(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024106359
(43)【公開日】2024-08-08
(54)【発明の名称】液体試料充填方法並びに液体試料充填装置及びその設計方法
(51)【国際特許分類】
G01N 35/10 20060101AFI20240801BHJP
G01N 37/00 20060101ALN20240801BHJP
【FI】
G01N35/10 J
G01N37/00 101
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023010578
(22)【出願日】2023-01-27
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100125298
【弁理士】
【氏名又は名称】塩田 伸
(72)【発明者】
【氏名】福田 隆史
(72)【発明者】
【氏名】安浦 雅人
(72)【発明者】
【氏名】芦葉 裕樹
(72)【発明者】
【氏名】堀口 諭吉
【テーマコード(参考)】
2G058
【Fターム(参考)】
2G058CC02
2G058EA14
(57)【要約】 (修正有)
【課題】超音波振動の印加によりマイクロウェル内に液体を効果的に充填する。
【解決手段】検出基板1のマイクロウェル上に液体試料Lが導入された状態で、振幅Aと周波数fとの積Afが式(1)を満足する超音波を検出基板1に印加する。
ΔGは下記式(2)で表される。Z
airは空気の音響インピーダンス、S
openはマイクロウェルの開口面積、S
insideはマイクロウェル内の全ての壁面の合計面積、S
bubbleはマイクロウェルの容積Vと等しい体積の球の表面積、γ
Lは液体試料Lと空気との間の表面張力、γ
LSは液体試料Lとマイクロウェルの内壁との間の表面張力、γ
Sはマイクロウェルの内壁と空気との間の表面張力を示す。
【選択図】
図3(b)
【特許請求の範囲】
【請求項1】
検出基板の表面に形成されるマイクロウェル上に液体試料が導入された状態で、前記検出基板の裏面から前記表面に向けて伝搬する超音波を前記検出基板に印加し、前記マイクロウェル内に前記液体試料を充填させる超音波印加工程を有し、
前記超音波印加工程が、前記超音波印加時の前記検出基板の前記表面の振幅Aと前記超音波の周波数fとの積であるAfが下記式(1)を満足する印加条件で前記超音波を前記検出基板に印加する工程であることを特徴とする液体試料充填方法。
【数1】
ただし、前記式(1)中のΔGは、下記式(2)で表され、これらの式中のZ
airは、空気の音響インピーダンスを示し、S
openは、前記マイクロウェルの開口面積を示し、S
insideは、前記マイクロウェルの内壁を構成する全ての壁面の合計面積を示し、S
bubbleは、前記マイクロウェルの容積Vと等しい体積の球の表面積を示し、γ
Lは、前記液体試料と空気との間の表面張力を示し、γ
LSは、前記液体試料と前記マイクロウェルの前記内壁との間の表面張力を示し、γ
Sは、前記マイクロウェルの前記内壁と空気との間の表面張力を示す。
【数2】
【請求項2】
液体試料が、水を50質量%以上の含有率で含む液体である請求項1に記載の液体試料充填方法。
【請求項3】
マイクロウェルの開口面積Sopenが、10μm2~1,600μm2である請求項1又は2に記載の液体試料充填方法。
【請求項4】
マイクロウェルの深さが、3.5μm~40μmである請求項1又は2に記載の液体試料充填方法。
【請求項5】
検出基板の母材が、シリコン、樹脂、ガラス、金属及びこれらの混合材料のいずれかである請求項1又は2に記載の液体試料充填方法。
【請求項6】
超音波の周波数fが、10kHz~1MHzである請求項1又は2に記載の液体試料充填方法。
【請求項7】
マイクロウェルが表面に形成される検出基板と、
超音波印加時の前記検出基板の前記表面の振幅Aと前記超音波の周波数fとの積であるAfが下記式(1)を満足する印加条件で前記超音波を前記検出基板に印加可能とされる超音波振動部と、オン操作に応じて前記超音波振動部に前記超音波印加を開始させるとともに前記印加条件を満足する前記超音波印加を終えた段階で前記超音波振動部に前記超音波印加を停止させるように設定された自動オフ制御部とを有し、前記検出基板の裏面側に配される超音波振動装置と、
を備えることを特徴とする液体試料充填装置。
【数3】
ただし、前記式(1)中のΔGは、下記式(2)で表され、これらの式中のZ
airは、空気の音響インピーダンスを示し、S
openは、前記マイクロウェルの開口面積を示し、S
insideは、前記マイクロウェルの内壁を構成する全ての壁面の合計面積を示し、S
bubbleは、前記マイクロウェルの容積Vと等しい体積の球の表面積を示し、γ
Lは、前記液体試料と空気との間の表面張力を示し、γ
LSは、前記液体試料と前記マイクロウェルの前記内壁との間の表面張力を示し、γ
Sは、前記マイクロウェルの前記内壁と空気との間の表面張力を示す。
【数4】
【請求項8】
マイクロウェルが表面に形成される検出基板と、前記検出基板の裏面側に配される超音波振動装置とを有する液体試料充填装置に対し、
超音波印加時の前記検出基板の前記表面の振幅Aと前記超音波の周波数fとの積であるAfが下記式(1)を満足する印加条件で前記超音波を前記検出基板に印加するように前記超音波振動装置を設計することを特徴とする液体試料充填装置の設計方法。
【数5】
ただし、前記式(1)中のΔGは、下記式(2)で表され、これらの式中のZ
airは、空気の音響インピーダンスを示し、S
openは、前記マイクロウェルの開口面積を示し、S
insideは、前記マイクロウェルの内壁を構成する全ての壁面の合計面積を示し、S
bubbleは、前記マイクロウェルの容積Vと等しい体積の球の表面積を示し、γ
Lは、前記液体試料と空気との間の表面張力を示し、γ
LSは、前記液体試料と前記マイクロウェルの前記内壁との間の表面張力を示し、γ
Sは、前記マイクロウェルの前記内壁と空気との間の表面張力を示す。
【数6】
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超音波振動を与えてマイクロウェル内に液体試料を充填する液体試料充填方法並びに液体試料充填装置及びその設計方法に関する。
【背景技術】
【0002】
被検体液(唾液や血液など)中に微量に含まれる標的物質(ウイルスやタンパク質など)を定量検出するバイオセンシングは、ヘルスケア、医療、環境計測、安全管理などへの応用が期待される。
【0003】
前記標的物質を高感度に検出するための方法の一つに、前記標的物質と検出試薬と溶媒とを含む検体を多数の微小反応容器に封入し、個々の前記微小反応容器における前記標的物質と前記検出試薬による検出反応の有無を検知し、前記検出反応を生じた前記微小反応容器の数を計数することで前記標的物質を定量検出する、デジタル測定法がある。
前記デジタル測定法では、
図1に示すように、前記検出反応に基づく前記微小反応容器ごとの検出信号(蛍光信号など)の数をデジタルカウントすることで、前記標的物質を短時間で検出可能とされ、また、容積がフェムトリットル(fL=10
-15L)~ピコリットル(pL=10
-12L)程度の前記微小反応容器を用いることで、前記検出信号を高コントラストで取得することができ、1個の前記標的物質に由来する前記検出反応を検知して前記標的物質を定量的に検出可能とされる。
【0004】
前記デジタル測定法としては、前記微小反応容器として検出基板(シリコン基板、樹脂板、ガラス板等)上に形成されたマイクロウェルを用いる方法が提案されている(例えば、非特許文献1~3参照)。
フェムトリットル~ピコリットルの容積の前記マイクロウェルを103個~105個程度形成したマイクロウェルアレイに前記検体を充填し、オイル等を用いて封止することで、均一な体積の前記微小反応容器を形成することができる。前記マイクロウェルを用いた前記デジタル測定法の代表例であるデジタルELISA法(Enzyme-Linked Immuno Sorbent Assay、酵素結合免疫吸着検査法)では、PCR法(Polymerase Chain Reaction、ポリメラーゼ連鎖反応法)に匹敵する極めて高い検出感度(1aM=10-18mol/Lレベル)が実現されている。
【0005】
前記デジタル測定法で用いられる前記マイクロウェルは、容積がフェムトリットル~ピコリットル(前記マイクロウェルが直方体である場合、開口径が1μm~数百μm)程度が一般的である。また、前記オイル等を用いた封止で前記マイクロウェルの間を完全に分離するためには前記オイル等と基板表面の親和性が高いことが望ましいことから前記検出基板の表面を疎水表面とすることがしばしば行われる。
しかし、その場合、前記検体が前記マイクロウェルの内部に入り込むことを阻害する力が働き、前記マイクロウェル上に前記検体を滴下しただけでは前記マイクロウェル内に前記検体が充填されないことがしばしば発生する。
【0006】
こうした問題を解決する方法として、減圧ポンプ等を用いて前記マイクロウェル内を減圧して前記検体を充填する方法、つまり、減圧により前記マイクロウェル内の空気を脱気させつつ、入れ替わりで前記マイクロウェル内に前記検体を充填する方法が提案されている(非特許文献3参照)。
しかしながら、前記減圧を用いる方法は、ポンプや真空チャンバなどを含む減圧機構が必要であることから前記デジタル測定法を行う装置の大型化を招くうえ、減圧操作に時間を要することから前記デジタル測定法の利点である短時間での検出を妨げる。
【0007】
ところで、マイクロプレートのウェル内に注液された液体に超音波振動による流動性を与えて、注液の際、前記ウェル内の液体に混入した空気を脱気する方法が知られている(特許文献1参照)。
この方法を前記デジタル測定法に応用する場合、滴下された前記検体が前記マイクロウェル内に充填されない問題を解決する一つの方策となり得るが、前記マイクロウェルに与えられる超音波振動のエネルギーは、様々であることから、単純に超音波振動を与えるだけでは、依然として滴下された前記検体が前記マイクロウェル内に充填されないことが生じ得る。
前記デジタル測定法においては、滴下された前記検体が前記マイクロウェル内に充填されないと、検出に用いられる前記マイクロウェルの実効的な数が減少することに繋がり、また、微小な前記マイクロウェル内に前記検体を充填することで取得していた高コントラストの前記検出信号が、複数の前記マイクロウェルを跨いだ前記検出基板の領域上で低コントラストのぼやけた信号となることなどに繋がり、前記標的物質の致命的な検出誤差が発生する。また、偶発的にカウントできたとしても、前記標的物質の数とカウント数とが対応せず、前記標的物質を定量検出することができない。特に、カウント数が小さい微量の前記標的物質を検出する場合には、前記標的物質に由来する前記検出信号のカウント数とノイズ信号(迷光や前記検出試薬の自家蛍光等由来の信号)のカウント数が同程度になるため、陰性検体(前記標的物質を含まない検体)との有意な区別を行うことができなくなり、偽陰性の原因となる。つまり、検出結果の信頼性が著しく低下する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】D. Rissin et al., Nat. Biotech. 28, 595 (2010)
【非特許文献2】S. Kim et al., Lab Chip 12, 4986 (2012)
【非特許文献3】C. Kan et al., Lab Chip 12, 977 (2012)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、従来技術における前記諸問題を解決し、超音波振動の印加によりマイクロウェル内に液体を効果的に充填可能な液体試料充填方法並びに液体試料充填装置及びその設計方法を提供することを課題とする。
【0011】
前記デジタル測定法に適用される前記減圧を用いる方法の問題、つまり、測定装置の大型化と測定の長時間化の問題は、前記減圧と比べて、必要な装置を小型に構成可能で処理時間も短縮可能な前記超音波振動を適用することで解決可能である。
よって、残された問題は、液体試料を前記検出基板上に滴下して前記マイクロウェル内に前記液体試料を充填する際、気泡の残留を抑制して、前記マイクロウェル内に前記液体試料を効果的に充填する超音波印加条件の解明にある。
この点について、本発明者らは鋭意検討を行い、物理法則に裏付けられた考察及び試行錯誤の末に得られた実験上の経験則から、好適な前記超音波印加条件の導出に成功し、実際に、前記超音波印加条件により前記マイクロウェル内に前記液体試料を効果的に充填することができるとの知見を得た。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、前記知見に基づくものであり、前記課題を解決するための手段としては、以下の通りである。即ち、
<1> 検出基板の表面に形成されるマイクロウェル上に液体試料が導入された状態で、前記検出基板の裏面から前記表面に向けて伝搬する超音波を前記検出基板に印加し、前記マイクロウェル内に前記液体試料を充填させる超音波印加工程を有し、前記超音波印加工程が、前記超音波印加時の前記検出基板の前記表面の振幅Aと前記超音波の周波数fとの積であるAfが下記式(1)を満足する印加条件で前記超音波を前記検出基板に印加する工程であることを特徴とする液体試料充填方法。
【数1】
ただし、前記式(1)中のΔGは、下記式(2)で表され、これらの式中のZ
airは、空気の音響インピーダンスを示し、S
openは、前記マイクロウェルの開口面積を示し、S
insideは、前記マイクロウェルを構成する全ての内壁面の合計面積を示し、S
bubbleは、前記マイクロウェルの容積Vと等しい体積の球の表面積を示し、γ
Lは、前記液体試料と空気との間の表面張力を示し、γ
LSは、前記液体試料と前記マイクロウェルの前記内壁との間の表面張力を示し、γ
Sは、前記マイクロウェルの前記内壁と空気との間の表面張力を示す。
【数2】
<2> 液体試料が、水を50質量%以上の含有率で含む液体である前記<1>に記載の液体試料充填方法。
<3> マイクロウェルの開口面積S
openが、10μm
2~1,600μm
2である前記<1>又は<2>に記載の液体試料充填方法。
<4> マイクロウェルの深さが、3.5μm~40μmである前記<1>から<3>のいずれかに記載の液体試料充填方法。
<5> 検出基板の母材が、シリコン、樹脂、ガラス、金属及びこれらの混合材料のいずれかである前記<1>から<4>のいずれかに記載の液体試料充填方法。
<6> 超音波の周波数fが、10kHz~1MHzである前記<1>から<5>のいずれかに記載の液体試料充填方法。
<7> マイクロウェルが表面に形成される検出基板と、超音波印加時の前記検出基板の前記表面の振幅Aと前記超音波の周波数fとの積であるAfが下記式(1)を満足する印加条件で前記超音波を前記検出基板に印加可能とされる超音波振動部と、オン操作に応じて前記超音波振動部に前記超音波印加を開始させるとともに前記印加条件を満足する前記超音波印加を終えた段階で前記超音波振動部に前記超音波印加を停止させるように設定された自動オフ制御部とを有し、前記検出基板の裏面側に配される超音波振動装置と、を備えることを特徴とする液体試料充填装置。
【数3】
ただし、前記式(1)中のΔGは、下記式(2)で表され、これらの式中のZ
airは、空気の音響インピーダンスを示し、S
openは、前記マイクロウェルの開口面積を示し、S
insideは、前記マイクロウェルの内壁を構成する全ての壁面の合計面積を示し、S
bubbleは、前記マイクロウェルの容積Vと等しい体積の球の表面積を示し、γ
Lは、前記液体試料と空気との間の表面張力を示し、γ
LSは、前記液体試料と前記マイクロウェルの前記内壁との間の表面張力を示し、γ
Sは、前記マイクロウェルの前記内壁と空気との間の表面張力を示す。
【数4】
<8> マイクロウェルが表面に形成される検出基板と、前記検出基板の裏面側に配される超音波振動装置とを有する液体試料充填装置に対し、超音波印加時の前記検出基板の前記表面の振幅Aと前記超音波の周波数fとの積であるAfが下記式(1)を満足する印加条件で前記超音波を前記検出基板に印加するように前記超音波振動装置を設計することを特徴とする液体試料充填装置の設計方法。
【数5】
ただし、前記式(1)中のΔGは、下記式(2)で表され、これらの式中のZ
airは、空気の音響インピーダンスを示し、S
openは、前記マイクロウェルの開口面積を示し、S
insideは、前記マイクロウェルの内壁を構成する全ての壁面の合計面積を示し、S
bubbleは、前記マイクロウェルの容積Vと等しい体積の球の表面積を示し、γ
Lは、前記液体試料と空気との間の表面張力を示し、γ
LSは、前記液体試料と前記マイクロウェルの前記内壁との間の表面張力を示し、γ
Sは、前記マイクロウェルの前記内壁と空気との間の表面張力を示す。
【数6】
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、従来技術における前記諸問題を解決することができ、超音波振動の印加によりマイクロウェル内に液体を効果的に充填可能な液体試料充填方法並びに液体試料充填装置及びその設計方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】デジタル測定法における標的物質の検出状況を説明する説明図である。
【
図2(a)】液体試料充填方法の基本的な実施スキームを説明する説明図(1)である。
【
図2(b)】液体試料充填方法の基本的な実施スキームを説明する説明図(2)である。
【
図2(c)】液体試料充填方法の基本的な実施スキームを説明する説明図(3)である。
【
図3(a)】液体試料Lが開口面上に導入されたマイクロウェル2の状態を示す説明図である。
【
図3(b)】液体試料Lが充填されたマイクロウェル2の状態を示す説明図である。
【
図4】表面にマイクロウェル群が形成されたシリコン基板の作製例の電子顕微鏡像を示す図である。
【
図5】液体試料充填装置の実施形態の例を示す図である。
【
図6(b)】
図6(a)の矢印線における断面図である。
【
図6(c)】操作ステージに検出基板を配した状態を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
(液体試料充填方法)
本発明の液体試料充填方法は、検出基板の表面に形成されるマイクロウェル上に液体試料が導入された状態で、前記検出基板の裏面から前記表面に向けて伝搬する超音波を前記検出基板に印加し、前記マイクロウェル内に前記液体試料を充填させる超音波印加工程を有する。
【0016】
前記液体試料充填方法は、気泡の残留を抑制して前記マイクロウェル内に前記液体試料を充填する目的で実施される。
先ずは、前記液体試料充填方法の基本的な実施スキームを
図2(a)~(c)を参照しつつ簡単に説明する。
【0017】
先ず、検出基板1上に液体試料Lを導入する(
図2(a)参照)。
この際、前記マイクロウェルのサイズが微小であること、また、前記オイル等を用いた封止で前記マイクロウェルの間を分離する目的で検出基板1の表面が疎水化されることなどを理由として、液体試料Lが前記マイクロウェルの内部に入り込むことを阻害する力が働き、液体試料Lを導入しただけでは前記マイクロウェル内に液体試料Lが充填されないことが生じる。
【0018】
そのため、検出基板1の前記裏面側から前記超音波を印加して前記マイクロウェルに超音波振動を与え、前記マイクロウェル内の空気を前記マイクロウェル外に脱気させ、入れ替わりで前記マイクロウェル内に液体試料Lを充填させる(
図2(b),(c)参照)。
【0019】
しかし、前記マイクロウェルに印加する前記超音波が不適当であると、前記マイクロウェル内の空気が脱気されず、依然として前記マイクロウェル内に液体試料Lが充填されないことが生じる。
【0020】
そのため、前記超音波印加工程を、前記超音波印加時の前記検出基板の前記表面の振幅Aと前記超音波の周波数fとの積であるAfが下記式(1)を満足する印加条件で前記超音波を前記検出基板に印加する工程として実施する。
【0021】
【数7】
ただし、前記式(1)中のΔGは、下記式(2)で表され、これらの式中のZ
airは、空気の音響インピーダンスを示し、S
openは、前記マイクロウェルの開口面積を示し、S
insideは、前記マイクロウェルの内壁を構成する全ての壁面の合計面積を示し、S
bubbleは、前記マイクロウェルの容積Vと等しい体積の球の表面積を示し、γ
Lは、前記液体試料と空気との間の表面張力を示し、γ
LSは、前記液体試料と前記マイクロウェルの前記内壁との間の表面張力を示し、γ
Sは、前記マイクロウェルの前記内壁と空気との間の表面張力を示す。
【0022】
【0023】
前記式(1)で表される前記超音波印加条件を満たす条件で前記マイクロウェルに前記超音波を印加すると、前記マイクロウェル内の空気を脱気することができ、前記マイクロウェル内に液体試料Lを充填することができる(
図2(b),(c)参照)。
この式(1)で表される前記超音波印加条件に関する知見が本発明における技術の核となる。
以下、前記式(1)の技術的意義について詳細に説明する。
【0024】
図3(a)に示す、液体試料Lが開口面上に導入されたマイクロウェル2の状態を状態1とし、
図3(b)に示す、液体試料Lが充填されたマイクロウェル2の状態を状態2とすると、状態2は、状態1においてマイクロウェル2内に存在する気相が気泡として除去された状態であるから、状態1及び状態2における表面エネルギーを考慮すると、状態1から状態2に至るために必要なエネルギーΔGは、前記式(2)で表される。
【0025】
また、マイクロウェル2に印加される超音波のパワー密度Iは、下記式(3)で表される。
【0026】
【0027】
前記超音波振動の印加により検出基板1が振幅A及び周波数fで振動するとき、検出基板1が状態1における前記気相に対して振幅A及び周波数fの振動源として作用し、前記気相に前記超音波振動が印加される。このとき前記気相に印加された超音波のパワー密度Iairは、下記式(4)で表される。
【0028】
【0029】
前記超音波振動が前記気相に作用する面積は、前記マイクロウェルの開口面積Sopenとなる。また、Iairのうち、状態1から状態2への遷移に利用される効率をηとし、前記超音波の作用時間をtとすると、状態1において系に与えられるエネルギーは、次式、IairSopenηt=2πA2f2Z0Sopenηtで表される。
この時、系に与えられるエネルギーが、前記式(2)で表されるエネルギーΔGを超える必要があることから、液体試料Lをマイクロウェル2内に充填するため必要な条件は、下記式(5)で表される。
【0030】
【0031】
前記式(5)を振幅A及び周波数fについて整理することで、下記式(6)が得られる。
【0032】
【0033】
前記式(6)は、検出基板1に印加する前記超音波の振幅A及び周波数fからみた、マイクロウェル2内の空気を脱気してマイクロウェル2内に液体試料Lを充填するための最適条件を意味する。
ここで、周波数fは、検出基板1と超音波振動源(超音波振動子など)との間の距離や検出基板1の材質などの諸元による影響を受けないが、振幅Aは、前記諸元による影響を受け、前記超音波振動源自体における振幅から減衰する。そのため、振幅Aは、前記超音波振動源自体における振幅と異なる。振幅Aは、検出基板1をマイクロウェル2内の空気に対する振動源としてみたときの振幅であり、マイクロウェル2は、検出基板1表面からごく浅い位置に形成されることから、検出基板1表面における振幅から把握され、実際には、検出基板1表面の振幅をレーザー変位計などで測定することで把握される。
【0034】
また、前記式(6)における1/(ηt)1/2の値については、種々行って得られた実験上の経験則から、1/(ηt)1/2=10とすると、マイクロウェル2内における脱気の成否を何ら矛盾することなく説明することができる。
よって、この知見から、前記式(6)における1/(ηt)1/2を10として、前記式(1)で表される前記超音波印加条件が導き出される。
【0035】
以上から、マイクロウェル2から脱気させるためには、前記式(1)を満足する条件でマイクロウェル2に前記超音波を印加すればよく、具体的には、前記式(1)において、左辺よりも右辺の値が大きくなるように振幅A及び周波数fを設定してマイクロウェル2に前記超音波を印加すればよい。
【0036】
ただし、振幅Aが大きすぎると、検出基板1に印加される前記超音波のエネルギーが過大となり、検出基板1の破壊を招くおそれがある。つまり、振幅Aの上限として、検出基板1の破壊限界を考慮する必要がある。
【0037】
ここで、検出基板1の母材としては、特に制限はなく、シリコン、樹脂、ガラス、金属及びこれらの混合材料のいずれかから適宜選択することができる。
検出基板1の破壊限界に関連して、材料の引張試験強度(MPa)を例示的に説明すると、前記シリコン又は前記ガラスとしては、シリコンウエハで165MPa~180MPa、石英ガラスで50MPa程度、サファイヤで2,250MPa程度である。前記樹脂としては、ナイロン66で75MPa~82MPa、ポリエチレンで21MPa~38MPa、ポリプロピレンで29MPa~37MPa、ポリスチレンで34MPa~82MPa、ポリカーボネートで55MPa~65MPa、メチルメタクリレートで55MPa~86MPa、シリコーンで2MPa~7MPaである。前記金属としては、鉄で196MPa程度、ニッケルで335MPa程度、アルミニウム合金で70MPa~165MPaである。
前記式(1)の左辺における諸元により、実用的には樹脂材料も十分利用し得ることから低コスト性を重視する場合には、前記樹脂が好ましい。一方、大きな振幅Aが求められる場合には、破壊されにくい材料として、シリコンウエハ、サファイヤ、鉄、ニッケルを選択することが好ましい。特に、シリコンウエハは、コスト面からも好適な材料といえる。
【0038】
また、周波数fの範囲について説明する。
周波数fの上限としては、1MHz程度であることが好ましい。超音波洗浄機などで一般的に用いられる超音波振動子の共振周波数が1MHz以下であることから、1MHzを超えると前記超音波振動子の入手が難しく高価となる。
また、周波数fが低すぎると、前記式(1)の前記超音波印加条件を満足させるために振幅Aを大きくする必要があり、延いては、前記超音波振動子に高い電圧を印加する必要が生じる。前記超音波振動子の駆動を、扱いやすい数十ボルト以下の電圧印加範囲に収める観点から、周波数fの下限としては、10kHz程度であることが好ましい。
以上より、前記超音波の周波数fの範囲としては、10kHz~1MHz程度である。
加えて、工業的に通常使用される周波数範囲が10kHz~100kHzであることから、前記超音波の周波数fの範囲としては、合理的な実施を考慮して、10kHz~100kHzであることがより好ましい。
更に、加振に伴う騒音の発生にも配慮するという点を考えれば、ヒトの可聴域(最大20kHz)以上の周波数帯であることが好適であり、前記超音波の周波数fの範囲としては、20kHz~100kHzであることが特に好ましい。
なお、本明細書において、「超音波」とは、必ずしもヒトの可聴域を超える音波を意味せず、高い周波数の振動を意味し、前述の通り、周波数が10kHz~1MHz程度の振動を意味する。
また、Afの上限としては、検出基板1の破壊を生じさせる振幅Aの上限を1mmとすると、周波数fの上限が1MHz程度であるから、1,000m/s程度と見積もることができる。
【0039】
次に、本発明の前記液体試料充填方法が適用される前記マイクロウェルの寸法について説明する。
前記液体試料充填方法では、およそ、基板表面に形成されるウェル(凹部)からの脱気を通じて前記ウェルに液体を充填するための前記超音波条件を専らの関心事とし、前記ウェルの寸法が脱気を要しないほど大きいといった、前記液体の導入時に前記ウェルに気泡が残留する厳密な寸法条件を関心事としない。また、前記ウェルに気泡が残留する条件は、前記ウェルの疎水化など寸法以外を要因の影響を受ける。
しかしながら、前記液体試料充填方法の目的は、前記マイクロウェルを用いて前記標的物質(微量のウイルスやタンパク質)を前記デジタル測定法で検出する場合に従来技術が抱える諸問題を解決することにある。
そのため、前記液体試料充填方法としては、微小な寸法で形成される前記マイクロウェルを対象とし、こうした寸法で形成される前記マイクロウェルについては、前記液体の導入時に前記ウェルに気泡が残留することが危惧される。
【0040】
前記マイクロウェルの具体的な寸法について、先ず、前記マイクロウェルの開口面積Sopenとしては、特に制限はないが、前記デジタル測定法に供与される前記マイクロウェルを対象とする観点から、10μm2~1,600μm2であることが好ましいといえる。
次に、前記マイクロウェルの深さとしては、特に制限はないが、3.5μm~40μmであることが好ましい。3.5μm未満であると、前記液体試料における微量の前記標的物質を検出するための前記液体試料の液量を賄う前記マイクロウェルの容積が不足するおそれがあり、40μmを超えると、デジタルカウントを行う撮像素子のフォーカスが深さ方向全体に合わなくなるなど、前記デジタル測定法に向かないものとなる。
【0041】
前記マイクロウェルの形状としては、特に制限はなく、多角柱状、円柱状、楕円柱状、コニカル状、多角錐台状、円錐台状などとすることができる。
もっとも、前記マイクロウェル内部で生じる光信号を前記検出基板の前記表面上の検出位置からデジタル計測する場合、前記マイクロウェル内部のいずれの地点においても、当該地点から前記検出位置までを結ぶ直線上に前記マイクロウェルの前記内壁が位置しない構造であることが好適であることから、前記マイクロウェルの前記内壁の位置における、前記マイクロウェルの開口面の面方向に沿う方向の最大径が前記マイクロウェルの前記開口面における開口径以下であることが好ましい。つまり、前記マイクロウェルの前記内壁としては、前記最大径が前記開口径と同等の径で開口された形状とされるか、深くなるにつれて幅狭となるテーパ形状を持つ形状とされることが好ましい。なお、前記内壁としては、必ずしもその側面が底面に対して切立った形状とされる必要はなく、例えば、形成方法等に由来して断面略U字状等に湾曲形成されていてもよい。
ここで、前記マイクロウェルを構成する側壁としては、薄くても厚くてもよく、また、前記側壁の外壁としては、隣接する他のマイクロウェルの内壁を構成してもよく、流路やスペーサ等の任意構造を構成してもよい。
【0042】
前記検出基板における前記マイクロウェルの形成個数としては、特に制限はなく、通常、複数であり、前記標的物質の検出に供される前記液体試料の液量、前記液体試料に含まれ得る前記標的物質の濃度など、目的に応じて適宜選択される。前記形成個数の上限としては、108個程度である。
【0043】
前記検出基板における前記マイクロウェルの形成方法としては、特に制限はなく目的に応じて適宜選択することができ、例えば、リソグラフィによるパターン描画後にエッチングによって前記マイクロウェルを形成する方法や、前記マイクロウェルの形状を持った型を用いた射出成型やインプリントにより前記マイクロウェルを形成する方法等の公知の方法が挙げられる。
例えば、シリコンを形成材料としてリソグラフィ及び反応性イオンエッチングにより、微小サイズの前記マイクロウェルを高精細に形成することができる。
なお、
図4に示す前記マイクロウェル群の作製例は、シリコン基板を形成材料としてリソグラフィ及び反応性イオンエッチングにより作製したものである。
【0044】
また、前記マイクロウェルとしては、前記オイル等を用いた封止で複数の前記マイクロウェルの間を分離するため、疎水化処理されていることが好ましい。前記疎水化処理の方法としては、特に制限はなく、例えば、疎水性ポリマー(例えば、フォトレジスト)の塗布処理、疎水性分子層(例えば、ジメチルジクロロシラン)の成膜処理等の公知の方法が挙げられる。
なお、前記疎水化処理された前記マイクロウェルでは、疎水化された面が空気と接することから、前記式(1)におけるγLS(前記液体試料と前記マイクロウェルの前記内壁との間の表面張力)及びγS(前記マイクロウェルの前記内壁と空気との間の表面張力)について、前記検出基板の形成材料に関わらず、前記疎水化された状態の前記マイクロウェルの前記内壁に対する値が適用される。
【0045】
前記液体試料としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択される。例えば、前記標的物質(ウイルスやタンパク質など)を含み得る検体(唾液や血液など)、前記標的物質を検出する検出試薬及び溶媒の混合液などが挙げられ、前記検出試薬としては、デジタルELISA法等で用いられる公知の試薬を用いることができる。
特に、前記液体試料が水を50質量%以上の含有率で含む液体であると十分な流動性を持つことから、前記液体試料充填方法を効果的に適用することができる。
こうした液体試料としては、例えば、水の含有率が高い唾液(99.5質量%)や血漿(90質量%)から、水の含有率の低い、タンパク質(前記標的物質)を-20℃で保存するのに用いられるグリセロール水溶液(50質量%)までを含み、前記デジタル測定法に用いられる広範な液体が対象とされる。
【0046】
前記超音波印加工程の実施に用いられる超音波振動源としては、前記式(1)の超音波印加条件を満足するように、前記マイクロウェルに前記超音波を印加可能とされるものであれば、特に制限はなく、公知の超音波振動子及びこれを含む超音波振動装置が挙げられる。
また、実施装置としては、特に制限はないが、前記超音波振動源の振動面上に前記検出基板を前記裏面側から配する形で前記超音波振動源と前記検出基板とがコンタクトされた装置が簡便である。
前記超音波振動源と前記検出基板とのコンタクト方法としては、特に制限はなく、接着剤を介して固定する方法、接着テープを介して固定する方法、ゲルや液体を介してコンタクトさせる方法、クランプ留めにより圧着する方法などが挙げられる。
前記液体試料充填方法の実施に用いることが好適な装置を以下に説明する。
【0047】
(液体試料充填装置)
本発明の液体試料充填装置は、検出基板と、前記検出基板の裏面側に配される超音波振動装置とを有する。
【0048】
前記検出基板は、マイクロウェルが表面に形成される基板であり、前記液体試料充填方法で説明した事項を適用して構成される。
【0049】
前記超音波振動装置は、超音波印加時の前記検出基板表面の振幅Aと前記超音波の周波数fとの積であるAfが下記式(1)を満足する印加条件で前記超音波を前記検出基板に印加可能とされる超音波振動部と、オン操作に応じて前記超音波振動部に前記超音波印加を開始させるとともに前記印加条件を満足する前記超音波印加を終えた段階で前記超音波振動部に前記超音波印加を停止させるように設定された自動オフ制御部とを有する。
【0050】
【数13】
ただし、前記式(1)中のΔGは、下記式(2)で表され、これらの式中のZ
airは、空気の音響インピーダンスを示し、S
openは、前記マイクロウェルの開口面積を示し、S
insideは、前記マイクロウェルの内壁を構成する全ての壁面の合計面積を示し、S
bubbleは、前記マイクロウェルの容積Vと等しい体積の球の表面積を示し、γ
Lは、前記液体試料と空気との間の表面張力を示し、γ
LSは、前記液体試料と前記マイクロウェルの前記内壁との間の表面張力を示し、γ
Sは、前記マイクロウェルの前記内壁と空気との間の表面張力を示す。
【0051】
【0052】
前記超音波振動部は、前記液体試料充填方法で説明した前記式(1)の前記超音波印加条件による前記超音波の印加を実行可能とされ、公知の超音波振動子及びこれを含む超音波振動装置により構成される。
【0053】
前記自動オフ制御部は、ユーザのオン操作入力に伴う前記超音波振動部での前記超音波印加の開始と、ユーザの操作を伴わない前記超音波の印加の自動停止とを制御可能とされ、公知の時間制御型スイッチなどにより構成される。
【0054】
このように構成される前記液体試料充填装置では、前記超音波振動装置に対する前記式(1)の前記超音波印加条件の設定に煩うことなく、オン操作入力一つで、前記液体試料充填方法を実行することができ、ユーザフレンドリかつ短時間での検出操作を実現することができる。
【0055】
前記液体試料充填装置の実施形態の例を図面を参照しつつ説明する。
図5に示すように、液体試料充填装置10は、超音波振動装置11と、操作ステージ12とを有する。
【0056】
超音波振動装置11は、盤状のハウジング内に公知の超音波振動子等により構成される前記超音波振動部と、公知の時間制御型スイッチなどにより構成される構成される前記自動オフ制御部とを有し、前記自動オフ制御部に対するオン操作入力用の操作ボタン13が前記ハウジングに形成されている。また、前記ハウジングには、オン状態時に点灯する作動ランプ14が形成されている。
【0057】
操作ステージ12は、
図6(a)~(c)に示すように、断面凹状の升状部材とされ、外縁側が隆起した形状の枠体12aと、枠体12aの中央に形成された溝形状底面のステージ面12bとを有し、ステージ面12b上に前記マイクロウェルが形成された検出基板20が前記裏面側から載置されるように配される。
ここで、操作ステージ12としては、超音波振動装置11の振動面(上面)上に着脱自在に取り付けられる。また、検出基板20としては、ステージ面12b上に接着等される。
なお、操作ステージ12としては、検出基板20と同様の材料で形成することができる。
【0058】
以上のように構成される液体試料充填装置10では、操作ボタン13を介したオン操作入力一つで、本発明の前記液体試料充填方法を実行することができ、超音波振動装置11に対する前記式(1)の前記超音波印加条件の設定に煩うことなく、ユーザフレンドリかつ短時間で前記標的物質の検出操作を実現することができる。
また、液体試料充填装置10では、前記液体試料を操作ステージ12の枠体12a内で取り扱うことができ、超音波振動装置11への前記液体試料の飛散などを防止することができる。
なお、操作ステージ12としては、洗浄により再使用可能であるが、測定完了後に使い捨てとすることもでき、ウイルス等の危険物質を取り扱う場合に有益である。
【0059】
(液体試料充填装置の設計方法)
本発明の液体試料充填装置の設計方法は、マイクロウェルが表面に形成される検出基板と、前記検出基板の裏面側に配される超音波振動装置とを有する液体試料充填装置に対し、超音波印加時の前記検出基板表面の振幅Aと前記超音波の周波数fとの積であるAfが下記式(1)を満足する印加条件で前記超音波を前記検出基板に印加するように前記超音波振動装置を設計することを特徴とする。
【0060】
【数15】
ただし、前記式(1)中のΔGは、下記式(2)で表され、これらの式中のZ
airは、空気の音響インピーダンスを示し、S
openは、前記マイクロウェルの開口面積を示し、S
insideは、前記マイクロウェルの内壁を構成する全ての壁面の合計面積を示し、S
bubbleは、前記マイクロウェルの容積Vと等しい体積の球の表面積を示し、γ
Lは、前記液体試料と空気との間の表面張力を示し、γ
LSは、前記液体試料と前記マイクロウェルの前記内壁との間の表面張力を示し、γ
Sは、前記マイクロウェルの前記内壁と空気との間の表面張力を示す。
【0061】
【0062】
このような液体試料充填装置の設計方法によれば、前記液体試料充填方法で説明した前記式(1)の前記超音波印加条件による前記超音波の印加を実行可能な前記液体試料充填装置を得ることができる。
【実施例0063】
(実施例1)
先ず、一辺が10μm、深さが5μmのサイズで形成された四角柱状のマイクロウェルが表面側に6,084個形成されたシリコン製検出基板を作製した。前記検出基板自体のサイズは、一辺が10mm、厚さが0.7mmである。
次に、前記検出基板を5w/v%(重量体積%;0.05g/mL)ジメチルジクロロシラン・トルエン溶液(富士フイルム和光純薬社製)に1分間浸漬させ、表面を疎水化した。
次に、超音波振動子(富士セラミックス社製、FBL40452HS、ランジュバン型、超音波振動の周波数f:40.8kHz)を用意し、これに電圧印加装置(NF回路設計ブロック社製、MultiFunction Generator WF1974)を接続した。
次に、前記超音波振動子の振動面上に前記検出基板を裏面側から配する形で、両面テープ(寺岡製作所社製、7602#25、カプトンベースフィルム厚さ:25μm、シリコーン粘着剤厚さ:30μm/層)により前記超音波振動子と前記検出基板との固定を行った。
以上により、実施例1に係る液体試料充填装置を作製した。
【0064】
実施例1に係る液体試料充填装置では、前記電圧印加装置から前記超音波振動子に印加される電圧を変化させることで、前記検出基板の表面に印加される超音波の振幅Aが変更可能とされる。
また、前記検出基板の表面における振幅Aは、前記検出基板の近傍に設置したレーザー変位計(キーエンス製、SI-FD500、最小分解能:10nm)で計測することとした。なお、前記レーザー変位計の計測値は、波形のヒストグラムを|Sin(t)|*G(t)型関数(正弦波の絶対値とガウス分布の畳み込み関数)によりフィッティングして取得した。
【0065】
以上の条件下で、以下のように前記マイクロウェルに水を充填する試験(水充填試験)を行った。
先ず、実施例1に係る液体試料充填装置における前記検出基板の表面上にマイクロピペットを用いて水30μLを滴下した。水滴は、接触角を有して前記検出基板の表面上に半球状に保持され、これにより、前記マイクロウェルが水滴で覆われる状態とした。この状態で前記マイクロウェル内に水が充填されると、つまり、脱気が生じると、水滴の表面側に気泡が集積して、目視により脱気の有無を確認することができる。
次に、前記電圧印加装置から前記超音波振動子に電圧を印加し、超音波振動の周波数fが40.8kHの超音波振動を前記マイクロウェルに印加して脱気の有無を確認した。
ここで、前記電圧印加装置から前記超音波振動子に印加する電圧の大きさを3通りとし、それぞれの電圧印加条件下で、水の滴下、電圧印加及び脱気の有無の確認を一連の流れとする操作を行った。
3通りの電圧印加条件に基づく、前記検出基板の表面における振幅Aは、前記レーザー変位計により、それぞれ0.39μm、0.76μm、1.01μmと計測された。
なお、前記超音波振動の印加時間としては、脱気の有無(脱気が生じた場合、脱気が生じ終えたタイミング)を問わず、10秒間程度とした。
実施例1における前記水充填試験の結果を下記表1に示す。
【0066】
【0067】
上掲表1に示すように、振幅Aが0.39μm及び0.76μmとなる電圧印加条件では、脱気が認められなかったが、振幅Aが1.01μmとなる電圧印加条件では、脱気が確認された。
【0068】
これらの結果を前記式(6)に照らしてみる。
前記水充填試験の諸条件から、前記式(6)の左辺の値(以下、この値を「C」とする)を以下のように算出した。
前記マイクロウェルの形状から、Sopen=100μm2、Sinside=300μm2である。また、前記マイクロウェルの容積V=0.5pLより、同じ体積の球の表面積を計算してSbubble=304.6μm2である。また、下記参考文献1から、γL=73mN/m(水)、γS=40mN/m(ジメチルジクロロシラン表面)、γLS=17mN/mである。つまり、前記式(6)中のΔGは、(Sbubble-Sopen)γL+Sinside(γLS-γS)=8.04×10-12N・mと算出される。
また、Zair=420Pa・s・m-2である。
以上の数値を用いて、Cの値を計算すると、C=0.00311/(ηt)1/2[m/s]と算出される。
参考文献1:Park et al., J. Biomed. Mater. Res. (1991)
【0069】
一方、前記式(6)の右辺(Af)の値は、振幅Aが0.76μmの脱気不成立条件で0.0310m/sと算出され、振幅Aが1.01μmの脱気成立条件で0.0412m/sと算出されることから、脱気が成立する1/(ηt)1/2の閾値は、先のCの算出結果を用いて、9.96<1/(ηt)1/2<13.2と見積もられる。
よって、1/(ηt)1/2を、およそ10と仮定し、また、脱気が成立するCの閾値を0.0311m/s(=10×0.00311[m/s])と見積もることができる。
以下では、実施例1における脱気成立条件から見積もられる、0.0311<Af[m/s]の条件、つまり、前記式(1)の条件が、異なる振幅A及び周波数fにおいて脱気成立条件として適当であるかを更に検証する。
【0070】
(実施例2)
前記超音波振動子を富士セラミックス社製のFBL40452HSから同社製のFBL28452HS(超音波振動の周波数f:28.0kHz)に変更したこと以外は、実施例1と同様にして、実施例2に係る液体試料充填装置を作製した。
【0071】
実施例2に係る液体試料充填装置を用いて実施例1と同様の前記水充填試験を行った。
ここで、前記電圧印加装置から前記超音波振動子に印加する電圧の大きさを3通りとし、これら3通りの電圧印加条件に基づく、前記検出基板の表面における振幅Aは、前記レーザー変位計により、それぞれ0.67μm、0.93μm、1.23μmと計測された。
実施例2における前記水充填試験の結果を下記表2に示す。
【0072】
【0073】
上掲表2に示すように、実施例2における前記水充填試験では、実施例1と同様に、0.0311<Af[m/s]の条件、つまり、前記式(1)の条件に適合する場合(〇)は、脱気が確認され、前記式(1)の条件に適合しない場合(×)は、脱気が確認されなかった。
つまり、実施例2における前記水充填試験の結果は、実施例1における1/(ηt)1/2及びCの見積もりが妥当であることを支持する。
【0074】
(実施例3)
前記超音波振動子を富士セラミックス社製のFBL40452HSから同社製のFBL28452HS(超音波振動の周波数f:28.5kHz)に変更し、前記超音波振動子と前記電圧印加装置との間にバイポーラ電源(松定プレシジョン社製、PJOP10-5)を接続して電力を増幅させたこと以外は、実施例1と同様にして、実施例3に係る液体試料充填装置を作製した。
ここで、前記電圧印加装置から前記超音波振動子に印加する電圧の大きさを5通りとし、これら5通りの電圧印加条件に基づく、前記検出基板の表面における振幅Aは、前記レーザー変位計により、それぞれ0.74μm、0.93μm、1.12μm、1.52μm、2.12μmと計測された。
実施例3における前記水充填試験の結果を下記表3に示す。
【0075】
【0076】
上掲表3に示すように、実施例3における前記水充填試験では、実施例1と同様に、0.0311<Af[m/s]の条件、つまり、前記式(1)の条件に適合する場合は、脱気が確認され、前記式(1)の条件に適合しない場合は、脱気が確認されなかった。
つまり、実施例3における前記水充填試験の結果は、実施例1における1/(ηt)1/2及びCの見積もりが妥当であることを支持する。特に、脱気成立の境界ラインである振幅Aが1.12μmのときのAf値は、0.0319m/sであり、0.0311<Af[m/s]と仮定した脱気成立条件が妥当であることを強く支持する。
【0077】
(実施例4)
前記超音波振動子を富士セラミックス社製のFBL40452HSから村田製作所社製の7BB-35-3LD(薄型の圧電振動板)に変更し、これに前記電圧印加装置を接続したこと以外は、実施例1と同様にして、実施例4に係る液体試料充填装置を作製した。
【0078】
実施例4に係る液体試料充填装置を用いて実施例1と同様の前記水充填試験を行った。
具体的に、実施例4の前記水充填試験は、前記電圧印加装置から前記超音波振動子に印加される電圧の周波数の設定により、前記超音波振動子が前記検出基板の表面に与える超音波振動の周波数fを40.8kHzから74.0kHzに変更したこと以外は、実施例1の前記水充填試験と同様にして行った。
ここで、前記電圧印加装置から前記超音波振動子に印加する電圧の大きさを8通りとし、これら8通りの電圧印加条件に基づく、前記検出基板の表面における振幅Aは、前記レーザー変位計により、それぞれ0.03μm、0.04μm、0.06μm、0.11μm、1.14μm、1.38μm、1.46μm、1.53μmと計測された。
実施例4における前記水充填試験の結果を下記表4に示す。
【0079】
【0080】
上掲表4に示すように、実施例4における前記水充填試験では、実施例1と同様に、0.0311<Af[m/s]の条件、つまり、前記式(1)の条件に適合する場合は、脱気が確認され、前記式(1)の条件に適合しない場合は、脱気が確認されなかった。
つまり、実施例4における前記水充填試験の結果は、実施例1における1/(ηt)1/2及びCの見積もりが妥当であることを支持する。
【0081】
(実施例5)
薄型の前記圧電振動板で構成された前記超音波振動子(村田製作所社製、7BB-35-3LD)のベースプレート部分を一部切除加工し、共振条件を変更したこと以外は、実施例4と同様にして、実施例5に係る液体試料充填装置を作製した。
【0082】
実施例5に係る液体試料充填装置を用いて実施例1と同様の前記水充填試験を行った。
具体的に、実施例5の前記水充填試験は、前記電圧印加装置から前記超音波振動子に印加される電圧の周波数の設定により、前記超音波振動子が前記検出基板の表面に与える超音波振動の周波数fを40.8kHzから84.0kHzに変更したこと以外は、実施例1の前記水充填試験と同様にして行った。
ここで、前記電圧印加装置から前記超音波振動子に印加する電圧の大きさを2通りとし、これら2通りの電圧印加条件に基づく、前記検出基板の表面における振幅Aは、前記レーザー変位計により、それぞれ0.33μm、0.72μmと計測された。
実施例5における前記水充填試験の結果を下記表5に示す。
【0083】
【0084】
上掲表5に示すように、実施例5における前記水充填試験では、実施例1と同様に、0.0311<Af[m/s]の条件、つまり、前記式(1)の条件に適合する場合は、脱気が確認され、前記式(1)の条件に適合しない場合は、脱気が確認されなかった。
つまり、実施例4における前記水充填試験の結果は、実施例1における1/(ηt)1/2及びCの見積もりが妥当であることを支持する。
【0085】
以上の通り、前記式(6)における1/(ηt)1/2の値を10とした前記式(1)の条件によると、脱気の成否を矛盾なく説明することができる。
よって、前記マイクロウェルに対し、気泡の残留を抑制して被検体となる液体試料を充填するためには、前記式(1)の条件を満たすように振幅A及び周波数fが設定された超音波振動を前記マイクロウェルに印加すればよい。