各時系列データの関係を相互相関に関する指標を用いて可視化して表示した結果である。
図13に示すように、大福と、クラッカーと、おはぎとでは、味(●)、香り(▲)、食感(■)を頂点とした三角形の辺の長さと辺の太さが明確に異なっている。これにより、第2のデータ分析方法によると、飲食品の経時的に変化する感覚特性を、より直感的に示すことが可能であり、異なる複数の飲食品間でのより直感的な比較が可能であることが示された。