(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024010399
(43)【公開日】2024-01-24
(54)【発明の名称】標準試験片の製造方法、検量線の作成方法、超音波探傷装置の感度校正方法
(51)【国際特許分類】
G01N 29/30 20060101AFI20240117BHJP
【FI】
G01N29/30
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022111718
(22)【出願日】2022-07-12
(71)【出願人】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100087398
【弁理士】
【氏名又は名称】水野 勝文
(74)【代理人】
【識別番号】100128783
【弁理士】
【氏名又は名称】井出 真
(74)【代理人】
【識別番号】100128473
【弁理士】
【氏名又は名称】須澤 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100160886
【弁理士】
【氏名又は名称】久松 洋輔
(72)【発明者】
【氏名】浜野 利幸
(72)【発明者】
【氏名】藤松 威史
【テーマコード(参考)】
2G047
【Fターム(参考)】
2G047AA07
2G047BA03
2G047BC12
2G047BC18
2G047EA10
2G047GG20
2G047GG33
2G047GJ23
(57)【要約】
【課題】予めサイズが測定された人工介在物が埋設され、母材が鋼で形成された標準試験片において、人工介在物までの距離を精密に調整する。
【解決手段】非金属介在物のサイズ及び超音波探傷の反射エコー強度の相関関係を示す情報を取得するために用いられ、第1周波数F1で超音波探傷が行われる検査面S1を有する標準試験片TPを製造する方法である。母材BMが鋼である加工前試験片PPに対して、母材BMに密着するように人工介在物AI(予めサイズが測定されたもの)を埋設する。加工前試験片PPに対して、第2周波数F2で超音波探傷を行い、検査面S1に相当する面又は、検査面S1とは反対側に位置する面から人工介在物AIまでの埋設距離D2を測定する。測定した埋設距離D2に基づいて、検査面S1から人工介在物AIまでの距離D1が目標距離Dtargとなるように、加工前試験片PPに対して除去加工を行うことにより検査面S1を形成する。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼に含まれる非金属介在物のサイズと、第1周波数の超音波を用いた超音波探傷によって得られる反射エコー強度との相関関係を示す情報を取得するために用いられ、前記超音波探傷が行われる検査面を有する標準試験片を製造する方法であって、
母材が鋼で形成された、前記標準試験片に加工する前の加工前試験片に対して、前記加工前試験片の母材に密着するように、前記非金属介在物に相当する予めサイズが測定された人工介在物を埋設し、
前記加工前試験片に対して、少なくとも1種類の第2周波数の超音波を用いた超音波探傷を行うことにより、前記検査面に相当する面又は、前記検査面とは反対側に位置する面から前記人工介在物までの埋設距離を測定し、
測定した前記埋設距離に基づいて、前記検査面から前記人工介在物までの距離が目標距離となるように、前記加工前試験片に対して除去加工を行うことにより前記検査面を形成する、
ことを特徴とする標準試験片の製造方法。
【請求項2】
前記埋設距離を測定するとき、
前記加工前試験片の表面から離れて配置された探触子を用い、前記加工前試験片の表面に向かって超音波探傷を行い、
この超音波探傷によって測定された、前記探触子から前記人工介在物までの距離と、前記探触子から前記加工前試験片の表面までの距離とに基づいて、前記埋設距離を求める、
ことを特徴とする請求項1に記載の標準試験片の製造方法。
【請求項3】
前記埋設距離を測定するとき、
前記加工前試験片の表面と直交する方向において探触子を移動させながら超音波探傷を行い、
この超音波探傷によって前記加工前試験片の表面を検出してから前記人工介在物を検出するまでの探触子の移動量を前記埋設距離とする、
ことを特徴とする請求項1に記載の標準試験片の製造方法。
【請求項4】
前記埋設距離を測定するとき、前記検査面に相当する面又は、前記検査面とは反対側に位置する面に探触子を接触させた状態で超音波探傷を行うことを特徴とする請求項1に記載の標準試験片の製造方法。
【請求項5】
前記加工前試験片において、前記第2周波数での超音波探傷が行われる面は、前記除去加工が行われる面とは反対側の面であり、
前記第2周波数での超音波探傷によって測定された前記埋設距離と、前記加工前試験片の厚さと、前記目標距離とに基づいて、前記除去加工を行う際の加工距離を決定することを特徴とする請求項1から4のいずれか1つに記載の標準試験片の製造方法。
【請求項6】
前記加工前試験片において、前記第2周波数での超音波探傷が行われる面は、前記除去加工が行われる面と同一であり、
前記第2周波数での超音波探傷によって測定された前記埋設距離と、前記目標距離とに基づいて、前記除去加工を行う際の加工距離を決定することを特徴とする請求項1から4のいずれか1つに記載の標準試験片の製造方法。
【請求項7】
前記第1周波数は、10MHz以上であることを特徴とする請求項1から4のいずれか1つに記載の標準試験片の製造方法。
【請求項8】
前記第2周波数は、10MHz以上であることを特徴とする請求項1から4のいずれか1つに記載の標準試験片の製造方法。
【請求項9】
前記人工介在物の直径は、30μm以上であって、前記第1周波数の超音波のビーム径以下であることを特徴とする請求項1から4のいずれか1つに記載の標準試験片の製造方法。
【請求項10】
前記除去加工を行った後に、鋼に対して行われる所定の熱処理を行い、前記熱処理に応じた組織を形成することを特徴とする請求項1から4のいずれか1つに記載の標準試験片の製造方法。
【請求項11】
前記熱処理に起因する前記検査面から前記人工介在物までの距離の減少に応じて、前記除去加工を行う際の加工距離を調整することを特徴とする請求項10に記載の標準試験片の製造方法。
【請求項12】
請求項1から4のいずれか1つに記載の製造方法によって製造された前記標準試験片を用いることにより、鋼に含まれる非金属介在物のサイズと、第1周波数の超音波を用いた超音波探傷によって得られる反射エコー強度との相関関係を示す検量線を作成することを特徴とする検量線の作成方法。
【請求項13】
前記第1周波数は、10MHz以上であることを特徴とする請求項12に記載の検量線の作成方法。
【請求項14】
請求項1から4のいずれか1つに記載の製造方法によって製造された前記標準試験片を用いて超音波探傷を行うことにより、反射エコー強度が基準強度となるように、超音波探傷装置の感度を校正することを特徴とする超音波探傷装置の感度校正方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼に含まれる非金属介在物のサイズと、超音波探傷によって得られる反射エコー強度との相関関係を示す検量線を作成するために用いられる標準試験片の製造方法と、この標準試験片を用いて検量線を作成する方法と、この標準試験片を用いて超音波探傷装置の感度を校正する方法とに関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1では、熱可塑性樹脂で形成された台に所定深さの穴を形成し、この穴に人工欠陥形成用粒子を投入した後、穴を熱可塑性樹脂で埋めることにより、超音波探傷試験用標準試料(以下、単に「標準試料」という)を製造している。この標準試料は、鋼中に存在する欠陥径と、超音波探傷を行ったときの超音波反射波強度との関係(いわゆる検量線)を把握するために用いられる。
【0003】
特許文献1によれば、標準試料の母材(熱可塑性樹脂)が透明であることにより、超音波探傷時に超音波が入射する面(以下、「超音波入射面」という)と、標準試料に埋設された人工欠陥形成用粒子との間の距離を外部から確認することができる。この距離を確認しながら、標準試料の表面に対して研削加工や研磨加工を行うことにより、超音波入射面及び人工欠陥形成用粒子の間の距離を精密に調整することができる。これにより、上述した検量線の精度を向上させることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1では、標準試料の母材が熱可塑性樹脂で形成されているが、実際の超音波探傷によって欠陥を評価する対象は鋼材である。このように材料が異なると、超音波探傷を行ったときの超音波の減衰特性が異なってしまうため、標準試料(熱可塑性樹脂)を用いて作成された検量線は、鋼材を用いたときの本来の検量線からずれてしまうことがある。なお、標準試料の母材を鋼で形成した場合には、超音波入射面から人工欠陥形成用粒子までの距離を外部から確認することができなくなり、この距離を精密に調整することができなくなる。
【0006】
本発明の目的は、予めサイズが測定された人工介在物が埋設され、母材が鋼で形成された標準試験片において、標準試験片の表面から予めサイズが測定された人工介在物までの距離を精密に調整することができる標準試験片の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、標準試験片を製造する方法である。標準試験片は、鋼に含まれる非金属介在物のサイズと、第1周波数の超音波を用いた超音波探傷によって得られる反射エコー強度との相関関係を示す情報を取得するために用いられる。標準試験片は、第1周波数の超音波を用いた超音波探傷が行われる検査面を有する。
【0008】
標準試験片の製造方法では、母材が鋼で形成された、標準試験片に加工する前の加工前試験片を用意する。この加工前試験片に対して、加工前試験片の母材に密着するように、非金属介在物に相当する人工介在物を埋設する。人工介在物のサイズは予め測定しておくことができる。次に、加工前試験片に対して、少なくとも1種類の第2周波数の超音波を用いた超音波探傷を行うことにより、検査面に相当する面又は、検査面とは反対側に位置する面から人工介在物までの埋設距離を測定する。次に、測定した埋設距離に基づいて、検査面から人工介在物までの距離が目標距離となるように、加工前試験片に対して除去加工を行うことにより検査面を形成する。これにより、標準試験片が得られる。
【0009】
上述した埋設距離を測定する方法としては、以下に説明する3つの方法が挙げられる。
【0010】
第1の方法では、加工前試験片の表面から離れて配置された探触子を用い、加工前試験片の表面に向かって超音波探傷(具体的には、水浸法;JIS Z2344)を行う。そして、この超音波探傷によって測定された、探触子から人工介在物までの距離と、探触子から加工前試験片の表面までの距離とに基づいて、埋設距離を求めることができる。
【0011】
第2の方法では、加工前試験片の表面と直交する方向において探触子を移動させながら超音波探傷(具体的には、水浸法;JIS Z2344)を行う。そして、この超音波探傷によって加工前試験片の表面を検出してから人工介在物を検出するまでの探触子の移動量を埋設距離とすることができる。
【0012】
第3の方法では、検査面に相当する面又は、検査面とは反対側に位置する面に探触子を接触させた状態(直接接触法;JIS Z2344)で超音波探傷を行うことにより、埋設距離を測定することができる。
【0013】
加工前試験片において、第2周波数での超音波探傷が行われる面を、除去加工が行われる面とは反対側の面とすることができる。この場合には、第2周波数での超音波探傷によって測定された埋設距離と、加工前試験片の厚さと、目標距離とに基づいて、除去加工を行う際の加工距離を決定することができる。
【0014】
加工前試験片において、第2周波数での超音波探傷が行われる面を、除去加工が行われる面と同一とすることができる。この場合には、第2周波数での超音波探傷によって測定された埋設距離と、目標距離とに基づいて、除去加工を行う際の加工距離を決定することができる。
【0015】
第1周波数は、10MHz以上であることが好ましい。第2周波数は、10MHz以上であることが好ましい。人工介在物の直径は、30μm以上であって、第1周波数の超音波のビーム径以下とすることができる。
【0016】
除去加工を行った後に、鋼に対して行われる所定の熱処理を行い、その熱処理に応じた組織を形成することができる。熱処理に起因する検査面から人工介在物までの距離の減少に応じて、除去加工を行う際の加工距離を調整することができる。
【0017】
本発明である製造方法によって製造された標準試験片を用いることにより、鋼に含まれる非金属介在物のサイズと、第1周波数の超音波を用いた超音波探傷によって得られる反射エコー強度との相関関係を示す検量線を作成することができる。ここで、検量線を作成する際の超音波探傷における超音波の周波数(上述した第1周波数)は、10MHz以上とすることができる。
【0018】
本発明である製造方法によって製造された標準試験片を用いて超音波探傷を行うことにより、反射エコー強度が基準強度となるように、超音波探傷装置の感度を校正することができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、標準試験片の母材を、非金属介在物を評価する鋼材としているとともに、人工介在物を母材に密着させた状態で埋設しているため、標準試験片及び評価対象の鋼材において、超音波探傷を行った際の超音波の減衰特性が異なってしまうことを防止できる。
【0020】
また、加工前試験片のうち、検査面に相当する面又は、検査面とは反対側に位置する面に対して、第2周波数の超音波を用いた超音波探傷を行うことにより、加工前試験片の表面から人工介在物までの埋設距離を精密に測定することができる。この測定した埋設距離を基準にして、加工前試験片の除去加工により検査面を形成すれば、検査面から人工介在物までの距離を目標距離に精密に調整することができる。
【0021】
このように製造された標準試験片を用いて検量線を作成すれば、検量線の精度を向上させることができる。また、標準試験片を用いて超音波探傷装置の感度を校正すれば、この校正の精度を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図3】標準試験片の製造方法を説明するフローチャートである。
【
図4】加工前試験片の内部構造を示す概略図である。
【
図5】距離D2を測定する第1の方法を説明する図である。
【
図6】距離D2を測定する第2の方法を説明する図である。
【
図7】加工前試験片から標準試験片を製造する方法を説明する図である。
【
図8】加工前試験片から標準試験片を製造する他の方法を説明する図である。
【
図9】加工前試験片から標準試験片を製造する他の方法を説明する図である。
【
図10】標準試験片を用いて検量線を作成する方法を説明するフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本実施形態は、標準試験片を製造する方法である。この標準試験片は、鋼に含まれる非金属介在物のサイズと、超音波探傷によって得られる反射エコー強度との相関関係を示す情報(以下、「相関関係情報」という)を取得するために用いられる。この相関関係情報は、非金属介在物のサイズを推定するための検量線を作成するために用いたり、超音波探傷装置の感度(Sr)を校正するために用いたりすることができる。検量線は、非金属介在物のサイズに応じた反射エコー強度を示すグラフである。以下、具体的に説明する。
【0024】
(標準試験片)
図1に示すように、標準試験片TPには、非金属介在物を模擬した人工介在物AI(球形)が母材BMに埋設されている。また、標準試験片TPは、上述した相関関係情報を得るために超音波探傷が行われる面(以下、「検査面」という)S1と、人工介在物AIまでの距離を測定する際に基準となる面(以下、「距離測定面」という)S2とを有する。
【0025】
検査面S1及び距離測定面S2の間の距離は、標準試験片TPの厚さT1に相当する。距離D1は、検査面S1と直交する方向において、検査面S1から人工介在物AIまでの距離である。距離D2は、距離測定面S2と直交する方向において、距離測定面S2から人工介在物AIまでの距離(本発明における「埋設距離」に相当する)である。ここで、距離D1,D2を特定する際の人工介在物AIの位置は、検査面S1から見たときの人工介在物AIのサイズが最も大きい位置、すなわち、人工介在物AI(球形)の中心としている。距離D1及び距離D2の合計値は、標準試験片TPの厚さT1となる。
【0026】
図1では、距離測定面S2が検査面S1に対して反対側に位置しているが、これに限るものではなく、距離測定面S2が検査面S1と同じであってもよい。ここで、検査面S1及び距離測定面S2は、平行な面を構成する。
【0027】
検査面S1は、標準試験片TPにおける1つの面である必要はなく、標準試験片TPにおける複数の面を検査面S1として用いることができる。標準試験片TPに複数の検査面S1を設ける場合には、各検査面S1において超音波探傷を行うことにより、上述した相関関係情報を取得することができる。また、標準試験片TPにおける複数の面を検査面S1として用いる場合には、各検査面S1と同一の面又は、各検査面S1に対して反対側に位置する面(検査面S1と平行な面)を距離測定面S2とすることができる。
【0028】
図2には、標準試験片TPの外観(一例)を示す。
図2に示すように、標準試験片TPは、立方体であり、6つの面S11~S16を有する。6つの面S11~S16のうち、少なくとも1つの面(任意)を検査面S1として用いることができる。例えば、面S11(正面)を検査面S1として用いる場合には、面S11又は、面S11に対して反対側に位置する面S12(背面)を距離測定面S2として用いることができる。
【0029】
標準試験片TPを用いて取得される相関関係情報は、人工介在物AIのサイズと、超音波探傷によって測定された反射エコー強度との相関関係を表す。ここでいう反射エコー強度は、超音波探傷によって測定された反射エコー強度の最大値(ピーク値)である。この相関関係は、例えば、人工介在物AIのサイズ(後述する投影面積)及び反射エコー強度を変数とした一次関数によって規定することができる。
【0030】
非金属介在物の評価対象となる鋼材について、超音波探傷を行うと、反射エコー強度を測定することができる。標準試験片TPを用いて取得される相関関係情報に基づいて検量線を予め求めておけば、この検量線に基づいて、反射エコー強度(測定値)に対応した非金属介在物のサイズを求めることができる。すなわち、鋼材(評価対象)中に存在する非金属介在物のサイズを推定することができる。
【0031】
上述したサイズは、予め定義しておけばよい。例えば、サイズとして、最大径(直径又は半径)を用いたり、投影面積を用いたりすることができる。投影面積とは、所定方向(例えば、検査面S1と直交する方向)から見たときの人工介在物AI又は非金属介在物の投影面積である。人工介在物AIのサイズ及び反射エコー強度の相関関係においては、人工介在物AIのサイズとして、上述した投影面積を用いることができる。また、非金属介在物のサイズを推定するときには、このサイズとして、直径又は半径を用いることができる。人工介在物AIや非金属介在物を球体とみなしたとき、投影面積から直径又は半径を特定したり、直径又は半径から投影面積を特定したりすることができる。
【0032】
標準試験片TPの母材BMとしては、非金属介在物の評価対象となる鋼材と同一の化学成分を有する鋼材が用いられる。例えば、評価対象となる鋼材が軸受用鋼であるときには、この軸受用鋼の鋼種(JIS G4805に規定されているSUJ2,SUJ3等)と同一の化学成分を用いて母材BMを形成することができる。
【0033】
人工介在物AIは、鋼中に存在する非金属介在物を模擬できるものであればよく、例えば、球形のAl2O3粒子を用いることができる。
【0034】
標準試験片TPでは、人工介在物AI及び母材BMの界面における隙間が閉塞されており、人工介在物AIは、母材BMに密着した状態で埋設されている。ここでいう「密着」とは、人工介在物AI及び母材BMの界面において隙間又は空隙が無いことをいう。実際の鋼材において、超音波探傷による測定は圧延された鋼材の側面から探傷が行われることが多く、その方向から探傷する場合の非金属介在物と母材とは密着した状態で存在しているため、標準試験片TPにおいても、それを考慮して、人工介在物AIを母材BMに密着させた状態とする必要がある。これにより、標準試験片TPを用いて上述した相関関係情報を取得したときに、実際の鋼材の内部状態(すなわち、非金属介在物及び母材の密着状態)が反映された相関関係情報を得ることができる。そして、この相関関係情報から作成された検量線を用いて、非金属介在物のサイズを推定することにより、この推定精度を向上させることができる。また、相関関係情報に基づいて超音波探傷装置の感度(Sr)を校正することにより、この感度校正の精度を向上させることができる。
【0035】
なお、人工介在物AI及び母材BMの界面に隙間があるか否かに応じて、超音波探傷を行った際の超音波の反射率(言い換えれば、反射エコー強度)が異なってしまう。このため、人工介在物AI及び母材BMの界面に隙間が発生している状態で相関関係情報を取得した場合には、この相関関係情報は、実際の鋼材の内部状態(すなわち、非金属介在物及び母材の密着状態)を反映しにくくなる。この場合には、相関関係情報から作成された検量線に基づいて非金属介在物のサイズを推定するときの推定精度が低下してしまう。また、相関関係情報に基づいて超音波探傷装置の感度(Sr)を校正するときの精度が低下してしまう。
【0036】
人工介在物AIの直径は、30μm以上とすることができる。サイズ(直径)が30μm未満である非金属介在物については、顕微鏡試験方法(JIS G0555)に基づいて測定することができるため、本実施形態のように超音波探傷によって非金属介在物のサイズを推定することには適していない。
【0037】
また、人工介在物AIの直径は、超音波探傷における超音波のビーム径以下とすることができる。人工介在物AIの直径が超音波のビーム径よりも大きい場合には、人工介在物AIの投影面積と反射エコー強度との相関が無くなるためである。したがって、人工介在物AIの直径は、超音波のビーム径以下とすることが好ましい。
【0038】
ここで、超音波探傷では、超音波のビームを集束させるタイプ(以下、「集束タイプ」という)と、超音波のビームを集束させないタイプ(以下、「非集束タイプ」という)がある。また、集束タイプには、ビームを一点に集束させるタイプ(以下、「点集束タイプ」という)と、ビームを直線状に集束させるタイプ(以下、「線集束タイプ」という)がある。
【0039】
集束タイプ(点集束タイプ及び線集束タイプ)を用いる場合において、人工介在物AIの直径を決定するためのビーム径は、人工介在物AIが存在する位置におけるビーム径(言い換えれば、検査面S1から人工介在物AIまでの距離に対応するビーム径)とすることができる。ビームの集束状態を予め把握しておけば、人工介在物AIが存在する位置におけるビーム径を特定することができる。そして、このビーム径以下となるように、人工介在物AIの直径を決めることができる。なお、探触子(集束タイプ)の種類に応じてビームの集束状態が異なるため、超音波探傷で用いられる探触子(集束タイプ)を考慮して、人工介在物AIの直径を決めることができる。
【0040】
非集束タイプを用いる場合において、人工介在物AIの直径を決定するためのビーム径は、標準試験片TPの検査面S1におけるビーム径とすることができる。非集束タイプでは、円形の超音波のビームが探触子から照射されて一方向に進行するため、ビームの軌跡は柱状となる。このため、検査面S1におけるビーム径を特定することにより、人工介在物AIの直径を決めることができる。なお、探触子(非集束タイプ)の種類に応じてビーム径が異なるため、超音波探傷で用いられる探触子(非集束タイプ)を考慮して、人工介在物AIの直径を決めることができる。
【0041】
一方、非金属介在物の評価対象である鋼材が、例えば高清浄度鋼である場合には、人工介在物AIの直径を500μm以下とすることができる。高清浄度鋼では、サイズ(直径)が500μmよりも大きい非金属介在物が存在する頻度が極めて低いため、評価対象である鋼材が高清浄度鋼である場合には、人工介在物AIの直径を500μm以下とすればよい。ここで、高清浄度鋼としては、酸素含有量が5ppm以下である鋼や、不純物であるP、S、Tiの含有率が所定値以下(P≦0.020質量%、S≦0.008質量%、Ti≦0.004質量%)である鋼が挙げられる。この高清浄度鋼は、軸受用鋼として好適に用いられ、特に高炭素クロム軸受用鋼として好適に用いられる。
【0042】
人工介在物AIは、標準試験片TPの内部における所定位置に埋設されている。
図1に示す例では、人工介在物AIは、検査面S1よりも距離測定面S2に近い位置にある。ここで、検査面S1から人工介在物AIまでの距離D1は、4mm以上、9mm以下とすることが好ましい。
【0043】
標準試験片TPの検査面S1に対して、上述した相関関係情報を得るための超音波探傷を行うとき、超音波の周波数F1(本発明における「第1周波数」に相当する)を10MHz以上とすることができる。周波数F1は、25MHzであることが好ましい。この周波数範囲の超音波を用いる場合、距離D1が4mm未満であるときには、超音波探傷を行った際の検出データにノイズが含まれやすくなり、ノイズの影響によって、取得される相関関係情報の精度が低下しやすくなる。また、距離D1が9mmよりも長いときには、超音波が減衰しやすくなり、反射エコー強度を特定しにくくなる。そこで、周波数F1を10MHz以上とする場合には、距離D1を4mm以上、9mm以下とすることにより、取得される相関関係情報の精度が低下することを抑制できる。なお、超音波探傷を行った際の検出データに含まれるノイズを低減させるフィルタを使用すれば、距離D1の範囲を上述した範囲(4mm以上、9mm以下)よりも広くすることも可能である。
【0044】
なお、標準試験片TPは、硬化などのために鋼に対して行われる所定の熱処理が行われた、その熱処理に対応したミクロ組織が形成されたものであってもよい。例えば、実部品や鋼材には、表面を硬化させるために浸炭焼入れや高周波焼入れ等の熱処理が行われ、それら熱処理に対応するミクロ組織(例えば、浸炭焼入れ組織)を有するものがある。一般的に探傷に用いる超音波は素材のミクロ組織によって減衰特性が異なるので、標準試験片TPと探傷する実部品等のミクロ組織が異なると正確な感度校正ができない。そのため、実部品等と同様の熱処理による同様のミクロ組織を有する標準試験片TPとすることにより、より正確な相関関係情報が得られ、より正確な感度校正や探傷で欠陥と判定する閾値の決定が可能となる。そして、例えば浸炭焼入れ組織を有する実部品を探傷する場合に、同様の浸炭焼入れ組織を有する標準試験片TPで感度校正を行った超音波探傷装置を用いることで、より正確な探傷が可能となる。
【0045】
(標準試験片の製造方法)
本実施形態では、標準試験片TPにおいて、人工介在物AIを所定位置に精度良く埋設するようにしている。人工介在物AIの埋設位置にばらつきが発生してしまうと、取得される相関関係情報の精度が低下することにより、相関関係情報から作成される検量線の精度が低下したり、相関関係情報に基づく超音波探傷装置の感度校正の精度が低下したりしてしまう。人工介在物AIを所定位置に精度良く埋設すれば、取得される相関関係情報の精度が低下することを抑制し、非金属介在物のサイズを推定するための検量線の精度を向上させたり、超音波探傷装置の感度(Sr)を校正する精度を向上させたりすることができる。
【0046】
以下、人工介在物AIが所定位置に精度良く埋設された標準試験片TPを製造する方法について、
図3に示すフローチャートを用いて説明する。
【0047】
ステップS101では、人工介在物AIを埋設する前の加工前試験片PPを作製する。加工前試験片PPは、標準試験片TPを製造する前の試験片である。加工前試験片PPの作製では、評価対象の鋼材と同一の化学成分を有する鋼材を用意し、所定の形状に加工する。加工前試験片PPの作製では、評価対象の鋼材を製造するときと同じ熱処理(例えば、焼ならし及び球状化焼なまし)を行うことができる。
【0048】
図4に示すように、人工介在物AIが埋設された加工前試験片PPは、標準試験片TPの検査面S1を生成するために除去加工が行われる加工面S3と、加工面S3とは反対側に位置する距離測定面S2とを有する。加工面S3及び距離測定面S2の間の距離は、加工前試験片PPの厚さT2に相当する。加工前試験片PPの厚さT2は、標準試験片TPの厚さT1よりも厚い。厚さT2は、例えば、12mmとすることができる。
【0049】
ステップS102では、顕微鏡等を用いることにより、予め用意された人工介在物AIのサイズを測定する。例えば、人工介在物AI(球形)の直径rを測定すれば、人工介在物AIの投影面積(=π×(r/2)2)を求めることができる。
【0050】
ステップS103では、ステップS102の処理でサイズが測定された人工介在物AIを加工前試験片PPに埋設する。具体的には、まず、上述した所定の直径(例えば、30μm以上)を有する人工介在物AIを用意しておく。また、マイクロドリル等を用いて加工前試験片PPにドリル穴を形成した後、このドリル穴の底に人工介在物AIを設置する。ドリル穴の深さは、適宜決めることができる。ドリル穴の底に人工介在物AIを設置した後、ドリル穴を埋めるとともに、HIP(Hot Isostatic Pressing)加工等によって、人工介在物AIを加工前試験片PPの母材BMに密着させる。
【0051】
ステップS103の処理においてHIP加工を行う場合、具体的には、まず、ドリル穴に設置された人工介在物AIの抜け止めを施して、低炭素鋼製の容器に加工前試験片PPを収容し、加工前試験片PPに形成された内径穴部に芯金を入れてから容器を密閉する。そして、容器の内部を真空脱気した後、所定圧力(例えば、147MPa)及び所定温度(例えば、1170℃)で所定時間(例えば、5時間)だけ保持した後に徐冷することにより、人工介在物AI及び母相BMを密着させることができる。これにより、人工介在物AI及び母相BMの界面に隙間の無い状態を意図的に作り出すことができる。
【0052】
ステップS104では、人工介在物AIが埋設された加工前試験片PPを所定形状に加工する。ここでいう所定形状は、後述するステップS105における超音波探傷を行うことができる形状である。ステップS105における超音波探傷を行うことができる形状であれば、いかなる形状であってもよく、例えば、円板形状や立方体形状とすることができる。なお、ステップS103の処理でHIP加工を行った場合において、ステップS104での加工には、加工前試験片PPを収容する容器を取り除くための旋削や、後述するステップS105における超音波探傷を行うための表面研磨が含まれる。
【0053】
なお、ステップS104の処理を行った後、人工介在物AIが埋設された加工前試験片PPに対して熱処理を行うようにしてもよい。この熱処理は、ステップS101の処理で加工前試験片PPを作製するときと同様の熱処理である。この熱処理としては、焼ならし及び球状化焼なましがある。
【0054】
ステップS105では、人工介在物AIが埋設された加工前試験片PPに対して、所定の周波数F2(本発明における「第2周波数」に相当する)を有する超音波を用いた超音波探傷を行うことにより、距離測定面S2から人工介在物AIまでの距離D2を測定する。なお、加工前試験片PPにおける距離D2は、標準試験片TPにおける距離D2(
図1参照)と同じである。
【0055】
距離D2を測定する方法としては、例えば、加工前試験片PP及び探触子を水等に浸漬させた状態において超音波探傷を行う方法(水浸法;JIS Z2344)を用いることができる。水浸法を用いた距離D2の測定方法としては、例えば、以下に説明する2つの方法がある。
【0056】
第1の方法では、
図5に示すように、距離測定面S2から所定の距離D3だけ離れた位置に探触子Pを配置させる。ここで、距離測定面S2に向かって超音波が照射されるように、探触子Pの向きが決められる。
図5に示す状態において超音波探傷を行うと、得られた反射エコー強度の分布(最大反射エコー強度)から人工介在物AIの頂点(中心)座標を確認して、D4を正確に測定することができる。距離D4から距離D3を減算すれば、距離D2を特定することができる。
【0057】
第2の方法では、
図6に示すように、矢印で示す方向(
図6の右方向)に超音波が照射されるように探触子Pの向きを設定する。ここで、加工前試験片PPは、探触子Pの下方に位置していなく、探触子Pの下方の位置に対して
図6の右側にずれて配置されている。
【0058】
探触子Pを
図6に示す位置から下方に移動させながら超音波探傷を行うと、まず、距離測定面S2のエッジが検出され、更に探触子Pを下降させると、人工介在物AIが検出される。ここで、探触子Pを移動させる方向は、距離測定面S2に対して直交する方向である。上述した超音波探傷によって、距離測定面S2のエッジを検出したときの探触子Pの座標Z1(探触子Pの移動方向における位置情報)と、人工介在物AIを検出したときの探触子Pの座標Z2(探触子Pの移動方向における位置情報)が得られる。これらの座標Z1,Z2に基づいて、距離D2を特定することができる。すなわち、座標Z1から座標Z2に移動するまでの探触子Pの移動量(下降量)が距離D2となる。
【0059】
ここで、ステップS105の処理で超音波探傷を行うときの周波数F2は、1種類の周波数であってもよいし、複数種類の周波数であってもよい。複数種類の周波数を用いる場合には、各周波数の超音波を発生させることにより、距離D2をそれぞれ測定することができる。そして、複数種類の周波数における測定結果から距離D2を決めることができる。
【0060】
ステップS105の処理で超音波探傷を行う際には、加工前試験片PPにおいて距離測定面S2を決めることになるが、距離測定面S2を決めるときには、距離測定面S2から人工介在物AIまでの距離(すなわち、測定される距離D2)を考慮することができる。ここで、距離測定面S2から人工介在物AIまでの距離は、ステップS103の処理で形成されたドリル穴の深さに基づいて大まかに把握することができる。
【0061】
距離測定面S2から人工介在物AIまでの距離が短すぎると、超音波探傷を行った際の検出データにノイズが含まれやすくなり、ノイズの影響によって、取得される相関関係情報の精度が低下しやすくなる、又はノイズの影響によって反射エコー強度を特定しにくくなる。また、距離測定面S2から人工介在物AIまでの距離が長すぎると、超音波が減衰しやすくなり、反射エコー強度を特定しにくくなる。これらの点を考慮して、加工前試験片PPにおける距離測定面S2を決めれば、ノイズの影響を除外したり、超音波の減衰を抑制したりすることができる。
【0062】
上述した点を考慮して決めた距離測定面S2に対して超音波探傷を行うことにより、距離D2を精度良く測定することができる。なお、上述したノイズの影響や超音波の減衰は周波数F2に依存するため、周波数F2に応じたノイズの影響や超音波の減衰を考慮して、距離測定面S2を決めることができる。
【0063】
周波数F2は、距離D2を測定できる周波数に設定される。加工前試験片PPの内部における人工介在物AIの位置に応じて距離D2が変化するため、測定可能な距離の範囲内に距離D2が含まれる周波数を周波数F2として設定することができる。加工前試験片PPにおいて、上述したように複数の距離測定面S2を設定したとき、距離測定面S2に応じて距離D2が異なることがある。この場合には、距離測定面S2に応じて、周波数F2を異ならせればよい。なお、周波数F2は、上述した周波数F1と同じであってもよいし、異なっていてもよい。
【0064】
ステップS106では、
図7に示すように、加工前試験片PPの加工面S3に対して除去加工を行うことにより、標準試験片TPの検査面S1を形成する。除去加工には、切削、研削、研磨が含まれる。除去加工では、距離D1が目標距離Dtargとなるように調整する。これにより、標準試験片TPが得られる。
【0065】
除去加工による距離D1の調整では、加工面S3に対して除去加工を行う前に、加工前試験片PPの厚さT2を予め測定しておく。
図7に示すように、厚さT2から、距離D1(目標距離Dtargに相当する)及び距離D2の合計値(D1+D2)を減算した距離ΔD(ΔD=T2-(D1+D2))は、加工面S3に対して除去加工を行う際の加工距離となる。
【0066】
加工面S3に対する除去加工では、例えば、距離ΔDよりも短い距離だけ、加工面S3を切削した後、距離ΔDに到達するまで研磨することにより、検査面S1を形成することができる。上述したように、距離ΔDは、精度良く測定された距離D2から求めることができるため、距離ΔDだけ、加工面S3に対して除去加工を行うことにより、距離D1を目標距離Dtargに精度良く一致させることができる。
【0067】
距離D1を目標距離Dtargに精度良く一致させれば、距離D1のばらつきを除外することができ、標準試験片TPに対する超音波探傷によって得られる相関関係情報の精度を向上させることができる。すなわち、距離D1のばらつきに伴う相関関係情報のばらつきを抑制することができ、相関関係情報の精度を向上させることができる。相関関係情報の精度が向上すれば、相関関係情報から作成される検量線の精度を向上させたり、相関関係情報に基づいて超音波探傷装置の感度校正の精度を向上させたりすることができる。そして、精度が向上した検量線を用いて鋼材中の非金属介在物のサイズを推定すれば、この推定精度を向上させることができる。
【0068】
上述した標準試験片TPの製造方法では、加工面S3及び距離測定面S2を互いに異なる面としているが、これに限るものではなく、加工面S3及び距離測定面S2が同一の面であってもよい。この場合における標準試験片TPの製造方法について、
図8及び
図9を用いて説明する。この製造方法において、
図3に示すステップS101~S104までの処理は同じである。
【0069】
図3に示すステップS105の処理では、
図8に示すように、加工前試験片PPの距離測定面S2(言い換えれば、加工面S3)に対して、周波数F2の超音波を用いた超音波探傷を行うことによって、距離D2を測定する。これにより、上述したように距離D2を精度良く測定することができる。なお、距離測定面S2は、加工面S3と同一の面であり、後述する除去加工によって形成される検査面S1に相当する面である。
【0070】
次に、
図3に示すステップS106の処理では、
図9に示すように、加工前試験片PPの加工面S3(言い換えれば、距離測定面S2)に対して除去加工を行うことにより、検査面S1を形成する。具体的には、距離D2及び目標距離Dtargの差分に相当する距離(加工距離)ΔDだけ、加工面S3に対する除去加工を行う。ここで、目標距離Dtargは、距離D2よりも短い必要がある。
【0071】
これにより、検査面S1を形成したときには、検査面S1から人工介在物AIまでの距離を目標距離Dtargとすることができる。上述したように、距離ΔDは、精度良く測定された距離D2から求めることができるため、距離ΔDだけ、加工面S3に対して除去加工を行うことにより、検査面S1から人工介在物AIまでの距離を目標距離Dtargに精度良く一致させることができる。
【0072】
なお、
図3に示すステップS105の処理では、水浸法(JIS Z2344)を用いることにより、距離D2を測定しているが、これに限るものではなく、直接接触法(JIS Z2344)を用いることにより、距離D2を測定することができる。具体的には、加工前試験片PPの距離測定面S2に探触子を接触させて、所定の周波数F2(本発明における「第2周波数」に相当する)を有する超音波を発生させることにより、距離D2を測定することができる。
【0073】
なお、硬化などの目的で鋼に対して行われる所定の熱処理に対応した組織を有する標準試験片TPを製造する場合には、上記ステップS106の除去加工後に、さらに必要な所定の熱処理を行って、熱処理に応じた所望のミクロ組織を有する標準試験片TPを製造することができる。熱処理は探傷の対象となり得るミクロ組織に対応する熱処理であれば特に限定されないが、例えば鋼の表面を硬化させる浸炭焼入れや高周波焼入れである。また、例えば実部品等において熱処理後に研磨を行う場合は、同様に標準試験片TPも研磨を行えばよい。
【0074】
この熱処理によるスケールロスや、熱処理によって形成された浸炭異常層を研磨する場合など、上記熱処理に起因して試験片の表面にロスが生じ、検査面S1と人工介在物AIとの距離D1がそのロス分だけ減少する場合がある。この場合は距離D1の減少に応じて、ステップS106の除去加工の加工距離を調整(減少)すればよい。具体的には、まず上記ロスによる検査面S1と人工介在物AIとの距離の減少距離を、予め別の試験片を熱処理し計測等で求める。そして、
図7や
図9に示される加工距離ΔDから上記減少距離を差し引いた距離ΔD’(=ΔD-減少距離)を加工距離として、除去加工を行う。これにより、除去加工後の熱処理に起因して最終的にさらに厚みが減少した後の試験片における距離D1が、目標距離Dtargに精度よく一致した標準試験片TPが得られる。
【0075】
(検量線の作成方法)
次に、標準試験片TPを用いて検量線を作成する方法について、
図10に示すフローチャートを用いて説明する。
【0076】
ステップS201では、標準試験片TPの検査面S1に探触子を接触させて、周波数F1の超音波を発生させることにより、超音波探傷を行う。この超音波探傷によって、人工介在物AIのサイズ(投影面積)及び反射エコー強度の対応関係が得られる。
【0077】
ステップS201の処理は、直径が互いに異なる複数の人工介在物AIがそれぞれ埋設された標準試験片TPに対して行う。ここで、直径が異なる複数の人工介在物AIは、1つの標準試験片TPにおいて互いに異なる位置(言い換えれば、互いに異なる目標距離Dtarg)に埋設されていてもよいし、複数の標準試験片TPにそれぞれ埋設されていてもよい。直径が異なる複数の人工介在物AIに対して超音波探傷を行うことにより、直径が異なる複数の人工介在物AIのそれぞれにおいて、人工介在物AIのサイズ(投影面積)及び反射エコー強度の対応関係が得られる。
【0078】
ステップS202では、ステップS201の処理で得られた人工介在物AIのサイズ(投影面積)及び反射エコー強度の対応関係に基づいて、検量線を作成する。具体的には、人工介在物AIのサイズ(投影面積)及び反射エコー強度のそれぞれを座標軸とした座標系において、ステップS201の処理で得られた人工介在物AIのサイズ(投影面積)及び反射エコー強度の対応関係をプロットする。このようにプロットされた点に基づいて回帰式を求めることができ、この回帰式を検量線とすることができる。
【0079】
(超音波探傷装置の感度校正)
超音波探傷装置では、装置毎に反射エコー強度のばらつき(個体差)が存在するため、このばらつきを低減するために超音波探傷装置の感度(Sr)[dB]を校正する必要がある。本実施形態の製造方法によって製造された標準試験片TPは、超音波探傷装置の感度(Sr)の校正において使用することができる。
【0080】
標準試験片TPの検査面S1に対して超音波探傷を行い、反射エコー強度が基準強度(例えば、80%)となるように超音波探傷装置の感度(Sr)を校正することができる。本実施形態の製造方法によって製造された標準試験片TPでは、検査面S1から人工介在物AIまでの距離(
図1に示す距離D1)が目標距離Dtargに精度良く一致しているため、超音波探傷装置の感度(Sr)の校正を精度良く行うことができる。
【符号の説明】
【0081】
TP:標準試験片、PP:加工前試験片、BM:母材、S1:検査面、S2:距離測定面、S3:加工面、AI:人工介在物、D1:距離、D2:距離、T1:厚さ(標準試験片)、T2:厚さ(加工前試験片)