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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024105740
(43)【公開日】2024-08-07
(54)【発明の名称】ゲノム改変微生物株
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/19 20060101AFI20240731BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20240731BHJP
   C12N 1/18 20060101ALI20240731BHJP
   C12N 15/31 20060101ALI20240731BHJP
   C12N 15/10 20060101ALI20240731BHJP
   C12N 15/55 20060101ALI20240731BHJP
   C12G 3/022 20190101ALI20240731BHJP
【FI】
C12N1/19 ZNA
C12N15/09 110
C12N15/09 100
C12N1/18
C12N15/31
C12N15/10 200Z
C12N15/55
C12G3/022 119G
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021082633
(22)【出願日】2021-05-14
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(71)【出願人】
【識別番号】301025634
【氏名又は名称】独立行政法人酒類総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100114188
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100119253
【弁理士】
【氏名又は名称】金山 賢教
(74)【代理人】
【識別番号】100124855
【弁理士】
【氏名又は名称】坪倉 道明
(74)【代理人】
【識別番号】100129713
【弁理士】
【氏名又は名称】重森 一輝
(74)【代理人】
【識別番号】100137213
【弁理士】
【氏名又は名称】安藤 健司
(74)【代理人】
【識別番号】100143823
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 英彦
(74)【代理人】
【識別番号】100183519
【弁理士】
【氏名又は名称】櫻田 芳恵
(74)【代理人】
【識別番号】100196483
【弁理士】
【氏名又は名称】川嵜 洋祐
(74)【代理人】
【識別番号】100160749
【弁理士】
【氏名又は名称】飯野 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100160255
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100202267
【弁理士】
【氏名又は名称】森山 正浩
(74)【代理人】
【識別番号】100182132
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 隆
(74)【代理人】
【識別番号】100146318
【弁理士】
【氏名又は名称】岩瀬 吉和
(74)【代理人】
【識別番号】100127812
【弁理士】
【氏名又は名称】城山 康文
(72)【発明者】
【氏名】大矢 禎一
(72)【発明者】
【氏名】茶谷 朋哉
(72)【発明者】
【氏名】赤尾 健
(72)【発明者】
【氏名】五島 徹也
【テーマコード(参考)】
4B065
4B115
【Fターム(参考)】
4B065AA72X
4B065AA72Y
4B065AB01
4B065AC12
4B065AC14
4B065BA01
4B065BB15
4B065BC13
4B065CA06
4B065CA42
4B115CN43
(57)【要約】      (修正有)
【課題】糖をアルコールに代謝する微生物に対して、直列育種工程により2以上の遺伝子に変異を導入する工程を含む、遺伝子改変微生物を製造する方法を提供する。
【解決手段】単糖をアルコール類へ代謝する微生物を準備する工程と、前記微生物ゲノム上の2以上の遺伝子に対して、直列育種により変異を導入する工程とを含む、遺伝子改変微生物を製造する方法であって、前記2以上の遺伝子が、
a)高泡形成性遺伝子;
b)アルギナーゼ遺伝子;
c)メチオニンサルベージ経路の遺伝子;および
d)脂肪酸合成酵素のαサブユニットをコードする遺伝子、
から選択されてよく、前記遺伝子改変微生物が清酒酵母であってよい、方法である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
単糖をアルコール類へ代謝する微生物を準備する工程と、
前記微生物ゲノム上の2以上の遺伝子に対して、直列育種により変異を導入する工程と
を含む、遺伝子改変微生物を製造する方法。
【請求項2】
前記2以上の遺伝子が、
a)高泡形成性遺伝子;
b)アルギナーゼ遺伝子;
c)メチオニンサルベージ経路の遺伝子;および
d)脂肪酸合成酵素のαサブユニットをコードする遺伝子、
から選択される、請求項1に記載の伝子改変微生物を製造する方法。
【請求項3】
前記遺伝子改変微生物が清酒酵母である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
a)高泡形成性遺伝子;
b)アルギナーゼ遺伝子;
c)メチオニンサルベージ経路の遺伝子;または
d)脂肪酸合成酵素のαサブユニットをコードする遺伝子、
から選択される2以上の遺伝子に変異を有する、
糖をアルコールへ代謝する微生物。
【請求項5】
a)高泡形成性遺伝子がAWA1遺伝子またはその相同体であり、
b)アルギナーゼ遺伝子がCAR1遺伝子又はその相同体であり、
c)メチオニンサルベージ経路の遺伝子がMDE1遺伝子若しくはMRI1遺伝子又はこれらの相同体であり、
d)脂肪酸合成酵素のαサブユニットをコードする遺伝子がFAS2遺伝子又はその相同体である、
請求項4に記載の微生物。
【請求項6】
前記微生物が多倍体真核生物であり、前記変異がホモ接合性変異である、請求項4~5のいずれか一項に記載の微生物。
【請求項7】
前記微生物が清酒酵母である請求項4~6のいずれか一項に記載の微生物。
【請求項8】
前記微生物が清酒酵母協会6号、協会7号、協会9号、協会10号のいずれかである請求項7に記載の微生物。
【請求項9】
前記糖が、グルコースである請求項4~8のいずれか一項に記載の微生物。
【請求項10】
前記アルコールがエチルアルコールである、請求項4~9のいずれか一項に記載の微生物。
【請求項11】
製造された遺伝子変異微生物は、対応する変異導入前の微生物に対して、上記a)~d)から選択された遺伝子以外の2以下の遺伝子に変異を有する、請求項4~10のいずれか一項に記載の微生物。
【請求項12】
製造された遺伝子変異微生物は、対応する変異導入前の微生物と比して、50%以上のアルコール生産能力を有する、請求項4~11のいずれか一項に記載の微生物。
【請求項13】
請求項4~12に記載の微生物により醸造されたアルコール含有飲料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、直列育種工程により2以上の遺伝子に変異を導入した、糖をアルコールに代謝する遺伝子改変微生物株およびその使用、並びに糖をアルコールに代謝する微生物に対して、直列育種工程により2以上の遺伝子に変異を導入する工程を含む、遺伝子改変微生物を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
グルコースなどの糖をエチルアルコールなどのアルコールに代謝する微生物は醸造による酒類の製造等に広範に利用されてきた。これらの微生物は遺伝的背景の相違によって、製造中間物質及び最終製品の性質に様々な相違をもたらすことが知られている。これら製造中間物質の性質は製造工程の効率等に影響を与え、また、最終製品の性質は、例えば、製造される酒類の味、香り等に影響を与える。清酒を製造するのに使用される清酒酵母株では、もろみ中で分厚い泡の層(高泡)を形成しない酵母株が知られており、高い醸造効率をもたらす当該酵母株として利用されている。このような微生物の遺伝的背景と表現型の関係が研究された結果、醸造特性に重要ないくつかの遺伝子が明らかになってきた。これらの情報に基づいて遺伝子工学により、優れた特性を持つパン酵母株の構築が可能になってきた。例えば、代表的な清酒酵母きょうかい酵母(登録商標)7号(K7)に自然突然変異が導入された酵母株を交配、スクリーニングすることにより、高泡形成遺伝子AWA1が一部欠損した泡なし酵母K701などが作製されている(非特許文献1)。同様に、AWA1遺伝子が欠損した清酒酵母として、きょうかい酵母(登録商標)6号(K6)にAWA1欠損を導入した酵母K601、きょうかい酵母(登録商標)10号(K10)にAWA1欠損を導入した酵母K1001などが育種されている(並列育種)。
【0003】
しかしながら、このような交配とスクリーニングによる新規微生物育種株の取得は、意図された遺伝子変異以外の変異(オフターゲット変異)の蓄積を伴い得る。例えば、上記酵母K701については、ゲノム配列比較の結果、意図されたAWA1の一部欠損の他に、意図されない変異(オフターゲット変異)が蓄積していることが明らかになった(非特許文献2)。具体的には、K701はK7に対して、5個の遺伝子において73個のヘテロ接合性またはホモ接合性の非同義変異を有していた。育種株におけるオフターゲット変異の存在は親株の優良な醸造特性の損失につながることが懸念され、意図された変異以外の変異は最小限に抑制されることが好ましい。
【0004】
発明者らはオフターゲット変異を持たない理想的な清酒酵母育種の作製を目的として、CRISPR-Cas9システムを用いた清酒酵母の遺伝子破壊株の作製を行ってきた。その結果、世界にさきがけてK7から泡なし表現型を持つawa1Δ/awa1Δ株、K7GE01を単離した(非特許文献2、3)。
【0005】
一方、香りや有害物質の産生に関係する様々な遺伝子およびその変異が同定されており、これら複数の遺伝子に変異を有する微生物育種を製造することができれば、優れた特質を兼ね備えた新規微生物育種が取得されることが期待される。
【0006】
例えば、清酒醸造酵母が生成するジメチルトリスルフィド(DMTS)は、清酒を貯蔵した際に生じる好ましくない劣化臭「老香(ひねか)」の原因物質であることが知られている(非特許文献4)。清酒醸造酵母においてはDMTSの生成に酵母代謝系におけるメチオニンサルベージ経路が関与することが示唆されており、当該経路に関係するMDE1遺伝子またはMRI1遺伝子を欠失させることにより、DMTSの前駆体であるDMTS-P1の生成が著明に減少することが知られている(非特許文献5)。
【0007】
また、例えば清酒において好まれる果実香様吟醸香の主体は、清酒醸造酵母が生成するカプロン酸エチルと酢酸イソアミルであることが知られている(非特許文献4)。清酒醸造酵母においては、脂肪酸合成酵素のαサブユニットをコードするFAS2遺伝子おいて1250番目のグリシンをセリンに置換した変異(Gly1250Ser変異)を有する変異株は、カプロン酸エチルの産生が増強され、強い吟醸香を有することが知られている(非特許文献6)。
【0008】
また、例えば清酒醸造酵母が生成する尿素からは、清酒の保存時に発癌性物質であるカルバミン酸エチルが生じるため、清酒醸造酵母による尿素生成を抑制することが好ましい。清酒酵母ではアルギナーゼ遺伝子(CAR1)を欠失させることで、尿素生成が抑制されることが知られている(非特許文献7)。
【0009】
しかしながら、遺伝子工学的手法を利用したとしても、これら複数の遺伝子のそれぞれに変異を有する微生物株を作成し、これらを交配とスクリーニング通じて複数の変異を同時に有する新規微生物育種株の取得する方法(直列育種)は、異なる親株に単一の変異を導入する並行育種に比して多大な時間を要することとなる。また、清酒酵母のように多倍体の微生物の場合には、劣性突然変異を導入する場合にホモ接合対立遺伝子を準備する必要がある。さらに、清酒酵母のように遺伝子組み換えの生じた微生物株を選択するためのマーカーが存在しない微生物では、直列育種によって、複数の遺伝子に意図された変異を同時に有する微生物株を製造することは極めて困難であった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】K.Ouchi,and H.Akiyama,Agric.Biol.Chem.,1971,Vol.35,pp.1024-1032
【非特許文献2】Ohnuki S et Al.,Biosci Biotechnol Biochem,2019,Vol.83,no.8,pp.1-11
【非特許文献3】山田駿一 修士論文2018
【非特許文献4】科学と教育、2015、Vol.63,No.10,pp.506-507
【非特許文献5】Makimoto J et al.,Journal of Bioscience and Bioengineering,2020,Vol.130,No.6,pp.610-615
【非特許文献6】Ichikawa,E.et al.,Agric. Biol. Chem.,1991,Vol.55,no.8,pp.2153-2154
【非特許文献7】Kitamoto K,et al.,Appl Environ Microbiol,1991,Vol.57,no.1,pp.301-306
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本開示は、直列育種工程により2以上の遺伝子に同時に変異を導入した、糖をアルコールに代謝する遺伝子改変微生物株およびその使用、並びに糖をアルコールに代謝する微生物に対して、直列育種工程により2以上の遺伝子に変異を導入する工程を含む、遺伝子改変微生物を製造する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
発明者らが鋭意研究を進めた結果、驚くべきことに、ゲノム編集技術を適用した直列育種工程により、微生物に対して極めて高効率で2以上の遺伝子に変異を導入することができ、かつ、オフターゲット変異を極めて低頻度に抑制し得ることが見いだされた。特に、2倍体ゲノムを有し、選択するためのマーカーを有しない清酒酵母において上記結果が得られたことから、多倍体真核生物において直列育種工程が極めて有利な特性を有することが見いだされた。
【0013】
本開示は一態様において、
単糖をアルコール類へ代謝する微生物を準備する工程と、
前記微生物ゲノム上の2以上の遺伝子に対して、直列育種により変異を導入する工程と
を含む、遺伝子改変微生物を製造する方法、および当該方法で製造された遺伝子改変微生物を提供する。
【0014】
本開示は一態様において、
a)高泡形成性遺伝子;
b)アルギナーゼ遺伝子;
c)メチオニンサルベージ経路の遺伝子;または
d)脂肪酸合成酵素のαサブユニットをコードする遺伝子、
から選択される2以上の遺伝子に欠損変異を有する、
糖をアルコールへ代謝する微生物を提供する。
【0015】
本開示は一態様において、
a)高泡形成性遺伝子;
b)アルギナーゼ遺伝子;
c)メチオニンサルベージ経路の遺伝子;または
d)脂肪酸合成酵素のαサブユニットをコードする遺伝子、
から選択される2以上の遺伝子に変異を有する、
糖をアルコールへ代謝する微生物により醸造されたアルコール含有飲料を提供する。
【0016】
より具体的には、本開示は以下を提供する。
[項目1]
単糖をアルコール類へ代謝する微生物を準備する工程と、
前記微生物ゲノム上の2以上の遺伝子に対して、直列育種により変異を導入する工程と
を含む、遺伝子改変微生物を製造する方法。
[項目2]
前記2以上の遺伝子が、
a)高泡形成性遺伝子;
b)アルギナーゼ遺伝子;
c)メチオニンサルベージ経路の遺伝子;および
d)脂肪酸合成酵素のαサブユニットをコードする遺伝子、
から選択される、項目1に記載の伝子改変微生物を製造する方法。
[項目3]
前記遺伝子改変微生物が清酒酵母である、項目1または2に記載の方法。
[項目4]
a)高泡形成性遺伝子;
b)アルギナーゼ遺伝子;
c)メチオニンサルベージ経路の遺伝子;または
d)脂肪酸合成酵素のαサブユニットをコードする遺伝子、
から選択される2以上の遺伝子に変異を有する、
糖をアルコールへ代謝する微生物。
[項目5]
a)高泡形成性遺伝子がAWA1遺伝子またはその相同体であり、
b)アルギナーゼ遺伝子がCAR1遺伝子又はその相同体であり、
c)メチオニンサルベージ経路の遺伝子がMDE1遺伝子若しくはMRI1遺伝子又はこれらの相同体であり、
d)脂肪酸合成酵素のαサブユニットをコードする遺伝子がFAS2遺伝子又はその相同体である、
項目4に記載の微生物。
[項目6]
前記微生物が多倍体真核生物であり、前記変異がホモ接合性変異である、項目4~5のいずれか一項に記載の微生物。
[項目7]
前記微生物が清酒酵母である項目4~6のいずれか一項に記載の微生物。
[項目8]
前記微生物が清酒酵母協会6号、協会7号、協会9号、協会10号のいずれかである項目7に記載の微生物。
[項目9]
前記糖が、グルコースである項目3~8のいずれか一項に記載の微生物。
[項目10]
前記アルコールがエチルアルコールである、項目3~9のいずれか一項に記載の微生物。
[項目11]
製造された遺伝子変異微生物は、対応する変異導入前の微生物に対して、上記a)~d)から選択された遺伝子以外の2以下の遺伝子に変異を有する、項目4~10のいずれか一項に記載の微生物。
[項目12]
製造された遺伝子変異微生物は、対応する変異導入前の微生物と比して、50%以上のアルコール生産能力を有する、項目4~11のいずれか一項に記載の微生物。
[項目13]
項目4~12に記載の微生物により醸造されたアルコール含有飲料。
【発明の効果】
【0017】
本開示は、直列育種工程により2以上の遺伝子に変異を導入した、糖をアルコールに代謝する遺伝子改変微生物株およびその使用、並びに糖をアルコールに代謝する微生物に対して、直列育種工程により2以上の遺伝子に変異を導入する工程を含む、遺伝子改変微生物を製造する方法を提供する、という効果を有する。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1図1は8重変異を有する清酒酵母株の連続育種を示す模式図である。二本鎖切断は、CRISPR-Cas9によって標的遺伝子に導入された。遺伝子欠失または点変異を導入するために、ドナーDNA(150 bp)を使用して相同組換え修復を行った。AWA1の欠失を有するK7GE01(A)から始まり、CAR1の欠失を有するK7GE21(B)、MDE1の欠失を有するK7GE31(C)、FAS2(G1250S)の点変異を有するK7GE41(D)を連続的に生成した。最終的な清酒酵母株K7GE41は、優れた醸造特性を与えるホモ接合性の8重変異を有していた。
図2図2は清酒酵母株のゲノム編集効率を示す。(A)AWA1、CAR1、MDE1およびFAS2遺伝子座でのゲノム編集効率。エラーバーは標準誤差を示す(n=3)。(B)コロニーPCRで増幅されたDNAフラグメント(各10サンプル)を例として示す。正しい欠失(AWA1、CAR1およびMDE1)または変異FAS2(G1250S)を有する酵母形質転換体の番号を、下線を付して示す。
図3図3はゲノム編集酵母株で製造した日本酒における尿素(A)、DMTSの前駆体であるDMTS-P1(B)、カプロン酸エチル(C)の測定量を示す。エラーバーは標準誤差を示す(n=3)。アスタリスクは、Tukeyの多重比較検定の結果を示す(*;p<0.05、**;p<0.01)。
図4図4はゲノム編集酵母株の二酸化炭素(CO)排出量を示す。重量測定による1日あたりのCO排出量(A)および累積CO排出量(B)。エラーバーは標準誤差を示す(n=3)。
図5図5は19成分で主成分分析(PCA)を実行した後のPC1/PC2直交空間におけるゲノム編集酵母株の分布(A)および、意図的に改変した3つの成分を除く16成分でPCAを実行した後のPC1/PC2直交空間での日本酒成分の分布(B)を示す。ピルビン酸、日本酒度(SMV)、酢酸エチル、酢酸イソアミル、およびアミノ酸を矢印で示す。
図6図6はゲノム編集酵母株で製造した日本酒におけるピルビン酸(A)、SMV(B)、酢酸エチル(C)、酢酸イソアミル(D)、アミノ酸(E)の測定結果を示す。エラーバーは標準誤差を示す(n=3)。アスタリスクは、Tukeyの多重比較検定の結果を示す(*;p<0.05、**;p<0.01)。
図7図7はゲノム編集酵母株で製造した日本酒におけるエタノール(A)、酸性度(B)、リンゴ酸(C)の量を示す。エラーバーはSE(n=3)を示す。
図8図8は19成分(A)および16成分(B)によるPCA後の主成分の累積寄与を示す。
図9図9はゲノム編集酵母株で製造した日本酒におけるイソブチルアルコール(A)、リン酸(B)、クエン酸(C)、酢酸(D)の量を示す。エラーバーはSE(n=3)を示す。アスタリスクは、Tukeyの多重比較検定の結果を示す(*;p<0.05、**;p<0.01)。
図10図10はゲノム編集酵母株で製造した日本酒におけるイソアミルアルコール(A)、1-プロパノール(B)、コハク酸(C)、乳酸(D)の量を示す。エラーバーはSE(n=3)を示す。アスタリスクは、Tukeyの多重比較検定の結果を示す(*;p<0.05、**;p<0.01)。
図11図11は連続繁殖中の形態変化を示す。(A)直交形態空間における酒酵母分離株の分布を示す。主成分分析を、4つのゲノム編集株K7GE01、K7GE21、K7GE31、およびK7GE41(それぞれn=4)および標準K7株(n=7)の501の形態学的形質に適用した。菌株名と領域を図1と同様に示す。最初の2つの主成分(x軸のPC1とy軸のPC2)は、括弧内に示されているように43.82%の分散を捕捉した。各株の中心をPCスコアの平均によって計算して示す。矢印は繁殖の方向を示している。(B)親株からのユークリッド距離。全体的な形態異常を、501形質の分散の90%を捕捉する、11の主成分の直交形態空間における親株の中心からの各反復結果のユークリッド距離によって計算した。ゲノム編集株K7GE01、K7GE21、K7GE31およびK7GE41とこれらの親株を、それぞれ濃い色、薄い色で示す。エラーバーは標準偏差を示す。アスタリスクは、ガンマ分布を使用した一元配置分散分析の尤度比検定によるボンフェローニ補正後のP<0.05での有意差を示す。
図12図12はK7GE41の繁殖段階での形態学的変化の概略図。各ステップでの形態学的変化は、尤度比検定によって検出された(FDR=0.01)。その結果、K7GE41のステップで34個のパラメーターが検出された。これらの形態学的変化は、BY4743の114の反復結果を使用した連続PCAによって要約され、図示されている。
【発明を実施するための形態】
【0019】
(定義)
本開示において、遺伝子の欠損とは、遺伝子を構成する塩基配列の変異に起因して、野生型に比して当該遺伝子の機能が一部または全部失われていることを意味する。このような遺伝子の機能の一部または全部が失われる塩基配列の変異は特に限定されないが、例えば、遺伝子のコードするアミノ酸配列を変異させる塩変異、利用コドンを変更する変異、ストップコドンを挿入する変異、mRNAスプライシングを変更する変異、遺伝子の転写量を変更する変異、遺伝子配列全体を欠失させる変異などを含む。
【0020】
本開示において、遺伝子の相同体とは、異なる生物由来の同一機能をもつタンパク質をコードする遺伝子を意味する。ある遺伝子が別の遺伝子の相同体であることは、これら遺伝子に関する生物学的知見に基づいて理解することができる。典型的には、互いに相同体の関係にある遺伝子がコードする同一機能をもつタンパク質は、典型的にはアミノ酸配列上の類似を有しており、例えば、これらのタンパク質のアミノ酸配列の70%、75%、80%、85%、90%または95%以上は同一である。また、ある遺伝子の相同体は、該遺伝子と70%、75%、80%、85%、90%または95%以上の塩基配列において同一であってもよい。
【0021】
本開示において、並列育種とは、異なる遺伝的背景を有する株から単一の同じ遺伝子変異を有する株を、並行して取得する方法を意味する。本開示において、直列育種とは、親株から、複数の異なる遺伝子変異を同時に有する株を取得する方法を意味する。本開示の直列育種は一例において、ゲノム編集技術など、遺伝子工学的手法による遺伝子変異導入を含む。一度の変異導入工程により、1つまたは複数の変異を導入することができる。
【0022】
本開示において、ある微生物株Aが他の微生物株Bの親株であるとは、微生物株Bが微生物株Aと他の微生物株との交配から得られた株である、あるいは、微生物株Bが微生物株Aに遺伝子変異が生じた結果あるいは、遺伝子工学的に改変することで得られた株であることを意味する。微生物株Bは、微生物株Aと他の微生物株との交配から直接得られた株であってもよく、当該交配から得られた株と、他の微生物株との交配を1以上経た結果得られた株であってもよい。微生物株Bは、微生物株Aの遺伝子変異あるいは遺伝子工学的な改変により直接得られた株であってもよく、当該遺伝子変異または改変により直接得られた株に対してさらに遺伝子変異が生じ、または遺伝子工学的改変を加えて得られた株であってもよい。また、微生物株Bは、微生物株Aに対して1以上の交配および1以上の遺伝子変異および/または遺伝子工学的改変を経た結果得られた株であってもよい。
【0023】
1.本開示の微生物
本開示の微生物は、
a)高泡形成性遺伝子;
b)アルギナーゼ遺伝子;
c)メチオニンサルベージ経路の遺伝子;または
d)脂肪酸合成酵素のαサブユニットをコードする遺伝子、
から選択される2以上の遺伝子に変異を有する、
糖をアルコールへ代謝する微生物である。
本開示の微生物は、細胞外の糖を取り込んでアルコールに代謝し、該産生されたアルコールを細胞外に放出する特性を有している。当該微生物は、例えば酒類の醸造、例えば、日本酒、焼酎、ウイスキー、ワイン、ビールなどの醸造において有利な特性を有していることが好ましい。
【0024】
本開示の微生物は、a)高泡形成性遺伝子、b)アルギナーゼ遺伝子、c)メチオニンサルベージ経路の遺伝子、またはd)脂肪酸合成酵素のαサブユニットをコードする遺伝子を有する微生物であれば特に限定されない。好ましくは、本開示の微生物は真核生物である。本開示の微生物は、例えば、真菌類、例えば酵母、例えば、サッカロマイセス(Saccharomyces)属、カンジダ(Candida)属、トルロプシス(Torulopsis)属、ジゴサッカロマイセス(Zygosaccharomyces)属、シゾサッカロマイセス(Schizosaccharomyces)属、ピチア(Pichia)属、ヤロウィア(Yarrowia)属、ハンセヌラ(Hansenula)属、クルイウェロマイセス(Kluyveromyces)属、デバリオマイセス(Debaryomyces)属、ゲオトリクム(Geotrichum)属、ウィッケルハミア(Wickerhamia)属、フェロマイセス(Fellomyces)属等の酵母である。本開示の微生物は、好ましくは酒類の醸造に用いられる酵母であり、例えば、清酒酵母、ビール酵母、ワイン酵母、ウイスキー酵母等、各種酒類を製造するのに使用される酵母であることが好ましい。
【0025】
一態様において、本開示の上記微生物において、
a)高泡形成性遺伝子はAWA1遺伝子またはその相同体であり、
b)アルギナーゼ遺伝子はCAR1遺伝子又はその相同体であり、
c)メチオニンサルベージ経路の遺伝子はMDE1遺伝子若しくはMRI1遺伝子又はこれらの相同体であり、
d)脂肪酸合成酵素のαサブユニットをコードする遺伝子はFAS2遺伝子又はその相同体である。
【0026】
本開示の微生物の変異は、典型的にはゲノム編集技術を用いて導入することができる。当該ゲノム編集技術として公知の技術、例えばCRISPR-CAS9システム、TALENシステムなどを利用できるが、これらに限定されない。2以上の変異は異なる技術によって導入されたものでもよく、例えば、並列育種によって1の変異が導入されている微生物に対して、ゲノム編集技術を利用して、更なる1以上の変異を直列育種により導入してもよい。
【0027】
本開示の微生物の有する変異は、直接的あるいは間接的に遺伝子の機能を欠損または付加させるあらゆる変異を包含する。一態様において、本開示の微生物の有する変異は遺伝子の機能を付加させる変異である。当該遺伝子の機能を付加させる変異は、当業者に公知のあらゆる変異を含み、例えば、塩基の置換を行う点変異、外来塩基配列の追加であってもよい。一態様において、本開示の微生物の有する変異は遺伝子を欠損させる変異(欠損変異)である。欠損変異は、当該遺伝子の機能を一部または全部喪失させるあらゆる変異を含む。例えば、欠損変異は遺伝子を構成する塩基配列の全部をゲノム上から削除する欠失変異であってもよく、遺伝子を構成する塩基配列の一部領域の削除、外来塩基配列の追加、塩基の置換を行う点変異であってもよい。
【0028】
一態様において、本開示の上記2以上の変異を有する微生物は、
a)高泡形成性遺伝子の変異が遺伝子欠失であり、
b)アルギナーゼ遺伝子の変異が遺伝子欠失であり、
c)メチオニンサルベージ経路の遺伝子の変異が遺伝子欠失であり、
d)脂肪酸合成酵素のαサブユニットをコードする遺伝子の変異が点変異である
糖をアルコールへ代謝する微生物である。
脂肪酸合成酵素のαサブユニットをコードする遺伝子の点変異は、結果的にカプロン酸エチルの産生を促進させる変異であり、好ましくは酒醸造酵母のFAS2遺伝子における1250番目のグリシン残基がセリンに置換されたG1250S変異に対応する変異である。
【0029】
一態様において、本開示の微生物は多倍体真核生物である。このような多倍体真核生物では、並列育種による遺伝子改変株の作成に多大な労力および時間を要し、また、これに伴い意図しないオフターゲット変異も蓄積しやすいことから、本開示の微生物は典型的にはゲノム編集技術を利用した直列育種を適用して製造される。このように、ゲノム編集技術を利用した直列育種によって得られた多倍体真核生物は、優れた安全性および希少価値を有する。
【0030】
一態様において、本開示の微生物は清酒酵母である。清酒酵母ではAWA1遺伝子を欠失することで、もろみ中での分厚い泡の層(高泡)の形成が抑制されるため、高い醸造効率を得られることが知られている。また、清酒酵母ではCAR1遺伝子を欠失することで尿素生成が抑制されることが知られており、これにより清酒の保存時に尿素から生成される発癌性物質カルバミン酸エチルの生成を阻害し、清酒の健康安全性を向上することが知られている。また、清酒酵母ではMDE1遺伝子またはMRI1遺伝子を欠失させることにより、1,2-ジヒドロキシ-5-(メチルスルフィニル)ペンタン-3-オン(DMTS-P1)の生成が著明に減少することが知られており、DMTSを原因物質として生じる劣化臭「老香(ひねか)」を抑制し得ることが知られている。また、清酒酵母ではFAS2遺伝子において1250番目のグリシンをセリンに置換した変異(Gly1250Ser変異)を導入することにより、カプロン酸エチルの産生が増強され、強い吟醸香を有することが知られている。本開示の微生物が清酒酵母である場合、上記複数の特性を兼ね備えた、日本酒醸造のために極めて有利な特性を有する清酒酵母となる。
【0031】
一態様において、本開示の微生物は公益財団法人日本醸造協会の頒布する協会6号、協会7号、協会9号、または協会10号のいずれかを親株とするものである。これらの清酒酵母は、日本酒醸造用酵母として優れた特性を有することが知られ、日本酒醸造に広く用いられている。本開示の微生物の親株が協会6号、協会7号、協会9号、または協会10号のいずれかである場合、本開示の微生物はこれら親株の有する優れた特性を兼ね備えるため、酒醸造のために極めて有利な特性を有する清酒酵母となる。
【0032】
一態様において、本開示の微生物は糖としてグルコースをアルコールへ代謝する。このような微生物として、例えば清酒酵母、焼酎酵母、ワイン酵母、ビール酵母、ウイスキー酵母などが広く用いられている。デンプンなど他の糖をグルコースに代謝する他の微生物、例えばコウジカビ等を併用してもよい。
【0033】
一態様において、本開示の微生物は糖をエチルアルコールに代謝する。このような微生物は、酒類の醸造用酵母として利用することができ、例えば清酒酵母、焼酎酵母、ワイン酵母、ビール酵母、ウイスキー酵母などが広く用いられている。
【0034】
一態様において、本開示の微生物は、意図しない遺伝子変異が極めて低頻度に抑制されている。遺伝子変異導入の際には、意図しない遺伝子変異が追加で生じる(オフターゲット変異)が生じることが知られている。このようなオフターゲット変異は、予期しない生物学的変化をもたらす可能性があり、例えば毒性物質の産生、有用物質の産生低下など望ましくない特性を変異微生物にもたらし得る。したがって、意図しない遺伝子変異はより少ないことが望ましい。本開示の微生物が、対応する変異導入前の微生物に対して、例えば、8、7、6、5、4、3、2または1以下の意図しない遺伝子に変異を有する場合、当該微生物は高い安全性を有することが期待される。
【0035】
一態様において、本開示の微生物は、対応する変異導入前の微生物と異なるアルコール生産能力を有してもよい。例えば、本開示の微生物は、対応する変異導入前の微生物に比して、30%、40%、50%、60%、70%、80%、90%、100%、110%、120%、130%、150%、200%、300%以上のアルコール生産能力を有する。微生物への遺伝子変異の導入は、微生物の生理学的特性に様々な影響を与える可能性があり、特に複数の遺伝子変異を導入する場合には、生理学的特性に予期しない変化が生じる可能性が高くなる。本開示の微生物が、対応する変異導入前の微生物と比して、あまり異ならないアルコール生産能力を有する場合、当該微生物は酒類の醸造に有利な特性を有する微生物となる。
【0036】
一態様において、本開示の微生物は、下記実施例にて協会7号を親株として作成された清酒酵母株K7GE01、K7GE21、K7GE31およびK7GE41である。これら変異株は下記実施例にて詳述する特性を有しており、生物学的機能に影響を与えるオフターゲット変異を有していない。本明細書の開示に従い、同様の優れた特性を有する遺伝子変異微生物を得ることができる。
【0037】
2.直列育種により変異を導入する工程を含む、遺伝子改変微生物を製造する方法
一態様において、本開示は
単糖をアルコール類へ代謝する微生物を準備する工程と、
前記微生物ゲノム上の2以上の遺伝子に対して、直列育種により変異を導入する工程と
を含む、遺伝子改変微生物を製造する方法を提供する。典型的には、当該直列育種はゲノム編集技術、例えばCRISPR-Cas9システム、TALENシステムなどを用いて行うことができる。直列育種により変異を導入することで、意図しない遺伝子変異(オフターゲット変異)の発生を抑制し、安全性の高い遺伝子改変微生物を得ることが可能となる。
【0038】
一態様において、本開示の上記方法に用いる微生物は多倍体真核生物である。多倍体真核生物では、劣性突然変異を導入する場合にホモ接合対立遺伝子を準備する必要があるため、遺伝子工学による変異導入を併用したとしても、各遺伝子変異を導入した変異株を並列育種することにより複数遺伝子に変異を有する多重変異株を得ることは多大な労力を要する。遺伝子組み換えの生じた微生物株を選択するためのマーカーが存在しない微生物では、並列育種による多重変異株の取得はさらに困難である。一方、本開示の直列育種によって2つ以上の遺伝子に対して変異を導入する方法では、極めて高確率でホモ接合性変異を導入し得るため、多倍体真核生物に適用する態様において特に有利である。
【0039】
好ましくは、本開示の上記方法に用いる微生物は清酒酵母である。清酒酵母ではAWA1遺伝子を欠失することで、もろみ中での分厚い泡の層(高泡)の形成が抑制されるため、高い醸造効率を得られることが知られている。また、清酒酵母ではCAR1遺伝子を欠失することで尿素生成が抑制されることが知られており、これにより清酒の保存時に尿素から生成される発癌性物質カルバミン酸エチルの生成を阻害し、清酒の健康安全性を向上することが知られている。また、清酒酵母ではMDE1遺伝子またはMRI1遺伝子を欠失させることにより、ジメチルトリスルフィド(DMTS)の生成が著明に減少することが知られており、DMTSを原因物質として生じる劣化臭「老香(ひねか)」を抑制し得ることが知られている。また、清酒酵母ではFAS2遺伝子おいて1250番目のグリシンをセリンに置換した変異(Gly1250Ser変異)を導入することにより、カプロン酸エチルの産生が増強され、強い吟醸香を有することが知られている。本開示の上記方法に用いる微生物が清酒酵母である場合、上記複数の特性を兼ね備えた、酒醸造のために極めて有利な特性を有する遺伝子改変微生物を得ることができる。また、本開示の上記方法に用いる微生物が清酒酵母である場合、特に高確率でホモ接合性変異を導入しつつ、オフターゲット変異を抑制することで、酒醸造のために極めて有利な特性を有する遺伝子改変微生物を得ることができる。
【0040】
一態様において、本開示の上記方法に用いる微生物は日本醸造協会の頒布する協会6号、協会7号、協会9号、または協会10号のいずれかである。これらの清酒酵母は、清酒酵母として優れた特性を有することが知られ、日本酒醸造に広く用いられている。本開示の上記方法に用いる微生物が協会6号、協会7号、協会9号、または協会10号のいずれかである場合、本開示の方法によって、これら清酒酵母の有する優れた特性を兼ね備えた、酒醸造のために極めて有利な特性を有する遺伝子改変微生物を得ることができる。
【0041】
一態様において、本開示は
単糖をアルコール類へ代謝する微生物を準備する工程と、
前記微生物ゲノム上の
a)高泡形成性遺伝子;
b)アルギナーゼ遺伝子;
c)メチオニンサルベージ経路の遺伝子;および
d)脂肪酸合成酵素のαサブユニットをコードする遺伝子、
から選択される2以上の遺伝子に対して、直列育種により変異を導入する工程と
を含む、遺伝子改変多倍体真核生物を製造する方法を提供する。典型的には、当該直列育種はゲノム編集技術、例えばCRISPR-Cas9システム、TALENシステムなどを用いて行うことができる。直列育種により変異を導入することで、意図しない遺伝子変異(オフターゲット変異)の発生を抑制し、安全性の高い多倍体真核生物を得ることが可能となる。本開示の方法は、並列育種によって変異を導入する工程を併用してもよく、例えば、a)~d)の遺伝子の1以上に対して並列育種によって変異を導入した後に、他の2以上の遺伝子に対して、直列育種により変異を導入してもよい。また、a)~d)の遺伝子から選択される2以上の遺伝子に変異を導入する順序は限定されない。
【0042】
一態様において、本開示の上記方法において、
a)高泡形成性遺伝子はAWA1遺伝子またはその相同体であり、
b)アルギナーゼ遺伝子はCAR1遺伝子又はその相同体であり、
c)メチオニンサルベージ経路の遺伝子はMDE1遺伝子若しくはMRI1遺伝子又はこれらの相同体であり、
d)脂肪酸合成酵素のαサブユニットをコードする遺伝子はFAS2遺伝子又はその相同体である。
【0043】
一態様において、本開示の上記方法において
a)高泡形成性遺伝子の欠損は遺伝子欠失であり、
b)アルギナーゼ遺伝子の欠損は遺伝子欠失であり、
c)メチオニンサルベージ経路の遺伝子の欠損は遺伝子欠失であり、
d)脂肪酸合成酵素のαサブユニットをコードする遺伝子の欠損は点変異である。
脂肪酸合成酵素のαサブユニットをコードする遺伝子の点変異は、結果的にカプロン酸エチルの産生を促進させる変異であり、好ましくは酒醸造酵母のFAS2遺伝子における1250番目のグリシン残基がセリンに置換されたG1250S変異に対応する変異である。
【0044】
一態様において、本開示は上記方法により製造された遺伝子変異微生物を提供する。当該遺伝子変異微生物は、個々の変異に起因する好ましい特性を合わせ有する利用価値の高い微生物となる。
【0045】
3.遺伝子改変微生物により製造されたアルコール飲料
一態様において、本開示は遺伝子改変微生物により製造されたアルコール飲料を提供する。本開示のアルコール飲料は、a)高泡形成性遺伝子が欠損していることによる製造効率の高さ、b)アルギナーゼ遺伝子が欠損していることによる安全性の高さ、c)メチオニンサルベージ経路の遺伝子が欠損していることによるヒネカ発生抑制効果、およびd)脂肪酸合成酵素のαサブユニットをコードする遺伝子が欠損していることによる高い吟醸香、から選択される2以上の特性を合わせ有している。このようなアルコール飲料は、日本酒、焼酎、ワイン、リキュールなどとして提供することができる。
【0046】
以下の実施例は、本発明がより完全に理解されるように提供される。これらの実施例は単なる例示であり、決して本発明を限定するものとして解釈されるべきではない。
【実施例0047】
(実験方法)
1.細胞株と培地
清酒酵母株として、発泡性分離株K7とゲノム編集された非泡形成分離株K7GE01を使用した(Ohnuki,S.;Kashima,M.;Yamada,T.;et al. Bioscience,Biotechnology,and Biochemistry.,2019,Vol.83,pp.1583-1593,)。本実施例においてゲノム編集株K7GE21、K7GE31、およびK7GE41を作成した。各酵母菌株は、1%(w/v)バクト酵母エキス(BD Biosciences、Palo Alto,CA,USA)、2%(w/v)バクトペプトン(BD Biosciences)および2%グルコースを含む酵母エキスペプトンデキストロース培地において、30℃で培養した。酵母菌株の形質転換、酵母DNAの抽出、発酵試験における前培養においても同様の培地を使用した。2%寒天培地(Shouei、東京、日本)を含む酵母エキスペプトンデキストロース寒天プレートにオートクレーブ後のGeneticin(Takara、京都、日本)を350μg/mLで添加した。
【0048】
2.清酒酵母株へのゲノム編集技術の応用
染色体XV、XVI、X、およびXVIにそれぞれ位置するAWA1、CAR1、MDE1、およびFAS2遺伝子にゲノム編集技術を適用した。ヌクレアーゼタンパク質Cas9とCas9を標的AWA1配列に導くリボザイムsgRNAを共発現するpCASProAWA1プラスミドはOhnuki et al,Bioscience,Biotechnology,and Biochemistry.,2019,Vol.83,pp.1583-1593に記載されているものを用いた。制限酵素フリーのクローニング法(Van,Den,Ent,F.;Lowe,J.RF,J Biochem Biophys Methods. 2006,Vol.67,pp.67-74)により、CAR1ターゲット配列(下記表1に示す)を使用してpCAS Prolin URA3(Ryan,O.W.;Skerker,J.M.;Maurer,M.J.;et al. Elife.,2014,p.19)からpCASProCAR1プラスミドを構築した。
表1 ゲノム編集に用いたオリゴヌクレオチド
使用した修復DNAの長さは150bp(K7GE21の場合はCAR1 donor senseおよびCAR1 donor antisense)であり、等モル量の一本鎖オリゴヌクレオチドを次のようにアニーリングすることによって生成した。混合物を100℃で5分間変性させた後、0.1°C/秒の傾斜で25°Cまで冷却した(DiCarlo,J.E.;Norville,J.E.;Mali,P.;et al.,Nucleic Acids Res.2013,Vol.41,pp.4336-4343)。同様の方法で、pCAS ProMDE1およびpCASPro FAS2(G1250S)プラスミドを構築した。
【0049】
3.各清酒酵母株のゲノム編集効率の測定
各清酒酵母株のゲノム編集効率を測定するために、改良された酢酸リチウム形質転換法を用いて、K7をプラスミドpCAS Pro AWA1、pCAS Pro CAR1、pCAS Pro MDE1、pCAS Pro FAS2(G1250S)、および対応する修復DNAで同時形質転換した。株K7GE21を構築するために、K7GE01をpCAS ProCAR1プラスミドおよび対応する修復DNAで同時形質転換した。G418rコロニーを選択した後、コロニーポリメラーゼ連鎖反応(PCR)によって酵母形質転換体のゲノムを増幅し、目的のフラグメントの存在を確認した。使用したプライマーを下記表2に示す。
表2 ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)に使用したオリゴヌクレオチド
CAR1遺伝子の削除されたコピーと無傷のコピーでそれぞれ755塩基対と1757塩基対のPCRフラグメントを増幅した。削除されたコピーと無傷のコピーの両方が検出された場合、単一コロニー単離後にヘテロ接合性を再検査した。car1Δ/car1Δアレルの存在を確認した後、pCAS Pro CAR1プラスミドを自然に除去させ、ゲノム編集株K7GE21を作成した。pCAS ProMDE1およびpCASPro FAS2(G1250S)プラスミドを使用して、同様の方法でK7GE31株およびK7GE41株を構築した。
【0050】
4.全ゲノムシーケンス
K7、K7GE01、K7GE21、K7GE31、およびK7GE41株からDNAを抽出して、それらの全ゲノム配列を決定した。まず、製造元の指示に従って、Genomic-tip 100/Gキット(Qiagen,Germantown,MD,USA)を使用して高分子量DNA(10μg、24kb以下のフラグメント)を単離した。分光光度計(Nano Drop;Thermo Fisher Scientific,Waltham,MA,USA)を使用してDNAサンプルの純度を推定した。全ゲノムシークエンスをGeneBay,Inc (横浜、日本)に外部委託した。その後、DNAサンプルをNovogene(Singapore)に送付し、PCRフリーのペアエンドシーケンスライブラリおよびIllumina NovaSeq 6000シーケンスプラットフォーム(Illumina,San Diego,CA,USA)を使用した~100倍の公称カバレッジ(nominal coverage)による全ゲノムシーケンス分析(2×150bp)を準備した。BGI Japan研究所は、アダプターの夾雑を取り除き、低品質の塩基をトリミングした。K7参照ゲノム(NRIB_SYGD、txid721032)をSake Yeast Genome Database(https://nribf1.nrib.go.jp/SYGD/、version 1.0)から入手し、シーケンシングデータ分析に使用できるように準備した。シーケンシングデータ分析に使用したソフトウェアパッケージは以下のとおり。「sam」フォーマットを「bam」フォーマットに変換し、ペアードリードに関する情報を変更するためのシーケンスアラインメント/マップツール(バージョン1.11)(Li,H.;Handsaker,B.;Wysoker,A.;et al.,Bioinformatics. 2009,Vol.15,pp.2078-2079)。リードをK7参照ゲノムにマッピングするためのBurrows-Wheeler Aligner(バージョン0.7.12)(Li,H.;Durbin,R.,Bioinformatics.,2009,Vol.15,pp.1754-1760)。重複する読み取りを削除するためのPicard-tools(バージョン2.25.0;http://broadinstitute.github.io/picard)。bam形式を再配置し、変異候補を抽出し、K7に関連するバリアントを識別およびフィルタリングし、変異を識別するためのGenome Analysis TK(バージョン4.1.8.0)(McKenna,A.;Hanna,M.;Banks,E.;et al.,Genome Res.2010,Vol.20,pp.1297-1303);。最後に、snpEff(version 4.3;https://pcingola.github.io/SnpEff/)(Cingolani,A.;Platts,A.;Wang,L.L.;et al..Fly.2021,Vol.6,pp.80-92)を利用して、バリアントを手作業でアノテートした。
【0051】
5.蛍光染色、顕微鏡、および画像処理
K7、K7GE01、K7GE21、K7GE31、およびK7GE41株の細胞を対数増殖期の初期(<5×10)まで培養し、ホルムアルデヒド(WAKO、大阪、日本)で固定した。次に、以前に報告されている方法(Ohya,Y.;Sese,J.;Yukawa,M.;et al.Proc Natl Acad Sci USA.,2005,Vol.102,pp.19015-19020.)で、フルオレセインイソチオシアネート結合コンカナバリンA(Sigma、St。Louis、MO、USA)で細胞壁を、ローダミン-ファロイジン(Invitrogen、Carlsbad、CA、USA)でアクチン細胞骨格を、4’,6ジアミジノ2フェニルインドール(Sigma)で細胞核DNAを三重染色した。特殊レンズ(6100 ECplan-Neofluar;Carl Zeiss、Oberkochen、Germany)、冷却電荷結合デバイスカメラ(CoolSNAP HQ;Roper Scientific Photometrics,Tucson,AZ,USA)、および適切なソフトウェア(AxioVision;Carl Zeiss)を使用して細胞の蛍光顕微鏡画像を取得した。二倍体細胞用に設計された画像処理ソフトウェア(CalMorph、バージョン1.3)を用いて、顕微鏡画像を分析した(Yvert,G.;Ohnuki,S.;Nogami,S.;et al. BMC Syst Biol.,2013,Vol.7,p.54)。単一細胞データから501形質の形態学的データを取得した。各特性の説明は以前に提示されている(Ohya,Y.;Sese,J.;Yukawa,M.;et al.Proc Natl Acad Sci USA.,2005,Vol.102,pp.19015-19020.)。CalMorphのユーザーマニュアルは、S. cerevisiae Morphological Database(http://www.yeast.ib.k.u-tokyo.ac.jp/CalMorph/)で入手できる。
【0052】
6.縮退した形態空間における次元削減とユークリッド距離の計算のための主成分分析(PCA)
本実験(K7、K7GE01、K7GE21、K7GE31、およびK7GE41株)で得られた形態学的データを統計分析に使用した。株K7、K7GE01、K7GE21、K7GE31、およびK7GE41のサンプル数は、それぞれ8、4、4、4、および4であった。一般線形モデルを使用して計算されたすべての501形質の各株の平均Z値にPCAを適用した。5つの清酒酵母株のPCA分析によると、最初の11の主成分の累積寄与率は90%に達した。
2つの菌株間の形態学的差異を評価するためにユークリッド距離(Deza,M.;Deza,E.,Dordrecht New York:Springer Verlag.2009)を使用した。2つの株の細胞形態が類似している場合、この距離はほぼゼロであるが、それ以外の場合は大きくなる。以前の報告(Ohnuki,S.;Okada.H.;Friedrich,A.;et al. G3 (Bethesda).2017,Vol.7,pp.2807-2820)のように、最初の11の主成分の主成分スコア(累積寄与率90%)から計算された各菌株の間のユークリッド距離を計算した。各株の主成分スコアを計算するために、各株の各独立実験からのZ値11の主成分に投影した。平均値と標準偏差は、11の主成分の直交形態空間における親株の中心からの、各反復結果のユークリッド距離から計算された。
【0053】
7.小規模発酵試験
清酒もろみを、白米100gに相当するアルファ化米72.8g、乾燥麹(白米20gに相当する麹菌カビ入り米)19.2g、90%乳酸136μl、1×10の前培養された酵母細胞を含む水170mlを混合して作成した。もろみを振とうせずに15℃で20日間インキュベートした。清酒もろみの重量減少を測定することにより、発生したCOの量を定量化することで、発酵を毎日モニターした。日本酒の発酵が完了した後、清酒もろみを50mlの遠心分離管に集め、15℃、5,000rpmで15分間遠心分離した。上澄みをマイクロファイバークロスでろ過して日本酒製品を取得し、-80℃で保存した。
【0054】
8.発酵試験で作った日本酒の成分分析
日本酒の密度(水に対する酒の密度)を測定した後、酒メーター値(SMV)を計算した。密度は、オートサンプラー(CHD-502;Kyoto Electronics Manufacturing Co., Ltd.)を備えた密度/比重計(DA-650;Kyoto Denshi Co., Ltd.,京都、日本)で測定した。10ml以上の解凍サンプルを20mlバイアルに加えて測定した。SMVは、SMV =(1 /比重- 1)×1,443として計算された。より大きな負のSMVは、より高い比重と糖度を示す。エタノール濃度を、自動注入装置(7683B;Agilent)を備えたガスクロマトグラフィー(6890 N;Agilent Technologies,Santa Clara,CA)で測定した。内部標準として、1%イソプロパノール(960μl)をサンプル(40μl)と混合した。酢酸エチル、1-プロパノール、イソブタノール、イソアミルアルコール、酢酸イソアミル、カプロン酸エチルなどの芳香成分を、ヘッドスペースサンプラー(HSS 7697A;Agilent)を備えたガスクロマトグラフィー(6890 N;Agilent)で測定した。内部標準(100μl)をサンプル(900μl)と混合した。酸性度とアミノ酸含有量を自動滴定装置(COM-1700;平沼、茨城、日本)で測定した。10mlのサンプルを用いて測定を行った。リンゴ酸、コハク酸、乳酸、クエン酸、酢酸、リン酸などの有機酸を液体クロマトグラフィー(SCR-102Hカラムを備えたCBM40、島津、京都、日本)で測定した。測定のために、解凍した1mlのサンプルを注入した。ジメチルトリスルフィドの前駆体(1,2-ジヒドロキシ-5-(メチルスルフィニル)ペンタン-3-オン;DMTS-P1)を、[メチル-d3]-DMTS-P1を内部標準として使用して(Isogai,A.;Kanda,R.;Hiraga,Y.;et al.,J. Agric. Food Chem.,2010,Vol.58,pp.7756-7761、Isogai,A.;Kanda,R.;Sudo,S.;Matsumaru,K. J. Soc. Brew. Japan.,2013,Vo.108,pp.605-614)、LC-MS(LCMS8040、島津製作所)で分析した。
【0055】
9.日本酒成分のPCA
小規模発酵試験で生産された日本酒12サンプル(4株×3サンプル)の成分分析で得られた平均値に対して、16または19のパラメーターを使用してPCAを実行した。各株の平均値と各サンプルの値を、2つの成分でプロットした。12個のサンプルの値をマッピングして得られた相関係数の中で、ボンフェローニ補正後のp <0.05の相関係数を統計的に有意であると見なした。
【0056】
10.Nrd1のN532Kの変化によって予測される構造変化
S288Cリファレンスゲノム(Saccharomyces Genome Database;SGD)のNrd1の二次および三次タンパク質構造は、Iterative Threading ASSEmbly Refinement(I-TASSER)によって予測された(Yang,J.;Yan,R.;Roy,A.;et al.,Nat Methods.,2015,Vol.12,pp.7-8)。CスコアとTMスコア(Zhang,Y.,BMC Bioinformatics.,2008,Vol.9,p.40)によって、最初にランク付けされたPDBファイルは、UCFS Chimera(Pettersen,E.F.;Goddard,T.D.;Huang,C.C.;et al.,J Comput Chem.,2004,Vol.25,pp.1605-1612)によって視覚化された。
【0057】
(実験結果)
1.8重変異を有するゲノム編集された清酒酵母株の単離
以前の研究においてゲノム編集技術を使用して構築された非泡形成酵母株K7GE01を出発材料として使用した(図1)。改良されたCRISPRCas9システムを使用したゲノム編集技術(Ryan,O.W.;Skerker,J.M.;Maurer,M.J.;et al.,Elife.,2014,Vol.19)を使用して追加の3ステップの直列育種を実行した。このシステムは、シングルステップ形質転換、マーカーレス清酒酵母分離株に適した優勢な選択マーカー(G418r)の使用、マーカーレスアレルを生成する能力、およびゲノム編集プラスミドの除去の容易さといった利点を有する。awa1Δ/awa1Δは非泡形成特性を持っているため、この実験で作成されたゲノム編集清酒酵母のいずれかを使用することにより、醸造タンクの有効容量を増やすことができる。2番目に導入された変異car1Δ/car1Δは、尿素回路に欠損を生じさせる。このため、直列育種におけるK7GE21以降のゲノム編集酵母は、カルバミン酸エチルの含有量が少なく、安全性が向上した日本酒を製造することが意図される(図1B)。3番目に導入された変異であるmde1Δ/mde1Δによって、DMTSはほとんど生成されない。この変異は、K7GE31以降の菌株の保管中に不快な香りのヒネカを生成しない日本酒を生産することを意図している(図1C)。最後に、吟醸の香りが強い日本酒が好きな人もいるため、FAS2に点変異を導入してFAS2(G1250S)/FAS2(G1250S)株を生成した(図1D)。最終的なゲノム編集株K7GE41は、標準的な清酒酵母株K7で構成され、8重変異awa1Δ/awa1Δ、car1Δ/car1Δ、mde1Δ/mde1Δ、およびFAS2(G1250S)/FAS2(G1250S)を有している。全ゲノム配列の比較により、育種プロセスの4つのステップの間に、1つのヘテロ接合変異と1つのヘテロ接合性喪失(LOH)がゲノムに導入されたことが明らかとなった(表3)。
表3 ゲノム編集清酒酵母株の全ゲノムシークエンス比較
【0058】
K7GE21、K7GE31、およびK7GE41には、Nrd1複合体のRNA結合サブユニットをコードする必須遺伝子であるNrd1のN532Kに対応する単一のヘテロ接合変異が含まれていた(表3)。この変異は親のK7GE01株には存在しなかったため、K7GE21の形質転換、培養、または貯蔵プロセス中に出現したものと考えられる。この変異はヘテロ接合であり、Nrd1のN532Kは当該領域の予測されるタンパク質構造に明らかな変化を引き起こさない。さらに当該変異はNrd1の機能ドメイン、例えばCTD相互作用ドメイン(62-137aa)およびRNA認識モチーフ(341-396aa)の遥か下流に位置している。これらの結果は、K7GE21のヘテロ接合のオフターゲット変異の影響は無視できることを示している。
【0059】
K7GE31とK7GE41は、ヘテロ接合性喪失(LOH)のために同じホモ接合SNPを有していた。対応するヘテロ接合SNPは、元のK7分離株であるK7GE01およびK7GE21にすでに存在しており、K7GE31が作成されたときに単一のLOHが導入されたことが示唆される。LOHの発生機序は不明であるが、LOHは、特に清酒酵母分離株で非常に高い頻度で観察されている(Peter,J.;De Chiara,M.;Friedrich,A.;et al.,Nature,2018,Vol.4,pp.339-344)。ゲノム編集されたMDE1とLOH遺伝子座は両方とも同じ染色体X上にあり、非常に近い遺伝距離(~70kb)を有していることから、LOHはCRISPR/Cas9依存性の二本鎖切断によって誘導される可能性があることが示唆される。
【0060】
2.日本酒醸造酵母のゲノム編集効率
変異が意図したとおりに育種中に導入されたかどうかをPCRを使用して調査した。意図した変異が導入された酵母形質転換体の数を、調べた形質転換体の数で除することにより、ゲノム編集効率を計算した。当該ゲノム編集効率はCAR1遺伝子座で最も高く、形質転換体の96±4%が正しく遺伝子改変された(car1Δ/car1Δ;図2)。当該ゲノム編集効率はAWA1遺伝子座で最も低く、形質転換体の16±3%のみが正しく遺伝子改変されていた(awa1Δ/awa1Δ;図2)。すべての株においてホモ接合性変異が導入され、ヘテロ接合性変異はなかった。これらの結果は、日本酒醸造酵母のゲノム編集においては常にホモ接合変異が導入されること、また、ゲノム編集効率が遺伝子座に依存していることを示唆した。
【0061】
3.car1Δ/car1Δ酵母株で醸造された日本酒における尿素生成抑制
発がん性の可能性のあるカルバミン酸エチルは、日本酒の貯蔵中に尿素から変換される(Kitamoto,K.;Oda,K.;Gomi,K.;et al.,Appl Environ Microbiol.,1991,Vol.57,pp.301-306)。尿素は、尿素回路のアルギナーゼによってアルギニンから生成される。安全性の問題が少ない日本酒醸造酵母を得るために、アルギナーゼをコードするCAR1遺伝子を削除し、ホモ接合のcar1Δ/car1Δ変異を持つ組換え清酒酵母、K7GE21、K7GE31、およびK7GE41を作成した(図1)。
ゲノム編集されたcar1Δ/car1Δ株で作られた日本酒の特性を確認するために、小規模発酵試験で作られた日本酒の成分を分析した。予想通り、これらの菌株で醸造された酒は、親のCAR1/CAR1菌株であるK7GE01で醸造された酒よりも有意に低いレベルの尿素を含んでいた(Tukeyの多重比較検定、p<0.05;図3A)。低レベルの尿素は、既存の非尿素生産酒株であるKarg7およびK1901(Kitamoto,K. J Soc Brew Jpn.,1993,Vol.88,pp.106-114)で製造されたものとほぼ同等であり、ゲノム編集されたcar1Δ/car1株を実際に非尿素生産清酒酵母として利用できることを示している。
【0062】
4.mde1Δ/mde1Δ酵母株で醸造された日本酒におけるDMTS前駆体の減少
特に比較的高温で日本酒を長期保存すると、ヒネカの主要な不快成分であるDMTSが、その前駆体であるDMTS-P1から誘導される。DMTS-P1は、メチオニンサルベージ経路に関与するMde1とMri1の酵素作用により、日本酒の発酵中に生成される。したがって、MDE1遺伝子に欠損のある清酒酵母は、DMTSの産生の低下を示す(Makimoto,J.;Wakabayashi,K.;Inoue,T.;et al.,J Biosci Bioeng.,2020,Vol.130,pp.610-615)。本実験では、MDE1遺伝子を削除して、不快な香りの少ない日本酒を作る清酒酵母を得た。ホモ接合型のmde1Δ/mde1Δ変異を持つ組換え清酒酵母K7GE31およびK7GE41を作成した(図1)。
小規模発酵試験により、いくつかのゲノム編集株で作られた日本酒の前駆体DMTS-P1の濃度を測定した。予想通り、mde1Δ/mde1Δ株で作られた日本酒は、直接の祖先であるMDE1/MDE1株であるK7GE01およびK7GE21で作られた日本酒よりも有意に低いレベルのDMTS-P1を含んでいた(Tukeyの多重比較検定、p<0.05;図3B)。DMTS P1のレベルは20分の1に減少した。これは、ゲノム編集されたmde1Δ/mde1Δ株を使用して、不快な香りの少ない日本酒を醸造できることを示している。
【0063】
5.FAS2(G1250S)/FAS2(G1250S)酵母株で醸造された日本酒におけるカプロン酸エチル含有量の向上
吟醸香は、エタノールとカプロン酸から生成されるカプロン酸エチルによって引き起こされる。カプロン酸は、脂肪酸合成経路において、アセチルCoA、マロニルCoA、およびニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸から合成される。そして、脂肪酸シンターゼのαサブユニットをコードするFAS2遺伝子のGly1250Ser変異は、カプロン酸エチルの産生を増強する。そこで、この変異を導入して吟醸香が強い酒を生産する清酒酵母を得た。ホモ接合型FAS2(G1250S)/FAS2(G1250S)変異を有する組換え清酒酵母株、K7GE41を作成した(図1)。
小規模発酵試験により、ゲノム編集された、いくつかの菌株で作られた日本酒のカプロン酸エチルの濃度を測定した。FAS2(G1250S)/FAS2(G1250S)株で作られた日本酒は、その直接の祖先株であるK7GE01、K7GE21、およびK7GE31で作られた日本酒よりも有意に高いレベルのカプロン酸エチルを含むこと見いだされた(Tukeyの多重比較検定、p<0.05;図3C)。K7GE41によって生成されたカプロン酸エチルの濃度は、その親株によって生成された濃度の4.5倍であり、標準的なカプロン酸エチル生成株であるK1801によって生成された濃度と同等であった(Tamura,H.;Okada,H.;Kume,K.;et al. Bioscience,Biotechnology,and Biochemistry.,2015,Vol.79,pp.1191-1199)。これらの結果は、最終的なゲノム編集酵母株K7GE41が強い吟醸香を持つ日本酒を生産することを示している。
【0064】
6.ゲノム編集された菌株の発酵活性
小規模発酵試験を実施し、日本酒醸造におけるゲノム編集菌株の発酵特性を調査した。発酵もろみの重量から推定される1日あたりのCO排出レベルは、調べたすべての菌株で4日目にピークを示した(図4A)。しかし、吟醸香が強い日本酒を生産するK7GE41では、発酵の開始が遅いことが見いだされた。このため、当該菌株によるピーク後の発酵減少は遅れており(図4A)、K7GE41による発酵が酒造りの初期段階でわずかに遅れたことを示唆していた。発酵終了時の総CO排出量において相違は検出されなかった(Tukeyの多重比較検定、p<0.05;図4B)。本結果は、これらのゲノム編集株が同様のエタノール生産を行ったことを示している(図7)。
【0065】
7.発酵試験で製造した日本酒の成分分析
ゲノム編集された菌株によって作られた日本酒の特徴を明らかにするために、日本酒の標準的な19成分を分析した。上記で説明したように、菌株間で発酵速度に相違が示されたため(図4A)、K7GE41と他の菌株の間で日本酒の成分に相違が観察されることが予想された。違いを視覚的に特徴づけるために、小規模発酵試験で作られた日本酒の成分でPCAを実行した後、縮退した直交空間内のすべての菌株を調べた。2種類のPCA、つまり、3つの変更されたターゲット成分(尿素、DMTS―P1、およびカプロン酸エチル)がある場合とない場合のPCAを実行した。どちらの場合も、K7GE41は、第1主成分-第2主成分(PC1-PC2)の直交空間で、他の株からかなりに遠くに位置した(図5A、B)。意図的に変更された3個の成分を削除した後の16個の成分でPCAを実行した場合、PC1とPC2の寄与はそれぞれ分散の69%と15%を占め(図5B)、累積寄与は84%であった(図8A、B)。ゲノム編集された菌株、K7GE01、K7GE21、およびK7GE31は共に、退化した空間において左側に位置した。対照的に、K7GE41株は、ピルビン酸やSMVなどの発酵関連成分、酢酸エチルや酢酸イソアミルおよびアミノ酸性などの芳香成分の方向とほぼ平行に、右中央に位置した。
【0066】
上記のPCAから推定された結果は、個々の成分の直接的な統計的比較によって確認された。発酵関連の成分を考慮すると、K7GE41で作られた日本酒は、K7GE01で作られた日本酒よりもピルビン酸が有意に高く(Tukeyの多重比較検定、p<0.01;図6A)、SMVが有意に低かった(p<0.05;図6B)。K7GE41から作られた日本酒では、酢酸エチルや酢酸イソアミルなどの芳香成分が大幅に減少した(p<0.05;図6C、D)。K7GE41から作られた日本酒では、アミノ酸性度が大幅に増加した(p<0.05;図6E)。図9および図10に、K7GE41で意図せず変更された他の成分を要約した。K7GE41の育種中に変化した14の成分と比較して、他の育種プロセスではほとんど変化が観察されなかった。car1Δ/car1ΔをK7GE01に導入してK7GE21を作成した場合、4つの成分(イソアミルアルコール、1プロパノール、コハク酸、および乳酸)のみが大幅かつ意図せずに変更された(p<0.05;図10)。K7GE31の培養中に予期しない成分は変更されなかった。一連の直列育種ステップ中に、エタノール、酸性度、およびリンゴ酸は変化しなかった(図7)。これらの清酒酵母株の直列育種の間に、多くの成分が意図せずに変化した。
【0067】
8.ゲノム編集された酒酵母株の形態素解析
以前、K7系統間の酒酵母分離株の形態的多様性が報告されている(Ohnuki,S.;Okada. H.;Friedrich,A.;et al..G3 (Bethesda).,2017,Vol.7,pp.2807-2820)。さらに、非泡形成酵母株をゲノム編集技術で生成した場合、顕著な形態学的変化が観察された。そこで、本実験では、連続繁殖段階でどのような形態変化が観察されたかを調査した。K7、K7GE01、K7GE21、K7GE31、およびK7GE41の高次元形態学的表現型を、細胞壁、アクチン、および核DNAを染色した後、画像解析システムCalMorphを使用して実行した。育種の4つの段階のそれぞれが特徴的な形態学的変化を示したことが2次元形態学的空間で明らかにされた(図11A)。特に、K7GE41の生成段階における大きな形態変化が著明であった。
【0068】
全体的な形態学的異常(HMA)は、形態学的変化がどれだけ大きく発生したかを示す尺度である(Suzuki,G.;Wang,Y.;Kubo,K.;et al., BMC Genomics.,2018,Vol.19,pp.149)。各ステップでのHMAの検査により、K7GE41が生成されたときに実際に有意で最大の形態変化が発生したことが明らかとなった(ガンマ分布を伴う一元配置分散分析の尤度比検定によるボンフェローニ補正後のP<0.05、図11B)。K7GE31の生成時に、HMAに検出可能な変化はなかった(図7B)。各ステップでの形態学的変化を、尤度比検定によって検出した(FDR=0.01、表S4)。最も顕著な形態学的変化は、K7GE41の繁殖中に検出された。K7GE41の細胞は明らかに大きくなり(図11C)、これは甘い吟醸の香りを生み出す酒酵母株が大きいという以前の観察とよく一致していた(Yoda,T.;Saito,T.,Membranes.,2020,Voll.10,p.442)。さらに、K7GE41は、非局在化アクチンパッチを持つ細胞の割合の増加、G2細胞の増加、母細胞における核局在化などの形態学的変化を示した(図12)。これらは、FAS2(G1250S)変異によって引き起こされた結果であると考えられた。まとめると、育種プロセスの4つのステップで導入された変異により、さまざまな特徴的な形態変化が発生することが結論付けられた。
【0069】
以上の結果は、選択マーカーを有しない倍数体微生物である酒醸造酵母を例として、本開示のゲノム編集技術を用いた直列育種により、極めて高効率に意図した遺伝子変異を導入し、意図しない遺伝子変異の導入を抑制し、優れた特性を有する醸造微生物を取得し得ことを示している。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明は、商業的に重要なアルコール発酵微生物の改変において極めて重要な技術を提供する。したがって、本発明は、例えば、酒醸造関連産業などで利用可能である。また、本開示は微生物の発酵プロセスなどに関する研究機関においても利用可能である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
【配列表】
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