(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024106646
(43)【公開日】2024-08-08
(54)【発明の名称】三元共重合体及びそれを用いた表面修飾針状物、並びにその使用方法
(51)【国際特許分類】
C08F 220/54 20060101AFI20240801BHJP
C12N 15/87 20060101ALI20240801BHJP
A01H 1/00 20060101ALI20240801BHJP
C12M 1/00 20060101ALI20240801BHJP
【FI】
C08F220/54
C12N15/87 Z
A01H1/00 A
C12M1/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】17
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023011017
(22)【出願日】2023-01-27
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り ウェブサイトのアドレス https://confit.atlas.jp/guide/event/jsap2022s/subject/24a-E104-3/tables?cryptoId= 掲載日:令和4年2月25日 [刊行物等] 2022年第69回応用物理学会春季学術講演会 開催日:令和4年3月24日 [刊行物等] ウェブサイトのアドレス https://confit.atlas.jp/guide/event/biosympo2022/participant_login?eventCode=biosympo2022 掲載日:令和4年9月2日 [刊行物等] 第16回バイオ関連化学シンポジウム 開催日:(1)令和4年9月11日、(2)令和4年9月12日
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100123593
【弁理士】
【氏名又は名称】関根 宣夫
(72)【発明者】
【氏名】山岸 彩奈
(72)【発明者】
【氏名】中村 史
(72)【発明者】
【氏名】山崎 智彦
(72)【発明者】
【氏名】吉川 千晶
【テーマコード(参考)】
2B030
4B029
4J100
【Fターム(参考)】
2B030AA02
2B030AB02
2B030CA14
2B030CB03
4B029AA23
4B029BB12
4J100AL08R
4J100AM21P
4J100AM21Q
4J100BA03P
4J100BA03Q
4J100BC43Q
4J100BC66R
4J100CA05
4J100DA04
4J100FA03
4J100FA06
4J100FA18
4J100GC07
4J100JA51
4J100JA64
(57)【要約】
【課題】マイクロニードル・ナノニードル等の物質吸着表面における物質の吸着効率、吸着特異性、放出効率等を向上するための新たな手段を提供する
【解決手段】式(1)で表される構造を有する三元共重合体。
(但し、式(1)中、各符号は明細書に記載の定義を表す。)
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(1)で表される構造を有する三元共重合体。
【化1】
(但し、式(1)中、
R
11は、炭素数1~6の直鎖又は分岐鎖の二価の脂肪族炭化水素基を表し、
R
12は、水素又はメチルを表し、
R
21は、1~3個の水酸基により置換された炭素数1~6の直鎖又は分岐鎖の一価の脂肪族炭化水素基を表し、
R
22は、水素又はメチルを表し、
R
3は、水素又はメチルを表し、
RingAは、1~3個の水酸基を有する芳香族炭化水素基を表し、
RingBは、1~3個のオキソ基を有する窒素含有環式基を表し、
T
1及びT
2は、各々独立に、末端基を表し、
xは、1以上5000以下の自然数を表し、
yは、1以上8000以下の自然数を表し、
zは、1以上5000以下の自然数をし、
ここで、x個、y個、及びz個の各単量体単位は、各々ブロックとして存在していてもよく、ランダムに共存していてもよい。)
【請求項2】
RingAが、ジヒドロキシフェニル基である、請求項1に記載の三元共重合体。
【請求項3】
RingBが、N-コハク酸イミド基である、請求項1に記載の三元共重合体。
【請求項4】
表面の少なくとも一部が、請求項1~3の何れか一項に記載の三元共重合体により修飾されてなる、表面修飾針状物。
【請求項5】
支持体と、前記支持体上に配列された複数の針部とを備えるマイクロニードルアレイであって、
前記複数の針部の一部又は全部が、請求項4に記載の表面修飾針状物である、マイクロニードルアレイ。
【請求項6】
前記針部の基底面の直径が1~20μmであり、
前記針部の先端面の直径が0.5~3μmであり、
前記針部の長さが30~100μmであり、
前記針部の先端面及び断面の直径が前記基底面の直径以下、かつ、前記先端面から前記針部の長さマイナス10μmまでの前記断面の直径の増加率が0~5%であり、
前記針部の先端面間距離が20~1000μmである、請求項5に記載のマイクロニードルアレイ。
【請求項7】
前記針部のアスペクト比(長さ/(1/2長さ面の直径))が5~200である、請求項6に記載のマイクロニードルアレイ。
【請求項8】
前記支持体及び前記針部が一体であり、かつ、単結晶シリコンからなる、請求項6に記載のマイクロニードルアレイ。
【請求項9】
植物細胞への目的物質の導入に用いるための、請求項6に記載のマイクロニードルアレイ。
【請求項10】
前記植物細胞が植物組織に含まれている細胞である、請求項9に記載のマイクロニードルアレイ。
【請求項11】
前記植物組織が茎頂分裂組織である、請求項10に記載のマイクロニードルアレイ。
【請求項12】
植物細胞に目的物質を導入する方法であり、
前記植物細胞に、前記目的物質を表面に付着させた、請求項4に記載の表面修飾針状物、又は、請求項5に記載のマイクロニードルアレイの針部を挿入する挿入工程、
を含む、植物細胞への物質導入方法。
【請求項13】
前記挿入工程における挿入速度が、0.01~50μm/秒である、請求項12に記載の植物細胞への物質導入方法。
【請求項14】
前記挿入工程において、前記針部を、挿入方向に、振幅0.01~50μm及び周波数0.1~2000Hzの条件で振動させる、請求項12の植物細胞への物質導入方法。
【請求項15】
前記植物細胞が植物組織に含まれている細胞であり、植物組織への物質導入方法である、請求項12に記載の植物細胞への物質導入方法。
【請求項16】
原子間力顕微鏡(AFM)又は分子間力測定装置のカンチレバーに取り付けて使用される、針状先端部を有するプローブであって、
前記針状先端部が、請求項4に記載の表面修飾針状物である、プローブ。
【請求項17】
請求項16に記載のプローブを含む、原子間力顕微鏡(AFM)又は分子間力測定装置のカンチレバー。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、三元共重合体及び当該三元共重合体により表面修飾された表面修飾針状物、並びに斯かる表面修飾針状物を用いたマイクロニードルアレイ(以下適宜「MNA」と略称する。)、植物細胞への物質導入方法、原子間力顕微鏡(以下適宜「AFM」と略称する。)用プローブ及びカンチレバーに関する。
【背景技術】
【0002】
種苗産業をはじめとする様々な分野において、植物の機能改変には、交雑、放射線やDNA損傷薬剤等による突然変異の誘発、アグロバクテリウムや植物ウイルスベクターを用いた遺伝子組換えによる形質導入等の方法が用いられている。また、近年では、遺伝的性質を改変する方法として、ゲノム編集技術に注目が集まっており、植物の機能改変においても、ゲノム編集技術の研究が進められている。植物のゲノム編集技術としては、上記のアグロバクテリウムを用いてDNAを細胞に導入する方法が知られているが、当該方法はアグロバクテリウムのT-DNAのゲノムDNAへの挿入に頼るものであるため、挿入箇所の遺伝子が破壊されるリスクを伴う。また例えば、対象の細胞が含まれる組織によっては、導入の目的とするタンパク質やゲノム編集に必要なタンパク質のプロモーターが機能しないために当該タンパク質が発現せず、目的の編集操作ができないといった問題もある。
【0003】
他方、タンパク質やRNAを細胞に直接導入することによってゲノム編集をする技術によれば、生物種、組織、細胞を問わず、ゲノム編集を行うことが可能である。しかしながら、動物細胞や培養細胞と比較して、植物組織に含まれている細胞は、固い表皮組織や細胞壁に覆われているため、物理的な穿孔が困難である。これまで、このような植物細胞に目的物質を直接導入する技術としては、パーティクルボンバードメント法、エレクトロポーレション法、及びマイクロインジェクション法が知られている。
【0004】
前記パーティクルボンバードメント法は、金微粒子表面に目的物質(核酸、タンパク質等)を付着させ、これを高圧ガスで射出することによって植物細胞に穿孔し、当該植物細胞内に前記目的物質を導入する方法である。しかしながら、パーティクルボンバードメント法には、導入効率が低いことや、導入箇所が制御できないといった問題がある。前記エレクトロポーレション法は、電気パルスによって植物細胞に穿孔して目的物質を導入する方法である。しかしながら、エレクトロポーレション法では、プロプラストを調製する必要があり、同方法には植物組織に含まれている細胞に対して直接適用することができないといった問題がある。前記マイクロインジェクション法は、キャピラリによって細胞内に目的物質の溶液を注入する方法であり、植物組織に含まれている細胞に対して直接適用することが可能である。しかしながら、マイクロインジェクション法では、キャピラリの形状や大きさが植物細胞(特に植物組織の深層部にある細胞)に適しておらず、また、スループットも低いといった問題がある。
【0005】
特許文献1(特開2015-181384号公報)には、人工ヌクレアーゼが結合したマイクロニードルを細胞に穿刺することによって細胞に人工ヌクレアーゼを導入する方法が記載されており、特許文献2(国際公開第2019/113396号)には、ナノワイヤアレイを植物細胞に挿入して生体分子を植物細胞内に挿入する方法が記載されている。このようなマイクロニードルやナノワイヤアレイを用いた方法によれば、顕微鏡観察下で位置合わせを行いながら細胞への挿入操作を行うため、植物組織の目的細胞に対して目的物質を導入することが可能となる。しかし、これらのマイクロニードルやナノワイヤアレイは、植物細胞、特に、組織培養細胞、植物体再生が困難な植物種の細胞等の、植物組織に含まれている植物細胞に対してこれらを挿入することが困難であったり、目的物質の導入ができない場合があった。
【0006】
本発明者等は、ナノスケールの超極細針状材料を使用することで、細胞に対するダメージを低減した技術(特許文献3:特許4625925号公報)、及び、ナノニードルを細胞へと挿入した後に、ナノニードルアレイを高周波振動させることにより、細胞内への物質導入効率を向上させた技術(特許文献4:特許6449057号公報)を開発している。また、凸状構造物であって特定の高アスペクト比を有するマイクロニードルを、特定の間隔で支持体上に整列させたマイクロニードルアレイ(MNA)を用いることにより、植物組織に含まれている植物細胞に対して目的物質を高効率に導入可能な技術を開発している(特許文献5:特開2021-151201号公報)。これらは優れた技術であるが、斯かるマイクロニードル・ナノニードルを用いた目的物質の導入時には、当該マイクロニードル・ナノニードル表面に目的物質の溶液を滴下し、静電的な相互作用でマイクロニードル・ナノニードル表面に吸着させているところ、目的物質の導入効率に限界があり、更に改善の余地があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2015-181384号公報
【特許文献2】国際公開第2019/113396号
【特許文献3】特許4625925号公報
【特許文献4】特許6449057号公報
【特許文献5】特開2021-151201号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は上記課題に鑑みてなされたもので、マイクロニードル・ナノニードル等の物質吸着表面における物質の吸着効率、吸着特異性、放出効率等を向上するための新たな手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、新規な構造を有する三元共重合体を開発し、斯かる三元共重合体で針状物の表面を修飾することにより、物質の吸着効率、吸着特異性、放出効率等を向上できること、惹いては斯かる表面修飾針状物を使用することで、マイクロニードル・ナノニードルを用いた目的物質の導入効率の向上や、AFMのカンチレバーによる目的物質の吸着効率・吸着特異性の向上等、各種用途への適用により種々の利点が得られることを見い出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、以下の態様を包含する。
[1]式(1)で表される構造を有する三元共重合体。
【化1】
(但し、式(1)中、
R
11は、炭素数1~6の直鎖又は分岐鎖の二価の脂肪族炭化水素基を表し、
R
12は、水素又はメチルを表し、
R
21は、1~3個の水酸基により置換された炭素数1~6の直鎖又は分岐鎖の一価の脂肪族炭化水素基を表し、
R
22は、水素又はメチルを表し、
R
3は、水素又はメチルを表し、
RingAは、1~3個の水酸基を有する芳香族炭化水素基を表し、
RingBは、1~3個のオキソ基を有する窒素含有環式基を表し、
T
1及びT
2は、各々独立に、末端基を表し、
xは、1以上5000以下の自然数を表し、
yは、1以上8000以下の自然数を表し、
zは、1以上5000以下の自然数をし、
ここで、x個、y個、及びz個の各単量体単位は、各々ブロックとして存在していてもよく、ランダムに共存していてもよい。)
[2]RingAが、ジヒドロキシフェニル基である、項1に記載の三元共重合体。
[3]RingBが、N-コハク酸イミド基である、項1に記載の三元共重合体。
[4]表面の少なくとも一部が、項1~3の何れか一項に記載の三元共重合体により修飾されてなる、表面修飾針状物。
[5]支持体と、前記支持体上に配列された複数の針部とを備えるマイクロニードルアレイであって、
前記複数の針部の一部又は全部が、項4に記載の表面修飾針状物である、マイクロニードルアレイ。
[6]前記針部の基底面の直径が1~20μmであり、
前記針部の先端面の直径が0.5~3μmであり、
前記針部の長さが30~100μmであり、
前記針部の先端面及び断面の直径が前記基底面の直径以下、かつ、前記先端面から前記針部の長さマイナス10μmまでの前記断面の直径の増加率が0~5%であり、
前記針部の先端面間距離が20~1000μmである、項5に記載のマイクロニードルアレイ。
[7]前記針部のアスペクト比(長さ/(1/2長さ面の直径))が5~200である、項6に記載のマイクロニードルアレイ。
[8]前記支持体及び前記針部が一体であり、かつ、単結晶シリコンからなる、項6に記載のマイクロニードルアレイ。
[9]植物細胞への目的物質の導入に用いるための、項6に記載のマイクロニードルアレイ。
[10]前記植物細胞が植物組織に含まれている細胞である、項9に記載のマイクロニードルアレイ。
[11]前記植物組織が茎頂分裂組織である、項10に記載のマイクロニードルアレイ。
[12]植物細胞に目的物質を導入する方法であり、
前記植物細胞に、前記目的物質を表面に付着させた、項4に記載の表面修飾針状物、又は、項5に記載のマイクロニードルアレイの針部を挿入する挿入工程、
を含む、植物細胞への物質導入方法。
[13]前記挿入工程における挿入速度が、0.01~50μm/秒である、項12に記載の植物細胞への物質導入方法。
[14]前記挿入工程において、前記針部を、挿入方向に、振幅0.01~50μm及び周波数0.1~2000Hzの条件で振動させる、項12の植物細胞への物質導入方法。
[15]前記植物細胞が植物組織に含まれている細胞であり、植物組織への物質導入方法である、項12に記載の植物細胞への物質導入方法。
[16]原子間力顕微鏡(AFM)又は分子間力測定装置のカンチレバーに取り付けて使用される、針状先端部を有するプローブであって、
前記針状先端部が、項4に記載の表面修飾針状物である、プローブ。
[17]項16に記載のプローブを含む、原子間力顕微鏡(AFM)又は分子間力測定装置のカンチレバー。
【発明の効果】
【0011】
本発明の三元共重合体は、マイクロニードル・ナノニードルや原子間力顕微鏡(AFM)のカンチレバー等の針状物の表面修飾に用いることにより、物質の吸着効率、吸着特異性、放出効率等を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明のマイクロニードルアレイの一実施形態を示す模式縦断面図である。
【
図2】実施例で使用したマイクロニードルアレイの外観を示すSEM写真である。
【
図3】洗浄前後の各実施例及び比較例の修飾MNA表面固定化GFPタンパク質の植物細胞質模擬緩衝液による蛍光強度を示すグラフである。
【
図4】実施例で使用したGUSレポーター遺伝子の構成を説明するための模式図である。
【
図5】(a)及び(b)は、実施例1の修飾MNAによる導入操作後のGUS染色葉組織の光学顕微鏡写真である。(a)の写真における点線部はMNA挿入部位を示す。(b)の写真は(a)の写真のうちGUS染色が観察された部分の拡大写真である。
【
図6】実施例で使用したネスチンテール固定化AFM探針の構成を説明するための模式図である。
【
図7】実施例で使用したアクチン固定化ガラス基板の構成を説明するための模式図である。
【
図8】実施例で実施したネスチンテール引張試験の構成を説明するための模式図である。
【
図9】(a)及び(b)は、実施例におけるネスチンテール引張試験に使用したネスチンテール伸展時に得られるフォースカーブの模式図である。(a)は、高分子の伸展によって得られる特徴的なカーブを示し、(b)は、基板と探針との間における非特異的相互作用の結合破断力を示す伸展距離0のカーブを示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を具体的な実施形態に基づき説明するが、本発明はこれらの実施形態に何ら限定されない。なお、本明細書において引用する特許公報、特許出願公開公報、及び非特許公報を含む全ての文献は、あらゆる目的において、その全体が援用により本明細書に組み込まれる。
【0014】
[三元共重合体]
本発明の一側面は、式(1)で表される構造を有する三元共重合体(以下適宜「本発明の三元共重合体」と略称する。)に関する。
【0015】
【0016】
式(1)中、各符号の定義は以下の通りである。
【0017】
R11は、炭素数1~6の直鎖又は分岐鎖の二価の脂肪族炭化水素基を表す。具体例としては、メチレン基、エチレン基、プロピレン基(n-プロピレン基、イソプロピレン基)、ブチレン基(n-ブチレン基、イソブチレン基、sec-ブチレン基)、ペンチレン基、ヘキシレン基等が挙げられる。中でも、メチレン基、エチレン基、プロピレン基等が好ましく、エチレン基が特に好ましい。
【0018】
R12は、水素又はメチル基を表す。
【0019】
R21は、1~3個の水酸基により置換された炭素数1~6の直鎖又は分岐鎖の一価の脂肪族炭化水素基を表す。具体例としては、メチル基、エチル基、プロピル基(n-プロピル基、イソプロピル基)、ブチル基(n-ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基)、ペンチル基、ヘキシル基等が1~3個の水酸基で置換された基が挙げられる。中でも、ヒドロキシメチル基、ヒドロキシエチル基、ヒドロキシプロピル基等が好ましく、ヒドロキシプロピル基が特に好ましい。
【0020】
R21は、水素又はメチル基を表す。
【0021】
R3は、水素又はメチル基を表す。
【0022】
RingAは、1~3個の水酸基を有する芳香族炭化水素基を表す。具体例としては、ヒドロキシフェニル、ジヒドロキシフェニル、トリヒドロキシフェニル等が挙げられる。中でも、ジヒドロキシフェニル基が好ましい。
【0023】
RingBは、1~3個のオキソ基を有する窒素含有環式基を表す。具体例としては、N-コハク酸イミド、N-フタルイミド等が挙げられる。中でも、N-コハク酸イミド基が好ましい。
【0024】
T1及びT2は、各々独立に、末端基を表す。例としては、炭素数1~3の直鎖又は分岐鎖の一価の脂肪族炭化水素基を表す。具体例としては、メチル基、エチル基、プロピル基(n-プロピル基、イソプロピル基)等が挙げられる。中でも、各々独立に、メチル基、エチル基等が好ましく、メチル基が特に好ましい。
【0025】
xは、1以上5000以下の自然数を表す。より具体的には、xは例えば1以上、又は3以上、又は10以上、又は20以上とすることができ、また、例えば5000以下、又は3000以下、又は2000以下、又は1000以下とすることができる。
yは、1以上8000以下の自然数を表す。より具体的には、yは例えば1以上、又は5以上、又は20以上、又は50以上とすることができ、また、例えば8000以下、又は6000以下、又は5000以下、又は4000以下とすることができる。
zは、1以上5000以下の自然数を表す。より具体的には、zは例えば1以上、又は3以上、又は10以上、又は20以上とすることができ、また、例えば5000以下、又は3000以下、又は2000以下、又は1000以下とすることができる。
【0026】
x:y:zの比率は、特に制限されるものではないが、xを10とした場合に、yは10~200の範囲とすることができ、また、zは1~50の範囲とすることができる。
【0027】
x個の単量体単位(これを適宜「単量体単位X」と称する。)は、互いに同一の単位であってもよく、2以上の異なる単位が混在していてもよい。単量体単位Xとして特に好ましくは、3,4-ジヒドロキシフェニルアラニン(DOPA)単位が挙げられる。
【0028】
y個の単量体単位(これを適宜「単量体単位Y」と称する。)は、互いに同一の単位であってもよく、2以上の異なる単位が混在していてもよい。単量体単位Yとして特に好ましくは、2-ヒドロキシプロピルアクリルアミド(HPA)単位が挙げられる。
【0029】
z個の単量体単位(これを適宜「単量体単位Z」と称する。)は、互いに同一の単位であってもよく、2以上の異なる単位が混在していてもよい。単量体単位Zとして特に好ましくは、N-ヒドロキシスクシンイミド(NHS)単位が挙げられる。
【0030】
x個の単量体単位X、y個の単量体単位Y、及びz個の単量体単位Zは、各々ブロックとして纏まって存在していてもよく、ランダムに混在していてもよい。
【0031】
本発明の三元共重合体の重合度(x+y+zの合計)は、特に限定されるものではないが、例えば20以上、又は50以上、又は100以上とすることができ、また、例えば18000以下、又は15000以下、又は12000以下、10000以下、又は7000以下、又は5000以下とすることができる。
【0032】
本発明の三元共重合体の具体例としては、これに限定されるものではないが、下記式(2)で表されるDOPA/HPA/NHS共重合体が挙げられる。
【0033】
【0034】
式(2)中、x、y、及びyの定義は、式(1)と同様である。
【0035】
本発明の三元共重合体を製造する方法は、特に限定されるものではないが、各々個別に用意した単量体単位X、単量体単位Y、及び単量体単位Zにそれぞれ対応する単量体化合物を、所望のx:y:zの比率となるように用い、従来公知の任意の重合法により重合させる方法が挙げられる。単量体単位X、単量体単位Y、及び単量体単位Zにそれぞれ対応する単量体化合物としては、種々公知の市販の化合物を用いてもよく、従来公知の任意の合成法を用いて合成してもよい。斯かる単量体化合物の合成法及び重合法は種々公知であり、当業者であれば適宜選択して用いることができる。具体例として、上記式(2)で表されるDOPA/HPA/NHS共重合体を合成する場合、後記の「合成例」において採用した方法を用いることができる。
【0036】
本発明の三元共重合体は、後述の針状物を含む各種構造体の表面修飾に使用することができる。特に、本発明の三元共重合体は、目的物質を吸着させる操作、又は、吸着させた後に放出する操作に用いられる種々の物理的、化学的、又は生物学的な処理又は分析装置において、吸着表面の表面処理に使用することにより、目的物質の吸着効率及び/又は放出効率を改善できるという効果を有する。このため、本発明の三元共重合体は、斯かる処理又は分析装置の吸着表面の表面に用いることが好ましい。斯かる表面処理の対象となる構造体の例としては、これらに限定されるものではないが、マイクロニードルアレイ(MNA)やナノニードルアレイ、原子間力顕微鏡(AFM)や分子間力測定装置のカンチレバー等の各種の針状物が挙げられる。なお、本発明の三元共重合体を含む表面修飾材も、本発明の一側面に含まれる。
【0037】
[表面修飾針状物]
本発明の一側面は、本発明の三元共重合体によって表面が修飾された針状物に関する。本発明において針状物とは、針の形状の構造体を意味する。本発明の表面処理針状物は、物質の吸着に用いられることが好ましい。本発明において物質吸着用の針状物とは、種々の物理的、化学的、又は生物学的な処理又は分析装置において、目的物質を吸着させる操作、又は、吸着させた後に放出する操作に用いられる針状物を意味する。斯かる針状物の例としては、特に限定されるものではないが、マイクロニードルアレイ(MNA)やナノニードルアレイの針状部、原子間力顕微鏡(AFM)や分子間力測定装置のカンチレバーのプローブ等が挙げられる。
【0038】
針状物の材質は特に限定されず、任意の材料を用いることができる。具体例としては、制限されるものではないが、ガラス等の無機材料;シリコン(単結晶シリコン等)、窒化シリコン、金、クロム、ヒ化インジウム、シリカ等の金属;ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリカーボネート、アクリル樹脂等の樹脂;カーボンナノチューブ、セルロースナノファイバー等の繊維状材料;酸化亜鉛、炭化ケイ素等からならなるウェスカー材料などが挙げられる。
【0039】
針状物のサイズも制限されず、その用途に応じて任意のサイズとすることができるが、少なくともその断面直径をマイクロスケール又はナノスケールとする(即ち、マイクロニードル又はナノニードルである)ことが好ましい。
【0040】
斯かる針状物の表面の少なくとも一部を、本発明の三元共重合体によって修飾することにより、本発明の表面処理針状物が製造される。本発明の三元共重合体による表面修飾法は特に制限されず、従来公知の任意の修飾法を適宜選択して用いることができる。具体例としては、後記の実施例において採用した方法を用いることができる。
【0041】
このように本発明の三元共重合体によって表面修飾された本発明の針状物は、従来の表面未修飾の針状物や、従来の共重合体により表面修飾された針状物と比較して、物質の吸着効率、吸着特異性、放出効率等が優れている。
【0042】
中でも、本発明の三元共重合体は、各種のマイクロニードル又はナノニードルの表面処理や、原子間力顕微鏡(AFM)や分子間力測定装置のカンチレバーのプローブの表面処理に用いることが好ましい。ナノニードルの例としては、本発明者等が開発した特許文献3(特許4625925号公報)や特許文献4(特許6449057号公報)に記載のナノニードル等が挙げられる。マイクロニードルの例としては、本発明者等が開発した特許文献5(特開2021-151201号公報)に記載のマイクロニードルアレイ(MNA)が有するマイクロニードル等が挙げられる。なお、複数のマイクロニードルを有するマイクロニードルアレイ(MNA)に本発明の三元共重合体を適用した例、及び、原子間力顕微鏡(AFM)や分子間力測定装置のカンチレバーのプローブの表面処理に本発明の三元共重合体を適用した例については、章を改めて以下に説明する。
【0043】
[マイクロニードルアレイ(MNA)]
本発明の一側面は、本発明の三元共重合体によって表面が修飾された針状物を有するマイクロニードルアレイ(MNA)に関する。本発明において「マイクロニードルアレイ」又は「MNA」とは、複数のマイクロメートルオーダーの凸状構造物(マイクロニードル、針部)が支持体上に分散配置されているものを示す。斯かるMNAの構成は特に限定されるものではないが、支持体と、前記支持体上に配列された複数の針部とを備えるMNAであって、前記針部の一部又は全部が、本発明の三元共重合体によって表面修飾された本発明の表面処理針状物である構成が挙げられる。
【0044】
中でも、本発明の三元共重合体は、本発明者等が開発した特許文献5(特開2021-151201号公報)に記載の特定のMNAの針部の表面処理に用いることが好ましい。特に特許文献3に記載のMNAは、凸状構造物であって特定の高アスペクト比を有する針部を、特定の間隔で支持体上に整列させた構造を有する。このように、前記針部の大きさ及びその配置を精密に制御したことにより、植物組織に含まれている植物細胞に対して目的物質を高効率に導入することが可能である。以下、斯かる特許文献3に記載の特定のMNAに対して、本発明の三元共重合体による表面処理を施した態様(これを以下適宜「本発明のマイクロニードルアレイ」又は「本発明のMNA」と称する。)について、場合により
図1を参照しながら例を挙げて詳細に説明するが、本発明の三元共重合体を適用可能なMNAはこれに限定されるものではなく、任意のMNAに適用することができる。
【0045】
本発明のMNAは、支持体と、前記支持体上に配列された複数の針部とを備えるMNAであって、前記針部の基底面の直径が1~20μmであり、前記針部の先端面の直径が0.5~3μmであり、前記針部の長さが30~100μmであり、前記針部の先端面及び断面の直径が前記基底面の直径以下、かつ、前記先端面から前記針部の長さマイナス10μmまでの前記断面の直径の増加率が0~5%であり、前記針部の先端面間距離が20~1000μmであるとともに、前記針部の表面の少なくとも一部が、本発明の三元共重合体により修飾されてなる。
【0046】
図1は、支持体1と複数の針部2とを備える本発明のMNAの一実施形態(MNA10)の模式縦断面図である。ただし、
図1に示すMNAにおけるサイズ比は、本発明のMNAに係るサイズ比に対応するものではない。なお、以下の説明及び図面中、同一又は相当する要素には同一の符号を付し、重複する説明は省略する。
【0047】
本発明において、「支持体」とは、下記の針部を支持する機能を有するものであり、針部が配置される面は平面であることが好ましい(
図1では支持体1)。前記支持体の形状としては、例えば、線状、基板状(針部は上面又は下面に配置されても側面に配置されてもよい)が挙げられる。
【0048】
本発明に係る支持体の大きさとしては、特に制限されないが、例えば、針部が1列に配置される場合には、幅0.3~20mm(より好ましくは0.5~2mm)、長さ(前記列方向)1~50mm(より好ましくは3~10mm)であることが好ましい。また、例えば、針部が2列以上の複数列で配置される場合には、幅1~100mm(より好ましくは1~50mm)、長さ1~50mm(より好ましくは3~10mm)であることが好ましい。また、前記支持体の厚さとしては、特に制限されず、支持体をさらに支持する構造と一体になっていてもよい。
【0049】
本発明に係る支持体の材質としては、細胞に毒性のないものであれば特に制限されず、例えば、シリコン(単結晶シリコン等)、窒化シリコン、金、クロム、ヒ化インジウム、シリカ等の金属;ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリカーボネート、アクリル樹脂等の樹脂;カーボンナノチューブ、セルロースナノファイバー等の繊維状材料;酸化亜鉛、炭化ケイ素等からならなるウェスカー材料が挙げられ、これらの中でも、支持体の強度及び微細構造を制御しやすい傾向にある観点から、単結晶シリコンであることが好ましい。また、本発明に係る支持体としては、MNAの強度の観点から、下記の針部と一体であることが好ましい。
【0050】
本発明において、「針部」は、凸状構造物を意味する。言い換えれば、「針部」は、鋭い先端を有する針形状に限定されるものではない。本発明に係る針部(
図1では針部2)は、前記支持体との境界面である基底面(
図1では針部2の下面)とそれに相対する先端面(
図1では針部2の上面)とを有する。なお、前記支持体と前記針部とが一体である場合、前記境界面とは、前記支持体の針部が配置されている面を延長した面上の針部が配置されている面を示す。
【0051】
本発明において、前記針部の基底面の直径は1~20μmであることが必要であり、1~10μmであることが好ましく、1~5μmであることがより好ましい。前記基底面の直径が前記下限未満であると、目的物質を植物細胞に導入することが困難となる傾向にある。他方、前記基底面の直径が前記上限を超えると、植物組織に含まれている植物細胞への挿入が困難となる傾向にある。なお、本発明において、「基底面の直径」とは、当該基底面の最大直径を示し、前記基底面が円ではない場合には、当該基底面の外接円の直径を示す(
図1のd1)。
【0052】
本発明において、前記針部の先端面の直径は0.5~3μmであることが必要である。前記先端面の直径が前記下限未満であると、目的物質を植物細胞に導入することが困難となる傾向にある。他方、前記先端面の直径が前記上限を超えると、植物組織に含まれている植物細胞への挿入が困難となる傾向にある。なお、本発明において、「先端面の直径」とは、当該先端面の最大直径を示し、前記先端面が円ではない場合には、当該先端面の外
接円の直径を示す(
図1のd2)。
【0053】
また、本発明に係る針部の形状としては、針部の先端面及び断面の直径が、前記基底面の直径以下であればよく、先端面から基底面までの断面が全て同じである柱状であっても(例えば、
図1の(a))、先端面から基底面までの断面が連続して相同である錐台状や先端面から基底面までの断面の一組の対辺が連続して変化する台形板状であってもよい(例えば、
図1の(b))。また、針部側面の傾き(角度)を連続的に変化させた構造であってもよく、針部側面の傾き(角度)が非連続的に変化する、二層又はそれ以上の多層構造であってもよいが、前記柱状、台形板状、又は錐台状であることが好ましい。なお、本発明において、「針部の断面」とは、前記先端面及び基底面に平行な横断面を示し、「断面の直径」とは、当該断面の最大直径を示し、前記断面が円ではない場合には、当該断面の外接円の直径を示す。
【0054】
前記針部の基底面、先端面、及び断面の形状としては、特に制限されず、円、楕円、三角形、正方形、長方形、台形、五角形以上の多角形が挙げられるが、目的物質の導入効率の観点から、円又は正多角形であることが好ましい。
【0055】
また、本発明に係る針部としては、前記針部の先端面及び断面の直径が前記基底面の直径未満である場合、前記先端面から下記の針部の長さ方向に向けて、針部の長さマイナス10μm(
図1のh’)の範囲まで、任意の長さにおける断面の直径はいずれも同じであるか、又は、先端面側の断面の直径よりも基底面側の断面の直径の方が大きく、かつ、その間の直径の増加率が5%以下であること、すなわち、前記先端面から針部の長さマイナス10μmまでの前記断面の直径の増加率が0~5%であることも必要である。前記断面の直径の増加率が前記上限を超えると、目的物質を植物細胞に導入することが困難となる傾向にある。なお、本発明において、「断面の直径の増加率」とは、前記先端面から針部の長さ方向に向かって長さマイナス10μm(h’:h-10μm)の範囲内における任意の長さ軸上の2点間における、先端面側の断面の直径に対する基底面側の断面の直径の増加率(%)のことをいう。
【0056】
本発明において、前記針部の長さは、30~100μmであることが必要であり、50~100μmであることが好ましい。前記長さが前記下限未満であると、植物組織に含まれている植物細胞への挿入が困難となる傾向にある。他方、前記長さが前記上限を超えると、針部の座屈により植物細胞への挿入が困難となる傾向にある。なお、本発明において、「針部の長さ」とは、前記先端面から前記基底面へ下ろした垂線の長さ(高さ)を示す(
図1のh)。
【0057】
本発明に係る針部は、従来の細胞への物質導入に用いられていたマイクロニードルに比べて、アスペクト比の高いものである。このようなアスペクト比としては、針部の長さと、針部の1/2長さにおける断面の直径(1/2長さ面の直径)との比(長さ/(1/2長さ面の直径))で、5~200であることが好ましく、10~100であることがより好ましく、25~67であることがさらに好ましい。前記アスペクト比が前記下限未満であると、植物組織に含まれている植物細胞への挿入が困難となる傾向にある。他方、前記アスペクト比が前記上限を超えると、針部の座屈により植物細胞への挿入が困難となる傾向にある。なお、本発明において、「1/2長さ面の直径」とは、前記針部の1/2長さ(
図1の2/h)における断面の最大直径を示し、前記断面が円ではない場合には、当該断面の外接円の直径を示す(
図1のd3)。
【0058】
本発明のMNAにおいて、複数ある針部は、先端面間距離が20~1000μmで配列されることが必要である。前記先端面間距離としては、20~100μmであることが好ましい。前記先端面間距離が前記下限未満であると、植物組織に含まれている植物細胞への挿入が困難となる傾向にある。他方、前記先端面間距離が前記上限を超えると、細胞あたりの針部の数が減少して目的物質の導入効率が低下する傾向にある。なお、本発明において、「先端面間距離」とは、1つの針部の先端面と、それに隣接する針部の先端面との間において、その外周上にある点同士の水平距離が最小になる当該点間距離を示す(
図1のw)。
【0059】
本発明のMNAにおいて、複数ある針部の形状としては、上記条件を満たす限り、互いに同一であっても異なっていてもよい。また、本発明に係る針部は、上記条件を満たす限り、前記支持体上にどのように配置されていてもよいが、1列又は2列以上の複数列で配列されていることが好ましい。MNAの列長としては、0.5~50mmであることが好ましく、3~10mmであることがより好ましい。前記列長が前記下限未満であると、目視による位置合わせ等の取り扱いが難しくなる傾向にある。他方、前記列長が前記上限を超えると、材料としての取り扱いが困難となる傾向にある。
【0060】
本発明に係る針部の材質としては、細胞に毒性のないものであれば特に制限されない。例としては、前述した各種の材質が挙げられる。中でも、針部の強度及び微細構造を制御しやすい傾向にある観点から、単結晶シリコンであることが好ましい。また、本発明に係る針部としては、MNAの強度の観点から、前記支持体と一体であることが好ましい。
【0061】
本発明のMNAとしては、本発明の効果を阻害しない限り、前記支持体及び前記針部以外の他の構成を備えていてもよい。このような他の構成としては、例えば、主に下記の目的物質を結合させることを目的として、前記針部の表面に結合させた生体適合性ポリマー等が挙げられる。
【0062】
本発明のMNAの製造方法は、上記の条件を満たすMNAを製造することができる方法であれば特に制限されず、公知の方法又はそれに準じた方法を適宜採用することができる。このようなMNAの製造方法としては、例えば、フォトリソグラフィ技術及び/又はエッチング技術を用いて針の形状を作製する方法;MNAの形状に対応した凹部が形成された鋳型を用いて、射出成形によって樹脂製のMNAを製造する方法;柱状構造を触媒反応により積層する方法;柱状構造をデポジッションにより作製する方法が挙げられる。
【0063】
例えば、前記支持体上に前記針部を1列配列させる場合には、前記支持体及び前記針部の材料となるウエハの端部をエッチング加工して、針部を削り出し、前記支持体及び前記針部を一体として成形する方法が挙げられる。
【0064】
また、例えば、前記支持体上に前記針部を1列又は2列以上配列させる場合には、特開2013-183706号公報に記載されているように、シリコンウエハ等のウエハ上に、ドット状のレジストマスクを施した上で、エッチングを行うことで針部を形成させる方法も挙げられる。
【0065】
本発明のMNAは、その複数の針部のうち一部又は全部が、前述の本発明の三元共重合体によって表面修飾された針状物(本発明の表面処理針状物)であることを特徴とする。斯かる本発明のMNAは、従来の表面未修飾の針状物や、従来の共重合体により表面修飾された針状物を用いたMNAと比較して、物質の導入効率が改善されるという効果を有する。
【0066】
[植物細胞への物質導入方法]
本発明のMNAによれば、培養細胞の他、植物組織に含まれている植物細胞にも目的物質を導入することが可能である。よって、本発明は、植物細胞への目的物質の導入に用いるための、植物細胞への物質導入用MNAも提供する。
【0067】
目的物質を導入する対象となる「植物細胞」としては、特に制限されず、例えば、穀物類、油料作物、飼料作物、果物、野菜類の植物の細胞が挙げられる。前記植物の例としても特に制限されず、例えば、イネ、オオムギ、コムギ、ライムギ、ヒエ、モロコシ、トウモロコシ、バナナ、ピーナツ、ヒマワリ、トマト、アブラナ、タバコ、ジャガイモ、ダイズ、ワタ、カーネーションが挙げられる。前記植物細胞には、例えば、植物個体又は器官において植物組織に含まれている細胞、植物個体又は器官から分離した植物組織に含まれている細胞、これらの植物組織に由来する培養細胞が含まれ、特に制限されないが、本発明のMNAは、植物組織に含まれている細胞にも適用可能である。本発明において、「植物細胞に含まれている細胞(植物細胞)」とは、植物組織を構成しており、当該植物組織から分離されていない細胞(植物細胞)を示す。なお、前記組織としては、植物個体又は器官から分離されていても、組織培養されたものであってもよい。
【0068】
前記植物の器官としては、例えば、葉、茎、茎頂、根、塊茎、塊根、種子、胚軸、花粉、子房が挙げられる。前記植物組織としては、例えば、茎頂分裂組織、根端分裂組織、シュート頂分裂組織、カルスが挙げられ、中でも、茎頂分裂組織が好ましい。
【0069】
本発明において、前記植物細胞に導入する「目的物質」としては、植物細胞への導入によって効果が期待できる物質が挙げられ、特に制限されないが、例えば、タンパク質、核酸(DNA、RNA)、ベクター、ペプチド、脂質、糖、低分子化合物(補酵素、毒素、抗生物質、抗菌薬剤、抗ウイルス薬剤等)、金属イオン、金属錯体、及びこれらのうちの2種以上の分子を含む複合分子が挙げられ、1種を単独であっても2種以上を組み合わせて用いてもよい。また、必要に応じて、導入の確認のための標識物質と組み合わせてもよい。
【0070】
例えば、前記目的物質として、部位特異的ヌクレアーゼタンパク質を用いてこれを植物細胞に導入することにより、当該植物細胞のゲノム編集が可能となるが、本発明の目的はゲノム編集に限定されない。前記部位特異的ヌクレアーゼタンパク質としては、例えば、Casタンパク質(Cas9、Cpf1(Cas12)、Cas12b、CasX(Cas12e)、Cas13、Cas14等)、メガヌクレアーゼ、ジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)、TALEN、PPR-ND1、PPR-ND2が挙げられ、これらのうちの1種を単独であっても2種以上を組み合わせて用いてもよい。これらは、必要に応じて、Casタンパク質のガイドRNA等と組み合わせてもよい。
【0071】
また、本発明は、上記本発明のMNAを用いた方法として、植物細胞に目的物質を導入する方法であり、前記植物細胞に、前記目的物質を表面に付着させた、本発明のMNAの針部を挿入する挿入工程を含む、植物細胞への物質導入方法(以下適宜「本発明の物質導入方法」という。)も提供する。
【0072】
本発明の物質導入方法においては、前記目的物質を表面に付着させた本発明のMNAの針部を前記植物細胞に挿入する(挿入工程)。前記挿入工程に用いる本発明のMNAとしては、1枚を単独で用いても、2枚以上を重ねて用いてもよい。また、2枚以上を重ねて用いる場合には、1種を単独であっても、2種以上の組み合わせであってもよく、それらを同時に挿入しても、順次挿入してもよい。
【0073】
前記目的物質をMNAの針部表面に付着させる方法としては、例えば、対象の植物細胞、又は対象の植物細胞が含まれる植物組織若しくは器官の表面に前記目的物質の溶液を滴下し、そこにMNAの針部を挿入する方法が挙げられる。或いは、予めMNAの針部表面に前記目的物質を吸着させておき、これを対象の植物細胞、又は対象の植物細胞が含まれる植物組織若しくは器官に挿入する方法が挙げられる。これにより、前記対象の植物細胞(好ましくは前記植物組織に含まれている植物細胞)に目的物質を導入することができる。前記目的物質の溶液の溶媒としては、細胞に毒性のないものであれば特に制限されず、例えば、緩衝液、培地が挙げられる。
【0074】
前記挿入において、前記植物細胞又は植物組織若しくは器官は、基板上に固定又は保持されていることが好ましく、MNAの針部の挿入は、顕微鏡観察下において、挿入箇所の位置合わせを行いながら行うことが好ましい。前記挿入は、手動で行っても、コンピュータ制御による自動化された方法で行ってもよい。MNAの針部の挿入の確認は、目的物質に標識物質を組み合わせた場合には、当該標識物質に応じた方法でこれを検出すること等によっても確認することができる。
【0075】
前記挿入工程においては、前記植物細胞への針部の挿入速度が0.01~50μm/秒であることが好ましい。
【0076】
前記挿入工程においては、前記針部を振動させることが好ましく、かかる振動の条件としては、挿入方向(針部の長さ方向に対して平行方向)に、振幅が0.01~50μmであることが好ましい。また、このときの振動としては、その周波数が0.1~2000Hzであることが好ましい。前記振幅と周波数との組み合わせとしては、特に制限されないが、例えば、振幅0.1~5μm及び周波数1~200Hzである。植物組織は固いためにマイクロニードル(針部)の座屈が起こりやすく挿入が困難であるが、かかる振動によって針部の座屈が起こりにくくなり、より容易かつ正確な挿入が可能となる。このような振動をするようにMNAに加振するための装置としては、例えば特開2011-182761号公報に記載の細胞の選択的分離装置をMNA動作装置として用いることができる。
【0077】
前記挿入工程において、前記針部の挿入深度としては、前記植物細胞が植物組織に含まれている細胞である場合、当該植物組織若しくは当該植物組織を含む器官の表面から20~100μmであることが好ましく、20~60μmであることがより好ましい。これにより、前記目的物質を植物組織若しくは器官の深層にある細胞に導入することができる。
【0078】
本発明の物質導入方法においては、前記挿入工程の後に、前記植物細胞から前記MNAの針部を抜出する抜出工程により、対象の植物細胞内に前記目的物質のみを残すことができる。前記抜出工程の条件としては特に制限されない。前記針部の挿入時間としては、挿入開始から抜出完了までの時間で、0.1~120分間であることが好ましい。そのうち、前記挿入時間内においては、前記針部が対象の植物細胞に到達した挿入深度で、その深度を0.1~120分間維持することが好ましい。さらに、前記針部が対象の植物細胞に到達した挿入深度でその深度を維持する場合には、前記針部に加振することが好ましく、かかる加振の条件としては上記の同様の条件が挙げられる。
【0079】
本発明の物質導入方法においては、本発明の前記抜出工程の後に、必要に応じて、前記植物細胞及び前記植物細胞が含まれている植物組織をインキュベーションする工程等をさらに含んでいてもよい。前記インキュベーションの条件は目的物質、植物細胞、植物組織に応じて適宜設定することができる。
【0080】
本発明の物質導入方法によれば、目的物質を植物組織に含まれている植物細胞にも導入
することができるため、本発明の物質導入方法は、特に制限されず、前記目的物質に応じて様々な用途に用いることができる。例えば、本発明の物質導入方法によれば、目的物質を植物組織の深層部(例えば、組織表面から20~100μmの層、20~60μmの層)にある植物細胞にも導入することが可能であるため、in planta法で、茎頂分裂組織等の未分化細胞を含む植物組織に対して前記部位特異的ヌクレアーゼタンパク質を導入してゲノム編集を行い、それによって植物の機能改変を行うことも可能である。
【0081】
[プローブ及びカンチレバー]
本発明の一側面は、原子間力顕微鏡(AFM)又は分子間力測定装置のカンチレバーに取り付けて使用される、針状先端部を有するプローブ、並びに斯かるプローブを先端に有するカンチレバーに関する。斯かる針状先端部は、プローブと個別の部材として形成され、プローブに固定されたものであってもよく、また、プローブ自身を先鋭化し針状に形成したものであってもよい。
【0082】
本発明のプローブ及びカンチレバーは、その針状先端部が、前述の本発明の三元共重合体によって表面修飾された針状物(本発明の表面処理針状物)であることを特徴とする。斯かる本発明の三元共重合体によって表面修飾された針状先端部を有する本発明のプローブ及びカンチレバーは、従来の表面未修飾の針状物や、従来の共重合体により表面修飾された針状物を用いたプローブ及びカンチレバーと比較して、非特異的な相互作用を低減することができるという効果を有する。
【実施例0083】
以下、本発明を実施例に則してさらに詳細に説明する。但し、これらの実施例はあくまでも説明のために便宜的に示す例に過ぎず、本発明は如何なる意味でもこれらの実施例に限定されるものではない。
【0084】
[合成例:DOPA/HPA/NHS共重合体の合成]
(1)HPA(2-ヒドロキシプロピルアクリルアミド)モノマーの合成
炭酸カリウム41.04gを60mLの水に溶解させ、氷槽内、丸底フラスコ中で攪拌した。1-アミノ-2-プロパノール18.58gを酢酸エチル200mLに溶解させ、フラスコ内に加えた。塩化アクリロイル20mLを滴下し、氷中で30分攪拌した後、室温に戻し、更に終夜攪拌して反応させた。反応後、水相から酢酸エチル(油相)で目的化合物を抽出した。油相を硫酸ナトリウムで脱水した後、エバポレーターで濃縮し、酢酸エチルを可能な限り除去した。更にエアバブリングを18時間行い、酢酸エチルを完全に除去し、目的化合物を透明液体として得た。
1H NMR (D2O): δ (ppm): 1.06 (d, 3H), 3.14 (m, 1H), 3.21 (br , 1H), 3.84 (m, 1H), 5.66 (dd, 1H), 6.08 (m, 1H), 6.17 (dd , 1H)..
【0085】
(2)DOPA(N-(3,4-ジヒドロキシフェネチル)メタクリルアミド)モノマーの合成
塩酸ドーパミン8.0g及びリエチルアミン4.309gを超脱水メタノール80mLに溶解させた。得られた溶液に、氷槽内、塩化メタクリロイル5.29gを含むテトラヒドロフラン溶液とトリエチルアミン6.278gを含むメタノール溶液を交互に滴下した。2時間室温で攪拌した後、1M塩酸溶液で洗浄した。硫酸ナトリウムで脱水後、エバポレーターで濃縮した。得られた粉状の化合物を、酢酸エチルを用いて再結晶させて精製し、目的化合物を茶白色状の粉末として得た。
1H NMR (DMSO-d6): δ (ppm): 1.80 (s, 3H, CH2CCH3), 2.47 (t, 2H, C6H3CH2CH2), 3.13-3.25 (m, 2H, C6H3CH2CH2), 5.26, 5.58 (s, 2H, CH2CCH3), 6.33-6.66 (m, 3H, C6H3), 7.89 (s, 1H, CONH), 8.59, 8.69 (s, 2H, OH).
【0086】
(3)DOPA/HPA/NHS三元共重合体の合成
HPA/NHS/DOPA/RAFT/AIBNを、それぞれ170/10/20/1/0.1又は160/20/20/1/0.1のモル比で混合し、70℃の油槽内、アルゴン雰囲気下、DMF中で2時間反応させて重合し、DOPA/HPA/NHS三元共重合体を合成した。反応後、DMF系GPC測定により、得られた重合体の分子量及び分子量分布を決定した。得られた三元共重合体を、アセトンを用いた再沈回収により精製した。1H NMRにより、未反応のモノマーが除去されていること、並びに、高分子鎖中のHPA、BPA、及びNHSの含有量が仕込み比とほぼ一致することを確認した。
【0087】
【0088】
[実施例群A:MNA針部表面修飾による検討]
(1)MNAの作製
シリコン単結晶を削り出し、支持体と一体に、先端面から基底面までの断面が全て同じ正方形の正四角柱(正方形断面の一辺の長さ:1μm、長さ:100μm)の針部が167個、先端面間距離:30μmの間隔で1列に整列したマイクロニードルアレイ10を作製した。得られたマイクロニードルアレイ10の外観のSEM写真を
図2に示す。
【0089】
(2)MNA針部の表面修飾
・実施例A1:DOPA/HPA/NHS共重合体によるMNA針部表面修飾
MNA(MNA)の表面を、イソプロパノールに1分間、1%フッ化水素酸に1分間それぞれ浸漬して洗浄した。洗浄後のMNAをUV-オゾンで30分間処理した後、硫酸と過酸化水素水の混合比率が1:1となるように調製したSPM溶液で10分間、常温で浸漬することで洗浄した。処理後のMNAを超純水及びエタノールで洗浄後、超純水、塩酸、及び過酸化水素水をそれぞれ6:1:1の比率で混合した塩酸過酸化水素混合液(hydrochloric acid-hydrogen peroxide mixture:HPM)に浸漬し、50℃で30分間反応させることで、MNAのシリコン表面の水酸化を行った。その後、MNAの表面を超純水、エタノール、及び10mMホウ酸緩衝液(pH9.0)で洗浄した。合成例において得られたDOPA/HPA/NHS=10/85/5の共重合体を、10%エタノールを含むホウ酸緩衝液に0.5wt%で溶解した溶液を調製した。このDOPA/HPA/NHSポリマー溶液に、前記の洗浄MNAを浸漬し、18℃にて一晩静置した。その後、MES緩衝液(pH5.0)中で15分間、EDS/NHS反応を行い、MNAに修飾したポリマーにNHS基を再導入した。MES緩衝液及びホウ酸緩衝液でポリマー修飾MNAを洗浄後、ホウ酸緩衝液に溶解した10mM N-(5-アミノ-1-カルボキシペンチル)イミノ二酢酸遊離体(AB-NTA)溶液中で37℃、2~3時間反応させた。反応後のポリマー修飾MNAをホウ酸緩衝液で洗浄後、ホウ酸緩衝液に溶解した終濃度20mMのエタノールアミン溶液で1時間、室温で反応させることで、未反応NHS基のブロッキングを行った。ブロッキング後のポリマー修飾MNAを、ホウ酸緩衝液及び蒸留水で洗浄した後、最後に超純水に溶解した終濃度100mMの塩化ニッケル(II)(NiCl2)溶液中で1時間、室温で反応させた。反応後のポリマー修飾MNAを、Hisタグ融合タンパク質溶液中に浸漬し、4℃で一晩反応させて修飾することにより、表面がDOPA/HPA/NHS共重合体で修飾されたMNAを作製した。
【0090】
・比較例A1:シラン-PEG-NHS共重合体によるMNA表面の修飾
MNAの表面を1%フッ化水素酸で洗浄した後、硫酸過酸化水素混合液(sulfuric acid-hydrogen peroxide mixture:SPM)処理及び塩酸過酸化水素混合液(hydrochloric acid-hydrogen peroxide mixture:HPM)処理を行い、表面を水酸化した。得られた表面水酸化MNAを、ジメチルスルホキシド(DMSO)に溶解したシラン-PEG-NHS(終濃度10mg/mL)溶液に浸漬し、室温で1時間反応させた。反応後のMNAを、0.1M HEPES緩衝液(pH8.0)に溶解したN-(5-アミノ-1-カルボキシペンチル)イミノ二酢酸遊離体(AB-NTA;終濃度10mM)に浸漬し、37℃で1時間反応させた後、HEPES緩衝液に溶解した終濃度20mMのエタノールアミン溶液で1時間ブロッキングした。ブロッキング後の修飾MNAを、PBS(pH7.5)で希釈した終濃度40μg/mLのGFP溶液中で、4℃で一晩反応させて修飾することにより、表面がシラン-PEG-NHS共重合体で修飾されたMNAを作製した。
【0091】
・比較例A2:APTES-GTA共重合体によるMNA表面の修飾
MNAの表面を1%フッ化水素酸で洗浄した後、SPM処理及びHPM処理を行い、表面を水酸化した。得られた表面水酸化MNAを、超純水、エタノール、及びトルエンを用いて順に洗浄した。洗浄後のMNAを、トルエンに溶解した1(v/v)%APTES溶液に浸漬し、70℃で1時間反応させた。その後、トルエン洗浄及びエタノール洗浄を行い、エタノールに溶解した10%グルタルアルデヒド中で37℃で1時間反応させた。反応後の修飾MNAを、PBS(pH7.5)で希釈した終濃度40μg/mLのGFP溶液中で、4℃で一晩反応させて修飾することにより、表面がAPTES-GTA共重合体で修飾されたMNAを作製した。
【0092】
・MNAによるGFPの固定化量及び放出量の測定
前記手順で得られた実施例1のDOPA/HPA/NHSポリマー修飾MNA、比較例1のシラン-PEG-NHS修飾MNA、及び比較例2のAPTES-GTA修飾MNAに、常法により緑色蛍光タンパク質(GFP)を固定化した。得られた各GFP固定化MNAを、植物細胞質を模擬した緩衝液(100mM塩化カリウム、30mM 塩化ナトリウム、500mMマンニトール、1.2Mスクロース、25mM MES、25mM HEPES、0.4mM塩化マグネシウム(MgCl2)、pH8.0)に浸漬し、90秒間静置することでGFPの放出を行った。浸漬前後のMNAの蛍光顕微鏡画像から、針一本当たりのGFP蛍光強度を算出し、GFPの固定化量及び放出量を比較した。
【0093】
その結果を
図3のグラフに示す。実施例1のDOPA/HPA/NHS修飾MNAに固定化したタンパク質の約76%が植物細胞質模擬緩衝液で放出されたのに対し、比較例1のシラン-PEG-NHS修飾MNAに固定化したタンパク質の放出量は45%、比較例2のAPTES-グルタルアルデヒド修飾MNAに固定化したタンパク質の放出量は47%に留まった。
【0094】
・シロイヌナズナ葉に対するMNAを用いたCas9-gRNA複合体の直接導入
2.5pmolのCas9並びに7.5pmolのフォワードsgRNA及びリバースsgRNAをCas9緩衝液(20mMHEPES、500mMNaCl、10%グリセロール、pH7.4)に添加し、溶液量が10μLとなるよう調整した。氷上で10分間反応することでCas9-gRNA複合体を形成させた。このCas9-gRNA複合体溶液に、実施例1のDOPA/HPA/NHS共重合体による修飾後にNi-NTAを反応させたMNAを浸漬し、4℃で一晩反応させた。このMNAをアレイ動作装置のステージ上に載置し、xGxGUSレポーターシロイヌナズナの葉を粘着性両面テープでサンプルステージに固定した。このレポーターシロイヌナズナのゲノムに組み込まれたβ-グルクロニダーゼ(GUS)レポーター遺伝子には、gRNAの標的となるフィトエンデサチュラーゼ(PDS)遺伝子部分配列が挿入されており、PDS配列の前にあるGUS遺伝子の一部と同じ配列がPDS配列の後ろにも存在し、Cas9/sgRNA複合体によるPDS配列内での切断が生じると、反復配列間において相同組み換えが起こり、正常なGUS遺伝子へと改変される(
図4)。
【0095】
5mM塩化マグネシウム(MgCl
2)、0.4U/μL RNaseインヒビター、及び0.05%シルウェット(Silwet)
(登録商標)を含むヌクレアーゼフリー水を、MNAと葉組織の隙間に滴下した。MNAを葉組織に対して10μm/秒の速度で挿入し、1分間静止後、10μm/秒の速度で抜去した。葉組織はB5培地プレート(0.5%寒天、20g/Lグルコース、0.6g/L MES、1×ガンボーグB5培地用混合塩類、1×ムラシゲ・スクーグビタミン溶液(MS vitamins、pH5.7)上で48時間インキュベートした。その後、葉組織を染色液(20%(w/v)メタノール、0.1%TritonX-100、50mMリン酸二水素ナトリウム(NaH
2PO
4、pH7.0)に溶解した0.5mg/mLのX-グルクロニド溶液中で37℃、5時間反応させた。その後、エタノール及び酢酸を6:1で混合した溶液中に葉を添加し、一晩静置することで脱色した。99.5%エタノール、及び滅菌蒸留水で洗浄後、スライドグラスに載せて倒立顕微鏡で青色の呈色を観察した(
図5)。
【0096】
その結果を下記表3に示す。DOPA/HPA/NHS共重合体で修飾した実施例1のMNAでは、無処理のMNAを使用した時と比較して、ゲノム編集効率が約20%向上していることが確認された。
【0097】
【0098】
[実施例群B:AFM探針表面修飾による検討]
(1)AFM探針の表面修飾
・実施例B1:DOPA/HPA/NHS共重合体によるAFM探針表面修飾
無修飾のAFM探針に対して、プラズマアッシャーを用いて200Wで10分処理後、超純水に浸漬した。さらに、過酸化水素水0.5mLと硫酸2mLを混合したSPM溶液に浸漬し80℃で30分静置した。その後、超純水で洗浄し、過酸化水素水0.4mL、アンモニア水0.4mL、及び超純水2mLを混合したAPM溶液に浸漬し、65℃で30分静置した後、超純水で洗浄した。次に、過酸化水素水1mLと硫酸1mLを混合したSPM溶液にAFM探針を浸漬し、室温で10分静置することで、シリコン表面に表面水酸基を生成した。処理後のAFM探針を超純水で洗浄後、表面に吸着した水分子を取り除くために脱水エタノールで洗浄した。さらに、過酸化水素水0.4mL、塩酸0.4mL、及び超純水2mLを混合したHPM溶液に浸漬し、80℃で10分静置した後、超純水及び脱水エタノールで洗浄した。
【0099】
DOPA/HPA/NHSポリマー粉末を終濃度5wt%となるようジメチルスルホキシド溶液に添加し溶解した。さらに終濃度10mMホウ酸緩衝液(pH9.0)で希釈し、終濃度0.5wt%のポリマー溶液とした。表面を洗浄したAFM探針をこのポリマー溶液に浸漬し、12時間反応させた。10mM MES緩衝液(pH4.7)に終濃度50mMとなるようN-ヒドロキシスクシンイミド(NHS)及び1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド(WSC)を溶解し、この溶液100μL中でAFM探針を30分静置した後、MES緩衝液で洗浄した。ホウ酸緩衝液に終濃度10mMとなるよう溶解したAB-NTA中にAFM探針を30分静置することでNTA基を導入し、ホウ酸緩衝液に溶解したエタノールアミン(終濃度10mM)溶液で30分静置することで、未反応NHS基のブロッキングを行った。超純水に溶解した100mM塩化ニッケル(II)(NiCl
2)に10分浸漬後、20nMネスチンテールタンパク質溶液中で4℃で8時間以上静置することで修飾した(
図6)。
【0100】
・比較例B1:シラン-PEG-NHS共重合体によるAFM探針表面修飾
AFM探針の表面を1%フッ化水素酸で洗浄した後、硫酸過酸化水素混合液(sulfuric acid-hydrogen peroxide mixture:SPM)処理及び塩酸過酸化水素混合液(hydrochloric acid-hydrogen peroxide mixture:HPM)処理を行い、表面を水酸化した。得られた表面水酸化AFM探針を、ジメチルスルホキシド(DMSO)に溶解したシラン-PEG-NHS(終濃度10mg/mL)溶液に浸漬し、室温で1時間反応させた。10mM MES緩衝液(pH4.7)に終濃度50mMとなるようN-ヒドロキシスクシンイミド(NHS)及び1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド(WSC)を溶解し、この溶液100μL中でAFM探針を30分静置した後、MES緩衝液で洗浄した。ホウ酸緩衝液に終濃度10mMとなるよう溶解したAB-NTA中にAFM探針を30分静置することでNTA基を導入し、ホウ酸緩衝液に溶解したエタノールアミン(終濃度10mM)溶液で30分静置することで、未反応NHS基のブロッキングを行った。超純水に溶解した100mM塩化ニッケル(II)(NiCl2)に10分浸漬後、ブロッキング後の修飾AFM探針を、20nMネスチンテールタンパク質溶液中で4℃で8時間以上静置することで修飾した。
【0101】
(2)アクチン固定化基板の調製
アクチン重合バッファー(10mMHEPES(pH7.4)、0.15M塩化カリウム、2mM塩化マグネシウム、0.2mMATP、1mMDTT)を用いて、終濃度4μMの骨格筋由来アクチンタンパク質溶液を調整し、室温で30分静置することで、アクチン繊維を重合させた。その後、ローダミンファロイジン(終濃度0.4μM)を添加し、氷上で1時間以上静置した。次に、27φガラスベースディッシュに対して、エタノールに溶解した1mM(3-アミノプロピル)トリエトキシシラン(APTES)溶液0.4mLを滴下し、1時間静置した。エタノールで3回洗浄後、エタノールに溶解した10%グルタルアルデヒド溶液0.4mLを滴下し1時間静置した。エタノールで3回洗浄後、1mLのアクチン重合バッファーで1回洗浄した。アクチン重合バッファーで終濃度400nMとなるよう希釈したアクチン繊維溶液を20μL滴下し、室温で30分静置することで固定化した(
図7)。その後、アクチン重合バッファーを用いて1mL、5分、100rpmの条件で三回洗浄を行った。最後にアクチン重合バッファーに溶解した2μMBSA溶液を滴下し、室温で30分静置することで、アクチンが結合していないアルデヒド基をブロッキングした。その後、BSA含有アクチン重合バッファーを用いて1mL、5分、100rpmの条件で三回洗浄を行った。
【0102】
(3)AFMを用いたネスチンテール引張試験
AFMを用いてセットポイント1nN、速度1μm/sでネスチンテール修飾探針を上下させることで、アクチン繊維固定化ガラス基板の一辺10μmの正方形内における8×8の64点でネスチンテール引張試験を行い(
図8)、得られたフォースカーブを解析した。高分子の伸展によって得られる特徴的なカーブを
図9(a)に示す。また、基板と探針との間における非特異的相互作用の結合破断力を示す伸展距離0のカーブを
図9(b)に示す。得られたフォースカーブのうち、非特異的相互作用を意味する
図9(b)の伸展距離0のピークが観察されたフォースカーブの数を計測したところ、ネスチンテールをDOPA/HPA/NHS共重合体により修飾した実施例B1のAFM探針では64カーブ中23カーブ、シラン-PEG-NHS共重合体により修飾した比較例B1のAFM探針では64カーブ中40カーブであった。即ち、非特異的相互作用の出現頻度は、DOPA/HPA/NHS共重合体により修飾した実施例B1のAFM探針では35.9%、シラン-PEG-NHS共重合体により修飾した比較例B1のAFM探針では62.5%となった。即ち、本発明のDOPA/HPA/NHS共重合体を用いてネスチンテールタンパク質を修飾したことで、基板-探針間の非特異的な相互作用が顕著に抑制されることが確認された。
本発明の三元共重合体は、マイクロニードル・ナノニードルや原子間力顕微鏡(AFM)のカンチレバー等の物質吸着針状物の表面修飾に用いることにより、物質の吸着効率、吸着特異性、放出効率等を向上させるという効果を有する。よって、物理学、化学、生物学等の実験や分析等の分野において、極めて高い利用可能性を有する。